はてなキーワード: アダムとイブとは
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創世記/ 03章 01節
主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。
蛇は「神が造られた野の生き物のうちで、最も賢い」ものだ。
知恵の書/ 02章 24節
アダムとイブが「善悪の知識の木から・・・食べ」た結果、「死がこの世に入」った。蛇が食べることをそそのかした動機は「ねたみ」だ。
生命の樹の話に出てくる蛇は何の目的があってイブを唆したのか教えてほしい。
正体はサタンだったとか悪の象徴とかそういうのはどうでもいい。
「目的」を知りたい。
正体がウンコだったとしてじゃあ、目的はなんなのか。それは答えになってない。
他の登場人物はすべて目的が明記されているが蛇にだけは掛かれていない。
神は人間であるアダムとイブを試すために生命の樹の実を食べるなと言ったらしいが、
蛇に唆された結果、イブは実を食べた。
「夢精は凄い気持ちが良い」ときくが、たいして気持ちよくはなかった。
あるのはただ「面倒なことになった。出社までパンツを洗わなければ」という嘆きだけであった。
思えば曖昧な夢の中では確かにある程度の気持ちよさはあったのだが、夢の中のボンヤリとした感覚の中で得られる快感は目を醒ましている時のソレよりもおぼろげで、朝っぱらからパンツを流しで洗い、射精後の気怠い身体で一日を始めることには見合うとは思えなかった。
だが、後悔はない。
あの夢の中で安直な濡れ場に流されることを拒絶しなかった事に後悔はない。
夢精というものを己の身体で知ることがなければ、夢精を語ることは永遠に出来まい。
私は夢精を語れぬ人生から夢精を語れる人生へと生まれ変わったのだ。
ただ粘膜を己の手やシリコンで擦る事しか知らぬ人生から卒業したのである。
夢精は突然にやってくるのだ。
夢精をする10分前、私はゾンビをリボルバーで撃ち殺し、次弾を装填するまでにかかるタイムラグに何度も命を脅かされながら廃墟を彷徨っていた。
周囲を怪物に囲まれ、もはや残りの弾数ではしのげぬと悟った私は、咄嗟に床板を拳銃で撃ち抜いて逃げ道を作っていた。
その後何が起こったのかはよく覚えていない。
実に出来の悪いシナリオと唐突な濡れ場であったことだけは覚えている。
「もしもこのまま世界が滅びるのならば、我々がアダムとイブになるしかない。我々もいつまで生き残れるのか分からないのだ。子供を作るなら早い方がよい」そんな理由でセックスが始まった。
酷い脚本だ……これが映画ならば午後ローで上映されることはあっても金ローで上映されることは永久にあるまい。
女も私もいつの間にか服を脱いでいた。
そして私は股間のマテバを彼女の股間に擦りつけていた。
擦りつけながらも指を彼女の股間に挿し込み往復させていた。
キュビズムのように、2つの事象は並行して存在し、この体には確かにその2つの体験が同時に合った。
指先はヌメリ、私のデザート・イーグルは曖昧な快感を脳に伝えてきた。
そして、10回ほどお互いの粘膜が擦れあった頃であった、突如私の前立腺がガクガクと脈動し――それは全くもって驚くべきほどに激しく私の身体を打ったように思われた。何故ならそれまでの私が感じていた全ては、夢を見ている脳が作り出した幻肢痛にも似た偽りの曖昧模糊とした感覚しかなかったのだから。そこに唐突に本物の、本当の感覚がやってきたのだ。擦れあう粘膜も、指の滑りも、硝煙の香りも、全ては思い出のパッチワークにすぎず、そこには実態が持つ強烈で絶対的なエネルギーは無かったのだ。そこに、その日の朝初めて、「実態」が私の内側から飛び出してきたのであった。――その激しさとそれまでの霞がかった感覚との差から私は自分が夢を見ていることに気づいてしまった。
そして、射精の余韻を感じる暇もなく、今日が平日であり、もしこのままノンビリとしていればカピカピとしたトランクスを洗濯カゴに放置することになり、帰ってくる頃には家中に栗の花が咲き乱れたような有り様となっているであろうことにまで思い当たったのだ。
あとは先程述べたように、私は急いでトランクスをすすぎ、洗濯機に投げ込み、そして干し、服を着替え、駅へと歩き出したのであった。
映画「沈黙‐サイレンス‐」がそこそこ流行っているみたいなので、便乗して「映画を見に行きたいけどキリスト教については何にも知らねーよ」という人に向けた「キリスト教とは」みたいな文章を書いてみたいと思う。
私自身は某プロテスタントの家庭に育った人間なので、どうしてもその宗派に寄った解釈というかバイアスは避けられないと思うけど、今回は可能な限りキリスト教の最大公約数を目指して当たり障りのない範囲で解説をしていきたい。
ちなみにタイトルは半ば釣り。「沈黙」はカトリックがベースの話なので、どこまで私の話が参考になるかは分からない。
私自身、原作は読んだことがあるけれど、まだ映画館には足を運べていないので、その点は事前に了承しておいてもらいたい。
キリスト教の神様は全知全能。ミスも犯さないし、世界のすべてを知っているし、できないことも何もない。で、そんな神様が「光あれ!」と言って、世界ができた。「天地を創造された」ってことになってるけど、まあ、宇宙を作ったって解釈で問題ないと思う。
神様は世界を作った後で、エデンの園って場所(地球上のどこか)に最初の人間を作った。アダムとイブ(宗派によってエバ・エヴァとも)ってやつ。神様は人間を絶対服従のロボットみたいにすることもできたけど、あえて自由意志を与えた。自分の意志で神様を敬うようになって欲しかったって解釈でいいと思う。
で、「お前ら基本的に好きに生活していいけど、園の真ん中にある木の実(「善悪の知識の実」とか、翻訳によって色々)だけは食べちゃダメよ」って人間と約束した。
元々、神様は人間を「不老不死」で「罪」も犯さない存在として作っていたんだけど、この約束違反をキッカケに人間は罪を犯すようになってしまった。
「罪」の解釈は難しいテーマなのでサラリと流すけど、とりあえずキリスト教的には、人間ってのは普通に生きていれば呼吸をするようなレベルで罪を犯す存在。それくらい厳格な基準で罪と判別されることになっている。要するにキリスト教的には人類は100%罪人ってこと。
そして「罪を犯した人間」はワンミスでも即「永遠の命」の権利を失う。理由については宗派によって解釈が違うかも知れないので触れない。ここでは、とにかくそういうルールだと思って貰えばいいと思う。
※余談だけど「神様は全知全能なんだから、アダムとイブが約束を破るの初めから分かってたんじゃねーの」というツッコミは当然ある。長くなるし議論にもなるところなので端折るけど、この手の分かりやすいツッコミどころ(いっぱいある)に関しては、基本、前人たちの手によって何かしらのエクスキューズっていうか言い訳が用意されているので、興味がある人はまずは調べてみるといいと思う。
人間は罪を犯す存在になり、そのために永遠の命を失ってしまったんだけど、神様は人間を見捨てなかった。「罪の支払う報酬は死」っていうのがルールなら「罪を犯してないヤツ」が代わりに死ねば、罪を犯した人間の「死」はノーカンになるよね、って理屈で身代わりを送り込んでくれた。それがイエス・キリスト。
このイエス・キリストっていうのは、神様本人でありながら神様の息子でもあるという複雑怪奇な存在。しかも、神様でありながら人間としてこの世に生まれてきた。もう訳が分からんと思うけど、この辺も宗派によって超議論になるところなので、今回はそういうもんだとしてスルーする。
とにかくイエス・キリストは、人間として生まれて大人になったけれど、その間、一切罪を犯さなかった。そして、そのまま人間たちの手によって十字架にかけられて殺された。「罪を犯さなければ死ななくてもいい」っていうルールだったのにキリストはあえて死を選んだ、という解釈が正しいかどうかは怪しいけど、まあそう考えると理解しやすいだろうか。
そんなこんなで、人間の罪はキリストによって帳消しになった。ただし、神様はあくまでも自由意志にこだわるので、これを受け入れるかどうかは依然として人間次第。だから、人間が罪を帳消しにしてもらって「永遠の命」を取り戻すためには「サンキュー神様、身代わりありがとね」と神様に宣言する必要がある。
何をもって宣言したとするかについては宗派によって色々だけど、まあ「洗礼(バプテスマとも)」と呼ばれる儀式を受けるのが一般的。「心で受け入れればそれでOK」なんて解釈もある。逆に、あれこれ義務的な内容が追加される宗派もあるけれど、ベースに「身代わり理論」があることは変わらないはず。
人間個人の罪は身代わりによって帳消しになったけど、依然として人間が罪を犯す世の中は続いている。だから、神様はどこかの段階でこの世界を一旦終わらせて、もう一度、罪のない世界を取り戻す(最後の審判)。そのとき、罪を帳消しにしてもらった人間は「永遠の命」が与えられる。とまあ、実のところ、この辺りまでが大体どの宗派でも共通しているだろうっていえるギリギリの線。
じゃあ具体的に「最後の審判のあとどうなるの?」とか「最後の審判の前に死んだ人間はどうなるの?」とか「『永遠の命』を貰えなかった人間はどうなるの?」とか、細かい話は本当に宗派によって色々なので、もうここでは一切触れない。
まあ、「永遠の命」を与えられた人間が、最終的には「天国(あるいは天国的なところ)」で幸せに暮らします、っていうのは多分共通だと考えてもらっていいと思う。あと「永遠の命」を貰えなかった人間は少なくとも幸せな結果を迎えられないってところも、多分共通。
とまあ、後半は特に曖昧な表現が多くなったけど、キリスト教の最大公約数的な説明をするなら、多分こんな感じになると思う。
本当は、これを踏まえて「一般的な日本人とクリスチャンの意識や考え方が噛み合わない理由」みたいな話もしたかったけど、長文になったので、それはまた次の機会にしたいと思う。
サイトのパクリ記事、リライトされた記事は、どこまでOK?2chで議論していた人たちがいたので、僕はここに書こうと思う。知らない人のために書くけど。リライトっていうのは、他サイトの記事の内容や書き方をちょっと変えて書くだけの記事。パクリとはだいぶ違う。
最初に僕が出した答えをまとめてみる。
◆すべての文章をパクってる記事は、著作権違反。だけど、パクられたほうも実はパクりをしている。
◆オジリナル性のあるブロガーのパクリ・リライトはもちろん著作権違反。
◆誰かが感じたことをリライトするのは、NG。でも、だいたい人って同じようなことを考えているのでは?
◆それ以外については、すべてリライトなら、OK。
他人の記事を何も変えないで、ごっそりパクるのはもちろんダメ。がんばって文章を構成した時間を、奪いとってしまうことになる。でも、リライトについてはほぼOKだと僕は思っている。実は、僕は、たまにアフィリエイターの手伝いで記事を書いてることがある。身近にかなり稼いでいるアフィリエイターがいるから。お前にはできねえよ~みたいな感じで、「へーー、そう、あんたもやるんだ」ってあしらわれるけど(汗)で、僕は、クラウドソーシング系に登録してみた。アフィリエイト用の記事を書いて、僕はまだ1年生。その中に、リライト記事もあった。いくつかのサイトの内容をまとめて1つの記事を作ってください。という依頼。ちなみに、書き方だけ変えてくださいっていうのもあった。そんな記事、誰も読まないと思ったけど。でも、僕はそれらをパクりだと思っていない。だって、根本となる事実や情報の部分は、すべて同じだ。
大手サイトのニュースだってそうなはず。ニュースサイトを10個見たって、意外な事実なんて書いていない。ただ、同じ情報で、書き方を変えているだけ。大手サイト以外は、現場に行って情報収集している人はほぼいない。小さい会社でも現場に行く派もいるかもだけど、その情報、どっから手に入れたのか?人から聞いた話とか。ヤフーとかで検索して、自分で会社サイトに取材しに行ったかとか。それだって、ヤフーが集めた情報を使って、まとめているだけだ。
有名人に取材できない小さなサイトは、みんなが知っているニュースサイトなどから情報を持ってきて、いろんなサイトからネタを持ってくる。つまり、どこかのサイトで勉強して、まとめているだけ。リライトは、他の人の知識を集めて、書き方や内容をちょっと変えるだけ。でも確かにリライトされると腹が立つと思う。だけど、そもそも、パクられている記事のほうだって、どっかのサイトから学んだ知識をリライトしただけのはず。
WEBサイトからではなくても、他の人が書いたいろんな本で何か勉強して、それをまとめただけのはず。その人のオリジナル情報じゃない。書き方を変えただけだ。まとめサイトとか流行ってるけど、どの記事もそれと同じ。オリジナルの記事とはいえない。
オリジナル性の高いブロガーみたいな記事をパクったら、それはやっちゃいけないけど。あれはオリジナル度が80%超えていることがほとんど。エッセイ、つまり誰かの体験を自分が体験したかのようにパクッたら、おかしすぎる。でも、例えば、クレジットカードの説明文とか、ワードプレスの使い方とかのサイトって、いっぱいある。でも、あれ、そもそも答えが1つしかない。使い方のとんでもない裏技を書いているサイトならまだしも。すべてのサイトが自分なりに書いているだけ。いわば、同じ知識なのに、書き方を変えているから、違うものに見えることもある。言葉の配置やわかりやすさ。サイトのデザインで個性を出しているだけ。パクられた!って言っているサイト管理者も、実際は、公式サイトなどを見て、パクっていたはずではないのだろうか?がんばって何時間もかけて取材したプロの記事を、書き方だけ変えることで、自分が書いたかのように見せかけることができる。プロが集めたいろんな生のネタを、他のサイトはまとめただけ。でも、これは、ある意味では、彼らも天才たちだ。自分が学んだことをまとめる天才。オリジナルは出尽くした!という話はよく聞くけど。1億人以上もいる日本。でも、実は、300人ぐらいしか生の情報を真っ先に見つけて書いた人はいないんじゃないだろか?
公式サイトに書いてあることを、パクられたほうも、書いているだけ。そのサイトからまた別の人が情報を学んでパクる。それを見た別のサイトがパクる。それをまとめていく、それがリライトだとしたら。じゃあ、すべて、パクリ記事だといえないかな?それを、自分のがパクられた!って言っている人のほうが、僕は不思議だなって思う。オリジナル記事をパクられたのではなく、実際は、他の人の記事や本を見て、まとめた俺の記事、書くのに時間かって大変だったんだぞ!イライラ!って怒るほうがいいと思う。
というか、最近のサイトって、どのサイト見ても、不気味さを感じること、ないか?そこまでリライトを意識してないだろけど、みんな同じような内容のサイトばっか。感想文とおすすめや個人的ランキング、以外は。自分が考え出したみたいに書いてるけど(そうしたほうが信用されやすいという法則はあるようだけど)他人ががんばって自分が現場に行って考えて作ったものを、自分が作り出したかのように、マネをする。すべての記事がパクりである。あるいは、そうでなければ、ただのリライトである。だから、リライトはすべてOKだと僕は思う。怒るべき部分は、プロの情報をかき集めて、まとめた時間、返せ!俺の文章を書いた時間、返せよー。そこじゃ、ないのか?
1番スゴイのは、やっぱり天声人語などのコラムなのではないだろか?現場に行かないで記事を書いている人は、誰かのオリジナル情報の紹介をする仕事をしているのだ、きっと。完全なパクリじゃない記事は、感想文だけだ。大勢の心を動かす感想文と、最初に現場に行ったやつって、よく考えると、スゴすぎる。コロンブスの卵。最初のやつがスゴイ。あとは、パクリである。先生から教わった弟子の作品はパクリ&リライトである。
最初の師匠の下に、弟子がいっぱいいる。でも、味のあるマネをする弟子は、もっとスゴイ。その下のまた弟子のリライトもミラクル起こしてると思う。だって、みんなが知りたい情報をたくさんの人に広めたのは、現場にいた師匠じゃない。その弟子や、リライト記事だ。ツイッターでこれすごいよって友達につぶやいたやつもスゴイ。いいものを紹介したり、いいものを見つけて広める人。紹介したりする人ってあんまりスポットライト当たらない。けど、たぶんそこに力を入れないと良質なオリジナルは、埋もれていくだけだ。
「子を産めない人は寄付を」 「2人以上」発言の校長(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160312-00000033-asahi-soci … #Yahooニュース
この問題は個人の選択の自由を「校長」という立場の人がその発言によって侵害している全体主義思想。少子化の進んだ社会で子供を産み育てることの大切さは認識されるべきだが、それを強調することにより問題の焦点のすり替えが起こっている。
これ、昨日のうちに読みましたよ?あなたのポイントはなに?これ読めば、頭おかしいとは思わないだろう、ってこと?全文読んだ時に、このひと頭おかしいとわたしは思いましたけど?
こういうずれてる老人たちがいつまでもリーダーシップ周辺にしがみついてるから、実効性ある少子化対策がなかなか進まないのでは?老人にお小遣い、は即決するくせに。 TrinityNYCさんが追加
零除算居士 @zeroDivMonk 子供作れないくらい、生活が困窮してたりするのが普通なのに……結婚相手すら見つからないとか。 https://twitter.com/TrinityNYC/status/708622160600940545 …
ほら、また、これを「男性vs女性」の問題に転嫁しようとする!大ありでしょう、寄付というのは、ひとに言われてやるもんじゃないんだ。 TrinityNYCさんが追加
こっこ@物書き初級 @rufeir さっきも呟いたけど、男はもちろんみんな寄付しろって言ったなら、問題なかったかも? https://twitter.com/TrinityNYC/status/708622160600940545 …
何度も言うけど、全文は読みました、こういう全体主義風吹かせる頭おかしいズレてる校長にはさっさと引退していただきたい。
これで3度目になりますが、もう一度(そして、これが最後と思いたいw)言いますね、【わたしは全文を読んでいます!!!】 こういう頭がおかしい教育者はさっさと引退しろ、という言葉しか浮かびません。報道?ぜんぜん関係ないね。
アメリカも、アダムとイブが正しい!進化論なんて教えるもんか!と頑張る教師とかいて、ああいうのも迷惑だ。ペンシルバニアのある町では、そういう教師と学校を相手取り、迷惑だと感じた親たちが訴訟を起こし、裁判つづいて、学校側が負けた事例がありますよ。
あの校長の一件は、朝日新聞の報道の仕方のせいだ、実際の全文読めばそれは誤解だ、という主張をなさる方へ。こちらは(全文よんだら)マジ頭おかしいとさらに確信を深めただけですので、もう送ってきてくださらなくても、結構です。
そこなんですよ。今アメリカで起こってることも、同じですよ。トランプの発言のどこに問題あるのか、わからないひとがいる(しかも大勢)、そして、後先考えず「好き勝手なことを言う・する」ことと「自由」を混同しているひとも大勢。
@TrinityNYC いちいち、Twitterであなたの個人的な思想傾向を吐き散らさないで頂けますか?老人のヒステリーは極めて醜い。
@ravekamisama @TrinityNYC 校長が全校集会で個人的な価値観を生徒に向けて話す方がおかしいですよ。Twitterで個人の意見を見かけて気に入らないなら反論すればいいしその気がないなら見ないようにすればいいのでは?
@erisanq 個人的な意見と誰が決めたのですか?件の校長が潜在的に女性蔑視思想を持っているなどと、よく解釈出来るものです。彼はいささか古い言葉で、人を生み育てる大切さを説いただけです。あなたの価値観では、人間は母胎でなく、機械か何かで人工的に生み出されたほうがよいのでしょう。
@ravekamisama 人を生み育てる大切さを説くのにキャリアを積むより大切だなどと言う必要はありません。何か別のことと比べる必要などない。何かと比べた時点で、その何かを否定しているんです。だからあの話は個人的な意見でしかないと思います。
@erisanq キャリアって言うのは国があって初めて成り立ってるんですよ...
@sennbei717 キャリアを積みたいならまず国を守れと言いたいのであれば、女性の出産育児以外にも必要なことは山程あります。男性も一旦キャリアを積むことを諦め、国を立て直すために必要なことのみに全てを費やすべきではないでしょうか?
「子どもを2人以上育てることは女性にとってキャリアをつんだり大学行くより大事」的発言で炎上の校長の全校集会挨拶、卒業式では「厳しい子育てはロボットに解決してもらおう」って話になってたw
http://swa.city-osaka.ed.jp/swas/index.php?id=j702572 …
もう、うるっさいなあ、わたしの個人攻撃なら要らないってば。あなたたちが何言ってこようが、このツイッターアカウントはわたしのものだ。わたは一度たりとも@koshin2783さん、あなたという「個人」を批判したこと、ある?ないでしょ?
この人同様、数日前もこうやってわざわざ@つけて自分から話かけてきて、「うるさいからあっちいってろ」と言ったら「話しかけないでください!」と支離滅裂な女いたけどさw 私は黙らないし、あなたの個人攻撃もしませんよ、さようなら。
私が個人的な思想を言えなくなったら全体主義だよ、わかってる?と聞き返したいが、こういうひとってブロックしてから言い捨てに来るのよねwww ある特定の個人の悪口を言うのはモラルの問題だが、賛成か反対の意見は個人のフリーダムの範疇だ。
意見が(というより、態度が)気に食わないということで、個人攻撃してくるひとが後を絶たない。でも、@つけて、真正面から、ああしてまっすぐ言ってくるだけまだマシで、更に劣化してるのになると陰で個人の悪口言いまくってる。
いちどあんまり目に余るので、「そうやって私という個人の悪口言いまくるの、正直不愉快だから、やめてくれますか?」と頼んだら、「俺は俺がいいたいことを言う!」と言われた。こういうひと、自分のモラルの低さを「自由」という美しい言葉で包んでるのよね。在特会と同じロジック。自由が泣くわ。
ところで、この「言論の自由」だけど、数日前、シカゴのトランプ集会が、トランプ支持者とトランプをレイシストと呼ぶプロテスターらとの衝突の場と化して、不穏な空気の高まりからバイオレンスに発展しそうになり、中止になったんですよね。トランプはこれを「言論の自由の侵害」とした。(続く→
(続き) トランプはシカゴでの騒動について、カウンター連中の多くはチンピラで、やつらに自由を奪われたとTwしたのです。(彼の言ってるFirst Amendmentとは合衆国憲法で表現の自由が謳われている部分のこと。)(続く)
(続き) 注目はこのツイートの下についてるレスのやりとり。それのキャプチャーが、これ。First Amendmentは【政府が】市民の意見表明に圧力かけないことを謳ったもので、トランプは意味を取り違えている、という反論が。(続く)
(続き) それに対し「あなた弁護士なの?違うでしょ?フン」とトランプの支持者らしいひとからジャブきたが、「わたしはFirst Amendmentを専門にしてる法学者です」と答えて、支持者が自爆してるのが結構笑えて多くRTされている。では自由とは何か、を考えるいい機会なんだよね。
それに関連して、こういう記事が出ている。英語だけど良記事なので張っておく。このひとの大統領選挙集会が回を重ねるごとにバイオレントな雰囲気になってゆくのは、リーダー(を目指すもの)本人が、バイオレンスを肯定するからだ。
http://thinkprogress.org/politics/2016/03/12/3759418/no-one-is-violating-trump-free-speech/ …
「First Amendment」に関して目下アメリカでもっとも注目されてるのは、むろん、例の、連邦政府がアップル社に犯罪者のアイフォンをアンロックしろと要求している件ですがね。
http://www.sacbee.com/opinion/op-ed/article65253732.html …
もちろん、何をどう考えようが、どう表現しようが、そのひとの自由だよ。でも、ある共同体を最も良い状態で保つために必要な約束があり、その約束の一部がポリティカル・コレクトネスであったりする。それを「自由」という名の下ぞんざいに扱い続けると、トランプ集会のようなカオスだけが産まれる。
この方法は残りの40億人に希望を持たせるし人類の資産アーカイブコストを削減できる
でも制限がない故にきっと問題のほうが多い、個人が簡単に使えるツールが出たらものすごいスピードでその記録メディア、モバイル通信サービス、著作権などあらゆるものに大打撃を与えると思う
その方法はP2Pと違って概念・法則だからセキュリティ会社が頑張っても制限は難しい。
去年思いついた時にはテンション上がったけど、数日間考えて恐ろしい方法だとわかった。
だからずっと黙ってたけど、昨日とあるITニュースの記事を読んでたらその方法を見つけたとしか思えない記述があって、一応フェイクの情報を入れてるんだけど頭が良ければ簡単にわかる(俺が頭良いって言ってるわけじゃない、むしろ小学生くらいの学力)
そのやり方は
・無劣化
・簡単な方法
ちなみにそれを見つけたと思われるサービスは、昔からプライバシーの取り扱いで問題視されている、まだ削除してないけど削除しようか迷ってる
この地に「アダム」と「イブ」がやってきたのは,名誉な理由によるものではなかった。気候が厳しく食料に乏しいこの地に好き好んで定住しようとする人は居なかったのである。
事情はともあれアダムとイブはこの地に暮らす他無く,移住者が来ることも期待できないから,自然,彼らはこの地に子を成した。
やがて彼らの子も子を作る歳になり,兄妹で子を成した。
これはアダムとイブにとって神に背く行いであったが,彼らはこの地に暮らす他無く,移住者が来ることも期待できないから,アダムとイブは子が兄妹で子を成すことを許したのである。
やがて3代目も子を作る歳になった。彼らは兄妹間に産まれた子であるが故に,兄妹間での姦淫を何ら禁忌と考えなかった。のみならず,およそ近親相姦を禁忌と考えなかった。これは,子に兄妹間の姦淫を許したアダムとイブにとってすら,さらに罪深く思われる行為であった。
かくして3代目にも子が産まれた。必ずしも両親ともに3代目である者のみではないが,ともあれ便宜的に彼らを4代目と呼ぶことをお許し頂きたい。
偶然であろうか,4代目の全員が,アダムとイブの期待に沿わない特質を備えていた。手指の多少や体毛の異常も,盲や聾に比べれば良い物に思われ,満足に歩けない子は見捨てざるを得なかった。
アダムとイブは,これを神罰と思った。しかし,神に救いを求めても何も起こらなかった。
やがて4代目が身籠り,子を産んだ。当初はそれが子であるとも思われなかった。ヒトの子と言うにはあまりに小さく,また,肉塊に口が付いたような外観はあまりに異形であった。
この5代目の容姿は,多少の異形に寛容な彼らをして恐怖を抱かせ,5代目はあわや殺されるところであった。
しかし,母の本能か,はたまた異形を目で見ないためか,母親はその子を育てることにした。首から回した布でその子を乳首付近に保持し,子の保護と授乳を行った。
しばらくすると,子はその2本の足で大地に立つことができるようになった。歩くことはできなかったが,替わりに飛び跳ねることで親たちよりも早く動くことができた。全身を覆う体毛は親たちよりもよく寒い夜に耐え,頑強な歯は親たちよりもよくこの地の植物を食べた。
異形の5代目が自分たちよりもこの地に馴染んでいるのを見て,老齢のアダムとイブは神に感謝した。彼らの信じていたところによれば,神は,乗り越えられない試練を与えない。近親相姦は避けられなかった。そうであれば,近親相姦のために神罰が下るはずがないのである。アダムとイブは,神の恩寵に敬意表し,この子に「跳ぶ者」の名を与えた。
やがて次々と5代目が誕生し,その幾らかは最初の「跳ぶ者」と同じ特徴を備えていたから,いつしか「跳ぶ者」はこうした者達の総称となった。
寝て起きて、呼吸をして、食事をして、清潔にして病気を防いで、仕事をするなり生活保護を受けるなりして金を得て
たったそれだけ
命を紡ぐのに必要なことはとても単純で
けど、それのどれだけ難しい事か
維持して終えるだけの機械であれば良かった
それだけだったらどんなに楽だったか
そういう機能を持つ個体が生き残ることが多かったから、その機能は進化してきた
生きて、増えることに関しては都合が良かったんだろうけど
「不幸」も「幸福」も、言語を始めとした高度な機能が故に生まれたものだ
それを考える時いつも、知恵の実の話を思い出す
禁を破って知恵の実(善悪の実とも云う)を食べたアダムとイブは、自分たちの姿を恥じて隠れた
それ以前は何も感じなかったというのに、新しい基準を持ってしまったが故にそうしなければならなくなった
それを分かち、分かる事は幸福だろうか
生きて増える事に対しては有用だろう
生きるために分かる必要があるが、不幸になる
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b#
このような記事があがっていたので、目立つように投稿。
俺のコメもトラバも受け付けてもらえなかったので、この記事から目に付いて読まれればいいなと。
それは、「この世」と「聖書」。
神の教えを知りたければ、そのどちらかを、または両方を知ろうとしなければならないのです。
それがキリスト教圏での基本的な考え方。
だから、西洋では「この世」を知るために自然哲学が発展したわけ。
クリスチャンは、自然を知って神の教えを知り、征服していくことが神に忠実な姿勢だと思ってたの。
で、当然全ての造物主が唯一の神なのですが、人間ももちろん被造物であるわけ。
まずはそこまで理解して欲しい。
で、今でも自然科学が最も発展している西洋人が、クローン技術などを「倫理」で批判する理由にいきます。
人は、自然法則を理解して、他の生物をいじることが可能になったとしても、それは動物相手だからある程度いいわけ。
でも、人は人を作ることはできない。というか、あってはならない。
それは人を動物に貶めることであり、神しか作れない人を人が作ることであり、それは神を冒涜することだから。
あるがままが美しいとする国。
だから日本人はこの問題を「え、そこまでしていいの? そんなのいじるのって気がひけるし、あるがままでよくない?」って思想を「倫理」と呼んでいるのです。
それでもまあ、国内で言う「倫理」も国内では無視しちゃいけないかもしれないけど、こういう技術に関しては世界で統一した基準が必要なんです。
だから、クローン技術に関する「倫理」を語る場合は絶対に世界標準の「倫理」の話をしないと意味をなさないんです。
それを理解している人が専門家にも少ないから、日本人は相手にされてないんです。
もちろん外人もダーウィン以降、人は神から作られたんじゃなくて他の生物から進化したとかは渋々認めざるを得なくなったけど、根の考え方というか感覚的な思考というか、信条的なスタンスまでは揺らがないわけ。
ま、もちろん両国とも、「命をオモチャにるする」ような行為については共有された「倫理」を持ってはいますけどね。
その辺を誤解して、というか混同して議論すると世界的な枠組みが出来上がるはずがないわけ。
それなのに、
そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳や倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます。
「遺伝子を神と同一視してる」なんて、完全に逆の捉え方をしている。
教典に直接 DNA と書かれてるわけはないけど、「アダムとイブが~」って話がすでに人による人の改造を禁じているわけです。
そこを理解すれば、自分で書いたものを読み直せばちょっと恥ずかしい気分になると思う。
あと、私は生命科学者なので一応言っておくけど、DNA は物質の名前。
「DNA がつながっている」「DNA の継承」は誤用で、「血がつながっている」「遺伝子の継承」のほうが適してるかなー。
「倫理」についても、「DNA」についても、誤解している人が書いているなあ、と気になったので、一応指摘でした。
ま、遺伝子操作を神聖視しすぎずに、柔軟に考えたらいいんじゃないのーって論旨には同意です。
http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b/d3
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b#
それは、「この世」と「聖書」。
神の教えを知りたければ、そのどちらかを、または両方を知ろうとしなければならないのです。
それがキリスト教圏での基本的な考え方。
だから、西洋では「この世」を知るために自然哲学が発展したわけ。
クリスチャンは、自然を知って神の教えを知り、征服していくことが神に忠実な姿勢だと思ってたの。
で、当然全ての造物主が唯一の神なのですが、人間ももちろん被造物であるわけ。
まずはそこまで理解して欲しい。
で、今でも自然科学が最も発展している西洋人が、クローン技術などを「倫理」で批判する理由にいきます。
人は、自然法則を理解して、他の生物をいじることが可能になったとしても、それは動物相手だからある程度いいわけ。
でも、人は人を作ることはできない。というか、あってはならない。
それは人を動物に貶めることであり、神しか作れない人を人が作ることであり、それは神を冒涜することだから。
あるがままが美しいとする国。
だから日本人はこの問題を「え、そこまでしていいの? そんなのいじるのって気がひけるし、あるがままでよくない?」って思想を「倫理」と呼んでいるのです。
それでもまあ、国内で言う「倫理」も国内では無視しちゃいけないかもしれないけど、こういう技術に関しては世界で統一した基準が必要なんです。
だから、クローン技術に関する「倫理」を語る場合は絶対に世界標準の「倫理」の話をしないと意味をなさないんです。
それを理解している人が専門家にも少ないから、日本人は相手にされてないんです。
もちろん外人もダーウィン以降、人は神から作られたんじゃなくて他の生物から進化したとかは渋々認めざるを得なくなったけど、根の考え方というか感覚的な思考というか、信条的なスタンスまでは揺らがないわけ。
ま、もちろん両国とも、「命をオモチャにるする」ような行為については共有された「倫理」を持ってはいますけどね。
その辺を誤解して、というか混同して議論すると世界的な枠組みが出来上がるはずがないわけ。
それなのに、
そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳や倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます。
「遺伝子を神と同一視してる」なんて、完全に逆の捉え方をしている。
教典に直接 DNA と書かれてるわけはないけど、「アダムとイブが~」って話がすでに人による人の改造を禁じているわけです。
そこを理解すれば、自分で書いたものを読み直せばちょっと恥ずかしい気分になると思う。
あと、私は生命科学者なので一応言っておくけど、DNA は物質の名前。