はてなキーワード: タトゥーとは
"関係ないどころか大ありなんだよ。"
"刺青差別反対運動に反対または無関心な人ってのは、「タトゥー文化を迫害してる」んじゃなくて、"
"「そもそも文化なんてご大層なもんじゃないから、迫害とも思ってない」んだから。"
"前科者やスジモンが、しばしばファッションというよりは周りを威嚇するためにやってた、"
"という過去の歴史を抜きにして考えても、配慮すべき文化として認めてないんだって。"
"だから他の案件でよく言われる、「不愉快なもの見せてくんな」って論理が通ってしまうんだよ。"
"個人的にはファッション性すらよくわからないので、正直チンコの皮切るのと何が違うのって思うし。"
"宗教でやれって決まってる人がいるのは知ってるが、まあ自分には関係ねえことだわ。"
ちーがーうーだーろー!違うだろ!この頭頂永久凍土!
前段で自由の危機みたいなこと言っときながら「まあ自分には関係ねえことだわ」とかしれっとよく言うわ。
頭溶けてんじゃねえか!頭頂永久凍土のくせに!
割礼が宗教的な儀礼だからという理由で法律で義務化されたとしたら、おかしいでしょ。
同じように、刺青が配慮すべき文化として認められないからという理由で、タトゥーイストを違法化するのは、おかしいでしょ。
関係ないどころか大ありなんだよ。
刺青差別反対運動に反対または無関心な人ってのは、「タトゥー文化を迫害してる」んじゃなくて、
「そもそも文化なんてご大層なもんじゃないから、迫害とも思ってない」んだから。
前科者やスジモンが、しばしばファッションというよりは周りを威嚇するためにやってた、
という過去の歴史を抜きにして考えても、配慮すべき文化として認めてないんだって。
だから他の案件でよく言われる、「不愉快なもの見せてくんな」って論理が通ってしまうんだよ。
こんなに遅れての返信で申し訳ないが、自分の考えをまとめるためにも反論を書かせていただきます。
"元増田は後先考えずに刺青を入れたんだろうね。で、入れた後になって世間の認識に気がついて"
まず、私自身に刺青が入ってるって言いましたっけ?ふふふ。まあ刺青を入れたと仮定すれば、入れると決めたのが中学2年生、ファーストタトゥーまで10年悩む。その間、後先考えてたよ。世間の認識に気付いてたからこそ10年悩んだ。家族はみんな反対してた。
"焦ってワーワー文句言ってるんだよ。今はファッションだとか、暴力団は昔の話とか。"
今はファッションだとか、暴力団は昔の話なんて言いましたっけ?ふふふ。ファッションという言葉の定義にズレがあると思う。ファッションは人格の一部、あるいは大部分だと思う。軽い気持ちで付け替えれるものではないよ。刺青のイメージが反社会的勢力に結びついてるのはわかるけど、それって感情論で非論理的だよね。
"今でも多くの海水浴場やスパ銭やプール等の公共の場所で入場禁止になってるのは、それで"
"世間のコンセンサスを得られてるからだっていう現実から目を背けてるだけなんだよね。"
私があなたのいう"世間"に入っていないのが恐ろしい。私は合意納得していない。あなたの視界の中に私が入っていないのは、あなたが自身の差別意識に無自覚だからじゃないかな。そういう方々が多数派だというのは理解してる。入場禁止になる場所があるのも理解してる。だからそれには表立って反抗するつもりはない。嫌う権利は認める。私の主張は、大多数の人は差別心を持っていることに無自覚で、その無関心さがタトゥー文化を迫害しているということ。
"それは元増田の仲間同士の認識と違うよ。おまえらは後先考えずに行動する馬鹿仲間なんだもの。"
お、私だけではなく私の仲間も"世間"に入れてもらえないんですね。友人のほとんどが刺青を入れてない人なんだけどな。
"他の国では違うかもしれないが、国によって文化が違うのは当然。イスラム圏で女性がむやみに"
"素肌を晒しちゃいけないのと同じだ。人を指差したらいけない国もあるよな。"
"そういう国柄も考えずに差別がどうとか好き嫌いがどうとか、こんな理解力のない馬鹿だから刺青なんか入れちゃうんだろうね。"
国の中で文化が一様な国ってあるの?例えば?ナチスドイツとか?少なくとも現代の日本国はそうではないよね。文化圏という意味で「国」と表現したのかも知れないけど、その意味でも否定するよ。多様な文化が共存してる。私は日本国で生まれて日本文化圏で育った日本人だけど、刺青を嫌うことはない。
また、国柄?文化圏柄?を考えてこの地と親と環境に生を受けたわけではないし、人格が生得的なものに限定されるというのは、まったくもって誤解だよ。
理解力のない馬鹿というのは、たしかにそうなんだよね。あなたの書いたこと、ほとんど理解できない。コミュニケーションは相互関係だから、私が馬鹿なのを理解してくれてるのであれば、もう少し論理的に整理してもらえると助かります。
"生まれつきタトゥーの入ってる人はいないのに差別差別いうのおかしいし"
人格(好き嫌いや宗教やファッションなども含む)の形成には遺伝と環境の二つの要因があって、生まれてくる国や親を選べないんだから、生まれつきタトゥーが入ってるかどうかは関係ないよ。全てひっくるめて人格だし、お互いに尊重し合うべきだと思う。
"今回禁止されているのは免許なしにタトゥーを入れる仕事であり、タトゥーをしている人じゃないから"
「今回禁止されているのは免許なしに米を作る仕事であり、米を食べる人じゃないから」に言い換えたら、これがタトゥー文化を潰す判決だと気付いてもらえるかな。文化を潰すのは差別だし、それに気付かないのは差別意識の無自覚だよね。
他のものに言い換えてみれば、どれだけ変な事態なのかわかると思う。偏見や先入観があると、それに気付けないんだよね。脳みそは大丈夫だと思う。激しい頭痛で脳動脈瘤検査(
こんな愚痴みたいな記事の返信に推敲していただけてるようで嬉しい。
ロリコンに関しては内心の自由は保証する、表現はゾーニングをしっかりする、児童虐待、特に性的虐待の被害者のケアにはまだまだ整備することが多いと聞くし、加害者は単に罰を与えるのではなく治療を課すべき。「わたしは、ぜったい、だいじょうぶ」ってやつね。ていうのが個人的な考え。
なにか反論があれば何でも書いてください。よろしくね。
生まれつきタトゥーの入ってる人はいないのに差別差別いうのおかしいし
タトゥー文化を嫌悪する方々が多数派で、かつそれを公共の場で表現すること(ヘイト)が罪にならないのであれば、文化的弱者と言えると思う。
自分で選んでる。しかし、「ファッション」の定義にズレがあると感じる。ファッションは人格の一部、人によっては相当な比重だよ。日本的な宗教観のように、季節や気分によってとって変えられるものではない。
なんで弱者になるの
なぜ弱者の道を選ぶのか、という問いかな?人格形成は遺伝と環境の二つの要因が複雑に絡むらしく一般化できないけど、「なってしまう」という解釈がある程度しっくりくると思う。
言えば済むと思ってたら、反論を受け付けなくていいよね。
バカじゃないの
帰りたくないよ〜!!!
せっかくなのでいいところをあげていく
授業中スマホ触ってても音楽聴いてもOK、飲食もOK みんな自由に喋ってる 私はよくりんごを丸かじりしてる それでも無秩序って訳じゃない 静かにする時はちゃんとする
ちなみに染髪ピアスタトゥー化粧オールオッケー スカートの長さも自由(宗教上の理由もあるため)スカートとズボンとマオリ(ニュージーランドの先住民)の衣装が選べる 友達のイスラム教徒の女の子はお洒落なジャケット着て、ロングスカートでヒジャブ巻いてばっちり決まったメイクして鼻にピアス開けてるんだけど たまんない
ふたつめ ご飯が美味しい
普通に美味しい 特にラムチョップが最高 日本食が寿司しか無いのとその寿司が寿司とは呼べないシロモノ(カルフォルニアロール、握りはサーモンオンリー、照り焼きチキンが酢飯の上に乗っかってるだけとか)だということ以外はいい でも太るね
みっつめ 授業が撰べる
時間割は必須科目(英数理)と好きな科目3つの計6科目を1日5時間でローテーションする この好きな教科っていうのがムチャクチャある 農業、園芸、演劇、木工、服飾、工業、保育、体育、歴史、美術、ダンス、料理…もっといっぱいある 書ききれない しかも全部個別に教室があり、授業内容はハイレベル(普通の公立高校なのに) 私は体育の授業でボルダリングをやってる めちゃくちゃ楽しい
よっつめ 人種差別が無い
会ったことない 以上
多い。白人黒人アジア人ヒスパニック系に中東系マオリ族と多種多様な生徒達 みんなスタイル良くて大人っぽい そしておっぱいが大きい…羨ましい
むっつめ すぐ帰れる
授業が終わるのは3時 皆終わったらダッシュで帰る 放課後残るとかない 教室でちょっと喋ってるだけで帰らないの?と聞かれる クラブもない(あるけど練習せずに試合だけとか) 先生もすぐ帰る 学校の近くに寄れるところがないので健全に帰宅する
ホームルーム教室がない 毎時間が全員異なった移動教室の為一緒に行動する人とかいない さっきも書いたが好きな授業を選択する為必然的に趣味が合う生徒とよく顔を合わせることになる スクールカーストを作ることが出来ないつくり ロッカーもないしカツアゲもない ケンカはたまにある
やっつめ フレンドリー
みんなやたらフレンドリー スーパーのレジ店員とか普通に話しかけてくる(どこの国から来たのー、ニュージーランドはどう?とか) 学校でひとりでいても何かと話しかけてくれる 不良っぽい人もなかよくしてくれる(会うたびにハイタッチしたりハンドサイン?ピシガシグッグッみたいなのをしてくれたり) 困り顔でうろつくだけでどうかしたのかと声をかけてくれる
ここのつめ ゆったり
ざっっくり言うと北海道と四国を取った日本に五百万人が散らばっているようなものなのでスカスカ ゆえに全てが広くゆとりがある いいことだ 映画館の座席も広かったぞ 体型もあんまり気にしないね
とお 緑が多い
今のところ見たことのある家は全部庭付きだ ていうか建物がないから緑が多い 見渡す限りwindowsの画面みたいなのが続いたりもする 景観が綺麗だし自然を大切にする国民性 あと柵が大体木
とりあえずこんなもん?
近親相姦の法規制の是非について、いろいろ議論が拡散しててモヤモヤするので自分なりにまとめてみたい。
<2017/9/10 12:21 ブクマ数187users 追記した。イヤマウンターへの回答になるか分からないけど…あと微細な誤字修正。
2017/9/10 23:01 ブクマ数350users 良い指摘も貰ったので再追記&読み辛い記号は省略して浄書した。>
前提の確認として、2017年現在の日本には、成人(=18才)した近親間のセックスを取り締まる法律はない。
ただし、13歳未満に対しては例え同意があっても強姦罪(強制性交等罪)が構成される。(刑法第177条)
18歳未満であれば、地方自治体が定める青少年保護条例に基づいて規制されうる。(淫行条例)
また、3親等以内の近親間は婚姻はできない。(民法第734条)
たとえ法律的に禁じられていなくとも、現時点では、近親間でセックスすることについて、単純に不快感を感じるから反対するという意見が大勢を占めると思われる。
しかし、不快感だけに戻づいて法規制を行うことは、「ゲイは不快だから反対する」となんら変わらず、その他の行為にも「利害関係にない他人の心情」という不確かな要件で法規制を成しうるため、不快感を法律の根拠にするのは避けるべきだろう。
規制の根拠としては、「年長者が年少者に対して、権力的優位を利用して性交する虐待の可能性がある」から禁止という論理展開をとるのが適当だろう。
そして「権力的優位を利用した強制性交」というところまで抽象化すれば、これは何も近親相姦に限らないと気付くはずだ。最近、大学教授が学生を言いくるめ性的関係を迫る事件が起きた。
年齢差、年収差、肩書、男女…あらゆる要素で権力勾配は生じうる。相手の弱い立場につけ込み強制的な関係を迫るのは近親間に限らない。20歳差以上もある男女や玉の輿と呼ばれる婚姻を訝しむ人は、暗黙的に権力勾配による強制性を疑うのだろう。
かと言って、権力勾配がない平等な男女でなければ性交・婚姻できないとするのは現実的ではないように思われる。
「生物として長年同棲した人間は互いに性欲を感じない」という意見もある。(ウェスターマーク効果)
では、年長・年少の差異(=権力勾配)がない双子が、生まれてすぐ別々に過ごし、互いに成人した後出会ったのちの近親相姦はどうか?
成人した両者が合意の上で、子どもも儲けず血も交わらない安全なセーフセックスをする分には、外部の人間がそれを規制する根拠は乏しいと思われる。
現在の日本には同性婚制度が存在しないが、近年の議論として、「同性愛者・両性愛者・性転換者(LGBT)にも同性同士の婚姻を認めるべき」という意見がある。
日本国憲法第24条では、「婚姻は、両性の合意のみ」に基いて成立すると定めている。
ここから(もちろん歴史的な経緯からも)長らく「婚姻とは、男女間の契約であることが含意されている」と認識され、現在も同性婚は認められていない。
しかし、この「両性」には男同士・女同士も含まれるとして、LGBTにも婚姻を認めるべきという容認論が出てきた。
アメリカでも同様の議論がなされ、リベラル派は賛成し、宗教保守派は反対している。
保守派は、反対理由として「LGBT間の婚姻が認められるならば、近親婚、複婚(ポリガミー:一夫多妻・多夫多妻制)、児童性愛(ペドフィリア)も認めることになるだろう。」と主張している。
http://www.hrc.org/blog/texas-legislators-argue-same-sex-marriage-leads-to-incest-polygamy-pedophil
つまり、「両性」にLGBTが含まれるなら、なぜその「両性」が近親ではダメなのか?なぜ「両性」が2人の関係でなければならないのか?3人でも4人でも彼らが合意すれば外野が口を出す必要はないではないか?相手が児童でもいいのではないか?(いやダメである。)という論理だ。
次に、近親の組み合わせが、親子ときょうだいの場合を分ける必要がある。
一般的に、親子ならば、父×娘、母×息子。
きょうだいなら、兄×妹、姉×弟が想定される。
しかし最近のLGBTを擁護する世論を考慮すれば、近親相姦・近親婚においても父×息子、母×娘、兄×弟、姉×妹の組み合わせすら理論上ありえる。
そして、異父母きょうだい×異父母きょうだい、親×連れ子、親×養子、連れ子×連れ子、3親等まで広げれば叔父×姪、叔母×甥、祖父母×……さらにそれらの複婚関係……といった創作の題材になりそうな組み合わせも無限にありえる。
「近親交配しないのは不利な劣性遺伝子を顕在させず、生物的な多様性を保持するため」として近親交配に反対する意見がある。
ここで注意したいのは、劣性(潜性)遺伝とは、即、不利な形質を示すわけではない。
もちろんハプスブルク家やロマノフ家の例を出すまでもなく、近親交配によって虚弱体質等の潜性遺伝子が顕在することもありえる。
しかし、サラブレッド育成や家畜の品種改良に見られるように、近親交配(インブリード)によって、人間が有利と認める形質を顕現させる交配は日常的に行われている。
では、優れた(とされる形質を持つ)人間を顕現させるための手段として近親交配を行うことは許されるのか?
「優生学」とは、表層的には「優れた人間を人為的に作り出す」を意味するが、もっと抽象化すれば「社会に貢献する人間を遺伝子操作で生み出す」ことである。「優れた子を産み、社会へ貢献せよ」という繁殖圧力が埋め込まれている。
同様に、遺伝子の多様性を守るべきという立場は、(遺伝的多様性を備えた「=優れた」)子どもを儲け、社会に貢献することを暗示的に求めていないか?
「多様な遺伝子(=新たな「優れた人間」の基準)を持つ子を産め」という圧力である。
「日本の国力を維持するために子どもを2人以上作るべき」という意見は、時代遅れの家父長制として批判されるだろう。
では、この考えを拡張した「人類の繁栄と遺伝子多様性のために、近親相姦で子どもを儲けるべきではない。遺伝子的に遠い組み合わせを選ぶべき」という意見は優生学として批判されないのだろうか?
なぜ、見ず知らずの他人と社会のために、子どもの遺伝子多様性を考え子作りしなければならないのだろう?また、子どもを作らなければならない社会的圧力は、不妊夫婦やLGBTカップルにも襲い掛かる。
要旨としては、「一個体単体での多様性は存在しない。遺伝子の多様性とは、社会全体で見たときに様々な遺伝子をもった個体がいて、あらゆる環境変化にも社会全体として生き残る可能性のある個体を総体として保持する状態を指す」というものだ。
まさに、そのとおりである。
元増田のコメント欄 http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170908230300 で、「近親交配は遺伝子の多様性を狭める」「『血が濃い』子どもを産むのは多様性に反する」といった反対論がいくつか見受けられた。
似た遺伝子を持つ近親が交配することで生まれる子どもは、その遺伝子に一族が持つ因子以外の多種多様な因子を持たず不都合が生じるといった主張だろう。
これを受けて、一族が持つ因子と異なる個体と交配することを「遺伝的多様性」と表現した。
だが、「社会全体の遺伝的多様性」と捉えなおしても、やはり結論は変わらないだろう。
「社会全体の遺伝子多様性を考慮せよ」ということであれば、近親交配で生まれた「血の濃い」子どもだろうが、高齢出産で生まれた障害児やダウン症児だろうが、互いに遠い因子を持つ両親から生まれた「(元コメントが支持する)多様性を実現した」子どもだろうが、すべてイコールなのである。
どんな組み合わせの子どもも、何に役に立つかわからないから全て尊いのだ。
酷い貧血で苦しむ鎌状赤血球を持つ個体は、マラリアに耐性を持つ。
「血が濃い」ことによって何らかの潜性遺伝が顕現し生活に不自由を生じるかもしれない。だが、それすらも何らかの環境で役立つかもしれないのだ。
カンブリア大爆発で生まれた珍奇な生物は、ほとんどが「失敗作」だったかもしれない。
生物のミクロにおけるあらゆる試みは、現時点で正しいかどうか判断できない。
もしかしたら将来、障害児が持つ因子がを生かしておくことが正解だったと判断される時代が来るかもしれない。
ミクロのレベルでは、将来どんな因子を持つのが有利なのか判断できないし、そんなことを判断して子孫を作るわけではない。
(※再追記ここまで)
互いに愛し合う両性は、人類の遺伝子多様性を守るために子どもを儲けるのではないはずだ。
多様性を善とするならば、近親交配で生まれた子どもも多様性の一種として認められないのか?
「やーい、インブリード」「お前の母ちゃんふーたり」「淫乱家族」「本能や自然の摂理に反している」「相続税が複雑になる」といった差別と罵倒を受けるかもしれない。だが、これはLGBTが受けてきた偏見そのものである。歴史は繰り返す。
「富裕層が節税に使う」といった意見は単なる税制の失敗であり、状況に合わせた税制改正で対応すべきであって、税制の設計ミスが人々の自由恋愛を拘束してよい理由にはならないだろう。
近年、CRISPR/Cas9の登場で、生物の遺伝子を直接改変する「ゲノム編集」が技術的に可能になってきた。
まるでタトゥーを彫るごとく、遺伝子を編集し、発現する特質をコントロールする時代がいずれ訪れる。
「多様性が善」ならば、各人が好き勝手に自分の遺伝子を編集することは許容されるのか?
自分の子を希望通りに設計する「デザイナーベビー」もいずれ可能になるだろう。
果たしてデザイナーベビーは子どもに対する人権侵害なのか。アメリカの宗教保守派は、受精卵にも人権は生じると主張する。だが、精子と卵子の状態から「設計」し始めたらどうなるのだろう?
予め遺伝子由来の病気が顕現することが分かっていて、予防的にゲノム編集による遺伝子治療を施すこととの線引きはどうするのか?
また、近親交配に反対する理由として挙げられていた、生活上不利な劣性(潜性)遺伝子の発現を抑えることができるのならば、近親交配は許容されるのか?
「近親交配で生まれた『失敗した』子どもは間引かれる」という意見もある。だが、遺伝子治療によって間引く必要がなくなったらどうなるのだろう?
「女は、他の家に嫁がせ血族ネットワークを拡大し一族の繁栄を図るための道具」という認識から、女は他の一族に対するプレゼントとして考えられていた時代があった。
つまり、「身内で女を消費するな。嫁入り前の性交は大事な贈答物が『キズモノ』になる」から、近親相姦を禁じる論理だ。
婚前交渉を『キズモノ』となじる貞操観念も、もはや薄れつつある。
何のために婚姻をしていたのか?
「家督」を守り繋げるため?
子どもを育てるため?
婚姻制度が形骸化し、婚外子が一般化しているフランスや北欧では、事実上の多夫多妻制度に移りつつある。
皮肉なことに、女性は一度子どもを儲けると長期間にわたって身体的不自由が続くため、自由恋愛&事実婚の社会では一夫多妻に近い形態をとる。(奥さんが子育てをしている間に、男が他の女に会うなんてスキャンダルが最近もあったね。)
一人の恋愛強者男性が精子をバラまき、多くの女性に子どもを産ませる。恋愛弱者の遺伝子は途絶える。(安心したまえ、恋愛強者の子ども達は社会全体とキミの税金でしっかり育てるから。)
つまり、一夫多妻制の基では、社会の遺伝子プールは多様性を減らす方向に働く。
これは、社会の遺伝子多様性を守るために規制されるべきだろうか?
※「気持ち悪い」「素直に近親相姦したいだけって言え」⇒つまり、フィクションのお姉ちゃん最高!飯田ぽち。先生の「姉なるもの」好評連載中!
http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM09000031010000_68/
タトゥを彫った時期:20歳(今から15年前)
【仕事について】
スーツを着れば見えないので、就職活動で困ったことはありませんし、就職後も特に問題ありませんでした。
自宅にお風呂がありますが、たまに銭湯に行きます。その銭湯に事前で電話したことがあるのですが、
「別にいいわよ!いらっしゃい!」と言われて以来ずっとそこに通っています笑
(ただタトゥが入っているというだけで、威圧的に感じ気分を害してしまう人もいると思います)
温泉に関しては、基本部屋に露天風呂があるところにしか入りません。
ただ友人とキャンプや登山に行った帰りによる大きめの温泉に行く場合、申し訳無さそうにササッと入浴しちゃうことがあります。
https://anond.hatelabo.jp/20170902000725
男性が全員性犯罪を犯すわけでもないように、タトゥーある人が全員暴力に頼るわけでもない。
こういうの、差別っていえるよね?
車高ギリッギリまで低くしたり車検通らないような改造車は無茶な運転する率が高いから車間広く取る。
あんな車乗ってる人がまともな運転するわけないって発想は差別的だけど、当たってからじゃ遅いし死んでからじゃもっと遅い。
行った事無いけど外国のスラム街付近に行ったら防犯に気を使うと思う。
貧しい人を犯罪者予備軍として認識するのはやっぱり差別的だけど、殺されてからじゃ遅いし無防備な状態で行ったら誰もが「ばかだなー」と思うと思う。
私が刺青入れてる人と関わり合いになりたくないのはこれと同じ次元の感覚なので、
いくら批判されて口では「差別よくないよね」なんて言っても改める予定は今のところない。全く無い。
恫喝や暴力が怖いし、そういう人は人から物を奪ったり傷付ける事に躊躇が無いだろうから凄く怖い。
更に言うと刺青は怖い人がするって意識がある程度あるのに刺青をするって事は、
怖い人だと認知されたいって人か世間が何をどう思おうと自分の意見を通す⇒そのためならタブー(法)に触れたって構わないってタイプなのかなって思うからやっぱり怖い。
自分から怖い人と同類って思われるような行動しておいて見た目で判断するな!って言い出す人も面倒だからやっぱり関わりたくない。自分中心に世界が回ってるんだなって思う。
これも確かにそうなんだけど、恫喝や暴力はずっと昔から禁止されてるよ。でもやる人はやるし、禁止されてる「から」やる人も居るよ。
自衛するのに手っ取り早いのはそういう人と関わらないようにする事だもん。見た目からやりそうな人とは関わりたくないよ。刺青してる人はそういう事やりそうだもん。
持って生まれたもので差別されるのはなんだかなって思うけど、刺青は自分の意思で入れるものじゃない?そう思われる事も込み込みで入れたんじゃないの?って思う。
高卒がキャリア官僚になれないのと一緒で(これだって高卒は管理職に向かないって差別だよね?)、
刺青が世間から歓迎されないっていうのは少なくとも現状では必然だと思うし、そうあってくれた方が怖がる側の人間としては楽。
ただ、
これは怖いなー。こういうのは明確に法律で線引きすべきだよね。
ファッションでやりたいって気持ちはある程度解るけどシールじゃダメなのかなって思う。
柄変えられるし好きな時に付けられるし外せるし最高じゃないのかな。柄が少なかったりするのかな?