2020-09-20

[] #88-3「マスダの法則

≪ 前

「正直、自分でも確信がないんだが……気がかりなことがあったんだ」

まりにも個人的なことだったから気恥ずかしかったが、俺は思い切って言った。

「俺はテレビチャンネル10に、音量を10にしてから電源を消すんだが」

「え? なんで?」

自分でも分からん。ともかく、それを今朝やり忘れたから気になっていたんだ。ほんの少しだけどな」

「ふーん、つまりルーティンだ」

意外にもタイナイの反応は澄ましていた。

笑われるよりはマシだが、少しだけ鼻につく。

スポーツ選手とかも、よくやるよね。特定動作をすることでパフォーマンスの安定化を図るんだ」

「まあ……それはいいんだが」

俺はそう言ってルーティン説明を流した。

タイナイの癖だ。

気取った言葉を散りばめて、何かを分かった気になってる節がある。

だってルーティンは以前から知っていたさ。

けれど自分のやっていることを横文字ひとつに押し込めても、全て綺麗に収まるわけじゃない。

その言葉リズムや心地よさが、そのまま答えに直結するわけではないからだ。

ハンバーグミートローフって言ったり、ホットケーキパンケーキって言うのと同じさ。

緻密な言葉選びや言い換え自体に、求めている本質存在しない。

から俺は話を続けた。

テレビの電源を消したとき星座占いがやっていたんだ」

「マスダって、そういうの信じるタイプだっけ」

「信じてない。だから途中で消したよ。けど……」

「けど?」

「きっと運勢は最悪だった。そう感じてもいる」

占いを信じてもいないし、結果を見たわけでもないのに?」

「ああ、何だか今日はツイてないって感じるんだ。因果関係もあったもんじゃないが、さっきシマウマに嫌味を言われたのだってそうだ」

「他にも何かあったの?」

売店で目当てのパンを買おうとしたら俺の番で売り切れたり、仕方なく買ったパンも落としちまったんだよ」

「落としたのはマスダの不注意だろ」

「それはそうなんだが、よりによってジャムがついてる方が地べたについたんだよ。おかげで掃除に手間取って、昼飯どころじゃなかった」

から起きた出来事を順繰りに話し、その都度感じたことをコメントし、適当な相槌を打つ。

肝心な部分を掴めていないまま話しているため、やり取り含めて宙ぶらりんの状態が続いた。

女子の会話は纏まりがないなんて言われがちだが、この時の俺たちよりは遥かにマシだろうな。

だが、そんな1対1の会議も、踊り続ければ多少の身にはなるらしい。

オカルトじみたことを言いたくはないけど、何か変な力が働いている気がするんだよな。確率論だとか統計学だとかはサッパリだが、嫌なことが嫌なタイミングで起きて、失敗が最悪の形で重なってる感じなんだ」

「うーん……つまり今のマスダは『マーフィーの法則』に引っ張られて、物事をそういう風に見てしまってるんじゃないか?」

ふとタイナイが、あまり聞きなれない言葉を口にした。

先ほどと同じで、タイナイの気取った言葉遣い、その延長線上だろう。

「なんだよ、その法則

だが、その未知の法則には、自分の気がかりを解消するための手がかりが隠されている。

この時の俺は、そんな期待感を僅かばかり覚えたんだ。

次 ≫
記事への反応 -

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん