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はてなキーワード: 判断基準とは

2017-03-18

互助ブログのクソエントリに互助ブクマするのは駄目で、

クソ増田突っ込みブクマするのはOK

ってのはどういう判断基準なんだろう

 

すくなくともいつもブクマカが言うような単純なエントリクオリティ問題ではないよな

どっちもクソなんだから

 

他人自分

称賛―突っ込み

建前―本音

顕名匿名

グループスタンドアロン

 

どれだろ

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-03-14

はてブ確認依存症

ここ数年、はてブ確認依存症気味だ。

言っておくけど、はてブ依存症ではない。

はてブ依存症とは、色んなサイト記事にひたすらブコメ書かないといられない人。

一方、俺のははてブ確認依存症なので、サイト記事を読もうとする度に他の人のブコメ確認しないと先に進めない。


新しいサイト面白いブログ記事を見つけても、ブコメゼロもしくは1~3人程度だと糞のように感じられて、それ以上読んだりサービスを使い込む意欲が沸かない。

逆に、ブクマ数が2桁以上だと、頑張って先に進もうと頑張れる。頑張ろうという気になれる。


サービス記事としての良し悪しは、本来自分判断すべきという事はわかってはいるけど、いまや俺の判断基準の大部分がブクマ数に侵食されている。

最近はその傾向が強くなり、ググった際に現れるブクマ数がゼロサイトは一切アクセスしなくなった。俺の規準としては、ブクマ数が10以上でなければもはやサイトとして見なさないまでに至ってしまった。


我々はてなーは、米国大統領や各地で起こっている差別主義否定し、融和や共同体を主張する一方で、Web情報に対してはブクマ数で線引している。

ブクマ数というつまらない境界を作り、こっち(ブクマ数10以上)は良いWeb、あっち(10未満)は悪いWebという区別をしている現状を、おかしいと思わないのか?

知性と品格あるはてなー達よ、そろそろ目覚めよ

http://anond.hatelabo.jp/20170314135543

悪気の有る無しを判断基準にした考え方を公人

当てはめることじたい

バレなきゃ良い

に通ずる浅はかな考え方だよ。

実際有るとか無いとか全く関係ないことに気づけ。

それとなんだよ”党派”とか。お前そのものだろ?

2017-03-10

府への地方交付税交付停止せよ

地方交付税交付停止せよ。懲罰的意味で。

反省の意を府民全員が表するまで。

反省たかどうかの判断基準

お上品になり、標準語マスター

物静かに品行方正になること

2017-03-09

アニメを切れず2倍視聴するのは自分がない薄っぺら人間から

自分面白いからこれを見たいという基準がないのだ

視聴する基準ネット流行っているとか売れているとか原作が有名とか

そういう自分以外の外部にしか基準しか持たない薄っぺら人間なのだ

からアニメの視聴を切ることができず

何が流行るかわからいから大量の視聴本数を抱え

時間がないから2倍で見るしかない

2倍で見るから深い理解は出来ず

キャラクターとあらすじを知っている程度

できることといえば、ネット話題についていくことと同人でシコることだけ

下らない人間

自分判断基準を持っているのならこれは見る見ないと簡単に決めることができる

自分を持っていない薄っぺら人間なのだ

本当に哀れだ

周りを気にしながらビクビク生きていくがいい

[]グーグル検索順位強制下げ続々 不適切手法横行で

 ネット検索大手グーグルが、同社のガイドラインに反する不適切手法検索結果の表示順位を引き上げたとして、企業サイトまとめサイト順位強制的に下げるペナルティーを相次いで科していたことが分かった。ペナルティーは、多数の上場企業にも広がっている。

 朝日新聞は2月、IT・サービス金融、小売り、教育など検索を通じて顧客獲得を図る12業種の上場100社(ホールディングス傘下も含む)にアンケート実施。回答した72社のうち23社が最近5年間にグーグルからガイドライン違反の通知や警告などを受け、2012年7月~16年4月に順位を引き下げるペナルティーを科されていた。

 先月3日には、グーグル日本法人検索結果の順位を決めるアルゴリズム情報処理の手順)の変更を発表。朝日新聞取材では、この前後に、旅行生活のまとめ情報提供する人気サイトのうち10件超が順位を大きく落とすペナルティーを受けていた。

 生活に欠かせないツールとなった検索システムの中でも、グーグル世界日本で9割のシェアを握り、全世界での年間検索数は2兆回超に達する。

 検索上位を確保すれば消費者や他の企業の注目を集め、売り上げ増や顧客獲得に直結するため、サイトを上位に表示させる「検索エンジン最適化」(SEO)という技術を駆使し、時に不適切手法で上位を狙う企業間競争が激化。不正確な情報掲載批判を浴び、閉鎖に追い込まれたIT大手「DeNA(ディーエヌエー)」の医療サイトのように、利用者不在の手法も横行している。

 ペナルティーを受けた各企業は、他サイトなどの記事許可を得ずに転載コピー▽他サイトへのリンク数を水増し▽外部筆者に依頼して記事量を水増し――などの手法検索順位を上げたため、グーグルガイドライン違反判断されたとみられる。

 一方で、グーグルは「ユーザー利便性向上」を理由に、サイト内容の充実などで検索順位を上げる技術開発は認めているものの、アルゴリズムの内容を公表せず、ペナルティー存在を認めていない。ガイドライン違反判断基準も詳細を明らかにしていない。このため企業からは「ペナルティー基準や仕組みが分かりにくい」(金融会社)として、ルールの透明化を求める声も出ている。

 グーグル日本法人は、朝日新聞取材に対し「コンテンツ開発者の皆様には『ユーザーにとって有益であること』を第一に開発されることを強くお薦めします」と回答した。(中川竜児、村上英樹)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170309-00000008-asahi-bus_all

2017-03-02

http://anond.hatelabo.jp/20170302031305

判断基準が私と違います

どこに入れても同じであれば、現在自民党に入れる理由はないと思いますし、もっと短絡的に考えています

なぜなら未来を考える前に、今私にデメリットが降り掛かっているからです

ただ、あなた判断否定するつもりはありません

しかし、曖昧な国の未来のために今の自分蔑ろにする選択をしたくないという人は、そういう気持ちを行動に移してほしいです

2017-02-22

GPS捜査に令状が必要かとか愚問

こんなもん昭和時代判断基準は出ていて今更。

最高裁法廷は具体のGPS捜査違憲かどうかを確認するだけ。

2017-02-15

論理的に死後の世界検証して、どう生きるべきか決める

人はどう生きるのが幸せか。

人それぞれ様々な考え方があるだろうが、

「死後の世界」に焦点を合わせて考えてみると、思わぬ発見がある。


まず「死後の世界があるかどうか」を考える。

1.死後の世界は ない

2.死後の世界は ある

1.の「死後の世界はない」ならば、簡単だ。

自分自身が、死と同時に消え去る。

どんなに誇らしい人生を送っても、情けない日々を過ごしても、自分自身消滅してしまったら関係ない。

自分が死んだその時には、誇らしさも情けなさも、もう感じられないのだ。

感じる主体自体存在しないのだから

まりこの場合は「死ぬ間際に幸せかどうか」が最も大事だろう。

人は過去を思い出せるし、未来に思いを馳せることもできる。

だが実際に生きているのは「今」だけだ。

過去未来への感情副次的作用するだけで、今幸せかどうかは、当たり前だが「今」の状況が最も影響する。

過去に辛いことがあっても、未来不安でも、今が幸せならば人は幸せだと感じる。

ただ過去と違って、未来は不確定なので、人は必要以上に妄想を膨らませる。

その未来への心配で、今をも不幸せにしてしまうこともある。

だが死んでしまえば、未来は無いのだから、そんな心配無用だ。

まり死ぬ間際の「今」こそが最も大事ものになるだろう。

その場合死ぬ間際までは前フリと言っていい。

死ぬその瞬間に幸せならば、それまでの人生はすべて前フリでしかない。

この文章主題である「どう生きるべきか」の答えは

死ぬ瞬間に、幸せと思えるように生きる」である

ただ、いつ死ぬかは誰にも分からない。

明日、突然事故死ぬかもしれないし、ギネスレベルの120歳まで生きるかもしれない。

から長生きした場合の長期的な幸せと、明日死んでも悔いのない短期的な幸せプランを両立させる必要があるだろう。


2.の「死後の世界はある」と考えるならば、話は一挙に複雑になる。

死後の世界がどういったものかによって、答えはまったく違ってくるからだ。

古今東西の死後の世界感を見るに、まず2つに分けるならば、以下のパターンになる。

1.現世での行いが 反映される。

2.現世での行いは 反映されない。

1.の「現世での行いが反映される」というパターンは、比較的古い宗教に見られるパターンだ。

良い行いをすれば来世では幸せ保証され、悪いことをすれば来世では不幸になるという、非常に分かりやすく、伝播しやすい教えだ。

だが、このパターンの最大の問題点は、何が良い行いで、何が悪い行いなのか、判断基準が持てないことだ。

人を殺すことは、一般的に悪いこととされている。

だが戦国時代には、多くの敵を殺すことが正義とされていた。

もっと分かりやすい例で言うならば、あなたの前に1人の男がいる。

はいまだかつて無い恐ろしい病原菌に犯されていて、このままでは数億人に感染して死に至らしめる。

だが、今あなたは彼の前に立っていて、ナイフを持っている。

彼を殺せば数億人の命が助かる。

だが彼は運悪く感染しているだけで、なんの落ち度もない。

こういった場合、一体どちらが「正しい」のだろうか。

そういった曖昧さを多分に残すという意味で、1.の「現世での行いが反映される」というパターンは、考える必要がないと思われる。

たとえそのルールで死後の世界が構築されているとしても、そのルールを知りようがない以上、対策することが出来ないからだ。

まり「どう生きようが、死後の世界ルール次第」ということになり、明確な指針は持てないことになる。

2.の「現世での行いは 反映されない」も同様である

現世でどう生きようが死後の世界関係ないならば、明確な指針は持てない。


ここまで考えて見るに、最終的な結論

明日死んでも、120歳まで生きて死んでも、幸せに死んでいけるように生きなさい」

ということになる。

これはなかなか難しい生き方だ。

皆が皆、できる生き方ではない。

から誰かが死んだとき、それを悲しむことの方が多いのだろう。

死んだその人が笑顔で逝ったと思えるならば、葬式はもう少し希望を湛えたものになるはずだ。


ここから論理性はなく、ただの個人的な考えだが

明日死んでも、120歳まで生きて死んでも幸せに死んでいける」という条件は

「夢を追いかけて生きること」ではないかと思う。

たとえ夢半ばで死んだとしても、生涯を夢に向かって全力で生きた自分を誇りに思って死ねるだろう。

夢を叶えた後に死んだならば、悔い残すことな幸せに眼を瞑れるだろう。

このあたりの結論は、個人価値観によって違ってくるかもしれないが

個人は、論理的な夢追い人として生きようと思うのだ。



苦しいあまりに死を願うなら、すべてを捨てて好きなように生きるが得

死ぬるのは、いつでもできる

死んだ先のことは、死んでみなければ決して分から

吉と出るか、凶と出るか

サイコロを振る前に、今しかない生を謳歌してからでも遅くはない

2017-02-09

Re:演奏会の会場を借りるために名義を貸しただけの者も演奏主体として利用料を支払え」(東京高裁

http://anond.hatelabo.jp/20170207184136

引用部分は実際にはこうな。

ダイサンエージェンシー名称興行事業を行ってきていた被控訴オカモトが,KHMプロモーションの懇請を受けて,同社に名義を貸したことにより,同社が控訴対象演奏会を開催することが可能ないし容易になったものであるから(同社にはスタッフ対外的な信用もなく,会場の確保ができなかったことは,被控訴人らの自認するところである。),両者は,協力して,同演奏会を開催したものと解するべきであり,その結果,故意又は過失により,著作物使用料相当額の損害を控訴人に与えたのであれば,両者のそれぞれにそれを賠償する責任が生じるのは当然というべきである民法719条,709条)。

知的財産裁判例のところにあるけれど、この部分の判断基準著作権法ではなく民法。後釣り宣言の前に意味のない追記をしてたけど著作権制度関係なくなっちゃったね。

2017-02-07

毒親」という枷と、「人格否定」という呪いについての話

毒親」という言葉を知ったのは、つい最近のことだ。

私の預かり知らないところでいつの間にか話題になっていて、理解した瞬間どれだけ救われた気になったか知れない。

私が味わって来た、正体の掴めない息苦しさ、葛藤衝動、そういったものにようやく名前がつけられた気がした。

私の母親は、「否定型」の毒親だ。私の些細な言動に目をつけ、ねちねちと文句を言う。行動や失敗に対してならまだしも、そこから私の過去性格まで取り上げ、事細かく並べ立てては「あんはいっつもそう」と怒鳴り散らすような人間だった。自らの理解できないもの・知らないものは頑として認めなかった。視野が極端に狭く、主観感情しか物事判断できない。父親も、分かりやす否定こそしないものの、自分の主張を押し付けることが多かった。口癖は「自分が言っていることなのだからちゃんと聞け/言うことを聞かないならもう知らないぞ」。両親揃って、典型的毒親の特徴を物の見事に備えていた。

2人に共通しているのは、自分が大好きだということ、自分の非を認めないこと(揃って子供の都合の悪い部分は全て相手に似たと言うのだから畏れ入る)、他者思考や痛みを理解できないことだった。冷え切ったわけではないが夫婦仲はそれなりに悪く、私が幼い時の夫婦喧嘩では怒鳴り合いから殴り合いに発展し、ついには刃物が出た。激昂した母親ヒステリックな甲高い叫びを上げ、父親は声を荒げて母親を突き倒した。

おかげで、今でも女性叫び声と暴力を振るう男性が怖い。

私は物心ついた時から、怒鳴られることを何よりも恐れていた。判断基準は全て「親が怒るかどうか」であり、それ以外はどうでもよかった。勉強をしていれば親は黙っていたか勉強した。反抗すれば物凄い勢いで罵られることは分かっていたから何も言わなかった。弱みや痛みを家では見せなくなった。相談もしなかった。自分意見を言うことを早々に諦め、親の顔色ばかり伺って過ごした。

真綿で首を絞められ続けるような生活だった。はたから見れば衣食住の不自由なく暮らし学費も出してもらい、みんな仲良く恵まれ家族に見えたことだろう。思えば、外面だけは異様に気にする親だった。親が嫌いだ、なんて誰に言っても分かってもらえないと思っていた。

大学生の時に転機が訪れ、鬱になった私は友人と当時の恋人の助けでなんとか立ち直った。完治したわけではないが。親は私を救わなかった。救ってくれたのは友人と恋人だった。そのことが、私の歪んだ認知を大きく変えた。

私は親から逃げようと決心した。

そして、就職を機に家を出た。職場関係上、実家のすぐ近くに居を構えることになったが、同じ家で暮らすよりは遥かに心が穏やかだ。時々の行動報告の電話と、実家への予告なしの拉致と、電話無視すると浴びせられる非難を除けば。ゆくゆくは、結婚などを通じて距離を離していこうと思っている。

親は必ずしも好きになる必要はないし、一緒にいなくてもいい。そんな簡単なことすら分からなくなるほど、毒親のかける呪いは深く濃い。

それでも、枷は外せる。

ゆっくり呪いを薄めていくこともできる。

毒親」という言葉の周辺を垣間見て、そんな気持ちになった。

2017-02-05

なんで勉強しないといけないの?ってさ

してる奴にあらゆる場面で負けてしまうから、でいいんじゃないの?

勉強できないとやりたい仕事につけない。入学or入社競争で負ける。それどころかスタートラインすら立てない仕事もある。

詐欺簡単に引っかかる。騙そうとする奴らに簡単に負かされてしまう。

そもそも人生競争は避けられないと知っていれば、おのずと勉強必要性理解できるんじゃないか

ただし子供がおそらく知らないだろうが、学校での勉強は世の中のあらゆる勉強のごく一部のジャンルであるということ。

そういう勝ち負けを繰り返していくと、実は自分に負けないことが重要と気づく。

努力を続けられるかどうかとか、自分にはこれで生きていく、もしくはこれしかないと思う時がくる。

ここまできたら判断基準他人に委ねる必要がなくなって、初めて勝った負けたの世界から解放されて自由になる。

親離れの時までにここまで到達できるかどうかが問題

子育てって大変だね。

2017-02-02

男にも生理周期があったらな

女性には1ヶ月の中で妊娠やすい日、しにくい日(所謂危険日、安全日というやつ)が存在するが

男性の体にもそういう変化があったら、

まり、1ヶ月の中で精液に含まれ精子の量が増減するといいのになと思う。



これから提案するのは、そんな願望を実現させた、妊娠確率を0に近づけるためのシステムである



お付き合いすることになったら、薬で二人の周期を合わせる。

そして、女性側の安全日と男性側の安全日(精液中の精子が限りなく少なくなる日)が重なる日に性交すれば安心だ。

(従来の避妊具は、言うまでも泣く必須

これは、妊娠を望んでいる場合にも有効だ。

女性側の危険日と男性側の危険日(精液中に精子が最大限に含まれている日)に性交すれば妊娠に至りやすいだろう。



女性生理と体温で安全日、危険日の予測ができるが、男性側は何を判断基準にしたらいいだろうか。

もちろん、毎日自慰していれば濃度で多少は判断できるかもしれないが、

中には自慰しない人も稀にいるようだし、逆に一日に何度も自慰をしている人もいるので、

これらのことを考慮すると、この方法は適切とは言いがたい。



かい方法はないだろうか。

少し前にtwitterで物議を醸した、生理のように精液が一定期間出続けるというのはちょっと可哀想だ。臭そうだし。

しばらく頭をひねった結果、私は「乳首の色の周期的な変化」によって判断するのが最適だという結論に達した。

なぜ乳首かというと、普段は服の下に隠れているし、体の前面にあり、かつ目が届く範囲位置しているからだ。

前述した薬を飲むと、危険日には乳首の色が通常時とは明らかに違う色に変化するのだ。

できれば、この色は選択できて、ブルービビットピンクイエローなど好きな色に変化できると楽しい

女性には、生理周期を知る「ルナルナ」というアプリが用意されているが(おそらく由来は、月経→月→Luna→ルナルナ)

男性にも、こういうアプリがあったら便利だなと思う。

アプリ名前は、そうだな…、「マロマロ」などはいかがだろうか?

(ただし、栗=マロンではないが、日本ではこれが定着しているので)



私は性交の際、ピルを飲み避妊具をつけてもらっているが、それでもいつも不安だ。

性交は好きだが、今妊娠したらと思うと怖くて仕方がない。一番確実なのは性交しないことだが、恋人がいれば性交したい。

悩んでいたら、上記のようなアイデアが浮かんだのだった。



と、ここまで書いたところで、

こんな風に性交システマティック管理されるようになったら、何か全然エロくなくて駄目だなと思った。

男性には子作りのための性交苦痛だそうだが、何となくその気持ちがわかったような気がした。

2017-01-29

ごめんなさい

http://anond.hatelabo.jp/20170129203933

合コンではみごにされた女性の心の叫び


正直に言います

ごめんなさい、僕も以前の合コンほとんど同じような事をやってしまいました。


29歳の女性20歳になったばかりの女性を目の前にして、29歳には目もくれず20歳にばかり話しかけてしまいました。

あの時の29歳が上の記事増田と重なってしまい、思わず謝罪をしてしまいました。

しかし、ひとつ言わせていただきたいことがある。

僕に限った話で言えば、年齢だけを判断基準にして喋りかける女性を選んだのではない。

上京したての20歳なのに既に働いている」「華奢な身体なのに仕事肉体労働」などなど、純粋に興味を惹かれる子だったというのが大きい。

増田の言う「29歳のババアからさない、スルーしよう」というのではない。

まり何が言いたいのかといえば、29歳なら29歳なりに、高齢なら高齢なりに身の程をわきまえつつ興味を惹くような魅せ方をすればいいのでは、ということ。

上の増田記事自分は完全な被害者とでも言わんばかりの内容である




そういうことじゃなくない?と思う。



年齢なりのハンデは確かにあるだろう。肌の張りとか目元の皺とか。挙げだしたら確かにきりがないだろう。

しかしだ。

そういうハードの部分じゃなく、もっと内面ソフトな部分の強みを活かして魅せ方を変えていけば、十分に戦えるのではないかと思う。

人生経験の差をトークに乗せて男を惹きつければいい。年相応に強みを活かして戦えばいい。

秋葉原で飲んだくれている暇があったら、もっと自分内面を磨けばいい。

エステヨガじゃない、もっと内面の、性格や考え方の部分を。

誰か一人でもいいか尊敬できる人を見つけて、真似をすることから始めればいい。


と、くそ生意気な事を言いながら僕はまた次の合コン計画をば

2017-01-28

キングコング西野氏の件からフリーミアム時代商法について考える

 キングコング西野氏の絵本が一部の界隈で物議を醸しています

 「曰く、価格を引き下げたら創作者は食べていけない。」

 「曰く、クラウドファウンディング悪用である。」

 この件につきましてちょっと思うところを書いておきたいと思います



 本件と違和感といたしまして、そもそも西野氏の絵本を書いた人はきちんと報酬を受け取っているという事実があるのです。

 そもそもクラウドファウンディングはなんのためにあるかを考えてみましょう。それは初期の持ち出しを先にいただくことで、創作者の財政破たんを防ぐ目的があるのですね。

 つまり創作者はまずは関係者に支払わないといけないんです。

 たとえば同人誌を作った時に印刷代は自分で出しますよね。印刷代って決して安くないですよね。

 当たり前だと思うかもしれませんが、それが負担だと思う人のためにクラウドファウンディングがあるのです。

 この場合印刷屋さんが作家としてください。お金を支払って、同人誌という商品を納品した段階で絵の所有権西野氏に移っている筈でですよね、

 それを幾らで頒布するかは作家さんにゆだねられるはずですよね。印刷屋が自分価値が下がるから幾らで頒布しろよとはいいませんよね。

 ましてや外野がそれをとやかく言うことはできないわけですね。



 この案件は二つのレイヤーにわかれているのだけど、批判している人は混同甚だしいので僭越ながらマーケティング立場から意見を述べると。

 ひとつ営業活動報酬問題、もう一つはフリーミアム時代商売の在り方の二点となる。

 前者は主に批判をしている人たちが話題にしている内容。フリーミアムにしたら自分たちお金が降りてこないから許せないというものなのですが

 この件については別分野で事例が存在しまして。


 http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/knp/column/20150123/689831/

 「図面作成営業活動」と設計料の請求を認めず 日軽アーキテクチャ

 

 図面作成デザインワークとして考えた場合、それが締結されなかったらお金が発生するのかという裁判なのですが。

 この件、裁判結果は営業活動における図面作成費用請求できないとある。これは当然の結果で、これがまかり通るとデザイン押し付けて金をせびる商法ができてしまう。

 それで納得いかない場合は次の弁護士事務所


 https://a-dreamlaw.com/business/building/blog/protect-unpaid-reward.html 

 建築設計報酬の不払いを防ぐ3つの方法 弁護士法人淡路島ドリーム


 にある 「1 建築設計契約である以上、契約書は必用です」を適用するしかない。

 ここで知ってほしいのはこの問題デザイン業界固有の問題ではないということ。ほかの業界でこのような判例がでていることを理解してほしいことです。



 もう一つのレイヤータイトルにもありますフリーミアム問題としてなのですが

 人は消費行動に出る際の判断基準として「安心」が大きな要素になるってことをもうちょっと理解してほしいということなんです。

 絵本は決して安くないです。1000円オーバーは当たり前で、これを子供がおいそれと買えるとは思えない。

 大人さらにそう。お昼二食分ではって思うわけですよ。

 そうなると内容がわからないものにおいそれとお金は出せないのです。

 

  内容がわかっているか安心して買えるって仮説につきましては

 https://togetter.com/li/1055708

 「Webで全編公開されてる漫画」を買う人は意外と多いが「中身が分からいから買って確かめる」という人は凄く少ないという話


 に仮説がありましてちょっと興味があったのですが

 内容が伴っていれば実はこれも商売になりうるのではと西野氏の動きを見てそう思ったのです。

 これができる人はある程度財力がある人に限られるし、やったことでこうした批判が集まるから創作者側も強度が必要だったわけですが

 西野氏がこれを行ったことで、ある程度仮説に結論が付きそうです。

 つまるところ、電子と紙書籍は別腹であり、電子無料で読まれることにより、この本にお金を出してもよいという安心感につながったのではと考えています

 この件についてはもう少しサンプリング数を増やしたいところですが、ほぼ間違っていないのではと考えています



 私どもといたしましては批判を行っている方につきましてはこの営業活動問題フリーミアム問題混同しないようにしつつも、自分の身を守る方法をもうちょっと考えていただきたい。

 無理筋批判よりももう少し物事を考えていただきたい。

 そもそも絵だけで商売を行うのではなく、絵を自分付加価値として別業種で利用するとかも考えてほしいという切なる思いでございます

 長々とご清覧いただきありがとうございました。

2017-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20170124101432

いやだから抽象的にでもどんな事実があるのかと。根拠云々以前に判断基準ってものがあるでしょ。

いやだから抽象的な判断事実はないだろアホか。世間一般基準で見て抽象的にマイナスだということを述べた上でその要因を考察してるわけでしょ。

30代・40代マイナス評価20代以下と50代以上をプラス評価しているとするならば、その評価点は何なのか。

「Aがマイナスだ」という命題を述べると「A以外はプラス」だという命題帰結できるとかちょっとオツムが足りてない人だと確信されてしまうからやめておこうな。

自営業比較的早くに影響があったけど、バブル崩壊当時ってそんなに大事になると思われてなかったんだよ。あくま一時的不況で、まあ3-4年で日本経済ももう一度波がくるだろうと楽観視されてたので、サラリーマン給与についてはしばらくの間手を付けられていなかった。そこから日本の歴史を知っている感覚過去を振りかえると、バブル崩壊の瞬間に何もかも変わったように思えるかもしれないけど、俺の記憶ではかなりの間、楽観視して、ぼやぼやして何も手を打たずに数年放置されてたの。少なくとも、バブル崩壊が直接的に生活に影響を与えるまでにはタイムラグがあった。投資レベルではバブル崩壊からマイナス局面に入っているけど、生活レベルとしては消費者物価指数デフレになった1998年くらいからが、自分感覚としてもバブル崩壊のヤバさが生活に出てきてた感じ。

98年デフレ指標悪化消費税ますます悪化させたというだけでしょ

そもそも株価暴落自体は89年をピークに90年にかけて一気に起こってる

株価は景気の先行指標半年から一年をメドにやってくると考えれば91年と捉えるのは妥当だよ

大卒求人数は91年から削られてるし

http://anond.hatelabo.jp/20170124094737

いやだから抽象的にでもどんな事実があるのかと。

根拠云々以前に判断基準ってものがあるでしょ。

30代・40代マイナス評価20代以下と50代以上をプラス評価しているとするならば、その評価点は何なのか。

それと世代区切りが謎。26年前バブル崩壊だとして、成人まで影響を受けると加味して、6~20歳→32~46歳だぞ。

自営業比較的早くに影響があったけど、バブル崩壊当時ってそんなに大事になると思われてなかったんだよ。

あくま一時的不況で、まあ3-4年で日本経済ももう一度波がくるだろうと楽観視されてたので、サラリーマン給与についてはしばらくの間手を付けられていなかった。

そこから日本の歴史を知っている感覚過去を振りかえると、バブル崩壊の瞬間に何もかも変わったように思えるかもしれないけど、俺の記憶ではかなりの間、楽観視して、ぼやぼやして何も手を打たずに数年放置されてたの。少なくとも、バブル崩壊が直接的に生活に影響を与えるまでにはタイムラグがあった。

投資レベルではバブル崩壊からマイナス局面に入っているけど、生活レベルとしては消費者物価指数デフレになった1998年くらいからが、自分感覚としてもバブル崩壊のヤバさが生活に出てきてた感じ。

2017-01-21

俺氏 川上未映子という奴が心底嫌い [多分]

【第1回】わたしは「ソバアレルギー。食べたら死ぬかも。言葉もっと大切に!

 

この記事川上未映子 「主人」という言葉が心底嫌い [PR] | 川上未映子のびんづめ日記2 | 日経DUALについての話なんだけど、

初めて名前を知ったけど俺こいつ嫌いだ。

言葉を大切にとか言ってるくせにアレルギーを食い物嫌いの類語程度に扱いやがった!

 

アレルギー好き嫌いとは無関係に原因物質免疫が過剰に反応して各種の炎症反応を誘発し、

軽ければ花粉症的症状やかゆみや腫れを引き起こす程度だが、酷ければショック症状で死に至ることがある。

なのに世間にはアレルギー好き嫌い程度に考えてる人がまだいるじゃないか

芥川賞作家かい権威背負ってる人でもそういう言葉の使い方するんだから困ったものだ。

はてなブックマーカーもそういうところ指摘してほしい。

 

 

あとは些細なことなだけど…

次の一文から無知の知から来る謙虚さがないなーと思いました。事情も考え方も人それぞれ。まずは話し合ってみなよ。

たとえば自分の妻のことを嬉しそうに「嫁」と言った瞬間、わたしのなかでその男作家の知性は最低ランクさらに枠外に落ちて、金輪際、まともに話を聞く気も失せる

知的権威がこういう勝手判断基準で格付けやら断罪をするんだからたまったもんじゃいね

そりゃこういうのに嫌気がさしてネトウヨがのさばったりトランプが勝つわけだよ。

配慮の足りない人だけど若いなら仕方ないなーと思ってプロフィールみたら40歳やないか…。

 

他にも次の一文からこの人やばいなーと思いました。

「ある言葉」を耳にすると眉間に皺が寄り、体じゅうにかっと血がめぐり、のち死んだ魚の目になって脱力する、という具合になってきて、どうしたものかと今日もフレシネを飲みながら考えた。

文学的な過剰表現と言うやつかもしれんけど、これブコメによく書かれてるあれだろ?

プリントアウトしてお医者さんに持ってけってやつ。

 

そういえば引用元記事はフレシネかいワイン広告なんだよね。

そのシチュエーションだと凄く酒が不味くなると思うんですけど…。

こんな広告を許しちゃうサントリーの懐の大きさ(?)に乾杯

精神不安定な人がヤケ酒に走ってからアルコール依存とか想像した自分が考えすぎなだけだ。多分。

 

なんか書いたらすっきりした。ゴメン訂正する。

心底嫌いというほどじゃないや。多分一週間もしたら忘れる。

よしもとばななの域には達していないと思う。

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119205235

自分判断基準信じろ

前提として、互助会ブログはつまら

なぜなら相互しないと人が集まらいからだ

そして多くの人に向けて書かれたブログはつまら

なぜならターゲットが多ければ多いほどフォーカスしきれなくなるから

自分判断基準が磐石なら、選定を経てそういう小細工ブログ絶対に弾くようになる

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170109062650

フェミニストに限った話じゃないけどSJWとかこの手の正義の名のもとに敵を断罪する人たちが「とにかく自分判断基準から一歩も歩み寄ることなく、人の話に耳を貸さない」のは実践改善という観点が抜け落ちてるからと思われる。

悪魔認定した相手を「この○○め!」と断罪するところで話が終わるならば自分の思ったままの言動をしてもなんの支障もない。

けど、実践改善という観点があれば、この世から消すことができない以上、どうしても対話や説得をしたりともに改善を行うパートナーとして扱わなればいけない。だから多少は耳を貸したり、相手立場を考えなければいけない。フェミニストの中でも攻撃的な人たちの主張を聞けば、誰だってこれを見聞きした大抵の男性はぎょっとすることは予測できるはずだけど、彼女らは男性の説得や彼らとの協調なんか頭にないか受け手の反応に無神経でいられる。

つまるところ現実世界改善なんて正味のところどうでもいい、ただ人を叩いてスカッとしたいだけだから正義の名のもとに敵を悪魔認定して断罪できるのさ。

2017-01-09

なんでフェミニズム気持ちいかっていうと

なんでも男と家制度と家父長制のせいにするからである



フェミニスト文章は退屈だ。最初から頭の中で敵が定まっていて、芸能人不倫がバレても、

天皇が辞めたいと言っても、必ず決まって最後には男や男社会攻撃しないと気が済まないかである

反差別を盾にしているからなかなか表立って指摘できないが、普通に考えたら、こういう傾向は危険だ。

はっきり言うと、おっ糖質か? と身構えてしまう。

というのも、彼らもまた、何があろうと己の芸風を貫くからである



陰謀論に染まった人というのは、人が死んでも飛行機が落ちても地震が起きても、毎回謎の理屈でもって、

「つまりこの件はアメリカユダヤフリーメーソンだかイルミナティだかが悪い!」ということにしてしまう。

極まった人だと、その辺で人が歩いているだけで、謎の組織集団ストーカーをしていることになるらしい。

彼らに共通するのは、とにかく自分判断基準から一歩も歩み寄ることなく、人の話に耳を貸さない点だ。

言語能力があれば文章じみたものは書けるが、だいたい途中のどこかがブラックボックスになっていて、

そこを通るといつもの面々が登場する。

からあの手の文章からは、病的なものを感じずにはいられないのだ。

2016-12-28

三浦九段に思うこと

文春の報道を見る限り、三浦九段スマホ不正使用していたということの根拠は、「対局している棋士しかからない感覚・勘」というものだったと思う。

当たり前だが、そういう感覚・勘は第三者検証に馴染まない。



これを踏まえて第三者委員会の顔ぶれを見ると、弁護士検察官から構成されている。法曹判断基準は「立証責任を負う者が証明度を超える証明をしたかどうか」だ。

まり処分する側の将棋連盟が、三浦九段不正証拠をあげて、三浦九段不正をしていることの高度の蓋然性を立証できるかどうか。こういう戦いになってしまった。



そうなると結局、第三者委員会の手に裁定が委ねられた時点で三浦九段勝利は決まっていた。一応三浦九段批判する棋士にも聴取をしたらしいが、そういう「感覚・勘」が証拠になるはずがない。

結局、将棋連盟処分をするのに拙速すぎたし、処分後でも第三者委員会引退棋士ねじ込むなどの戦術を怠ってしまった。

いろんな意味で、お粗末な結果だった。

2016-12-20

そりゃあそうだよ

勉強頑張っても仕事頑張ってもブスなら評価されないって当たり前じゃん

結婚したら黙って辞めるかもしれないし、それを表立って批判もできないからだろ

まあ顔も大概あてにはならないが、それ以外にマシな判断基準もないから顔でしかジャッジされないんだよ



だいたい、お前らだって不細工の男が結婚したいなら金出せって言うじゃん普通に

金を出す気もないのに文句垂れてたら頭おかしいだろ

それと一緒だ

2016-12-16

問題を抱えた作品ファンであるということ

最近プレイしていたゲームや見ていたアニメ著作権からん炎上するということが実感として多いように思う。

純粋作品応援していた一ファンとして、もやもやした気持ちを抱えかねたので少し吐き出したい。




※私が書く話の断片から作品特定することは容易(どれもこれもいろいろな意味で有名な作品ばかりだ)だと思うが、

私自身に作品やそのファンを貶めるような意図がないことだけは注釈しておきたい。




私が初めて炎上というもの意識したのはとあるソーシャルゲームだった。

Twitterなどで流行りなんとなく始め、それなりに楽しくプレイしていたソーシャルゲームでトレパク疑惑が浮上した。

知らなかったで看過される問題ではないと思い、疑惑をまとめたサイト確認したりTwitter上で『愚痴垢』と呼ばれているものにも一通り目を通した。

好きな作品だったため複雑だったが、どう考えても疑惑否定することは不可能だと思った。

結局、しばらくして運営謝罪問題の絵柄の差し替えなどを行った。



次はゲームアプリだった。

元々かなり怪しそうな作品だと言われていたことはインストールしてから知った。

キャラクター容姿や設定がとある作品のものと似通っていたのだ。

設定を真似られた可能性のある作品に対して、私個人はあまり興味がなく、

キャラクター属性としてはありがちなものばかりであるということもあって、私だけでプレイしていては気づかなかったと思う。

疑惑疑惑のままだが、今度はトレパク疑惑が浮上した。

前回のソーシャルゲームと同様に自分なりに調べてみたが、やはり運営に弁解の余地はないように感じた。

そして、その運営も後ほど謝罪を行っていた。

(にもかかわらず相変わらずのことを繰り返しているようで、謝罪すればいいという問題ではないという当たり前のことを運営にはきちんと理解していただきたい)



この時点でいい加減ソーシャルゲームアプリゲームというものに不信感が募っていた。

無料でもプレイできるゲームであるということはやはり運営にそれなりに負担をかけるものなのだとも思うが、倫理観を失うことだけは何があってもしてはいけないことではないだろうか。最低限のルール以前の問題だ。

そもそも最初から負担ありきできちんと利益を出せる、顧客を裏切らない作品作りをして欲しい。

できないのであればその作品はまだ世に出すべきものではないのではなかろうか。

また、運営対応にも疑問が多かった。

散々騒ぎになってからも反応は遅く、やっと対応したと思えばそれでいいのかという内容の謝罪文

こんな運営に乗せられた私も馬鹿なのだろう。


アニメなら大丈夫かと思えばここにきて再びのトレパク疑惑だ。

一応未だ疑惑の段階であるが、個人的には許可を取っていなかった可能性は高いと思う。




もういい加減にしてほしい。

一番つらいのはキャラクター作品を好きだという感情が踏みにじられることだ。

運営制作元にいくら不信感が募ろうと、私は好きだったキャラクターを一瞬で嫌いになることができる人間ではなかった。

これは個人倫理観問題だと思う。

そう考えると私には倫理観が欠如しているのかもしれないが、しかしやはりどう頑張っても、複雑な感情を抱くようにはなっても、嫌いにだけはなれなかった。

問題を起こしても押し通せる人間たちだとは思われたくないのに、結局はそうなってしま自分立場が腹立たしかった。


前述した『愚痴垢』は元作品ファンほとんどで、そんな人たちの「いくらキャラクターが好きだったとしてもこんな真っ黒な作品ではとてもじゃないが生理的に受け付けない(意訳)」といったつぶやきを読むたび罪悪感にかられた。

好き嫌いではなく善悪理性的判断をしていて、私情まみれの私とはまったく違うと尊敬の念すら覚える。

また、Twitter上でとにかく作品擁護ときには見当違いな方向で)する、『信者』と呼ばれそうな人たちにも飽き飽きしていた。

何でもかんでも受け入れるのが良きファンではない。

そんな『信者』達と未練たらしい私の立場ははたから見ていれば変わらないのかもしれないと感じる度に作品自体に近づきたくなくなった。

あの作品を好きだった人間には近づきたくないという言葉を見る度に悲しくなった。

私は無知で、まずい作品判断する直感のようなものが欠けているのかもしれないが、だからと言って少なくとも間違った人間を無条件に擁護するような人種ではないのだということだけは言いたかった。

私があの作品を好きで、楽しんでいた時はいつの間にか私の黒歴史になり、他人判断基準になっている。

なんだか遣る瀬無い。



散々書きなぐったが、結局伝えたいことは


法を犯した作品だと炎上しなくて済む作品を作ってほしい


ということだ。

そして、万が一やらかししまった場合は速やかに謝罪しきちんとした対応を取ってほしい。

謝っただけでなあなあで済ませるのはしこりが残りすぎて最早許す気にはなれない。

こんな当たり前のことを願わなくてはいけないなんてなんて馬鹿らしいことだろうか。

また、


何でもかんでも擁護することは愚かなファンの行動であり、問題直視しないような人間でいてはいけない


愚かなファンが愚かな運営を生む、完全な悪循環だ。

鶏が先か、卵が先かなんてどちらでもいいが、根絶やしにしたいのならどちらかがなくなるしかない。

そして、運営制作元に嫌悪感を抱きながらもキャラクターへの愛を捨てられないどうしようもなく愚かな人間がいることも知ってくれたら有難い。




思いつくままに書いてしまったせいで支離滅裂な長文になってしまいました。

もしここまで目を通してくれた人がいたら本当にありがとうございます。そして申し訳ありませんでした。

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