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はてなキーワード: 南原清隆とは

2020-11-02

いろんな人の名前ファーストサマーウイ化する

お手本

初夏 ――>ファーストサマーウィカ

ぼくのかんがえた ウィ化

松本人志パインブック松本

上戸彩アッパードアー・彩

綾瀬はるか :ビーチはるか

上島竜兵ドラゴンソルジャー

南原清隆 :サウスフィールズ南原

あき竹城バンブーキャッスル・アキ

速水もこみち :ファストウォーター・モコ

明石家さんま :ソーリーさんま

鈴木福ハッピー・フク

芦田愛菜 :ラブ菜マナ

他になんかあるかな

2019-08-21

anond:20190821141422

南原清隆キャスターでやってたよ、平和なことだけ流すニュース番組

だいぶ昔でうろおぼえだけど…覚えてる人なんて番組だったか教えてください

すぐ終わったか視聴者需要がなくて続かなかったんだろうね…

この需給のミスマッチについては元増田さんはどう考えてますか?平和ニュースなんて誰も必要としていないんだよね。。

2019-05-06

コミュ症は矢部浩之を許そう

コミュ症な人って矢部浩之南原清隆みたいなつまらない芸人が嫌いっていう人が多いじゃないか

岡村はまだしも矢部にはなんの芸もない、岡村にくっついて適当な相槌打ってるだけなのになんであんなに人気なんだって

けど他人に対してのつまらないはダイレクト自分に跳ね返ってくる。まして矢部プロ芸人。彼がつまらなければコミュ症の自分ミジンコ以下ということになってしま

根が真面目だから他人にも自分にも厳しい目を向け自己評価限界まで下がった結果

つまんない反応しかできない自分の為に時間を割いてもらうのは悪いと考えるようになり、人との接触を避けるようになる。もしくは自責の念に耐えられず世の中つまんねぇ奴ばっかだと周りを責めるようになるか

そんな自分を追い詰める自動思考を変えるために、まずは矢部浩之や他の嫌いな芸人でもいいけど好きになってみることから初めてはどうか?

まらなくてもいい。

雑談なんて別に面白いことを言う必要なんてない。

相槌うってるだけでも全然いいし、誰かが気になる事をしていたら「〇〇さんなにしてはるんですか?」とか適当に言っとけばいい。気分がいいとき南原のように要領を得ないボケを試してみるのもいいだろう。

面白くしなきゃ人に見捨てられる!なんて思い込みだ。だって面白いしか生きられないはずの芸能界矢部さんや南原さんがトップを走ってるんだから。それもタレント俳優じゃなく芸人という括りで。だから大丈夫

矢部さんのつまらなさを許し、大したことない自分も許していこう。

2009-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20090328171923

内村光良 (8059)

南原清隆ナンチャン) (312)

岡村隆史 (17030)

矢部浩之 (1603)

追加でこれもきつい。

ある程度人気が出ていてコンビmixi人気が同じくらいの芸人っているかな。

さまぁ~ずはもしかしたら近いと思って

大竹一樹 (3894)

三村マサカズ (2618)

さまぁ~ず三村 (1373)

こんな結果が出たけど、大竹にはこんなコミュもあった

大竹ワールド (8970)

それでも比較的近いかな

2008-03-13

児童ポルノ法以前の日本 3

http://anond.hatelabo.jp/20080312121901

前回の続き。

これらの雑誌女子高生(または女子高生風のモデル)を被写体にしていたわけだが、必ずしもロリコン向けというわけでもなかった。今でもそうなのかもしれないが、女子高生好きはロリコンカウントされていなかった記憶がある。「男は女子高生が好きなもの」というのはあからさまじゃなくても、暗黙の共通認識になっていたと思う。

こういう事情があったからか、これら雑誌にはブルセラショップ広告ブルセラビデオの内容紹介も普通に掲載されていた。ブルセラビデオの類は東京を中心とした少数のショップが販売拠点となっており、地方にはそこから通販される形であった。だからマニア向けの商品であることは間違いなかったが、雑誌に紹介ページがあったことで地方在住の高校生であった増田にも内容が把握できたのであった。

90年代エロ業界以外でも女子高生がやたらとフィーチャーされることが多かった。「コギャル」という言葉が生まれたのも90年代の半ばか。こうした世間の風潮との相乗効果もあって、投稿系雑誌ブルセラ女子高生エロスを強化する方向に進んでいった。

ちなみに1993年ウッチャンナンチャン南原清隆氏がテレビ番組ウンナン世界征服宣言」の企画で、女子高生Tバックアイドルユニットメロン組」をプロデュースしている(この番組ウッチャン女子高生デートクラブに行く企画もやってたと思う)。地上波テレビにTバック女子高生が出演できるくらいなので、エロ本業界は推して知るべしだ。でも具体的に言うと「Tフロント女子高生」みたいな雑誌もあったな。ただ、91年の樋口可南子宮沢りえを皮切りにヘアヌードが解禁されはじめた時期だったのにもかかわらず、女子高生ヘアヌードというのはあまり見た記憶がない。

最近でいう「着エロ」というジャンルの走りなんだろうが、女子高生ものにおけるこうした流れにロリコン向け雑誌も合流するケースもあった。増刊として「モデルは全員15歳以下!」と銘打って、際どい水着写真セミヌード、そしてヌードグラビアも掲載した雑誌が出されたこともあった。やはり盗撮コーナーもあった気がする。この時期にはコギャルよりもさらに低年齢の「マゴギャル」という言葉も生まれていた。ただ、これらの雑誌はさすがに際どすぎたためか、いずれも短命に終わっていたはず。

一方、女子高生中心の投稿系雑誌は「爽やかなお色気」のイメージがあったためか、トラバしてくれた人も指摘するようにコンビニの成人雑誌コーナーにも置かれていた。「日本ではコンビニで堂々と児童ポルノを販売している」なんて欧米に批判されることもあるが、このような事実をかんがみれば、その批判も故なきものではないと思う。

しかし、90年代後半にはブルセラ社会問題となり糾弾されショップが撤退しはじめた。さらに援助交際が問題視され、各都道府県青少年育成条例が厳格化されるようになってきた。国会でも児童ポルノ問題が語られ始めるようになる。

児童ポルノ法が成立・施行される前の議論の段階で、女子高生をフィーチャーした雑誌リニューアルを余儀なくされた。しかし、それは雑誌の売りをすべて捨ててしまうことと同義だった。

増田はその頃大学生で、エロ的欲求のはけ口を雑誌よりもAVに求めるようになっていたのに加え、編集者側の自主規制によって投稿系エロ雑誌の内容がヌルくなっていたので見なくなっていた。したがって、これら雑誌断末魔を知らない。しかし、児童ポルノ施行以前にこれら雑誌の命脈は尽きていたように思われる。

だいたい自分が語れるのはこれくらいのことだ。要は児童ポルノ法以前にはガチロリコン向けポルノでなくとも児ポ法の定義でいう「児童ポルノ」は広く流通していた、ということだ。未成年セミヌード未成年素人の盗撮映像などが全国の普通書店に出回ったりしていたわけで、今から考えるととんでもない時代だったと思う。かといって、ガチロリコン向けコンテンツを手に入れるハードルはそれなりに高かったわけで、児ポ法以前はロリコンにとって天国だった、とか、日本では児童ポルノが野放しだった、とか言われると、時代の生き証人、語り部としては「それはちょっと違うんじゃね?」と言いたくなる気持ちはある。もっとも、自分がモデルと同世代だったことでそれらを「ガチロリコン向け」と思わなかったということもあるかもしれない。現在価値観を持ったままタイムマシンに乗って90年代に戻れば「なんちゅうワイセツなもんが流通しとるんじゃ!」と思うかもしれないな。

以上、かなり不十分な叙述だと思うので批判・訂正・補完を大いに求めます。

最後に付け加えておくと、こうした投稿系雑誌(のコラム・コーナー)がリリー・フランキー才能見出したり、根本敬に活動の場を与えてきた功績はもっと讃えられてもいいと思う。リリーさん、当時から面白かったけど、こんな大作家になるとはなあ…

 
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