物心ついたころからだろうか。「お隣の国」という前置詞にとらわれて韓国と仲良くしなくてはいけないと思いこんでいた。
中学生のころから日韓友好の組合に所属し、ボランティアに時間を費やした。韓国には数え切れないほど行ったし、日本人の友人より韓国人の友人の方が多くなっていた。時折感じる違和感を無視したまま、気づいたら20年たっていた。
気づいたころにはこのザマだ。韓国側の日韓友好団体は解散し、私が日本人の友人に勧めていた韓国アイドルは日本への原爆をあざ笑うかのような衣類を着用している。「日韓友好活動にともに取り組む友人」だと思っていた彼はアフリカの現地語で日本の悪口を掲示板に書き込み、別の彼は韓国国内で率先して不買運動に取り組んでいる。そして韓国政府には日本との友好関係を築く気など全く無いのだと、今更になって気づいた。
今から10年ほど前だろうか、日韓国交断絶を主張する連中が私たちのもとに乗り込んできたことを時折思い出す。彼らの顔を見るや否や、警察を呼んだのは私だった。今思えば、なぜ彼らの声に耳を傾けなかったのだろう。10年前に彼らが語っていた日韓関係の未来を、なぜ信じなかったのだろう。
自己嫌悪に陥るとともに、なぜ彼らがもっと主張を声高に唱えてくれなかったのか。なぜもっと強引に私たちを止めてくれなかったのか。そんなふうに彼らを恨む私もここにいる。もしもあの頃に戻れたのなら、私は彼らの側に立ちたい。