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はてなキーワード: 偶像とは

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170324220325

それじゃ、お前の誤読()のない、的確な読解力で、さいこーのヒューマニズムを持った絶妙アイドルアニメ像を語ってみろよww

現実程ドロドロしない、つまり自分が引くようなリアリティはいらない、でも今のアニメのように、純真無垢聖人も嘘っぽく思うって奴によ

嘘っぽく見えない程度に、かつ自分美人だと理解して偶像を売ろうと思うような売女の部分を演出して、アニメのようにきれいにまとめろって?

バカジャネーノ

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170319185054

いや女性像狭すぎるから

女と結婚したいんじゃなくて、特定女友達か、なんかそういう偶像結婚したいんだろ。

2017-03-15

森友学園問題の救いがないところ

他にも極右教育をする学校を全国にいくつも計画的に作ってきたとかじゃなくて、あれって要するに大阪基地外おっさんが軍国教育バンザーイとか偏執的な教育をしてきたってとこが面白おかしく取り上げられてるんでしょ。

そんでそんな基地外おっさん支援してたのがアキエフジンとかイナダ防衛大臣なんだから政権与党も同じく基地外間違い無し!とかいレッテル貼りがしたいだけの。

しかもその基地外おっさん勝手偶像化してた権力者から尻尾切りされたとわかった途端にバカサヨクに情報売って面倒を大きくするという。

勝手想像だけど、森本学園ができた頃は「まあ熱心に政権応援してくれてるし、勝手に泳がせとけばいいかな」くらいだったおっさんが、「許された」と思って大阪府とかにデカイ顔してロビー活動してたらついにめざといどっかのサヨクジャーナリストに捕まったってことなんでしょ。

このアホっぽい話も、このくだらない話題で「政権を揺るがす!」みたいなドヤ顔してるバカも冥府に消滅していただきたいといころなんだけどさ。

個人的にはこの話の一番の教訓は、「自称極右おっさんは、自分が窮地になると簡単に裏切る」ってことだと思うんだよねー

関係ないけど、教育勅語云々で叩くなら自分の子供に生まれときから暗記させてる自民党西田昌司とかも叩けよ。なんで表に出てこねーんだよ。

2017-03-07

○○選挙というAKB最低のレガシー

二次三次わず、あれのせいでグループ内でも内紛が当たり前のように発生するようになった

昔は「○○の方が可愛い」「嘘つけB専」とあくま主観的なおふざけdisで済んでた

人気な推しが前面に来るような、商業上の序列無視することが出来た

今は数値として明確に序列が付く

上位は下位を心置きなく罵倒でき、下位は下位の小汚い争いに甘んじるのが当たり前の光景

糞ったれ商売としては正解だが、あれで大多数の人間幸せになれたのか?

2割が甘い蜜を吸って、8割が辛酸を嘗める娯楽を娯楽と言えるのか?

偶像は死んだ

2017-03-03

聞こえてくる故郷日本」の断末魔

そういうわけで、今の日本殺意の矢面に立たされているのは「日本残滓」ともいえる。というのも最近自公政権おろし発言に、実に納得する。つまり、表面的に彼らがすべてを支配しているように見えるが、実は本当に窮地なのは日本残滓の側だろう。

1980年代昭和時代だが、まだ発展の前半だったので、当時の国民の誰もが残滓と戦っていた。1990年代残滓的なものますます壊れていったが、それは都市部に限ったことだった。2010年代、もはや日本残滓は、政治サブカル手法によって相互エンコ的に結び付きあわないと成り立たなくなってないか

おニャン子」の時代握手券もなければ秋元康氏が支配層とずぶずぶになることはなかった。ニューミュージック洋楽こそ限定的であった。しかし今の日本では、若者音楽離れすらしている。非常識的なCDセールス国策迎合がなければ国民グループは成り立たない。

ネトウヨサブカル風味(あの暴走族らしさも含めて)は特殊だが、日本的市民団体の多くは運動が成り立たなくなっていて、そういう政治団体組合会長左翼趣味をまき散らして云々することはできなくなっている。壁も中身もうすっぺらいサブカルしかない。

新自由主義」の美名のもとに、好景気まがいな豪華列車が全国各地で走ったり、今時ポストヤンキー名乗りをして道路利用者警察から顰蹙を買う連中は、寝台列車を走らせていたり、痛車ラノベ競争が行われていた頃よりはるか日本らしさを失っている。

日本残滓」がモンスターになったものが、あらゆるものを蝕んでいる。というわけだ。1980年代から1990年代ヤンキーつぶしの迷惑オタクが被っていた頃に比べると、今回の右傾化問題はちゃっちすぎじゃん。昔は、その地域の最大の家族一族大金持ちになり支配層になり、色々な産業に口出ししているということだが、今は新自由主義富裕層インフレするというショボいやり口になっている。日本残滓は弱体化している。

この線香花火が消える寸前にブワッと燃えるような感じの「日本残滓の悪あがき」が、2010年代日本なのである非行ネタ消費も、鬱陶しいほどの鉄道拝金志向オタクギャルヤンキー化もそう。全部が、断末魔。あからさまに必死になり癒着しあって虚勢を張っているだけだ。

から虚勢であり、内実がないから、これはしょせん偶像しかないし、前時代論理であり、ネタしかないし、あやかしであって、モンスターなのである。これに終止符を打つ、一種の抵抗を迎えるのが、今われわれ文明社会を信じて生きる都市住民にはあるのではないか

あの問題が第二次自公政権という擬似右翼政権の幕切れで終わる訳がないと思っている。日本社会性にも切り込まれるだろうし、現在人類が(人類が何度も滅んだと言う説もあるため一応。)文明社会始まって以来受け継いできた帝国システムも、そろそろしっかりと「精算」されるはずだ。2017年から2019年はまさに一つの人類伝統東洋小国から終わる時ではないか日本人自ら日本看板を捨てる。




今の日本人2000年代までとはまったく異質で極左的だ。天皇制への疑念も高い。

だが日本で起きようとしている2019年問題とは、まさに“嘗ての中国”が行ったことと親和性が強い。現在台湾中国王朝制度破壊したように。それがわからない「肉屋を支持する豚バカ支持母体となった社会崩壊する。日本故郷もつ私にはまことに不本意だが、肝心の彼らがこうなのだからもうどうしようもないとなかばあきらめている。

偶像自分境界線

貴方と私は何が違うのだろう。

どうして貴方のものは私のものではないのでしょうか。

貴方が見ているもの、感じているもの、きっと同じはず。

なのになぜ違う。

2017-02-25

偶像消費ロマンベリフォン 

ぱーん粉くなペン死のぺーべ 窓道をやがみ揉みたつ ほーとーけーなど淡いテロルで ほーろー鍋をうらぶるなーら 煩悩ソラヲ掻いてぱぴぷる しーょねんょ音痴になれ 

2017-02-24

女性が真に告発すべきはファッション業界だよ

貴方性的役割押し付け

貴方偶像に仕立てあげ個人を殺す

もっと自分を出してパリコレファッションみたいな、ジョジョに出てきそうな服装をするんだよ

化粧も拭い去れ、髪も切り落とせ

女性の命、それこそが貴方を縛り付ける鎖だ

2017-02-22

情報疲れた

清水富美加不倫していたらしい。

個人的にかなり好きな女優さんだった。まれCMなどで天真爛漫な姿を見せる彼女はまぶしかった。不倫していたことは出家以上にショックだった。過去にはベッキー不倫したりミスチル桜井が売れないころに支えてきた彼女を捨てキャンギャルと付き合うなどいろいろあるみたいだ。しかし今回ほどショックな感情を抱いたことはなかった。不倫でなく交際であってもあるいはショックだったかもしれない。嫉妬だな。

アイドル熱愛報道を知ったファンはきっとこんな気持ちだったんだろうな、と理解した。

疲れた芸能人は究極的に他人なのだろう。当たり前だが。。。アイドルにかぎらず芸能人にたいして自らがイメージして信頼している人物像はすべてアイドル偶像)でしかない。他人コントロール不可能である以上は当たり前なのだ芸能人報道にこんなにがっかりして嫉妬したのは初めてかもしれない。絶望とまでいうと言いすぎであるしかしなんだかずいぶんと、疲れたな。マギーハイスタ横山健不倫報道があった時にはそんなにショックを受けなかった。

マギーはどうでもいいがハイスタはかなり好きだ。なのであれは嫉妬というよりも軽い失望を覚えた程度だった。

マギーはどうでもいいと思い清水富美加不倫にはショックを受ける。勝手なのは自分のほうか・・・

マギー清水富美加自分人生とは絶対に接点などできない人であることは変わらない。変わらないのに勝手好き嫌いを設け勝手失望してと、まるで意味のない偶像への恋愛感情。なにかもうそういった情報に触れること自体疲れてきたな。

芸能報道だけでなく殺人事件とかもそうだ。芸能人不倫と同じように個人感情暴走したものについて考えること自体本質的意味はないのだろうし。もっと軽いので言えば個人ブログ炎上とかもそうかもしれない批判するにしろ参考にするにしろ眼にした瞬間に好悪を判断する。見ないか見るか、批判するかしないか判断するだけで思考リソース無駄遣い。

たぶん基本的情報自体が総じて不要ものなんだろうなと最近は思ってきた。情報というより報道というほうが正確かもしれない。

東京マラソンの通行規制情報などは価値ある情報だ。ふるさと納税の返納品も価値ある情報だ。しかしもういわゆる一般的な「メディア」が流す情報は究極的に無価値エンターテインメントしかないのだろうな。


情報化社会と言われて久しい。情報コミットする必要性が過大になり異常なまでに情報が目に入ってくる。その波に疲れた芸能人だって不倫する。そんなこと当たり前で他人絶対的倫理観構成されているなんて思ったこともない。しかしこの如何ともしがたい自らの感情を処理する向けどころがない。彼女浮気したら弁護士ちんこをきれば解決するのかもしれない。しか報道で知るようなぶつけ先がない感情は膿となって自分の中にため込んでしまう。はけぐちとしては増田に書くぐらいである。

ここまで読んで山奥で暮らせばいいとつっこみが入りそうであるが僕は都会の喧騒も好きであるし、人間関係が人に重力を与えると思っているのでリアル関係の中で揺さぶられる感情はいいと思っている。しか情報には疲れた現実的に見ない術がない。会社に行けば同僚が話してくる。実家に帰れば母がテレビをつけ笑っている。インターネット接続すればニュースで溢れている。

情報に関して正確な判断をすることは良いことだ。しかし僕はもうそ判断をする前段階として情報に触れたくすらないのである

2017-02-06

除籍食らったアイドルアイドルやるような容姿ではない件

http://ameblo.jp/kyoto-purpure/entry-12245054584.html

繋がり行為で除籍食らったアイドルの顔画像公式から拾ってきました

これな

https://pbs.twimg.com/media/CkMAuMBVEAElpTb.jpg

https://pbs.twimg.com/media/CkMAVH0UUAALUkn.jpg




アイドルって圧倒的な容姿愛嬌オーラでやる仕事じゃなかったっけ?

ファンには拝んだり声援送ったりグッズ購入する行為だけで満足させるっていう

それが偶像アイドルでしょ




除籍の2人ははっきりいって、学校職場に居ても「おっ」と思わないレベル容姿

除籍されなかったメンバーもそのレベルなんだろう(もう調べる気力もない)



 

秋元康によってアイドル

「圧倒的な素質を持ったものけが目指せる仕事」ではなく

「素質に欠ける者でも努力根性でやれる仕事」ということになってしまった

この場合努力と言うのはあらゆる泥臭い不合理な販促行為…だけならまだいいが

必ず性的サービス接待が入ってくる

そして、アイドルのそばに居る男(事務所人間や熱心すぎるオタク)にとってはそっちのほうがよかったのだ




現代においてアイドルシーンは

やらせてくれる微妙なブス」「やらせてくれる頭おかしメンヘラ」をチヤホヤするようだけのシーンになってしまった

雑誌メディアアイドル眺めたい程度のスタンス人間にとっては何の価値もない存在

もうほんとにただの微妙な女だからね トップアイドル()でも

金払って見たいわけあるかそんなもん

2017-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20170117174337

偶像なんだから中身なんかどうでもいいにきまってら

2017-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20170110214133

お前・・・アッラー偶像なんか作って許されると思ってんの?

2017-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20170106141604

アイドルエロスを求める時代はとっくに終わってるんだよ。

少なくとも表面上は。

アイドルは「カワイイカルチャーであって、そこに人格グループが描いた物語に対するリスペクトが混じり合って、

ファンアイドルを崇拝する。アイドル(偶像)というものの正しい形だと思うよ。

少なくとも昭和ギラギラした愛欲の窓口としてのアイドルストーカーがでちゃいそうなアイドルよりは。

から今時のアイドルは、ふつうに同性ファン結構な数いたりするし、

二次元イラストにしても過度に性的な(下品な)描き方は避けられる。

エロネタとして昇華され、デフォルメされた形で消化されるわけ。

ちなみにそういった意味で、より抽象化された存在である二次元アイドルの方が三次元アイドルより先進的だと思うけど

そのへんを言い出すと怒る人がいるのでこのへんにしておく。

2016-12-12

逃げ恥童貞Bの「逃げるは恥だが役に立つ感想

こちらの童貞増田氏とは別の個体です。

http://anond.hatelabo.jp/20161207120909

原作漫画ドラマネタバレ全開です。ついでに後半にエグザイルドラマ HiGH&LOW ハイアンドロウネタバレします。ご容赦下さい。

 

【要約】 (できませんでした……。)

1, 面白い! そして超興味深い!

 みくりさん やっぱり小賢しい。が、そこが頼もしいし、愛らしい。

 ポリティカル・コレクトネスを完全に満たした上で女性欲求ダダ漏れ全開だと思う。

 

2, 私は本作最大の『虚構』は、(このような鑑賞法は不純だが……)

  プロ独身自称する超高スペック童貞の 津崎 平匡氏が、同時に最初から「女一人が転がり込める『家』を保有している事」

 だと思ってるのですが、皆さんは どうでしょうか?

 平匡氏は童貞と、特大の父性 という相反する属性を両方とも持っている。 メシアかな?

 

3, 本作は 『リベラル』だと評されるが、私は半分はそうだが、もう半分は違うと考える。

 finalvent翁曰く、「愛とは公正さ である。」とのことだが、

 女性が、男性に求める「理想の公平さ」を描こうとした結果。平匡氏の初期スペック人徳Maxに設定されてしまっている。そこが良いけど……

 リベラルを極めた結果。平匡氏≒超マッチョも同時に顕在化してしまうのは、極めて皮肉だ。そこが良いけど……

 

4, イヤな言い方になってしまうが、結局のところ、

 男性女性に対し、最初から 対等な社会人/ 恋人/ 妻/ 我が子の母 の 何れかを選べるけど、

 女性男性に対し、対等な社会人/ 恋人/ 夫/ 我が子の父 の全てが『必要』ということになるのでは?

男性女性に対し何れかの属性の100点満点を求めるけど、女性男性に対し全教科100点満点の400点が『必要である。」と、読み取りました。

まー、しょうがないよねー。

 夫婦 までなら、理性的合理的近代的自我で「計量計算」出来るかも?しれないけど、

 妊娠出産育児を含む 我が子の両親 となると、そんなの不可能だろう。

 そもそも、無から有を生み出すわけで、合理性自我も超えた領域だもんなー。その分は、男が負担しないと……、少なくとも覚悟は……

 

5, ゆえに「逃げ恥」は、最高最良最狂の『女のポルノであると言える!!! 逆説的だけど、男性こそ必見!!!

 

女性欲求ダダ漏れ全開の結果。

 女性男性に堂々と「全教科100点満点中の400点」を要求しつつ、同時に その無茶と矛盾とを理解して頂き、

 男性は少なくとも女性に対し「全教科100点満点中の400点」を求められている事を理解し、その矛盾を解く覚悟が要る。と……、

辛い……。そして無茶だ……。

 しかし、「逃げ恥」によって「女性欲求」を定義出来た……。少子化解決するんじゃない?!

 

 万のポリティカル・コレクトネス、百のフェミニストより、一作の「逃げ恥」。ですよ!

 

新垣さん星野さんに影響されないように原作から読んでみました。

 2週目以降、津崎 平匡氏の「男子力」を計測しようと思って、原作ドラマ見てるけど、まぁー。辛い辛い……。私では計測さえ出来んわ……。

 作中、平匡氏が自身の「男子力」の低さを嘆くシーン有るけど、普通に超高いよな?

 童貞という属性と、恋愛周りが やや弱いだけで、他はカンストしてね?

 普通もっと童貞拗らせてるでしょ! ドラマの方は ちょっっっとだけ拗らせ度強いけども、

 

・本作の みくりさん と平匡氏の「恋愛」をスリリングかつ安心して喜劇として楽しめるのは、

 平匡氏が みくりさん に対して、対等な社会人としての敬意と感謝

 (形式上だけど)夫としての安定と安心を両方共、最初から100%保障してるからよね。

 つまり、みくりさんは最初から平匡氏の愛を200%保証された状態で、更に恋人としての300%目の上積みを狙っとるわけだ。

 最初から詰んでね? 時間問題だけで。

 

・流石に平匡氏と言えど 恋人契約提案された時点で みくりさん の好意確信しないのは

 人物描写として無理があるのでは? このイベントはもう少し作品の後半にまわすか、

 平匡氏の童貞をもう少し拗らせた方が自然だと思う。

 

食事殆ど外食コンビニで済ませる平匡氏が、何で男女2人分の食料保存できる冷蔵庫を初期装備してんねん!

 

・みくりさんが平匡氏を可愛いと言うのも興味深いし、ムカつくな。

 そりゃ、初めから内側に保護された状態で平匡氏の愛を再確認すると そう感じるのも必然なんだろうけども。

 

・みくりさん。さぁ。 安心と安定の平匡城を堂々と内部から蚕食するのは良いけどー

 平匡氏、完落ちさせてから~の 外部に求職活動は流石に小賢し過ぎるわ! 私は見逃さんぞ!

 貴方家事代行の給金を求めるのは良い。 だったら! 平匡氏が最初から提供してた「生活保障」にも値段 付けんかい!!!

 まぁ、平匡氏からすれば、そんな貴方の小賢しさも頼もしさや愛おしさとしてプラス評価するんでしょうな! お幸せに!

女性の小賢しさって、相手男性の度量の範囲内なら頼もしさや愛おしさになるけど、超えると途端にウザさになるよね。

 …… 逆でも一緒か……。 っていうか人間関係全てでそうだな……。

 

原作8巻で、平匡氏が みくりさん を解呪するイベント有るんだけど、これって別に みくりさん に限らないよね。

 平匡氏は、他者に壁こそ築くものの、(おそらく)誰も馬鹿にしないし、値踏みもしない。自分から挑発攻撃もしない。 の~に、

 壁の内部に2人分以上(ぶっちゃけ赤ちゃん含めた3人分)の安心空間単独で作り維持出来る……。やっぱりメシアだよね。

森山みくりというキャラって、本質的に(平匡氏に対して)相対的肉食女子で、(平匡氏に対して)貪欲女子じゃん。相対ビッチじゃん。

 清純な新垣結衣さんのタレントイメージを壊しかねないキャラから心配してたけど

 ドラマでは平匡氏のスペックを若干落として、面倒臭さは足してバランス取ってるの 上手いよなー。

ドラマでは「やっさん」=田中 安恵を最初から出してるのも上手いよね。

 みくりさん と平匡氏のスペック差を縮める代わりに やっさんを比較対象に出す事で平匡氏の誠実さを際立たせている。凄い。

時間で言えば作中の経過時間も早くなってる!

ドラマでは百合さんと風見の関係が弱くなっているのは残念。完全にメイン2人の補強材よね。良い配役なのに、仕方無いけど

 風見と平匡氏の年齢差が縮まった(って言うか役者さんの年齢的にも逆転もある)ために平匡氏の優勢が削がれてるのも緊張感が出てて良い。

 百合さん(更に)幸せになってたら良いなぁ……。

ぶっちゃけ森山みくり役は新垣結衣さんである必然は無いけど(イヤ、他の女優さんでも成立するって意味ね。)、

 津崎 平匡 役は星野源さんしか考えられんよね。スマートさ、余白力!、清潔感。 ちょっと他の役者さんは考えられんよね。

 躍動する星野さんを見られて良かったです。ご病気も良くなられたようで。

ドラマでは家の間取りを変更してるのも興味深い。ドラマ間取りだと平匡氏はどうやっても

 みくりさん の前を通らないと自室に入れない。 家のグレードを原作より下げてるのも平匡氏に肉感を与える効果になってるよなー。

藤井隆さんの恋ダンスが一番良いわ。逆に新垣さん恋ダンスは そうでもない。露骨なあざとさが好きじゃない。嫌いでもないけど……

finalvent翁のレビューが読みたい。

 

・って言うか……、【童貞】という【枷】って、こんなに重いんやな……。平匡氏程のスペック人徳で、やっと釣り合うってことでしょ?……

 

▽ここから HiGH&LOW ハイアンドロウネタバレしまーす。

・「逃げ恥」って凄くブッ飛んだ作品じゃないですか。んで、アレ?最近、同じ位カルトドラマ見たな―。と HiGH&LOW を思い出しました。

 私はこの両ドラマ鏡像関係にあると考えます

 男同士で馬鹿騒ぎはするが、女性安全尊厳殆ど顧みない『HiGH&LOW』と、

 (White RascalsとRUDE BOYSは一応、女性を守ろうとはしているが手段無茶苦茶で、主人公チーム山王連合会に至っては守ってさえいない。琥珀も、)

 みくりさん にとって平匡氏が超都合の良い男性として徹底されている『逃げ恥』は

 異性を 極端に神格化偶像化するか、人格を完全に無視する点において 同質ではないか?と思うのです。

故に、逆説的に

 女性には 男の(って言うかレベル的には小学男子なんだけど)馬鹿さ加減を知る意味で HiGH&LOW を見て欲しく、

 男性は、女の欲求と業の深さを認識する為に「逃げ恥」を見るべきではないか?と思うのです。

両作とも単なる娯楽を超えた価値があると思います

2016-11-27

日本に来てる仏教哲学体系はだいたいと言うと誤りがありけど、禅に代表されてる。

禅が何かといえば老子思想で、仏教といっても上座部仏教とは全く変質してる。

真言とかももともとはジャイナ教とかだっけ? ともかく釈迦からではない。

いわゆる菩薩とかそういう偶像的なもの原始仏教では概念に過ぎなかったとか。

そのくらいしか知らない。なので渡来してわかりにくくなっていると思う。

2016-11-23

新垣結衣さんに恋をして

不覚。


逃げ恥というドラマを友人に勧められて見た。

とにかくガッキー可愛い、それでいてエロス世界観ではないので、爽やかにドギマギヤキモキするという、よく分からない解説を何度も聞かされて、とりあえず見てみることにした。


今時の人気アイドルというのがどんなものなのか、少しは知っても良いだろうと思って。


・・・だが完全にハートを射抜かれた。

学生時代に好きな子ができて感じる胸の痛み、ドキドキ感、焦燥感、あの感覚が怒涛の如く襲ってきた。

PEAが全身を駆け巡り夜も眠れない。


テレビを見ないわたしだが、はてなまとめサイトでたまに話題になるためか、新垣結衣さんは以前から知っていて、数多いる可愛らしい芸能人の一人という認識だった。

ところが今では彼女天使しか見えない。

あのいたずらっぽい少年少女のようなした笑顔

一方で無表情の時の彼女の瞳から感じる少し寂しげな感じ。

憂いの目、少し小ぶりな乳、長い腕、指。

彼女を形作る全てのものがとても神聖もののように思えた。


まらYouTubeなどでポッキーCMから貪るように眺めた。

ウィキペディア基本情報を掴んだ上で、ゴシップ的な恋愛遍歴や過去インタビューなど調べてしまう私がいた。


この何も実を結ぶことのないことに時間思考を奪われて一日を過ごす。

どうすれば実を結ぶのだろうかと、無駄なことを考えずにいられない。


ああ、そうだ。これは恋なんだ。懐かしい気持ち自然気持ち

清濁混ざった心の目であなたを見つめる。

いや、だめだ、汚れを払いのけ、真の愛であなたを見つめよう。

いつか夜明けがきあなたのことを忘れても、わたしの幻影が作り出すひと時の幸せと安らぎを忘れない。


***


神様わたし偶像を崇拝する罪を犯しています

理性が私に何度も無為時間を過ごすな、冷静になり不毛を避けよと伝えてきます

しかし理性以上に強い感情に囚われてしま思考が言うことを聞きません。


どうか心が弱く、罪深いわたしを憐れんでください。


シラ書には、見目麗しい女から目をそらせ。とあります

この言葉をよく味わい、もう逃げ恥を見ることを止めようと思います

YouTubeも見ないようにしようと思います

どうかお力をお与えください。


この祈りを主イエスキリストの御名において。

2016-11-20

優秀かはさておき、負債しかならん子供は作るべきではない。

それは親ではなく子供自身が気付かされることである

高橋まつり」がある種のアイコンアイドルならば、

前田仁」もまた偶像だ。

本当に報道されるべきは前田仁だ。

2016-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20161115082046

俺もたまに増田文学投稿したら、まじで何も考えずに書いたのに読者が勝手に都合の良い考察を繰り広げて、作者の合意もなしに多数派真実になるのをよく経験する。

試しに作者であることは明言せずに、その部分はこういう意図で作ったのでは?と書いてみると、それは作者の意図したことではないと思うと返されて草生えたわ。パヤオなんてそういう信者によって偶像化された部分いっぱいあると思うよ。今回の件しか

2016-09-13

東京タラレバ娘6巻 感想

惰性で読み始めた東京タラレバ娘もはやいことに第6巻が発売された。

この漫画を読んだアラサー女は共感するのか反面教師にするのかよくわからないがあーいるいるいるわこんなやつと思いながら読んだよ私は。

とりあえず赤ちゃんできたかもしれないと相談に来る女の大半が避妊してないからね。みんな何考えてるのか知らんが。

あと不倫女は自分プライドつの必死から仕事恋愛もソツなくこなす私」という偶像にたいへんな労力をかけるもんだ。

かたや男なんかは結婚可能性がない女にかける熱量なんてアルコールランプの底に僅かに溜まるアルコールくらいしかいからね。

読んだ人間がどう思うかという点ではマミちゃんの言動ってかなり面白くて、あれ女だから言ってることが宇宙人みたいな感想になってるけど男ならマミちゃんと同じ考えの奴腐るほどいるからね。異性交遊が仕事潤滑油になってると思ってるやつ。そんなのただの言い訳で遊んでなくてもいい作品が書ける人は書けるんです!!自分が思っているだけでお前の仕事なんてうんちょこちょこピーから。遊びの経験がある人間が深みを増すって考え方いい加減やめろ!!

あとマミちゃんみたいなタイプは27、8歳あたりで急に落ち着いて結婚しちゃったりするけどそれは自分仕事社会に何かしらの影響を与えたいという思い込み無理ゲーなことに気づいちゃったからだからまぁあんまり友達にはしないほうがイイぞ☆〜(ゝ。∂)

アラサー女の友情なんていうのは幸せの量を推し量る天秤の様なものなので結婚なんだ仕事かんだと盛り上がって楽しんでるところあるけどアラフォーになって仕事成功したって結婚できない女に対する偏見現代あるある大辞典からね。しか結婚して専業主婦してるとあそこの奥さんはろくに働きもせずノンストップばかりみて妄想を膨らましてるんだと陰で言われてまったく女というのはいつの時代も生きづらいと思いますね。

2016-09-02

感動ポルノが嫌いだった

自分は生まれながらのマイノリティだ。

今でこそ同じような境遇人間が増えたが、当時はまだ少なく、ほとんど理解されていなかったのだ。当然今でも差別は色濃く残る。

自分障害者とではもちろん境遇が違う。だから理解できるとも思わないが、マイノリティに対する世間の反応というのはいやというほど浴びながら育ってきた。

ぼくがマイノリティであることは見た目ではすぐにはわからない。

からうまく紛れることはできたし、必要がなければ明かさなかった。

ただ、その分同じ境遇に向けた反応に対して同調圧力を求められることは何度もあったし、そのせいでノリが悪いスカした人間だと思われたこともある。

学生の、まだ多感な頃の話だ。

仲の良い、信用できると信じていた人間数人に自分の素性を明かしたことがある。

その時涙を流しながら同情する人間がいた。

「かわいそうに。辛かったでしょ。どんな目に遭ってきたの?」

ぼくの肩に手を載せてとても悲しそうにそう言ってきた。

それからも素性が知れる度に、一定数の人間は「かわいそう」という言葉を使った。

意図的に知らせた時もあるが、意図に反して知れてしまうこともあった。

それでぼくは「かわいそう」という言葉が嫌いになった。

勝手に人をかわいそうな人間にしないでほしい。

当然つらい思いも沢山してきた。人よりも苦労は多い自信もある。

だけど、自分にしてみればそれが唯一の人生なのだ

人を羨んでも変わることはできないし、人を妬んでも自分幸せになれるわけでもない。

ましてや、人の不幸を見て噛みしめる自分幸せなんてクソ食らえだと思っていた。

中にはそれが善意だと信じて、周囲の人間配慮するように話して回る人間もいた。

その多くはぼくに対して「かわいそう」という言葉を使った人間だ。

その度に、ぼくはそいつの素敵な人生ストーリーのために消費されたようが気がして気分が悪くなった。

可哀想人間を涙を流して同情する素敵な自分にあこがれているのだろう。

可哀想人間配慮を求める素晴らしい人格者である自分にあこがれているのだろう。

そのためにぼくは消費されていくのだ。

お前らのやすっぽい涙のために、ぼくの人生が軽々と消費される虚しさを思い知らされたのだ。

から感動ポルノが嫌いだった。



アイアムサムを見たことがあるだろうか。

ぼくは不本意ながら上映当時に劇場で見ることになった。

不思議とどうしてそんなものを見ることになったのかわからないが、恐らくは当時付き合っていた相手に誘われて、下調べもなくのこのこと付いて行ってしまったのだろう。

もしそれが障害者映画だと知っていたら、絶対に見ることはなかった。

案の定、ぼくには不快まりない内容だった。

障害者に向けられる周囲の視線は今まで散々に味わってきた苦痛であるし、ハンディを持った人間サクセスストーリーなんてリアリティへったくれも感じなかったからだ。

それを可愛らしい子役と安っぽい感動で塗り固めた、実にアメリカらしい、まさにその国のスーパーで売っているような食あたりしそうな彩りのケーキのような映画しか見えなかったのだ。

映画評価はそれに反して上がっていく一方だった。その様子を、マイノリティは健常者のために消費されていくのがこの世の中なのだと冷めた目で見ていたことを記憶している。



それから時が過ぎて、当然年もとったし周囲の境遇も変わった。

同じ境遇人間結婚して子供も生まれた。

ただがむしゃらに生きてきたし、むしろ生き方にも随分と慣れてきたように思っていた。

そんな時に、レンタルビデオ店でふとアイアムサムのDVDが目に止まった。

世界はこれほどまでにグローバル化が進んでいるのに、未だに歴代名作コーナーに陳列されていることが疑問に思えたのだ。

果たして今これを見たら自分はどう感じるのだろうか。

これでもう一度見てつまらなければ世間が腐っていた証拠だし自分が正しかったことが証明される。

もし何かが変わって見えたら、自分の変化や成長を感じられるかもしれない。

そんなちょっとした好奇心で手を伸ばしてみたくなったのだ。



果たしてぼくは幾度なく号泣させられる羽目になった。

当時の自分がどれだけうがった目で世の中を見ていたかを思い知らされることになったのだ。

何より、子供を持ち、それを守ることに対する思いに何度も涙が流れた。

今もし自分の子供が、世間良識という暴力に奪われたとしたら何を思うのか。

その中で、ハンディキャップを背負いながらも幾多の困難を乗り越えていく姿にひたすら胸を打たれてしまった。

例えどんな境遇であっても諦めずに一生懸命に生きる姿に胸を打たれる。

それは感動ポルノではなく、純粋な感動なのだ



意外なことに、劇中でサムに対して可哀想だと接する人間はいなかった。

皆はむしろ冷たく辺り、障害者が生きていくことの難しさばかりが描かれていたのだ。

そして彼自身も、障害者らしく擁護で固められているのではなく、一人の人間として生き、悩む姿しっかりと描かれていた。

ぼくは当時、その描写を見ることが辛かったのかもしれない。

まだ社会的弱者だった頃の、世の中に対するヘイトがくすぶっていたのだろう。

その時は自分が全うに生きていると信じていた。でも、知らず知らずの間にカルマは溜まっていたのだ。



それ以外にも、この映画はいくつかの問題提起がされていた。

育児放棄女性社会進出ニートやそれに付随する精神疾患問題職業差別貧困

あれから16年の時が過ぎていることに驚いたが、それ以上にいま見ても全く色あせないほどに全ての問題リアルだった。

しろ16年経って尚、それら問題は深刻さを増しているといっていいだろう。

その中で、たまたま障害者主人公だったというだけの映画がアイアムサムなのだ

あの映画の主要登場人物のうち誰に焦点を当てても、どの問題も同様に浮き彫りになったことだろう。



アイアムサムを感動ポルノとして消費した人間も沢山いただろう。

それはそれで良いではないか

それによって潜在する問題認知することにつながったのだから

もしそれが感動ポルノとしてだけ消費されてしまったのなら、障害者たちは真実の姿を表現する努力をすればいいのだ。

それ以上に世の中はポルノで溢れかえっている。

アイドルと呼ばれる偶像が最たるものだし、それこそマスコミ視聴者にえげつなく消費されているではないか

それを自分たちだけ守ってほしいというのはまさに擁護観点であるし、視聴者側も自らの足を使わずして真実を求めようと言うのが間違っているのだ。

感動ポルノがどうした。

楽しみたい人間いるか市場が生まれ必要がなくなれば消えていくだけのもの

ただそれだけのことなのだ。



そもそもが感動ポルノを好きとか嫌いとかいっている場合ではないのだ。

この狂った世の中で道を誤らずに生きていくには、結局は自らの目や耳、手足を駆使して進んでいくしかないのだ。

それを生まれながらに持っていなければ別の手段解決すればいい。

それをしないかぎり、自らがポルノの主役から脱することはできない。

感動ポルノがたどり着く問題の先には、障害の有無は全くもって関係ないのだ。

2016-07-12

ミソジニーミサンドリー

女性蔑視ミソジニー)のことを色々と調べていたが、とある偶然からラムダイクストラ(著)『倒錯偶像』という本に行き着いた。

氏の主張を乱暴にまとめると「女性が(男性と同じように)俗的な欲望を持っている存在に過ぎないことを認めない」

という女性に対する極端な神聖視こそが、その反動としての極端な蔑視の背景にあるという。

まりミソジニーとは女性への偶像化と裏表の関係にある。



ダイクストラの主張には非常に説得力があるし、現代にも続く女性差別精神構造基本的にもそのまま当てはめることができると思う。

ただ、同時にその性的立場を交換した考え方、すなわちミサンドリーも似たようなものではないのか、と感じた。

ミサンドリーとは、「男性が(女性と同じように)俗的な欲望を持っている存在であることを認めない」立場というわけだ。



ミサンドリーがそうした立場であるなら、なるほど、多くの女性男性に「甲斐性」とか「器の大きさ」を期待していることも不思議なことではない。

まり男性女性との関係で損害を被ることを当然視したり、(主に性的な)欲望コントロールできないことが糾弾されるのも、

女性に対する搾取暴力性が云々といったことよりも、単純な話、「男が俗的欲望を持つ」こと自体拒否否認しているかなのだ




ちなみに、自分フェミニズム勉強する上で、実はフェミニズム男性蔑視を*否定*する思想立場であることも学んだが、それは自然なことだと思う。

極論かもしれないが、フェミニズムは男女の対等的関係志向する以上、男性欲望拒否否認する考え方を受け入れるわけがない。

自分最初フェミニズム男性蔑視思想なのだ勘違いしていた)



結論としては、ミサンドリーミソジニー背中合わせ、共犯関係にあり、どちらか一方だけを社会から消失させることは不可能なのだと思う。

男性女性に対する期待(あるいは抑圧)を弱めたり、消し去ろうとするならば、必然的女性男性に対する期待をも弱めたり、消し去る必要がある。

ただ、誤解して欲しくないのは、日本女性男性に「器の大きさ」を求めるのは、それだけ女性男性に期待(抑圧)されていることと密接な関係があり、

それ故、女性に対する抑圧が未だ強い日本社会においては、男性女性との関係一定の不利な立場に立たされるのは致し方ない部分もあるのだろう。

2016-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20160629010749

結構前の投稿だけど知らない間に、予想以上のブコメトラバがついていて驚いた。

フィクション全般否定しているように誤解されたのは俺の書き方が悪かったので反省

まあどっちかというと、そういう作品マンセーしてるやつが気持ち悪いってことなんだけど。

さざえさん等と誤解を招かないように、萌え系かつ日常系アニメって前提で話をすると

気持ち悪いと感じた要因の一つが、視聴者層が異常に現実を恐れていそうで怖いという点。

一部の奴の声が目立つだけかもしれないが、シリアスな展開が出てきただけで過剰に脚本否定したり、

キャラの登場や、存在を匂わすセリフ全否定したり、自分の見る幻想破壊されることを異常に恐れている感じがする。

アイドルタレント恋人がいることを嫌がる層も、幻想破壊を過剰に恐れていて、破壊された時御門違いの怒り方をするという点で似てる。

それこそフィクション偶像なのだから、都合の良さも悪さもまあフィクションだしな、と受容して楽しむ方法を見つければいいのにと思う。

から覚める瞬間の寂しさや名残惜しさ、作品によっては後味の悪さなんかも楽しむのがフィクションだろ。

2016-07-08

アイドルはがんばれって言っていい存在から好き つづき

http://anond.hatelabo.jp/20160630105103

もっと詳しくアイドルについて語りたくなったので語る



アイドルががんばれば、ファン応援する

ファン応援すれば、アイドルががんばる

そういう双方向に矢印の向いてるような関係が好き

ファン応援によってアイドルは高みを目指していくし、応援のおかげで輝いていく

アイドルファンなくして存在しないし、ファンアイドルなくして存在しない

お互いがお互いに支え合ってる対等の関係からわたしアイドルが大好き



アイドル偶像から好き

アイドルは、プロデュースされたキャラクター

アイドルの○○ちゃん(中の人)は、○○ちゃんがこういうアイドルでありたいと思って作り出した幻影

からこそわたしアイドルが好き

(もしかしたら周りのスタッフ等もそのプロデュースに関わっているかもしれない。Perfumeなんかはそういうことを言ってるよね)

みんなで作り上げたものでも、個人で作り上げたものでも、

その作品アイドル性)を好きになって、ファンになりたいってなる

から、○○ちゃん自身人格と、アイドル像とは別

○○ちゃんはプライベートで暗くて、街中で見かけると対応が悪くて……

って、それはアイドルの○○ちゃんではなくて、ただの○○ちゃんなんだから、それでいいと思ってる

アイドルの冠のつかないときの○○ちゃんに、わたしは興味がない

○○ちゃんの熱愛報道が流れて……

それは、わたし恋愛しようがどうでもいいけど、

○○ちゃんがプロデュースしているアイドル像に誠実であるかってのがポイントだと思う

アイドルファンに誠実である必要はあまりあるとは思えない

ファンはそれぞれだから、すべてのファンに誠実であるなんてすごく難しいし

アイドルアイドル像に誠実であることが、ファンに誠実であることにつながるんだと思う



ファンサはアイドルがくれるもので、○○ちゃんに求めてはならない

アイドル視線はみんなを向いていて、それでわたしはうれしい

他のファンアイドルからファンサをもらってると、よかった!と思う

アイドルファンのがんばれ!に応えてる

ファンアイドルを輝かせるために応援してる

わたしはその構図がそこに凝縮されていて、よかったなー!となる



一人のアイドル応援していると、他のアイドルもこうやってがんばってるんだろうなって思う

からわたしは他のアイドルsageことなんてできなくなる

みんながんばってる

からアイドルはみんな輝いてる



以前のブコメで高みってなんなのか、と言われていて考えたけど、

ファン理想とするアイドル像に近づくことかもしれないし、

知名度をあげて動員を増やし有名になることかもしれないし、

CDをたくさん売ることかもしれないし、

ただただかわいくあることかもしれない

わたし自身は、高みって輝くことだと思う

結局抽象的にしか答えられない

でもなんとなくわかるって人はいるんじゃないか

いるといいな



アイドルが好きだー

2016-06-09

青二才深夜のポエムはぜひシリーズ化してほしい

ちびまるこちゃんに出てくるともぞう心の俳句みたいで良さがある。


続いた躁状態にようやく終わりが見えてきた。やっと人並みにつかれたというか、ちゃんと体内時計が働いて眠いというか…。

体内時計おかしいと、ほんと良くない。人間が壊れる



メルマガ向けに今日書く記事マジですごいよ!自信あるわ



かなり気合いを入れて書いたネット未来の話 / “これから起こる『ライター業の衰退』と『ブロガーの台頭』について|三沢文也


http://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.mu/tm2501/n/ncbe3f050708b



話が分かる人にだけに読んでもらいたいかブログではなく、有料限定にしたのに、はてブ重箱の隅をつつくようなことで盛り上がっていて「そんなんだからはてな村腐海に沈んだんでしょ」と言いたくなってる


ある人が「はてな村日本的組織の、はてな日本的競争の縮図でしょ?」みたいに言ってたけど、つくづくそう思う。

ちょい悪オヤジにはなりたくないけど、それと同じぐらいには頭ごなしに若者バカにするkanoseのような老害にもなりたくない僕は本当に「あーあ」って感じな気持ち


僕がしんどいのって、08〜12年に罪山罰太郎ハックルデマこい・青二才以外の人を台頭させないようにへし折ってきたはてな村文化が招いた後継者不足のせいであって…彼らで潰した数年を取り戻して追い越さないといかからしんどいわけさ



いや、オレが1年半もネット罵倒され続けてもブログを続けられるほどのキチガイじゃなかったら、はてな村はとっくに血が息絶えてますよ。

はてな村どころか、けいろーくんもしっきーくんもヒトデ祭りも出てなかったと思うよ?あいつらじゃ、1年半罵倒され続けたら折れるし。


偶像から十字架にかけられてもなお、生きている必要があったのです。

ひどい話です



今思えば、野蛮な時代ですよ。

インターネットで生きていくのに、耐久力が求められた時代が昔はあって、それをオレが1年半…はてな運営側が「これはやり過ぎだから、介入しよう」と思うところまで踏ん張らなかったら、Togetterとか2ちゃん同類であり続けたわけですよ…いや本当に

頭のいい人、技術のある人、貴重な体験をしている人などは入ってきましたよ。でも、そういう人が安心して書ける環境に僕は大なり小なり貢献しているわけですよ…。

ビックマウスな言い分だと言われそうだけど、そこは割と自信がある。



青二才数字で追い越されようが、もっと賢いやつが出ようがなお「大物」だと言われ続けるのは、常にルールに介入し続けるからだ。

ルールが変わるまで徹底的にやる。不利に変えられたら変えられたでそれを文章力とか、非モテなりのやり方で食いついて新しいスタイルで介入する。オレ以外にできるか?




野蛮な時代を生き残ったどっかが狂ってるんですよ。

今の若い子にはきっとできなかったであろうことだけど、僕はそれがない代わりに知性とか友達とか学歴とか、僕には足りなかったものをちゃんと手に入れてからネットに来た若者の方が羨ましいわけですよ。

負ける気はしないけど、幸せそうだもん





よく、日本には坂本龍馬スティーブ・ジョブスが足りないと言う人がいるけど、ああいう動乱の時代の人は、大なり大なり狂ってる。

狂ってる人が平時に同じように活躍できるかといえば、ムリ!

それとも狂った人に自分が合わせられるとでも?




狂人は居場所は見つけられても、仲間とパートナーは見つけられないし、誰かと調和したら多分自分が壊れるか、無邪気に握りつぶす。力があるうちに狂ってることを正当化デキるだけの「暴力」をしなきゃ、生きていくこともできない。孤独でも地位があれば生きていける。地位のない孤独はただ消えるから






頭に血が上って、病んだポエムを書いた。

忘れてともわかって欲しいとも言わないけど、…わかったふりはされたくないので、わかんないなら素直に「こいつわけわかんねー」と言ってくれたほうがまだいいです。

僕はキレると、断片的なメタファーか、自分の目に見えたことでしか言葉を紡がないので



あー今日が3ヶ月に1回ぐらいあるかないかの「ブログ書くのが嫌で嫌で仕方ない」日だ…。書く内容がわかってるのに筆が進まない。

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