はてなキーワード: ヒロインとは
セフレ=セックスフレンドという概念が好きだ。それも、親しい友達だからセックスもするというセフレ関係ではなく、セックスだけを目的とした体だけのセフレ関係がエロくて好きだ。
単に体を重ね合うだけの人間関係だけだというのに、そこに淫らで湿ったニュアンスを、背徳の香りを勝手に感じてしまう。
最近はそんなセフレを題材にした物語を好んでいる。かつては白馬の王子様を信じていたのに、今は性欲を感じたらマチアプで行きずりの男と会って発散させているOL。初恋の男の子と引っ越しで別れ離れになってしまい、寂しさの中で優しくしてくれた年上の男と初体験をしてそのままセフレ関係になるも、処女をそんな男に捧げてしまったことを薄っすらと悔やみ続ける女の子が初恋の相手と再会してしまう。そんなストーリーが大好きだ。
女性向けに多い「セフレからの純愛」(先に体の関係から始まって最後には恋人になるやつ。だいたい元から男がヒロインに惚れており、セフレは手段な場合が多い【独自調査】)も大好物なのではあるが、やはり最後まで体だけの関係に割り切るやつが一番滾る。割り切っているほど、性欲の発散だけを目的にしているのが強調されて良い。
なぜそんなにもセフレ物に惹かれるのか。一言で言うならばそれが許されない・あり得ない存在と思っているからだ。
セフレどころか、セにもとんと縁がない穏やか過ぎる生活を送ってきたので、過剰にセックスという概念に憧れを持ち、それに特化したセフレという人間関係に敏感に反応しているだけだとは自分でも分かっている。ただ、内面化した己の性規範、性行為は大切な人としかしてはならない特別な行為であるという常識が、セックスをするだけの関係にNOを突きつけるのだ。しかし、だからエロいのだ。
そう、問題は己の潔癖で貞淑な性規範なのだ。論理的に考えてみると、「ムラムラしているからセフレと会って、一緒に汗を流してスッキリする」と「ムラムラしているから友達と会って、一緒にゲートボールしてスッキリする」は全て「友人と体を動かしてスッキリする」という共通の構造を持つのにも関わらず、勝手に前者にはエロスをそして後者には朴訥さを感じ取ってしまうのだ。棒を穴に挿れて運動するのと、棒で球を打って運動することにどんな違いがあるというのだ。
だが、こうも考えられる。知らないからこそ憧れを持ち続けることが出来る、と。そう、仮にセフレがいることが普通になると、それは日常、すなわち非日常(エロ)ではない。セフレに会ってセックスするのは、友達と一緒にゲートボールするのと同じ感慨しか産まなくなるだろう。「ない」から「ある」のだ。「許されない」と思うから「エロスがある」のだ。
『世界最強の騎士は、必ず死ぬヒロインを救うため異世界でも最強の騎士となる〜両手に花を、両手に剣を〜』の7話なんだけど
https://www.corocoro.jp/episode/2550912964681667659
ちょっと前に公開されていたスーパーヒーローコミックス版から、幼女への性暴力シーンがまるっと削除されてることに気づいた
https://televikun-super-hero-comics.com/rensai/sekaisaikyonogamer/episode-007/
もう夏も終わったが、夏アニメ47作品の1話を見た感想を書いていこうと思う。
タイトルは半分釣り。刺さっちまった昭和~平成を生きた女性、申し訳ない。娘息子が居るなら、ちょっとだけ子育てについて顧みて反省したら、クソガキを育て上げたor育ててる自分を誇ってほしい。マジでめちゃくちゃ誇ってほしい。クソガキを育て上げるだけですごい。とんでもないストレスと、いらだちと、肉体的負担。全部キツイ。それでもあきらめないし、多少怠けたとしてもずっとじゃない。尊敬に値することでしかない。
父親はもっと頑張れ。関心を持て。何が起きてるか把握するのはもちろん、時には母親に異を唱えられるようになれ。任せるな。無関心はクズへの加担でしかない。私もこれから、お前らに必ず、必ず追いつく。大いに顧みて反省する。最善を尽くす。母親を反面教師に、父親を教師に、そして反面教師にして、必ず追いついてやる。覚悟しろ、追い抜かれるな。私ごときに絶対追い抜かれるなよ。
ただし私の母親を除く。お前は一生霞だけ食って辛うじて生きてろ。
まぁーーーーークソ以下のカス野郎だわ、私の母親。コレを認めるのに、自分の子供ができるまでわからなかった。やっと呪いが解けた気がする。ぼんやり「子育てには色んな苦労があるんだろう」で許してた部分があった。違った、アイツがクソでカスで畜生なだけだった。家庭って大変で、決して良いものじゃない、って思ってた。大変だけど、決して良いものじゃないけど、あんなゴミカスじゃなければ有り余る充実があるってわかった。
一言で集約すると、「自分が絶対正しいと思ってるやつは頑張ろうが何しようが最低最悪のクズ」だ。そして私の母親は、「自分が絶対正しいとは思ってない、よって自分の正しさを疑える私は絶対に正しい」という2重のドクズだった。
具体例として、兄と私の不仲。兄は私の幼少期からずっと私の悪口を言っていた。私が物心ついたときからだから、おそらく一生だろう。私が怒るたびに母親は「やり返したら同レベルだ!」と私を叱っていた。兄を叱っていた記憶など、たったの1回、家族で出かけたときに公衆の面前で私の悪口を言ったときくらいだ。そのとき兄は「俺が悪いのかよ!」と叫んで何処かへ行ってしまった。母親はめちゃくちゃ憔悴して、駅員に泣きながら「息子が何処かへ行ってしまったんです!!!!」と泣きついていたことをよく覚えている。私としては「いつもの兄の悪口ね、反応したら私が悪者になってさんざん叱られるやつね」程度だったので、ちょっと叱られたくらいでびーびー泣き出す兄と、びーびー泣いて憔悴する母親に面食らったのを覚えてる。
やがて、私が中学生になって腕力でも兄と同程度になったら、当然ながら暴力沙汰になる。当然、叱られるのは私だ。「何言われても先に手を出した方が悪い!」だ。なお、手を出さずに口で応戦しても「反応するからエスカレートするんだ、お前が悪い」だ。こちらとしても収まりがつかないから「なんでお前は悪口言ったほうを一切叱らず俺を叱る、それで喧嘩が収まると思ってんのか」みたいなことを言うんだが、母親は「お前って言うな!」「(お前って言ってなければ)兄を叱ってなんとかなると思ってんのか!」と怒鳴って終わりだ。あとは一切無視。悪口は問題なく、悪口に反応するのは最悪だが、母親をお前というのはさらなる一切皆悪の大罪らしい。それ以来、ずっと兄の悪口にしびれを切らすたびに「お前の過剰反応だ」「被害妄想」「悲撃のヒロイン症候群」「キチガイ」「社会で通用しない」など、兄を叱る言葉など一つもなく、言われた私の対応が悪いと言い続けていた。私が先に暴力をふるったら「先に手を出したお前が悪い」、兄が先に暴力を振るったら「手を出させたお前が悪い」。手を出さずに母親にうったえても「お前に悪いところは無かったのか!」と言われ、黙ったら「ほらみろお前が悪い」、マジで何もなくても「自惚れんな!」と怒鳴って、お前の悪いところを自覚していないお前が悪い、で終わり。一番記憶に残ってるのは、母親がいるときにもずっと悪口言ってる兄がいて、悪口にヘラヘラ笑ってる母親。イライラのピークに母親に対して「ずっと悪口言ってるんだけど何も叱らんのか」と母親にいったとき、「からかってるだけだからwwwwwwwww」ってヘラヘラ笑い続けて、兄は好き放題悪口言うチャンスとばかりに堂々と大声でクソみたいなことを雪崩のように言い続け、それの合いの手を入れるように母親は「からかってるだけだからwwwwwwwww」「からかってるだけだからwwwwwwwww」と繰り返したやつ。あまりにも悔しくてその場を離れたんだけど、しばらくして母親が追いかけてきて「そうやって逃げれば済むと思ってる」「悲撃のヒロイン、ヒーローですね、あーカワイソカワイソ」」「お前だけが被害者だと思うな」などと言い放ってきたこと。
そして高校生のとき。浪人生の兄がいつも通り悪口を言い続けていた。私は一切を無視していたが、疑問形の嫌味を言われたときに「はいはい」と適当に流した瞬間、母親は「今のは悪意で言ったんじゃない!お前の過剰反応だ!」と私に怒鳴りつけた。
もう面倒くさいからいいや。とにかくクソな扱いを受けてたんですよ。あのゴミに。
で、最近子供が生まれて、一応義理はあるから報告とかしたんですね。そしたら「なんで◯◯(筆者)は私(母親)を嫌うんだ」みたいなことを言ってきたんですよ。端的に「一生悪口言ってる兄にノーペナルティで悪口言わせ続けた人が何いってんの?」って返したら、マジでキョトンとした顔で「悪口言ったら叱ってたよ?家族で出かけたときとか、すごく理不尽なこと言ってたから」と言ってきた。
あれだけ「悪口に反応するな」「反応するお前が悪い」「反応しなくてもお前が悪い」「悪口言われたお前が悪い」を続けてても、何も記憶に残っていないのだ。記憶に残ってるのは、兄をたったの1回まともに叱ったら、泣きたくなるほど憔悴してしまった、だけ。私がどれだけ涙ながらに訴えても無視、むしろ叱り続けていた母親が、だ。
もはや記憶には「私は正しい」の5文字しか残っていないのだ。私は正しいから、悪口を叱っていた。悪口って悪い発言のことでしょ?悪いんだから、正しい私は叱ってたよ。私は正しいから。ほら、家族で出かけたときとか!でしかない。家族で出かけたときにお前が叱ったのは、周りに人がいたからだよ。言われたほうを叱ったら道理が通らない、なんてことを考える脳があるから兄を叱ったんだろ。で、兄を叱ったことなんてないから、今まで叱られたことのないなんてことのない悪口で怒られて、びっくりして泣いちゃってどっか行ったんだろ、兄は。今まで叱ってなかったから、クソカスの脳内での「すごく理不尽なこと」を言っても悪口を言ってるっていう気じゃなかったんだろ、兄は。だから「俺が悪いのかよー!」って泣いちゃったんだよね。で、叱ったことなんてないからびっくりした兄をみて憔悴しちゃったんだろ。いつも叱ってた私がどっか行って泣いちゃったらヘラヘラ笑いながら追い打ちをかけてたのにね。周りに人が居るから悪口言われたほうが悪いと言えない、なんて考える脳があるのに。そして、兄を叱るのは本当に辛かったんだろうね。たったの1回叱ったことをいつまでも覚えてて、20年間悪口言われたほうを叱ってて言ったほうをノーペナにしてたことを一切覚えてない。「今から10万人の黒人と、1人の巨乳ブロンドを◯す」の案件。
思い出すだけで疲れるが、これを断捨離しないと進めない気がするから全部吐き出していく。呪詛でも文句でもなんでもブクマなりトラバなりしてください。誰かに見られたという証拠が私の救い?赦し?わからんけど、それになる。
で、上記を全部直接吐き出したあとの極め付き。「増田を傷つけてしまったこと、謝っても意味がないとわかってるけど、謝ります。本当にごめんなさい」だ。違うんだよな、私を傷つけたことに怒ってるんじゃなくて、お前の不正義に怒ってるんだよ。兄を一切ノーペナルティにしたことを怒ってるんだよ。私ごときいくら傷ついてもいいんだよ。お前が!!クズを!!!野放しにして!!!好き放題させたことを!!!怒ってるの!!!で、お前が正しいことをしていた面してんのがおかしいって言ってんの。私なんて脆い人間なんだから、勝手に傷つくし、勝手に復活するの。お前が及ぼせる影響なんてたったの二十数年分。クソほどデカいけど、お前ごときカスクズゴミクソカスに傷つけられたからって怒るけど、こんな激しくないよ。親子の義理だよ、お前は!!人間として!!!どうしようもないカスで!!!人間性が終わってるんだよ!!!決して、頭が良くないから間違えた行動をしてしまった、では済まないカスクソゴミクズなんだって。
まー、自称お局様にいじめられたから働けなくなった、私に言い続けた「社会で通用しない」人でしかないし、祖母からも「頭悪いなりに頑張ってるから許してあげて」なんてなんの脈絡もなく言われるくらい先回りして問題を解決してもらってたのに感謝も反省もないカスだから、本当に甘やかされておままごとだけで社会を知った気になって「私が嫌われるのは正しいことをしてるから!」なんて日蓮大畜生のマネごとまでしちゃって、日蓮正宗に破門されたような南無南無も一所懸命で。
ぬくぬく生きてる怠け者なんだな、と。飲み込んだので。飲み込んだ!!!!!!飲み込んだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!恨みつらみ終わり!!!!!!!!!!!!!!!
○ご飯
朝:カツサンド。昼:なし。夜:豚丼。たまご。味噌汁。間食:ポップコーン。
○調子
久々に映画を見てきた。
「スオミの話をしよう」
某著名ミステリ者が「1個目に思いつくオチを延々と引っ張る冗長な映画」という趣旨で評していたのが気になり見てきた。
以上2点からジェンダー的な仕掛け、すなわち「ヒロインが長澤まさみに見えているのは第三者の勝手な想像、本当は男性であり同性婚をしてうた」と連想しながら見ていたので、予想通りではなかった。
全般的な話として何が起きているのかを推理するホワットダニットものや、オチそのものを戦わせる多重解決ものでもない限り、そこまでオチの予定調和にこだわる意味もないとも思った。
この作品に関しいえば、そもそも別にオチのためだけの映画ではないので、オチが読める/読めないは評価の基準にならないんじゃないかなあ。
シエテHLが少し空いてきたので周回。
ストーリーだけど、そう思ったけどそうじゃなかったぜ系が多すぎない
シドが壁に打ち付けられて吐血しながら、主人公に先に行けしておいて
すぐあとに何事もなかったように出てくる
死んだんじゃなかったのかい
シドが召喚獣なりすぎて腕が石になりかけるから、きっと石になって死ぬんだろうな
ラスボスらしいやつとのいざこざ中に殺されたぜ、おいおい絶賛石化中みたいなシーンは関係なかったのかい
こんな感じで肩透かしが多い、おいおいちゃんと伏線みたいなの作ってあるんだから使えよ
そもそもジルって何者よ、主人公兄弟と仲良くしてたみたいだけどさ
ジルみたいなヒロイン使うなら、主人公とジルとの出会いから始めてよ、少年と少女の出会いなんてFFらしいだろ
石破茂「主人公に思いを寄せていながら、物語開始までは、一歩踏み込めない状況であるべき」
石破茂「最終的には、主人公は、押しかけ女房に、取られなければならない」
石破茂「幼馴染は、深く傷つき、孤独なまま物語を終えなければならない」
岸田文雄「えー、幼馴染、が負けヒ、ロインであるなん、て誰がお決めに、なったんですか」
岸田文雄「国民、の分断をあ、おるようなことを、言っ、てはいけないと思います」
麻生太郎「幼馴染なんだろ?話が始まる前の十数年間何してたんだよ(笑)」
国民民主党玉木「重要なのは幼馴染かどうかではなく、そのヒロインが真に主人公を愛し、愛されているかどうかだと私は思います」
エッシャーもジェームズ・ボンドも知らないキッズが相手だったからやたらと評価されただけでしょ。
ページを捲った直後に2ページ見開きで視覚効果がバチバチと目に飛び込んでくるあの体験は、まさに稲妻に打たれたかの如く「俺は今凄いものを読んでいる」と感じさせるものがあったよ。
今、一通りの元ネタを知った状態で読めばそれらは「漫画の絵として上手に落とし込まれたデフォルメ感覚に優れたパロディ」以上でも以下でもない事が分かる。
個性豊かで魅力的に感じたジンガール達はテンプレートを丁寧になぞって拵えられたステレオタイプのヒロイン像達でしかない。
それぞれの街で繰り広げられる物語も基本となる類型をそのままなぞるかのようなものばかり。
子供でも読めるようにと柔らかく煮込まれた王道プロットのカタログに、若干強めのスパイスを加えたような、入門的ダークファンタジーでしかないわけだ。
5歳児~105歳児まで幅広く楽しめるであろうこのバランス感覚はとんでもなく優れていると言えるが、有効範囲を広げるために繰り返された去勢によりこの手の作品が持つべき角が大きく削れてしまっているのは否めない。
小中学生がこの漫画を大興奮で人に薦めるなら微笑ましいが、いい歳をした大人がやたらと評価しているのはインプリンティングによる影響が残り過ぎなのではないかと思ってしまう
明日で終わるね
女子部に境遇の全く異なる人達が集まって同じ目標に向けて頑張ったり、ヒロインのお父さんたちが無実の罪で裁判になった時とか面白かった
ヒロインは真っ直ぐすぎたり、本人の恵まれぶりに無自覚だったりはしたけど、人生で色んな経験をしながらもっと深みのある人に変わっていくのかなと楽しみにしてた
そう思って毎日欠かさず見てきたけど、残念ながらヒロインが人間的に成長した印象はなかった
というかナチュラルな傲慢さ、苛烈さ、他人(主に男性や社会)のせいにする性格に社会的地位が加わって家でも外でもモンスターじみた人間になっててなんだかなあ…と思った
ヒロイン(役者じゃないよ、念の為)の人間性にかなり落胆させられたけど、それ以上に落胆したのはSNSの公式アカウントが極上のリーガルエンターテイメントを自称してた割に肝心の法律部分の描写は雑だったところ
ヒロインが弁護士や判事の仕事をする上で苦悩したり、苦労が報われたり…というのが見たかった
その割に周りの人達からの評価は上がるのでなんか釈然としなかった
ドラマの後半に出てきた大きな事件は史実がベースにあるから、結末(判決)よりも過程の部分をどう描くかが大事だと思ってたけど、大抵ナレーションで年月の経過が知らされて判決の場面になってしまった
判決のシーン自体はよかったけど、重厚な判決文が元から存在するんだからそりゃ良いシーンになるよね…
あと外国人差別とか性的少数者とか夫婦別姓を取り上げるのが悪いこととは言わないけど、どう差別されてきたかも問題への向き合い方も仕事の描写と同じでフンワリしてた
夫婦別姓のための事実婚のくだりなんてきちんと作成した遺言書とは思えない宣誓文みたいなのを読み上げてたので、これがキャリアを積んだ法律家2人がやることなの?と本当にガッカリした
まあなんか全体的に(モデルの方の生涯に改変を加えてでも)色々詰め込んだわりに話の膨らませ方も締めくくり方もいい加減だったので、大きな風呂敷を何枚も散らかされてるようだった
作品初期に本題だと思わされてたものを楽しみにしてたら作者が本当に描きたいものは他にあった上に主人公サイドがちょっと…な感じは昔ちょっとだけ好きになって結局脱落した「つくたべ」に似てたかもしれない
どーなんだろ。今のなろうはそんないいもんじゃないと思うから、あんまり批判されてるのを見ても擁護されてるのを見てもピンと来ないな。
俺はなろうは2008年ごろから読んだり書いたりしてる。準古参だと思う。最近はほぼ見てない。
昔のなろうは転生ものばかりではなくてもうちょっと多様だった。
というかそもそも昔はなろうは二次創作が覇権をとっていて、それがにじファンに移行した。今はにじファンも閉鎖されたが。
まず異世界転生ものはArcadiaでゼロの使い魔あたりから爆発的に主流になったと自分は考えている。ArcadiaというのはWeb小説サイトだ。今もある。
自分はArcadiaや2chのSSまとめでゼロの使い魔関連を読んでいたのが始めで、自分でもゼロの使い魔の二次創作を書いたりした。ハルヒで初アニメを見て衝撃を受けてアニメにどっぷり浸かりゼロの使い魔を見て、やがてラノベに移行しラノベを買いまくって読み漁り、飽きたのと金が無くなってWeb小説に突撃した形だ。
余談:Arcadiaは個人で運営されているサイトで、今はギリギリメンテされている状態で過疎っている。自分がArcadiaにどうやってたどり着いたか覚えていないが、いろんなランキングサイトを辿ってWeb小説を探す過程でたどり着いたはずだ。当時はインターネットのチャットのコミュニティなどがあり、そういうのも含めランキング化するサイトがあった。ケータイ小説の恋空なんかはこれの少し前の話で、前略プロフィール全盛期の頃の話だ。この頃の書き手の事情はあまり知らない。
話が逸れたが、自分はゼロの使い魔以外でもラノベっぽいWeb小説や二次創作を読んでいたりして、蒼の混沌とかしーくれっともーどとかリオラートとか絶望の世界とか、やる夫SSを読んだりしていて、当時はたいへんお世話になっていた。
ゼロの使い魔より前もエヴァなどで憑依ものとかあったようだが自分はゼロの使い魔やハルヒしか知らなかったのでそればかり読んでいた。
ゼロの使い魔は異世界転生の舞台として非常におもしろく、キャラも使いやすく自由度が高かった。ルイズが召喚するサーヴァントを平賀サイト以外にすることで、いろんなキャラを異世界に飛ばすのが流行っていたはずだ。ルイズというのは、いわゆる暴行型ツンデレヒロインだ。
それで、なろうで二次創作が全面的に禁止されるまでは結構二次創作があったはずで、おもしろく読んでいた。
会計の専門家がゼロの使い魔世界に転生して異世界で会計無双する話とか、そういう話もあった。
幼女戦記なども、もともとはArcadiaで連載していて、リリカルなのは由来の二次創作だったはずだ。そのあとなろうに移行していた。自分はリリカルなのはは全然知らないが、魔法つながりで二次創作だけ読んでいて、二次創作が異様におもしろかったのでなぜか根幹のストーリーは知っていて、時空管理局などの概念も獲得している。二次創作のWeb小説から入ったので、アニメやエロゲの絵を知ったのは相当あとだった。
他にもHxHの二次創作なども膨大にあり楽しく読んでいた。ドラえもんなんかもありカオスだった。架空戦記ものもあった。ゲート自衛隊あたりもその流れだと思う。自衛隊架空戦記ものはwikiがあって、そこのものはほぼ全部読んだ記憶がある。
そんな感じで楽しく読んでいたのだが、なろうで二次創作が禁止されたのが分岐点だったのだと思う。にじファンも閉鎖になり、二次創作を発表できる場所が極端に少なくなった。
なろうでは、ゼロの使い魔の転生設定からゼロの使い魔オリジナル設定部分が抜けたファンタジーが根幹となり、さまざまなシステムが考案されていたように思う。
今でもそうだとは思うが、おもしろいなろう小説は世界のシステムがおもしろく斬新で、かつキャラクターが魅力的であることが多いと思う。悪役令嬢ものや追放系だったとしても。
余談だが自分は悪役令嬢ものはスタイリッシュざまぁがとてもすきだった。
そしてなろうは徐々に悪役令嬢ものばかりになり、最初は斬新でおもしろかったが徐々に「ん?」と思い始め、追放系が増えたぐらいからだんだん供給が微妙に感じられてきた。
現実逃避ものが多くなり、こう言いたくはないが自分も年をとったのか読む気が消えていった。自分は社会的には追放系とは一致せず普通に働く形になっていたので、「追放系読む人は現実からWeb小説に逃げてるだけでしょ」と思うようになり、その発想のせいでWeb小説で楽しめなくなり、なろうで楽しめなくなった。それでもオール・ユー・ニード・イズ・吉良などは凄まじくおもしろかったが。
そんな感じでなろうにはたしかに重厚長大な小説やおもしろいライトノベルもたくさんあるけど、ランキングに上がってくるのはマス向けのものが多く、裾野は広くても良いものが見つけにくく、なろう全体としての評価は微妙でも全然いいと思う。