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はてなキーワード: ヘテロセクシャルとは

2021-10-16

すべての男はゲイですべての女はレズビアン

ヘテロセクシャルの人たち、基本的いかれてて傲慢客観視もできない馬鹿じゃん?周りにいる人を当たり前みたいにヘテロセクシャルだと思って「彼女彼氏)は?」「結婚は?」みたいなこと聞くし。

なのでこちらもすべての人間同性愛者だと思うことにした。

異性愛者と同じくらい低レベルになってみようと思う。

2021-10-10

リベラル」は「(オタク向けエロの)表現の自由」を否定する

オタク向けロリエロ漫画BLの「表現の自由」を、弱者・少数派の権利擁護を重視する現代の「リベラル思想は認めない。

ロリエロ漫画BL色情狂のように描かれる女児ゲイは明らかに社会的弱者・少数派であり、それらを楽しんでいる読者の多くは強者多数派に属する男性ヘテロセクシャルストレート女性)だからだ。

弱者・少数派を過度に性的に描いた歪んだ表象強者多数派が娯楽として消費するのを許すリベラルというのはあり得ない。

ロリエロ漫画BLフィクションであっても弱者・少数派を貶め偏見助長するヘイトスピーチと同様に禁止される。ヨーロッパ諸国ナチス賛美が法規制されているように。

成人男性レイプされて喜ぶ女児を描くロリエロ漫画(読者の多くは男性)=白人レイプされて喜ぶ黒人を描く漫画(読者の多くは白人

ゲイ同士の恋愛セックス主題BL作家も読者も多くはヘテロセクシャル女性)=黒人同士の恋愛セックス主題漫画作家も読者も多くは白人

と置き換えると分かりやすい。

そのような黒人差別的な作品米国商業流通できるはずがないというのは簡単想像できるだろう。

たとえ不快に感じる人や未成年の目に触れないように気を遣って会員制のサイトで18歳以上のみに販売するとゾーニングしても潰される。黒人への偏見煽り差別助長すると。

白人の愛好家が、自分たち実在黒人への差別意識は持っておらずあくまで作り話として架空黒人物語を楽しんでいるだけなのだ、と言い訳しても許されない。

リベラル検閲求めない。適切なゾーニングさえすれば現在ロリエロ漫画のような作品商業流通できる」という主張を目にすることがあるが、それは「黒人を虐め殺すことを娯楽として描いている作品ゾーニングさえすればアメリカ商業流通できる。問題ない」と言うのと同じ馬鹿げた考えだ。

リベラルは、強者多数派男性ヘテロセクシャル白人)が弱者・少数派(女性子どもゲイ黒人)を「性的消費」する表現フィクションであってもゾーニングしても許さない。

オタク向けのズリネタ表現の自由」と「リベラル思想」は共存できない。

リベラル全面的弱者・少数派への差別的な表現規制した社会で許されるポルノ表現

女性作家が成人女性肉体美セクシュアリティポジティブに描いた作品

マイノリティ当事者である同性愛者の作家同性愛者の読者向けに描いた作品

といった類のものだけになると予想する。

・18歳未満に見える少女キャラ性的虐待を受けて喜ぶロリエロ漫画

ヘテロ女性作家が描く少女漫画文脈からまれファンタジックゲイ物語であるBL

のような現在多くのオタクが愛好しているポルノ表現は売買を許されなくなる。繰り返すがたとえゾーニングしても許されない。

2021-10-04

anond:20211004192148

レズビアンの私もおヘテロ様の傲慢さに辟易している。

頼んでもないのに妻が嫁が旦那がってわざわざヘテロセクシャルだってカミングアウトしてくる上に金払わせてヘテロセクシャルだからお前らと違って結婚して税制優遇受けられま〜すということをアピールする宴まで開催する始末。

自分傲慢さにも気づくことも出来ないのにLGBTに関する施策の話出ると優遇するなとか言い出す。

腹立つどころかなんか馬鹿すぎて呆れてる。

そんな簡単否定できるもんかな……

なんか作品描写とかの解釈

「この関係恋愛じゃない!」

みたいな主張をまあまあ見るんだけど…

そりゃ、「恋愛だ!」って確定させる描写ではないことは理解できるんだが

恋愛じゃない」ってことも確定してるとは思えない場合結構有ってな……

そういう一言で言えない空気感からこそ作品描写によって表現してるとも言えるわけだし

そもそも恋愛」というものだって人対人の関係なわけだから、組み合わせによって在り方なんて千差万別であって、

本人たちの意識下で「恋愛かどうか」が判断基準になるべきだと思うんだよな

例えば肉体関係が有ったって、本人たちの定義と外れていれば恋愛ではないし、

当人たちがアセクシャルで有った場合(アセクシャルにも色々あるけど)は、ヘテロセクシャルから見て「恋愛しているような記号表現」が無い場合でもしっかり恋愛していることってあると思う

その「本人たちの意識下」、というこちらの主観では測れない物を作品の中の描写から少しずつ拾い上げてやっと、「恋愛なのかそうじゃないのか」が判断できるのに、

恋愛じゃない!」という発言をしている人の主張って大体「自分の考えている(今まで見てきた)恋愛に当てはまらない」というものばかりで何だかモヤモヤしてしま

まあそうじゃない人もいるのかもしれないけど、繰り返しがっかりさせられてきてしまったんだよね

恋愛主題作品でなくても、登場人物たちには出来事対峙する相手への感情ってのは当然にあるわけで。

その感情当人基準で、ストーリーの流れの上で恋愛に当てはまることだってあるんじゃないのか?

だってストーリーの盛り上がりには、強い感情が付き物だろう。

その強い感情恋愛感情とは限らない。友情である場合も、友とは別の仲間意識である場合も、敵にしか抱けない信頼であることもある。それと同量の可能性として、恋愛感情だって存在するわけで。

そうすると、「恋愛感情だけ」を必死可能性として排除しようとしている方が、過敏すぎる気がしてくるんだよな。

お前と恋愛感情の間に何が有ったんだ……?というレベルで。

恋愛じゃない!」の主張で枕詞的に使われてる「安易恋愛表現」ていう文字列も、必要以上の侮蔑を感じてなんだか戸惑う。

安易ってなんなんだ……。そんなに恋愛感情簡単シンプルで解しやすものだと思っているということか?

恋愛だって友情の形だって人それぞれで、その人同士の組み合わせになったら、他のどの関係とも同じように「その関係しか成り立たない形」になるのに……?

恋愛じゃない!」って言う人ほど恋愛を単純なものとして見下してる感じは否めないと思う……。

2021-09-23

せくしゃるまいのりの

トイレ公衆浴場のはなし。

 

 

よく「他の人に迷惑をかけないために、公共の場ではマナーを守りましょう」と言う。

たとえ、大声を出したくても我慢をするし、衝動的に踊りたくなっても我慢する。

個人自由意志を捻じ曲げる必要があるのが、公共だ。

 

からLGBTの人も、多少の我慢はしたほうがいい。

心が女と言われても、見るからヘテロセクシャル身体性男が 銭湯に入ってきたら、ギョッとするどころではない。迷わず通報する。

心が男と言われても、身体性女の人が男子トイレを使ったら…「今だけ男にしてやー」と入る人がいるらしいが、迷惑だろ。

 

じゃあ身体性にあわせて、トイレ公衆浴場を使えというと違う。

それはそれで、その本人に対しての配慮がない。

まあ、その人が 別に良いならいいけどね。

 

結論を言うと、LGBTの人は、性別が分かれた公衆トイレ公衆浴場を使うことは諦めてほしい。

それが、今のところマナーだ。

 

 

個人的に思うのは、個室トイレは男女共用で 男性用小便トイレは別部屋になるのは、いいよね。

2021-09-16

anond:20210914204639

じゃあ、かつて「チンポをしゃぶったことのある」男はどうなったかということを、これから書いていこうと思う。

女性ゲイといった、具体例がわかない人には【大島薫】という人の人生を読んてほしい。俺は彼ではないけど、男なのにチンポをしゃぶって、しゃぶられて、彼女だけをつくって、ちんぽでアクメして、されて、女とだけと結婚して、自分の子供が欲しいし、射精前立腺快楽享受たかった、ということを書く。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E8%96%AB

いきなりカミング・アウトすると、俺は「中年童貞で、益田界隈では(KKO)で結婚してはいけない、社会最下層のヘテロセクシャルオッサンである。それでも、かつてはバイ・セクシャルだったし、性の究極点を求めていたのだ。それが、なぜにヘテロセクシャルに落ち着いたのかを、つらつら書いていくことにする。今となっては、増田の「毛の生えたちんぽを舐めたい」なんて反吐が出るし、つまりゲイ野郎も大嫌いだし、エロは「女に当然に中出し漫画に至っては受精シーン」を要求する。それでも「中1までに男と女セックスをして、ついでに男に掘られて前立腺刺激から射精気持ちよくなる」ということができなかった人生は後悔しているのだ。だから、元バイ・セクシャル懺悔を書いていこうと思う。

ところで、俺もちんぽをしゃぶったことある12歳ぐらいのときに、日能研に通っていた同期の男の子ペニスをしゃぶってみたんだよ。理由は思い出せないけど、受験で疲れていたからだと思う。彼はまだ毛が生えてなかった。その時は、包茎ちんぽを剥いて勃起させてハードにジュポジュポしてみて、途中で「ヤバいのがくる」からやめろって言われて、ストップさせられたから彼を精通させられなかったけどね。今となっては、もったいないことをしたと思う。当時はちょっと塩っぽい、カウパー腺の分泌液をもってして、他人のチンポってこんな感じか、と思ったものよ。いまとなっては、そこを超えれば精通させてあげれたし、他人の精液ってこんな味かと知る機会を失った。そして、増田の言うとおりチンポの感触は忘れられないのも、事実だ。

ただ、自分は当時、プラトニック関係彼女がいたのだ。それで、チンポをしゃぶったあとで後ろめたさはあった。ただ、匿名でこんなことを言うのはあれだけど、神に誓っても良い。チンポをしゃぶったことがあるのは、本当にこのときの1回限りだ。

そんで、中学受験の果に、中学に入って、当時はオナニーを知らなかったから、同期(♂)にオナニー方法を「手コキされて」教えてもらって、あまつさえ別の同期(♂)に「フェラされて」抜いてもらったことある。いま思い出すと、キツネ目で女顔の中1男子に「いま、イッタでしょ?」ってニヤニヤしながら「手からドロっと滴るマイ精子をみせつけられたシーン」とか懐かしいし、そいつの無理やりシコシコする手コキは痛かったし、さらに別のヤツに「いきそう!」といった瞬間に激しくなったフェラは下手くそだったけど、おっさんとなったいま思うと、青春だったと思う。当時の「オイラペニスはでかい」っていう噂を聞きつけて、何人かの男子にマイ・チンポを手コキかフェラで「抜いて」もらうイベントが発生した。概ね、施設公園多目的トイレに入って、まずはチンポをフルボッキさせるのね、お互いに。オイラのちんぽは中1で 14cm あって、しかも太くて、長さと太さで負けたことはなかった。なんだったかな、チンポはオナニーすると腹側が伸びるから努力しろってアドバイスもらったけ?そんなこんなで、かぶと合わせしたり、触らせてー、舐めてみても良い?、となって手コキかフェラでシコシコしてもらって、オイラ射精したら、お開きというのがルーティンだったかな。そんなときに限って「あっ///」みたいな、こもった声が出ちゃうのだ。自分でシコるときには声が出ないのにね。そんなこんなで、男に手コキとフェラで抜いてもらう経験を、1年間で 6人に 10回ぐらいやってもらったのだった。

もちろん、抜いてもらった瞬間はすごく気持ちが良かったが、当然にイジメ対象になった。たしか、ちんぽデカ夫、とか言われたっけ? それで辛くて、『性』が嫌いになったよね。チンコがでかくて、ホモが近づいてくる、そんなヤバイやつというのが当時の俺の評判だった。女にも「ちんこかいの?」「誰に抜いてもらったの?」と聞かれたっけ。どいつもこいつも「私(女)とセックスしよう」というやつはいなかったが。そんでもって、未だに童貞であるし、そのことに不満はないが、それでも後悔しているのが、男の同期にちんぽを尻穴に突っ込むか、突っ込んでもらって男色世界を知ろうとするチャンスをロストしたことだと思う。当時は、絶頂の果てに罪悪感がマックスになっていただろうが、性欲マックスのあの頃にしかできないであろう、男のケツで射精するのはこんな感じであるとか、他人のチンポを穴に入れられると気持ちいいとか、あのときに知っておきたかった。当時は性欲でホモになるのが怖かったし、自分の子供ができるのも怖かった。エレクチオン・バトルしたあとに、自分射精を終えたあとで「お礼に」ケツ穴を差し出せば良かったのだろうか。中高を通してヤリ目的彼女はできそうだったが、ヤった後で振る方法がわかんなくて、デートが続かなかった。ヘテロセックス子供ができるのが、どうしても怖かったのだ。それに、小6のときの本当に好きだったあの娘と橋の下キスしたあとに、無理やり押し倒してセックスをやれば脱童貞の果に、子供ができたとしても良かったのだろうか、という気持ちが「女に対する性欲」を打ち消してくれたのは、自覚的だった。俺は、今もあの娘のことが好きだ。消息は知らないし、今の俺に彼女幸せにできる余裕はないが、彼女の笑窪はどうしても忘れられない。

中1までに性欲の向けた先の限界を知れば、のこりの中高5年間を勉強に突っ走り、その後の人生は安泰だったのかもしれなかったが、もはや KKO になってしまったので過去はどうでも良い。童貞ではあるけど、風俗店なんかに絶対に行かないのは、小6・中1のとき自分に戻って「タダで男と女セックスできる」可能性が「自分にはあった」ので満足しているし、オッサンとなった今では「子供がほしいから女とセックスしたい」という気持ちけが残ってしまったので、おそらく『今は』ヘテロセクシャルだろう。だから増田のように「成人男子のチンポをしゃぶりたい」というのはわかんないけど、俺のような「若い頃はちんぽをシャブリシャブられた果に、ヘテロセクシャルオッサンができあがるよ」というのは教えてあげたいと思ったのだ。だから、この駄文を書いている。

これからは、ヘテロセクシャルおっさんが、男色に無関心となっていく理由を書いていこうと思う。今は、男性器が嫌いというか、少なくとも舐めたいとすら思わない。要は、他人のちんぽにそそられる理由が、年齢と比例して低下する根拠を書く。それなのに、相変わらずマンコは舐めたいし、ペニスでワギナに射精はしたいのだ。これはどういうことなのか?はやい話が、オッサンになったのだ、この俺が。

かに、俺は小6のときに「毛の生えていない包茎ちんぽを無理やり剥いてフェラして、あと少しで射精できただろうという経験」は忘れられないが、今は全然に興味が無い。少なくとも、無料で、無罪で、日本アフガンみたいな世界になっても「絶対にしない」と思う。なんというか、「あのときに」新品のチンポを舐めたという記憶が、性体験として自分の中では至高であっても、「ガキのチンポ?、全く興味ないよ」って言える。何故か?

たとえば、覚醒剤中毒者が「至高のエクスタシー」を知っているかもしれない。俺も、若いときには「それを知ってみたかった」のだ。だって、これだけ批判されるのに、彼らは消えないからね。ただし、逮捕は嫌だったか絶対に手を出さなかったが。でも、アナルなら逮捕されないらしいので、試してみることにした。芸能人ホモから追放された人は、少ないからね。

それで、結果として、ゲイの連中も覚醒剤中毒者が主張するような、前立腺という「肛門性交中毒性があって、ノンケであってもハマるし、知ってしまえばマンコはアナルに劣る」という主張が、無理だったことに気がついちゃったのよ。主に2つの理由で。

ひとつめの理由は、ホモになる努力、たとえば前立腺絶頂することに投資してみたけど、巷で言われるほど気持ち良い体験が得られなかったのだ。デイルドーで突いてみたけど、ウンコと血が混じったものが出てきて、そりゃゲイHIV にかかるわー、とすら思った。そして、受け側のゲイでも全員が肛門性交絶頂できていないことが 5-MeO-DIPT という「ホモ御用達」の薬物が違法化された事件で明らかになった。つまり、被挿入されるゲイの連中は、実は全員が絶頂できていないことに、俺は衝撃を受けたのだ。ホモは嘘つき、ってね。

ふたつめの根拠は、俺はどう頑張ってもマンコが大好き人間で、マンコが気持ちいいだけでなく、次世代を生み出す「ゲイには絶対提供できない」偉大さに気がついてしまったのだ。マンコは偉大。なんと言っても、男の俺が持ち得ない子ども提供してくれるからだ。どうしても、ホモ妊娠できないからね。

まぁ、なんだ、自分が「ホモでは無い」ことは死ぬまでわからんと思うよ。俺もわかないし。俺も「ちんぽを舐めたい」と思ったのは、小6から中1までだもん。個人的には、冒頭のように「誰かを射精させて、精子を飲んでみたかった」時期がありました、ってことは事実だし、実際にやった過去はありました。今はヘテロセクシャル自覚してるし、当時はチンポを舐めると「歓んでくれる」人が周りにいただけで、本当は「チンポが好きじゃなかった」ということに今はしている。それに、俺には、もう「チンポを舐めると歓ぶ」人がいないだよ。なぜかというと、俺はオッサンになって、もうチンポを舐める価値があると思える人は、誰かのものになってしまって、奪うと確実に「恨まれちゃう」年齢になってしまったのだ。それで、おっさんになった俺が「こいつのチンポをしゃぶりたい!」ってヤツと、俺に「こいつならチンポをしゃぶらせよう!」ってやつもいなくなったのよ。つまりバイ・セクシャルの「男☓男」「女☓男」は、前者の方が早期にマッチしなくなるのだと気がついたのは、おっさんになってからでした。あ~あ。

というわけで、おっさんからみたら、「マンコ」が好きな男は、若いうちは「チンポ」が好きでも問題ない。そんでもって、おっさんになっても超越した性的経験で「オーバーライドされて、ホモセクシャル化」されることは、すくなくとも俺はなかったし、ネットではみかけないし、大丈夫なんじゃないかと思う。仮にホモになっても、子供がほしけりゃ、精巣に注射して、静止を取りだして顕微鏡受精卵を作って、子宮に戻せば良いだけだ。ただし、産んでくれる相手がいたらな。

... 以上、つらつらとオッサンの後悔を書いてきたわけだが、結語として「もし俺が小6に戻れたとしたら、どう生きるか?」ということを書く。まぁ、そりゃ、小6のときコンドーム薬局自販機で手に入れて、あの日橋の下キスした後に好きだったあの娘を押し倒してセックス漬けの日々を過ごし、それと同時に塾では「浮気して」チンポを貪り食い、中学に入ったら小学校関係を捨て、更にはアナルでイクことを教えてもらって、中高大はマンコするだけの彼女をつくってヤりたい時にマンコしつつ、その一方で発展場でアナルの皆楽を貪り、資格をとって社会的に安定を獲得し、ちょうど『バイ』な性欲が両立できなくなった頃に「子供がほしいから」という理由で『ヘテロセクシャルに転換し、若くて美人貞淑女性を娶る、って人生になったわけだ。それは、それで地獄だな、って書いていて思う。そして、そんなことしてたら愛の無い子供をつくるか、H*V 拡散者になってただろうから、しなくて KKO と言われても全く恥ずかしくない。でも、いま小6に戻れたら「男に与えられた、前立腺の歓び」と「男に与えられた、射精の悦び」と「男に与えられた、孕ませる喜び」の3つを全力で獲得しにいく。絶対にだ。

結論。男においては「男好き」と「女好き」は両立する。それに、「男好き」の対義語は「女好き」ではない。それだけは、理解してほしい。あとは、自分で考えろ。そして、後悔しない行動をとれ。なんと言っても、時間は巻き戻せない。

2021-09-05

anond:20210905025143

増田イライラする気持ちもわかる。でもこの文章には賛同できない。

フェミニストと「ツイフェミ」と分けて非難するのはアンチフェミニストがしばしば行うやり方。「ツイフェミ」の何がいけないか?という増田意見は、①差別発言から(差別をするな)、②内心で留めるべきことを公に発言しているから(口に出すなSNSで書くな)、③乱暴言葉遣いから(丁寧に書け)だと判断したけど、①以外は他人に指図できることではないと思う。特に③は「トーンポリシング」になりやすいから、自分が心がけるのは良いけど他人押し付けはいけない。

(この文章も例文で書いていたような丁寧口調ではないけれども、おそらくはTwitter発言をする人たちも、増田のように「批判承知の上で」書いているのではないか)

・「フェミニスト=厄介な人たち」というイメージは、本当に「ツイフェミ」だけのせいなのか?「バックラッシュ」という現象があるけれども、女性自分達の権利回復するために声をあげること自体を不満に思い、「口うるさい厄介なおばさんたち」と反発する人たちは非常に多い。今はTwitter差別的な思想が混じった発言可視化されやすくなったけれど、それ以上にフェミニストフェミニズムをよく知らずに馬鹿にし、マイナスイメージを植え付ける人たちも可視化されるようになったことも大きいのではないだろうか。

(「あなた批判しているフェミニストって誰?」「そういう風に考えるようになったのは、どういうメディアから情報?」と聞いてみたらどうだろうか。芸能人政治家Youtuberまとめサイトなどが極端な発言だけを取り上げてあげつらっている現状を考えると、そういう人たちとは見聞きする情報に大きく差があると感じる。)

男性権利についても考えるのは意義のあることだと思うけれど、「男性専用車両」は本当に男性権利のためになるものだろうか?そもそも女性専用車両自体が乗車客を選別する、差別的なものだという批判は昔からある。しかし、痴漢トラブル対策有効である監視カメラの設置や車内パトロール要望があっても設置されず、消極的女性専用車両が維持されているのが現状である男性痴漢被害防止も含めて考えるのであれば、上記対策被害者の性別を問わない痴漢厳罰化被害者への偏見をなくす啓蒙活動などが必要なのではないかと考えている。痴漢冤罪については、そもそも元凶である痴漢をなくすことで減っていくものだと思うし(監視カメラ映像証拠にできればリスクは減少する)、痴漢冤罪にばかりフォーカスすることで、多数の被害が出ている・物的証拠(微物検査など)も状況証拠もあるような痴漢被害であっても軽視されてしまうことも問題視されている。どうせ冤罪だろという偏見が強まることで、立場の弱い被害者や支援者が声を上げられなくなる自体はあってはならないと思う。

(実際に、痴漢加害者が罪を逃れるために冤罪を訴えたことで、被害者がバッシングされる事件も少なくない。)

・他の男性権利侵害している事例も、性別区別なくという考えには賛同するが、そもそもが「健常・ヘテロセクシャルシスジェンダー・既婚かつ専業主婦の妻がいる……という男性デフォルト」という社会構造によって一部男性不利益を負っているのだ、という前提は忘れてはいけない。女性権利を不当に奪い男性リソースを与えているという社会構造上、女性権利を向上させるとき男性既得権益が減ってしまうことは避け得ないことである差別的・ミサンドリー的な方向に発言が寄ってしまうことに不満があるのには同意だけれども、こういう考えも否定しないでほしいというのが個人的意見

長々とすまんね!色んなエロも見てるオタクフェミニストの一人より

ホモアウティングについて、いちヘテロセクシャルからレポート

「うん、ゲイなんだ。そうか。そう、じゃあ、俺のアナルとか、興味あったりするのね?」

「はぁ?、お前とヤるぐらいなら、死を選ぶわ!

なんなの、ホモって。女の腐ったようなものじゃないか

2021-08-14

桃尻太郎vsレズヶ島

ヘテロセクシャルインセル桃尻太郎は、女との恋愛資本格差を嘆いていた。

折しも都市部では、レズヶ島のレズ達が女体の自家消費によって女体供給を減らすことに対する弱者男性の怒りが鬱積していた。

これを知った桃尻太郎レズ退治の志を抱き、レズヶ島へと旅立ったが、道中、両親より授かった団子を食べさせイヌ・猿・雉を仲間としてくわえた。

かくして桃尻太郎レズヶ島に着くまでには同性愛への理解を深め、女が悪いのではない、人を人として尊重しない風潮こそが問題であると気付くに至ったのである

桃尻太郎レズヶ島に到達したが、もはや弱者男性の真の敵はレズビアンでは無いことを知っていた。ただ一部のレズノンケ女に無邪気に手を出すのはセクハラに他ならぬ、その点のみ糾弾し、レズ達を改心させた。レズヶ島のレズ達は反省し、手を出すのはレズ又はバイ(潜在的バイセクシャルを含む)に限ることを約束した。

レズヶ島から戻った桃尻太郎に、町の人々はたくさんのご褒美を与えた。

桃尻太郎かつやくの素晴らしさは、後世まで語り継がれている。

2021-08-05

五輪セクハラインタビュー

東京オリンピック2020。

男女ペア選手恋愛関係を匂わせる質問するインタビュアー

人達がそうだと明言してないのに、そういう質問するのはセクハラでしょ。

同性のペア或いはチームの選手達が勝利の瞬間に抱き合ったとしても「あなた達デキてるの?」とは聞かないじゃん。

何の前提もなしに相手ヘテロセクシャルと決め付けて質問してOK、って空気マイノリティを生きづらくさせると気付かないの?

既婚者の私が人を好きでいること。名前の付けられない何か。

最近好きな人がいます。ただ、他の人にそれを言うことができないので、ここに書きます。でも、絶対不倫ではないし、一般的意味での浮気とも少し違う気がする。

ごく簡単に状況を説明すると、私は既婚者で夫と子供がいますヘテロセクシャル寄りのバイセクシャルで、実際に関係を持ったことがあるのは、夫と元彼のみです。

好きになってしまった人は女性です。でも、彼女性自認は多分曖昧な感じ、そしていわゆる「アセクシャル」(他者性的欲求を抱かないセクシャリティ)に近い感じの方。

から、私との間に恋愛感情を介した交際関係は成立しません。

元々はツイッターを介して知り合いました。きっかけは、ざっくり言うと趣味繋がりです。コロナ禍ではありますが、まだましだった去年の秋頃、一度だけ会いました。もちろん、その時点では

私は恋愛感情を持っていませんでした。でも、会ってから、完全に堕ちてしまった。いや、厳密に言うとそれだけではなく、ネット上での会話や音声通話をその後も積み重ねるうちに、ですが。

ものすごく迷った末、音声通話時に私は告白しました。貴女が好きだと。馬鹿ですよね、本当に馬鹿。何を考えているのか、と自分でも思います。私は既婚者、子供もいます

正直、夫との関係問題があり過ぎる感じではありますが、離婚というような予定は無く。でも、詳細は省きますが、もはや隠し続けることができない状態だったので。

彼女の答えは予想通りというか、予想できる中では最高のものでした。「分かりました」と。「気持ちは受け取りました」と。

当たり前です。それ以上、言えるはずがない。恋愛感情を(ほとんど)抱いたことのない彼女にとって、私の言葉迷惑でしょう。彼女独身とはいえ、私は既婚者。

この「好き」の向こうに何かがあるわけではないのです。決して。

その後、私は変わらず彼女音声通話を続けています。週に1回くらいですが。「もう無理です」と言われ、通話拒否されるかもしれないと思って告白したことを思えば、

上出来の結果でしょう。通話に出てもらえること、趣味の話や色々な話題について、本音で話せること―、とても幸せです。

ただ、いつも不安です。

この先に何があるのだろう?

この関係性の発展形はどんな形?

今後、誰かと結婚する可能性が0ではない彼女にとって、私の存在迷惑では?(現状、その予定はないと彼女は言いましたが)

はいつか彼女を「友人」として、落ち着いて見ることができるのだろうか。不安です。

不倫浮気ではない、と思います。少なくとも、一度しか会っていないし、指1本触れたこともありません。今後会えたとしても、いわゆる性的接触をすることはないでしょう。

また、お互いマスク姿で会ったため、顔の認識曖昧です。私は彼女の声に恋しているのかもしれない。

よく分かりません。

ただ、なんとなく書きたかった。ここに記録として残します。

2021-07-22

プリキュアはいだってマジョリティ

プリキュアルッキズムとかその他もろもろなんか思うことがあったりする。

かわいい」っていうのをプリキュアが見た目だけのことを言いたいんじゃないんだろうけどそれを人生経験片手程度の子どもたちに伝わるようにつくっているか?とか、「子どもたち(主に女の子たち)のために」っていうスタンスをどのくらい本気でやってるんだろうってのは前からちょっと考えている。

かわいい」がすべてではないことを大人は知っているけど子どもたちはこれからそれを学んでいく過渡期にいるので、メインターゲットを未就学児~小学生くらい?に据えてる時点でプリキュア制作側は伝えるメッセージやその伝え方に慎重にならないといけない。可愛くないかプリキュアになれない、とか○○だから(たとえばメガネから髪型がこうだから、とか)プリキュアになれないと思ってしまったり他の子にそう言ってしまったりするきっかけを与えてはいけない。

プリキュアやその仲間が「かわいくないかプリキュアになれない」と発言しても大人は「あら、今のプリキュアそんなこと言うんかい」で済ませることができるけど

知識人生経験の少ない子どもたちにはその言葉もっと大きなインパクトをもって伝わる可能性ってのを考えなきゃいけない。

フィクション現実は地続きにあるし、子どもたちにとってはよりその垣根は低い。

ルッキズムに限ったことじゃないんだけどメインターゲット女児先輩は気にしないからあれこれ言うな!そんなもん扱わなくていいんだ!って問題ないじゃないんだよね。

そこをメインターゲットに据えた時点で責任持って作品つくらなきゃいけないんだよって話で。

大人と違って判断できる知識経験が少ないので良いことも悪いこともそのまま吸収してしまう危うさがあって、大人が鬼滅を面白いと思いつつ子どもにはあまり見せたくない(暴力的だったりちょっとグロかったりするから)って親もいるでしょう。クレヨンしんちゃんとか芸人発言バラエティ演出もそうだけど。

テレビでやってるから悪いことじゃない、みたいな感じで面白がって人のこと嘲笑したりとき暴力をふるってしまったり。それを矯正するのも親の義務っていうけど、1回テレビやなんかで見て覚えたものをなぜ良くないのかわかるように言い聞かせて矯正するってすごく、すごく大変でしょ。見て学ぶのは一瞬で、それを言って聞かせ理解させ…ってところにかかる労力、対等ではない…。親の立場からしたらいい加減にしてくれって話だよね。

何度教育したってテレビで人の尊厳を踏みにじって笑い取るようなことやられまくってたら親の教育いたちごっこ連続だし、悲しいことにちゃんとしつけする親ばっかでもないし。大人立場で見てても楽しくないしね暴力とか嘲笑とか。


それからインターゲットが保育園小学生くらいの女児、だとしたらその中にはシスジェンダーでもヘテロセクシャルでもない女児障害をもった女児も当然含まれるんだよ。

過去作品だけどHUGっとプリキュアでは男の子プリキュアになれるとか、アンリと正っていう友情なのかBLなのかみたいな感じで男性二人の関係を出しつつ最終話で生々しい出産描写もやるの先進的とか言われてたけどまったくそんなことはないと思っていて、

しろ女性への出生賛美をうたってほまれヘテロセクシャル要素をゴリゴリに出しておいて性的マイノリティーについてはほのめかすだけにするっていうの、あらゆるセクシャリティを対等に扱ってない。

都合良く使える部分だけいただいて、まぁ、さわりだけやっておけば先進的と思ってもらえるラッキー(笑)みたいな。

あ~男の子プリキュアになれる、お姫様になれるってとこまではできたのに、残念だなぁ、扱うなら正面切ってやれば評価されるのに…って思ってしまった。

こう思ってしまうのはうちの姪っ子がいま同じ保育園女の子のお友達を大好きだとよく話してくれるからで、もちろんママだいすき、プリキュアだいすきと同じ感覚のだいすきなのか、恋愛としてのだいすきなのかわからないけど、もし後者であった場合プリキュアが姪っ子や同性愛当事者のメインターゲットの子を傷つける存在になってほしくない、むしろ勇気づける存在であってほしいと思うから

異性愛者としての描写出産シーンも生々しくないけど同性愛っぽい描写は生々しいの?子供に見せられないものなの?

あらゆるセクシャリティジェンダーについて一体どういう考えで作品をつくっているの?って思うよ。

ターゲットとしている層にもマイノリティに該当する子は含まれているのに。

スタートインクプリキュアでは肌の色が違うことで受け入れてもらえなかった過去のあるキャラクターのことを扱ってた話があって、それは良かったなって思う。(スタプリは全部をきちんと見てないので全体としてどうかはわかんないんだけど)

わざわざ同性愛者だ障害者だ外国籍だってマイノリティを出すならそうだとはっきり分かる描写を出す必要があるのか、と言われたら出さないことで存在しないことにしている。のけものにしているってことなので、その年令の女の子たち(子どもたち)のことを考えて作品作りしているというスタンスを出すなら見て見ぬ振りやおためごかしはもうやめてほしい。

存在させるなら存在すると堂々と言ってほしい。

そんな表現大人自己満足だっていうけど、むしろマイノリティ無視する作品って子どもに一体何のメリットがあるのか…?

自分マイノリティについて気にしなくて済むカテゴリーだ、マジョリティである強者だって指摘されるようで居心地悪いだけなんじゃない?

女性仮面ライダーいたんだし男の子プリキュアレギュラーメンバーで出せば良いし、仮面ライダー赤ちゃん育てたらいいんじゃないの(仮面ライダー全部見てないからもう子育て要素とか取り組んでたらごめん)

売れないとか商業的に…っていうけどそれならもう「子どもたち(女の子たち)のために」つくっているっていうスタンス見直したほうが良いんじゃないかな。

玩具購入資金源の親がそんなもん喜ばないだろ!っていう意見出そうだけどそれもおかしな話で、

それはつまり親が自分の子どもはマイノリティであるはずがないしそんなもの目にもいれさせたくもないし

目に入れさせてマイノリティに目覚めさせたくない、そんなやつらのことは理解させる気もない、ということにもなるんじゃないの。(あえてちょっと強いことばにしてしまったけど)

親としては子どもマイノリティである可能性を思えば(誰しもがその可能性がある)ロールモデルにできる存在勇気をもらえる存在(それこそエンパワメントされるような)を小さい頃から見せてあげて「大丈夫だよ」と伝えてあげたいし、本人がマイノリティでなくても身近にそういうお友達がいる可能性もあるから寄り添える人になってほしいと思う。

もし身近にマイノリティなんていねえよって思う人は、あなたの態度や発言を見聞きしてマイノリティ当事者あなたカミングアウト相談もしたくないと思ってる、だから周りにマイノリティがいない、と考えたほうが良いかもしれない。

いわゆるLGBTQに該当する人が血液型AB型左利きと同じくらい、だいたいクラスに一人くらいの割合でいるそうなので。

まり、そのくらいいるとなると総勢50人を超えてきたプリキュアにもいてもおかしくないって話にもなるわけで。

アニメとはちょっと違うけどセサミストリートだと障害のある子や同性愛者のキャラクターがいるし、ディズニーでも扱ってたよね。

なんかコスメエンパワメントよりも、というか同時に考えたほうがいいんじゃないかとプリキュア…と思ってしまったりする…。

でも自分自身も常に勉強しながら自分の考えと作品の両方に批評の目を持っていないといけないな~って思う。

プリキュアには”すべての”女の子勇気を与える存在でいてほしい。

2021-07-15

フェミニスト原則女性の権利言及していない

「[『フェミニスト原則』は女性の権利言及していない」という意見TwitterやToggeterで見かけた。

全ての人に普遍的権利を主張するばかりでこれでは"feminism"ではなく"humanism"である、と。

フェミニズムは"female"から来ている言葉だろうしそう主張するのも当然だ。

Black Lives MatterがAll Lives Matterに変わっていった時と同じ違和感TwitterTogetter活動するフェミニストの方々も抱いているのだと思う。

ここで私も『共同声明「フェミニスト原則の再確認を呼びかける」』を読んで抱いた考えを書いていく。

日本語翻訳版を上から読んで思ったことを順に書いていくのと体調の不具合言語能力が落ちているので読みにくかったらすみません

~~呼びかけ団体がLGBTQI関連団体ばかりでは?

そりゃそうでしょう。LGBTQIにも女性はいるのだから

まだ社会に広く受け入れられていないセクシャリティを持つ女性自身に向けられた差別や認められていない権利について訴えても何もおかしくはない。

「LGBTQIにはペドフィリアも居る」という意見を見かけたが、どのようなセクシャリティの人であろうと他人を傷つけてまで欲を満たすことを声明肯定していないと思う。

それはホモセクシャルヘテロセクシャルトランスジェンダーシスジェンダーもみんな同じだ。

~~「家父長制の権力と闘い、それを解体しなければならない」とは?

この部分が最も女性の権利について言及しているところだと思う。

宣言の中の「家父長制の権力」や「西洋的な二元的ジェンダー性別構造」はシスジェンダーかつヘテロセクシャル男性中心に作られた社会構造のことを言っているのだと思う。

その社会構造こそ、ずっと昔から今に至るまで女性から権利と身の安全社会参画を奪ってきたものではないか

女性から低賃金仕事を割り当てられたり、結婚出産時に転職退職を迫られたり、男性支配欲求や性欲を受け止めて当然とプレッシャーをかけられたり、ハラスメントや性暴力被害を訴えても自己責任にされたりしてしまうのも、全部全部「家父長制の権力」のせいだ。

~~「ジェンダー性別セクシュアリティ経験には均質性などなく」とは?

序文最後の方に「​私たちフェミニズムは、ジェンダー性別セクシュアリティ経験には均質性などなく、様々な人々がそれぞれのレベル差別や抑圧、特権経験していると認識することからまれる力を確認します。」とある

まり、どんな人もある場面では弱者であり、別の場面では強者にもなるということを言っているのだろう。

例をあげると、母親に比べて父親子ども保護者会やPTAなどの学校行事に参加しにくい、子どもと外で遊んでいると周りに不審者扱いされるというものがあると思う。

男性は他の場所で絶大的な権威を持っているのだから父親育児参加を妨げていると、結果的女性の不利にもなると思う。

母親ばかりが子どものために仕事休み、それを別の低賃金で働く女性が穴埋めするというのはよくある光景のはず。

実際のところジェンダーだけでなく地域人種階級信仰経済状況など色々な要素が複雑にからみ合って「それぞれのレベル差別や抑圧、特権経験」をすることになるのだと思う。

単純化してしまってごめんなさい。

あと「私たちフェミニズムは~」という一文は、同じ属性であっても同じ差別経験するとは限らないということも言っていると思う。

SNS上だと全ての女性痴漢被害経験しているような雰囲気があるが、痴漢被害に遭ったことがない女性だって当然居る。

しかし、同じ経験をしていなくても共通目的を持って「家父長制の権力と闘」うことはできるはずだ。

~~「仕事としてのセックスワーク」を容認して良いのか?

経済的困窮や社会の混乱によって女性セックスワークに就かなければいけないのは私も反対。

ましてやセックスワークをする女性妊娠性病暴力などのリスクさらされるのは論外。

ただ、心身の安全保障された上での職業選択の自由はあるべきだと思う。

それはセックスワークも同じだ。

~~「自分の法的なジェンダー自己決定できる自由」がなぜ必要なのか?

ジェンダー自己決定できる自由」が女性愛者が女湯に入るためや、男性女性アスリートになって無双するために行使されるべきではない。

誰かの自由を認めることで他の誰かの権利安全が脅かされてはならない。

そもそもの話、性自認私利私欲のために簡単に変えられるものではない。

覗きをするためや金メダルを手に入れるためにトランスジェンダーになることなどできない。

自身の持つジェンダーが法やその他の圧力によって歪められるのは誰でも居心地悪いと思う。

~~「特定の人々やグループへの、植民地的で家父長制的な医療化」はフェミニズム無関係なのでは?

宣言の第三項、ここでは主にトランスジェンダーインターセックスの人に対する手術について言及している。

女性の権利向上を目的としたフェミニズムには無関係に見える。

ただ、「特定の人々やグループへの、植民地的で家父長制的な医療化」はシスジェンダー女性にも起こりうる。

女性器切除(FGM)」というものアフリカなどの一部地域で行われている。

女性性器切除(FGM) | 子どもの保護 | ユニセフの主な活動分野 | 日本ユニセフ協会

女性器切除 - Wikipedia

「本当にそんな風習があるのか?」と思った方は上のサイトを見ていただければと思いますWikipediaの方はやや刺激の強い画像がありますが。

日本でも生理不順の治療などで使う低用量ピル承認が遅かったり、今でも一か月分のピルの値段が三千円弱したりと女性が「家父長制的な医療」に支配されている状況にある。

他にも例を挙げればキリが無いが、「誰もを受け入れ、思いやりのあるヘルスケアは、商品特権ではなく人権です。」という文言にはLGBTQIではない女性同意できるはずだ。

~~「フェミニスト権力分析は、バイナリーを超えたもの」にして良いのか?

第八項のこの部分はまるでフェミニスト女性を見捨てたように感じる。

女性女性の権利のために始めたフェミニズム男性セクシャルマイノリティまで相手にし始めるのは裏切り行為にさえ思える。

この項は見方を変えれば「女性という属性だけを見てその人が経験した差別や抑圧を推測することはできない」とも読めると思う。

女性であれば誰しも」「全ての女性は」「女性というものは」といった言葉から始まる意見に反発や孤独感を感じたことがあるかもしれない。

それらの意見女性という存在理解していないのではなく、女性の中にも様々な意見ライフスタイルを持つ人が居るということを理解していないのだ。

からこそフェミニスト一人一派としてそれぞれが受けた差別や抑圧を発信していくのではないだろうか。

その発信が「「男性」対「女性」、若者 対 年配者、世界の南 対 世界の北」の対立になることは避けなければならないが。

~~最後

フェミニズム活動が「家父長制の権力」の解体目標とする限り、シスジェンダー女性以外のLGBTQIも活動恩恵が得られることは必然だ。

目標と得られる恩恵がおなじならば、フェミニストとLGBTQIが協力すればより良い社会は更に近くなるだろう。

それぞれ辛いことはあるかもしれないが、それぞれが思うことを、どこかの誰かをむやみに傷つけない範囲で、ため込まずに発信していきたい。

フェミニスト原則』はその発信をより効果的にするために必要宣言になるはずだ。

最後まで読みにくい長文を読んでいただきありがとうございます

2021-07-06

裏垢ブログを始めたら性的生活が激変した話

中高大と全くモテることはなかった。容姿はもちろんのこと、陰気で卑屈な性格が災いしていた。

恋愛する資格すら与えられないような、集団の中にいても最初から選択肢に入っていないような空気のような存在だった。

当然ながら、経験人数はおろか付き合った人数もゼロだった。

二十歳くらいの頃にはすでに、もう私は一生セックスなんてする機会なんてないんじゃないか、と薄ぼんやりと思っていた。

そんな中、就職後の職場ストレスから勢いでブログを始めた。

今で言う自撮り裏垢のようなものであり、肌色が多かったり体のライン露骨に強調されるような服を着た写真を撮っては投稿するようになった。

今までは毒にも薬にもならないような日記を書いていたことはあったのだが、陰気な内容であり知人以外で見る人もなかった。

それに対して、裏垢のブログはそこそこアクセスされるようになり(一日1500ページビューくらい)、コメントもつくようになった。

人に言えない趣味が増えたな、と私は思った。

しかし、そのブログを起点として、私は他人と肉体を重ね合わせるようになった。

 

一人目

 

ブログコメント欄の常連の人であり、簡素なやりとりからチャットに発展してオフで会うことになった。

仕事出張がてら関東に行き、新宿アルタ前の喫茶店で待ち合わせをした。そのままホテルに行き裸になって体を重ねたが、本番には至らなかった。

相手のよだれの臭いと重なったとき相手の体の重さを覚えている(相手の方が遥かに大柄であった)。

その後1回だけ会うことがあったが、それきりとなった。特に恋愛感情はなかった。

 

二人目

一人目と同じように、ブログコメント欄をきっかけとしてやりとりを行うようになった。

一人目と同じように、出張がてら関東に行き、そのままホテルに行ったが、本番には至らなかった。

そもそもそういったことを目的にしたわけではなく、写真撮影を行いという相手の申し出があったのだ。

当日は年甲斐もなく女子高生制服を着て2時間くらい写真を撮られた。もちろん両者の合意に基づいている。

しかし、相手とはそれきりとなった。

 

三人目

 

この頃、ブログからTwitterに移行していて、そこからメールでやりとりをするようになった。

数回の事務的なやり取りの後、会うことになった。この時は自宅に相手を招き入れたが、本番には至らなかった。

私の部屋で相手全裸になると、私はブーツを履いたまま相手性器を踏みつけた。そういったプレイであり、もちろん両者の合意に基づいている。

このとき部屋では、coldplayのviva la vidaという曲が流れていたのだが、この曲のサビで流れている鐘の音に合わせて相手性器を踏んづけていたら楽しくなった。

今でもこの曲を聴くとそのとき足コキのことを思い出す。

相手とは、新年にはあけおめメールのやりとりを行ったりしている。

 

四人目

街中で偶然声をかけられて、しつこくついてくるので渋々食事を一緒にとった。

その後もずっとついてきて、なぜかその流れで大阪の堂山あたりのホテルに入ることになった。

この時も本番には至らなかったのであるが、相手性器を出してきたので私はそれを口に咥えた。

フェラチオは初めての経験だったが、そのまま相手は私の口の中で射精に至った。

それを飲み込むことはせず、洗面所で全部吐き出して口を濯いでいたら、相手もすっかり興醒めになったようであった。

私は終電で帰り、それきりとなった。

 

五人目

 

Twitterのやりとりから発展して会うことになった。神戸三宮で待ち合わせをして、その後自宅へ招き入れた。

着衣のままお互いに股間を弄りあったが、やはり本番には至らなかった。

そのとき相手はかなりの巨根であり、乳首でも感じることができる素質を有していた。

私が相手の胸を触ると喘ぐ姿を見て、男性でもこんなに乳首で感じるんだな、といった小学生並みの感想を抱いた。

が、その後会うことはなくそれきりとなった。

 

六人目

 

こちらもTwitterのやりとりをきっかけで会うことになった。大阪難波の個室ビデオ屋で待ち合わせをして、そのままの流れで行為に至った。

相手緊縛趣味であり、両腕をアームサックで固定し、口枷をはめられた状態で挿入に至った。もちろん両者の合意に基づいている。

五人目にして初めての挿入であったが、気持ち良いということはなく、相手体重の重さと挿入に伴う鈍痛をいまだに覚えている。

このとき相手ともそれきりとなった。この頃から自分は不感症ではないかと思うようになった。

 

七人目

 

Facebookアカウントを持っており、そちらのやりとりから会うことになった。

会うのは初めてではなく、大阪あたりのアングラ風味のイベントで何度か顔を合わせていた。

神戸高台の方の街で待ち合わせをして、相手の自宅にお邪魔することになった。

相手ラバーフェチだったので、自分ラバーキャットスーツというものを着て胸とかを弄りあった。

ゴムしなの特に気持ち良いということはなかった。

行為としてはそれきりであるが、その後何度かイベントなどで会っている。

 

いずれの相手恋愛感情も湧かず、心から気持ち良いと思えることもなかった。

このような経験を通して、自分はもしかしたらアセクシャルなのではないかと思うようになっていた。

 

しかし、転職した先の職場で見かけた同僚の女性恋愛感情を初めて抱いたのである

ものすごく遅れてきた初恋のようであったし、または私はその感情をずっと抑圧していたようにも思えた。

その経験を通して、私はセクシャルマイノリティではなく普通ヘテロセクシャルであることの確信に至った。

anond:20210706074034

そういう人は不特定多数の異性と関係を持って初めて「ヘテロセクシャル」と認めるんかなw

んなアホな

反「キャラ勝手ホモにするな」思想

キャラ勝手ホモにするな腐女子キモイ」を言った口で「陰キャ腐女子陽キャギャル百合すこ」とか言うのダブスタすぎるだろ

原作で明言されてないキャラセクシャリティ勝手に決めつけるな!クソ腐女子!」とか言わずに、最初から「俺はホモフォビア的思想を持っているのでBL嫌い」と言ってBLアカウント先行ブロックしてろ

わざわざ嫌いな相手の方に近づいてきてクソみたいな言葉吐いてくんなボケ

上で百合を例にあげたけど、BLGLHL(へテロラブ)その他含めすべて自由に楽しんでいいものだと思ってるけど、人の楽しんでるものケチつけといて自分の好きなものだけおキレイなままで済ませられると思ったら大間違いだから

腐女子に「勝手キャラホモにしてセクシャリティ決めつけるな」と言ったとき腐女子から勝手キャラヘテロセクシャルレズビアンにしてセクシャリティ決めつけるな」と言われる覚悟もないやつは黙ってろ

なんで自分にその意見が跳ね返ってこないと思えるのか

あと腐女子=システロ女性しか存在しないし現実同性愛についてなんら考えていない集団だと決めつけてくるのもやめろ

腐女子セクシャルマイノリティ勝手おもちゃにしてる!って言いながら、本心ではセクシャルマイノリティことなんて全く興味なくただただ腐女子という自分の嫌いな相手に対して自由に振り回せる武器にしてる奴が一番ムカつく

(セクシャルマイノリティ現実同性愛についての議論BLクラスタ内でたびたび行われているから、そういうところで真面目に議論してくれるのは歓迎するよ)

2021-06-29

ゆる性的マイノリティから見える世界

自分は、LGBTQとやらに属するらしい、と昨今のマイノリティブーム(と呼ぶのが正しいか別にして)のおかげで気づいてしまった。

バイセクシャルっていうのかな。正確には「パンセクシャル全性愛性別関係なく好きになる)」だけど。

 

しかし、社会的にはヘテロセクシャルですよってことで生きていけている。異性と結婚してるし、特段嫌悪感があることもない。知られても、知られなくても構わない。差別されるなら、それでも構わない(こちから距離をおけばいい話だ)。

 

認めて!でもほっといて!系の人たちはどういう神経なのかと結構まじめに考えたよ。仮説だけど、「セクシャルマイノリティであること」しか社会と接点が持てない人なのではないか。目立つタイプは「セクシャルマイノリティ系〇〇」みたいな肩書がないと埋もれるような文化人もっと底辺だとフリーターとして不安定生活してる中でやっと仲間を見つけられた人とか。

そういう一部の人間とは違って、ふつうに働いて、性別関係なく仲間がいて…みたいなタイプは、マイノリティガー!する暇もないし、何も得しないからね。

と、↓の増田を読んで感じたのでした。

anond:20210629023527

2021-06-13

アセクシャル系の話のイヤさ

アセクシャル恋愛至上主義のこの社会だとなかなか大変だろうなとは思うし、基本的には応援してる(何様?)んだけど、アセクシャルの人が語る人生エピソードとか、アセクシャルを題材にした漫画とか、そういうのを読んで気分が良かったことがない

なぜか?

恋人作ってみたけど、なんか違う」みたいな描写絶対に出てくるから

「男とも女とも付き合ってみたけど、どうしても恋愛感情を持てなかった」「告白されたけど、遠い・気持ち悪いという感じでしかなかった」

あたりまえのように誰かと付き合ったり告白されたりしてんじゃねえよ、カスという率直な気持ちがどうしても出てきてしま

ヘテロセクシャルロマンティックの俺が、誰かに好かれたいなあ〜なんて思いつつ、自分らしく生きてんのに全然モテず、まあモテないのは全然いいとしても、キモがられる境地にまで達し、人と接することそのものに恐怖を覚えてるのに、アセクシャルのみなさんはモテた上にそれをゴミみたいに捨てているのですか

モテるのって受動的だし、恨みごと言われたってマジで知らねえよとしか言いようがないのはわかるんだけど、それでもちょっとモヤ〜っとしてしまうのが人情というもの

顔がキモく、肌が汚く、身長が低く、頭がデカくて本当に5頭身くらいしかない そういう感じに生まれアセクシャルの話も俺は聞きたいんだ

そういう感じだとアセクシャルであることを自覚できないってことなのか?

キモくてモテないけど、恋愛そもそもあんま興味ねえし、興味もったところで絶望的だし、まあいいや! ってなるので、ドラマチックにならず、エピソードとして現れてこないってこと?

モテるけど恋愛に興味が持てない」って状況に陥ってはじめて自らのアセクシャル性を実感するのか、皆

そのセンでいけば、もしかして俺もアセクシャルだったりするのか

そういえば、モテない・モテたいとは言ってるが、それは男友達同士でくだまいてるノリを内面化しただけで、いわば惰性みたいなものな気もする

実際に誰かと付き合ったらどんなものか、っていうのを考えると、ダルそうというのが先に来る

セックス、いろいろ汁とか出て汚いし、臭そうだからやりたくはない

俺はアセクシャルだったのか?

俺はアセクシャルだったってことにしたほうが絶対精神衛生上良いと思う

俺はアセクシャルだ 俺はアセクシャルだ 俺はアセクシャル・アロマンティックだ!!

2021-06-05

LGBTを許容する理由理解できない

LGBTなどの、ヘテロセクシャルでない人間存在について、権利を認めろって騒ぐ層がマジで理解できない。人間という生き物のバグだと思うんだけど…

 

自然に考えて、オスメス分かれてる生き物は、両性が揃わない限り繁殖できない。虫でも、ウマでも、牛でもなんでも。それと同列で、ヒトもそうじゃん?繁殖しない・できない生き物はなんのためにいるのか?いる必要ないよね…?

恋人がいないヘテロは、ワンチャン恋人ができて繁殖の機会に与れる可能性がある。しかし同性としか行為ができないLやGはなんのために生存してるか?

BやQは異性との交わりが精神衛生上可能なため、性行為可能かどうかの点は除外するが、性が不安定というのはやはり生き物として謎。バグだと思う。

 

人権がどうのって言うけどさ。人をヒトたらしめるのはやはり命がつなげるかどうか…生き物であるかどうかの素地の上で、知能があるかどうかだと思う。

誰かもっと納得する答えを教えてくれないか

2021-05-15

プリキュアやばい話2

トロピカルージュ!プリキュアやばい

https://anond.hatelabo.jp/20210513214243

ただのぼやきのつもりがペロって書いたのがなんか色々言われててびっくりしちゃった。

いい年してプリキュア見とんなよってお前らも見てるんじゃん!よ!仲間~!

ついでだから思ってたこと書いてこ。

かわいい」っていうのをプリキュアが見た目だけのことを言いたいんじゃないんだろうけどそれを人生経験片手程度の子どもたちに伝わるようにつくっているか?とか、「子どもたち(女の子たち)のために」っていうスタンスをどのくらい本気でやってるんだろうってのはちょっとから思ってはいた。

かわいい」がすべてではないことを大人は知っているけど子どもたちはこれからそれを学んでいく過渡期にいるので、メインターゲットをその年齢に据えてる時点でプリキュア制作側は伝えるメッセージやその伝え方に慎重にならないとって思っている。

プリキュアやその仲間が「かわいくないかプリキュアになれない」と発言しても大人は「今のプリキュアそんなこと言うんかい」で済ませることができるけど

知識人生経験の少ない子どもたちにはその言葉もっと大きなインパクトをもって伝わる可能性ってのを考えなきゃいけない。

フィクション現実は地続きにあるし、子どもたちにとってはよりその垣根は低い。

あとトロピカルージュ!プリキュアの続きを見たけど他人キュートさがないとか見た目で判断してるローラみのりん先輩に「決めつけんな」とか言っててお前がそれを言うのかって思っちゃったわ。

自分ツイッターフォロワープリキュアオタクが何人かいファンの間で話題になってることはだいたいRTでまわってくるんだけどこれもちょろっと人を見た目で決め付けておいて説得力ないぞ笑!みたいなのはたからこの辺はファンの間でも言われてるのかな。自分普段からプリキュアガチ勢ではないので(見たり見なかったり)詳しくないところも多い。

ルッキズムに限ったことじゃないんだけどメインターゲット女児先輩は気にしないからあれこれ言うな!そんなもん扱わなくていいんだ!って問題ないじゃないんだよね。

そこをメインターゲットに据えた時点で責任持って作品つくらなきゃいけないんだよって話で。

大人と違って判断できる知識経験が少ないので良いことも悪いこともそのまま吸収してしまう危うさがあって、大人が鬼滅を面白いと思いつつ子どもにはあまり見せたくない(暴力的だったりちょっとグロかったりするから)って親もいるでしょう。クレヨンしんちゃんとか芸人発言バラエティ演出もそうだけど。テレビでやってるから悪いことじゃない、みたいな感じで面白がって人のこと嘲笑したり暴力ふるってしまったり。それを矯正するのも親の義務っていうけど、1回テレビやなんかで見て覚えたものをなぜ良くないのかわかるように言い聞かせて矯正するってすげえ大変でしょ。親の立場からしたらいい加減にしてくれって話よ。何度教育したってテレビで人の尊厳踏みにじって笑い取るようなことやられまくってたら親の教育いたちごっこ連続だし、ちゃんとしつけする親ばっかでもないし。大人立場で見てても楽しくないしね暴力とか嘲笑とか。



それからインターゲットが保育園小学生くらいの女児、だとしたらその中にはシスジェンダーでもヘテロセクシャルでもない女児障害をもった女児も当然含まれるんだよ。

過去作品だけどHUGっとプリキュアでは男の子プリキュアになれるとか、アンリと正っていう友情なのかBLなのかみたいな感じで男性二人の関係を出しつつ最終話で生々しい出産描写もやるの先進的とか言われてたけどまったくそんなことはないと思っていて、

しろ女性への出生賛美をうたってほまれヘテロセクシャル要素をゴリゴリに出しておいて性的マイノリティーについてはほのめかすだけにするっていうのはおためごかしなんだよね。

都合良く使える部分だけいただいて、まぁ、さわりだけやっておけば先進的と思ってもらえるラッキーみたいな。

あ~男の子プリキュアになれる、お姫様になれるってとこまではできたのに、残念だなぁ、扱うなら正面切ってやれば評価されるのに…って感じだった。

異性愛者っぽい描写出産シーンも生々しくないけど同性愛っぽい描写は生々しいんですか?セクシャリティに対して一体どういう考えで作品をつくっているの?って思うよ。

ターゲットとしている層にもマイノリティに該当する子は含まれているのに。

スタートインクプリキュアは肌の色が違うことで受け入れてもらえなかった過去のあるキャラクターのことを扱ってた話があってそれは良かったなって思う。(スタプリは全部をきちんと見てないので全体としてどうかはわかんないんだけど)

わざわざ同性愛者だ障害者だ外国籍だってマイノリティを出すならそうだとはっきり分かる描写を出す必要があるのか、と言われたら出さないことで存在しないことにしている。のけものにしているってことなので、その年令の女の子たち(子どもたち)のことを考えて作品作りしているというスタンスを出すなら見て見ぬ振りやおためごかしはもうやめろって思う。

そんな表現大人自己満足だっていうけど、むしろマイノリティ無視する作品って子どもに一体何のメリットがあるのか…?

自分マイノリティについて気にしなくて済むカテゴリーだ、マジョリティである強者だって指摘されるようで居心地悪いだけなんじゃないんですか?

女性仮面ライダーいたんだし男の子プリキュアレギュラーメンバーで出せば良いし、仮面ライダー赤ちゃん育てたらいいんじゃないの(仮面ライダー全部見てないからもう子育て要素とか取り組んでたらごめん)

売れないとか商業的に…っていうけどそれならもう「子どもたち(女の子たち)のために」つくっているっていうスタンス見直したほうが良いんじゃないかな。


玩具購入資金源の親がそんなもん喜ばないだろ!っていう意見出そうだけどそれもおかしな話で、

それはつまり親が自分の子どもはマイノリティであるはずがないしそんなもの目にもいれさせたくもないし

目に入れさせてマイノリティに目覚めさせたくない、そんなやつらのことは理解させる気もない、ということにもなるんじゃないの。(あえてちょっと強いことばにしてしまったけど)

親としては子どもマイノリティである可能性を思えば(誰しもがその可能性がある)ロールモデルにできる存在勇気をもらえる存在(それこそエンパワメントされるような)を小さい頃から見せてあげて「大丈夫だよ」と伝えてあげたいし、

本人がマイノリティでなくても身近にそういうお友達がいる可能性もあるから寄り添える人になってほしいと思う。

もし身近にマイノリティなんていねえよって思う人は、あなたの態度や発言を見聞きしてマイノリティ当事者あなたカミングアウト相談もしたくないと思ってる、だから周りにマイノリティがいない、と考えたほうが良いかもしれないですね。

いわゆるLGBTQに該当する人が血液型AB型左利きと同じくらい、だいたいクラスに一人くらいの割合でいるそうなので。

まり、そのくらいいるとなると総勢50人を超えてきたプリキュアにもいてもおかしくないって話にもなるわけで。

アニメとはちょっと違うけどセサミストリートだと障害のある子や同性愛者のキャラクターがいるし、ディズニーでも扱ってたよね。


なんかまたごちゃごちゃ言われるだろうけど思ってたことだいたい言った気がするからあとは知~らない!

でも自分自身も常に勉強しながら自分の考えと作品の両方に批評の目を持っていないといけないな~って思う。

2021-05-10

「何故女性やフェミニストに言うのか」を読解する(「弱者男性差別は存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください」について)

弱者男性差別存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください

https://note.com/mefimefiapple/n/n6b712e954db8

 

上記noteについて「何故女性フェミニストに言うのか」「強者男性に言うべきでは」との意見がある様なので、何故なのか、読解してみようと思います

予め断っておくとこれは女性フェミニストへの攻撃意図はありません、また件のnoteについても敵意は(受け止められている程には)大きくはないと判断しますが、それについても最後に触れます

 

ではどのように読解すればいいでしょうか?いい方法があります

以下の様に、国語テストだと思って読解してみてはどうでしょうか?

問1ーこのnote女性フェミニストに向けられている理由について、本文から関連する箇所を抜き出して答えよ。

このように国語テストだと思えば、noteを読み込んで該当箇所を抽出するのも楽になる人も居る筈です。難しい問題や複雑な問題ゲームテストだと思えば簡単に解けてしまう人はいものです。

(これを「ゲーミフィケーション」という言葉に倣って「国語の期末テスティフィケーション」と呼ぶ(「国語中間テスティフィケーション」でも可))

卒業の掛かった大事テストだと思って解いてみましょう。

 

解答

以下、幾つかのパートに分けて女性フェミニストに向けられている理由解釈できる箇所を抜き出します。

 

誰もが抑圧者になり得る事

ジェンダー差別女性セクシャルマイノリティも、そして男性も抑圧し、抑圧者には女性を含めて誰でもなりえる。

上記箇所の様に、このnoteでは女性も抑圧者・加害者になり得る事を繰り返し強調しています

これがこのnote目的だとすると、明らかに女性に向けた方が効率的です。強者男性に向けて「実は女性も抑圧者になり得るんだ」と言っても「お、おう」と成るだけですし、むしろ告げ口に似てしまます。だから女性本人に言う必要があると言えます

また、男性強者側に位置付けられたり、「抑圧者=男性」という図式が前提とされがちな現代では、そうでない側を殊更に強調する必要があり、そこに女性対象にする必然性もあると言えます

(ただしその様な前提はテキストの外部から読み取る事なので、テキスト内で論理的に完結する必要のある国語テストとしては回答に出せない部分になります

 

差別正当化」の主題

いかれた差別主義者がわめくのは無視できますが、社会的正義の名のもとに差別正当化される苦しみは無視できないのです。

上記箇所の様に、noteでは差別のものに負けず劣らず、差別否認し、正当化する事への非難に紙幅が割かれます

例えば、

未婚男性寿命の短さは無視される上男性女性虐待証拠になり、男性メンタル悪化と低すぎる幸福度無意識化された特権意識のせいにされ、ホームレス引きこもりさえも女性に厳しい差別構造の例だとされます

そしてその抑圧が苦しいと言った途端、「社会/女性への憎悪」「分断を煽る差別」「差別者の見当違いな被害者意識

の様に、男性差別的な境遇問題化しようとしたときに、それが女性差別問題へとすり替えられる様子が描かれます

弱者男性差別のもの強者男性女性フェミニスト共に加害者に成り得ますが、「弱者男性差別女性差別」の様な差別主題スライドは、女性差別を取り沙汰したいフェミニストしか動機がありません。

従ってこのような差別スライド問題にする限りでは、フェミニストの方々に向ける理由があるという事に成ります

こうなるとフェミニストはもはや、「女性差別は気にするけど男性差別は気にしない」だけではなく、「女性差別は気にするけど男性差別積極的に口を塞いで透明化する」というセクシストに見えます

という箇所も同様でしょう。差別スライドによって「男性差別積極的に口を塞いで透明化する」という積極的な加害行動が問題化されます

関連して、

フェミニストの方に考えてほしいのは、「男性差別はない」「あったとしても大きな声で言うのは女性の口をつぐむことだからいけない」という考えはこの時点でかなり人権軽視であったり、性差別的な言葉ということです

という箇所もありました。

ここについてもやはり、「男性差別はない」「あったとしても大きな声で言うのは女性の口をつぐむことだからいけない」といった発言をする動機が大きいのは女性フェミニストです。対して強者男性にその様な発言をする動機は大してありません。

例外としてフェミニストかつ強者男性場合女性フェミニストと同じ動機を持ち得ますが、当然その場合フェミニスト」に重なっています

 

似た箇所として、以下の部分も上げられます

なぜ弱者男性が、ジェンダー平等を望む仲間のはずのフェミニスト攻撃してしまうのか、それは一部のフェミニストジョージ・ワシントンからということもあるでしょう。

ここでジョージ・ワシントンは「世界最初人権宣言した憲法を書き上げながら、ネイティブ・アメリカンへの虐殺差別だと認識できなかった」人物として言及されます

この文意は「一部のフェミニスト」がジョージ・ワシントンと同様の構造(つまり女性人権保護しながら、弱者男性への差別認識できなかった)を持っている、だと解釈できます。その上で、

自分たち白人平等に殺す無法者より、人権を高らかに謳い上げるがお前たちは人間じゃないから殺されてOKと言う、ジョージ・ワシントンの方が憎く見えたでしょう。

差別に最も敏感な映画でも、男性対象になると途端に差別を素通ししてしまうのです。

という様に加害そのものより、差別正当化や、「人権を謳い上げる」正義側に無視される事の苦痛が強調されます

この点に着目した時、フェミニストは(時に露悪的な)強者男性よりも正義僭称する機会が多く、正義側としての側面が濃い為、強者男性よりも対象にする動機が大きいと言えます

 

直接的な加害者として

弱者男性への扱いも、強者男性より女性全般のほうが差別的かもしれません。

この箇所では明確に、差別的な度合いが強者男性より女性全般のほうが大きい可能性を検討しています

女性はこの差別の抑圧者として大きな存在です。上記差別では明確に女性の影があります私自身、街を歩いていて嫌悪や指をさして笑う行為吐き気をするようなジェスチャー、そういったことを度々経験していましたが、すべて女性でした。

以上の様に、女性による直接的な差別や加害もnoteでは幾つか言及されます

彼女も作れない人間はセクシストで、そのような人間悲鳴はすべてミソジニー」というような意見フェミニストが多くするのが原因です。男らしくならなければジェンダー平等を訴える人たちの間でさえ人間扱いされないどころか、セクシスト扱いされるのです。

これに対して、女性は異性の「点数が低い人達(先程の結果からみると本来は平均的な人たち)」を排除したり、嫌がったり嘲ったりする形で攻撃します。

これを咎められたあるフェミニストは「ゴキブリウィルスへの嫌悪と同じだから性欲ではない」と言いました。

いじめ対象になった時、加害者女性だとまともに扱われないどころか、加害女性が正しいことになる

例えば「女は黙って朝飯作って帰りは正座で待ってくれてないと」のような差別的な言葉と「無職の男とか絶対無理キモい」のような差別的な言葉は同じくらい重い、そう言えます

こうした直接的な加害は恐らく女性フェミニストの方々の中でも一部の方がしている事で、女性フェミニスト全体がしている事ではありません。

従って女性フェミニスト全体へ向けてこれらの事を直接の告発として言うのは(丁度一部の男性が行った加害を男性全体に向けて非難するという、弱者男性問題の主要な問題の一つと同様)間違っていますが、

「ぶつかりおじさん」の様に、女性からは見えにくい一部の女性の加害を知って貰う、という可視化としては意味を持ち得ます

そしてこれらが女性からは見えにくいのであれば、特に女性に向けて周知する意味があると言えます

 

特にその中でも、

最も弱者男性差別的なことを言っていて、かんたんに論破できるような「女をあてがえ理論」に対するフェミニストたちの反応を見てください。「弱者男性とかキモい無理。女性人権侵害している。」、「その考えが差別的。特権意識から降りろ。」、その他諸々。なぜ、「女性が誰と結婚するかは個人自由なので社会国家が介入するな。」とだけ言えないんですか??

フェミニスト差別糾弾する際、「キモい」「特権意識から降りろ」等の余計であったり部分的に適合しない侮蔑を含めてしまうケースが上げられています

この箇所を「差別糾弾する際に、別の差別意識が表面化し易い」という意味だと解釈すると、差別糾弾する機会の多いフェミニストの方々に特に向ける意味があると言えます

 

フェミニズム言説への応答として

この貧しい家庭に生まれいじめで苦しむことも多い一生弱者男性(これは実際に統計的に全部正しいんです)は、下駄を脱げと言われても脱げる下駄がありません。むしろ脱出できる可能性、助けてくれるまわりや、ケアしてくれる行政や団体の偏りを考えると、この層においては女性下駄を履いていると言っても嘘になりません。この層に「下駄を脱げ」というのは、レイシストが「在日コリアン特権を捨てろ、社会を牛耳ってる支配者のくせに弱者のフリをするな。孫正義を見てみろ。」というような最悪な言葉と大差ないのです。

この箇所はフェミニズム文脈男性に向けられがちな「下駄を脱げ」といった言説が、弱者男性場合には適合せず(脱げる下駄が無い)、「在日特権」の様な存在しない特権糾弾という、深刻な差別に成ってしまうケースが扱われています

このようなフェミニズム言説への応答の箇所は、当然フェミニストへ向ける意味を持ちます

また、

障害貧困差別で苦しんでいる中で、誰か一人にでも愛されたくても無理で絶望して今も首をを吊っていってる人たちに、無理とかキモいとかお前の孤独感さえ差別の証だだとか、それはもう加害欲求暴走している、差別が楽しくてやめられない、としか言えないじゃないですか

ゲイも、トランスジェンダーも、在日コリアンも、ハーフも、黒人も、障害者も、相手を「キモい」と言って正義の名のもとに糾弾する光景をあまり見ないですが、フェミニストだけは例外です。

の箇所の様に、フェミニズム的な批判に伴って加害欲求暴走する可能性についても警告しています。ここもやはり強者男性に向ける意味はあまりなく、フェミニストへ向けて初めて意味がある箇所になります

 

 

はい。長かったですが、いかがでしょうか?

件のnoteを読み返しながら、国語テストのつもりで関連しそうな箇所を抜き出してみましたが、結構あるものですね。

ただこれで全部ではないと思います。もしできれば、これを読んでいるあなた国語テストのつもりで挑んでみてはいかがでしょうか?

 

最後に、これまで追ってきたようにあのnote女性フェミニストへ向けて書かれたものですが、「向ける」ということが「攻撃」や「批判」とイコールではない事は強調しておいた方が良さそうです。

現に彼自身

から、一部のフェミニストの方がしてしまたことも、不幸なすれ違いだと思うんです。「ただそんな人達がいると知らなかった」だけだと思うんです。なので、ジェンダーで苦しんでいる人間たちは一緒に戦っていける、そう思っています理想主義的ですが、理想がないと進歩もありませんから

と書いています

この増田に付いても女性フェミニストへの攻撃批判意図ではなく、あくまで彼の文章女性フェミニストへ「向け」られていた理由を読解する為に書いたものです。

もし彼のnoteやこの増田を読んで自分を責めている女性フェミニストの方が居たら、自分を責め過ぎないようにしてください、責める事が目的なのではなく、知って貰う事が目的ですから

彼のnote女性フェミニストへ向けられていますが、それに応答するために女性フェミニストの方がするべき事は、実はそれほど大きくはない、というのが私の解釈です。まずは「知る」「存在を認める」「積極的な加害はしない」ただそれだけの事で達成できる、ささやかものなのです。(当然ですが、同様の事を私は女性差別に対しても行います

そして私が言うまでも無く、彼のnoteへの反応の中で既にそれをしている女性が何人か居た事は知って居ます。そのような方々に尊敬感謝を申し上げると共に、そうした方々が今後増える事を祈ります

 

付録

何故「弱者男性」を取り上げるのか?

今回の主題からはズレますが、何故「弱者男性」を取り上げるのか?と疑問を抱いている方も居たので、ごく簡単にですが、ここにも読解を加えておきます

私は「男性」という属性は、「ヘテロセクシャル」「健常者」といった単純に「強者」とみなしてもあまり問題が発生しないものではなく、特定属性とつながるととても悪い影響をもたらす属性だと思っています

男性」に「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」などが付くと、「女性」にそれをつけた時より状態悪化するということがあります。これが「弱者男性差別」です。

この箇所で言及されている通り、「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」等の弱者属性と「男性」が組み合わさった場合特に悪化・深刻化するとすれば、

それは「弱者単独でも「男性単独でもなく、「弱者」+「男性」という組み合わせをわざわざ取り上げる強い動機を生む事になります。何故ならそのような悪化・深刻化は組み合わせないと発現せず、見えないからです。

2021-05-06

二次創作BLおよび百合等もセクシャリティの改変なのではないか

主に少年漫画系を想定する話として、漫画アニメキャラが当然のようにヘテロセクシャルであるということを前提とするのはヘテロセクシズムであり、そのキャラがもしかしたら同性愛者かもしれないじゃないか、というのはわかる。

ただ現実的には性的指向が明かされるキャラなんてそうそういるわけでもない。彼氏彼女がいる、性欲があるキャラの描き方がされることもあるけど、そうでないことの方が多いくらいなんじゃないかテクストだけを見るならば、むしろ多くのキャラが無性愛者だと考えたっていいくらいではある。

恋愛描写のないキャラに対して半ば強引に二次創作ヘテロものBL百合あるいは夢小説にするというのはセクシャリティの改変であり、厳に慎まなければならないことなのではないか

先日、アセクシャル矯正する薬を飲ませて恋愛をさせるという漫画Twitter炎上していた。これは別におかしなことではない。その人物、そのキャラクターのセクシャリティ尊重せず、無理矢理恋愛あるいは性行為をさせることなど以ての外だからだ。そのことは多くの人が批判点として共有していた。

しかし、そうであるならば二次創作として描かれる恋愛ものも同じなのではないか? そこに刃は向けられないのか。

別に例はなんでもいいが、カヲルくんとシンジくんでも、煉獄さんと炭治郎でも、五条悟と虎杖悠仁でも、その他無限カップリングについても、そのキャラゲイまたはレズビアンではないのではないか場合によってはヘテロセクシャルですらないのではないか、という疑問は残る。メインキャラはともかくサブキャラになればなるほど恋愛描写なんてなくなるわけで、ヘテロセクシャルなのかどうかすら描写が皆無なんてのは珍しくもない。

もちろん、仮に性的指向であるからといって、相互関係性を必要以上に縮ませる(はっきり言うと性行為をさせるエロ同人など)こともまたそれでいいのかどうかという問題もある。

ミスジェンダリングという言葉があって、トランスジェンダーやノンバイナリーに対して当人の自認するあり方とは違う性別で呼ぶことを批判する用語なのだけれど、それはゲイレズビアンヘテロセクシャルとして扱うことにも適用されるものではあると捉えている。このことは二次創作には適用されないのだろうか。

所謂ポリティカル・コレクトネスについて、私は重視しているのだが、そうであるが故に、それを推し進めていくと今まであった二次創作もまたどんどんキツくなっていく。インターネットにおいて二次創作ファンアートは聖域に近く、その存在を認めない発言は極めて少数だ。二次創作存在していいものとしてあることが明らかな既得権になっている。ポリティカル・コレクトネスを重視する人はしばしば批判対象の既得権特権)を指摘するのだけれど、そういう人が、個別的エロ同人などはともかく、二次創作のものにまで批判を向けることは、意外に少ないようにも思う。フェミニストでありオタクでもある、というのは非常によくあることでもある。そのこと自体別に問題ない、けれど、自分の持つ刃をどこまで適用するか、という問いはいつでも突き刺さったまま残るのではなかろうか。

今まで自明であったものがそれは抑圧だという批判に晒されるということはよくある。例えば所謂腐女子(この名称にも問題は多数あるわけだが割愛)の中での「ホモ」呼びもこの10年で漸減してきたとは感じるけれど、それと同じように、そもそもの前提としての性的指向の改変自体が好ましくないものなのではないか、という問いの声は、もう少し出てきてもいいとは思っている。

既得権からは「二次創作文化である」という反論が来るのだろうけれど、そんなのはセクハラ文化だと言っているに等しい、とさえ言うことができるのではなかろうか。既得権はいだってそれを自覚せず傲慢なままだ、というのはポリティカル・コレクトネスを重視する側ではよく聞く話でもある。

すぐに変わるとは思っていない。変化には長い年月がかかるだろう。ただ、自分の楽しんできたものは正しかったのかを問い直す作業は、どの分野でもあって欲しいとも思う。

2021-05-01

anond:20210429213011 【追記あり弱者男性のための女装ハッテンのすすめ

冗談抜きで女装同士でセックスしたりしてる。」

と書いたらそこそこ反応をいただいたのでもっと具体的に書いていこうと思う。

あくま弱者男性を語って社会問題として扱う話ではなく、趣味オススメ程度に思って欲しい。

女装ハッテンってどんなもの

 簡単に言うと女装してエッチすることだよ。

 相手女装同士のこともあるし、男性のこともあるよ。

 掘る掘られるは準備が大変なので実はあまりメジャーじゃなくて、

 お触りプレイがメインだよ。

2 どこでできるの?

 女装さんが集まるエッチなお店やハッテン場として有名な映画館でできるよ。

 Twitterなどで出会って、ホテルオフパコすることもあるよ。(ハッテンの定義と違うかもしれん)

 公園をハッテン場としてる人もいるけどやめたほうがいいよ。

3 何が楽しいの?

 気持ち良いことできるよ。場合によっては可愛い(男の)娘とえちえちできるよ。

 普段自分とは違う存在になって気分転換にもなるし、チヤホヤされたり男性としては経験できないことができるよ。

 弱者男性として嫌気がさしている人はいっそ女性として扱われる環境に身を置いてみればいいかも?

4 でもどうせ顔がいい奴、若い奴だけなんでしょ?

 そんなことないよ。まず男性としてモテる人と女装モテる人は違うよ。例えば背が低い方が女装向きだよ。(もちろん高くてもOK)

 顔も化粧でどうとでもなるよ。年齢は20代ならもれなくチヤホヤ、30代でも人気、40代50代でも需要があるよ。

 もしかしたら女性より花の命が長いかもしれないね

私が女装ハッテンにハマってオッサンに犯されるまで

 「女装同士でセックスすることと、オッサンに犯されてメス堕ちすることにはだいぶ性癖の隔たりがある」

 と指摘されたのでどうしてこうなったかの顛末を書いていく。

女装同士のきっか

 私が最初女装にハマったのは小学生の頃にスカートを履いてみた時だった。

 女の子の格好にもともと興味があったのですごく興奮し、鏡を見ながらしこってしまった。

 それから女装クオリティがどんどん上がり、鏡をみてしこり、時には2chなどに画像をアップするようになった。

 2chで「可愛い」「えっち」と褒められると自己肯定感が満たされて、普段モテない自分はどんどん沼にハマっていった。

 鏡の中の自分写真自分エッチしたいけどできない……そんなわけで他の女装さんと女装レズをすることになった。

男性とのきっか

 女装レズをしばらくしていくと、男性の肉体に抵抗がなくなった。

 というのも、エッチ過程で服をはだけさせていくとだんだん男になるからだ。

 それで女装さんの集まるお店に行くと男の人に声をかけられたり、周りの女装男性とやってたりしている。

 もの経験ということで自分もやってみた。

 相性が合う合わないはあるが、ぶっちゃけ体を触れるなら女装男性も同じだった。

 むしろ自分女性扱いしてくれて積極的気持ちよくなれるようにしてもらえる分よかった。

 このころには「女装さんがいない時は男性でもいいか」ぐらいにはなっていた。

多数のオッサンに犯されて興奮するようになった

 今までは女装さんが集まるお店で遊んでいたが、新しい刺激が欲しくなったのでハッテン映画館に行ってみた。

 そこは暗闇で女装子が映画を見ていると四方からオッサン(爺さん?)が集まってきて体中を触られたり舐められたりする。

 私はそこでハマった。

 女装子を相手する時みたいにこちから気持ちよくなるように奉仕する必要もないし、

 男性と一対一でやる時みたいなコミュニケーション必要ない。(別にコミュ力がなくても男性が盛り上げてくれるから関係ないが)

 4,5人の人に同時に責められて、可愛いねって言われて、頭がぼーっとして、肉体も精神気持ちよくなった。

 事が終わったら「ありがとね~」と感謝されて、たまにジュースをごちそうしてくれたり。

 別に相手が女だろうが男だろうが女装だろうが、性感帯を刺激されるだけなら関係はないのだ。

 だったら男性特に高齢男性性的価値暴落しているところで若い女装の私が無料大勢男性をはべらせて気持ちよくなるのはコスパがいい。

 しか男性たちは大喜びだしいいことをした気分になる。これほどいいことはない。

最後

 女装新人さんがハッテンをしたら女装レズ人口が増えてみんな幸せになる!

 諸君、今こそ女装でハッテンをするのだ!!

追記 批判的なコメント含め多くの人の反応があったので追記します。

ゲイの人を馬鹿にしている言説であるという意見

 まず第一に私は「ゲイ」「ホモ」については本記事において一切言及していません。

 なのになぜこのような意見が出るのだろう……と思ったのですが、

 これは世間の人がヘテロセクシャル以外「LGBT」という一つの人種であると誤解しているからではないでしょうか?

 界隈で遊んでみての感覚ですが、レズゲイは決して交わることはない世界にいるし、女装ゲイも明確に区分けされています

 考えてみれば当然だと思いますが、ゲイの方は男性のことが好きであるので女性として扱われる(ことの多い)女装相手したいわけではないのです。

 そこでお店やハッテン場ごとにジャンルが分かれ、界隈ごと分かれているのです。

 またゲイの人は男性好きな人であって、ハッテンと安易に結びつけるべきではないです。

 ハッテン好きはハッテン好きという趣味の話であって、性的指向とは切り離さなければなりません。

 ヘテロセクシャルの人が全員ハプニングパーに行っているわけではないのと同じです。

弱者男性からってこんなことを勧めるなんて馬鹿にしている!

 私は今まで女性モテなかったし、モテていたらハッテンもしなかったでしょう。

 自分自身に明確な弱者男性としての意識があります

 弱者男性である私が性的に満たされた趣味の一つとしてハッテンをオススメしました。

 やりもしないことを「せいぜいお前はこれやってろw」というのはバカにしていますが、

 私はハッテンを身をもってやっているので本心オススメしています

問題矮小化し、弱者男性論に投石をする不埒な言説である弱者男性の救済とは程遠い。

 これがジェンダー論の論文国連宣言ならまだしも、はてな匿名ダイアリー記事に対して影響力が本当にあると思っているのか疑問です。

 どうせ来月には電子の山にうずもれてしま議論の中で、匿名での弾糾が社会を大きく変えられるのならば、私たちはこんな苦労をしていないのです。

 私は匿名でのレスポンスのやり取りの中で社会が変わるとは信じていません。

 この駄文を読んで「ハッテン場、興味があったけど行ってみようかな」という人や、

 私のお尻を触って「今日女装ちゃんのお尻を触れて性的に満たされた」というオッサンがいたら、私個人でできる範囲の救済だと思います

コロナで今は無理」「女子トイレとか入っちゃダメ

 これは大事なので守りましょうね!

 リスクがある行動をするときはいつもよりも気を使いましょう!

 触るだけでもゴムをつけよう!

2021-04-14

anond:20210414163253

ちなみにその加害者って男なんじゃないの?

アメリカ研究で、男が被害者レイプ事件を探っていったら、その加害者ほとんどがヘテロセクシャル男性だったっていうやつがあったような

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