「犠牲」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 犠牲とは

2024-09-28

今回の自民党総裁選の勝因と敗因

伝聞情報をもとにした最小公倍数的な内容にすぎないけど、概ね多くの人の実感と一致するのでは?

石破茂(1回目2位、決選1位)

・身も蓋もないけど、目立った失点がなかったのが最大の勝因

・これまで非主流派だったので、有権者向けに「自民党は変わる=清和会安倍派)的なもの否定する」と示すのにちょうど良かった。

演説自分の過ちを謝罪し、(本当に安定しているかはともかく)安定感を示したのは決して小さくない。世の有権者パフォーマンスより安定感を求めており、それを各議員も感じ取っていたはず。

高市早苗(1回目1位、決選2位)

・予備選での勝因は、右派の旗頭(安倍派の生き残り)としてのまとまった支持やアンチ石破の受け皿ということでは。

・決選での最大の敗因は、結構票数が拮抗していたのに、状況を客観視できずアンチ安倍派の存在意識した言動が取れなかったことで、アンチ安倍派以外の中立的議員からも「危なっかしい」と思われたこと。

(潮目が読めない奴は勝負弱いし頼りにならない、という話。)

・付け加えるなら、遠因として、思想過激さと、それを支持して集まってくる取り巻きのヤバさ。中立的人達からすると、あんなのと一緒にされたくないということになる。

小泉進次郎(1回目3位)

善戦理由としては、若くあからさまな悪人ではないので、刷新「感」を出すのにちょうど良かった、というところ。

菅さんがバックにいたことで、まとまった支持もあった。

・敗因は、菅さんがバックにいることが明らかだったため、刷新なんかできないと見透かされたこと。

・加えて、解雇規制緩和など20年遅れの議論を持ち出し、あの暗かった純一郎時代の負の記憶を呼び覚ましてしまたことも関係あるのでは。

林芳正(1回目4位)

・もともと岸田派にとっては「次の首相候補」だったので、旧岸田派やそれに近い人達谷垣Gなど)が順当に支持した。

外相としても官房長官としてもそこまで悪くなかったので、能力的にミソが付いていない。

・決選に残れなかったのは、多分、今回は乱戦気味で勝つのが難しいので、目的が「一定存在感を示す」ことになったから。

小林鷹之(1回目5位)

・進次郎と違い、ちゃんと若手からの支持があった。

・ただ、右派票は高市に流れたので、そこから支持が広がらなかった。

総裁選前は中堅どころだったのに、一気に総裁候補として名前を売れたので、充分だと思っているのでは。

上川陽子(1回目6位)

・岸田派的には林さんのサブだったはずなので、「無理に出なくても……」というのが多くの人の本音だったのでは。

・本人的には、年齢的にチャンスは多くないので、あわよくばというのと、名前を売っておこうと思った?

もしかして我々が観測できないだけで、なんらかの党派闘争コマだった可能性もあるっちゃあるんだろうけど、今のところ陰謀論の域を出ない。

茂木敏充(1回目7位)

・あれだけ首相になりたいオーラを出しまくっていたので、勝算無視で出ざるを得なかっただけで、本人も勝てるとは思っていなかったのでは。

・他の候補応援する理由があるけど、茂木さんをわざわざ応援したいかというと、「パワハラが有名で、選挙の顔として微妙すぎるし……」ということになったのでは。

河野太郎(1回目8位)

デジタル大臣として色々頑張ってたけど、頑張りの方向性が必ずしも正解ばかりではなかったし、犠牲になるものへのケア意識がないような印象を持たれた。

時折漏れパワハラ気質と相まって、「この人、一定数の国民から嫌われそう」と思われたのでは。

議員含め、多くの人から突撃隊長としてはいいけど、トップとしてはこの人についていきたくない」と思われてそうだし、麻生さんも前々からそこを不安視していたんじゃないか

加藤雅信(1回目9位)

・実は結構エリートで、将来を嘱望されてきた。

・本人にはゴリゴリの野心はなく、周囲が言うのでしょうがなく出たのでは。

・推薦人は裏切ったのではなくて、元から他の陣営からお願いして借りたものだったんでしょう。

・多くの候補が「次の総裁選」を見ているけど、この陣営については、一族レベル・数十年レベルで「将来の世代」を見ているのでは。

総括

小泉安倍路線否定

・その背景として、ゼロ年代的なネオリベ極右価値観への嫌悪感。「改革」なるものに対する疑念

社会において、個人戦ではなく集団戦なんだという意識が浸透してきており、「その人個人の優秀さ」ではなく「集団を上手くまとめられるか」に関心が移っている可能性。

SNSなどにおける党派対立的な言説にみんな段々嫌気がさしてきているのも、実は大きいのではないか

時代は穏健さだよ、兄貴

送りバント戦法は間違っているのか

野球オタク以外はどうでもいいネタ

長らく「手堅い作戦」「野球セオリー」とされてきた「送りバント」の評判が最近きわめて悪い。「実は送りバント戦法は得点確率が低いことはエビデンスでも出ている。バント固執する指導者老害」という意見が主流になっている。以下の記事典型的ものだ。

“非効率作戦”とわかっているのに…日本プロ野球で「送りバント」は、なぜ減らないのか? 歴史的な「投高打低」に拍車

https://news.yahoo.co.jp/articles/e6ac76b5d59c79948a1c6544838cffc53813633f


自分は、送りバント有効性を否定する議論は、全体としては間違いだと考えている。否定派は、そもそも問題として、バント有効ではないことのエビデンスを示すことは、一般に考えられているよりもはるかに難しいことがわかっていない。巷で出ている「送りバントは非効率」というエビデンスは、実際にはほとんど役に立たないエビデンスと言っていい。

例えば、バント戦法がより選択される可能性が高い状況を想像して欲しい。それは、一点を争う投手戦である。例えば、戸郷と才木が0ー0で投げ合って無死1塁という状況では、バント選択される可能性が高くなる。しかし、投手能力的にヒットを打つこと自体が難しいので、当然ながら点が入る確率は低い。

逆に強攻策が採用される状況は、既に点差が開いている状況で、投手調子が悪かったり、実力的に2、3番手が投げていることが多い。例えば3−8で負けていて無死1塁という状況では、バント選択されることはほぼない。投げている投手調子能力も高くないので、強攻して普通に安打が出やすい。

このように「バント得点確率が低い」という巷のエビデンスは、単に打てる確率の低い状況と高い状況を比較しているだけ、という疑似相関の可能性を考えなければならない。そもそもバントをあまり採用しないチームがあるとしたら、今年では横浜がそうであるように、強打者が揃っているチームである。なので、単純に打撃のいいチームと悪いチームを比較して、「バント得点確率が低い」と結論づけてしまっているだけの可能性もある。

以上のように、真にバント戦法の有効性を検証するには、投げている投手調子レベル、チームの打撃力といった条件を細かく丁寧に揃える必要がある。そうしたエビデンスは今のところ見られないし、おそらく複雑すぎて難しいだろう。送りバント有効性については、「勉強時間を1時間増やしたら点数が10点上がった」というレベルの明白なエビデンスは期待できないのである

私見では、そもそも送りバント指導者にが好まれるのは、得点確率が高くなるからという以外の根本的な理由がある。それは、「犠打」と呼ばれるように、そもそもバントにはチームのために自己犠牲にする、という象徴的な意味がある。自己犠牲姿勢を見せることによって、全ての選手に「チームのために」という意識づけをして、自己満足的なプレー抑制することが期待されているのであるしかし、こうしたバント効用については、データに基づくエビデンスで示すことはできない。結局のところ、送りバント有効性は、現場指導者選手経験に基づく実感でしか判断できないのでないかと思う。

2024-09-27

anond:20240924164210

他所と比べるとマシみたいな面はあるけど、先頭集団を突っ走ってるんだからそんな気概じゃずるずる中位に行く

まだどこも成功してない問題チャレンジするべきだと思う。例えば少子化

元増の言うとおり家族否定してやたらに利己に走らせたのはよくなかった

子供を産んで家庭を築く話になると、はてなーはやたら「社会への利益のために自分の快適を犠牲にするのは全体主義的」みたいに拒絶反応するけど

例えば環境問題なんかではそんな極端なスタンス取らないじゃん。なんで家族主義だけこうなる

2024-09-26

生活保護受給する際に子供を産んどくともらえる量が増えるのに、意外と悪用する人がいない気がするな。さすがに子供未来犠牲にしないという良心はあるか。

VR市場ジリ貧の拡大路線を諦めてクオリティ向上に舵切ってくれて安堵している

そもそも沢山の客を囲える最低限のクオリティにすら達してない開発途上のジャンルなので、今は普及を意識した価格の為にクオリティ犠牲にするのは自殺行為だった。事実として自滅しかけている。

コロナ自粛も一段落したし今後10年ぐらいは似たような感染症流行があっても、世間はあそこまでの自粛はせずにコラテラルダメージの黙認を選択するだろうから安心してB2B2Cなんかも視野に入れて展開すると良い。

VRには輝かしい未来が待っているが、遠い先の話なので、目先の小銭目当てで品質妥協するような愚行はもうしばらくは控えてほしい。

anond:20240926010220

予防線のために退路を犠牲にしてて本末転倒だって言いたいんじゃねぇの

横だから知らんけど

2024-09-25

anond:20240925213240

人間性犠牲にして金をもらう

生き甲斐幸福蔑ろにして虚無の安定を取る

現代人らしい生き方と言える

最近高齢者向け施設コンプラが思ったより厳しくなっている

私の父は認知症だ。現在とある老人ホームに入ってもらっているが、このたび認知症が故のセクハラが多いとのことで、追放されることになった。

注意したり投薬を増やしたりと頑張っていたのだが、収まる気配はない。癌の治療のため、ガンマナイフを脳にあてたことによる高次脳機能障害かもしれないと言われた。

健康な時の父は全くセクハラとは無縁だったので正直悲しいものはあるが、脳の問題精神病なら本人にもコントロールできないだろうし仕方ない。

 

そして現実小説と違って、追放された後にとりあえずゆっくりしてから潜在能力を開放…というわけにはいかない。新しい受け入れ先を探す必要がある

ところが新しい受け入れ先がなかなか見つからないのである

当初、私は父が癌でお世話になっている病院地域連携室というところが勧めてくれる施設なら、スムーズに受け入れてもらえると思っていた。

多少は不自由価格問題があるだろうが、それは仕方ない。とにかく受け入れてはもらえると思っていたのだが、結論として勧めてくれたところは全滅した。

 

父のセクハラが思ったより見境が無く、面談に来てくれた看護師にも、手を握ったり、キスをせがんだりということがあってのことではあるのだが。近年はどこの施設審査が厳しく、セクハラが激しい認知症患者は受け入れられないとのことだった。とある施設では相談員施設判断で受け入れを合意してくれたのだが、受け入れの2日前に、その施設本社リスクコンプライアンス室というところからストップがかかってちゃぶ台を返されたこともあった。「施設が見つからない」「あそこもダメだった」と相談すると、父がお世話になっている病院担当者医者はみな驚いていた。医療介護業界では、現場従事者と本社スーツ組の感覚は少々ずれているようだ。

 

あらゆる施設を当たってはいるのだが、どうやら普通老人ホームは無理で、精神病しか受け入れ先がなさそうだ。

場合によっては身体拘束することがあります、というか9割がた最終的には身体拘束すると思います」と精神科医には言われている。

がん性疼痛が発生してもロキソニン程度の薬しか投与できないと思ってくださいと言われている(麻酔不可)。

 

おそらくだが一昔前は現場介護士の方々の苦痛犠牲に、父のようなモンスターと化してしまった人間もそれなりに尊厳をもって穏やかに死ねたのだと思う。

父は昭和人間コンプラとは無縁の時代に生き抜いたと思ってたが、最後コンプラの波にのまれた。

社会的には良いことだとは思う。しかし、辛いもの家族としてはある。刑務所に入ってもらった方が案外楽かもなぁ。

anond:20240925081921

あー、あの駅はイケニエなのだな。一人だけ犠牲になってもらって、物見高い観光客などにサラシモノにして、ワラワラ寄って来たところで商売して経済効果を得るというビジネスプランだw

ある意味、昔話などによくある「魔物被害を免れる」か「山の神海の神などに豊作や大漁を願う」ための人身御供少女みたいな境遇ってところに同情して「かわいそう」と吐露したのが呂布サン本心なのかも知れない。知らんけどw

anond:20240925090420

حُرِّمَتْ عَلَيْكُمُ الْمَيْتَةُ وَالْدَّمُ وَلَحْمُ الْخِنْزِيرِ وَمَا أُهِلَّ لِغَيْرِ اللّهِ بِهِ وَالْمُنْخَنِقَةُ وَالْمَوْقُوذَةُ وَالْمُتَرَدِّيَةُ وَالنَّطِيحَةُ وَمَا أَكَلَ السَّبُعُ إِلاَّ مَا ذَكَّيْتُمْ وَمَا ذُبِحَ عَلَى النُّصُبِ وَأَن تَسْتَقْسِمُواْ بِالأَزْلاَمِ ذَلِكُمْ فِسْقٌ الْيَوْمَ يَئِسَ الَّذِينَ كَفَرُواْ مِن دِينِكُمْ فَلاَ تَخْشَوْهُمْ وَاخْشَوْنِ الْيَوْمَ أَكْمَلْتُ لَكُمْ دِينَكُمْ وَأَتْمَمْتُ عَلَيْكُمْ نِعْمَتِي وَرَضِيتُ لَكُمُ الإِسْلاَمَ دِينًا فَمَنِ اضْطُرَّ فِي مَخْمَصَةٍ غَيْرَ مُتَجَانِفٍ لِّإِثْمٍ فَإِنَّ اللّهَ غَفُورٌ رَّحِيمٌ 3

5-3.あなたがたに禁じられたものは、死肉、(流れる)血、豚肉アッラー以外の名を唱え(殺され)たもの、絞め殺されたもの、打ち殺されたもの、墜死したもの、角で突き殺されたもの、野獣が食い残したもの、(ただしこの種のものでも)あなたがたがその止めを刺したものは別である。また石壇に犠牲とされたもの、籤で分配されたものである。これらは忌まわしいものである今日、不信心な者たちはあなたがたの教え(を打破すること)を断念した。だからかれらを畏れないでわれを畏れなさい。今日われはあなたがたのために、あなたがたの宗教を完成し、またあなたがたに対するわれの恩恵を全うし、あなたがたのための教えとして、イスラームを選んだのであるしかし罪を犯す意図なく、飢えに迫られた者には、本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。

وَمَا مِن دَآبَّةٍ فِي الأَرْضِ وَلاَ طَائِرٍ يَطِيرُ بِجَنَاحَيْهِ إِلاَّ أُمَمٌ أَمْثَالُكُم مَّا فَرَّطْنَا فِي الكِتَابِ مِن شَيْءٍ ثُمَّ إِلَى رَبِّهِمْ يُحْشَرُونَ 38

6-38.地上の生きとし生けるものも、双翼で飛ぶ鳥も、あなたがたのように共同体同類でないものはない。啓典の中には一事でも、われが疎かにしたものはない。やがてみなかれらの主の御許に召集されるのである

2024-09-24

自分のために研鑽できなくなった

趣味家族時間犠牲にしてまでお金を稼いだり勉強したりする、自己研鑽一生懸命な人の気持ちが本気で理解できなくなっている。そのことに気づき驚愕した。

何故だろうと考えると、それほどの自分のための研鑽インセンティブがないからだと気付いた。

今の自分支配するのは、「行き着く先は一個人の死である」「死後に干渉できることなどなく、観測することもできない」「死を前にしては、殆どのことはどうでもいいことである」という、仏教的な虚無主義だった。

死後自分に残せるものがないなら、死後のために努力して意味があるのか。生きている間に直接関与できない人間のために努力する意味があるのか。報われるかも分からない努力をしようというほど粋な心意気をしているわけでもない。ならば、今自分大事にしたいもの幸せを感じられるもの時間投資をすべきだろう。そのような刹那主義に気付かないうちに至っていた。

ふと、元々そんな気質だったかと省みてみる。幼少期から一貫して、真面目な性格であった。学生の本分だから勉強はするし、将来選択肢が増えて生きやすくなるから成績を上げる。両親の期待投資があるから報いようとする。果たしてそれは、学歴という成果につながった。

また、学生時代から漠然と知性体を創りたいと考え、その道に邁進した。その原動力は恐らく、価値観の合う同世代がいない孤独感を埋めたいという動機であった。

知性体を創りたいという想いは、自らの才能に見切りをつけた時点で潰えた。いか研究しようとも生きているうちには創れないだろうという確信、大局観を持つのが苦手な自身研究適性のなさ、研究者として生きるのが難しいという社会的な制約。そういったものをひっくるめて、才能がないと理解した。

やがて会社に勤め、その孤独感だけを手元に残して働くようになった。目の前の仕事邁進する中で孤独感は膨らみ、誰かと一緒に生きていきたいと言う思いが募った。迫る孤独への焦りと言い換えても良い。

そして、出会いを求め、結婚した。極めて運の良いことに、価値観が合い、一緒にいて気安くかつ幸せ暮らしていける相手結婚できた。その結婚による変化は劇的だった。端的に言えば、自分のために研鑽するうえでの最後動機であった孤独が、満たされてしまった。

学生の頃の残滓社会人博士も目指したが、もはや優先するものが変わっていた。続くわけがなかった。

最後子どもが生まれ人生の主役の座を明け渡した。

妻と子供という自分より大切なものができた時点で次に意識したのは、自らの死だった。かつての自分にとって、死は「作業が止まるイベント」でしかなかった。だから、それまでにできることをやらねばならないと言う焦りに繋がった。しかし、今の自分にとって、死は「何を遺すか」になった。自分のために遺しても意味がない。であれば、自分のためにする研鑽意味がない。

あと思いつくものといえば、勉強が必ずしも良い未来保証しない年齢に差し掛かっているのかも知れない。また、元々の気質として、好奇心概要に触れるだけで満たされ、何か行動に移すということが厭わしいと思う所もあるのかもしれない。

総括すれば、自分のために努力する動機を失ったこと、自分よりも優先したいものができたこと、死への意識の変化、そして年齢と気質。そういった物が集まって、自分のための研鑽をしなくなったのだろう。

ならば、今私がすべきことは、自分のための研鑽をしなくなったことを嘆くのではなく、家族のために何を遺せるかを必死に考え、そのための努力をすることなのかもしれない。

時間という値千金のものを何に捧げるかを考えながら。

ニンニク陰謀

古の時代からニンニクはその強烈な香りと力で人々を魅了してきた。しかし、誰も知らぬ間に、その白い皮の下には隠された陰謀が潜んでいたのだ。

ある秘密会議で語られたという。ニンニクはただの香辛料ではない。実は、全宇宙に張り巡らされた「香り結界」を操作するためのキーアイテムだったのだ。ニンニクを食べるたびに、我々の体内で微細な振動が生じ、その振動古代から存在する「香りネットワーク」を通じて、全ての生命体に微妙な影響を与えているという。

なぜ、吸血鬼ニンニクを恐れるのか?それは彼らがこのネットワーク干渉する存在からだ。彼らは、香り結界の外に存在する暗黒の力と結びついているが、ニンニク香りがその接続を断ち切るから逃げざるを得ない。

さらに驚くべきことに、ニンニクを大量に摂取した者は、一時的にこのネットワークアクセスすることができるという噂がある。彼らは「香り使い」として知られ、意識せずに他人感情や行動に影響を与えることができるようになるのだ。

だが、この力を手に入れるには代償が伴う。口から漂う独特な香りにより、彼らは他者から孤立し、次第に社会とのつながりを失ってしまう。それでも、彼らは全宇宙香りの流れを支配するため、その犠牲を甘んじて受け入れる。

気づかぬうちに、あなたもこの香りネットワークの一部になっているのかもしれない。今日ニンニクを食べたあなたも――。

次にニンニクを手に取るとき、それがただの調味料であるとは思わないことだ。その白く輝く球根には、遥か昔から陰謀が隠されているのだから

2024-09-23

なぜ社会はクソなの?

俺たちがスティーブ・ジョブズを偉大な男だと勘違いしていたことだろう。奴が子供たちの犠牲の上に何十億も稼いでいたのを知りながら。

それとも、俺たちのヒーローが全員偽物で、世界自体が一つの大きな詐欺みたいに感じるからか?お互いに無意味コメントを送り合って、ソーシャルメディアでは親密さを装っている。

それとも、俺たちがこれを選んだのか?不正選挙じゃなくて、物や財産お金で。

新しいことなんて言ってない。みんな、この理由を知ってる。『ハンガー・ゲーム』の本が幸せにしてくれるわけじゃない。ただ麻痺したいだけなんだ。現実を演じるのは痛いし、俺たちは臆病者だから

くそったれな社会だ。

2024-09-22

anond:20240922113341

ありがてぇありがてぇ・・・

あの家は日本経済のために犠牲になったのだ・・・

京都アニメーションの復活はもはや無いのかもしれない

京都アニメーションの新作が発表された。

メイドラゴン劇場版とあらいけいいちのCITYだった。


落胆した、そして悲しくなった。

一方は既存シリーズ劇場版、もう一方は新規とは言えかつて京アニ制作した同作者の「日常」の流れを汲んでるので、似たようなテイストになるのは明白だ。

京アニは完全新規企画を立ち上げる体力はまだ戻ってきていないことをまざまざと証明させられた。


あの放火殺人事件によって、京アニ精神的支柱大黒柱とも言える木上益治氏を失い、武本康弘西屋太志池田晶子も居なくなった。


実は事件後、犠牲を免れた人達の中から大勢京都アニメーションを去っている、監督キャラデザ作画監督クラス人間がごっそり京アニを辞めたのだ。


きみの色公開中の山田尚子はもとより、ヴァイオレット・エヴァーガーデンキャラデザ高瀬貴子もも京都アニメーションには在籍していない。堀口悠紀子事件の数年前にはすでに辞めている。

その他の作画監督級のアニメーター退職して上京したり、廃業したりしている。


2010年代京アニ特に自社原作オリジナル作品に力を入れていた。

会社として多数のオリジナルIPを生み出せる強みを存分に活かしていたが、それを担える才能はあの事件ほとんど失われてしまった。

今度の「新作」も、既存もしくは既存に近い性質作品ばかりだ。

傍目には復活できたかのような京都アニメーションだが、今回の新作発表会で事件から5年以上経ってもかつての力を取り戻せてはないという現実を無惨にも突きつけられた気がした。

京都アニメーションの強みというのは、商業主義表現主義バランスだ。商売として売れなければどうしようもないが、だからといって表現も捨ててはならないという強固な意思の強さだ。それは犠牲になった木上益治氏の影響力も強かったからだ。華々しいテレビ劇場の裏で作っていた短編作品などは極めて表現主義的なものだった。


その木上氏を失い、多数の才能も失った京都アニメーションは今後、商業主義的な作品ばかりになっていくのだろう。

とてもじゃないが表現主義などやってる場合じゃないからだ。

それがとてつもなく悲しい。

あの頃の京都アニメーションを取り戻すにはまだあと10年以上先か、いやもう元通りにはならないかもしれない。

2024-09-19

パルワールド

ゲームは好きだからいい感じに着地してほしいけどCEO発言が危うすぎるし色々好ましくない

反感持たれてる原因の1〜2割はあの人だろ

今後も危うい発言しそうだしCEO犠牲にしてゲームは生き残ってほしい

必要不可欠な職業ほど給料が安いし見下される

土方の愚痴

近隣住民の方から信じられないクレームをいただいて心が折れてしまった。

おそらく,その方は我々を人間扱いしていない。

ただ,社会の大多数の人も,心の奥底では我々を人間扱いしていない。

社会にとって必要不可欠な仕事ほど,給料が安い。

建設業従事者は残業がつかない―正確には定時に出勤し定時で帰っていることになっている―上に,給料が安い。

楽そうに見える仕事にもその仕事なりの苦労はあるかもしれないが,建設業は肉体的にも精神的にもつらい仕事だ。

靴や手袋など衣類の消耗が激しいため,金がかかる。夏場は飲み物を準備するのに,金と手間がかかる。

にもかかわらず,20代の後半で月の手取りが16万円,ボーナスは1.5か月分,定期昇給はない。残業もつかない。

正直なところ,みじめだと思う。工業大学卒業したが,土木建築系の学科を選んだのが間違いだった。

基本的に,社会にとって必要不可欠な職業給料が安い。

そういった人たちの給料が高いと,まともに道路が作れないし家も建たない。食料の値段は高騰し,税金さらに高額になるだろう。

残酷な言い方だが,社会が成立するにあたって,必要犠牲だ。

ただ,その犠牲の上でのうのうとくつろいでいる人が「〇〇って必要不可欠な職業から尊敬している」とかいうたびに吐き気がする。

尊敬している」が,「自分は決してやりたくない」。

自分以外の人間」がやる仕事という意識が心の奥底にある。

から自分利益と我々の仕事が衝突するとき,例えば食料品の値段が高いときインフラを維持するための税金が高いとき,近隣の工事の音がうるさいとき

信じられないほど残酷なことを口にできる。

食料品の値段が高い,というのはよくわかる。しかし,その矛先がなぜか農家に向かい農家利益を出すために価格転嫁することを認めない。

私の体験で言うと,作業の合間の休憩中,施主に「そうやって日陰で休んでないで働け,金払ってやってるんだから」と言われたことがある。

必要不可欠な職業に就いてはいけない。

必要不可欠な職業ほど給料は安く,見下される。そんな社会は成立しなくてよい。

言わなかったが

転職して半年ちょっと

60寸前、間も無く定年再雇用をするかどうかの意思表示をするタイミング大卒からずっと働いてきたという人。

定年再雇用での待遇ダウンすることに対しての文句を言っていたのを聞くことに。

かに話の内容からしたら、制度趣旨に沿って一線を退き、後進の指導のみというわけじゃないので、そのような不満があるのはわかる。

ただ、転職経験者として「それは悪手で何ら良いことがない」と言いたいことはあった。


まだ辞めるかどうかは明言しちゃいけないし、「他に行くところがなかったら残る」は言っちゃいけない。


かに出来る人だし、辞められると困ることはあろうと思う人だが。辞めることを取引カードにしたところで、会社は何も気を遣っちゃくれない。

しろ、それで残ったら市場価値が無いと見られ、さら評価されなくなる。


いつぞやに聞いた

いつまでも残るかのように働き

明日辞めるかのように転職活動をする

しかないのよ…


それでどれだけきっちり、自分休み犠牲にして引き継ぎをして退職しても、退職後に欠席裁判されることもあるけどね。


それは、組織問題にせずにいない人のせいにした方が波風立たないからね。それやったところで問題本質に切り込まず先送りしてるだけだから、後ほど問題が深刻化して対処できなくなるのがオチだけど。

2024-09-18

佐賀から博多駅に直通する運賃を5倍にして新幹線建設の積み立て金とするべき

長崎犠牲にして成り立っている佐賀

anond:20240917194515

どう言おうが「女が妊娠して、子供を生む」っていうリスク代替できる手段なんか、オスにあるわけねぇだろバー(笑)

オマエごときに高評価される必要はねぇので、オマエの意見ゴミカスだよ。

ゴム使え。性感染症を防げ。

オマエが彼女人生破壊しつつある(妊娠させたオスの人生なんぞ女に隷属されてろよ、弱者)。

オマエの人生計画犠牲にして、彼女に応じろバーカ。

2024-09-17

義務で行うゲームについて

古戦場から逃げるな」なんていう太古のミームがある

古戦場と呼ばれるソシャゲのGvGイベントがあり、そのGvGイベントから逃げるなという文字通りの意味

ブラウザゲームでありながら今も40万人以上のアクティブを誇るソーシャルゲーム、そこでしか得られない報酬順位というトロフィー目的スマホ17時間触ることを強いられている

実際は強いられていないのだが、ある一定の層以上になると強いられているのとほぼイコールになるのだ

GvGでありPvPでもあるこのイベントはある一定以上のプレイをするとなると自分ひとりで完結することができない

最大30人が所属できるギルド所属し、そのギルド順位を上げるために自分余暇を切り崩すのだ

これが古戦場から逃げるなというミームの側面でもある

自分は喜んで余暇をささげているのだが、上位プレイヤーになってくるとそうでもないらしい

数カ月に1度のイベントごとにギルドの空きメンバー募集が行われ、またイベントごとにギルド解散ゲーム引退報告が出る

自分には関係ない世界だが、GvGの勝敗のために急に休みを確保するプレイヤーがいたりと負担は大きいのだろう

勝手競技性を見出し遊んでいるのが上位プレイヤーだと言われたらそれはそうなのだが、個人的な憧れの一端でもある彼らがゲーム自体疲弊し何かを犠牲にしてまでゲームを行っていることに対して疑問を抱かないわけでもない

きっとそれは今の遊び方が彼らと比べて温い遊び方だからなのだろうし、モチベーションの差なのだろう

anond:20240917155730

見るために何かを犠牲にするかは別として嬉しいかでいえば嬉しいもの

何が正しかったのかは、いずれ証明される事となる。

有効安全ワクチンなら誰も否定しませんが、間に合わせに急遽作った物をどうして信じられるだろうか

実際に接種後死者、重篤副反応となった方々は後悔している。

犠牲は付きものだと言う方もおられるが、犠牲者になっても言えるだろうか

反ワクだと罵っていた方々も最愛なる家族犠牲者となって、態度を一変させた方も沢山います

しっかりと検証すべきである

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん