「ワンダーウーマン」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ワンダーウーマンとは

2017-10-31

ポリコレあくま商売の種

はてなでは「そんなもん気にする人の方が少数派なのに

そんなノイジーマイノリティの為に下らない配慮をさせられて表現の自由度が減っているのはけしからん

的に決めつける物言いが多いけど

実際は「そうすると売れるから(そうしないと売れないから)」って商業的な事情の方が大きいんだろうな。

まり、「そんなもん気にする人」は沢山いるわけで。

その辺を配慮したワンダーウーマンは大ヒットしたし(日本はいまいちだが、世界的には)、その前にアナ雪が大ヒットしたのも記憶に新しい。

それ以外にも、洋画や洋アニメ世界では「ポリコレ配慮した作品でなければ売れない」と言うのが定説になって来ている。

LGBT市場人口の1割と言われて、相当大きいと言われてるのに

今の所まだまだ商業介入が少ないブルーオーシャン扱いだからこそ市場として狙われているだけで、

別に「儲かりもしないのに嫌々配慮させられている」訳ではない。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20171029165127

hanyan0401 素朴な疑問ですが、その人権意識日本の遙か先を行っている欧米で、現代的な感覚希薄日本企業である任天堂謹製マリオゼルダ等のゲームが、日本と変わらず人気を博しているのはなぜなのでしょうか。

恐らくゲーム、それもストーリー性やキャラクター性で売れている作品ではないもの場合

ゲームとして面白いかどうか」が最優先されて、それ以外は二の次になるからだろう。

しかもどちらも昔からゲーム界でブランド確立しているシリーズから、既に熱心なファンが多数いるわけだし

これから新たにゲームを始める子供に売り込むとしても、完全新作より知名度という点で断然有利だしね。

(まあゲームでも、最近の完全新作であるスプラトゥーンなんかは割とその辺配慮しているように見えるけれど)

でも映画アニメ場合は、ストーリー性やキャラクター性が第一ジャンルなのでそうはならない。

同じような設定で新作映画作品なら容赦なく叩かれる、或いは「これではヒットしない」と最初から予算下りない・作らせて貰えない、んじゃないか

2017-10-30

anond:20171029165127

ゼルダもちょい前になんかそういうので叩かれてなかったっけと思って探したらこれだった

https://anond.hatelabo.jp/20170503114057

↑は雑だが、↓は割と真面目な批判になってる

https://anond.hatelabo.jp/20170504054724

ゲルド族ってのは、映画ワンダーウーマン日本版広報やらかしたケースのような?

こういうアマゾネス的な設定のキャラを「恋愛(男)には無知」と描きたがるのはお約束なんだろうか?)

プレイしてないのでこれら増田妥当かどうかは知らんけど


FE同性婚出来ないか炎上する時代に、海外でこれが認められてるのがなんか不思議

海外LGBT差別には敏感でも、女性差別には鈍感なんだろうか?

そういや人種の面でも海外はうるさいけど、マリオの人型キャラクターって

マリオルイージピーチデイジーロゼッタも全員白人に見えるけどそれはいいんだろうか。

海外炎上する基準がよく分からん

2017-09-15

[]ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避よろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまたかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

無垢子供ダイアナ

PC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思うけれど、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナ人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性からといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語テーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化歴史言語には含まれいるからで、そこに理解無くしては言語意味理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語キーなわけだから理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識教育倫理人間についての理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈フェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉スティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーローで神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的人物内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会奉仕しようとした時、そのモデル軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台マスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブ関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪ものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブはそこには関与することができない。

しか人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナ戦闘能力スティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線部隊凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的義務があったわけではない。戦争悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブ大尉からおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブ人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-08-09

国連大使としてのワンダーウーマン規制されたのはラディカルフミニズム

だよね?

国連ってなんであんなにラディカル・フェミニズムが主流になっちまったの?

日本ポルノ規制への圧力もそうだし、女子差別撤廃委員会イスラム系女性が主要メンバーとして入ってるのもそうだけど。

2017-08-03

秋元康問題FOXCONN問題って似てる

FOXCONN知らない人いるかもだから言っとくと、先進国企業から依頼されて精密機器の組み立てとかを請け負う会社

EMSってやつよ。設計先進国でして、組み立てみたいな労働集約型の仕事中国でする。

だけど、FOXCONNにはもう一つの仕事がある。それがメディアへの批判の矢面ってことね。

FOXCONNはその業態ゆえに、大量の中国人労働者酷使して、結果的労働環境のひどさなんかがニュースにされるわけなんだけどさ

appleなんかが批判されるんだけど、だいたいてきとうな回答するんだよね。その場はきれいごと改善するっていうんだけどね。

任天堂なんかも批判されてたと思うんだけど、おなじような返答だったと思う。これがFOXCONNというかEMS最大のビジネスだと俺は思ってる。

まりやくざ親分の身代わりとして刑務所はいる下っ端みたいな仕事も含んでのEMSなのよ


ようするに、仕事発注をする側が悪いんだよ。

今回のワンダーウーマンだってそうよ。仕事発注するほうが炎上させてくれって依頼してるとしか思えないね

秋元はそれに答えたんだろうよ。


秋元康のすごいところは、その知名度

なにか問題があったら秋元じゃなくても秋元のせいに世間がするってところ。

無名がやったら配給会社のほうに批判が来るけど、秋元康がやったら秋元またやりやがったねってなって配給会社無傷だもんね。

2017-08-02

ワンダーウーマン日本版主題歌の件

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1708/01/news117.html

秋元のせいにされてるけど

タイアップ曲って依頼側からの「こういう曲作ってくれ」と言う注文を元に作るもんじゃないの?

何で秋元が全部自分趣味で作ったという前提になってるの?

ただでさえワンダーウーマンは以前にも「オトコも恋も知らない天然系女子」などという宣伝をして炎上しているわけだし

同じように広報側がそういうイメージ女性の曲を秋元に依頼し、秋元はその通り作っただけではないかと思うんだけど

何でそんな的外れ方向性宣伝しているのか、ってのがそもそも謎だが

よっぽどフェミ映画である事を全面に出したくないんだろうか

その辺を隠すとしても、「強くてカッコイイ女マンセー」でいいだろうに

わざわざ恋愛脳的な宣伝する意味分からん

恋愛脳の女が見たいならこんな映画見ないだろ

2017-07-08

ワンダーウーマンコラボ

すしおやらソードソートオンラインの人やらりかちゃんやらがワンダーウーマンを描いているのだけど、どれも本物より弱そうで萌え系とかりかちゃんとかジャパニーズ可愛いは何でこんなに弱そうなんだろうなぁと思ったけど、唯一キティちゃんだけは圧倒的に強そうでキティさんにほれそうになった

2017-02-20

ゴーストバスターズ主人公女性にして叩かれるのは当然の結果

セーラームーンプリキュアワンダーウーマンキャットウーマンを全て男にしても当然叩かれるだろう

しか男女差別だけど何でこんなトラブルになりそうな企画やるんだか

主演女優達が悲しい思いしてかわいそう

男向けコンテンツ乗っ取りじゃなくて最初から女性陣が活躍できる作品コンテンツを作ればトラブル起きないし誰も悲しまない

プラダを着た悪魔 エイリアン1と2 テルマルイーズ キル・ビル バイオハザード などは女性主人公でも別にから叩かれてない

2016-04-01

マックで『バットマン vs スーパーマン』の感想戦していたカップルの会話

<当記事は『バットマン vs スーパーマン』の重大なネタバレを含みます



男「……どうだった?」

女「……いや?」

男「……ん?」

女「だめでしょ……完全にだめでしょ……『バットマンフォーエバー』よりダメだったでしょ……映画版『DOOM』よりダメでしょ……」

男「客あんま入ってなかったね」

女「むしろ観るべきでしょ。みんな観るべき。オススメしてもいいくらい。汝が敵を知る目的のために観ろと」

男「俺ならオススメされてもいやだね。単につまんないってだけじゃない。おれこれ嫌い。大嫌い」

女「上映中寝てなかった?」

男「寝れないでしょ。だってうるさすぎだし」

女「お酒でも飲んでたらアイゼンバーグの演技もすこしは真に迫って見えたかもね」



ベン・アフレックの演技について

男「各所でいじられてるようだけど、バットマンを演じていたベン・アフレックは悪くなかったよね」

女「そうそう。ベンアフは悪くない。髪型もキマってたし、何より雰囲気がいかにもブルース・ウェインって感じだった。

  演技よりは脚本がひどかった。

  キャラクターが浅薄すぎ。登場人物全員。『マン・オブ・スティール』に出演した面々でさえそう。

  初登場のバットマンについては前からファンの注目を浴びることはわかってたはずでしょ。絶対に『ダークナイト三部作と何が同じで何が違うのか、比較されるのは避けられない。

 それが何? あっちにふらふら、こっちにふらふら。『おれは孤独だー地下にひきこもるぜー」とかなんとか基地でやってた次のカットには、パーティで社交してる。スター社長かっつーのお前は」

男「スタークのプレイボーイキャラアル中の素でやってるけど、ウェインのは演技だよね。社交用の仮面をかぶってる。だからさ、アフレックが悪いんじゃないんだってば」

女「そう、全然悪くないんだけど」



ザック・スナイダーは良い監督か?

男「そもそも俺、ザック・スナイダー作品嫌いなんだよね。『エンジェル・ウォーズ』もクソだったし。何あのメンヘラ妄想

 今回のBvSには彼の監督としての弱点がほぼ全面に駄々漏れてしまっているように思う。

 そりゃ、いいところもあるよ。ときどき素晴らしいアクションシーンを取るし、火の表現にはこだわりを感じる。観てて時々はいい映画に思えてくることもあるんだ」

女「撮影監督ラリーウォン)が良いんでしょ」

男「そう撮影監督が良い。スーパービーイング同士のバトル描写は新鮮だったし、ダークな雰囲気にもしっくりハマっていた。この暗いトーンというのがくせ者で、ノーランときはちゃんと機能してたんだよね。

 ところがワーナーノーラン以外にもノーランみたいなトーンで描くことを求めてしまった。ジョークは入れるな。笑えるようにするな、ってね。『グリーン・ランタン』はその最たる犠牲者だよ。

 ワーナーは、250億ドルもの予算を任せるにあたってスナイダーならノーラン路線を継承できるだろうと考えた。そして脚本家たちに今後シェア・ユニヴァースを展開できるように膨らみをもたせたホンを書かせようとした。

 一方で、出資者たちが求めたのはマーベル/ディズニーみたいなヒーロー映画だったのさ。そして……」

女「ちょっと待って。アベンジャーズ:AoU』も似たようなもんでしょ。AoUは『やらなきゃいけないこと』が多すぎた。ちょうど、マーベルシネマティック・ユニバースが次のフェイズに移行するための大事な試金石だったから、AoUはむりくりなプロットにならざるを得なかった」

男「そうだな、たしかに同じ問題を抱えていた。

 けど、AoUはなんとかそれを乗り切ってそれなりの支持を集めただろ。

 理由は二つある。

 一つ、AoUの監督だったジョス・ウィードンがザック・スナイダーより優れた監督だったってこと。

 二つ目、各キャラクターが均等に、特に彼らの感情が均等に仕込まれていたってこと。

 なんたって、どのキャラクターも『自分映画』でキャラを掘り下げてきたんだからね。

 ストーリーが多少薄かろうが、誰だってアイアンマンを知ってるし、ソーを知ってるし、ホークアイを、フューリー長官を知っている。

 事前に他の積み重ねてきたキャラ造型を"収穫”すれば、『アベンジャーズ』ではキャラの説明に要する時間を節約できる。ところがBvSときたら……」

女「しょうがないところもあるよ。ここ十年のマーベルとDCのシネマティック・ユニヴァースを比べてみてよ。マーベルが順当に年輪を刻んできたのに対して、DCはリブート路線変更や主役俳優の交代が相次いで、積み重ねなんかほとんど残らなかった。

 DCはBvSただ一作品だけでマーベル映画十六年分の歴史においつこうとしているのよ」

男「そうだね、マーベルは長い時間をかけて準備してきた」

女「マーベルには一つの確かなメソッドが確立されている。新キャラが紹介されて、今後どう他のキャラと絡んでくるのか、そういうのが映画全編を通しで観なくてでさえわかっちゃうセリフカメオを拾ってるだけでもね。マーベルは観客を巻きこむ術を心得ている。

 そこへきてDCは……苦労してるよね。映画づくりそのものに」



ダークな映画は「楽しい」か?

女「BvSの冒頭はすごくクールだった。

マン・オブ・スティール』のバトルシーンをウェイン目線の別アングルから再解釈する。これはすごい良いアイディアだったと思う。そこまではほんと良かったんだけど、その後がもう陳腐の極み。

 恍惚とした表情で天国に召されるブルース少年を観た瞬間、がっくりきたでしょ」

男「脚本がとにかく浅いし弱い。ファン批評家の『暗すぎるトーン批判』を批判してたけど……」

女「だって楽しくないんだもん」

男「いやそれは問題じゃなくて」

女「問題でしょ」

男「いや『バットマン・ビギンズ』も楽しくはなかったよ」

女「あれは楽しいものだったたよ。『楽しい』の定義が違うな。『ビギンズ』はいっぱいアクションシーンがあったし、エキサイティングだった。次から次へといろんなことが起きて観ていて飽きないんだ。

 そういうものが私にとっての『楽しい映画なの。

 でもBvSは『楽し』くない。キャラがお互い見つめ合ってるだけでしょ」

男「うんああまあ確かにそうだな。トロいんだよな全体的に。いらないシーンが多すぎるし、なおにプロットは穴だらけ。ワンダーウーマンが登場してからはアクション映画としてすごかったけれど」

女「それは本当に『すごい』と形容していいものかな。単にその前の部分より『マシ』だったってだけじゃない?

 アフリカの村で大量虐殺事件が起きました。それでスーパーマンはみんなを救えるわけじゃないんですってんならまだわかるけど、『おい! スーパーマンが村人を撃ったらしいぞ!」ってのはどういうこと?

 スーパーマンが銃で人を撃ったりするわけないだろが!

 なに疑ってんのあの世界の人らは。


 だいたいフィンチ議員が意味不明すぎるんだよ。なんであんなキレてるの? 彼女レックス・ルーサーに対してどういう感情を持ってるの? 結局何がやりたくて動いてるの?

 やっぱりマーベルと比べちゃうな。

 マーベル映画キャラたちはそれぞれの拠って立つところが明確なのに」

男「ストーリーも感情も描写不足。演出もそんなによくない。まあ、結局しかし脚本なんだよな」



バットマンの両親死にすぎ問題

男「一番がっかりしたのはメインイベント――つまりタイトル曰くの『バットマン vs スーパーマン』のバトルだ。

 バットマンが優勢で――スーパーマンを負かしつつあったんだけど」

女「いいことじゃんバットマンさいこー」

男「いいんだよ。いいんだけど。

 よし、このままバットマンスーパーマン野郎を吊るして処刑だ! ってなったところでさ、いきなりバトルを中断するわけ。

 スーパーマンが『マーサ』って名前を口にしたから。

 それでバットマンマーサって俺のママ名前じゃん! お前、ママを知ってるのか! じゃあ……友達ってことだな!』――仲直り!

 ……おいおいおい待てよ、と」

女「(爆笑)」

男「××すぞと思ったね。さすがにね。そして始まる例の回想シーン

女「ほんともうかんべんして欲しいよね。もういいじゃん。もう観たくないよ。だってみんな知ってるでしょ? 『バットマンのクソ両親は殺されました』って。何回それやれば気が済むのって話。バットマンには悪いけど」

男「ドゥームズデイ倒したあとさ、二つの葬式が平行して描かれるじゃん。映画の演出の方向性としては、観客にあたかもスーパーマンマジで死にましたみたいに誘導してるんだろうけどさ。

 観てるほうは『ねーよ』ってハナから白けるよな。

 スーパーマンの死で終わるスーパーマン映画がどこの世界にあるっていうんだよ。

 いいか、アメコミ世界には絶対生き返らないキャラが三人いる。

 そのうち二人はブルース・ウェインのお父さんとお母さん。

 残りの一人はスパイダーマンのベンおじさんだ」

女「その三人、ほんとうんざりするくらい死ぬよね

男「必要な死ではあるんだよ。そのヒーローオリジンの深い部分に関わる死なんだから。この三人以外の奴らは逆に死んでも生き返りまくる。スーパーマンも当然生き返る。

 だいたい『ジャスティス・リーグ』の予告見てるんだから、スーパーマンが死なないことくらいわかるだろ!!!

 それなのに十分そこいらもちんたら葬式やって悲しいですね、って何の茶番だ!1!!」

女「『ジャスティス・リーグ』の前準備としてもガタガタだよね。

 何あの十五年前のドラマみたいなしょぼいインターネット描写は」

男「おじいちゃんにとっては電子メールはいつも秘密めいてみえるんじゃないんですか」

女「ダイアナプリンスバットマンを出しぬいてハイテク機器を盗みとるじゃん。それでいて、『あら大変。これわたしじゃ解読できないわ』ってなんだそれ女子か。写真バットマンから送ってもらうために盗みを働くってどんだけ遠回りなのよ。いまどきアマゾネスでも Amaazon.com で買い物できるっつーの」

男「あー」

女「で、さあ、その機密ファイルアクアマンが出てくるじゃん。沈没船から出てきてトライデントを振りかざしてワーっなるやつ。観てて、ほんとくっだんねーと思った。

 あの場面にDC映画のひどさが凝縮してたね。脚本家の怠慢の象徴だよ。マーベルだったらクビ間違いなし。

 繰り返しになるけど、マーベルキャラはどこへ向かって収斂していくのかはっきりしているし、一方でファンが喜ぶ要素をよくリサーチしてる。だから私たちネットで話題シェアしたりリツイートしたりいいねしたりするんだよ」



スーパーヒーロードラマについて

男「もちろんマーベルだって完璧じゃない。現場上層部クリエイション方向性の相違から何度もトラブルをおこしている。エドガー・ライトウィードンが去ったのもその一端だ。それでも比較的いいものを作り続けている」

女「一番不出来なマーベル映画でさえ、一般的には『良い出来』だよね」

男「公平性を期して言うなら、DCはテレビドラマだと面白いエンタメを作れるんだよね。

 『ARROW』も『フラッシュ』もすばらしい。

 いっそ、ドラマをそのまま映画にもってくりゃあいいのに。俳優もさ。そっちのほうが断然いいものが撮れるはずだよ」

女「アメリカではテレビの俳優は映画に出演しちゃいけないって不文律が存在するっていうよね。真偽はわかんないし、都市伝説みたいなもんだけど。

 でも、もしDCがそのルールを自社の作品に適用してるんだったら……こんなにアホなことはないよ。

 DCがモタモタしてるあいだに、ここのところマーベルNetflixとのタッグを組んで『デアデビル』を筆頭にすばらしいドラマを量産しはじめた。

 マーベルならテレビ映画クロスオーバーさせるくらいのことは軽くやってのけるだろうね」

男「マーベルドラママイナーキャラも上手く扱っている印象があるね。『ジェシカ・ジョーンズ』なんか知名度のわりにはよく練られた、丁寧なドラマだよ」



レックス・ルーサージュニアとその他の面々

女「ルーサー役のジェシー・アイゼンバーグの演技はどう思う?」

男「なんであんないけ好かないガキになっちまったのかな。レックス・ルーサーじゃなくて『レックス・ルーサージュニア』に変更されたのは何か説明があってしかるべきだったんだけど、そういうのもなかったし」

女「パパに虐待されて育ったから、スーパーマンコンプ持つようになったみたいな感じだったよね」

男「アメコミの悪役っていうのは前もって完成されたキャラクターだから、実は性格俳優とあまり相性がよくない。良い役者と人気キャラの両立はむずかしいんだ。

 アイゼンバーグがどんなにがんばって悪役を演じてみても、観客は『ああ、いつものジェシー・アイゼンバーグだな』って思っちゃう

 一番の問題はロン毛のまま出しちゃったことだよな。

 まるでバットマン vs スーパーマン vs マーク・ザッカーバーグってかんじ」

女「わたしが懸念してるとこもそこ。BvSのアイゼンバーグは一人だけ別の映画で演じてるみたいだった。腰抜けぞろいの他のキャラクターと比べて明らかに浮きまくってたわよ」

男「シリコンバレーで調子こいてるIT起業家を悪役にしてみるか、程度の発想でしかないよね」

女「アメコミ映画ヴィランとしはキャラが貧相だった。ダークサイドに落ちるほどの動機もなければ、ヴィランとしてのヴィジョンも備わってない。

 いってみれば、ネット荒らし野郎と一緒ね」

男「たしか、DCのライターで……ジェフ・ジョーンズだったかな? が言ってたんだけど、

 『レックス・ルーサースーパーマンを憎む理由はこうだ。(ルーサーによれば)スーパーマンのせいで人類は自信をなくし、堕落してしまった。人類自分たちが作り出した問題の後始末をスーパーマンに任せっきりにしている。

 それこそが、ルーサーが『スーパーマンは危険だ』と主張する理由なんだ。ルーサーはスーパーマンを打倒することで人類に強さを取り戻させようとしているんだ。彼はヒューマニストなんだ』」

女「なるほど」

男「ところがこの映画では……」

女「あんまり頭もよく見えないよね。思わせぶりに暗躍しといて、バットマンスーパーマン対峙させるお膳立て以上のことはなんもやってない。どんな隠し玉が出るかと期待させといて、四十分前に観客に見せたもの以外は何も出てこない」

男「まあ、さすがにバットマンスーパーマンマザコントークでもりあがるなんてのはルーサーも僕達も予想できなかったけどね」

女「おもわずふたりともクリプトナイトで刺したくなったわ……」


男「ドゥームズデイとのバトルシーンはかっこよかった。ワンダーウーマンが登場した瞬間は『これこそ俺が見たかった映画だ!』と興奮したよ。二時間映画を観ていて初めてグッと来た瞬間だった」

女「ワンダーウーマンは余計な描写がないのがよかったよね。『ジャスティス・リーグ』が今から心配だな。DCのクリエーターたちって、自分たちがどこへ向かって何をしてんのか理解できてるのかな? 現場から上層部含めてさ」

男「最初の計画どおり、ジョージ・ミラー監督させりゃあよかったんだよ。ジョージ・ミラーの『ジャスティス・リーグ』……想像しただけでワクワクしない?」

女「するする。私としてはベン・アフレックでもよかった。でもバットマン役として参加することになったからって、監督からは降りちゃった。もったいない

男「周囲の非難を恐れたんだろうね。自分監督して自分で主演するスーパーヒーロー映画って、どうしても嘲笑を免れないだろうし」

女「気にすること無いのに。ベン・アフレックバットマンキャラメイクを繊細に達成していた。声もちゃんとバットマンやってたし、演技もすばらしかった。そういや、ジェレミー・アイアンズアルフレッドはどうだった?」

男「そこそこって感じ」

女「でも、そこそこ止まりでしょ。アルフレッドにしては暖かみに欠けていた。アイアンズがやるとアルフレッドってよりかはルシアス・フォックスっぽいよ」

男「あー、『GOTHAM』は観てる? ドラマの」

女「いや?」

男「ドラマアルフレッドやってる人はなかなかハマってたよ」

女「『ゴッサム』はねえ……観たかったんだけどさ。CMでウェインの両親が死ぬシーンをやってるのを観てさ……ちょっと耐えられなかった」

男「三十分前からお前そればっか言ってるな」

女「別に言いたくて言ってるわけじゃないっての」



『BvS』は最高の映画

男「批評家から叩かれまくってる反動か、BvSを過剰に擁護する人たちがいるね。『人生で最高の一本』だとか」

女「何言ってんだか」

男「そういう人には『君はもっと映画を観る必要があるね』としか言えないね人生で他に観た映画がこの前の『ファンタスティック・フォー』だけなのか? 『市民ケーン』を観てみなさいよと。どっかからダークスリラーの名作リスト探してきてさ、かたっぱしから鑑賞すればいいよ。そうすれば暗い世界観に相応しいキャラ造型やストーリーメイクが理解できるはずだよ

 世の中にはもっとすばらしい映画があるんだって増田にも知ってもらいたいな」




参考:

https://soundcloud.com/rottentomatoes/batman-v-superman-is-rotten

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん