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はてなキーワード: 美学とは

2017-03-23

安部首相元老になるかも。

まだ62歳だから平均余命を考えると、あと20年は生きる。

小泉元首相みたいに意識して影響力を減らすような美学はなさそうだし、どちらかというと森元首相の強化版みたいになりそう。森元首相自分意思スポーツ以外になさそうで軽いお神輿だけど、安部さんの美しい国っていう主張はちょっと極端で、現役世代迷惑かけそう。あと、安部首相自分バカだっていう意識がなさそう。森元首相はわかってやってそう。

「2010年代とは極東アジアパワーバランス違うし取り巻きも古いからはっきり言って邪魔なんだけど、へそを曲げられると面倒だからなあ。」(2030年の首相のボヤキ)




個人的首相の分類

自分神輿だと思っている人  :鳩山、森、小渕、村山野田(?)、麻生羽田細川安部第一期)

自分指導者だと思っている人 :橋本小泉安部(第二期)、福田宮沢、菅


橋本福田宮沢も管も切れ者であることは間違いないし、小泉血筋政治天才だけど、安部幸運血筋の人で、能力勝負の人ではないのに。安部さん長期政権ブレーキ効かなくなってるんじゃないかなあ。権力は人を腐敗させるのであるなあ。

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

2017-02-27

フリーター美学

働いたら負け

社畜になるくらいなら、死を選ぶ

金あっても好きなことできねーだろ?

好きなことを好き勝手にやって生きていけるのが、フリーターの良いところだ

2017-02-11

江戸川乱歩 原作 舞台「孤島の鬼」をめぐる120時間

先週日曜、舞台を観てきた。江戸川乱歩原作の「孤島の鬼」。

感想増田投稿済みだし、最終考察投稿バリバリ編集なのだけど、

先ほど、ずっと一緒に推理に付き合ってくれていた友人が、《原作真相》に1つの答えを出してくれた。

「孤島の鬼」原作に対する現在の私の解釈について

※閲覧にはTwitter連携必要ですが、誰でも読めます



私はこの解釈を読んで、江戸川乱歩まじすげぇ人なんだな、と思ったし、

舞台感想を聞いて原作を読み返した」という超間接的な位置に居る友人にまで影響を与えたこの舞台まじやべぇな、と思った。



この話は、やれBLホモだと騒がれているが、こんなにも『人と人との愛の深い部分について書かれている』ことに萌えている感想は、まだ一度も見たことがない。

腐女子の皆さま、乱歩パイセンの名作は、想像を絶する至高のBL小説だったよ……(震え声)

次の新刊ネタにできるよ……



観劇してから120時間神経衰弱するほど友人と推理を重ねてきて、友人が辿り着いたこの結末に私は本当に感動したので、記念に最後にもう一度観劇しようと決めたのだけど、観劇前に今までのことを日記として残したいと思う。

(友人との推理使用した部分以外は原作未読をまだ貫いているし、私の主観での希望的観測は友人とは少し違うのだけど、それは最終考察とあわせて観劇後にまとめたい。)



どうせ同じ高いお金を支払って観劇するのなら、楽しめた方が絶対にいい。

私はもう「視点を変えれば、世界が変わる」=「つまんなかったものが最高に面白くなる」という瞬間を短くない観劇人生で知っていたので、本作初見では何か視点を歪められてるような印象にすごくもやもやした。

今思い返すと、色々なテクニック…いや、ヒントが散りばめられていた。

作中の探偵二人が言う「常識ではトリックを見落としてしまう、視点を変えるんだ」というようなセリフが印象に残っていたり(大事なことだから2回言いましたの法則。一度だけならスルーしていた)。

ストーリーテラーがやけに観客の目をガン見してくる→目を見るというのは語りかけてくるということで。しかしその眼差しに乗るメッセージは無く、視点誘導にも思えるのに最終的にストーリーテラー非難するような印象で終わる。この矛盾

原作では『簑浦』という名前主人公が『箕浦』であったり。同一人物に別の名前が与えられ『一人二役』であったり。

いかにも裏がある風で、どうしてもひっかけられてるような感覚があった。

「結局胸糞悪いだけだった」作品結構観てきたけど、それらは完全に私との解釈違い…美意識というよりもっと恣意的な『美学』の違いで、どうにも受け入れがたいという点からくる胸糞悪さだった。

でも本作では諸戸に感情移入できてしまったし、そもそも異形とは何かみたいな問題提起の要素もあり、そんな乱歩原作が『美学押し付け』には絶対にならないという妙な確信があって。私は謎解きに踏み出していた。

推理小説は読まないけど、リアル脱出ゲームとかは好きなんです。

(一晩明けて昨日、一緒に脱出できた経験のある頼れる別の友人が、私の沼りっぷりを気にかけて舞台を観に行ってくれた。そして私が完全に見落としていた最重要ヒントを見つけてきてくれた。優しすぎるし天才すぎる。)

(そう言えば原作解釈の友人も、私にとっては自明の理すぎて結構雑に扱っていたヒントが友人にとっては盲点で、そのヒントがあったからこの解釈に至ったと言ってくれた。嬉しかった。)

(そして、盲点とは必ず存在するし、それは本当に自分には見えないだけで、他人からたらこうも軽々と見えるものなのだなと、また一つ得難い経験をすることができた。人生って楽しい。)


終演後からすぐ調べ出して、最初のヒントには帰りの電車内でもう出会えていた。検索上位だった。有り難い。

からそのまま寝ずに感想を書き上げて翌昼増田投稿したのが初見感想

なんで増田に上げたかと言うと、これが《私》の感想であると、他の友人知人に知られるのが恥ずかしかたから。お陰で普段以上に壁打ち感ぱなくて孤独だった。それを全部友人との推理にぶつけていた。この五日間付き合ってくれて原作真相にまで辿り着いてくれた友人マジで有り難う。



自分感想の反応はサッパリだけど、各所に皆さまがどんどん感想を投下されるのでひたすら読み漁っていたのですが、どうにも自分の知りたい解がそこにはないように思えてきて。(感想拝読させていただいた皆さま、失礼な物言いになってしますみません。今回が異例だったのです。通常の演劇作品感想としてはとても楽しく面白拝読させていただきました。公開してくださったことを心から感謝しています。これからも是非よろしくお願いいたします。鍵、イクナイ。)

先述の私の盲点にあったヒントを見つけてきてくれた友人との会話でも判明したのですが、私が求めていたのはどうやら『感想』ではなく『印象』だったのです。

感想とは『事象対峙した発言者の想い』である。対して印象とは『事象対峙して発言者が捕捉できた部分』である

私は自分では見えなかった作品ありのままの姿を知りたかったみたいです。


その点では、原作を読んだけど舞台は見ていない友人と、舞台は観たけど原作を読んでいない私の探偵コンビはなかなか良いバランスだったのかも。

お互い違う表現を見ているか感想だけでは語れないけど、小説舞台作品本質が同じなら、印象と事実も一緒に突き合わせることで対話が成立する。


書いていた続きが寝落ちたら消えていたので、ちょいちょい追記していく。

2017-02-07

もちろんエアトラバ美学には反していないのじゃ。

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170206223615

トラバ反論美学に反していないから遠慮なくするとよいぞい。

追記をしてはならぬ。増田美学に反する行いじゃ。

その他にこのような行いが増田美学に反するぞい。



ブコメ個別の反応を返す

トラバがたくさんついたことのお礼

・年齢や性別職業学歴などのスペック開示から入る

ブコメツイッターで書いた報告




追記:美学というのはあくま美学であって、禁止をしとるのではないぞい。

2017-01-31

大人ロボットになって破壊されたい。

 巨大人ロボットになって破壊されたい。

 みじめに無惨に破壊されたい。

 腕とか脚とかの装甲をぼろぼろ剥がされて、胴体に大穴開けられて、熱線で基盤を焼ききられて、壊されたい。

 それも、同格の機体なんかじゃなくて、雑魚のトループなどにやられるのがいい。

 とてつもなく強いロボットになって、最大戦闘力では歯牙にもかけていないくらいの対象たちに、ポンコツのように空き缶を捻りつぶされるようにずたずたにされるのがいい。群れで狩られるとすばらしい。意思なき沼のようなトラップにはまって強制的酸化されて朽ち果てるのもいい。

 砲撃を受けて揺れるうちに、少しずつ損壊していって、ついに直立不能になるのも愉しい。倒れてから煙を上げて動こうとするけれど、ついに横転することすら叶わない芋虫となるのもかぐわしい。

 他方、一瞬で頸部や腹部を両断されてしまうのも無力さが響く。

 戦闘不能となった状態で、群がられてパーツを剥奪されるのもぞわぞわする。取られた部品を売られたりすると最高。あ、素材は基本無機物で。

 こちらが正義や信念のために動く側にあると、なおよい。

 その場合相手は悪の側に属しているのならば、美学もない勢力が旨い。ワインチーズを合わせるように。

 善の側に属しているのならば、こちらの位置より社会的に上側であり、大人の事情処分する(例:実は敵側との裏取引をしていて、こちらの方に見抜かれた結果、人間ロボット処分することにした)というケースも不条理感や汚さ感、憤激ポイントがあっていける。これはペッパー付きのビーフジャーキー

 目下悩んでいるのは、そのまま破壊されて屑となって終わるのか、復活して相手を掃討して終わるのかというところ。

 どっちもおいしい。

2017-01-25

感情移入

ある対象から直接に知覚される、美しい、崇高な、等の意識以前にある感情説明する美学19世紀後半にロバート・フィッシャーらによって問題化され、ヨハネス・フォルケルト、テオドア・リップスらによって20世紀初頭に学問的に体系化された。1903/06年の『美学』において、感情移入のありようを分類、規定しようとしたリップスは自然対象に潜む生と人間の心的力動性との融合に感情移入を認めた。ヴィルヘルム・ヴォーリンガーは『抽象感情移入』のなかで主観から出発する感情移入説と近代美学を結びつけ、その限界を指摘することによって「感情移入」できない東洋美術をより公平に論じようと試みている。

こんな難しい言葉、俺には使いこなせない。

2017-01-11

美学がないやつは駄目だ

美学がないやつは何やらせても駄目だ

美学こそが魅力を生み出す原動力となる

ないやつは野良犬と同じだ

人間として生きたいのなら美学を持て

2016-12-16

タイトルに「クリスマス」がないクリスマスソング名曲

世間クリスマスソングが溢れる季 節。

クリスマスソングの多くは、たいていタイトル歌詞に「クリスマス」が入っている。至極当然なのだが、稀に「クリスマス」が入っていない名曲もある。

12月24日/ピチカート・ファイヴ

only holy story/Steady & co.

ストロベリーチップス/HALCALI

クリスマスという単語を出さずにクリスマス連想させる美学が感じられて、聴いてて心地良い。

これ以外に当てはまる曲あったら是非教えてくれ。

[] #9-4「映画ミカタ

店長は、まるで俺たちがくるのを待っていたかのように、店内に構えていた。

店長、『アレ』を観に行きました。映画自体面白かったです。もちろん完璧ってわけではないですが。問題はそれを語る人間です」

「何がどう問題なんだ?」

店長の態度はまるで全て分かっているようで、ただの問答が白々しくも見えた。

あいつらは映画の話をしているようで、実はしていないんです。映画ネタ政治を云々している奴らもいた。そーいう主張そのもの批判するつもりはないが、あの姿勢は肝心の映画蔑ろにしている」

店長は生え始めの髭を数回さすりながら、しばらく考えるように目を瞑る。

十数秒その動作を続け、ようやく言葉を発した。




映画というコンテンツが、今なお強力なのはなぜか分かるか? それはな、芸術からだ。芸術ってのは正解がない」

「その話と、俺たちの出来事関係が?」

「焦るんじゃない。理解するには、結論だけでは不十分なんだ。芸術に正解はない、つまり人の意見千差万別で、一枚岩ではない」

「だからって、映画ネタ関係のないことを主体に語っていいとまでは俺たちには思えない」

映画はそこまでの度量がある、と考えればいい。そんな奴らすら受け止め、枠組みに入れ、正解も間違いも曖昧にさせ、意見を分かち合わせる。だから映画はこんな時代でも強力なコンテンツであり続けるんだよ」

店長の言いたいことが何となく分かってきた。

彼らの姿勢の是非はともかく、映画にとってそんなことは重要ではなくて、清濁併せ呑むことができる。

店長が俺たちに言っていた「健全」ってのは、本当の意味での「濁」を知らなかったってことだったんだろう。

「案外悪いことでもないってことさ。それで本質的価値が脅かされない限りは、映画ネタ政治を云々したい奴、自分語りをしたい奴、そんな一見するとほとんど関係のない奴すら同じ輪に入る。それって実はすごいことなんだぜ」

「知らないくせに首を突っ込んでくる奴も?」

「……まあ、映画というコンテンツは寛大だろうさ」




これでひとまず今日は眠れそうだが、そういえば気になっている事が残っていたな。

「オサカの総括的に、結局『アレ』はどうだったんだ?」

「そうだなあ、監督が以前手がけた映像美以外に褒めるところがないものに比べれば、その反省点を活かした構成になっていてストーリーもかったるくない。大衆が受け入れやすいよう分かりにくかったり面倒くささも極力排除されていて、逆にそれが監督の持ち味になっていた『何となく深そう』だとか、『共感できるやつだけすればいい』みたいな突き放した、独自美学作風に反映されていた部分も減ってしまっているのが残念かな。自分としてはホソダ的な基本はフィックスアングルで、ここぞというときカメラ的な動きすら演出にするやり方が好みなのだが、あの監督的には多少ごちゃごちゃしているほうがいいかもしれない。演技に関してはアニメありがちな明瞭としたのではないが、あまり前面に主張してこない声質? 演技がより一般大衆にウケたとも考えられ……」

「あー……やっぱり、また今度聞かせてもらうよ」

(おわり)

2016-11-06

幸せ黄色いハンカチ」ってどこが名作なの?※ネタバレあり

しがないゆとりが名作だと聞いて観てみたのはいもの高倉健クズすぎて何が面白いのかさっぱりわからなかった。

まだ性豪の武田鉄矢のほうが感情移入余地があるレベル

まあでも、

「せっかく口説き落とした妻が流産したのでDVついでに町の飲んだくれをうっかり殺害しちゃったおっさん

金も仕事もない気のいい若者好意に甘えながら偉そうな説教自分語りをかましつつ家まで送ってもらったらけなげにも妻が待っていた」

っていうストーリーラインはなるほど団塊の世代が好みそうな内容だぁと軽いジェネレーションギャップを感じつつも思ったところ。

これが昔の人の「男の美学」なんだなぁ。そりゃ最近の若者はだらしないわ。

2016-10-15

広告代理店の中から見る、異常な勤務実態是正方法

http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20161014/3505981.html

電通労働局調査が入ったようだ。メディアが立ち入りと同時にニュースリリース電通の友人に聞くと特に社員にはアナウンスもなかったようだから、おそらくこの調査自体は抜き打ちでも何でもない。今後、どう対応していくかということだろう。


さて、広告代理店おかし勤務形態是正するために、どうすれば良いか中の人として率直なことを言おう。3つの問題解決される必要がある。


企業文化問題

この問題が、一番是正可能問題と考える。

十年、二十年前と違って広告代理店も「フツウの会社」になってきているといいつつも、様々な場所で指摘されている通り、日本的企業の悪いところを極端にして集めたような企業文化であることが、広告代理店残業が果てしなく増えていく大きな原因となっている。

例えば、徹夜をして時間をかければかけただけ、質が上がると無邪気に信じていること、あるいは、社内の宴会の出し物のために若手社員を初めとして残業して取り組むことが是とされていること、リスクヘッジのためと称した無駄作業オーバークオリティをするのが誠意と考えているということなど。ある種、「普通にやるべきこと」を超えて「そこまでやらなくてもいい」レベルまでやることが当然という文化が、電通でなくても少なから大手広告代理店にはある。

そしてこれが純粋に求められている仕事に対するクオリティではなく、依頼するクライアントからすれば不必要ものをやって悦に入っている。そうした自己満足的な仕事を取りやめることで、大きく心理的負担作業量が減るはずだ。


評価体系・報酬体系の問題

この問題は急に手が入ることは難しいだろうが、既に取り組まれ始めており、ここが解決することで大きく是正するだろう。

大手広告代理店は、日本的企業文化が強いこともあり、昇進の体系、評価体系において年功が強く重視される。電通の亡くなった新入社員Twitterを見た人はご存知かもしれないが、ほとんどの大手広告代理店において年次は絶対価値観で、仕事ができるからといって上司よりも昇進が早い、なんてことはあまりない。博報堂はやや年功序列が緩んでいるが、それでも一部の非常に目立つ社員に限られる。電通は数千人の社員がいるが、早期昇格する人は十数人程度とのこと。

ではこれだけ年功序列だとすると給料はどう決まるのか?答えは簡単残業時間の量によって決まる。そう、残業しなければお金が稼げないというシステムなのだ。(博報堂は多くの社員年俸制になったそうなのでこの限りではない)その人が優秀か否かは関係ない。会社にいれば、お金が稼げる。だからこそ、残業常態化するのである。密接に仕事評価と結びついた評価報酬体系、あるいは年俸制にすれば大きく残業時間の「見た目の量」は減ると思われる。


・受注産業であることの構造問題

しかし上記2点は本質的問題ではない。広告代理店ビジネスモデルは受注産業であり、広告代理店残業問題解決するには、この「発注側」の協力が不可欠である。自社がどれだけ制度を変えても絶対に「本当の残業量」は変わらない。年俸制にしたところで、ヤミ残業が増え、むしろ報酬体系と見合わなくなり、自殺する人が生まれるだけのはずだ。

この問題は、前述の「企業文化問題」とも結びついている。受注産業として広告代理店が競合しているため、発注する企業側としては「どれだけウチのためにやってくれるか」というのが評価基準になる。結果、オーバークオリティが当然となり、「クライアントファースト」を錦の御旗としてすべての時間を注ぎ込む、どれだけ尽くせるかが問われる。発注企業担当者もそれが当然と思っており、結果として忠誠を確かめるために無理難題を言い始める。「明日来年キャンペーン企画をすべて考えて持ってこい」というような無茶な依頼である。これは実際にその企画がどうというよりも、「仕事がほしいなら汗をかいてこい」という関係性によるものだ。結果、仕事の内容よりも、どれだけつらい思いができたか?ということが、社外的にも、社内的にも評価基準となってしまい、結果として仕事量は増える。また一番分かりやすい「汗のかき方」は時間をかけることなので、長時間残業がむしろ推奨されるというおかし空気が生まれしまっているのだ。

インターネットにおいて広告代理店は嫌われており、特に電通博報堂はすべてを裏から操る悪の枢軸と、ある意味評価”されているが、受注産業なので実際は立場発注企業よりも下。クライアントに対してNOを言わないのが、広告代理店的の(無意味な)美学である


これを是正するためには、双方が考えを改める必要がある。

・無茶な要求にはNOと言い、かけた時間仕事関係ない誠意をクオリティとして評価せず、純粋に納品物で勝負するという広告代理店側の変化

・無茶な要求で試したり、丸投げするようなことはせず、適切な金額スケジュール発注し、誠意や時間といったことでは評価せず純粋に納品物を評価するクライアント側の変化


ただ、この構造問題をどれだけの人が理解しているだろうか。電通に立ち入り調査が入ったが、もし労基がただ残業時間を減らせ、と電通に厳命すればおそらくさらなる自殺者が出るだろう。ヤミ残業が横行し、かつ給料も大きく下がるからだ。

私は広告代理店社員として、今回大きく社会問題化したことは非常に好意的にとらえている。これだけ社会的問題として広告代理店の異常さが取り上げられれば、一般の反応はともかくとして多くのクライアント企業が自社の発注のやり方に関して少しでも疑問を持ってくれるのではないかと期待しているかである電通経営陣もそう思っているかもしれない。これだけ社会問題化すれば、残業時間是正、働き方改革という旗のもとに、クライアント企業側に仕事のやり方を変えるようお願いしやすいかである。そして電通が変われば、そこに続く博報堂以下の企業も同じように追随できる。

私自身は、広告代理店企業文化、あるいは遅れた評価報酬体系に関して大いに不満がある一方で、広告代理店仕事自体は(理解してもらえないかもしれないが)好きだし、もっと本質的クライアント企業に貢献したいと考えている。これを契機として変わってほしいという願いを込めて。

2016-10-11

無自覚の間にブラック上司になっていた過去

周りのブラック上司がどうかは知らないけど、自分場合は100%正義感が原因でブラック上司になってしまっていた。

特定を避けるためにかなりぼやかして書く。

自分入社した頃の会社業界としては発展途上、企業としては過去の悪しき習慣を引きずったままの成長頭打ち企業だった。

目の前に集客のチャンスがごろごろとしているのに、新しいことに挑戦して評価を落としたくないくせに残業代カットされたくないからと無駄ルーチンばかりが業務を圧迫していた。

当然ぺーぺーの自分には山のような無意味ルーチンが回ってくる。ルーチンをこなさなければ古参社員達に批判をスキを与えてしまう。

から新しいことや自分のやりたいことにチャレンジするには、全てのルーチンを終わらせた後か、休みの日にするしかなかった。

別に会社特別な恩があるとかよりも、自分能力に対する好奇心であったり、単純に業績が上がっていくことに対して楽しいと感じていた。

から、目の前にやるべきことがあるのに、努力しようともせず無駄時間給料を食いつぶそうとするその時の社員達がむしろブラック社員に見えていた。



文字通り休み返上して、毎日の勤務時間は平均15時間はくだらなかった。

30日x15時間-平均定時勤務時間150h(実働7時間。月8休)=残業300hの世界だ。

でもそれは誰かに言われたからではない。

誰にも文句を言わせないために全てのルーチンをこなした上で、やらなくてはならないことややったほうが絶対に成長につながることをやりつづけたらこうなっていたのだ。

もちろん残業代なんて請求したことがない。

そんな目先の賃金より、自分が成し遂げた仕事に対する評価が欲しかった。

古参社員達を見返したいという気持ちがなかったと言えば嘘になる。でも、それ以上にやりがいを感じていたのも事実だ。



当然会社内での評価うなぎのぼりで、最短最年少昇格記録を毎年のように塗り替えた。

そんな姿を見てか、古参役職者は次々に理由を付けては会社を後にし、それも手伝ってか更に加速度的に役職を駆け上がることになった。

気がつけば、自分現場トップになっていた。

親族役員を除けば、実質ナンバー3だ。

しかし、立場が変わっても働き方は変わらなかった。

視点が変わってもやるべきことややりかたが変わっただけで、相変わらず使えるだけの時間をすべて使って仕事をし続けていた。

いつしか誰よりも早く出社しないと気がすまなかったし、社員達が全員帰るのを見送らないと気がすまなくなってしまっていたのだ。

別にそれを他人強要しようとは思っていなかった。

ただ、自分がやりたい仕事や新しいことへの挑戦は、日常業務以外の時間帯にするのが当然だと思っていたし、自らがそうした見本であり続けようと思っていたのは事実だ。

無言のままに、僕の下で出世したければ僕と同じ働き方をするのが当然だと考えていたのだ。

から自然社員たちの間で早出残業は当然(自分ほどではないにせよ)だったし、規定残業代以上を請求してくる人間もいなかった。



しかし、そんな生活は当然長くは持たず、入社から8年ほどで大きく心身のバランスを崩してしまうことになった。

ある日、ストレスの大きな案件を幾つか同時にこなしている最中に、突然呼吸が乱れたかと思うと、涙が溢れ出し止まらなくなってしまった。

その日に限ってたまたま社に顔を出していた本部上司に別室に連れていて行かれたが、呼吸の乱れや嗚咽が止まらず、全く喋ることができなかった。

その後はひとまず早退することになったが、翌朝から仕事のことを考えるだけで精神と肉体が働くことを断固拒否するようになってしまった。

何と伝えればいいのかわからない状態で受話器を持ったまま時間ばかりが過ぎ、結局上司からの着信を何の準備もできないままに受けることになってしまった。

昨日同様、まともに会話のできない自分に、上司から一週間の自宅療養(勤務禁止)を命じられた。



その間は、常に自らの評価ばかりが気になっていた。

部下から陰口を叩かれているのではないか仕事に穴を開けたことで会社から大きなマイナス評価をうけてしまうのではないか取引先との信用問題になってしまっているのではないか

今すぐに会社に行きたい気持ちに反して、身体はまったくもって動こうとはしなかった。

いっそのこと死んでしまいたい。その時は本当にそんなことばかり考えていた。

自宅療養の間はほとんど外出はせず、所有している漫画DVDばかりを見ていた。

そのままでは何も進まないと、予定通り1週間後に出社を決意した。

そうして出社してみて驚いたことは、誰もが心配してくれていて、誰もが笑顔で迎え入れてくれたことだった。

誰一人というのは大げさだが、無関心な人間はもとより無関心であったり、不満げな人間はもとより不満げな態度ばかり見せる人間だということもわかった。

しかし、何よりも驚いたことは、自分が一週間休み続けたことで、何一つ営業に支障が出ていないということだった。

あとで聞けばそれなりの苦労はあったそうだが、むしろ使命感があって仕事が楽しかったという意見ほとんどだった。

さらに、今まで無能だと思っていた数名の部下が率先して活躍していたと言う話を聞いて耳を疑ってしまった。

しかもその仕事内容はじつに的確だった。

じつにこの一週間で、今までさんざんに手を焼いてきた組織が、今まで見たこともないような成長を遂げていたのだ。



そうした状況に嬉しさと安堵が入り交じる一方、一つの大きな疑問が湧き上がっていた。

自分は一体何と戦っていたのだろうという疑問だ。

腐っていた頃の社員ほとんど追い出して、残っている人間自分に対する理解者だ。

会社の業績は順調だし社内での評価も十分にもらえている。

それでも尚自らが第一線に立ち、誰よりも長い時間働き続けることにどんな意味があったのだろうか。

他者を認めずに自らのやり方で第一線に立ち、自らと同じ美学人間だけを認めることを誰が喜んでいたのだろうか。

その時、他でもない自分自身がこの会社を世に言われるブラック企業へと推し進めていた事実に気がついてしまった。



それからと言うもの、早目の出勤は変わらないものの、帰りはできるだけ早く帰るように心がけた。

そのことについて誰かから反対や侮蔑がないか気になったが、そんなものは全くもって杞憂だった。

振り返ってみると、自分が帰った後に社員たちが真面目に働いているのかが気になっていたのかもしれない。

部下がしっかりと働くことを監視すること。それも一つ、自らの大きな使命だと勘違いしていたのだ。

果たして社内の生産性は、下がるどころか今まで一番の成長を見せることとなった。

それまで無能と思っていた人間が意外なタレント性を発揮し、自分しかまらないと思っていた業務も、やらせてみれば自分以上の創意工夫を見せる社員が多く現れた。

まるで漫画のような話だが、しかし、これが現実だった。

ある意味では、自らの評価を失うことを恐れるあまり、働き方を変えるきっかけを見失っていたのかもしれない。

しかし、その生活になって評価を失ったかと言えばそれはノーだ。

現実に、自らが取り仕切る組織は業績を上げ、その評価ダイレクト自分へと返ってきている。



誓って言いたいことは、自らが進んで会社ブラック化させたかったわけではないということだ。

しろ自らの面倒を見る組織に属する人間たちの評価を落としたくない、自分と携わった以上成長させたいと望んでいたのだ。

しかし、そのために自らが犠牲になるという手本になろうとすることこそが、組織のものブラック化させる原因になっていた。

しかも、その場にいる大半が、それが不健全であるということに気がついていなかったのだ。

考えてみれば、新規採用する人間の中で仕事が耐えられないと言ってやめていく人間の数は年々増加傾向にあった。

それを見て「最近若いものは」と考えずにいられない自分いたことも事実だ。

しかし、それこそが自らの過ちを知るための警鐘だったのかもしれない。

時代は動いているものなのだから、変わっていくべきは組織なのだ





それからすでに10年以上が経過している。

今でこそそうした働き方を強要していればすぐにブラック企業レッテルを貼られ、社会から糾弾されてしまうことだろう。

未だに発作のように心身のバランスを崩すことがあるが、あの時、無理にでも立ち止まれたことは人生の中で一番の幸運だったと思っている。

ブラック企業問題は、その時の業界企業の成長具合によって原因が異なるものだ。

見込めない生産性を埋めるために強いれば問題は露呈し易いが、働けば働くほど稼げる状況であれば、それが悪だとはなかなか気づけるものではないのだ。

もしあの時、信用できる上司に「働きすぎだ」と言われたら自らは止まることができただろうか。

その上司無能だと見限ってしまうことが未だに否定できない自分は、まだどこかブラック体質が抜けていないのかもしれない。

2016-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20161008183545

面白すぎ。

そういうのも含めて大人子供も学んでいく。

実におもしろ・・・素晴らしい学びの場になってると思う。

たくさん持ってる奴が、持ってない奴に分け与えることは美学だし、

事例はスマホ重要性の高まりを如実に示していて、子どもたちにとってそれが死活問題であるなら

テザリング回線増設という案が出るのは至極当然だ。



大人たちに求められているのは

スマホなんかに熱くなっちゃってかっこ悪い」って

子どもたちに教えることである。無理だけど。

大人も同様に大切なものだと思ってるから

から子どもからスマホを取り上げるなというのは実に正しい。

2016-09-27

互助会ブログが鬱陶しい

内容がない。ブログ本編に限らずそのブコメも「参考になります」「最高です(笑)」「よくわかりますw」といったものばかり。いつも同じ人同士でブクマしあっている。

鬱陶しい。

はい弱者の戦略としては理解できる。

そうして互いの承認を得ることはすなわちモチベーションを得ていることとほぼ等しい(そのモチベーションの先にはアフィリエイトでの金欲が大きいのだろうとは感じるが、それも否定するものでもない)。

時たま、互助会の外からブクマする人も出てくればモチベーション流入数の正のフィードバックも得られるだろう。

互助会の中にもきっと様々な理由でやめる人も出てくるはずであるから、続けていさえすれば相対的につまらないものが淘汰され、そのうち文才を花開かせた者が私を、あるいは社会を楽しませる記事を書くようになる可能性も当然ある。たとえ今、ブログの中身がスカスカであろうともしかしたらという将来を見ればすぐさま否定する必要もないだろう。テキストサイト時代Flash時代YouTube時代、何度も繰り返されていたことだ。

が、ここしばらく(1週間程度)露骨商品アプリの紹介を始めた互助会ブログがいくつかある。テメーらはダメだ。つまらないだけでなく、ホッテントリにつまらないものを垂れ流すのだから

と怒りを感じたが、こうして文字に起こしてみると何に怒っているのかよく分からないのである。私が何に怒っていたのかを心の中で整理し直すと、単純にステルスマーケティングアフィリエイトに対する忌避感が中心にあるようにも思うが、それは上に書いたようにモチベーションの一つとして否定する気はない。美学問題とまとめることもできる気がするが、美学こそ誰と共有できるものでもなかろう。

それにホッテントリにつまらないものが流れたからといってなんだというのだ。そもそもホッテントリなんてものを見るほうがおかしいのかもしれない。よく、はてブは気に入ったブックマーカーお気に入りに入れるのがよい、という意見を見るから、それを実践していない怠惰自分がいけないと考えてもよいはずだ。そもそもつまらないならはてブなんて見ずにいつも通りPCから離れて本でも読めばいいのだ。なぜとやかくいう必要があるのか。

互助会が互いをブクマすることでブクマ価値基準を根幹から変化させるのがいけないようにも思う。

となると自分にとっていつの間にかブクマが高い価値を持っていたのだな、と気付かされたのだった。

つの間にか互助会に対して感じていた怒りが徐々に浄化されたのでひとまずここまで書いてメモとしておく

2016-09-24

炎上芸舐めんな!

最近炎上芸舐めてる糞野郎多すぎない?

特に透析患者殺せの人が酷すぎる

まず,炎上芸は時期が大切なのに時期が悪い.

障害者施設連続殺人事件があった近辺でやるネタじゃないないわ,

それ込みで狙ったんだろうけどただのアホ,

今年にやるネタじゃない,殺人鬼しか見えない.

あと設定が甘すぎる.

透析患者が身内にいて実際の医療に関わったっていう設定にしなきゃ説得力出るわけがない.

日本死ね増田が盛り上がったのは,

保育園探しに躍起になった母親という設定だったか説得力出たんやで.又聞きしただけじゃ説得力なんかでねーわ.

最大の汚点は,訴えられてる点.

訴えられてる時点で敗北.炎上芸になってない.

訴えられない,もしくは相手が訴えると相手のほうが困るというギリギリラインを攻めるのが炎上芸の美学であり,

ローリスクハイリターンを狙えるのが炎上芸の唯一のメリットなのに,ただのアホ.

炎上芸舐めんな!

株式会社GREE炎上対策講演を100回観てから出直せ,クソザコナメクジが!

2016-09-23

友達貧困

僕の同級生シャツはいつも汚れていた。

彼と遊ぶ時は大体野原だった。

日が暮れるまで虫を追いかけてりなんとかごっこを繰り返した。

僕は虫取りが好きだったしヒーローごっこも大好きだったから彼とはとても気があった。



ある日無性に彼の家に遊びに行きたくなっててお願いしてみたことがある。

何だか嫌がっている様子だったけど、家は知っていたから無理矢理に押しかけてしまった。

外はまだ明るいのに、家に入ると暗い居間には父親があぐらをかいて座っていた。

その後ろには掛け軸があって、細長い半紙に四文字熟語が描かれていたけど僕には読めなかった。

お父さんは鋭い目つきの強面で、びしっと決まった角刈りが印象的だった。

邪魔しますと挨拶をしたけど、黙って頷くだけで何も言わずに一点を見つめていた。

お母さんがお水とお菓子を出してくれたけど、すぐにそそくさとどこかに隠れてしまった。

おもちゃなんて呼べるものはおいてないし、なんだか友達に話しかけても全然相手をしてくれないからその日はさっさと帰ることにした。



そいつはいつも五分刈りで、髪の毛が伸びたところを見たことがなかった。

学校帰りに駄菓子屋に誘っても、一度もついてきてくれたことはなかった。

彼は決まって、遠足や課外授業になると学校を休んだ。

ある日家まで学級通信を届けに行ったことがあった。

お母さんが出迎えてくれて、御見舞をしたいというと渋々迎え入れてくれた。

この日もお父さんは居間に座って一点を見つめていた。

それから友達を遊びに誘おうと家を訪れたことがあったけど、大声で友達を呼んでいるといない時は何度目かに決まってお父さんが出てきて一言「いないよ」と言っては奥に消えていった。

その時は怖いお父さんがいつも家にいるなんて友達は辛いなぁくらいにしか思わなかったが、あとになって仕事は何をしていたのかなんてことが気になった。



そのヒントは友達ヒーローごっこをしている間の会話にあった。

僕はテレビヒーローに扮するのだが、彼が返信するのはいつも軍人だった。

神風特攻隊!」「大日本帝国バンザイ!」それが彼のいつもの必殺技だ。

何だか漢字がいっぱい並んでかっこいいなくらいにしかその時は思っていなかったけど、今思うと何となく理解ができるような気がした。



掛け軸の前に日本刀は飾られていただろうか。

それはもう定かではないが、彼のお父さんは活動生業だったのだろう。

武士は食わねど高楊枝。

友達もそれが美学だと教わっていたに違いない。

それが自分にとってリアル貧困だ。

お金を稼いで浮かれた生活をするよりも、志のために清貧を選んだ家族の話だ。

今ではもう見ることのなくなったようなたった30年前の話である

2016-09-18

大学中退して起業()予定の18歳が笑われてるけどさ

金曜日に、ホッテントリに↓の記事が上がってて、読んだ人は多いと思う。

 

4ヶ月で大学中退起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。

http://www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

 

んで、ブコメをみたら、嘲笑の嵐ですねww

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

 

40年前ならヒッピー、30年前なら新興宗教20年前ならマルチ商法10年前ならバックパッカーやってたような層が2016年にやるのがブログ起業なんだろな

おかしセミナーにハマった息子が起業するとか言って大学を辞めてしまいました」 そろそろ被害者の会が結成されそうな予感(ワクワク)

おいおい。楽な方に楽な方に流されてるだけじゃん。挑戦でも何でもない。ただの逃避だ。あと書いてる事が全てポエムしかない事に気付いてるんだろうか。

煽りブロガーにいいように洗脳されてるように見えて、個人的にはモヤモヤするなあ。皆似たようなこと言って同じようなことやってるから区別がつかない。

意識高い高いし過ぎて、胡散臭い人脈にハマってしまったようだな。なぜ起業中退がワンセットなのか、学生のまま起業すれば良いじゃ無いか・・・

 

 

まあ俺も、この人が成功しそうには思えないし、痛々しいなぁって思うよ。

レールに乗りたくないっていうけど、名前もきいたことない大学に入ってる時点でこいつはまずレールに乗れてないからな。

それに、「挫折体験かいうのが高校部活の話で萎えた。しかも何が挫折なのかよくわからんし。企業就職面接における自己PRで「サークル」の話をしても、じつは採用担当には全くウケないわけだけど(とはいサークルバイトぐらいしかネタがない学生が大半なんだけど)、多くの大学生世間を知らなくて、その話題社会人にとっていかにつまらんかを想像できてない。そこへきて高校部活かよ、と・・・

他にも言ってることがいちいち、凡庸のものなわけ。ブログカレッジ()界隈の定番クオリティって感じ。

それでブコメで叩かれるのはよくわかるんだ。

 

でもよく考えたら、俺だって18歳の頃は似たような感じで迷走してたわ。

 

高校はけっこう偏差値が高かったんだけど、大学いくのダルかったから、卒業後は微妙IT系専門学校にいって時間つぶしてた。

IT系っつっても、俺は起業とかはまったく目指してなくて(今みたいにWebサービスとかスマホゲームベンチャーみたいなわかりやすモデルもなかったし)、言うのも恥ずかしいんだけど、漠然ゲーム関係クリエイターのようなものか、つながりが変なんだけど作家みたいなものを目指してた。今は自分でもバカだなって思うし、むしろ意味分かんないぐらいなんだけど、とにかくそんな感じだった。

でも大した努力はしてなかったね。要は、面倒なことから逃げてただけ。そして努力から逃げるための言い訳として、「他のやつと同じように無難大学行って就職するなんてダサい」みたいな妙な美学自分なかにあったんだよね。

その時のマインドは、けっこう↑のやつと似てるかもww

まあ似てないかも知れないけど、安易に↑のやつをバカにできない程度には痛々しい若者だった。

 

違うところがあるとすれば、もともと勉強はできるほうだったことと、周囲に埋もれるタイプではなかったことかなぁ。

ただそれも俺の場合は悪い方に出てたね。タチが悪いと自分でも思うんだけど、それなりに偏差値の高い高校を出てるから、心のどこかで専門学校の周りのやつらを見下してるところがあった。地元専門学校だったから、俺の高校名を聞くとだいたいみんな知ってて、「えっ、その学校からなんでここに?」みたいなことを言われる状態しょうもないけど、ちょっと数学っぽい話になったときとか、難しい漢字が出てきたときとか、俺しか分かる奴がいないみたいな場面がたまにある感じ。

そうすると自分がなんとなく、選ばれた人間みたいな感覚を持ってしまうんだよね。しかも、もともと小さい頃からあいつは変わってる」みたいに言われることが多くて、要は個性的少年だったこともあり、「俺はとにかく、何かで成功するはず」みたいなイメージを持っていた。

高校同級生は、旧帝〜駅弁ぐらいまで幅はあったけど、まあふつう大学に行ってて、たまに集まると俺は何をしてるんだという話になるわけだけど、「変な道に進んでるけど、俺はこれでいいんだ」みたいなことを語ってた気がする。

 

しかしその学校に入ってしばらく経つと、自分には特に目立った才能がないことがだんだんわかってきたのと、「努力から逃げているだけ」ってことにも気付いてきて、焦りを感じ始めたな。あの頃は苦しかった。同じ学校の、バカにしてた同級生がなんかのコンテスト入賞したというのを知ったり、同じくバカにしてた先輩がけっこういい会社就職したと聞いたり。

 

それで俺の場合は、↑のブロガーのように起業とかをするのではなく、色々考えた結果、レールに乗り直す方向に行きました。

学校中退して、受験勉強して大学に行くことに。さすがに私学に行くのは親に悪いと思って、実家から通える国立に行ったんだけど、専門学校入学金とか授業料ってけっこう高かったから、親のスネはかなりかじった感がある。

 

んで大学に行ってみるとさ、これが思った以上に面白いわけ。

↑のブロガー大学がつまらんと言ってるけど、俺の想像ではそれは偏差値の低いところに楽して入ったからであって、ほんとは大学ってけっこう凄いところなんだよね。いろんな専門の人がいるし、教授の中にはその分野では世界的に有名な人とかもいるわけ。

それに勉強って、やり始める前はダルいんだけど、やってみるとどんどん視界が広がってきて、あれも知りたいこれも知りたいってなるんだよね。

「レールに乗る」とかいうけど、一回乗ったら終わりじゃなくて、案外「乗り換え」のタイミングが何度もあるんだよ。そして大学に入った後のレールって、1番線から3番線みたいな狭い範囲じゃなくって、100本、1000本って単位であるから、ほんと自由だし、自分自身の工夫や努力リスクテイクが試される世界だと思う。

さっき偏差値が低い大学バカにしたけど、偏差値が低いところでもある程度以上まじめにやれば、似たようなもんだと思うわ。

 

それで俺は結局、親のスネをさらにかじる方向、つまり大学院にも行くことにした。修士就職するかどうかは迷ったけど、結局博士課程まで出て、今はそこそこの大企業材料系の研究職についてます博士課程ぐらいまでいくと、レールに乗っても電車勝手に動いてはくれないというか、レールが途中で切れているような世界から、もはやレールに乗るとか乗らないとかい概念はどうでもよくなって、努力するしかない。

就職したときもさ、そりゃ起業する人に比べれば安全選択肢だったかもしれんけど、レールに乗ったまま楽に進んできたとか、レールに沿って決められた行き先に流されるように辿りついたという感覚はなかったなぁ。そして今も今後もけっこう競争があるから、気を緩められない。

 

振り返ると、高校卒業時に「レールに乗りたくない」と思って大学受験回避し、これはまずいと思って「レールに乗りなおそう」と大学に行き、行ってみたら「レールが多すぎてカオス」な状態経験し、しか自分で選んだレールを少し進んでみたら「レールに乗ってても電車が進まない」、そして「レールが途中で切れている」みたいな世界に至って、ぜんぜん安易ではないところに来てしまったわけです。

なんていうかさ、冒頭のブログ主がいうような「レールに沿ったつまらない人生」って、どこにあるんだよって感じがするわ。

 

 

冒頭のブログとそのブコメを読んで、俺がまずブログ主に言いたいと思ったのは、「レールに沿った人生」ってそんなわかりやすものはどこにもねーよってこと。

このブログ主は、大学に行って企業役所就職する人たちを「レールに沿ったつまらない人生」とか言ってバカにしてるかもしれんけど、それは視野が狭い。大学に行って就職するのって、そんな単純なものではなくて、いろいろな自由不安や試練があるものなんだよ。俺は研究職だけど、事務職でも営業職でも、付き合いのある範囲で聞いてると、同じように自由多様性があるように思える。

 

それでブコメの人たちに言いたいのは、「べつに18歳ぐらいなら血迷っててもいいでしょ」ってこと。俺は↑のブログ主が、起業成功するとは思えんよ。まぁよく知らない人だから、ひょっとしたら成功するかもしれんけど、直観的にいえばこいつはダメだろう。

だけどまだ18歳だぜ。このぐらいの年齢で多少血迷ったことを考えるのはむしろ健全なことだと思うし、俺みたいに後からレールに乗り直す道だってあるんだよ。社会人になってから大学大学院に行く人だってけっこういるでしょ。

ブログ主を叩いてる人たちだって、多かれ少なかれ若い頃に迷走してるんじゃないかと思うし、むしろ迷走した経験のないやつの人生なんて厚みが足りないとすら思うよ俺は(半分は自己正当化だけど)。

 

双方に言えるのは、キャリアって今の日本でもけっこう多様なんだということをあまり認識してないってことかな。それを認識してたら、こんなブログを書くことも、こんなブログ過剰反応することもないはずだ。

 

 

(追記)

あと↑のブログへのブコメを見てて気になったのは、「好きにすればいいけど、親に頼るなよ」とかいコメがチラホラあったことかな。

べつに、頼れるなら親に頼ったっていいでしょ。経済力があるなら。

それに、外野いくら「親に頼るな」「自己責任」なんて言ったって、親はなんだかんだで、子どもサポートは最大限したいと思うもんだと思うよ。

俺はまだ子どもが小さいけど、こいつが大きくなって血迷った選択肢に走ったら、「おいおい落ち着け」と一応は言うものの、心のどこかで、「俺の財布が尽きるまではセーフティネットになってやろう」って考えると思う。

俺は自分の親のスネをかじりまくっていて、けっこう負担をかけたと思うけど、どっちかというと親は息子の成長ぶりに満足げに見える。だから俺はその恩を、親に返すというよりは、むしろ自分の子ものわがままを聞いてやるという形で返していきたいと思う。

 

 

ホッテントリ入りしてたのでさらに追記》

気づいたら総合トップにいて、本エントリへもブクマがたくさんついていた。まとめると、

というのが主な反応。なるほど。

彼のブログの続きをみると、一応、Webサービスの開発に挑戦しているみたいなので、「起業」という名の「アフィブログと有料サロン」みたいなビジネスモデルに走らないことを祈る。

 

2016-09-08

匿名は隠匿の美学に使うもんだよ。

2016-08-19

四天王っぽい幹部「君の戦い方には美学がない」

2016-08-12

邦画うんこぶり

ロストバケーション面白かった。

85分ぐらいの短い映画だが、見せ場に富んでいて興奮した。

この作品に緊張感を与えているのはインテリヒロインの奮闘ぶりだろう。

どれだけ追い詰められてもヤケクソにならず、サメの特徴を見極めながら冷静に対策検討し、

その上で決断勇気で策を実行していく。

逃げるだけでなく、サメ攻撃するアイディアをひらめいたら果敢に攻撃に転じていた。

 

これと対照的映画として思い浮かんだのが、品川さんのZアイランドだ。

ゾンビだらけの島に来てしまった人々はパニックになったまま、必死に知恵を絞ることな

激情もしくはあきらめに駆られて玉砕戦法に走ってバタバタ死んでいく。

死にたがっている人たちが死んでもスリルが無い。

日本人は考えることから逃げるんだよ。無根拠覚悟気合いが美学になってしまってる。

頭が無くて気持ちだけで作っている邦画ゴミだらけなのも仕方が無い。

2016-07-13

ハードボイルド

ハードボイルド作品や男の美学本質的人生観に迫るような作品は見ると好きになることが多い。

ただ、そういう作品はまさに男が惚れる男が主人公なので作中の女にもモテるし、恋愛系な軟派な展開とか話が挟まれ、その度に水を差された感じで萎えることが多い。

特に洋画なんかはキスシーンやラブシーンなどが入れる義務があるのかというくらい高確率で挿入されるので、結局格好の良いと思ってたこの男も性欲には媚びへつらいながら生きてるんだな…と少し幻滅してしまうし、結局「男」というのを恋愛のあれこれで描くことから逃げられないのか…とも思ってしまう。


最近世代じゃないからいわゆる有名シーンや名言しか知らなかったあしたのジョーアニメ原作をまともに見る&読む機会があった。

主人公ジョーも一応複数の女から好意を寄せられている、寄せられていたという描写があるのだが、ジョー美学燃え尽きることに人生を捧げ生きる本物の男なので、まともに恋愛らしい関わり方をするシーンはないまま終わる。

そしてドギツイまでの重厚世界観ドヤ街雰囲気なども相まって軟派な描写特有の変な浮つきを与えず水を差させない。

ここまで完成度高く昇華された、ハードボイルドな一人の人間人生美学を扱った作品は他にないんじゃないかと思った。


ただ、そんなジョー恋愛をするとしたらサチが最も二人とも幸せになれる相手だよな…と思う。

2016-07-02

彼氏がいるのに彼氏がいないと言う女はただの嘘つきだろ

綺麗な文章でまとめればいいってもんじゃねーぞ。僕は村上春樹が嫌いだしリアリストからな、文章力包摂して事実に色づけるのは悪徳だと思っている。偽善と言ってもいい。

スナックで働いて全員が彼氏いないと嘘をついていたっていうブログを読んだがそのブックマークコメントほとんどが良い文章というコメントで埋め尽くされていた。たしかに読みやすく良い文章だった。しかしそれとこれとは別だ。愛を嘘で売る商売を僕は支持しない。商売からもつくさ、スナック楽園から現実じゃない、なんて感覚理解している。僕も付き合いで行くことがあるしな。だからあの甘ったるい空気も知ってる。

それでも客から見れば嘘つかれてお金払ってそのお金彼氏とよろしくやってるなんて普通は裏切られた気分になるし心まで持っていかれた人間嫉妬もするだろうしひどい時には復讐心燃えストーカーになる人間もいるだろう。それがホストとかキャバクラ現実におきていることだ。元ブログスナックのようにそんな一線を画して遊んでいる人間はだいたい出張中のおっさん恋愛をあがったおっさんであって店を支えているのはだいたい「どうにかできるんじゃないか」と考えている愚かな客なんだ。それが愛を売る稼業の汚い現実だ。僕はそれで破産した友人を知っている、キャバクラに入れ込んで嘘をつかれ続けて大金を失った。大金を貢がせた嬢は彼氏とよろしくやってるだろうし結婚して郊外幸せ暮らしいるかもしれない。嘘をついた罪すら忘れながら。

自分世界を嘘で色づけして幸せに生きるのは良いが客にも客の世界があって男は好きな女性のためならいかなる辛苦も厭わない状態になるしお金を湯水のごとく使う馬鹿もいる。そして馬鹿であることは男が生きていくためのよすがなんだ。その愚かさを利用しあまつさえ搾取しようなんてのは悪徳であると思っている。

からどれだけ文章力で飾ろうが嘘を正当化しようがそんなもの美学でもなんでもなくただの言い訳しか見えないのだ。僕はリアリストから

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