はてなキーワード: 三上博史とは
anond:20240904032316についてたブクマカの初めて買ったCDのリリース年を調べた。
for (let a of document.body.getElementsByClassName('entry-comment-text js-bookmark-comment')) console.log(a.textContent)
ってやってテキスト集める。
Microsoft Copilotに「以下の文章に出てくる、音楽CDのタイトルとリリース年を一覧で表にしてください。」って指示。
途中で切れたので分割する。 続き→ anond:20240905115337
三上博史「…辛くて、ウマい!」
1990年1月の3位。わざとらしく東北弁を効かせたデュエットソング。90万枚の大ヒットだったらしい。
地方出身のアーティストが真面目に歌っている…というわけではなく一種のコミックソングの扱いだったようだ。
1990年2月の8位。90年代前半に活躍した女性アイドルグループらしい。
おニャン子とモー娘のあいだの「アイドル冬の時代」において気を吐いていたアイドルの一つという感じか。
パッと聴いた感じは徳永英明や稲垣潤一と似たような印象を受けた。
1990年3月の16位。ホコ天で人気のあったロックバンドらしい。
当時のヴィジュアル系ってだいたいメタルやパンク由来の「硬派」「尖ってる」感じを出してるイメージだけど、
このAURAは、ヘビメタ色の薄いコスプレ的な見た目、コミカルなほど明るい曲調など、後年のヴィジュアル系にかなり近いと思った。
いかにもプリプリの影響を受けて出てきましたという感じ。時代を感じる。
1990年8月の19位。CoCoと同じテレビ番組から登場したアイドルグループらしい。
1990年9月の18位。レベッカのNOKKOが、NORMA JEANの元ギタリストと組んで、レベッカの解散直前に一曲だけ出したもの。
ギタリストの人がNOKKOのヘアメイクを担当していた繋がりらしい。
1990年11月の19位。正統派な感じのヴィジュアル系ロックバンド。
Wikipediaによると「日本一下手なバンド」として有名だったらしい。
1990年11月の20位。テレビドラマ「スクールウォーズ2」の主題歌ということで、1の主題歌「ヒーロー」を意識した洋楽カバーにしたんだろうか。
他の曲を聴いてみると、もっと大人しいアイドル然とした曲を歌っていたようだ。
1991年1月の18位。NHK「みんなのうた」からヒットしたという演歌調の曲。歌手は当時16歳。
消費税導入で(端数を支払うための)1円玉に注目が集まっていたという背景もあるらしい。
学校に提出するぞうきんのことを歌った明るいユーモラスな曲。
先日亡くなった俳優・宝田明の娘らしいが、宝田明もあんまりピンと来ないな…。
1991年5月の6位。爽やかで癖のない男性シンガー。ビーイング系っぽい(ビーイングではない)。
1991年6月の13位。松任谷正隆のプロデュースでデビューした女性シンガーソングライター。
歌唱力で売っていた感じなんかな。ちょっと広瀬香美を思い出した(デビューは障子久美のほうが先)。
1991年8月の19位。楽曲を聴いただけではあんまり引っかかりのない普通の曲だという印象。
当時からいろんな歌手に楽曲提供して実績のあった人らしい。その中でいちばん有名なのは今井美樹の「PIECE OF MY WISH」か。
昨年亡くなったらしい。
1991年10月の7位。ヒップホップ系。まだヒップホップが広くは定着してない頃だよねたぶん。
テレビの企画「高校生制服対抗ダンス甲子園」で優勝してデビューしたらしい。
1991年10月の15位。何だと思ったらサザンオールスターズの桑田佳祐だった。
1991年10月の20位。何だと思ったらウッチャンナンチャンの南原清隆だった。
1991年12月の7位。ピアノを弾きながら歌ってる映像を見て「愛は勝つ」のKANかと思った。
ピアノ弾きながら歌う系男性シンガーがちょいちょい出ていた時代だったのかな。
1991年12月の16位。名前で女性かと思ったら男性シンガーだった。
「X'mas in the Blue」と「Christmas in the Blue」とがあって発売時期も違うみたいだが何が違うかよくわからない。
1992年2月の13位。声のいいおっちゃんが歌ってるソウルっぽい楽曲。
ZOOの「Choo Choo TRAIN」とブラックビスケッツの「Timing」の作曲者なのか。そう聞くとなんかすごい。
1992年2月の19位。アーティスト名も楽曲名も歌詞も英語で洋楽かと思った。
妖しげでトリップ感のあるサイケな楽曲。時代を感じさせない。個人的にいちばん気に入った。
1992年3月の12位。これは洋楽カバーなのか。ミュージカルっぽい発声…と言われたらそうかも。
エリート一家に生まれて英才教育を受けて子供の頃から現在まで芸歴を重ねているらしい。すごい(小並感)。
1992年7月の10位。性別不詳の歌手っていうコンセプトがすごいな。確かに見ても性別がわからん。
1992年7月の17位。当時としてもオールドスタイルだったのではないかと思われる正統派のロックバンドっぽい感じ。
1992年8月の8位。B'zの女性版として企画されたらしい。
ビジュアルはまさに女性版B'z。こういうタイプの女性デュオって他にあんまり思い浮かばないし新鮮だな。
でも楽曲はあんまりそれっぽくないな。VガンのEDテーマ歌ってる人なのか。そっちの曲は知ってた。
1992年8月の16位。じんのうちたいぞう。すごい名前だ。本名らしい。なんかネットリした歌い方をしてる。
当時、ユニコーンのメンバーが連続でソロシングルをリリースするという企画があったらしく、この曲はその一環ということのようで。
なぜこの曲だけランクインしたのだろう…。
1993年2月の11位。女性ロックシンガーの草分けとしていくつかのヒットを飛ばした人らしい。
雰囲気としては大黒摩季っぽいかもしれない(もちろん浜田麻里のほうがデビューは先である)。
なんか系譜を感じるな。もうちょっと後に相川七瀬とかが出てくるのか。
1993年3月の6位。出生率低下を受けた厚生省の「ウェルカムベビー」キャンペーンの一環として結成されたチャリティーグループらしい。
メンツは小田和正、チャゲアスの飛鳥、カールスモーキー石井、玉置浩二、徳永英明、浜田麻里、山本潤子となかなか豪華。
1993年4月の17位。こちらはチャゲアスのチャゲを中心としたユニットらしい。
1993年5月の13位。これはサッカーの「オーレーオレオレオレー」か。Jリーグ開幕だなあ。
1993年6月の3位。グループ名と曲名でビーイング系っぽいと思ったらビーイング系だった。
デビュー時は二人組、曲調はロック色が強い感じで、ちょっとB'z的なコンセプトだったのだろうか。
1993年6月の20位。ちょっと古くさいロックバンドという感じ。いまでもメンバー変わらず活動しているらしい。
1993年7月の6位。テレビドラマ「チャンス!」の企画として、久保田利伸の同名の曲を、主演の三上博史が役名でカバーしたもののようだ。
1993年9月の6位。サザンオールスターズ絡みの企画らしい。よくわからん。
1993年9月の17位。男性二人組ユニット。双子らしい。ちょっとフォークっぽい曲調。
1993年10月の13位。女性目線で男を扱き下ろす歌詞がおもしろい。ちゃんと本人の作詞なのも良い。
もともとZYYGのベースの人と二人で組む予定だったのが音楽性の違いにより決裂してソロユニットになったらしい。
ちなみにZYYGのベースの人は音楽性の違いによりZYYGからも早々に脱退しているらしい。
1993年12月の16位。ほのかに90年代後半っぽさが混じってきた気がする。
何も知らずに「実は小室ファミリーですよ」と言われたら信じるかもしれん。
1993年12月の19位。こっちはド昭和だなあ。分類としては演歌になるのか。
1994年2月の19位。爽やかな感じの男性シンガー。いかにも90年代っぽいバラード調の曲。
いまは「支那ソバ玉龍」というラーメン屋をやっているらしい。音楽情報とラーメン情報が入り交じるTwitterアカウントがおもしろい。
1994年3月の12位。松任谷正隆に見いだされて他のアーティストへの楽曲提供も多数。「第二のユーミン」という異名もあったらしい。
この曲は明るい前向きな感じだけど、他の曲を聴いてみると郷愁を誘うような独特な曲調でちょっとジブリっぽいかもしれない。
1994年3月の19位。80年代ぽさもある哀愁の漂う歌謡曲という感じ。
1994年3月の20位。しっとりとして高音が綺麗な曲。曲調だけならビーイング系のDEENとかFIELD OF VIEWっぽいかもしれない。
1994年4月の7位。楽曲としてはあまり癖のない感じ。ボーカルの岡田浩暉は俳優としてよく見かける(名前は知らなかったけど)。
1994年5月の12位。こういう氷菓子あったよな、と思ったらガチで森永の「ICE BOX」の企画で結成されたグループらしい。
しかもボーカルの女性以外のメンバーは、中西圭三・池田聡・(久宝留理子「男」を作曲した)伊秩弘将という、この記事で取り上げた人たちばかり。
点と点が線でつながった感覚やね。なんかこの曲の「令和バージョン」もあるらしいよ。
暗めの歌詞をパワフルに歌う女性シンガーっていうとあいみょんあたりの先祖なのかもしれんね。
1994年8月の17位。お笑い芸人のダウンタウンが白塗りで芸者のコスプレして歌うという企画らしい。作曲は坂本龍一。
見た目はかっこいいんだけど歌は意外にポップというか可愛らしい。ちょっとリンドバーグっぽいか。
少しまえに「家、ついて行ってイイですか?」に出演していたらしい。
1994年11月の18位。80年代から活躍しているアイドル(?)らしい。
この頃には30代半ばのはずだけどコロコロとした可愛らしい声だな。
Wikipediaによると「胸キュン」という言葉を最初に発した人物だとか。マジかよ。
【重要】
追記:トラバ返信でも書いたが、以下の「ザ・ニンジャ」は「ブロッケンJr」の間違いでした(言いたかったのは、ソルジャーがプリズマンに負けそうなブロッケンJrに対して「己の仕事は何があろうとも遂行するところだー!」と絶叫するところ。結果ブロッケンJrは自己犠牲のもとにプリズマンを倒すのだが、仕事ってそこまでして遂行するものじゃないよね、と言いたかった)。俺の推測だが、おそらく外部署の若者は、俺が間違っていることに気がついてやんわりとそれを指摘したくて、わからないフリをしていたのだと思う。だから結論的にキン肉マンのたとえは若者にも通じるということで良いと思う。ということでこの記事は流してくれ。
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マンボウ適用前に、メンタルがやられがちな他部署の若者(20代)と飲んだとき、
「仕事なんてさ、健康をそこなってまでするものじゃないんだよ。ザ・ニンジャじゃないんだからさ〜」
「ザ・ニンジャ……?」
「いや、ソルジャーチームの話だよ(苦笑)」
「ソルジャーチーム……?」
「王位継承戦……?」
「キン肉マンの……」
「ああ、キン肉マン!聞いたことあります。で、なんでしたっけ?」
みたいなやり取りが発生し、説明する気も失せ、彼を励ますことも中途半端に終わってしまった。
もっと若者のハートにバチコン来るたとえができれば、彼のメンタルを救うことができたのだろうか。ユーチューバーにたとえるとか?
「こんな短時間で大して見直しもせずに持ってきてさー。所要時間5分って、これフミコフミオのブログじゃないのよ〜」
なにか若者に刺さるたとえをした経験があったり、提案があったらトラバなりブコメなりでくれれば嬉しい。←「なり」が続いているけど、これ三上博史と牧瀬里穂のドラマじゃないのよ〜。
はてブのコメントを見て、とんでもないドラマなんだろうと思って観てみたんだけど、どこがひどいのかさっぱり分かりません。
もしかして、観ずに書いてるの?と思って。
これは、ポスト自身が「親と決別するために、唯一もらった『名前』を自分で捨てた」って言ってます。
最初は自虐的に名乗ってるんだと思ったけど、最後の方では、自分の運命を受け入れてこれから幸せを掴むんだ!という意思を感じました。
と思ったんですが、最後の最後に他の女の子から「本当の名前はゴニョゴニョゴニョ」っていうシーンがあります。
ここは、「親からもらった名前が気にいらないなんて!」と感じる人が居るかもしれません。(最初のほうでも、「月姫と書いてカグヤって…DQN!」ってシーンがあるので、いわゆるDQNネームに関する問題提起をしてるのかも?)
三上博史「さあ泣け!そしたら食べてよし!」(今日はマキが来て最初の日。これからつらい事もあるだろうけど、くじけるんじゃないぞ!そのために、一発かましてやろう!)
ポスト「(ん?ああ、いつものあれね、こうでしょ?)う、うう…うううう…うわーん」
三上博史「ん!(ちょ、なんだよおまえ…おれがかまそうとしてるの分かってるくせに…)」
三上博史(うわあ、マキとポストが喧嘩してるよ…)「どっちが先に手を出したんだ?」
ポスト「私です」
三上博史(良かった…いきなりマキを怒るわけにもいかないし)パシッ!(うわあ、殴っちゃった…ごめんよ)
演出家(今時バケツの水持たせるってのは、さすがにギャグとしか思われないだろう)
三上博史(あの優しそうな夫婦の所から逃げ出したって…どうしたっていうんだよ…心配で、もう2時間も玄関で待ってるよ…)
ガラガラッ!
三上博史(うわあ、岡持の中でラーメン散乱してる…怒られると思ったんだろうな…でも、あの夫婦なら、こんなことぐらいで怒るはずがない)
「おい、ここにはもうおまえの居場所はないぞ!」
男の子「うう…」
ガラガラッ!
ラーメン屋夫婦「ごめんね、いきなりお父さんお母さんなんて呼べるわけないよね…」
三上博史(よかったよかった)
三上博史(小学生の女の子がこんな時間になっても帰ってこない…マキは来たばかりだし、心配でしょうがない…もう三時間も玄関で待ってるよ…)
ガラガラッ!
三上博史「なにやってたんだ、こんな遅くまで!」
ポストたち「…」
三上博史(この様子を見ると、マキに何かあったんだろう…でも、女の子同士、なんとか解決したみたいだ…しかし、他の子どもたちの手前、このまま許しては…)
演出家(さっき一回使っちゃったけど、今時バケツの水を持たせて立たせておくって罰は、ギャグにしかとらえられないですよ、三上さん、バケツで!)
これ実際に観たら、一番悪く描かれてるのはマキの母親です。
→施設に預けた(というか、行き場がなくなって知らない間に預けられてた)娘を訪ねる
→「彼の傷が治ったら結婚するわ。あんたは邪魔だから施設で生活してね(^^)」
鬼畜だわ、これ。
児童養護施設を舞台にしたドラマが放送されると知り、見てどんな悪口を書いてやろうかと思ったら、普通に面白くて見入ってしまいました。
テレビドラマなのでオーバーな所があり、赤ちゃんポストに入れられていたからポスト、貧乏だからボンビーとあだ名を付けて呼び合っていますが、児童養護施設にいる子どもたちはいちいち他人の境遇を気にしなくて、身の上話はあんまりしません。
やっぱり人間なので個人の関係で好き嫌いはあっても、貧乏だからってことでバカにしたり差別することはありません。何かの縁で一緒に暮らすことになっただけのことです。
ドラマでそこ違うんだけどなあと思うことがありますが、それを除けば悪くはないと思います。
Twitterの論争を見ましたら、児童養護施設関係者とボランティアと思わしき方々が激怒して、反対に施設出身者は概ね賛同の意を示してます。
かく言う私は日本テレビに頑張って最後まで放送してほしいです。
三上博史さんが演じる施設長の台詞が暴言だと問題視されていますが、ここだけ見たら確かに過激で「人の心がないのか!」と思えます。
しかし、児童養護施設の外の世界を眺めたら、三上博史さんの台詞はあながち間違いではありません。
児童虐待の厳罰化、家庭支援、児童養護施設の拡充、家庭的養護(里親制度)の拡充、養子縁組の拡充、親学、発達障害と、児童を取り巻く環境が急激に変わりつつあり、それぞれの主張の是非はひとまず置いといて、確固たる信念があります。
それぞれの考えをお持ちの方々は自分がやっていることは正しいと思っているので、当事者である子どもが反対の意見を言うことは許されず服従を求められます。
それぞれの主張から子どもの身を守るために、お前たちはペットと一緒でご主人さまの言うことを聞いてればいいというのは現在のシステムからだと全く持って正しい指導であり、子どもが本来持つ「らしさ」を殺さなければいけません。
火垂るの墓で主人公の2人が死んだのは親と家庭の愛情を知っていてあまりにも子どもらしさを持ちすぎ、皮肉にも助言してくれる大人がいなくて身を滅ぼしてしまいました。
お前たちはペットと一緒だ!服従するんだ!と誰かが言ってあげてれば少なくとも生命を保つことができたはず。
ドラマのは極悪非道の暴言施設長とバッシングを受けてますが、とても現実的な指導で優しさと愛に溢れて、児童養護施設はこのやり方を採用するのも悪くないんじゃないかと感じた次第です。