「ああ、しまった」
忘れていたのもそうだが、そのことを「しまった」と思ったのも腹立たしい。
ふと、待合室に備え付けられた時計を覗く。
全速力で家に戻れば、次のバスには間に合うだろう。
だが逸る気持ちをグッとこらえた。
個人的かつ些細な決まりごとで、わざわざ帰るなんて馬鹿げているからだ。
気にしている時点で癪なのに、そのために行動するなんてもっと癪だ。
戸締りや、ガス栓の開け閉めを確認するのとはワケが違う。
慌てて家に帰ってやることは、テレビのチャンネルと音量の変更。
その時、「プシュー」という音が近くで聴こえた。
まるで今の俺をあざ笑うかのような吹き出し音だったが、あれはバスの停まる音だ。
予定の時刻より少し遅れていたが、まあ許容範囲か。
後ろ髪を引かれる思いはあったが、それを振り払うかのように小走りでバスに乗り込んだ。
この、ささやかな“気がかり”は俺の頭をもたげ続けた。
なぜか授業中、回答役に俺がやたらと選ばれた。
よりによって集中が途切れていた時や、授業を話半分に聞いていた時に限ってだ。
「おお、マスダよ! 間違えてしまうとは情けない!」
耳障りの悪い嘆声が教室内に響く。
まあ察しの通り、そんな渾名をつけられる人なので生徒ウケのいいタイプではない。
かく言う俺もそうだった。
「板書をノートに丸写しして、それを綺麗に出来たと満足気にする生徒は無知無学だ。なぜだか分かるか?」
「……『学んでなくても出来ることだから』でしょう?」
こんなことを言われて生徒が発奮すると思っているのなら、この教師は人の心がない。
その後の休み時間、うな垂れている俺を見かねて隣席のクラスメートが話しかけてきた。
「ああ、タイナイ……お前か」
「心ここにあらずだね……夏バテ?」
「いや、そういうんじゃないんだ」
そうは言ったものの、具体的な原因が何なのかは自分自身でも捉えきれていなかった。
「朝、起きた時にさ、学校行くのが途轍もなくダルいなあって感じる時あるだろ。病気とかじゃなくて」
「まあ、あるね。寝起きの血圧とかが原因で」
「ああ、だから調子は戻るんだ。家を出る頃には完全に消えてる」
“それ”を上手く言葉にできない俺は、漠然としたまま説明を試みた。
チャンネルを10にして、音量も10にする。 俺がテレビの電源を消す前に必ずしていることだ。 なぜ、そんなことをするかって? さあ、俺にも分からない。 お気に入りの番組が10チャン...
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≪ 前 「なんだよ、その“マフィンの法則”ってのは」 「マーフィーの法則」 タイナイが言うには、マーフィーの法則というのは“推測可能ことは起こりうる”って前提に基づいてい...
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≪ 前 そして昨日のようにバス停についてから、俺は日課を怠ったことを思い出し、後悔する素振りをした。 「あー、しまった」 前は自然と出てきた言葉だったので、意図的にやった...
久しぶりに見たわ
もうみんなつまんないって思ってるしやめよ?
≪ 前 「カジマ」 しかし呼ばれたのは、その視線を突き抜けた先、俺の真後ろの席にいたクラスメートの名前だった。 「お前がやってみろ」 「えー、自分っすか?」 目が合ったとい...
昔にくらべてけっこう読みやすくなってない?
≪ 前 「まず最初に断っておくが、私はあの方法を良いやり方だとは思っていない」 俺は先ほど自分を当てなかった理由を知りたかっただけで、やり方そのものについては構わないこと...
≪ 前 「先生、代数学の意義についても結構ですが、それで丸印をつけてくれるテストを俺はやっていません」 俺は彼のコンテクストを真似つつ、改めて本題に対する答えを要求した。...
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≪ 前 勝負は決戦前夜から始まる。 その日の俺は学業を終えた後、夜遅くまでバイトに従事していた。 家路に着く頃には、肉体的にも精神的にも神経的にもクタクタだ。 時間も真夜...
≪ 前 我ながら、何とも支離滅裂な夢を見た。 夢とは得てしてそういうものだが、寝覚めの悪さは否定できない。 思考速度が鈍り、倦怠感は体全体にのしかかる。 この気だるさは低...