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2017-09-09

https://anond.hatelabo.jp/20170908230300

近親相姦法規制の是非について、いろいろ議論拡散しててモヤモヤするので自分なりにまとめてみたい。

<2017/9/10 12:21 ブクマ数187users 追記した。イヤマウンターへの回答になるか分からないけど…あと微細な誤字修正

 2017/9/10 23:01 ブクマ数350users 良い指摘も貰ったので再追記&読み辛い記号は省略して浄書した。>

近親相姦と近親婚の区別

まず、近親間の「性交」と「婚姻」を分けて考える必要がある。

前提の確認として、2017年現在日本には、成人(=18才)した近親間のセックスを取り締まる法律はない。

ただし、13歳未満に対しては例え同意があっても強姦罪強制性交等罪)が構成される。(刑法第177条)

18歳未満であれば、地方自治体が定める青少年保護条例に基づいて規制されうる。(淫行条例

また、3親等以内の近親間は婚姻はできない。(民法第734条)

成人した近親間の合意に基づくセーフセックスなら許容されるか?

たとえ法律的に禁じられていなくとも、現時点では、近親間でセックスすることについて、単純に不快感を感じるから反対するという意見大勢を占めると思われる。

しかし、不快感だけに戻づいて法規制を行うことは、「ゲイ不快から反対する」となんら変わらず、その他の行為にも「利害関係にない他人の心情」という不確かな要件法規制を成しうるため、不快感法律根拠にするのは避けるべきだろう。

規制根拠としては、「年長者が年少者に対して、権力的優位を利用して性交する虐待可能性がある」から禁止という論理展開をとるのが適当だろう。

そして「権力的優位を利用した強制性交」というところまで抽象化すれば、これは何も近親相姦に限らないと気付くはずだ。最近大学教授学生を言いくるめ性的関係を迫る事件が起きた。

慶応大教授女子大生を「洗脳不倫 “先生とだったら世界征服も”週刊新潮 2017年9月14日掲載

https://www.dailyshincho.jp/article/2017/09061659/?all=1

年齢差、年収差、肩書、男女…あらゆる要素で権力勾配は生じうる。相手の弱い立場につけ込み強制的関係を迫るのは近親間に限らない。20歳差以上もある男女や玉の輿と呼ばれる婚姻を訝しむ人は、暗黙的に権力勾配による強制性を疑うのだろう。

かと言って、権力勾配がない平等な男女でなければ性交婚姻できないとするのは現実的ではないように思われる。

生物として長年同棲した人間は互いに性欲を感じない」という意見もある。(ウェスタマーク効果

では、年長・年少の差異(=権力勾配)がない双子が、生まれてすぐ別々に過ごし、互いに成人した後出会ったのちの近親相姦はどうか?

成人した両者が合意の上で、子どもも儲けず血も交わらない安全なセーフセックスをする分には、外部の人間がそれを規制する根拠は乏しいと思われる。

「両性の合意に基づく婚姻」の捉え方

現在日本には同性婚制度が存在しないが、近年の議論として、「同性愛者・両性愛者・性転換者(LGBT)にも同性同士の婚姻を認めるべき」という意見がある。

日本国憲法第24条では、「婚姻は、両性の合意のみ」に基いて成立すると定めている。

ここから(もちろん歴史的な経緯からも)長らく「婚姻とは、男女間の契約であることが含意されている」と認識され、現在同性婚は認められていない。

しかし、この「両性」には男同士・女同士も含まれるとして、LGBTにも婚姻を認めるべきという容認論が出てきた。

アメリカでも同様の議論がなされ、リベラル派は賛成し、宗教保守派は反対している。

保守派は、反対理由として「LGBT間の婚姻が認められるならば、近親婚、複婚(ポリガミー一夫多妻多夫多妻制)、児童性愛ペドフィリア)も認めることになるだろう。」と主張している。

http://www.hrc.org/blog/texas-legislators-argue-same-sex-marriage-leads-to-incest-polygamy-pedophil

まり、「両性」にLGBTが含まれるなら、なぜその「両性」が近親ではダメなのか?なぜ「両性」が2人の関係でなければならないのか?3人でも4人でも彼らが合意すれば外野が口を出す必要はないではないか?相手児童でもいいのではないか?(いやダメである。)という論理だ。

親子ときょうだいの区別

次に、近親の組み合わせが、親子ときょうだいの場合を分ける必要がある。

一般的に、親子ならば、父×娘、母×息子。

きょうだいなら、兄×妹、姉×弟が想定される。

しか最近LGBTを擁護する世論考慮すれば、近親相姦・近親婚においても父×息子、母×娘、兄×弟、姉×妹の組み合わせすら理論上ありえる。

そして、異父母きょうだい×異父母きょうだい、親×連れ子、親×養子、連れ子×連れ子、3親等まで広げれば叔父×姪、叔母×甥、祖父母×……さらにそれらの複婚関係……といった創作の題材になりそうな組み合わせも無限にありえる。

多様性絶対善」なのか?形を変えた優生学批判されないか?

「近親交配しないのは不利な劣性遺伝子顕在させず、生物的な多様性を保持するため」として近親交配に反対する意見がある。

ここで注意したいのは、劣性(潜性)遺伝とは、即、不利な形質を示すわけではない。

もちろんハプスブルク家ロマノフ家の例を出すまでもなく、近親交配によって虚弱体質等の潜性遺伝子顕在することもありえる。

しかし、サラブレッド育成や家畜品種改良に見られるように、近親交配(インブリード)によって、人間が有利と認める形質を顕現させる交配は日常的に行われている。

では、優れた(とされる形質を持つ)人間を顕現させるための手段として近親交配を行うことは許されるのか?

かつて優生学として批判されたのではなかったか

優生学」とは、表層的には「優れた人間人為的に作り出す」を意味するが、もっと抽象化すれば「社会に貢献する人間遺伝子操作で生み出す」ことである。「優れた子を産み、社会へ貢献せよ」という繁殖圧力が埋め込まれている。

同様に、遺伝子多様性を守るべきという立場は、(遺伝多様性を備えた「=優れた」)子どもを儲け、社会に貢献することを暗示的に求めていないか?

「多様な遺伝子(=新たな「優れた人間」の基準)を持つ子を産め」という圧力である

日本の国力を維持するために子どもを2人以上作るべき」という意見は、時代遅れの家父長制として批判されるだろう。

では、この考えを拡張した「人類繁栄遺伝子多様性のために、近親相姦子どもを儲けるべきではない。遺伝子的に遠い組み合わせを選ぶべき」という意見優生学として批判されないのだろうか?

なぜ、見ず知らずの他人社会のために、子ども遺伝子多様性を考え子作りしなければならないのだろう?また、子どもを作らなければならない社会的圧力は、不妊夫婦LGBTカップルにも襲い掛かる。

(※再追記)「遺伝子多様性」についてコメント重要な指摘があった。

要旨としては、「一個体単体での多様性存在しない。遺伝子多様性とは、社会全体で見たときに様々な遺伝子をもった個体がいて、あらゆる環境変化にも社会全体として生き残る可能性のある個体を総体として保持する状態を指す」というものだ。

まさに、そのとおりである

元増田コメント欄 http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170908230300 で、「近親交配は遺伝子多様性を狭める」「『血が濃い』子どもを産むのは多様性に反する」といった反対論がいくつか見受けられた。

似た遺伝子を持つ近親が交配することで生まれ子どもは、その遺伝子一族が持つ因子以外の多種多様な因子を持たず不都合が生じるといった主張だろう。

これを受けて、一族が持つ因子と異なる個体と交配することを「遺伝多様性」と表現した。

だが、「社会全体の遺伝多様性」と捉えなおしても、やはり結論は変わらないだろう。

社会全体の遺伝子多様性考慮せよ」ということであれば、近親交配で生まれた「血の濃い」子どもだろうが、高齢出産で生まれ障害児やダウン症児だろうが、互いに遠い因子を持つ両親からまれた「(元コメントが支持する)多様性を実現した」子どもだろうが、すべてイコールなのである

どんな組み合わせの子もも、何に役に立つかわからないから全て尊いのだ。

酷い貧血で苦しむ鎌状赤血球を持つ個体は、マラリアに耐性を持つ。

「血が濃い」ことによって何らかの潜性遺伝が顕現し生活不自由を生じるかもしれない。だが、それすらも何らかの環境で役立つかもしれないのだ。


カンブリア大爆発で生まれた珍奇な生物は、ほとんどが「失敗作」だったかもしれない。

生物ミクロにおけるあらゆる試みは、現時点で正しいかどうか判断できない。

しかしたら将来、障害児が持つ因子がを生かしておくことが正解だったと判断される時代が来るかもしれない。

ミクロレベルでは、将来どんな因子を持つのが有利なのか判断できないし、そんなことを判断して子孫を作るわけではない。

(※再追記ここまで)


互いに愛し合う両性は、人類遺伝子多様性を守るために子どもを儲けるのではないはずだ。

多様性を善とするならば、近親交配で生まれ子ども多様性一種として認められないのか?

「生まれ子ども可哀想」という意見もあるだろう。

「やーい、インブリード」「お前の母ちゃんふーたり」「淫乱家族」「本能自然の摂理に反している」「相続税が複雑になる」といった差別罵倒を受けるかもしれない。だが、これはLGBTが受けてきた偏見のものである歴史は繰り返す

富裕層節税に使う」といった意見は単なる税制の失敗であり、状況に合わせた税制改正対応すべきであって、税制設計ミスが人々の自由恋愛を拘束してよい理由にはならないだろう。

意図的遺伝子編集は許されるか?

近年、CRISPR/Cas9の登場で、生物遺伝子を直接改変する「ゲノム編集」が技術的に可能になってきた。

まるでタトゥーを彫るごとく、遺伝子編集し、発現する特質コントロールする時代がいずれ訪れる。

多様性が善」ならば、各人が好き勝手自分遺伝子編集することは許容されるのか?

自分の子希望通りに設計する「デザイナーベビー」もいずれ可能になるだろう。

果たしてデザイナーベビー子どもに対する人権侵害なのか。アメリカ宗教保守派は、受精卵にも人権は生じると主張する。だが、精子卵子状態から設計」し始めたらどうなるのだろう?

予め遺伝子由来の病気が顕現することが分かっていて、予防的にゲノム編集による遺伝子治療を施すこととの線引きはどうするのか?

また、近親交配に反対する理由として挙げられていた、生活上不利な劣性(潜性)遺伝子の発現を抑えることができるのならば、近親交配は許容されるのか?

「近親交配で生まれた『失敗した』子どもは間引かれる」という意見もある。だが、遺伝子治療によって間引く必要がなくなったらどうなるのだろう?

女性を交換財産としていた時代の名残

文化人類学観点から近親婚に反対する意見がある。

「女は、他の家に嫁がせ血族ネットワークを拡大し一族繁栄を図るための道具」という認識から、女は他の一族に対するプレゼントとして考えられていた時代があった。

まり、「身内で女を消費するな。嫁入り前の性交大事な贈答物が『キズモノ』になる」から近親相姦を禁じる論理だ。

これも現在では、前時代的家父長制と批判されないだろうか?

婚前交渉を『キズモノ』となじる貞操観念も、もはや薄れつつある。

そもそも婚姻」の意味が変容しつつある

何のために婚姻をしていたのか?

家督」を守り繋げるため?

子どもを育てるため?

相続上の利益を守るため?

家族になったという感情的な満足を得るため?

婚姻制度形骸化し、婚外子一般化しているフランス北欧では、事実上多夫多妻制度に移りつつある。

皮肉なことに、女性は一度子どもを儲けると長期間にわたって身体不自由が続くため、自由恋愛事実婚社会では一夫多妻に近い形態をとる。(奥さんが子育てをしている間に、男が他の女に会うなんてスキャンダル最近もあったね。)

一人の恋愛強者男性精子バラまき、多くの女性子どもを産ませる。恋愛弱者遺伝子は途絶える。(安心したまえ、恋愛強者の子ども達は社会全体とキミの税金でしっかり育てるから。)

まり一夫多妻制の基では、社会遺伝子プール多様性を減らす方向に働く。

これは、社会遺伝子多様性を守るために規制されるべきだろうか?

自分の頭の整理のために書き散らしたので、結論はない。

※「気持ち悪い」「素直に近親相姦したいだけって言え」⇒つまりフィクションお姉ちゃん最高!飯田ぽち。先生の「姉なるもの」好評連載中!

http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM09000031010000_68/

相手クトゥルフ神だったらいいよね!自然に反したおかし衝動創作物で紛らわそう!

2017-08-23

https://anond.hatelabo.jp/20170823104845

単に大人ファンも増えたか大人が満足するような複雑な構図にしてるだけだろ。

絶対悪絶対善ヒーローが倒す、って単純構図で楽しめるのは子供だけ。

2017-05-29

絶対善を見~つけた

絶対的に正しいことは種族を保存することだ、これが絶対に正しいことだ。

これに合致しない答えはすべて正しくないのだ。絶対善とは種族保存である、分かった?

2017-05-26

「なぜ人を殺してはいけないの?」への明快な答え

日本では、子供が発した、この問いの答えを未だ出せず、子供たちを納得させられないでいる。

勿論、本来道徳的問題に対しては論理的な答えなど出せません、答えなどないのです。

しかし肝心なことは子供を納得させればいいのです。だが、その子供を納得させる答えも未だ出せないのです、「決まりからだ」とか「お前も殺されたくないだろう」などと説明するだけである

私は絶対善種族保存、公の為であるという考えから子供が納得するであろう答えを考えた。

「君の家族にとって一番大切なものは何かな? 家?お金?違うよね、家族の命だよね」

はい、もちろんそうです」

「そして君にとって一番大切なもの、つまり家族の命を守ることは正しいかい?」

「正しいと思います

「だよね。君の家族の命を守ることは絶対に正しいよね」

はい

自分家族の命を守るのは絶対に正しいなら、他人家族の命を奪い殺すことはどう思う」

絶対に悪いことです、絶対にやってはいけないことだと思います

「そうだろ?絶対にやってはいけないだろう?君はもう自分で分かっているじゃないか自分でしっかりと分っているんだから、もう二度とそんな質問をしてはダメだぞ、いいな!」

はい、わかりました

どうであろうか、このように説明すれば子供たちも納得するのではないだろうか。

2017-03-28

これまでの正義の話をしよう

正義というのは「義」であって、絶対善だとか条理(justice)だとかではないのである

階級身分制のもとでは、上官が偉いのであって、上官の命令に従うのが正義なのである。だから、たとえ国際公法に反していようが、上官の命令ならば投降した敵兵を殺すのだって正義である。上官の言うことが不条理であろうが、上官は天皇下士官であるから、上官の言うことは天皇が言うのと同じという、そういう階級制の封建的理屈が成り立つ。今もなお、こうした身分階級的な、封建的社会が続いているから、見ようによっては「日本軍国主義的」というようにも思えるくらいだ。事実、少なから企業組織が未だにそうだし、未だに首相取り巻きがアレなのを見てもわかる。

たとえ投降敵兵をぶっ殺したところで、バレなければいいという理屈であり、だから天皇には決して報告されないであろうし、たとえ世界にバレても「自分独断でやりました」といって末端や中間管理職が腹を切って死ねばいいのである

また、そうやって部下が勝手に気を利かして余計なことをやるわけであるチンピラや、まさになんとか親衛隊みたいなもんだ。勝手に余計なことをやって、トラブったら自分のクビを切ればいいわけから。近年のどっかの首相取り巻きイヌが変なこと言ってその度に自らクビ斬っているのもやっぱ同じだ。

ヨーロッパだって中世はそういう感じだった。だから中世封建制や、それと不可分にあるカトリック思想においても同じ、身分階級封建制だ。アメリカですら未だに、その呪いが解けていないくらいだ。欧米企業組織においても、権限委譲デリゲイト)で成り立つ階級制で、縦割りの弊害をモロにやっているところも少なくない。

こんなだからコンプライアンス倫理)だとか、内部通報制だとか、およそ活きる余地は無い。上司が偉いんだし、社の利益のためにならばなんだってやるくらいが正義なんだから。そんで、その代わりに自分が辛い目に遭えばいいんだから

そういう理屈です、正義ってのは。

2017-03-10

お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう

今、ADHDの人と残業反対派で、話が噛み合っていないことが問題になっている。まだやってんのかと思うころかもしれない。手斧スター手裏剣の投げ合いを見ていると疲れてそこから離れたくなるよな。

だがもう少し聞いてほしい。続く過労死運輸業界の疲弊を経て、今ようやく「さすがに労働環境について検討し直さないとまずい」という認識が広まってきたところだ。すぐには解決するわけがないので焦らず妥協案を探る話し合いをゆっくりとでも続けてほしい。

今回主語が大きくてすまない。二者択一ではないということは承知している。

ただ、本来労働者会社」という枠組みで協力し合っていいはずの労働者同士が、現在弱者強者」もう少し正確には「ADHDに多様な働き方を派 対 それでも残業ダメ派」が争点となっている。どうしてこうなった

と、せっかくの話題が膠着してしまったことが悲しかったので、一連の流れを見返してみたら原因が分かった。

この問題残業禁止派は

個人責任を論じても効果はない。会社社会全体を変えなければ解決しない問題であるという認識を皆が持つ必要がある

と考える。他方、

普通の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ」という多数意見を見るとは思わなかった

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

ADHD側に主眼を置いたコメントにも多くのスターがついており、「交渉決裂」の様相を呈している。が、そうではない。単にハテブが100文字しか記入できないからお互い齟齬が発生しているだけなのだ。ここで諦めずに折衷案を探していけば、仕事ができる人もできない人も今よりずっと働きやす環境になるので、長くなるが聞いてほしい。

一連のトピックを追う。昨年10月頭の長谷川秀夫教授残業100時間超で過労死は情けない」等の話題を通過した後、このあたりから始まる。

2016-10-16「長時間労働撲滅運動」には賛成できない http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/16/120846

という内容だ。同時に

人を奴隷のように扱うような企業には反対

とも書いており、お?分かってる人か?と一瞬思わせるが、この人はその少し前に、

問題105時間という残業量それ自体にあるわけではないのです。自分が心から打ち込め、周りともいい関係を築き、素晴らしい人に囲まれているような環境であれば、残業を何十時間しても苦にはなりません。http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/08/113552

という言葉を残している。ワタミ等多くの例があるが、このような人は「自分ができることは人にもできる(できない奴は無能)」と考える傾向がある。疲弊している人や弱者に寄り添う方針とは相容れないように思う。そこでブコメ欄は次のようなものとなる。

このエントリ言及して、同日に次のエントリが上がる。

2016-10-16 会社員には「長時間労働をする自由」など必要ない http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2016/10/16/173609

これらは先のブコメを追認しており、残業反対派の言いたいことをうまくまとめてくれている。

そして先日、上記を引きとる形で次のエントリが書かれた。

2017-02-24 残業禁止強者ルールなのでは、という話 http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

ここで幾つかの食い違いが出てくる。
  • どうも、効率の悪い人です。それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな。
  • 「え、職場についていけないなら辞めればいいじゃん。無能なんでしょ?」そういう声も聞こえてくる気がします。

まず「無能はやめろという方向のブックマークコメント」はごく少数でしかない。先の2エントリ計、約750コメントの内7つ前後判断が難しいコメントがあるので)。獲得★スター合計、TOP10の1,800個に対し10前後

時間を区切って生産性上げろよ」「効率上げろ」と仰る皆さん

同様に先の2エントリ中にこの方向のブコメは同750中24前後。獲得★スター合計、TOP10 同じく計1,800個に対し16個前後

ここで『残業禁止強者ルール』という重要言葉が出たわけだけど、上に書いたように「無能は辞めろ」「効率上げろ」といった個々人の弱さを責めるコメントはごくわずかだった。

(「残業をしないということは弱者はクビにされる。つまり無能はやめろと言っているのと同義ではないか」という方向から意見かもしれない。しかし私はこの前提が正しくないと考えている。理由は最下部に書く)

前の方のエントリで書きましたけど、効率よく仕事する皆さんにボッコボコにされた悲しい経験があります

とあるように、このエントリには自身の別記事のやり取りでの経験が尾を引いているようだ。(あの記事かな?と思うものはあったが特定できなかった)

であれば当該記事との関連をもう少し明確にしないと、やはり「何の話をしている?」となりついて行きにくい。

このエントリには次のようなハテブコメントが付いた。

これらのコメントを受けて

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

とのコメントが付く。これは大事な一文なので、続くエントリのあとで合わせて追記する。

2017-2-26 ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて http://menhera.jp/2064

前提が間違っている。

先に記載された通り「労働ダンピングは許せない」は一連の流れにおいて主内容ではない。ダンピング言及したコメントは先の2エントリ12前後/約750コメント。獲得★スター合計、50個前後/TOP10計1,800個。

「噛み合っていないんですよ」と言うのであれば、まず自身が噛み合わせてから話し始める必要がある。

「"仕事が遅いからといって労働ダンピングは許せない"というコメントに対する反論」とするならば正しい。だが、その一部分を主題とせず「一律の残業禁止は是か否か」という大元の流れを自身で呼び寄せたにも関わらず「(全体の話は置いておいて)私は今回ADHD特性をより詳細にお伝えすることで"労働ダンピングは許せない"という人への反論します」という内容でしかないのであれば、そちらがズレている。

はてなで”普通”の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ。という多数意見を見るとは思わなかったね。

残業禁止強者ルール」でのブコメ発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

マイノリティーにも多様な働き方を」という主張は正しい。だがここで使うのはズレている。システムとしての安全策を構築するのではなく"弱者自己努力でなんとかしよう(時間はあげるから)"と言っているようなものなのだから

ADHD側の話題が徐々にずれてきているから「主題残業例外を認めるか否かだよな?答えは、ADHDでも例外は認めない。個人責任を負わせてはいけないから」と主題への返答をしたのに「私は全体のことについて話しているのではない。私自身のことに目を向けてほしいのだ」「マイノリティーを黙殺するのか」という方向にもっていっている。

全体の流れを追って話をしている人たちからすると、いきなりポンと話を支流へ飛ばされてしまうと面食らうんです。えっと…今急にその話題に飛ぶの?その話も確かに大切だけど、主題をもう少し詰めてからでないとややこしくなるよ、と考える。

なぜ話が飛んだんだろうか?カドカワさんに「めっちゃいっぱいPV集めたら書籍化」って言われたから無理やり話題を引き入れたのかな?と一瞬勘繰ったが、いや違う、思い出した。

ADHDの人って「途中から話に割って入ってしまう。今言わないと忘れるからという傾向があることを。ああそうか、と自分の中では納得がいって、別に喧嘩するほどのことじゃないなと安心できたんですが、どうでしょうか。

そうでなくても、いちいち全体の流れなんか把握してらんないのでちょっとずれたこと書いてしまうということは誰しも思い当たるふしがあると思う。だから自分の話も聞いてほしい」と思ったり、話がポンと飛んでしまったりすることがあるのは仕方がないけど、同時に、いきなり話題が飛んだことについていけない人がいるのもまた仕方のないことであり、そのことをもって「心無い人たちだ」と思うのは間違い。

このポンと飛んだ話から「言いたいことは発達障害者の切実な状況についてである」を第一に考えられた人はえらい。一方で、他の人がそのことを本当に理解できていなかったかというとそれもまた違うと思う。

話がずれているな、と感じるとき人がすることは二手に分かれる。話題を元に戻すか、一旦主題は置いておいて副題へ移るかだ。しかしこの時点では主題煮詰まっているとは言い難く、このタイミングで副題へ移ってしまうのは主題が疎かになる可能性があった。こうした理由とハテブの100字制限もあり、「ADHDの置かれた立場という副検討課題」よりも主題に対してのコメントが多くなってしまったのだと思う。

残業禁止個人仕事の進め方の話をしてるんじゃなくて、「赤信号は止まりましょう」位のルールの話で。赤信号で止まるのは視覚障害者に厳しいから止まらなくても良いことにしてくれという事にはならないだろう。

そう。視覚障碍者への対応を考えなければいけないのは明らかだが、まずは主題「赤信号は止まる必要がある」という原則を皆が共有する必要がある。しかし「全員が止まるなんて無理」という意見が出ているので「いや、やはり赤信号では全員が止まらなければいけない。なぜなら」という話を進めていく必要がある。

ADHD側が阻害されたと思うのと同様に、根幹の話し合いを疎かにすると以前から話を進めていた残業反対派も進行を阻害されたと感じてしまう。

ADHD管理職をやっている者なんだが http://anond.hatelabo.jp/20170227161628

このエントリでせっかく素晴らしい知見が得られているのに

  • なんかなあ。別に誰も「定常的に一定効率を出せないやつは死ね」なんて言ってないと思うんだけど。問題は「残業規制するのはADHD疎外だ」って主張だよ。それはまちがってる
  • 最初の話は多様性を認めろじゃなくてサビ残認めろだったよな。サビ残と戦おうとしてる人を強者扱いしてかわいそうなADHD物語作ってたよな。多様性認めなかったのどっちだよ。俺は雑な話をしたくないだけだ。

と、内容に直接触れたものではないコメントが最多の支持を得ることになってしまった。この反応は、率直に言うと「"過労死を防ぐ"という核心部分のために残業規制を話し合っていたのにADHDの人に全部持っていかれてしまった……」という"悔しさ"みたいなものかもしれない。そして「ADHDの人にも関係あること話してるのに黙殺だって言わないでよ」と。なぜなら、その残業問題主題にはADHD仕事ができない人も当然内包されているから。どういう意味だろうか?

まり、こう。

仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ。

夢のある予想だが、しょせん理想に過ぎないだろうか?

ここで一度話を切ります。次の増田では、上記理想論を含め当初から出ている多くの疑問点について一つ一つ答えてみる形で進めます。続けて読んでもらえたらうれしいです。→http://anond.hatelabo.jp/20170310204122

もうひとつ

一番最後エントリ1000ブクマを超えている。ハテナ民がブクマをする理由はこうだ。「うわー長文だしなんか難しそうだな…でも"知らないままで置いておくわけにはいかない"。ポチっとな(後で読む)」。そう、後で読まない。ともかく、皆発達障害の人を見ないことにしてれば良いなんて考えてないんだよ。知っておかなければいけないと分かってるんだよ。

残業規制問題の盛り上がりはまだ始まったばかりで、発達障害、その他沢山の課題順次考える必要がある。そのときADHDについて日々書いてくれている人たちが強力な助っ人になるので、どうか焦らず、でも止まらず書き続けてほしい。

2016-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20160412094438

自分も近場なんでわかりますよ。

市川は良くも悪くも古い町で、道路整備拡張)もうまく行ってないし、色々問題はあるんですよね。道は全体的にとにかく狭い。車で送り迎えさせるような親が100人も来たらそりゃ溢れるとは思いますよ。

最近トレンドであり絶対善の「保育園新設」の前では霞むのだと思いますが。報道はもう少し、冷静な相互立場を慮るような記事を書けないのかと思います

2016-03-04

共産党ならびに中核派絶対善であり異なる意見を持つものは魂のステージが劣る差別主義クズという一部界隈での風潮

ウォッチしてるだけで精神がすり減る

そろそろ距離を置きたい

2016-01-16

左派は完全無謬にして絶対正義絶対善であり批判は許されない

右派による批判は知性と魂の欠如によるものであり矯正不可能

左派批判する自称左派転向兆しあり、または右派による洗脳済み、もしくは左派のふりをした右派

右派人間ではない

右派人権を認めることは右派をそれ以外の全人類と同等に置くことと同意であり、人類への侮辱に他ならない

右派ゾンビであり、ゾンビ映画とは右派で溢れかえったこの世の地獄を描いたものである

左派ゾンビとの戦いの矢面に立つ覚悟をした闘士であり、人類防衛最前線である

2015-12-13

国民の三大義務が多分世界的に見ると時代遅れな件

特に資源国家西側先進国みてると、もう如何に国民に勤労をせずに豊かな社会を送れるかがテーマになりつつあるので、二宮金次郎的な価値観は色々思うところがあるな。

勤労=絶対善社会作っちゃったのは良かったんだか、悪かったんだか。今止まっちゃってるからねぇ。

納税に関してはこれを言わないと単に国家が成り立たないだけなので、勝手義務化するなと言いたいが。教育は国がやれ、そんなもん。民間に落とし込むなと。

2015-09-20

民主主義の壁際

http://lacucaracha.hatenablog.com/entry/2015/09/17/073849

しか多数決民主主義必須でも根幹でもないので賛成です。

一方で日本野党側とか論壇のすごくダメなところは「それは民主主義的に間違ってるからやめろ」という筋の批判をしちゃうことだと思うんですよね。

新聞も平気で「民主主義に反してるから悪」みたいなことを書くんですが、歴史的に見て民主主義絶対善っていうこともないですし、そのそも永続が保障されてるわけでもない。憲法なんて軍事クーデターでも起きれば停止されちゃうわけです。それは世界中軍事政権見ればすぐわかるわけですよ。

確かに日本でそういうことはおきそうにないわけです。民主主義憲法も壊れそうにない、つまりは強度が高いように見えます。だけど、強度が高い=硬いからといって武器のように振り回してよいものじゃないのです。民主主義憲法参加者合意で維持されているのに過ぎないものですから参加者一定割合が「じゃあいいよ、もうやめよう」って言った瞬間に壊れちゃうものなのです。もちろん、その時はすべての参加者まり国民が大ダメージを受けますが、そういう選択をした国は、ここ最近50年だって世界中にあるのです。

多数派っていうのは多数決において強者ですし、強者が自制して弱者に慮るのが民主主義の精髄だとおもいます。それに対して弱者がとるべき道というのは決して「強者弱者配慮すべきだ。それが民主主義の精髄だから」と発言することではないです。弱者民主主義憲法を盾にした時点で分断が始まってしまうのです。それは弱者自己立場でいう利益誘導しかないからです。弱者こそ公益をもって強者を説得できなければ民主主義は成り立たないわけで、強者の側にも弱者の側にも高潔さが必要とされちゃうのが民主主義です。

議会政治などの民主主義的な対立の場で)民主主義的かどうか? ってのを持ち出した時点で民主主義の壁際に立ってると思ったほうがいいと思います。本当に民主主義的な話し合い、議論というのは、自分サイドも相手サイドも民主主義のものには賛成しててそういうもの武器として使うはずもない、という信頼のうえで成り立つものからです。

2015-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20150716190206

自分と違う意見はとにかく許さない。社会全体がすべからく自分に味方すべき」という、いつからこんな偏狭な人物が恥ずかしげもなく横行する社会になったのだろう?(庶民の味方のていをしたテレビ番組がその旗を振っているのだろうか)

金銭財物が絶対的な善の価値お金を支払われたら逆らってはいけない、つまりお金持ち事実上絶対善)をもつ社会への一種の抵抗なのかな...と少し同情してやれなくはないけど。

あとは、考えや行動の個別の中身ではなくて、人物個体所属判断するクセが、この国では未だに抜けていないということだな。すなわち差別社会

2015-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20150605123635

から時と場合って書いてんだろ。

躾する時はするんだよ。ただ、効果がなければ創意工夫する。

賢い人はみんなこうして勉強もしてるよ。

何、そんな絶対善の奴に現実教えてあげる自分に酔ってんのw

http://anond.hatelabo.jp/20150605122547

親ですらないのも多そうだけどね、あれ。

差別偏見に満ちた絶対悪に苦しめられる絶対善の味方をする自分」って、賢い正義の味方自分に酔えて気持ちいいから

そういう構図にはまっちゃうんだろうね。

現実はそんなに単純じゃないのに。

2015-05-16

住宅街保育園に関する、情緒的ではなく、構造的な問題

もう、子供の声を「騒音」というのはやめようよ。

http://potatostudio.hatenablog.com/entry/2015/05/16/090000

これなぁ、行政公共施設と「地元」との関係であって、少子化の話とは分けて考えた方が建設的。

情緒的に「やめようよ」というのは本当に簡単だが、そうやって自分けが安全圏でご立派なことを言うこのブログの下衆さはひどいものだと思う。

っていうか、このブログ馬鹿が書いた馬鹿ブログで、中身ゼロ中学生感想レベル

本当に中学生だったらごめんなさい。っていうか中学生にしては文章うまいね。何か他のエントリ読んでも中身ないし本当に中学生かもしれないけど。

自分建設系のコンサルをやっている。土地利用や公共施設の設置についてああだこうだ資料作成したり、コンペ要項作ったり確認申請したりとか。

民間企業なのだが、大変ニッチ仕事なので自分がやってるブログでは書かずに増田に書くが、首都圏では保育園建設ラッシュである

行政によって、保育園区分とか手続き方法建設補助金額とかはちょっと違うのだが、

1都3県で保育園新設の仕事をいくつかしてる中で思うのは、特に民営保育園については、準備期間が短すぎる。

ひどい場合、そして多くの場合、設置希望時期(大体は3、4月)の半月前ぐらいに要綱が出たりする。

保育園業者は、役所から情報をもらいながら準備はするものの、申請時期は、建物設備を準備する時間を考えたらギリギリスケジュール

パターンとしては「この場所保育園作りたいので誰か手を挙げて」という場合が多いのだが、

その場合、近隣住民がそれを知らされるのは要綱が出て、入札があって落札された後だったりすることも少なくない。

本当は役所が、当該の土地保育園作るよって周知してほしいと思っているのだが、なぜかそれが全然周知されていない。

それは、役所がどこも人手不足で忙しいからだ。建設都市計画関連ももちろん、保育関連の部署死ぬほど忙しい。法に定められた以上のことが出来る余裕がない。

業者スケジュールがカツカツななかでやってるもんだから地元住民への周知や理解促進は後手後手である

地元住民はある日突然、保育園から「よろしくお願いします」とあいさつされに来る。それならまだマシな方で、

建設業者だけがタオル持って近隣説明をする場合や、もっとひどいと何も知らずに、いきなり保育園が出来てたりする。

保育園ママの送迎カーが多くなってこの通り何だか最近騒がしいねなんていって知る羽目になるケースもある。

もちろん建築に関する法律上近隣への説明義務はあって、その範囲のことは当然やっているので法的には問題はないのだ。

でも、地元民にとっては割と大きな変化なんだよね。

それがコンビニだったり自分にも恩恵があったり、完全に民間のものであれば環境変化に腹を立てる人もそのうち慣れる。

街の風景って大抵が、半年すると慣れてしまうので、色々あっても気持ちは収まる場合ほとんど。

でも、地元に住んでる人が、ただでさえ環境変化にナーバスになりがちな年寄りだったりすると、公共施設からこそ、納得できない思いが生まれしまうらしい。

そりゃ老害乙と言えばそれまでなんだけど、公共ってことは自分に害をなすことから一番遠いところにあると、誰でも思いたいものから

それが、急に毎日騒がしくなったり、朝の散歩するのに何だか車が多いなぁなんて思ったりしちゃうと、嫌悪感けが育ってしまう。

役所は、移動人口状況や窓口の相談件数や用地情報予算やら、色々な条件を見ながら「ここに保育園」と決める。

もうちょっと準備が早くならないかとは思うが、でも、人手不足と、それ以上に保育園は需給バランスを取るのが本当に難しい。

それに、昨今の「市民の目」によって一番厳しく監視評価される部門であるため、色々な問題もあるらしい。要するに市民団体あたりの外野がうるせー。

保育園業者は、自分たちがこれからそこで経営する責任があるんだから、近隣との円満関係形成は大切だよと、実際に仕事してて何度も説明してきた。

しかし、割と世の中から褒めそやされているような業者でも、その辺はおどろくほど無頓着だ。

善意の結果の悪意というか、自分たち絶対善をおこなっているという自負があるのか、近隣調整した方がと言ってもしてくれない。

人手不足金不足もあるのだが、今まで保護されてぬくぬくやってた業者なんかは、「近隣と調整」という問題があること自体理解できないらしい。

この辺は、まぁ元記事や、一部のお花畑ブコメ見たら、まさに「外野のいい子ちゃん」メンタリティと一緒だと思う。

そしてお前外野じゃねーんだぞ、って思うことは多いが。保育業者ってホント酷いところは酷い。世間ずれしてなすぎというか。

保育園利用者の人たち、99.9%の親御さんには何の罪もない。もちろん奇声を上げる子供には一ミリも罪はない。ただ、0.1%のひどい親はいる。

この本当に一握りのひどい親が、「よく分からないうちに近所の環境が急に変った…」とくすぶっていた地元の人の神経を逆なでするという構図は、

割と多くの保育園で、立ち上げの1、2年の間に起こっている。

後もう一つには、保育園って、ほとんどの用途地域で建てられるんですよ。ダメなのは工場しか建てちゃダメ工業地域ぐらいか。

一方で、第一種低層住居専用地域というのがあって、これに指定されているのは、基本的には「超良好な住宅地である

かいしかないような場所。物凄く厳しい建築規制がされているし大きな建物も建てられないが、保育園は建てられる。

なので、今までは学校とか幼稚園保育園がなかったような場所にも、保育園が増えてたりする。建蔽率40%なんて、園庭にちょうどいいしね。

問題になってるケースがどれに当てはまるかは、まぁ知ってるのもあるけど知らないモノの方が多いから何が誰が悪いとは言わないが

少なくとも、真面目な中学生程度の情緒的な感想では、問題の解決はできないどころか、

ブコメ参照の通りに似非善意現実の間の谷を深くしてるだけの罪深い文章である

ブコメを見ると、お金で解決すれという人と、お金でどうやって解決するん?という人がいた。

少なくともお金が潤沢なら、ある程度の防音設備は付けられる。

が、それ以上に、近隣の人への理解協調促進する時間が出来やすくなる。実は騒音問題ゴミ屋敷問題は、地域問題・老人問題である側面も小さくない。

地域の困った老人は、適切なコミュニケーション協調体制によって黙らせることができないこともない。

ただ、現状ではお金も人手もないので、それぞれの現場でそれを望むのはほぼ不可能だと思う。

少なくとも、外野中学生ライクな似非善意の輩は黙ってマスでもかいて寝てろと言いたい。

2014-04-13

anond:20140413020052

おしゃれ好きの人って、オシャレ原理主義だよね。

おしゃれは絶対善だと思っている。

おしゃれしない奴はダサくて、こいつらはおしゃれしたくてもできない可哀そうな低能だと思っている。



でも実際はそうじゃなくて、興味がないだけ。

人間は興味がないことには、価値を感じない。無価値。それがわからない。



自分たちに必須であることが、他人にとっては大して意味がないっていう現実を分かっていないで、独りよがりに得意顔をしている。

しろおしゃれ依存症なんだよ。自己を見てくれにこだわることに依存してる。己の欠落に気づいていない。

病人病気自覚なしで、オレスゲーって思ってる。



そもそも何のためにおしゃれしてるの? 

自己満足のために数万円のシャツを着て他人にも勧めてるの?

それとも他人から「この人、オシャレー」って思われる見栄のために、金払ってるの?

原価の話をすりゃ「この原価厨が。このデザイン技術への対価なんだよ」とかフワフワした分かったようなこと言うんでしょ。

そりゃーメーカーも儲かるわな。

2014-03-25

で、彼女がした気遣い無視

はてなってこういう

貧乏=弱者=絶対善 みたいな人いるけど極端すぎるわ

増田に対してはかわいそうかわいそうと根拠なくエスパーするのに

そのひもじくてみじめな増田と同じくらい追いつめられてたって想像を、彼女のほうには向けないんだよね

少なくとも当日増田より金持ってたってだけで彼女がしてくれた気遣い無視

彼女の金は苦労せず簡単に得た金だとでも思ってるんだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20140324220217

2014-01-17

牛丼屋で「ごちそうさま」って言ってきた/インターネット終焉

牛丼屋で「ごちそうさま」を言うことに関し、えらい誤解を受けている話」というエントリーを帰り際に読んで、牛丼が食べたくなったので数年ぶりに吉野家行ってきた。

このエントリーはもう削除されてしまってるのだが、2chにも転載されたみたいで、現在は「痛いニュース」にもまとめられてる。「ツイートしたら誤読されて炎上した。なんで!?」みたいな趣旨エントリーだった。

私は件のツイートを読んで、まあどっちの意味にも取れないことはないな、エントリーを読めば趣旨は理解できるし、ちょっと言葉を変えたら伝わっていたかも、程度に考えていた。以下のようなブコメを「そうだよなあ」と思いながら読んでいた、のだが。

  • 140文字などの制限下では趣旨を伝えるのは難しい
  • 誤解を受けないように言葉吟味しなきゃ
  • 読解力の足りない人も大勢いるのだから注意すべき
  • 私も気をつけよう

私も言葉を選ぶのは得意なほうではないので、この戒めを守ろうと思ったらとてつもない努力を払わないといけないことに気付いた。

誰でも自由に参加できるインターネット世界では、言葉の発信側と受け手側で、感性や考え方や立場などにもの凄い違いがある場合が多い。ある集団内で通じる言葉ニュアンスが、別の集団では全く違う捉えられ方をしてしまうのはよくあることだ。集団の間の障壁が少ないインターネット世界では、別の集団流出した言葉炎上の発端となるケースが頻繁に見受けられる。自分と別の集団にいる人間が、どのように感じどのように行動するのか、予測するのは容易なことではない。

言った当人にそのつもりがないのに、その言葉に「上から目線」や「悪意」を感じて、執拗に攻撃する人や炎上させようとする人がいる。そんな炎上を予防するには、全世界の皆が悪意に受け取らないように、言葉や文章を慎重に吟味しなければならない。世界中の人の心どころか、同じ日本に住む人でも、年齢が10歳違う人、所得100万違う人、居住地が違う人、雇用形態が違う人、業界が違う人、学歴が違う人、などを完全に理解するのは不可能なので、言葉吟味には終わりがない。「炎上」という現象がインターネットに登場して以来、炎上閾値は下がり続けており、昨今は「○○でごはんをたべた。おいしかった!」という言葉でさえ叩かれるご時世である炎上耐性のない一般人言葉選びが下手な人は、もはや何も発言できなくなってしまう。

あるいは(誰かわからない受け手の為に)言葉を選びぬいてネット上に書きこんだとして、それで自分楽しいのか?書き込むことに喜びを感じられるのか?

要するに、自由なはずだったインターネットが、その自由さゆえに逆に不自由になってきていると感じたのだ。言葉が届いてほしくない人に届いてしまい、悪意は次々と増幅されている。

私はこれまで、冷蔵庫に入ったり、鼻の穴にタバスコをつっこんだりした写真ネット上に掲げる若者に対して、「インターネットは全世界に公開されてるんだから他人が不快に思うものを載せちゃだめだよ」と教えるべきだと考えていたが、実はそれらは今回の事例と本質的には変わりがないのではないか?冷蔵庫に入るのが楽しい人には、冷蔵庫に入るのは不潔でアリエナイと思う人の気持ちは理解できない。他者を観察し分類し傾向をはかるのが楽しい人には、人間所得学歴出身地の違いで分類することが悪だと思っている人の気持ちは理解できない。法律抵触していない、どちらが絶対悪でどちらが絶対善というわけでもなく、どちらが多数派でどちらが少数派と言い切ることもできない問題で、ただ自分の思っていることを素直に発言した人が、運悪く反対者に見つかって叩かれ炎上し、ショックを受けてインターネットという発言の場から降りていき、場合によっては現実職場学校からも追い出されてしまう。そんな「インターネット」が健全さを維持できるだろうか?

最近になって、いくつか「インターネット」や「ウェブ」の終わりを予言する記事を見かけるようになった。現在のように開かれたインターネットは姿を消し、地域集団アプリケーションごとに閉じたネットが主流になるというのだ。確かに様々な問題は山積しているし、閉じたネットになればそれらの問題の多くは解決されるかもしれない。すでにLINEという「閉じた」ネットに多くの人が参加しはじめている。歴史がそうだったように、インターネットもおおらかで自由で暴力的な時代を終わり、秩序だって洗練されて窮屈な時代を迎えようとしているのかもしれない。大きな流れを押しとどめることはできない。

若い頃、飲食店で「ごちそうさま」を言う友人がいて、(ごちそうさまって言うと育ちが良さそうに見えるな)と考えた私はそれ以来ずっと「ごちそうさま」と言いたいと思っている。タイミングや何かが合わなくて言えないときも多いし、本質的にはコミュ症で声も小さいので店員さんには聞こえてないかもしれない。が、ともかく今日は言ってみた。「ごちそうさまです。」

http://anond.hatelabo.jp/20140117000618

僕らの社会においてセックスは、金銭とはまったく別の、もうひとつ差異システムなのだ

そして金銭に劣らず、冷酷な差異システムとして機能する。

そもそも金銭のシステムセックスシステム、それぞれの効果はきわめて厳密に相対応する。

経済自由主義ブレーキがかからないのと同様に、そしていくつかの類似した原因により、セックス自由化は「絶対的貧困化」という現象を生む。

何割かの人間毎日セックスする。何割かの人間人生で五、六度セックスする。そして一度もセックスしない人間がいる。

何割かの人間は何十人もの女性セックスする。何割かの人間は誰ともセックスしない。

これがいわゆる「市場法則である

解雇が禁止された経済システムにおいてなら、みんながまあなんとか自分の居場所を見つけられる。

不貞が禁止されたセックスシステムにおいてなら、みんながまあなんとかベッドでのパートナーを見つけられる。

完全に自由な経済システムになると、何割かの人間は大きな富を蓄積し、何割かの人間失業貧困から抜け出せない。

完全に自由なセックスシステムになると、何割かの人間は変化に富んだ刺激的な性生活を送り、何割かの人間マスターベーション孤独だけの毎日を送る。

経済自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である

それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に向けて拡大している。

同様に、セックス自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である

それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に拡大している。


「そうだとも。ずっと前から駄目なんだ。最初から駄目なんだよ。ラファエル

君は絶対に、若い娘が抱くエロチックな夢をかなえられない。

仕方がないものと諦めなくてはいけない。

自分はこういった物事に縁がないことを受け入れることだ。

いずれにせよ、手遅れなんだ。

いいかいラファエルセックス面における敗北を君は若いから味わってきた。

十三から君につきまとってきた欲求不満は、この先も消えない傷跡になるだろう。

たとえ君がこの先、何人かの女性関係を持てたとしても――はっきりいってそんなことはないと思うけど――それで満たされることはないだろう。

もはや、なにがあっても満たされることはない。

はいつまでも青春時代恋愛を知らない、いってみれば孤児だ。

君の傷は今でさえ痛い。痛みはどんどんひどくなる。

容赦のない、耐え難い苦しみがついには君の心を一杯にする。

君には救済も、解放もない。そういうことさ。」


ミシェル・ウエルベック『闘争領域の拡大』(中村佳子訳、角川書店、P111-112,133)より


ブクマコメ返

nenesan0102

男性には風俗があるけれども、もてない、とことんもてない男に縁がない女性には風俗すらないので、女の人のほうが切ないんじゃないかなと私は思っています。。。 2014/01/17

でしょうね。「もてない男」は可視化されてるけど「もてない女」はサバルタン

dagama

金が無いと困るけどセックスが無くても困らないから貧困にはならないのでは? 2014/01/17

心の貧困をうみます

hal9009

内面の問題だけに公権力による再配分はありえないもんなw 2014/01/17

トラバにもありますが、性の再分配とか性の公共事業なんて明らかに人権侵害ですからね。

経済自由化倫理的に批判されますが、性の自由化絶対善、だからこそラファエルは救われないのです。

wdnsdy

金は生きるために誰でも絶対にある程度は必要だけど、セックス場合必要ない人はゼロでも全然普通に生きてられる(心の貧困も産まない)んだが、その点はどうなんよ? 2014/01/17

もちろんノンセクの人たちは異性愛が満たされないことで心が貧困になったりしないでしょう。

ここでは「強制的異性愛ワナに絡め取られた(上野千鶴子発情装置』より)」あわれな人たちの話をしています

plusqplusq

強制的異性愛ワナから脱出すればいいじゃん。それができないなら自由恋愛市場にて満たされるよう動くしかない。 2014/01/17

上野千鶴子ほど聡明で自らのセクシュアリティ自覚的な人でさえ「ワナに絡め取られている」と認めるのですから

わたしたち凡人がそこから脱出するのはなかなか難しいでしょう。

セクシュアリティを自由に操作する薬の開発が待たれますね。

 
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