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2022-02-16

もっと上の空でちょうどいい。

例えば、隣にいる人のちょっとした咳払いにカチンとくるような人生を送っているのなら。

歴史上の大発見をした人のように、もっと上の空で生きる方がいい。

目の前の事象に心囚われて、生きる苦しみを「無駄に」味わう選択をするよりも、理解できないながらも宇宙の成り立ちであるとか、つまらない文章だなあと思いながら読んでいる文章講座について思考を費やす方が良い。

私たち自動的存在からほとんどのことは思考を費やさずとも生きていける。

ならば、もっと上の空で生きていけばいいのだ。

おもしろいことを考えながら生きていく方が良い。

2022-02-01

野菜なんか食べなくても大きくなれると思っていた

私は野菜が大嫌いだ。

あのようなまずものを嬉々として食べる人の気が知れない。

野菜なんか食べなくても大きくなれる。

現に、これまでの人生でまともに野菜を食べずとも生きてこられたのだ。

そう思っていたが、間違いだった。私は見てしまった。夕飯の準備をする母が、ハンバーグのひき肉に大量のすりおろし人参を混ぜているところを。カレーに大量の玉ねぎを混入する母の姿を。

私が今まで食べていたのはハンバーグではなかった。半分は人参だった。母の愛情のこもったカレーは、具として入っているのも含めると1/3は玉ねぎでできていた。

野菜を食べずとも大きくなれたのではない。母が私にバレないように大量のすりおろし野菜を仕込んでいたから、野菜を食べずとも大きくなれたのだと思い込んでいたのだ。

私は春から大学生になる。いずれは一人暮らしもする。いつまでも母がすりおろし野菜を入れてくれるわけではない。

私は野菜嫌いを克服することを誓った。大人になってから今までの習慣や癖などを直すのは困難だと言う。好き嫌いを直すチャンスも、ギリギリ10である今が最後だろう。

あるとき、駅の構内にある喫茶店パスタプレートを注文した。店内はオレンジ色がかった照明と、オシャレな音楽がかかっていて落ち着いた雰囲気。この落ち着いた大人ムード漂う空間ならば、野菜嫌いな子供自分を克服できるかもしれない。

パスタプレートには、小さいサラダが一緒についてくる。緑の葉っぱの中に、なんか紫っぽい葉っぱと赤い玉ねぎみたいなのが入っている。植物なのに色がサイケデリック勇気を振り絞って口に運んでみる。

シャキシャキ感がすごい。すごい苦い。水分がすごい。あとかかってるドレッシングが酸っぱい。ただただまずい。

小学校担任に「野菜も食べろ」と言われて口に入れたものの飲み込めず、こっそりトイレで吐いた記憶が蘇る。

吐くことはなかったものの、全然だめだった。この時気がついたが、私は野菜を「食べ物」「料理」ではなく、完全に「植物」「葉っぱ」と認識しているっぽい。

新鮮な葉物野菜を噛んだ時のシャキシャキした感触が、中学生の頃顕微鏡で見た、植物細胞壁の四角形を想起させてしまってダメだ。

しかし私は諦めない。思うに、まずはマヨネーズごまドレッシングなどのまろやか系から挑戦すれば良いのではないか

とにかく、野菜を好きになるまでは行かなくとも、健康を保てる量の野菜摂取できるようになりたい。

2021-11-01

ねこを手放す

5年間一緒にいたねこを手放すことになりそうなので、自分気持ちの整理のためにつらつらと書く。

5年間一緒にいたねこは私がはじめて選んだ家族であるし、人生パートナーである

私がこのねこ出会ったのは運命的でもなんでもない、保健所で一緒に暮らすねこを探していたときだ。

当時の私は自堕落的で、アルバイトとして働いてはいものの、なんの目的もなくただダラダラと呼吸をしていた。働くということがまま苦痛であったし、大きなトラブルはないのに人といることに疲れていて、未来なんてどうでもよかった。死ぬほどでなくとも積極的に生きることもできない、そういった自分が嫌ではあったものの、特に変えるための努力もする気になれなかった。

特に特別きっかけはなかった。

ふと、自分が猫を飼ってみたかたことを思い出した。昔は無理だったが、今ならそれを実行できる環境にいる。短絡的ではあるが、働くことも人と付き合うことも生きることも、私だけの猫がいればできそうだった。

すぐに保健所電話をして、引き取れそうな猫はいるか確認をし、年明け後にすぐ猫を見に行った。私の数少ないいいところはすぐ行動に移せることである

保健所には十数匹の猫がいた。仔猫もいたし、成猫もたくさんいた。

仔猫はきっと他の誰かが選んでくれるだろうと、私は成猫を引き取るつもりでいた。それも誰も引きとらなさそうな猫を。

成猫を探しているというと、職員さんは1番奥のケージを見せてくれた。ハチワレ猫と黒猫の2匹の兄弟が目を丸くしてこちらをみていた。ハチワレの方は怯えていなかったが、黒猫の方はすごかった。私を確認するなりケージの隅へ避難し丸くなり、全神経をこちらに集中させていた。

誰も引きとらなさそうな猫と決めていたが、その様子を見て少し怖気付いた。なにしろ私は猫を飼ったことがないのである

職員さんにどちらかを引き取ることにしますと伝え、一週間後に迎えに行くことになった。

一週間結構悩んだ。いっそのこと2匹一緒に引き取ろうかとも思った。そうしなかったことは今でも悔やんでいる。

渡日当日、私はまだ決められずにいた。

もう一度直接みて決めるしかできなかった。

私たち人間の緊張を感じ取ったのか、一週間前はリラックスしていたハチワレも、その日は警戒心をむき出しにしていた。黒猫そもそも初対面の時から私を警戒していた。

少し悩んだ末に、私は黒猫を引き取ります職員さんに伝えた。

黒猫キャリーケースに入れられている間、私は飼育に関する誓約書や、外飼いされる猫の悲惨さ等の書類対峙していた。余談ではあるが、この保健所は非常にいい保健所で、職員さんたちはみんな動物に対して愛情を持っていた。私がカウンターで待っている間、少し離れたところにいた職員さんが業務を止めてさみしそうに、でも本当にうれしそうに、飼い主さんがきまってよかった〜〜よろしくお願いしますと伝えにきてくれた。

少しして、遠くの方からアオ〜〜と悲しげな大声が聞こえはじめ、キャリー片手に職員さんがやってきた。

では、よろしくお願いしますのひと声とともに黒猫の入ったキャリーが渡されて引き渡しが完了した。

大きな黒猫は怒り混じりにずっと鳴いていて、施設内の人たちは物珍しそうに少し笑いながらこちらをみていた。

かくして私ははじめて人生パートナーを得たのである

黒猫は1年ぐらいは慣れないかもと職員さんから伝えられていたが、1月ほどで私に腹を見せ、擦り寄ってきた。

毛はふわふわでの長毛で、声は高く、ずんぐりとした樽のような胴体に、ポンポンのような短い鍵尻尾を持つ大きな黒猫

食べることがすきで、度々勝手に餌袋を破り思う存分腹を満たした困った黒猫。よく私のお腹や膝の上に乗っては機嫌良く撫でられていた。

本猫の努力もあり、ちょっとしたダイエット成功した後は歩くたびに伸びたお腹の皮が左右にたゆたゆと揺れる。水のように柔らかい。目が合うと短くンニャと鳴く。寝てる私の気を引きたいときゆっくりと私の顔に爪を立てる。歩くときは爪を出さず。

前歯がすきっ歯で、獣医さんに相談するまで、自分の不注意で歯を一本無くさせてしまったのかと思っていた。

はじめて黒猫を洗った時、シャワーをかけ続ける張本人である私に、震えながら縋りつくようにして膝に乗り、その日から度々、私がシャワーを浴びている間は心配そうに浴室の外から私を見守ってくれる。目が合うと小さくニャッと短く鳴く。

もう1匹の新猫を迎えた日、大いに不満もストレスも抱えただろうに、一週間後には新入りを舐めてくれた。

その新入りした仔猫多種多様アレルギー喘息を持ち、ご飯に対して気難しかった。

歩くときは爪を出さない大きい猫と、歩くときも爪を出す小さな猫。

視線だけで訴える甘え下手な大きい猫と、鳴いて物事要求する甘え上手は小さな猫。

どちらも私がそばに行くだけでゴロゴロと喉を鳴らす気前のいい猫。小さな猫は尻尾を震えるほど立たせるので分かりやすい。

車に乗せると怒鳴るように鳴いて不満をぶつける小さな猫。以前はほぼ毎日のようにしていた喘息も、最近は全くといっていいほど出なくなり、落ち着いてきて本当によかった。

間違いなく私の人生は救われたし、大袈裟でもなんでもなく、今の私がいるのもすべてこの猫たちのお陰だ。

たまに、猫の死について考える。そのときは必ず火葬仏具について泣きながら検索する。それは今から心の準備をしておかないと、駄目だからだと思う。

いつか私は猫たちを看取って、小さな骨を拾い、猫の思い出が残る家で生きていくものだと思っていた。

まわりは、配偶者が猫アレルギー喘息であるなら猫を手放すのが当然だという。それが極端だといってくれる人もいる。

私は、猫をペットとして飼っていない。家族として接し一緒に生活してきた。

ひとりは、猫に依存すること自体間違っていると言う。自分のことしか考えていない、今が変わるときとも。きっとその通りなんだろう。

猫と別れる選択をした場合、おそらく妹夫婦が猫を預かってくれることになる。

それは逃げだと言われたけど、一軒家でも同じ建物内に猫といたくないと言われたら、私は離婚以外この選択しか選べない。選べないことに絶望する。

今までの薄給をほぼすべて猫に関することに費やしてきた。観葉植物空気清浄機も、Amazon Echoデジイチも、オイルヒーター除湿機も。他の人には一見関係ないものも、すべて猫に関係している。

一緒に暮らしてきた猫と完全に人生を絶たれれば、私には働く理由も欲しい未来ほとんどがなくなる。と思っている一方で、人生を救ってくれたこの猫たちと別れたあと、意外と平気で生活できそうな気もする。私はそれが怖い。

配偶者は、私が猫を選んだとしてもだれも責めないと言ってくれる。

かといって、本当に我儘に生きてきた私に怒ることなく辛抱強く優しく誘導してくれる配偶者を捨てることも私にはできない。惚気になるが、この人は少し鈍感なところもあるけど、本当にできた人間で、こんなウジウジとして怒りっぽく自己中心的な私にはもったいないくらい良い人だ。猫も人も、私には本当にどちらかを完全に切り捨てることが怖くてできない。

からせめて、妹夫婦一時的に猫を預けるということに今はさせてほしい。この先、絶対にまた一緒に暮らせる時がくるという希望がほしい。気兼ねなく会いに行くことができる人に預け、猫に関する費用を払うことで、私を関わらせてほしい。

人生重要選択連続だという。

猫にも配偶者にもどちらにも誠実でなく、妹夫婦にも負担を強いるという選択を取ろうとしている。猶予はまだある。もしかしたらもっと違う選択をとるかもしれない。

2021-10-16

破談を回避する現実的方法

29歳ひきこもりの妹が原因で…「結婚破談危機」の長男のため資産1億円超の親がしたこと

https://president.jp/articles/-/50910?page=1

ちなみに、大学卒業してから10年近く実家暮らしてきた吉田さんには、自分名義の貯蓄も1000万円くらいある。住宅資金贈与や教育資金贈与なども検討してもらえることもあり、「金額の分け方だけを見れば、不公平かもしれないけれど、自分にとっては妹に金銭援助をしないでいいという、保証が得られることのほうが安心できる」と筆者に答えた。

吉田さんは両親と交えて話し合って得られた結果(親が残す資産で、親亡き後の妹の生活は成り立ちそう)を、結婚相手の両親が理解やすいようにメモにまとめることにした。

吉田さんにとっても、自分の家の資産状況を相手方に公開するのは気が引けたが、金銭面での話し合いの結果を説明したところ、「それなら」と、相手の親も承諾をしてくれた。

それから半年後。吉田さんは無事に彼女とゴールイン。妹のことが気になりながらも、実家を離れて別の所帯を持ったこから、少しずつ現実生活のほうに軸足が動いている。

足かせになる身内がいた場合結婚に反対する相手の両親に対し、納得してもらえるまで誠心誠意対応する。

その身内が夫婦となる二人の人生依存しなくとも生きていける算段を整え、計画を伝えることだ。

全てのケースで上手くいくとは限らないが、少なくとも差別差別と騒ぎ立てるよりも結婚にこぎつける可能性ははるか高まるだろう。

2021-07-11

要約すれば人を撃ちたいんだろ?

もっともらしい事言って、日本での銃規制を解除とか言うのはさ

要するに人を、そうでなくとも生き物を撃ちたい欲望を抱えてるものと見てる

猟銃免許持ちもみんな生き物を撃ちたい潜在的殺人鬼と見てます、どれだけ言い訳しても「薄汚い殺人鬼がなにか喚いてる」としか思いませんので悪しからず

2021-05-22

anond:20210522123036

半出生主義の思想否定していいよ。

少なとも生きている人間が言っている限りは。

2021-05-17

anond:20210517124936

いや、そりゃウソだろ。親の七光りや運で生きてる人もいるよ。

努力成功する確率は上がると思うが、「成功したやつは全員努力している」ってのは転倒した考え方だよ。

それとも生きてるだけで努力してることにする?

2021-04-02

anond:20210402140202

俺はそばには居ないし、一緒にも戦わないだろうね

実際に声をかけられたわけでもないからな

出来るとしてもお話を聞いてどういう解決法があるかを考えるかだけだ。

 

そして、それでもつらいなら逃げていい、だ。

 

嘘吐きでしょうよ、少なくとも生き死にが関わるものを一番ダメだと断じるんだもの

そこまで切羽詰まってないのにつらい訳もないだろ

生き死にが関わるからつらいんでしょうよ

から去っていっても仕方がないねという話だろう

悪も善もあるかよ、死ぬか生きるかだろ。

よくある選択肢だろうよ。

2021-03-19

(追記)野菜なんか食べなくても大きくなれると思っていた

私は野菜が大嫌いだ。

あのようなまずものを嬉々として食べる人の気が知れない。

野菜なんか食べなくても大きくなれる。

現に、これまでの人生でまともに野菜を食べずとも生きてこられたのだ。

そう思っていたが、間違いだった。私は見てしまった。夕飯の準備をする母が、ハンバーグのひき肉に大量のすりおろし人参を混ぜているところを。カレーに大量の玉ねぎを混入する母の姿を。

私が今まで食べていたのはハンバーグではなかった。半分は人参だった。母の愛情のこもったカレーは、具として入っているのも含めると1/3は玉ねぎでできていた。

野菜を食べずとも大きくなれたのではない。母が私にバレないように大量のすりおろし野菜を仕込んでいたから、野菜を食べずとも大きくなれたのだと思い込んでいたのだ。

私は春から大学生になる。いずれは一人暮らしもする。いつまでも母がすりおろし野菜を入れてくれるわけではない。

私は野菜嫌いを克服することを誓った。大人になってから今までの習慣や癖などを直すのは困難だと言う。好き嫌いを直すチャンスも、ギリギリ10である今が最後だろう。

あるとき、駅の構内にある喫茶店パスタプレートを注文した。店内はオレンジ色がかった照明と、オシャレな音楽がかかっていて落ち着いた雰囲気。この落ち着いた大人ムード漂う空間ならば、野菜嫌いな子供自分を克服できるかもしれない。

パスタプレートには、小さいサラダが一緒についてくる。緑の葉っぱの中に、なんか紫っぽい葉っぱと赤い玉ねぎみたいなのが入っている。植物なのに色がサイケデリック勇気を振り絞って口に運んでみる。

シャキシャキ感がすごい。すごい苦い。水分がすごい。あとかかってるドレッシングが酸っぱい。ただただまずい。

小学校担任に「野菜も食べろ」と言われて口に入れたものの飲み込めず、こっそりトイレで吐いた記憶が蘇る。

吐くことはなかったものの、全然だめだった。この時気がついたが、私は野菜を「食べ物」「料理」ではなく、完全に「植物」「葉っぱ」と認識しているっぽい。

新鮮な葉物野菜を噛んだ時のシャキシャキした感触が、中学生の頃顕微鏡で見た、植物細胞壁の四角形を想起させてしまってダメだ。

しかし私は諦めない。思うに、まずはマヨネーズごまドレッシングなどのまろやか系から挑戦すれば良いのではないか

とにかく、野菜を好きになるまでは行かなくとも、健康を保てる量の野菜摂取できるようになりたい。

(追記)

今まで野菜と向き合わなすぎて、野菜サラダだ!と思い込んでいたので、ブコメトラバを読んで勉強になった。

一応、鍋料理スープに入っているクタクタ白菜などなら食べられる。しかし好きではない。

色々な食べ方を知ることが出来たので、まずは汁物煮物からチャレンジしていこうと思う。

そして、世の中にはサラダがそんなに好きではないという人が結構いることに驚いた。

しろ、母は大の野菜好きで、ドレッシングなしで生野菜バリバリ食べる人だし、祖母もそうで、父は好き嫌いがなくなんでもうまいうまいと食べる。(親の背中を見て子は育つというが、このような環境野菜嫌いに育ったのが不思議である)

しか外食に行けばセットでサラダがついてくることも多い。

からサラダ生野菜というのは割かし大勢の人が好んでいて、野菜を摂る手段として1番手っ取り早いものだと思っていた。

とにかく火を通したものから挑戦してみて、野菜の良さに気がつく日が来るのを待とうと思う。

同じく野菜嫌いの人や、歳をとって味覚が変わって食べられるようになったという人のコメントを見て、「好き嫌いを克服せねば」と力んでいたのが、良い意味で力が抜けた気がする。

2021-03-14

[]どれみ#第20話 お母ちゃんに会える! あいこ涙の再会

まとめ:[どれみ感想]おジャ魔女どれみの感想を書く まとめ

第 20 話 お母ちゃんに会える!あいこ涙の再会 - おジャ魔女どれみ# - 作品ラインナップ - 東映アニメーション

重い話が続くと思ったら、意味が分からないアバンタイトル。。最初は話数を間違えたのかと思ったが、お話を見てやっと理解できた。

あいこのお父さんはい父親だと思っていたけど、過去パートナーにとんでもないことを言ったんだね。。それを反省しているからまだいいけど。。

思春期かに見ていたら勝手な両親だ、とか思っていたかもしれない。だけど大人になってお父さんお母さんも人間なんだってまざまざと実感してから見ると、二人とも生きたいように生きていていいのかもって思う。

逆におれは「自分のせいで親が自由に生きれてないんだ」って子供の時思っていたから。それも間違っていたんだけどね。

おもろいわ。どれみ。

2021-01-27

anond:20210126211326

元手が50万だと仮に10%の儲けが出ても5万にしかならない。

元手が2000万あれば10%の儲けが出せれば200万だからギリ働かずとも生きていける。

投資は元手がでかければでかいほど リスクが減る。

元手が2億あれば、1%の儲けが出ただけで200万儲かるからね。金持ちほど有利。

2021-01-02

ブクマカって緊急事態宣言を望む人が多いけど

緊急事態宣言を望む人って普段どんな生活してるの?

ある程度貯蓄があって数年は働かずとも生きていけるようなインドア趣味の人とか…?

医療従事者とか…?

子供も産める反出生主

反出生主義者の意見とは「子供に生(の苦しみ)を強要するな、それを強制させる原因と責任は両親にある」というものである

この点について、ちょっと確認したいことがあるので、小話を考えてみる。


小話

ここに、ある「半-反出生主義者」の夫婦がいたとする。(半-反出生主義者とはなにかは後述する。)

ある日、この半-反出生主義の夫婦の間に、なんと子供が出来ていたことが発覚する。

(彼らは反セックス主義者ではない。また、何事も完璧ということは無い。)


真-反出生主義者の夫婦であったならば、即座に人工妊娠中絶の予約を入れるところだろう。

しかし、彼らは半-反出生主義者である

半-反出生主義者とは、反出生主思想共感しつつも、実は心のどこかで子供が欲しいと感じている人々のことである。(造語)


自身の中に矛盾を抱えたこ夫婦産婦人科相談しにいくと、

「ええ、半-反出生主夫婦のためのピッタリなお薬があります!」と医者に言われる。

それは中絶のための薬ではない。

それは「生まれてくる子供哲学的ゾンビにする薬」である


哲学的ゾンビとは、人間物理的/行動的には全く同様であるにもかかわらず、主観的意識を一切持たない、(人間のような)存在である

(哲学的ゾンビは、広い意味では人間ではない。特に反出生主義的な意味では人間ではない。)


半-反出生主夫婦懸念点は、「生まれてくる子供が、想定外悲惨な生にさらされてしまうかもしれない。」という点である

であれば、子供主観的苦しみのない状態、つまり哲学的ゾンビにさせてしまえばよい。

これこそ半-反出生主夫婦に最もふさわしい薬である

子供が欲しいという願望も叶えられ、しかもその生の責任は両親には無い!

この夫婦は即座にその薬を処方してもらうよう依頼した。


彼らは薬を使用し、その後"それ"を出産した。"それ"は半-反出生主夫婦大事に育てられた。

"それ"はすくすく育ち、快活に動き、喋り、感情を示し、両親を愛しているかのように振る舞った。

そして時々(半-反出生主夫婦が事前に想定していた通り)、想定外の不幸な出来事も起こり、"それ"が悲惨な目(?)にあうこともあった。

しかし、半-反出生主夫婦は一向に動じなかった。

"それ"は苦痛ある生を生きる人間ではないことを知っているかである

そして夫婦は、"それ"に対して「人生は苦しい時もある」「誠実であれば人生は必ず好転する」などと説いて聞かせ、我慢を学ぶよう伝えた。


またあるときは、夫婦が"それ"を愛しており、かつ"それ"が愛するそぶりをする関係であるにもかかわらず、

二種間の対立において、夫婦が実質-暴力的手段選択することもあった。(それは肉体的暴力ではなく、その時は最も非苦痛的な対話だったと考えていたが、後になってそれもなんらかの苦痛を伴う暴力的手段だったと気付くタイプ方法だった。暴力に関する議論は日々更新されるため、こういうことも時々起きるのであった。)

その事実に気づいたときも、やっぱり半-反出生主夫婦は全く動じなかった。

"それ"はやはり、苦痛ある生を生きる人間ではないことを知っていたかである


また別のある日、"それ"は、学校の小テストで100点を取ってきたことを自慢げに報告した。"それ"は誇らしげである

夫婦は大喜びする振る舞いをしてみせたが、どこか冷めた調子だった。

"それ"はやはり、苦痛等を生きる人間ではないことを知っていたかである。また、反出生主夫婦的には、喜びの有無自体は大した問題ではなかったためでもあった。


質問

ところで、現実の反出生主義者は、この"子供"(私はこの夫婦が産み育てた対象を"子供"と呼びたい)を、

「かわいそう、両親に利用されるだけの道具にされてしまった哀れな人間」と感じるのだろうか。

私の理解では、反出生主義者はこの"子供"に同情するはずがない、という認識である

なぜなら、反出生主義者の主張は「生まれてくる子供に(不幸になるかもしれない)生を強制するのは親の責任である」という点であるはずだから

自分たちが産む"子供"から生を(つまり主観的世界を)取り除いてしまえば、

反出生主義者のいう強制された生はその"子供"には無いはずだからである


もしも反出生主義者が、子供から生を取り除くこと自体悲惨行為である、というのならば、それは自己矛盾に陥るのではないのだろうか?

(つまり夫婦が産むと決めた対象に対して、(生を取り除かずに)生きていてほしいのか?それとも生きていてほしくないのか(生を取り除くべきだったのか)?)

(そもそも産むな、は回答になっていない。なぜなら、産んではいけない理由回避している出産についての議論なのだから。)


なんにせよ、正直に言うと、

反出生主義者とは言えない私にとっては、この"子供"は、生きることを両親に奪われた、本当に哀れな人間であるように感じられる。

このような「哀れみ」は、反出生主義者とは分かち合えない感情なのだろうか?もしかしたらそうかもしれない

(もし反出生主義者がこの"子供"を「哀れむ」のだとするなら、何を哀れむのか?)

しかし、本当にそうなのだろうか?と思った。

2020-12-30

依存症になって自助会で救われたい

今のところなんの依存症でもない

だが、毎日飲酒して不安や苛立ちを無くしたいと思っている

この欲望に従えばアル中待ったなしだ

でも踏み止まっている

依存症の怖さはよくわかっているからだ

しかし、依存症を克服した人間が羨ましくてならない

彼らのストーリーはいつも同じだ。心の穴を嗜好品によって埋めようとして依存症に陥り、自助会によって救われた、と。

自助会によって、悩みがなくなるわけでない。ただ、悩みに囚われず生きられるようになると言う。

その境地に達した元依存症患者は、自分よりずっと先のステージにいるように思える。

辛い経験どん底経験しさえすれば、同じ境遇患者と接し、心を解放しさえすれば、嗜好品に頼らずとも生きられるようになるのだろうか。

自助会は「治療」の方法だ。繰り返され改良を重ね、今まで続いてきた精神療法だ。

現在、なんの依存症でもないが、自助会のような何かに救われたい。酒に依存する前に、救われることはできないのだろうか。

自助会で救われた人が羨ましい。

宗教にでもハマればいいのだろうか。

精神科で抗不安剤を貰えば救われるのだろうか。しか主治医は多分出してくれないんだよな。

薬をたくさんくれる病院に移るべきなのか。

2020-12-21

人生ピークが過ぎたあとも生きいかなきゃいけないのがつらいところです。

2020-11-15

anond:20201115222716

申し訳ないけど、元増田気持ち以外は丸く収まってると思うよ。

そして実害もない。

気にしないでいいことを気にしないということも生きていく上では大事だよ。余計な怒りは無駄に疲れる。

2020-09-29

マッチングアプリ23歳女で登録して写真のことを考えた話

婚活レポ漫画で読むくらいしか知識なかった所謂マッチングアプリ今日ふと入れてみた。

30代前半男性

自分のこの情報入力する段階になって、怖気付いたのかもしれない。

「異性として一度市場調査してみよう」という、逃げとも取れる大義名分を思いつく。

写真は、流石にフリー素材を使うのは気が引けたので、ちょっと前に流行ったAI変換アプリで自前のものを準備。(少しでも可愛く見えるように盛ったけど、マッチングアプリ側での再加工ターン?で目線とかボカしたら結局意味なかった。)

とにかくこうして俺は、23女性ステータス暇つぶし」となった。

登録5分もしない内に山のように足跡やらイイネがつくので驚いたが、これは想定の範囲内だった。

イイネ!してきた男のプロフィールを一つ一つ見る。結構みんなツマラナイやつばっかかと思ってたが、まれに話してみたい奴も居る。

でも基本なんかつらいな。

自分も人の事言えないが、自撮りが下手な男多くないか。表情ポーズがカッコよく撮れてないとかい次元じゃなくて、とにかく暗い。

室内光で撮ってるから薄暗くてどんよりした写真の多さよ。

あとはバーなの?居酒屋なのか?店内で他人に撮られた写真を切り抜いたやつも暗いわ画質が悪いわでまあ酷い。

思ったよ、そりゃアウトドアしてるやつはモテるだって自然光で写真撮ってる。その機会が多い。

お日様の下だと美形でなくとも生き生きして見える、顔が。

とにかく言いたい事はこれだ。

顔写真は昼までに自然光の元で撮った方が感じが良い。

以上。

2020-09-28

anond:20200928175733

単に俺も運良く楽に生きてきたなーと思ってるからトラバ付けただけで、別にライフハックとも生き方とも思ってないし実際に運悪く苦労してる人もいるでしょうね。

2020-09-14

自民党総裁

官房長官が勝って現状維持。石破さんは岸田さんより多く地方票とって岸田さんは2位になって面目が保たれた。

 3人とも生き残ってほしい私にとっては一番マシな結果

2020-08-31

病むまではいかないが病んでる

食事睡眠、炊事、掃除などの家事仕事仕事関連のタスク仕事関連の交流など、時期にもよるが大なり小なりできなくなって、しばらく経った。

しかし私は病んでない。

笑うこともできるし、鬱々とした気持ちを抱えていない時間も持てている。

同居する人間とはたまに喧嘩するし、お前とは合わないからもう離れたいなどと言われることもあるが、一緒に食卓を囲むこともある。

身体面での持病が悪くなり、日中屋外で活動することが困難になった。

外見上では分からない病気であり、自分もやたらめったらそんな話を他人にすることもないため、他人の目からは「何も支障がない人」に映りやすい。

しんどいなぁと思うことも、こんなに苦しんでいるのにと周りや自分人生を恨むことも、未だにやることはあるが、あまりにも繰り返しやってしまったので、飽きてしまってやらなくなってきた。

相変わらず同居人は昼でも夜でも寝ている。

彼は家族の金で生きられる。だから働かなくとも障害者年金をもらわなくとも生きていける。

何に向き合わずとも生きていける。

私は金がない。

借金と、細々続けているアルバイトで生きている。

同居人を恨むこともあるが、たまにメシを奢ってもらうので、あまり強くは出ないし、恨むことは同居のストレスを増大させるのであまりしたくない。

同居しないと家賃が払えない。水光熱費が払えない。インターネット代が払えない。

一人だと、できないことがよりできなくなる。

から同居をやめようという気も起こらない。

毎日自殺のことばかり考えていたあの頃よりも、毎日恋愛を拗らせた執念で血を吐きながら人にストーカーしていた頃よりも、今は穏やかで、苦しみが少なく、ぼーっとする時間が増えた。

分かりやすく私を傷つけてくる人もいない、搾取しようとする人もいない、同居状態を続ければ生きていけるだけのお金は何とか手に入れられる、身体も頭も、生活が困難なほどには壊れていない。

から私はまだマシな地獄を生きていて、まだ病んでいるとはいえない。

病んでいると認めてもよいけれど、お前程度で、と怒ってくる人がいるだろうから

病んでませんと言ってしまう方が楽だ。

お前が当たり前に生活していることが腹立つ、と苦情を言われたことがある。

私がその人にとてつもなく悪いことをして、そのせいでその人は苦しくて寂しくてやりきれないらしい。

自分人生自分で切り開いてくれよ、とも思うが、とにかく私が関わっているのだから、私を責めるらしい。

頭悪いなぁと思う。

しかし、他人を貶めて自分の非を認めない人間頭が悪い性質が悪いと言われるから、私は謝り続ける。

誰かの人生に関わったが最後、どこまでも責任を取らなくてはいけないのか?

それを本気で信じている人間は、良くも悪くも少数派で、良くも悪くも多くの他人に受け入れられないように思う。

2020-08-23

anond:20200823134314

勉強してくれてありがとう” とかのたまう人は勉強しないで良いよって思うけど

(幸運なことに円はまだ強い。勉強せずとも生きていけるのでキミはこれからもそうしなさい)

 

高等教育が贅沢品であってはいけない

別に無償化自体はしてもよい

少なくとも保育園無償化するよりはずっと有意義

 

でもFランに金ブッ込むとか正気とは思えないので

まずはオンライン卒業出来る大学の構築からいきましょう

2020-08-16

誕生日を迎えたが悲しく吐いた

 ついに30歳になった、なってしまった

 20代を週3、4日程度のアルバイトパートばかりで履歴書に書ける職歴白紙、特技も趣味志望動機も全部白紙、なんにもない女と、相成ってしまったのだ

 18のころだろうか、急激に足腰の悪くなった母の介護で過ごして恋人もいない

 まるで親の介護をしていたせいかという言い方だが親のせいだけではない

 自分自身が持病がある、というこれも言い訳

病気があろうがなかろうが、関係なく出来る人には出来ている

 勿論30歳にして処女だし異性と手を繋いだ経験すら数えるほどしかない

 交際経験は、続いたとして3ヶ月、セックスまですらも行かずに終わった物ばかりなので交際経験なしと言った方が早いだろう

 おまけにコロナ関係仕事をクビになって無職引きこもり、やることといったら炊事洗濯家事くらいの物でなににもならない

 日がな一日インターネットオタク活動に勤しむばかり

 とことんまでクズなのだが、せめて私が20代も前半ならよかった、まだ若いから許された

 外に出ないから異性との出会いは完全にゼロだし(これは言い訳だ、どんな状況であれ出会う人は出会っている、)、こうなる前から異性に食事に誘われてもなにを話せばいいのか解らず結局どうにもならなかった

 相手不愉快な思いさせてしまったのだと言うことだけは理解できた、次もまたという世辞が恥ずかしくてみっともなかった

 親はコロナが落ち着くまで外にでるのも怖いから、と仕事探しはゆっくりしたらいいと甘やかしてくる

 家にいてじっくり面倒を見て貰えるのがうれしいと世辞を言ってくれる

 暑くても雨でも寒くても足は痛む、リハビリに付き添いながら、関連書籍を読み込んだが

 結局年齢によるもの根本解決はないとばかりがかかれていた、あえていうなら筋肉をつけることだとわかった

 私には実兄がいる、忙しく飛び回っているのでなかなか顔を合わせることは出来ない。それでも出来うる限りは安否確認の連絡をくれている

 忙しい中で時間をとってくれて大変ではないだろうか、余り無理をしていなければいいがと思っても私に出来ることはなにもないのだ

 そんな兄もまた、今は私家にいて母の面倒を見て貰える方が有り難いと世辞をくれる

 それがいけない、甘やかされると甘えてしまう、元来甘やかされれば増長して驕る女なのだけれど

 流石に今回ばかりはゆっくりしていていい年齢ではないのことは理解できる

 自分別に人間恋愛をして結婚しない事を否と論じたいわけじゃなくて、

 事実として、もしかして自分所謂人を愛せない女のではないかと調べてみたことがあった

(あまりにも細分化されており本だけでは解らなかったがそういった人たちのいるお店には人生で立ち入ったことがないので少々怖じ気づいてしまい足を踏み入れることが出来ず、結局よく解らなかった)

 それならそれで一人でも生きられるように自立して生きる道を見つけないといけないと思っているわけで

 というか、だけどそもそも前提として自立すら出来ていない人間他者と生きるなんてもっと無理があるんじゃ、と余談だが色々と考えてしま

 これは余談だが、壇蜜さんの結婚インタビュー言葉を思い出す

 閑話休題同級生はみんな婚約結婚子供もいる

 私も恋人とまでは言わなくとも会話できる異性くらいはほしいと思っている

 だけれど恋愛偏差値のあまりにも低い私は異性と話すとイコール恋愛に直結してしま

 これはいけない、相手迷惑だ、とそこまで思ったがそもそも今は会話する相手すらいないのだった

 それに、いざとなるとなにを話せばいいか解らなくて、会話が終われば酷く疲れて気持ち悪くなってしま

 人と話すと疲れるものなのは当たり前だとは思うけれど、これではどうにも恋愛に発展しようにない

 なにせデートという行為が気が重くて仕方がないのだ

 友愛は解る、友人と遊びに行くのは大好きだ

それでも終わって帰れば疲れが出てしま

 その上恋愛としてデートという名目がつくとなにもわから気持ちが悪くなってしまう、比喩ではなく、戻してしまうのだ(汚い表現になってしま申し訳ありません)

 あまりにも相手迷惑だと気がついてから、誘われても余りに乗らないようにして今となってはお誘いはゼロ

 閑話休題、とくとくと私のどうにもならない恋愛に関して吐露してみたが差し当たっての問題恋愛よりも仕事だ、お金必要

 はっきり言ってしまえば恋愛はなくとも生きていける

 それは少し寂しいかもしれないけれど生きることは出来る

 だけどお金は直接的だ

 生きることにはお金必要で、お金仕事をしなければ稼げない

 いまは、みっとももなくも貯金親の金で何とかなっているけれどかこれからどうする

 私にはなにもない、才能もなく、なにも特技がなく、性格もよくなく、粗忽でドジで、人に好かれるタイプではなくそれでいて不真面目だ

ちなみにADHD関連の検査は粗方受けたが該当しなかった

 親は、恐らく余程のことがない限り私よりも先にいなくなる

 いっそ順序が逆であればよいのにと言うのは余りにも身勝手な親不孝だろう

 一人、初めて自立しなければならなくなるとき、必ず遠くはないいつかやってくるその時

 その時に私に残された者は親の遺産の家が一つと、職歴一つなく自分一人で稼ぐことも出来ない女なのだ

 兄に頼る? 忙しくも飛び回って、それでも常にこちらに気を配っている兄弟迷惑をかけられる筈がない

 子供の頃から色々とあった我が家のせいで結婚すら出来ていない兄にこれ以上の迷惑をかけるわけには行かない

 私には、認めたくないけれど血縁上姉と呼ぶべき女性がいる、ちなみに父とは数年前数十年ぶりに事故にあったとかで緊急治療室で顔を見てから一度も会っていないが生きてはいると思う

 姉は、今生活保護を貰って生きている

 親を謗り、兄弟を羨み、自分一人で生きていくと行って夜逃げした姉は今どうしようもなくて、行政を頼って、生きている

 それは別に悪いことではない、どうしようもないとき行政を頼るのは国民として正しい姿勢

 だけどどうしようもなく、私は姉と呼ぶべきその女に自分未来を重ねてならない

 これは完全に私が姉への恨みの色眼鏡で見てしまっていることだって理解している

 そもそもが夜中のどうしようもないポエムしかないのだ

 書きたいことを書いて、羅列も言葉もめちゃくちゃできっと読みづらいことこの上なくて申し訳ない

 私には文章を書く才能すらないのだ。なにも特技も才能も継続する力すらもないまま、30歳だ、ハッピーバースデートューミーだ

 日々、明日も生きているという事に恐怖する

 今日も夜が明け生き残ってしまった

 電車に乗りたい、正しくは乗りたくない

 電車を見逃して、見逃して、ぼんやりと過ごして誰も自分も見ていない

 昔そうして気がつけば一日経っていたことがある

 雑踏の中でただ一人何時間も何時間も過ぎていく電車を眺めたいと思ったのは、恐らく思い出が美化されているからだ

 結局あの時は帰路の電車に乗り込んでいつも通りにただいまといった

 あのときはそれが正解なんだと思うと、言った

 あのとき選んだ正解が正解だったのか私にはいまだ解らないらない

一人じゃ生きていけないけど、他人とも生きていけない

別に趣味が無いわけじゃ無いけれど

今までの人生で楽しかった思い出って

友達旅行行ったとか、友達花火したとか、友達ゲームしたとか、

仲良い友達と過ごした時間の事ばかりで、一人で楽しかった事なんか無い。

居酒屋でどうでもいい話で盛り上がるのとかも好き。

これだけ見ると社交的な人生が好みのようだけど

実際、友達を作ると、面倒くさいことやイライラする事に耐えられなくて縁を切ったり切られたり、なんかしんどいなぁって思うし

でも一人ぼっちでいるとイライラする事は何にもないけど普通に寂しくて生きててダルい

根本的に人付き合いに向いてないのに、誰かと一緒じゃなきゃ楽しめない。

小学校の頃からずっとこんな感じ。しんどい

2020-08-14

まれたことの罪悪感が抜けない

大学生になったあたりからまれてきたことが申し訳なくて、その罪悪感から「死ななければ」という気持ちになる。

父は単身赴任普段は不在、母は仕事をしながら子育てをしていた。

母は仕事で明確にやりたいことがあり、そのための勉強を欠かさなかったことを知っている。

母は努力の人であったから、きっと子供がいなければキャリアを中断することも、あんなに時間に追われることも、追い詰められながら日々を送ることも無く、もっと努力の成果が得られていたのではないかと思う。

私は母の人生荷物だったのではないか気づきらじめてからまれたことも生きていることも申し訳なく、生まれるべきではなかった≒死ななければという考えから抜け出せない。

私は駄目な人間で、父にも母にも孝行していないし苦労をかけた自覚がある。それでも父も母も私が好きであることを知っていて、邪魔だとか思ってないだろうし生まなければ良かったとも思ってない(と思う)。

でもやっぱり私を生まなかった方が良かったんじゃない?って思う。生まれた罪悪感から早く死ななければと思う人生が生きづらい。ずっと私が私に死ねと言っている。

こういう人ってどれくらいいるんだろう。みんな言わないだけで結構当たり前にいたりするんだろうか。それともこんなこと考えないんだろうか。

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