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はてなキーワード: リア充とは

2016-05-24

金閣銀閣

クールジャパンカルチャーは、バブル崩壊たからこその、ある種のわびさび文化に通じるのではなかろうか。

おニャン子クラブとかバブルの頃のマハラジャで踊る女子大生OLっての金閣寺ならば、

AKB48を頂上とするオタクのためのアイドル(or 女性シンガーソングライターさんたち)は銀閣寺だ。

...と、思ったがインスタで自撮り上げてる女子大生OLは充分にリア充で、勝ち組で、金閣寺な気もする。

  

キラキラアカウントお金は掛かってる人(金閣寺からお金かけずにキラキラに見せるのって充分に銀閣寺かな。

  

2016-05-23

そろそろ新しい流行語が来る季節だ

中二病リア充意識高い系ステマ……

ネットを駆け巡り、ついには一般用語にまでなった言葉たち

そろそろ次を生み出す時期がきてるんじゃないか

とりあえず俺は増充(ますじゅう)ってのを考えてみた

意味増田ホッテントリ連発してる人のこと

2016-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20160517073141

でもリア充は叩かれて無いよな?

叩かれるマヌケはあからさまなヤリ目なのだろう。

アメリカでのスクールカースト音楽ジャンル関係性が気になってググりまくってて、

一種ネタというか誇張されている情報もかなりあると思うけど「この点では日本に生まれてよかった」って思った

しかロック系の音楽が好きってだけで下位カーストとみなされるっていうのはどのくらい信憑性があるんだろ?学生時代だけの話なのかな

多分今のアメリカカースト上位の学生やそれが成長した大人が聴いてるのってダンスミュージックとかポップです!って感じのポップ、テイラースウィフトとか、あと今でもヒップホップって流行ってるの?そのへんだと思うんだけどさ

日本でも同じような傾向はあると思う、三代目とか西野カナとか教室の隅でぼっちでいる人がイヤホンで聴いてるイメージまりない。ボカロを聴いてそう。

ただ日本スクールカースト上位が聴くジャンルってアメリカに比べれば幅が広いというか

そもそもそんなカーストがビシッと決まってなくて比較曖昧だし(存在するのは確かだけど)

あと音楽以外の趣味に関しても「このカーストからこれが好き」ってステレオタイプにはまらない方な気がする。比較的。

だって日本では生粋リア充を極めし人たち、みたいな人種にとってロックフェスが恰好のインスタのネタになってるじゃん

そのフェスの中でアーティストによってまた客層が分かれるってのはあるだろうけど、実際ポピュラーロックで盛り上がってるリア充も多いし。

アメリカリア充極めてる若者だって同じようにある程度有名なロック聴くとは思うけど、今の全体の傾向として日本よりその割合が少ないのかなと)

それに中学時代文化祭で何か発表するときも、男子ならサッカー部野球部女子ならバスケ部バレー部みたいないわゆる「上位」の子たちがバンド組んでロックやってたし、誰もそれをキモいとか言わないし

大学に行くとカーストとかそこまで意識しなくなるけど確実にコミュ力上位層ってのは存在してて、その中でうぇーい系とちょいサブカルも分かるよ系がいて後者が率先してバンドやって学祭に出てたな

カースト内でガチの「Loser」とみなされるような存在はそもそも表舞台に出ようとしないっていうか。

出たとしてもバンドじゃなくてソーラン節、それを遠巻きに眺めて苦笑いしてしまリア充

でもそういう風にバンドやる人って音楽趣味と割り切っててあくまで楽しむだけであって、相当才能ある人じゃないと本気でやろうとはなりにくいんだろうけど

とにかく日本ロックミュージシャンアメリカに比べれば学生時代人気者だった人からいじめられてた人まで入り乱れてるんじゃないか

(ただ日本ロックの中でも明らかに見た目やばい人の集まりやすジャンル存在すると思う、メタルとかプログレとか)

結構前に日本で今リア充オタクがどうのこうのって話題になったけど、あれ本気でオタの人から見たらうざいと思うのは分かるけど、アメリカスクールカーストとその趣味についてググった後だとこういうのがいても悪くないと思った

フットサルやってるリーマンドラクエやったり少年漫画フィギュア集めててもドン引きされないし、

BBQ海外旅行しまくりのキラキラOLLINEエヴァや進撃のスタン普通に使ってカラオケアニソン歌いまくる

(ここら辺は上記のリア充オタクと違ってオタクを自認しない、うざくない人たちだけど)

そしてそういう人たちがメタルV系聴くことってほぼない気がするんだけど、もっと軽めのオルタナティヴ・ロックっていうのかな、

そこらへんだったら普通に聴くコピバンもやる人はやるし、それを人に言っても「じゃあお前下位カーストね」とはならない

アメリカ暮らしたことのないやつがネット上の記事の上辺なぞっただけの情報だけど、それらを参考にするなら日本人趣味に対する懐の広さというかなんでもアリな感じ、改めていいなと思う

ちなみに筆者のカーストはこんなこと書いてる時点で分かると思うけど根暗からキョロ充ルートだった。そして今も根暗

2016-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20160516200606

それリア充が言う『付き合う』の意味じゃねーぞ。平行っつう前段階な。

東大生リア充を見た

社会人も含めた勉強会講師やってた東大生

別にイケメンでもないし雰囲気普通大学生大学院生)といった感じだった。

講義はたしかに分かりやすかったし頭も良さそうだったけど、別に派手に目を引くようなプレゼンとかはなくて、

どこかしら素朴というか不器用そうにすら見えたくらいで。

で。後日。講義アンケートメールが来て、回答ついでに何気なくググったら。

めっちゃリア充だった。学術的な活動に、起業系の団体活動に、学内学外・国内外と広く活動していて。

で、なんか。はじめて見たわ、東大生リア充…と思った。

いや、いろいろ東大出身有名人はいるんだけど。そういう人たちは一部で、大多数は違うんだろうと思ってた。

ああ、東大生で、リア充だ。これがそれか。そんな感覚

なんか悔しくてちょっと嫉妬したりもして、でもいいやつ感が出てて。友だちになれそう、みたいな。

いろんな感情がごちゃ混ぜなんだけど。

ああ、東大生リア充ってこういう人か、って。なんか新鮮だった。

近所の飲食店が、入ってきた酒の情報や臨時休業のアナウンスを発信する媒体ブログTwitterFacebookと変わってきた。

よく行く店だけで5軒ぐらいが最近Facebook1本になってしまったのだけれど、Facebookが一番見てもらえるし来てもらえるらしい。

Facebookガシガシ使うようなリア充は行動力があるのだろうか?

PCからなら、店の名前検索したら出てくるFacebookページ開けば最新5件ぐらいの投稿は見られるんだけど、

スマホブラウザから検索して見に行くと、まず登録しろやっていう画面が出て全然見られなくてとても不便だ……。

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160515133802

私も妻も、初夏に生まれた。

私の両親が早生まれだったから、

父母の対人スキルをそのまま継承した感じだ。

別居中の2人の子供は、初夏生まれリア充になってくれることを祈りたい。。。

スクールカースト上位者リア充には誕生日が4~5月の奴が多い気がする

逆に11月以降になるとオタクが多い気がする

統計取ってみたい

http://anond.hatelabo.jp/20160514091902

こういうときに、何を枕詞に持ってくるかでその人の考え方のクセがちょっと分かるかもしれないと思った

現代って」「日本って」「リア充って」……他に何があるかな

ちなみに増田の主張にはすごく共感するやで

楽しくもないのに無理やりニコニコしてると、心がゆっくり腐って死んでいく感じがするわ

2016-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20160514141054

まりモテいからってことか

それで卑屈になってないのはえらいとおもうわ



リア充って人種は、もし恋愛関係になって破綻したとしても

自分相手も周りもそのことを良くも悪くもあまり気にしない人たちなんじゃないかなと思ってる

男女の友情

土曜日の昼下がりにとんでもない発見をした。

私には男友達が多い。

新しい友達も増える。

しかし、世の中には異性の友達を作らなかったり、

男女の友情を信用しない、という人がいる。

それは何故かというと、

どちらかが恋愛感情を抱くと終わってしまうから、らしい。

なるほど。

私の場合、その心配が無いから男友達に困らなかったわけだ。

もうちょい補足すると、私の方から恋愛感情を抱いてしまった事は無いわけでは無かった。

しかし逆は見事に無かった。

幼稚園の頃からいろいろな男友達がいたのにも関わらず。

腑に落ちた。


Facebookで異性の友達が多い人は"リア充"という説もあるが、むしろそれは逆なのかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20160514012518

おじさんも昔は「インターネット非モテのものリア充と女は消えろ!」とか思っててな

2016-05-11

恋愛オワタ 日本死ぬ

乙武氏の一件があった後

日本死ねというか、すでに俺らは半分死んでる。

活躍社会っていいながら、半分殺したままで

面倒なことはそれこそ黙殺しようとしているからだ。

前に都立特別支援学校での性教育

話が俎上に上がったものの、批判でなく

非難が表立ってしまったまま、その後の発展

について語られずにどこかに行ってしまったのを

思い出した。

発達の人の恋愛ガイドなんてのは英語圏では

出されていたり、邦訳もあった覚えがあるし、

それ以外の人たちの結果はあっても、「成功例」以上の

深イイ話は表ざたにはされてきている気配はない。

前述したようにそれは、パンドラの箱コントロールができないからと

都合のいいところだけをつまみ食いしようとするズルさが

際立っているように感じられてならないのだ。

そういや、この手の問題からこころ」がなくなると、

単に生きているもの以上の問題にはふたをしたままに

なってしまうのでは、という危惧が頭をもたげてきた。

日福の社会福祉学部の木全(きまた)先生過去性教育について

書かれたり、実践されていたことがあったのも資料などから

明らかではあるのだけど、こんなことを書けば2chあたりでは「~の分際で」などと

陰口をたたかれるのが関の山なんだろうけどな。

障がい者の「生」と「性」の問題にふたをしたままじゃ、未来はないよ。

いい子でいて常に迷惑をかけない存在って誰が決めたんだ。

自分成功ひけらかしてんじゃねえよ死ね

って心の底では思ってるのはどれだけいるか

何なんだよ日本

一億総活躍社会じゃねえのかよ。

見事に告白●連敗だわ。

どうすんだよ俺恋愛出来ねえじゃねえか。

そもそも既に×回セッティングしているのは何故?

責任がとれる大人になったら恋愛できるんじゃなかったのかよ。

ただでさえ、たった数か月で自分と一蓮托生になる人を選べなんて無理があるのに、情報解禁とほぼ同時に選考始められたらどうすりゃいいんだよ。デートの予定が被りまくって、相手とじっくり付き合う時間なんて全く無えわ。×人もお断りされるってことは、その人の傾向が自分に合ってないのかもしれないけど、今年の短期決戦だとやり直しも効かねえ。

モノににしているヤツらはルール守らねえし、ナンパで嘘つきまくり

恋愛=嘘つき合戦

こんなことやってる国が人口増加なんて無理でしょ。日本なんてさっさと沈め死ね

恋愛に関する不満を言うと、どこからともなくパーティの誘いや伝説ナンパ師が沸いてきて、「恋愛結婚以外にも生き方なんていくらでもある」みたいな有難い有難いご高説を唱え始めますよね。生き方いくらでもあることぐらい分かってるわ。他人と違う生き方をするのに必要な才能がないことを自覚してるからパートナーと言う名の奴隷を自ら志願してんじゃねえか。当事者アドバイスするフリして、自分成功ひけらかしてんじゃねえよ死ね

結婚できないのは努力が足りないから。自業自得。」みたいなことを言う奴もいますよね。言わせてもらうけど、人並み以上に努力してきたわ。お前らがいい子にしていれば人生上手くいくって言うから死ぬほど我慢していい子にしてきたよ。ところがいざ始めてみると、相手が欲しがるのは、勉強もだけど世渡りうまい遊び続けてきたリア充じゃねえか。今までの努力は何だったんだよ死ね。ついでにリア充死ね

とか…書いてしまって捨ててきたw

http://anond.hatelabo.jp/20160511000136

こういう面倒くさいことを言うのって大抵メンヘラ地雷女だし、リア充ほど即切りするだろ。

こんな構ってちゃんの相手するのは非モテメンヘラ男だけ。

2016-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20160510234008

微塵も共感できん

リア充はこのフリに何と言って返すのか

模範解答例が読んでみたいところ

普通に書けばいいのに「オタクリア充と違って」とか無駄ヘイト撒き散らしてるから誰も擁護しないだろうなー。

社会人ってこんなに辛いの?

学生時代でも努力必要だったけど、自分の出来るところまで、で妥協できてた。

社会人になってからはそれができない。大事なのは自分が出来たところでも自分いかに頑張ったかでもなくて、期待する結果が出たかどうか。出ていなければいくら頑張ってもダメで、たとえ残業してでも徹夜してでも休出してでも、結果が出るまでやらなきゃいけない。

「無理そうだから諦めます」は通用しない。怒られた。なんでだ。仕方ないので「どうせ無理なのに」と内心思いながらしぶしぶやってたら、ミスしまくって洒落にならない損害出そうになって面談大会が開催された。だからなんでだ。無理だと言っただろ。

なんていうか会社って、個人の力量を度外視した精神論的結果主義者の集まりって感じがする。潜在能力に優れた人なら耐えられるんだろうし、実際耐えてる人もいるけど、俺は無理。これでも学生時代クラス一位の成績取ったこともあったし、運動部に勝てることもあるくらい運動神経もあるし、腹筋割れてるくらい筋トレもしてるし、他にも色んな趣味に取り組んできた。遊んでばっかのリア充オタクとは違って、努力してきたんだ。自分の潜在能力もわかるんだ。

俺は決して怠けたいわけじゃない。出来ないことを出来ないと言ってるだけ。なのに返ってくるのは「やれ」だの「まだできるだろ」だの「ふざけるな」だの、そういったことばかり。

学生時代は、自分が出来ないレベルからは逃げればよかった。東大に行けないなら行かなくて良かった。対して仕事は、社会人は、いうなれば「東大に行け」と強制されてるようなもの

給料はもらってるけどさ、それでも出来ないものは出来ないんだよ。現実アニメゲームじゃない。努力はある程度までしか報われない。学生時代色々やってきたならその程度の真理くらいわかると思うんだけどなあ。

……以上、勢いで吐露してみた。これを先輩や上司にぶつけるかは悩み中。

こちとらいつでも死ぬことができるんだぞ!

不安に襲われるあなたへ

「こちとらいつでも死ぬことができるんだぞ!」と思うと心が急に軽くなる。

なぜだろう。

死ぬ」ことを選択肢として自分の手中に収めると、急に自由になった気がする。人生の幅が広がり、大空に飛び立てそうだ。

だれに向かって叫んでいるのだろう。

自分か、世間か、「死なないで」といってきそうな家族や友人か。

自分死ぬ」という武器を手にした自分は、身体の底から理解不能勇気が湧き大胆になれる。

あえて生きているんだと。生きてやっているんだと。

得も知れぬ不安に襲われる時、不安の原因を辿ると往々にして○○な自分という自己像に囚われているに気付く。

平たく言えば理想現実ギャップだ。

結婚している自分、友人に囲まれリア充生活を送る自分、親に喜ばれるような自分

イケメン自分、高給取りの自分、意義深い、他人に誇れるような人生を送っている自分

そんな理想自己像達の触手に絡めとられ、首をじわじわと絞められ息苦しくなった時、

私は顔を真っ赤にして脅すような口調で叫ぶ。

「私はいつでも死ぬことができるんだぞ!!」

すると楽になる。そうか、無理して生きなくたって良いんだ。死んだっていいんだ。

自殺ダメ安楽死ダメ、生きなければならないと思っていると苦しい。より良き生を送らねば!

実際問題死ぬことは何か怖いし、完遂するまでに様々な手順を踏まなければならない。

結局惰性で続けられる「生きる」を選ぶ。

冷静になって考えてみれば、生きていて幸せを感じる事だってある。ラーメンは美味しいし、漫画で涙を流しもする。

とか言いつつ、私はどうせまた不安に襲われ苦しくなる。

そのとき私はまた叫ぶのだ。

2016-05-09

増田とかヒマな事してる人間リア充なわけない

リア充増田存在なんぞ知らない、LINEメールで忙しいからな

増田投稿される恋愛物が童貞臭い

コンプ丸出し文章

リア充セックスの事をわざわざ入れたりしない。

2016-05-08

みんな、Tehuを馬鹿にするのをやめてあげてくれ。

みんな、Tehuを馬鹿にするのをやめてあげてくれ。

俺はTehuを見ていると昔のイタイ自分を思い出して辛くなる。

今でこそ美人若い奥さんを捕まえて子供も生まれ幸せな家庭を築いているものの、昔の俺は本当にTehu並みにとんでもなくクズなやつだった。

自分では顔はそこそこだと思っていたけど、今になって思うとTehuほどではないにしてもかなりのブサイク

経済的に余裕がある高齢の両親からまれ一人っ子の俺は両親に大変かわいがられた。もしかしたらTehuも同じような境遇なのでは?

自分天才なんだと思っていた。

家庭環境によるブースト子供の頃は無双していたのに、青年になるにつれどんどん剥がれていくメッキ。

自分で抱いている天才自分乖離していく世間から評価

子供の頃にいじめられていて歪んだ性格

いじめられていたからこそ、他人馬鹿にして下に見なければは維持できない壊れそうな心。

どうやって人と関係を築いて良いかからいからやらかすトンチンカンイタイこと。

俺は俺なりに必死でもがいていた。

でも、長い間Tehuみたいなイタイ人間を抜け出せなくて、インターネットイタイ自分さらしてしまったことが何度もある。

心の底では自分天才でもなんでもなく、既に成功への道を踏み外した敗北者だとはわかっていた。

でも、そんなの受け入れられるわけがない。

から定量的評価ができない芸術方面へ逃げた。

これもTehuと同じだろう。

本当に女にもてなかった。

女にもてないのは本当に辛い。

これが一番辛い。

自分を受け入れてくれる人間がいないのだ。

クズみたいなDQN結構可愛い子を連れていたりして何度も死にたくなった。

あんDQNでも女に必要とされて受け入れられているのに、なぜ自分を受け入れてくれる女はいないのだ!?

Tehuみたいに見栄を張って童貞なのにセックス経験があるふりをしたり、周りには彼女がいるとか嘘をついたりもした。きっと周りからは笑われていたんだろうな。

俺はなんとかして変わらなければならなかった。

自分が持っているアドバンテージをすべて生かして、とにかく命をかけてでも変わらなければならなかった。

そうでなければ一生、俺は人から馬鹿にされ、心から愛してくれる女は現れず、満ち足りたセックスもできず、俺の子供を産みたいと思う女は現れない!

必死で考えてもがきにもがいてたどり着いたのは「整形」と「相場」と「刺青」だった。

俺の呪縛は両親だった。

金があり優秀な両親。これを絶対に超えなければならなかった。

自分が持っている環境アドバンテージ、これらを生かして両親を超えて世間から一目置かれる方法

これは金を稼ぐ以外ない!

それも圧倒的な金だ!

金だ!金!

金さえあれば偽物の人脈なんかいらない。

本物の人脈が向こうからやってくる。

女も向こうからやってくる!

金を持っていない人間の言うことなど、風に揺られる葉っぱのたてる音にも及ばない。

Tehu! もしこれを見ていたらぜひ参考にしてくれ。

俺たちのような能力がない臆病者が相場で逆転するには、凶暴なリア充どもが失敗していく金を掠めとるしかない!

それは「オプションの売りだ」。

相場は金があればあるほど有利になる。というか、タネ銭が多くなければ勝てない。死ぬ

から俺は大学を辞め、両親に土下座してありったけの金を用意してもらった。

家を抵当に入れて借金もしてもらい、とにかく家族が持てる金のパワー全てを投入した。

それが実家金持ち一人っ子自分を溺愛している両親を持つ俺たちの唯一のアドバンテージだ。

その時はまわりから気違い沙汰のように思われた。

から奴らは貧乏なままなのだ

人が恐れて手を出せないことに手を出せる人間けが金持ちになれる。

相場で一瞬で一千万円損したり、一億円儲かったり、そんな毎日を続けていくうち、俺の心は鍛えられた。

大金を動かすには心のパワーが必要だ。

信念を維持するために刺青を入れた。

刺青が体にあることを思い出すと、俺は信念を維持できた。

そして、新しい自分になる新しい門出としての「整形」だ。

俺は生まれ変わった。

毎日風俗に通った。それも総額7万円以上の高級ソープだ。

負けている時でも、気が乗らない時でも、とにかくソープに通い女を抱き、そして相場で戦った。

ソープに飽きたら、独身ではない「人妻」と不倫しまくった。

同時に何人もの人妻不倫した。

旦那を拒絶し、俺を受け入れる人妻は俺の心を満たしてくれた。

そしてこれを公言した。

最初は周りは敵だらけだった。しかし、今は敵がかけがえのない本当の味方になった。

女に慣れ、金を手に入れ、俺は本当の自信を手に入れ、本当の自分になった。

それから結婚相手を5年かけて探したが、それはまた別のお話

とにかく金だ。オプションの売りだ。あと不倫

整形しろ刺青いれろ!

雑音を無視して、恐怖に打ち勝て!

うそしか道はない!

コミュ障コミュニケーションについてまとめてみた

コミュニケーションとは

コミュニケーションとは、自分相手との知覚器官を通じて情報を交換しあうものである


コミュニケーションに対する誤解

コミュニケーション情報を交換しあうものなので、話している内容のみに依存するわけではない。

出会った場所出会ったタイミング、顔のバランス、二重か一重か、鼻の高さ、唇の大きさ、歯が出っ歯か、歯が綺麗か、表情、姿勢、歩き方、立ち方、ファッション髪型、髪は綺麗か、眉は整ってるか

からまり

聞き取りやすいか、どもっていないか、声の高低、話す速さ、声の抑揚、ぶりっこしていないか鼻声か、今どういう話の流れなのか……などを経てようやく「言葉による情報交換」がスタートするのである

これは意識して行っているわけではなく、その人間が今までの人生で得た経験本能などをもとに、1秒未満で人を分類しているだけに過ぎない。



「そんなの嫌だ、見た目で判断するな」と思うのは人の勝手だけれど、これはどうあがいても覆らない事実であるので、時代が変わらなければ変わらない。

嫌なら自分時代を変えろ。大抵の場合自分を変える方が楽だ。



それはともかくとして……したがって、話している内容は見た目に比べるとかなり重要度が下がる。

この見た目というやつは、イケメンだとか美人だとかそういうことではなくて、もっと汎用性のある、『好感が持てるかどうか』というもので、イケメンじゃないからどうだとかそういうもの関係ない。

有り体にいうと、この段階で「好き」「嫌い」のどちらかに分類される。

「好き」に分類された場合

コミュニケーションイージーモードになる。相手が寄ってくることで、自分は受け入れらていると安心することができて、そうして落ち着いた言動を取ることができる。

あとはこの「好き」を増幅していくといったノリ。

「嫌い」に分類された場合

不幸にも「嫌い」に分類された場合は、コミュニケーション難易度高まる一般的な人は「やや嫌い」ゾーンから始まるので大抵難易度が高い。

そうして長期間コミュニケーションによって「好き」だの「やや好き」だの「嫌い」だの「死ね」だのに分類されていく。

「嫌い」に分類されるとコミュニケーションが本当に難しい。

なぜなら心を開いてくれないので、どう話しかけても、何をしても、余計嫌われるだけだからだ。こうなっては誰にも止められない。

もっとメタな、間接的なコミュニケーションによって好感度を地道に上げていくしかない。


心が開いているかどうか

人間に対して心が開いているかどうかというのは、ものすごく重要である

結局「どこまで心を開かせるか」というのが最終的な目標である

これは「好き」とか「嫌い」とかそういう次元を超越したもので、「いないと死ぬ」という究極の依存である。要は相手脳内自分という麻薬をどれだけ注入できるかということに近い。

悪く言えば、犯罪ではない精神操作である


心の開きによる対応の変化

「好き」に分類されると、相手は心を開きやすくなる。

一般的に、心を開いてる(ように見える)人間は、顔がどうであれ好かれる傾向にある。

「いい天気だよね」「今日こんなことがあったよ」「いま散歩してる」「見てこの景色綺麗じゃない?」「ご飯作ったから撮った!」などという発言は良い傾向である



たとえば「ご飯作ったから撮った!」というのは、「あなたわたしがご飯作ったっていうわたし生活状態の一部を見る権限があるよ。そしてそれを見てなんらかのリアクションわたしは求めているよ」の省略表現である

「おいしそうじゃない?笑」は「おいしく作れたと思うんだけど、あなたはどう思いますか?肯定を望んでいるけれど」の省略表現である

なので全然親しくない人間に対して、こういうことをする人は少ない。

もし親しくない人間にされたら間違いなくこう思うはずだ。「で?知るか。死ねよ」と。

親しい人間からされたからこそ「おー!すごい!おいしそう!」とか「可愛いしか料理できるとか。嫁にしたい」とか思うわけ。



余談だがここから一般人のくせに生活状態パブリック晒しまくる女は、簡単にヤレる。そしてメンヘラである」と導出可能

個人的パブリカビッチ呼称している。



心の開き具合が違いすぎるとどうなるか

心の開き具合が違いすぎると、コミュニケーションギャップが生じてくる。

「ご飯作ったから撮った!」「で?知るか。死ねよ」というのはまさにそれだ。

コミュニケーションを円滑にするためには、相手の心の開き具合を見極めて、そうしてその少し上ぐらいを自分が開くことで、良いスパイラルを生み出すことができる。



コミュ障の1つの指標として、『これを知ってるかどうか』というのがあると思う。



基本的無意味に開きすぎると、「キモい」「死ぬほど嫌い」と思われる。


心の開き方

こんにちは」一つで好きか嫌いかが別れる

こんにちは……」

「こんにっちわー!」

「ちーす!」

「ちわわーす!」

「ちわわーん!」

「こんちわ!

こんにちは!」

「こーんーにーちーわー!」

こんにちは。」

こんにちわ〜」

「こ…こんにちは……」

と、文字だけでもこれだけの表現の違いがある。つまり、話の内容よりも、話し方の方がよっぽど大事なのだ

こんにちは……」なんて、どう頑張っても好印象にはならない。たった2文字余分についただけなのにだ!

相手が超イケメンでも、これのせいで「は?根暗かよ」と、好感度がかなり急降下する。その後はもうひたすらdisる箇所を見つけられていって、最終的にあぼーんするだけだ。



言葉が同じだからといって、意味や想いまで同じだと、思うなよ。



こんにちは」だけで惚れさせる気合でいく

少し前にあいさつの魔法かいうのがはやったけど、ほんとうにこれは魔法的な効果があるものだ。

元気いっぱいにこんにちは!というだけで、「あ、この人はいい人なのかも」と思わせることができる。そうして勝手に心が開かれる。

現代人は基本的に元気がないので、元気がある人はレアキャラなのである

みんなレアは好きだ。しかも元気をもらえるような気がするからなおさらだ



ただこれは存外難しい。なにせ、自分はそんなキャラではないから、とてつもなく恥ずかしいし、あいつどうしたんだなんて思われたくもないからだ。

そして継続するのはもっと難しい。なにせ元気ではないからだ。

ひとまず、普通に挨拶すれば、好感度が下がることはない。

もし下がったとしたら、それは相手が歪んでいるので、心配することはない。これはもう徐々に変えていくしかない。


自分が心を開く(ように見せかける)方法

ぼくはコミュ障だったので、心を開くとかいもの意味がわからなかった。

お菓子の交換」とかも、全く意味がわからなかった。

「食べたいなら自分で買えばいいじゃん。なんでシェアするんだ。あほなの?」と思っていた。



だがあれはリア充による『友情確認システム』の一環である

お菓子の交換」は「お菓子食べたいから」ではなく、「お菓子を交換しあうことができるぐらいの仲の良さを確認し合うコミュニケーションフレームワーク」なのである

から「ガムいる?」は「俺おまえとちょっと仲良くなりたいって思ってるよ」という意思を示しているわけだ。

だって、嫌いな相手にガムなんて渡すか??!!



なので「いやいいよ笑 今はガム食べたい気分じゃないし」などと拒絶すると

「拒絶された!」と思われて、相手自分に対する心の開き具合がかなり緩やかになるわけである

ガムがほしくなかった場合は、「いやガムはいいや。グミだったらもらったけど笑」と言えば、「お菓子の交換を拒否されたわけではない」と思われて、軋轢を生まないのだ。

実際のところどうなのかは、とんと知らんがね!!!



こういった、リア充先天的に獲得していて自然に行っているハイレベルコミュニケーションは、後天的に獲得したコミュ障にとっては、ものすごく難しいものである

それはコミュ障をジェネレートするような家庭に育った自分を嘆く他ないが、コミュ障になってしまったものはしかたがない。



ただ知ってしまって身につけてしまえば、そのリア充よりも上をいくことになる。

リア充は拒絶されるとただ傷つくだけだが、後天的に身につけた人は「あ、今そのレベル了解です」と思うことができるからだ。


信頼関係構築システム

そもそもなんで信頼関係を築くのか

信頼というのは、極めて重要だ。

なにを成すにしても、相手を疑っていてはキリがないからだろう。

横断歩道で青になったから渡ろう」というのは、「今ここにいる車を運転している人は、少なくとも赤信号ときは止まってくれるだろう」という信頼の上に作られた強固な信念である



ぼくは人なんて大体信じていないので、車の運転手の顔と仕草、車のスピードを必ず確認する。

道行く人のこともこれっぽっちも信じていないので、いつ刺されるのか戦々恐々としている。もうこれは病気の域なので許してほしい。

ただそんなぼくでも、状況によっては信じていることもあるので、もうなんか、毎日波乱万丈で命がけめいた生活を送っている。

これはこれでアドベンチャーめいて悪くはない。

信頼がなければ何もできない

さっき書いたみたいに信頼がなければ何もできないので、人と人とで信頼関係を結ぶのだ。

結局そこが重要だ。

人は他人に対して「自分人生を預けられる人か」「全部委ねても問題のない人か」というのを求めているわけ。



ぼくはそれは大嫌いだ。自分人生を人に委ねるな。お前のことはお前が決めろと思う。嫌なら俺に食われろと。代わりにぼくはきみに愛をあげるから

コミュニケーションほとんどの場合かなり難しい。

特に万人受けするようなコミュニケーション手法はない。ある人にはバシッと一致したやり方が、別の人には全くヒットしないことも数多ある。

整形したけど好きな人には見向きもされなかったということもあるだろう。おもしろ悲劇だ。

でも一般的にはすべてのコミュニケーションは、この上に書いたような概念で成り立っているとぼくは思っている。

かなり抽象的なものだが、この概念を体得することによってコミュ障コミュ障でなくなれると信じている。



ぼくはこれらの上に書いたことを自分人生経験によって後天的に獲得したけれど、未だ極致には及んでいないと思っている。



でもそれでも、昔のぼくみたいに、コミュ障で苦しみ抜いている人の、何か手助けになれば嬉しいと思います



ではでは(`・ω・´)

あ、あと彼女募集中です

追記

1

最初に言いたいのは、ぼくが書いたことは、かなり難しい概念であり、なおかつ多くの人間はこれを獲得できていないので概念的に新しく、サラッと読んだだけで理解できるとは思っていない、ということだ。

にも関わらず、読み易くしてしまったことは失敗だと思っている。

換言すれば、ぼくは、この記事対象読者の設定を、あまりにも高く見積もりすぎていたというだけの話だ。

そのような読者はとんでもなく少数だというのに、ぼくはかなり愚かだった。

これは猛省すべき点だ。



無知蒙昧な輩にとってぼくの文章は、ところどころに書いた「嫌なら俺に食われろ」とか「犯罪ではない精神操作」とか「そしてメンヘラである」とかそういった文言が持つ極めて暴力的な響きしか伝わっていないのだと思う。

ぼくの文体は、終始人を見下すような調子で一貫されているけれど、それはその通り受け取ってもらって構わない。おめでとうそれは真実だ。事実ぼくはあなたを見下しているのだから

ぼくにとって、この記事は「色んなひとに知っておいてもらいたいもの」ではなくて「愚鈍貴様に、俺様が授けてやろうと言っているんだ」くらいの気持ちで生成されたものだ。

したがって、ぼくが追記で言いたいことは「ありがたくこれを受け取ってお前の糧としろである。ぼくの文章は「ぼくがかんがえたさいきょうのコミュニケーション」という生易しいものではない。

この追記そのものも、やはり無知蒙昧な輩にかかれば、ただ見下されている不快文章として扱われるだろう。それは無知蒙昧なのだから、仕方ないことである

ぼくはかなり排他的だが、悪魔的ではない。それどころか紳士淑女的で優しく慈愛を持つ人間だと自負している。

したがって、まぁそんな輩はさておいて、けれど凡人においても、ぼくの言葉理解し難い点はいくつかあると思うので、それについては平易な表現言葉を言い換えて、以下3点、解説をしようと思う。

これらは慈悲深い猶予にすぎない。



2-1

ぼくの文章の多くは、人々にとって「読んでいても当たり前にしか聞こえない」ようなことがつらつら書いてあるように思われるのだろう、とぼくは考えている。

ただしぼくは、全く当たり前のことを書いていたつもりはない。

それはぼくにとっては呆れるほど自明なことだが、愚鈍に毛が生えたものにとってぼくは匿名の筆者であるということを考えれば、まずあなたがぼくのことを「価値のあることを言う人物だ」とみなす材料がないのだから、傾聴しようと(愚かにも)努力しないことは当然だとも思っている。



たとえば、

お菓子の交換」は「お菓子食べたいから」ではなく、「お菓子を交換しあうことができるぐらいの仲の良さを確認し合うコミュニケーションフレームワーク」なのである

から「ガムいる?」は「俺おまえとちょっと仲良くなりたいって思ってるよ」という意思を示しているわけだ。

だって、嫌いな相手にガムなんて渡すか??!!

という文章は、至極当たり前のように見えるだろうが、これは「ガムいる?」という表現は、「仲良くなりたい」という表現をするためのガムを媒介としているにすぎないというもので、

「ガムいる?」から開始されるコミュニケーションにおいて、『「ガム」が「必要か否か」』という概念は全く重要ではないことを示唆している。

「ガムいる?」が最初にあって、それが仲良くなりたいという表現なんだよということではない。

「仲良くなりたい」が最初にある。ガムは別に無い。ガムは媒介である

そしてこれはすべてにおいて適合する。ぼくは「お菓子の交換」とはこういうものだと、そんなことを大真面目に論じているわけではない。

お菓子の交換」の話は、依然として抽象度が低い。それぐらいは、たとえどれだけの馬鹿でもわかってほしいものだ。



やはりこの「たとえば〜」から始まって「〜ほしいものだ」で終わる文章も、読み易くなっているのが原因だろう、おそらく「ふーん」と読み流してしまうことができる。

それは、「知っている」から読み流しているのではなく、「よくわからいから読み流している」のだ。言葉の一語一語に再三注意して、かつ十分に日本語文法解析能力を発揮して、意図を汲み取ることがあなたがするべき仕事だ。


2-2

ぼくが書いたことは大変難しいので、あぁ、それはタイトルだけを見て脊髄反射的に「コミュニケーションってこういうものだよ」とあなたの考えを論ずるのは、それはあなた人生の数瞬なのだからどう使おうが勝手にしてほしいのだが、やはりもし少しでも聞く耳があるのなら(おそらく無いだろうが)、ぼくの書いた節ごとにあなたの考えを論ずることは上徳であろう。

何もぼくも、ぼくは完璧だと主張するつもりはない。ぼくは真摯意見には敬意を払う。なんならぼくの間違いを指摘してくれても構わない。ぼくはそれを受け入れる。

ぼくが予測しえなかったぼくの誤謬を暴けるほど優れた人々は素晴らしい人々だ。

2-3

彼女募集中について。

これはぼくが女であると見抜けなった間抜けを炙り出すための装置だった。


3

ぼくが自身コミュ障だと呼称したのは、謙虚さの発露だったというのに、それを論ってマウンティングするような人間には絶句しかない。

一度自らの愚鈍さと真摯に向き合ったほうがいいだろう(ただ可哀想に。向き合えることはない)



最後に思うことは、ぼくが最初謙虚に書きすぎたせいで、信じられないくら傲慢人間を引き寄せてしまったこともかなり失敗だった、ということだ。

それはやはりぼくが完璧ではないと書いたことにも繋がるが、その点に限っては今後も精進していきたいと思っている。



そしてぼくは、これらがあなたコミュニケーションの助けになりますように、と切に願っているだろうか。

2016-05-06

彼女いない歴=年齢の非モテだけど、幸せすぎてヤバい

彼女いない暦=年齢 理系 童貞 25歳という絵に描いたような非モテです。

大学時代一目惚れして片思いを続けていた女の子から突然連絡が来るようになって、

今はメール長電話も全てが幸せすぎる。

世の中がカラフルになって、空気が良い匂いがして、草木が青々しく感じられる。

リア充が感じていた幸せって、こんなものだったのか!

ああ、幸せだ。

この幸せ大事にしよう。

幸せすぎてヤバい

2016-05-05

連休も終わるし半生を振り返ろうか

人生50年と言われた時代ならもう折り返し、何もすること無く連休が終わるので振り返る。古い記憶は思い出すのが難しく、新しい記憶ほど濃く出てしまうのは仕方ない。



小学校時代

進研ゼミをやってたこともあり勉強はそれなりに、いやそもそも小学校範囲なんて普通に聞いてればどうにかなるだろうと。

運動は苦手というか嫌いで部活インドア系、今で言う程の虐めは無かったがからかわれたりされるキャラ。同じ目立たな系グループや、全方位社交的タイプの人や、辛うじてまだ友人と呼べる人がいた。



中学校時代

この頃、パソコン(PC-9821)を買って貰った。もちろん建前は一家共用のもの、だけど実際に使うのはほぼ自分だった(PC-98というところかしてお察しください)。

当時のパソコン通信もやるようになり、「馬鹿(なことを言う奴)は叩かれる」という現代に通ずる教訓を得ることができた。

そして勉強生来ズボラさ、真面目系クズの因子があるとこの辺で勉強に付いていけなくなる。当然、落ち零れ始めると進研ゼミテキストも開かない、課題提出もしないまま高3まで継続することになる。

この頃、一人だけ自分に対して話しかけてくれる女の子がいた。「○○って好きな人かいるの?どんな人?だれだれ?」と妙に絡んできたり、将来はパソコン使う仕事がしてみたいとか話したら、教室の班内で日記的なものを順に書き教師に提出するノートで(明らかにそんな興味はなさそうなのに)「パソコン仕事がしてみたい」と書いたり、それなんてエロゲ的な知識からするとフラグと思えなくも無いが目に見えないフラグなんて何の意味も無いし気付くわけが無い。しかし今でも夢に見ることがある。お陰で、上述したエピソードどころかその存在すらも夢の中で自分妄想したものではないかとすら疑い始めている。



高校時代

進学校はいけず、普通に近い公立校へ。

この辺りから、顔を知っているという程度の知人はいても友人というほど親しい存在がいなくなっていた。放課後に誰かと遊びに行くこともなく、パソコンにかまけていたんだと思う。

中学時代女の子は帰り道が一緒になったときに声を掛けてくれたりたまに話してくれたりもしたが、いつしかそれも無くなり、逆に自分無意識に目で追っていることに後で気付いた。

大学受験は散々だった。理系なのに数学の内容が全く理解できない時点で終わってる。結局、3月過ぎの最終日程で、得意な現国一教受験が可能なFラン大学の新設情報学部滑り込みを果たした。



大学時代

(高い)金さえ出せばアホでも行けるという周囲の評判通り、他学部ではチャラそうな男女が目に付いたが、一日自由に誰の目を気にすることも無く快適なパソコンネットが使えるというのは大変に魅力的で暇さえあれば通い、家では新作エロゲをひたすらプレーしていた。

ゼミのメンバは(イベント毎があれば何かしたがるリア充的な彼ら特有のノリで)大変に気さくで飲みに行くこともあったが、それ以外の場ではやはり話す人も無く、遊びに行く友人も無く、淡々と3年で必修単位を取ることに徹した。卒業1年後、ゼミ同窓会的な催しの連絡があり行ったが、その後は音信不通となった。



就職活動

氷河期と呼ばれる時代は辛い。私はこの時点まで使う必要がないことから携帯電話を持っていなかったが、さすがに差し障りが大きいということで親名義のものを譲って貰った。

就活自己分析に始まり自己否定に終わる。誰もが思ってもいない建前を並べ、何処でも良いから内定を寄越せという本音を隠そうとするがそれでも否定され、自分社会に不必要存在であると言うことを実感させられる。

性格分析の結果だと、凄く明るくて社交的なのに全然違うね?」と宣うぐらいなら、性格検査なんていうアホな試験をさせるべきでは無い。何処の世界就活で、自分は暗くて内向的コミュ障ですとアピールする奴がいるというのだ。

「凄く優秀そうなのに、どうしてまだ未内定なのか不思議です」、その理由はすぐ横にいる人事に聞けばいい(これを言われた面接で落とされた)。

しかし50、60、と面接の回数を重ねると利点が一つだけ有る。心身が疲弊しきって、面接程度ではもはや緊張を覚えなくなるのだ。相手も本気で新卒に何かを求めているわけじゃない、地雷かどうかを見極めているだけだ。グループ面接で聞き飽きた他人エピソード第一位は「サークル or バイトリーダーとしてイベント or 仕事成功させた」だが、横で聞いてる自分ですらまたかよと思うのに採用担当者ともなればもうやめてくれと思うんじゃ無かろうか。

そんな無我の境地が奏功したのか、一社だけ内定を得ることができた。自分のやりたかったこと(開発)とは微妙に異なるがIT系ではあるので運が良かった。



社会人時代

アキバオタク聖地だなんて今でも言うのか知らんが、半導体からアニメまで界隈に集い、ここに慣れてしまうと他が物足りなくショボく見えてしまうのは仕方ないことだと思う。毎週通うために回数券で切符を買っていた。

仕事の方は、残業70~90H/月程度だったがこの頃は羽振りがまだ良く残業時間にうるさくは無かった。むしろ残業代の形で還元されることもあり、周囲含めて生活残業が多かったのだと思う。

しかしそんな給与は1円も貯金すること無く、エロゲアニメDVD同人誌マンガCDへと消えていった。

社会人何年目かで、アキバ出会ってしまったのがいわゆるドールだった。フィギュア的な造形でありながら、フィギュア以上の表現力を持ったそれにすっかり魅せられてしまった。

ドール大量生産に向かないためか通常に買う場合でも一体6~10万、過去の人ドールともなるとヤフオク20万、30万、もしくはそれ以上という異常な価格となる。しかし買えない価格では無い。そう、社会人にとっては多少無理をすれば大抵のものは買えてしまう。

ある時、どうしても欲しいドールがあり、初めてキャッシュカード付属したキャッシング枠を使った。そしてクレジットカードと同じように後日それを返すだけ。

人間感覚というのは本当に恐ろしいもので、一度味をしめると慣れが生じる。経験が油断を生み、警戒心を歪ませる。

間が悪いことにこの頃、親会社への出向が解除となり入社以来縁がなかった自社に戻ることになった。子会社にとって残業時間管理死活問題、定時を過ぎて用が無ければ帰れとしつこく言われ、何年かぶりに明るい時間帰宅をした時は戸惑うしか無かった。

残業時間が減れば残業代が減る。残業代が減れば収入が減る。収入が減れば欲しいものが買えなくなる。ここで話は戻り、足りないなら借りるしかないということになる。

最初キャッシュカード使用はいつの間にかなくなり、別の消費者金融カードを作っていた。最初は50万だけだったのが、100万、200万となり、気付けば借金は3社で計400万近くなっていた。

消費者金融における総量規制により年収の1/3以上を借りられなくなるという話を聞いたとき、ようやく現状を省みることができた(総量規制に便乗した、いわゆるおまとめローンの案内が来た)。

多分、一種買い物依存症だったのだろうと思う。買うという行為自体に満足感を覚え、DVDマンガなどは買ったときレジ袋のまま部屋に放置していたというのがその証拠だろう。酒や煙草は全く嗜まないこともあり、溜め込んだストレスを知らず知らずのうちに買い物という方法しか解消できなくなってしまっていた。

この400万近い借金の返済には6年を要した。途中、1円単位小金を集めて用意することもあったが一度の遅延もなく(信用情報上、大きな借金がある時点で不利なのにさらに遅延があると極めて不利になるので絶対に避けたかった。また、大きな借金があっても遅延無く支払っているのであれば継続的に安定した収入があると見做される)、むしろ終盤には収入が増えて余裕ができたこともあり予定より三ヶ月ほど早く完済が叶った。

あれほど金が無い、金が無いと言っていたのに今では200万程の残高がある。しか三十路を過ぎた男が200万しか貯金が無いというのは余りに情けない。

しか20代の頃はただ闇雲に浪費を重ね、何かを極めたわけでも、引き換えに何か誇れるものを得たわけでも無い。そして30代の前半は今月分を返済したら幾ら残るかを考えるだけで過ぎてしまった。

社会人になってから自名義で契約した携帯電話としてiPhoneを持っているが、その番号を知る知人、友人、家族はいない。掛ける相手もいないので履歴は全てセールスの着信で、発信履歴はない。



一度、中学校同窓会案内が転送されてきたことがある。当時はそれどころではなかったのと、中学時代同級生特に思い入れも無かったこともあり返信すらしていなかったが、引越の時にその案内書がでてきた。よくよく見ると同窓会の告知するwebサイトの案内があり、ふとした興味で何となく覗いてみた。いわゆるBBS、当日の写真といったものがあり、聞き覚えのある名前発見することができた。

写真は年相応になった懐かしい(…とはあまり思えなかったが)面々、年老いた教師、といったものだったが、BBSの方は久闊を叙するメッセージ狭間に「当日は子供の世話が…」「嫁の都合で…」といった文言が有り衝撃を受けた。恐らく当時は26、27ぐらいの年齢だと思うが、見覚えのある名前がそういう状況になるというのはなるほど奇妙なものだ。赤の他人の話であることに違いはないのに、すぐ横で出し抜かれたような気がしてしまうのだ。



今となってはもう友人も恋人結婚も望むべくもないし全てが遅すぎた。もし来世があり、草や木に生まれなかったのなら次はもう少し人間らしい人生を送ってみたかったと戯れに考えてしまう。