はてなキーワード: 失言とは
これを発言した女性(杉田水脈)がウソをついているという面白状況だし、デカめの失言なのは間違いないので皆一斉に叩いているが
この発言を非難すると実質的に「自分はウソをついていない」「誰か(※1)を馬鹿にした発言をしていない」というアピールになるのでめっちゃ危険
過去の発言(※2)を掘り返されて「オメーも似たようなもんじゃねーか」とブーメランが刺さる人は沢山いそう
ただ、ブーメランが刺さりまくって爆発する瞬間が見たくないと言えばウソなので
安倍が辞任し、正式に菅内閣(民主党時代の菅直人と区別が付けづらいが、彼の話題を出すことはないので単に菅といったら菅義偉だと思ってほしい)が発足した。
安倍は嫌いだが、菅も同じくらい嫌いだ。
そもそも、政権批判というものは基本的に「いいこと」のはずである。権力というものは暴走するものである。これは自民党政権でも、もちろん民主党政権でも変わらないし、日本だけの話でもない。
だからこそ、国民・メディアは厳しく政権を批判・糾弾し、少しでも不正をしないように導いていかねばならない。
これは野党支持者は当然として、与党に投票した与党支持者たちこそ、自分の支持した政治家・政党が不正に走らないように監督する、つまり彼らを支持した責任を負っているはずだ。
こういった発言をすると、「はいはい、左翼乙w」みたいな雰囲気になってしまうのが、非常に悲しいところである。
原因は明らかだ。声のデカい左翼がクソバカうんこ共だからである。
権力の暴走というものはつまりは野蛮である。野蛮を糾弾するのだから、そこには(具体的には法学的・社会科学的な)理論が存在しなくてはならない。
だがバカクズうんこ共は安倍やめろ!というだけで、何のビジョンも持っていないどころか、やけにバカみたいな発言をしまくる。
もちろん、バカみたいな発言をするのは右翼(ネトウヨ)も一緒だ。まともな神経をしている人は公の場で差別用語を口にしないし、陰謀論めいた言説を信じることもない。
右翼政治家(もちろん各政党も一枚岩ではないのだが、今回は単純化のためにそう呼ばせてほしい)は、ネトウヨのようなアホみたいな発言を、大っぴらにはしないのである。
いや、もちろん、杉田水脈の生産性事件とかいろいろ事件はあるが、それらは“失言”事件として扱われるため、右翼政治家の公式見解には、とりあえあずはならないのである。
一方、野党の左翼政治家は、ネット左翼のアホクズうんこ共のような発言を、平気でするのである。そしてそれらが失言として扱われることもほぼない。
アベガーを平気で地で行くような姿勢を、メディアやSNSでありありと見せつけてくれるのである。
つまり、ここに、
という、マジで地獄みたいな構図ができてしまっているのである。まさに獅子身中の虫だ。
もちろん、野党の若い政治家などはこういったことに高い問題意識を持った方も多く、改革を望んでいらっしゃることは重々承知であるし、共産党なども高い法学パワーで不正に対してクリティカルな論陣を張ることが多々ある。
しかし、メディア露出の多い野党トップ層などがあっぱらぱーで、しかもネット左翼の皆様はやけに“運動”が大好きでアホみたいな理論をSNSなどで御解陳なさるので、上の構図は揺らがない。
反安倍・反菅は絶対に必要だ。奴らに不正がないわけがなく、そして不正は絶対に糾弾されて然るべきだ。
一時期、ご飯論法や小泉進次郎構文が話題になったが、奴らが不誠実な答弁をしていることは火を見るよりも明らかであり、不誠実な答弁をして隠さねばならぬ諸不正があるはずである。
菅(当時官房長官)の記者会見の映像を見たことがあるか?彼の答弁は非常に不誠実極まりなく、質問に答える、ということができない病気を疑いたくもなる。
一方で、野党のクソバカが国会でアホみたいな質問をしまくる(というのも印象論であり、実際には野党の若手議員などは鋭い質問をよくしている)という事実があり、これらの不誠実な回答も
「あ~あ、また野党がアホみたいな粘着してるよ。首相も毎回ご苦労さん」
みたいな雰囲気になっているきらいがある。野党のアホクズ質問に対する不誠実な回答と、正統な追及に対する不誠実な回答は区別すべきである。
ついでに言えば、野党に政権運営能力はない。仮にあったとしても、政権交代の混乱はまっぴら御免である。
菅でも誰でもいいが、とにかく自民党政権が続いていくべきである。
打倒安倍(今だと打倒菅)を掲げる奴は正気とは思えない。政権は打倒するものではなく、不正を糾弾して健全化させるべきである。
とにかく、政権批判の必要性を訴えると、すぐに「馬鹿者」のレッテルを貼られ、有益な話し合いができないこの状況を生んだバカ左翼どもに、怒りと、そして悲しみを覚える。
後だしのようになるが、私は自民党支持者であり、政策の方針も(好きではないが)左右でいえば右寄りである。
政権批判は左右翼関係なく、正しいことは正しい。間違ったことは間違っている。と指摘する、市民の義務である。そう願っている。
平気な顔で堂々と嘘をつくことができる今の自民体制及び安倍ちゃんにしかできないすげー戦略だよな
ここまで効果的なら今後も真似る奴いっぱい出てきそう
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63720480R10C20A9EAF000/
これ自民若手頭抱えているんじゃないのか?
最も当時の10万円支給や粗利補償、消費税ゼロの件とか予算の件とか今回の件でも党員の一件とかあったし、もはやある程度見切りもつけているかもしれんけど。
石破議員は色々と論外としても岸田議員の消費税に関する発言と言い、全く現状の認識及び状況の把握すら出来ていない事が良く判るよね。
幾ら世間的にも失言マシーンとか言われているとは言え、まさかここまでだとは思わなかったし、コロナ禍以前の問題で消費増税をした去年の10月に経済の悪化を招いた時点で消費税は悪化しか招かないと言うのも世間の認識として根付き始めているので、とってつけたかのように10年後とか言ってももはや世間の印象は最悪の方向に固定された事だろうね。
最も野党も野党で消費税を争点にするつもりはないと言っている時点で今までもプロレスしていたのだなと露呈したし、色々な意味で日本は終わっているとしか思えないんだけど。
野党がこんなのばかりだし、だからこそ自民は永遠に安泰と言う慢心や驕りこそがこの様な発言を招いたのだろうね。
そりゃこんな認識だとこんな時期にすらレジ袋有料化やらgotoやらマイナポイントやらをしでかすわけだよ。
それにただでさえ海外では減税を進めている中でこんな発言をした時点で空気が読めていないにもほどがあるし、当時まともな粗利補償すらせず、企業の倒産の加速や経済の悪化を現在進行形で招いたのもあるし、現にコロナ問題は終わっていないのだから普通にこの手の発言自体すべきではない事は常識があればわかるだろうにね。
今後失業者が更に増えるのは普通に予測されている事だし、8月においては自殺者も増加したみたいだしね。
高校の時にどの学部に行こうとしても親から却下をくらい唯一何も言われなかった看護学部行ったけどまず自己管理がなってない、注意散漫、失言多いで看護師普通に向いてない 人間関係もうまく行かなくてアムカめっちゃした(親は知っても「やるなよ!」でおわり)
3年間なんとか行ってしまったけど入学してしばらくしてから思った「大学辞めたいな」は今も思ってる
でも親は子供が食いっぱぐれない資格持ちになりそうで嬉しそうだし3年間学費払ってもらって辞めるも親不孝というか
辞めた後就職できるのかも分からないし、めちゃくちゃ我慢して看護師なってミスしてお縄にかけられるか大学辞めてニートになるかどっちがいいのか分からない
(主にTwitterのジャニオタ界隈で観測したアレな人たちのまとめだからこのタイトルだけど、正直2次元も3次元もどこもこんな感じだよね)
①推していたタレントに対する愛がほとんど冷めているのにまだ諦めきれずに愚痴垢作ってネチャネチャ文句言ってるタイプと、②タレントが脱退ないし退所したのになぜかグループの方にしがみついて過去を振り返り続けるタイプの2種類が主。
①推しアイドルの後方プロデューサー顔で運営方針やセルフプロデュースに苦言を呈し続ける。アイドルの結婚と恋愛にとりわけ厳しいがち。法で定められてるのかと思うくらいセーラームーンかマイメロのアイコンのやつが多い。あとやたらお題箱を通してコミュニケーションしたがる。
真っ当な批判してる人もいるっちゃいるけど、まあ、なんというか、繊細で理想が高くていらっしゃる……
②あんまり過去ばっか懐かしんでたら推しくん可哀想だろ今の活動も見てやれよ……と思わんでもないが、人によっては現在の活動もクソもない場合もあるのでそれはご愁傷様としか言えない。
退所タレント推しの場合は事務所・グループのアンチと化す悪霊パターンも多い。
タレントの個人情報(行きつけの店とか恋人いるかとか電話番号とか)を売買したりばらまいたりしているアカウント。何らかの犯罪ではないか思うのだが。
エゴサ避けなのか絵文字を駆使した暗号めいた隠語を用いていることが多い。
正直推しが何しててもニコニコ喜んでくれるんだからアイドル的には良客なんじゃないの?と思いきや、行きすぎるとアンチツイートはおろか真っ当な批判やフラットな感想にも憲兵よろしく噛みついてくる厄介になる。こういうのが多いとこは敬遠されがち。あとタレントのおイタや失言を「かわいい」で済ますのはちょっと。
「アンチ」+「オンリー」の造語らしい。グループの1人だけを応援して、残りのメンバーをアンチする人たち。アンリーなファンが多くて有名なタレントはポツポツいるけど、どのグループでも多少は抱えていると思う。理論展開が陰謀論めいていることが多い。あとツイートの雰囲気から高齢の方が多いのでは?と感じているが実際のところどうなんだろう。
前政権の安倍政権が残した任期を引き継ぎ、総裁選のタイミングで菅首相の1年を振り返ってみる
海部内閣末期に最大派閥の経世会から総裁選出馬を打診されるが、若過ぎることと持病を理由に断る。この時受け入れていれば総理の座は確実だった。その後自民党を離脱し、政権交代を2回プロデュースした。
将来の総理大臣の最有力候補と期待されていたがゼネコン汚職で逮捕。自民党を離党。実刑判決を受け議員資格を失うが、刑務所から出てすぐ再当選。その後も当選を続け、いまだに現役の議員。しかし失脚後は本会議での発言回数が20年間ゼロで、ある意味表舞台から姿を消している。最近は立憲民主と国民民主の合併の橋渡し役になり、石破茂にも接近しているという。眠れる獅子が黒幕として目を醒しつつある。
河野太郎のパパ。
小沢一郎らの離脱により自民党が下野した頃の自民党総裁。その後与党に復帰するものの総理の座は連立パートナー社会党の村山富市へ。村山総理も途中で河野に総理の座を譲ろうとするが、小渕恵三の反対で頓挫。総理にはなれなかったが河野談話というレガシーは残した。
90年代末『総理に一番近い男』と言われていた。しかし森政権を倒閣しようとして失敗(加藤の乱)。自民党は創立当初から保守本流(ややリベラル)と保守傍流(タカ派)の二大潮流があり、代わる代わる総理を輩出していたが、加藤の乱により加藤紘一率いる保守本流の最大派閥宏池会は分裂し、自民党はそれから20年間タカ派の清和会(森、小泉、安倍、福田)が優勢になった。ちなみに今の宏池会のトップは安倍首相に忠誠を誓い総理の座を禅譲してもらおうとしている岸田文雄。
苦難の時期を耐え、やっと自民党が与党に復帰するタイミングで派閥の子分である石原伸晃が勝手に総裁選に出馬したことで出馬断念。涙を飲んで石原伸晃に派閥の票を一本化したが、とうの石原伸晃は福島第一原発を「福島第一サティアン」と言い間違える痛恨の失言で総裁選レースから脱落。その後谷垣禎一は自転車事故で政界引退。
容姿について言及しちゃいけんの分かってるんだけどつい言いたくなっちゃうマインドでぐぬぬ…ってなってしまうのわかってくれる方おる…?
自分が「関係ないじゃん言われたくねえ」側じゃないので(元々え〜〜〜良いことはほめよ〜〜〜派)うっかり失言になるよね価値観アップデート難し。
https://mobile.twitter.com/seruko/status/1298480577952092160
上司から「安倍が辞めたね。麻生はあの曲がった口が嫌いだから次期首相になったらむかつく」と言われて、上記呟きを思い出した。
麻生太郎は自分も好きじゃないけれど、政策ではなく容姿で叩くのは違うと思う。しかも顔面神経麻痺という病気であの見た目なのであり、有名人で仮に冗談であったとしても中傷していい訳ではない。
元の呟きと裏返しの内容について述べたが、例え「褒め言葉」であっても、身長高いのがコンプレックスな人に「スラッとしてますね」だったり、標準体型になりたいのに太れない体質の人に「細くて羨ましい」等の地雷を踏む恐れはある。
「そこまで考えていたら人と雑談できないよ」という人にこそ気をつけてほしい。ぱっと目についた容姿を褒めたい(貶したい)のは「褒める(貶す)ことで、いま感じた気持ちを共有してすっきりしたい」という衝動をコントロールできない状態だということを。もしかしたら相手にとってセンシティブな内容なのかもしれないことを。
そういう意味で、褒めでも中傷でも、反射的に他者の容貌に言及するのは自分の予期せぬところで他者の不快感を生みうるリスクの高い行為であり、気心の知れた仲でもない限りやらない方がいい。
以上、色素薄めで初対面でも「ハーフなの?」と言われ続け、その度に(両親日本人だけど出自についていちいちつっこまれるの面倒だし、仮に複雑な生まれだったらどうするんだよ即お通夜ムードだよ)と思っている女より。
安倍政権は確かに日本の民主主義やシステムの根幹を食い荒らした。だがそれは、全て「安倍政権を存続させるためには必要な犠牲」だった。この7年半、政官財こぞって「安倍政権を存続させるため」に一致して、他のあらゆる犠牲に目をつぶってきた。これは、安倍晋三個人と言う矮小な存在の為しうることではない。これは、集団的、無意識な組織的犯罪なのである。
では、なぜ彼らはかように凡庸な才の人間を必死になって支え続けたのか?
他のどの時代でも、こんなことはあり得なかったと思う。実際、最初に彼が政権を握ったとき、自民党への信頼は大きく傾き、人々には政権にNOを突き付けるだけの理性があった。二度目の政権、安倍が周到に用意をしてきたと評する人も多いが、お友達優遇で、偉そうなことを言う割には国家観もビジョンもなく、肝心な時には判断できず、取り巻きが失言やおそまつな対応で足をすくわれ死んだりする。何一つ変わっていない。変わったのは、それらを覆い隠して守ろうとした「世間」の方だ。
この7年半、すでに壊れかけていた日本は、やはり更に大きく壊れた。たとえばコロナ下で、防疫の基本中の基本であるデータがまともに取られていないことが判明したが、専門家をまともに活用できず、役に立たないマスクの配布に大量の金と人をつぎ込むようなこの政権下では、予測できることだった。少子化は進行し、二極化は進み、文化や社会を支えてきた「豊かな中間層」は死滅した。セーフティネットも、安定雇用もない社会に、「良識」の居場所は消えた。「復興は成し遂げた、事態はアンダーコントロール」とのまやかしの下に、復興予算は横流しされ、五輪というお祭り騒ぎに投入された。意見のできるまともな「官僚」は、自らの立場を去るか、命を落とした。
いま、私たちが生きている「令和の日本」の、それが実像である。
そして、この間、政権はひたすら「事実を取り繕う」ことに力を尽くした。きわめて凡庸な才の首相を掲げる彼らは、「事実を取り繕う」スペシャリストだった。この7年半、何度奇妙な「閣議決定」を我々は見せられたことだろう! あたかも小説「1984」における「真理省(政府の決定が真理である、と全ての過去の記録を改ざんして取り繕う省庁)」さながらだった。それも「安倍政権を守るため」だ。そのために、彼らは憲法解釈すら捻じ曲げた。なぜそんなことを? ……それは、事実を直視できなかったからだ、と私は思う。
安倍晋三を評するもっとも的確なワードは、しばしば政権を擁護するアンケートで聞かれた「ほかの人よりよさそう」という言葉だ。「よい」ではない。「よさそう」なのだ。安倍晋三は、他の人よりなんとなくよさそうだと思わせることに長けた人だった。それは、経済政策と人口政策の停滞・失敗で20年近い時間を無駄にした日本を、更に大震災、原発事故が襲って、もはや手の付けようがないと思われた時代に、人々を安心させるために必要な「モルヒネ」だった。「モルヒネ」は患者を麻痺させるだけで、基本的には病を治しはしない。だが、それほど危機的状況でもあったのだ。
思えば、なんとよくできた「モルヒネ」であったろう。右側からの追及には、いかにも保守じみた言動(だが彼は一度も8/15靖国参拝は行わなかった)、憲法改正の掛け声(7年半かけてできなかったということは、端的に言ってやる気がなかったのだ)でかわし、左側からの追及には、経済政策と厚顔さで対応した。あの厚顔なスマイルで「問題ない」「大丈夫」と言えば、私のようなヒネクレ者ではないまともな神経の人なら、一応「信じてみてもいいんじゃね?」と思うだろう。そして、この社会状況の中なら「思いたい」だろう。
もちろん「モルヒネ」は、それが効いている間に大手術をするためには、絶対必要だ。だから、安倍政権を支えた人が全て悪意100%でそれを行ったとは思わない。むしろ多くの人は、その根治的な大手術を成功させるために、安倍晋三という「モルヒネ」を利用しようという、善意でそれを行ったのではないかと推測する。だが、地球規模の気候変動と相次ぐ天災、消費税増税圧力、そして今回の世界的疫病の流行で、モルヒネの効果にも限界がきたようだ。
いま、我々の前に横たわっているのは、根治的治療も進まないうちに、手術中に次々とトラブルが発生し、かつモルヒネも限界量まで投与してしまった患者の体だ。安倍晋三は確かに何もしなかった。だが、7年半という時間を稼いだのは事実だ。その間に十分なことができず、時間切れを迎えてしまったのは我々だ。一人安倍晋三を責めても仕方ない。モルヒネの意志を論じたり、それが人体に多少の悪影響があったなどという議論をしても、正直意味がない、と私は思う。モルヒネはモルヒネだ。肝心なのは、モルヒネの効力にも限界がきたということ、そして、積み残した問題はどれ一つとして片ついていないということだ。
それでもこの日本という患者を生き延びさせようとするなら、もはや巨大な痛みに耐えながら手術を続行するか、無意味にモルヒネだけを乱打して死を待つか、それとも全く新しいイノベーションという奇跡にかけるか、しかない。少なくとも、次期総理が「安倍路線の継承」などと言い出したら、そんな政権は半年保たない。それぐらい待ったなしな状況ではある。
こんな時代に、泥をかぶる次の政権に同情する。だが、重ねて言えば、日本がそもそもこうなっているのは、別に安倍晋三一人の罪ではない。彼を支えてきた全ての人の罪だ。モルヒネが効いていた魔法の時間は終わり、いま、現実に向き合う時がきた。それは困難な時代だが、いつまでもこの事態に「安倍のせいだ」を叫んでも、これまたモルヒネ頼りに変わりはあるまい。そんな時間はなるべく少なくした方がいい、と私は思う。それよりも、「安倍がモルヒネであったこと」と「モルヒネが必要とされた状況」を認めた上で「モルヒネなしで今後どうするか」についての建設的議論を始めよう。今後、生き延びていくためには、その認識が早急に必要なのではないかと思う。
『大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物』って発言かなりヤバいでしょ。
本人にとって主旨は「持病持ちの人を満足にサポートできない自民党を批判する事」だから一連の発言は問題ないって認識なんだろう。
でも『大事な時に〜』の発言ってそれ一つで首切られてもおかしくないくらいの失言でしょ。
現代社会にストレスで体調崩す人って沢山いるじゃん。それを揶揄してる発言な訳。
しかも安倍ちゃんが患ってるのって、胃腸の持病じゃん。ストレスがもろに影響するところだよ。「安倍憎し」であんな発言するなら典型的な与党(自民党)を引きずり下ろしたいだけの政治家でしょ。
与党があんなのだから、野党には国民の方を向いて欲しいって人が多い訳なのに、その国民に足で砂をかけるような人を注意だけで済ましてどうすんの。
本人の反省の弁も定型文みたいな「私達は病気の人をサポートします」だけじゃ全然ダメでしょ。石垣議員もえだのんも全然見えてない。
持病持ちで苦労してる人は反省の弁一つで怒りや失望を収められるレベルの失言じゃないのに、あんなSDGsの資料のどっかに書いて有りそうな定型文でOKだと、枝野代表も本当に思ってるんだろうか。
それにあれがあんだけ燃えたのって「明日は大事な会議なのに全然寝付けない…」「重要な発表が近づいて来たぞ…うっ胃が痛い…」みたいなレベルの人を怒らせて失望させてる訳。そんな普通にどこにでもいる人に対しての言葉ってありましたか?
結局それが立憲の限界な訳。お題目しか見てないから、明確に病気がある病人にアピールすれば良いと思ってる。そこに「名前がついてる重病の人」はいても「ストレスに弱くて、時々胃が痛む」みたいなレベルの人はいない。
立憲がこんな感じだから、たまきんには期待してたけど、存在感示せてない上に立憲と合流とかいってんだから、次の総選挙も低い投票率で自民が政権取るんだろうな。
この前ツイッターで
「なんで運動や他の特技はアピールしても、それほど嫉妬されないのに、学歴だけ妙にみんな過敏に反応するんだろう」と
つぶやいていた御仁がいた
言いたいことはわからんでもない。
でも、学歴を他のスキルと同等に扱えないのはそれなりに明確な理由がある。
全入時代で、定員割れしてる大学も多いから、全員がガチで勉強して進学する訳でもない。
それでも中卒・高卒・専門卒・大卒(四年制・短期)・院卒と、基本的に誰もがどこまでの教育を受けたか区分けされる。
勿論、大卒の中でも、というより大卒の中でこそ、旧帝早慶・駅弁March(最近はSmartなんだっけ?)・日東駒専~なんやらかんやらと、細かいヒエラルキーというか、序列意識が存在する。
そりゃ、義務教育・高等教育期間と、正味12年(以上)かけた上でのレース結果である。
でもこれだとある意味、全員に"学歴"という属性が強制付与されてるようなものだ(非常に気持ち悪い表現だが)。
紙切れ一枚に夢託す
実際、紙切れ一枚で頭の良し悪しなんて、簡単に判別できるものではない。
そんなの、みんなわかりきっている。
わかりきってるし、学歴信仰・偏差値信奉者は一般的にはクソダサいので、学歴で頭の良さが決まるなんて、皆さん口に出して言わない。
でも、実際の所はどうだろう?有名企業の就職率は技術職の理系ならまだしも、文系でも明らかに全体のうん%しかいない一定以上の高偏差値層で固められている。
場合によっては、就職後の研修まで大学のランク別に分けられている。なんだよ、企業なのに、予備校と一緒かよ。という感想である。
学歴=頭の良さではないが、高学歴の方が勤勉性が高かったり、論理的な(座学的な)思考能力が高かったり、まあそれらを測るシグナルとしてはそれなりに信頼性は高いわけだ。
人間外見より中身のが大事だが、これだけ肥大化した社会ではそこまで丁寧に中身を見ることはできないので、大数の法則的に学歴を足きりの条件として使わざるを得ない。
これだけでも、お勉強できましたアピールは、運動できた、楽器弾けますという類のアピールとは、殊更性質が違うことはお解り頂けたであろう。
(優秀で高学歴な増田諸氏からはわかりきったことほざくんじゃねーよ、と切れ味鋭いツッコミが返って来そうであるが)
そして学歴がコンプレックスを非情に拗らせやすいのは、加えてややこしい要因があと二点程挙げられるからである。
増田のような過ごした田舎の公立校では、若くて楽しい青春時代に、机に齧りつくのはダサいと考え、学業に重点を置かなかった層も一定数(というかかなり)いる。
就職やその後、たかがテストの点数でこうも扱いが違うの?阿呆じゃね?ということを痛感したときには既に遅いのだ。
もう少しだけ、勉強にステ振り分けてれば、後の人生もっと楽だったのに。妥協して滑り止めに入るべきではなかった。
働きながら、資格を取ったり、通信などを含めて学び直すことも可能ではある。
が、正直それは、学業に集中することが許された時期に比べると、かなり余裕を持つことが難しいと言わざるを得ない。
特に通常の大学進学なら、合格後も4年間まるまる勉強に専念することになる。
結婚や育児、職場で責任あるポジションを任されると言った事情があれば、尚の事これは難しい。
なんだかんだで家庭環境や出身地など他のデリケート要素が絡んでくるからである。
文科大臣が新受験制度における教育格差について指摘されたときに、「身の丈発言」で物議を醸したことは記憶に新しいだろう。
だが、失言だったには違いないが、家庭環境及びその収入、或いは予備校や進学校の多い都市圏で暮らすか否か
都市圏に多い私学の中高一貫校は、難しい試験を課して入学者を選別する。
その試験を突破するにもやはりある程度家計に余裕がなければ、合格は厳しいだろう。
そしてレベルの高い生徒が集まる環境で、難関大学合格を目標に塾や学校で、合理的で進度の早いカリキュラムが組まれる。
無論、地方だろうが、世帯収入が低かろうが、ストイックに学習に励むことは可能だし、賢い子どもは幾らでもいる。
だが、都市圏でかつ富裕層の方がそれだけ選択肢に恵まれている。この点は否定のできない事実である。
そして、何よりデリケートな問題なのが、やはり不向きな人はそれなりにいる、という点だろう。
「ケーキが切れない非行少年たち」という児童精神科医が書いた本が話題になったが、
境界知能と呼ばれる、IQ70〜84の知的障がいに該当しない人の割合は実は人口の約14%に当たると言われている。
IQと学力の相関性は、増田は実際のところ門外漢なので、少し言いづらい部分もあるが、スポーツがどうしても苦手なタイプがいるように
勉強がどうしても苦手だという人もそれなりにはいるような気がする(公立小中で過ごした時期を振り返って)。
増田はスポーツがどうしても苦手だが、かろうじて学業だけは人並の成績ぐらいはおさめられた。
スポーツが苦手なのは、子供の頃からのコンプレックスだが、歳を重ねれば、学生の時に比べ、そう比較には出されない。
勉強だって基本的にそうだ。だが、別に努力しなかったわけでもなく(あるいは努力する機会がなかったために)、勉強が不得手であった人に
そうしたコンプの瘡蓋を刺激するようなことをすれば、話がややこしくなるのは当然である。
加えて、社会的な記号として、長い期間付いて回る問題でもあるから、二重にややこしく、なるべく人と比較しない方が無難な話題である。
ツイッターで「左翼 クレーマー」「立民 クレーマー」「立憲 クレーマー」「共産 クレーマー」で検索してみよう。毎日数十~数百件のツイートがひっかかるはずだ。そのツイートは同じ人が連投しているわけではなく、ほぼ1人1ツイートだ。
1人あたりの平均フォロワー数を200人とすると、毎日数千~20万人くらいが上記の「クレーマー」に言及したツイートを目にすることになる。1年半で日本の人口を制覇できる計算だ。
それだけ、左派はクレーマーであるという認識が日本人の中に広まってしまっている。
最近の日本人、特に若い層はクレーマーを好まない。与党の側に居る人に対して批判するのはクレーマーなのだ。逆はクレーマーにはならない。
だから安倍が倒れようが1日2時間しか働いてなかろうが批判されるのは安倍批判をした人達だし、自民党の議員が収賄をやらかして逮捕されても批判は左派に向く。彼らは与党だからだ。クレーマーから与党の人達を守らないといけないという義務に近い意識が彼らの中にある。
一方で枝野や蓮舫が失言やらかすと枝野と蓮舫が批判される。彼らは野党だからだ。野党にクレーム返しすることで、クレーマーに対する正義の鉄槌を下している気分に彼らはなるのだ。
こうなるともう左派の支持率回復の手段は限られている。今の幹部層を全て追い出して新たな体制を作る事だ。もう小沢や枝野や蓮舫や小西とかがいくら頑張っても、いったん貼られた「クレーマー」というレッテルを剥がすことは出来ない。死ぬまでできない。断言する。彼らが政治の世界に残っている限り、左派政党が支持率を今より大きく回復することはあり得ない。
ただし、このやり方は諸刃の剣で、支持率を一気に失って政党消滅のリスクを孕んでいる。枝野らを残せば支持率回復はないが急減のリスクはなく、少なくともあと5年は主要野党の地位は保てるだろう。
梟雄、楠永玉秀には押さえがたい野心があった。武威ノ本第3位の勢力である居戸家で家臣の筆頭人になる、いや惣領である小鯨白姫すら超えて下克上を成し遂げることだ。
居戸領内には全光寺と呼ばれる宗教団体が深く根を張っていた。
信徒はもんぺ姿で自分たちを統一し、家臣を深く崇める居戸家の外交にまで口を出してきた。この武威戦国時代において勢力拡大に外交は欠かせない。多少問題のある相手でも、それを呑んで資源を交換するのも武略である。
だがしかし、極端に純化された全光寺教徒は居戸家の外交戦略に異を唱え、一揆を起こした。
これにあわてて彼らを諫めようとした居戸家の家老、馬場阿茶局は政治に疎い傾奇者ゆえ口を滑らせ「もんぺ姿の狂信者」と言い放ってしまった。失言に騒擾は拡大した。その裏には、もんぺ姿に扮していそいそと全光寺に潜入する楠永玉秀の暗躍があったという。
また楠永玉秀は家中でも讒言を行い家臣を2名ほど隠居させた疑いが後世もたれている。
居戸家の力を削いだ楠永玉秀は次いで、他の家臣の茶会の翌日、能舞台の前日に、辻説法を行い、涙ながらに自分が居戸家に尽くしながら不遇の扱いを受けており、まったく報われないことを訴えた。
領主への不信が蓄積し、全光寺勢力も意気軒昂だったところに、これは効果覿面であり、領民はたちまち真っ二つに割れた。武威ノ本各地で家政の失敗があいついでいた時流もあった。楠永玉秀は南蛮商人カルロス・某に情報を握らせ、舶来品と同時に風説を流布させた。
ここで、かねてより楠永玉秀への疑惑を強めていた桜桃みやこ、虫愛軽路、古田三目の居戸三人衆が決起、楠永玉秀と合戦に及び、宗教施設でもあった居戸家の本拠は激しく炎上した。爆発的な上昇気流に火の粉は高く舞い上がり、他家を恐れ慄かせた
楠永玉秀は得意の変装をもちいて一揆の中に何食わぬ顔で潜り込み、主家への不満を煽ることで多くの領民を味方につけた。そして内乱に荒廃する居戸家を尻目に家臣の一人を誘って出奔、民衆の判官贔屓と以前の人脈を活かして勢力を急速に拡大していった。
彼の誤算は居戸家が内乱の勢いのまま滅びず、騒乱の記憶が失われなかったことであろう。滅んだ居戸家を吸収する梟雄の目論見は頓挫した。
これは居戸家の家臣、鈴木神楽が連日にわたる鉄砲の三段撃ちで前線を支え、意気消沈していた他の家臣が復帰するまで戦線を支えていたことが大きい。
滅びなかった旧主家に対して楠永玉秀は初心の讒言を忘れず、ついでに新しく関わりをもった他の家中へも讒言を市中に振りまいた。自画自賛を交えながら。
ここに一人の剣聖が登場する。目にも留まらぬ二連続の抜刀術を得意とする彼は楠永の行状を疑い、仲間と共に調査を繰り返していた。
ある日、楠永を訪れた剣聖は得意の抜刀術を披露することになり、古着を着せられた巻き藁相手に抜いた。
「……ふぅ!」
抜刀の二撃が着物を十字に切り裂き、トドメの突きが古着の背中を突き抜けた。その切っ先には何やら札がついていた。
「呉服屋帳面屋お得意様 楠永玉秀殿 納入先土倉住所○○○ ○○○ ○○○ ○○○」
「ややっ!こ、これは……!?」
その土倉は繰り返し扇動や讒言を行う者が変装の服を着て出てくることで仲間内に注目されていた土倉であった。無数にある土倉の住所が偶然一致することは考えがたい。少なくとも楠永家中の者が謀略に関わっていることは確実であった。
剣聖は「であえであえ!」する楠永玉秀の前から血路を切り開き、市中に証拠の品を晒した。自らのしたことの大きさに改めて震えながら。
楠永玉秀は謀略への関わりを否定したものの、その理路は整然とせず、急速に求心力を失っていった。
「こんなこともあろうかと東の幌生家とはよしみを通じておる。今度は飛ぶ鳥を落とす勢いの幌生家と結ぶことで成り上がってくれるわ!」
ツイッターやSNSでやりあっているフェミニストとオタクのほとんどは、議論の末に自分の意見を変えるということはない。
だから学問とはほど遠い。あれはまあただのつぶやきだよね。何の意味もない。
ただ、オタク側で表現の自由を訴えている中にはごく一部、意図をもって論戦をやっていると思う。
フェミニストから失言を引き出してそれを喧伝することで、「フェミニストはおかしい」という印象付けを一般の人に広めようとしている。
彼らは一部の過激かつ理論武装が弱いフェミニストを狙って失言を切り取って騒ぎ立てたり、Togetterにまとめたりする。
標的にされたフェミニストは拙いなりに自分の意見を必死に伝えようとするが、まあうまくいかない。オタク側は失言を引き出すために怒らせたり感情的にさせたりするだけだから噛み合わない。失言が引き出せそうになければオタク側がターゲットを変えるだけ。ある意味いじめだしとても不誠実な手法だよ。
でもこの不誠実な手法がみられているから、オタク側の論客っぽい人は批判されるんだ。過去発言を掘り起こされたりしてね。
それで結局オタク側の論客もフェミニストも、ツイッターで吹き上がってる人たちからは距離をおいてるってわけ。
あなたも関わらないほうがいいよ。
もしこのジャンルに興味があるのなら、それぞれの専門家が出している本を読むといいと思う。できれば自分と異なる主張の人の本を読んでみるといい。
人はだれにでも偏見があるんだけど、それが知識を得ることで氷解されることがある。現在の自分の意見と異なる意見を取り入れていったほうがいいよ。