はてなキーワード: P.S.とは
よくある話の言い換えだけど、持論。
100.1にしようと思ってる。
複利計算で、1年やり続けると、えらいことになってる。
単純計算は誰かがやってくれるとして、ま、いうても
でも0.1を得ようとして頑張ったら突然確変で1とか10とか
得られちゃう時もある。
そんな風にやって5年はたったかな。
たぶん、5年前時点での100から考えれば
軽く1000はいってる気がする。
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私から見ると、私が直接関わってる人たち、テレビでみる人たちは現状維持が大好きだ。
既得権益の確保だの、今で満足だの考えでそうしているんだろう。
みんな、変化は好きじゃないんだろうか?
改革は好きじゃないんだろうか?
「結局、数年経ってふりかえると郵政は何も変わっていない」と。
「すごい幸運を手に入れる何かを行ったのに、なにも起きなかった。
本来だったらものすごい不幸が起きてることが起きてないことが
改革して、変化してなかったら現状にない悪化をしていた未来があったかもしれない。
変化したからこその現状維持かもしれない。って考えたい。
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現状維持の人たちは、変化を受け入れた結果の最悪の状況、
招くこともあるだろう。
批判し否定し、本件とは関係ない過去の失敗などを持ちだしたり、
重箱の隅をつついてご破算を狙う。
現状維持派は、よく言って今日0.0になるように頑張っている。
それは宝くじに期待するという0.00001がんばっているといえるが。
そんなにがんばらなくていい。
昨日より安定して0.1だけ頑張る。
言い換えると現状維持を認めない気持ち。
ってやってたら、数年後振り返ってみたら
あれれれれ。って思える。
今思ってるから。
前から、ここに書きこみたいって思ってた。
初めて日記書いた。それで+0.1。
bygones kaztc
スフィアの皆さん、ブログでそれぞれの思いの丈を書かれていますね。
私としては、別に豊崎さんが誰と付きあおうと戸松さんが誰と付きあおうと別に構わないのだが、
「豊崎さんが○○と付き合ってる」
「戸松さんが○○と付き合ってる」
って噂になると、おのずとスフィアメンバーである寿さんや高垣さんも疑いの目がかけられることは必死。
彼女らがどんなプロ意識をもっているのかはよくわからんが、夢を追いかける寿さんや高垣さんのキャリアまでなぎ倒しえない今回の騒動の中で、現在のところ被害にあっていない寿さんや高垣さんへの謝罪があってもいいと思った。
もちろん、内輪では謝罪しているだろうけど、今回のブログエントリーの中にもあってよかったと思う。
“本人の自主性を尊重して”だなんて。はっきり交際についても容認しますとかいえばいいのに。
最後に。
謝罪するぐらいなら、謝罪に至る経緯を自分自身でも綴れよ。
公私混同しないとかエントリーにかきながら、エントリーの内容はおもいっきり公私混同して見えるのは私だけ?
「声優・アイドルとしての私」と「プライベートの私」は同一人物っていうふうにエントリーの内容をみていると思えてしまう。
乱文失礼。
P.S.イカ娘OPの権利を奪い去るような下品な真似をしなくっても人気あるんだから、スフィアに求められるような仕事をしてくれることを切に願います。スフィアクラブおもしろいぞ!
http://veohdownload.blog37.fc2.com/blog-entry-1173.html
番組はここで見られるみたいよ(ただし5分以上はVeoh入会者限定)
というわけであとはまかせた>すでにVeohに入会してる人
http://anond.hatelabo.jp/20110714211030
まず普段から顔をあわせる相手なら覚えられるはずだが。
その定義は1週間に1〜2度顔あわせるかどうか。
それより頻度が下がるのなら忘れてもしょうがないと思うな。
それすら覚えられないのなら、他人に興味がない証拠だ。
その人の性別、好みの服装、所属、肩書き、そういうのと固有名詞は結びつく。
正直に「えっと、どちらでお会いしましたっけ」で正解。
相手も非常識でなかったら「○○でお会いした時に××のお話をしました〜」って誘導してくれる。
こっちも「だとすると□□社さんの?」「いえ、□□社さんもいらっしゃいましたが、私●●社の〜」
下手に嘘をつくと、あとでバレたときのダメージがデカくなって、一文の得にもならないぞ!
元気の種類にもよる。
精神的に参ってる時と、生死に関わることは、そういう風に装っておいたほうがいいケースもある。
ビジネスなら「P.S. 御社の新サービス●●のローンチ会見、記事で拝見しました。私も楽しみにしております」
プライベートの友達なら「P.S. デカいテレビ買ったんだって? ○○から聞いたよ〜 オレPS3持っていくから今度ゲームやらせてよ♪ じゃ(^o^)/」
で、OK。
ただし、基本的に社交辞令程度のニュアンス程度に。特にプライベートの友達は、冗談程度の雰囲気に留めておく。
自分が面倒だと感じるならかけない。
ただし、自分は気づいてないフリを通す。
こっちが気づいてるのに声をかけないってことがバレたらさすがにマズい。
小さいころちゃちな付録でも嬉々として喜んだあのころに、成人した後、まためぐり合う。
ふろかーを知ったのは今年、某漫画の出版社乗っ取り企画にむざむざとはめられw買った時。
どんな付録かを探していたら、雑誌付録をレビューし続けるブログやスレッドを発見した。
そして知った事、それは付録付き雑誌は毎月20誌ほどにものぼる事、
付録とはいえ出来がいいものに関しては雑誌の値段以上の値が付く事(通常雑誌一冊が700円として付録は100円程度/ヤフオク相場)
ブランドコラボで上はコーチやフェンディ等のレベルまで出ている事・・・
毎月の付録雑誌を全て買う人は例外としても毎月二冊程度ならばそんな出費ではないが、毎月やっていれば一年で立派な付録マトリョーシカが完成する。
ふろかーは、気軽にブランドを買えるという点だけでなく、「付録相応」以上の付録を見つける楽しさが所謂「ヲタクの喜び」に該当すると見ている。
また、レビューしていち早く人身御供になる事もプチ英雄視される嬉しさなのかもしれない。
そう考えると金も掛からず楽しめ、使えば生活の役にも立つ、情報先取りでプチファッションリーダー、
「ヲタク」カテゴライズもされない綺麗なオタク=ふろかーという趣味ある種最強な気がしてしまう。
(とは言っても層は主婦層が多い気もする)
昨日の面接で言われたこと。
「君はもし仮に私の彼女になったとしても、謎が多いままでいそうだよね。つまり、好きでも付き合えないような感じ」
いわんとすることは、よくわかる。自分が自分の生々しい"御社への気持ち"を話していないのが原因である。
なにを言ってもだめなのである。"御社の○○という仕事に特に興味があり、私の○○という力を利用して御社に貢献したい"なんていう感じで話してしまい、それは結果的に周りくどく、しかも薄っぺらく発言になってしまう。
私はただ、御社で仕事したいという感覚になったのである。面接をしてくださるあなたの印象がとてもいいと感じるからである。ただ単にそういう理由。理論的な理由があるわけではなく、感覚的なものなのである。
その感覚的なものを言葉にする手段を持ち合わせてなくって、伝えられないだけなのである。
具体的な業務内容に関してのことを発言したところで、実際に仕事をしたことのない学生身分が具体的な話を出来るはずもないと思ってしまう。仕事をし始めてから御社の業務範囲の中で自分の特性にあったものを探していきキャリアを積みたい、というのはいささか甘い考えではあると思うが、そうしたいのである。例えば、○社と△社の営業という仕事における仕事の差を説明しろなんていわれたって、取引する相手が違うことや勤務形態が違うとか、営業手法が違うとかそういうだれでも思いつくようなことしかおもつかないし、そんなことを発言しても全く意味がないと思ってしまう。学生が学生目線で考えた業務内容についての発言をしたとき、面接官はどんな気持ちを抱くのだろうか。そこで、学生の想像と実際の仕事像がうまく合った人を採用するということなのだろうか。
ということは、最初から仕事内容なんてやってみないとわからないという私の就活に対する姿勢は、無回答と同じような状態なのか。
感情的なものが大半を占めており、感情を言葉にのせることが下手な私は、当たり障りのないようなことしか発言できない。思ってもないことをたくみに話す学生も周りにいなくはないが、私にはそういうマインドコントロール力や知識は残念なことに備わってないし、彼らとは仕事に求めるものが違うと思うので実行しようとも思えない。
ただ、単に仕事がしたい感覚なのである。仕事をする場の雰囲気がいいと学生視点で想像するし、私自身のやりたい仕事であると実際に仕事をやったこともない学生が想像して感覚的に思うのである。
もちろん今後の生活を考えている面もあるが、世の中に対する認識が甘い私は現在のところ、金銭的にはとりあえず3職食べられるだけ貰えればいいなんていうスタンスである。
天職に就きたい。。。
P.S.ふと思ったが、質問項目の中身なんてどうでもいいのかな。話し方や仕草など、それこそ面接担当者も感覚的に選別しているのかな。。。
マルクスは政権をとった後のことはあまり具体的なビジョンを示していないが、歴史をみれば、確実に暴力のツケがやってくることがわかる。
プロレタリアートが権力を奪取する手段として暴力は便利この上ないのだが、ポルノ並みの中毒性がある諸刃の剣でもある。暴力革命を成し遂げた政権がその後に示す暴力性は凄まじいし、反動勢力も含めて人民全体に暴力癖がしみついてしまう。中国を例にとると、偉大なマルクス主義者の毛沢東も晩年は文化大革命などで大荒れだったし、鄧小平も結局戦車でカタをつけた。最近では反政府側のチベット暴動なんかも然り。(中国についてはもともと暴力革命の伝統があるので、鶏が先か卵が先かの論かもしれないが。)まさに「剣をとる者は剣によって滅ぶ」ということであろう。元増田のいう「誤り」がどういうことを指すかはわからないが、臨床的観点から副作用がきつ過ぎる故まず採用しないのが賢明であろうとは言えると思う。
派遣社員だったのですが、4月から職が決まったため、「退職願」を出すことにしました。
パート社員で雇用契約期間が満期になりました。このまま退職しますが、退職願いに...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1452756174
http://okwave.jp/qa/q5995350.html
http://ax.misty.ne.jp/~yk13/haken/patio.cgi?mode=past&no=164
で退職届を書かされることもあるので、そのテンプレートを掲載しておきます。
基本は、
の文面を、
退 職 願
このたび雇用期間満了のため平成○○年○○月○○日をもって退職したくお願い申し上げます。
平成○○年○○月○○日
所属部課
氏名 印
○○○○株式会社
と書き換えておけばよいと思います。
契約満了なので、形上は「自己都合退職」にはならないと思います。
覚えておくべきだと思います。
では。
転職に失敗した、ということは多分無茶をしたのではないかなとちょっと思った。
そんな状態でいきなり小説書くなんてブチ上げたらまた無理をしてあまりいい結果にはならないような気がする。
まずは日記書き始めてみたらどう?
何事もトレーニングは必要だよ。日々の出来事や思考のカケラ、増田は本を読むみたいだし書評を書いてみるのもいいかもしれない。
で、それをネットに公開しよう。増田書けるって事ははてなのアカウント持っているのだからはてなダイアリーを開設すればいい。
文章に限らず自分の創りだしたものが人の目につくってのを意識するのは大事だと思う。コメントが付いたら神だと思え。
そんな感じで日記を書いていって「文章筋」がついたな、と思ったら自分が書きたい小説のプロットを書き始めよう。
いきなり長編なんて思うな。思いついたワンシーンだけでもいい。それをいくつも積み重ねて切り貼りしていけば何かできている…ハズ。
増田がどんな作家クラスを目指しているか知らないけど、自分が思うとおりに完璧になんて幻想だから。
世にはKAGEROU以下の文章しか書けない奴は腐るほどいる。書き始めでKAGEROU級なら凄いもんじゃないか。
俺も一つの事をやり遂げるのが苦手だし、完璧病持ちでニートだけど、少しづつ土台を築きあげていくのが大事なんじゃないかな、と思うんだ。
あぁ、そうそう。あれだ。
急がば曲がれ
にゃふん
夕方の美容院で。約6歳、約4歳、2歳未満の3人の幼児を連れてきている父親。上の二人はなんとかカットを終えて3人目にかかったところ、椅子に乗せられただけで恐怖に泣き喚く乳幼児。若い美容師さんが遠慮がちに切ろうとするがいっそうの阿鼻叫喚。(続く)
http://twitter.com/hahaguma/status/5952236962193408
(続き)当然ケープもつけられなくて服のまま。父親「じゃ、俺、押さえつけてますね」(乳幼児を押さえつける)「ほら、だんだん弱ってきた。」美容師さん「なんだかかわいそう…」ということでギブ。少し切った髪が服や首筋についていたので、父親ずぼっとその子の服を脱がせて半裸状態に。(続く)
http://twitter.com/hahaguma/status/5953024602148864
(続き)その間、乳幼児はずっと泣き叫んでいた。彼らについての謎:あの様子では父親は育児慣れしていない。その父親がなぜ3人も幼児を連れて場違いな美容院に来ていたのか?彼らが帰ったあと、美容師さんの話で謎は解ける。(続く)
http://twitter.com/hahaguma/status/5953444191928321
(続き)そこんちは専業主婦の奥さんがいるのだが、最近4人目の赤ちゃんが生まれたばかりでまだ体調がよくないとのこと。私は、2歳に満たない子を椅子に押さえつける父親がいる家庭で、4人の子育てを担っている奥さんのことを思って心配になった。(以上。そんだけ。)
自分だって十分育児慣れしてるとは言い難い父親だから、同じ状況に置かれたら、「2歳に満たない子を椅子に押さえつけ」てしまうかもしれない。育児慣れしていない父親が子供3人もつれてたら、悠長に機嫌をとったり、気をそらせたりする余裕はないかもしれない。「若い美容師さん」や他の女性客がいる前では、「ベロベロバー」とかするのは躊躇われるかもしれない。
それでも、こうした行動をとってしまうと、「子育て下手だな」とか「うるさくて迷惑」とか思われるのに加えて、「奥さんのことを思って心配」されちゃうらしい。この状況でもし万一、「あなたの奥さんが心配だ」などと面と向かって言われたら、怒りで体が震えるほどのひどい侮蔑に聞こえると思う。そういう最大級の侮蔑ともとれる感想とセットで、自分の詳細な子育ての様子を全世界に公開されちゃうなんて、非道い辱めだ。
この点で、父親のやり方がまずかったにせよ、それをはるかに上回る非道さが上の「つぶやき」には感じられる。
「京大文学部卒・中西秀彦『東大法卒・早稲田法科大学院卒の新卒を書類選考で落とした!気分がいい』」に比べれば地味な話ではあるが。
昨日話題になったエントリについて気になったこと。
http://twitter.com/myk0119/status/21271244613
昨日のけいおん一色で改めて思ったが男どもってホント刹那的!毎回買ってる女性向けの作家さんは、この人は土×銀とかこの人はカカ×イルとかこの人は夜×蜂とか何年もジャンル固定なのに、男どもはちょっと気に入ったキャラがいたらわーっとヤリ散らして次年ははいもう別のキャラ、だもんねー。そんなんでどの口が処女がどうのとか言ってるんだというヽ(´ー`;)ノ
(中略)
はてブではどうせ脊髄反射的に叩かれてるんだろうけれど(はてブやってる人って精神的に早漏だよね
私はこういう人たちがどういう感覚の持ち主なのかってのは結構気になる。
明らかに私と考えが違うなーと思うのが太字にした部分。
彼女?は自分が属する側であると思っているであろう女性こそ現実に立ち返っている、とおっしゃっている。
これはどういうことなんだろうか。
娯楽として楽しんでるものだから、あんまり理解できない。
繰り返し読み返す作品、子供時代によんでその思い出が心に残っている作品はあるけれども
好きな作品だったら同人を作らなきゃいけないとか
まして別の作品を好きになってその同人を作っちゃいけないとか、
私の感覚としてはありえない。それってまるで恋人みたいじゃないか。
放映や連載が終わった(それ以上の変化も進展もない)作品について
ずっとモチベーションをキープしているほうがなにかに取り付かれてる気がする。
「おーい、いいかげん夢から目を覚ましたら?」っていいたくなるのですが、
こういう、私から見たら二次元にいつまでもしがみつくような生き方をしている人が、
自己イメージでは現実的であるという。これはいったい何なのだろうか。
もし作品に対して恋愛とか結婚に近いような観念を持っているとして、
つまり作品を恋人とか家族のように感じ、一緒に育っていくという感覚なのだろうか。
しかし育っていくといっても、作品自体の更新は止まっているのだから、
その子供か恋人かはしらんが、育っていっているのはあくまで彼女たちの脳だけであろう。
とすると、彼女たちは自分の成長をなにかの二次元の人物やその関係に反映させて
それを確認するのが喜びだということだろうか。
考えれば考えるほど謎である。
いろいろ勉強になりますー。
5年に一度くらいの頻度で人を好きになる。
だけど、僕には欠陥がある。
僕は傷を抱いた人しか好きになれない。
彼女と出会ったのは今から一年と半年ほど前、僕が働く会社にアルバイトスタッフとして入社した。僕は社会人で、彼女は大学生だ。
僕が彼女に対してはじめに抱いた印象は、決して良くなかった。人は見た目が九割というが、彼女はどう見ても外見的に僕が好きになるタイプの人間ではなかった。
いかにも軽薄そうで、世渡り上手な感じで、ギャルのように見えた。そういった心証があった。
僕と彼女はすれ違っていた。あまり会話も交わさない、お互いが顔を合わせた時は便宜としての挨拶。「おはようございます」と声を掛け合うくらいの関係。
今となって思うのは、そのままの方が良かったんじゃないかってこと。
だけど、いつしか変化が訪れた。僕と彼女は喫煙者なのだけど、会社の喫煙所で軽く会話をした。趣味の話や、仕事の話はもとより、プライベートの愚痴だったり、彼女の学生生活の話だったり。
とりとめのない会話が続いたけど、僕が先に抱いた心証は少しずつ変わっていった。
「最初は気むずかしい人だったと思ったけど、話してみたら案外面白いですよね」なんて僕は言われる。それはだけど、僕もおんなじだったんだ。
彼女との関係性に変化が現れたのは昨年の冬。
仕事上がりが重なったせいか、彼女の気紛れで一緒に遊びに行こうという話になった。
よく分からない。
一緒にスポーツをしたり、夕食を食べたり、した。
それから何度か、遊びに出掛けたり、飲んだり、した。
しかし、関係性に若干の変化が訪れても、当時の僕はまだ彼女を好きになっていなかった。
いつだったか、よく覚えていない。たしか、今年の初頭だったと思う。
彼女には別れようと思っている彼氏がいた。その彼氏は、彼女がいうには未練たらしく関係の再構築を謀ろうとしたらしい。彼女が別れようと思った理由は、端的にいえば浮気だ。彼氏のケータイを覗いた時に、その証左を得たらしい。
どういった証拠を掴んだかはここには書かない。だが、吐き気がするものだ。ケータイを使って確固たる証拠となるものといえば、いくつかしかないだろう。
彼女は頻繁に届くメールや鳴り止まぬ電話に、少しの怯えを見せていた。
彼氏との関係性が破綻しかけた頃、彼女は軽いDVを受けた。本来的な暴力ではなく、傷が残るものではなく、押さえ付けられたり、首を絞められたり。傷の付かない暴力。
だからこそ、誰かにそんな話を聞いて欲しかったのだろう。今になって分かるのは、彼女にとっては誰でも良かった、ということ。話し相手として、偶然に僕が選ばれただけで、しかし僕以外にも社交的な彼女は他の誰かにも同様の相談をしていただろう。
僕は『誰か』に過ぎない。何人もいた『誰か』にしか過ぎない。
彼女は、でも既に壊れていたのかも知れない。
自分を傷付けるために沢山の男と寝た。
身体目当てで寄ってくる男は、最悪だと思いながら、そんな男を抱く自分を最低だと感じながら、悲劇のヒロインを演じるために。
なんで僕にそんな話までするのだろう? 僕は疑問を感じていた。だけど、答えが分かってしまえば単純で、それはきっと――僕が『誰か』だからだろう。
話を聞いてくれるだけの捌け口だったからだろう。
王様はロバの耳で、僕は彼女のストレスを緩和させてあげられれば良かった。そういう存在。
だから僕は彼女と会い、どんな話にも興味を持って耳を傾けた。
僕はそんな毒にしかならない話を聞きながら、かわいそうだ、とか、不幸だ、とか、そういった感慨は抱かなかった。
全ての結果には原因があって、それをなぞるのが僕たちの生きている世界だ。
彼女は自分を傷付けるために、そのためだけにその道を選んでいた。
かわいそうでも、不幸でもないと思う。ただ僕は、いつしかそんな彼女を好きになってしまった。
沢山の男と寝る女に?
僕はそんな話を聞いても傷付いていない。だけど、おかしい。何故かそんな彼女を愛しく感じてしまった。
僕はきっとおかしい。
そして、あの冬が終わりそうだったあの季節。もうすぐ春が訪れそうだった世界で、僕の携帯は彼女から一通のメールを受信する。
残念ながらドラマティックな展開なんてない。これは現実だから。
ただ彼女が『これから彼氏と電話をして、しっかりと別れを告げようと思います』とだけ、僕に伝える。
僕は彼女が傷付く要素が減れば、それは良いことなんだろうな、と何となく思っていた。だから『頑張って』と返す。
彼女が電話を終えて――深夜だ。夜中の3時くらいだった。彼女から電話がくる。
彼女は泣いていたのだろうか? 辛かったのだろうか? ただ、少し涙声に聞こえる声で、精神的にやられてしまったんだろうな、というのは分かった。
僕は、くさいセリフしか吐けない。きっと(これを読んでいる)あなたが聞いたら寒気がするような言葉しか伝えられない。少ない語彙で、彼女を励ましてあげることしか出来ない――出来なかった。
君が笑っていてくれたら僕は嬉しい、だからいつも笑顔を忘れないで。
そんな内容を、オブラートに包まず、長々と僕は伝える――伝えたんだ。本当はすごく会いたかったのに、君をもっとちゃんと励ましてあげられたら良かった。目を見て話したかった。
僕は彼女が恋しくなる。
いつも会いたいと思うようになる。
それが、3ヶ月くらい前。
そうしてまた何度か遊びに行き、飲みに行って、僕は酔っ払ったまま、彼女に自分の気持ちを伝えた。
僕は君が好きだって。
雪は溶けて、季節は春になっていた。
僕は優しく振られる。でも、それで良かった。このよく分からない曖昧な気持ちを、ちゃんと言葉にして伝えられて良かった。それだけで少し幸せだったんだ。
彼女は優しいから、僕とはそれまで通りに接してくれる。僕は今だって彼女のことが好きだけど、だけど、本当に『この気持ちが』好きなのかどうかは分からない。
彼女が他の男と肉体的な関係を持っても、別にどうでもいいと思う自分がいて、彼女が妻子持ちと不倫をしているのを僕に告げても僕はどうでも良くて……それは本当に好きなのだろうか? これって、好きっていえる?
こういう感覚は、よく分からない。
僕が昔、ルームシェアをしていた本当に救いようのない不倫をしていた女を好きになった時も、その好きだった子が堕胎しても、僕があの子を好きだったあの頃のように。
世界を悲観して精神を安定させるために恒常的なリストカットを続ける別の女を好きだった時も。
全部が全部、それは副次的な要素として完結していると考えてしまう僕の気持ち。
頭でいくらおかしいと理解していても、心が付いていかない。どこか遠くに離れている。
今好きな彼女を、好きだっていえるけど。これは好きと違うのかな。ただの同情なのかな。
彼女を抱きたいとも思わない。直截にいえば、セックスしたいとか思わない。
だけど、ただ抱きしめたいと思う。
この感覚が、一体なんなのだろうと、僕は考えている。
だけど君にとって、僕は『誰か』であり続けるのが正しい。
これからもそうしようと思う。
君は君で、僕は他人だ。ただ曖昧な感情を抱いているだけの、壊れてしまった人間なのだから。
出来すぎた話だが、これを書き終えた今、彼女から電話を受けた。
すこし辛い気持ちになってしまった。
彼と一生添い遂げたいなら、ひとつ心に留めておいてね。
人は変わる。悪い意味じゃなくて、全く成長しない人生なんてつまらないでしょ? 新しい経験をして、新しい視点を得れば、人生はどんどん豊かになってゆく。自分が変わりたくなくても、周囲が変わってゆけば関係は変わらざるを得ない。
望むと望まざるとにかかわらず、人は同じ場所に立ち続けることはできないんだ。
だから、パートナーとずっと一緒にいる、っていうことは、パートナーとの関係がずっと変わらない、っていうことじゃない。全く逆なんだ。常に、パートナーと新しい関係を築いてゆくこと、お互いの歩調を合わせて、同じ方向に成長してゆくこと、相手が変わるのに合わせて自分も変わってゆくこと、なんだね。
別れてしまう人達がいつも、考えが浅くて付き合っちゃったっていうわけじゃない。それぞれの人生の旅の、あるひとときにたまたま道程が重なったってこともある。それはそれで、真剣な関係があり得るけれど、最終的な旅の目的地が違っていたら、やっぱり別れざるを得ないんだよ。でもその一時期に一緒に旅をしたことっていうのは、無駄ではないんだ。それが無ければその後の人生もありえないんだから。
若い頃に、何十年も後の自分の人生の旅を想像するのは難しい。むしろ想像がついちゃう人生なんてつまらない。そんな時に、一生一緒に旅をしてゆける人と巡り会えるのは、ひとつの奇跡みたいなものだ。大事にね。
P.S. ブコメで「奇跡」ということばにひっかかってるのをいくつか見たけど、「奇跡」が気に入らなかったら「幸運な偶然」とでも読み替えてください。同じことです。
もう一つ。ありむーについて。
id:y_arim