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2016-05-25

もったいない、というよりは

世の中には、やる気はあるのに才能がなく成果が出せない人もいるし、十分な才能を持ちながら教育機会に恵まれず、その才能を活かしきれない人もいる。

そんななか、十分な才能を持ち、その才能を伸ばすために最良に近い教育を受けながら、それを活かすことをしないとういのは、もったいないというよりは、冒瀆的であると思う。

もちろん、どう生きるかなんて自由だ。

ただし、専業主婦を選んだんなら、専業主婦然として生きてくれよ。旦那悪口を言ったり、高いランチ食ったり、インテリアに凝ったりで満足しろよ。

でも、そんなんじゃ満足できない。自己顕示欲が満たされない、承認欲求が満たされない。

それで、あん文章書いたんだよな。私は京大出てるの、収入高い旦那捕まえたから働かなくていいの、でも「もったいないもったいない」言われてつらいの、みんな同情して。

バカが大量に釣れてよかったな。

しかし、十分な才能と教育に恵まれて、出来た成果がこんな下らない文章ってのはかなしいな。

お前の才能を俺にくれよ。金を浪費している奴を見るのだってむかっ腹立つんだ。金より貴重な才能を無駄にしているなんて、腸が煮えくり返る思いだよ。

2016-05-23

『レヴェナントテーマ解説(1)(イニャリトゥ監督テーマ編)

『レヴェナント』はめちゃくちゃ難解なんですが、ポイントを押さえれば、イニャリトゥ監督過去作品と大してテーマは変わんねぇことが分かります

ポイント1 テーマって何よ?

イニャリトゥ監督デビュー作『アモーレス・ペロスから前作『バードマン』までひたすら「親子」をテーマ映画を撮り続けてきた監督です。なので『レヴェナント』でもテーマは「親子」です(インタビューでもそう言っています)。もうちょい言うと、『レヴェナント』では「親の子に対する愛がいかに深いか」ということを描いてます

ポイント2 何でそうだと分かるの?

主人公グラス(ディカプリオ)の台詞ちょっと考えてみれば分かります

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

これはグラスが救出された後にヘンリーに語った言葉ですが、この2つの台詞から分かることは、①グラスにとって息子ホークは生きる意味のものであったこと、②グラスは物語のどっかで既に死んでいて、それにもかかわらず基地までたどり着いたということです。

ポイント3 え、グラス死んでなくね?

死んでます。具体的にはフィッツジェラルドにより埋葬された後、息子ホークの死亡を確認した時点で力尽きています。通常、熊に襲われて、内蔵が見えてしまっていて、脚は複雑骨折、その上発熱していて、ろくな治療を受けられないまま生き埋めにされたら(さらに生きがいであった息子が殺されたら)、それは死ぬだろ、と思いませんか。

ポイント4 は?じゃあその後立ち上がるのは何よ?

あれは肉体が死亡していながら精神の力(息子を愛する力)だけで動くゾンビみたいなもんです。ジョジョを読んでる人は、ボスにぶっ殺された後のブチャラティみたいなもんだと思ってください。

ポイント5 あまりにもオカルト解釈すぎない?

小難しい話になりますが、イニャリトゥ監督は前作『バードマン』で死と再生の話を描いていて、映画では好んで用いられるモチーフです(『鏡』、『8 1/2』など)。主人公が死んで復活するというのは映画では珍しい話ではありません。

加えて、本作のタイトルが"Revenant"(つまり「死から蘇った者」〔someone who has returned from the dead〕)であることもこの説を補強します。

ポイント6 するとあの超回復力は何?

解釈問題になりますが、海外サイトの中には、グラスは死にそうになるたびに、野生動物に生まれ変わった(死と再生)のだとする説がありました。

最初は熊です。これはグラスが熊の毛皮を着て、熊の爪のネックレスを身につけ、川で魚を手づかみにし(木彫りの熊ですね)、それを生のままかじり付いていた点に表れています

次は狼です。これはインディアンバッファローの肉を求める際、四つん這いに這いつくばって、人にへつらっていたことと、投げられた肉を生のまま貪りついていたこから分かります

その次は馬です。これは文字通り馬の腹から這い出てきたことから分かります

最後になんかの肉食獣です。これは最後の戦いでわざわざ銃を捨てて、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることから分かります

グラスはこれらの野生動物に生まれ変わる過程回復していったと見ることができます

ポイント7 何でそんなことができんの?

愛です。

ポイント8 まあ愛の力だとして、人間の姿に生まれ変わらなかったのはなぜ?

ここも解釈ですが、息子を失って生きる意味を失った以上、野生動物と同然の存在に成り下がったと見られるのではないでしょうか。

ポイント9 では、場面を移して、ラストバトルで言ってた「復讐神の手にある」って何なの?

グラスが一匹狼のインディアンから教わった言葉です。「神の手」というのが直接的には川下に居たインディアンリーさん)だったため、海外サイトではリーさんは神の復讐の代行者であると言う人が多かったです。「インディアンあんなに近くに居るのに川に流したら殺されるに決まってるだろ」と言う人も居ますが、個人的には死と再生を繰り返したグラスさんの聖人パワーでリーさんを引き寄せたと思っています。つまり愛の力です。

ポイント10 戦いを終えた後、グラスさんがこっちをじーっと見るけどあれは何?

あの表情には元ネタがありますタルコフスキーの『僕の村は戦場だった』のイワン君(12歳)の表情です(https://vimeo.com/153979733ラスト)。どういうときの表情かというと、まずイワン君はソ連少年兵なのですが、ナチスに母と妹を殺されています。そんで夜中に1人でナチス軍に対する戦いをシミュレーションしている最中にあの表情をします。つまり純粋さと愛にあふれた少年の心が、ナチスに対する復讐心で壊れかかっているときの表情です。これをグラスに類推するなら、あの表情は、復讐を終えたことで(生きる意味を再び失ったことで)グラスの精神が壊れかかっている(もしくは壊れてしまった)ことを意味しているのではないでしょうか。

ポイント11 エンドロールがはじまってもグラスの吐息の音が聞こえるんだけど、あれは何?

あの吐息音をめぐって、海外掲示板では「グラスは死んだのか否か」について熱い議論が交わされています。これは監督の前作『バードマン』でもあった論争で、そこでの論争が、主人公は生きているという決着で終わったため、今回もグラスは生きているだろうという説が有力です。ただ、私の考えとしては、グラスは精神力(愛の力)だけで動くゾンビ状態なので、その精神崩壊した以上、グラスは真の意味で死亡したと思っていますジョジョを読んでる人はシルバー・チャリオッツレクイエム出現後のブチャラティを(略

ポイント12 結局『レヴェナント』ってどういう話なの?

愛する息子を殺され、肉体的に死亡した主人公が、愛の力で死と再生を繰り返し、敵に神罰を与えて、やっと死ぬ話です。つまりテーマは親の子に対する深い愛です。

ポイント13 ごちゃごちゃ言ってるけどテーマとかどうでもよくて、ディカプリオにアカデミー賞取らせたかっただけなんじゃないの?

ちょっと違いますが、そういう側面があった可能性が高いです。というのは、イニャリトゥ監督が今回の撮影目標とした映画というのが、①黒澤明デルス・ウザーラ』、②コッポラ地獄の黙示録』、③タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』、④ヘルツォークフィッツカラルド』、⑤ヘルツォークアギーレ/神の怒り』だからです。映画ファンであればすぐ分かるのですが、これらは映画史上最も撮影が困難だった映画群です。例えば④の『フィッツカラルド』なんかは巨大な蒸気船を滑車を使って実際に山越えさせています。つまり監督映画史に残る過酷映画撮影がやりたかったところに、アカデミー賞がどうしても欲しかったディカプリオと利害が一致した、というのが真相なのではないかと思っています

ポイント14 大体分かったけど、残ってる謎とかあるの?

掘り起こそうと思えばたくさんあります。例えば『レヴェナント』では上記の表情以外にもタルコフスキー作品から引用が多い(「宙に浮く女性」、「貧しい人にご飯を分け与える姿」、「鳥」、「隕石」)のですが、それがただタルコフスキーの真似をしたかっただけなのか、意味があるのかがよく分かりません。それとフィッツジェラルドが神について2回話すシーンがあるのですが、その意味がよく分かりません。

それと、作中何度も繰り返される"As long as you can still grab a breath, you fight."という台詞意味が実はまだよく分かっていません。特にエンドロールが始まってからも聞こえる吐息音を考え合わせると、グラスが生きている説も導き出せるため、重要な要素である可能性があります。何か思いついたり新情報が出たらこっそりこの記事を訂正するかもしれません。





「『レヴェナントテーマ解説(2)(ディカプリオのテーマ編)」(http://anond.hatelabo.jp/20160524110234)に続く

『レヴェナント』のテーマ考察

『レヴェナント』を観た。

監督の前作『バードマン』に比べて難解で、現段階ではテーマがさっぱり分からないのだが、主に海外サイト議論を参考に、テーマ考察をまとめておくことにした(これを踏まえてオーディオコメンタリーインタビューが出るのを待つことにする)。

そこで以下、結論難解な理由、様々な視点から問題提起、現段階で考えられるテーマ妄想)の順に書いていくことにする。

1. 結論(先出し、めんどくさい人はここだけ読めばOK)

考えながら書いたので、思ったより文章が長くなってしまった。結論を先に書いておく。

(1) 『レヴェナント』はどういう物語

『レヴェナント』をそのテーマに基づいて要約すると次のようになる。

主人公グラスは、その人生の全てであった息子ホークを殺されたことで、生きる意味を見失い、死亡する。 しかし、息子を愛する気持ちにより、死と再生を繰り返し、野生動物に生まれ変わってまで生き残り、宿敵フィッツジェラルドのもとにたどり着く。

最後の戦いではフィッツジェラルド瀕死の重傷を負わせた末、神の代行者リーによる神罰を引き寄せ、息子の敵を討つ。 息子を失い、復讐という目的も失ったグラスの精神崩壊し、(ブチャラティ的な意味で生き延びていた)肉体もついに死を遂げる。

(2) 『レヴェナント』のテーマは何か

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2. 難解な理由

(1) 単純なテーマに落とし込みづらい

『レヴェナント』のストーリーを単純に言えば、「復讐心に捕らわれた男が、大自然の中で死闘を繰り広げるが、最終的に復讐をやめる話」である(図式的に表現すれば、『大いなる勇者』+『デルス・ウザーラである)。

このストーリーを見たとき、すぐ連想するテーマは、①復讐のむなしさであったり、②大自然と対比された文明批判である

しかし、①復讐のむなしさがテーマだと言い張ることには疑問が多い。というのも、(後述するように)復讐をやめた後の主人公の表情は発狂寸前のそれである復讐を完遂して破滅するか、中止して救われるかの方がテーマとしては明確なはずである)し、監督自身インタビュー復讐物語を描くこと自体には興味がないと答えているからだ。

さらに、②文明批判テーマだと言うのも苦しい。というのも、この映画には文明に対する疑問が提示されることがないからだ(『デルス・ウザーラ』のデルス、『大いなる勇者』のジョンソンのように、文明対立する人物が出てこない)。

ということで、『レヴェナント』は単純なテーマ理解することが困難である

(2) 解釈に影響を与えそうな要素が満載

『レヴェナント』は昔の映画からたくさん引用をしている上、宗教的意味ありげな要素がたくさん散りばめられている。さら監督過去作品との整合性まで考慮に入れるとすると、どの要素にどの程度力点を置いて物語解釈すれば良いのか分からないという問題があり、これがテーマ理解の妨げとなっている。

(3) 特にタルコフスキー引用が難解

(2)と関連するが、『レヴェナント』ではタルコフスキーの諸作品(『僕の村は戦場だった』、『鏡』、『ノスタルジア』、『アンドレイ・ルブリョフ』)から引用が多数なされている(これを分かりやすくまとめた動画がある:https://vimeo.com/153979733)。

しかタルコフスキー作品と言えば、それ自体が難解映画の筆頭である。そこから引用となると、どういう意図なのか(タルコフスキー意図をそのまま継いでいるのか、ただタルコフスキー表現が気に入ってやりたかっただけなのか)が皆目検討がつかないのだ。

3. 様々な視点から問題提起

そういうわけで、『レヴェナント』は難解な映画なのだが、海外ファンサイトでいくつか有力な問題提起がなされていたこから、これをいくつかまとめておく。

(1) [視点Ⅰ] イニャリトゥ監督過去作品から見る

ア. うまくいかない親子の関係

まず、イニャリトゥ監督過去作品では、「うまくいかない親子の関係」が描かれることが多い。

監督の前作『バードマン』では、監督そっくりの父親が、娘に全く愛されず尊敬もされていないことに気が付き、悩む様が描かれる。また、デビュー作『アモーレス・ペロス』では、マルクスそっくりの元反政府活動家が、活動のために家族を捨てたことで愛する娘と会えず、悲しむ様が描かれている。

これらの作品に比べ、『レヴェナント』は異質である。というのも、主人公グラス(ディカプリオ)と息子ホークの関係は互いに愛し合っているからだ。

この点をどう評価するのかがまず1つの問題である問題点α)。

イ. 死と再生

前作『バードマン』で、主人公は、演技に悩んだ末、舞台拳銃自殺をする場面で、拳銃実弾を込めて自分のこめかみに発射する。その死を賭した演技が絶大な評価を受け、主人公は自らの弱さの象徴であるバードマンを打ち倒すことに成功する。

こうした死と再生イメージは、映画でよく用いられるモチーフである(『鏡』、『8 1/2』など)が、『レヴェナント』ではこれが3回(数え方によっては2回とも4回とも)も行われる。

① 熊に襲われ瀕死となり、フィッツジェラルドに埋葬されるが、立ち上がる。② インディアンに追われ、川に流されるが、生還する。③ 崖から落下したのち、馬の中に隠れ、回復する。

ではそれぞれ、何に生まれ変わったのだろうか。前作『バードマン』で主人公は、拳銃自殺ギリギリのことをすることで、弱さ(バードマン)を克服した強い人間に生まれ変わった。では本作ではどうか。

これについて、海外サイト面白い考察があった。グラスは死と再生を繰り返すたびに、野生動物に生まれ変わっているというのである

(ア) 熊

まず最初にグラスは熊に生まれ変わっている。その表れとして、グラスは熊の毛皮を着て、首に熊の爪のネックレスをしている。さらに川で魚を手づかみにし(木彫りの熊)、それを生のまま食べている。

(イ) 狼

次にグラスは狼に生まれ変わっている。その表れとして、インディアンバッファローの肉をもらう際、四つんばいになって人間にへつらっている。そしてインディアンが肉を投げると、これを貪るように食っている。

(ウ) 馬

さらに、グラスは馬に生まれ変わっている。これは冷たい夜を生き抜くために、馬の死体の中に隠れ、後に這い出ていることから明らかである

(エ) 謎の肉食獣

最後の戦いにおいて、グラスは牙と爪で戦う肉食獣に生まれ変わっている。これは、銃を放棄し、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることに表れている。

上記の見方はそれ自体面白い見方だと思うが、これによって何が言いたいのか、というのはまた1つの問題である問題点β)。

なお、グラスが当初の瀕死状態から山を走るところまで回復するのは、死と再生を何度も繰り返すからだという見方があった。

(2) [視点Ⅱ] タルコフスキー引用から見る

先に貼った動画https://vimeo.com/153979733から明らかなように、『レヴェナント』ではタルコフスキー作品から引用が非常に多い。

そのうちよく解釈に影響を与えそうなものとして挙げられるのは、「宙に浮く女性」、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」、「鳥」、「朽ち果て教会」、「隕石である

このうちここで取り上げたいのは、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」である。他の引用解説が面倒くさすぎるので各自ぐぐってほしい。

この表情の元ネタは、『僕の村は戦場だったである。この映画主人公イワンくんは、ソ連少年兵であるが、母と妹をナチスによって殺害されている。問題の表情は、そんなイワンくんがナチス相手戦闘を仕掛けるシミュレーションを1人でしていたときのものである

まり、この表情は、純粋で愛に満ち足りていた少年の心が、ナチスへの復讐心で歪み、壊れかかるときのものである

これをそのまま『レヴェナント』のグラスに類推するならば、グラスの心は最後の戦いの後、壊れかけていたことになる。

しかし、『僕の村は戦場だった』と違い、『レヴェナント』では復讐を止めた後にこの表情をしている。そのため、イワンくんの内心をそのままグラスに類推していいものか、グラスは最後にどういう心境だったのか、という問題が生じる(問題点γ)。

(3) [視点Ⅲ(おまけ)] 監督目標から見る

イニャリトゥ監督インタビューで、目指している映画として以下の5本を挙げている。

黒澤明デルス・ウザーラ』② コッポラ地獄の黙示録』③ タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』④ ヘルツォークフィッツカラルド』⑤ ヘルツォークアギーレ/神の怒り』

共通点は、いずれも撮影に困難が伴った映画であるということである

①『デルス・ウザーラ』では秋の風景を撮るはずが雪が降ってしまったためソ連軍を動員して人口葉を木に付けた、②『地獄の黙示録』では台風でセットが全て崩壊した、③『アンドレイ・ルブリョフ』ではソ連当局検閲が通らず製作から公開までに10年以上の歳月を要した、④『フィッツカラルド』では実際に巨大蒸気船を滑車を使って山越えさせた、⑤『アギーレ/神の怒り』では撮影過酷から引き上げようとした俳優を銃で脅した、などなどの多数のエピソードがある。

そうすると、「テーマとかどうでもよくて、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃ・・・」という疑念が湧いてくるのである問題点δ)。

(4) [視点Ⅳ] 「復讐神の手にある」の意味から見る

これはグラスが途中で出会った一匹狼のインディアン言葉だが、意味は正直言ってよく分からない。

ただ、ラストシーンでグラスが復讐を委ねた相手インディアンリー誘拐されたポワカの父親である。このことから海外サイトの中には「リー神の手、すなわち、神の復讐の代行者である」との解釈が多く見られた。

(5) [視点Ⅴ] グラスの生きる意味から見る

イニャリトゥ監督作品テーマはいずれも生きる意味にまつわるものであるが、この点に関してグラスが2つの重要言葉を残している。

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

息子が全てだったという台詞は、グラスの生きる意味が息子にあったことを示している。そしてこれは、デビューから親子の関係を描き続けてきた監督自身言葉でもあるだろう。

息子がフィッツジェラルドによって殺害されたことで、グラスは生きる意味を失う。代わりに「復讐」という意味見出したかのようにも見えるが、それによって再生した姿は上述したように、野生動物の姿である

このことからすると、私は既に死んでいるという台詞は、「生きる意味を失ったことで、人としては既に死んだ」ということを意味するのではないだろうか。

(6) [視点Ⅵ] グラスは死んだのか論争から見る

海外サイト掲示板などで最も熱く議論されている論点は、グラスは死んだのか?という点である

これが問題となる理由は、①復讐モノの物語復讐者の死で終わる場合が多いということと、②戦いに勝利したとはいえグラスも致命傷を負っていること、③スタッフロールが始まってもグラスの吐息が聞こえること、といった事情があるからである

さら映画外の理由であるが、④前作『バードマン』においても主人公最後に死んだのか死んでいないのかで論争があったこともこの議論に影響を与えている。

死んだ説に立つ人は①②の事情を挙げ、死んでないよ説に立つ人は③④の事情を挙げている状況にある。

しかし、これもテーマとの関係で考える必要がある(問題点ε)。

4. 現段階で考えられるテーマ妄想

これらを踏まえて、現時点で筆者なりに『レヴェナント』のテーマについて考察してみたいと思う。

(1) 問題点α:監督過去作と違い、『レヴェナント』では親子(グラスとホーク)が愛し合っている。これにより、監督連続して掲げてきた「親子」というテーマ消失・変容したか

結論

① 『レヴェナント』においても主要テーマは「親子」である

「親子」というテーマは『レヴェナント』においても依然として維持されている。

その根拠は、(a)グラスの息子ホークというキャラクター史実存在していないのにわざわざ登場させたこと、(b)監督インタビューに対して、息子を登場させたのは親子関係を題材にすることで物語がより複雑で充実したものになると考えたからだと答えていること、(c)デビューから前作まで延々親子関係テーマにしてきた監督が、ここに来て生涯のテーマを捨てたとは考えにくいこと、である

② しかし、「親子」というテーマに対する切り口が、前作までとは違う。

前作までの切り口は、分かり合えない親子の問題をどう解決するか、というものであった。『レヴェナント』はそうではなく、子供を生きる意味としてきた親が、子を喪失したとき、どうなってしまうのか、という切り口で「親子」というテーマに迫っている。

その根拠は、(a)グラスが息子ホークが人生の全てであったと言及していること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(2) 問題点β:グラスは死と再生を繰り返す過程野生動物に生まれ変わっているが、これは何を表現しているのか。

結論:息子ホークを失ったことで、グラスが生きる意味喪失し、結果、人間としては死んだということを表現している。

その根拠は、(a)野生動物へと生まれ変わるタイミングが、息子ホークを失ったことをグラスが認識した時点からであること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(3) 問題点γ:ラストシーンでのグラスの表情の意味は何か。

結論:グラスの精神が壊れ(かかっ)ていることを意味している。

その根拠は、(a)元ネタである僕の村は戦場だった』のイワン少年がやはり精神が壊れかかったときにこの表情をしたということ、(b)息子ホークという生きる意味に加え、復讐という一応の生きる目的さえ失ったグラスには、これから生きる意味が何もないこと、である

(4) 問題点ε:グラスは死んだのか。

結論:グラスは死んでいる。

この問題は前作『バードマン』で同様の問題が争われたときと同様、作品テーマから考えなければならない。

前作『バードマン』で主人公の生死について争いになったとき、生きている説が有力となった理由は、作品テーマが「『中年危機』を迎え、娘ともうまくいっていない父親が、この先どう生きていけばいいのか」というものであったという点にある。つまり主人公が死んでしまうとこのテーマとの整合性が取れないのだ。

しかし『レヴェナント』では、主人公は既に自分は既に死んでいる旨を明言し、生きる意味を新たに獲得した様子も認められず、その心は壊れかけている。

ここから解釈が分かれるところだが、『レヴェナント』のテーマは「親が子をいかに愛しているか」という点にあるのではないか

グラスは本人が言うように、息子ホークの死亡を確認した時点で、死んでいた。それにもかかわらず死と再生を繰り返し、フィッツジェラルドのもとにたどり着いたのは息子を愛する精神の力(つまりジョジョ5部のブチャラティ的な意味で生きていただけ)によるものではなかったか

フィッツジェラルドを打ち倒し、インディアンリーによる神罰を引き寄せた時点で、彼の精神崩壊し、肉体的にも精神的にも死亡したのではないだろうか。

(5) 問題点δ(おまけ):監督は、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃないの?

結論:それはインタビュー見てるとそうかもしれない・・・。

5. 結論(再掲)

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

俺がえみつんなら、今頃生きてはいられない

今まで一緒にやってきたメンバーやらスタッフやらに対する申し訳なさや、何より先行きの不安のために、間違いなく自殺していると思う。

内心はどうかは知らないけど、一応普通に生きてやっていっていることを思えば、女ってやっぱ強いんだなぁと感じざるを得ない。

できれば、早めに正直に言って、とっととしくじり先生にでも出て人生の再出発を図って欲しいと思う。

2016-05-22

若冲展の行列ひどすぎ

整理券とかの対処もせずに5時間待たせるのは異常だろう。年寄りを5時間待たせるとか。晴れた日中じゃ年寄りじゃなくてもきつい。5時間も待つんじゃ子供も連れていけない。整理券があればその時間上野有意義に過ごせるんだよ。

ハフポストの取り上げ方もひどい。何「ユーモアあふれる投稿」とか能天気なこと書いてるんだ。あったことをまとめただけで何の問題提起もしてないし。ただのまとめサイト並み。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/20/ito-jakuchu-tokyo-metropolitan-art-museum_n_10059870.html

展示自体はいいし楽しんだ人を不快にしたくないかTwitterなんかでも#若冲SFとかに仕立ててオブラートに包んでるけど、あれは抗議の意味もあるからな。

何よりありえないのが、プラカード持ってる人に「整理券などにしないのか」と言ったら「言っても聞かないんですよ」って返ってきたこと。

誰だよ聞かないやつって。美術館の偉い人か?「みんな満足してるんだからいいでしょ。整理券なんかにしたら面倒くさいこと山積みだし」とか思ってそうで寒気がする。想像だったらいいけどな。

2016-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20160520141820

ジャイアントキリング

サッカー漫画主人公選手じゃなく監督なのが特徴。

僕はスポーツとかバトルみたいな「勝ち負け」のある漫画が好きなんですが、

「勝ち負け」の中の「負け」の妙を書いてる作品その中でもたまらなく好きなんですよね。

しかもその表現は難しいんですけど「勝ちのための負けイベント」みたいなのはちょっと苦手なんですよ。

そりゃまあ、漫画なので、最終的には勝つんですけど、明らかに勝つためのタメとしての負けは、萎えちゃいます

ちなみに、僕の漫画史最高の負けシーンは、じゃじゃグルの最終巻のヒコのダービーです。

とまあ、関係ない話しましたけど、ジャイアントキリングもその「負け」の面白みを書いてて、面白かったです。

キャラは村越さんが好きです。



コウノドリ

産婦人科舞台にしたお仕事漫画

ルミ子さんが可愛いですね。

お仕事漫画も好きだけど、ライブラリに加えるほどかって言われると微妙なので、よく漫画喫茶で読みます

ブラック企業? の上司さんが奥さんに諭されて意見を変えるところは、漫画って素敵だな、って思いました。



小説を書いてる女の子漫画

トピシュさんがオススメしてた気がするから読んでみた。

キャラ可愛い可愛い漫画




エンゼルバンク

売れっ子作家の売れ売れ漫画の続編。

お仕事漫画

はへー、物知りだおー。



グラゼニ東京ドーム編)

野球漫画

雑誌立ち読みする程度には好きだったんですが、

リハビリ編が長過ぎて脱落してたので、単行本でまとめ読み。

が、リハビリ編終わってなかった。



まとめ

他にも色々読んだ筈なんですが、思い出せないのでこれぐらいで。

迷家が迷走感が半端無くシュール面白い

今週迷家8話、軌道修正した感じだけど、じゃあよっつんだけ何で死んだんだという説明は未だなく、

行き当たりばったり感が出て来て氷結がひょっこり原住民となって現れたのはさすがに吹いた。

なんか担当声優が8話で怒涛の急展開になりますから見て下さいと言ってたけど

特別何が起こったでもなかったのが実にシュールだった。

2016-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20140507012359

社会に出たら学歴なんて関係ない」って言う人に限って


「何の役に立つんですか」って聞いてくるイメージある


学歴関係ないなら何勉強してこようとそれが役に立とうが立つまいが関係ないだろと思う

http://anond.hatelabo.jp/20160518210003

作業量に対して結果が報われないし、数集めても悪口が目立つんじゃやる気もなくなる

まして文学というか増田エンタメないし増田ラノベから文学なんか書いても誰も吟味しない。

2016-05-16

記憶力が悪すぎて生きるのがつらい

当方、低偏差値高卒

中学入ってすぐに勉強で躓き、中一レベル教養すら無い。

テレビ映画を見てもセリフや人物名をほとんど覚えられない。

ゲームをしていて「○○の

ところに行けば△△を手に入れられるぞ」みたいな展開になっても○○が誰なのか思い出せなくて詰む。

今、迷家というアニメがやっているけど、5話まで見ても光宗、こはるんバルカナ、ダーハラナンコ、よっつん、ラブポン、ニャンタ、まさき、まいまい氷結ジャックぐらいしか顔と名前を覚えられていない。

どうすれば覚えられるようになるんだろうか。

2016-05-14

溺れる犬は棒で叩け

下手に困っている人を助けると、そのあと借金保証人などとんでもないお願いをされたりしてあとあと面倒なことになる。溺れた犬に手をさしのべて川に引きずり込まれるという事態である

心理学的にも、小さなお願いを聞いてあげると次の大きなお願いが通りやすいらしい。人質交渉人差し入れの受け入れなど簡単要求を通してから人質開放など困難な要求を出して、好結果を勝ち取るらしい。

さな借金を頼まれ場合、その人にとことん尽くすつもりがなければきっちり断りましょう。その場合きっぱりと断るためにもあえてがつんと「じゃあ、お金貸してあげるからナイショで手コキしてね」など、嫌われるくらいの事を言って断るべきです。

反対車線を走ってくるチャリ相手なら何しても許されるような気分になる

毎日、最寄り駅まで自転車通勤している。

自宅の付近学校複数あるせいかも知れないが、結構な頻度で逆走チャリと遭遇する。

高齢者とかも多い。



自分が正しい車線で走ってる時に前方から向かってこられると心底邪魔

危険なのは言うまでもないけど、どっちかというとイラつくことで精神的にダメージ負うのが嫌。

ましてやこちらを避けようともしないそぶりを見たときとか特に

並行してくっちゃべってりながらノロノロ走ってる高校生とかさ。

部活のバッグに刺繍してあるフルネームなんて舐めるように見てるからな。



逆走チャリ相手だったら相手に非があるの明らかだから本当に衝突してやりたくなる。

そういう気持ちで衝突したその後を想像してから、手前の所で避けてあげるけど。




おそらく自分は「普段から自分法令順守」して「自分は我慢を強いられている」のに、

「我慢しないで違反」して、かつ「どんな形であれ自分を軽んじる輩」にどうしようもなく腹が立つんだと思う。

自分が罰せられないと確約される状況下で懲悪という名のもとに他者攻撃したい、そんな気持ち

毎朝逆走チャリのせいですごい刺激されてる。

2016-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20160513010353

元増田だけど、自分場合幼稚園小学校の時からすでにぼっちで一人でぽつんとしてた記憶があるから

きっかけとかはよくわかんないんだよなー。

高校大学のころは無理にたくさん知り合いを作ってみたりもしたけど

結局卒業したあと縁が切れてしまったし

人付き合い一切やめた方が気が楽かなとも思うんだけどわかんねーや。

2016-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20160511120808

指示というと語弊があるが、「管理職からこそ得られる情報」ってあるだろ?

そういうのは管理職である上司からしか発信できないわけだから、ただ報告を待つんじゃなくて上司の側からの何らかのアクションがあってしかるべきだと思うんだ。

そもそも「報連相」とは部下→上司という一方通行的なものではなく双方通行的なものでなければ意味をなさないだろ。

2016-05-06

上司ウツらしいんだけど全然仕事しなくて超腹立つんだよね~事情はわかるけど~腹立つ~」って全然事情わかってないじゃんみたいなこと言ってた知人が風の噂でウツになって仕事ができないと聞いて返ってくるものなのかーと思った

2016-05-04

チケット取引でついイラッとくるジャニオタ8選

みんなが「◯◯したいジャニーズ◯選」とか書いてるなかこんなテーマをぶっこむ。

春魂の時期なのもあり、行く先々で見かけるチケツイやチケ業務

結構チケ業務欝とかめんどいとか言ってる方もいるの、多分「チケットが譲ってもらえない」「交換が成立しない」以外にもこういうジャニオタさん方がいるからだと思うんだけどな。違うかな。

1. DMよろしいでしょうか?

このリプをもらっちゃうとすごく困る。どうすればいいの?「どうぞ!(^o^)」って言えばいいの?だって私もうDM開放してるもん。

私が譲って欲しい側だとすると、個人的に、すごく個人的DMは開放しておいてほしい。あのリプ→DMプロセスすんごく無駄感感じる。私だけかな。

2. 友人代理とか、「友達がどうしても探しているんです」的なやつ

友人代理はまあ、分からないでもない。拡散力の高い(フォロワさんの多い)仲良しのお友達に頼むとか、本人が未成年代理を頼んだほうがチケットが見つかりやすいとか、そういう都合があるのも分かる。あと本人鍵垢パターンね。

でも私は個人的に「譲る人が誰なのか」を確実にしっておきたい。本人に取り次ぎますとかそういうのはいいんだけど、友人代理最後まで責任をとってお取引って、その方には相当何か外に出られない事情があるのか?そもそも転売するつもりじゃないのか?とか深読みちゃう

あとTLを埋める「大切な◯◯担なのでどうしてもいれてあげたいんです!見たら拡散してあげて!」が超邪魔~!ごめん、大切な◯◯担とか!あなたの大切な◯◯担がチケット見つかるかはその子の実力もあると思う!

3. 譲る・求むタグの使い方

これ良く話題にあがるけど。

求む奴で「#◯◯魂譲」つけてるやつね。タグが荒れる。でもこれも、交換の人たちをつかまえたいとかあるのかもしれないからまあ許せる。交換を探す人以外は譲る、求むって付けないほうがみんなが綺麗に探しやすいと思うんだけどな。

4. 定価で譲ツイに「定価以上出せます

 これ私はやられると腹立つんだけど、他の方はそんなことないのだろうか…?

その、こっちは金儲けしたくないから定価で譲るって言ってるのに、お金問題を解決しようとしている感じがすんごくいや。なんだろう、譲ってもらえる自信がないからお金出せるよっていってるのかな…?ってなっちゃう。

5. 普段のTL

これ比較マジで言いたいんだけど、私は譲るにしても譲っていただくにしても交換するにしても、TLめっっっちゃ読む。過去写真、人とのリプとか。それこそ向こうがダラダラとかしていたら、詐欺に合う可能性も考えてめっちゃTL読む、鍵垢とか探す、確実に仲の良いリア友把握する。

ここまでやる方は少ないとしても、譲っていただくうえでリプだけで判断されることなんて絶対ない。だから、リプ送ったあと

「やっぱ見つからないよねー(>_<) 積むしかないか。。。」とかつぶやかれてると超・超萎える。

譲る気なくなる。私は結構譲っていただく・チケ探しをしている際、出来る限り無難ツイートを心がけたりするのだけれど、それを結構皆さんしないのかな?それが不思議

6. 間違った敬語顔文字

 私の敬語完璧とかじゃない。でも世の中にはグーグルっていうものがある。敬語簡単にググれる。とくによく見るのが「お譲りしてください(ませんでしょうか?)」とかで、私あれ読むたびに机に拳叩きつけたい衝動に狩られるんだけど、みんなどう?

顔文字個人的に無理。向こうがいわゆるキラキラ系で、取引最中に向こうがあまりにも顔文字絵文字多いからそちらにあわせたりはするけど、初対面0から状態でどう考えてもこちらがかっちりしてるのに顔文字送ってくるの、極論なめてんのかって腹たつ。

7. そもそも書いてあることを読まないツイート

 「DM開放していますのでDMください」って書いてあるのにリプ送ってる方めちゃめちゃ多いツイートとかホント心配になるもん。どうなってるの?なんでDMって書いてあるのにDMしないの?リプは流れるし、会話文の流れが見にくい。それでDMを選んでるんだろうよ。

名前と住みと担当と年齢書けって書いてあるだろ。

希望取引方法書けってかいてあるだろう。

譲ってくださいリプ着ててもこの条件全部揃ってる語って5割いるかいないかぐらいんなんだよね。

そのぐらいみんなツイート読まない。いや読めよ。

こういう方たちってどうやって就活とかテストとかやってるんだろう。いや、マジで

8. 求めるツイに「譲ってください!」

 これ。「ツイート読めよ」のなかでも頂点に君臨する。あと何がいやってこれリプの返事の仕方が分からなくなるんだよね。

2016-05-03

池上彰氏の凄さ限界

池上氏関連のホッテントリがここ数日あがってたので、自分の思うところを書いてみる。



自分は一応、新卒池上氏と同じ業界就職(といっても、自分は紙媒体)し、記者という肩書をもらっていた経験がある。

7年ほど現場にいて、体壊して、ちょっと内勤の管理部門にいさせてもらったのだが、なんか、内側から会社を見ているうちに

もともと、あんまり向いていなかったかな?と思っていた業界さらに嫌になって転職して

10年ちょっとになる。



普通、あの業界では、最初の何年か地方修行して、いずれ東京大阪に戻ってくるパターンが多いが、

自分就職先は、いわゆる経済紙で(ってもう社名明かしたようなもんだが)地方支局が貧弱な会社だった故、

新卒地方支局に行くという制度がなく、入社から退社まで東京で過ごした。





池上氏の凄さは、なんといっても、情報を取捨選択してわかりやすく伝えるプレゼン能力と、守備範囲の広さだと思う。

で、あれだけのことを伝えられるには、背後に相当の知識があるのであろうと思われている。

その「相当」がどの程度なのか、というと、たぶん、世間一般の人が想像するよりは、かなり浅くて、

けっこうぎりぎりのラインでしゃべっているのではないか、という気がする。それでももちろん、かなりのレベルではあるだろうが。



いわゆる大手メディア企業記者にまず最初に求められるのは、

「昨日聞きかじったばかりのことを、あたかも以前から詳しく知っているかのようにしゃべったり書いたりする能力である

なにしろ、日々、いろんなことが起こるのだ。

なかなか深堀している暇などない。



そうこうして、キャリアを積んでいくうちに、それぞれの専門分野ができていくわけだが、

大半の人は、きちっと専門分野を確立する前に、デスク管理職になったりして、だんだん現場から離れていく。

記者職としてキャリアを全うする人(編集委員とか論説委員とか解説委員とか)は少数派だ。




池上氏の経歴を見ると、NHKで地方局通信部を回った後、東京社会部気象庁文部省宮内庁などを担当した、とある

まあ社会部記者として一般的コースという感じだ。

東京では、悪名高き日本の「記者クラブ」に所属し、最優遇される立場で、役人から懇切丁寧なレクを受けて、

それをニュース原稿に仕上げるのが、まず最初基本的仕事だったと推測する。

NHKの記者特に、「特ダネ」を取ってくることよりも、「報道されるべき情報を落とさない」ことをなにより求められるらしいので、

多分、想像以上に、定例記者会見に出席したり、資料をチェックしたり、他社の報道確認したり、

思いのほかルーティーンワークが多いのではないかと推測される。



(なお、NHKスペシャルなどのドキュメンタリー番組は、主にディレクター職の人が担当しているので、

つのテーマを深くじっくり追いかけるのは、あまり記者仕事ではないらしい。

実は自分もNスぺ作りたくてディレクターを第一志望にしてNHK受けたのだが、見事に落ちた)





で、そんなに知識が深くなくても記者が務まるのかといえば、そこそこ務まる。

自分は、そのさして長くない記者キャリアの大半を、メーカーを中心とした企業取材で過ごしたのだが、

正直、最初は、「貸方」「借方」もよくわかってなかった。(大学政治学選考だったし)




それでも、入門書片手に勉強しながら記事書いて何とかなっていたし、

そもそも「大手メディア記者」が企業広報部を訪ねると、結構いろいろ懇切丁寧に教えてくれるのである

そりゃ、変な記事書かれたくないからね。

多分、NHKの記者というのも、それなりの対応を受けるはずである

もちろん、伝えてほしいことは積極的かつ懇切丁寧に伝え、触れられたくないことは隠しながら、だが。



中には、「たいてい経験の浅い若手が担当する企業」というのがあって、そういう会社古参広報さんの中には

「今、編集委員の何々さんねえ、あの人が新人のころ、私がいろいろ教えてあげたものだよ、わっはっは」なんて言ってたりした。

もし、あなた会社広報部に、なんだか大学出たての記者ばっかりくるようだったら、

それは、メディアから軽んじられている証拠である




もちろん、教わってばっかりでは舐められるので、こっちも勉強していくわけだが、

しろこちらは早いと一年担当が変わってしまうが、

相手はその会社一筋なわけで、知識の深さでは、敵わないのが通常だ。

知識を深めるのは、そこそこにしておいて、知らなくてもはったりかませる胆力をつけたほうが役に立つ。



そうこうしているうちに、正面から取材を申し込んだり、正規記者会見に出席したり、

ニュースリリース原稿に仕立て上げているばっかりでは通り一遍記事しか書けず、

社内的にもマイナス点はつかないものの、プラス点がつけられることもないので、

独自夜討ち朝駆けアポなしで取材対象のところに押しかける)したり、独自ルート作ったりし始めるのである

そんなことをしているうちに、自分のような、結局途中で業界を去ってしまうような木っ端記者でも、

ごくごくたまには、取材担当企業株価ストップ安にしちゃうような記事を書くチャンスが巡ってくることもある。




まあでも、ぶっちゃけいえば、そこそこキャリアを積んでいる先輩の中でも

減価償却費資金繰りにどういう影響を与えるのかよくわかっていないまま、

それでも企業経営危機について記事を書いているような人はざらにいた。

(まあ、自分経験積みながらようやくわかるようになったクチで、

当初はなんのことやらわからなかったのだから、偉そうなことは言えないが)

それでも、首にはなりはしない。





そういえば、思い出したことがある。

今の若い人にほ想像もつかないだろうが、その昔、世界エレクトロニクス業界リードし、

今でいえばappleと同じくらいのブランド力で各種製品を生み出していたSONYという会社があった(今もある)。

当時はまだまだ、かつての威光が残っていた。



自分は、そこのメイン担当になるほどの能力キャリアもなかったが、

たまたまSONY会社が取り組んでいる内容が、自分取材テーマに関わっていたことがあって

取材を申し込んだことがある。

いわゆるストレートニュースではなくて、連載コラムのような記事を書くためである



で、SONYに行ってみて驚いた。

美人広報さんが、それまでの取材で見たことないような、

膨大でかつ、非常にわかりやすくまとまった資料をお持ち帰り用に用意していたのである

なんかもう、取材しなくても、この資料キトーにまとめたら記事書けちゃいそうな。

もちろん、そんな手抜き仕事をして相手の思うツボにはまってはいかんので、

きちんと担当者さんに話を聞いて、自分なりの記事を書いてみたのだが、

やっぱり資料に引きずられなかったかといえば、影響はあったわけで、

まあ、恐ろしい会社であった。



かつて「メイド・イン・ジャパン」の強さの象徴として流布されたSONY伝説は、

もちろん実力の部分もあったけれど、伝説伝説たらしめようという広報戦略によって

かさを増されていた側面も多かったというのは、そこそこ業界で有名な話である



なんだか、大分、話がそれた。





多分、池上氏は、NHKでそこそこの社会部記者だったのだろうと思われる。

そんな彼の経歴の中で異彩を放っているのは、そろそろ管理職か専門記者か、という分岐点にさしかかったあたりで

キャスターに転身し、その後10年以上にわたって「週刊こどもニュース」を担当していたことだろう。

(すごい優秀な記者と認められていたら、ここいらで、海外支局あたりで経験つんでいるはずである



そこそこの取材経験を積んだ後で、

衆議院参議院って、どう違うのですか?」とか「比例代表制ってなんですか?」とか、

「どうして輸出が中心の企業は、円高ドル安になると困るんですか?」とか

あらためて、そういうレベルからニュース解説する仕事を10年以上も続けたジャーナリストは、

少なくとも今の日本では皆無に等しいんではなかろうか?





普通、そこそこキャリアを積んだ記者は、あらためてそんな仕事をしたがらないし、

そもそも、そんなレベルことは、真っ当な社会人ならば学校で習っているはず、というのが日本社会の建前で、

読者や視聴者を、そんなこともわからないヤツらと想定して記事番組を作っていたら、

ある意味、「お客様をバカにしている」ことにもなりかねない(と、みんな考えていたのだろうと思う)。

まあ実際、そのレベル作ってみたら、予想以上に受けたわけだが。




「こども向け」の番組というフォーマットを得ることで、池上氏はそういう稀有仕事を追及していった。

その結果、得たのが、あのたぐいまれなるプレゼン能力だと思うのだ。

多分、池上氏程度の知識や取材能力をもった記者は、NHKや全国紙にはゴロゴロしていると思う。

自分のかつての勤め先でも、そこそこキャリアがあって、東京でそれなりに仕事している先輩は、皆さんそれなりに凄かった)

でも、その知識や取材結果を子供にわかレベルでよどみなくしゃべれる人は、そうはいない。




池上氏のニュース解説番組をたまに拝見すると、自然災害メカニズムから、最新の科学上の発見、日本選挙から世界経済まで

あらゆる森羅万象を斬っておられるようである

だが、自分が見る限り、その解説一般紙新書本で得られる知見を超えるものほとんど見ない。

「いや、それは、視聴者に分かりやすいレベルにしているからで、その背後には物凄い知識が・・・」という見方もあるが、

果たしてどうだろうか?

多分、毎日6紙読むという新聞ベースに、ひたすら横に広くいろいろな情報を取り入れておられるように見える。

海外取材などの映像を見ることもあるが、どうも、テレビ局とコーディネータによるセッティングが透けて見えてしょうがない。

多分、その経歴からいっても、海外取材独自ルートなどはそんなにお持ちではなさそうだ。



やはり、「あまり深くないレベルで次々とあらゆる分野に取り組んでいく」ことがこの人の真骨頂だと思う。

それが悪い、ということではなくて、それがこなせる凄さがある、ということである




著書を読んでも(といっても、ほんの数冊目を通しただけだが)、たとえば同じNHK出身の元ワシントン支局長の手島龍一氏とか、

あるいは日経の元スター記者週刊ニュース新書田勢康弘氏の著書のような、深い取材と鋭い洞察に支えられた

凄みのようなものは感じられない。

そのかわり、入門書としてのわかりやすさはピカイチだ。

やはり、この人の存在価値は「広く入門レベルの知識を提供する」以上でも以下でもないのだろうと思う。



(なお、今、軽く検索してみたらどうやらニュース英語の本まで出されているようだが、

膨大な著書のどこまでご自分で書かれているのだろうか?という疑問は置いておく。

出版業界では、驚くほど「著者が適当にしゃべったことを編集者ライターがまとめた本」というのが、世間で思われている以上に多い。

あと、池上氏が英語を話しているところって、あんまり見たことないような。

NHKの採用試験突破するくらいだから、読むことに関しては、そこそこのレベルと推察できるが)






さらに、分かりやすさの理由の一つとして、「子供のような素朴な疑問にも正面から取り組む」というのがあるように思う。

巷間よくいわれる、選挙特番の「池上無双」の象徴ともいわれる「創価学会話題」についても、

タブーへの果敢な挑戦というより、素朴な疑問を追求していった結果なのかもしれない。


「どうして自民党公明党と組んでいるんですか?」という質問は、大人あんまりしない。

それは何となくタブーであると感じているせいでもあるが、一方で「そりゃ、理由はみんな知っている」からである

ましてや、「政治記者歴何十年」を売りにするような政治ジャーナリスト諸氏は、

そんなことよりも、自分の掴んできた独自情報を話したくて仕方なかろう。




だが、池上氏はそういう疑問をスルーしたりしない。

「それは、公明党には創価学会という支持母体があって、固定票が見込めるからですよ」と優しく語りかけるのだ。

で、「では、公明党創価学会本部がある信濃町に行ってみましょう!」と、女子アナを連れてツアーを組んだりする。



実際、やってみれば、放送しちゃいけないタブーというほどのこともない。

そりゃそうだ。

ある程度、日本の政治に関心を持っている人ならば、普通に知っていることなのだから




公明党の側だって、連立与党として大臣まで出す立場になった以上、その程度の取材拒否するはずもなく、

ちゃんと「公式な答え」だって用意している。




から池上氏が

創価学会の人たちが、選挙は功徳だなんていう仏教用語を使っていたりしますが、政教分離観点からみて

問題があると思われませんか?」と質問しても、

創価学会は、大切な支持団体ではありますが、創価学会公明党は全く別個の組織です。

政教分離というのは、政府宗教活動を行ったり、宗教活動に介入したり、宗教団体政治に介入することを禁じております

宗教団体政党を支持することを禁じるものではなく、現在公明党創価学会関係問題と思っておりませんが云々」

といった、きちっと理論武装した答えしか返ってこない。




「そうはおっしゃいますけれども、ここに創価学会名誉会長が、公明党に指示した文書がありましてね・・・

などと、爆弾情報でもぶっこんで来たら、それは多少「タブーに斬り込んだ」ことになるだろうが、

そこまでのことはしない。

多分、そこまでの取材もしていないと思う。そもそもが、そういう役割の人ではなくて、そこは、

政治を専門する別のジャーナリスト役割だろう。

池上氏はただ、意味ありげに

はい、そうですか、よくわかりました」と視線を投げかけるという、

きわめてテレビキャスター的な技術を見せるのみだ。




で、こう考えてみると、やはり池上氏の凄さでは

子供にも分かるように語ること」「子供の持つような素朴な疑問をゆるがせにしないこと」

を常に追求し実践してきた所にあるように思われる。

これは、なかなかに難しい。

多分、そこには、「相手子供)が、何がわかって何がわからないのか」を推察する想像力共感力

「限られた言葉で複雑なことを説明する」ことを可能にする、優れた言語能力必要なのではないかと思っている。


ただし、限られた言葉で語りえることは、やはり、ある程度、限られているわけで、

その辺が、池上氏の限界ではないかと考えている。

昔の統合失調症

統合失調症の人は、盗撮・盗聴されているだとか、電磁波攻撃されていると認識する場合がある。

昔、電磁波なんて概念がなかった時には、どういうリアクションしていたんだろうか。

江戸時代とかに統合失調症になったらどういう自覚症状を持つんだろうか。

当時の史料とか残ってないのかね?

2016-05-01

誕生日プロポーズ

ン10年前に旦那プロポーズされた場所は、本当に何でもない駅前通りの舗道だった。当時、たいへんわがままで夢見がちだった私は、それに憤慨して「もっとロマンチックなところでプロポーズしなさいよ!やりなおし!」とやり直しを命じた。(今思うと本当に何様だと思う…)旦那は悲しそうな顔をして、頷いた。

それから、数カ月、本当に何事もなかったかのように日々が過ぎた。というか、仕事が忙しくなり、付き合ってるかどうかも一時期あやしくなったほどに忙しかったわけで。プロポーズことなんてすっかり忘れていた。

で、4カ月後、私の誕生日に、初めてデートしたときに行った、八重桜の咲く綺麗な公園急に呼びつけられた。

訝しげな私に向かって、彼は青い箱を取り出した。手のひらに載るくらいの箱。私は何を思ったか誕生日プレゼントだ」と思い、箱を開けようとするも深爪でうまく開けられない彼の手から小箱を奪い、開けた。

で、中に指輪指輪が入っていた。彼が呆然とした顔で「それ、婚約指輪…」とふにゃふにゃした声で言う。まさかの二回目のプロポーズだった。というか、まさかじゃない。十分想定できることだった。

号泣した。二回目の、もしかしたらロマンチックになるかもしれなかったプロポーズを、自ら台無しにしたことに失望して号泣した。

それからもう一三年経つんですけど、まあ今日なんですけど、これが本題なんですけど、誰か私の誕生日祝ってください。旦那は後ろですやすや寝てます

2016-04-28

自分自身のことを「小生」っていうやつってなんなん?

キモくて寒気して鳥肌つんやけど。

2016-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20160427230949

いやだから悩まない人が一人でもいれば妄想は成り立つんだってば。

2016-04-26

本当に腹立つんだけど複数ソースをもとに事実判断できないやつってなんなの

謝ったら死ぬの?

2016-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20160425113300

間接的にも被災者の役に立つんから別に問題ないと思うけどなぁ。

心のケアって大事だぜ?

直接的に人命を救うものでなくても、傍から見たら贅沢に見えたとしてもな。

2016-04-24

人気も疎らな閑静なホテルロビーでのことだった。

久しぶり。元気にしてた?

偶然の出会いだったこともあり、私の口調は妙に馴れ馴れしく、それでいてどことな余所余所しいものになってしまった。本当はとても驚いていたはずなのに。胸裏を満たした懐かしさと感慨を、薄っぺらい声色で覆い隠してしまった。

唐突に、そして呆気なく別れてしまったあの日から、もうかれこれ十数年。過ぎ去った月日の分だけ大人になったのはあなただけで、私は私のまま、変わらぬ姿のままで、いま再びであなたと向かい合っている。

けれどもあなたは返事をしてくれない。大きなガラスの外壁越しに聞こえてくる小鳥のさえずりだけが私たちの間をとりなしている。

ふいに私は、今日まで旅をしていたのと口にした。海を渡り、赤茶けた奇岩がそびえる岩石砂漠を仰いだことを。空を飛んで、湖畔に浮かぶ水上の宿で猛烈なスコールに見舞われたことを。多種多様な人々が行き交う大都市の雑踏を前にしたことや、人っ子一人いない秘境の地で一夜を明かしたことまで、流れるように話し続けた。

ただじっと見つめられるだけの沈黙に耐え切れなかったために――そしてきっと互いの知らない時間を少しでも埋め合わせたいがために――語らずにはいられなかったのだ。

どれもこれもが壮大で美しく、圧倒される出来事ばかりだった。おかげで思いがけず国に戻ってきてしまうくらいに疲れてしまったのだと話の終わりに苦笑すると、あなたが腰を下ろしているソファースプリングが微かな音を立てたような気がした。

……ねえ、これからどこへ行くの。何か予定はあるの。

訊ねてみても、あなたは決して答えない。口を開く素振りさえ見せてはくれない。

私の衝動は、もしよかったら、と続けかけたところで行くあてを失ってしまう。ぺらぺらとした薄い小声は、今回もあなたの鼓膜を震わせることができなかったのだ。

十数年前と同じ。私の声は、今も昔もあなたの耳には届いてくれない。たった一度きりでさえ。

かなしい。さみしい。くやしい。

思いが溢れてくる。輪郭が滲んで、身体がふやけてしまいそうになる。

けれど、それでもいまは、たとえ僅かな時間だけでもあなたの側に居られるのなら――

私の表を見、裏を見て、少なからずの驚嘆が入り混じった息を漏らしたあなたは、やがて誰に聞かせるでもなくぽつん一言独り言ちた。

「久しぶりに見たなあ、二千円札

そうして私を財布に滑り込ませると、ソファーから立ち上がって足早に移動し始めた。程なくして小鳥のさえずりがはっきりと聞こえてくるようになる。春の陽気に誘われたのか、伸びやかな鳴き声は代わる代わるに響いている。突然、少し強く風が吹いたらしい。一瞬止まった靴音の合間を縫うようにして木々のざわめきがざあざあと降り注いできた。

私は再び歩き出したあなたの小気味良い足音を感じ取りながら微睡んでいく。遠くない未来に揺るぎのない別れを予期しながらも、束の間の安らぎに身を委ねてそっと目を閉じた。

http://anond.hatelabo.jp/20160424010806

皮肉でもなんでもなく低学歴田舎差別したりバカにするような狭量さを持ちながら

先進国文明恩恵享受しつつ「リベラル」を標榜するような気風で育ったら

大体そういう価値観持つように育つんじゃないかって思うけどね

事実上奴隷であっても先進国富裕層生活を支えるためであれば目を瞑れるっていうこと

貧困自己責任論とかそのへんとも繋がってるよね