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2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510173623

でも、それが迷信であるということを証明できるソースも見たことがないんだよね。

いやあのさあ

背が止まるって主張する側がまともなソースを出して、そのソース検討でしょ普通

立証責任て知ってる?


俺としては、人が行う動作の中であまり必要とされない筋肉必要とされる以上のものにすることを、

教育として行うことはナシだと思ってるけどね。

意味わからん

もう少し論理的思考発言をしてくれ

必要とされるもされないもそいつライフスタイル価値観だろ

恣意的に「不自然」とか言い出すなら俺達の生活はぜんぶ不自然だし

思春期に頭に情報を詰め込むいわゆる勉強だって自然だよ


お前は確かに筋肉より前に頭鍛えた方がいいな

http://anond.hatelabo.jp/20170510170917

でも、それが迷信であるということを証明できるソースも見たことがないんだよね。

俺としては、人が行う動作の中であまり必要とされない筋肉必要とされる以上のものにすることを、教育として行うことはナシだと思ってるけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20170510165927

聞くから何?

ソースがあるなら検討するけどそもそも俺はその話のまともなソースを見たことがない

トレーニング界隈ではとっくの昔から迷信だと言われている


ていうか筋力つけたら背が伸びなくなるなら

子供の頃から体操に打ち込んできたのに背が伸びたせいで泣く泣く引退みたいな選手いねーし、

そんなお手軽な身長制御ノウハウがあるなら共産圏の国なんかはスポーツ代表にどんどん使うと思う

2017-05-07

山岡士郎「つまり人間理想的睡眠時間は7時間30分という事です」

「なるほど」

睡眠にも周期があるとは」

「これで明日から快眠できるわ」

海原雄山「お前はまたしても基本を見落としたようだな」

山岡「なにぃ!?

ざわ…ざわ…

山岡「6時間は少なすぎる。9時間は長すぎる。ならば7時間30分しかないだろうが!」

海原「ふん…」

海原「お前が見落としているもの…それは昼寝だ」

!!!

海原「お前のことだ。調べもせず昼寝は身体に悪いなどという迷信に流されていたのだろう」

海原「私に言わせれば一日に一度睡眠を取り、残りは起きている方がよほど健康に悪い」

「なるほど」

「昼寝が健康にいいとは」

「お昼過ぎは眠くなるのよね」

山岡「ならばお前の理想睡眠時間は何時間だ!」

海原「8時間だ」

山岡「俺の言った睡眠時間に昼寝の時間を足しただけじゃないか!」

海原「まだ分かっていないようだな!!!

山岡「なにぃ!?

海原「私の理想とする睡眠時間は、6時間+1時間30分+30分の8時間だ」

睡眠を3回に分けるとは!」

健康に悪いのではないか?」

海原「そんなことはない」

海原「睡眠時間を分割しても合計の睡眠時間が十分であれば問題ないという研究結果が出ている」

海原「私の考える睡眠時間とは、夜から朝に6時間、昼に1時間半、夕方に30分だ」

山岡「昼に1時間半だと!?!?

「どういうことだ!」

不可能だ」

「でも山岡はいつもそれぐらい寝ている気がするぞ」

山岡「流石にそこまでは寝ていませんよ」

山岡海原雄山!昼に1時間半の睡眠が取れるのはフラフラしているお前ぐらいだ!」

海原「つまりお前は、働いている人間でも実現可能睡眠時間でないから私が間違っていると言うのだな」

山岡「そのとおりだろうが!」

海原「はっはっはっはっ!皆さんお聞きになりましたか。語るに落ちるとはこのことだな士郎」

海原「我々が今競っているのは理想的睡眠時間の話だ」

海原「お前のように会社人として働きながら可能かどうかは元々議論対象ではない」

海原「何よりだ。理想的睡眠を取ることよりも、会社で消耗することを優先しようというその発想が負け犬のものだ。だからお前は駄目なのだ

山岡ぐぬぬ……」

2017-04-27

ファシズム的なものを支持する性格

ファシズム性格は、通常権威には追随自分より下のものには権威をふりかざす性質をもっています

さらに、アドルノらによると、以下の9つの特徴に該当する項目が多いほど、ファシズム人格特性を呈するのだといいます

1.因襲主義

慣れ親しんだ中産階級的な価値にしがみつく

2.権威主義従属

集団内部の理想化された権威追従し、批判しようとしない

3.権威主義攻撃

慣習となっている価値違反する人々を見つけだし、これを非難し、排除し、処罰しようとする傾向

4.反内省的態度

主体的で柔軟な精神敵対する

5.迷信ステレオタイプ

個人運命について神秘的に規定しようとする傾向

6.権力と「剛直」

支配従属強者弱者指導者−信奉者という先入観でみる。権力者への自己同一化。もともとの自我属性に過度にこだわる

7.破壊性とシニシズム冷笑主義

人間的なものへの一般化された敵対と悪意

8.投影

粗野で危険もの世界に増大しつつあると信じこむ傾向

9.

性的な「行為」について大げさな関心の示し方

2017-04-21

干支占い流行らない理由

干支12種類ある

星座12種類、血液型は4種類に人を分けて占う

年代別の性格の違いは月別より大きいし、12種類に分けるのだから星座血液型より的を射た占いが出来るように思うが干支占い流行らない

何故か考えてみた

1.学校同級生が全て同じ干支なので盛り上がらない、クラスメイトあいつと自分が似たような運命性格な訳がないと気がついてしま

2.干支は人に言ってしまったら正確な年齢がばれてしまう、いい歳になってきたら気軽に人に言えるものではない

3.有害である占い信者がディスられ担当干支子供を生むのを控えるようになり少子化に繋がる

実際日本人が今より迷信深く干支信者が多かった頃は

丙午は火災の多い災いの年だとか丙午の女は夫を食い殺すと言われていて、丙午に生むのを避ける為に皆が避妊中絶していたので出生率

丙午の1966年出生数は136097人出生率は1.58

前年の1965年の出生数は182370人出生率は2.14

1967年出生数193565人出生率は2.23

このように丙午だけドンと下がっている

自分の知る丙午の女達は実際気が強く夫を食ってる人が多いのであながち迷信ではないかもしれないが、丙午に産み控えるのがバカバカしいという親を持ち、周囲から気の強い丙午の女だと言われ育ちバブル世代なのも大きい気がする

まぁ今もこの年に生んだら確実にB型の子供が生まれますと言われたら産まない血液型信者とか普通に居そうだし干支占いが広がったら少子化に繋がり害しかない

考えてみたら流行らなくて正解すぎた

2017-04-19

情報過多って

すこぶる苦しい。

なんでこんなに、強制的に知らされるんだろう。

千葉小学生pta役員に殺されたらしいなんて知りたくなかった。

共同通信記者取材断られた家の壁蹴り上げてるなんて知りたくなかった。

俺より年下の栃木高校生雪山で死んじゃったなんて知りたくなかった。

安倍ちゃんの奥さんが行政を図らずもろうだんしてるなんて知りたくなかった。

ファクトが明らかになることは正しいこと。

それって迷信なんだと思った。

聞きたくない、知りたくない、論じたくないことって、やっぱり世の中にはあるべきなんじゃないのか。

追記する。

テレビ見ないとかニュースに触れないってのはたしかにそうかも。

でも現実的には無理じゃない?

3日で忘れるっていうのも、ほんと、たぶんそのとおり。

でも辛い気持ちになった。この事実だけは消えないんだよね

2017-03-10

妻が”妊娠菌”にハマってて辛い

タイトルどおり妻が”妊娠菌”にハマってて辛い

妊娠菌とかい胡散臭いのが、妊活をしている女性の間で流行ってる

もちろん妊娠菌なんてものはない。だけど妻は信じきっている

妊娠菌ってなに?妊娠にまつわるジンクスを教えて!https://192abc.com/41776

妊娠菌ってナニ? 妊婦の気分や環境が伝染しやすいワケhttps://papimami.jp/10735

迷信!? 「妊娠菌」の存在を感じる女性は1割以上 妊娠連鎖する?|「マイナビウーマンhttps://woman.mynavi.jp/article/151017-67/

第二の「水素水」!?「妊娠菌」が隠れた流行に!http://daiouoka.hatenablog.com/entry/akahuji-ninshinkin-ryuukou

子宝の神 木村さんの妊娠菌が半端なかった件|にぃ嫁さんち *新米ママ奮闘記*http://ameblo.jp/niyome/entry-11865027774.html

やっぱりデタラメらしい。芸能人妊娠菌の広告塔になって爆発的に知名度が上がったらしい

富士書いてメルカリに売ってるのもいるようだ

どうして女性はこんなものにハマってしまうのか? 女性大人になったら科学知識や人体の知識が消えるの?

2017-03-04

安心安全は別と言う論が巷にあるが、

無知蒙昧の徒は、得てして迷信を信じ、暗闇を恐れるものである

からないことが多いから怖いのだ。

安全なら安心する賢明さが欲しい物だ。

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223185525

そうじゃなくてもこんな迷信は消えそうだけどね。

1966年頃には丙午の女は男を食うって迷信が広く信じられていて出生率がガクっと下がってたけど、今はそんな迷信は知らない人も多いし。

2017-01-12

[]

平日しか開いていない多治見市文化財保護センターに行ってきましたわ。

もはや意地ですわ。

博物館設備は一室のこじんまりとしたもので、常設展はないようです。

現在は「カミさまホトケさまお医者さま」展として医療と祈りに関する

文化財が展示されています

迷信と笑うのは簡単ですけど、原理のわからない病気に人々が感じていた

恐怖から救われたいという思いが伝わってきました。

平成23年になっても自分の患部と同じ部分に濡らした紙を貼り付けることで

治癒を祈願する紙貼り地蔵というお地蔵さまが作られているそうで驚きました。

以前も行ったとうしん美濃陶芸美術館にも立ち寄ってきました。

ちょうど「西浦焼展」がはじまったばかりで明治に新しく生まれ

繊細な絵付けの陶磁器を鑑賞できました。

同じモチーフの器でも、花の描き方や配置が違うことで

一個一個手作りであることが分かります

金魚の絵がついた一輪挿しが特に素敵で、表面に網を浮き出るように

釉薬で立体的に描いた手仕事の見事さに惚れ惚れしました。

最後多治見修道院を観てきました。

西洋風の立派な建物ですが、大きな窓の下の隅に力が集中するらしく、

そこから亀裂が走っている様子が目立ちました。上はアーチで受けているので大丈夫です。

もっとも、すべて丁寧に補修されています

裏庭にとても雰囲気があって、西洋歴史舞台に立った気分にひたれました。

たいへんな面積があるふどう園はすべて葉を落とした状態で、

修道院正面のぶどうはすでに綺麗に剪定されていました。

ここのぶどうで作ったワインは有名だそうです。

わたくしお酒は苦手なので、売店でクッキーセットとニック・ナックを買いました。

クッキーバタの味を活かした素朴な味わい、

瀬戸ドミニカ修道院の薄くて堅いクッキーがとても美味しゅうございます

ニック・ナックさらに素朴な「ぼうろ」みたいな味わいでしたが、

後味がとてもよかったです。

少量のジャム紅茶と一緒にいただきましたわ。ジャムは余分でしたわ。

わずかですが、炊き出し募金をしてきました。

2016-12-31

物凄く怖い夢を見て飛び起きた

俺は、ホラーなんて見飽きるぐらい見飽きてるくらい、ホラー耐性ある人間なんだけど、

それでも怖すぎて飛び起きる夢を見てしまった。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺は、沖縄っぽい雰囲気地域飲み会に参加していた。男女10人くらい。

四角形の建物で飲んでいて、3方向の壁がガラスになっていて、3方向の外の眺めが見れる。

  

で、面白い飲みものがあるからと、手渡された杯が変わったものだった。

形は非常に説明しにくいんだが。この形が話の大事なところだから頑張って想像してみてほしい。

マティーニが入ってそうな、小さなグラスの上に、とあるものを乗せる。

グラス自体には酒は注がず、その上におかれたとあるものに酒を注いで飲むんだが。

そのとあるものというのが、数十本の棒を束ねて、1点でゴムで縛ったものなんだ。

ちょうど、パスタを鍋に開けるときに、パスタ同心円状にバラッと開くと思う。そのような形なんだ。

パスタ同心円状に開いたら、どこかの1点ですべての棒が接するだろ?その1点をゴムで止めている形だ。

  

まり、そのパスタを束ねたみたいにしたものを、小さなグラスの上にのせるわけだ。

で、その同心円状の棒の束でできた『グラス』にお酒を注いで、飲む。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それで、当然飲みにくい。

ゴムで止めているけど、棒自体ゴムで止めてるだけだし、酔ってくると棒が上下にずれたりして、だんだん杯の形を保つのが難しくなる。

ちゃんと、棒の下にあるグラスにお酒を注げばいいのだが、棒のほうに注いでいるために、手の力が入れにくいのだ。

  

そうこうしてる内に、このグラスについての迷信を教えられる。

「この棒でできたグラスを壊さずに飲み会を終わらせられないと、自殺ちゃうらしいよ。

実際に、このグラスを壊した人が、自分自分を切りつけて自殺したらしい」

ふ~んと思ったけど、もうすでに棒のグラスはゆるゆる。

  

で、案の定壊れてしまった。棒がゆるゆるだったのが、外れてしまって全部とれた。

壊れたその状態が異常だった。

棒が数十本バラバラになったのはわかる。

本物のグラスがおかれるのもわかる。

しかし、それに加えて、「10個ほどのスマホXperia)みたいな黒くてツルツルした板」が出てきた。

どこに入っていたんだ?と思う。その1枚には、思い出せないが赤い文字で何か4,5文字くらいの怖い言葉が書いていた『自殺しろ』みたいな。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

で、これはどうしたものかと思ってると、周りが騒ぎ出す。

これは大変なことになったぞと。

俺としては何の危機感も無い。こんな適当もの、壊れるに決まってるじゃんっていう。

  

そうしたら、50代くらいのおばちゃんや、70代くらいのおばあちゃんみたいな人たち、つまりこの土地風習とかこの杯の作り方とか知ってる人が呼ばれた。

どうしたらいいかからないが、もう一回組み立てて、飲み会を完遂させようということになった。

  

どうやってスマホを織り込んだのかわからないが、また棒を組み立てて、元のようなグラスになった。

おばちゃんたちは、「気をつけなさいよ」という。

正直、迷信じゃねーかって気分。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その後も、ある程度飲み会雰囲気は夢でもちゃんと見たいんだけどさ。

女の子が誰かと飲み会中に浮気とかしてたと思う。

所司さんっていうオジサンが、「俺のこと知らないのか?」と聞いてきたと思う。俺は将棋プロ所司和晴じゃないよな?とか思っていたが誰だか知らなくて返答はごまかした。

まあ、それはいいんだけどさ。

  

そんで、明け方になって、じゃあもう飲み会終わろうって段になった。

いやもうこの時には、杯はまた棒がほぼゆるゆるの外れかけ。

でも何とか終わったねって。

一緒に飲んでた男の1人とソファーに座って、「お前ちょっとビビってただろー」みたいな話をしていた。

  

で、いきなり怖いことに気付いた。

3方がさ、外の景色を見れるガラス張りになってるわけじゃん。

その1方のガラスの手前に、明らかに飲み会に居なかったスンゲーかわいい女が、胸をさらけ出して座ってるの。

「誰だよ?」って周りに聞いても、誰も見えてない。

俺が、その棒の杯の儀式みたいなのをやっぱり失敗したんだということを周りが察する。

  

俺はガラス張りの外に、異常な風景があることに気付いた。

建物の周りを、何十人もの人がグルグル回っているのだ。

その人達は、物凄くでかかったり(でかすぎてガラス張りからは胸までしか見えない)、普通身長だったり、小さかったりだが。

兎に角ものすごく多くの人がグルグル建物の周りをまわっている。

早すぎて見えてない人も大量にいるみたいで正確な人数はわからない。ゆっくりだったり、普通の速度だったりと歩くスピードに差がある。

進撃の巨人多種多様な大きさとスピードの奴がいるように。

そいつらが、全員俺を見ている。

俺はもうパニック寸前。

これからどうなるんだ。と。

自殺するって話じゃなかったのか?と。

なんで取りつかれてるんだと。

  

其のうちの2人の幽霊だかなんだか知らない奴等、女が2人、壁をすり抜けて俺の方に向かってくる。

俺はとっさに、近くにあった鉛筆をもって、その幽霊っぽい奴を刺した。

その瞬間、俺の腕に痛みが走った。幽霊を刺したはずなのに、おれが傷ついている。

しかし、幽霊みたいなのが襲ってくるのも怖いので、さらに3回、鉛筆で切り付けた。

すると、その都度、俺のからだが鉛筆でぐさぐさと切り裂かれるような痛みが出る。

  

もしかして、俺は幽霊攻撃していると感じているが、現実の俺は自分自身鉛筆を突き立てて切り付けてるんじゃないか

から、この儀式に失敗した奴は『自殺した』と言われるんじゃないか?と背筋が凍る恐怖が突き抜けた。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次の瞬間、心臓バクバクで目が覚めた。

怖すぎてしばらく動けなかった。

2016-12-21

マスダとマスダ

火事

火事だー!」

「えっ……て、対岸の、しかちょっと煙が出てるだけじゃねえか」

火のない所に煙は立たないだろ?」

「だからってボヤ騒ぎを大火事みたいに言ったら、それは誇張だろ」

「でも、対岸のボヤ騒ぎに大騒ぎするの、好きだろ?」

「まあな」

否定しないのか」

ペンライト

ペンライトを指の間に挟んで複数持つことを『バルログ持ち』って言うらしいな」

「へえー、俺としては『ウルヴァリン持ち』のほうがしっくりくるけれども」

「骨格にシュウ酸ジフェニルでも流し込んでみるか?」

バルログでいいよ」

くしゃみ

「……ブリオッシュ!」

「びっくりしたあ。風邪か?」

「いや、誰かが噂しているのかも」

「言っちゃ悪いけど、お前のことで噂するような人間はいないだろ」

「それは俺の周りの人が噂をするような人格ではないって解釈すべき?」

「言っちゃ悪いけど、噂をするほどお前に関心のある人間がいないっていう意味合いかなあ」

「だったらクシャミと人の噂の相関は迷信だといってくれたほうがよかったな」

「そうか、気が利かなくて悪かったな」

「なんで『悪いけど』とか、『悪かったな』って、本心では悪いとは全く思っていないときに使うんだろうな」

2016-12-14

健康食品

蔓延する理由

人間健康状態にはバイオリズムってのがあるわけ。

1,2,3日は調子悪くて、次の4,5,6日は調子良いってね。

んで健康食品ってのは毎日飲み続けるって制約があるわけよ。

週一回だけ!とか絶対ない。

調子悪いなーって思った1日目で青汁を飲みはじめる。

で、4日目になったら調子がよくなる。

当然だよな、そういうバイオリズムなんだから

生き物はこういうとき関連付けの学習をするって脳みそになってるわけ。

何かアクションして良いことが起きたら、次もそれが期待出来る。

あ、調子良くなってきた、これ青汁のおかげだ!ってな具合にね。

4日目にはどうあっても体調がよくなる未来だったのに。

ネギをケツ穴に挿して風邪が治るなんて迷信もこの理由が生まれの1つ。

生き物は辛い状況から逃れたいときに何かアクションを取りたがる。

溺れる犬は助け手を噛む。

本当はじっとしてるのが正解なこともある。

ちゃんと効くのは瞑想運動野菜睡眠だけだからなっ!

この記事は信頼していいぞ。

なんでかって俺が成人アトピーになって色々試した結論からな。

ただ、健康食品メリットがあってそれはプラシーボだな。

思い込みにも一日15円ぐらいなら、まぁ、払う価値はあるだろう。

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20161124174304

空と縁起が分かったとして、そこから何が生まれるのか。どう救いに結びつくのかってのがいまいち見えてこないのよね。

 

えーっと、スッタ・ニパータだったかなぁ、最初期くらいのお経かあるいは何かの言い伝えだったかもしれませんけど、病気の人をお釈迦さんが医学的に治療した、のような話が確かあったと思うんです。

2500年くらい前のインドなんて、迷信だらけの世界だったと思うんですけど、お釈迦さんはきっちり病気の原因をどうにか突き止めて治療したらしい。

そういう、現代社会では当たり前のことだと思うんですよ。

病気なら、病因を突き止めて、治療する、みたいな。

或いは病気が治せそうにないなら、せめて痛みとかの苦しみを和らげてしまおうとか。

それが例えば、悪霊退散みたいな、実体のないもの実体ありとみなして祈祷したところで、効果があったとしても気休め程度のものだってのは今の人ならわかるでしょ。

釈迦さんは、そうじゃなくてできるだけちゃんと原因突き止めて、本当に苦しみから救おうって方針だったみたいなんですよ。

もっとも、お釈迦さん自身すら赤痢かなんかで死んじゃったくらいですし、当時の医学レベルなんて今とは天地ほど違うんですけどね。

何せ、当時のインドじゃ、今もなおそうですけど、カースト制とか或いは思想としての輪廻転生とか「お前ら人間なんかどうにもならん存在じゃ!」って感じで生きてても苦しみがあるだけじゃ!みたいな世の中だったみたいで、その中で「いーや、現実の苦しみならば何とか出来なくはない」って実際にやっちゃったもんだから、それで後々まで崇め建てられまくるようになっちゃったんじゃないのかなぁと思います

で、変に神格化されすぎて、わけわかんなくなっちゃった、みたいなw

2016-11-01

6年間待ち続けたアニメブルーレイの予約をキャンセルした。

2008年、僕はその世界に恋をした。

そう、あれは今から8年も前のことで、僕はまだ大学生だった。軽い気持ちで入ったオタサーに所属しており、新作アニメで目についたものを、取り敢えず視聴するのを習慣にしていた。それらの内容について、サークルメンバーとうだうだ語るのが日課だった。とはいえ、ぬるま湯めいたモラトリアム生活にそろそろだれ始めたまさにその時、破格のアニメ既存の枠組みをぶちこわすような、エポック世界観をもったアニメシリーズが放映され始めて、僕は瞬く間に虜になった。アニメ一期の遥か前からOVAや企画などの展開があって、物語の背後にとてつもない情報量を含んだ異世界が広がっているのを知って、沼にはまり込むようにその世界へ沈んでいった。DVDを買い、マンガを買い、小説を買い、ゲームを買い、記事の載っている雑誌を買い、ドラマCDを買い、同人誌を買い、SSを読み、ラジオを聞き、イベントに足を運んだ。絶叫上映会で吠えた。自分がこんなに深く、何かに夢中になれると初めて知った。

就職活動をして、社会人になり、いつの間にか新作アニメを追う習慣が失われていっても、そのアニメに対する想いは失われなかった。劇場版ライブイベントに、欠かさず足を運んだ。声優イベント歌手ライブアニメ会社イベントもだ。補給が何度か途切れそうになっても信じて待ち続けていた。だからイベントで、テレビアニメの第3期制作が発表された時には狂喜乱舞して、夜、サイゼで仲間と祝杯をあげた。

1期、2期、劇場版、OVAと違って、今回からは新キャラたちの物語になるのだけれど、大した問題ではなかった。もう一度あの世界がテレビで観れる、と考えるだけで多幸感に満たされた。 第3期の第1話はまず先行上映会で観た。少し引っ掛かる部分はあるにはあったけれど、その場の興奮や、長い時間を経てようやく新作を観れた感激が、不安を押し流した。先行上映会の帰りに、アニメショップで即座にBDを予約した。第1巻にはイベント参加チケット付属していて、早めに予約しないと参加券が無くなるという危惧もあった。 その後、第1話をとうとうTV画面で観ることになり、少し引っ掛かっていた、違和感めいたところが更に目立つようにはなっていたけれど、それでもまだ、この世界をもう一度TVで観れたという喜びが上回った。録画を何度も視聴し、次回を待つの幸福時間だった。

その1週間後、第2話が放映され、地獄に叩き落とされるまでは。

第2話の大半を占め、物語全体でも重要な転機となる戦闘シーンが、正視に耐えない代物だったのだ。いまや流行りのアニメを多少追うくらいの超ライトオタクに過ぎない自分が、耐えられないほどの惨状だった。1期、2期、劇場版、OVAと、8年続いてきた映像魔法が、一夜にして解けたようだった。海面は水色の板になり、艦船は書き割りになり、航空機は張り子になり、キャラクターは棒人形になった。画面を覆っていたのは、僕を釘付けにした踊るようなキャラの動きではなく、素人でも稚拙と分かるCG人形遊び、ハリボテの継ぎはぎだった。これがいわゆる「作画崩壊」ならまだ救いはあった。円盤での修正に望みを繋げばいいのだから。でも、そこには欠片の希望も残されていなかった。CGでボロを出さないようにするためだろう、一定距離を置き続けた、単調で臨場感皆無のカメラワーク物語世界観や戦いのリアリティを根こそぎ崩壊させるコンテがそこにあったからだ。万一円盤に修正が入ったとして、コンテから切り直されることはないだろう。

そこからの1週間は、うってかわって、処刑を待つような気分で過ごした。まともな第2話が放映される夢を2回見て、2回とも、目覚めた後、激しい悲しみに襲われた。そうして迎えた3話は、ストーリーに集中することさえできなかった。前話のことは何かの間違いだったのでは、と、祈るような気持ちで画面を見つめ、もう一度裏切られた。戦闘シーンに移るたび魂が削られ、どうかもう日常だけ映していてくれ、と思った瞬間に、突然、反射的にテレビを消した。そしてもう一度電源をつけることも、続きを見ることもできなかった。電源を落として真っ黒になったテレビ画面の前で、リモコンを握り締めたまましばらく金縛りにあったように動けなかった。激しい動揺が自分の中で荒れ狂っていた。

たかCGが壊滅していたくらいで、自分が、もうこの世界実在を信じていないのだ、と、気づいてしまって、もはや、続きを見ることはできなかった。

驚いたのは、自分の中にこんな逆鱗があったと気付いたことだ。自分のようなライトオタクとしては、キャラの絆や誇りさえ美しければ良いとまで思っていたし、このアニメについて他人に紹介するときも、世界設定や関係性の話ばかりしていて、戦闘シーンがカッコいいから観て、と言ったことはなかった。そんな自分不見識を心より恥じたい。あまりにも当然のように実現されていて意識にのぼっていなかったが、この世界や、キャラ喜怒哀楽といったものは、戦闘シーンを含む特殊な動きのリアリティによって説得力をもたされていたのだ。それに以前は、一般論として「作画に比べてCGダメ」と言われているのを見ても、老害迷信に過ぎないと考えていた。あの戦車アニメCGは凄いし、あの劇場アニメCGは格好いいじゃないか、などと思っていた。今なら分かる。CGは、舐めて使う連中、省エネを考えて安易に利用する者たちの手にかかれば、作品抹殺する、世界を絶命させる力さえあるのだ。

円盤キャンセルすると決めた理由は、最初は怒りだった。この世界をこんな風にした連中に、一文たりとも落としてやりたくない。あり得たはずの3期を奪った奴らに、免罪を与えてはならない、と。アニメが壊れていても、まだ小説マンガは次々出る予定がある、そう考えて、自分を慰めようとした。これまで集めた小説マンガを読んで、心を鎮めようとした。 しかし、駄目だった。かつて僕の心を満たした幸福も興奮も甦ることはなく、ページをめくるたびに、奪われたものの大きさが実感され、胸を絞られるような痛みが襲った。もうこの世界は壊れてしまったのだ。いま僕の本棚に収まっている無数の物語は、かつて確かに存在した、けれど既に潰えてしまった世界の残骸でしかなく、僕の心は、死者の生前の姿を眺めて安息を得られるような、鈍感な構造をしていなかった。やはり耐え切れなくなって本を閉じた時、怒りよりもずっと深い悲しみが僕を包んで、ああ、きっと僕はもう、この物語円盤どころか漫画小説も何もかも楽しむことはできないのだろうと悟った。

僕より度量の広いファンは、「この程度で円盤を買わないというのなら、お前はファン失格だ」と言うかも知れない。だが僕にとっては、円盤を買ってこの作品を認めてしまったら、その時こそ僕は、ファンとして死ぬのだ。

シリーズも、爆発的にではないだろうが、そこそこ売れるはずだ。昔から視聴者でも僕より大らかな人間は、作品に満足し、あるいは満足しなくてもお布施として、ソフトを買うだろう。当初目標とされた売上からは大きく落ちつつも、まだ戦える、と、制作側は思い込む。既に戦争は最悪の形で終わってしまったことにも気づかずに。 そして4期なのか劇場版なのかOVAなのかが既定路線的に作られ、しかし売り上げはジリ貧となり、遠から作品を閉じることになるだろう。そうなったら、なぜコンテンツが死んだのか犯人探しが始まり、新しいキャラや新声優シナリオ濡れ衣を着せられ、いわれなき誹謗中傷を受けるかもしれない。その時のために、だから、僕は、宣言しておく。

CGだ。あのCGを作った連中が、翼を折り、魔法を潰し、少女たちと世界の息の根を止めた下手人なのだ

今考えれば、電話などで済ませられたのかも知れないが、円盤キャンセルなどしたことのない僕は、予約したアニメショップまでもう一度赴いた。ここまで辿り着いたのに踏ん切りがつかず、広くて階層もあるアニメショップをうろついて、このシリーズ小説新刊が目立つように並べられているのが目に入ってしまって、出し抜けに嘔吐しそうになった。声優結婚が発覚して吐いた、みたいな、よくある都市伝説が、自分の身に起きかけると思わなかった。すっぱいものが、何の前触れもなしに体の奥、心臓のあたりから、とがった感じでせりあがってくるのだ。それを無理やり押しとどめなくてはいけなかった。ほとんど破れかぶれでレジに向かった。キャンセルをしたいという僕の説明が下手で、BD予約に来たと勘違いしたらしい店員が、一旦は、新たな予約申し込み書とイベント参加券を渡そうとしてくれた。ああ、急いで予約したのに、まだ余っているんだな、とぼんやり思った。あまりにも、精神の均衡が狂っていた僕の説明が要領を得ず、店員さんにキャンセルの旨を伝え、イベント参加券を返却して、前金を返してもらうだけの行為に、20分もかかってしまった。

すべてが終わって、地下鉄に揺られている間、これまでの8年間で堪えていたたくさんの悲しみが、走馬灯のように蘇って、一挙に僕に襲い掛かってきた。イベントアニメの発表がされなかったときトラブルコミカライズの終了が決まったとき小説を書いてくれた作家が亡くなったとき世界が壊され、死んでいくのを看取ったとき。週末の夕刻、都営新宿線座席で、ぶざまに泣きじゃくっていた三十歳近いキモいオタクを目撃した人がいれば、それは僕である

さようなら、僕の愛した世界。8年間、たくさんの楽しい時間をくれて本当にありがとう。そして、あなたが死んでいったときに、何もしてあげられなくて、本当にごめんなさい。

2016-10-15

低学歴で構わんとかどんだけ喉元過ぎればなん?って思うわ

リーマン直後のスキルなし中年惨状知らんのか

工場撤退、減産で職失って、家のローンも払えず家族も養えず

ほんと何でもすぐ忘れよるなこの国の底辺どもは

迷信体裁リスク事例を保存する仕組みがなくなったからしゃーなしか

ほんとなんでも「しゃーない」で済ましよるなこの国の底辺どもは

親父がノンキに肉体労働単純作業で生きてきたツケは

子供が払うんじゃボケ

2016-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20161014153522

それ何度も言われてるから何度も言うけど迷信から

事実ワキガの俺は剃ってる

ワキガの原因が理解できてないからこそ、その妄言を信じてる

 

まず腋臭根本的な原因は細菌ね。

ちゃんとワキガ菌がいるから。

ワキガ菌、生物学ちょっとでも知ってれば細菌は好ましい環境にしてやったほうが圧倒的に成長速度が速い。

腋毛モジャモジャの表面積が上がってる状態、汗や汚れが毛に付着しやす腋毛

まさにワキガ菌にとって楽園のようなフィールド

いくらでも毛に餌が付着してるから繁殖できる。

リアルタイムで菌が餌くって出すガスが腋臭臭いなわけ。

 

なので、腋臭を止めるのは定期的に脇の下を細菌が沸かないようにきれいにしていくこと。

これしかない。

から清潔な服、消臭スプレーハンカチなどでメンテナンスすること。

面倒くさがらずに汗に対応していくこと。

その際に毛は邪魔しかないしワキガ菌にとって有利な環境しかない。

 

これを科学的に理解できてないやつがヒステリーを起こして、剃っても意味がない!!!とか言い出す

こういうやつらは大抵、剃っただけで終わりにしてるガチクズ

2016-09-11

バックレは労働者イニシエーション

http://anond.hatelabo.jp/20160910195752

コレ見てて思うんだけどさあ、人間若いころにバイトとかで一度でいいからバックレを経験すべきだね。

失敗を経験するとか、若いころに友人と取っ組み合いのけんかをするとか、失恋経験するとかそんな感じで。

あくまでも理不尽な扱いに対してどうしても腹に据えかねた結果として、そしてあまり繰り返さず、相応の年齢になったら真面目に多少のことは我慢して働くってのを前提としてだけど。

バックレを経験すれば、会社を辞めるということへの心理的抵抗から解放されるし、不満を持ちながらもブラック企業にしがみつくという選択肢を取りにくくなる。よく言われる「辞めたいけど辞めさせてくれない」なんていうハナシはバックラーにとって目覚ましを無視して布団と戯れたり、気まぐれに電車を乗り越しみたりすることで簡単否定できる迷信なのだ

理不尽に対する反抗としてのバックレにおける「他でもない自分のために」辞めたという経験とその時感じた爽快感はきっと「人様のために」自分犠牲にするという選択を遠ざけ、自分を一個の労働者として尊重する自尊心を植え付けてくれるはずだ。

そしてこれを皆が当たり前に行うことで非正規社員を増やして下に流れるだけの一方的な流動化ではなく、良い意味での雇用の流動化が実現し、ブラック企業を淘汰することができると俺は信じている。

今日後悔したこと

カメさんの頭をこちょこちょ撫でると首を引っ込めてその姿がかわいいから30分くらいやってたらついに何もしてないのに顔を出さなくなった

これは困ったと思い頭を下にして振ってみたけどやはり頑として顔を出さな

ライター甲羅を炙ると熱くなって顔を出すという迷信を思い出してやってみたけど、緑の背中から臭い匂いが漂ってきただけだった

いじわるしてごめんね

また仲良く遊ぼう

ミドリガメから名前ミカちゃんという

http://anond.hatelabo.jp/20160911152812

その感覚女性作家漫画とか読んでるとわりとでてくるから

増田だけの思い込みとかじゃなくて女性にはある程度普遍性のある感覚なんだと思うけど


でもさー

ズバリ庇護欲をかきたてる女」だ。

男性が助けてあげたくなりそうだなってタイプの女

こういうのって具体的にどういう女なんだ?

俺は男だけどさっぱりわからん

そういう女を好きではないというよりあんま見たことない気がする

(俺程度の男には寄ってこないとか身も蓋もないこと言わないで欲しい)


庇護欲っていうかずばり言って「頭足りないっぽい?」って印象を受ける女には会うことあるけど

大丈夫かいなっていう人としての心配はするけど愛情にはならない

というか話しててあんまりグズだと男でも女でも楽しくはないじゃん

既に結婚した友達でも条件のいいイケメンが「庇護欲をかきたてる女」とくっついてるのなんて見たことな

男と同程度には頭よさそうな嫁さんだったよ


まとまりがなくなったけど疑問点は二つだよ

・「庇護欲をかきたてる女」ってほんとにいるの?どういう感じ?どういうとこに生息している?芸能人でいうと誰とか?

・「庇護欲をかきたてる女」が男に超モテるっていう通説は事実に即してるの?女性の間の迷信では?

  同じぐらい頭よくて頼りになる女の方が男から見てもうれしくない?庇護しなきゃいけない弱弱しい女なんて人気出る?

2016-08-12

引いたおみくじ漢文を調べてみた。

おみくじ漢詩

仙鶴立高枝 せんかくこうしにたつ

防他暗箭虧 たをふせいであんぜんかく

井畔剛刀利 せいばんごうとうとし

戸内更防危 こないさらにあやうきをふせげ

解釈をググり探したところによると「家の問題に注意せよ」や「出る杭は打たれる」の意味だとか。

……本当に?

おかしいと思いませんか。

鶴の話が、家(戸内)の話になるなんて。

と、いうことで調べました。どうやら元になった故事があるらしい。

故事和訳

 唐の天宝年中、河南「糸侯」子県の仙鶴観には常に七十余人の道士が住んでいた。いずれも専ら修道を怠らない人びとで、未熟の者はここに入ることが出来なかった。

 ここに修業の道士は、毎年九月三日の夜をもって、一人は登仙することを得るという旧例があった。

 夜が明ければ、その姓名をしるして届け出るのである。勿論、誰が登仙し得るか判らないので、毎年その夜になると、すべての道士らはみな戸を閉じず、思い思いに独り歩きをして、天の迎いを待つのであった。

 張竭忠がここの県令となった時、その事あるを信じなかった。そこで、九月三日の夜二人の勇者に命じて、武器をたずさえて窺わせると、宵のあいだは何事もなかったが、夜も三更に至る頃、一匹の黒い虎が寺内へ入り来たって、一人の道士をくわえて出た。それと見て二人は矢を射かけたが中らなかった。しかも虎は道士を捨てて走り去った。

 夜が明けて調べると、昨夜は誰も仙人になった者はなかった。二人はそれを張に報告すると、張は更に府に申し立てて、弓矢の人数をあつめ、仙鶴観に近い太子陵の東にある石穴のなかを猟ると、ここに幾匹の虎を獲た。穴の奥には道士の衣冠や金簡のたぐい、人の毛髪や骨のたぐいがたくさんに残っていた。これがすなわち毎年仙人になったという道士の身の果てであった。

 その以来、仙鶴観に住む道士も次第に絶えて、今は陵を守る役人らの住居となっている。

引用元青空文庫中国怪奇小説集岡本綺堂http://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/1301_11897.html


教訓を得るなら「迷信に殺されるな」。

鶴や家の話ではありませんでした。

訳してみた。

・仙鶴⇒仙鶴観(場所名前

・他⇒彼、ある男

・箭⇒矢

・虧⇒欠ける、損なう

・利⇒鋭利

・更⇒(この場合は)三更⇒夜になって6時間後、夜更け

仙鶴観で木の上から虎へ矢を射かけたが当たらなかった。

井戸状の石穴の辺りで虎を探し、鋭利な剛刀で仕留めた。

こうして、仙鶴観は深夜に侵入する黒虎の危険を防ぐことができた。

漢文門外漢ゆえ多少の間違いはお目こぼし下さい。)

元三大師御籤

元三大師御籤絵鈔 http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko06/bunko06_00249/index.html

おみくじ三十番 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko06/bunko06_00249/bunko06_00249_p0020.jpg

これによると、元三大師作成した時からこの解釈を取っているらしい。


張竭忠さんのように調べてみて初めて本当の意味が判明するおみくじ

個人的には故事メタでなぞる物語構造面白いと思いました。

しかし、なぜ全然違う解釈おみくじに?

2016-08-07

私を騙した女にたいして簡単な呪殺の法を執行した。

ただの迷信から効くわけもないが、本人が書いた本名短剣を突き立てるのはちょっとした快感だ。

ジェラルド・ジーメンズ寄稿 『柿と杮の違い』 抄訳

東アジアの不可解さを感覚的に理解したいのならば、柿(Kaki)と杮(Kokera)の違いについて知るのが最も近道だ。

日本人は秋になると甘味の強い「柿(Kaki)」と呼ばれる濃いオレンジ色のフルーツを楽しむ。

このフルーツを天日で干してドライフルーツにして楽しむことあり、これを「アンポンタン(日本方言知的障害者を指す)」と呼ぶ地域もある。

(日本の伝統菓子は、このドライ柿以上の甘さにしてはいけないという不文律がある)

一方、迷信深い日本人は、新築建物を建てると「杮(Kokera)」と呼ばれるモンスター駆除すると称して、何らかのイベントを催す。

すなわち、人が入る前の建物には必ずコケラという怪物が住み着くので、これを多数の来客者による迫力で追い払おうとするのである

私たち西洋人には、この Kaki と呼ばれる漢字と、Kokera と呼ばれる漢字は全く同一に見える。

しかし、高度な形象文字文化圏の住人である日本人には、これらの文字は全く別の文字であることが明らかだという。

京都市に住む Keiko Wanatabe (78) が嘆息して言うには、

「近頃、日本が好きといって外国人さんがたくさん京都にお見えになりますけど、

Kaki と Kokera の違いもわからずに日本をわかったつもりになってもらっては困ります

このように、日本人には極めて微小な差異に対する感受性が受け継がれている。

私たち西洋人には「ワビ・サビ(Wabi and Sabi)」や「萌え(Moé)」は深遠で理解に及ばぬもの、というイメージがあるが、

それは無理からぬことで、こうした概念日本人の持つ独特な「差異感性sense of disctinction)」に依るものなのである

フランスの偉大な哲学者アレクサンドル・コジェーヴは、日本の持つ独特な感性体系を「日本的スノビズム」として称揚したが、

この点において私たち西洋人がこの多神教精神性を感覚的に理解するのは、不可能か、

あるいは少なくとも数多くの障害が立ちはだかっていると言えよう。

はいえ、このような障害があるにも関わらず、

私たち西洋人日本人の持つ奇異な性文化 --- 例えば Gokkun や Bukkake --- を受け入れつつあるし、

Baby Metal のような「萌え(Moé)」に対する強い渇望も存在する。

それ故、私たちゆっくりと、しかし確実に日本的差異感性」を身に着けつつあると言えるし、

彼らが西洋発祥文化を上手く取り込んで世界TOYOTA を作ったように、

今度は私たちが彼らを驚かせるような「萌え(Moé)」を提示できるようになるだろう。

個人的には --- これはあくまで私見だが --- 「Pokémon Go」はその一つの返答になると思う。

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