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はてなキーワード: 麻痺とは

2011-12-20

男子ハック」っていうブログ名がきもい・・・

二十歳街道なんたらかんたらっていうブログ名もきもかった。

なんだろう。「若い男がやっているブログです」感がきもいのだろうか。

「若い女がやっているブログです」感は、きもいはきもいのだけど多すぎて麻痺してしまった気がする。

「若い男がやっているブログです」も、麻痺するほどに見慣れてしまえばきもく感じなくなるのかもしれない。

それにしても「男子ハック」の人や「二十歳街道」の人は、三十路おっさんになっても今のブログ名でやり続けるのかな。

"「若葉」という名前のお婆さん"みたいな違和感が生まれてしまうと思うんだけど。

若々しい感じのする名前をつける人って、加齢のことを考えているのかな?

それとも自分が老化したら、二十代前半の男性に運営権をバトンタッチしていくのかな?

2011-12-18

一連の流れで何となくわかる、東電企業としての姿勢と、今後やるべきこと

原発絡みのニュースを色々見て、一つ確信していることがある。

東電では「安全管理」関連部署が軽視されていて、閑職なんだろうな、ということ。

安全管理」の畑から出世できない状況が続いていて、発言力も皆無だったんじゃないかなと思うのです

 

安全管理」はほとんどの企業で「コスト」とされていて、削れば削るほどよいこととされがちだ。

まあ、競争状態にある大多数の企業において、こうなるのはわかる。ある程度はしかたないとも思う。

けど東電は、発電業において圧倒的な独占体制を敷いていたのに、「安全管理」の努力放棄していた、と考えられる。

えらい人の頭にあったのは、この独占体制をいかに維持するか、だけだったと言っても過言じゃないだろう。

そうなると本来は保安院みたいな第三者機関がきっちりチェック機能果たしてなきゃいけなかったんだけど、

狭い世界からずぶずぶの関係にあって、そのチェック機能麻痺していた、というのが今回の事件の本質なんだろうと思う。

要するに、誰も「安全管理」に対するインセンティブを持っていない状況だったということ。

 

こう考えると、現経営陣は総とっかえ(ガバナンスを一から作り直して体質改善するにはこれっきゃないよ)して、

第三者機関との独立性を確保し、「安全管理」へのインセンティブをどうにかして持たせるべきなんだけど、

未だにそういった議論はあんまり進んでいないようだ。

 

もうちょっと具体的に言うと、「東電」は発送電分離解体して競争状態にして、

第三者機関に権限を与えて「業務改善命令」なんかを出せるようにもして、

業務改善命令」を出されるとその発電会社がすっごく困るような仕組みを作ればいいんじゃないかな。

『すっごく困る仕組み』としては、「業務改善命令」に

「ここの発電所安全管理なってないから、ここから出た電力売るの禁止な。足りない電力は他のとこから(割高だとしても)買えよ」

という措置命令をくっつけることが効果的だと思う。

2011-12-15

夜一通のメールが来た。

ちょうどその時洗濯物をしていたので、後で見ようと放置していた。

段落ついてから、この間飲んだ子からメールかも!

なんてちょっぴりドキドキしながらメールを見た。

差出人:母

タイトル:(文字化け入院

本文:左側が痺れてろれつがまわらなくて、軽い脳梗塞です心臓ペースメーカーを入れているので、MRIは使用できないので詳しい所まで検査が出来ないようです。〇〇病院の8階8H6に入院してます。あんたが来てくれたら元気になるかも(笑)

は?

一瞬意味がわからなかった。

ペースメーカー

脳梗塞

初めてその単語を聞いたかのように全く意味が分からなかった。

倒れたの?

いつ?

なんで?

ペースメーカーって即効いれるものなの?

心筋梗塞??

疑問で頭がいっぱいになった。

親父からは何の連絡も無い。

からの一通の携帯メールで病状を知るなんてあり得るか?

いくら仲良くない親子だったとしても。

メールの受信時間は21時30分。

現在22時。

時間前のメールだった。

洗濯してないですぐに見ればよかったと思った。

こういう時に限って間の悪いメールが来る。

よし、面会に行こう、すぐに。

そう思って病院の面会の時間を調べてみると、面会時間は20時迄。

今はもう23時。

今日はどうやら無理だ。

胸がざわつく。

軽く動揺してる?

でもそれほど慌てていない自分を少し冷たいと思った。

とにかく早く寝て明日病院へ行こう。

明日の朝行くよ。

と、メールして寝ることにした。

布団に入ってからもしばらく色々な思いが走馬灯の様に思い出されて眠れなかった。

まぶたのうらに母の麻痺して歪んだ顔がちらついた。

他に怪我はしてないかな?

親父はとても一人じゃやっていけないんじゃないか

また手伝わなきゃならないのかな?

早く結婚しておけばよかった。

こんな時に家族がいたらきっと心強かっただろう。


朝になった。

時刻はすでに8時を回っていた。

寒さで布団から出られないが、起きなきゃ。

でも、眠気に負ける。

ごめん、おかん、親不孝な俺を許して。

まどろみの中で問答を繰り返す。

10分後、二度目の目覚まし時計ベルが鳴ってやっと起きた。

仕事の支度を済ませる。

いつもは慌ただしい朝だけど、今日はずっと落ち着いていた。

旅行かばんが半分開けっ放しのままで廊下に置いてあった。

明日から旅行準備中だったのだ。

母の様態次第では旅行キャンセルだな。

車に乗り込みエンジンをかけ、一路病院へ向かった。

道中様々なことを考えた。

思えば、ここのところ立て続けに悪いことばかり起こってる。

不況会社をクビになり、実家の布団屋を継いだ。

その2ヵ月後祖母が突然倒れ他界

それから4ヵ月後、妹が離婚して子供3人と実家に戻ってきた。

継いでからちょうど1年後、自分は親父と喧嘩して家を飛び出し、今は運送業で働いている。

母の負担は一気に倍増したはずだ、辛労が祟ったのかもしれない。

俺も加害者だな。

すまない。

母方の親戚には結婚の事、仕事の事で色々言われていたので、また言われるかと思うと気分が重くなった。

病院までは家から15分ぐらい。

そこそこ大きな総合病院だった。

祖母が他界した病院とは違う病院だ。

S病院で祖母は他界した。

そのS病院では祖母の姉も亡くなっていた。

医者も足りず、ほとんど助からない…S病院のいい噂は聞かなかった。

きっと母はそこだけは避けたのだろうと思った。

病院駐車場へ止め、エンジンを切ってドアノブに手をかけた時だった。

昨日よりもずっと強く、悲しみが胸を貫き、涙がこみ上げてきた。

ここに来てようやく実感が湧いてきたらしい。

胸が苦しくなって嗚咽が出た。

しっかりしなきゃ。

母の前ではせめて笑おう。

足取りを確実に、メールに書いてあった8階8H6を目指し院内を奥へ進む。

途中エレベーターに乗り換える。

8階について、一際大きくなる不安と悲しみ。

ここに、変わり果てたおかんの姿が…。

そう思うと足取りがずっと重くなった。

エレベーターを出ると左手ナースステーション

ナースたちが朝のミーティングをしていた。

特に面会についての記述はなかったので、そのまま通りすぎた。

そこから先はE8F8G8H8と4方向に分かれていた。

どこにもH6なんて無い、間違えたのだろうか。

ちょうどそばにいた掃除のおばさんに尋ねてみると、H6は6階だと返答が返ってきた。

メールに書いてあったのは8階。

階は間違ってないだろう…もしかしたら8HとH8を間違えたのかも。

きっと意識朦朧としてるんだろう。

そう思ったら涙が出た。

H8廊下沿いには奥までずらっと両側に病室が並んでいた。

ナース掃除の人が忙しそうに働いている間を抜けて、部屋の上の番号を確認して一歩一歩進んでいく。

誰も自分に興味を示さない。


1…2…


途中目に入る病室の中は、

お歳をめしたご老人ばかりが目についた。


3…4…


近づいてきた。

心臓の鼓動がはっきりと響いてきた。


5…


次だ。


6。


ここだ。

部屋の入口に貼られた名札を確認する。

6人べやで上から順に名札を見ていく。

増田裕子を探した。

果たしてそこにあったのは


増田


公造


…それは爺さんの名前だった。

2011-11-17

はちま起稿のはなし

信者アンチ根本的な問題を忘れている。

あいつ、藤島康介に無断でキャラクターマスコットにしてるだろう。

ネットに浸ってるせいで皆麻痺してるけど、立派な罪だこれ。

2011-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20111116074531

Twitterフォロワー女の子と二回付き合ったことあるけど、相手が男だと助言のしようも無えわ。でも男でも好きになってしま感覚は分かる。皆が皆美少女アイコンだったりすると性別の感覚麻痺する。

2011-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20111113105353

真面目な質問なようなので、真面目に答えます

政府が「最終的にどうなるか」に関するレポートをもっているかどうかは「分からない」です。もちろん。一定のそれをもたずに一体どんな政策決定ができるのかは分かりませんが、もっていない可能性はもちろんありますですが、私が「算数の結果」と言ったのは、かならずしもそのことだけではありません。その点誤解があるように思います

まず、はっきり言えることは、「ただちに」を聞かされる側は「ただちに影響があるかどうかについてのコメント」(国語けが関心事ではないことくらい、政治家なら分かっているだろうということです。最終的に何が起こるかが分からないとしても、分からないなりにどのような事態や対策を想定しているかについて(算数)説明するのが適切であり、たとえば企業クレーム対応する場合などでも、そうした対応フォーマットが用意されているでしょう。そういった対応のことを「算数の結果」と言ったのです。影響が分かる場合も、分からない場合も、いずれの場合でも、「今後どのような予測があり、どのような対応が求められるか」についての説明が必要だ、ということです

なぜ、そう言えるかというと、枝野さん自身が「ただちに」という言葉は、すぐ影響がでるかどうか(国語)、ということだけを言ったのではなく、将来的にはどうなるか分からないよという意味を込めていた(算数の結果も含んでいた)と後になって述べているかです。算数の結果を言わなければならないということは、当然認識しておられた。にもかかわらず、国語の結果に見せかけて、もう言ってましたよ、と言い訳してる。次の動画をご覧いただければ、本人がそう述べてますリンク踏むのを警戒される場合は、youtubeで「枝野会見 直ちに影響」で検索し、5月20日付けの会見映像を探していただければオッケーです

http://www.youtube.com/watch?v=jf_vxPJuMZc&feature=related

国語の結果」だけ言ってすました顔をしてる。後から追求すると「国語ときに一緒に言ったつもりだったので」って、言う。そういう対応って、どうなんでしょうね。

国語とか算数とか言うとかえって分かりにくいですかね。たとえばビル一階で火災が起こったとする。下を見てきた管理人が、つめかける上階の住人に「ただちに火は回らないから」と説明する。それで説明になっているのか。「部屋でじっとしておっても直ちに影響はない」が念のため2階と3階の人は避難した方がよろしい、と。後から分かったことで、実は発生したガスで4階5階も汚染されてた、と。追求すると「ただちに影響はないと言ったが、それは、5分後とかにはまだ何も起こらないというだけの意味で、これからどうなるかは分からないという意味だった」と言う。

「ふざけんな!」とならないですかね。これでも「発狂してるのは放射『脳』だけ」なんでしょうか。

…とはいえ、私は枝野さんはそれなりによくやったと思ってます。あれだけの状況の中、責任あるポジション人間として国民の前に立つ、それだけで、気の弱い人なら心臓麻痺起こしそうなシチュエーションです。それを、碌に睡眠も取れないような状況下で耐えきり、パニックも起こさずしのいだ。それだけで、賞賛してもいいくらいです。嘘の一つや二つついても全然許せるレベル。ただ、そのことをもって、批判者を揶揄するのも、どうかと思うんですよ。嘘は嘘だし不完全は不完全。そこは認めるべきでしょう。「ただちに」を繰り返しやがって、と怒る人がいるのは、当然だと思います

2011-11-03

成れの果て

少なからずの希望と欲望を抱きつつ生き続け早数年

何の変化も突破口も殻破りもなく、ただただ時だけが過ぎていく

しかった時期で思い出は止まり、そこから前に全く進めていない

もう一度あの頃の楽しさを得たいと、幾度か悪あがきもしてみたが

結果的に訪れるのは、虚無感が関の山

待機しているだけでは駄目だと、そこらにアプローチをかけるも未遂に終わる

それも慣れた事だが、やはり慣れない

一般に、一人でいることこそを恐れる者が多いし、私自身もその者の一人だが

その恐れよりも、人様にアプローチをかけるほうがよほど怖いのだ

から、進めないのだと自覚はしているが…

俗にいう「人見知り」であり、 それを越えればフレンドリーに接せられる自信はあるが

それが受け入れてもらえるのかどうか、疑問と不安が付きまとう

ここまで来ると、慣れではなく最早「麻痺」だ

2011-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20111028215840

何の規模なの?災害?被害?組織

災害の規模が大きくて社会の成り立ちが麻痺しているのなら分かる。

被害が大きいのなら会か何かを立ち上げて結束すればいい。

組織が大きいのなら組織を壊せばいい。

答えになってないのでは?

2011-10-04

東京電力社員

ボーナスだなんだって言ってるけど、あれ賃金引き下げたら誰もいなくなるだろ。それでその後入社する奴なんかいないだろ。俺がもし今の三倍払うから来てくれって言われても行きたくねえもん。正直腹は立つけど、辞めずに仕事してろ、と思う。

でもその一方、東電の社内のことなんか俺何にも知らないんだよなと思う。そろそろ日常なっちゃって麻痺しちゃって、普通に飲み歩いたりしてる社員もいるんだろうけど、その中でもきっと真面目に働いて胃を痛めてるような人もそれなりにいるんだろうな。と思うとな。同じ人間なんだよなとも思う。会社と個人は違うからなあ、何を思えばいいんだろうなあ。

話題に出ることは少なくなったけどまだ作業は続いているし、事態に大きな進展はない。毎日自分普通に生活をしている中でたまに思い出してひやっとする。穏やかに収束する日を願ってやまない。

2011-09-27

増田啓蒙しよう!OH! とかないよね

病院行った方がいいって言う人、どういうところか知ってる?

まあそれは、酷いところも良いところもあるって事で、置いといて、それを言おうとしたんじゃなくて


精神科だけじゃなくて、心理療法も、あれって広義の意味では人権侵害を含んでる

事になる。法律的には。

から、本当は治療の前にカウンセリングなんかでも、カウンセリングを受けることを納得して受けます、みたいなものを書かされたりという事もあるらしいと聞いた

書いたこと無いけど

なんでそれを書かせるかと言うと、訴えられたら治療者側が負ける可能性があるからだろう

実際損害賠償請求になってるの見たことあるカウンセリングで。

なんか変なものを心理なんとかって流行らせるから、そういう態度が当たり前みたいに思われたり、変な権利みたいに勘違いされちゃってるかもしれないけど

カウンセラーや心理療法家のやってる事って、プライバシー権侵害を含んでるから、嫌だったら、犯罪者でも黙秘権があるのに、それはプライバシー権侵害です!とはっきり言った方がいい。

カウンセリング受ける状態の人や、受ける必要がある状態って、自主性や主体性がなくなってるからそれを取り戻すという意味合いがある思う。 抑圧により、自分の意思が自分で確認しにくい状態

そういう人に付け入ったり、利用したり、騙したり、洗脳したりするのは、割と簡単だったりするんじゃなかろうか


適応症状起こしたわけじゃない顔面神経麻痺で、市立病院の口腔外科(ほんとは耳鼻科で診ないといけない)→違う市の大学病院神経内科→そこの神経科 と回されてカウンセリング

親の職業学歴、友人の数や、もっと何だったっけな、プライベートな事も下調べのようなもので、聞かれた。 ア、成績だ! 成績は?と聞いてくる。そんなの自己申告だし、どういえばいいのかと思った。

色々聞いた後、自分性格についてどう思うか?と聞く。 なんかその前からの質問も、クライアント内省強要しているような、印象を受けたし、圧迫感がない事も無かったが、 顔面神経麻痺と親の職業と何の関係があるの?と思えるけど これが不適応状態にある人なら、全てをクライアント内面に原因や責任を求めているかのようで、なんかおかしいなと思った。 顔面神経麻痺病気からそれ以上でも以下でもないけど、不適応症状だと本人も悩んだりしてるかもしれないのに、それをさらに追い詰めるような事や、勘違いされそうな事を質問として並べるのもおかしい。


心理学カウンセリングの考え方と随分違うなと思った。


顔面神経麻痺は、ほぼ治って左右の眉が思いっきり上げた時に、1ミリくらいずれるというものだった。それで何かストレスでも?なんて回された日には、かなわない。

人間の顔って左右が正確に対照的な人の方が少ないらしい。元々1ミリくらいずれてたかもしれない。

2011-09-24

気づいた

過去恋愛でのトラウマが吹っ切れたんじゃなくて、

他の物事で痛みが麻痺していただけだってことなんだ。

不意に思い出すのも麻酔が切れたから。

フラッシュバックするのも痛みがまだ残ってるから

本当どうやったら痛みが無くなるんだよ。

もう忘れさせてくれ。

いっその事俺を殺してくれ。

2011-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20110922010047

これがキチガイクレーマー・・・

帰宅指示が出て何にも考えずノコノコ帰ったの?

交通機関麻痺することぐらいアホでも解るよね?

少しは学習しろよ、トンキン

そんなんじゃ関東大震災生き残れないぞ

2011-09-08

猫の感じ

http://anond.hatelabo.jp/20110908093243を可能な限り段落を再現してエキサイト先生翻訳して頂きました!

長い間、私は暗箱にいます

私が箱の外部で聞いた誰かのコメントによれば、劇薬を含んでいる小さなボトルは、この箱に位置します。ボトルは完全に密閉されますが、ハンマーボトルの近くに配置します。また、彼らは、ハンマーがある時に倒れるだろうと言いました。

いつになるかは「ある時間です?私は知りません。このまさに瞬間に?あるいは遠い将来?恐らく、それは既に来ました(私はそれに関して考えたくありません)。誰もハンマーに影響することができません。独立事象として、それは、見込みで50%倒れるでしょう。見込みはちょうど50%です。ひょっとしたら、ボトルは壊されるかもしれないしあるいはだろう。自分に関して、死者、あるいは、生きている。

私は言わなければなりません、状況はどれくらい恐ろしいですか。

私は、猛烈な憤慨を持たないようにはすることができません。私の人生(私のための最も重要な問題)は、私から完全に離れており、単純な図、FIFTY PERCENTに単独で依存します!あまりに恐ろしい。

さらに、私は、それは完全に不合理であると思います(そして)。私は、ちょうど50%で見込みを維持する多くの方法で束縛されます

視覚。箱は、任意の光から完全に保護されます。それは、ボトル装置を見つけるおよび破壊することから私を回避するためにあります。完全な暗さ。私は完全な暗さにいます。したがって、今、私は、自分アウトラインさえ見ることができません。恐らく、それは奇妙に思えます。暗さは私に私の体自体の存在について疑問を抱かせます

聴覚の知覚。恐らく、私が上に言及した理由から、完全な遮音は使用されます。私は、私自身の音声さえ聞くことができません。私はメカニズムを知りません。まず第1に、私は、何も見ることができないとともに、どのようにそれを調査することができますか。したがって、これは恐らく推測だけです、私の鼓膜はこの箱の中の包囲の前に破損されました、あるいは、ある特別の資料は箱の壁に使用されます

とにかく、光と音の保護であまりによい暗箱では、ちょうど用語が示すように、私の視覚的・聴覚の知覚は死んでいます

たかも一層の確認が必要かのように、私を極度に圧迫する巨大な疲労は私のための別の拘束物です。それらは努力から私を回避するために私にある種類の筋弛緩剤を与えたように見えます。私が同じ姿勢から変わることができないとともに、私の触覚はほとんど麻痺しています

光はありません。音はありません。匂いと味は信頼性が低い。触覚は不調にあります。私は操り人形に似ています。すべての五感は私のコントロールが不足しています。あまり残酷です。完全な拘束物。それらが睡眠薬を与えていた場合、私は望みます。私は、外傷のない苦悩にいると思います。私の生活(私の存在(自体))は完全に無視されます。そのような屈辱は私の正気を維持します。そのような屈辱けができます

自分の生および死をコントロールする権利は完全に奪われます。私はそのような状況を嫌います。私の生活の連続性の中核決定要素は完全に依存します、で、単独で、で、純粋な見込み。誰からでも完全に遠方に、意志があります。私は再びそれを嫌います。私はそれを嫌います!

なぜ私は、そのような箱で囲まれなければなりませんか。そのような途方もない箱では、なぜ私は、そのような完全な拘束物を備えた、生命不安および死にいなければなりませんか。

不合理です残酷です

私は孤独です。私は、中身がなく、水平に感じていますか。すすり泣かないようにすることが困難です?番号私の孤独はるかに深い。私は空間の海でいます。私は一人です。完全に孤独です。孤児として、私はこの無限の暗さに向けられました。私は絶対零度の中で震動しています

この箱に展望はありません。暗さだけがここにあります。私はボトルハンマーを感じることができません。私は壁、底および天井をまた感じることができません。それらはそこにあるに違いありません。しかし、私の五感がすべて奪われます。何もないように、私は感じます。それらのものがいくつかの意味を持っている一方。

正直に話して、私は、箱にいるかどうかそれほど分かりません。私は、私の姿が存在すると確信します。私は考えています。私は空想しています。それは証拠である、私の独自性を示すこと、呼ばれる、自我あるいは意識、あるいは心、固体ですしかし、独自性はありますか、本当に箱で囲まれる?それが別のスペースで浮かんでいることはありえますか。私はそのような疑問を除去することができません。

恐らく、私がここでであるものは、宇宙に結局浮かんでいるか、あるいはマリアナ海溝の底に横になっています。あるいは恐らくキラウエア火山の穴から下降して行くこと。

私には、箱(私を囲んで)がどのようにか知る方法がありません。私の感覚はすべて死んでいます。私は、ここに、箱の内部があるかどうか判断することができません。

私は、本当に生きているように、それに加えて、確かではありません。私には、そんな単純なものを確認する方法がありません。恐らく、50%の見込みは私を越えて既に通過しました。恐らく、私は既に死んでいます。私はまだ、恐らく生きています。浅くて、筋弛緩剤を注入された、呼吸する、弱い心臓の鼓動。あるいはそれらのすべての停止(単に去る肉大型丸薬)。

私は私自身の身体をコントロールする任意の能力を奪われます。誰が私の心が重大な活動を継続する身体に存在すると言うことができますか。五感は完全な暗さで毒されました。それらは感覚器として機能することができません。私は、真実を知る見込みがありません。恐らく、どんな推測も一人で作り上げられます。私を包む状況および自分独自性は恐らくプログラムされた回転プレーのコンポーネントです

私の存在に関して、私は振る舞いを決定することができません。私は、それを認めることを嫌いますしかし、私は変動の最中です

私は、誰かが私を見つけることができたらと思います。私は、誰かが箱を開くことができ私がいかがか言うことができた、らと思い、私がどういう人か決めることができました。私の内側にそうするのに十分な力はありません。私ができるのは孤独の中で震動し続けることです

もし神ならば、私は言うことができるでしょう「そこにさせる、軽い。」私は、それが不可能なことを知っていますしかし、私は、私がそのように言うことができたならばどれくらい素晴らしいだろうか思わざるをえません。

私自身の自由意志!それは、自分を取り巻くすべての変動を固定することができました!

同時に、切望は影を生産します。箱が開かれるなら、私は見つかり観察されましょう。その結果、私の姿は決定されるでしょう。実を言えば、私は決定を心配しているという事実から視線をそらすことができません。

一人で生きているか死んでいるかどうか判断することができませんが、私は死を恐れています。残念ながら、私は死者として決定します。私は受理することができません。まだ、私は感じることができません。私は特定の現象として死を想像することができません。恐らく、そのため、私は死を恐れています

いいえ、それは私に制限されるべきではありません。高潔なキング。致命的な殺害者。規則的な人々。すべての同じ。恐らく、悪い疾病の年上の人々あるいは患者は、十分に真実の死に近いある想像を持つことができました。しかし、それでも、死の特定の経験を知ることができません。

結局、死は圧倒する重要性を備えた最終仕向地です時間意識は絶対的な不可逆性を持っています。死にはさらに変更することができない完全無欠さがあります。それが儀式の通過点あるいは顕著な印象的な出来事でも。

私自身、ここの私の心はそうです、そのときは消えられるだろう、どれ、私がいかがかが決定されます。それらが生ぬるい水(私はその中で温度を感じることができない)から奪う場合、私は、大気に身をさらさないようにはすることができません。

私はそのような不可逆変化を恐れています。それは死の決定に制限されていません。さらに、非常に心配しているので、私は生きていて決定されます

自分現在存在は、無限ポイント上に立っている小さく小さな幻覚に似ています。それほど大きくない。それほど小さくない。それほど長くない。それほど短くない。拡張はありません。収縮はありません。ユニークな単一のポイントで立っていること。それは数学上正確です。私は、自分同一性に関する混乱があるそのようなポイントでとどまるゴーストのようなものです

ポイントは同時(ある位置で既存でない)に座標の飛行機ですべての位置で存在します。ある出来事が生じれば、その瞬間においては、それは、すべての地空(あたかも私の招待がバスから降りるかのように、出来事がその中で生じた)中の単一のポイントに私を集中させるでしょう。関係なしで。ポイントと私がものだったとしても。

幻覚(それはそのようなポイントでとどまった)は、等しい程度に対して、実際で霧のように消されているの可能性を持っています

さて、私はすべての配当通過時間の中で既存です。そして、私はすべての自然を持っています。同時に、私は孤独からそれを受けています、私はすべての自然から離れています。私は、誰かが私を見つけることができることを望みます。同時に、私は非常に心配しています、私はどこにいてそれ、私はその瞬間にいかがでしょうか。

私は原因と結果の法則から解放されました。私は常に永久に決定しません。

2011-09-07

ねこきもち

箱の中がすっかり暗くなってしまってから、もう随分と時間が経ちました。

入れられる以前に小耳に挟んだことなのですが、どうやらこの箱の中には猛毒の入った小瓶が置かれているそうです。小瓶は口を溶接されて密閉状態にあるものの、すぐ側には振り上げられたまま固定された金槌が設置されていて、その金槌とある時間がきた途端に振り下ろされるのだそうです

そのとある時間なる時がいつを指すのか、私には全くわかりません。いまこの瞬間にもその時が来ているのかもしれないし、あるいはもっと先のことだったり、考えたくないことではありますが、もう過ぎてしまったことだったりするのかもしれません。金槌は誰の影響を受けるでもなく、独立した一つの事象として、完全な確率五十パーセントで振り下ろされることになっているのです。小瓶は割れてしまうのかもしれないし、割れないままかもしれない。私は死んでしまうかもしれないし、生きたままいられるのかもしれない。

まったく、とんだ状況の中に押し込めてくれたものです

激しい憤りを覚えずにはいられません。私の生死という何よりもの大事項が、私はもとより誰からの手も離れて、唯一、五十パーセントなどという無機質極まりない確率だけに委ねられているなんて。ほとほと酷いにも程があるのではないのでしょうか。

加えて理不尽まりないことに、この五十パーセントという確率をより厳密なものにするために、箱に入れられた私には様々な枷が与えられたのです

例えば視覚について。小瓶と装置が見つかっては壊されかねないとのことから、箱には完璧な遮光が施されることになりました。完璧な暗闇。暗黒と呼んでも差し支えのない暗さが用意されたのです。よって私には、少し先の様子はもちろんのこと、私自身の輪郭さえ視認することができません。そこに本当に私の身体があるのかどうか、馬鹿げた話ではありますが、疑いすら持ち得てしまえる暗さなのです

また聴覚についても、同様の理由からか、自ら発した声さえ聞きとれない程に徹底した遮断が施されています。どのような原理が働いているのかは不明です。そもそもなにも見えないのですから、確認のしようがありません。ですから以下は推測になりますが、もしかしたらここに入れられる前に鼓膜を破られたのかもしれないし、あるいは箱を形成する外壁に特殊な吸音板が使用されているのかもしれません。

兎にも角にも、防音吸音共に優れすぎた暗い箱の中で、私の視覚聴覚は文字通り死んでしまっているのです

極めつけとばかりに、全身を支配する身じろぎひとつ取れない虚脱感もまた、私に与えられた枷のひとつでした。暴れないようにとの理由から、箱に入れられる際に何かしらの弛緩剤を投薬されたのでしょう。半ば強制的に同じ姿勢のまま横たわらねばならなくなったので、次第に皮膚感覚麻痺していきました。

何も見えないし聞こえない。嗅覚も味覚もあてにならない上に、触覚までも機能不全に陥った。つまるところ私は五感を全て支配されてしまった木偶のような有様を晒しているのです非情まりない状況です。これほどまでに不自由を徹底するくらいなら睡眠薬を投与してくれたらよかったのにと思わずはいられません。一つも外傷を与えられないまま生殺しにされている気分なのです。私という生命存在について、これ以上ないほどに蔑ろにされているという屈辱感が、辛うじて私の精神を狂わせず律してくれているのです

私は、私の生命を、その生き死にを決定する何よりも重大な決定権があからさまに奪われてしまっていることが憎い。生命の存続を決定づける要素というものが、たった一つ、誰から意図から独立した、純粋まりない確率にだけ寄っているという事実が、憎くて憎くて堪らないのです

どうして私はこんな箱の中に入れられなければならなかったのでしょう。こんな馬鹿げた箱の中で、徹底して自由を奪われたまま生死の恐怖に怯えなければならないのでしょう。

こんなに理不尽なことがあっていいのでしょうか。こんなに残酷なことがあっていいのでしょうか。

はいま、とても孤独です。胸にぽっかり穴が開いたとか、むせび泣いてしまうとか、そんな孤独よりももっと深淵にある、一面の虚空とでも言うべき孤独感にやられてしまっているのです。すごくすごく、ものすごくさびしいのです。独りぼっちのまま、永劫の暗黒に投げ出されてしまったものですから絶対零度にも等しい肌寒さに打ち震えることしかできないのです

箱の中からは一切の遠近感が失われています。暗黒だけが広がっていて、どこかにあるはずの小瓶と金槌は当然のごとく、箱の壁も底も天井も全て消えさってしまたかのようです。無論、実際にはそこにあるのでしょう。けれども、ありとあらゆる感覚器が閉ざされ麻痺してしまった私には、当然のようにそこにあるはずの物ども(実際にはそれ自体に何かしらの存在意義が与えられているはずなのに)が、ないも同然になってしまっているのです

正直に告白しましょう。私にはもう、箱の中に私がいるという前提にさえ自信が持てなくなってきています。確かに私というもの存在している。こうして取り留めもないことを考え、あるいは空想している私の自我ないし意識とか精神などと呼ばれている唯一性は確保されている。けれども、その唯一性が本当に箱の中に閉じ込められているのかどうか。本当はもっと違う、どこか異質な空間を漂っているのではないか。疑念を払拭し切ることができないのです

しかしたら、いまこうしてここにある私は、どこか遠く宇宙の果てを漂っているのかもしれませんし、マリアナ海溝の水底に横たわっているのかもしれない。あるいはキラウェア火山の火口からマントルの方向に向かって沈下しているのかもしれません。

私には私自身を覆う箱がどうなっているのか知る術がないし、五感が死んだままではここが箱の中なのかどうか判別がつかないのです

加えて、いまここにある私が本当に生きているのかどうか。そんなことさえも私には確認する方法が与えられていません。ともすれば私は、二分の一の確率をすでに通り過ぎてしまっているのかもしれないのですから。私はもう死んでしまっているのかもしれませんし、運良く生き残っているかもしれません。弛緩剤を打たれた身体で浅い呼吸と僅かな拍動を続けているのかもしれないし、その全てが停止したままだらんと横たわった肉塊になっているのかもしれません。

私は私自身の肉体を自由にできるだけの力を奪われてしまっているのです。私という思考が生命活動を続ける健全な肉体に宿っているなどと、一体誰が認めてくれるのでしょう。完璧な暗闇に毒された五感は、すでに感覚器としての意義を失くしています。私にはもう本当を確かめるだけの機会さえ与えられていないのです。ありとあらゆる想定は、もしかしたら私自身が作り出した捏造なのかもしれない。私を巡る様々な状況や、そもそもの私という唯一性についても、プログラムされたロールプレイにすぎないのかもしれない。

私という存在について、口惜しいことに、ゆらぎの只中にある私には振る舞い方を決めることができないのです

叶うことなら、誰かに私を見つけ出してほしいくらいです。私を閉じ込めた狭い箱をこじ開けて、私がどうなっているのかを観測して、私の有り様を決定して欲しい。私にはもうそれだけの力が残されていませんから。身動きも取れないまま、孤独に身を震わせ続けることしかできないのですから

全能の神であれば、光あれと呟くこともできることでしょう。無茶な願いだと承知のうえですが、そう告げることができたのならどんなによかっただろうと感じずにはいられません。

自身を巡るありとあらゆる不確定なゆらぎを自らの意思で確定できるなんて!

あこがれは、しかし一方で臆病な陰影を生み出すものです。箱が開かれ、私が見つけられて観測され、結果的に私の有り様が決まることについて、嘘偽りなく告白すると、確定されるいまに不安を感じていることから目を逸らすことができなくなるのです

生きているのか死んでいるのかさえも自分自身では確かめようのない私ではありますが、それでもやっぱり死ぬことは怖いのです。死んでいると決定してしまうことが生理的に恐ろしいのです。どうしても受け付けられない。きっとそれは私がまだ具体的な死という現象を体感することも想像することもできていないからなのでしょう。

いいえ、なにも私に限った話ではないのでしょう。人徳有望な仁君名君であっても、極悪非道殺戮者であっても、遍く存在する人畜無害一般人であっても、誰だってそうだろうと思うのです。年老いた人や、病床に伏せる難病患者であるのならば、もしかしたら限りなく近しい想像を働かせることが可能かもしれません。が、それでもやはり具体的な体験については一生不明なままだと思うのです

結局、死とはゆるがせにできない圧倒的な意味を持つ終着点だと思うのです時間というもの、あるいは意識というものが絶対的な不可逆性を有しているように、たとえそれが儀礼的な通過点や他に類を見ない印象深いイベントであったとしても、決して覆すことのできない絶対的な事柄に違いないのです

私は、いまここにある私という思考は、私を巡る様々な有り様が決まった瞬間にここから存在しなくなります。頭までどっぷりと浸かった、熱くも冷たくもない、温度を感じることのできない完璧ぬるま湯を抜かれてしまって、否応なしに外気に触れざるを得なくなってしまからです

そんな取り返しの付かない変化が恐ろしい。死んでいると決定づけられるだけに限らないのです。私にはもう、生きていると決まってしまうことさえ不安不安でたまらないことなのです

きっといまここにある私は、永遠とも感ぜられる点に留まった小さな小さな幻想のようなものなのでしょう。それ以上広がることもなければ縮まることもない、伸びることもなければ短くなることもない。拡散することも閉塞することもない、数学的に正しい唯一一点に留まったまま自己同一性勘違いしてしまった幽霊のような存在なのでしょう。

その点は、座標平面上の至る所に存在し、同時にとある一箇所には存在していないのです一心同体も同然となった私のことなんて気にも留めないで、ある特定の事象が起こった瞬間に、その事象が起こったありとあらゆる時空間の中のたった一つに、まるでバスから降ろすかのようにして私を収束させるのでしょう。

またそんな点に留まってしまった幻は、実物になる可能性も、霞となって消え去る可能性も平等に有している。

はいま、どんな時空間にも存在し、ありとあらゆる性質を有していながら、同時にどんな性質からも見放された孤独に苛まされています。誰かに見つけて欲しいと願う一方で、その時一体私がどこにいるのか、どのような姿になっているのかが不安でならないのです

因果の理から放たれてしまった私は、何時迄経っても不確定なままなのです

2011-09-03

人生】何一つ安定なんてない世の中で

こんにちは

今、この時代を生きてくことに関して。

国内だけじゃなく、世界的にも世の中不安定すぎて、

麻痺してきたこの頃だから改めて考えたい。

最近よく聞く「戦後最低」というのは

もう60年くらいも遡ることになるってことも忘れてた。

他にも、「ミリシーベルト」「ドル安円高」「格付け」「被災地」「政治不信

よく聞きすぎて本当の重要性を見失ってきた。

ゆとり世代平和暮らしてきた自分達は、

少しずつ変わってきた世の中の変化に対応できるだろうか。

それでもやっぱり今まで通り楽しく生きたいよね。

変わらないためには変わり続けるしかないんだと思います

やらなきゃいけないのは人の気持ちが集まるところに自分も向かっていく事。

学生会社員社長も、投資家公務員主婦も全体的にどこに向かっているのか。

その先に、人のためになることが待ってる。

次の問題はお金の話、やらしい話だけど現実的な範囲の収入がないと、

いつか人のためには動けなくなる。

生きていくには絶対にこの2つの流れを抑えておかなきゃいけない。

気持ちの流れを汲む訓練は学生時代に、

お金の流れを汲む訓練は社会人になってから

しかし今までやってきたことを、ただただ一生懸命やっていても、

いずれ日本の伝統文化のようにどんどん先細りになってしまう。

例えば20年後、好きな人と一緒に笑ってる姿を、

想像できないなんて悲しいよね。

から最後に大切になるのは変化し続ける覚悟。

自分にもまだない。

でも全ての変化は成長につながってる。

自分の中でひとつの揺るがない答えを胸に生きる。

今の世の中を生き抜くにはシンプルな方が良い。

きっとね。

2011-08-25

君達全員育ちが悪いのを自覚しよう

その友人は「ニート」っていうよりただの「チンピラ」だし

店の予約の件は「コミュニケーション能力で解決した」んじゃなくて「店に迷惑押し付けた」だけだよ


能力的に言っても凄くもなんともない

君達以外のみんなは、店がそういう対応することを思いつかないから・予測しないから・やらないのじゃなくて

思いついてもやらないだけです


他のエピソードも全部そうだけど

君がそのチンピラについて長所のように言ってる部分は

世間では単に「図々しい」「程度が低い」「たちが悪い」といいます


君自身も生まれ育ちが悪くて麻痺してるんだろうけど、

普通twitterアカウントが「友人」にばれたとこから恐喝されたりはしません

それは「あるあるトラブル」じゃなく、お前らだけの特殊なカルチャーです

http://anond.hatelabo.jp/20110825005739

2011-08-16

プログラマー資格制度

プログラムを理解させるには?ブックマークコメントを読んでいて。

ブックマークコメントの中に、「資格」とかのコメントがいくつかあった。

既に情報処理試験とかあって、いろんなIT系資格があるのだけど、プログラマーやってる人なら誰でも感づいているとは思うが、資格など何の役にもたたない、という事で。高度情報処理資格を持っているからと言って、プログラム(その他設計コンサル)が出来るとは限らず、逆に何の資格も持っていないのに、すばらしいプログラムをする人がいる。

まぁ、これら既存IT系資格にある一定の目安にはなるとは思うけれども、万能では無いのも確か。昨今の不況、ITバブル崩壊で、IT系資格資格手当が真っ先に削られたのも、記憶に新しい(弊社だけかもしれないが)。

雇う外注ソフトハウスから派遣されて来た人など、だいたい15分も話せば、どのくらい出来るか、使えるかは判断出来る。これは資格では計れないものだ。

仮に、弁護士行政書士医師など、士制や免許制はどうだろうか?

やはり、使える弁護士がいると思いきや、藪医者もいるわけで。

車の免許はどうだろう?

交通事故は起きるし、無免許運転ははびこっている。

プログラマーはどうだろうか?

例えばトイレ。水を流すのに、最近トイレは、リモコンスイッチを押すと水が流れるが、あれ、プログラムだよね。

例えば炊飯器。米と水を入れて、スイッチを押せば、ご飯が炊きあがるが、これもプログラムだ。

車。ハイブリットや低燃費車が走っているが、あれは電子制御で動いている。

飛行機最近航空機は油圧では無く、フライバイワイヤーだ。

ロケットアポロファミコンにも劣るコンピュータで月まで行ったが、プログラムだ。

先日の中国の高速鉄道事故も、ATCプログラムミス(?)による事故だ。

先日の$oftbank携帯の通信障害は、故意に仕組まれた通信障害だった。

どこにでもプログラムは入り込んでいるし、そのプログラムによって、便利になっている反面、人命をも奪い、都市機能麻痺させる事も出来る。

にもかかわらず、「資格」「免許」無し。

なんでだろう?

介護について考えてみよう。

ヘルパー資格介護士とかいろんな資格が必要だが、世間一般的には、ワーキングプア、もしくはそれに近い悲鳴が聞こえてくる。

なんでだろう?

資格免許を持っていても、それが収入時間に反映されないいい例だと思う。

プログラマー」「SE」と名乗るのは簡単だ。「漫画家」「小説家」と名乗るのと同じように。なんだったら、名刺名前の上にそういう肩書きを書いておけば、「プログラマー」であり「SEである

漫画家小説家と違うのは、漫画家小説家は「売れなければただの無職」という事だ。あっという間に食えなくなる。自分アシスタントをやっていたし。アシスタントでは、ちょっと食っていけなかった(アシスタント作家自身は違うが、それなりに間近で見てはいるわけで)。

プログラマーSEがそうならないのは何故だろう?

誰かがリカバリーしてしまから、では無かろうか。

プログラマーSEが個人事業種の人達だったら、その通りになるだろうけど、多分、半分以上の技術者は、どこぞの会社所属しているサラリーマンだと思う。もちろん、これはこれでメリットがある。営業や経理・総務・庶務等が他の人に分担されている事や、会社などの福利厚生も使えるから

逆に「金の切れ目が縁の切れ目」が使いにくいというのがある。同僚が失敗したり行方不明自殺等というのはこの業界日常茶飯事だが、そのリカバリーは必ず誰かがやらなければならない。そして不思議な事に、それをやる人間は決まっている。失敗したマンガ小説を他の作家リカバリーする、というのはあり得ないのにね。

資格制度免許制度が万能とは言わないが、有効かどうかと言われると、自分には判断出来ない。しかし、前述したとおり、非常にクリティカルなモノを作る場合も有り、無資格なのはそれはどうだろうか?とも思う。

プログラマーSEミスすれば、都市機能麻痺し、人が死に、医療器具が動作せず、電力が起きず、このインターネットすら動かない。TVラジオダメ第1次産業以外のほとんどが停止する事になる。

そんなクリティカル仕事なのに、この士農工商穢多非人非人のような扱いを受けるのは何故なんだろうか?

経営者管理からみれば、次から次へとターゲットが蛆のように沸いて出てくる職業であり、使えるだけ使って、あとは使い捨て、という業界だし。

一度、プログラマーSE自分のやっている仕事がどういう事なのか、考えてみた方が良いのでは無いだろうか?

考える事は出来ると思うよ? だって、「完全動作する事を常に考えている」のだから。それが過失・故意にでも動かなかった場合、どういう事になるかは、簡単に想像出来るよね。

絵描き小説書きや楽器演奏作曲は、小学校の頃、学校で習うから、分かると思うんだけど、【今の現役世代以上】のプログラマーSEは、小学校で習わなかった。この差が非常に大きいのだと思う。

どんな無能経営者無能管理だって、「自分が絵を描けない・難しい」というのは、自分で分かる。なぜなら、義務教育時代にやっていたから。ところがプログラミングSEはどうか。やってないから分からない、わけだ。

あと、拍車をかけているのが、どこかが発表している「情報技術者何万人不足」という発表。この時点で「質」が考えられていない。そこへ、程度の低い派遣業が入り込んで、エライ事になる。そもそも派遣とは、受け側に技術が無いからその手助けに赴くものであって、人身売買では無い。先日も弊社で「組み込み系の低いレイヤーの部分を作るC言語(かなりアセンブラ寄り)が出来る技術者」を要求したのに、実際ソフトハウスから派遣されてきた人間は「C言語ポインタという概念も知らない」技術者だった(どうやら、Windows統合開発環境上においてC#だったら使える、というレベルだったようだ)。もちろん、そんな人員を使えるわけ無いのでその場でお引き取りを願った。こういう、「質」や「ベクトル」に関係無く「頭数」だけでどうにかなると思っている奴らが非常に多い。日本の(少なくとも情報系)派遣や客先常駐の考え方は、間違っていると思う。

そう考えると、ある一定の基準として、質やベクトルを明記する必要はあるのかもしれない、と思う。それが労働時間賃金に反映されるかどうかは分からないが。

2011-08-12

人の気持ちを考える力が足りないデジタルネイティブ

Twitterで他人の動向を書くのは注意したほうがいい - ARTIFACT@ハテナ系

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20110811/twitterother

こういう指摘はTwitter以前の昔からあったと思うけど、今さら「気をつけよう」とか「今まで考えたこともなかった」っていう感覚なのが信じられない。この業界でわりと名前が知られてる人も含めて、自分の周りにも結構いる。というか、ほとんどがそう。

「誰と会った」とか「こういう話をした」っていうことがなんでプライバシーに思えないのかっていうのは、結局似たようなクラスタだけで繋がっているからなんだと思う。そういう文化を許容し合える人間とばかり繋がっているから何も違和感を感じない。デジタルネイティブからちょっと外れたところの人からすれば、無断で撮った人の写真を無断で公に晒すとかあり得ない感覚なんだけど、そういうことを疑問と思えない人間とばかり付き合っているといつの間にか麻痺して、それが当たり前になる。ストリートビューと同じ感覚。「その考え方、古いよ」って一蹴されてしまう。

数年前にあった、トップページ以外にリンクを貼るなっていう騒動にもちょっと似てる。「自分たちの常識ネット時代の常識=世の中の新しい常識」と思っている人間が多すぎる。サービスに人の気持ちを考える想像力が足りない人たちの同調圧力蔓延していることが、「非デジタルネイティブの人たち」との壁を作っているんだと思う。

(2011. 8.13 追記)

ブクマコメントに反応すると、

b:id:kana-kana_ceo 「どうして、それを公開してはならないのか、論理的な説明が必要かもしれません。」

・・・っていうけど・・・いや・・・状況にもよるけど、たぶん、公開してはいけない論理的な理由を相手に求めたり、説明の必要が出てくる時点で「ズレてる」んだと思う。おそらくデジタルネイティブじゃない大半の人は「なんとなくイヤ」ってことでしか答えられない。自分がそれで損を被るとか、都合が悪いとかじゃなくて、自分の行動を公開してもらうことにメリットを感じることができない人が世の中は大半だっていう意識が足りないと思う。「なんでここだけで共有した楽しい時間を他の人と共有する必要があるの?」って感覚が理解できないのは、デジタル云々というより、なんか根本的に論点が違う気がする。その説明が必要なら、なぜ他人の行動を公開するのかを論理的に説明する方が先になるでしょう。

自分ネットに公開されても恥ずかしくない生き方してるし、そうじゃない人とは付き合わないから問題ない」とか、そういう話じゃないんだ。世の中、普通に生きてたって自分の行動が知られると都合が悪くなる人もいるし、それを断りもなく晒されれば気持ちよくない人もいるんだって話でしょう。そこに「なんでなの?何の都合が悪いの?」とか理由を求めちゃう時点で何か大事ものが欠けてる気がするよ。

2011-06-25

消毒しましょ!ションベンで

認識させる様な文章は芸風では無く、反論を書きずらくするための自己防衛

罵倒をするのは相手の思考を麻痺させるため

叩く対象を作るのは、単に叩かれている事を喜ぶ人が多いか

一部の矛盾点を指摘すると、重要な部分が置き去りであっても論理的に反論している様に見える錯覚

 

結論としては自分の土俵を用意して、人の褌で相撲を取っているだけな人にしか見えない

 

 

フツーーーーーの人間ならば当然に感じとれる筈の「ライブドア事件は粉飾なのか」に対する疑問点w - 消毒しましょ!

http://d.hatena.ne.jp/AntiSeptic/20110623/p1

2011-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20110613234511

あの年ごろの子どもは「野獣」と「人間」の境目にいるからな。

やったことがやられた相手のその後の精神人生に深刻な影響を与えるかなんて考えられるほど大人でもない。

やられた方はあれ多分一生のトラウマになる。きっと「修学旅行」という文字を見かける度に思い出す。

救いはちゃんと反撃してること。これができない子だと自分自身を責めてしまいがち。

>「こんなのでいじめ?w」

そういう奴らは感覚麻痺してる。1VS1はタイマン 1VS多数は「いじめ

こういうので笑おうという風潮が出てきたのはTVの一部芸人達の影響もあるかもしれない。

2011-06-13

http://anond.hatelabo.jp/20110613094743

耐性で麻痺したクズ

レイプ

いじめ

をするんだろうな

人の気持の痛みがわからない無敵な俺w

これみてちょっと思ったことを吐き捨てていこう。

まず一点、いじめレイプについては単純な暴力衝動(相手が嫌がる、痛がることが重要であることがある。

この場合、人の痛みが判らないのではない、わかったうえでそれを楽しむのだ。

勘違いしてはいけないし、これらこそが真性のクズ


もう一つは、自分被害者だと設定する奴。

愚鈍な奴がいるために、おれが被害を被っているなどと考える人で、将来的に家庭を持てば間違いなくDVに発展する。

これは沢山いる。

いじめについて、擁護が絶えないのはそのためで、当人的には加害者ではないのだから、批判を受け入れられない。


あえて書くが、「耐性で麻痺したクズ」は、きっと人畜無害だよ。

他人に害を加える理由が発生しないからね。

http://anond.hatelabo.jp/20110613090445

耐性で麻痺したクズ

レイプ

いじめ

をするんだろうな

人の気持の痛みがわからない無敵な俺w

2011-06-06

不信任案が否決される。

自民党的なモノを否定して政権についた身にとっては、自殺行為であるという事に、気がつかなかったようである

政権議席は維持できたが、民意はいっそう離れたわけで、首相の首を挿げ替えたとしても、たらい回ししかない。政権担当能力が無いという事については、なんら変わっていないわけで、次の首相が誰になったとしても、国民の支持は集まらない。衆議院3分の2が使えなくなった以上、参議院の過半数を取る為に公明党との連立・連携が必要となる。次の民主党代表は、公明党に指名権があるという状態になったわけである

野党の出した不信任案に乗じるのは党人としていかがなものかという理屈を通した為に、野党、それも、Casting voteを握っているだけの弱小勢力に党代表の指名権を握られるというのは、本末転倒である。この点においては、自民党よりも愚かだと断言できる。

支持無き政権がどうせ不人気ならばと、消費税の引き上げをやらかすようである社会主義政権特有の所得の再分配政策であり、富の生産が無ければ分配すべき富自体がなくなっていくという現実を食い止めるどころか、加速させるだけとなるであろう。

この内閣不信任案によって、菅内閣だけでなく、民主党自身がlame duckである事が、明白となったわけである

残り任期lame duckとして過ごすというのは、日本の政治がその期間、麻痺したままとなるという事である

国民の支持を失った政党任期一杯まで居座るという現象を防ぐ為に、国会議員に対するリコール制度が必用であるという認識が広がった事が、民主党政権についた事によって生じた、唯一の良い事である

2011-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20110604195534

トラウマか…

しかしたらそうなのかもしれない

私も相手の事全て知ってる訳ではなかったし私がもっと気遣うべきだった部分はある

から見たらとても恵まれた境遇の人だったけど

恵まれ過ぎてて与えられる事への感覚麻痺しているのかもしれないなとも思った

2011-06-03

不信任案が否決される。

自民党的なモノを否定して政権についた身にとっては、自殺行為であるという事に、気がつかなかったようである

政権議席は維持できたが、民意はいっそう離れたわけで、首相の首を挿げ替えたとしても、たらい回ししかない。政権担当能力が無いという事については、なんら変わっていないわけで、次の首相が誰になったとしても、国民の支持は集まらない。衆議院3分の2が使えなくなった以上、参議院の過半数を取る為に公明党との連立・連携が必要となる。次の民主党代表は、公明党に指名権があるという状態になったわけである

野党の出した不信任案に乗じるのは党人としていかがなものかという理屈を通した為に、野党、それも、Casting voteを握っているだけの弱小勢力に党代表の指名権を握られるというのは、本末転倒である。この点においては、自民党よりも愚かだと断言できる。

支持無き政権がどうせ不人気ならばと、消費税の引き上げをやらかすようである社会主義政権特有の所得の再分配政策であり、富の生産が無ければ分配すべき富自体がなくなっていくという現実を食い止めるどころか、加速させるだけとなるであろう。

この内閣不信任案によって、菅内閣だけでなく、民主党自身がlame duckである事が、明白となったわけである

残り任期lame duckとして過ごすというのは、日本の政治がその期間、麻痺したままとなるという事である

国民の支持を失った政党任期一杯まで居座るという現象を防ぐ為に、国会議員に対するリコール制度が必用であるという認識が広がった事が、民主党政権についた事によって生じた、唯一の良い事である

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