はてなキーワード: 縁日とは
○朝食:なし
○昼食:鶏のご飯
○夕食:まだ食べてない
○調子
むねがふるえるー
あたたかなてにー
ふたりでー
あるいーたー
きょりーもー
はなれえぬよう
ながされぬよう
ぎゅっとー
ゆれてはまわる
かっぷとえがお
みあげたー
そらのー
みずいろー
かぜにとけてはー
たかーく
きえたー
あれ? あそこにいるのは、今やまんがタイムきららキャラットの看板作家であり、
魔法少女まどかマギカのキャラデザで一世をふーりんした、
ふーりんした?
ふーーーーーーーーーん。
なきまくれー
あがったもんがち
でもやくなし
といといほー
といといほー
すーあんたんきー
きづけばてんぱい
ふ・り・て・ん!!!!
ふりてん?
ふーりん?
ふーーーーーーーーーーん。
疲れた。
思いつくままに、青春時代に好きだったお歌を歌っている。
いっつも忘れるんですが、ToHeartの最初のアニメで川澄綾子のためだけに、
それとも逆で、川澄綾子が恥ずかしくなっちゃって川澄綾子の地元でだけ、別の曲を流したんだっけ?
川澄綾子と浅野真澄が縁日で売ってるアダルトビデオを伊福部崇さんにお土産で買っていったら、それが獣姦もので
当時付き合ってた田村ゆかり以外の女性声優が犬系マスコット役の演技を学ぶためのプレゼントに最適だったんだっけ?
あーあ、田村ゆかり以外の女性声優と付き合えるなんて、本当ラジオの構成作家って世界で一番優れた職業だよなあ。
女性声優だけじゃなくて歌手とかとも付き合ってる人いるんだろうなあ。
露骨に「つまり、赤尾でこと三重野瞳は付き合ってたんだよ! 的なブコメを誘う、誘い受け文章。
誘い受け?
襲い受け?
ボーイミーツボーイ!
まちにあふれる!
ボーイミーツボーイ!
趣味は掛け算!
好きだから!
もし、いばらみちでーも!
みつめつづける!
このこえーがきーこえーたらーーーーーーーー
(間奏)
あなたのこえりぴーとして
なんどもききたくて
こころのなか
せーぶして
まいにち
かなでえるようなこえで
(英語)
ときがすきで
はじめてしったよ
とおいそらでひびく
えいえんのおもい
このこえがーきこえーたーらー
あくせすしてほしい
電源は切らないで
いつもONにしてるよ
思い出かえないで
終わりにできないのー
奇跡! を一つください
あなたへと
この思いを届けてー
あのさ、二作目の方のアニメで、雫のキャラをモチーフにしたエピソードあったじゃん。
あれって、結局なんだったんだろうね。
いやもう、結局なんだったんだろうねって言い出すと、
リアライズの打ち切りエンドの話とか、アビスボードの話とか、永田さんの女子サッカーの話とか、
いっくらでも、なんだったんだろうねはあるんだけど、
その際たるものは、今の現状がPS寄りで、テネレッツァ時代のXboxへの熱狂はどこへやらって話が、
いちばん、なんだったんだろうねあれだよ。
なんか、刻印が0001の奴が来たんだっけ?
あれ、なんでだろう、もう、ほんとうに、つかれたよ。
あと、急にメガバクーダが滅茶苦茶好きだということに気付いたので、
一世代から地面タイプ統一縛りでスタッフロールまで全部やっていこうと思います。
一世代は赤以外のどれかで考え中、VCのメインロムが未確定だからマックアップ買える青か黄かなあ。(サンドが赤だと出ないからね。この頃はまだタマゴ転送がないから出現ROMを気にしないとなあ)
一世代リメイクはLG? 悩み中。(サンドがFRだと出ないし、FRLGはクリア後までタマゴ転送ができないから出現ROMは気にしないといけない。他はタマゴ転送できるので気にしなくても良い……ってあれ、クリアデータ保持してるのLGの方だな。消すの悩ましい。サンドとサンドパンには泣いてもらうかもなあ、さすがにこのタイミングでLG買うのはお金がもったいなく感じる)
四世代はP。(消極的な理由です。本音はシロナとのイベントが増えてるPtが良いけど、持ってるPtは教え技のカケラが山ほどあるから消したくないって感じ。安いだろうから二本目のPt買おうかな。)
二世代リメイクはSS。(クリア後にグラードン出るから。ただグライガーとドンファンがHG限定なので、タマゴを送って旅パに加える予定。まあタマゴで増やせる一般ポケは、タマゴで送って旅パに加えればいいんだから、あまり気にしなくて良いね)
五世代前半はW。(あまり深い意味はない。メインロムがBだからWにしただけ)
五世代後半はW2。(前半をWにしたから、自然とこっちもこうしといた。ランドロスをARサーチャーで粘って旅パに加えようと思う。旅パで威嚇はたるそうだけど)
六世代はY。(あまり深い意味はない。メインロムがXだからYにしただけ。まあついでに愛する悪ポケの周回で粘らないといけないイベルタルの厳選もしようかな。今フリー用に育てたのがせっかち両刀だから、ようき物理が欲しいかな)
三世代リメイクはOR。(パケ伝が地面のグラードンだし、今回の縛り旅プレイの目的のメガバクーダが早く手に入るから。なんだけど、ORASは周回用をASにしちゃってるから、データ消してもいいOR持ってないな。うーん、でも、さすがにココは譲れないなあ。よし買うか! ……ってでもよく考えたらORがトルネロスで、ASがボルトロスか…… うーん、バンクの利用券生きてるから、ASに全員移して、ORを周回用に変えるのも手かなあ。孵化環境は未だにXだから、まるおまとか孵化アイテムとか努力値下げ木の実は気にしなくていいし…… ってあかんあかん、対戦用の持ち物がバンクじゃ送れないじゃん。7世代間近で今更環境整えるのは面倒しなああ。よし、買おう、買おう。5000円ぐらいでしょ? 買おう買おう)
うーし、準備は万端だ!
がんばるぞいや!!!!
以上、b:id:nagatafe さんのリクエスト通り、普通じゃない人を目指した文章になります。
ひよこを飼っていた事がある。
脂ぎっているような白熱灯の元で、うじゃうじゃとまるで「蜘蛛の糸」を待つカンダタのような感じで、糸が垂れてくるのを待っている、縁日で売られていたひよこである。
なぜ、俺がひよこを欲しがったのかわからないし、付けた名前も忘れたが、とにかくひよこを飼った記憶がある。
ところで「ひよこ」と普段キーボードで打つことが余り無いので気付かなかったのだが「ひよこ」とタイプすると、なぜだかわからないが心がとても落ち着き、非常にピースフルな気分になる。皆さんもぜひ試してみて欲しい。
縁日の夜、我が家にて飼われる事になったひよこは、段ボールを改造したひよこハウスに入れられる事となった。
ひよこハウスの中は、柔らかいタオルケットのようなものが敷かれ、湯たんぽが安置されるという豪華暖房付きで、ひよこも心なしか居心地が良さそうだったのを覚えている。
こうして小さなワンルームの住人となったひよこの餌はなぜか「米糠」であった。
これは実家が米穀店を営んでいたことに起因すると思うのだが、今思うと水に濡らされて若干ぱさぱさ感の取れた米糠を延々と主食として食わされるひよこの心中は、いかほどだったのであろうか。
不思議と米糠をつつきながら、ぴよぴよと鳴くだけで、あとは暖かいタオルケットにくるまって寝るという、落語の道楽若旦那もうらやむような生活をしていたひよこは、いつのまにやら通常の人間が想起するひよこよりも、はるかに巨大になっていた。米糠だけであんなに大きくなるものなのだろうか。
こうして、すくすくと育っていったひよこであるが、大きくなってしまった結果、ひよこハウスでは少し手狭になってしまったので、我が家の庭にて飼育されることになったのである。
暖かいひよこハウスから、突如屋根無し生活のブルーシーターと化したひよこであるが、文句一つ言わずにひょこひょこと歩き回っていた。時々クビをかしげていたような記憶もあるのだが、あれは鳥類特有のものだろう。
ところで、日本人ならば成人式を迎えた日、ユダヤ教ならば割礼をした日、どこかの部族なら入れ墨をした時に「大人」と認められるのだが、ひよこはいつから鶏になるのだろうか。
鶏冠が生えて来た時だろうか。それとも、ある朝いきなり「コケッコッコー」と「今日から大人ですよわたしー!」と高らかに鳴いた時なのであろうか。
そんなことを子供ながらに考えていたある日、裏の駐車場にあった、鉄パイプを組んだ足場で遊んでいたところ、遠くから「ひよこがぁ! ひよこがぁ!」と祖母の叫び声が聞こえた。
大きくなり、湯たんぽの庇護を必要としなくったゆえに野晒しにされていたひよこは、野良猫に捕まえられ、抵抗の際に抜け落ちたと思われる数枚の羽毛を残してどこかへ消えてしまったのである。
こうして、行方不明になってしまったひよこであるが、その後近所で「野良鶏」を見なかったことから、おそらく猫に食われてしまったのかも知れない。
と、いうわけで、未だに縁日で売られているひよこだったり、どこかで鶏を見かけたりすると、米糠ばかりつついていたあのひよこを思い出して、ちょっぴり切なくも、懐かしい気持ちになる。
ちなみに、アメリカの研究チームがティラノサウルスの骨のタンパク質のアミノ酸の配列を解析したところ、ニワトリに最も似ているとの結論になったらしい。
何万年後かに、何かのはずみで地球の重力が少なくなったり何かして、突然変異で色んな生物が大きくなってしまったり、先祖帰りをしたとして、ティラノサウルスばりに大きくなったひよこが猛り狂ってぴよぴよしているのを、見てみたいものである。
漏らしたうんことともに流れていった。
仲の良い母親同士が集まって、となり町に住む友人の家まで出かけていったんだ。
その中には初恋のあの娘もいた。
彼女はそんなぼくの恋心を知ってか知らずか、とても無邪気な様子で祭りを楽しんでいた。
わたあめか?りんごあめか?それともお昼に食べた冷やし中華か?
目の前には憧れのあの娘がいるのだ。
流れていく笹舟を眺めながら、「うんちがしたい」の一言だけは口が裂けても言えなかった。
今の自分くらいのベテランになれば、腹痛の種類と波長で緊急度が判断できたであろう。
しかし当時はまだ毛も生えていないこどもだ。
それがどの類の便がもたらす便意かの判断をすることはできなかった。
幾度なく襲いかかる腹痛と便意。
その度に立ち止まっては括約筋を限界まで締め付けた。
友人の家まで行ければなんとかなる。
そう言い聞かせながらも、友人たちが縁日の奥へと進んでいくことに絶望を予感していた。
わたしは自分の括約筋に限界があることを間もなく知ることとなった。
最も緊急度とお漏らしリスクは高いながら個体を伴わない液便だったのだ。
抑えきれなかった一緩みを感じた後、腸に集まっていた血液が身体に戻っていくことを感じた。
この様子ならまだいけるかも知れない。
その後は友人グループと付かず離れずの距離を保ちつつ、ひと通り祭り会場を回るまで緊急を伴う便意に襲われることはなかった。
ミッションは最低限のダメージで切り抜けられたと思われていたのだ。
そんな帰り道、突然イタズラっぽい表情を浮かべながらで初恋のあの娘が近づいてきた。
「なんか、さっきから臭うけど、○○くん漏らしたりなんかしてないよね(笑)」
しかし、その直後の表情から、彼女が全てを察したことがわかった。
その一言で青ざめたぼくの顔と、近づくことでいっそう強くなった臭いが合わされば当然だろう。
何かをごまかすようにあの娘がぼくの元を離れていったのは、友人の家の玄関まで30mのところだった。
真っ先にトイレに直行したぼくはズボンをみて驚愕することになる。
ほんの一緩みと思われた液便は、尻からももにかけて激しくズボンの色を変えていた。
もちろんわかっていたのだ。
ももが湿ったような感覚が、夏の湿気と汗によるものではなかったことを。
その事実をもっと早くに認めて、一人勝手にでも離脱してしまえばよかったのだ。
そこからの記憶は曖昧だが、おそらく一向にトイレから出てこない息子を心配した母親に発見され、ろくに挨拶もせず家に帰ったと記憶している。
この雨が続けば織姫と彦星の逢引はまた一年持ち越されてしまうからだ。
「さっきは変なこと言ってごめんね。増田くんは漏らしたりしてないし、誰にも言ったりしないからね。」
そう言い放ち、こちらの返答も待たずして受話器の置かれる音が響いた。
もういいんだ。一番知られたくない人に知られているのだから。
http://anond.hatelabo.jp/20150406191358
パラウイ島について前回の続きを書いていこう。 もっとGoogle検索の順位が上がって、将来旅する誰かの役に立ちますように。
パラウイ島にはホテルやリゾートが無いため、基本的にサンタ・アナの北端のサンヴィセンテ港から日帰りで行くことになる。
ボート等の手配は港で前日までに行っておくこと。2014年2月の記事であるが、マニラフリークの
http://manilafreak.jugem.jp/?eid=653
この料金表と同じであった。
このボートは1艘あたりなので、1人で行くと割高、複数人数で行くと割安となる。
船は8人マックスと書いてあるが、普通の小さいバンカーボート。外海は波が荒いところもあり怖い瞬間もある。 同時に乗る人数は船員を除いて4人 多くても6人程度に抑えたい。
日本とは違い、あくまで命の値段が安い所謂"後進国" であって安全は全く重視されていないのを念頭に。
スペインの植民地時代にパラウイ島の東北の端の高台に建設された灯台。この灯台近辺からの景色がパラウイ島旅行の唯一かつ最大の目的となる。
世界トップ10に選ばれるだけあって、絶景の一言。 写真ではわかりにくい素晴らしさで、実際に目で見て欲しい。三連休をかけて行く価値がある景色だ。
登って降りてくるだけなら30分もかからないのだが、何故かガイド費が300ペソもかかる。 ここに直接行く人が多いが、個人的には下記のトレッキングしてからだと感動が倍になるのでオススメ。
パラウイ島は結構大きく、トレッキングルートが3つある。 ガイド費は350ペソ。
そのうちのPunta Verdeという地元住民が多くいるビーチ(島の東岸の中腹あたり)から東北端のCape Engaño まで海岸を沿って歩くルート(3時間と言われていたが、1時間半程度だった。距離にして4~5キロ程度)がオススメ。
Cape Engaño とPunta Verde間にはもう1個、山を通るルートがあるが超疲れるし景色が見れるポイントが無くただただ山の中をハアハア言いながら歩くだけで全くお薦めしない。やめておくべし。
「景色めっちゃ良いよ!」という地元住民に完全に騙され地雷を踏み抜いてしまった。
3つ目のルートである島を東西に横断するルートは筆者は行っていない。未知数だが、地元住民曰く「西のビーチは透明度が悪いし魚もいない」ということだったので今回の旅で島の西岸には上陸しなかった。
とりあえず騙されたと思って信じて欲しい。
Cape Engaño に直接行かず、Punta Verdeに上陸して海沿いのルートを歩いてCape Engaño へ2時間くらいかけて歩いて行く その後の灯台からの景色は感動的だ。 ハロハロ(フィリピンのデザート、パフェやサンデー的なもの)も非常に美味しく食べられるだろう。
(前日にガイドの手配をしておくように。あと上陸ポイントと島を出るポイントが違うので船主に対してCape Engaño に迎えに来るように伝えておくように)
普通のフィリピンの白い砂浜、綺麗な海岸といった感じ。 他のリゾート等で綺麗な砂浜の経験があれば別に無理していかなくても良い。
ただ行っても別に損はしない。ここでゆっくりしても良いのでは。
謎の岩質で出来た謎の地形の島。 是非行って欲しい。 島は5分で一周出来る。
ビーチでシュノーケリングしても楽しいので、ここで数時間過ごしても良いだろう。
ただ樹木等が無い禿山の島で、日を避けるところが少ないのと常に観光客で混んでいるのでゆっくり滞在するかどうかは好み。
基本的には朝6時から6時間、つまり正午までが基本料金に含まれる。
延長は1時間あたりたったの100ペソ。 どうせサンタ・アナに戻っても暇を持て余すので、仲間と一緒に行く時は延長料金をケチらずゆっくり滞在して欲しい。
海の荒れ具合や弁当の持参の有無等にもよるが、夕方近くまでまったり過ごしても良いのではないだろうか。
なお、早朝5時半の時点でやってるサリサリストアがあるのでそこで水を1リットル×2本くらい買っておくと良いだろう。 1個25ペソ。 日差しがキツいので水は多めに持っておくことを推奨。
パラウイ島旅行最大のネック。一人旅をお薦めしない最大の理由。
Cagayan Holiday & Leisure Resort内に中華料理があり、ここが唯一の普通の料理?と言える。 ここに泊まった場合も泊まってない場合も是非複数人数の時は行って欲しい。
ドレスコード(服装の制限)があるかどうかはわからないが、リゾートの施設内だしおそらく大丈夫じゃないかなあ。
メニューを見たところ1人1000ペソ~1500ペソ程度で食べられそう。
中華だけだと流石に飽きると思うので、フィリピン料理行けるという人は以下の2つも試して欲しい。
San Vicente Portから約4キロ、トライシクルで15ペソで行けるサンタ・アナの市街地(コマーシャルセンター近く)のレストラン。
・J and J Restaurant
https://www.google.co.jp/maps/place/J+and+J+Restaurant/@18.4601929,122.1427828,15z/data=!4m5!1m2!2m1!1srestaurants!3m1!1s0x0000000000000000:0xadc5a5d07c45023f
地元住民イチオシのレストラン。筆者は食べていないがメニューを見たところフィリピンのメジャーな料理は揃っていた。
・Dampa-Esperanza Seafood Restaurant
https://www.google.co.jp/maps/place/Dampa-Esperanza+Seafood+Restaurant/@18.4601929,122.1427828,15z/data=!4m5!1m2!2m1!1srestaurants!3m1!1s0x0000000000000000:0x2d564be3d9aaba88
香港かなんかで修行したシェフがやっているとのこと。 カニ等の海産物が美味しいらしい。 地産地消。
なお、筆者は1人旅をしたので地元住民が多く入るようなヌードルハウス等で食べたが麺がクタクタで非常に不味かった。全くオススメしない。
アジアで1番料理が不味いと言われているフィリピンであってもルソン島中部のバギオとかバナウェ、サガダ、ボントック等山岳部だと野菜含め普通に美味しいのだが、もっと北に行くと料理はまずくなるんだなぁ・・・ 勉強になりました。
特に晩飯時の「行きは良い良い 帰りは怖い」に注意。
San Vicente Portからサンタ・アナの市街地は割と楽にトライシクルが捕まる。
日が沈んで晩飯を食べてさて、帰りを探そうとなると断られる。 もしくはぼったくられる。
フィリピン人は日が沈んだら基本的に仕事モードからプライベートモードに切り替わるということを学んだ。
筆者はぼったくられるのが嫌で4キロ超の距離を1時間以上かけて歩いたが、途中該当が無い林みたいな場所があり普通に怖かった。
途中の民家の飼い犬に吠えられ狂犬病のリスク(フィリピンは貧乏な国なので基本予防接種等してない)に怯えつつ、不安な道中であった。
もう二度とあんな思いはしたくない。 頑張れば歩ける距離だが、歩くのは絶対にお薦めしない。 例え行きの10倍払っても良いので宿まで安全に戻るべし。
ただのインスタント焼きそばなのだが、食に困ったらこれを注文すべし。 調理費混みで1個20ペソ(小さい袋なので1個ではただのオヤツ代わり)。 3つくらい頼めば十分昼飯になる。
San Vicente Portの先端の港に付帯するサリサリストア含めいろいろな所で食べられる。
「Pls Make it hot I like very very spicy」等いうと良いだろう。 カラマンシー(シークァーサー)も付けて貰おう。
飯の総括としては困った時のためにカップラーメン等の非常食を数個持っていけ。あって損はしないというか得しかしない。 お湯は宿でもサリサリストアでもどこでも貰える。
Cagayan Holiday & Leisure Resortに泊まっている場合はカジノがあるのでギャンブル好きな方は是非そちらへ。 筆者は訪れていないが、なかなか施設は綺麗だった。(外側から見た感想)
また、San Vicente Portのメインの通り沿いで現地人数十人が路上で屋台の縁日のようなギャンブルをやっている。 数ペソ~100ペソ程度の非常に少額の賭け。
サリサリストア(コンビニの超ローカル版)は遅い所でも21時くらいには閉まるのでビールやつまみ等は閉店時間を見越して買っておこう。
ただし、だいたいの場合翌日朝6時に港集合で朝が早いので夜更かし(AM1時とか2時とか)はあまりお薦めしない。
田舎だからなのか、ルソン島の北部の文化なのかわからないがほとんど売っているのはアルコール度数が高いRed Horse。 サンミゲルピルセンやサンミゲルライトが売っている店は1軒か2軒しかないのでRed Horse苦手な人はチェックして買いだめしておくべし。
なお筆者はマニラにいるときは基本的にはRed Horseを飲まない(ピルセンと比べて不味いと確信しているいる)のだが、旅行中ゆえの気分の高揚なのか それとも暑い気温と乾いた空気による風土の違いなのかわからないが今回の旅の道中ではRedHorseは非常に美味しく頂けた。
嫌いという人も一度くらいは試してみて欲しい。
4G(LTE)は繋がらないが3Gが非常に快適につながった。Youtubeの動画をストレス無く見れるレベル
SmartのPocketWi-fiを持っていくべし。 ビール飲みながら田舎の夜風に当たりつつネットサーフィン。 一人旅でもなかなか楽しいもんですよ。
今回の旅はルソン島北部に台風が近づいたりいろいろあって、帰り道にバスを使った。
本来はビクトリーライナーを使いたかったのだが、いっぱいだったのでフロリダ・バスを使った。
トゥゲガラオからマニラまでのバスが700ペソ。 午後4時発で途中バス内で盗難だか痴漢だかよくわからんが、 騒ぎになりCabanatuanの警察署に2時間弱ほど寄ったりしてマニラに着いたのは翌朝の5時過ぎ。
休憩は最初1時間程度乗った所で1回あった程度で、そこで皆カンテーンで飯を食べたり売店で物を買っていた。 あまり休憩しないので最初の休憩所で水分等を買っておくべし。
冷房はそこまで効きすぎていなかった。(フィリピンだと長距離バスは上着必須なレベルにクッソ寒い。 ただ、筆者は男性なので女性は遠距離バスに乗る場合は是非上着を持って行って欲しい。)
席は日本の東京大阪間の格安3000円夜行バス程度のクオリティの柔らかさで割と良かった。 (過去にマクタンからセブ北端まで行った事があり、その時のバスが酷い設備だったので、ハードルは低い)
なお、一番右端後ろの席は柱があって倒れないので地雷。 あと当然だけどアイマスクと枕は持っていくべし。
いろいろパラウイ島旅行に関する良いところも悪いところも書いたけれども、マニラ在住者で3連休があったら乾季中に是非行って欲しい。 やはり世界トップ10のビーチは伊達ではない。
今はセブ島への直行便があるしもっと移動時間が少なくて有意義に過ごすことは出来ると思う。 栄えてるし治安も良いし料理も美味しいレストラン多いしマッサージ等の物価も安いし遊ぶところも多いしとりあえずフィリピンに旅行したかったらセブがお薦め。
人類学って言うのはどうしても「実例」の丹念な積み重ねになるので、その「解釈」つまり読み解き方には差が出る。
で、「物々交換なんか無かったんや」てなエントリーが話題をさらって、それに対する反論に引っかかるところがあったんでソレについて。
人類学の宿命とも言える所に、「やっぱ珍しいところから入るだろJK」問題というのがある。
「日本人って、デートは神社の縁日で金魚すくいで彼女が浴衣を着てくるのが普通なんだろ?」とイギリス人から言われたらどう応える?
まあ、厳密に言えば間違いとはいえないがそれはほぼファンタジーだぞ、という説明は難しい。
例えば、物々交換はあったと言う例でスターを集めているコメントに以下のものがある。
いやいやいやいや。ヤップ島の例だけを根拠に学説を全否定するのはどう考えてもおかしいでしょ。トロブリアンド諸島のクラとか、ポトラッチ(蕩尽)とかどう説明するの。人類学の成果を無視しすぎ。
『トロブリアンド諸島のクラ』とは、ザックリ言えばパプア・ニューギニアの島々で行われている儀礼的な交易を言う。
Kula ringなんかでググると出てくるから省略するが、これはgift economies、つまり贈与経済とされる。
というかだ、仮にも人類学という単語を発するからには、近代人類学の父と呼ばれるブロニスワフ・マリノフスキを避けては通れないし、
彼がその名声を確立したクラをめぐる『西太平洋の遠洋航海者』を読んではいなくても概要ぐらいは触れたことがあるだろう。
単なる装身具にすぎない腕輪や首飾りを交換するためだけに危険な海洋交易を行う理由が、経済的な財物の交換ではなく、政治的な権威とその維持を含めた儀礼的な制度であるという主張だ。
また、『ポトラッチ(蕩尽)』も同様だ。これも「贈り物」が語源とされる北米インディアンの伝統的な贈与経済だと言われている。
ザックリ説明すれば、その構成グループの中でイベントがあると、一番持っているヤツが振る舞うという、風習だ。
簡単に例えよう。
日本には古来物々交換なんぞ無かったと言われて「おいおい、お中元やお歳暮を無視する気かよ」と返しているのと同じだ。
普段のお買い物の話に対して、儀礼的な相互贈与で反論するのは、控えめに言っても筋が悪い。
というかだ、人類学をチョコっとでもかじったことがある人間なら、クラ、ポトラッチとくればピンとくる。
フランスの文化人類学者である、マルセル・モースの代表作とも言える「贈与論」だ。
文化人類学では「お返しを期待する贈り物」を「互酬」と言い、リターンを期待しない「真の贈り物」とは区別して語られる。
で、この互酬のうち、遅延して交換するものは、基本的に儀礼的だったり政治的だったりする。
そして、即時の交換(その場で交換する)ものを、Barterつまり物々交換と呼ぶ。
で、この物々交換をお金の起源として(比較的悪しざまに)主張したのが、アダム・スミスの国富論(The Wealth of Nations)だ。
ただ、さっきまでの話で判る通り、文化人類学者は常々「いや、物々交換って基本的には部外者とのやりとりに使ってただけで、村人同士では儀礼的なものだよ」と言ってきた。
言葉が通じる同じ仲間同士で、物々交換が行われていたという強固な証拠は無い。というか見つけづらい。
が、沈黙交易(Silent Trade)と呼ばれる、言葉の通じない(場合によっては通じても姿を見せない)相手との物々交換が行われていた記録はある。
信用も無く関係性も希薄なので、その場で交換する必要があって、社会的な義務や政治的な権威とは切り離される。
この場合、お互いに価値が有るものとして砂金や塩を用いることはあった。
古代エジプトにおいても、鋳造貨幣は対国家のような対外取引でしか用いられなかった事からも、貨幣は信用と切り離されて当初存在した。
それがそのうちに、「金銀を持ち歩くの危ないから、金庫に入れておいて引き出せる札だけやりとりしようぜ」となった。
これが紙幣発生の一形態だ。(他の発生形態もあるので、調べてみると面白いよ)
つまり、「この札を持っていけば金に交換される」という信用がトレードの基礎になっているのは、
「オレが今日は魚をやったけど、こんど家の建て直し手伝ってくれよな」という顔なじみの村民にある信用と、本質的には同じだ。
その村でその信用を裏切る行動を取れば、適切に制裁されるという「村秩序に対する信用」が、村人間の普段のお買い物の基礎になっている。
譲渡することのできる信用がマネーだと言っているが、人類学はそれに反論はできない。
文化人類学者が積み重ねてきたことは、単純な物々交換とクラ交易とは違うという反論だ。
あるグループ内で通用する単位が、他のグループにおいても通用するとされた時に、マネーが産まれると言われれば、
そういう定義もあるかも知れないな、と思うだけだ。
極端なことを言えば、「1シナモン」という単位を作って、はてなで流通させても良いわけだ。
ある人が「これ釣りか解説欲しいんですけど」→「これは釣り記事です」と解説するのが10シナモンで
ある人が「これほんとかなあ」→「これは科学的にこうオカシイ」と解説するのが5シナモンだとしても良い。
これが、スポンジボブとお姑サンの間で行われている間は、単なる貸し借りの単位でしか無い。
「今回は私が解説したので、3シナモン分相殺ですね」とかできるわけだ。
それが「5シナモンくれたら、Microsoftの戦略について語るよ」とか
そして、そうならないだろうと素朴に想像できることが、お金の本質になる。
シナモンという評価価値は無限に生まれるが、それを適切に流通させるには、信用が必要になる。
この「信用」とは何か、「1シナモン」で記事を依頼したり、記事を書いたりする為に何が必要か考えると、お金とは何かという答えになる。
ニクソン・ショック以降、(正確にはニクソンよりちょっと後だけど)通貨が金本位制でなくなった時点から、お金とは信用とそれを担保する何かによって支えられている。
沈黙交易に代表される「信用出来ない相手との物々交換」は行われていたし、証拠も記録もある。
ある集団内での資産(獣や魚や穀物)を再分配する機能が、巨大化するにつれて歪んだ記録もある。
しかし、クラ交易やポトラッチは、単純な物々交換と異なる「互酬」つまり、信用や政治的な権威を背景にした贈与文化であるとされている。
それどころか、文化人類学者であったモースは、経済的な取引は社会的な価値交換の一部に過ぎなかったとすら言っているのだ。
つまり、大昔に物々交換は無かったのだ!と言われた時に、物々交換はあった!として例示する対象として、全く相応しくない。
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哲学書読めば?って人もいるみたいだけど,哲学書すらキリスト教ベースで書かれててイマイチぴんと来ないんだよね
罰当たりなことはしないとか,蛙にションベン引っかけると雨が降るとか,縁日とか,鏡餅とか,ものを大事にするとか,言葉が力を持つという考え方とか….しかもこんなにたくさん大小様々な神社や寺が未だに建ってるしね.日本の神様なんて小説とかアニメや漫画,ゲームの題材にすら頻繁に使われる(時には主人公だったりもする).毎週ミサに行ったわけでもなく,それどころか特に誰かに教わった記憶も無いのに,積極的に意識しなくても考えや行動に影響してくるのはかなりすごいんじゃないか?神を畏れ敬う一方で身近にも感じているという心が日本の信仰であるとするなら,大抵の人間は立派に信仰心は篤いだろう.そういう心を持っているという共同体には属しているよ.外国人にこんな話しても同じような文化を持つ国でないとわかってもらえる方がまれだろう.
あ,でも腹を割って話せる友達は欲しいなあ…
まだ彼氏とバカップルだったころ(この時点であぁ~ってなるけど
縁日のくじ引きで当たった割とリアルなモデルガンを使ってのドッキリを思いついた。
彼氏が一人でいる部屋に銃を構えて飛び込み「ハート泥棒!逮捕しゅるぅう~♪」
とか言ってやろうとかその程度。
で、彼氏の家にアポなしで押しかけ、銃を構えて合鍵でそっとドアを開け、
「手を上げろ!」とわざとドスの効いた声で叫んで飛び込んだら
しかしひっこみがつかなくなったのと怒りで頭が変になったのか私は
「V.S.O.Pだ。動くな」と、なぜか淡々と芝居進行。
銃火器に疎いせいか本気でビビる女の太ももや頬を銃の横腹でピタピタ叩いて
「説明してもらおうか」「腰浮かせろ。ぶちこんでやる」とか淡々と脅す。
結局「携帯出せ、お前恋人いるんだろ。今電話しろ。別れろ」と命令。その通りにさせ、
「私を不幸にしたんだから、二人で死ぬまで添い遂げろ。そのくらいの覚悟あってのことだろうが」
と吐き捨てて、モデルガンと合鍵をその場に投げ捨てて部屋を出た。
「被害者な自分」に酔ってしまい、この話を酔うたびに友達にしまくってた。
さらに余談だが、V.S.O.Pが特殊部隊の略称でもなんでもないことも後から知った。
俺は元増田さんよりもう少し若い世代なのかな。
というか26です。
特に何か特徴があるわけでもなく、見た目はハーフだなんて分からないと思う。
俺は先のエントリの方々と違って生まれたときから母親は既に帰化していたため、
住んでいたところも普通の団地だったので友だちはみんな日本人だし、
自分も母親が中国人だったとは知らされていなかったので穏やかに少年期を過ごした。
ただ、今思い返すとお正月や旧正月は一般的な日本とは少し違ったなあ、と思う。
保健体育の授業の一環で「母子手帳を持ってきてください」と言われたので
母親にそれを伝えたところ、母は頑なに拒んだ。
その理由を尋ねたところ母子手帳を持ってきて名前の部分(要するに帰化前の名前)を私に見せ、
「おかあさんは、これをみんなに見られてあれこれ言われてほしくないの!」と
泣きながら私に伝えたときだった。
結局私は母子手帳を「忘れた」ことにして授業をこなしたけれど、内心は複雑だったのを覚えている。
「なんでハーフであることを隠すのか」と。
ハーフであることを人に伝えることはなかった。
幼稚園の頃からの友だちが何十人かいるけれど、99%の人間は私がハーフであることを知らない。
言う必要もないと思ってる。
当時の私は小学生だったので、歴史認識も甘かったし、差別があることも知らなかった。
また、中国人の中に日本人をいまだに恨んでいる人がいるなんてことも知らなかった。
でも「戦争をして中国が負けてしまった」ということは授業で習ったので、
そんなことがあってからだいぶ年月が過ぎ20歳を迎えたある日、
何かの拍子で母に帰化について、と母の幼少の頃、と在日特権、と差別について、を聞く機会があった。
その場には父も同席していた。
・帰化について
昔は、帰化するのはものすごーく大変だったそうだ。
申請してから何ヶ月かに一度面接、自宅訪問、旦那がいるならば旦那の職歴、収入、家族構成などなど。
端的にしか教えてもらえなかったけれど、まあそれはそれは大変だったらしい。
加えて、私を生んだ頃の両親はまだ若かったので(父27 母23)収入が厳しく、
周りの人の協力もあって何とか帰化が認められ、無事に日本国籍を取得することになった。
「なんで帰化したのか?」という問いには「そりゃ、日本が好きだからよ」と言っていた。
・幼少の頃について
校内での会話は中国語と日本語が入り混じり、かなりカオスだったそうな。
当然戦争教育も受けたけれど学校がよかったのか、はたまた時代の流れだったのか
まあ、ある程度はされたみたいだけど、母は「いやいや私は日本好きだし」というスタンスだったので
全く興味なかったそうな。強いおかんです。
高校からは一般の高校に通い、そこで出来た日本人の友人とは今でも付き合いがあるようだし、
母自身も高校の友人を一番大切にしているのを知っている。
・在日特権について
これは開口一番ズバッと。
母「んなもんあったらもっといい暮らししてただろうね。
一部の人にはあるのかもしれないけど、かあさんみたいな普通の人には無いよ。
親戚友人含めて、周りでそうした特権を受けてる人も知らない。」
とのこと。自分は幼い頃結構貧しい生活をしていたので、これはそうなんだろうと思う。
・差別について
これは最後まであまり喋りたがらなかった。
つらい記憶を呼び覚ますのも悪いとは思ったけど、言える範囲で教えてもらった。
前述した特権については、それはもう色んなところで嫌味のように言われたらしい。
でも自分達はその特権がなんなのかも知らないし、
祖父母の意向で通名は使わなかった(持ってない)ので、特権について嫌味を言われてもただ困惑していたんだとか。
母は「悪いことしてないのに『お前は悪人だ!』って言われているのが一番悔しかった。」と言っていた。
後はありがちな名前をからかわれたりしたことをぽつぽつ話していたけれど、
何か隠している風があったので、もっとつらいこともあったのかもしれない。
そんなこんなで母の話は終わり、その後父との出会いについて根掘り葉掘り聞いてその日は終わった。
両親が合コンで知り合った仲だったと知ったのはこのときだった。
・名前問題
母方の親戚は私が知る限り30人ほどいるんだけど、帰化している人は少ない。
確か5人ほどだったと思う。
それと、通名を名乗っている人はいない。
せっかく貰った名前を隠すような真似はしたくない、というのが主な理由みたいだけど
親戚の多くは中国人の多い地域(神戸)に住んでいるので、無理に通名である必要もないのだろう。
・日本についてどう思うか
これは、もうみんなめちゃくちゃ好きです。
特に男陣営はプロ野球大好き。
「この子は巨人入団して二年目だな。将来に期待が持てる(キリッ」とか言ってる。
まんま『レベルE』です。
ま、普通のおばちゃんです。
関係ないけどうちのおかんは生ブラピを見たとき泣いてました。あほです。
戦争のことについては、もう起きてしまったことで仕方が無いことだという認識。
というか戦争の話はもううんざりみたいで全然話題にあがらないし
聞いても有耶無耶にされちゃう。
何の差別もなく理解ある人たちに支えられて今まで生きてこれたことに感謝する。
風情のある日本の文化が大好き。
中国の独特の文化も好き。
でも、パクリ文化はよくないよね!
ただ、ネットで嫌でも目にしてしまう中国人や朝鮮人を罵倒する書き込みは
読むと胸がズキッとする。
血統以外は日本製なのに、なんでなんだろうね。
やっぱり胸がズキッとする。
まずは日本の方に伝えたい。
少なくとも、自分と、自分の周りにいる中国人は日本も日本人も好きです。
まあ50人ぐらいしか知らないけど、そういう人もそこそこいるんだってことは
知って頂けるとうれしいです。
文章がなんだかぐちゃぐちゃになってしまった。
乱文ですいません。
■料理
・大根餅
■お菓子
・馬拉糕(マーライコー)
・魚雲酥(イーワンソー)
を是非食べてみてください。
安価でとても美味しいです。
久しぶりにこういうの書いたけど、やはり発言はすべきかもね。
と、以下、酔っぱらって帰宅してからの戯言です。
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自分が生まれて育った場所に愛着を感じない人間がいるかどうか。
日本人の愛国心のうち大部分を占める、郷土愛、それって生まれた土地への愛着だよね?
それが血筋だけで変わる物だと思う?
それが在日韓国人だというだけで持てないとしたら、その原因はなんだと思う?
個々人の問題や、資質、血筋による物だと思う?
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断言できるけど、100%朝鮮半島にアイデンティティのある在日韓国・朝鮮人はいない。
(正確を期した言い方をすれば、ニューカマーを除く、だけど)
そういう立場を取られる方々への嫌悪感、防衛本能が、昨今の日本の、嫌韓、ネット右翼といわれる動きに繋がっていると思っています。
そういった嫌韓などの差別にさらされるから、日本の恩恵よりもアイデンティティを優先してしまうんだ。
そして、これは、理解しづらいかもしれないけど、マイノリティとマジョリティの話になると、
防衛本能が働いて仕方ないのは、マイノリティ側だと思うんだよね。
マジョリティの全体が悪いとは僕らも思っていない。
けど、どんな集まりにも馬鹿はいるし、マジョリティの中の馬鹿はマジョリティ故にある程度以上のまとまりを持って、
時にはマイノリティ全体以上のまとまりをもって、マイノリティを攻撃するのだから。
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それでも、ほぼ100%に近い在日韓国・朝鮮人は日本が好きだよ。
帰れとかいう日本人以外は結構好いている。
総体になるとなんとも排除の姿勢を示されるが、それが個々人の想いとは思っていない。と信じてる。
だから日本にいるんだし。
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結局。
たぶんカジュアルに偏見を書く人々の大半は直接知らないんだよね。
虚心に付き合ってだめだと思うなら、仕方ないけど。そんな奴見たこと無いけど。
で、冒頭の台詞につながる。