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2017-03-30

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今回はとなりのヤングジャンプ

あと、シンマンGP2017エントリー作品No.7


きみ×××ることなかれ

メンバーの中で特段目立ったことをしていなかったキャラを、ここにきて主体で喋らせるあたり、バランス感覚はあるなあと思った。

過不足の話をするなら、まあもっと語れることはあるんだろうなあと思いつつ、それなりにちゃんと畳んだあたり力量は感じる。

それにしても、『わびさびティルーム』のときも思ったけれども、このスッパリ終わらせる感じは、ジャンプよりもチャンピオンを髣髴とさせるなあと思ったり。

まあ、連載についての方針を知らないので、普通に完結しただけかもしれないけれども。

なにせ、如何にもな少女マンガっぽい作風で、となジャン目線で見た場合は浮いてたからなあ……。



シゴソウ (シンマンGP2017 エントリーNo.7)

要は超自然能力解決する幽霊バトルもの

構成だとかプロットも、読み切りでよく見るタイプだ。

もちろん細かい差異はあるから別にパクりだとか真似しているだとかそういうことを言いたいわけではないけれども、ガワが実質同じでその中身に特筆した魅力を感じられないと、凡庸だという印象がどうしても拭いきれないんだよね。

結局、漫画供給が飽和している時代評価されるものを出そうとするなら、既存作品より優れているか、珍しいテーマプロット勝負するのが近道なわけで。

それを踏まえると、定番の話を割と高いクオリティで仕上げたエントリーNo.3『蒼の閃』のほうが、ド直球勝負な分印象が良いかもしれない。

ただこの手の読み切りプロットありがちな人間ドラマ、設定、起承転結きっちりできているのは地力を感じる。

メタ的にみればこじ付けもいいところだけれども、ちゃんとキャラ能力の設定や、話のテーマに繋がりを持たせているのも悪くない。



さて、第三回のシンマン総括。

はいってもこれまでの感想で色々と語ったので、今さら語ることもあまりないんだけれども。

ヤンジャン本誌も読んでいるので、はがきは既に出している状態感想書いているし。

インパクトなら『ヒトリアソビ』が突出しているが、いかんせん主体となるネタ下品なので特定の層からウケが悪そう。

『灰とリコピン』、『蒼の閃』、『シゴソウ』は特筆するものが少なくて個人的微妙

『蛉目奇譚』はかなり気合入っているしプロットも良いと思うんだけれども、情報量の多さと絵柄のクセに辟易する人もいそうな気がするので未知数。

『FLYend!』は前半の世界観説明が、というか全体的に説明くさくて、ストーリー構成読みきり的にいただけないんだけれども、逆にそこに将来の展望をする人は少なくなさそう。

プロットの、テーマと見せ方が最も好みなのはブルーフォビア』だけれども、他の優勝候補になるエントリー作と相対的にみてみると特筆するようなものが少なくて、影が薄い印象はある。

2017-03-29

[]横槍メンゴクズの本懐

本当は別に好きなヒトがいるけど、かないそうもないからとりあえずフェイクでさびしさを埋めるために付き合うといういびつ関係をする二人と

二人をとりま人間関係の話




うーん

なんかメタメタになりすぎて(知ってることを知ってることを知ってたとか)混乱した部分があった

あとセリフとか説明口調で語りすぎてて逆にわかりづらくなってる気がした・・・

いや端的に言えばひとり最高な人間にはリア充の悩みをいろいろ見ても正直つまらんなーっていうのが、漫画自体面白さの前にきてしまって、ノれなかった

なんかね、たとえるのもアレだけど又吉の火花読んでるときと似た感覚になった

面白いとか面白くないとかそういうエンタメ漫画じゃない感じ

初体験は遅くもなくはやくもない高校生とかね・。。。はあ・・・

いや自分にあてはめて考えるのとかあほすぎるのわかってるけど、こればっかりはしょうがないんだよなー

1回さらっと読む限りではいまいち全部わかんなかった漢字するけどかといって2回目読む気にはなれないんだよなー

自分には合わなかった、の一言かな

たぶん芸術家肌のヒトとかそれなりに「普通」の恋愛をしてきたヒトにとってはひびくものがあるんだろうけど

うーん

直接対決とかみたいなドラマチックなことがほとんどないからなんかぼんやりしたままお話が進む感じがするんだよなー

2017-03-26

定期と自家用車比較してるような奴は車も子供も持つ身分にない現代ということさ

どーすんだよあなた活躍できないじゃん

しらね

さび死ね

2017-03-23

未完・もりとものフレンズ 第1回「とよなかちほー」

このせかい の かたすみ に つくられた ちょう きょだい どうぶつえん 「ニポリパーク」。

そこでは なぞの ぶっしつ「サンドエナジー」の ちから で 、 どうぶつたち が つぎつぎ とヒトの ような すがた に へんしん。

おとずれた ひとびと とにぎやかに たのしむ ように なりました。

しかし、とき は ながれ……。あるひ 、パークにこまった ようす の まいご の すがた が…

「スー…スー…おっ? ひさびさに かりごっこが できそうな フレンズが いるよ?(しずかに あとを つけて…) わっ!」

「う、うわああああ たべないでください!」

そこには まいご、いや、こども というか

おじさん が たおれこんで いました。

「たべないよ~!あなた、 かりごっこ とくい じゃない フレンズ なんだね。」

サーバルちゃん は、すかさず さけびました。

「いやあ、 よかった よかった。あなた は やさしい ひと みたいだ。」

ぞの おじさん は ほっとして つぶやきました。

そして、サーバルちゃん は ききました。

わたしサーバル。 あなたの なまえ は なんていうの?」

おじさん は いいました。

「それが ですね … なまえ も どこから きたのか も おもいだせへん の ですわ…」

サーバルちゃん は おじさん が もっている かご を みながら いいました。

「なんの フレンズか わからない のね… ん? かご…… かご… かご… そうだ! あなたは きょうから 『かごちゃん』 ね !」

「かごちゃん か… なんか あぶない かんじも する なまえ やけど ありがとう ございます。」

そして、かごちゃんと サーバルちゃん は、かご ちゃん が なんの フレンズ か しらべるため たび に でました。

すると、 あおくて まるい ぶったい が ふたり の もと に ちかづいて きました。

サーバルちゃん は、

あいつは、 セロリアン って いって、 ちょっと あぶない やつ なんだ。 でも あんなに おおきな セロリアン は はじめて みたよ。」

といいました。

かごちゃん は、

「そんな やつ が いるなんて… あっ、わたしが まえにいた せかいでも そんな わるい やつらが いましたなあ。なんきんじけん や、 いあんふ もんだい で うそ を ついて、 にほんの ほこりけがそうと する やつら でしたわ。 」

サーバルちゃん は とくに こうはん の おはなし は さっぱり わからない ので、

「ふーん、なんか たいへんそう だね。」

と、てきとう に ちょうし を あわせました。


~~~

とここまで書いて飽きた


追記:

http://anond.hatelabo.jp/20170302204303

クソどうでもいいけど「もりともフレンズ」が既出だったね

2017-03-20

就活やめたい

3/20(月・祝)19:40 ES挫折

アイデンティティーが瓦解する。

私は誰だっけ。何が好きで何が嫌いなんだっけ。

得意なこと、苦手なこと。ちゃんとあるはずなのにうまく言えない。

私はなんで生まれてきたんだっけ。どうして生きているんだっけ。

からない。わからないよ。

私には400字語れる趣味さえない。私の人生は800字にも満たない。

きっとそういうことだ。

就活ってたぶん論理的計画的で行動的な人が強い。

でもそんな人本当にいるのかな。

私の行動はいだって衝動に突き動かされていて説明なんかできない。

やりたいからやっただけ。好きだから好き。嫌なことは何言われたって嫌。

そんなもんじゃないのかな。

私は自分を正直に表すことにこだわりすぎてるんだと思う。

価値観とか気持ちとかが先にあって、うまくフィットする言葉を探してる。

でもたぶんそういうことじゃなくて、論理的整合性の取れたきれいなものを作ったほうが楽。嘘でも。あーあ、馬鹿らし。

みんなきっと、挫折とか失敗とかそういうのあって、立ち直るなんて立派なものじゃなくて、逃げたりごまかしたり忘れたふりして、どんどん変な形になりながら生きてる。

そうやって折れたり歪んだりした、その形が個性だ。

なのに、企業ときたら、まん丸でつるっつるの人間ばっかり求める。

歪んでいることを責められる。

日本にはさ、わびさびって言葉があってさ、不完全なものは美しいって考えられるの。

好きだなあ、それ。

歪んだ湯呑みのさ、歪んでいる意味なんて考えないでさ、なんかいいなあ、味だなあって。

そんな風に見てほしい。甘えてるのは分かってるけど。

まんまるのつるっつるの方が役に立つんだろうしね。

はあ、就活やめたい。

⬛追記(3/21)

たくさんの反応ありがとうございます

なんか注目エントリにのっててびっくりした。

私がネットでこんな記事見たら「馬鹿じゃねーの」って一蹴してしまいそうなもんだけど、

ここの人は暖かいですね。好きです。

まだまだ就活序盤だし、あまり神経質にならず頑張ろうと思います

元気出ました。ありがとうございます

2017-03-14

まれてこなければよかった

金もない友人もいない恋人もいない

こんなにさびしく苦しい人生なら

まれてこなければよかった

そうだ

まれてこないようにしよう

そう決意した

おれはタイムマシン製作にとりかかった

それから数年が経った

長年の辛抱強い研究開発の結果

おれはタイムマシン発明することができた

これを世間に発表すれば富と名声と金を得られるだろうが、今やそんなことをしては邪道だと思うに至る

当初の目的であるおれ自身を産まれてこないようにすることこそがおれの至高の目的であり純粋尊い意思なのだ

初志貫徹、おれはこの用途以外には決して使うまい

あのときの決意を簡単に変えるほど、おれはヤワ人間じゃない

完成したタイムマシンで早速、五世祖父時代に遡った

この五世祖父を殺してしまえばおれが産まれてくることはない

五世祖父とはなにかというと

先祖を遡っていくとき

祖父 → 曽祖父 → 高祖父 → 五世祖父という順番になるのが五世祖父

おれがなぜこれほど遡って消滅させるかというと

やはり近しい先祖は心情的にも自ら手をかけにくいものから

ただし遡れば遡るほどその他の大勢の子孫の存在への影響がでかくなる可能性がある

残念ながらおれはこのときそこまで考えが至らずに配慮を欠いていたのだ

まったくてへぺろってやつだな

やれやれやな

さてさて

過去時代で五世祖父の居場所を見つけて

五世祖父が夜道を歩いているおりに

草木の陰からいざとびかかろとすると

不思議現象が起こったのだ

えーさて

ここで問題です(ババン)

なんというパラドックスが起こったでしょう?

(三十三才男)

2017-03-12

さびさにちびまる子ちゃんみてるけど。

声がすっかりBBA

2017-03-09

ゼルダの伝説BoW感想面白い点 箇条書き(途中まで)

まだクリアしてないから序盤とちょっと先くらいまで。

若干ネタバレ


ざっくりだけど箇条書き。

・とりあえず、ゲームを始めるとすぐ操作できるようになる。

・すっぱだかで宝箱蹴ったら痛がるアクションをする(細けぇ

・目覚めた洞窟から出るとBGMゲームタイトルと共にオープンワールドを見せ付けるようにパノラマ風景

最初武器もなにもなし。そこら中に木の枝など武器が転がっているが気づかないと武器なしで進めることになる。

ヒカキンとか武器なしで祠まで進んでてワロタ

・崖際からスタートして降りられないので道ナリに進むと爺発見。広さを感じさせながらの誘導うめぇ

・謎の声が聞こえたので指定された地点へ移動。イベントを発生させるとマップ中のタワーが屹立しする

イベント発生ポイントのタワー以外に、同時に雪山火山などの地形のタワーが屹立するカットを見せて

こんなところにもいけるのか!という広さとワクワク感を増大させる演出

イベント後塔から降りると、じじいがパラグライダーのようなアイテムで飛んできて笑う

・残り3つの祠を巡るようにいわれる。

・タワーすぐ近く、雪山の頂上、川を越えた先に祠を発見

→それぞれ祠でアイテムを入手(リモコン爆弾磁石魔法オブジェクト時間停止魔法アイスブロック作成魔法

クリア後、ガノン歴史を爺(王様から聞かされる。

チュートリアル終了。パラグライダーを貰ってスタート地点から脱出

→以降、最初の村に行き、その後4体のBOSS探しのたびへ。


  • 了-

以下面白いところ、気になったところ。

・とにかく山のぼりパラグライダー面白い

 山登りは90度以上の崖でも上れるようになっていて、基本的フィールドマップ上に見えない壁は存在しない(最外周は別かもしれない。

 ただし、スタミナゲージがあり、切れるとおっこちる。(高すぎると死ぬ

 そして高いところに昇りきるとパラグライダー滑空して移動できる(滅茶苦茶きもちいい

 →BoWが面白いと思った最大の理由がこれ。

  オープンワールド問題点として個人的に感じていたのが移動のだるさである

  遠くにでかい建物が見えて「アレを見て見たい!」という欲求は凄い沸くのだが、道中がとにかくだるい

  ただ、まっすぐ歩くだけだったり、乗り物で高速移動など退屈しがち。

  対してBoWは遠くに見えるタワー(タワーでアンロックすると周辺の地図が手に入る)が見えるのだけど

  基本的に起伏のある山やジャングルなどそこに到達するまでに乗り越えるべき環境が多数存在する。

  つまりマップ移動そのものコンテンツになっているのだ。

  あのタワーに行くには右から行くか?正面の平地を進んで登るか?

  あるいは全く違う方向にもタワーがあるのでそっちに進むか?

  と、あたかフィールドマップのものダンジョンのようになっており、目的地までどのように到達するか?

  という一種の謎解きになっている。

  目的発見→移動(ダルイ)→目的地(デケー!テキツエーー!楽しい!)→別の場所に移動(ダルイ)

  のように集中とリラックスの繰り返しではなく

  目的発見→移動(やばい!スタミナが切れそう!ルート変えよう!)→目的地(デケー!テキツエーー!楽しい!)→別の場所に移動(パラグライダーで移動だ!キモチイイー)

  と言ったようにプレイ連続感がまったくとぎれることなく楽しむことが出来る。

  そのせいでやめ時がわからなくなる。

  目的地についた!→あれ?なんかデケーのがそら飛んでるぞ!→(やめられない)

  と、このような感じで次から次へと新たな発見がある。

戦闘楽しい

 もう一点気になっていたこととしてこの類のデカフィールド採用したゲーム欠点として戦闘の単調さがある。

 しかし、ゼルダ戦闘面白い

 Yで攻撃、Xボタンで横ステップ、L2で注目+シールドと基本はゼル伝そのままに

 すぐ壊れてしまうが多彩な武器、横ステップからスローモーションによるめった切など些細にみえシステム戦闘から単調さを消している。

 武器は本当にすぐ壊れる。なんと宝箱から手に入れたような特殊武器もすぐ壊れる。

 しかし、このシステムを使っていると貴重な武器も温存するのではなく積極的に使おうという気になってくる。

 武器スロットが限られているので次から次へと使わないと違う武器が使えないのだ。

 結果としてどの戦闘をとっても違うスタイル戦闘になることが多く飽き辛くなっている。

 ガイコツの手、こんぼう、さびた剣、風を吹き起こす葉っぱ、電気を発生させる剣・杖等など種類は山ほどありそうだ。

 また、パリィや横ステップなど玄人向けのシステムも搭載しており、うまい人は無双できるレベルになっているのも評価が高い(ハードモードが早くやりてぇ

物理エンジンを使った謎解き

 Havokを使っているらしいが、特有の謎挙動が少ない。

 そして物理エンジンを使ったことにより従来の謎解きの柔軟さが遥かに増大している。

 かといって安易な抜け穴がそうそう見つかるかというとそうではないという絶妙バランスになっている。


今のところのざっとした感想だ。

欠点としてはダンジョンの短さは感じた。

もうすこし長めだと良かったかもしれない。

(でもダンジョンが動いてるのはすげーと思った。

2017-03-08

スパムぜんぜんみなくなって快適だけど、ちょっとさびしくも感じてしまう贅沢な悩みウフ♪

2017-03-06

さびさにPCショップに行ったら、Cherry軸のキーボードめちゃくちゃ押してて吹いた

そして打鍵感に感動する。

赤軸の静穏のやつ。

もう買う。

毎日必ず使うデバイスしか10年くらいは余裕で使えるし、キーボードに軸スイッチがはんだ付けされてるタイプからヘタっても自力で修理できる。


久々にテンションあがってます




しか最近富士通キーボードはやる気ないなー。

2017-03-04

非モテをこじらせにこじらせてむせび泣いていた

好意を感じると逃げる、据え膳は食わない、孤独を貫いてさびしがる、一人酒のたびに涙が出る、など、感情と行動が一致しない回避性人格障害みたいな行動をとりまくり、このにじみ出てくるぐちゃぐちゃとした感情はなんだろう?なんだろう?ああ、これは憐憫だ、自分への憐れみだ、本当はできるはずだという幼稚な全能感を否定しないためだけに自らチャンスを全力で遠ざけまくって年々衰えていく自分を憐れんでいるんだ、と気づき、こんな自分と一緒になったら相手も不幸にしてしまうから遠ざけよう引きこもろう一人でいよう、という謎の自己犠牲的な誰も求めていないというか気にも止めていないアホみたいな気遣い自己満足のために孤独を気取っていたくそこじらせスネまくり非モテ野郎の私ですが、




先日結婚しました。





いやーなんだったんだろうな上記の感情は。何かの自己暗示にかかってたんじゃないかな。まさに呪いだった。

2017-03-02

ブレスオブ

ワイルドがこれから若者子供たちにとっては普通になっていくのがさびしい

ブレスオブといえばファイアなのに(´;ω;`)ウッ…

2017-03-01

ずっとウォッチに入れてた商品がとうとう売れてしまって悲しいようなさびしいような無駄遣いしなくてすんだようなで複雑な気持ちであ~る

http://anond.hatelabo.jp/20170228212733

親が変なら親のことはとりあえず忘れていい。逃げていい。放っておいていい。親とどうこうするのは増田人生楽しんで増田もっと育ってからでいい。

さしあたっては、ぜひ良い友達や良い恋人を見つけて、一緒にいろんなことにチャレンジしながら愛されることと愛することを学んでください。親兄弟は選べないけど友人や恋人所属する組織は選べるんだよ。びっくりするくらいお人好しなやつや、びっくりするくらい愛してくれるやつ、探せばちゃんといるから。探して仲良くなって、まずは愛をもらってください。同時に、増田相手のことをたくさん愛してください。

特におすすめなのは精神的にも経済的にも自立した、増田が心底信頼できる面倒見のいい人を恋人にすること。その人にちゃんと理由を話して気が済むまで甘えさせてもらいつつ、ちょっとずつ成長するのが良い。それでいうと、5~10歳くらいは年上がいいかもしれない。まあ働いてようと働いてなかろうと、年下だろうと年上だろうと、しっかりした人もいるけども。くれぐれも相手はよく選ぶ。へんな人を選ぶと、搾取されたり、精神的に共依存になったり、経済的共倒れたりするからね。

甘えること、恋すること、愛されること、愛すること。それぞれ微妙に違う。その違いが分かって、自分にも相手にも無理なく加減できるようになるには、それぞれを充分に味わってみる必要がある。もちろん、それには相手必要で。増田が19歳だというなら、誰にも文句を言われず(言わせず)自由に、甘えたり、恋したり、愛されたり、愛したりを試せる年齢は、これからやってくるんだよ。今死んでどうする!もったいないおばけが出るぞ。


昔読んで感心した記事を一個紹介しておこう。

http://d.hatena.ne.jp/mellowmymind/20070905/1188989680

やばいと思ったら折れる前に逃げていいし、さびしいときはがまんしないで甘えてよいんだよ。

2017-02-28

耳かき小説かいニッチジャンルを見つけてしまった

ねちゃねちゃ耳垢の自分には縁のない世界だが、日本人はカサカサのほうが多いのでこれがメジャーなのだと思うとさびしくもある

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226114842

ヨコだけど、ひょっとして増田子供はいないの?

子供がいないさびしい人だから、5分先に落ちる穴よりも目先のことだけしか考えられないのかなと思って。

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さびさに中島敦山月記』を読んだら、だいぶ読み方が変わって驚いた。

以前は、強烈な自尊心ゆえに友人や先生に教えを請えないエリートが没落した様を描くことで、「つまらないプライドは捨てて生きていかないとロクなことにならないよ」という教訓を言う話だと思っていた。

が、この読みはどうも浅薄というか、人生の敗北者にとっては厳しすぎるのである。というか結論だけ抜き出せばそこらの自己啓発本と変わらないような気がしてきて、作品価値矮小化しているような気さえしてくる。

そこで、もう少し人生の慰めになるような読み方はないか。と考えていたら、これは「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないか、と思い始めた。



中学生の頃に読んだときは、李徴は周囲に教えを請いたりできないプライドの高い男だな、と思ったが、(浅い)人生経験を積んだ今、改めて読むとそうでもない。

李徴が詩人を志したのは、(功名心もあっただろうが)第一には心を揺さぶる先人の詩があったからだろう。そうなると、そうした詩を書く者が周囲にいれば、これに師事したり教えを請いたりしたはずである

それにもかかわらずそうしなかったのは、自分の追い求める詩人像に値する者が周囲に居なかったからだろう。



自分の追い求める理想像と、②世で「名を成す」者とがズレることは、現実社会でもしばしばあることである

李徴は、このズレに気付かないまま自分理想像を追い求めていったことで、世で「名を成す」ことができなかったばかりか、周囲の人間と折り合いがつかなくなり、「努めて人との交を避けた」結果、「一匹の猛虎」となった。

他方、周囲にいた「己よりも遥かに乏しい才能であ」る者は、世で「名を成す」道を「専一に磨いたがために」、「堂々たる詩家」となった。



李徴は理不尽な世の中に自分を合わせられず、ひたすらに理想を追い求めた結果、社会的に失敗してしまったのである



これはカフカ『変身』で、社会の求める市民像──(ⅰ)家庭の善良な息子、(ⅱ)有能なセールスマン──を演じていたグレーゴルが、自己本来性の自覚を持ってしまった瞬間、褐色の虫に変身してしまったのと似ている。

現代社会ルールでは、人間自己自身本来性を保持することを許さないのである



そして、李徴が不幸であったのは、上述した社会ルールに、他ならぬ李徴自身支配されていた点にある。

李徴としては、徹底的に社会を突き放し、自分理想像を追求するという途もあった。

しかし、「元来詩人として名を成す積りでいた」李徴は、世で「名を成す」努力をできなかった自分を徹底的に断罪するのである

事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ

李徴の詩を聴いた袁の評価によれば、李徴の詩は「長短凡およそ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりであるとある

第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」とは言え、この自己評価は言い過ぎである

それに、はっきり言って実社会でこんな話は”よくある”ことなである



ここで想起されるのは聖書の『ヨブ記である

神の手により不幸のどん底に落とされる義人ヨブを、自己責任論に基づいて徹底的にこき下ろす友人エリファズの話だが、どうも李徴の中にはヨブとエリファズが同居しているように思える。



さらに、上記のヨブ記ラストにおいて、ヨブは「仲保者」(=キリスト?)の存在確信することで救われるが、李徴にこのような仲保者は現れない。

ただ、「向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。」というだけである



また、カミュ異邦人』も想起される。

これも社会ルールに合わせられないムルソーという男の不幸を描いた作品である

ムルソー物語ラストで、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

他方、李徴は「獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」というだけである



ここに来て、山月記という作品は「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないかと思うのである

2017-02-20

けもフレのOPフルきいてほっとした

オーイシマサヨシの歌はのざきくんでしって、さびは好きなんだけどそれ以外はどうも歌詞をつめこみすぎてメロディーにあってないような部分があったところが好きになれなかったけど、

今回のはきっちりわかりやすメロディー歌詞がはまってて楽しい

前奏間奏アウトロも短いからせっかちな自分としてはかなりうれしい

なんら思うところなく途切れなく無限ループできる

2017-02-14

うっわ・・・今ひさびさにあのグロ子育てブログホッテントリきてるわ・・・

ひっこしてからみなくなって安心してたのにもうぜってーみたくない

トラウマになるんだよあの絵・・・くわばらくわばら

2017-02-13

25浪の東大医学部受験生

あの人いまどうしてるの?ひさびさに見に行ってみようかなっておもったんだけど

2017-02-09

でも、デートレイプしないと僕を愛してくれないんでしょ?

高校生の時、二人の女の子と付き合った。僕は手を繋ぐのが精一杯で、自分からキスしたり、ましてやそれ以上のことをするなんて無理だった。

二人とも、僕のことをすぐ振って、他の男と付き合い始めた。奥手な自分に不満を持ったのだと思った。

大学に入って、彼氏がいる女の子のことを好きになってしまった。彼女のうちに呼ばれて、デートレイプまがいのことをしてしまった。もう二度と会ってはくれないだろう、警察通報されて当然だ、と思った。

ところが、数日後にまた会う約束ができた。それどころか、彼女の態度は見違えるように自分への好意を示すようになっていた。結局、その子はそれまで付き合っていた彼氏を振って自分とつきあってくれた。わけがからなかった。

の子と別れた後、二人の女の子を好きになった。その子たちとも二人きりになるチャンスがあったのだけど、相手が嫌がったので何もしなかった。デート最中性的行為強制することがデートレイプと呼ばれることを、僕はもう知っていた。

彼女たちは僕と付き合ってはくれなかった。それは仕方ない。でも、彼女たちは後になって、僕を意気地なしだと言って嘲笑した。わけがからなかった。僕はジェンダー論の本に書いてある通り、倫理的に行動したのに!

大学生活も後半に差し掛かったころ、僕はさびしさに耐えかねて、またデートレイプまがいのことをしてしまった。かつてと同じように、女の子は突然好意を示し始め、僕とつきあってくれた。

けがからなくて、すぐ振ってしまった。ほんとにひどいことをしたと思う。

大学卒業してから、誰とも付き合っていない。寂しくて仕方がない。でも、女の子に振られるのは耐えられても、好きな人嘲笑されるのは耐えられない。

デートレイプをしない男性のことを、意気地なしと言って嘲笑する規範は、男性だけのものではないのだと思う。もちろん、デートレイプはみんなに当てはまる道徳としては是認できないものだし、性について真剣に考えている女性たちは、そんな規範肯定してはいないだろう。でも、現実として、デートレイプをしないと僕は愛してもらえない。

"No means no"は正しい規範だ。だから、僕は愛されないまま行きていくしかない。そのことに異論はないのだけど、どうしても僕は、恋愛工学にはまってしまう男たちのことを心からばかにすることができないのだ。彼らは、男性欲望によってだけ生み出された存在なのだろうか。彼らは、そして僕は、ずっと救われないまま生きていかなくてはいけないのだろうか。

追記:(わかるように書いたつもりですが)相手の態度が変わったのは、いずれも後日の話です。事後には二人とも怒っていました。

あと、「デートレイプまがい」と書いたのは、私のし行為強姦罪構成するものではないからです。これ以上は詳しく書きません。

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170201210453

それだけパワーがある人は老後もボケにくいし元気な婆ちゃんだと思って「ハイハイ」と聞き流せばいい

いなくなったら、それはそれでさびしくなるぞ

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