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はてなキーワード: 耳鳴りとは

2015-10-29

私の上司は優秀だ。コミュニケーション能力が高い。感情的にならず、冷静に落ち着いて論理的に話す。相手が幹部クラスの人であっても部下であっても、そこは変わらない。業務遂行能力も高い。常に全体を見ていて自分担当外であっても何か問題があれば自ら解決に向けて動く。この先どうなるか、リスクを予見する能力も高い。もし居なければこの事業はあっさり潰れてしまうだろう。もっと給料のいい会社転職したらいいのにと思うことがしばしばある。

ただ、、その、、優秀すぎるのだ。

私が業務の相談に行っても、何か気に障るようなことがあると、表情が消え、冷たい目になる。表向きはきちんと聞いてやろうという言葉を発するが、表情と一致しないので怖い。私の能力が低いのだからしかたないが、できるだけ行きたくない時間を割いてもらうのは申し訳ない。

提案書や仕様書といったドキュメント10回、20回とレビューを繰り返していくうちに心が折れる。リバイスを繰り返し、フィックスする頃には、もはや別物。言われるがまま。思考停止お客様にお見せするものだ。念入りなレビュー必要だ。当初の締切は過ぎている。その先のプロセスにかけられる時間は少ない。圧倒的な残業で巻き返す。そしてバーンアウトする。

私だけなのかもしれない。思い切って同僚に聞いてみたところ、同じことを感じているようだった。

人が入れ替わることも、新しい人が入ってくることも、自分が異動することもない。唯一人の上司の元に付き、日々業務をこなす。このまま無理して続けたとして、役職権限を与えられたとしても、上司のように優秀でないのだから、今の事業を潰すきっかけを作ると思っている。

最近は気分が晴れないし、ストレスのせいか耳鳴りもひどくなってきた。自宅で業務に関係する勉強をしたり、趣味も楽しんだりもしていたが、そんな余裕もなくなった。今の会社、辞め時なのかもしれない。

2015-06-29

耳が悪くて困る

私は生まれつき耳の聞き取りが良くない

病名がつくほどじゃないようなので、医学的には健常者と同じということになる

それでも耳が多少悪いのは事実で、妹もそうだし母親もそうなので遺伝的なものだと思う

聴力検査では必ず要再検査という結果が出る

まあ前述の通り病院に行っても難聴「気味」ぐらいにしか言われないんだけどね

それに24時間耳鳴りがしている

音は聞こえるんだけど、それを分析する力が人よりも劣ってるって感じかな

聞き間違えがものすごく多い

まれつきそうなもんだから、よく聞こえなかったとしても、それを自分で補完して解釈しようとする力はたぶん普通の人よりもある

タバコを取って」が「うさぎを取って」に聞こえたことがあるんだけど、どう考えてもおかしいので、文脈から補完すれば目の前にあった「タバコ」だったことが判るというような感じ

こんな調子で、いちいち聞き返していると普通の会話が成り立たなくなるから、そこはできるだけなんとかしている

という話を、なんとなく上司にしたら、気合が足りないとかやる気がないから聞こえないんだと言われた

今までそんな風に言われたことがなかったので驚いた

コンプレックスと言うわけではないので傷つきはしないが、気合があれば聞こえない耳も聞こえると思うような人種が本当にいるんだなあと思って逆に感心してしまった

おそらく「音は聞こえている」のに「詳細は聞き取りにくい」というのが理解できないんだろうね

視力が悪いのと大して変わらない症状だと思うんだけど、そこまで理解できないものだろうか

近視の人だって「見えてはいる」けど「細かく見えない」んだから、同じだと思うんだけどなあ

自体は聞こえるので補聴器で解決するもんでもないから困るね

上司は私と同じでまだ30代だから、身体が衰えて行くこととか、能力個体差とかがまだ判らないのかなと思った

2015-05-29

死にたいのに死なせてもらえない


175センチ35キロになった

体がきつい

呼吸が苦しい

手がしびれる

足が上がらない

トイレに座るとそこからしばらく立てない

首が座らない

さっきやったことを忘れる

昔の思い出も忘れる

テレビは全てスクランブル放送しかみえない

耳鳴りがする

思い切り声を出してるつもりなのに何の音も出ない

突如眠りにつき、起きると朝か昼か夜かわからない

骨と骨があたり痛みで寝ていられない

足が象のようにむくむ

このむくみがなければほんとは何キロなのか

なにか好きなことしてみればと言われても

そんな余裕ない

こんな辛い生活をあと何年続けるのかと思うと死にたい

明日パッっと楽になる方法がほしい

お願いします 死なせてくださいといっても

死ぬ方法はないと言われる

じゃあ楽にしてくださいというと

食べるしかないと言われる

食べることは死ぬことと同じこと

食べることより辛いことはない

食べるくらいなら死にたい

食べることで楽な状態になるまでの過程が果てしなく長すぎてきつい

死にたいわけじゃないけど

それ以外に楽になる方法が思いつかない

死にたくなくなるようなことが思いつかない

このまま死ぬまで辛いまま

ああ あと何日こんな辛い思いを

2015-05-22

ちょっとの間寝込んでた

といっても重病なわけではないのだが、いわゆるメニエールというものらしい。

夜に突然左耳に風切音のような耳鳴りが始まり、翌朝になっても治らないので病院に行ってみたら検査の結果そのように診断された。

原因は疲れ、ストレス、季節性のもの

耳鳴りによって低音の聴力が半分ほど失われ、三半規管の不調によって奪われた平衡感覚によってめまいとは行かないまでも地に足のつく実感を無くしていた。

ひどい人になると立ち上がれないほどのめまいに襲われるらしいが、それに比べれば症状は軽い方なのだろう。

振り返るとここ2ヶ月位まともに家にも帰れず、家に帰っても育児に追われる毎日ゆっくり休んだという記憶はなかった。

これが20代の頃なら何とかなったのかもしれないが、いまや40を数える肉体には少々過酷だったようだ。

そんな中、身の回りにメニエール経験していた人が多かったためか思った以上にまわりの反応が優しかった。

何故かこの時、多少症状を大げさに話ながらもなんとなくその優しさに甘えたい気持ちになってしまった。

いつもなら「大したことないです。」と答えてしまうのを今日はやめ、「そうなんです。はじめてのことだから不安で。」と、相手の心配を受け入れてみることにしてみたのだ。

こうして人に甘えてみたのはどれくらいぶりだろうか。

会社ではそれなりのポジションにはなった。それでいて多忙だったのは今回が特殊案件だったということと、なんとなくどこまで無理できるのかを確かめたいというのもあった。

家庭に帰れば2児の親であり、甘えさせることはできても甘えることは難しい。家で子どもたちにだらけた姿を見せられるでもなく、なんとなく気持ちが落ち着かない日々を過ごしていた。

会社にも大げさに病状を話し思い切って2日間も会社を休むことにした。

なにせパートナーがメニエール経験者ということもあり、家でゆっくりすることをすんなりと許してくれたのだ。

気分転換を兼ねて幼稚園の送り迎えには参加しつつ、出来る限り家では横になっていた。

それでも文句を言われることなく、むしろ気を使ってくれることへのちょっとした罪悪感を楽しんでいた。

発症から2日目。耳鳴りもずいぶんと和らいだのだが、症状はまだ相変わらずだと説明した。

なんとなく甘えさせてくれるかどうかを試してみた気持ちになったのだ。

そんなわたしの気持ちを推し量ったのか、蒲団に横になり続けることは優しい言葉とともにあっけなく許可されたのだった。

それどころか晩のご飯には精のつくような料理までしっかりと用意してくれていた。

その頃、少しずつ罪悪感と甘えたい欲求のバランスが崩れ始めてきたのだ。

わたしはいつも何と戦っていたのだろう。

つらいことをつらいと言えず、だれに何のために強がっていたのだろう。

そんな疑問がふと浮かんできたのだ。

この年になっても自分が泣くきっかけというものがよくわからない。

ただ、この時は幾重にも蓋をしていた感情が溢れかえるようにして目からこぼれ落ちていくのがわかった。

その中にはとてつもない情けなさもあった。

まわりを見回せばもっと重い病気に苦しむ人もいる。

もっと辛い思いを抱えたまま毎日を過ごしている人だっていくらでもいるのだ。

それがこんなことぐらいで何をいちいち感情を乱しているのだ。

発症から今日で4日目。

診察を受けたところ症状はなくなったとの説明を受けた。

ステロイドを処方しているので、それが切れてから再発しなければ治ったと思っていいらしい。

それからバランスを整えるための薬が2週間分処方された。

医者から薬局からも必ず飲み切るようにとの念を押されたことから考えるに、状況によっては重い症状になり得る病気なのだということを物語っているようにも思えた。

多分、これくらいで済んだのなら運が良かったのだろう。

人は思ったよりも優しいのかもしれない。

多少人に煙たがられても、もう少しだけ肩の力を抜いて生きていこうと思った。

2015-05-08

10年間悩まされてきた耳鳴りがどっかいった

数年間悩まされてきた顎関節症がどっかいった

http://anond.hatelabo.jp/20150508123350

を読んで、そういえば俺も10年近く悩まされた耳鳴りがどっかいったことがあったなと思い出したので残しておく。

7,8年前、半年ほど診療内科に通っていた。引越しのため半年でやめてしまって、欝に対しては効果を出せるほどの時間を取れなかったんだけど、

最後の方のある日の深夜、郊外で車を停め、しんとした状態のときに気づいた「あれ、耳鳴りが止まってる」。

俺の耳鳴りは高音のピーという音で「気にしなければ気にならないけど、気にすると気になる」程度ではあったが、なんせ10年近く鳴っていてそれが普通になっていたので、

「音の無い静寂」がもう一度やってきたのはものすごいことだった。

医師にも報告したけど特に何も言われなかったので関係ないのかねと忘れてたんだけど、これを書くにあたって検索してみたら「鬱」と「耳鳴り」は関係性が強いみたい。鬱が耳鳴り引き起こしたり、耳鳴りが鬱を引き起こしたり。

から鬱の治療耳鳴りを治すことは思ってたほどは目新しいことじゃないっぽい。

【耳鳴に対する SSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の治療効果に関する検討

https://www.jstage.jst.go.jp/article/audiology/54/5/54_327/_pdf

俺もジェイゾロフトっていうSSRI系の薬だった(あともう一つ何か飲んでたけど忘れた。それから逆にSSRI副作用によって耳鳴りが起こることもあるみたい)

ちなみにその後特に治療はしていないので欝っぽい状態はそのままで耳鳴りも少し復活してる。

ここで伝えるまでもなく耳鼻科とか行ったらSSRIも含め各種治療法を伝えてはもらえるんだろうけど、「耳鳴りは不治の病」と諦めてて耳鼻科等へかから放置してた人の目に留まれば嬉しい。

2015-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20150418061641

①、すげえある

脳内自分じゃない自分(時にそれは実在する知人やネットに犇めく知らない人々の形をとる)に常に叩かれ罵倒され卑下され蔑まれ続けてる。

から自分ダメなんだ、と思ってしまうからダメなんだ、こういう意識があるからダメなんだ、以下無限ループ

何かしようとするとそれを否定されるという感覚でいっぱいになってしまう。

結果何もしない。できない。何もしないからお前はダメなんだ。何かしなきゃ、否定、竦む、無限ループ

でも明確に人に嫌われているという意識にまみれているから、増田とはちょっと違うタイプかも。参考にならなくてごめんなさい。

こんな思考回路の奴、人に嫌われるに決まってるよな。ほんとごめんなさい。すみません


②については自分も知りたい。

まあそんな感じで外に出るの怖くて、耳鳴りかいろいろあって、ろくに外出もできないし友達もいないので、ある意味解決しているのかもしれない。

人との関わりを絶てば、どっかで嫌われたり嫌な噂されたりするかもしれないけど、直接嫌われてそれを表明されることもあんまりないんじゃないかな。たぶん。

http://anond.hatelabo.jp/20150418061641

①、すげえある

脳内自分じゃない自分(時にそれは実在する知人やネットに犇めく知らない人々の形をとる)に常に叩かれ罵倒され卑下され蔑まれ続けてる。

から自分ダメなんだ、と思ってしまうからダメなんだ、こういう意識があるからダメなんだ、以下無限ループ

何かしようとするとそれを否定されるという感覚でいっぱいになってしまう。

結果何もしない。できない。何もしないからお前はダメなんだ。何かしなきゃ、否定、竦む、無限ループ

でも明確に人に嫌われているという意識にまみれているから、増田とはちょっと違うタイプかも。参考にならなくてごめんなさい。

こんな思考回路の奴、人に嫌われるに決まってるよな。ほんとごめんなさい。すみません


②については自分も知りたい。

まあそんな感じで外に出るの怖くて、耳鳴りかいろいろあって、ろくに外出もできないし友達もいないので、ある意味解決しているのかもしれない。

人との関わりを絶てば、どっかで嫌われたり嫌な噂されたりするかもしれないけど、直接嫌われてそれを表明されることもあんまりないんじゃないかな。たぶん。

2015-02-26

2年ぶりだわ、増田書くのは

その前は8年前にも悩んでたんだね。

で、結局のところ、年は8つとったけど、うつの再発というか、訳のわからない失調。

耳鳴り便秘

転職に失敗して、なんとか親のコネアルバイトにはあり付いてるけど、37歳。

結婚どころではない。

その手前まで行ったんだけど…いや、もしかしたらそう思い込んでるだけで、付き合うところまで行ってなかったのかもしれない。

うつの薬なんて、結局何にも効かない。

13年も飲んで馬鹿みたいだ。

いや、ただのバカ

QOL下げるだけ。

そのお金時間で酒でもカラオケでもしゃべりでも旅でもやった方がずっといい。

ひっくり返って8ヶ月、やっと自分を少し肯定できるようになった。

フラッシュバックはたびたびあるけどその都度今に戻れ、現実に戻れって頭の中で唱えてる。

一番悔しいのは注意力がなくなったこと。

こないだはバックで事故したし、ヒヤリハットは相当あった。

車庫入れも右折も、停止線でちゃんと止まることさえ怖い。

田舎からマイカー必須だし、これはこの先結構つらい。

耳鳴りはするし、視力は落ちるし。老いとWパンチなんだよね。

自分自身本来持っていたであろう心に謝りたい。

無理させて、ごめん。

2015-02-21

疲れためまいがする頭が痛いご飯吐いちゃった耳鳴りがする助けて誰か甘えたいつらい泣きたいわんわん泣きたい抱きしめて欲しいがんばったねお疲れ様もう休んでいいよって言ってなでなでして欲しい疲れた

2015-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20150217122434

わかるよ。つらいよね。

自分若いのに仕事の忙しさと不整脈耳鳴りと通風みたいなむずむず症といろいろ重なって

全部ただのストレスと片付けられ辛かった。仕事やめるわけにはいかないもんね。

自分効果あった事を書くよ。ちなみに専門家ではない。

1.食事、バランスのいい三食ちゃんと食べてる?無理なら朝に糖分少なめの野菜ジュースとかでも良いよ。コンビニでも買えるよ。

時々野菜ちゃんととってるか気にしてね。外食が多いなら、揚げ物を控えて魚料理もたべてね。

2.暖かい風呂はいってる?時々じっくりつかる癖を作ってね。とりあえず一回だけでもいいよ。

出た時気持ちよかったらまた気が向いたらやってね。

3.ときどきでいいから汗をかく運動をしてみて。

運動が苦手なら夜30分全身を使って歩くだけでいいよ。

(でも犬の散歩みたいにだらだら歩くのはあんまり効果ないよ。)

10分走れるなら、5分ストレッチ10分歩く、5〜10分走る、5分ストレッチ、とかでも

効果大だよ。これもできそうなときやってみて、気持ちよかったらまたやったらいい。

時間があれば水泳とかでもいいと思うよ。

あなたが夜外出出来るのかはわらないから

無理なら家でできそうなもの代用してみてね。

ヨガとかビリーとか、なにかあなたの好きになれそうなもの

すぐにできそうな順につけてみたよ。

個人的には精神に深く関わりがあるので、ストレスを作らない状況になるのがいい。

なぜなら日々受けるストレスが深くなるこういうこともおっくうでしたくなくなる。

2014-07-05

今年の4月くらいから職場休みがちになり、5月6月と半分以下しか出勤できず、今月に入ってからは一日も出勤できていない。

不眠だったのが、最近は過眠になり、昼夜逆転になっている。ものすごい頭痛も襲ってきている。耳鳴りもすごい。あと、一日ほとんど体が動かない。

人間関係がややこしい職場で、いじめ八つ当たりが原因で辞めていく人間を何人も目の当たりにしてきたが、そんな様子を見てきた私も知らない間に精神が病んでいたようで、どうやら限界が来たようだ。

今では職場自体への信頼感が無くなってしまったみたいで、無気力の極み。廃人のようになっている。

仕事は好きだったけど、こんな形でフェードアウトしていくことの辛さも、精神的に堪えているのかもしれない。

どうすりゃ良いのか分からない。精神科とか心療内科とか行ったほうがいいですか?環境を変えたら、すぐに働けますか?

2014-04-15

教育について勉強することは、苛められた自分治癒する行為でもある

そして過去を整理するために記事にすることも、自分への治癒に繋がると信じて書くことにする。

とても長いです、すみません

小学校から中学校あいだだいたい9年間ほど苛められていた。

最初ちょっとしたハブりとかくらいだったんだけど、陰湿になっていったのは小学校3年制くらいからで、学校に行けばなにもしていないのに笑われる、嫌がられるという扱いを受けた。

私に非があったんだろうという輩が湧いて出てくるような気がするから先に述べるけど、私はガリガリで色黒で身なりがダサくて大人しいという典型的な地味な子どもだっただけだ。

苛められていることを学校の作文に小学校4年生くらいで書いたときは、担任に呼び出されて、詳細を聞かれたけど、いじめられているという事実が恥ずかしくてうまく答えられなかったせいなのか、まったく対処してくれてなかったように思う。

小学校高学年になったとき、苛められはしていたものの、とある女子グループにしがみ付いていた。苛められるとは分かっていても、それ以外に一緒にいる人がいなかったし、そのグループの数人は幼稚園も一緒で、近所だったこともある。帰宅グループだった。

けどある日、学校の近くで働いている父親が、私が友だちの軽い感覚でぶたれたところを偶然見つけ、私を怒った。その友だちと一緒にいるんじゃないって、だいぶ怒鳴られた。

私は、まぁ苛められてはいものの、その女の子幼稚園からの付き合いで、別に本気でぶたれたわけではなかったし、からかいはするけど一緒には帰ってくれるから、その子のことは好きだったから、まったく理解できなかった。

まぁ一方的に怒鳴られる状況下でそんなことが説明できるわけもなく、それ以降、恐縮した私は怯えながらその道を通ることになった。このあたりから父親への苦手視が始まったように思う。その通りを歩くとき、いつも父親がいるんじゃないかと怯えていた。いつも逃げるように歩いていた。

の子グループから距離を取らざるを得なくなったあと、私は苛められっこのグループに混ざることになった。なんというか、嫌な視線は前よりも多かったし、高学年になるにつれて、わりと堂々となにか嫌なことを言われるようになっていった。

中学生になっても、その環境はもちろん変わらなかった。メンバーほとんど一緒で、そこに他地区から3校分ほど加わったんだけど、苛められていた寝クラになりつつあった私が新しく中学校で再スタートできるわけなく、鬱気味になっていった。

中学校1年生のときはまだマシだったけれど、それでも徐々にやっぱり苛められキャラというのは定着するもので、ジャニーズが好きだったことなんかを理由に気持ち悪がられていた。

この頃から自律神経失調症になった。朝起きると気持ち悪い、ご飯が食べれない、頭痛がする、だから学校行きたくない

3年生にあがったころは、学校に行っても終始寝ていた。朝遅れて授業に行き、英語時間以外は昼まで休み時間もぶっ通しで寝ていた。英語だけは好きだったし、英語の科目の先生がとても英語のできる人で尊敬していたので、起きていた。成績は普通だったけど。

文化部所属していたので、上下関係に揉まれることはなかった。

高校受験とき希望していた高校は当然だけど全部落ちた。美術高校を目指して画塾に通っていたとはいえ、基礎の勉強していなかったから当たり前である。今でも当時、試験のために描いた白菜はよくできていたと自負してるけど、実際はどうなんだろう。分かんないや。

興味のない勉強を真面目にし続ける自信も体力もないと感じ、さらに同じ中学校の人がいない学校へ進学したいと考えた私は、定時制入学することにした。

定時制で、ある意味高校デビューを果たしたけれど、間違った方向にすすんだ。

夜間学校なだけあって、ヤンチャしている生徒が多く、そんな子たちに混ざって遊びを覚えたため、高校1年生から夜遊びを繰り返していた。朝帰ることも多かった。

でもいじめから無縁の生活になり幸せだった。

ただ美術受験を失敗した私は、自分美術に対する自信を完全に失っていて、挫折を強く感じていたため明るくなれたわけではなかったし、中二病も混ざって鬱はより悪化していった。

勉強もできない、絵の才能もない、コミュニケーション能力もない自分自身に対して、ただひたすら絶望していた。

中学校先生に勧められたメンタルクリニックに行き、薬を服用し始めると、薬が効かないことへのいら立ちが増えた。飲む量だけは増えていくのに、精神的な落ち着きはまったく得られなかった。

1回だけオーバードーズを試みたこともあった。当時の私は死にたいとずっと考えていた。

家族関係悪化していったのも高校時代である

鬱で泣いてばかりの私を、父親と祖母はよく思っていなかった。泣いていると怒られて、怒られたことに泣くと、さらに怒られるという悪循環けがあった。

家族の恥のような扱いをされているふうにしか思えなくて、私は家族にいるべき人間じゃないと思っていた。

人生もなにもかもうまくいっている妹と比べるととても惨めで、その妹は私のことなんか気にせずのびのび生きていたし、母親だけは唯一鬱への理解を示してくれようとはしていたけど、基本的には小学生のころと同じように放置主義だったように思う。

問題を抱え続けていたわけだけど、こういうわけで、家族の中に頼る人間がいなかったし、頼れる友人関係高校で築き上げたわけでもなかったので、中学からこの頃まではずっと孤独だった。

高校3年生の夏、ようやく打ち解けあえる友だちができ始めた。ようやく仲間と呼べる友だちに出会えて、今でもこのグループの人たちとは交流が続いていて、のちのち精神的に助けてくれる人となる。

高校4年生のとき、頼りにしていた母方の祖母が亡くなった。父親や家族と揉めるといつも、この祖母の家へプチ家出を繰り返していた私にとって、これは大きなダメージだった。ちなみにそんな家出を繰り返しては家族に嫌いとかそんな暴言を吐いていたため、父方の祖母は「あっちの家のほうがいいんだろうねぇ」なんてよく言ってきた。

母方の祖母が亡くなった日、私は唯一の身内で頼れる存在だった人を失ったこともあり、葬式中は泣きとおしていた。親戚一同が集まる食事会では、母方の祖母側の兄弟たちと、祖母の話をして気を紛らわせた。田舎の人たちなので、宴会になっていて、楽しかたから。

けど父親からは「葬式にきていた父親側の人間のそばにいなかった」ということでキレられて、それがショックだった私は2週間ほど、亡くなった祖母の家で、祖父と一緒に暮らした。どうしても父親の理論理解することができず、頭ごなしに一方的に怒鳴られることにも嫌気がさし、この頃から本格的に父親嫌いとなった。

父親嫌い、父親側の祖母嫌いは、このあと数年続くんだけれど、このとき高校の友だちが私に理解を示してくれたおかげでどうにかたちなおれた。だから高校の友だちには本当に感謝してる。ちなみに父親を嫌うエピソードとしては「お前なんかが大学に行けるわけがない」と言われたこともある。

父親の言葉を見返すつもりで、必死勉強をし、第二志望だったけれど希望大学入学することができた。美術は諦めていたから、その次に好きな英語科へ入学した。

私の人生大学入学と同時に、ようやく明るくなってきたように思う。

今まで女子の仲良しグループに属したことがなかったけど(高校ときは男友達に囲まれていた)、それが実現したり、定時制から入学したにも関わらず成績は中の上ということで、自信にもつながった。

家族とは距離を取りつつ、揉めつつ、という微妙関係が続くも、大学2年生のとき、反対を押し切って1年間の留学をした。

嫌いな父親から出資ではあるけれど、家族から距離を置けたのはよかった。今まで家にいても落着けないというか、父親と同じ空間にいると緊張して耳鳴りがするくらいだったので、ストレスから開放されたように感じた。

父親とのコミュニケーションがまったく取れない私とは違い、妹と父親は仲が良く2人で旅行もするくらいだったので、その差に絶望したり、自分の不適合っぷりに悲しくなったりもしたけれど、距離を置くことでどうにか凌いだ。

帰国日が近づき、電話先で父親が口頭一番に発した「帰ってくるなよ」みたいな冗談?をきっかけに、乱れ始めてたので、カウンセリングのお世話になった。話を聞いてもらうことでどうにか落ち着き、まぁ金銭的な援助だけはあるのでその辺の感謝はしつつ帰国した。

留学後の関係は以前よりもずっとマシだったけれど、どうしても距離は縮まりにくかったので、やっぱり何度か揉めた。

でも大学4年生のとある大規模な英語スピーチ大会スピーチを行い、英語理解できないのでいいやと思い両親を招待することで、なんとか今までの成果を見せることができた。まぁ特に褒められはしなかったけど。

今は教育を学ぶために自分奨学金を借りて、二度目の留学をしている。

父親に対して批判的になる大きな理由の一つ、それを助長する理由の一つとして、大学に入ってから教職を取り、先生や親、大人の在り方について考えるようになったからというのがある。

子どもにどう接するのが理想なのか、自分過去と照らし合わせて、教育論について考えている。そんなわけでより一層、父親は間違っていると認識してしまうため、寄り添うことはできなかった。多分、今もそんなにできてない。耳鳴りなんかはなくなったけど、あまり喋れないし。家では基本的に口数が少ないと思う。

感情豊かではない。

それに気づいたのは、つい最近教育実習先の学校からコメントについて大学先生に触れられたのがきっかけだった。私は自分の気持ちを表すことや、人に頼ることが苦手なんだろうと先生に言われた。

過去を振り返ってみると、そうなんだろうと納得できるし、きっとこれまでのことが原因なんだろうと、教育について勉強してきた分、自分をそう判断することができる。

これから努力して少しずつ練習して変えていくつもりなんだけどね。

これを書いている最中、辛かった日々を思い出して泣いた。

けど、泣いても書き続けることで、辛かったあとにやってきた楽しい人生を振り返ることで、自分の成長を確かめることで、自己治癒に繋がったと思う。

ここまで長々と読んでくれた人はどうもありがとう

2014-02-16

気持ち悪いと言われるから

8割ほどの人が私のことを気持ち悪いと感じていると最近察したので、

おそらく知り合いが1人もいないだろうこの匿名ダイアリーに、普段考えていることを書き込んでみようと思った。

あなた達の思う「本音」が、心に秘めてある、誰かに対して憎悪感情であるならば、

私は一生本音が言えないままで構わない。

私は何者であるのか。個性とは何か。

個性のこの字もない地味で掴めない存在の私を

変態という性質の添加によってコントロールしようとするのはやめていただきたい。

あと何回裏切られて信じることを繰り返せば、本当の友達に辿り着けるのですか

この女は憎い。

嫌われ者は楽しく見下せたでしょう。

これからもよろしくね、クズ野郎。

今日耳鳴りけが私のそばにいてくれる。

笑った時間が長いほど、独りの時間が恋しくなる。

愛した時間が長いほど、怨みの時間が恋しくなる。

これはわたしだけではないはずだ。

昔親に「人間は何を目的に生きているのか」と聞いた。私は「おそらく死ぬためだろう」と答えた。

親は否定した。「違う、何かを残すために生きている」

それは果たして本当か。

残すだけならなんだって残せるさ。

小学校ノート、履き古した靴、記憶子供

そんなものじゃ、ないのだろうか。

気がついたら腐っている。

他にも色々あるのだが、上手く文にできないので

このあたりで終了しようと思う。

2013-11-14

なぞなぞ出すやつ爆発しろ*追記

うちの会社にはなぞなぞ先輩がたくさんいる。なぞなぞ先輩の特徴は、その名の通り何か仕事質問すると、ドヤ顔なぞなぞ形式にして教えてくれる。

「この○○の件では△△はどうすると思う?」

「○○ってどういう意味でしょう?」

質問形式にすることで、本人に考えさせている。知識を定着させる手段である」とどいつもこいつもハウツー本鵜呑みにしたようなダサい発言をしているが、どうも僕には上からものをいって優越感を感じるための行為しか思えない。

だって、正解すると至極つまらなそうな顔するんだもの。間違えると

「あー、××って思うよな、経験浅い人は。俺の場合は…」

からの、つやつや顔で俺すごいアピール。結局[お前はこんなところ間違えるけど、俺はこんなことも知ってる]をやりたいがために、質問し、わざと間違えさせてるようにしか感じない。ひどい奴だと「知ってると思うけど○○って意味わかる?」だからね。この知ってる思うけどはいわゆるフリで、これで間違えないとすごいつまんなそうな顔をされる。本当に、わからない演技をするの嫌なんだけど、会社でうまくやるためには必要なのかなと思って引きつりながらやってる。(一回堪忍袋の緒が切れて、「僕なぞなぞ大嫌いなんで、聞いたことだけ答えてもらえますか?」と言っても、笑って若いねえと言われただけだったし…)

技術職なのでどうしても人に聞かなきゃわからないことが多いから仕方ないんだけど、それでもなぞなぞは腹立つ。ちなみになぞなぞ先輩は決まって仕事ができない。本当に仕事のできる上司は聞いたことだけに簡潔に答えてくれる。なぞ先輩の数のほうが圧倒的に多いので、何かわからないことがあるとそいつらに聞かなきゃいけないのが本当に苦痛

考えてみれば僕は昔からなぞなぞが大嫌いだ。出題者の「わからないでしょ~?わからないでしょ~?俺はわかってるけどね~わからないでしょ君は~??」のニヤニヤ顔を見るとぶん殴りたくなる。たぶん僕にも多大に問題があるんだろう。プライドが高いんだな。直さなきゃな。

でもやっぱり仕事上でのなぞなぞ時間無駄しかない。僕は金輪際後輩になぞなぞを出さないぞ。

17.11.27 追記

毎朝はてブホッテントリを見て出勤していて、あー、昔の僕と同じこと考えてる人いるんだなーと思って中身見たらまさか自分ので席から転げ落ちそうになったよ。なんかわからないけど4年越しでブクマトラバしてくれた人ありがとう

この増田を書いた一年後、なぞなぞ先輩方のなぞなぞが嫌すぎて僕が耳鳴り味覚障害発症退職まさか自分がある種爆発するとは思わず言霊って怖いなと思います。皆様もお気をつけて。

その後まったく別業種に転職したらうまいことハマって三年になります。この度チームリーダーに抜擢されて生き生きと仕事してます。前職の時は「こんなに先輩になぞなぞ出され続けるなんてなんて自分仕事ができないんだ」と凹みまくってましたが、ようやく自信を取り戻しつつあります。ちなみに今自分の周りになぞなぞ先輩は一人もいないですし、自分も出題していません。快適です。

同期に聞けば、先輩方はまだ元気になぞなぞ出題中だそうです。僕も大人になったので、今だったらもう少し気の利いた回答ができるかもしれません。

2013-07-31

夏フェス子どもを連れてくるな、とは言わないが

 せめて子どもの耳のことを考えて、それなりの対策をして連れて来てほしい。

 大音量の中に長時間居ると、大人でさえ苦痛に感じたり、耳に違和感や痛みを憶えたり、耳鳴りが起こる場合がある(音響外傷と呼ばれる症状)のに、敏感な子どもの耳が同じ状況下に置かれたらどうなるか、ちょっと考えればわかるはずだ。

 それなのに、毎年、夏フェス会場で両手で耳を塞いで辛そうにしている子どもを見かける。そういう子ども保護者はそのそばで、能天気音楽を楽しんでいる。自分の子どもが辛そうにしている姿は気にならないようだ。これってどうなんだろう? よくないと思う。

 そりゃちゃんとそばにいて面倒みてるんだから放置するよりはいいのかもしれないけれど。

 もちろん中には子どもイヤーマフをつけさせている人もいる。外から見えないだけで、耳栓をしっかりつけさせている人も居るだろう。あまり音が大きくないエリアのんびり楽しむなど、工夫をしている人も多いだろう。

 でもそうじゃない人、特に「うちの子は嫌がってないから」とのんきに考えている人には、もう一度よく考えてみてほしい。夏フェススピーカーから放たれる大きな音が子どもの耳に与える影響について。

2013-05-20

妻源病の恐ろしさ

最近テレビなどで話題になっている「妻源病(さいげんびょう)」。年取って体調が悪いなぁと思っていたことも、実は妻が原因だったのかもしれません。しかし、家族を支える夫として真面目に頑張っている人ほどなりやすいというのは、なんとも皮肉な話です。

“妻源病とは何か”

妻のなにげない言動や、存在のものが大きなストレスとなり、体調が悪くなる病気。頑固な妻をもつ、真面目な夫ほどなりやすいです。

“どんな症状がでるのか”

頭痛めまい耳鳴り、動機、胃痛、不眠、気分の落ち込みなど、更年期のような症状がでてしまます

“「良い夫になろう」と思うほど危ない”

仕事完璧にこなし、「これくらい我慢しなければ」「家族を支えるのが夫としてあたりまえ」といった良夫賢夫タイプの人ほど日々の不満をため込んでしまうので危ない。

特に自分定年退職後」が危ない”

定年後、夫は仕事責任を負え、一息したいところ。しかしながら専業主婦でなれた妻は夫を尊敬せずぞんざいに扱われがち。またろくな昼食も出てこないこともあり、それがストレスとなり「昼食うつ」を発症することも。

若い夫婦でも発症することがある”

更年期でなくても、持続的なストレス自律神経の乱れを起こし、心身に様々な不調をもたらす。つまり若い世代でも、妻にストレスを抱える男性ならば妻源病になりうるということだ。



飽きた。言わせてもらうとまるで夫だけが悪いみたいな印象と与えるけど、同様に妻だってストレスの原因になるじゃん、ってたとえ話な。まぁ、こういった話はワイドショー視聴率を稼ぐために女性喜ぶ情報を与えないといけないからこんな偏った情報になるのもうなずけるわ。

参考:http://m3q.jp/t/407

2013-03-25

ちきりんのいらだち

今日http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20130325 みたいなエントリー投下してたけど、

やっぱりあれだよね。かなりいらだってるよね。

「混乱ラバーは安定すると死んじゃうんだよっ!」

あとちょっとで世の中がガラガラ崩れ落ちると思ってたのが、

維新の会凋落やらアベノミクスやらで世の中の空気がすっかり変わっちゃった。

まだまだ、この先どうなるかよくわからないけど、このまま景気が上向いて

いろいろ明るい感じになってきたら超新星爆発しちゃうんじゃないか、みたいなこと思ってる。

まあ、どうなるか、分からないけど。

池田信夫氏あたりも以下同文。

あと、大量にブクマついてるコメント非表示のブクマページって、

耳鳴りみたいな感じがするよね!

2012-10-12

昔の記憶をたぐり寄せて思い返してみれば周囲が年上かあるいは年下ばかりの環境のなかであの女は俺と同い年で誕生日も近くそれがキッカケで話をするようになり終電まで一緒に食事をしてだんだんと親密になっていき他人にはあまり話さないようなこと例えばその女の親が首を吊って自殺したことや胸がジーカップであることやいままで大学職員を含む10人ほどの男と付き合ったことがあるがいまだ処女であるといったことなどなどを俺は当時服用していたSSRIのすばらしい効果によって生み出された人生史上で最高の傾聴スキルをもってして時折やってくる耳鳴りや視界の歪みに負けそうになりつつもただひたすらにあの女を受容しながら話を聞いているうちにだんだんとムラムラしてきたために告白を決行したのだがその根拠はけっして俺の一人よがりな妄想などではなくあの女が俺に寄ってきて「えり曲がってるよ? ちゃんとかっこよくしなくちゃ。」とか「いやな感じがしないかかめてみたい。ちょっと頭をなでてみてくださいよ。」などと言ってきたからであって大事なことなので二度言うが妄想や過度な深読みではなく間違いなく両想いだとの推論結果が導き出されたか告白したし実際に成功してすぐに手をつないでいいかと聞いて実際に手をつないだのだが場所モスバーガーでその次に会ったのもモスバーガーで理由はドトールが混んでたからであり一緒にふたりで横並びに座ってあの女の右手と俺の左手をつないでいたらあの女はつないだ手をひざ掛けの下にもぐして太ももの肉の上に導いていったので俺は手をゆっくりと離しそのあと1時間ぐらいモスが閉店するまでずっとあの女のひざ小僧をまさぐったりヒザの裏をまさぐったりしていたし次のデートときもずっとヒザをまさぐっていたし次の次のデートときもヒザをまさぐっていたら「むね触りたいですか? 触ってもいいですよ。」と言われて俺はこんなことは生まれて初めてだと思うと同時にあせってはいけないクールになれと自分に言い聞かせてやはり物事には順序というものがあるのでまず胸の前にさわるべきなのは腹であろうとの常識的な結論に達し20分ぐらいずっと触っていたらあの女が「おなかさわっても赤ちゃんは入ってませんからね?」などと言うので5分ほど逡巡してから俺は胸を触ることを決意したし実際に触ったがそれはもちろんブラッジャーの上からでじかに触ったのはその次に会ったときだったのだが何故かそのあと数日たってあの女が「わたしは怒っている」という旨のメールをよこしてきて俺はわけがからなかったしこれは理不尽なことだと思ったので「俺もおまえをぜったいにゆるさない」旨のメールを返信して以降は電子的なやりとりはしなくなりあの場所で実際に会ってもお互い無関心な風を装ったり「じゃあわたしかえるから!」とあの女が誰に言うでもなく宣言するかのようにして立ち去っていき俺も面接もなく採用されたパートアルバイトが週7日ほどあったので完全に音信不通となっていってもはやすべては終わったのだがしかし……という記憶悪循環から抜け出すために実際に文章として書き出してはみたもののところどころ記憶があやふやだったり自己一貫性を保つためにありもしないストーリーに当てはめているのだけなのではという疑念がいつまでも消えずもはやこれは俺の宿命なのではないかという想念が沸き起こりたとえ虚構と現実の区別がつかなくて真実が何なのかわからなくとも結局はあれが恋愛だったのかたんなる性欲の産物なのかはわからないしあの女の気持ちもわからないし俺の気持ちもわからないしどうすればよかったのかも結局わからずにメールも連絡先もすべて消去してしまったので本当にあの女がああいう女だったのかあの時の俺ももああいう男だったのかも確かめようがなくそもそもあの関係があったのかあの女が存在したのかすら根拠が失われてただひたすらに不透明なモヤの中で宙ぶらりんのまま時間けが過ぎてゆく焦燥感に駆られながらああやっぱり俺は自分のことしか考えていないのかもしれないという自己直視しているようでいて実は厳しい答えを先取りしたぬるい安心感にひたりながら結局は何者にもなれない人生を俺は生きる。

2012-06-11

パーティーはいらない

風営法クラブが騒がれているのなかで思ったこと。

 ライブクラブに行くと、いつも不思議に思うことがある。フロアにいるにも関らず棒立ちの客がいることだ。ライブではほとんどいないが、フロア外の階段ラウンジでお喋りに夢中な人、しまいには寝ている人も結構多い。何しに来てるんだろうと思ってはいけない。音楽の聴き方は人それぞれだからだ。踊りたくなる人もいれば、座って聴きたい人もいる。私もどちらかと言えば座って聴きたい派だ。立ちっぱなしの勤務後のライブ見学は年齢的にも辛いのだ。膝などガクガクである。そのため、野外フェスでの寝聴きは至高であるドラムの音でビクッと起きるのが堪らない。

では、なぜライブクラブに行くのか?考えられる目的は、アーティスト生演奏やDJの選曲が目的の人がほとんどだろう。あとはナンパお酒などのコニュニケーション目的自称音楽通のステータス地獄のミサワ的な人)もあるかな。私が思う1番の目的は「普段聴けないような音量で音楽が聴けること」ではないかと考える。お洒落カフェでのアコースティックライブや、コードレスヘッドフォンを着用するサイレントディスコなどは除外するとする。

しかしながら、現代の都会の住宅環境では「爆音」は手軽に楽しめない。一歩間違えれば、小さな音でも騒音であるからだ。当然ながら、ジャイアンの歌やしずかちゃんバイオリン騒音である。そもそも音楽嗜好品であるから、本人にとって不快な音というもの騒音しかない。「爆音」どころかイヤホン音漏れで、電車内にて殺し合いが始まるくらいだ。音楽の力というのは恐ろしいものである

次に、「爆音」の定義だが、通常の話し声が60dB程度であるのに対して、クラブディスコは100~110dB程度とのこと。これは、ヘリコプターの近く・自動車クラクションの直前と同量である耳鳴りなどの聴覚障害が発生してしまうくらいの音量だ。一般的には60dBで騒音なのだ。「爆音」で音楽を聴くことは自虐行為である。トラ柄大好きヤンキー風なワゴン車の窓明け爆音も恥ずかしいことこの上ない。よって、音楽好きはM体質が多いと思われる。反論は認めない。

なぜ「爆音」を求めるのか。私はカラオケと一緒で、ストレスの発散のためだと考える。耳鳴りがするくらいの高音と、パンツ(下着ではない)がビリビリ震え内臓にも響いてくる低音。身長より背の高いスピーカーの前は私にとっての定位置であり、理想郷パラダイスである。もちろん低音房としてはウーハーも欠かせない。新木場agehaでは踊り台と間違えて上ってしまう人がいるくらい大きい。私はリアルタイム経験していないが、有名な「ジュリアナとーきょー」である。そして、すぐに黒人セキュリティーに引き摺り下ろされる。黒人怖い。なんであんなにデカイのかと。

 よって、以下の式が成り立つ。『「爆音」が好き=自虐的=内向的=1人が好き』。でも、現状は『クラブライブハウスオールナイト辛い=人多い不快=不良怖い・ドラック怖い・黒人怖い』である。これは敷居を高くしている理由でもあるだろう。

私にはパーティーはいらない。爆音さえがあればいいのだ。吉祥寺バウスシアターでは爆音映画祭というのも開催されている。既に第5回である恵比寿リキッドルームでも開催された。近年音楽フェスの多さとリンクするように、時代は「爆音」を求めているのだ。

書いててアホくさくなったので終了。

2011-08-21

皆と同じようにipodの手術を受けたい

20代女性です。私はipodがないと不安なんです音楽をいつもボリゥムを最大にしてイャホンで聞ける状態でなければ電車に乗ることができません。出掛けに忘れたりする事があってとても不便な思いをします。その場合はたとえ約束があっても取りに戻ります。そうしないと音楽をイャホンで聴いていない状態で外出を長時間続けると背中やこめかみ足の裏掌に汗をかいてきます不安で顔を上げることができません。なるべく他人に見られないように脇をしめて肩幅を縮めて両肩のラインより後頭部を上に出さない心持ちで早足になっていきます。そうして早くこの状態から逃れるためにipodのところへ向かいます。この時が最も危険心臓の鼓動も早くなり耳鳴り頭痛で倒れそうになってしまます。光の粒が頭の周りを囲むようにたくさん浮遊しながらジグザグに降りてきます。その数が段々増えてくるとまた動きも早くなり、見てはいけないと思いながらもつい目で追ってしま眩暈を起こして転んだ事もあります。また出かけるときになってipodを用意していると充電が不十分ですぐに電池が切れてしまいそうな時があり、出かけるのを中止してしまう事もあるのです。出先で電池が切れてしまったら恐ろしくてどうしていいのかわかりません。ですから電池が満タンの時でも常に充電するためのコードを持ち歩いていますコードカバンの底の進行方右手のポケットの中とカバンの外ポケットの中と肩掛けベルトの中に(縫い目をほどいておもて地と裏地の間にはさみ込んで軽く縫い合わせてあります。我ながらとてもうまく考えたものだと思います。)、それぞれ計3本を常に持ち歩いていて不測の事態に備えていますしかしご存知かもしれませんがipodは充電式なので電池が切れてしまった場合はたとえこうして充電コードを持っていてもコンセントがなければ意味がありません!そのことを考えるとまた掌が湿ってきて心臓も早くなり息を吸っても苦しくなって耳も聞こえなくなってきて頭が朦朧としてきてしまます。みんな他の人は平気なのでしょうか? 私だけがこんな風になっているのでしょうか。

最近よく思うのですが耳にイャホンやヘッドホンをつけてなくっても音が直接聞こえる新しいバージョンipodが出ていてみんなはそれを使っているので平気なのではないでしょうか? そしてその新しいバージョンは直接頭脳音楽が聞こえてくる仕組みでもちろん手術で頭の中に埋め込まなくてはいけないでしょう。高いのではないでしょうか。今の私には新しいバージョンで手術を受けるだけのお金が用意できないでしょう。でもとっくにみんな多くの人がその手術で新しいバージョンになっていてそうしたらどんなに楽しくて快適でいやなことがひとつもない暮らしなんだろうと羨ましくて悲しくなってきます相談できる友人にも聞いてみたのですがそんなことはないと私だけではないと言ってくれるのですが私はやっぱり信じられないのです。その友達がイャホンをしていないのに音楽が常に流れているように楽しそうに笑ったりしているのを見ると憎くて裏切られた気持ちになってきます。私だけが新しいバージョンの知らせを受けていないのでしょうか?ご存知かもしれませんがipodパソコンに繋げると時々新しいバージョンのお知らせが来たりします。ある時私は間違ってその時のお知らせをいいえでクリックしてしまったのです。その日からお知らせがくる回数が随分減ってしまっているようなのです。その友達パソコンを覗いたことがあるのですが私に来ているよりもたくさんのお知らせが来ているのです。もちろんそう言って見せてくれるように頼んだのです友達は意地悪でそんなことはないと見せてくれなくなりました。どう考えてもその時を境にパソコンのガードが固くなったとしか考えられません。クリックでいいえをしてしまった(たとえ間違っていたとしても)場合はその人に絶対に情報を教えてはいけないというようなお知らせも同時に送られているのかもしれません。私はしてしまったのでもうそのお知らせも見る事ができませんが。どうかいいえをクリックしないままでそのお知らせを見せてもらえないでしょうか。そしてあたらしい最新の直接聞こえてくるタイプバージョンipodの手術を受けさせてもらえないでしょうか。万一お金が高くて足りない場合もこれからちょっとずつ貯金をしていくのでその具体的な情報が知りたいのです。お願いします。

2011-02-27

朝九時から発生している耳鳴りの音量が少し下がったような午後五時

2010-07-09

ほんとに躁鬱だったのかな

ほってんとりに林先生のかっこいい一行ぶった斬りレスを見かけたので久しぶりに精神病について考えたりした。自分のことを考えるのは疲れる。

二年前の今ぐらい、毎日何かしらどこかが痛くて苦しんでいた。胃痛、腹痛、頭痛耳鳴りめまい貧血、ふらつき、そして生理不順。あまりにも胃腸調子が悪くてしょっちゅうはいたり下痢をしたりするので内科にまずかかった。とりあえず点滴されてざっと検査しても異常はなし。ストレスじゃないかと聞かれたけど本人はよくわからなかったのでとりあえず耳鳴りの件で耳鼻科を紹介されていったら、精密検査MRI写真見た医者はため息つきながら「健康そのものです」と残念そうに言った。ちょwwwおまwwwなんで残念そうwwwと思いつつも原因が分からないので不安もあり、とりあえず偏頭痛ですかねお薬だしますねストレスためないようにねと言われて放流。

ついでにさすがに半年周期の生理不順もやばいだろうとおもって婦人科も紹介してもらって検査したけど機能的な問題なし、ホルモンバランスも問題なし。やっぱりストレスためないようにと言われてほぼそのまま精神科へ丸投げされる。

当時、睡眠時間が10時間以上になってて、学生だったんだけどこりゃやばいとは思ってた。内定は出てたから卒業さえできればよかったけど、朝になっても目が明かないし夜になると勝手に閉じちゃう。かとおもえば目を閉じてても寝れない日もあるってんで医者相談したら、抗うつ剤睡眠薬出されたけど睡眠薬が効きすぎてやばいやばい。二時間起きてられない。これが3分だったらウルトラマンレベルとか思いながら医者相談したら抗うつ剤ふやされてきちんと飲んでたら躁転。とはいってもそこまでひどくはなくて夜通し研究するのが一週間とか続いちゃっただけなんだけど、あとで見返したら実験手順がひどいことになっててそりゃー結果出ないわなーみたいなね。あと簡単な会話ならいいんだけど、人の話がよくわからなくなっちゃって、医者に何度説明されても薬のことがよくわからなくてこりゃやばいってんでリーマスが出てくる。それでもしばらくは上がりっぱなしで、日本語認識できなくなっちゃったりとかしてたみたいなんだけど(当時の日記からすると)、日本語は一応かけてて、でも支離滅裂。これはひどい。しかも睡眠薬は寝る前に飲めばいいから覚えてられるけど、食前とか食後とかに飲む薬って忘れるのよな。そもそも食事取ってなかったりしたからあんまり真面目に薬も飲んでなくて、今でも手元にリーマスが200錠くらいある。これはやばい。躁から鬱に移行する時に全部飲んじゃったらどーすんだ先生よ。でも大丈夫ですちょっと眠れるようになってきましたとか眠ってもないのに言っちゃうんだよなぁ。という感じだった。

いろいろあって一応診断は躁うつ病最初にかかった時は強い抑うつ状態にあったってことらしい。驚いたことに医師には十代前半で発症したと思われますとか言われてしまって、マジで?なんで?まぁそうかというか思った。

病院では全部しゃべってないというか聞かれなかったから言わなかっただけなんだけど、ほかにもいろいろとあって、

  • とにかく人の話していることが分からない。単語意味は分かるけどそのつながりが分からなくなる。ひどい時は日本語であることが認識できない。
  • 言葉がほとんどしゃべれなくなる。しゃべろうとすると言葉が逃げていく感じ。もともと声が小さいけどほとんど聞き取れないくらいの声になってしまっていたと思う(多分
  • すーっとトラックタイヤとか電車とかに吸い込まれそうになる。ホームの端っことかだと転落するイメージしか浮かばなくて壁際ぎりぎりとかを歩いてしまう
  • なんか知らんがてくてくと遠くまで歩いて行ってしまって疲れて動けなくなる。つうてもほとんど食べてなくて体力がないので、一般的にはそんなに遠くでもなかった
  • とにかく食べない。食べれない。胃が弱っていたのもあって少しでも食べると胃が痛くなったりはいたりする。卒業後今の会社入って検診受けたら栄養失調ですっていわれた。でも見た目は普通にデブなので今や「栄養失調のデブ」を自称している。貧乏で食うや食わずだったんですって一応断りいれてるけど、でもコデブなことに変わりはないしなぁ。
  • 同居人が壁に向かってブツブツつぶやき続けたり壁と対話していたりとかしたのでそれでストレスがたまっていた。声を聞くだけで吐き気がするレベル就職して独り暮らしになったら途端によくなったのであいつのせいだと思う。絶対。
  • 母親境界性人格障害で、まぁいろいろと。簡単にいっちゃうと毒親ですね。自分もその気はあると思う。どうでもいいところで逆上したりとか見捨てられ不安とか。
  • 軽度の妄想というか男性不信?とにかく男性が悪意をもって見ているとしか思えなくなる。職業柄周りは男ばっかなんだけど、今でもこの妄想調子が悪い時には出てきてしまってなんか知らんがすごい勢いで拒絶してしまうので正直すまんかったおれのことは嫌ってくれと思っている。原因は母親が男しかいないようなとこばっかいってくそビッチめしね氏ねじゃなくて死ね今すぐ行って来いとかいったり実際何度も殺されかけたのと、セクハラっつーか恋愛感情がこじれちゃった人に全く気付かないで普通にセクハラくらったのと、あとは昔からおとなしくて声あげなさそうにみえるせいで痴漢に狙われまくったせいなのかなー。とかずっと思ってたんだけど最近父親のせいかもなと思うようになった。どんなに母親から暴力受けててもニヤニヤしてるだけで自分ターゲットじゃなきゃいいやって人だったんだよね。まぁファザコンおつ!ってかんじだけどぉー。まじおやじ洗濯もの一緒にしないでって感じぃー。医者も男だったので最初はものすごく警戒して診察後半日くらい手の震えが止まらないわ汗が止まらないわで大変だった覚えがある。父親のせいかもと気付き始めたくらいからは普通に男の人としゃべれるようになってきたので、ちったあ改善してるみたいですけど、やっぱり苦手なんだよなぁ。
  • 醜形恐怖があってブスに非常に手厳しいコデブスだった。特に太ることにすごい恐怖を抱いていたんだけど、でも全然食ってないのにコデブのままで死にたかったです。今は食いまくってるけど体重変わりません。どういうこと。
  • 増田でひたすらほてんとり入りするような煽り記事を書きまくる。

まぁその他もろもろ。

んでこれらの症状が、特にタイヤに吸い込まれそうになるとか偏頭痛、腹痛とかあたりは確かに10代かそれより前からずっとあったんだけど、就職して独り暮らし始めた途端ほとんどきれいさっぱり消えたんですよ(男性恐怖と生理不順と醜形恐怖のぞく)!薬も飲んでないのに!本当に自分躁うつ病だったのか?と非常に不思議でしょうがないです。単にストレスの原因が消えただけちゃうんかと。おもに母親同居人。でもまぁ相変わらず境界性人格障害ぽいところはあるし、男性恐怖とかは増田煽り記事書くのとかはその辺から来てると思うので、そういう意味ではいつ自殺してもおかしくないんだよなー。リーマスこんなに手元にあっていいのか。でも致死量ではないか。ならやめておこう。

実際のところどれくらい正確に診断ってできるんだろうね。自分がそうだから思うんだけど、特に人格障害根本にあってそこに鬱とかが乗っかってきちゃう人とか、絶対正しい情報医者に伝えてないと思うんだよね。こういえばちょっと良くなったって見せかけられるそうすればよかったですねって言ってもらえるとか思ったらいっちゃうもの。これ言ったら難しい顔されるし、本気でやばい病名をつけられるかもしれないから言わない、だけどこれくらいなら病気だって診断してくれるだろうからちょっと過大気味にいっちゃおうとか。それで躁鬱って判断されたんちゃうかなと今では思う。

最近会社人間関係が非常に良好なせいか人格障害の兆候が多分ほとんど出てないみたいで周りにあまり波風が立ったりしてはいない。もともと自分はあまりしゃべるのは好きじゃないし、自分自身が割とひとに迷惑掛けるタイプだとわかっているので、一人でいるのが好きだったりとかしてあまり深い付き合いをしてはいないんだけどとりあえず嫌いすぎて殺してやりたいとか思う人がいないから大丈夫なんじゃないかなー。とか。嫌いすぎて殺してやりたい人がいる時も別にその人だけを攻撃したりとかしないで全体的に一人で嫌な奴になって悪意を振りまくだけなので、一人嫌われていくだけなんだけどね。

おちはありません。スマソ。

2010-03-29

うるさい

ひどくざわつく。

脳内麻痺しているようだ。

かなり、影響力のある何かがそこにはある。

ああ、そうか。俺は耳鳴り患者だった。

さぁ、どうしようか。

だがそんなの、気にしなければいいだけの話。

もっと重要な問題もあるぞ。

さてどうする。

2009-10-16

また検査が増えた

起きていると頭がくらくらするから、風邪かなと思って内科にまず行ったんだ。耳鳴りも酷いから。

すると、リンパが腫れているといわれたから風邪薬を貰ったんだ。

それで二週間ぐらい過ごしたんだけれど、治らない。

今度は耳鼻科にも行ってみたけれど副鼻腔炎があると分かっただけで頭痛耳鳴りの正体も分からなかった。

眼科にいったら角膜炎はあるけど……といわれたが不明。

今度は神経科に行くんだけれど、関係ない病名だけいわれそう。しんどさが酷いと布団から出られないんだが。

2009-10-13

無意識の悪人

ボクは、ずっと悪人なんだろうなぁって思う。

自覚と反省をし続けないと、後悔するんだ。

泣こうが悔やもうが、

 

 

お  ま  え  の  せ  い  だ

 

 

耳鳴りのように聞こえる言葉は、きっと止まないだろう。

拒むことは無意味だ、受け入れて前に歩くべき。

なぜなら、それがボクという狂った人間だからだ。

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