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はてなキーワード: 時代の空気とは

2017-05-23

ネット右翼に活気があった時代を生きていた人が羨ましい

私の政治運動デビュー2009年4月4日ネトウヨ旋風の時代だ。ちなみに生まれ1985年2月27日

当時の愛読本小林よしのり漫画だった(今は左翼転向してしまった)。

そういう生い立ちがあるので社会人2年目くらいの頃からネット右翼について興味があって、ネトウヨについてよく調べていた。

私の世代は、2ちゃんねらーサブカルからって特別ネトウヨに詳しい人なんて居なかった。ネトウヨについて調べていたのなんて私くらいだ。別に右翼思想に興味があるわけではない。参加者やそのバイブルについて興味があるのだ。

こう言うと不謹慎かもしれないが、ネット右翼ロマンを感じてしまう。2ちゃんねるとある板の不気味な感じとか、デモ行進をそこらじゅうで起こしていたこととか、右派なのに左翼スタイルで行動していたこととか、不気味な出版物原稿料印税を稼いでいたこととか、薄暗くて、どことなく惹かれるところがある。ほかの人がカルト宗教とか左翼過激派とかヤンキー暴走族に惹かれるのと似たようなもので、私はネット右翼ロマンを感じる。

しかし、残念なのはあの時代をもう経験できないことだ。

ネット右翼系の出版物がそこらじゅうにあっていつでも新品を買えた時代桜井誠掲示板で討論していた時代大学2ちゃんねるなどでネット右翼オルグしていた時代ニコニコ動画愛国動画が乱舞していた時代日本人胡散臭い過激思想を大真面目に信仰していた時代。あの歪んだ2000年代を、私はもう経験することが出来ない。1日でいいからあの時代の空気経験してみたかった。

あの時代経験したあなた達が羨ましい。

2017-05-20

オウム真理教があった時代を生きていた人が羨ましい

俺の誕生日1995年3月20日地下鉄サリン事件の日だ。

実家上九一色村に隣接する市町村にある(今は平成の大合併で同じ市町村になってしまった)。

そういう生い立ちがあるので中学生くらいの頃からオウム真理教について興味があって、オウムについてよく調べていた。

俺の世代は、上九一色村の隣だからって特別オウムに詳しい人なんて居なかった。オウムについて調べていたのなんて俺くらいだ。別に信仰に興味があるわけではない。起こした事件活動について興味があるのだ。

こう言うと不謹慎かもしれないが、オウム真理教ロマンを感じてしまう。麻原彰晃の不気味な感じとか、バイオテロ化学テロをそこらじゅうで起こしていたこととか、宗教団体なのにパソコン屋や飲食店経営していたこととか、隣の村に不気味な施設を建てていたこととか、薄暗くて、どことなく惹かれるところがある。ほかの人が心霊現象とか超常現象に惹かれるのと似たようなもので、俺はオウム真理教ロマンを感じる。

しかし、残念なのはあの時代をもう経験できないことだ。

オウム真理教経営してるパソコンショップがそこらじゅうにあっていつでも行けた時代ビートたけし麻原彰晃テレビで対談していた時代。隣の村にサリン工場があった時代テレビアーナンダが水中クンバカをしていた時代エリート胡散臭い宗教を大真面目に信仰していた時代。あの歪んだ平成一桁を、俺はもう経験することが出来ない。1日でいいからあの時代の空気経験してみたかった。

あの時代経験したあなた達が羨ましい。

2017-03-29

高橋留美子に偶然見るけもフレ

高橋留美子話題になったのでめぞん一刻不勉強ながら見たんだよね今更。既におっさんだけど。

あの間のとり方とか一切がっさい拍子を取ることに集中してるキャラとか、なんかテンポのとり方が似てるなって。

止めゴマで笑い取るんですよ、僕の素人くさい解釈だと高橋先生は。けもフレのやり方もちょっと似てるんだよね。

真顔で笑わせに来ると。じゃぱりまんを食べて口の周りに色々ついているところをかばんちゃんが指摘、とか。

あれって結局シュールギャグに行き着くもので、やりすぎると吉田戦車になるわけですよ。

だけど吉田戦車先生基本的に毒々しいので、めぞんもけもフレもそんな風にはしない。

で今になって高橋留美子話題になり「間合い」が入ってくる理由ってなんだろうと思ったんです。

時期的に偶然リンクしてきたという意味はなんだろうなと。

ここで先日見ダンジョン飯4巻にも同じような「間」があるなあってところに行き着きました。

この系は誰が開祖とか知らないけどシュールな間なんです。

ダンジョン飯においては見開きの左ページでキャラが泣いてるのに、右ページでは茶化して笑いに変えてる。

乙嫁語りにも一部そういう笑いがあります

劇中のキャラはマジなのに笑える。むしろマジであればあるほど笑えるという。

いやもちろん相原コージとか員数には入れませんけど。

結局それが流行った理由なんかなーってぽやーんと思ったりするわけです。

傷つけずに笑わせると。なごませて傷つけずに笑わせ、あとは既知のSFネタを盛り込んどく。

海外まとめ系を読んでも考察班のためにあるアニメだ論と、ファンが盛り上げてるんだ論に別れてる。

なのでそこに売れた時代の空気をちゃんと加味して考えることはやっぱ必要かと思います

なんか真面目に書いてもなじられるんで適当に。

あとサンドスターっていわゆるモノリスでしょ。カバンちゃんは進化論的に考えて猿に戻らないの?

ともあれ時間もったいないので他の増田考察班さんの活躍にまかせてお茶を濁したいかと。

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203000401

リベラリズムというのは突き詰めると

どこかで線引きをしてここまでの人たちを弱者と認めて救済しましょうということを言う思想しかなくて

思想の中に絶対的な線引きの正しい基準というのは含まれていない。

から難しい理屈を言っているように見えても結局ほとんどの場合そういうことを言う動機

テレビでみて可哀そうだと思ったとか動物的、感情的な動員によるものしかない。

その結果現代リベラリストの多くが想定しているのは

パートナーを獲得できる程度に成熟した人格を持っているヘテロ+LGBTQだけを市民として扱い

それ以外は人間以外のゴキブリとか人間じゃない動物のようななにかと同じもの

救済の対象ではないというところまで来てしまったということになる

まりリベラルで世の中をよくしたいと自称している人間いたとしても

その人物リベラルである限り救済対象の線の外にいる生き物にとってはなんの救いにもならないことは自明のことであり

自分が救われようと思ったらリベラリズムのものをなんらかの手段破綻に追い込むか自分リベラルの救済対象となるよう訴えるかの二通りしかない。時代の空気鑑みる独身おっさんにとって後者手段有効であるかどうかは非常に怪しい。

2016-10-25

時代のせいにはしたくはないけど

岡井ちゃんがはじめて私たちの前に姿を現した2002年6月ハロモニ

当時20歳だった私は、一人暮らしワンルームマンションの14型のテレビデオぼんやりと見ていた。


8歳の岡井ちゃんアイドルとは無関係に思える「カントリー・ロード」をたどたどしく歌っていた。

その姿はどうしても有名になりたい才気あふれる特別女の子というよりは、

大人が笑ってくれたり褒めてくれたり叱ってくれたりすることがうれしくてしょうがない、

ただの人懐っこいひとりの子どもというように見えた。

私はハロプロキッズに対して得体の知れない忌避感と哀れみを感じた。

あんなにもかわいい子どもたちにも関わらず、なにかマズいことが起きているという直感

それをどういう言葉で表したかは人それぞれだが、ネット上ではそれなりに共有されていたように思う。

ただ、彼女たちが成長し魅力を増していく過程のなかで、それは杞憂だったと誰もが手のひらを返した。

私もその一人だ。


ところで、「今2016年アイドルになろうとしている15歳くらいの女の子」がいるとして

の子アイドル恋愛についての事実認識は、

(それに何を感じ、どう行動するかは個人差はあれど)

私やこれを読んでいるあなたと大きく違わないのではないだろうか。

どうしたって突き付けられる事件が多すぎる。


当時の私はアイドル恋愛について何も考えたことがなかった。

そしてそこに無頓着なのは私だけではなかったのではないかと思う。


モーニング娘。ブレイクする1999年まではアイドル冬の時代と言われていた。

諸説あるだろうが、その始まりおニャン子クラブ解散する1987年とするなら

もはやその連続性のなかでアイドル文化を捉えられる人たちはきわめて少数になっていた。

1997年安室奈美恵20歳結婚した。

オジサンと言っていい年齢の男性とのできちゃった婚だったが

多くの人々が祝福し、「CAN YOU CELEBRATE?」が日本中結婚式で歌われた。

2000年には木村拓哉工藤静香結婚した。

ジャニーズでも20代になれば結婚してアイドルのまま家族を持つ時代がやってきたのだと誰もが思った。



そのようなおおらかな空気の中でモーニング娘。女性アイドルを復活させ、岡井ちゃんオーディション合格した。

意志をもってアイドルになった、というより気づいた時にはなっていたというほうが近いのかもしれない。

ハロプロ女性アイドルに再び春を呼び戻した頃も、恋愛絶対的禁忌ではなかった。

週刊誌報道はスルーされ、ファンのため息がなにか風を起こすようなことはなかった。



今とあまりにも違う。

しかし、時代はなぜか前近代的な方向に動き始める。



その時代の空気の変化の中に一番最初に巻き込まれ傷ついてきたのが

実は℃-uteであるということはもっと知られてもいいと思うし、

℃-uteファンでも忘れてしまっている人もいるのではないだろうか。

詳しくは書かないが、ファン事務所の締め付けが厳しくなる中で

実績のある先輩たちはある種の図太さを見せながらサヴァイヴしていったが

℃-uteメンバーはいきなり力尽きるように表舞台から次々と姿を消していった。



℃-uteBerryz工房のことを、きれいな空気のなかで大切に育てられ

人生の大半をアイドルに捧げた純粋性の高いエリートであるように言う人は多い。

私も一面ではそれは正しいし、彼女たちの清冽オーラ

年月と愛情をかけないと生まれないタイプのものだと思う。

一方で、最も「アイドルである自分」と「本来自分」を、

長い時間をかけて深く引き裂かれてしまったのもまた彼女たちなのではないだろうか。

そして、岡井ちゃんやまいまいや梨沙子のような、本当に幼い頃からキャリアスタートさせた子ほど、

その欺瞞合理化するような術をいまだ持てず、混乱の中にいるのではないだろうか。

「今2016年アイドルになろうとしている15歳くらいの女の子」や

ここ数年でアイドルを好きになったファンたちとは見えている世界があまりに違うのだ。



舞美ちゃんブログ更新を待っている間、夢幻クライマックスを何回も聴きながら

岡井ちゃんにとって「強くなりすぎた」とはどういうことなのか、

なにが舞美ちゃんを「さみし」くさせているのか、私はずっと考えていた。

2016-09-16

http://anond.hatelabo.jp/20160916172842

夕方アニメみるのはせいぜい小学生までで中学生高校生にもなってみてるのはオタクの人みたいな

時代の空気やった気がするんやけど地域によっても違うんかな?

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910120513

いまの時代の空気感っていうと、なろう系全般かなぁ。

ファンタジーテンプレメタ的に扱おうとする姿勢のものが、見てられないレベルで古くなってしまっていると思う。

あとは、てーきゅうみたいな早口日常系時間アニメとか。

00年台のアニメの痛さ

最近、ちょい昔の00年台アニメを見なおした。撲殺天使ドクロちゃんとか、大魔法峠とか、以上にテンションが高くて当時は面白かったんだろうなという生暖かい気持ち最後まで見れた。なんとなく、アニメ全体に漂う寒さというか痛さというかアニメ自体がその時代の空気をパックしているようなそんな感じがした。

最近は10年後、コレを見たらノリが痛いと思うようなアニメってあるかな。直近だと「このすば」あたりはちょっとやばそう。

2016-07-21

田中康夫『なんとなく、クリスタル

ハードカバー文庫本では注釈の載っている位置が違うのだけど、文庫版の注釈の載せ方の方がこの作品の持つスノビズムを前面に押し出すことで描いている時代の空気をより強く感じることが出来るので読むなら文庫本お勧めです。

2016-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20160715231839

いまいち何が良いのか、自分には分からなかったよ。

絵も、なんか、うーん・・・て感じ。

ノルウェイの森でも同じようなズレ感覚を味わった。

ノルウェイの森とかホットロードとか、その時代の空気が分からない人は読むな、なんじゃないの?

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160618201958

オタクとしては自分欲望に取り込めるなら、右でも左でもどっちでもいいはず

今、右寄りの波が来ているのはオタクに関わらずなんだよなー

時代の空気ってやつ

かつての学生運動の「空気」と同じだよ

理屈は後からつけてるだけ

2016-06-04

シロクマ先生の変節

シロクマ先生デビューした頃は「他人適応に興味があります」とか何とか言って

社会適応できてないヲタクm9(^Д^)プギャーする炎上芸で人気を博した人なのに

今は「あと5年は遊びたい!」という時代の空気にちゃんと「適応」した人たちを

やおら叩き始めて、どうしたどうした、シロクマ先生

ある時代に良く適応した人たちが、時代の移り変わりと共にかえって不適応になってしまうのは、

別に今の時代に始まったことじゃないでしょう。

高度成長期青春を生きた高齢者たちが、今の価値観からすれば、ややもすると滑稽に映るように。

いつでも後出しジャンケンで、「そんなこと言われても今さら遅いよ!」

という集団ばかりを狙い撃ちに超絶なる上から目線打擲していった結果、

つの間にやら先生の関心が社会適応よりも、超然的な価値へのコミットに変わったんでしょうか。

それとも、ほとんどすべての人間がそうであるように、歳を重ねた結果、保守化しただけでしょうか。

2016-04-13

めもてきなかきちらし

コンテンツ思い入れがなければダメだという日本商業的にもまかり通ってきた俗説を鑑みるに)、やっぱりひとつ創作にこだわりがあると全くダメで、こだわりがなければないほど商業性や一般性というクオリティに貢献できるので商業的には大変有意義な結果を出せるんじゃないかなと思う。GoogleとかAmazonも、多分自分のやってる「コンテンツ」に興味がなくて、プラットフォームとかどうすれば効率的かみたいなことに注力してるんじゃないかと思う。

日本場合自分で作ったもの」にこだわりすぎて身動きがとれない。また、プラットフォームを作ろうという人達自分たちの作ったサービスの動き方にとらわれすぎている。自分の決めたことにとらわれすぎている。

そういうのは作家に任せておけばいいのであって、フォーマットだけ作ればいいんじゃないかなと。

アメコミヒーロー社会情勢によって変革できるフォーマットをとっている。だからとてつもない時間を生きながらえている。そういう作品って日本あるかなと考えたら、多分ない。長く居続けているのはサザエさんアンパンマンくらいで、前者は何も語りはしない。語るけど、せいぜい時代錯誤なことか持っている機器の変化くらい。アンパンマンは設定が普遍性がなく、大人向けに落としこむことが出来ないので(全身タイツ超人/一般人と、頭がアンパンの人造人間の、どちらが感情移入できるかは明白)いついかなる時代の空気を落とし込めることは出来ない。社会性のある、そしてなおかつエンタテイメント性のある作品は作れない。作ったとしても、アンパンマンでは世界全体に届かない。

ドラゴンボール孫悟空という人格破綻した存在と、世界を脅かす悪役が魅力的だから日本以外の国にも受けている。しかし、ドラゴンボール鳥山明以外が作ったら受けるかと言ったらそんなことはない。それはドラゴンボールエボリューションでも明らかなことだと思う。ファンが作ったものが最高だというけれど、それは商業には成り得ないし、社会性は得られない。ドラゴンボールという作品自体社会性は得られない、鳥山明個人的世界を描いた作品しかない。日本作品はそういうものしかないと思われる。

どんなにクールジャパンだとか政策として日本作品世界に輸出しようといっても、作られる物自体社会性の乏しいものだとしたら一般性は得られないだろう。進撃の巨人も、バットマンスーパーマンのように80年近く愛されはしない。

日本人世界に向けて「売れる」作品を安定供給しようとするなら、すべての自主規制的なものを取っ払い、個人的で、誰にも想像し得なく、そして少数の心に突き刺さるインディペンデント作品を大量に押し出していくしかないだろうなと思う。それは太宰治夏目漱石、それよりももっと前の作者にしてもそうだと思う。日本は今のところ個人的ものしか作れない。ライトノベルもそうだし、内需しか見えてない。ポリティカル・コレクトネスがどうこうではなくて、作る人間の数メートルしか見えてない。それは宮﨑駿もそうだと思う。

クールジャパン、あり得るけれどもそれが全世界普遍性のあるものなんて幻想だ。普遍性がないからこそ求められてる。新堂えるが、トレヴァー・ブラウン国外脱出した意味を考えるべき。自分のありようを考えるべき。どうしても日本人は、自分から自分の周辺から抜け出せない。あるいは自分を外部化出来ない。

から、この環境適応できるとサイコー楽園なんだけどね。

自分自分で終われるから。今の日本が苦しいのは、外部的な存在をきちんと認識できているのかもしれない。

2016-04-07

あんぱん3個くれんか 2ch風味でお届けしま

アンパンマンっているやんか。

アンパンマンにまつわる不思議な話があるんやけどな、

まあそんなに突飛な話やないんやけど、

人によっては似たような話聞いたことあるでって人もおるかもしれんし、

まあでも、もしよかったら聞いてって。



アンパンマンな、あいつ、まあ小さなから素質もある方やったんやな。

それで、努力するのも嫌いじゃないみたいやし、

まあ、「もう無理」ってなったらやめちゃうけどな。

それでも、いろいろ興味のあることやってみて、能力磨いたんやな。

もちろんそのなかにアンパンチもあるし、自分の顔ちぎって遊んでたりもしてたみたいやな。



あと、アンパンマンな、いまだとネット右傾化とかやってるけど、

どちらかというとリベラルな考え方やったんやな。

社会の中の自分ていうか。

社会に歯向かう漠然とした恐ろしさとかな。

社会方向性に沿って役に立つことができれば、

自分もまあまあ幸せになれるんちゃうかとか考えてたらしいんや。

まあ、いい子ちゃんの考え方やな。



でな、アンパンマンも成長していい青年になったんや。

で世のため人のために自分の力を役立てようみたいな雰囲気仕事始めたんやって。



ところがな、仕事を始めて間もないころなんやけどな、

ある日、ばいきんまんカバオとあと何とかっていう名前のよくわからん奴が来て

アンパンマンめっちゃ文句言ったんやな。



アンパンマンそのときまだ社会に出て間もないから

「なにこれ怖い」と思ったらしくて、

ジャムおじさんに助けを求めたんやな。

だけどジャムおじさんもなんか知らんけど怖い顔して、助ける風でもなかったんやて。



それで、アンパンマンしょうがないからしばらく引きこもってな、

たまに外の様子を伺いに出てくることもあったらしいのやけど、

ばいきんまんとの件を知ってる奴とかおったらしくて、

アンパンマンからしたら誰か分からんけど、

悪ノリして文句言ってくるやつとかもおったんやて。



で、コンビニとかで週刊誌読んだらけつ毛バーガーとかあったりな、

それでまた「なにこれ怖い」とか、そんな感じやったんやて。



それでしばらく引きこもってたんやけど、何年かしたら文句も落ち着いてきて

それでも外に出られるようになってきたんやて。

アンパンマンも一丁前に仕事しようと思ったらしくて、

とりあえず近場で仕事し始めたらしいんやな。



それで、アンパンマンそうは言ってもまあまあ有能やん。

アンパンチとかほんまに役に立つんかなとか思ってたらしいけど、

これが意外と結構役に立ったんやて。

で、毎日アンパンチしたり、自分の顔をちぎって食わせたりして、

ジャムおじさんのところで補充しいしい、そこそこ充実した生活を送ってたんやって。



でな、そんな日々やったけど、またちょっとした出来事が発生してしまったんやな。

それは何かというと、アンパンマンがせっかく自分の顔ちぎって食わせたのに、

まずいって言ってくるやつが出てきたんやて。

アンパンマンな、アンパン結構何年もかけてうまくなって、

時には危険な思いもしながら振り回すやろ。

それに、食わせてるのも自分の顔の一部やからな。

まあ、やっぱりショックやったんやて。

なんやアンパンチなんか全然おもろないやんてな。



でも、そこはアンパンマン、頑張り屋さんのところがあるから

自分うまいアンパン作ったらどうやろ、と思ったらしいんやな。



ジャムおじさんアンパンも悪くないけど、

自分で作ったら、より今の時代の空気にあったアンパン

できるんやないかな、と思うたんやろな。



それで、また何年か修行してな。

そのうちにほんまにうまいアンパンができたんやって。



あ、なんかごめんちょっと話違ったかもしれん。

それやと結局アンパンまずいっていう奴もおるかもしれんな。

意地でもまずいっていう奴もおるから



まあその辺はちょっとよくわからんけど、

たぶんアンパンマン魔法かなんか使って

みんなにアンパンうまいって言わせたったらしいんや。



な、すごいやろ。魔法やで。アンパンマン魔法も使えるんやで。

どんな魔法なんやろな。ダサかったらうけるけどな。

まあその場にいないから、ほんとかどうかは知らんけど。



あとな、どうでもええけどアンパンマンの仲間には

とあるスポーツTV中継で魔法を使って

選挙でじみんとうを大勝させた奴もおるらしいで。

じみんとうやで。

日本国政権与党の某自民党やない

と思う

たぶんな。

あとな、女やと朝の連ドラでじゅじゅじゅとか言って

人気者になったやつもおるらしいで。

知らんか。ちょっと違ったかな?

あとせくしぃな感じの人で愛の騎士かいう奴がおるらしいけど

雰囲気アンパンマンの女バージョンと似てるな。

ワイからたらこの人エロなしでも行けるんちゃうかと思ったで。

気になったらネット検索してみて。

愛の騎士で見つかるかどうかわからんけど。



まあ有名人になると、アンパンマン雰囲気が似ていても

ちょっと違った括りになるらしいけどな。

例えば、これはアンパンマンとは全然雰囲気違うけど

ゲスz女とかz武とか最近話題になってるやん。

あの人たちは「文句を言われているような気がする」ていうんやなくて

誰の目から見ても明らかに文句を言われまくってるからな。

そういうことも関係あるかもしれんな。

まあちょっとアンパンマンとは違うんやて。よう似てる人もおるけど。

まあでもぐう有能の人も割といるな。

凄まじい××と表現する人もおるらしいな。

ワイには何とも言えんから伏字にしたったけど。



話が脱線したな。

アンパンマンの話に戻るけど、アンパンうまいって言わせた後な、

みんなにいいね!って言ってもらえてな、

いい気分やったんやて。

それで、よくよく考えてみたら最初ばいきんまん達が文句言ってきたあれ、

あれは一体何やったんやと。

あんなんじぇんじぇん意味不明やんと。

文句言うのも、例えば話しかけるにしても

文句って言えば文句だし、

教えてるって言えば教えてるだし、

じゃれついてるって言えばじゃれついてるだし、

受け取り方によっていろいろあるやんと。



でな、そのときアンパンマンには選択肢としては

文句を言われたのを、あれは自分がそう受け取っただけやと思って

完全に忘れる選択肢もあったんやけど、

でもな、文句を言われたような気がする、その自分感覚自体は本物やし、

他の人が同じ状況になったら、また「なにこれ怖い」と思いそうやし、

ジャムおじさんに助けを求めたのもあるからな、

その感覚も含めて、頭の片隅に置いておこうと思ったんやな。



で、それからアンパンマンな、いい気分で居続けることにして

たまに遊んだりして過ごしたらしいで。



よく楽しいのが一番って言うやん。それと似てるのかもしれんな。



また、それで世界平和になったんやて。



アンパンマン仕事しなくてええのんか?とも思うけどな。

それでええんやて。



な、不思議やろ。

ワイはほんま不思議やと思う。



まあアンパンマンなんて実在の人物やないからな。

空想世界存在から



あとな、アンパンマンそれから国連就職して、なんやめっちゃ偉い人になったらしいで。

名前「パン」にしたらしいけどな。無能や言われてるらしいけど。

それで気づいたんやけどアンパンマン英語しゃべれるんやな。



最後にな、すまんな、ほんとどうでもええんやけどな、

タイトルの「アンパン3個くれんか」な、

あれダジャレやねん。



アンパン3個くれんか



アンパンさん。国連化。



アンパンマン国連に行って無能パンさんになったんやて。

そんなことあるかいな。

まあどうでもええな。

2016-04-05

Pixivでいつだったかこんな漫画を見つけた。

幼なじみ女の子を隣接マンションに持つ主人公がいて、彼女はいつも喧嘩や仲直りをしている。

結局彼は幼なじみとすれ違いながらも、告白の際に隣のマンションはしごを橋渡して告白する。

作者が大真面目に「賞を意識したものです。想定〇〇ページ」とか鼻息荒くしてて何も言えなかった。

隣家幼なじみがいて窓越しに話してるとか、設定が80年台過ぎておもわず唖然とするしかない。

時代の空気に流されないことと不勉強なのは別だよなあ。

2016-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20160219234427

う~ん。

少なくとも、そのおっさん東大生勝ち組だったから、

その時代東大空気って、村上春樹の『ノルウエイの森』のイメージとは違うよwとか。

そういうのって、調べてもなかなか分からないじゃん。

そういう時代の空気を伝えられる能力もねーのかな?

たとえ東大じゃなくても、馬鹿大とか、不良高校でも、その時代の空気って伝える能力はあるんじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20160219232819

40のフリーターおっさんとよく遊ぶ20代後半のゆとり世代だが。

君らの頃の社会の純情さとか聞くとほほえましいわ。

もっと自分時代の空気を伝えてほしいわその世代には。

2015-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20150921031534

おっ俺も同い年だ。

30過ぎて畑違いに転職して今はなぜか(いや会社から派遣されて来たんだけど)海外学生みたいなことやってる。

中々成果も出なくて毎日死にたい気分だけど新しいことやるのは楽しいな。もうちょっと成果出せるようになって落ち着いたら違うことも始めたい。

密かに思ってる、今とは別のやりたいことの本場でもあるんだよなこの辺…。基礎もクソも全く無いから青い鳥にもほどがあんだけどなー。やりたいんだよなー。

俺は絶対これで天下とってやるぜ!みたいなのは思わなくなったけど、なんつうか、人生もっと自由いいんじゃないかと思うんだよなあ。

背負い込んだ責任自由を塗りつぶして社会を支えてる人たちも沢山いるんだけど、彼らは彼らでそれに誇りを持ってて社会的に認められた幸福の有り様を体現してたりするわけで、

社会から承認されないかもしれないけど、もっと自由に生きて、また違った形で社会に何かを残していくのもアリなんじゃないかと思うんだよなあ。

多様性が無いと何事も脆弱になるしな。最近あんまそういう時代の空気じゃないけど、個人ベース意思決定では大局観はあんま効かないと思うなあ。

燃え盛る松明ではないけど、よく炭化させられた炭の種火のような感じで、こりゃ消えねえわみたいなものがある。

2015-01-18

それと『男性を抑圧してる存在』の糾弾必要なんじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20150114203151

私が提言したいのは、男性性の抑圧の過程男性自身によって明確に言語化され客観視されるべき、ということだ。

これはまぁ、そうなのかもだけど。抑圧の過程、抑圧してる存在って割と明らかなんじゃない?

あの抑圧されていた時代の空気は良く覚えている。メッシー、アッシー、貢ぐ君とか。「結婚したくてもできない男 結婚できてもしない女」なんて本もあったり。男女共同参画会議ができてからは「男は仕事も家庭も両立しろ」というメッセージ(ただし、今では女性も言われるようになった)。男性から告白セクハラになる一方で、女性が素敵な告白を求めてたりするダブルバインドもある。

今は結婚して子供も2人いる。結婚すると自己嫌悪みたいなものがだいぶ和らいだ。私でも誰かの役に立てる、というのは嬉しい。あと別に私は「私の全人格」を嫁さんに肯定して欲しいとは思ってない。 一緒に暮らすと内緒にしたい要件というのもある。

ただあの時の、抑圧されていた気持ちは忘れていない、男性に向けて酷い発言が多い時代があった。そういう時に欲しかったのはムチャクチャ言う女性に対してフィードバックする存在がいて欲しかった。昔だと上野千鶴子。 いまだとid:Chikirinツッコミいれてる人をみると安心する。インターネットができて良かった。

意識さえされれば、男性性を適切に解放するための物の考え方(具体的に言えば女性とのコミュニケーションの取り方)は現状の知見でも十分過ぎるものが揃っている。

抑圧の存在言語化して、でも、抑圧する存在自体は残っているのでしょう? その存在は残していいの?

2015-01-13

産後全然仕事ができなくなってしまったクリエイターの与太話

私は自分が手で作るものを世の中に販売して生計を立てているクリエイターである

会社に属しているわけでもなく、クライアントから仕事をもらうわけでもないので、

作り出すものを売りださなければ一銭のお金も入らない仕事である

約4年の妊活不妊治療)を経て、4年前に第一子、2年前に第二子高齢出産した。

初めての妊娠時、お腹の中でわりと順調に育ってくれたため、産む前日まで仕事をした。

活動場所を自宅にすることで、産後も働き続けることは可能だと思っていた。

もっと言えば、子供を見ながらでも仕事ができると思っていた。大馬鹿者であった。


自分出産するまで世のアーティスト歌手等が

妊娠している間、歌詞がまったく書けなくなった」「作風が変化した」云々とママ雑誌で語るのを「花畑脳乙」と鼻でせせら笑っていたのだが、

花畑脳どころか、産後の私の脳味噌は一本のシワのなくなってツルツルの風船にでもなってしまったのではないかと思うほど、

赤ん坊以外のことは、まったく蓄積されない状態になってしまった。

心底驚いた。


そしてじりじりと焦った。


とても辛かった。


実は今もとても辛い。



なぜなら、脳味噌が風船の状態は、第二子が2歳になった今も続いているかである

「全力で仕事がしたい!」と渇望しながらも、

「全力で作りたい!」と思うものが、まったく自分の中から湧き出てこないのである

これはものを作ることを生業にしている者にとって、いわゆる「スランプ」と言われるものなのかもしれないが、

子育てをはじめてから今日に至るまで丸4年、私は心底作りたいと思えるものがまるで出てこない。

産前からアイデアを元に、どうにかこうにか滲み出てくる…くらいのものをかき集めて、なんとかやっている。

でも産前の仕事量(売り上げ)から考えれば、10分の1ぐらいに激減した。


産前は当たり前に都心で過ごし、買い物をし、飲み食べして、好きなことばかりやって、

好きなことを仕事にして、好きなことで食べていけていることが本当に幸せだった。

なんのストレスもなかった。

不妊治療は確かにストレスではあったが、そこから逃げるというより、

それを上回るだけのやりがい仕事自体にあったのは幸運だったと思う。

「もし子供ができなくても、この楽しい仕事さえあればいい」とどこかで思いながら不妊治療で削がれそうになる精神を保っていた。

匿名ダイアリーから書けることだが「仕事ができなくても、こどもさえいればいい」とは心の底からは思えないので、

逆説的にやはり、子供を諦めることはできなかっただろうと思う)


現在、巷の雑誌を見ても「いまってこんな感じなんだ…」と思うだけで、

小説などは文字が脳から滑り落ちていくがごとく、まったく内容が頭に入ってこない。

いつ保育園から呼び出しがあるかと思うと、携帯の電源を切ることもできないので映画を2時間集中して観ることもできず、

常に何者か(まぁ、それはこどもたち)の目の届く場所手の届く場所すぐに駆けつけられる距離に居なければならないという感覚

どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても薄くなってくれない。

美容室へ行く頻度も激減して、自由に使えるお金も少なくなってきて、着る服もファストファッションほとんどになってきた。

なんだか自分がどんどんみすぼらしくなっているように感じる。

こんな私がものづくりをして人様にお金をもらえるようなものを作り出せるのだろうか、という不安が頭から離れない。



これが「母親」になったということなのだとしたら、

私の中の「ものづくりをする人」はどこへ行ってしまったのだろうか。



クリエイターデザイナーアーティストと呼ばれる類の職業をしている者は、

時代の空気やその感覚をつかまねばより良いものは作れないと思う。

インプットネットや本だけではなく、目で見て、耳で聞いて、香りを嗅いで、手で触り、肌で感じることを続けるうちに

ひらめきやアイデアや素晴らしいデザインが「降りて」きていた。

自分が心底作りたいと思える良いものアウトプットできていたのは、

間違いなくあの無意識インプットし放題な時間があったかなのだと今ならわかる。

今、私は子供健康を維持するための情報や、子供に対するより良い情報以外のことをまったくインプットできないまま、

仕事ではカラカラの体からさらに何かを絞り出しているだけの状態だ。



ああインプット洪水に溺れてプリプリになりたい。

針でさせば弾け飛ぶくらい、あらゆる情報感覚を体内と脳内に満ち満ちさせたい。



出産後、私からあのデザインが降りてくる『ギフト感』が、失われた、と感じている。

そして「それ」が戻ってくることを心底望んでいる。

しかしそれは望んだからやってくるものではないことも、わかっている。

からと言ってそれを望むことをやめてしまっては、

仕事人」としての自分が死んでしまうような気がして、諦められない。




ああ、なんだこれは。

赤ちゃんを望んでいた時と同じじゃないか。

私は赤ちゃんを手に抱けたじゃないか。

それでいいじゃないか。

なにが不満なものか。


私は結局、幸せなのだろう。







なんてことでは、この匿名日記を終わらせないよ。





不満?ええ不満だらけですよ!自分に!!

しっかり仕事できない、だらしがない自分に!!

ギフトなんかを待ち望んでいる自分に!!

もっと、きちんと「ギフト」に頼らなくてもいい方法で、お金になるような仕事の仕方を構築しなさいよ!!

バカじゃないの!!!しっかりしろ!!!


私は母親になった。もうなっちゃった。戻れないし、子供達のいない生活に戻りたいとは思わない。

もう好き放題やってていい人間じゃなくなったのは確かなんだから

働き方を変えて、効率の良いインプットの仕方に変えるしかないじゃないの。

やろう。



やるしかないんだわ。

クリエイターは、自分仕事自分で作り出せる職業なんだから



愚痴るつもりで初めて匿名ダイアリーを書いてみたら、なんか元気が出てきた。

子育ても、仕事も、頑張ろう。うん。







:::追記:::1月16日



こんな私の自分勝手独り言に、たくさんのヒントやアドバイスや応援、共感いただいたことに驚き、

今朝感謝の気持ちを綴った日記を上げたのですが、

そうすると「ネット上でたくさんの目に触れたいだけの虚構の話」と思われるのだと知り、

その記事は削除しました

匿名の良いところは、名もなき自分自由に思いを吐き出せるところでしたが、

匿名が故にどこにも信憑性はないのですから、仕方のないことですね。

それでもやはりこれを書いた時の私の気持ちは

間違いなく本当に思っていたことで、本当にこういう状態で。

短い間に私は十分、いろんな言葉もらえました

もしも今後どこかで誰かがここを見て、自分も頑張ろうと思うことがあるかもしれない

私もまたここを見て自分の糧にしたい



なので、このまま残しま

2014-06-17

BLOGOS-ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ(柴那典) は間違っている 〜アベノミクス時代音楽、そしてミスチルのこと〜

http://blogos.com/article/88464/
「ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ」という文章を読みました。
強い違和感を覚えたので備忘録代わりに書き残しておきたいと思いますBLOGOSコメント欄だと字数が足りないので。

 

柴那典氏(@shiba710)の文章は間違っていると思います
理由は以下の三点になります

 

まず第一にアベノミクスが将来への希望を本当にもたらしているのかという疑問があります
消費税増税過去の景気状況から国民が景気に対し、継続した右肩上がり希望的観測を持てるとは思わないからです。
加えて失業高齢化原発等、解決しない社会問題も山積する上、庶民不安はむしろ拍車がかかるのではないかと思います
まり人々は楽しさや楽観という価値観のもとに生きていないのではないでしょうか。

 

第二に日本ミュージシャン特にメインストリーム)は"カナリア"のような存在ではないということです。
これは楽曲への批判ではありませんが、翼を広げ瞳を閉じ桜舞い散る季節の中で君に出会えたキセキを歌うJ-POPには時代が反映されることはなく、それを許されてもいません。
時代を反映する曲を歌うということはつまり楽曲がある種の政治的側面を帯びるということです。
現代日本人にとって音楽政治性とは最も嫌うものです。よって必然的時代性(政治性)は排除され、似たような要素を持つ楽曲が量産されることになります
日本ではSex Pistolsの「Anarchy in the U.K.」もGrandmaster Flash and The Furious Fiveの「The Message」のような楽曲は生まれないでしょうし、また生まれてもチャートの上位に入ることはないでしょう。

そこから導ける結論としては、J-POP日本音楽の特徴はむしろ時代を反映しない」ことにあるのではないでしょうか。
現在楽曲10年前、20年前とを比較してそこに主題テーマ)の大きな変化はあるでしょうか。
せいぜい電話ポケベルLINEメールに変わったくらいで、その根本は大した変化はないというのが実情ではないでしょうか。

「いいくらし」「ええじゃないか」等、氏の挙げる楽曲はどれもJ-POPスタンダード、「励まし系」の枠を超えるものでもないと思います
これらの楽曲時代必然性を見い出すことははっきり言ってできません。
当然それが悪い訳ではありません。繰り返しますが楽曲の善し悪しとはまったく別の話です。
日本のポップミュージックの作り手は、時代の空気を先端で感じている“カナリア”のような存在ではないのです。

 

第三に「ミスターチルドレンがポップソングを通じて現代の閉塞感を共有する時代の一つの象徴になった」という考察が完全に間違っています
氏はその代表例として「マシンガンをぶっ放せ」を挙げています
本当に「ミスチルがポップソングを通じて現代の閉塞感を共有する時代の一つの象徴になった」のならば、その「マシンガンをぶっ放せ」は彼らの代表曲であるべきです。
しかし、一般人ミスチル代表曲を挙げてみて欲しいと質問しても「マシンガンをぶっ放せ」と答える人が果たして何人いるでしょうか。
せいぜい「イノセントワールド」か「Tomorrow never knows」か「シーソーゲーム」くらいでしょう(最近なら「しるし」や「HANABI」かもしれません)。

マシンガンをぶっ放せ」は、出せばミリオンを達成できた時代に唯一100万枚を割ったシングルです。
加えてその曲が収録されたアルバム深海』は前作『Atomic Heartから100万枚もセールスを落としています

私はそもそもミスチル現代社会の閉塞感を曲として昇華し、それを「売り」にするバンドだとは全く思っていません。

仮に100歩譲ってそのようなバンドだったとしても、本当にその「閉塞感」とやらって「共有」されていましたか

ちなみに氏の言う「時代の閉塞感を内面化させていたミスチル」のセールスは、CDバブルに沸く世間とは対照的に見事なまでに右肩下がりでした。
アルバム『Q』は遂にミリオンを割ります

 

しかし、仕切り直し的な意味を持つベスト盤とそのツアーを挟んでの次作、『IT'S A WONDERFUL WORLD』で彼らは文字通り“蘇生します。
世の中のCDセールス頭打ちになる中、セールスは前作から50万枚も回復するのです。
このアルバムからミスチルメロディーは「ポップで王道的に」、歌詞は「前向きな内容」になり、彼らの得意分野であった「ラブソング」が完全に復活します。
ものすごく簡単に言ってしまえば「ハッピー」な作品になります

以後、今日までの彼らの方向性はこの延長線上にあります
嘘だと思ったらアルバムクレジット欄を片っ端から調べてみて下さい。前作『Q』まで二転三転してきた制作環境スタッフが、このアルバム以降基本的に統一されます
この事実意味するものは、この『IT'S A WONDERFUL WORLD』からバンドが目指す方向性が「確立」されたということです。
しかも氏の言う「時代の閉塞感を共有する」とは真逆の方向で。
その後の活躍は説明するまでもないでしょう。氏の方がご存知ではないでしょうか。
さて、本当に「ミスターチルドレンはポップソングを通じて閉塞感を共有する時代の一つの象徴になった」のでしょうか?

 

改めて見てみましょう。
00年代に売れたシングルは上から順に「四次元」「Sign」「youthful days」「しるし」です。
ミスターチルドレンはポップソングを通じて閉塞感を共有する時代の一つの象徴になった」のならば、その楽曲社会批判的な世を憂う内容のはずです。

自分を信じたならほら未来が動き出す/ヒッチハイクをしてる僕を迎えに行こう」(「未来」)

「傷つけ合う為じゃなく/僕らは出会ったって言い切れるかなぁ? /今 分かる答えはひとつ/ただひとつ/I love you/and I love you/and I love you」(「and I love you」)

「繋いだ手を離さないでよ/腐敗のムードをかわして明日を奪うんだ」(「youthful days」)

ダーリンダーリン/いろんな角度から君を見てきた/共に生きれない日が来たって/どうせ愛してしまうと思うんだ」(「しるし」)

一体このどこを聴いたら「時代の閉塞感を共有している」などという言葉が出てくるのでしょうか。
楽曲の内容は至って前向きなものか、もしくはラブソングの括りに入るものかと思います

 

本文の「終末のコンフィデンスソング」に関するミスリードも目を覆いたくなるような酷さです。
本文では「たまに不吉な夢見るんだよ/走っているのに進まない/ひょっとしたら実際に起きてることを夢の中で知らせるメタファーかも」という歌詞のみ引用されていますが、この曲の結末部分はこうです。

「今僕らの目の前で起こってること/楽観も悲観もなく/ちゃんと捕まえたら/足元に落とした視線を/上にあげ/胸を張れ!」

なんと前向きで力強い、ハッピーエンドな曲なのでしょう!
しかもこの曲が収録された『SUPERMARKET FANTASY』というアルバムリード曲「エソラ」に象徴されるような、とても「カラフル」で「楽しさ」を前面に打ち出したアルバムなのです。

 

今まで挙げた事例を見て頂ければ分かる通り、残念ながらミスターチルドレンは氏の望むような「ポップソングを通じて閉塞感を共有する」音楽活動は行っていないようです。
仮にそうであったとしても「ポップソングを通じて閉塞感を共有する時代の一つの象徴になった」ことは一度もないのは明らかです。

 

このような基本的事実を踏まえずして「アベノミクスで失われた20年は終わった!これからは楽しさを共有する時代だ!ミスチルという閉塞感を共有する時代の一つの終わりだ!」とか炎上目的ゴシップ誌の見出しのようなことを得意げに抜かすのが、私が日頃愛読している「musica」という音楽雑誌関係の深いのライターの方なのです。
私は情けなくて仕方ありません。これが「プロ」の書く文章なのでしょうか。
ちなみに同じ筆者が書いた「なぜBUMPは「国民バンド」になれないのか」という記事も酷いものでした。
願わくばこのような暴論を振り回す音楽ライターが、私の敬愛するミュージシャン音楽に関わらないでくれと祈るばかりです。

2014-03-27

このヴォケが。misandryには世代間格差があるっちゅーねん

http://anond.hatelabo.jp/20140326131813

ごめんタイトル釣りだ。

いわゆるmisandry、男性憎悪だけど、これには世代間格差があると思うよ。

昔は「アッシー」とか「メッシー」なんて男性蔑視言葉があった。

そういう事が言える空気だった、という事だね。 今は(少なくともマスメディアでは)そういう空気は皆無だと思う。

昔は本当に女性が強い、強気時代があった。根拠のない自信にあふれた言説が多かった。

本当に変わってしまった。時代の空気というのはこんなにも変わるものなのかと思うよ。

なぜそうなったか、にはいろいろな考えがあると思う。

まぁそれはひとまずおいておいて、

そういった時代青春時代を送った女性はどうなると思う? 強気の、公平性を欠いた発言が多くなるように思わない?

今では昔のような男性蔑視の発言はメディアでも取り上げられなくなりつつあるし、普段の会話でも言えなくなってると思う。

で、言えない思いをネットに吐き出しているんじゃないかな。

twitterフェミクラスタなどを観察してた時に思ったんだが、少なくとも日本フェミクラスタ

団塊Jrに偏ってると思う。20代フェミニストってほとんど見ない。

君が攻撃されたのも、そういう世代女性なんではないかな、ほとんどの場合は「BBA乙」で済む話だと思うよ。

2014-03-21

私がイケダハヤトを支持する理由

唐突なんだけど、この前、とある女性と飲んでいたときに、「俺ってイケダハヤトのこと、意外と評価しているんだよね」といったら、すごいびっくりされたのね。「シマダさんって、絶対イケダハヤトのこと嫌いだと思っていた!」と。

そういえば、数週間前にも男の後輩にも「シマダ先輩がイケダハヤトのことがアリだって結構びびりました」ともいわれたなあ。

なぜ意外だと思われるのか、と考えてみたんだが、もしかしてイケダハヤト観なるものに差があるのではないかと思った。

そもそも、イケダハヤトのことを、論理的言語的に見ると、混乱をまねくと思うんだよ。

イケダハヤトは、内容や文章の書き方が、一見論理を使おうとしているように見えるのは事実だ。だから論理的おかしい」「イケダハヤト意見は違う」「言っていることが前と逆だ」という話になってしまう。

でもイケダハヤトがやっているのは論理ではない。言語ではない、文章ですらないかもしれない。そういう表現手法をとっていないんだ。

イケダハヤト、そしてイケダハヤト的なものは、もっと精神的なものなんだと思う。若者空気といってもいい。私たち世代だとホイチョイがやってたようなことをイケダハヤトがやっているのではないかと思う。

まり若者空気をただ放出しているだけ。ホイチョイと違うのは、研究して、それをデフォルメして、うまい具合に時代の空気表現しているわけではなく、イケダハヤトが今の若者のものからである。そして、今の若者の一部の部分を切り取って、それをアウトプットしているんだ。

若者と話すときにさ、論理で話の腰を折るおっさんいるじゃん。わからなくもないんだけど、若者がしているのって別に議論じゃなくて、単に感じたことを素直に出してたりするだけだったりするのよ。「本田かっけー」とか「マジだりー」とかと同じなんだ。本田がかっこいいという点に対して論理で反論しないでしょ。それと同じ。

まりイケダハヤトに対して反論したり、間違いだという人は、そもそものところで噛み合っていない。話しているレイヤーが違う、次元が違う、内容が違う、論点が違う。

たとえばだ、イケダハヤトが「納豆若者強要するおっさんは、若者をバカにしている。そもそもマクドナルドを食べたっていいはずだ。世界チェーン店であるマクドナルドであれば有害物質を使う可能性も低いし、そもそもキャベツトマトが入っているハンバーグのほうがよほど健康的」みたいなブログを書いたときに「別に若者納豆押し付けていない」「そんな押し付けるようなおっさんは本当にいるの?」「マクドナルド有害物質を使わないとは限らない」「トマトキャベツだけじゃ野菜として足りない」みたいな反応をするやつがいるけど、全く違う。

イケダハヤトが上記のようにいったら「納豆はねばねばしてるし、なんかくさい。あとマックうまい。」といっているということ。それなのに「トマトキャベツだけじゃ野菜として足りない」って言われたら「え、何の話?なにいってるんですか?」となってしまうのは当たり前だ。

イケダハヤトは恐らく、若者意見感想、感じたことを発信することは価値があると考えているので、多くの人がそのようにするべきだと考えている。なので、中身がない、という批判もおそらく意味がない。

こう書いているが、別にバカにしているわけじゃない。実は私も、イケダハヤト同意見で、若者ブログやtwitteでもっと思っていること、感じていることをストレートに書くべきだと思っているからだ。そういう意味では、イケダハヤトの支持者であるし、彼のブログおもしろく読んでいる。若者が感じていることをストレートに伝えられるってやはりいいことなのではないか?

イケダハヤトは、若者が感じた素直なことの表現方法特殊なだけなんだと思う。

2014-03-10

こういう野党議員の方が日本を危ない方向に持っていくと思うようだと私は体制主義者になってしまうんだろうか。

〈朝焼小焼だ/大漁だ/大羽鰮(いわし)の/大漁だ/浜は祭りの/やうだけど/海のなかでは/何万の鰮のとむらひ/するだらう〉。童謡詩人金子みすゞは84年前のきょう、26年の短い生涯を自ら閉じた。この詩は、後に代表作と呼ばれるようになった「大漁」だ

   ◆

みすゞは山口県下関市の小さな書店の店番をしながら幾つかの童謡雑誌に詩の投稿を続けた。「大漁」は「童話」誌に推薦作として掲載された作品。選者の西条八十は「アッと云(い)はせるやうなイマジネーションの飛躍がある」と評した

   ◆

この詩は単にイワシへの哀れみだけでなく、時代の空気を映したのではないだろうか。第1次世界大戦の戦勝ムード好景気に沸く日本。その裏に多くの兵士の死があったことに、みすゞの想像力が向かっていったように思える

   ◆

子供が/子雀(すずめ)/つかまへた/その子のかあさん/笑つてた/雀のかあさん/それみてた/お屋根で鳴かずに/それ見てた〉(雀のかあさん)。この詩でも、みすゞはなんということもない人の営みの裏にある悲しみに目を向けている

   ◆

4日の参院予算委員会。他国の戦争に加わりかねない集団的自衛権の行使容認が議論になった。野党議員安倍晋三首相に聞いた。「総理戦争をするつもりがあるのでしょうか」。委員会室にゲラゲラと笑い声が起きた。「戦争」の裏にある悲しみが想像されていない乾きがあった。

http://www.shinmai.co.jp/news/20140310/KT140308ETI090014000.php

2014-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20140225061332

時代の空気読めない子だなー

今は成果よりもストーリーが重視される時代

ぱっとしない

お涙ちょうだいストーリーがない金メダルよりも

感動をありがとう!」なノーメダルが重視されるわけだよ。

これでも冬季五輪では

長野自国開催に次ぐ

歴代2位のメダル取得率だったんだぜ。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3987.html

メダルよりもバックグラウンドストーリーなわけさ

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