はてなキーワード: 子宝とは
と言ってみたけど彼女はまだ12歳だし統合失調発症してるわけでもない。毎日しょーもないことで「ママのせいで…」と恨まれるのがキツイ。くらいの意味だ。
昨晩寝る前に娘が泣きながら抱きついてきた。
めずらしいことだ。
「ママと仲良しできなくて悲しい」
とシクシク泣かれた。
とりあえず
と言ってぎゅっと抱きしめた。
ほんのりとうんちの臭いがして
「ああ、シャワー浴びて欲しいな…」
と思ったけど、夜もとっぷり更けてたので舌かんで耐えた。
「アレした?これは何?」
と責め口調になりがちで
子供を生む前は
息子だったら
鬱陶しいと邪険にしそうで
怖かった。
「男は嫌いだ」
が、
20歳を過ぎて一人暮らしを始めたら、人恋しい気持ちに流されて、なりにイイ人だけど結婚相手とは思えない相手ばかりと恋愛ごっこをしながら30代になった。
「このままではアカンやろ」と婚活して頭のイイ経済力のある誠実な相手を見つけて半年でデキちゃった婚に漕ぎつけた。
ギリギリセーフで子宝にも恵まれた私はとてもラッキーだ。神様に感謝せなアカンな。と思っている。
宗教は嫌いだけど。
娘が生まれた時は
「何かとムツカシそうな男児じゃなくてよかったー。」
と思った。
が、
娘は眠らなかった。いわゆるかんの虫が強い赤ん坊だった。
常に抱っこしてないとダメ。
昼寝も2歳位にはしなくなった。
寝付きが悪く、夜中に泣き叫んで起きる。
午前1時、3時、5時のいずれかに起こされる日々が8歳くらいまで続いたお陰様で、夜驚がない平和な夜でも私は2時間おきに目が醒める体になった。
けど、夜中に目が醒める睡眠障害な体が健全なリズムを回復したのはホントに極最近の話だ。
「いつ怒号が響き渡るのか」
と身構えてた。
と我ながら感心するが、脳が破壊されたのをひしと実感する。
自殺願望や絶望はしてないがイライラするしネットびたりで現実逃避してる自分ははっきり言ってうつだと思う。
娘と喧嘩するようになったのは、彼女が4歳になって息子が生まれた頃からだ。
男児は弱い
育てるのが大変
という先入観があった。
娘は予定日よりも2週間近く遅くデカくて難産だったが息子は1週間前にちっちゃく生まれてお産がラクだった。
娘の時には産後2−3週間は立つだけで息が切れる程消耗したが、息子の時は
え?ホントに?
ってくらいラクで、3日めには家の掃除ができるくらいには回復してた。
「もしかして…
娘はめちゃくちゃ難しい子供だったのかも」
と思うようになった。
娘に比べると息子は一人で放っておいても平気な赤ちゃんだった。
「常に抱っこしなきゃ」
という焦りがないことがこんなにラクだとは。。。
と衝撃だった。
となると
一時が万事きーきー泣く娘に
何でそんなことで。。。
先月娘は12歳になったが今でも時々パンツにウンスジをつける。
拭き忘れた
というレベルではない。
べったりとうんちで汚れたパンツを洗うのは私だ。
幼い頃は
と促すと
と彼女は怒った。
「臭いな。。。」
と私が気づく前にパンツを変えるようにはなったが。。。
丸めて洗濯かごに突っ込むので、うんちに気づかずそのまま洗濯機に放り込んで干す時にパンツにうんちがついたままで洗濯し直しということが何回かあった。
「できたら自分で手洗いして欲しいけど、無理ならせめてバケツに入れておいてくれないと洗濯機だけではうんちはキレイに落ちない」
と頼んだら、1回だけ自分で洗ってくれたが、その後は汚れたパンツがバケツに放り込まれるようになった。
自分も不安が強くIBS(男性は下痢、女性は便秘と症状に性差がある)な旦那は彼女の気持ちがよく分かるらしい。
羞恥心が強い余り自分に否があることを指摘されることに怒りを感じる
うんちを指摘されるなんてもってのほか
だそうだ。
確かに引っ込み思案で恥ずかしがり屋な子供だったかもしれない。
が、ステージでダンスをしたり学校の初日もやる気満々で臨んでいた。
そこまで人見知りで困ることもなかった。
が、一度
「ダメだ」
「できない」
と言えず、嫌なことを無理にやらされて拒絶反応になるらしい。
泳ぎだけは早く覚えて欲しかったので嫌がられるのは困った。
注射が大嫌いで定期検診も全力で嫌がる。
「今やっとかないと大人になってから受けても効果が薄いですよ。」
と医者に説得されて受けさせることを承諾した。すごく痛かったらしい。3−4日痛い痛いと文句を言われた。この調子では旦那がアイスクリームか有料アプリで釣って連れて行くことになるのだろう。私はやらなければならないことを甘いもので釣ってやらせるのが嫌いなのでいつもバトルになる。
彼女のために
と思ってやらせることを「ものすごくイヤだ」オーラ全開で拒絶されると私もムカついて
と怒鳴ってしまう。
息子は何でもオッケーなイージーモードで
「言いなさい。」と教えてもないのに
「御願い」
「礼儀正しく」と躾けるのは趣味に合わなかったので娘の時には何も言わなかったら、彼女は「ありがとう」も「御願い」も言わない娘になった。「何で私の〇〇がないの?」「誰も私の〇〇を持ってきてくれない」等と彼女の前で誰がそんな話し方をしてるわけでもないのに常に非難がましいのもムカつく所以だ。給食のおばちゃんにも意地悪をされたらしい。「ありがとうございます」とちゃんと言えないからではないだろうか。。。と思い、それを聞いてからは事ある毎に
「『ありがとう』は?」
と促すようにした。
彼女が事更に
とか
とか言っても
「口先だけじゃなかろうか。。。」
と常に疑ってしまう。
娘には注意欠陥や学習障害の傾向もあるのだろう。
診断されるほど顕著ではないが
他人の話を聞いてない
理解してない
ということが多い。
息子は
宿題も、
「え?!もう、終わったの?!」
となる日も珠にあるというのに、ダラダラ終わらない日の地獄が壮絶を極める。
「これ分からない」
と質問するくせに教えると
「そんなこと習ってない」
と怒る。地団駄を踏んで泣き叫ぶ。
なのは分かっていたが、私には毎日同じ時間にご飯を食べさせて寝かせることが難しかった。
家族に予定を事前に一々言葉で伝えることも億劫だった。努力して改善を目指したが今でもキツイ。
娘の友達が遊びに来た時
と無邪気に聞かれて衝撃を受けた。
娘は
「そんなこと聞いてない」
「今日の予定は何?」
と聞くことは全くなかった。
旅行の時にはトラブルが予測されたので細心の注意を払い、予定を紙に書いて伝えた。が、無駄だった。
移動の度に
「そんなこと聞いてない」
と怒られる2週間は地獄だった。
子供たちの中では今となっては良い思い出となっているのか
「また行きたいね」
と言われるが
と誓った私の心のもやもやは中々晴れない。
夜寝るのも嫌がった。
風呂に入るのも嫌がった。
外出するものバトルだった。
一々
「服を着て」
「靴下履いて」
「かばんはどこ?」
「靴はいて」
と指示しないと何もしない。
息子が3歳になる頃には、私が娘と外出前のバトルに興じている間に彼は一人で服を着て靴を履いて玄関で待機していた。
彼にはできる
「次は何をする」
という「予測」が娘には何故できないのかとイラ立ちが募るようになった。
頭では分かるのだ。
痴呆老人が、
「全てを忘れてしまった」
ことにおののき攻撃的な言動に出るように、娘も自分の注意欠陥傾向にうすうす感づいている。
と他責するのも、私に甘えられるからだ。と頭では分かっていても、怒鳴られるのはキツイ。
怒鳴り返す衝動を抑えようと頑張っても邪険な反応をしてしまう。
最初は耐えてても最終的には怒鳴り合いに進展することも頻繁だ。
昨晩シクシク泣いてたのは
と聞いたら、娘は2−3年前の喧嘩を思い出して罪悪感を感じたから
みたいなことを言った。
いつものようにくだらないことでものすごい喧嘩をしたことは何となく覚えているが詳細は忘れてしまったその事件は
娘が楽しみにしていたケーキを食べようとしていたら私の手があたってケーキが床に落ちてしまったみたいなことで始まった。
多分最初は泣きわめく娘に
「ごめんね。もう一つ買ってこよう。」みたいなことを言って場をおさめようとしたのだと思う。が、いつまでも泣き叫ぶ彼女に最終的には私がぶちキレる修羅場となり娘は
みたいなことを言ったらしい。
「本当はそんなこと思ってなかったのに。。。」
…
「失敗」だったのではないか
と今でも思う。
息子は4歳になるまで
保育所に入れなかった。
自覚は薄かったが、今から思うと、娘の時には、とにかく彼女から離れないとやってられない。くらい切羽詰まってた。
息子が生まれてからもキツイことはキツかった。彼には八つ当たりもした。
娘に手を出したら只でさえ手のつけられない癇癪が修羅場に発展すると思うと絶対に手を出せなかった。が、息子は立ち直りの早い「簡単な」やつだ。という甘えからべしべし頭を叩いた。息子には何回も
「ママはヒドイことをした。すまない。」
と謝っているが
「ママは昔僕の頭を叩いたね。本気でべしっとやったよね。スゴく痛かった」
と息子からは事ある毎に言われる。
息子が生まれてから気持ち的にはどんどん余裕がなくなって暴力的な衝動を抑えられなくなってはいったが、娘の時に感じた
「とにかく赤子と離れなければおちおちトイレにも行けやしない。」
という追い詰められた感はなかった。
物怖じせず社交的な息子なら2歳児保育でも全くオッケーだったと思う。
が、娘は毎朝泣いた。
お弁当直後にお迎えに行くとなりに楽しそうに遊んではいたが、居残りさせるとしばしばうんちのついたおむつでお昼寝させられていた。
最初はちゃんとトイレに行かせてくれてたけどそのうち寝たくないが為トイレで長居するのだと見破られたようだ。そんな託児所に預けるのは気が引けたが徒歩で行けるのはそこだけだった。
カーシートで泣き叫ぶ娘を車に乗せることが苦痛だった。
彼女が分離不安の強い赤ん坊だということは分かっていた。寝付きの悪い娘はおっぱいがないと眠らなかった。寝たかと思って離れると泣き叫んだ。赤子ながら彼女に「ワシのおっぱいはどこや?口の中にあったはずなのに、どこへやってくれたんや?ごるらあ。」と怒られてる気分だった。
常に抱っこしていないと怒られるストレスから逃れる為に私は彼女を納得できない託児所に置き去りにした。
何かを恐れる心はその恐怖を現実のモノにする。とどこかで読んだ。
怒られるのがコワイ娘が、他者をイラ立たせ理不尽に怒られる不遇に遭わないためにも
仲良くしなきゃダメだ。と思った。
うんち我慢しないで欲しい(切実)。シャワーも毎日浴びて欲しい。1年くらい後にはきっと朝晩2回シャワー浴びるようになって、お願いだからそんなにお水使わないで。。。となるのだろうが。。。
昔からルーズでヘラヘラしてたけど、愛されキャラって言うの?叱られつつも気に入られる魅力的な奴だった。
大学で会って、研究室も隣で、毎晩のように学食で蕎麦すすっては肩組んで俺の部屋に帰り雑魚寝する大の仲良しだった。
就職してからはお互い会うことも随分減ったけど、年に5回程度、安居酒屋で呑んでは〆の蕎麦屋に繰り出し、やっぱり肩組んで俺の家に縺れ込んでは呆れた妻に2人一緒に締め出される仲だった。
4、5年前に、デートをすっぽかし過ぎて彼女に振られた〜つって泣くから、俺の妹の友人って子を紹介した。どうせ彼女の二の舞さだとか笑ってたのに、ハイスペ美人で超真面目なその子と、ゆるゆるルーズで適当なそいつは妙にウマがあったらしく、紹介した一年後には結婚までしやがった。ご祝賀に幾ら払ったと思ってんだこの野郎。
お互い結婚してから、俺も子宝に恵まれて、こりゃあ前みたいに呑みには行けねえななんて笑ってはいたけど、やっぱり半年に一回程度はおんなじように飲んで、おんなじように蕎麦啜って、俺ん家に帰宅しては、娘に足でつつかれてた。
ちょうどそのぐらいの頃だったか、変な咳するようになってて、心配だからテメェ病院行けよとかいうんだけども「うんうん」頷くものの次会った時に聞くと行ってないってのの繰り返しで
奥さんも痺れを切らして無理矢理病院に連行したときには、結構進行してた。
とは言っても、ガンなんて最早死ぬ病気ではないから、通院して抗がん剤治療、仕事も暫く休職して、目処が立ったら復帰ってことに決まって、まあまあ良かっためでたしめでたしって予定だったのに
あいつ、病院にちゃんと行ってなかったんだと。医者も困り果ててて、治るものも治りませんからね!とかちょっとばかしキレてたらしい。俺はそいつの奥さんに呼ばれて説教しに会いに行ったのに、病室で痩せ細って、ガン独特の匂いのするあいつに会って落ち込んじゃった。
ADHDってのも考慮して、もう入院。手術します。治るまで退院させません。とか取り決めて、じゃあ頑張れよ、とあいつには言って、偶々あったそいつの主治医に謝って、奥さんにも「とんでもねえやつ紹介しちゃんてすみませんね」と誤って「ほんとに💢」と横腹に軽いパンチ食らって帰ってきて、心配で堪らなくて寝れなかった。
うちの妻に「死んじゃったらどーしよう」とか柄にもなく泣きついて、妻はやっぱり呆れて「○ちゃんの方が可愛そうだべさ」と憤慨していた。
それからね、早いもんだな。
すぐ逝っちゃった。ちゃんと抗がん剤治療受ければ治るって言われてたのにな。
なーんで、ちゃんと出来ないんだか。いっつもあいつを叱ってたんだよ。レポートの締め切り明日だけどやったか?今日の宿題持ってきた?卒論書いてる?就活してる?つって。せっついてせっついて漸く人並みに持ち上げてやってたの。
頭いいやつだったよ。結局勉強しなかったわ〜とかヘラヘラしてやってきて、余裕の最高得点。就職するって言い出した時も、先生達が慌てて「君は博士課程に行くべきだ」と説得しに来たぐらい。
誰にでも好かれてて、気前が良くて、裏表もなく正直で、自分にも甘い分他人にも甘い。だから一緒にいて疲れなかった。あのぐらいの年頃だと、みんなギラついちゃってて、何人とヤッたとか、いくら稼いだとか、社名を出せば余裕wなんつってエリートの俺様やってた中で、ほんわかヘラヘラしてるあいつは癒しだった。
ちゃんと面倒見てれば良かった。毎日LINEで病院行ったか聞いて、既読がつかなきゃ電話して、電話にできなきゃ家まで凸して首根っこ掴んで連れて行きゃよかった。自分の面倒は自分で、とかいうけどさ、それが出来ねえ奴もいるんだよな。自分の面倒も見切れない奴は死ねだとか、そんなこと俺には言えねえよ。自業自得なのは俺だ。奴が死んで悲しいのは俺だった。
愛されて、せっつかれて、叱られて心配されながら先に逝けて羨ましいよ。最後までずるい奴だった。
俺が後悔してる以上に、奥さんが後悔してんだよ。テメェはまた無責任にお腹に子供残して死ぬんだから。世話ねえよホント。
葬式で声もかけられなかった。ずっと泣いてたし、ごめんねごめんねって謝っててさ。謝るのはあいつの方だよな。自己管理もできない甘ちゃんが悪いのにな。どうしようもない奴紹介しやがってって妹にはどつかれた。
死んでもう二年経つけど、未だに蕎麦食えねんだよ。死んだのは冬だったけどさ、夏になると蕎麦食えねえせいで思い出すの。マジでくだらねえよ。ほんと、どうしようもない奴だった。
でも、惜しい奴を亡くした。
悔しい。
テメェのせいで今年も最悪の夏だ。
Instagramではよく妊活に関するエッセイコミックを書く人がいる。
私も子供が欲しいから、そういった投稿を見て共感したり、ときには一緒に哀しんだり喜んだりしている。
でも、そうやって共感できるのは
同じステージにいる仲間に対してだけなのかもしれないなぁと思った。
5年余り、原因不明の不妊治療をしていて、少し前からは体外受精も始めている。
長く子供ができなくて踏ん切りがつかないので、最終段階まで進んだ形だ。
そんな中、
「ずっと子供が欲しかった」というInstagram(&ブログ)の投稿を見た。
そのインスタグラマーには元々好感を持っていたし、他の妊活コミックエッセイを読むのと同じ気持ちで読み進めていった。
その人は「妊活」といっても、
その程度の期間で、
きっと、そんなタイトルでなければ
私の心はこんなに波たたなかっただろう。
私だってそうだけれども?
妊活漫画と言うけれども、産婦人科に行って人工授精ですらやってない程度。
そりゃあ、子供が欲しい人にとっては
毎度生理が来るたび悲しい思いをするんだから、その悲しみにチャレンジ期間の長短やステップは関係ないよね。
その時辛かった気持ちは、本物だよね。
それは、わかっている。
何年も何年も治療しても、
その幸福を得られていない私たちの気持ちを、考えたことはあるんでしょうか。
考えていたら、そんなタイトルつけないよね。
私を含め妊活中の人は、このエッセイには好感を持てず、コメントする気にはなれないんだと思う。
大きな声で「辛かったんです」と言っているのだ。
私は正直、読まなきゃよかったと思ったよ。
自分と同じように苦労して、
ようやくたどり着いた妊娠出産なら、微笑ましい気持ちで読めたと思う。
タイトルが、そういった苦節を感じられるようなものだったんだもの。
でも実際は想定と異なり、私は苦い思いを抱えてしまっている。
乗り越えてきたと思ったんだけどな…
まさか、妊活期間の違い・ステップの違いで、自分の中でこんな反発が生まれるとは思っていなかったよ。
ただ、今回こういった地雷原を
自分が抱えていると言うことを知れたのは、不幸中の幸いだったね。
今後は、こういった地雷を踏まないようにSNSも活用していくわ。
母になった人たちに対する醜い感情は乗り越えたと伝えていた夫には言いたくないし、
当然親にも、友人にも、
吐き出せないから、この場でぼやかせて頂きました。
子供が来てくれないんだと言われたら、ほんとそれまでだよね…
私には大好きな彼氏が居た
大好きな彼氏のTwitterの裏垢を発見したのは9年前の今頃の事だった
裏垢には、パパ活(援交)アカウント、女のニコ生主、女のFC2ライブ配信者、エロコスプレイヤーなどがフォローされていた
それもショックだったが、何よりショックだったのが
「俺は元カノを忘れられないまま、今の彼女に何食わぬ笑顔を見せていて本当にダメ人間だ。こんなんじゃ元カノに叱られる。まあ、もう顔も見たくないと言われているのだが…」という内容のツイートだった
これを見て、当時の私は「どんなにダイエットやおしゃれ頑張っても、何をしても元カノさんには一生勝てない存在なんだ」と考え、次にでてきた考えが「私も過去の女になれば一生忘れられない、元カノさんと同じ土俵に立てる」というものだった。
それから数ヶ月後、「他に好きな人が出来たからさようなら」と告げ、彼氏にとっての過去の女となった。
それから数年後…
その後に出来た彼氏とうまくいかないと、元彼のネトスト行為をするようになった
だが、元彼のアカウントと親密にしている謎の女性アカウントがある
会話を辿ってみると、元彼が忘れられない元カノさんのアカウントであることがわかった
私とすごく趣味も似ていて、同じ精神障害を持っていることもわかった
私もサブ垢を作って、当事者の仲間的な匂いを醸しつつ何度かf外失リプをし、すぐに相互フォロー
さらに言うと元彼にも他人を装いリプしまくり相互フォローになった
今となってはこんな関係だ
私→【リプライするけどたまにスルーされる関係】→元彼→【リプライするけどよくスルーされる関係】→元カノ→【お互い助け合い、愚痴り合い、趣味そっくりな仲良しの関係】→私
こんな事になるとは思わなかった
こんな回り道をするくらいなら元彼捨てずに元カノさんと仲良くやってれば良かったかなと思う時もある
子宝に恵まれて、新築一戸建てもローンで立ててさ…幸せそうだもん
でも、元彼は未だに援交してるしエロ配信者の配信見てるし、コロナで会社近くのホテルに止まらされてた時も大人の関係のパパ活してたみたいだから
それらを受容できるほど私は出来た人間じゃないから、今の一人ぼっちでもいいんだ
元カノさんいるし
小島秀夫も絶賛していたらしい、スウェーデンの映画『ボーダー (Gräns)』
取り替え子 (Changeling)・・・トロールなどの子どもと人間の子どもが交換されるヨーロッパの伝承をモチーフにした話で
森で暮らすヒロインがすごーーく醜いって設定
たぶん増田もはてなもミニシアター映画は観ないと思うので以下完全にネタバレ
ヒロインのティーナは不美人だが、人間の感情を嗅ぎ取り読み取ることが出来る特殊な能力を持つ
彼女は税関職員としてその力を遺憾なく発揮し、日々密輸やその他の悪事を完璧に摘発する
醜い容姿から、幼少期は虐められ、大人になり職を得た現在も不躾な視線は一向に無くならず、
疲れ果て、森の自宅へ戻っても、いるのは働かない上に浮気を隠す気がない同居人と襲いかかってくる犬
父親を見舞いに行けば「あの家はお前のものなんだぞ」とは言われるものの、
「彼は優しい。わたしは一緒にいてくれる人が欲しいだけ」と彼女は答えるしかない
そんなある日、税関で自分と似たような外見と不可解な匂いのする大男を見つける
それどころか、どうみても大男なのに女性器を持ち更には手術痕すらないという
なんやかんやあったのち彼女は自分と似たような男(?)ヴォーレを森の自宅の離れに住まわす
働かない上に浮気を隠す気がない同居人は『シリアルキラーかあいつは?なぜ僕に無断で決めたんだ』とおこだったがティーナはシカトした
そしてなんやかんやあったのち、自分は人間ではなくトロールであったことを知る
醜かったわけではなく単純に種族が違っただけだったのだ。彼女は生まれながらに完璧で出来損ないなんかではなかったのだ
人間の世界では疎外感を感じるのでヴォーレと一緒にトロールの同族を探し、同族と共に暮らすと申し出るも、
「キミは人間の世界に適応出来ている。辞めとけ」と言われてしまう
税関で児童ポルノビデオを摘発した能力を買われ、児童ポルノビデオを制作している住所を探し出して欲しいと依頼される
ヴォーレは人間の赤ちゃんを攫っては自分の生み落とした赤ちゃん(無精で出産出来る)と交換し、
人間の赤ちゃんは児童ポルノなど闇組織に売り払い、人間たちへの復讐とフィンランドにいるらしいトロールの同族探しの資金としていたのだ
ティーナはトロールが人間にどんな目にあわされたかはヴォーレから聞いている
トロールは人体実験をされ刻まれ精神病院へ閉じ込められ、その殆どは生き残ることは出来なかった
運良く生き延びられたティーナも尻尾を切られ、人間から酷い虐めを受け、今もなお不躾な視線を向けられ続けているし、
森の家を残してくれた父親にしたって、本当の両親(トロール)のことについて尋ねれば、人間の犯した罪と向き合わず、怒鳴り散らすだけだ
先日摘発した児童ポルノ制作の犯人たちにしたって普通の人間の夫婦で一見はまともなご家庭風だった
ティーナはトロールの同族探しの旅への同行は断り、ヴォーレに警察を差し向ける
ヴォーレは武装した警察官に囲まれるとフェリーから飛び降り夜の海へ消えた
浮気を隠すつもりも働くつもりも襲う犬を躾ける気も無いがとりあえずティーナと一緒にはいてくれた同居人は追い出したし、
トロールの同族だったヴォーレは外道だった上に海に消えたしで、
森の自宅でひとりで過ごすティーナの元に老人ホームから父親がやってくる
トロールの人体実験を行なっていた精神病院に警備員として勤めていた父親は子宝に恵まれず子を欲していた
もちろん、トロールの夫婦は多くのトロールと同様に人体実験の末、病院の裏に人知れず埋められたが、
しかし父親はティーナの本当の名を伝えてもなおトロールの名で彼女を呼ばず、人間がしてきたこと自分が傍観してきたことに向き合わない
完全にひとりになったティーナの元に小包みが届く。その中にはトロールの赤ちゃんとフィンランドの絵葉書が
あるぞ
ヒロインはトロール故に人間の美的価値観からしたら醜いって設定なんだけど
あと、人間との違い(不気味さ)を出す演出に『虫』を食べるがあったが、
北欧って怖いところだなって思いました、まる
陸続きなんで血が混ざり合うのは当たり前っちゃ当たり前の話なんですが
ブクマカ見てるとそう思い至らない人たちもいらっしゃるようなので追記するよ
(なお、差別は国や特定の人種では無く、個人のパーソナリティだと予め書いておきます。
奴隷解放宣言前の19世紀に教会の宗派まで変えてジョン万次郎を受け入れてくれたホイットフィールド船長然り、
同じく、奴隷解放前に、白人でないばかりか結合双生児のチャン&エン・ブンカー兄弟(シャムの双子)を受け入れた人たち然り、
厳しい時代においても差別しない人は差別しません。その逆にダイバーシティを謳う時代でも差別する人は残念ながらいます)
人間も寒くて暗いところは、アルビノ化して大型化して目もパッチリするのですが、
北欧/北米は一重まぶた(内眼角贅皮)で目が小さい小柄な人もそこそこいます
これは単純に中頻度でモンゴロイド系の遺伝子が見られるからです
そうして起こることは、A:見るからにコーカソイド、B:薄顔のコーカソイド、C:見るからにモンゴロイド、この3パターンの出現です
Aは問題無いでしょう、
Bは微妙なラインですがビョークやサーミの血のヒロインあたりの感じですかね、
どうみても冷寒対応したモンゴロイドの他に、コーカソイドの血が入っているので眉骨が出た感じの人も生まれます
おでこ(正確には眉骨)が突き出て(目が窪んで)るが、目鼻は小さく丸顔でどう見てもコーカソイドではない、のっぺ〜っとした『なにか』となります
この『なにか』が残念なことに、ブクマカの言葉を借りればいわゆる亜人顔だったりするし、Mongolian idiocy(蒙古症)=ダウン顔だったりする
たくさんの血が混じり合う地域でその血の出方によって差別が発生するのはインドのカースト然り珍しいことではありませんが、
ダイバーシティな現代において、北欧発で今さらあんなものを見せられるとは思いもしなかったというのが正直な感想です
あと虫を食べるのは奇異な行動ではありません。不気味さ(人間ではない)演出に使わないでください
東南アジアでは近代化されてもなお伝統食や風変わりなスナックとして虫を食べますし、
なんだったら食料危機を救う食材として研究もされてます(もちろん現代的でクリーンな環境で培養/養殖されたもの)
トリーチャーコリンズ症候群が原因で顔の形が変形した少年が主人公の児童文学『ワンダー 君は太陽 (原題:Wonder)』の方が
100億倍正しいと思いました。感動ポルノとか言われてるけどね
https://note.mu/oowatarikarasu/n/n6080ee31214b
コメントにどうみてもR18で笑ったとのこと
「アニメは人を救わない」
https://teramat.hatenablog.com/entry/2019/08/25/212437
自覚ある犯人予備軍(失礼しました。「自覚ある」のほうに重点をおいて読むべき。)
「https://lineblog.me/kageki_neko/archives/13233580.html