はてなキーワード: 民俗学とは
なんか、前提が全然見えないのでお前が何を言いたいのかわからん。
人間の何について何の根拠をもって4種類に分類しようとしているのか不明。
お前が、解剖学を根拠にしているのか心理学を根拠にしているのか社会学を根拠にしているかによって科学的かどうかが決まる。
「丙午」(60種)は科学的な事になる
お前が、数学を根拠にしているのか、歴史学を根拠にしているのか、民俗学を根拠にしているのか、五行や風水、陰陽を根拠にしているのか、オカルトを根拠にしているのかで科学的かどうかが決まる。
因果関係や相関関係の複雑さが分母に現われるのだから、分母に文句を言うのは非常に科学的だと思うが。
人は他のいかなる動物よりも慎重に研究されてきたが、彼らが一つの種あるいは人種と見なされるべきかどうか、有能な調査者の間にも多様な意見があり、どれもあり得そうである:2(ヴァレイ)、3(ジャッキノー)、4(カント)、5(ブルーメンバハ)、6(ビュフォン)、7(ハンター)、8(アガシー)、11(ピカリング)、15(ボリセントヴィンセント)、16(デ・ムーラン)、22(モートン)、60(クロフォード)そしてバークによれば63。この判断の多様性は人種が種として認められるべきではないと言うことを意味しない。しかし、人々は連続的に変わっていき、はっきりとした区別がほとんど不可能なことを表している。
で、ほかのレス見てるとABO式血液型分類のことを言いたいらしいが、ABO式単独では日本人の2/3ぐらいしか分類できないんだよね。
というか、ABO式だけで分類すると輸血ミスるわ。
すでに、Rh式も一般的に使われているだろ?
血液分類法が100種類以上存在する現在において、ABO式単独なんて微妙すぎるんだよ。
さらに、ABO式だけ見ても、亜型って種別が存在する。
ちなみに、俺は普段はO判定されてたんだけど、血液検査でA型に振れたことがあって、調べた結果A3辺りじゃないかな?って感じ。
まぁ、亜型含めなくてもボンペイ型を独立型とするならば5種類になってしまうわな。
今年も怪談の季節がやってきた
某所でこの呼称を見て感銘を受けたので
非常に端的に特徴を表現していると思う
俺はそれまでは「僕の考えた最強の恐い話」とか呼んでたんだけどこっちのほうがいい
ネットで怖い話集めようぜとか言うと必ず出てくるひとつのステレオタイプな話の類型
匿名型なため作者は不明だが同一の作者を疑わせるほど起承転結がほぼ同じ
例えば八尺様・姦姦蛇螺・邪視・コトリバコ・ヤマノケ・リョウメンスクナなど
特徴的な部分としては
・ある日悪霊、妖怪、祟神と出会い死ぬかもしくは発狂するような強力で確実な呪いを受ける
・そのような非常に危険な存在であるのに筆者及びその仲間は地元でも誰もその存在を知らない
・カタカナや意味不明な漢字の名前を持つこの話以外ではほぼ聞いたことがない名称の存在
・その呪いを避けるために聞いたこともないような特徴的で手順の多い儀式を要求される
・その呪ってくる存在の来歴を事細かに説明してくれる存在が出てくる
・設定としては初めて聞かされた話のはずだが細かい部分までよく覚えている
・全体的に呪う存在の由来やそれを払う儀式の説明が事細かで非常に冗長
民俗学的には派生として各地に似たような話があるのは当然だと言う人がいるかもしれないが
個人的には怪談はつくり話でも怖がって楽しめれば一向にかまわないと思っているが
怖がらせようというよりも自分の設定を聞いてほしいというような自己顕示欲を感じるためこの手の話が嫌いだ
まぁ稲川淳二が嫌いでしょうがないという人もいるので好き好きなのかもしれないが
こういう話を書く人読んで面白いと思う人間はどういう人間なのだろう
例えるならリングを自分の体験した話として語られるような違和感がある
「生物としての」と言っているものに対して、民俗学や文化人類学を持ち出すことに違和感を感じなかったのだろうか(自然人類学ならまだわかる)。
じゃあ生物学。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%8D%E5%81%B6%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
生物がどの配偶システムを採用するかは食性や生活環境の影響を受ける。たとえば鳥類のように子が自力でエサをとるのが困難だったり、子育てに長い時間や大きな労力がかかる場合には一夫一妻制が発達しやすい。一夫多妻制と一妻多夫制はオスとメスの潜在的繁殖速度の差によってどちらが性が希少になるか(実効性比)できまるが、実効性比はやはり食性や生態の影響を受ける。
なーんかあなたからはオスは子を沢山ばらまくのが正しく、メスは一つの子を大事に育てるのが正しく、自然と一夫多妻制になる、というニュアンスを感じるが、バリエーションが多いから動物一般の性質として一夫多妻制というのは成り立たない(少ないとも思わないけど)。ヒトのように子育てに何年もかかる場合、一夫一妻制になってしまう。
俺の持っていた本は民族学・文化人類学だけど、ヒトの始まりの頃についてかなり詳細に論じていたので使ったまでです。そしてそれは生物学と整合的だ。
このお勧めタグいいかもとか使ったら似たようなのが複数作られちゃったり
こういうことありませんか?
目当てのタグがどこに行ったか分かりづらくなるのです
これは結構、いらいらするものです
というのがコンセプトです
私は次のHPを参照してます
日本十進分類法(NDC)9版 -2次区分表-
http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/ndc/ndc.html
例えば、この記事だったら
00 総記や
002 知識. 学問. 学術
形式としてはブログ
になると思います
たとえば、私のは今こんな風になってます※リスト形式表示
*ブログ(29)
*動画(90)
*本(19)
00 総記(2)
002 知識. 学問. 学術(55)
010 図書館(4)
140 心理学(9)
160 宗教(2)
20 歴史(6)
30 社会科学(9)
320 法律(5)
330 経済(4)
40 自然科学(8)
740 写真(18)
830 英語(7)
※ここから下は関連用語
爽快の一言です。
文系でlifehackの記事をペタペタ張ってるとこんな感じです
ちょっと手間かかるけどイライラっとしてる人は試してみてください
- アイマスはわが娘
- アイマスはスポーツ
- 兄貴は哲学
- アニメは学問
- 姉汁は夢
- ARIAは現実
- アンパンマンは君さ
- 苺ましまろは正義
- うたわれるものは日本史A
- Airは芸術
- Airは伝記
- Airは愛の形
- H2Oは格差社会
- EVAは聖典
- efは旋律
- エロゲは世界最強クラス
- 狼と香辛料は経済
- ALLYOUNEEDISKILLはポストモダン的に重要な作品
- オプーナは伝説
- オペレーショントロイは奇跡
- オルタは魂
- お前は既に死んでいる
- 家族計画は道徳
- かのこんは浪漫
- Kanonは奇跡
- kanonは正典
- カブトボーグV×Vはポストモダニズム
- カブトボーグは人生の塩辛
- 空の境界は哲学
- かんなぎは地震
- かんなぎは中古
- ガンダム00は教科書
- 痕は血族
- キノの旅は絵本
- キノの旅は道徳
- きみあるはヒロシ
- 君が望む永遠は哲学
- キミキスはサックス
- CLANNADはリアル
- CLANNAD -AFTER STORY-は余生
- グリーングリーンは青春
- C†Cは芸術
- けよりなは八百屋
- 恋空はわたしたちのリアル
- 攻殻は政治
- 鋼鉄三国志は史実
- 荒野の恋は直木賞受賞後第一作
- コードギアスは国家論
- 神霊狩は音楽
- 極上生徒会はモラトリアム
- こじかは葛藤
- 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないは社会派ミステリ
- 沙耶の唄は純愛
- 雫は原点
- しまいまは無料
- シャニティアは英雄憚
- 車輪の国は法典
- SchoolDaysは神話
- SNOWは模写
- すももは楽園
- 絶チルはフルハウス
- 瀬戸嫁は仁義なきたたかい
- ゼロの使い魔は国旗
- solaは幻想
- それ散るは未完
- ∀ガンダムは命
- D.C.〜ダ・カーポ〜は純愛
- D.C.〜ダ・カーポ〜は夢
- つよきすは鬱
- 電脳コイルはデジタルデバイド
- 東鳩は思い出
- 東方は宗教
- true tearsは真実の涙
- 図書館戦争は言論統制
- ドナルドは教祖様
- 鳥の詩は国歌
- とらドラ!は数学
- とらドラはハーモニー
- 長門は俺の嫁
- なのはは燃えアニメ
- なのはは友情
- 西尾維新は思想
- ニニンがシノブ伝は文化論
- 二ノ宮くんはご愁傷さま
- 猫の地球儀は宗教論
- ねるねるねるねはヘッヘッへ
- ハガレンは真理
- ハジメテノオトは故郷
- 初音ミクは真実の光
- ハルヒは感性
- ハルヒは哲学
- パルフェはスポ根
- 犯人はヤス
- バンブーブレードは武士道
- 半分の月がのぼる空はリアリズム文学
- ひぐらしは論理学
- ひぐらしは寓話
- BitTorrentは助け合い
- Fateは文学
- FORTUNE ARTERIALはファンタジー
- フルメタは現実よりリアル
- ふわふわの泉は星雲賞受賞作
- AC北斗の拳は世紀末アクションスポーツゲーム
- Myself;Yourselfは月9
- Myself;Yourselfは昼ドラ
- マクロスFは文化
- MADは文化
- まなびストレートは青春
- マブラヴはあいとゆうきのおとぎばなし
- みなみけは食事
- みなみけは1期
- 未来の歌は無限の旅の空
- MUGENは格ゲーではない
- ムリョウは日常
- もっけは民俗学
- らきすたは社会の縮図
- らき☆すたは聖地
- らきすたはファッション
- 落語天女おゆいは伝統芸能
- ラブひなは参考書
- ランスは帝王学
- リトバスは筋肉
- リトバスは友情
- Rewriteは嘘
- Rewriteは日本が諸外国に誇る文化
- レイアースは騎士道
http://anond.hatelabo.jp/20081011132603
追記:暇だし面白いので、ブクマ向けに追記を。あ、オーガズムでしたねwご指摘有り難う。語源は一緒なんですかね?器官。
タイトルは釣りです、当然。idは書きません。それは、自分の責任だから。
はてなが出会いのきっかけだったというだけで、ただのよくある色恋沙汰です。ほんと、村ですねー、はてなは。夜這いとかありそう。って民俗学的に言ってみる。
ヘビーユーザーではないのですが。まさか、自分がこういうことになるとは。
私としては、彼女にしてほしかったのですが、あちらは単なる遊びだったみたいです。
そういうひとだと見抜けなかった私が悪い。
あーあ。
つらいので、はてな退会も考えましたが、やめるならむしろあっちだろと考え直し、やめませんw
じゃあちょっと僕もマジレスし返しちゃうよ!
この人のコラムでは民俗学的に差別の根源を追っているのであって、
確かに被差別部落の絶対数は東の方が少ないのはきっと事実だと思う。
しかし、四民平等を謳った明治の時代からもう140年も経とうとしているのに、
未だに根強い差別が残っているというのは考えにくい(住居移転の自由は明治憲法にだって記されているのに!)
だいたい、これを読んでいる中の何人が140年前の先祖がどこに住んでたか知ってるというのだろうか。
それじゃあ単なる母数の多寡以外に何らかの原因があるんじゃないかな? と考えたとき、
そこで思いつくのが同和ヤクザやアカの存在だったってわけですよ。
そいつらのマッチポンプのおかげで未だに差別があるように見せかけられたり、
また差別を生み出してるんじゃないかなーと。
興味があったら図書館でいろいろ調べられそうな事件をセレクトしてみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%B9%BF%E9%AB%98%E6%A0%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%AC%A1%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6
農民の国だろjk
得意げな顔して何が、農民の国、だ。
お前は本当に農本主義者なのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、農民って言いたいだけちゃうんかと。
日本通の俺から言わせてもらえば今、日本通の間での最新流行はやっぱり、
網野史観、これだね。
漁民と職人ってのは定住地を持たず、文化を伝播させた。そん代わり国家からは把握されにくい。これ。
で、それに無縁・公界・楽(アジール)。これ最強。
しかしこれを言うと次から民俗学会にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
まあお前らド素人は、柳田の『都市と農村』でも読んで「常民文化マンセー」とか言ってなさいってこった。
古い。古いなー(笑
あの質問主は頭がおかしいわけでも何でも無い。宗教なんだよ。地下活動しているので知らなくても当然だが。
唯一神「ありがとう」をあがめるありがとう教の信者は、基本的には紹介制になっていて、近所の教会に飛び込みで入信するってわけにはいかない。というか、教会は持っていない。「この人は正しく倫理的で正義感にあふれ、礼の心を持ち合わせた強き人です」と既存信者に紹介してもらって、初めて入信の扉を叩くことができる。宗教と言うよりフリーメーソン型の結社と言っていい。
「ありがとう」は神の御名であり、軽々しく口にする事は冒涜に当たる。同様なケースはユダヤ教にも見られ、教徒は恐れ多い神の名(ヤーウェとも、ヤハベ、エホバとも)を日常口にするのを忌避し、その頭文字であるユッド(あるいはヨッド)で神の事を話す。この手の言霊信仰に近い考え方は世界各地に見られる。
ありがとう教において、唯一にして絶対の神の名は、正しい時と場所で、清らかなる心の元に発するものであり、軽々しく口にする事は万死に値する。一方で、基本的に地下組織的であるこの教団は、表立って「ありがとうを正しい心で」と布教できないため、信者は自分が選ばれたものであると言う自負と、愚民への怒りの間でさいなまされる事になる。
「ありがとう」という秘儀がこのように公の場で語られることは珍しい。だが、それに正しく応じているものがいることは、これが単なる怒りの発露ではなく秘密の通信の一部であることをにおわせる。たぶん「チチキトク・スグカエレ」で麻薬取引の合図とするような、何らかの取り決めがあったのだろう。
それにしてもうかつだっのではないか。意図せぬこととは言え、これほど一般から注目を浴びてしまっては、教団内部での地位が危ないのではないか。モーツアルトはフリーメーソンの秘儀をオペラ「魔笛」の中で漏らしたために殺されたとも言われている。この二人にどのような運命が待ち構えているのか、深く考えるのは避けておく。
ちなみに、ありがとう教のほかにも、おはよう教、しんせつ教、すみません教といった、秘密教団があってそれぞれ活動している。ぐぐっても引っかからないが、公安がマークしているし、時々民俗学系雑誌で話題になっている事がある。
人が人として獲得してきた物語の歴史において、圧倒的に「事実を元にした」の方が多い。逆に言えば「フィクション」なんてのは近代的作者が発生して以降のごく最近の発明で。物語=作者の内面の発露、ではなく、物語=おもしろくて役に立つ現実、なわけ。
ってゆー。あれだな。私見だけどこいつは性善説。「このおもしろい話をしている人が、誰の得にもならない嘘をついているはずはない」っつー。
たとえば? そうねぇ。世界でもっともヒットした物語である聖書のことを考えてみればすぐわかる。
「聖書がリアルじゃない」って認識がひろまったのはつい最近だろ? まして「聖書が本当だったか検証しよう」「聖書の本当の作者は誰だ?」なんてのも。
で、そーゆー古い意味での物語は、近代以降地下に押し込められたとは言え、常に揺り返しを試みてきているわけ。巷間の昔話、民話。あるいは民俗学で言う「世間話」。ちょっと前だと『本当にあった怖い話』『学校の怪談』ブームとかな。
で、現在。なんか「リゾームと自我の分散」とか言いたくなってくるんだけど、なんだっけ、美嘉だっけ、彼女って「作家」じゃないでしょ。いろんな意味で。近代的作家ってゆーのは確固たる自我と思想と内面と教養があって、「物語」はその従属物ってのがふつーでしょ。最初の方に書いた図の不等号はそういうことなんだけど。たとえバカにされがちなラノベの作家だって、そう意味じゃ立派な「作家」だ。川上未映子は川上未映子でないと『卵と乳』書けないけど、美嘉ってのは誰でも良いでしょ。
そして「恋空」は「昔話」。
それを近代文学の文脈で把握/批判使用とするのは無為なんじゃねぇのかなぁ。と。
で、これと同じ話は報道に対する姿勢とも通底する。
あるいはWeb上のあらゆる情報に対する「釣り?」という反応とも。
両方とも性善説というか、人間の「フィクション許容量」に関する話なんだけどね。
まぁそんな話を途中まで書いたんだけど、あまりの陳腐さに吐き気がして止めて2週間。
スティッキーズに残ってたんだけど、次に書きたいことが出てきたから邪魔だしもういいやっ、で公開してみる。
「女の子の指が9号っていうのは、女の子のウエストはみんな55センチっていうくらい嘘だ。都市伝説だ」とある友人に言ったら、「としでんせつってなに?」という予想もしていない斜め上の反応が返ってきた。でも説明できない私。「何ていうか……みんなが本当だとおもっている嘘話というか……ほら口裂け女とか、死体洗いのバイトとか……」と何とか言葉を搾り出すと、「口裂け女を信じてる人なんかおらんやろー」とすぐさまリターン。もごもご。「いや、あの時代小学生はみんな信じてたんじゃない?」とか弱いにもほどがある抵抗を示す私。「ていうか、ネットとかの一部の用語じゃなくて一般的な用語なん?」と聞かれる。それは間違いない。「民俗学とかで都市伝説を研究対象にしてる人とかいると思うから一般的な用語だと思う……ネットスラングとかじゃない……はず」「どういう字書くん?としって」「え、シティの都市な」「あーそういうのかー何か具体例挙げてよー」「ベッドの下の斧男とか…」「何それ?」「う…じゃあ、猫レンジ」「えーーーー!あれって嘘なん?」「そうやったと思うけど。訴訟社会を皮肉った小話があまりにも上手くできててみんな信じちゃっただったか、PL法かなんかの説明の誇張した例が事実だと広まったとか何とかそんなだったか」「えー…そうなんやーほんまにー?嘘ー私ずっと信じてた」
「多分都市伝説は、故意に広めた嘘話じゃなくて、自然発生的に広まって定着した嘘、みたいなもんなんだよきっと」ってことで決着した。むしろ友人は猫レンジが嘘だったことにしか興味を示してなかった。私はむしろ、都市伝説がよく知られた単語じゃないことにびっくりした。なんだろ、小説とかで知らない内に知ったのかな……
21世紀、恋や仕事やセックスなどにおいて「人間力」の重要性はますます高まるばかりだ。しかし、同時に私たちは「人間力」の奴隷と成り下がることは避けなければはいけない。『人間力』を出版したばかりのモハメド・サファリ・ビデ教授(社会学)に話を聞いた。
―――昨年暮に、ビデ教授は『人間力』(ごま書房)をお出しになったわけですが―
ビデ はい、おかげさまで。
―――ですが、昨今の「人間力」に対しては批判的なスタンスを堅持しているように見受けられるのですが。
ビデ そうですね。「人間力」は現在、特にヒューマンマネージメント界隈で濫用されている言葉ですが、もともとは社会学、とくに歴史社会学の厳密な議論の中から生まれてきた概念であることをまったく考慮されていない点は大変危惧していますね。
―――進化論を語る人の大半が、ダーウィンの原著を読んだことさえない、みたいな状況でしょうか。
ビデ ああ、それに近いですね(笑)。「人間力」というのは、まあ、直感的にわかりやすいでしょう?「人間」の「力」ですから。そこに、そもそもの誤解が生まれる余地があったのでしょう。
歴史的に見ると、「人間力」は、フランス系移民でありムチャパッカ王国の民俗学の権威、プロフェッサー・アナール de オナール氏(1915-1960)によってまず最初に提唱されました。非常に複雑難解な理論だったそうで、しかもかなりの攻撃的・先進的な性格を持った内容であり、当時の学会からは異端視され続けたことが明らかとなっています。
―――オナール氏の「人間力」理論が生まれた背景はどのようなものだったのでしょうか?
ビデ 数々の史料が明らかにするところによれば、ある時オナール氏が友人と風俗店に行ったときの出来事が直接のきっかけとなっているようです。2 人で行った風俗店で彼の友人が「Et mov li’nouvi moe favos noch…(特別なサービスがあったデヘヘ…)」と充実した顔で出てきた時、「Cheuvi oi montre favos noch o va monte! (同じ金払ってんのにオレには無かったぞッ)」と怒り狂い、オレには何が足りないのか?勉強もコイツより出来る、ルックスもそう悪くない、ナゼ?ナゼなんだ?オレには一体何が足りず「特別なサービス」が受けられなかったんだーっ!?と、風俗店の前で悩んだ事がキッカケで、人間の本質を見極めるべく彼の一生を賭して挑んだと証言されています。
―――なるほど。
ビデ その後ムチャパッカ王国はムツゴロウ王国と併合(ムチャゴロウ紛争1962??63年)、それに伴い論文「人間力」は歴史の裏側に葬られてしまっていました。しかし彼の論文に感銘を受けた一部の科学者が政府の目を掻い潜りながら秘密裏に「人間力」理論を元に個人の「人間力」を算出するマトリックスを確立、現在に至ります。近年では情報機関「A.N.A.R.U」をはじめ政府機関、一部の世界的トップ企業などで人材採用時に使われています。
―――その人間力「マトリックス」とはどのようなのものなのですか?私たちも利用可能でしょうか。
ビデ 「人間力」マトリックスは非常に複雑であり、正確な算出には困難が伴います。しかし勉強ダメでも仕事がデキる(どうして?)、ブサイクなのにちんこがデカイ(いつ使うの?)、バスト90でウエスト80(巨乳なのか?それは巨乳なのか?)等、いいのか悪いのか?何が足りないのか?目には見えないスキルを持っているのか?という事を人間として総合的に一目瞭然で判断する事の出来る素晴らしい公式であるという点では、非常に精密であり強力な理論です。
―――それは恐怖ですね(笑)。逆に言えば、支配権力によってに容易に利用される危険性もあるのでは―
ビデ そのとおりですね。したがっていま我々がすべきことは、人間力を批判的に読み解くこと、つまりA.N.A.R.U.リテラシーの育成のです。そして、そのためにはアナル教育が切に求められています。
―――今年もビデ教授は、アナル=アナリストととしてますますご活躍されることでしょうね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
[Acknowledgements]
This interview is inspired by and based on http://d.hatena.ne.jp/nosweat/20051202/1133514330.