はてなキーワード: あざ笑うとは
大学院を中退して久しい。記憶が正しければ、私が大学院中退を決意したのは6月末であったことから、あともう少しで半年が経つ。
さて、就活についてはようやく良い風が吹いてきた。金融の、ある分野において業界上位三位以内の地位にある企業の最終面接の一歩手前まで進めることができている。
一部上場のIT企業(Sier)については、最終面接を控えるところまできた。ESを提出した後に任意の質問会をやると聞いたのでそれに参加してみると、人事が質問会で「この質問会でESブラッシュアップしてね」なんて言い出した時は冷や汗が止まらなかったが。
どちらの企業も来週面接であることから、中々にプレッシャーではあるが、何とかなるだろう。
ところで、前回の記事で「まあ、プライドが高いお前は上場企業じゃなけりゃ満足しないんだろう(⇔身の程を知れ)」といった趣旨のコメントが付されていたが、当然である。プライドが高いからこそ、私は結果を出せないと満足できない。そのお陰で、就活もここまで進めれている訳だ。実は、総合商社の中途枠についても、二次選考まで進めれていたりもした。とは言いながらも、今現在も無職であることには変わりがないことから、彼彼女をあざ笑うにはまだ時期尚早ということで、この程度にしておく。内定が出たら改めてあげつらう予定だ。
エントリー中はなりふり構わず履歴書を送りまくっていたし、後輩にESや面接の方針について教えを乞うたりもしていたので、どちらかというとプライドをかなぐり捨てているような気もしたが。キレてノートパソコンを叩き割ったりと結構な醜態を晒していたし。
さて、私は上のどちらかの企業で王手をかけて上がる予定でいる(が、一応今も履歴書は送りまくっている)。金融の方はやはり選考難易度が高いことからまだまだ気は抜けないが、ITの方はコロナ禍であるにも関わらず敢えて増員していたぐらいだし、「最終面接で落ちることは基本的には無い」というのが就活サイトでの定説である(らしい)から、余程の地雷を踏みぬくか、ドジを踏まなければ内定は出ると睨んでいる。金融の方で面接を何度もしたから、これが活きてくれば良いのだが…。
そんな時、「私は一体何をしたいのか」と考えた。前の記事でも書いたが、私は資格を取ってプロになろう、という心づもりでいた。実は、この思いは今でも捨てきれていない。
そして、その資格であるが、実は金融ともITとも親和性が良いのだ。シナジーが大きいだけでなく、その両者について深い理解をしている有資格者が少ないことから、収入の面でも大きく期待できる。社会にも十分貢献できると思う。
ただ、金融 or ITのプロとして生きていくのも楽しそうだと感じるのだ。
金融については所謂部門別採用ではないため、基本的にはその足で走り回って数字を上げることになるだろうが、人と話すのが好きな自分としては極端な苦手意識はない。一時はクラブナンパなんかもしていたぐらいなので、目の前で蹴り捨てられる程度じゃヘタレることもない(流石に悪意むき出しの悪口を言われた時は少しキツかったが)。また、金融については学部・院生時代にある程度かじっていたので、苦手意識は全くないどころか得意と言い切ることもできる。勿論、いわゆる金融マンであることから死ぬほど大変であろうが、楽しめる気はする。
ITについては、大昔に自分でパソコンを組んだことの他、ネットサーフィン経験を通じてセキュリティ・ネットワーク周りのことを最低限身に着けたことを除けば、全く知識がない。今現在基本情報技術者試験の勉強をしているが、何が分からないのか分からない、という部分が大半である。ただ、参考書を見た瞬間に脳がストレスを感じる、ということはない。Javaの解説ブログなんかも流し読みしてみたが、面白かった。全く適性がない、ということはないと思う。金を産めるか、という質問について胸を張ってイエスといえる自信はやはりないが。
就活生は、どのようにして自己のキャリアを定めるのだろうか。学部時代のある友人は、憧れを理由に、その企業を選んでいた。金を理由にその企業を選んだ友人もいる。その企業の製品が本当に好きだからということで、その企業へ進んだ友人もいる。
どの友人も、見事であると思う。内定をきっちりと取り切っているし、何より行動に対する結果が伴っている。そして、今も尚働いている。素直にすごいと思うし、心の底から尊敬している。将来的に転職をすることになったとしても、私からすると学部時代にそのようにはっきりとしたキャリアプランを持つことができていたことそれ自体が大変素晴らしいことだと思う。
私自身、それなりに将来のことを考えて進路設計はしてきたつもりだったが(母親に奨学金を使いこまれるのは流石に予想外だったが)、良いように言えば知的好奇心が強い、悪いように言えば器用貧乏なタイプなのだ。この性格から、上記の企業で知識を身に着けながら学部時代より抱いていた思いを実現するべきか、それともその道のスペシャリストとして生きていくべきか、と今もくよくよと悩んでいる。一刀両断的な判断はあまり好まないため、どこかでグレーゾーンを設定して落ち着くことになるとは思うが、今現在それを設定できない自分に対するもどかしさは結構感じている。
「ああ、しまった」
忘れていたのもそうだが、そのことを「しまった」と思ったのも腹立たしい。
ふと、待合室に備え付けられた時計を覗く。
全速力で家に戻れば、次のバスには間に合うだろう。
だが逸る気持ちをグッとこらえた。
個人的かつ些細な決まりごとで、わざわざ帰るなんて馬鹿げているからだ。
気にしている時点で癪なのに、そのために行動するなんてもっと癪だ。
戸締りや、ガス栓の開け閉めを確認するのとはワケが違う。
慌てて家に帰ってやることは、テレビのチャンネルと音量の変更。
その時、「プシュー」という音が近くで聴こえた。
まるで今の俺をあざ笑うかのような吹き出し音だったが、あれはバスの停まる音だ。
予定の時刻より少し遅れていたが、まあ許容範囲か。
後ろ髪を引かれる思いはあったが、それを振り払うかのように小走りでバスに乗り込んだ。
この、ささやかな“気がかり”は俺の頭をもたげ続けた。
なぜか授業中、回答役に俺がやたらと選ばれた。
よりによって集中が途切れていた時や、授業を話半分に聞いていた時に限ってだ。
「おお、マスダよ! 間違えてしまうとは情けない!」
耳障りの悪い嘆声が教室内に響く。
まあ察しの通り、そんな渾名をつけられる人なので生徒ウケのいいタイプではない。
かく言う俺もそうだった。
「板書をノートに丸写しして、それを綺麗に出来たと満足気にする生徒は無知無学だ。なぜだか分かるか?」
「……『学んでなくても出来ることだから』でしょう?」
こんなことを言われて生徒が発奮すると思っているのなら、この教師は人の心がない。
その後の休み時間、うな垂れている俺を見かねて隣席のクラスメートが話しかけてきた。
「ああ、タイナイ……お前か」
「心ここにあらずだね……夏バテ?」
「いや、そういうんじゃないんだ」
そうは言ったものの、具体的な原因が何なのかは自分自身でも捉えきれていなかった。
「朝、起きた時にさ、学校行くのが途轍もなくダルいなあって感じる時あるだろ。病気とかじゃなくて」
「まあ、あるね。寝起きの血圧とかが原因で」
「ああ、だから調子は戻るんだ。家を出る頃には完全に消えてる」
“それ”を上手く言葉にできない俺は、漠然としたまま説明を試みた。
僕は枝野さんが立ち上げたときに「僕らの時代が来た」と思った。
手垢のついた言い方をすれば、「既得権益に立ち向かってくれる」ように見えたし、
わけのわからない老人が意地を張って立てた泡沫政党とは違うと見えたからだ。
かつて一斉を風靡したSHIELDSのメンバーが与してたというのも個人的には大きかった。
彼らが有名になっていったころ、僕は自民党を支持していたような若者だったので、彼らの考えとはだいぶ違うところもあったが、
少なくとも、同世代の彼らを認めた立憲民主党は、若者の期待に応えてくれるのではないだろうかとも思った。(だって自民党では若者の意見なんてまず聞く必要ないだろうし)
後は党のtwitterがマメに情報を発信していたことも大きかった。
twitter、私達のメディアで逐一活動を報告してくれる姿はかなりたくましく見えたのだ。
(僕は嫌韓第一世代なので、新聞やテレビのことを信じてなかったから余計に嬉しかった)
しかし、立憲民主党への期待は最初がピークでついぞ上がることはなく今日に至った。
これは何が原因だったとかはよくわからないが、自民党に投票しないことを決めて初めて、
「あ、自民党ってやっぱり強いんだな」と思った。
そして、山尾議員(愛知選出の人)を立憲民主党に合流させたことも個人的にはがっくりだった。
私は何かをやらかしてどっかの党を離れることになったような議員を、自民党とは違う、清廉潔白なイメージのあった立憲民主党が迎え入れるわけがない、と思っていたのだが、
どのタイミングでからなのかは覚えていないけれど、twitterでの広報もだんだんと手を抜くようになってきたように感じて、昔はRTしていたものの、惰性でフォローし続けているだけで、今は有益な情報は一つも発信していないように私は感じている。
と思っている間に、立憲民主党は私が期待しているような若者に寄り添った政策を打ち出す政党じゃないんだな、と思うようになってきた。
国会で漢字の読み方クイズををするようなしょーもない1つの野党になってしまった。
そういう揚げ足を取ってあざ笑うようなやり方が批判されているのを知っているはずじゃないのか?
完全に心が離れたのは先の都知事選での「#宇都宮餃子」だった。
あれは完全に姑息で悪手だったし、立ち上げ当時にあれだけtwitterを使いこなしていた立憲民主党がこういうことするんだな、とがっくりきてしまった。
日の丸アイコン連中が「自民党がもし同じ手を使ったら批判するだろ?」と言っていたのもぐうの音も出ない正論だと思った。
https://note.com/ishtarist/n/n1e40d23d7181
こっちが勝手に期待を寄せていたにすぎなかったのだ、と。
僕はそのニュースを聞いたとき、残念でもあったし、やるせない気持ちになった。
それは中学校のときに好きだった女の子と成人式で再会したらDQNと結婚していて子供も既にいたときのような、
蛸壺屋のけいおんの同人誌で唯のニュースを律がラーメン屋のテレビでありゃーと目撃したときのような、
そんな感じ。
どこの政党に清き一票を入れようか。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASN6J5CVKN6JUHBI01J.html
ここぞとばかりに北朝鮮に喝采を浴びせるネトウヨが各地のSNSに出没
こんなことしちゃうのが彼らの目指す理想の国だからしょうがないか💦
SNS上でこのニュースに言及している人たちの立ち位置をよく見てみよう。
多くが、爆破を行った北朝鮮側に、無意識的に立って、韓国の政府関係者をあざ笑う内容だ。
なぜそうなるのかというと、無意識的に韓国のような(少なくとも北朝鮮よりは)民主的な国家体制よりも北朝鮮のような全体主義と世襲による権力体制の国家を理想としているからだ。
あなたの言うように「はてな」で言及する人は「バカ」ばかり、なのかもしれない。
私もあなたと同じようにマスクは数百枚用意し、インフルエンザの予防注射を行ない、日頃からローリングストックを心がけているからスーパーに行列したりドラッグストアにマスクを買い求めに行ったりもしていないし、陰謀論も「アホか」と思ってるけれど、それでも「バカ」なのかもしれない、と思ってる。
あなたは『出来る事をやったら、不要に恐怖を増幅して考える必要もない。インフルエンザと変わらない』と言うけれど、私はそうは思わない、というよりは「思えない」
なぜかといえば新型コロナウイルスについて「わからないこと」があまりにも多く、そしてインフルエンザより罹患する力が強くて死亡率が高いにも関わらず「抜本的な治療法が存在しない」からなんだ。
暖かくなったら沈静化するだろう、なんて言われていた予測をあざ笑うかのように流行の中心は中国からヨーロッパ、そして全世界へと拡大しつつある。
オーストラリアでも罹患する人がいるところを見ると夏になっても下火になるかどうか分からない。
この注射をうてば治りますよ、みたいな抜本的な治療薬が開発されるのもいつになるんだろうね。
アメリカの企業が莫大な演算能力を集結して治療法を探っているという報道は聞いたけれど、実際に治療薬が開発され、私達の手に届くのが「いつ」になるのか分からない。
『ピエモンテのしあわせマダミン2』というウェブログを知っているだろうか。
Togetterを中心に話題になっているから読んだかもしれないけれど、イタリアに24年間住んでいる日本人の人が書いているリアルタイムのイタリアの状況だけれど、淡々とイタリアの現状を報告してくれている
バズった『24年暮らしてきたイタリアが、大変なことになっている。https://www.madamin2.me/2020/03/24.html』の3/2の記事にこんな文章がある。
”
自粛ムードのおかげで、北イタリアのレストランが経営難に陥っているという。
特にチャイニーズレストランは客足が激減で、一時閉店の店も多いらしい。
そんな中、一部の人たちは「大げさに騒ぎ立て、
いつも通り、好きなレストランへ行き、好きな時間を過ごそう」と宣言したり、
”
イタリアは3/2時点で『感染者数1835人 死亡52人』とこの人は投稿している。
日本の患者数は1253人死亡者数45人なので「概ね3/2のイタリアと同じくらい」だと考えて良い。かもしれない。
日本で患者数が増えないのがオリンピックやりたい人たちの陰謀なのかどうか私には分からない。
ここ数日患者数が増えてはいるけれど、検査している人の数はあまり変わらなくて、上野の病院での集団感染や「この時期」であるにも関わらず海外旅行にでかけた人たちの集団感染が患者数を押し上げている(勿論、感染経路不明の患者が多いことも知っているよ)からではないか、と思うけれど、ホントのところはよくわからない。
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/assets/diseases/respiratory/ncov/list.pdf?20200325
東京都が発表した予測推移に従うなら来週はもっと患者数が増えて来て更に憶測を呼んだり、ロクに調べもしないで声だけデカいアルファな人たちがギャアギャア言うんだろうなあ、と生暖かい目で見ているよ。
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/saigai/1007288/1007511.html
ここまでの日本はとても良く健闘してきた、と思う。
花粉症やインフルエンザなどに毎年のようにやられてきてそれなりにうがいや手洗いもしてきているし、ハグやキスの習慣もあまり無いというのも幸いしているのかもしれない。
だけれども、これから先、イタリアや欧州諸外国のような爆発的感染が起きないと誰が言えるんだろう。
「本当に」インフルエンザと同程度の危機感でいれば良いと誰に言えるんだろう。
でも、あなたの大切な家族や親友、尊敬している人があなたの「~~だろう」という正常化バイアスのせいで死んでも構わない、というならね。
ロックダウンなんかやったら経済が死ぬどころの騒ぎじゃないってのは「みんな」わかってることなんじゃないのかな。
それでもやらざるをえないのは何故だと思う?
日本は経済を可能な限り停滞させずにコロナとも向き合う為に今まで奮闘してきたけれど、どうやら抑え込むことは難しそうだという局面になっている、というのが個人的な感覚だ。
勿論、私の予想が外れて普通に生活をしていても死ぬのは老人ばかりで若い人たちは死なないで良かったですねってなる「かも」しれない。でもそんなことは誰にもわからない。
はてなのみんながバカだから外出の自粛要請が出ているのではない、くらいは想像しよう。
小池百合子が喋っているのは彼女ひとりの考えではなく、沢山の人たちが考えた結果なのだということを想像してほしい。
それでも納得がいかない、保証されなければイベントは中止出来ないというなら、それはそれで仕方ないんじゃないかな。
今、私達が遭遇していることは地震や台風以上の天変地異だということが理解出来るか出来ないかで行動が随分変わってくると思うよ。
マクドナルドのネオンは、どこかこちらを笑っているように見える。ローソンにはそのような嫌味さがない。でもセブンとファミマからは悪意を感じる。小売も外食産業もガソリンスタンドも、みんな寄ってたかってあざ笑う。誰にそんな権利があるのだろうか。
そもそもの始まりは、こちらが後ろを向いている間に信号の赤と青とが同時に発光していることに気がついてからだ。たまたま偶然知り得た世界の秘密を、隠し通したまま人生を終えるほど自分は善良な市民じゃない。だからこそ自分だけに見えたのかも知れない。
近くの交番を四周すると、青龍、朱雀、玄武、白虎...東西南北の四神たちが終電の時間をモールス信号で脳に届けてきた。3Gはもうすぐ停波するが、これら四神はあわせて20G以上あるからしばらくその心配もない。
タバコの自販機の中には人が入っていると、中の人に聞いたことがある。信号待ちをしている時に小声でそっと教えてくれた。残念ながら自分は喫煙者じゃないので、それ以来中の人と言葉を交わすこともなかった。
何度も同じ夢を見ても、本来あるべきだった現実に戻れた試しはない。毎回違い時代、違う場所で目を覚ます。夢の中だけが自分の知る知っていたあるべき世界だ。
物心ついたころからだろうか。「お隣の国」という前置詞にとらわれて韓国と仲良くしなくてはいけないと思いこんでいた。
中学生のころから日韓友好の組合に所属し、ボランティアに時間を費やした。韓国には数え切れないほど行ったし、日本人の友人より韓国人の友人の方が多くなっていた。時折感じる違和感を無視したまま、気づいたら20年たっていた。
気づいたころにはこのザマだ。韓国側の日韓友好団体は解散し、私が日本人の友人に勧めていた韓国アイドルは日本への原爆をあざ笑うかのような衣類を着用している。「日韓友好活動にともに取り組む友人」だと思っていた彼はアフリカの現地語で日本の悪口を掲示板に書き込み、別の彼は韓国国内で率先して不買運動に取り組んでいる。そして韓国政府には日本との友好関係を築く気など全く無いのだと、今更になって気づいた。
今から10年ほど前だろうか、日韓国交断絶を主張する連中が私たちのもとに乗り込んできたことを時折思い出す。彼らの顔を見るや否や、警察を呼んだのは私だった。今思えば、なぜ彼らの声に耳を傾けなかったのだろう。10年前に彼らが語っていた日韓関係の未来を、なぜ信じなかったのだろう。
自己嫌悪に陥るとともに、なぜ彼らがもっと主張を声高に唱えてくれなかったのか。なぜもっと強引に私たちを止めてくれなかったのか。そんなふうに彼らを恨む私もここにいる。もしもあの頃に戻れたのなら、私は彼らの側に立ちたい。
東大王って「東大王のくせにこんなこともできないの(笑)」なんて場面そんななくないか?
いや探したらそりゃあるかもしれないけど
終始東大王何でも知ってて勤勉でスゲーって流れだと思うが
高学歴タレントチームが東大チームを倒しきれなくて結局現役と卒業生の対決になったりしてるし
(増田は「褒め」についてもムカついてるんだろうけど)
はてなーはテレビ見ない人が多そうだからすっかり騙されて「東大生を馬鹿にして笑いを取るなんてそんな差別的で低俗な番組があるなんて知らなかった!増田の行動を称賛します!」なんて空気になっちゃってるけど
「あなたの言うような東大を貶しているという事実はありませんでした」で終わりだろ
さんまの方は知らん
aomeyuki そんなに「男」の問題として批判されたく無いならば、「正しい人間」として振る舞うよう心がけて生きればいい。そのうち「ダメな男」と同一視されなくなる上に、彼らをあざ笑う側に立てるから。
2019/01/19
これがネトウヨによる成り済まし工作等ではなく正真正銘ベテランはてサアカウントから発せられてるのがもう本当に限界だと思う。
人を属性で括って誹謗するのはただの差別であって無条件に即刻やめるべきというだけのこと。
「やめてほしいならば~」なんて取引条件を出してよいような場面じゃありません。正気なのですか。
「正しい人間」の規範が意味不明すぎて怖いです。そんなものを普通に振りかざせる、更には他人に強要できると思ってる時点でそれ言ってる人が相当やべえのはわかります。
私にはもちろん自分の行動を恥じないための私の良心・私の道徳がありますが、あなたの「正しい人間」に添えるとは思えません。
「この世には自明な道徳があって、自分はそれを他人に高圧的に押し付けるだけの側の立場」と考えてる人が唱える道徳は必ずヤバいからです。
そのうち「ダメな男」と同一視されなくなる
他人を「ダメな◯◯」等とくくる、更には属性で超乱暴に多数の人をそのくくりに入れる、更には「このくくりに入れられてくなければこれを励むことだな!」なんて条件を出して要求できる側だと(謎の根拠で)思い上がっている、
論理そのまま言い換えてあげましょうか?
『そんなに「在日」の問題として批判されたく無いならば、「正しい日本人」として振る舞うよう心がけて生きればいい。そのうち「ダメな在日」と同一視されなくなる上に、彼らをあざ笑う側に立てるから。 』
これ完全にアレでしょ。
さすがにネトウヨでもここまでいうやつは最ぶっとび層だよ。
でもはてサにはそのレベルがごろごろいる上に自分のヘイト性や差別性に無自覚だからほんとやばい。
あなたの道徳は「ダメな人間」を嘲笑えることが最大の報酬、もしくは目的なのですか。
要らんわそんな報酬。
そんなものが最高に魅力的なことだと感じてるような人間の言説だということね。
は~あ、しょうもな。
人には向き不向きがある。それは自然なことである。本来ユニコーンの角のように鋭敏で尖っているものが、計るものさしの向きによっては短所にもなりうる。周りはその角をしきりに気にするのである。そこに優劣をつけて、優れたものを崇め奉り、劣ったものを見下し、屈辱を与え、尊厳を剥奪する。私こそ、その力学の中で最ももがき苦しんだ人間の一人であろう。私は才能、誰をも圧倒し凌駕するほどの、人類で一番というほどの天賦の才がなかったこと、ただその一点によって人であることを剥奪された。人は「それでも君は優秀ではないか」と鈍感なことを言うが、人類の分布の先端を目の当たりにしてしまった人間にとっては何もかも慰めにもならないのである。私は自分の無能を呪い尽くした。集団に不適応を催しているのなら、「天才」でなければ存在価値を認めない。そういった一元的専門能力主義に毒され、歪みきった価値観が「上位」の集団では蔓延しているのである。周囲は私にそのことによってのみ侮蔑的態度をとる。私の角をことあるごとにあざ笑う。屈辱の極みだった。腹も立った。しかし、それはあらゆる評価に裏打ちされた客観的事実に思われ、自分よりも明らかに優れている人間が繰り出してくる蔑みには抗えなかった。何よりも私自身が、この醜悪な能力主義を内面化してしまったようなのだ。苦しかった。自分が価値のないものに思えた。どんなに上り詰めても頂点に君臨するものに畏怖し、怯え、下から追われることにも怯え、自分が何もできはしないちっぽけな存在に思われた。数学ができれば生きている価値があるのだろうか?特別な才能がなければ、平凡であれば生きている価値がないのだろうか? しかしながら残酷なことに人の興味は優れ卓越したものに向くのである。私は私を肯定できない。