はてなキーワード: チョコレートとは
夏に食べるアイスじゃなくて、冬クリスマスが近くなるとお店に登場して
ときどき誰か大人が買ってきて切って出してくれた ぱりぱりのチョコレートがすごくおいしくて
時間が経って溶けかかったバニラアイスクリームがすごくなめらかでその対比に子供心にめちゃくちゃしびれた
でもいつも大人が切ってくれる4センチから8センチくらいの姿のビエネッタしか見たことなくて食べたことなくて
箱から出されたそのまんまのでかいビエネッタが「贅沢」という言葉そのものの姿だと思った
いつかあれをまるごと、切らずにはじっこからフォークをさして一人で食べたいと思った
そんなふうに小さい頃から甘いものが好きで、大人になったいま立派な甘味マニアに成長して
あちこちのお店の洋菓子から和菓子からとにかくいろいろ食べ歩くようになって
クリスマスにはビエネッタどころか好きなお店のホールのケーキをまるごとそのまま
はじっこからフォークをさして食べる一年に一度の愉しみも覚えた
こういう趣味だから体型と金銭の管理のために市販のお菓子はほとんど食べなくなってしまって
それでもあのまるごとのビエネッタに対する「ものすごい贅沢」という気持ちは
今でも変わらずそのままあってなんだかすごく特別なまま残ってるということに
きのう久しぶりにスーパーのアイス売り場を覗いてみて気がついた
今やお店のカットされたケーキひとつより安いまるごとのビエネッタなのに
なぜこんなにもあの横長の箱の姿にときめくのだ!というくらいときめいた
買って急いで帰って一度冷凍庫に入れ気持ちを落ち着けてきれいなお皿出してきて箱を開けて中袋を開けてまるごと取り出して
しげしげ眺めたあとはじっこからフォークさして食べました すっっっっごくおいしかった 子供の頃の印象よりおいしかった
クリスマスに食べるいい素材いいお値段のホールケーキまるごとより強い幸福感で満たされてすっかり幸せになってしまった
思い出とかいろんな要素が絡みあっていま自分は舌と違うところで味わっているな、
カップタイプだとこんな風に感じたりしないだろうな、と頭のどこかで思いながら
でもそんなことどうでもよくなるくらいとにかく贅沢で贅沢で、とてもとてもとてもおいしかった
ちょっと忘れかけてた子供の頃の自分の夢を今更叶えてやった昨日だった これからも一年に一回やろうと思った
継ぎ足し継ぎ足し続けた秘伝のタレがついになくなってしまいました。恐れていたことがついに現実になり、主文を後回しにされ死刑判決を待つ死刑囚がどんな気持ちなのか、わずかばかりにも理解できた気がしました。
ご存知の方は少ないかもしれませんが、秘伝のタレはNTTの基盤を支える大事なものです。NTTの基盤とはなにか。それを知りたがる方は多いです。これを読んでいる皆さんも知りたいでしょう。老婆心ながらに忠告しておきましょう。今から私が教える以上のことを知ろうとしてはいけない。それは命にかかわることです。どうか好奇心を鎮めてください。
NTTの基本構想が練られていたのは戦後間もなくのこと。戦争で荒れ果てた国を見て、農家の三男坊である宗田門左衛門は嘆きました。このままじゃいけない。必ず日本を立て直すと。こうして宗田は小学校を落第した頭で一生懸命考えて、日本再生計画を練っていったのです。
8年後、宗田は日光の山奥にいました。猿を捕まえるためです。日本再生計画は挫折しましたが、猿は今後絶対に必要になります。猿がいなければ天狗に負けてしまいます。勢力を拡大し続ける天狗軍を止めるべく宗田はここから10年間野山を駆け回りました。
宗田は天狗との戦いの最中に死にましたが、宗田が捕まえた猿の活躍によって日本は天狗軍団からの侵略戦争に勝利することができました。戦後、猿は殺処分されました。宗田は活躍が讃えられ西郷どんの隣に宗田どんとして銅像が建てられました。
私は宗田とともに日光の山奥を駆け回った戦友の一人です。戦後、私は毎日のように宗田の銅像の元へ通いました。それほど私は彼のことを尊敬していたのです。
ある日、私は宗田の銅像の尻の部分からとろとろした茶色の液体が流れ出ていることに気づきました。それはチョコレートのようでしたが甘い香りはなく、むしろ刺激的なにおいが漂っていました。私は思い切ってぺろりぺろりとなめてみました。全身を突き抜ける稲妻。痺れる舌。まさに革命的な味でした。
これこそがNTTの前身である日本うんうん公社の基盤となった秘伝のタレなのです。
子供の頃ロールケーキは貧乏人の食べ物だと思っていた。寿司に例えるなら巻き寿司のような存在だ。だが歳をとってみるとロールケーキぐらいの甘さがちょうど良い。チョコレートや生クリームの塊は中年にはキツイ。若い時にもっといろんなものを食べておけばよかった。
このオジサンうざい~という話題に挙がらない、中(無)好感度の中年になる。
説教・アドバイス、その他さまざまな謎アプローチがよくここに当てはまる。
この指針を遵守するには、「相手が求めているかどうか」を正しく見極めるスキルが必要。
そして気づくのは「ほとんどの人は、俺に何も求めていない」ということ。
アドバイスも意見も金もチョコレートも、他人の私から急にもらうには不気味なものだ。
とはいえ、なんらかの理由によって誰かにアプローチしたいことはある。
そこでも大事なのは「相手が何を求めているか」ではあるんだが、
それより大切なのは「なぜ・その人に・どんな・アプローチをしたいのか」を自分によく問いかけること。
というのは、自然にしたくなることほど、自分の動機に無自覚になりがちだから。
わかりやすいのは異性関係。とにかく歯止めが効きづらい。。もちろん単純な性欲だけでなく、異性のお気に入りの人から気に入られたい~ってとき、だれでもコントロールに失敗しやすい気がする。周りの友達は男女ともそう。
どうしても何か接触をしたいなら、上記を重々自覚のうえ、ほんの少しずつ、誰からもらってもうれしいものを渡す だけでよい。
・(重すぎない)感謝(だけ)
・(重すぎない)応援(だけ)
・(軽く)存在を気にかける
すぐ余計なアドバイスを付け足したくなりそうなので気を付ける。役に立とうと張り切らなくてよい。
とにかく熱量とかタイミングの波長を合わせることだと思う。合わねーわって思った人に絡まれ続けるのは俺だってつらい。
もし自分の中で熱が高まっているようなら、いっそまったく別の何かに分散させるのがよい。ポメラニアンかいたい
実際にはおじさんだけでなくおばさん、というか老いも若きも男も女もこういったうざい人になってしまう可能性を多少なりとも持っているだろう。
できれば互いにフィードバックを与え合える仲間をもって、こんな感じの指針を胸に、うまい距離感をとれる中年になっていきたい。
理由。
昔々、もう遠い昔の出来事。
給食当番を無理やり代わりにやらされたり、ひどい暴言で罵られたり。
消しゴムを裂かれて、シャーペンの芯を手や肩に刺されたりしたこともあった。
もう本当にひどくて、つらかった。
よく”いじめられる側に原因がある”なんて言う人がいるけど。
「お母さんがいないこと」
私がまだ小さいうちに両親は別居し、あれよあれよと言う間に離婚した。
父親一族は家の後継ぎ欲しさに、一人っ子だった私をろくに子育てもしないくせに強引に引き取った。
母親は泣く泣く私を手放したが、相当揉めたのだろう(この辺りの詳しい事情を私は知らない)。
月に数回、実父のもとを離れて、母と遊びに行く時間をもらうことができた。
だから厳密に言えば、生き別れでも死に別れでもない。
決して「目の前にいない」わけではなかったのだ。
会いに行こうとすれば会える。
話ができる。
本当に幸せだった。
今考えれば、このあたりが気に食わなかったのかもしれない。
「お母さんいないんだよね」
両親が離婚したことは、その女の子には言っていなかったが、なぜか知っていた。
流行りの通信学習講座でもらったプレゼントがあれば、それを取り上げて隠し、勝手に使う。
お楽しみ会でくじ引きがあれば、私が引く前だけわざと中身を見て、私に都合の悪いくじを引かせようとする。
1人がいじめ出すと、いじめられっ子と特に関わりのない子までいじめるようになるらしく、いじめはクラス全体に広がってしまった。
何かあれば「お母さんがいないのをばらすぞ」と脅された。
いないわけではない。それなのに、そんなことを言われるのが悔しかった。
学校に行くのが嫌だったが、それとは比にならないほど、家庭環境(実父と祖母)が悪かったせいで、不登校にはならなかった。
その頃、母は再婚して、実父とは大違いの、優しい義父と3人で遊びに行くようになった。
それからは、4人で遊びに行ったり、家で家族団欒したりするようになった。
多分これも、いじめてきた女の子にとっては気に食わないことだったのだと思う。
いや、あの女の子にこの辺りのこと一言も言ってないんだけどさ。
というか、このことは友達にも父方の親戚にもほとんど話してない。
何度も何度も、バラすぞと言われて脅された。
仲の良い友達は他のクラスにたくさんいた。だけど、いじめは、友達のいないところで受けていた。
母親がいないせいで(もちろんいじめる側が悪いのだけれど)いじめられてるってバレたくなかった。
相談しても「お母さんがいないからだね」なんて言われるはずがないことぐらい分かっていた。
だけど、どうしてだか分からないけれど、誰にも相談できなかった。
ーーーーーーーーーー
私は知っていた。
いじめてきたその女の子の両親は離婚していて、その子にはお父さんがいないことを。
私が母から聞いたように、きっと、あの女の子も誰かから人づてに、私の家庭環境について知ったのだろう。
不思議と、「相手の身の上をばらしてやろう」とは思わなかった。
結局、ばらすことはしなかった。
きっと、あの女の子は、私が何も知らないとでも思っていたのだろう。
あの時はそう思っていた。
離婚していても、離れ離れになっている親や兄弟と会うことのできている、私の環境がうらやましかったのだろうか?
そんな風に思ったのは、随分後になってからのことだった。
だけど
いじめられる側にも原因がある、という人たちへ。
声が汚いから。
本人がどうにか努力して、変えられることですか?
足が遅いから。
もし百万歩譲って、本人に原因があるとしても、いじめていい理由にはなりませんよね?
伝わりましたか?
いじめって。
それでもまだ、いじめられる側に原因があるっておっしゃいますか??
それでは、見方を変えてみましょうか?
そういうの、身を滅ぼしますよ?
例えましょう。
「〇〇って部署のアイツ、男のくせに男と付き合ってるらしいぜ。俺、先週見たんだよ。男と2人で手繋いでデパートに入っていくの。アイツと同じ部署になりたくねーわ。気持ちわりーww」
あなたがそれを笑いながら話している相手、同性愛者かもしれないって考えたことありますか?
その会話を黙って聞いている、遠くのデスクのあなたの上司、同性愛者だったらどうしますか?
両性愛者かもしれませんよ??
あなたの印象悪くなりませんか?
え?????
ちょっと待って。
だってそれ、取引先の会社の人と飲み会したりしてるときに、酒に酔ってポロっと口走っちゃうかもしれませんよ?
言っていいことと悪いことが分からない人だと思われるかもしれませんよ?
働いている時はダメ?
プライベートな付き合いだったらいい?
あ、絶対違うって?
お気づきでしょうか?
あなたの恋人も、両性愛者であることをあなたに言えないまま、あなたと付き合っているのかもしれないですよ。
いい加減、差別する人間の方がマイノリティな世の中になりつつあるって気づけよ?
※セクシュアルマジョリティ&いじめっ子&差別主義者の読者が前提みたいな書き方をしてしまって申し訳ないです。読者の大部分の方々は、私がこんなに熱弁せずとも、お分りいただけると思っています(これも一種の偏見なのかもしれませんが)。もうこんなにひどい差別はなくなって欲しいです。
話が逸れました。熱くなりすぎましたね。続けます。
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中学2年の時、クラス替えでその女の子とは別のクラスになった。
中学3年になった。
クラスメイトの男の子がいじめられていて、クラス中で大問題になった。
聞いた話だと、わざわざ見張り要員まで用意した上で、ターゲットにされたクラスメイトに対して暴力をふるったそうだ。
この件にあの女の子は無関係だけど、いじめをより一層のトラウマにした。
そう思った私は、合格圏内だった地区二番手の進学校(いじめてた女の子はそこに進学した)を受験するのをやめ、いじめっ子全員とは別の高校に進学した。
やっと自由になれた。そう思った。実際、その通りだった。
好きなことを好きなだけ勉強できた。
幸せだった。
旧帝とか早慶上理とかではないけれど、行きたかった大学にも合格できた。
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後日談として。
ここから先はほとんど独り言&愚痴みたいなものですので、読みたくない方は読まなくても結構です。
ちなみに、先にお断りしておきますが、お互いに謝って仲直りの握手をしてハッピーエンド!!めでたく仲直り!!みたいな展開は一欠片もございません。
そもそも、直す仲もございませんし。
まあ、高校が離れていたけれど、相変わらず同じ地区に住んでいたし、買い物したりしてると遭遇してしまうんですよね。
しかも私がよく行く店でアルバイトを始めたから、嫌でも会ってしまうことに。
途中で辞めたんだかシフトを減らしたのか知らないけど、そういやいつの間にか見かけなくなった。
それと、私が勉強に部活に忙しくなって、あんまり学校以外の場所に出没しなくなったせいだと思うけど、街でも会うことはなくなった。
次に再会してしまったのは、高校3年生の暮れにあった、大学入試センター試験の模擬テストのときだった。
大学のキャンパスとか、センター試験が実際に行われる会場を借りて行われるテストで、休憩時間?に遭遇してしまった。
私の名前を呼び、話しかけてきたが、挨拶をしたぐらいでほとんど話さなかった(気がする)。
遭遇したことは覚えているが、多分この頃には、記憶に残すのも勿体無いほど、どうでもいい存在になっていたんだと思う。
ここまでの記憶で終わっていれば、ああ、そんな控えめに言っても人間の風上にも置けない最低な人いたなーぐらいの存在の枠に収まっていたかもしれない(じゅうぶんすぎるほどのインパクトはあるし、自分でもひどいことを言っているとは思うが)。
控えめに言う。
お前、どのツラ下げて友達名乗ろうとしてんの?
勘違いも甚だしいよね。
しかも付随して来たメッセージに音符(♪だったかな?)ついてたし。
そしたら、何年か経った後で、また別のSNSで友達申請が来ました。
このSNSはメッセージつけられないから、友達リクエストが届きましたって通知が来ただけだけど。
あんなにひどいことをしておいて、
自覚ないんだね。
遺憾です。もちろん今回は即ブロ。
友達のお父さんが「みんな預けたくないって言ってる」って言ってたよ。
みんなって誰だか知らないけど。
今、友達のお父さんって言ったけど、実は私も同じこと思ってるよ。
そうこう言ってるうちに、幼稚園お辞めになられたそうですね。
かぶっている猫が足りなくなったんですかね。
知らないけど。
多分、私も相当ひどいこと言ってるね。
一言だけ。
しないと思うけど、もし、この歳になっても、また前と同じことをするのなら、その時はもう容赦しないよ。
私の夫は、手癖が悪いです。
理由を聞くと「みんなやってるし、僕も取られた事があるから。」
以前の勤務先では、
夫は残業中、勤務先の人のデスクの中を勝手に開けて、勝手に同僚のタバコをくすねたり、
理由を聞くと「だって、外でられないし、お金ないし、お腹すいているから。」
トイレに行くために防犯装置が発動してドアが外から開けられなくなるらしく、仕事しているスペースに戻れなくなるとのこと。
仕方なく、机の下でペットボトルに排尿していたそうです。
そのペットボトルは、尿が入ったまま、ペットボトル用のゴミ箱に捨てていたと言っています。
今は、金がなくなると、私のカバンを勝手に開けて財布から金を抜き取る。
祖父母や親戚から、子供たちあてにもらったお年玉や小遣いを勝手に盗む。
義親戚の叔母から子供たちようにもらった幼児用のアンパンマンビスケットは、夜中に帰ってきた夫の胃の中に消えた。
苦情は聞き流せばいいと思っています。
マナーが全く守れませんし、守る気がありません。
何度注意をしても、注意の仕方を変えてもききません。
注意に対して「それ、他人の目が怖いから言ってるだけだろ!」と言われました。
夫は40歳です。
夫の母親67歳も、相手の立場になって考えることができない障害を持っています。
夫の母親は遠方に住んでいるのですが、こちらの必要としないガラクタや食べない食料を大量に送ってきます。
共働きで日中不在なのに、毎回日時指定をせず、こちらの都合も確認せず、ゆうパックを送ってきます。
夫の障害は、少なからず義母からの遺伝と、義母がまともな躾をできなかったせいだと思います。
これ、なんていう病気ですか?
病院に行くとしたら何科ですか?
治る薬ありますか?
ペットボトルに入れた尿の廃棄や確信犯の窃盗、迷惑行為が続く場合、
もう死んで欲しいのですが、どうすればいいですか?
大学のセンセイだって自分の専門から離れたら頭がいいだけの素人だ。
しかも、何が健康がいいか悪いかも科学的知見というのは、誰かが確かめたか自分が調査して確かめたかの2択だが、9割が前者。
だから、その気になって論文を大量に読みまくれば素人でも比較検討はできる。
さらに、たとえばトマトが健康にいいだの悪いだので、科学的に検証しようと思えばトマトを大量に食事に入れているグループと、トマトを全く食べないグループを設定し、
他の条件をすべて揃え長期的に調査するとかそんな形で立証する。というか、そういうことをしてるから新薬なんてのはべらぼうに高くなる。
日用品なんてこんな厳密なことまずやらないし、調査費用を投資としてだして利益を挙げれるところなんてそうそういない。
あえて言うなら、チョコレートは健康にいいかもしれないという調査研究に活発に金だしてるところがある。
故に、チョコレートはあれこれいろんなものに健康にいいんだという調査結果が多くてゆがんでるなんて話があるな。
つまり、日用品の何がいいだの悪いだのというのは、科学的立証は実は誰もできない。多分健康に良さそう?ぐらいは言えるぐらいで。
秋の始まりに誕生日があるので、今年もプレゼントでハンドクリームをいただいた。
でも、去年貰ったサボンのハンドクリームも、一昨年貰ったマークス&ウェブのクリームも海外旅行のお土産のヴェレダのハンドクリームもまだ未開封。
選んでくれた気持ちはとても嬉しい。でも、ワンシーズンに使い切れるのはせいぜい2本が良いところなんだよ……。
香りがしっかり残るタイプのハンドクリーム、自分じゃたくさん使えない。そして、手に湿疹があるので使ってみたらダメだった、というのが結構ある。
ここ数年本当にハンドクリームのプレゼントが消費しきれず、積み上がっている。
手軽に買えるからってハンドクリームを贈るのはやめて。送別や返礼の品でよくあるハンカチ並に持て余すからやめて。
ハロウィン終わったらそろそろクリスマスプレゼントとかの話題になるんだろうけど、アラサー女にハンドクリームを安易に贈るのは止めてくれよ! それならちょっと良い値段のチョコレートとかジャムとが欲しいよ!
上司は50代で、髪の毛は白髪交じりの全体グレーなんだけど、それが逆にオシャレ。
濃い目のグレースーツをビシッと着こなしているし、しっかりした体つき。
身長は170後半くらいあると思う。足が長いからか、歩幅がでかい。
仕事も出来るし、人の電話対応内容に聞き耳立ててて全部知ってたりするし
伝えていない情報から、5年前のトラブル内容まではっきりと覚えている。しかもフォローまでしてくれる。
新しいアニメは全部1話必ず見るし、ニュースも見るし、新聞も見るし、
とにかく話題が豊富で誰とでも仲良くなっちゃう。1を聞けば10察する。人としてすごく尊敬している。
「奢るからお昼一緒に行こう」と言われた。
もちろんOKを出し、お昼に行ったんだけど
ご飯を食べ終わった後に、上司が「まだ時間があるね」といいつつ
メニューを見ていた。
何を見ているのかとおもったら、デザートだった。
「チョコレートパフェ1つと、苺パフェ1つお願いします」と店員さんに頼んだ。
店員さんを呼んでもらった上に注文してもらったのでお礼を言い、
1リットルのパックジュース並みのサイズのパフェだった。デカイ。
上司が「増田ちゃんどっちが好き?」ときいてきたが、正直どちらも好きなので
どっちでも構わない旨を伝えると、上司はチョコパフェを私のほうに渡してきた。
その後、二人して「おいしいですね」なんていいながらパフェを食べたんだけど上司が可愛すぎた!!
キラキラした少年のような目で、ワクワクした感じで食べてるんだもん。
「男だし、おじさんだと一人だと食べづらいから付き合ってもらっちゃったね」って言われたけど
会計の際に奢ってもらったのでお礼を言っていると「また付き合ってね」と言われた。
「甘いもの好きなんですか?」って聞くと、
「コーヒーとかお酒とか好きそうな顔してるって言われるけど、結構好きなんだ」って言われた。
これみて思い出したけど、
個包装のチョコレートやキャンディが数十種類くらい飾って盛られてて
好きなものを選んで袋詰めして買うゆっくり回転する円形の什器、あれ今でも現役なのかな
かつて札幌エスタにあったと思うけどっていうか今でもあるのか? いつも通ってるはずのに思い出せない
とにかくこれは懐かしいものの象徴って気がする 自分の子供時代は平成だけど昭和の頃からあったのかな
小さい頃2、3回くらい、しかも少量しか買ってもらえた記憶がないけれど、なんだか妙にときめくところがある
あの回転台が消える前に大人買いを実行してみるべきだったな…と考え始めてしまって止まらない
実際やってみるとこんなものかとも思うだろうしそんなにおいしくもないとも思うかもしれないけど、
総選挙の結果たけのこの里が勝利したというニュースを見た。結果はどちらでもいい。しかし、支持層の年齢分布を知りたい。
断言するがたけのこの里派、きのこの山派は年齢によって変化する。
私も若い時分は圧倒的にたけのこの里派であった。きのこの山なぞ比べるに値しないものだと信じて疑わなかった。
しかし、大人になって久しぶりにたけのこの里を食べたときに異変に気付いた。たけのこの里はひとはこ食べるにはえぐいのである。
As you know, たけのこの里はビスケット?生地の部分までチョコレートがコーティングされている。こどもの頃はこの部分がまさに
たけのこの里の利点だったのだが、大人になって食べてみると逆にこの部分がしつこく感じるようになったのである。
いっぽうできのこの山は取っ手の部分にチョコレートがコーティングされておらず、続けて摂取する場合に、取っ手部分の塩気が
いい具合にチョコレートの甘味を中和してくれることに気付いた。大人にちょうどいいチョコレート配分なのだ。
きのこの山がたけのこの里に比べて優れているという話をしたいわけではない。
きのこの山とたけのこの里は互いに利点と弱点があり、その感じ方は年齢によって変化していくものだということを言いたいのである。