「正直、自分でも確信がないんだが……気がかりなことがあったんだ」
あまりにも個人的なことだったから気恥ずかしかったが、俺は思い切って言った。
「俺はテレビのチャンネルを10に、音量を10にしてから電源を消すんだが」
「え? なんで?」
「自分でも分からん。ともかく、それを今朝やり忘れたから気になっていたんだ。ほんの少しだけどな」
意外にもタイナイの反応は澄ましていた。
笑われるよりはマシだが、少しだけ鼻につく。
「スポーツ選手とかも、よくやるよね。特定の動作をすることでパフォーマンスの安定化を図るんだ」
「まあ……それはいいんだが」
タイナイの癖だ。
気取った言葉を散りばめて、何かを分かった気になってる節がある。
けれど自分のやっていることを横文字ひとつに押し込めても、全て綺麗に収まるわけじゃない。
その言葉のリズムや心地よさが、そのまま答えに直結するわけではないからだ。
ハンバーグをミートローフって言ったり、ホットケーキをパンケーキって言うのと同じさ。
緻密な言葉選びや言い換え自体に、求めている本質は存在しない。
だから俺は話を続けた。
「マスダって、そういうの信じるタイプだっけ」
「信じてない。だから途中で消したよ。けど……」
「けど?」
「きっと運勢は最悪だった。そう感じてもいる」
「占いを信じてもいないし、結果を見たわけでもないのに?」
「ああ、何だか今日はツイてないって感じるんだ。因果関係もあったもんじゃないが、さっきシマウマに嫌味を言われたのだってそうだ」
「他にも何かあったの?」
「売店で目当てのパンを買おうとしたら俺の番で売り切れたり、仕方なく買ったパンも落としちまったんだよ」
「落としたのはマスダの不注意だろ」
「それはそうなんだが、よりによってジャムがついてる方が地べたについたんだよ。おかげで掃除に手間取って、昼飯どころじゃなかった」
朝から起きた出来事を順繰りに話し、その都度感じたことをコメントし、適当な相槌を打つ。
肝心な部分を掴めていないまま話しているため、やり取り含めて宙ぶらりんの状態が続いた。
女子の会話は纏まりがないなんて言われがちだが、この時の俺たちよりは遥かにマシだろうな。
だが、そんな1対1の会議も、踊り続ければ多少の身にはなるらしい。
「オカルトじみたことを言いたくはないけど、何か変な力が働いている気がするんだよな。確率論だとか統計学だとかはサッパリだが、嫌なことが嫌なタイミングで起きて、失敗が最悪の形で重なってる感じなんだ」
「うーん……つまり今のマスダは『マーフィーの法則』に引っ張られて、物事をそういう風に見てしまってるんじゃないか?」
先ほどと同じで、タイナイの気取った言葉遣い、その延長線上だろう。
「なんだよ、その法則」
だが、その未知の法則には、自分の気がかりを解消するための手がかりが隠されている。
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チャンネルを10にして、音量も10にする。 俺がテレビの電源を消す前に必ずしていることだ。 なぜ、そんなことをするかって? さあ、俺にも分からない。 お気に入りの番組が10チャン...
≪ 前 「なんだよ、その“マフィンの法則”ってのは」 「マーフィーの法則」 タイナイが言うには、マーフィーの法則というのは“推測可能ことは起こりうる”って前提に基づいてい...
≪ 前 今朝から俺の身に降りかかっている謎の不調、不幸。 それらに対する漠然とした気がかりは、放課後になっても俺の中で燻り続けている。 原因がハッキリしていないからだ。 ...
≪ 前 そして昨日のようにバス停についてから、俺は日課を怠ったことを思い出し、後悔する素振りをした。 「あー、しまった」 前は自然と出てきた言葉だったので、意図的にやった...
久しぶりに見たわ
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≪ 前 「カジマ」 しかし呼ばれたのは、その視線を突き抜けた先、俺の真後ろの席にいたクラスメートの名前だった。 「お前がやってみろ」 「えー、自分っすか?」 目が合ったとい...
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≪ 前 我ながら、何とも支離滅裂な夢を見た。 夢とは得てしてそういうものだが、寝覚めの悪さは否定できない。 思考速度が鈍り、倦怠感は体全体にのしかかる。 この気だるさは低...