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はてなキーワード: 茶々とは

2016-09-12

日本史見てると

秀吉側室茶々信長に敗れた浅井長政の娘だったり(お市織田方の血が肝心なんだろうが)

家光の乳母春日の局が光秀の家臣斉藤利三の娘だったり

家康侍女ジュリアおたあが小西行長に育てられてたり(朝鮮から連れてこられたから育ての親でしかないが)

負けて滅んだ奴の名前が意外なところで出て来たりして面白い

2016-09-11

殴りながら「スルーしろ」と言うのはクソだけどさ

相手しても仕方ない人間意識の外から外すための訓練所としてネットはとても有効だと思う。

構って欲しいのか八つ当たりがしたいのか何かあるとすぐ喧嘩を売ってくるヤンキー漫画の三下チンピラみたいな奴は現実にもウジャウジャいる。

そいつらをいちいち相手にしてたら人生が何回あっても次々に壊されていってしまう程に。

他人の痛みも分からなければ損得勘定もないアホ共に巻き込まれての人生破壊回避する為にはスルー力は間違いなく必須だ。

そこでネットの出番である

ネットには本当にこれでもかという程に面倒くさくて関わっても全くメリットのない奴らがうじゃうじゃといる。

そいつらの入れてくる茶々右から左スルーしていくことで稼がれるスルー経験値は現実世界の非ではない。

2016-08-05

ポケモンGOを叩くのは許さないという空気

ここ一週間くらい、間違いなくそんな空気ネット支配している気がする。

主語デカいと茶々を入れてくる人もいるだろうからはてブ限定した話でも構わん。

ここまで現実と密接にリンクしたゲームが大流行したのは初めてなんだから不快に思う人もいるだろうし、気味悪く思う人ももちろんいるのは想像できる。

想定していない人がワラワラくるから平和公園や寺にポケストップを置くな、という批判はまあわからんでもないし、勤務中や休憩時間ポケモンGOを使うな、ということについては、会社私物スマホを使うなという規約がある会社だってあるんだから、そんな規約が設けられてもまあそういうのもあるよねって感じでしかない。実際のところ、1から10まで全部間違っている批判なんてのはそうそうなく、まあそういう考えもあるよねくらいで、同意できる批判も多い。やくみつるによる批判例外ではない。

何より流行り物は基本的に叩かれる運命にあるんだし、叩かれることで一般的に知られるし、前述の不快に思う人や気味悪く思う人との折り合いがついて、社会に馴染んでいくステップにもなるんだから、叩かれること自体自分はそんなに悪いとは思わない。「まーた、叩きが始まった」くらいでどっしり構えていればいい。

からポケモンGO叩きのニュースがあると、そんなニュース存在は許さないと言わんばかりに色々と屁理屈をこねて必死に叩いているコメを見るのは、もう気味が悪くて。

理解の乏しい大人による叩きということで、流しておけばいいじゃん。必死に叩き返そうとするから、叩くほうも面白がってるんじゃないの?という気すら最近はする。

2016-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20160724235331

ここまで極端では無いけどファッションコミュニケーション障壁になるというこの感覚はすごくある。

ファッションって達成する目的があるようなものでは無いから、興味が無かったりそもそもファッション投資出来る環境で無ければ全く関わらずに過ごしていくことも出来る。

記事で「女性には先天的もの」と言っていたけど多分これは語弊があって、女性はこの感覚を養う環境比較的整っているというほうが近く感じる。

先入観もあるけど女の子はやっぱり子供の頃から気を配る印象があるし、女親もそれなりに手をかけてあげるだろうしむしろ自分の楽しみとして

洒落させてあげることすらあるだろう。そもそも金のかけ方が全く違う。

男についてはこの辺りが全く無い。自分は偶然元記事と同じ 27 歳だけど、少なくとも小学生の頃に男でお洒落意識のある同級生はいなかった記憶があるし

服を買って貰うくらいならむしろそれよりもミニ四駆ゲームソフトなど欲しいものがあり過ぎた。

小学校女の子同士でファッションコミュニケーションは成り経つかもしれないが、男では成り立たない。

そしてこれがなんらかの要因で、自分スクールカースト底辺だったからだけど、周囲がファッションに関心を持つ頃に

それに関わること無く過ごしていくことで必要性を見出せなくなる。

周囲の環境も同じような人で構成されていくようになるから困ることも無い。

ファッション人にせよそうでないにせよこれで住み分けが出来てしまってる人は問題無いというか関係無いんだけど、稀にそうでない場合が出てくることがある。

例えば、あくまで例だけど、採用面接に向けてスーツを着るとする。スーツなんて誰でも着れるだろ、なんでもいいだろという話だろうけど

この誰でも、何でもはファッション人かそうで無いかで恐らく価値観が全く違う。自分の例で言うと多分ワゴンの 2 万しないようなスーツ

着ていたし、ネクタイも色とか適当で締めれればいいと思っていてタイピンは上着着てれば見えないか不要だと思っていた(いる)。

共感する人もいるだろうし常識が無いという人もいるだろう、多分後者のほうが圧倒的に多いはずだ。

もっと言うと住み分け的にはこういう人種スーツ要求されないような職種に着くのが正しい。が、そうでない事情が発生するとこういうケースが起きる。

例えば、恋人が出来た場合ファッション趣味らしいがそれを自分要求してくることは無い。無いんだけど、それと自分意識しないかは別だ。

自分学生の頃から衣替えも不要な程度の衣類を着回している。一緒にいて恥ずかしい思いをさせないんだろうか。

出来ることは改善したいがそういう環境で生きてきておらず知識が無い。価値観が無い。常識が無いと思われるのでは。

妄想乙など余計な茶々が入ると面倒なので書くと、これはほぼ実体験でこれを含めた様々な劣等感に苛まれているうちにふられた。

ファッションについての義務教育をやれとは思わないが、本人が決定出来ない環境でこういった障壁が出来るのは厳しいものがある。

だいぶ元記事から曲解している自覚はあるが、こういう障壁に直面した時に攻撃的な解釈をすると元記事のようになるんだろう。

先にも言った通り住み分け出来ている人間からはこういった価値観理解されず、どちらかに倒した言及しかされないので分かり手が少ない。

トラックバックブコメも(気持ちは分かるが)全体的に人格攻撃ばかりで本質的言及が無かったので気になり、慣れないながら投稿した。

2016-07-22

良いエンジニアの条件ってさ・・・

以下の記事を読んでの考察

https://nanapi.com/ja/122917

上記内の記事でもそうだし、

散々いろんな優秀な方々が言ってることだから

良いエンジニアになるのに一番大事なことって

技術が単純に好きなこと」

なのだろう。。。多分。

そこでふと思ったんだけど

この技術が「好き」という想いには

レベル存在しているのではなかろうか。

自分はまだ駆け出しのPGだが、

以下は自分想像した

アプリケーションエンジニアの「好き」レベルである


Level1】:

ネット本屋で新しい技術を目にすると、ざっと確認してしまう習慣がある。

ありがちな言動:「ふむふむ(ほむほむ)」

Level2】:

Level1に加え、自宅でWebサーバを公開したり、アプリ作成している。

またこのレベルからデザインUI/UXDBセキュリティインフラ技術など、興味関心が多分野へ渡りコミットし始める。

ありがちな言動:「今日アクセスが10増えたぞい。ぐふっ」

Level3】:

Level2に加え、休日はしっかりと時間を確保し、技術習得や、OSSへのコミットを楽しんでいる。

ありがちな言動:「今日×コミット×コンプ♪」

Level4】:

Level3に加え、技術面白すぎて、いろんなアイデアが一日中頭の中に浮かび、

気づいたら毎日手を動かして何らかの実装をしている。

ありがちな言動:「フォオオオオオオオオー」

Level5】:

Level4に加え、FWライブラリソース読破し、茶々を入れることに喜びを覚える。

また実際にコミットも行えるLevelに到達。

ありがちな言動:「これはアカン。。」

Level6】:

Level5に加え、言語設計にまで手を伸ばし始める。

現在第2のMatzになるため、世間から隠れたところで日々ハッピーエンジニアリングに勤しむ。

ありがちな言動:「俺が最高の言語、作っちゃる!!!



↑これあってる?

2016-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20160718131933

なるほど。長文を書くと中卒がバレるから、短く茶々を入れる事にしたんだね。

権威主義に陥るつもりは無いけど、学んでいる人は尊重すべき対象だと思うよ。

全てのの専門家にはなれないから、信用できる専門家を探す能力大事だ。これもコミュ力学習の一環だから、君には出来ないだろうけどね。

中卒引きこもりニートには無制限時間が有るだろうから、都合の良い話をつまみ食いしながら自己肯定してれば良いさ。お前がお先真っ暗なのは何も変わらないしね。

2016-07-09

こいつらみたいな無能死ね

http://www.b-chan.jp/entry/essay/40-failures

http://www.hitode-festival.com/entry/2016/07/09/183000

http://cind-three.hatenablog.com/entry/shinsotsu-freelance-iwata

お前らみたいに茶々入れる奴がいるか

いつまでたっても新卒っていう不平等押し付ける事ができるんだよ

なんでもいいからそのタガを壊すほうが自身の将来を考えるより価値があるってわかんねーのかよ無能

2016-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20160627200348

それもあるが、そもそも秀吉は(夭逝した子を除くと)晩年まで子なしで、茶々子どもを産めたことが本人には何よりも価値があったので、側室としては異例なほどの特別待遇になった。

逆に秀忠(家康の子)は下女に長子を産ませたけど、その下女は(江姫の意向もあって)遠方の寺に追いやられている。

茶々って秀吉側室の中の一人でしかなかったんだろ?

あそこまでイキって家康にも喧嘩売れたのは子供産んだからだよね。

今も昔も女の価値子供を産むことなんだよね。

2016-06-25

気づくとなぜか会話の中心になってしまうのをやめたい。

自分の周りには、自然と人の輪が出来る。

自覚したのは高校生の時で、思い返してみると小学生の頃からそうだった。


コミュ力が高いわけではい。人見知りだし、コミュ障だし、友達も少ないし、人気者というわけでもない。

学生時代は目立たないグループにいた。仲いい人達とだけ喋れる、っていう典型的内弁慶

しかし、複数人で話していると、いつの間にか私がその中心になってしまう。

例えるなら、バラエティ番組の司会とひな壇芸人。「踊るさんま御殿」のさんまとそれを取り囲むタレント、ってのが一番近いと思う。


飲み会の席などで、なぜか皆、私に向かって話をする。私以外の間で会話がないわけではない。相槌や茶々を入れたり、質問を挟んだりはする。

しかし、基本的自分が話の聞き手になってしまうのだ。A→私、B→私、A→私、C→私・・・という風な会話の流れになってしまう。


バラエティ番組の司会とひな壇芸人という例えを出したが、もちろん私から話し手指名しているわけではない。

「この間こんなことがあってさ、」「聞いてよ、アイツがー」「そういやあの話聞いた?」を言われるのが毎回私なのだ。なぜなんだ。


前述した通り、私はコミュ力がなく口下手だ。司会でもタレントでもなく、出来ることなら観覧席で笑っていたいタイプなのだ

話を聞きながら笑い、たまにツッコんだりするポジションでいたいのだ。

しかし、彼らは私を見ながら話す。私は、相槌を打ち、リアクションをし、話の続きを促す。


私は、どうすればいいんだろう。

私がいない時、友人達はどういう風に会話をしているんだろう。

2016-06-17

慢性期病院に勤めて

積極的治療を行い、回復等が見込まれたら退院させられる急性期病院と違い、慢性期病院に漂うのは常に絶望だ。日本では、医師の立会いなく人が死亡した場合、必ず警察が介入することになる。「めんどうくさくなく」死んでもらうには、必ず医師に看取ってもらう……有り体にいえば、病院で死んでいただく必要がある。「看取り」といって、はっきり言ってそのためだけに入院してくる患者も少なくない。治る見込みがない、在宅復帰が難しい、施設等でも面倒が見切れない。そういった人たちが寝泊まりする場所になっている。

みな、他人の生き死についての、責任をとれないのだと痛感する。

自分自身が、身体中にチューブを繋がれ、自分が誰かもわからない状況で延命されたいと、果たして誰が思うであろうか。みな、アイデンティティを失う前に死にたいと思っているに違いない。ただそれは、今老いていないからというにすぎない。老いてしまえばすべてがわからなくなる。本人がわからない以上、無難対策を取るしかない。……誰もがそれらをわかっているうちに死ねるわけではない。誰もが望んで生まれてきたわけではないのと同じで、誰しも自分の死でさえコントロールすることはできないのだ。そこからまれ妥協案が延命であり、日本医療なのだろう。

しかしそれを誰が責めることができるというだろうか。例えば自分の肉親が、自己がなくなる前に緩やかに殺してくれと言って、果たして文化的バッシングを受けずにすることが可能なのか。本当はそんなこと望んでなかったのではと、茶々を入れてくる親切な隣人は本当に存在しないのか。……あるいは生死に関わるような重大な意思決定でなくとも、人に自分決断に水を差される経験が本当にないか、あるいはした覚えがないか

人々の人生がすべてもっとドラマティックならば、もう少し気が楽だったのかもしれない。しかほとんどはそうはいかないのだ。ぼんやりと上手くいかない。喉を詰まらせて肺炎を起こす。運が悪いとしぬ。責任を問われたくないので可能な限り不運を取り除く。そうしていくと、やがて人としての生活が薄れていく。仕方がないことだ。誰の手にも溢れるのだから、人の生死に関わる責任は。それがたかだか、一月暮らしていけるだけの給与しかもらえない人間になにができるというのだろう。

後見人を設けず単身で死ぬときなどは、より悲惨だ。本当の意味で、その人の死についての責任者がいなくなるからだ。役所病院が、まるで裏の花壇が枯れてしまたかのように淡々と処理する。そうするしかないのだ。それ以上の何を望む?しか人間というのは、自分には関係のないときほど、それらを求めてしまいたくなるものだ。……きっと、自分がそうされたくないという気持ちの裏返しなのだろう。

私は何も、尊厳死を推奨したい訳でも、延命治療擁護したい訳でもなんでもない。

ただ、自分人生はすべて自分の手で選択できるという考え方は、あまり幸福幻想であると痛感するだけだ。

今日も慢性期病院に漂うのは絶望だ。その中でも希望の光を見出そうとする看護師たちの姿がまぶしく、心に刺さる針が増える。他人事に思えるのは、他人の死が書類上の出来事しか感じられない今だけだ。

2016-04-25

[]石塚真一BLUE GIANT」※ネタバレあり

ジャズテナーサックス世界一を目指す青年物語

なんからランキングで上位になったとかっつーニュースたから読んでみたけど、確かにおもろい

ぶっちゃけ岳のサンポと主人公キャラはかぶってるけど

主人公が練習する風景がたくさんあるのもいい

練習してますって光景一瞬だけ描写してあとはそれ以外の描写(練習はもちろんしてるけど代わり映えしないからあえて描写してないだけ)ってのもありっちゃありだけど、たまにはこういうのもいいと思う

ひたすらどんなときでもコツコツ練習を続けてるのがものすごく伝わってくる

それなのに退屈やマンネリがない

だいぶ前に音楽系の漫画は、BECKしかりほかのもんしかり肝心の音を描けない以上すべて手抜きだっつってバッサリ言ったけど、それに対するひとつの回答をうまく見せてくれてる気がした

何かっつーと聞く人の表情の変化ね

他の漫画だと一コマうつって終わりみたいなのが多かったけど、この漫画だとバカにしたような表情からポカーンとした顔にかわって、次第に興奮さめやらぬ顔になって・・・みたいなふうに、音楽自体がどれだけオーディエンスに影響を及ぼすすばらしいものだったか、ということに、他の音楽漫画より印象的なアプローチをしていたか

あとはストーリー構成もなかなか小憎らしい

シロートが影響受けてサックスはじめて・・・っていう一本調子じゃなくて、そこで関わった人が何年か後になって主人公世界的に成功した後に取材を受けてる体でインタビュー描写がちょくちょく挟まれるんだよなー

まあそれによってオチ最初からネタバレされてるようなもんなんだけど

この漫画自体主人公の伝記じみてる設定になってるのがこそばゆいんだよ

作中だとリアルで進んでるように見えるのに、その実もう成功約束されてるっていう

それでも面白いんだよなー

逆に、岳とくらべて終わりをはっきりさせてくれてる分、読者にとっては安心して読めるとも言えるかもしんない

ただ才能にあぐらをかいてるわけじゃなく、ちゃんと努力をした上でそれを認める人がでてきて・・・みたいな、まあもちろん才能もあるにはあるんだろうけど、地に足の着いた毎日を過ごしてる、キャラに血が通ってるように思える漫画は、やっぱりおもしろいなあと思った

バイト風景もよく出てくるしね

バイトで身体壊して吹けなくなるとかも、上述のインタビュー描写によって、ないことが保証されてるみたいなもんだから、そこんところで変な茶々、というか展開をつくるための無理な負傷(スポーツマンガの故障展開大嫌いなのよ)もなさそうだしね

ジャズ好きでもなんでもないけどこの漫画おもしろ

8巻のほんとのジャズ奏者のインタビュー微妙だったけど

ヒカルの碁しかアイシールドしかり、それを知らなくてもおもしろ漫画って、ほんとに漫画自体おもしろいってことだなあとしみじみ思う

2016-03-27

オタク共よ…

乙武騒動に乗じて騒ぐオタク共の中で、

俺の嫁発言をしたことが無い者だけが石を投げよ…

  

もちろんドラクエビアンカ選んだら2周目でフローラ選んだりしないし、

艦これでもケッコンカッコカリなんてしないよな?

重婚なんてもってのほかだろう?

  

どうも恋愛市場からドロップアウトしたらしき奴ほど

正義ヅラしてるのが目に付くんだよな。

同様の問題で叩かれそうに無い位置に身を置くからって

安心しすぎてやしないか?

  

人を好きになるってそんなリジッドなモンじゃ無いだろうし、

イエとか血脈とか、ことさら守るほどエラい立場なのか俺ら?

だいたい、制度上に置ける有利不利を横に置けば、

本人らが納得するかしないかの問題だろうに、

何で横から知った顔で茶々入れて正義ヅラが出来るんだ?

てか制度上の問題だって制度設計自体問題があるんじゃないか?

  

フィクション現実を混ぜるな?

ああそうだろうな。

でも二次嫁に不倫は出来なくても浮気は出来るんだぜ?

そこんとこどうなのさ?

  

事がエロから声を上げづらく、

まなざし村からボコられ放題の俺らが、

事が後ろめたい色恋沙汰だから声を上げづらい人らをボコり放題か。

ホント大丈夫か? 安心しすぎてやしないか?

  

浮気を叩くのと同じロジックオタク批判は可能だろうよ。

ダルマを叩いてスッキリしてる連中については

一度自分発言を見直すことをお勧めしておく。

  

独身ながら、既婚のオタク業に影響が無いことを祈る。

2016-02-23

応援上映やめました

何ってキンプリです。KING OF PRISM by PrettyRhythm公式サイトはこちら→http://kinpri.com/

最近ちょこちょこ話題になってネット記事とかアップされているのでググればすぐでてきます

女児向けアニメスピンオフ映画です。それの応援上映とは

★愛をいっぱい届けよう!プリズムスタァ応援上映会とは?

コスプレOK!声援OK!アフレコOK!

お客様みなさんで一緒に盛り上がるイベント上映です!

この上映回に限り、コール応援など、本当のライブをご覧いただいているかのように盛り上がっていただいて構いません!

というまあ映画館ペンライト振ってキャーキャー騒げるやつでこれがやたら楽しいのです。何回も行きたくなります中毒患者を量産するのでシャブ映画と言われたりしています

この応援上映が評判となってじわじわと人気が広がり上映館も増え今に至るわけです。

私も楽しかったです。最初は。

あれっとなったのは2月半ばだったと思いますストーリーが追えなくなりました。誰かが喋る度に合いの手というか茶々が入る。しか大勢で長々と。台詞にもかぶせてきて内容が聞き取れないことも多かったです。ストーリーが無いから問題ないと言っている人はちゃんと映画を観ましょう。しっかりストーリーありますよ。

そしてつい先日。あるキャラクターに対する野次への問題提起がありました(念のためそのツイートをされた方は私と無関係ですよ)。内容は「仕事しろ」とか「一般人」とかです。実際どうなのかというと彼は仕事もしているし主宰なので一般人ではありません。もともとあったアニメの方で敵の謀略によって失脚したときにそう呼ばれたことがあるのです。

この野次に関してここでどうこう言う気はありません(不快なのは確かですが)。

私が気になってしまうのはそれって「応援」なの?ってところです。上記にあるように応援上映は「プリズムスタァ」に対する「声援」を送るイベントです。

キャラに対する野次(a.k.a罵声)や台詞にかぶせてまで言おうとする大喜利大会って誰のために言ってるんですか?

自分が周りに面白い奴だと思われるために言ってないですか?

「それな」っていちいち言わないと同意もできないんですか?

ニコニコ動画のノリを現実に持ち込むと心底シラけるってまだ気付いてないんですか?

もちろん大多数の方はマナーを守っています。ですがそういう人がいるんです。たまにではなく毎回のように(主に関東にて観測)。

さすがに同じ人が毎回鑑賞しているとは思えないのでそれぞれ違う人でしょう。

そういう人と一緒に映画を観るのが嫌になりました。そういう人がいるかも……と怯えながら観に行くのも嫌です。

から応援上映やめました。

これからは通常上映だけにします(結局中毒患者

2016-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20160108194104

メッセージが見え見え、薄っぺらい」そのようにしか感じられないのなら、その作品はきっと童話のようなもので、成熟したあなたに合った作品ではないのだろう。

……本当にそうであるなら、批判などしなくてもただ距離を置いて忘れ去るはずだ。そうしないということは、その作品あなたは期待を寄せており、その作品を高く評価する同年代人間も多いということだろう。彼らは「薄っぺらい」とは感じていない。

ではなぜあなた自分の「薄っぺらい」評を見つめ直せないのか?それは、自分が読み取った受け止め方が正しい、作者の言わんとしていることはこれに違いない、だからこの作品はこの程度のもの、これを有難がっている奴は幼稚だ、そう信じこんでいるからではないか。もしそうなら、“正解”があるかのように誤解させる国語教育を恨んでもいい。言うまでもなく、作品が伝えるものに“正解”はない。ある程度の枠組みの中にテーマ性はあっても、何をどう受け止めどう感動するかというのは、人により千差万別で、それでいい。でもどうせその作品から目が離せないなら、楽しめる受け止め方をしたいもの。娯楽だもの。つまらなく受け止めた自分とは異なる受け止め方をした人の考えを理解しようとするのは非常にエネルギーのいる事だが、非常に知的好奇心が刺激されることでもある。自分が見えていなかったポイントを裏側から見るような経験ができるからだ。

まがりなりにも作品批評――というか貶すような物言いをするのなら、“自分は見るべきポイントを全て網羅しており、かつそれらのポイントを良い視点から眺めている”ことを確認する作業必要になる(それを意識的にしている人がどれほどいるだろうか)。その作業は、下を見ることではなく、上を見ることによってはじめて達成される。具体的には、たとえば熱い考察記事に片っ端からあたること。決して、2ちゃんtwitterに溢れるネガコメ同調して自分見方を補強することではない。より頭を働かせ貪欲に楽しもうとしている人からこそ学べるのだ。その作業をしていると、きっと自分の小ささを実感するはずだ。一個の人間の持てる視野はあまりにも小さいことに気づくはずだ。そういう経験を繰り返すうち、どのような作品に対しても謙虚にその見えざる良さを斟酌するような姿勢がとれるようになる。そして、楽しむ人を侮ることもなくなる。楽しめるということはすなわち、人生の読むべきタイミングで読むべき作品を読んでいること。それは幸福なことで、茶々を入れて壊すべきでないと思えるからだ。それは他人を、他人人生尊重するということでもある。しかし、ネガティブ感情に囚われていると、決して、そのような心境には至れないだろう。それは本当にもったいないことだ。

残念ながら昨今のインターネットの短文文化は、このもったいない状況を加速している節がある。ぜひそれに抗って、深く長く思いを巡らす時間をとってほしい。私のようなニートの仲間なら特にニート生存するために一番必要なのは、きっと心の豊かさだ(経済的には依代があるからニートできているのだろう)。まあ、ネガティブなことに思いを巡らすのは逆効果だが、ネガティブポジティブに転化できるものの考え方というのは、何にも代えがたく、得難い資質であると思う。脱線してきたのでこのへんで。

2015-09-02

インターネットで一番センスが問われる時

それはブログやTogeter、まとめサイト、果てはニュースサイトでもよく見られる表現である文章内で唐突にある一文のフォントサイズを大きくして表現を強調する時」である

だが、これが真面目な内容だとその限りではない。むしろ読みやすいと感謝されるくらいだ。

センスが問われるのは一文を強調することでウケを狙っている時なのである

フォントサイズを大きくして特定の一文を強調するのは諸刃の剣だ。

からますぎると読者は引いて白けてしまう上に、むしろ思い通りに読者が笑ってくれることの方が少ない、ということが分かっていない人が多い。

まとめサイトはさすが群雄割拠なだけあってこの事がよく分かっているようで、大手になるとむやみやたらにはウケを狙った場面では文字を強調することはない。色はバカみたいに変えているが。

(ちなみにニュースサイト場合フォントサイズを強調してるようなところは十中八九まらない。)

しかブログTogetterはまだまだ洗練されておらず、この手法を多用している人が多い。

多分、自分面白いなと思ったところを素直にフォントサイズなりカラーなりを変えて強調しているのだろう。

そういう場合は得てして、文章の流れをぶった切ってしまってメリハリがなくなっていたり、唐突過ぎて読者が置いてきぼりになっているためフォントサイズを変えることに何のメリットも発生していない。

唐突フォントサイズがでかくて赤で強調された一文なんかを見た時には、どんなに元が面白い文章だろうと読者はやっぱりちょっと引いてしまうのだ。

テレビ番組がよく用いる「さあ、ここが笑いどころですよ」というエフェクトネットではよく批判されているが、これも同様に相当エフェクトを使うセンスがないと逆効果となりやはり視聴者の心は離れてしまう。

まり「この一文が笑いどころです!」なんてのはよっぽどそれまでの文章の流れを上手くしたり、タイミングを見計らって自然に見せないと効果はないし、多くの場合逆効果になってしまう。

これは何もネットに限ったことではなく、現実社会の「面白い奴」「面白くない奴」と同じで人としての重要センスが問われる瞬間だ。

普通に話せば面白い話なのに余計なリアクション茶々を挟む人」や「あいつがこんな面白いこと言ってたんだけど、と話し始める人」になるくらいなら、普通に淡々と話したほうが何倍もマシなのである

2015-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20150624155757

横だけどさ。

望まない肉体労働人間尊厳を傷つける、という私の考え方で譲れない。

本当に?あなたは本当はそう考えてないと思うな。

どうせ「望まない性労働人間尊厳を傷つける」という発言茶々を入れるためだけに、心にもないことを言っているだけでしょ。

2015-06-13

われらの体液が作り出した高度文明茶々を入れた池面美女体液は許せん。誤魔化しも効かないレベル惨状だ。精液を犯して解決するほかはない。もうどうでもいいから直で精液を犯しに行け。それが我々の使命だ。

2015-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20150607122734

主語は明確に

あー「恥の上塗り」って言われたか主語が何かと思ったんだ

俺が元増田だとすると意味が通じるな

俺は元増田じゃなく単に横から茶々を入れただけなんだ

すまんな

んで2chに騙されたって言ったのは昔2ch的を得たって言ったら射ただろって訂正されたからなんだ

2015-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20150529171828

歌って踊るイケメンを観客として眺めるだけor不細工男とセックスだったら、後者を選ぶ女性は0人だと思う。

何もないor不細工男とセックスでも、後者を選ぶ女性は0人だと思う。

と言う茶々は置いといて。

別に強者女性でも強者男性と同じ思考回路を持ち、弱者女性感情的に嫌って軽蔑している層はいて(所謂名誉男性ってやつだ)

何だかんだで強者男性に取り入って権力握っている強者女性ってのは、フェミニストではなくそういう層なんだよね。

から弱者男性がいくら強者女性弱者男性を救えったって彼女らがそんな事やる訳がない。

同じ女性ですら弱者努力不足の自業自得ゴミクズと思ってる彼女らが弱者男性の事をどう思ってるかなんて推して知るべしだ。

それへの八つ当たり強者でも何でもないフェミニストにしても見当違いだよなあ。

実際はフェミニスト強者男性にも嫌われていて、大した権力も持ってないんだから

2015-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20150413092452

それ、茶々じゃなくて法律から…。

訴えられたら大変な損失が出るってことを指摘してるだけだから…。

自衛隊さんも趣味気分でやったらだめだよ。

他人純粋な心で音楽を楽しんでいる時に著作権がどうのって茶々入れる人間になりたくない

誰かが決めた不完全な法律に少し触れた(可能性がある)からって何だというのか。人やものが傷ついているわけでもないのに。楽しんでる人達あなたの心、どちらがきれいなのか。

俺もどうしても気になって茶々入れる側の人間(それが正しいと思ってたし)だったけど最近心が大きくでもなったのか以上のように考えるようになった。

作る人達が食えなくなる(かもしれない)という理屈はもちろん今でもわかる。だけど音楽を作って儲けようという発想自体が何か邪なものではないだろうか。音楽はみんなのものだし外からインプット好奇心と偶然の産物だ。音楽理論だって人達が考えたものだ。

音楽音楽家が作ったものではなく与えられた遊びにすぎない。鬼ごっこをしよう俺鬼やるから逃げるだけのお前らは金払え。音楽家はそう言っているのだ。

2015-03-24

大好きな作品である森見登美彦氏の『有頂天家族』。

以前アニメ化したけれど、アニメ版はどうしても受け入れられなかった。

脳内で思い浮かべていたキャラクター像とアニメキャラクター像が違う。

どこが違うのかわからないでいるのも嫌なので原作アニメ描写を見比べたりした。やっぱり気に食わない。

しかしまあ、作品自体は好きなままだと思っていたのだけど…

最近続編が出たので喜び勇んで買って読んだら、脳内で思い浮かべていたキャラクター像がアニメ版の嫌いなキャラクター像に引っ張られてしまって全然集中できない。

脳内イメージアニメキャラクター像で邪魔されるたびに、「違う!」「気に食わん!」という茶々が入ってしまって身が入らない。

見比べたりしたせいでイメージが頭にこびりついてしまったみたいだ。

変に真面目にならずにさっさと見るのやめればよかった…、と今更後悔している。

2014-11-06

と、このように全く無関係第三者茶々を入れれば増田議論(にすらなってないじゃれあい)は簡単に終わるのでした

ちゃんちゃん

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