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はてなキーワード: 自覚的とは

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170518013524

妥当とは言い難い前提を元に長年に渡って合理的思考を重ねた結果、妥当でない観念が染みついてしまった事例。

増田は、「人の価値は才能で決まる」「才能のある者が本業以外に関わるのは、全てリソース無駄である」といった教条を無批判に信奉しているように見える。

おそらく、人文思想から離れた学問を専門としていて、自己思想のありようについて自覚的に学んだり人と対話して理解を深めたりする機会に恵まれなかったのだろう。

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

「でも履いていないと、履いている人間と比べて不利になる。」←これが真かどうか本当に確認した?

履きたくない人はどんどん履かないでいってるよ。

社会マナーが変わらないと自分の行動を変えられない」と言う人は結局自分社会マナー維持に貢献してることに自覚的になって欲しい。

本当にマナーを壊したいと思ってるならまず自分から破ればいい。

昔は一般的だった結婚退職出産退職が、しなくてもよくなってきたのは、「空気を読まずに」実際に仕事を続けた人たちのお蔭だよ。

そういう人たちが結婚しても、出産しても仕事は続けられるんだって証明し続けてきたから。

履かなくてもちゃんと仕事はできますってあなたが見せればいい。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505022252

今まであまり自覚的でなかったのですが、

おっしゃって下さったとおり、仕事を任されたり高めの肩書を得たりすることにも

(悪い意味で)強いプレッシャーを感じがちでした。

(任されたら任されたで、頑張り過ぎるくらい頑張るのですが。)

今はまだペーペーなので大丈夫ですが、今後の事を考えると仕事にも支障をきたすかもですね…。

率先して何か役割を担うことが本当に苦手で、その辺も自分恋愛観と関係しているのかもしれません。

恋愛に関しては「まあ、しょうがいかなぁ…。」くらいのスタンスでしたが、

仕事が絡むとなると、ちょっと改善していかないとまずいな、という気がしてきましたね…。

貴重な気づきを与えてくださり、誠にありがとうございました。

仕事恋愛、双方で改善策を練りたいと思います…。

僕は恋愛ができない

なんかラノベタイトルみたいになってしまったが。

恋愛定義を「異性とお付き合いをする」とすると、僕は本当にこれが出来ない。

割と真剣に悩んでいて、このままだと結婚とかできないんじゃないかと思い始めてきた。

これに自覚的になったのはは高校1年生の時。

入試を無事突破した僕には初めての彼女が出来た。相手はかなりモテる人だった。

付き合う前は結構キドキしてたのだが、こっちから告白して、いざ付き合おうとなった次の日から急激に冷めた。

お付き合いしてる期間は何度か謎の腹痛やら吐き気やらに襲われた。

そんなこともあり、結局2ヶ月くらいで分かれてしまった。

高校でもう一人、大学でも一人の方とお付き合いさせていただく機会があったが、結果は似たような感じだった。

箇条書きで、僕のスペックやら症状(大げさか??)やら個人的に思うことなどをまとめておく。

スペック

男性

顔は多分中の上くらい。

そこまで身なりに気を遣ってるわけでもないが、酷いわけでもない。

学歴もまあまあ。そこそこ大手会社入社現在20代前半。

コミュニケーションスキルは中の下くらい??

病的なコミュ障とかそういうのでは決してない。

あとLGBTとかではなく、女性が好きです。

▼症状

・友人として絡んでる分には普通に楽しいのだが、異性としての好意を向けられたりすると強烈な嫌悪感に襲われる。

・付き合ってる期間も「○○の彼氏」という肩書に変なプレッシャーを感じてしまう。疲れる。

▼思うこと

・『やがて君になる』と言う作品をご存知でしょうか??

「好きになられる≒期待される」ことを嫌がり、登場人物の一人が「絶対に(??)自分を好きになってくれない人を好きに」なったりするお話なのですが、現時点で一番自分と近いものを感じています

ちょっと傲慢かもしれませんが…。

アドラーには怒られるかもしれないが、人間関係に関する過去トラウマやらと関係しているのだろうか??




周りが普通に恋愛している中、自分がよく分からん悩みを抱えてしまっていることに最近妙な焦りを感じています

なんか思い当たることとかある人いたらコメントください。

2017-05-02

バチェラージャパンを観て少子化問題を考える

Amazonプライムに加入していると、Amazonプライムビデオというサービスが使える。

Amazonプライム配信している映画ドラマなどは見放題という、暇つぶしには最適なサービスだ。

そこに「バチェラージャパン」という独占配信番組があるのだが、先週末に放送が終了したので、感想を書いてみようと思う(盛大なネタバレあり)

「バチェラージャパン」はもともと海外放送している同名の企画番組日本に輸入したものらしい。

企画内容を端的に説明すると、バチェラーと呼ばれる超絶ハイスペック独身男性一名が、

数十名の年齢も経歴もバラバラな女性たちと各地のリゾートやら保養地でイチャコラしながら、

毎週「ローズセレモニー」という儀式で脱落者を選び、最終的に残った一名と運命婚約を果たすというものだ。

一応やらせなしのそのままの男女のドラマが繰り広げられるということで、いわゆるリアリティ番組と言われるジャンルとして喧伝していたらしい。

番組の内容的に、上品と言えるものではないので敬遠する人も多いと思うが、個人的には毎週楽しく見ていた。

番組の前半は恋愛番組というよりむしろ女性同士の心理戦サスペンス要素が強く、

場を仕切る女性や、泣き出す女性など、女性内面に迫るのではなく、キャラ関係性を際立たせた構成で、

いや、こいつ番組の都合上残してるだろ、みたいなツッコミを入れながら見るのが楽しかった。

後半になるにつれ、当然と言えば当然だが残った女性一人一人の人格がフィーチャーされ、よりドラマ的な演出が増えていった。

しかしながら本人が本気で言っているのかわからないような、自分から落とされるような発言をしたりして、

駆け引きと言える場面もなく、正直言ってだんだん飽きてきてしまった。

最終的には、ゆるふわ系で22歳の高学歴女性最後の一人となり、運命女性としてバチェラーに選ばれる。

大方の予想も覆されることもなく、平和シーズン1(シーズン2もあるらしい)は終わりを迎えた。

さて、そんなバチェラージャパンだったわけだが、非常に示唆に富む番組であったように思う。

超絶スペック男性を多くの女性が奪い合う形式は、現代婚活市場を正しくそのまま可視化しているし、

最終的に選ばれる女性が、若くて美しく、そして何より高学歴であったことは非常に現実的な結末であるように見えた。

(35歳のバチェラーロリコンだ何だと非難を浴びているが、彼にとって極めて合理的選択だったのだろう)

そして何よりバチェラージャパン象徴なのは参加者の多くの女性が、一時的はいえバチェラーに選ばれる経験をし、

その夢のような世界に身を置くことができる点だ。

(低スペック男性可視化されない=その場に存在しないことも極めて現実的である

退場していく多くの女性たちが、その事に自覚的で、バチェラー感謝を示し去っていくシーンが多くみられ、印象的であった。

そして現実でもそんな逆シンデレラのような状況に多くの女性が陥っている。

多くの女性は、きらびやか世界を知ってしまっている。

そこから現実に向き合い、現実的結婚をすることに大きなハードルがあることは、容易に想像がつくだろう。

もちろん、同窓生や身近な関係者の中から相手を見つけ、社会人数年目には結婚するという、極めて牧歌的結婚果たしている者も当然多い。

しかし、多くの男女はそのタイミングを逃し、いわゆる婚活市場と呼ばれる泥沼に足を突っ込まざるを得ない状況になっている。

男性は多くの女性にとって自分可視化されない現実に、女性は向上することのない生活水準にそれぞれ向き合わなければならない)

婚姻関係出産が大きく結びついている日本では、この問題は避けては通れない。

低所得者の増加や育児環境の未整備など、社会的な要因も当然重要だが、根本的な男女間の価値観はやはり考える必要があるだろう。

そう、バチェラージャパンは、「逃げ恥」のような現代的な理想恋愛を見せるのではなく、現代的な現実恋愛を見せるという意味で、

確かにリアリティ番組としてのリアルを持っているのだ。

繰り返されているテーマであるがゆえに、2017年の生きたサンプルとして、バチェラージャパンを是非様々な方に見ていただきたいのである。(おわり)

2017-04-30

アニメとか漫画の細かい描写理解できない

けもフレ最終話紙飛行機意味がようやくわかった

あれは、手先が不器用で火を怖がってたサーバルちゃんの成長を意味してたんだって

あのさ、冗談じゃなくてマジで聞くんだけど、みんなそういうことどうして理解できるの?

おいらそういう機敏みたいなのがよくわからない

なんかこう「ふわあああ」みたいなのを感じるだけでうまく言葉にできない

ブリーチソウルソサエティラストの「雨が止んだ、気がした」ってどういう意味

スパイラル推理の絆の「あなたを悲しませずにすんだ」ってどういう意味

クロボンゴーストの「その時はまたわたしが指をさすよ」ってどういう意味

くいっくすたーとのラストでどうしてフミは泣いたの?

ワタモテのうっちはーなんでキモいって言いながらウンコ食べたの?

めしばな刑事タチバナ代々木さんは本当は村中ちゃんのことが好きなの?

せんせいのお時間ミカ先生北川好意にどれだけ自覚的なの?

ううき版パトレイバー最終話サブタイトルって何がどう意味深なの?

犬のアニメ監督はなんでメカ音痴って言ったの?

メカ音痴はなんでそれでもーいったいこの僕に何ができるっていうんだー憂鬱な箱庭の現実を変えるために何ができるのー人生の半分もまだ僕は生きてないの?

メカ音痴の同僚の病気ときへその緒ばくばく食べ色黒レゴブロック大好きアニメ監督が選ぶ女性声優はなんであんなに可愛いの?

メカ音痴はなんでそばが入ってないお湯しか入ってない丼をすする演技をしたの?

文芸部伊藤くんはどうして離婚したの?

ううきまさみは絵が上手いだけじゃダメなんだよナガノくんってマジで言ったの?

明るいイデオン計画ってなんなの?

長谷川裕一貧乳女性ってなんであんなにえっちなの?

ガンダム系とダイソードは全部読んだけど、次は何がオススメ? 設定だけ見るとクロノアイズが気になる

から結局、GはなんのGなの?

要するに手塚るみ子諸悪の根源なんでしょ?

2017-04-29

消防団員食事騒動に見る差別意識

以下のまとめを途中まで見た。時間無駄なので読む必要は無い。

https://togetter.com/li/1105343

二人の差別主義者が登場する。

Aは消防団員外食するのはみっともない、見苦しいと主張する。ただの差別主義者だ。

もう一人BはAに対してその差別的な主張の根拠を求めている。Aは支離滅裂発言で応えると、論理的でない、話を逸らそうとしている、などと徹底的に責め立てる。

Aと二、三言葉を交わした時点で、BはAがただの差別主義であることがわかったはずだ。差別主義者の差別的発言感情論以外の根拠はないので、それを問いただすことに意味はない。なのにBはAにしつこく絡む。

まりBは、差別主義であるAを徹底的に否定することが目的となっている。楽しんでやっているのだ。自覚的かどうかはともかく。つまりBもただの差別主義者だ。

最近差別主義者に差別的な人が増えてきて困る。

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170425135337

あれはなんとかなると思って泣き叫んでいるのではなくて、何も考えずにただ泣き叫んでいるだけ

ただ泣き叫ばれると周りが迷惑からなんとかしようと動いてしまうだけ

本人にはなんとかなるからそうしているという自覚はない場合が多い

自覚的に泣き叫ぶ人間も中にはいるかもしれないが少数派だろう

2017-04-24

岡村俊一騒動から見える人力飛行機ソロモン

2.5次元演劇作品の出来に不満を持つファンが不満の声を上げているようだけど、構図としてはニチアサ特撮番組古参新規ファンとの間で起こっていた諍いと同じ構図に見える。

元々から作品を楽しんでいたファンからすれば不出来に感じたものでも、それを楽しんでいる層が一定数おり、製作サイドからすればそちらを優遇したい。

その判断製作側がしたのだから、仕方がないのだ――

自分観測する範囲だと、当時の新規ファンはそう主張していた。

渦中にいる演出家は、故つかこうへい系譜にある人なんだそうだ。

「元来役者なんて河原者」なんて言い回しを好んだのは唐十郎だったが、つかも同様だった。

お客が望むパフォーマンス第一で、役者人権なんて豚に食わせろ、という狂った部分が見えた。

そのために阿部寛は客席の男性(仕込み俳優)とキスさせられたし、女優は頭で大根をかち割った。

それに別の理屈をつける人もおろうが、自分は「客に受けるためなら何でもやる」だと解釈している。

その意味において、客が喜ばなかったのならば、素直に失敗を認めるべきだ。

演出家自分で言うように、俳優のことを第一に考えているのなら、彼がすべきことは俳優のためにおのれの失敗を認めて、土下座をすることだ。

客に文句を付けるなんてのは、スベった芸人言い訳と何も変わらない。

ただこのような場合、スベったかどうかを判断するのは、いつも製作サイドだ。

演出家は、不満を持っているファンたちが主張するように、問題のある人なのかもしれない。

でもそのうえで製作サイドは彼を必要としたのはなぜか。

それは既存ファンたちの支える力だけでは不足があったからでないのだろうか。

既存ファンを満足させていけば、このまま安泰だ」と製作サイドは思えなかったんだと考えられる。

その判断は間違っていないと、個人的には思う。

顧客を絞って先細りしていったコンテンツは、いちいち例に挙げる必要のないほどたくさんある。

から客層を広げる努力が行われ、そこに不満を持つ人が出てくるのも仕方のないことだと思う。

作品世界観を壊す改変が、失礼な行為だという主張もある。

ただその考え方は諸刃の剣だ。

原作至上主義の人たちからすれば、2.5次元舞台のもの世界観破壊にほかならない。

ドラマ映画化が手放しで喜ばれないのと同様に、メディアミックスは誰もが喜ぶ展開というわけではない。

それらはすべて「推しを人質に取られた」と感じるファンが出る危険性を持っている。

また演出家が「話題性のために世界観を壊してもいいと考えている」と信じるのなら、批判はいっそう注意が必要だと自分は思う。

なぜなら、TLで不満が飛び交っているこの現状が彼が望んだものだとしても不思議はないからだ。

現在言葉でいえば『炎上商法』と呼ぶこの状況だけれど、他の表現も出来る。

かつてそれは街頭劇と呼ばれていたが、それの変化系とも言い換えられそうだ。

つかこうへい以前だが、日本演劇界現実虚構のカベを取ってしまおうと考えた人たちがいた。

例えば街角喧嘩しているカップルがいれば、誰もがそれをちらりと見てしまう。

それを俳優が演じていれば、それは立派に演劇だと言えるんじゃないか、という具合だ。

そう考えた作家名前は、寺山修司という。

街中で堂々と行われたショウは喝采を集め、当時のメインストリームですらあった。

エントリにも入れた人力飛行機ソロモンというのは、彼の街頭演劇代表作の題名だ。

一般人生活狭間で上演された街頭演劇の周囲では、何も知らない一般客に迷惑がかかることもしばしばあった。

突然あらわれた奇天烈な隣人にギョッとさせられれば、それを不快に思うのは当然で、それが問題になるのも仕方のない話だ。

からその芝居をそのままの形で再演することは、どの演劇祭でも不可能になっている。(今では参加者が寺山のお面をかぶるまりになることが多い)

ただその混乱そのもの価値を見出すアングラ感、それに酔いしれる観客の気持ちもとてもよく分かる。


そして電脳世界において、今回の炎上パフォーマンスでない保証はない。

演出家自身が言うように「少人数で炎上が起こせる」のだすれば、騒動自演であると言い切ることも出来なくなる。

演出家はどのタイミングだって釣り宣言をして、「ショウアートでしたプギャー」というカードを切ることが出来る。

本来であれば最終的に客に受けなければ成立しない言い訳ではあるが、アンチがいう通りの身勝手演出家ならばそう主張したっておかしくないだろうし、また「そういう役を演じたんだ」と言うことだって出来る。

演劇的な逃げ道が残されている上に、騒動によって新たに興味を持つ人も出てくるかもしれない。

おそらくそこで入ってくる人は、古参の嫌う『マナーの悪いファン』なんじゃないか想像する。

そしてそういうご新規さんを排除しようとする既存ファンの有り様こそなんとかしたいと、製作側は願っている可能性もある。

もはや古参がどんなにお金を落としていようと、製作サイドからすると客としての旨味はないのかもしれない。製作が観客の新陳代謝を求めているんじゃないか

逆に「どんなことをしても集客に繋げる演出家」の価値が上がったとしても不思議はない。

そういった意味で、ファンとして批判するならもう少し慎重になった方が良いと思う。少なくとも目的地を見据えて行動すべきだ。


と書いておきつつも、自分ファンでないので自由に書かせてもらう。

まず演出家が客に文句を付けるなんてのは論外だと思う。

俳優のことを第一に考えているならなおのこと、客に責任をなすりつけるべきではない。

それは自分自尊心という殻を破れずに消えていった俳優をこれからも増やすことに繋がりかねない、危険思想だ。

つかの舞台自分面白いと思ったのは、いつだってその殻を破った俳優たちがいる作品だった。

逆に変に大物が出演してたりすると、弾けた感じにならず、面白い作品とは思えなかった。

つかこうへい自身演出を行わない「つか作品」が面白く感じられた試しもない。それはつかこうへい劇団においてすらそうだった。

円盤などでつかこうへい演出作品を鑑賞すれば分かるように、彼の作品俳優個性と密着している。そのため文字通り「その俳優しか演じられない役」なのだ

しかも苦労してせっかく作り上げたキャラクターは、演出家の思いつきで日々全く違う形になっていく。

たぶんこの過程俳優自尊心という殻も破られるんだろうと、自分勝手想像している。

だが2.5次元作品の役はそうではない。

元々のキャラクターに近づこうと真摯努力すればするほど、演じる自分自身と離れていく。

それを『かぶりもの』と表現するのは(ことば選びが適切かどうかはさておき)なるほどなぁと思う。

おそらくこの辺のバランスもっとも巧く取ってる演出家の一人が西田シャトナーだ。

つの舞台の中で俳優モブなど別の人格が与えられ、ある程度自由にそれを演じさせる。

演じたキャラ以外の部分も観客に見せられるため、俳優個性担保されて、俳優と観客にそれが共有される。

24時間ぶりっこし続けられる女子がいないように、俳優にも自由になる時間必要なのだ


さて話題がそれたが、本題に戻そう。

演出家がああも自信たっぷりに「自分役者たちの将来のことまで考えている」といっている以上、製作サイドも「観客はそうじゃないだろうな」と思っていると認識してもいいんじゃないかと思う。

自分制作者たちがどれほど努力しても興味を失えば去る観客はゲスだと思うし、でもそれで構わないんじゃないかと思う。

たとえそうじゃないとファンが主張しても、その声を真摯に受け止めてもらえる状況ではないだろう。

騒動がその状況をふまえた上で演出家自覚的燃え上がっている可能性は捨てられず、問題が大きくなればなるほど、彼の求心力は高くなる可能性もある。



じゃぁいったいどうすればいいのか?

それは一人一人が「製作者たちにとって『良いお客』ってどんなだろう?」と考えて、それに近づいていくよう努力する以外にないと思う。

本来であれば、製作者たちが客の望むもの提供するのが道理だ。

だけど真のファンであれば、その力関係あべこべになることに不思議がることもないだろう。

どうしても受け入れられないなら観に行かないという選択をすべきだし、それも出来ないのなら自分たち上演権を手に入れるほかない。

同人誌を描きはじめる動機の一つとして「自分の望むものを書いてくれる人が、誰もいなかったから」というのもある。

それもまた一つの『良いお客』の形だと思う。

それぞれのファンが持つ原作への愛情の深さを疑うつもりは全くない。そしてその愛情に応えて貰えなかった落胆の大きさも、想像するにあまりある。

しかしその不満を演出家炎上させるかたちで表すことが、真のファンがすべきことなのかどうか。そこについてはもう少し考える余地があると思う。









などつらつら書いてきたが、もちろんこの文章演出家本人によって書かれたものでないという保証もない。

炎上を含めた一連のやりとりの中で、プロレスが行われているだけと考える人もいるだろう。


隣にいる人はその役を演じている俳優に過ぎず、自分が生きている世界は誰かが用意した箱庭なのかもしれない。

そうした疑念の風を受けて、SNS飛行機ソロモンゆっくりと空に舞い上がっていく。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170422041407

哲学専攻ならわりと辿り着く考え方だと思う。

自分自覚的科学教の信者なんだが(だから科学教などと言ってるわけだが)

個人的には他宗教との併存を是としていて(自分非科学的なフィクションも大好きだ)

無自覚信仰者が改宗を迫ることをよく思っていない。

水素水EM菌?本人が気に入ってんだからほっとけや。

ただし、当事者が困っている場合においては科学知識を以て手助けすべきである

2017-04-17

自民党支持者は野党マスコミの言う事は「何一つ」聞かない

今のご時世に「政党を支持する」というのはそれなりに重みがあることだ。

無党派層がふわっと「安倍やらせときゃいいじゃん」というのとはわけが違う。

自覚的に「今の自民党自民党総裁を支持する」という人が国民の30~40%くらいを占めている。

こうなると生半可なことでは支持率は下がらない。

野党が何か政権問題を指摘しても、この人たちには「野党からそう言っているんだろう」としか取られていない。

何を言っても政権を貶めるために言っていることだとしか思わない。

こういう状態の人は、具体的に実害を被らない限り支持しなくなることはないだろう。

誤った政策のせいで失業した、大損した、税金が大幅に上がったとかがない限りは、安倍政権を支持し続けるだろう。

そういう人が30~40%いるのなら、内閣支持率も40%より下がることはまずあり得ない。

これではスキャンダルいくら追及しても暖簾に腕押し。

野党はひたすら政権与党経済政策での失策を待つしかない。

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

たつき監督作品ケムリクサ』を見る

基本的にこの監督テーマが閉じられた世界にあるような気はした。

閉じられた世界で認められない人種が認められるために戦う、という意味にも転化できる作。

けもフレにおける閉じられた世界での相互扶助方向性は逆ながら、やや病的な印象を受けた。

自分たちが受け入れられないなら戦うしか無いという監督叫び存在し、コピー文字通りの模倣ではないのかという意味だ。

この点は監督がそう思ったか否かというより潜在的ににじみ出てきたものだろうと思う。心理分析する人はどう見るのか。

そんな観点から見れば作中の虫は視聴者でもあるし、彼女たちは作り手でもある。閉じられた世界から喧騒を覗き見るハウルにも近い。

一方けもフレでは閉じられた世界に於けるオタクコミュニティの傷の癒やし、というテーマ視聴者とともに作り上げられた。

これも監督の当初からある意図だったかは定かではない。外と戦うのではなく外に前進を見出す意図を隠しながら一期を終えている。

もちろんかばんにとっては過去であり、サーバルにとっては未来であるという観点存在する。

葛藤もあるだろうし一本調子前進とは言い難い。しか基本的に閉じられたコミュニティへの投薬がもたらされると自分は見ている。

なぜならおそらく監督病気自覚的からだ。

ケムリクサ』は部分的にいえばエヴァ以降SF匂いで満ちている。

色々古臭かったり、3Dに寄せずにリミテッドアニメの動きを模倣するなど良くも悪くもオタクっぽい作りである

ガイナックス系譜を持つ監督がやる空中蹴りなども含まれている。つまり彼はオタク没入者であり監督でもある。

この事実もあって上記のオタクコミュに対する投薬がなされるとしてもそれほど違和感は感じない。

ある意味どちらの作品自虐的だ。

追記:

横のおすすめリストにあった『砲弾少女ザゼル』のほうが個人的には好みだった。

この手の『スカルガールズ』『ドフス』みたいな絵がとても好き。

http://anond.hatelabo.jp/20170402000852

これ毒親メンタリティと一緒だってことに気づいてんのかな。

ただし自覚的である点が違うけど。

仮に息子が生まれたら恨まれるよ。

2017-03-31

何をやってもしんどく、何もやらなくても過去を思い出してしんどい

こんな症状と似た症状を小町で見つけたが、自分自覚的にこうなった理由がわかる。

過去のことを思い出す瞬間に蓋をしている自分いるから。

しか過去記憶存在しているのでなんとなく重たい気持ちになり反芻を繰り返す。

成功体験について最近増田で取り上げられていたが、この閉塞感に近い。

成功体験が少ない、あるいはない、努力しなければ、無駄だ、という思考ループが発生する。

あとは行動が過去と一緒の結果になるという恐怖しかなく、癖や思い込み修正できない。

この思いが省略されてなんとなく重たい気持ちとなってのしかかる。

省略された思いはしんどい感覚となって覆いかぶさりすべてを遮断する。

遮断ぼんやりすると過去のことが蘇ってくるので嫌々ノルマをこなす。

後はそんな苦しさが続くだけ。

女になりたい元増田より

http://anond.hatelabo.jp/20170327002725元増田です。

恐ろしく長い書き込みになりますすみません

コメントありがとうございました

とにかく吐き出したい一心で書き込んだものにさまざまなお言葉いただき、とても驚いています

書き込んだときは、一つ二つコメントがあれば御の字、よくて炎上事案だろうと思っておりました。自分が発信したものに、こんなにも多くの方からの方から反応をいただいた経験もなかったため、あまり現実味がなかったのも正直なところです。

しかしながら、増田の皆さんがコメントするという手間を割いてくださったこと、純粋に嬉しく思います。読み初めは恐る恐るでしたが、最後には泣きながらすべてのコメント拝読しました。

ありがとうございました。

お返事(というよりは所感)

いただいたコメントの中には、はっとしたり、感銘を受けたり、お礼申し上げたいお言葉がたくさんございました。

今後立ち止まったときに読み返したいという思いもあり、誠に勝手ながら覚え書き代わりに再び書き込んだ次第です。

こんなところまでご覧になる方はごく少数かと思いますが、以下、先の書き込みを通してわたしに投げかけられたと思しきコメントを中心に挙げさせていただきました。

わたしの頭が及ばず文脈を読み取ることのできなかったコメントコメントに対するコメントなどついては割愛させていただきます。本旨を拾うことができていない場合も見受けられるかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。

コメント群 I:そもそも内容が不快

自覚がなかっただけ余計に質の悪い「いけ好かなさ」があったのだろうと思いますし、言い訳以上でも以下でも無い書き込みでしたのでご指摘ごもっともです。貴重なお時間をいただいてしますみません

コメント群 II:書き込む場所問題

解決法、相談場所など考えるなり調べるなりすべきだったところ、自分勝手に思い詰めた挙げ句思考停止していました。

今後は適当と思しき場所相手を見定めていきたいと思います

コメント群 III:受け身すぎ・主体性がない
  • 単なるビビリやん、行動するのに御託を並べてる時点でビビ卒業できてないわ
  • 自分人生から逃げ続けていると、そのうち人生からしっぺ返しを食らう。
  • 傷つくことを恐れて逃げると、もっと傷つくことになる/同世代だって心を受け止めあえる優しい人がいることをまずは知って欲しい。とにかく探して話していけば、きっと人として愛しあえる。
  • 残念、悉く受動的。恋愛に限らず、してもらうことばかり考えている人に惹かれる人は少ないと思うよ。許されたい、愛されたい、と他人に望んでばかりじゃね。
  • コンプレックスのせいで受け入れてくれそうな人に甘えているだけでしょ。お洒落モテる努力をしてコンプレックスを解消してみては?30代は出会いが沢山あるので遅くないよ。今諦めると10年後にもっと後悔する本当に
  • 酷い言い方かもだけど、メソメソこんな私を愛して延々言ってたら、一生搾取おじさんの餌食から抜け出せないと思う 自分自己肯定感低いけど、なんとか脱しようと努力しているか増田さんとは相容れない

その通りですと頷くことしかできないコメント第一群でした。

コンプレックスの強い部分が性にまつわる事柄に集中していたのでああいった書き込みになりましたが、そもそも人として受動である、ということをコメントを通して実感しています

こちらも仰る通りだと思います

自分と向き合うこと。価値を見出すこと。認め、受け入れること。すべて放棄してしまったがゆえの今のわたしですね。

コメントIV自尊心・願望が高すぎ
  • この人はもうショーケースに並んでいるのだと思う。ただ、それを自分で認めたくないだけで。
  • 自信が無いのではなく、プライドが高すぎるだけでは。「ショーケースに並んでる」女性を見下してきたんじゃない? 私は違うって。
  • なんかモテない自分に酔ってるような印象を受けた。モテないと言いつつナルシストなんだろうな。理想を下げられないんだ。
  • さないと愛してもらえないぞ。先に愛したら負けだと思っているんだろ。

このあたりも刺さったコメント群の一つでした。

自主性を放棄したのも自分選択ですが、そのあたりを「放棄せざるを得なかった」と外に責任転嫁。「誰かと恋愛を共有できずとも生きていく」ということに固執し、「私は違う」と言い聞かせながら、どこかでは自分から愛するのでなく選んでもらいたいという望みを抱えていた気がします。

いや、抱えて”いた”というか。現在進行形の方が近いでしょうか。

  • プライド自尊心)の処理さえどうにかできれば、あとは“彼女たち”の真似をすれば十分追い付けるのでは?/不倫超うらやましい……。好奇心がある今のうちに、男から色々教えてもらいなさいな
  • なんか無理に小難しい言い方をして賢く見せようとしてる感じがするなあ。プライドが高いのかもしれないけど、恥かいてもいいと思ってないと他人と深い関係にはなれないよ

なので、こちらのご指摘の通り、自尊心の壁を崩して自己開示することは大きな課題だと思います

不倫は二度とごめんですが、(誰かに迷惑をかけない形で)失敗を恐れず経験を積み重ねることができたら素敵ですね。

こちらのコメントには心底はっとしました。

自分が傷つきたくない一心積極的な行動を避けるようになりましたが、はたしてそれで何を守ることができたかと問われると、得心のいく答えが見つかりません。

  • 真面目な非モテ結婚すればいい。恋愛じゃなくて結婚するんだ。そもそも日本人の大半には恋愛なんてできないんだよ。
  • そんなに恋愛幻想持たないでもいいと思うぞ。(妻帯者は避けたほうがいいとは思うが)愛し愛されたいとか、それだけならそこらの男性半年も付き合えばできるし、それをうなずけないのは、望み高いからだし。
  • じゃあ俺が恋人にしてやるよ、って言っても拒否するだろ?結局わがままなんだよ、選り好みしてるだけのただの甘え

文化的な背景であったり、そもそも現実的な部分であったり、分かっていなかった部分がたくさんありますね。

少女漫画ドラマリアリティを疑う頭はあるくせ、夢見がちな自分の頭を自覚する能は皆無だったのだとつくづく思いました。

わたしが選り好みしない人間であれば、何食わぬ顔で件の人との関係を続けていたでしょうし、きっとああいった書き込みもしていません。

コメント群 V:不倫女のテンプレ

いくら年上が好きでも不倫だなんてありえないし、人の旦那に引っかかるような女にはなりたくない。そう思っていた十年前の自分に今回の書き込みとこちらのコメント突き出してやりたいです。

正直ぐうの音も出ません。

年齢ばかりが大人の濃度を増すのに比例して、欲求も複雑かつ深くなっていくので、大人として制御の仕方も覚えねばと強く思います

同じ轍を踏まないための必須スキル自己肯定であることも忘れずにいたいです。

コメントVI:見た目ばかりが大切なのか

コメントを受けて自分文章を読み返したのですが、見てくれからして自分を好きになることができないあまり、中身はおろか包装さえ魅力がない!だから手にとってもらえない!という書き込みになっていましたね。

もちろんそう感じていたのは事実なので、コメント一つ一つから見目に執着していたことを自覚することができました。

書き方が悪かったため「可愛らしい女の子」に内面も含まれることが全く伝わらなかったことと思いますすみません

わたしが羨んだ親友たちが(自覚的にせよ無自覚にせよ)努力で構築してきた「かわいさ」には、親しみやすさであったり、思いやりであったり、内面の豊かさに表れるものもたくさんありました。わたし可愛いと感じた外見も、そうした内面から滲み出る表情・仕草が大半を占めていた気がします。

明るく振る舞っていた彼女たちと、マイナスばかり抱えて鬱屈していたわたしとでは、比べるべくもありませんね。

自分書き込みが外見ばかりに言及した内容であることに気が付かなかったあたり、内面から目を逸らしているというご指摘は的を射ていると思います

コメントVIIワード定義・考え方について
  • 女になる、というのは果たして、綺麗に着飾って声を掛けてもらえるのを待つ状態を指すのだろうか。逆説的に、声を掛ける人だけがあなたの中では男なの?
  • 「女としてショーケースに並ぶ」ことが女になるってことだと思ってるなら、それがそもそもの不幸のような気がする。
  • 増田が何を目指してもいいけど、そういうのは女じゃなく恋愛体質とか恋愛至上主義者って言ってくれ。
  • 「異性のパートナーがいない女は『ちゃんとした女』ではない」って思い込みを捨てれば楽になるのでは。

このあたりもすごくはっとしたコメントばかりです。

女として、女になりたい、女、女……と再三嘆いているわりに、わたし自身劣等感を通じて「女性」という性を蔑み、貶していたのではないか?と感じました。

自尊心にしがみつきわたしの憧れる「女性」に対して「わたしは違う」とどこかで思っていたのと同時に、女性としての価値勝手に決めつけていた気がします。これもまた思い上がりですね。

  • すごい違和感増田の中で「女性=選ばれる立場」という認識?選ばれたいという願望で自覚的にそう思ってるならまだしも、増田だって愛する権利は勿論あるし「人として」愛されるという選択も確実にあると思うけど
  • ショーケースなんかに並んでないで、自ら狩りに出れば選びたい放題だよとマジレス
  • この人は「選ばれること」「評価されること」を強調するけれど、自分自身もまた「選ぶ立場」「評価する立場であることを忘れている。その非対称性が少し気にかかる。
  • 受け身は止めてみたらどうか。あなたが主導でも恋愛は成り立つ。
  • 既婚者なのに言葉巧みにおいしいとこだけ持ってこうとするやつなんかに選ばれようとしなくていいよ。そんなショーケースに自ら入る必要ないよ。あなたを「選んで」くれる人を、自ら選べるはず。

こうしたご指摘を受けた根底には、上記のような「女性」に対する偏った価値観があったのだと思います

日常生活の中で無意識に「選択する」ことを繰り返しているはずですが、そのあたりを自覚できていなかったのも問題なような……自己肯定すること、主体性を持つことにも繋がると思いますが、前向きに選ぶことができるようになるのも課題の一つと感じました。

前述したコメントから繋がるものですが、こうしたご指摘は、偏った価値観に縛られて手段目的になっていたのだと気づかせてくださいました。

ショーケースに並ぶことは女として取り得る手段ひとつにすぎず、それ以外の選択肢があることを理解しようとはしていなかったのかもしれません。

労っていただいてありがとうございました。

上記の通り偏った価値観から好き勝手に嘆いていましたが、「女」になることで何が欲しいのか?という問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったことに気がつき呆然とした次第です。

好みの恋人を得るために可愛い女性になりたかった、というのが当てはまるような気はしつつも、女として生まれ自分が持ちうる一番身近な「愛される形」が「女性」だったのでは、とも思いました。

長くなりすぎたのでIIに続きます

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308155456

清潔感のある男女ならキスくらい平気だけど・・

喫煙者除く)

性的対象として見られるのがいやだ

自分のお尻におちんちん入れられるのが嫌だ

アナルビーズ可)

自分情動自覚的分析』と言う観点からすると100点満点中、何点くらいですかね?

http://anond.hatelabo.jp/20170308155456

清潔感のある男女ならキスくらい平気だけど・・

喫煙者除く)

性的対象として見られるのがいやだ

自分のお尻におちんちん入れられるのが嫌だ

アナルビーズ可)

自分情動自覚的分析』と言う観点からすると100点満点中、何点くらいですかね?

http://anond.hatelabo.jp/20170308152638

スマン中卒なもんで。君の言う通り

自分情動自覚的分析』してみたんだけど。

「男にキスされると気持ち悪い」=ゲイへの嫌悪感

もっとわかりやすい例を馬鹿なおいらにも教えてください。

http://anond.hatelabo.jp/20170308150110

なんだそりゃ

自分情動自覚的分析出来ないボンクラ頭が「生理的に」とかいうんだよな

俺は自分のことばっかり理解して欲しがるゲイはムカつくけどゲイ自体には何にも感じないわ

時代時代場所場所なら黒人と隣り合って座ることなんて良識ある人間は「明白に自然嫌悪感」が湧くものだったが

今はそんなこと言う奴いないだろ

馬鹿が言う「生理的に〇〇」とか「明白な〇〇」ぐらいあてにならない無意味ものはない

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170228002241

上野千鶴子って典型的強者弱者に寄り添ったことなど一度もない出生欲の塊ババアで本人もそれに自覚的なので

なぜ今回の移民記事上野擁護出来るんだろう特に上野さんは皮肉を言ってるっていう高度に信者っぽい擁護どうして出来るんだろうなぁとむしろ疑問

上野千鶴子なんて右か左かのアプローチの違いだけで結果見るとと橋本自民党おっさんと変わらないもん(発達障害の子を持つ母親への批判レズビアンバッシングや在日批判など)

移民推進か再分配強化か」っていう二項対立おかしいし既にその点はwanでの上野さんの主張で自己矛盾してて指摘されまくってるところだし

上野の返答も(自分説明不足だったのに)誤読したあなた責任、それは批判に当たらないって感じの官僚文章でうやむやにしようって感じだった

2017-02-19

上野千鶴子さんを批判するのは分かるが落胆や失望ダメだよ

上野千鶴子さんは単に専門を女性学とする社会学者なだけであってそれ以上でもそれ以下でもないからね。

しろ彼女は「日本人」で「異性愛」で「シスジェンダー」で「定型発達」の女性以外には割と攻撃的で尊大な態度をとるお方だから

上野さんが配慮のない発言したとき今回の移住連もそうだけどアカーだったり発達障害の子を持つ親だったりが上野さんを批判して上野さんが自己批判を公開が1つのサイクルみたいなもの

まあ上野さんの問題とされる点は他にもたくさんあって結局批判されても50:50の両論併記なんだよね。

持論を批判されてもあくまで他の説もありますよという形式を取って持論にこだわる。

発達障害母親の育て方が原因だという説 と そうでない説 を両論併記

同性愛自分選択して同性愛になったのだという説 と そうでない説 を両論併記

今回の件だと 移民政治的選択 と 選択余地無く戦後日本に残った外国人がいるという現実

 

今回の件で上野千鶴子さんを経済人権の面から批判するのはいいことだと思うけど

批判して上野さんに自己批判させてそれでまた上野さんを担ぎ上げるのはやめよう。

いや実際は多方から上野はなされてるんだけど無理やり理屈付けて上野さんをかばおうとするどうしようもなく優しい人に言ってる。

彼女は専門外の領域に関しては保守だということを認識していただいて多方面からまれながらおひとりさまの老後を満喫していただくべき。

フェミニズムはお前のママじゃないという立場であれば上野さんにもう頼るべきではないし

フェミニズムは他のマイノリティママでもいられるという立場でも上野さんを頼るべきじゃない。

後者立場で言っても上野さんほどの毒親はそうそういないし本人もある意味それに自覚的であろう。

2017-02-09

推理ノート舞台「孤島の鬼」(2017版:江戸川乱歩 原作

昭和文学を、『情愛推理ミステリーとして真相を探します。

推理小説におけるロマンス描写」を、絶対真実な添え物とスルーするのではなく、本当の謎解きは情愛部分にあったのだとみなします。

随時更新

はじめに

私の持論として。一番大事なことは『自分作品スッキリ楽しめたか』という部分であり、正解のない舞台作品考察というものは『よりスッキリした心で作品を愛する』ために行うべきである、と考えている。

作者の真意とかメッセージとかは観客に都合のいい時にだけ引っ張り出せばよい駒であり、エンタメ世界に『解き明かすべき絶対の謎』なんて無いのである

「楽しんだモン勝ちや!」である

その観点で言えば、初見の私の感想は、もうグッドエンドとして十分だった。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

作品構造を分解すると唸るほどしっかり構築されていることがわかり、「ただ自分が見たままを感じ、考察などせず楽しむべき」類いの舞台ということが浮き彫りになって仕方がない。

しかし私は、好奇心と言うか…感動を共有できない淋しさと言うか…出所のわからない衝動に駆られて、本作を『ミステリー』として推理することに踏み込んでしまった。

そしてこの目的で2回目観劇したことを多いに後悔していたのだけど、今わずかばかりの希望の光が見えてきた。

犯人トリック推理する殺人ミステリーではなく、二人の人間の有り様を推理する情愛ミステリー

簑浦も諸戸も幸せになれる最適解。

ですので、自分でも自分なりのトゥルーエンドを目指しますが、時間リミットがあるため、もし同じくこの迷宮にうっかり足を踏み入れてしまった探偵さんがいらっしゃれば、ご助言を賜れると幸いです。

目指すゴールは『スッキリ楽しめて、より作品を好きになる』こと。

謎:世界構造登場人物

本作は深い意味で「原作に忠実」だと感じるのだけど、原作をそのまま演じている訳ではない。

今のところ私にとっての最大の謎は、この世界階層構造登場人物である

私に見えたキーパーツを挙げていく。

世界構造

これらの関係性・正体がまだわからない…

また、注釈の挿入タイミングを正確に記憶していないので、区別が間違っているかもしれない。

登場人物

基本的に諸戸は今回の舞台上では同一存在だと考えていますが、そう見えるだけかもしれないため分けておきます

重要証拠

随時更新

謎:観客の主観による『明言されていない内容のミスリード検証

我々は『なぜ』錯覚していた?

推理中に変動するため随時更新

人物相関

人物像まとめ

前提として、本編はすべて「諸戸」と「簑浦」で代替できる隠喩要素のみで編纂されている。(秀ちゃんの手記、丈五郎過去、など)

また、一般的に「嫌悪感」を感じるもの排除し、極限まで美しく描いている。(ビジュアルはもちろん、諸戸の性的侵略も)

本編の《みのうら》
  • 『私』と『箕浦』が演じている
  • 本編の世界を生きているので未来を知らない
わたし
  • 本編の語り手
  • 原作では「主人公(或は副主人公)」
  • 諸戸と対、ないし鏡のような同等の関係。簑浦?
  • 『私』と『箕浦』が演じている
  • 本編世界の上位存在なので、(少なくとも諸戸が亡くなるまでの)未来を知っている
  • 《みのうら》として本編に介入できる
  • 《みのうら》を操ることができる?

→諸戸から握手を握り返さない『箕浦』に諸戸は驚き『私』を見詰める。すると『箕浦』は諸戸の手を握り返した

諸戸(《わたし》の世界
諸戸
  • 簑浦を同性愛として求めて止まない
  • 自身に対して非常に強い罪悪感や劣等感を抱えており、スーパーエゴとイドのちぐはぐさに苦しみ怖れ震えている
  • 「諸戸の葛藤自意識」と、「諸戸と簑浦」について、2017舞台版では秀ちゃんの手記で語られている。(正面を向いて語っている時の内容は隠喩パーツ)

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箕浦
  • 完全なるノンケ
  • しか同性愛嫌悪していない
  • 諸戸から性愛アピールをまったく感知できない。しかし諸戸が自分に恋していることを頭では理解している。しかしわかっていない。
  • 諸戸を親友と思ってとても信頼している
  • そのため「初代を殺したのが諸戸ではないか」と疑った時、井戸の中で諸戸が性愛の拒絶に唸り雄叫びを上げたのとよく似た体で、のたうち回りながら信頼の裏切りに悶え苦しんでいる
  • 学生時代のあの夜に諸戸が泣きながら請うた「わかってさえいてくれればいい」「どうか僕から逃げないで」「僕の友情だけでも受け入れて」「僕が一人で想っている自由だけでも許してくれないか」という願いを、字面通り叶えようと作り変わった簑浦
  • 諸戸からの接触に拒絶しない
  • 諸戸と共に友情のまま逝くことを井戸の中で受け容れている
  • しかし、井戸の中で諸戸が簑浦に「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と、矛盾する願いを請うてしまったため《みのうら》から追い出される
  • 《みのうら》と《わたし》を演じる
  • 『私』とは別人
  • 『私』とは並列の存在で強弱なし。お互い干渉できる。

-

『私』
  • 同性愛嫌悪している
  • しか学生時代再現を諸戸と行っていた際、あの夜の諸戸の嘆願を哀しそうな顔で聞いている。
  • あの夜のせいで学生時代で諸戸との関係は終わったと思っていた。実際に以後彼は井戸まで《みのうら》役を降りる。
  • 諸戸が『箕浦』演じる《みのうら》と接触した時、諸戸に向けて嫉妬するような軽蔑するような視線を向ける。それは秀ちゃんに恋した『私』が「軽蔑するかい?」と問いかけ「恥はないのか!?」と返した諸戸(《わたし》の世界の方)が向けた視線と似ている。
  • 『私』が諸戸に「嫉妬している?」と尋ねてしまったがために、諸戸が抑え込んでいた愛欲が暴走する

-

随時更新

世界構造考察

随時更新

情報求む

  • 冒頭の『妻の傷』は「右側」と言われたか位置を明言してない気がするが…)
  • 石田さん演じる箕浦は、『諸戸』と呼んでいたか
  • 諸戸は2回、自分嫉妬告白している。対初代と対秀ちゃん。その告白の様子と、それを聞いている『私』と『箕浦』それぞれの様子と反応はどうだったか
  • 手記の中での秀ちゃんと吉ちゃんの服に汚れはあるか
  • 島で会った秀ちゃんと吉ちゃんの装い
  • 発狂した丈五郎について「私はあの景色が忘れられそうにない」と語っていたのは誰か?(舞台版での役者と正確な言い回しだけでも大変助かる)
  • そもそも原作内での「書き物」(本編)が、簑浦と諸戸の共著である可能性が非常に高いのだけど、その辺りの原作考察情報

→本編は経験談の体なのに、諸戸のセリフにも括弧を入れて諸戸のモノローグが挿入されている。簑浦のモノローグはほぼ《私》であるのに、諸戸のモノローグはしっかり《僕》

根拠資料

観劇2回目の備忘録http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

(着眼項目リスト理由http://anond.hatelabo.jp/20170207171941

観劇2回目で受けた印象:http://anond.hatelabo.jp/20170209051208

初見感想を書いた後のメモhttp://anond.hatelabo.jp/20170207200710

2回目後の本記事に収まらないメモ:随時更新

参考資料

2017-02-08

プレママ友達ネガティブ攻撃がつらかった

無事に保活を終えて働きだしてからしばらく経ったので書く。

高校以来の友だちとほぼ同時期に妊娠した。比較若い年で妊娠したので、わたしたちの年代で同じ境遇にいるひとはまず周りにはいなかった。お互いを、心強い味方だと思いあっていた。

からこそなのか、「プレママ友達」と化したその友人はことあるごとに、妊娠育児に対するネガティブ不安わたしに漏らすようになった。そして当時のわたしも、その後ろ向きな言葉にアテられてるようにして、不安焦燥感から逃れられなくなってしまった。

心拍確認できても、流産するときはしちゃうらしい」

「周りに妊娠報告したあと流れちゃったらどうしよう、気まずい」

保育園入れるか不安すぎて今からもうやだ」

「安定期前に職場に報告して浮かれてると思われたらどうしよう、でも、報告せずにいると業務しづらい」

無痛分娩じゃなきゃこわいけど、24時間体制の産院じゃないから、もし何か起こったら自然分娩になっちゃうのがこわい」

はじめての出産を迎える、孤独わたしたち。「不安だね」「そうだよね」は合言葉だった。そこにしかまれない奇妙な連帯感が、その恐怖たちを加速させていく気がした。

不安感をいたずらに煽る友人のことばを受けるたび、心にどす黒い雲がかかるようになっていった。そのことに自覚的になっても、唯一のプレママ友達という絆ゆえ、友人から離れることはできなかった。待望の赤ちゃんがこんなにも近くにいるのに、心が暗くなっていって、つらかった。

いま妊娠してるひとへお願いしたい。(とくに初産の)妊婦同士で、不安煽りあわないでほしい。不安をぶちまけるべき相手は、同じ不安を抱えているひとではない。その不安を乗り越えたことのあるひと、もしくは、不安いちばん近くで一緒に乗り越えてくれるひとだ。

「ま、あとから振り返ってみて思うけど、何でもどうにでもなるよ!」とカラッと笑い飛ばしてくれるような先輩のお母さんたちに、わたしは後からずいぶん救われた。

前に進もうとアクションを起こし続ける夫にもとても救われた。産院を熱心に調べてくれたり、生活サポートをしてくれたり、保育園情報を片っ端から整理してくれたり。

不安を口にすることは、ほぼ何の歩みにもならないと知った。不安自覚的になるだけで何かが進んだ気になったり、あるいは他人との強い共鳴がある種の安心感を産んだりする。でもそれは、自ら不安を招き入れている行為だろう。

「なんかよく分からないけど、なんか、どうにかなりそう!?」っていう根拠のない楽観のほうが、よほど衛生的だ。

今思えば、友人はうつに近い症状だったのかもしれない。もしくはそう考えれば、「しかたなかった」とわたしも割り切れるかもしれない。でも、実際にアテられた期間はなんだかものすごく、つらかった。無性に不安だったし、つねに心に影が指す感覚がべとっとまとわりついていて、いやだった。

と、書き綴り終わったところであらためて願う。すべての妊娠出産育児が、おだやかにゆますように!祝福されますように!「なんとかなる」で、なんとかなってゆきますように!!

だって、じぶんのこども、もうはちゃめちゃにかわいいよーーー!!こどもは、いいぞ・・・

2017-02-03

アフリカの人らが全員アメリカ並みの暮らしを求めたら地球が持たん

こう言い切れる程度には、俺は自分差別感情には自覚的なつもりだ

からできれば他人差別にもあれこれ言いたくはない

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