はてなキーワード: リンガとは
円仁(えんにん、延暦13年(794年) - 貞観6年1月14日(864年2月24日))は、第3代天台座主。慈覚大師(じかくだいし)ともいう。 入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人。下野国の生まれで出自は壬生氏。
目次 [非表示]
2 遣唐使の渡海の困難
3 天台山を目指すが…
6 長安への求法
7 帰国の旅の苦難
8 関連文献
9 脚注
10 関連項目
794年(延暦13年)下野国都賀郡壬生町(現在の壬生寺)に豪族壬生氏(壬生君:毛野氏の一族)の壬生首麻呂の子として生まれる。兄の秋主からは儒学を勧められるが早くから仏教に心を寄せ、9歳で大慈寺に入って修行を始める。大慈寺の師・広智は鑑真の直弟子道忠の弟子であるが、道忠は早くから最澄の理解者であって、多くの弟子を最澄に師事させている。
※生誕地については
などの説があり、順徳天皇撰による「八雲御抄」では、みかほの関、みかほノ山での誕生が記されている。
下つ毛野 みかもノ山の越奈良の須 目ぐはし頃は 多が家かもたむ
あずま路の 人に問はばや みかもなる 関にもかくや 花は匂うと
石ふまぬ 安蘇の川原に 行き暮れて みかほの関に 今日やとまらむ
下野や 安蘇の川原に 行きくれば みかもの崎に 宿をかりなん
この他、近くにある円仁ゆかりの安蘇の川原は、みかほの関を沼越しに眺める名所として多くの和歌が詠まれている。
安蘇山の麓に生まれたという説では、慈覚大師円仁の出生については「桓武天皇の延暦13年、廣智菩薩が大慈寺住職のとき、南方に紫雲がたなびき、尋ねていくと安蘇山麓(現在の三毳山のふもと岩舟町下津原手洗窪)…下津原の手洗窪は「慈覚大師誕生の地」として栃木市の史跡に指定されている。
15歳のとき、唐より最澄が帰国して比叡山延暦寺を開いたと聞くとすぐに比叡山に向かい、最澄に師事する。奈良仏教の反撃と真言密教の興隆という二重の障壁の中で天台宗の確立に立ち向かう師最澄に忠実に仕え、学問と修行に専念して師から深く愛される。最澄が止観(法華経の注釈書)を学ばせた弟子10人のうち、師の代講を任せられるようになったのは円仁ひとりであった。
814年(弘仁5年)、言試(国家試験)に合格、翌年得度(出家)する(21歳)。816年(弘仁7年)、三戒壇の一つ東大寺で具足戒(小乗250戒)を受ける(23歳)。この年、師最澄の東国巡遊に従って故郷下野を訪れる。最澄のこの旅行は、新しく立てた天台宗の法華一乗の教えを全国に広める為、全国に6箇所を選んでそこに宝塔を建て、一千部八千巻の法華経を置いて地方教化・国利安福の中心地としようとするものであった。817年(弘仁8年)3月6日、大乗戒を教授師として諸弟子に授けるとともに自らも大乗戒を受ける。
性は円満にして温雅、眉の太い人であったと言われる。浄土宗の開祖法然は、私淑する円仁の衣をまといながら亡くなったという。
836年(承和2年)、1回目の渡航失敗、翌837年(承和3年)、2回目の渡航を試みたが失敗した。838年(承和5年)6月13日、博多津を出港。『入唐求法巡礼行記』をこの日から記し始める。志賀島から揚州東梁豊村まで8日間で無事渡海する(しかし「四つの船」のうち1艘は遭難している)。円仁の乗った船は助かったものの、船のコントロールが利かず渚に乗り上げてしまい、円仁はずぶ濡れ、船は全壊するという形での上陸だった(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。
※上陸日である唐の開成4年7月2日は日本の承和5年7月2日と日付が一致していた。唐と日本で同じ暦を使っているのだから当然ではあるが、異国でも日付が全く同じであることに改めて感動している(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。
最後の遣唐使として唐に留学するが、もともと請益僧(入唐僧(唐への留学僧)のうち、短期間のもの)であったため目指す天台山へは旅行許可が下りず(短期の入唐僧のため日程的に無理と判断されたか)、空しく帰国せねばならない事態に陥った。唐への留住を唐皇帝に何度も願い出るが認められない。そこで円仁は遣唐使一行と離れて危険を冒して不法在唐を決意する(外国人僧の滞在には唐皇帝の勅許が必要)。天台山にいた最澄の姿を童子(子供)の時に見ていたという若い天台僧敬文が、天台山からはるばる円仁を訪ねてきた。日本から高僧が揚州に来ているという情報を得て、懐かしく思って訪れて来たのだという。唐滞在中の円仁の世話を何かと見てくれるようになる。海州東海県で遣唐大使一行から離れ、一夜を過ごすも村人たちに不審な僧だと警戒され(中国語通じず、「自分は新羅僧だ」と主張しているが新羅の言葉でもないようだ、怪しい僧だ)、役所に突き出されてしまう。再び遣唐大使一行のところに連れ戻されてしまった(『行記』839年(開成4年)4月10日条)。
当時、中国の山東半島沿岸一帯は張宝高をはじめとする多くの新羅人海商が活躍していたが、山東半島の新羅人の港町・赤山浦の在唐新羅人社会の助けを借りて唐残留に成功(不法在留者でありながら通行許可証を得る等)する。遣唐使一行から離れ、寄寓していた張宝高設立の赤山法華院で聖林という新羅僧から天台山の代わりに五台山を紹介され、天台山はあきらめたが五台山という新たな目標を見出す。春を待って五台山までの約1270キロメートルを歩く(『行記』840年(開成5年)2月19日~4月28日の58日間)。
840年、五台山を巡礼する。標高3000mを超す最高峰の北台にも登山する(47歳)。五台山では、長老の志遠から「遠い国からよく来てくれた」と温かく迎えられる(『行記』840年(開成5年)4月28日条)。五台山を訪れた2人目の日本人だという(1人目は、最澄とともに入唐し、帰国せず五台山で客死した霊仙三蔵)。法華経と密教の整合性に関する未解決の問題など「未決三十条」の解答を得、日本にまだ伝来していなかった五台山所蔵の仏典37巻を書写する。また、南台の霧深い山中で「聖燈」(ブロッケン現象か。『行記』840年5月22日条、6月21日条、7月2日条)などの奇瑞を多数目撃し、文殊菩薩の示現に違いないと信仰を新たにする。
当時世界最大の都市にして最先端の文化の発信地でもあった長安へ行くことを決意し、五台山から約1100キロメートルを徒歩旅行する(53日間)。その際、大興善寺の元政和尚から灌頂を受け、金剛界大法を授き、青竜寺の義真からも灌頂を受け、胎蔵界・盧遮那経大法と蘇悉地大法を授く。また、金剛界曼荼羅を長安の絵師・王恵に代価6千文で描かせる。
台密にまだなかった念願の金剛界曼荼羅を得たこの晩、今は亡き最澄が夢に現れた。曼荼羅を手に取りながら涙ながらに大変喜んでくれた。円仁は師の最澄を拝しようとしたが、最澄はそれを制して逆に弟子の円仁を深く拝したという(『行記』840年10月29日条)。描かせていた曼荼羅が完成する(『行記』840年(開成5年)12月22日条)。
しばらくして、唐朝に帰国を百余度も願い出るが拒否される(会昌元年8月7日が最初)が、その間入唐以来5年間余りを共に過して来た愛弟子・惟暁を失う(『行記』843年(会昌3年)7月25日条。享年32)。また、サンスクリット語を学び、仏典を多数書写した。長安を去る時には423部・合計559巻を持っていた(『入唐新求聖教目録』)。そして、842年(会昌2年)10月、会昌の廃仏に遭い、外国人僧の国外追放という予期せぬ形で、帰国が叶った(会昌5年2月)。
当時の長安の情勢は、唐の衰退も相まって騒然としていた。治安も悪化、不審火も相次いでいた。その長安の街を夜半に発ったが(曼荼羅や膨大な経巻を無事に持ち帰るため)、夜にもかかわらず多くの長安住人の送別を受けた。送別人の多くは、唐高官の仏教徒李元佐のほか、僧侶及び円仁の長安暮らしを支えた長安在留の新羅人たちが主であった。餞けとして絹12丈(30m余)を贈ってくれた新羅人もいた(845年(会昌5年)5月15日)。歩くこと107日間、山東半島の新羅人の町・赤山まで歩いて戻った[注 1]。
この際、新羅人の唐役人にして張宝高の部下の将・張詠が円仁のために唐政府の公金で帰国船を建造してくれたが、密告に遭い、この船では帰れなくなる。
「円仁が無事生きている」という情報は日本に伝わっていたらしく、比叡山から弟子の性海が円仁を迎えに唐にやってきて、師と再会を遂げる。楚州の新羅人約語(通訳のこと)劉慎言に帰国の便船探しを頼み(彼は新羅語・唐語・日本語を操れるトライリンガルであった)、彼の見つけた新羅商人金珍の貿易船に便乗して帰国する。円仁は劉慎言に沙金弐両と大坂腰帯を贈っている。朝鮮半島沿岸を進みながらの90日間の船旅であった。新羅船は小型だが高速で堅牢であることに驚いている。博多津に到着し、鴻臚館に入った(『行記』847年(承和14年)9月19日条)。日本政府は円仁を無事連れ帰ってきた金珍ら新羅商人に十分に報酬を報いるように太政官符を発し、ここで9年6ヶ月に及んだ日記『入唐求法巡礼行記』(全4巻)の筆を擱いている(『行記』847年(承和14年)12月14日条)。54歳。
この9年6ヶ月に及ぶ求法の旅の間、書き綴った日記が『入唐求法巡礼行記』で、これは日本人による最初の本格的旅行記であり、時の皇帝、武宗による仏教弾圧である会昌の廃仏の様子を生々しく伝えるものとして歴史資料としても高く評価されている(エドウィン・ライシャワーの研究により欧米でも知られるようになる)。巡礼行記によると円仁は一日約40kmを徒歩で移動していたという。
目黒不動として知られる瀧泉寺や、山形市にある立石寺、松島の瑞巌寺を開いたと言われる。慈覚大師円仁が開山したり再興したりしたと伝わる寺は関東に209寺、東北に331寺余あるとされ、浅草の浅草寺もそのひとつ(岩舟町観光協会HP)。このほか北海道にも存在する。
朝3時、腹が張る感覚で目覚める。以上に屁が出るが、無視して再度入眠。
4時、再び腹に異常を感じ目覚める。トイレに籠る。10分ほど放屁し続けると落ち着き、ベッドへ戻る。
6時起床。出社の準備をする。
以前はTVでニュースなどを流し見ていたが、最近はTVもつけず淡々と支度する。
元々TVを見ない人間だが、最近はTV離れに拍車が掛っている。朝の情報番組とやらで職場での話題を仕入れる気力が消滅したのだ。
このままTVを処分してNHKの契約も解約すれば清々するのではなかろうか、と時折妄想することもしばしば。
支度をしながら、今日の予定を思い起こす。気持ちは奮い立つどころか萎える一方だ。
7時。仕方なく出社。本来始業時間は8時半だが、この会社はクソ田舎の狂ったワンマン中小なので、生殺与奪を握られた社畜どもは金も出ないというのに1時間半前に出社を強いられている。
俺もそのクソ田舎の狂ったワンマン中小に飼われる社畜の一であるため、その暴虐の掟にしたがい出社を果たす。
今のおれにできることは、この理不尽の記録を集め、一年後あたりにせいぜい失業手当の猶予を消す証憑とする程度である。
このクソ田舎の狂ったワンマン中小にも新卒の社員が損耗率を考慮したうえで大量にかき集められている。
彼らはこの研修期間中は仲良しこよしで和気あいあいと出社し、日がな大会議室で研修と称した洗脳を受ける。
こうして徐々に人間性をはく奪され、製造ラインの一設備、あるいはクソ管理職の鉄砲玉として加工されていくのだ。
さて、今日の仕事ぶりだが、朝から屁が止まらないというアクシデントとぴくりとも起らんやる気により、始業の段階から不振を確信していた。
期末を過ぎ、決算に向けて各種資料をこしらえるのが俺に課せられた任務なのだが、部署内を飛び交う愚痴と先輩からの八つ当たりにただでさえ低いモチベーションをさらに下降させ、
もう帰った方がマシだと思いながら資料をつくる。
欠伸とガスは止まらないのも辛い。
やる気が出ないうちに、新規の業者から未払いの問い合わせがくる。
どこかのクソが発注するだけやって請求書を回さなかったらしい。しかしながら、そのクソはもう居ない。
先方に謝罪しながら、社内申請の手配をする。守りもしない癖に規定だけは一丁前にあって、尻を拭く下っ端の人間だけがその制約を受けるのだ。
午前がつぶれる。
最悪過ぎて書くだけで辛い気持が蘇るので割愛する。とにかく、このクソ田舎の狂ったワンマン中小を象徴するようなメンツである。
俺は会社と飯を食べるのだ。
飯をよそいながら、俺はさっとテーブルを見まわし、災厄のないテーブルに着く。
少し前は相席でも気にせず、むしろ同席の方と世間話などしたものだったが、最近はひとりになりたくて人のいない席につく。
昼食から戻ると、席のある島で休職していた女の子を見かける。どうやら、退職するらしい。
海外の大学を出て、トライリンガルだという才女、しかも真面目なよい子だったのだが、このクソ田舎の狂ったワンマン中小の精神が形になったようなクソ上司にあたってしまい、
一時期は随分辛そうにしていたものだ。
彼女の身の上を案じ、クソに義憤を燃やす先輩方。その場面をどこか遠くを見るかのように眺める俺。
先輩方はきっと親切でまっとうな人間だ。しかし、やりどころのない憤りの果てを思うと彼女へ掛けるはずの言葉が出なかった。
そうこうしていると、人事がやってきて先日サンプルとして受けた適性検査の結果を見せられる。
結果は協調性および人間関係の構築に難があるとして不適。もっと人間に興味を持てみたいなことがグダグダ書かれていて、
そいつを俺に突き付けた若造が「○○さん、採用取り消しですねェ」などとほざく。ちなみにこいつも同じ検査をうけて不適の評価をたたき出している。
確かに、この半年ほど人づきあいだの社内外の人間関係だのが非常に億劫に思えて、かなり適当にやっている。
これはいかんと思い、書庫にてスマホで「人間関係 関心 改善」などとググったりするが怪しいカウンセリングやセミナーばかりヒットする。
認知療法がいいのかなぁ、などと悩みながら作業するうちに終業となる。働き方改革ッッッ!!などと喚いてるわがクソ田舎の狂ったワンマン中小には残業は無い。
ただ、終業後なぜか着席しているのだ。だいたい2~3時間くらい。こうして事実を書きだすだけで、なぜか涙が滲むのだなぁ。
昼食から無心で働くと、そろそろ空腹の絶頂を迎えようという時間帯である。上司と先輩はどっかからギッた菓子やら適当な外出時に購入した菓子を頬張る。
うんこ下っ端にはそういった健康で文化的な最低限の生活は保障されていないため、すきっ腹を抱えながら、ああ解放されたら何食おうかなぁとか考えて耐え忍ぶ。
そういえばいつの間にか腹のガスは治まっている。
PCを消し、退勤しようとすると「もう帰るのか」「お前、全然仕事していないだろ今日は」等と温かい見送りの挨拶をいただく。一礼して社屋を出る。
張りきった飯を食いたい気持ちともう帰って寝たい気持ち、この両方を勘案して最適な飯を食べる。
俺は定食が好きだ。
さて、あとは帰宅してシャワーして寝るだけだが、ふと日記というものを書きたくて書きたくて無性に書きたくてどうしようもない気持に駆られたので、
さ、明日はどんな一日になるだろうか。
せめて、少しはマシな一日になるといいのだけど。
喉が痛くて耳鼻科行ったら喉の食道と声帯の境目あたりに炎症ができてるって言われて、
とりあえず炎症抑える薬を数日飲んでたら楽になったけど、もしかしてこれ、逆流性食道炎とかだったのかな?
前から胃酸モッサモッサ出てる気がするというか、胃がムカムカしたりウプってなったり、
平らなところに横になると腹の中を熱い液が喉の方に上がってくるのがわかったりする体質ではあったし。
喋ってる最中に酸味がのぼってきそうになって飲み込むとかもよくあるし。
元々胃のトコの弁が弱いのか頻繁に上がってくるので飲み下すことも多いけど、油断してると噴きだすから幼いころから人よりもどす機会は多かった。
思い出せるだけでも、むせゲロ、笑いゲロ、嗚咽ゲロ、激おこゲロ、歓喜ゲロ、緊張ゲロ、走りゲロ、踏ん張りゲロ、跳ねゲロ、逆上がりゲロ、
腹筋ゲロ、格ゲー熱中ゲロ、早口ことばゲロ、腕相撲ゲロ、ドッヂボールゲロ、合唱ゲロ、腹パンゲロ、胸倉掴まれゲロ、背中叩かれゲロ、
ヨガゲロ、フラフープゲロ、夜の営みゲロ、前屈ゲロ、ゲロワット、ラジオ体ゲロなどなど、数々の事故を経験しながらも奇跡的にいじめられることもなく、
あなたの暮らしにマーライオン、Mr.ゲロルシュタイナーの称号を欲しいがままにしてきた私ではあるが、よもやこの年になって病気を疑うことになろうとは。
先に男根のメタファーなるものが話題になったが、それでは男根の直喩とはなんだろうか、という疑問が呈された。
考えてみると、画像や映像で「メタファー(隠喩)」という表現は使われるのに直喩はみない。それはどうしてだろうか? また男根の直喩はありうるのか? その場合はどういうものがそれに相当するのか?
比喩とは、異なる2つのものを性質の共通性によって連想(類推)させ、結びつけるものである。
それゆえ比喩は比喩対象(=比喩されるもの。「被比喩物」)、比喩しているもの(比喩対象以外のものであることを要する。「比喩物」)、両者の性質の共通の3点を満たす必要がある(以上を「比喩要件」と呼ぶことにする)。
してみると、隠喩は比喩要件を最小限に満たしたもの、直喩はそれに加えて比喩性を明示したことをいう、と考えられる。
ところで比喩であることを明らかにするには「ようだ」など、比喩性を直接に明示する文言を使うことが一般的である。
辞書の定義には「ようだ」「ごとし」「似たり」などの比喩を表す文言を用いたもの、とまで書くものもある(広辞苑など)。
しかしそれ以外の方法で比喩性を明らかにすることが妨げられないのではないか。比喩であることが明らかなもの、という定義も存在する。大体にして「などの比喩を表す文言」という定義自体、曖昧であり却って議論を混乱させる。本質としては比喩であることが明示されているか否かが重要だろう。
そこで、凡そ一般に比喩性を明らかにすれば、直喩が成立すると考える。
比喩性は比喩要件を満たせば認められるが、同時に我々は比喩要件を満たした表現を見ると、それを比喩であると認識する。
この観点に立つと「ようだ」「ごとし」「似たり」などの文言を使う方法は、比喩要件充足を包括的に示す方法と言える。
それでは「明示」とは何を意味するのか。
これは、受け手に高い蓋然性を以って<上記の比喩性=比喩要件充足を伝えようとしていること>が理解されるものと考える。
まず比喩要件を各個に検討し摘示するような表現が考えられる。比喩要件を各個に検討し摘示する表現はかなり不自然な表現であるから、<上記の比喩性=比喩要件充足を伝えようとしていること>が理解される。すなわち、比喩要件充足が明示された、と言える。拙い例で申し訳ないが「あの子は虎だね。強くて大きくて五月蠅いが、それでいて可愛げがある」などの言い方を例にしたい。最初の文単独で見れば隠喩のように見えるが、しかしこの文章全体からしてこの言い回しは直喩である、ということになる。本来受け手の側で「発見」される(後述)性質の共通性をわざわざ述べる不自然さが比喩性を明示するのである。
しかし方法はそれだけか。私はほかに「比喩するものの存在の明示すること、及び比喩対象(被比喩物)の存在が特定できるほどに明確に共通の性質を示す」という方法でも可能ではないかと考える。何故ならそれにより結局比喩物、被比喩物、共通の性質が明示され、比喩要件充足及び比喩要件充足を示そうとしていることが高度の蓋然性を以って理解される、と思うからである。
(またこのほかに、そもそも被比喩物を模したことが公知の事実となっている比喩物というものもある。男根と張型の関係はこれに当たろう)
さて後者の「その他の方法」をわざわざ提示するにはそれなりの理由がある。これは、言語表現以外で比喩性という一種の関係を伝えることには困難が伴うと考えるからである。
詳述するとこういうことである。画像や映像における「メタファー(隠喩)」は言語表現とは異なる。言語表現においてメタファーは比喩物と被比喩物を示し、共通性は読者が発見するという形を採る。なぜ読者がわざわざ発見するのかと言うと、それは比喩物と被比喩物がズレているのにも拘らず、同一性を示す言い回し(AはBだ、が典型)が使われるからである。
映像では被比喩物が示されず、ただ比喩物のみが存在するという場合がある。その代わり、比喩物と被比喩物の関係は共通性が見出しやすいものとなっている。それは同一性に気付く手がかりがないからそのように設定して用いざるを得ないところもあるが、画像や映像は情報量が多いため、共通の性質を見出すことが容易であることも大きな理由であろう。
こういう性質を持つがゆえに、画像や映像において「~のメタファー」なるものは見いだせるのに、直喩は見いだせないのである。しかし、先に示した直喩の考え方によるならば、画像や映像においても辛うじて直喩は認め得るのではないか。映像や画像であれば、似たものを並べれば、それは比喩物、被比喩物、共通の性質を同時に示したことになり、これは「各個の明示」に近い。
またそうでなくとも「その他の方法」によることも可能である。例えば動作を含めれば、共通の性質がより鮮明に打ち出され、それにより被比喩物が特定されるだろう。画像・映像表現ではこちらが使いやすいのではないかとも思われる。
以上より、画像や映像における直喩は成立しうる。そして如上の直喩概念によるならば、男根の直喩とは、例えば次のようなものが考えられる。
張型(物自体)
はてぶでたまに上がってくるけどさあ、ジェムリンガってすげえな。官能小説かよって思うよな。
普通の日常生活ですぐそばを歩いてる人がタンポン以外のものをまんこにぶっさしてるとかふつう思わないよな。
張り型突っ込んで日常生活するとかもうそれは調教ものじゃん。官能小説かエロ漫画かはたまた抜きゲーか。
そのうえおもちゃをまんこに突っ込んでるっていうのにコンドームかぶせてないんですって。絵面重視のAVやらエロ漫画じゃないんだからそこはちゃんとかぶっとこうよ。ちゃんと。
しかもさ、つるっとしたシリコーンゴムやプラスチックならともかくさ、ちょっととげとげごつごつしたのを凧糸みたいなひもでつないであるとか。痛くないのかよ。
ごつごつしてるってあれかやっぱマゾ調教奴隷はつるっとしてると満足できないのか。それって俺みたいな童貞が妄想するファンタジーの中だけじゃないんですか。教祖様の命令だから入れてなきゃいけないのか。よいご趣味で。いやよくない。
それにさあ、ひもって。清潔感どこいったの清潔感。やっぱコンドーム使おうよ危ないよ。雑菌繁殖しないんすか。俺だってオナホールに精液ぶちまけた後ちゃんと石鹸で洗い流してるよ。かび怖いもん。まんこひっくり返して洗うわけいかないでしょ。危ないことやめようよ。
同じ危ないことならジェムリンガ教の教祖様のちんこ生で入れっぱなしにしてるほうがまだしも安全だとおもうよ。変なもの入れるのやめようよ。
艦これ冬イベントE-4の夜戦マスを抜けボスに到達したところ、被弾していなかったはずの艦が大破状態になっているという現象が発生しました。これはニコ生の放送中に発生していて、少なくともプレイ中に別の動画を流して件のバグが発生したように見せかけるような釣りではなさそうだ、と言われています。
その放送の様子はまだタイムシフトで確認でき、問題のシーンを抜粋した動画も上がっています。
→【艦これ】雑談とか - 2015/02/08 01:01開始 - ニコニコ生放送
→【艦これ】トラック泊地イベントE-4 大破バグ ‐ ニコニコ動画:GINZA
今朝方運営から件の現象について以下のようにコメントが有りました。
【リンガ泊地サーバ】で現在大破バグがあるのでは?という事例報告を複数頂きました。事例は全てある1名のユーザーのものです。同事例のログ解析を行いました。ご心配の提督も多いと思いますのでご報告します。『不正ツールの使用者以外で、そのような症状の発生は確認できません』でした。#艦これ
https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/564944697055903745
ここでいう不正ツール使用者とは、BOT/マクロなどを使い不正ツールを使い、「艦これ」に不正規かつ仕様/ルール外の規約違反の方法で接続を試みるユーザーです。仕様/ルール内のみで動作する専用ブラウザは(厳密には規約違反にあたりますが)今回の説明上の不正ツールには含みません。
#艦これ
https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/564945193296601089
不正ツール使用は、規約違反です。ご使用はお辞めください。今回ご説明したような不正ツール使用者に対しては、あらゆるサポートは停止されます。また、任意のタイミングでアカウント停止その他の比較的厳しい処置をとらせて頂く場合があります。
#艦これ
https://twitter.com/KanColle_STAFF/status/564945644427546624
要約すると
ということになると思います。
この発表について「こんな発表じゃ安心してプレイできないじゃないか!」と言う人が結構いるようです。確かに「バグは存在しないので安心してプレイしていいよ!」って言ってくれないと不安になる気持ちもわかります。
が、結論から言っちゃうと不正ツールを使用してない人は普通にプレイしてて大丈夫だと思います。3つのツイートに渡る運営の発表で、一番重要なのは3つ目のツイートの不正ツール使用者へのサポートは行わない、という内容です。裏を返せば「正規の利用者ならバグがあってもちゃんと対応してあげるよ」ということです。
おそらく件の現象について運営側もはっきりした原因が分からなかったのではないでしょうか。はっきりわかっているのは要約1、2、3の内容だけで、これだけを見れば「不正ツールが引き起こしたバグである確率が高い」としか言えません。「STAP細胞が存在する可能性は極めて低い」みたいな。確率的に0とは言い切れないと歯切れの悪い言い方になってしまうものです。
しかしどんなゲームにもバグは付き物です。一番の問題はバグが起きたときにどう対応してくれるかです。不正ツールを使用していなければサポートはされるようです。バグが起きちゃったら起きちゃったで連絡すれば対応してくれるようですし、(不正ツールを使ってない人は)安心して艦これを楽しみましょう。
しかしまあこの運営の発表は歯切れ悪すぎですね。「バグっても正規利用者は対応するよ!」とか言うと「やっぱりバグがあるのか」とか言われちゃいそうだし難しいところとは思うけど・・・。
艦これ運営のツイートは要領を得ない事が多いです。まだ鎮守府サーバしかなかった頃はそれも込みで愛されてた節はありますが、これだけ人が増えた現状、そろそろプロの広報担当を雇ったほうが・・・
E-5甲クリアしました^^ダブルダイソンでもヒーヒー言ってたのに慣れは恐ろしいものです・・・
「ジェムリンガなんてものの存在知らないんじゃね」という主張が間違っているという指摘に反論なし。
『「紙ナプキン危険説」を眉唾とするなら、その説ではジェムリンガが肯定されてしまう』という主張が間違っているという指摘に反論なし。
「アレ待チろまん」の「蛇足」とされている主張は、現時点では増田氏以外の誰も蛇足とはみなしていません。それもそのはずで、ニセ科学についての基本的な知識を共有している人からみたら、しごくもっともな主張であるからです。もしかしたら増田氏はニセ科学についての背景知識を共有していないがゆえに誤解したのではないでしょうか。でなければ、増田氏のの日本語能力のほうにこそ難があるのでしょう。
だれもジェムリンガがメジャーとは言ってません。ジェムリンガはメジャーではないでしょう。マイナーながら、ジェムリンガに好意的な人は紙ナプキンには否定的だろう、という推測はきわめて妥当だと思いますが。実際、ちょっと探せば、紙ナプキンに否定的である一方で、ジェムリンガに肯定的なユーザーのブログは見つかります。いわゆるニセ科学的な主張のうち「人工物否定・天然物肯定」タイプの言説です。
「紙ナプキン危険説」が眉唾だったとしても、ジェムリンガは肯定されません。「紙ナプキン危険説以外の根拠は述べられています」という部分は読まれなかったのでしょうか。
別に「アレ待チろまん」が、低能だとも蛇足だとも私は思いません。ニセ科学批判について、ある程度の知識を共有している人は、私と同様に考えるでしょうね。むしろ、増田の主張を読んで、「何かアレな人に難癖つけられているなあ」と考えるでしょう。
http://anond.hatelabo.jp/20100731075251 を書いた者です。
http://anond.hatelabo.jp/20100731111129
実を言うと、あれを書いたのは、グローバル信者の英語ブログを見つけてものすごく腹が立ったからなんだよね。自分はグローバルに活躍する勝ち組みたいなことを言っておいてその英語は日本人の俺でもまともに読む気をなくすレベルだった。お前、それでネイティブと戦おうなんて竹槍突撃もいいところじゃないかと。それで気になって調べてみると、「英語ができるだけで収入が2倍になる」とか言ってる某自己啓発教祖の英語だってブロークンもブロークン、俺の方がマシじゃないかってレベルだった。もう腹が立って腹が立って。要するにこいつらの「英語」は、日本のガラパゴス猿共のコンプを煽るためのものでしかないわけよ。ネイティブから「天才チンパンジーのアイちゃん」程度に扱われればそれでボクチャン名誉白人、満足ですぅってことなんだろとしか思えなかった。
日本においては、英語はコンプレックス産業だからね。アメリカのように、移民たちにどう英語を習得してもらうか、という現実の必要性もないわけで、そうなると耳障りのよい宣伝文句のほうがウケてしまうんだろう。日本で発売されてる英語教材には「今日は良い天気でした。」というのんびりしたものが多いが、英米圏の教材では仕事に関する生々しいシチュエーションがたくさん出てくるしね。
元増田のエントリーにさまざまなコメントが寄せられてたけども、それらを見ていても似たようなことを感じたよ。以下のような視点からのコメントが多かったね。
1.「英語は国際語だ。」
地球の人口の3割近くが英語を話すとも言われてるけども、それでもたったの3割だよ。また、傲慢なアメリカ人が同じことを言うならばまだしも、日本人にとって英語は外国語でしかないのに、このような意見に易々と同調するのは実に不思議だね。
2.「簡単な英語でいいんだ。」
シングリッシュを引き合いに出してた人がいたね。シンガポールである程度の教育を受けた人たちがシングリッシュをフォーマルな場で使うことなんてあり得ないよ。そういった人たちはやはりイギリス英語をお手本にして英語を学んでいる。そして、元増田が指摘してたように英米圏においては簡易英語はネタ的に扱われている。それは最近、話題になっているGlobishなども同じこと。
「簡単な英語でいいんだ」と主張する人たちのうち、どれくらいの割合が実際にその「簡単な英語」について書かれた英米圏の記事を読んだのだろう。「簡単な英語」なんてものは英米圏において「英語が危ない」というネタとして消費されてるだけだよ。
そして、そういった英米圏の抵抗を現実的に打ち負かすほどの力が、それらの簡易英語に備わっているとは思えない。それは政治的にも、言語の仕組みとしても。
ともあれ、こういった「英語は国際語で、しかも、簡単な英語でいいのだ」という発想は、実に日本人的なものだと思うよ。日本人は日本国内においては日本語だけを使っていればいいけども、それと同じように「簡単な英語」で「世界のどこでも」乗り切れればいいな、という願望があるのかもしれない。
http://d.hatena.ne.jp/atq/20100801
元増田 2010/08/02 00:34
もしかして、あなたやその他の私に反論されている方は、言語とは「英語」と「その他大勢」しかないという見方をされているのでしょうか。
ここらへんがキモじゃないかと思うね。元増田に反発する人たちは、日本語のモノリンガル環境(=日本)を英語に置き換えて考えてるだけなんだろう。「「英語」と「その他大勢」しかないという見方」とは、まさにそのことじゃないかという気がした。
しかしながら、シングリッシュのようなクレオール言語で「世界のどこでも」乗り切っていくのは不可能だ。多少ブロークンな英語でノンネイティブ同士がやりとりすることはあるけども、それはクレオール言語やピジン言語ではない。minor errorを含んでるだけであって、あくまでもモデルは英米圏の英語だ。
そういった前提に立てば、同一語族に属していない日本語の話者がいかに不利か、気付かされるし、元増田が主張していたような「絶望」という感情も生まれてくるのだろう。そして、「簡単な英語でいい」などと無責任に煽ったりするブロガーを見れば、「所詮、こいつら「言語」ってものを舐めすぎだと思うんだよ。」という感想を抱くのも自然なことだろう。
思うに、「言語」を「舐めすぎ」るというのは、ある意味で居心地のよい日本語に甘えているということなのかもしれないね。そして、日本語と同じように「苦労せずに習得できるレベル」の英語を用いて、海外でコミュニケーションを取りたい、という違う甘えも生み出しているのかもしれない。もっとも、日本語を習得するのだって、ほんとうは大変だったはずなんだけどね。子供の頃から漢字の書き取りを行い、長いあいだテレビなどで標準語の言い回しを見聞きして、いろんな人と話すことでようやく習得できたはず。
本来であれば、安易に「英語、英語」と喧伝するまえに、外国人向けの「簡単な日本語」を策定して国際機関の公用語に押し上げる、くらいの発想も必要じゃないかな。もし、そこで「日本語は外国人には理解できない」という日本特殊論に落ち込むとしたら、それもある意味では日本語に甘えているということなんだろう。
元増田の人は煽りをふんだんに詰め込んであの増田を書いたけども、細部をきちんと見ていけば、実に丁寧に言語と付き合ってる人だとわかる。なので、反発していた人たちも英語の勉強が進んだら、もう一度読み返してみれば少なからず得るものがあるだろう。もしかしたら、元増田と似たような思いを抱くかもしれない。学歴コンプや日本特殊論などの仕掛けを用いなくとも、そういった言語についてのお話が読まれるようになり、日本人がもっと積極的に自らの意見を発信できるようになれればいいね。
あはは。
わざわざ、1.俺はTOEICでは900ぐらい余裕で取れて、2.論文とかなら英語の読み書きに不自由せず、3.話す方もプレゼン程度ならどうにかこなせ、4.周囲からは「英語ペラペラ」思われてる、と英語に関するスペックを明らかにしたうえで、
自分で言うのもなんだが子供の頃から一貫して学業優秀だった俺でもこの程度でしかないのに、学歴ルサンチマンを募らせたお前らにいったいどれだけのことができるんだ?できもせんくせにふざけるんじゃないよ。
と煽るなんて、「増田を書くために増田を書いた」んだね。TOEFLをTOEICの上位に位置づけてみせるのは強引すぎる気もするけど、確かに日本人の英語論議は学歴と密接にリンクしているし、正しい煽り方だよ。まぁ、それは日本において必要とされる英語は受験英語だけということなんだけど。
でも、書いてあることは面白いわ。
2.ブロークンイングリッシュですべてを済まそうとする風潮への批判
3.英語にも「敬語」に相当するような微妙な言葉遣いが存在すること
4.それらを習得するには訓練が必要なこと
5.日本語だけに「敬語」があると思いこみたがるモノリンガル的発想のくだらなさ
6.日本語は印欧語族に属しておらず、英語との言語的距離が遠いこと
8.これらの背景を踏まえて考えれば、英語の習得は著しくコストがかかること
9.にもかかわらず、安易に英語を称揚するような言説が溢れかえっていること
ざっとまとめれば、こんな感じだよね。実に正確な現状認識じゃないかな。
そして、こういった事柄を学歴コンプと絡めながら書かないと注目されないのが日本の現状なんだろうね。いや、それは必ずしも悪いことじゃなくて、国内にいればそんなに英語など必要ないのだから、ある意味で幸せなことだと思うよ。
英語という風車にむかって「撃ちてしやまむ」とかほざいてバンザイ突撃をかけるのは勝手だが、お前らの下らない一億玉砕に巻き込まれたくなんかないんだよ。自爆するなら勝手にやってろってんだ。
でも、心配しなくても大丈夫だよ。みんな、「英語は○○だ」という議論をしたいだけで、実際には時間とお金をかけて勉強なんてしないから。必要な人はとっくに始めているしね。今、始めてない人だって、本当に必要になったら始めるだろうし。そして、悪戦苦闘しながらでも必要な範囲内で習熟していくよ。
うんざりしてしまうのは、「英語は国際語だから、これからの時代は絶対に必要」と脅してから、「ブロークンでもいいんだ」と敷居を下げてみせる人たちだよね。それじゃ詐欺なわけで。そんな意見に簡単に首肯したりせず、自分の周囲において英語がどれくらい必要になっているのか、じっくり考えてみるほうが重要だと思うよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100715165527 の続き、法則じゃなくて実践編。
グッモーネン
Good morning.
Good afternoon.
グッナイッ
Good night.
Nice to meet you.
アイムフルムジャペアン
I 'm from Japan.
ジャスタリルウ
Just a little.
テンキュ
Thank you.
ユオウェウクム
You are welcome.
ナラローウ
That's OK.
ドンウオウリアバウレッ
Don't worry about it.
ハオユ?
How are you?
ワツァッ?
What is up?
テイケオ
Take care.
ハバウシャペン?
How about shopping?
アイウテイケッ
イゼリナフ?
Is that enough?
メヤイカミン?
May I come in?
ゲラウラヴヒア
Get out of here.
プリーズハヴスィーツ
アイガーレッ
I got it.
メイクセンス
Makes sense.
アイナッシュオ
I am not sure.
アイディンーノウダーッ
I didn't know that.
セイーラゲイン
Say it again.
オユシュオ?
Are you sure?
アイニーラキャーブ
I need a cab.
I am getting off.
ワッシュライドゥ?
What shuld I do?
テイケルーズィ
アイガーラゴウ
A couple of minutes.
ギンミスメデスン
Give me some medicine.
A cup of coffee, please.
Can I have some water?
Let me get a slice to go.
ドゥヤヴ コウク?
Do you have coke?
ケニュテイカワペクチョ?
Can you take our picture?
クジュウテウミ ダウリルダ ボウスタフェス?
Could you tell me the way to the post office?
How do I get to Tokyo station?
I want you to pick me up at the airport.
ジュマインデファイ オウペナドア?
Do you mind if I open the door?
ワルヨーテンカバウレッ?
プリーッセンミスマネ ズスーネズパセボウ
Please send me some money as soon as possible.
ワッカイナムーヴィズ ドゥユライク?
What kind of movies do you like?
Do you want to listen to music?
I am going to visit the United States.
I don't feel lile it.
I am supposed to go see a docter.
ワツダネクスタッ(p)
ハーロンダゼッテイク?
イツユオズイズネッ?
It is yours, isn't it?
アイハフタドゥマイベスッ
I have to do my best.
ハヴュベナセアロウ?
Have you been to Seattle?
アイウォズエイボラスウィム
I was able to swim.
ウィアダラーラスノウ
We had a lot of snow.
I shoud have bought a brand new computer.
http://news.goo.ne.jp/article/wiredvision/business/2009news1-21243.html
【引用開始】
『iPhone』用アプリケーション『Cry Translator』は、むずがる赤ん坊の泣き声を聞いて、
神経をゆさぶるようなその声の高さ、大きさ、調子、抑揚などを分析してくれる。
10秒後には「翻訳」を表示する。
つまり、「おなかがすいている」「眠い」「緊張している」「イライラしている」「退屈している」
という5つの状態だ。
さらに、赤ちゃんの声の翻訳をもとに、するべきことのアドバイスまで教えてくれる。
新米の親たちの悩みを食い物にしているという点はさておき、
この価格30ドルのiPhoneアプリのコンセプトとは、赤ちゃんが出す声の意味を提示することで、
ベビーシッターを支援するというものだろう。
テレビのスイッチを『American Idol』[アイドルオーディション番組]から
アニメ『Family Guy』に切り替えるのではなく、(空腹を感じているとされる)3カ月の
赤ちゃんに食事を与える方が適切だ、とベビーシッターはわかってくれるかもしれない。
Cry Translatorを開発したスペインのBiloop Technologic社によると、臨床試験によって
このアプリが96%の確率で正確であることが明らかになっているという。
【引用終了】
http://b.hatena.ne.jp/entry/wiredvision.jp/news/200911/2009110619.html
>マスコミ
>「こういうものに頼らないと育児を出来ない親が増えており嘆かわしい。
>(中略)
>核家族化による世代間の断絶と心の闇が
>(以下1万文字略)」
とはてブでは精神論を唱えるバカが現れると予言していたが、案の定現れたので吊るし上げることにする。
http://twitter.com/momonico/status/5503684202
>親やベビーシッターなら、赤ちゃんの声の調子や表情、仕草から察するべき。
>こんなものに依存したら察する力を失いかねない。
「お前は赤ん坊を育てたことがあるのか!!!」と詰問すること小一時間(w
大体、日本は先進国にも関わらず、無痛分娩の普及率が最低クラスという点からも分かるように
なので、酒井順子は
「無痛分娩が普及しないのも少子化の一因だ」(陣痛に対する恐怖感から出産を控える)と
本音をぶち上げたのに、誰もまともに取り合わない。
友人A。25歳。一部上場企業に就職。トライリンガル。趣味、鉄道写真。
見た目、ドランクドラゴンの塚地とザブングルのアレな方を混ぜたみたいな。
彼女ナシ。合コンでは黙って飲んでるタイプ。自称童貞。女の子の匂いは全くない。
デイトレ・スイングの中間みたいなスタイルで株など触る。今、状況悪いけど儲かってるみたい。
彼女8人(キャバ系が主)。ナンパ上手。今日セックスする相手には困らない。
俺も金がほしい。女の子と毎日遊びたい。
彼らはよくブレーキを踏まないなと思う。
自分が選ばなかった道のことを思うことはないのか。
どうしてそんなに割り切れるんだ。怖くないのか。
俺はとても怖い。
だから俺は軸と軸の間をフラフラ凡庸に暮らしている。パッとしない人生だと自覚している。
彼らがうらやましいと思う部分もあり、心配になる部分もある。
羨ましいと思うのは、彼らが自分の価値を、自分の力で、表現していると感じるからだ。
俺には目立ってアピールできるスキルがない。実績がない。だから俺には価値がない。そう思えて寂しくなる。
お前金持ってるったって童貞くらい捨てとけよ?
お前女と遊んでばっかで将来どうすんのよ?
友達なのに、そんな風に思ってしまう自分も憎い。
ネズミのウフコックじゃないが俺も自分の有用性を証明したい。
何のために生きているのか?何を軸に生きればやりきったと自分で思えるのか?
その答えがまだ出ない。
http://anond.hatelabo.jp/20080102001610
外国では卒業して9月から働き先を探すのが当たり前。半端な期間はインターンとして過ごしたり旅行したり。
だけど日本ではその前に「新卒」を採りたいおバカな企業が早々と就職活動を開始する。
わたしは卒論で良い評価をいただけたが、就職活動はその1年前から始まっていたので、卒論のことなど聞いてもいないという感じであった。
格差社会を直すには
大学を卒業してから、新卒・既卒の枠をなくセミナーや面接を実施することが第一歩なんじゃないか、と思う。
そうしたら、景気に左右されて会社に入れる世代とそうではない世代が生まれることもなくなり、
会社も年代によって人材の質がばらけることも防げる。