はてなキーワード: 誹謗中傷とは
AIユーザーに対してさんざん犯罪者扱い等の誹謗中傷してきたクズの反AIどもについては筆折ろうがどうなろうが知ったことではないが、その絵師さんは別に反AIじゃなかったっぽいから可哀想だね
事実が確定してない中、適当に誹謗中傷してる奴らの記録残してます
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.dailyshincho.jp/article/2024/02021947/
もし、無罪ってことになったら、名誉毀損として訴えやすくなるように発言内容と発信者をリスト化してる
というか、推定無罪として無実と扱われるべき人間に対して言っていいことじゃないだろ
これ見てお前らどう思う?
「こんなに眠くなるなんて、薬物使われた可能性もあるのでは」
→勝手な憶測で誹謗中傷してるやん。可能性を言うなら女側が虚偽告訴してる可能性もあるのに、それに触れないってのがきしょい
「女はグルーピーかと思ったら、(性的でない)プロの接待者で、それを薬物で昏睡させた。完全な犯罪じゃん。松本よりも、はるかに悪質だ。同意の有無があるか、という以前の問題。昏睡させたら、強姦罪が成立する。」
→可能性ですらなく言い切ってるやん。これは酷すぎる
安倍晋三がどれだけ酷い政治家だったとしても、暗殺という形は正当化できないのと同程度には、仁藤夢乃がどれだけ酷い活動家だったとしても、暇ナントカの誹謗中傷は正当化できないよなぁ、くらいの感想。
安倍晋三を正当な場で裁く前に「若くして命を落とした英雄」というポジションを与えた山上のことは恨んでも恨みきれないし、仁藤夢乃を正当な場で裁く前に「不当な差別によって弾圧された可哀想な被害者」というポジションを与えた暇ナントカさんのことは恨んでも恨みきれない。
誰か知らない人もいるだろうけどコナンのベイカー街の亡霊の脚本家といえば良いだろうか。
あれもまぁまぁ原作と違う部分があって結構な叩かれ方したんだが、でも作品自体は評価があった。
彼は自死している。
ここで詳しくは本人のWikipediaへ誘導するのが適切だと思うのだが、シナリオ作家協会で出す月刊誌で告発がなされたことがある。
>重政隆文による人物考
以下を読んで貰えればと思う。
>「自分の描きたいことを描いた脚本が他人によってズタズタにされた例と、まったく関与していない人物が脚本に名を連ねる例。その二つの例をともに経験した脚本家が野沢尚だ」
詳細がページに記載されている。
「原作者」としての脚本家の立場について昔から何も変わっていないことがわかるだろう。彼がどれだけ戦い続けたかも大体だが想像できる。
それに今の若い人は2000年代以前に活躍した人がネットの誹謗中傷に悩んだことを想像できていないのかもしれないが、この頃から起きているのに依然苦しみは繰り返されていることも分かる。
今回、芦原妃名子氏の場合は自らの説明があったからこそ世間に騒がれるものになったが、映像業界はどれだけの創造者の心を蝕んでいるのか。
https://twitter.com/animatebooks/status/1752955441116782660
暇空茜の書籍宣伝のこのツイートで、アニメイトは短縮URLサービスを使い書籍ページリンクをttps://qr.paps.jp/JgoMBと記載
URLにpapsとあるから察しが付くかも知れないが、このサービスは女性支援団体「ぱっぷす」のものである(ttps://qr.paps.jp/)
ぱっぷすはリベンジポルノ被害や、甘言に乗って性的画像を送ってしまい脅されているなどの女性の相談に乗ったり弁護士を立てるなどの活動をしている
動画URLは長くなりがちなので、報告用に短縮URLサービスも提供している
暇空はColaboだけでなくぱっぷすも誹謗中傷対象にしている
盲目的に暇空を信じ込んでいる大勢の信者がぱっぷすを叩いているが、URL短縮サービスの提供まで知っているアニメイトのツイート担当者はかなりディープに暇空にはまっているようだ
たまたまぱっぷすサービスにたどり着いただけ、とは考えられない
アニメイトは普段、短縮URLサービス使用時はもっとメジャーで安定性のあるhttps://x.gd/を使っている
ttps://twitter.com/animatebooks/status/1753267054189371434
ttps://twitter.com/animatebooks/status/1753225624406348012
ttps://twitter.com/animatebooks/status/1751768191674786240
(from:animatebooks) x.gd
(from:animatebooks) qr.paps.jp
ディープな暇アノンがアニメイトの広報をしており、揶揄してぱっぷすを使ったのだろう
嫌がらせのために使われていると判断したのか、ぱっぷすはリンク解除しておりhttps://qr.paps.jp/JgoMBで暇空書籍のページに飛べなくなっている
暇空は、Colaboを叩くようになったのは、代表の仁藤夢乃が温泉むすめ批判をしたからと理由づけている
一方でぱっぷす代表の金尻カズナは特にそういう発言はしていない
女を救う活動全般が腹立たしいというのはあるだろうが、仁藤夢乃を狙うように言ったのが暇空の相棒なるくんであるように、金尻カズナも第三者に狙えと言われたのだろう
彼の名前で検索すればどのような暴言、容姿中傷、女性差別外国人差別があるかはいくらでもソースが出てくるので割愛
垣鍔はbioに「フェミが嫌い」とまで書いていた、そして女性の容姿にうるさい
金尻カズナはフェミであり垣鍔の好みに合致する容姿でもない、その点だけで彼は金尻カズナへの憎悪をふくらませていた
https://twitter.com/WhitePapers9
垣鍔は炎上を経て鍵アカウントになっているが、今でも金尻への加害欲求が止まらないので金尻の顔写真をアイコンにしている
ちなみに垣鍔は仁藤の弁護士である神原元のアンチでもあり、「あいつはネットでイキってるだけ」と叩いていたが、先日の暇空が欠席した裁判では神原に「異議あり」連呼されて萎縮し以下の会話しかできなかったという
垣鍔「先ほど本件について5000万円の損害があったと言いましたが……」
神原「異議有り。質問の前提が間違っている。あなたの質問の前提が間違ってます。メモを見直して」
垣鍔「えーとそうですか」
暇空茜は、以前は「暇なアーニャ」を名乗り『SPY×FAMILY』のアーニャのアイコンを使い、アーニャの口調を真似ていた
棒読みの読み上げソフトを使用した動画はスパム扱いでBANされてしまったため、VOCALOIDの琴葉茜を使うようになり、名前を暇空茜に改めて琴葉茜のアイコンを使うようになった
暇空茜のイラストは探偵服をモチーフにしているという独自性こそあるものの、独特なリボンの形状など琴葉茜の二次創作であることは明らかだ
もし琴葉茜の権利者が使うなと言ってきたら最高裁まで争うと暇空は宣言しており、権利者は特に暇空茜に言及することはない
しかし、琴葉茜の公式は二次創作を商用利用ではない場合のみ許可している。
ttps://aivoice.jp/character/kotonoha/
>本キャラクターの二次創作物を次の態様で使用することを許諾します:①当該二次創作物及びその複製物の、無償かつ完全非商用目的での公開及び配布。②同人サークルとして行う、当該二次創作物及びその複製物の制作に係る実費を超えない程度での有償配布及びそれに伴う公開。
暇空はYoutubeやnoteを金稼ぎの場として使っており商業利用を既にしている状態ではあるが、VOCALOIDの特性上、ネット上の使用はゆるい
しかし商業書籍で使うのは流石に憚られるのか、「ネトゲ戦記」のカバーデザインは中学生が着てる英字シャツのようなデザインで、今や暇空茜を象徴する存在である琴葉茜の二次創作イラストは使われていない
ところが、アニメイトは琴葉茜の二次創作イラストをPOPとして使用し、店頭に飾ると宣言した
無知のまま暇空に提供された画像を使った、というのは有り得ない
アニメイトの広報は、ぱっぷすの短縮URLをわざわざ今回だけ使う程度には暇空の活動内容をよく知っているし、暇空を信仰しているようだ
暇空茜
@himasoraakane
男のオタクは欲しい時に1人で行ってガッツリ買い占めたりする。万単位で
女のオタクは友達とキャッキャするとこまで楽しみのうちなので、千円くらいの買い物を毎週友達としてる
ttps://twitter.com/himasoraakane/status/1679978539800743936
AIに書き起こさせて、途中まで手を入れましたが面倒になったのでひとまずここで公開。
こんばんは、脚本家たちの深夜密談です。今週はちょっと先週からの予告を変更しまして、急遽セクシー田中さんのお話をしたいと思っております。言いますのもですね、やっぱり「脚本家の深夜密談」ということで脚本家の名前を貸している以上、ちょっと脚本家の立場からこの話をして、ご理解していただきたいところもあるなというところから、はい、急遽決めました。なかなか勇気のある決断だったので、私達だけでは心もとないので、40年にわたってテレビドラマで活躍されている伴一彦さんに急遽ゲストとして来ていただきました。伴さん、よろしくお願いいたします
よろしくお願いします。伴さんのお話をお伺いする前に、一応ちょっとここまでの経緯を簡単にお伝えしますと、まずこの件の発端というのが12月の24日に脚本家の方が、そして今月の26日に原作者である芦原妃名子さんが、それぞれなぜセクシー田中さんの9話と10話を原作者である芦原さんが書くに至ったのかという、経緯をSNSに投稿されるんですよね。
それを受けて、ニュース、Webニュースなどでも取り上げられたり、X上、SNS上で大炎上し始めるんです。当初はもう9割がた脚本家を責めるようなツイートが多くて、「原作クラッシャーだ」などとひどい攻撃が上がっておりまして、28日、昨日ですね、になって、原作者の方が「攻撃したかったわけではなくて、ごめんなさい」というツイートを残してアカウントを消されてるんですよね。その段階で、私自身も伴さんに「ちょっとお話したいんだ」とお願いしてはいたんですけれど、やはり当事者の方がもう触れて欲しくないのかなというツイート、アカウント消されてるってことは火消しにしたいのかなというので触れない方がいいのかなと、考えたりもしていたんですけれど、今日になって、芦原さんがお亡くなりになったというニュースが届きまして、やはりここはちゃんと取り上げて、脚本家のドラマに関してですよね。この件に関して私達は当事者ではなくて、あくまでも報道やSNS上、ご自身たちの発信で知ったことが全てですので、憶測で物も言いたくないですし、業界関係者から新たな情報を、確信もなく確認することもなく、手に入れてお話しするつもりもありません。あくまでも今わかってる事実に基づいて、ドラマ作りなど、あるいは脚色の仕方など、どんなことをキャッチし、脚本家がしてどんなトラブル、これまで起こったのかなどをお伝えできればなと思っております。はい。ということなんですけれど、伴さんもこれまでの経緯をかなり、こう、何て言うのですか、チェックされたりされているかと思うんですけれど、
はい。
いかがですか。
いや、僕もツイート、X、ポストか、したんですけど、やっぱり両方、原作者と脚本家両方がお互いの意向というか意思を知らないで、進んでしまってるのが一番の懸念かなと思ったんですよね。
うんうん。
そうなんですか。
そうですね、お友達になって飲みに行ってっていうかパターンの方が多いんですよね。
ええ、ええ
そのとき、もう、いや、だから、別に責めるっていうか、まぁ番組って、だから、脚本家が自由に書けるわけじゃないじゃないですか
はい。
監督が勝手に言っとるわけで、やっぱりプロデューサーが全ての責任を負うんですよね。この番組の方向性だとか、そういう本にするとか、誰に書かせるとか、そういうのは全部、あのうそこ、プロデューサーの仕事なので、僕の見えないところで、原作者と、いろんな交渉をして、ドラマ、バリューチェーン繋げてくれたんだなとは、今振り返って思うんですよね。
つまり、トラブルがなくすのが、プロデューサーの仕事というふうに思ってるんで。ただ、原作者の意図とかわからないときに「話し合いをしたい」とこっちが言ってるけれども、やっぱ間に入る編集の人とか、プロデューサーが「そこは会わせない方がいい」と思ったのか、お互いに忖度してくれてるのか、合わずに、あの、話が進んじゃう。で、最後に、何か打ち上げか何かでお会いしたときにはもう、記者会記者発表のときか、お会いしたときにはもう「面白かったです」って言ってくれたりみたいなことがあったんで、もっと早く…多忙な作家さんだったんで、うん、逢う時間がなかったのかもしれないけれども、何かあったらやっぱり直接会って話すというのが、一番誤解も解けるし、やりたいことも再確認できるし、いいんじゃないかなと思いますね。
そうですよね。私も、まぁ、テレビに限らず映画なんかでもそうなんですけど、やっぱり、私の感覚からすると、やっぱり脚本家と原作者って、やっぱり作家同士ですのでね、性質上どうしたって対立したりってする、しがちっていうか、私は当然だとは思ったりするところもあるんですよね。
ただ、そんなになんだろう、トラブルになる、トラブルが全くなかったってわけではなく、やっぱりこちらで書いたものを、原作者の方からこういう要請が来ましたみたいなことは結構ありますし、そこで意見がぶつかって、はい、まあね、「ちょっとうちで話しましょう」みたいな呼びつけられて、「なんかあなたって本当に私の原作のこと全然わかってないよね」みたいなことを言われてたこともありましたけど、ただ、やっぱり基本的に直接脚本家が原作者の方と会うってなかなかないですよね。それは、やっぱり、ですよね、だからそんなの「会わせたら、何かお互い何か対立するに違いない」みたいなこともあったり、プロデューサーが間に入り調節した結果、だから原作者の要望も十聴くのではなく、五聴くことにして、五は原作者の方に納得していただいて、持ち帰った五だけはこちらが説得されて直すとか、なんかそういうことで仕事をしてきた経験があるので、やっぱりTwitter上、X上でね、なんか「脚本家が原作を全部変えている」みたいな発言を見ると、とっても心が痛んだんですよね。
伴さん、経験上、ご自身、勝手に「もうこのキャラクターこっちに変更しますから」って言って通るってどれぐらいの確率であります?
いや、僕の声結構そういう意味じゃ、原作から変えてることが多いんですけど、例えばツイッターにも書きましたけど、クリスチャンとかも原則を歴史小説家なんですけれども、それもやめて探偵事務所にしてジョシュ担当の上司がいるんですけど、それも原作だと女性だけのお2人の男女にして、あともう1人、子供も加わってみたいなこともあるんで、ほとんどもう原作のエピソードも使ってないんですよね。
なるほどなるほどはい。でもそれに関しては寺沢さんって原作者の方からは何もなくそうですか。そのプロデューサーが止めてたのかどうかもわからないんですけれどもうん、うん最後のスタジオ収録の日、最終回のスタジオ収録のときにいらっしゃって、ホテルとかですって僕はちょっとドキドキしてたんですけれども、本当にご紹介あったみたいでいただいて、それから結構一緒に飲みに行くようになって、うん。
エースの悪口を言ったりとか、みたいな部分までだし、後で頑固も、もう、うん。原作はほとんど使ってないし、多分ちょっとだいぶ忘れてましたけどええ。昨日、犬がパートナーっていうのも、こっちで作ったやつだと思うんですよね。
ええ。国際の森本と書かれると森本翔子さんっていう方が原作者なんですけれども。はい。そう、何回目か、進んだときに、スタッフルームに手書きの漫画付きのFAXをいただいてそれがほ参りましたみたいな、多分本当に面白いこういう番号を書きたかったみたいな言葉で書かれてたんですよ。
なるほどねそのお2人の原作2入るときにですよその仕事を受ける段階でプロデューサーから原作ってどれくらい変えていいですよみたいな説明ってありました。いやあ、僕になかったと思いますなるほど。それいや、ちょっとこの、これをやるんだったらあれだ、うんをしたいとかね、運行しましょうみたいなのを企画会議でやって、うん大体そ、そこでまとまっただったと思いますよ。
やっぱりそれは企画会議っていうプロデューサーさんとの会議を経て、何か決定することで、強ねそれでその企画会議でややこれは原作通りに行ってやってくださいって言われたときに、晩餐です。あったとしてもなかなかるものではないんですよね。
原則通りにやれっていうことですか。ママ会会議場を、つまり晩餐1人の力で変えられるものなのかなっていう、それはもちろん、同意がないとできないです。できないですよねっていう僕がやるときは大体、プロデューサーと一緒に訪問することにしててはいはいええ。
監督後から入ってくる先生も出来上がったもので、うん、うん。ただ眼光の場合はもう現場のありもすごい面白い監督があって現場で思いついたことを入れてたりとかねやったんですけどそれを僕のシナリオからはみ出してない、原作からははみ出してると思ったんですけれども。
うんそれも面白がってくれてたんですよね。ですよね原作者の方の中には、やっぱり何か2種類いるなと思っていて。うん。もうね、原作は原作映像化は映像から全く別物なので、もう50にどうぞ出来上がりを楽しみにしていますっていうタイプの原作者さんも少なからず、いらっしゃるっていうそういうタイプの、多分今のね2ケースの場合は、バケツの場合は、多分そういう原作さんはファンだったのかなっていう気もするんですけど、その一方で、特に初めて書いた本ですとか、小説ですっていう作者さんに多いのが、やっぱり自分にとってすごくこだわりがあるので、はい。
原作はなるべく変えてもらいたくないですっていうような大きいケースもありますよね以前、前々回かな。陳亜美さんでもちょっと話題に出たやわらかい生活のね、はい車や作者さんも本当に思い出のある小説なのでっていうことでちょっと裁判になってしまったりとか、うんやわらかい生活でしたっけ、やわらかい生活ですねはいっていうのもあったりですねお父さんこんばんは。
もうアンさんのポストも拝見してます。ゆはい、拝見してましたってことでした。はい人偏に半分の判断でよろしくですそうです。はい。3社になってますねこれ細谷さん違います違います。それさんではないです。別な方失礼しました。
患者さんの知らないファンの方もいらっしゃるということで、はい、はい、うんそういうはい。いや、僕東野圭吾さんってどっちタイプなんですか。私は東野さんやったことないのでよくわからないただ作家の方でも作品るケースも結構あるんですよね。
この作品だったら自由にやってください。でもこれはっていうのがあって、だから私の場合はもう原作で企画ができた段階で、原作者の方ってどれくらい変えていい方だなんですかっていうのをまず聞くようにしてますねっていうぐらい、ちょっと最近はやはりこだわられる方が増えてるのかなっていう、以前よりも感覚としてこうっていう感じは、今月は東野圭吾さんが担当相を取った放課後っていうのを着色してるんですよ。
はいはいはい。ドスパラ部木曜ドラマストレートだったかな、うん、うん、それは高校が舞台のやつだったんで、もうちょっと青春寄りな精神者っぽいノリで書いたんですけど、それに関しても東野さんと会ってもいないし、何か意見を聞いたこともないんですよねそうなんですよねただやはり今回の場合、すごく実は特殊なケースだったんだなって後からわかったのがもうそのドラマー化を許可する段階の条件として、原則通りにやってくださいよという条件が出されていたっていうのが、うん。
ちょっと今回の場合、かなり特異なケースだなとは感じたんですよねただ、それを受けてしまったというか伴さん可能ですかと思うんですよね映像化するにあたって、原作まんまみたいな。上着を持ったまんまっていうのがあっても、媒体が違うわけだから、絶対ね同じものには何年か同じものにはならないですね。
なんですけれどやっぱりそれどこまでならないですよ。だけどできる限り、うん、もう原作を生かす方向でいきますみたいな説明がなされたのかとか、うん。やっぱりそのあたりがまずどうだったのかっていうことと、あとその点をどれだけ脚本家に伝えていたのかっていうこの2点がわからないので、いや、脚本家にすすめるとそれは全く伝わってない感じですもんねそうですそれはそうそう丸山を正木さんが書かれてるけれども、これだから約束事の問題ですよね。
何か緑色に悪いとかじゃなくて、そこがちゃんと伝わってない、両方が持ってることが違うっていう違ってたっていうことですかね。こういうのって普通の契約書みたいなのって交わすんですか。特に多分返してると思うんですけど、僕は1回も原作者と局が交わした契約書を見たことはないです。
脚本家が見れるものではないんですね。そうですねどういう約束しましたかみたいなことを聞くことは可能かと思うんですけど、僕は聞いたことはなくて、そういう質問したこともないんですけど、ただ、七瀬再び行って、筒井康隆さんの原作のやつをNHKでやったことがあるんですけど、そのときにはもう、プロデューサーが、筒井さんに、こういうふうに変えたい。
なぜならこういう理由ねみたいなことを、もう愛を込めた文章でメールを送られて、たところから始まったみたいですね。だからヘンリーっていう円だったかな、黒人が出てくるんですけれども、ちょっと時代的にも今の時代はちょっと黒人が上位に出てくるタイミングでみたいな、うん能力の話ですけど、それはちょっとまずいかなっていうものもあって、日本人に変えたんだけどね。
うん。ヘンリーというそれそれもこういう理由でみたいなこと言って、多分テレビかOKしてくれたと思うんですよ。手続きの場合は、もう本当にあの台本隅から隅まであって、原作者チェック以上に、ここはこのセリフは繋がってるかみたいなことまで毎回、メールをいただいてそれをプロデューサーが僕に直接見せてくれたんですよね。
そういうの直したまんま直したかちょっと忘れましたけれどもそういうやり取りをやりますよって言って始まる前にちょっと原宿のおうちにも挨拶というか、説明に行ったこともありますけどねうん。いやだけど、なんかお母さんの今のお話を聞いて何となく問題点がわかってきたなってちょっと感じたのがですね、とある原作者の方がすごくドラマ化にあたって揉めている最中にその原作者の方と会ってお話する機会があったんですよ私は関わりがなかったんですけど、うん。
そしたらその原作者が言うには、別に変えてくれてもいいんだけど、変えるなら変えるなりの理由を説明してもらいたいんだよっていう、そういうあたりをふわっとしたまま帰られても納得いくわけないじゃないですかってその方おっしゃってて、うん。
全くその通りだなと思ったんですよね。うん。こっちだってね他の方の原作を変えるには、変えた方がいいって確信がなかったら安易に変えてるわけじゃないじゃないですか。うん。それをどれだけね、お伝えして納得していただけるかっていうのはやっぱり丁寧なプロセスだし時間が必要なんだと思うんですよ。
うん。だけど、やっぱり最近のテレビドラマの撮影のスケジュールとか制作のスケジュールを見ると、うん多いスケジュールを取る余裕さえないような状況で作られてる場合って多いかなと思うんで、なんかねでも、そこは時間かけるべきところですよね。
本当そう思いますね。だってそこに時間かけなかったら、原作者にも意図が伝わらないし、虚構化にもう、なんですか、原則省の意図が伝わらないから、結局齟齬は発生してそのままずっといっちゃいますよねそうなんですよ。
だから不信感だけが募ってってくることなのかなってちょっとコメントいただいてるので、6木村さん、芦原さんが最後にはご自身で脚本を書かれていますが、前はご自身で脚本を書く話はなかったのかなと思いました。いやそれは多分ご自身も何か出ているニュースを読む限りは、本当は書きたいを書きたくて書いたわけではなかったという。
うん、うんね。推測はしないというは言いましたけど、多分最初の約束として提示されていたんですって。これは憶測じゃなく事実として出てるんですけれど、完結していないから、ドラマの完結する和に関しては自分のストーリーを使ってほしいセリフもそのまま書いてくださいという条件を出していたんですって、許諾のときにただその最中ですごく過失が多くて、時間的なことも考えて自分で書いた方がいいんじゃないかって決断されたんだろうと思うんですよね。
だからやはり脚本は脚本家で最初のうちきちんと任されていたんだろうと思います。そんなに何かね、無効な要求をされていたわけでもないし、ただやはり、なんていうんでしょうね。芦原さんには芦原さんのファンもいらっしゃるし、その脚本家さんには脚本家さんのファンもいるわけで、そのファンの方々がそれぞれね自分のが好きな脚本家さん、あるいは原作者さんに期待するものが多いし、その期待に応えたいと思うのってやっぱりそれはねお2人とも当然じゃないですか。
だからああいう説明に至ったんだろうと思うんですよねそれぞれのファンの方はそれ読んで納得すればそれで済むことだったのに、そうじゃない人たちなんかあまりにも攻めすぎなんじゃないのっていうのはちょっと感じましたね。
まあね芦田さんの最後のDとかツイートっていうか、そこがね、攻撃したかったわけじゃなくてってそうそうそうなんですよ。だからやっぱりね、うん。すいません、このプランだから、あの脚本家の方に非難が集中してるけれども、原則車に避難っていうのはな、ほとんど僕見たことがないんですけどそれ、それなのに、原作者がこういうことを書くっていうのはやっぱりSNSへの誹謗中傷に心を射止められたのかなと思っちゃいますけどね省察なんですその辺りはねあれなんですけれど、そうなんです。
なんでしょうねやっぱりここ最近、本当に私自身がもう行けない風潮だなって、やめてもらいたいなと思ってるのがすぐに対立構造で物を語りたがるっていうだからこれだって別にね、そこまで本課さんと原作者さんが直接的に2人で対立したりしていた話ではなかったように思うんですよ。
自殺者の「攻撃したくなかった」を却下して誹謗中傷の攻撃を続ける意味が分からん。
C = A ∨ (¬A → B)
A = 原作に忠実に
B = 作者が加筆修正する
C = 双方の約束
「誰がどう見てもアカンやろ」道義的に不誠実なのと法的にアウトは全く別なんだよな。
前者は信頼を失うので今後の日テレのドラマ化にあっての障害には間違いなくなるが、それでも民事裁判で追求することは出来ない。「不誠実な・能力のない会社である」と「債務を履行しない会社である」は別の問題で、後者は事実ではない以上は誹謗中傷になりかねないのよ。
有名人だから叩かれていい、メディアの玩具にされていい、監視される覚悟がないならそういう世界に入るなみたいなの何なんだ
別に問題起こしたら裏で金渡して終わりでいいじゃないか。問題を公開処刑ショーにして誹謗中傷を正義の行使と勘違いした人間を焚き付けて金を稼ぐ構造なんてなくなってしまえばいいのに
漫画原作のテレビドラマにおいて、メディアに合わせた原作の改変は必要不可欠である理由は多岐にわたります。異なるメディアはそれぞれ独自の特徴や表現手法を有しており、原作を忠実に再現するだけでは視聴者に響かない可能性があります。以下に、この主張の背後にあるいくつかの理由を探ります。
第一に、漫画とテレビドラマは視聴者に情報を伝える手段が異なります。漫画は静止画を通じて物語を進め、読者は自らのペースで進行を制御します。しかし、テレビドラマでは時間と映像が制約され、瞬時に情報を伝える必要があります。このため、漫画からドラマへの適応においては、ストーリーの要素や登場人物の性格を調整することが必要です。メディアに合わせたテンポや伝達方法の工夫が、視聴者により深く訴えかける手段となります。
また、漫画とテレビドラマでは視聴者との関わり方が異なります。漫画は一人で静かに読むことが一般的であり、読者は自身のペースで物語を消化します。しかし、テレビドラマは多くの人が同時に視聴する媒体であり、共感や感動を共有することが強調されます。原作の改変によって、視聴者とより深い共感を生む演出やストーリーの変更が可能となります。
さらに、漫画からテレビドラマへの移植においては、映像表現の力を活かすことが求められます。漫画では描写が限られている中、テレビドラマでは音楽、演技、映像など多様な要素が組み合わさり、より豊かな体験が可能です。このため、原作の改変を通じて視覚的な演出や音響効果を活かし、物語に奥行きや感情の深みを与えることが重要です。
原作の改変はまた、新たな視聴者を引き込む手段ともなります。漫画原作のテレビドラマは、原作ファンだけでなく、新たな視聴者にもアピールする必要があります。時には原作とは異なる展開やキャラクターの変更によって、予測不可能性や新鮮さを提供し、広範な層に愛される可能性が高まります。
最後に、制作上の制約も考慮すべき点です。特に長編漫画をドラマにする場合、全てを忠実に再現することは困難であり、短い時間内で的確に伝えるためには適宜の改変が必要です。これにより物語の要点がしっかりと描かれ、視聴者にとって理解しやすいものとなります。
総括すると、漫画原作のテレビドラマにおいては、メディアに合わせた原作の改変が不可欠です。異なる表現手法、視聴者との関わり方、映像表現の利用、新規視聴者へのアピール、制作上の制約といった要素を考慮し、オリジナリティを損なうことなく、より良いエンターテインメントを提供するためには、柔軟なアプローチが求められます。
横やりどうも
嘆願という一例が良くなかったかもしれないが、自分が言いたいのは個人を攻撃するのではなく企業・組織を巻き込めということ
個人を攻めても何の解決にもならない。今回のような出来事では特に誹謗中傷したところでやめてくださいで終わって論点がおかしくなる
別に個人の問題をないがしろにしろというのではない。企業・組織を巻き込むことで個人の問題も顕在化する
ジャニーズにしろ吉本にしろ宝塚にしろ、隠蔽や問題への不誠実な向き合いによって企業・組織に厳しいの声が上がったことで騒動がより大きくなった
日テレも今、追悼コメントで自爆して同じ状況に陥っている。小学館にも厳しい目が向けられている
自分が一般人だと思い込む増田が当たり前に理解できてないこと。
しかも日テレの公式垢は最終回批判コメントに『いいね』付けて回ってたみたいだし、TV屋はぜんぶまとめて一般人の感覚かけ離れすぎですのよ。だからTVは終わったのだ
それ、デマだぜ。
実際には「番組放送中はポジネガ含め全部のコメントに確認のためいいねしてた。放送終了に伴って運用終了していいねをやめた。至って普通。チェリーピッキングでネガコメだけにいいねしてるとかいうデマを信じた人は反省して。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/bunshun.jp/articles/-/68715 」
IPアドレスが控えられるサイトで匿名から記名の相手をデマを吹聴して誹謗中傷したりはしないんだよ、フツーの一般人は。民事訴訟で賠償食らうかもだし、そうでなくても相手を傷つけるからだ。
それに、社会に「仕事内容を愚痴ってはいけない」という圧力を掛けると、様々な問題が内々で処理されてしまうだろう。とりわけパワーバランスのある社内関係では立場の低いものは涙を飲みがちだ。
原作者サイドが書いたブログ記事だって、第三者に分かる状態で内情を暴露してるではないか。相手方に困惑や苦い気持ちをクレームのDMを入れて伝えるだけで済まさずに。でもそのお陰で、古くからある業界の根深い問題をみんなが知ることができた。