「描写」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 描写とは

2022-11-25

anond:20221125154422

当該シナリオプレイしたけど、ゲームというファンタジーにおけるいじめ問題の落とし所としてかなり上手くやってると感じたけどなあ

大本いじめっ子たちは学校から退場済み、いじめから身を守るためにつるんで少々おいたをやらかしいじめられっ子たちは反省のための奉仕活動と共に居場所を残すことを許される、ってオチ

特に学校側の対応描写なんて良かったと思う

いじめを知っててなんで放置したの?とかいじめに気づかない学校はだめじゃんって話に普通なりそうだけど、そこはいじめっ子が退場したあとにあたる今から数年前に校長含め教師陣全員が入れ替えられた上、新しい教師陣にはいじめが隠蔽されていたという形で解決してる

さらに新しい現校長は、自らとんちきな仮装までして生徒や関係者から聞き取りを行って隠蔽されていたいじめについて把握した上で、事情も知らずただ排斥しようとしたことについていじめられっ子集団謝罪までする

ゲームアニメじゃ、ハイ仲直り!あるいは勧善懲悪になりがちないじめ問題を、限られた尺の中でうまくデフォルメして解決してて感心したよ

anond:20221125081734

なんていうか、気になるトラバブコメだな……。

元増田がどういう意図で書いたか分かんないけど、杉元の過去をめぐる描写は、読者にクライマックスでの死を連想させるものだろう。

から最終回でその予想を裏切った訳で。

anond:20221125081734

ゴールデンカムイは、殺し合い自体別に悪いことではない、という描写を貫いてるんじゃねぇかな。

狂暴化したクマを殺して手を合わせて食べる、みたいな描写執拗にするのと同レベルで、

こっちを恨んで殺しに来る狂った双子の片割れだとか

他を殺さずにはいられなくなったニシン漁師殺人鬼だとか

そういうのを殺して治める、という。

 

悪ってのはもっと、部下の心に寄り添ってるフリして実はめっちゃ騙して自分軍団を作っている……みたいな

そういうことになってたよね。

 

まあなんだ、殺したってことは悪なんだ、という単純明快な善も俺は大好きだが

常にそうではないということだ。作品フィクションだが、作品に反映する倫理観現実からな。

まああと、別に倫理に反してようが面白いもんは面白いがね。

anond:20221125172504

新海誠本来好きなのは小さい話と言うよりはゆっくり気持ちが動いて行くのを丁寧に描写するのが好きなんではと思う。秒速とか言の葉とか。

ドタバタ冒険活劇とかは細田守に任せて、次はゆったりと展開させる話にしても良いんじゃ無いかな。原作ありで。

老人と海とか作らしたら海の綺麗な表現が素晴らしい名作を作ってくれそう。

anond:20221125081734

こういうのでいうと、

山田風太郎先生の大傑作「風来忍法帖

忍城の戦いを絡めて、

めっちゃくちゃ面白いけど、

主人公たちはやくざ者で、戦争で逃げてきた避難民の女を騙して乱暴した後、

言いくるめて女郎屋に叩き売ったりする描写があって、

そういうろくでなし達が聖なる姫を助けるために

巨悪に命をかけて戦う、という話なんだけど、

これがもし漫画化されたら多分この序盤でめっちゃくちゃ叩かれたり、

読者脱落するんだろうなあ~という妄想をたまにする

たなかかなこ先生描いてくんないかな~~

エロ描写はともかく、グロ描写作家がそれを好きじゃないと出来ないよなぁ。

好きでエロ描写するのはもちろん大歓迎だが、それはともかく、

執拗グロ描写とか、SM描写とか、人体切断とか、拷問とかはやはり好きでなかったらしんどいだろうし、

そこまで需要があるとも思えないので、好きで書いている作家だけで十分供給が間に合うだろう

もちろん、少ないながらも特殊需要はあるので、どんどん描けばいいと思うけど

2022-11-24

anond:20221124231747

そこは必須じゃないしなあ

男の場合は「復縁を迫る嫁」は必須だけど女の場合はそこは必須じゃない

大事なのは「クソ旦那と離れて幸せになる妄想」だからクソ旦那粘着してくる描写はいらん人も多い

下手すりゃホラーになるしな(むしろホラーとしてそういうのを描く人もいるけど)

一ノ瀬家が現状ただの胸糞漫画である理由がわかった

ネタバレ

主人公目的がないからだ

主人公記憶喪失なわけで、通常だったら記憶を取り戻すというのが目的になるはずだが、1話主人公自身がそれを否定

更に2話で学校はいじめられっこ、家庭環境は最悪ということまでわかってしまって読者としては「もう記憶取り戻す前の人物像だいたいわかったけどこの話はどこに向かうの?」って話になる

もちろん実際にとり戻したわけじゃないので、その認識は間違ってる可能性はある

でもとりあえず話としては現状素直に読めば

記憶喪失➡︎機能不全家族でした➡︎いじめられっこでした

なわけで、主人公目的もないし、ただただ胸糞ドキュメンタリーを見せられているだけという風になってしまってる

タコピーをそこまで胸糞と感じなかった理由は、タコピーが「しずかちゃん笑顔にする」という目的が一話から提示されていたか

更に言うと一ノ瀬家はいじめ描写ちょっといきすぎている

まりなの行為肯定するつもりは毛頭ないが、まりなの直接的かつ個人的暴力と違いクラス全体のなかで全裸土下座、何も知らない人に対して希望を持たせてから残飯処理はいくらなんでも悪質すぎる

過去に何かあったことを思わせてるが、それこそ主人公が同じことをいじめっ子にしてたくらいの行為がなければとても受け入れられない行為ばかり

さすがにまりなと同じように逆恨みパターンではないことを祈る

タコピー面白かったから一ノ瀬家にも期待してるけど、このまま暫く胸糞展開…ではいじめ題材の少女漫画と変わりがない…

2022-11-23

すずめの戸締まりメタ映画なのでは?(ネタバレ感想)

二週目見たので。

メタ映画として

特撮の白倉プロデューサーメタネタ作品に取り入れることが多いんだけど、ライダー戦隊映画の「スーパーヒーロー戦記」なんか、敵が「お前らネタ切れでモチーフ被りまくりオワコンじゃねえか!」なんて台詞を吐くんだよね。

シンエヴァでも、(しばらく観てないのでうろ覚えだけど)シンジ綾波の会話中、「使徒、襲来」から「シン・エヴァンゲリオン」までのタイトルが「作中のスクリーンに」流れる

どちらも、作中のキャラではなく観客に向けた表現であり、またシリーズファンでないと伝わらないネタでもある。

「すずめの戸締まり」も3.11メタ的に、観客を意識して作られた映画なんじゃないかな?みたいな。

文系は作者の気持ちを考えてろ、なんて言葉があるけど、昔は作品にゃ「作者の意図」ってのがあって、それを読み取るのが正しい読み方なのだ、って学校でも教えられてた。

でも後から、「文章を読んで書いた奴の気持ちなんか分かるわけねーだろ」「それをどう読み取ったか、読んで何を考えたか大事だろ」的な考えが出てきて、作者ではなく読者を主体として考えるべきじゃね?みたいになって、そんで、多様な考え方を尊重しようみたいな話に繋がったり繋がらなかったり。

まぁそんな感じで、被災した人もしなかった人も、311経験した人なら色々考えるし語りたくなるよね、的な?

タイムリープと予定論

タイムリープものとしてみた時、あのシーンは実はこういう場面だったんだ!って気持ちよさは薄い。(自分が観た中だと、平成ジェネレーションフォーエバーのネタばらしが一番気持ち良かった)

で、先のことは全部決まってる、ってやつね。最初ちょっと引っ掛かったんだよ。仮に扉が閉じるの失敗して震災起きちゃったとしても、結果は決まってるからしょうがなかった、ってことにならね?みたいな。

ただ、幼すずめにとってというより、現すずめが言うことに意味があったのかな、とも考えたり。現すずめにとっての先の未来は不確定なんだし。

雑多な感想

全体的に、「間」を大事にしてるっつーか、日常描写に尺割いて丁寧に撮ってるなーという印象。世界観説明はセリフで軽くすませて、子守りシーンはしっかり描写する、みたいな。それが不満な人もいるだろうけど、個人的にはそこが良かった。娯楽としての面白さって、つまりセックス&バイオレンスなわけで。盛れば盛るほど下品楽しい作品にできる。ヒロインとのキスシーンなんて大抵の映画ノルマのように入ってるけど、すずめのそれは上品で、個人的にはちょうどいい。

ダイジンの草太に対する認識というか、すずめから草太への好意に気付いてたのか無頓着だったのか、気にしながら見たがいまいちからず。ただ自分の方が愛されてると勘違いしてるのはビンビンに伝わってくる。哀しい。

ウチの子にならない?ってすずめから声かけてたんだな。

親子喧嘩のウチの子じゃない、自転車の仲直りもダイジンは見てたんだよな。で、色々考えて、結局自分はすずめの子にはなれない、と悟ったんやな…

二週目だとダイジンヘイトチャージクソ猫っぷりが違う意味面白

初見の時、ダイジンは要石に戻る覚悟決めて車に乗ったんだなと思ってたがそうでもなかった

ダイジンは抑え切れずに抜けてしまったのか、ダイジンが抜いたって感じでもないよな~?

草太さんの記憶バンクじゃん!ダイナミック回想じゃん!とかいらんことを考えた。

初見時、エンドロールで稔君が迎えに来てるの気付いてなかった。フェードアウトしたのかと…

吉幾三流れるなら新幹線のとこだろうけどどこで流れたんだ?

追記

書いてから読み直したら、メタフィクション震災なんも関係あらへんやん!俺は何が言いたかったんだ?

視聴者存在認識してるみたいなメタ発言と、フィクション自己言及としてのメタフィクション混同してたんだろうか…?

実際はハイコンテクストってのが近いのかしらん?

う~ん。しかし、作中で3月11日に発生した震災と、現実3.11は別の話だよね?要石も閉じ師も現実には存在しないし、みたいなことは考えてた気もする

チェンソーマンちゃんと作ってくれ

金かかってるし頑張ってるのは分かるんだけどさぁ

ちょっと演出の勘所がおかしいんじゃないの

君の名は。」「天気の子」への返歌としての「すずめの戸締まり

ネタバレあり】

過去の重さ』と『大人子ども』について

過去の重み

君の名は。」はタイムリープすることで、過去を「変える」物語である主人公の瀧は、過去の少しずつ忘れられはじめた悲劇追体験し、不思議な力によって惨劇回避する。その点において「すずめの戸締まり」では、誰も過去を変えることはできないということが明示される。常世過去現在も混在する世界であるし、主人公のすずめは物語の終盤で過去自分出会う。しかしそれは過去を改変することにつながるわけではないし、亡くなった母親常世で再会できるようなことがあるわけでもない。死者は死者である


「天気の子」における帆高の選択は、「すずめの戸締まり」のすずめとは真逆である世界なんかより君が大事だと叫び銃をぶっ放して走る帆高に対し、「すずめの戸締まり」ですずめは大震災愛する人を天秤にかけるという選択を迫られ、愛する人を選べなかった。それにはすずめの過去震災被害経験が重くのしかかっている。「天気の子」では帆高の過去意図的に透明化されているし、帆高と東京とのつながりはどうにも希薄である


翻って考えてみて、「君の名は。」の過去改変も、「天気の子」で世界よりも君を選ぶのも、エゴイスティック世界を改変する行為である。「すずめの戸締まり」では人知れず災害を防ぎ、薄氷の上にある世界を昨日と変わらず続ける選択を行う。「大事仕事は、人からは見えないほうがいいんだ」と草太は言う。世界微妙な均衡の上に成り立っており、それはいつすべてが灰燼に帰してもおかしくない。



過去の2作品と今作の対比で際立つのは、過去の果てしない重みである過去は変えられない。過去ははてしなく重くのしかかってくる。人にとっても社会にとっても。忘却するわけではない。でもどこかで区切りをつけて前に進まなければいけない。そのための儀式が戸締まり。鎮める。そうしてまた行ってきます

大人子ども

大人論理子ども純粋さ」という対立軸日本アニメ漫画文化普遍的テーマである。「君の名は。」では三葉の父親を説得するという小さな対決イベントはあるが、メインテーマに絡んでくるわけではない。祖母組紐伝統を三葉に受け継ぎ、導く役割を担うが、どちらかと言うと舞台装置として機能している。


「天気の子」では鮮明に「大人論理子ども純粋さ」が対立軸として描かれるが、対立解決落とし前をつけるというより、主人公たちがぶっちぎったような形で終わる。また登場する大人は、誰も主人公たちに対して大人としての役割を果たさない。須賀は大人のズルさを持ちつつも精神的には未熟でもある。子どもたかり、ほぼ無給でこき使い、保身のために投げだす。リーゼント刑事も少し思うところはありそうだったが、帆高の未熟さに毒づき、押しのけられるだけである象徴なのは須賀の義母である相手と会話しているようで、自分の中ですべて完結している。自分価値観から一歩も外にでることはない。大人たちが大人として子どもに向き合わず、与えられた仕事役割をこなすだけ(と描写される)のがある意味現代的ではある。


一方「すずめの戸締まり」では、環との葛藤和解が大きなストーリーライン構成する。物語のオモテ面が災害を防ぐため各地をめぐる旅だとすれば、ウラ面は過干渉な叔母から実家への逃避行である。環も、神戸出会シングルマザーのルミも、完璧とは程遠い人物である。環はすずめを引き取ったことで失ったものを未だに悩み、無理をして母親像を演じ裏切られると怒りを爆発させる。ルミはヒッチハイクしてきた高校生ベビーシッターをさせて、更に深夜までスナックで手伝わせる。そんな大人だが、二人とも真摯にすずめに向き合う。草太の祖父は、自分の孫が要石にされた状況で、その事態引き起こし当人に対して「これで良かった。すべてを忘れて帰りなさい」と声をかける。

もともと新海誠キャラクターの背景や生活史をほとんど深く描かない表現者だった。ほしのこえ、雲の向こう、秒速。ほとんど若者しか登場せず、「どの作品主人公ヒロインは一緒」と言われることすらあった。心理描写を最低限に、抒情的に美しい風景に仮託して表現し、視聴者勝手自分と重ねられるようにする。それを極限まで純化ささせた作家性だった。それがこのような作品を作るまでになるとは夢想もしていなかった。過去作品を糧にしつつ、全く新しい作家性を手に入れ、見事に作品に落とし込んだ。「新海誠最高傑作」との宣伝文句伊達ではないと思う。集大成であるし、ここまで来た新海誠が次に何を作るのかが今から楽しみである


小ネタ

・すずめとは「鎮め(地鎮)」であり、「ミミズを食べるもの」でもある

・すずめの瞳にミミズが反射して赤いハイライトが差すのが「すずめにしか見えていない」ことと、揺れがおきるたびにミミズを探してしまうすずめの恐怖をうまく描写していた

・冒頭の朝ごはんがやけに気合入っててこんな朝ごはん普通つくれねーよと思ったら伏線だった

椅子が三本足なのは「三本足でも立って歩いていける」ということ

・昔の閉じ師の本の表紙が「Agarta」(スペル違うかも)と書かれていた(星を追う子ども異世界

知り合いが本名日記晒してて面食らった

高校同級生小説家志望がいたので、そういえば彼はどうなったのかと数年ぶりに名前検索した。高校時代に何かの文学賞で賞を貰う程度には文才のある人間だったから、上手く行けばそろそろデビューしていてもおかしくないだろうなどと考えていた。もしこれで彼の名が書影ネット記事と共に華々しく紹介されていたら、ドヤ顔で周囲に自慢していたと思う。

グーグル検索トップに出たのは、彼の本名が題された日記、というかnoteだった。

筆者は当然同級生本人である

誰に向けて書いているのか、正直言って相当自分に酔った文章だった。本人の人となりを知っている身からすると笑える文だったけれど、つまらない日常御大層に語っているだけなので、事情を知らなければただの自分語り乙で終わる。典型的ワナビだった。そんなものに数十ブクマがついていて、更には有料プランまで開設されている。つくづくネットサロンとは阿漕商売と思った。立派な目標感傷ばかりで結果が残せていなくても、ファンを囲い込めたら一定の反応は見込める。互助会かもしれないけど。

小説はあまり芳しい結果が残せていないようだった。自叙伝的な作品フィクションという建前で公開していたので、読んでみた。事実に基づく部分の描写けが妙に詳細なので、何だか笑ってしまった。

彼ってこんな浅ましい人間だったかなあと思った。

小説家になりたいとは言っていたけど、もはや小説を書くことを楽しんでいるのではなく、小説を通じて売名することが目的になっている印象を受けた。実際、即売会に出て小説を売っていたようだけど、派手なスペースで目立てば爆売れするという世界ではない。弱小サークルならそもそも手に取ってもらえないのに、彼の販売に対する意気込みはどうもズレているように感じた。自分二次創作畑の人間なので、一次創作界隈だとまた事情は異なるのかもしれないが。

御託を並べる暇があったら短編でもいいから新作を書けばいいのに。

彼が日記に色々と書いていたおかげでどうでもいい情報ばかり知った。

てっきり慶應入学したと思っていたのだが、知名度微妙な謎大学に進学していたのは意外だった。悔しさを再三小説に滲ませるぐらいなら仮面浪人でもすればよかったんじゃ?

就活の際企業本名ネット検索すると聞くけど、個人情報てんこ盛りの日記はそのまま放置する気なんだろうか。

2022-11-22

小説を書く人に言いたい

急展開を作中人物に言い訳させるな

「オイオイ急展開だな」

「き、急展開…」

「急展開すぎるよ~!」

じゃねえんだわ

何がタチ悪いかって、それで急展開の禊が済んだと思ってる作者の多いこと

なぜ物語が一気に進むことになったのか、裏で何があってこうなったのか、その描写がない

本当に急展開のまま進んで終わる アホか

下手な話運びが原因だって自覚があるならキャラクター言い訳させるな 頼むから

表現の自由戦士は名乗ってない!って言うけどさ

お前らもフェミって名乗ってない人を勝手フェミだのフェミ騎士だのまなざし村だの言ってるよね?

まなざし村です!って名乗ってる人なんかいないよね?

社会正義たるフェミニストを名乗って差別するから叩かれるんだ。フェミじゃなくて差別主義者、ミサンドリー名乗れよ。そしたら叩かれない」を信じて「私達はミサンドリーです。差別します」って言ったツイレディも、結局はフェミダーって叩かれるよね

そんで何かと「フェミは○○を叩けよ!」って言いながら、「表自戦士は○○を叩けよ」と言われると「名乗ってないカラー自分の好きな表現だけ守って何が悪い!」って開き直るよね

シンウルトラマン見に行ってセクハラ描写いらんという感想言った特撮ファンが「規制派のフェミヒステリー!」と叩かれまくったこと忘れてねえよ

それと、「フェミがうるさかったけど面白かったよなー」と映画終了後客が言ってたのがキツかった、と言った人が「フェミめ!」と叩かれてたも。フェミ的なツイート一切してないのにね

https://togetter.com/li/1889957


ミソジニーアルファツイッタラーYSも一回「表現の自由戦士エロ以外にも宗教二世漫画に声を上げろよ」って言ったらフェミ認定されてたなぁ

https://togetter.com/li/1871108


高村武義もあまりのアレっぷりに「フェミ自演」扱いするツイートあったなぁ…

anond:20221120174435

シン・ウルトラマンの何が一番キツかったって、

セクハラ描写いらんという感想が「規制派のフェミヒステリー!」と叩かれまくったことかな

それと、「フェミがうるさかったけど面白かったよなー」と映画終了後客が言ってたのがキツかった、と言った人が「フェミめ!」と叩かれてたのが一番キツい https://togetter.com/li/1889957

表現の自由戦士は名乗ってないのにフェミがそうレッテル貼りしてるだけ!フェミ自分で名乗ってる!って言ってるやつわらわらいるけど、

フェミレッテル貼りじゃん

anond:20221122175211

早計だよ。

勝った負けた強いよワイの少年漫画より少女漫画心理描写面白いよ。

邦画って客を舐めてるのか、自分たちを舐めてるのかどっちなんだ

映画バイオレンスアクションがネフリに来てたので見た。

微妙だった。

 

まず一つ言えるのは主演の橋本環奈結構頑張っていた。

40点くらいのアクションはできていたと思う。

 

だが見ていてずっと思っていたのが「制作陣が真剣アクション映画を撮る気がない」ということだ。

 

アクション中に時系列前後する。

シカンがただジャンプしながら銃を撃ってるだけのショットが頻繁に使われる。

シカンだけが早回しになるショットが多用される。

身体が静止した状態で拳だけが複数表示される(ゴムゴムガトリング)みたいなショットが多用される。

 

アクションである

もちろん、漫画実写化ということであくまで”漫画風”にこだわったと好意的に取ることもできる。

だが、それよりも「この制作陣は自分たちアクション映画が撮れると信じられてないんじゃないか」と感じた。

「俺たちは日本で”悪女(韓国アクション映画)”を撮る」「俺たちは日本で”ジョンウィック”を撮る」そういう気概が一切感じられなかった。

 

今回の映画に登場するアクションシーンはどれも小規模だ。

基本的には接近戦、さらアクションの大半が建物の中で行われる。

予算問題じゃないし、規制問題でもない。

日本撮影規制が厳しく、カーチェイスシーンなどは海外撮影されることが多い。

真剣に訓練を積ませて、振り付けを考えれば海外に負けないアクションが撮れたはずだ。

 

個人的コメディパートは嫌いじゃなかった。

ナイナイ岡本は正直ノイズだったがウィンとのコンビはけっこう笑えた。

からこそ、静と動じゃないがアクションシーンは真剣に撮るべきだった。

 

岡田准一が入っていたらこんな映画にはならなかった。

彼は肉体派アクションなら世界通用する映画が撮れると真剣に信じている振付師だ。

ヘルドッグスのアクションはクソよかったぞコノヤロー

 

もっとゴリゴリにヒットしたオシャな女子大生が見に行く映画ならこれでいいのかもしれないけど

スピリッツネット版でヒットしたかわいい女の子残酷描写がウリのマイナー漫画だぞ。

タイトルだってバイオレンスアクション」だぞ。

真剣アクションを撮れよ。

自分たちちゃんと戦える映画が作れると信じて撮れよ。

これがお前らの1000%の仕事か?

俺、バイオレンスアクション撮ったんスよって10年後に胸張って言えるか?

 

邦画のそういうところが嫌いなんだよ。

anond:20221122125534

生産職の主人公ギルドの依頼に応じてレアな素材を収集したりそれを使って便利なアイテムを作ったりする系のやつとか後方支援描写やん

anond:20221120112217

草太は伝承を正しく受け継げていないので要石を単なる封印の道具とみなしていて全然敬意をいだいていない。

それが原因で封印がゆらいでいる。

それが初期状態

これについては、一切の描写がない

まるで提示された自明の前提のように書いているが

しwらwなwいwよw

って感じ



なのですずめがさわっただけで要石はぬけてしまう。

後半の常世でのシーンでもわかるとおり、ほんらい要石は人の力で抜こうと思ってもぬけるものではない。

それがあっさりぬける。

自由になった神は痩せ衰えた姿で彼女の家を訪れる。

そこでの敷居をまたぐ誘いとお供え物、とどめに「うちの子になる?」というすずめの言葉

これにいたく感動し再び力を得たダイジンは、彼女を新たな巫女として戸締まりを続けることにする。

要石? それはこの無礼な前任者をあてればいい。

後半抜けないという事実から、前半の理由を推測することは可能ではあるが

普通に考えれば、単に力が弱まっていた程度に落ち着くだろう

お供え物で契約だ」に至っては、普通であれば妄想の域

仄めかしにしても何にしても、伝えたい事があるのなら、伝わるように描け



しかしすずめは「うちの子になる?」といった言葉も忘れ、草太を失った悲しみでダイジンも拒絶する。

再び痩せ衰えるダイジン

それを見ていたサダイジンは、怒って「養い親に拒絶された子供気持ちを味わってみろ」と環をあやつって黒い本音を言わせたりもする。

「環をあやつって黒い本音」あたりもブレブレでさ

環の内面ほとんど描写されないのに

いやむしろ、良い叔母としてしか描かれていないのに

あそこで唐突に「言わされる」わけさ

普通だったら、気持ちが弱ったところにそれを幻視させられて、鈴芽が拒絶するところを

環が愛情で解きほぐすとかそんな流れにしない?

でも、鈴芽はそれにダメージを受けるでもなく、何もかんも放り投げて元鞘

描きたかったのは

震災

震災孤児

震災孤児と引取り手との確執

みたいなもんだと思うんだよ

でも、①と②は鈴芽が母親を亡くした喪失感ほとんど見せないのと、地震への恐怖を全く見せないので、単に設定に書いてあるだけのものになってしまっている

そして、③についても、環が善性の典型的な良い大人として描かれるため、全く予兆を見出せない

普通は、良い格好し過ぎているとかで、内面の闇を感じさせるものだが、それをしていない

んで、サダイジンの暗躍で、あの本音とやらが上っ面だけの寒いものになってしまっている

ただただ下手くそ

anond:20221120112217

この投稿関係者がやったと言っても信じられる程度には

映画にはそんな描写がない

そんなというのは、「神の力」にまつわる仄めかし

で、それ故に表象浅薄で軽いわけで

駄作と言われてもしょうがないが

本当は違うんだ、と弁明してるように見える

anond:20221122091011

序盤〜中盤の描写がしっかりしてるからバケモノバケモノをぶつけるトンデモ理論説得力がでてた

ロジカルに組み立てられたいい映画だった

2022-11-21

anond:20221121145830

性的(えっちな)」な表現問題視されているのではなくて

性差別的」な表現問題視されているのだなという理解に至ったんだが

ああそうそう、まさにそれなんだよね

差別的かどうか、フェアかどうかってだけの話だと思うんよね

からハッピーコミュニケーションが円滑なセックス描写年齢制限だけすれは全然いいよね

しろそこに描かれている全員が幸せで求め合ってるようなセックス描写フィクションもっとあっていいと思う

anond:20221121093746

マジックワード自分だと気付くことで

未来自分は元気でやっていると4歳のスズメが思っても

それが母親を亡くしたスズメを救うとは思えんのよね

クライマックス震災の情景が現れるの単純に土地描写って事なんだろうけど

古の昔からの話なんだからピンポイント震災描写って変なんだよね

もっと普通に茅葺きの漁村とか出ていい筈なんだけど出てこない

あの流れはスズメ記憶依存していて普通に精神攻撃として作用するシーンのはずなのに

心の中に4歳のスズメが蘇って歩けなくなるとかそういう事は特別にない

何事もなかったかのように突き進んでしま

単に背景として描写されるだけなんだよね

スズメ地震が来ると大切な人が居なくなることを無意識に恐れていて友達の体を知らず掴んでしまうとかもないんで

描かれた震災が妙に浮いちゃうんだよな

「すずめの戸締り」は全般的に雑なんだよね

anond:20221119161631

「ための」演出が多すぎるって言うか


鍵かけ演出

家や自転車の鍵をかける(あける)シーンを意図的カットとして抜くのは、戸締りとしての鍵を意識させたいんだろうが

「戸を閉める(鍵をかける)無意識」みたいなもの物語に影響しないから、無意味な「ための」カットなんだよね


叔母さんとの確執

叔母さんとの確執も別段必要はなく、言い争いも要石に誘引させられたもの

叔母さんが子育て愚痴ってるシーンや、裏ではすずめを憎く思ってるという伏線がないから、唐突過ぎて違和感しかない

そんで、「要石のせいだ」って提示されたら、実質確執はないよねってなる


震災の心災

震災周りのアレコレも、すずめは終始超然としてるので、特に引きずってるとは思えない

アラートにも無反応で、地震があっても普通

それが無意識に抱えてるトラウマを刺激したなどという描写もなく

しろ他人よりも早く復帰して、窓からみみず」を見つけてしま

綺麗に整地「されてしまった」故郷を綺麗と言われ憤慨はするが

自宅の跡地に戻ったからと、心を抉られたりもしない

(もちろんしているのだろうが、特別描写はない)

掘り起こした日記震災後のページが黒く塗りつぶされているが

あれのシーンはむしろ見てる観客の方が心抉られているはず

すずめは嗚咽したり、泣き崩れたりしない

その無言にナニカを見出すことは当然に出来るし、それが「リアル」だという向きもあろうが

あれは別にとうほぐ限定の上映じゃないんだから、伝わらない人の方が多かろう

しろ叔母さんの方が気にしてるくらいなんだけど

この叔母さんも微妙スルーされてしま

ぶっちゃけ、あそこまで叔母を引っ張ったのは、確執を描きかっただけと言う風にしか受け取れない

(すずめは扉に入って消えてしまうのだからもっと心配してるだろ常識的に考えて)


イケメンに一目ぼれ

これもテーマがとっ散らかったおかげで、無くても良かったかなぁって感じになってる

ここをメインに据えるなら、震災関連が要らないし

震災関連をだすなら、草太を助けるためじゃなくて、4歳の自分(ひいては震災被害者たち)を救うための活劇で良かった

過去に会ってるかも?みたいな伏線もまったく無意味である


常世自分を救う

常世で一度自分に会っている

これ自体最初出会う時に顔を隠してる時点で予想がつく

母親だったら顔を描いて問題いからね

物語としては解決が決まっている話という事になる

未来自分母親形見椅子過去自分に手渡す

これが破綻したらタイムパラドックス

・・・なんだけども

あのシーンで幼い4歳のすずめの心が救われるとも思えない

誰ともわからない他人

母親椅子を持ってきてくれた

そして「大丈夫だよ」と声をかけていなくなる

あれが救いになっているという解説がどれもしっくりと来ない

4歳のすずめを救うマジックワードは、きっちりと作品内で描写されるべきだ

あと、なくなってた椅子の足も特別回収されない



から何まで中途半端モヤモヤする

anond:20221116204815

ラストバトル直前のシーンでシュリ王権争奪相撲に欠席している。同時にエムバクは挑戦を宣言している。

と、シュリ王位継承離脱と次期王権のエムバクへの移動が明確に描写されているのに何故増田のような解釈になるのか全く理解できない。

そうやって事実に目を背け見たいものだけを見て、現実との齟齬妄想で埋め合わせてきたのだと思うと悲しくなるな。

も一回映画館に行ってきなされ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん