はてなキーワード: 観音とは
昨日、粘液栓がドロッと取れて、体が「出産準備が整いました~」と言っているような感じだった。
母親に「おしるしがきた」とLINEしたら母親は父親の前でおしるしの話をして、あげく伯父にもおしるしの報告LINEをしようとしていたので止めた。
しんどい。
アンダーヘアが増えすぎてごわごわしてる感じがしたので、処理をしようと思って自分の股間を見てみたら、まんこがバァーーン!と開いててまさに観音開きっていう有り様でびっくりした。
ええええ…産婦人科で医者と助産師はいつもこんな光景をみているの…と動揺。
10代~20代前半の女性のフレッシュで慎ましい陰部とは違うように思えた。粘液栓の残りが出口を塞いでいて余計グロテスク。とりあえず綿棒で残りをからめとって、アンダーヘアの処理をした。
胎動が激しいので、吐き気があって気持ち悪いしとにかく下半身がバランス悪い。
でも、医者からは胎児が大きくなるとお産がきつくなるから早く産んだ方がいい、運動してねと言われているので運動する。
里帰り出産なので楽をしてはいるが、母親に頼まれた最低限の家事はしなくてはならない。
趣味の椅子に座ってする読書も、胎動があると座っているのがきつく、プロが書いた文章にも集中できず、ゴロゴロしながらスマホでまとめサイトを見るのが楽なスタイル。
早く産まれて欲しい。
私が通っていた大学は山の上にあり、そこは学校からの帰り道の坂を下ったところにある倉庫だ。
倉庫とはいっても立派なものではなく、トタンで覆われた錆びだらけの田舎の農家の庭の脇に置かれている
その倉庫の一角を私が借りていてそこには家具・・・思い出の家具が置かれていた。
家具の一つを開けるとそこには母の遺品があり他人のものではなくうちのものだと確信し安心した。
これも片付けなけきゃな。
観音開きの衣装棚を開けるとそこには私の過去に使った教科書が少し残っていた。
野球少年風の子供だ。子供だといってもすでに私よりも体格はでかい。
この教科書が欲しいのか?子供はかぶりを振るがそれを私は子供の照れとみて
教科書を次々と広げていく、この音楽の教科書が欲しいのか?子供が持つ教科書と比べ
当時の内容と比べまったく違うことを確認する。もう二十年以上の前のことだ。
住職が現れた。住職はこの倉庫の持ち主と懇意にしていてこの倉庫の管理もしている。
私は住職を見るとうれしくなり母の話をしようと思ったが、住職に話を切り出す前に彼が挨拶をはじめ
矢継ぎ早に今年のクリスマスに来なかった私をなじった。
他人と勘違いしているのであろう私はクリスマスに住職には会ったことはないのに。
和彫の刺青は流行関係ないから、鬼とか観音様とか鯉とか綺麗で芸術性高いなーと思うんだけど
エロ漫画やエロアニメでお馴染みの子宮がモチーフの淫紋のタトゥーシールが可愛いなと思ってるんだけど
一生モノの彫物としての淫紋タトゥーはだせえわ。あれが似合うのは20代の若い女性だけだろう。30代、40代の淫紋タトゥーはだせえ。
タトゥーでよくある絵柄は20代の若いピチピチの子達ならまあ似合うかなって思うのよ。じじいババアになってしまったらだっさいよ。でも、和彫だったら老後も馴染むので良いなーと思う。肌がしわしわになったら絵柄もたるむらしいが。
ヤクザもんとかアーティスト、バンドマンだったら刺青やタトゥーが人生に活かせるのかもしれないが、一般人なら刺青もタトゥーもシールで良いでしょ。
結婚式や就職活動のときに「タトゥーどうしよう。隠さなきゃ」っていう状況になるのが最高にダサイ。自分の意思で彫ったくせに隠さなきゃってアホらしい。
けものフレンズ2のプロデューサーや関係者が自演してて炎上してるみたいだが
自演垢や裏垢(というほど名前隠してもない)でたつき監督への恨み節を吐いてるのは何故なんだろう。
いざこざがあったのはたつき監督に言わせれば角川との間なわけで、角川の連中が恨むならまだしも、テレ東のPとかアニメの制作会社のスタッフがたつき監督を恨む理由はないような。
特にテレ東は騒動の当初はたつき監督側と再度検討するような姿勢を見せていた。ふりだけかもしれないが。
また、不自然なのは騒動や疑惑に関する様々な仕切りや交渉、工作などをやっている可能性が最も高いと推測できるのは福原Pであるはずなのに、けもフレ2の無能のアホ連中が語ってる恨み節はたつき監督向けな点。
もしかしたら、たつき監督はツイッターでいつもとぼけたふりして呟いててあくまでクリエイター気質みたいな体を装っているが、悪質な本性を持つ人物なのだろうか。
いきなり角川の達しで2期外されたといち早く内情を呟いたあたりや、十分売れたのは事実とはいえ未だ推測値とは開きが大きくランキング工作疑惑は晴れていないAmazonランキングを逐一チェックしてスクショして貼るあたりなど、分かってて動いている狡猾な人物である可能性も高い。
しかし、けもフレ2側のスタッフ連中の幼稚な自演や工作の手口を見れば、なんとなく対立構造にあるのはたつき監督だからたつき監督を叩いてるという幼稚な理由からの単なる八つ当たりの可能性も十分に高い。
ただ、普通に見たら単なる嫉妬、八つ当たりと処理してもいい話なのだろうが、たつき監督や福原Pというのは過去にも喧嘩別れみたいなことをしている。
たつき監督と福原慶匡は過去に石ダテコー太郎とかいう監督とタッグを組んでたが、喧嘩別れしている。
福原慶匡の経歴や人となりは結構怪しく、吉崎観音叩き記事を友人のライターに書かせた可能性がある。
吉崎観音によればけもフレ1期の脚本はたつき監督と吉崎の他、当初、シリーズ構成・脚本としてクレジットされていた田辺茂範氏の貢献の大きさが語られているものの、たつき・ヤオヨロズ側は脚本はたつき監督がやってるということにしてクレジット変更をさせるという、不自然な動きがあった。
田辺氏がその後トクサツガガガの脚本で高評価を得ていることを踏まえても、田辺氏は名前だけの役立たずで、たつき監督だけが脚本にメインで関わっていた唯一の有能な立役者というのは都合が良すぎる主張・解釈に思われる。
インタビューにはあまり出てこなかったけど、脚本構成の田辺さんにもとても助けられています。ぼくとたつき監督だけだととっちらかって収集つかなくなるなーといつも思いますw そのくらいたつき監督とぼくは似てるなーと思います。— 吉崎 観音 (@yosRRX) 2017年3月4日
一昨年からの一連の騒動に関する動き方は圧倒的にたつき監督、福原Pらヤオヨロズ側の方が上手いのは確か。まあ元々黙っていれば不戦勝できる有利な立場だから黙ってるだけで上手い立ち回りになるが。
そうとはいえ、ヤオヨロズ側にも怪しさは十分にあることから、この騒動はどちらかが絶対正義でどちらかが絶対悪という話でもない可能性がある。
2018年10月7日、六甲山で最難関ルートだとされる大月地獄谷ルート(渦森橋~みよし観音)を登った。2018年の台風ののちに、みよし観音を目指して登った人が他にいるかが、検索しても見つからなかったので、私のような登山素人に向けて書き残したい(これが検索でヒットするかはまた別の話)。画像はない。ちなみに天狗岩へ抜けるルートで登っている人は確認されているが、こちらの方が容易だとされているようだ。なお登っても、達成感を感じる前に、泥だらけのボロボロの服装で、おしゃれキラキラカップルと遭遇することになるので、極度のマゾヒストにしかお勧めしない。
天気 : 快晴 (気温27度)、前日早朝は雨
服装 : 破れてもいい服(長袖)、軍手、トレッキングシューズ
持ち物 : 昼食(おにぎり)、補給食(ゼリー系のやつ)、ポカリ、お茶、参考にしたサイトのコピー、遭難しても少し生き延びれるようにカロリーメイトいくつか
虫除けスプレー、山と高原地図等は同行者が持っていた。感謝。(逆に持ってない私がやばい)
ヘッドライトなども持っている方が良いでしょう。
主に下記のサイトを参考にさせて頂いた。呼び名などもこちらから拝借している。
https://tokiwatrekking.web.fc2.com/pages/y20160813.htm
http://shousam.fc2web.com/081018ootukijigoku.html
霊園の手前から谷に入り、沢沿いを歩いていく。
本格的な山登りは荒神山第二堰堤から始まる。ここを右から高巻く。当然ながら整備されている道ではないので、一発目にしては重め。頂点付近で少し無理やり登る必要がある。腕力である。
次は荒神山第三堰堤。左から高巻く。途中まではロープがあるが、道自体もそこまで険しくはないので、あくまで補助的に使う。ロープのかかっている木のうちで、少し弱くなっているところがあったので、油断は禁物。
ちなみに、ここを右から高巻くと、死にかける(体験談)。右側は急峻な上、堰堤の上端と同じ高さまで登ったのちに、ほぼ支えになるものが何もない状態でトラバースしなければならない。高さ18mなので落ちるときっと楽しい。
続く荒神山第四堰堤は、手前にある石積み堰堤を右から高巻くとそのまま巻道が見つかる。
次は紅葉谷堰堤。とうとう荒神山堰堤ゾーンを抜けて紅葉谷ゾーン。左手にあるロープからかなり上に登りそして降ってくる。一部、ほぼロープに頼らなければ進めない箇所があるので注意。確かに周りを見渡せば紅葉の葉っぱが見つかる。
紅葉谷第四砂防ダムは上目から、ロープを頼りに越えていく。この辺りになると結構感覚をつかみ出してきていて、どうやらいけそうだと感じ始めたが、それは幻想だった。
このエリアが終わると、滝が続きハードになってくる。複数の意味でハードになる。滝を登るため体力と、意味のわからないロープを信じなくてはならないため精神と。
紅葉滝は、右手手前に巻道、滝のすぐそばにロープがあった。右手手前の巻道はかなり斜度が高く、その上足元が滑りやすいという有様だった。同行者のうちの一人がロープ、もう一人が巻道から登り始めたが、私はどうにももっと手前に巻道があるような気がしたため、少しためらった。しかし、結局心もとないがロープを信じて登るルートの方が簡単なようで、信じて直登することに。案外いける...だが誰がいつ設置したのかわからないロープに命を預けたという事実が残る。
タラップ付きの堰堤が現れる。ダムから出ている水量が多く、タラップの場所まで行くのに身体中がずぶ濡れになる。体温がかなり上がっていたのでそこまで気にしなかったが、普通に考えて危険である。ダム自体は特に問題なくタラップから登りきれば、鋼製堰堤。下をくぐるが、足元が濡れる。
大月地獄大滝に到着。実際に滝を見ようとすると、生い茂る藪を超えて行く必要があった。また、この薮の手前から巻道が......滝を見ずに巻道へ。こんな薮、進めやしない、とその時の私は思っていた。
すぐそばにF2滝。巻道は見つからず、ロープを信じて直登する。できる限りロープに頼らないでいたかったが、頼らざるをえない部分がいくつか。しかしロープの根元を見てみると、理解しがたいほど不安定そう......。よくもまあこれを信じれたものである。ふと自分の体が震えているのに気づく。膝が笑っている。潜在意識も生命の危機を感じていたのだろうか。同行者の様子を伺うと、全員足が震えていた。愚かにも山を登ろうなどとするからこうなるのだ。
次のダム二つはタラップがついており、越えるのは簡単。しかし、越えた先がかなり深い池になっており素直には降りられない。滝を越えてしまった今、もう後にも引けず、無理やり脇道から池を越える。
A-7標識を越えるとF5滝。右の巻道を進むが、斜度がかなりある上に少ない木の根などを頼りに登って行く、本格的なクライミング。永遠にきつい時間が続くのかと思うほど、滝のかなり上まで進むが、くだるポイントが見当たらない。途中、堰堤が下に見えたがこれもスルーしてそのまま上から抜けた。ここの滝では、左に巻道があるとされていたのだが、明らかに崩壊しており、右から行くしかなかった。
ここから少し進み、小さい滝を越えて行くと、本格的に薮ゾーン。正しい進路がどこなのか、一見しただけではわからない。無理矢理川のありそうなところを目指して進む。さらに進むと土砂崩れの影響か、川はなくなる。本当に道が分からないのだが、とにかく信じて直進し続ける。テープも見当たらず、この道は正しいのか、という自問自答を繰り返して行くと、大きなダムが見える。
このダムは2016年に完成したもののようで、いくつかのサイトによると、2015年時点でみよし観音直下に建設中のダムがあるという情報があったので、ここはほぼゴールに間違いない!
ということでダムを目指す。足元は雑草のみで歩きやすく、木もないので視界が晴れてくる。左手にタラップがある、という案内板が見え、大きいが楽に越えられそう、と思ったのが甘かった。先の災害の影響か、左手側が完全に崩壊している。仕方なく、右手にあるステップを無理矢理腕力で登る。
この次にも似たようなダムがあるが、高さがさほどなく、そのまま越える。すると、眼前には森のみで、この先には道がないように見える。しかし、GPSを確認するとどう考えても正しい場所にいる。このまま突っ込んで行くしかない、と思ったところ右手に木製の階段が!久々に見たダム以外の人工物に喜び、何を口にしているかも分からないままわめきながら階段を上っていった。
抜けた先にあったのはJFE健康保険組合。みよし観音ではなかった。もう少し右手側を進んでいればみよし観音だったようだが、未確認。とにかく人のいる地に帰ってきたのだ。泥まみれの状態で、おそらく六甲山のキラキラしたイベントに行っていたであろうカップル達と出会う。そのまま下っていき、帰りはロープウェイで帰った。ロープウェイから見える木々に時々ピンクのテープが括り付けられており、新たな旅の可能性を見た。
とりあえずまとまりなく思いついたまま書いてみる。
ストリップ見に行くの自体は初めてではないが、今回行った場所は初めてだった。
もう明らかに還暦を過ぎたと思われるおばあさんが局部を意図的にさらしながら踊ってるのを、もっと歳いったおじいさん達がとても有難そうに眺めていた。
俺は別にそれが目当てだったわけじゃなかったので、なんだこれ?と思って、最初はちょっと引き気味に眺めてた。
今度は別のおじいさんが、しみじみと、おばあさんと握手をしていた。「ありがとうございます」という、静かだがはっきりとした声が聞こえた。
観音様を拝む様子ってこういうのか、なるほど、って思った。
そしたら何だか涙がこみあげてきた。
この人達はたった今こうやって今日も生きる糧を得た、そして命をつないだんだ。
踊り子も、おじいさんも。
人が生きていく上で、望みや救いは欠かせない。
はたからみればこんなの、卑しくてしょうもなく映るのかもしれない。
俺も最初はそうだった。
だけどある時から、もしかしたら違うかもってだんだん思えてきた。
俺はいわゆる就職氷河期世代の、いい年して収入も人並みとは言えず、結婚もできてない、間違いなく社会の落ちこぼれだ。学ぶべきことを学べず、学んだとしても遅すぎたし、今までさんざん世の中に迷惑をかけてきたし、都合のいいようにこき使われ、利用され、汚され、踏みつけられてきて、何が尊くて何が卑しいのか、わからなくなりそうな人生だったし今もそうだ。さんざん迷ったし今も迷っている。
世の中には、救いのないぎりぎりのところでかろうじて命をつないでなんとか生きている人がたくさんいる。その姿は必ずしも傍から見て美しいものではないのかもしれない。
こんなことを知り合いにも友人にも言えない。悲しいけど言えない。理解してもらえる自信がない。所詮その程度の人間関係しか築けなかった自分が悪い。
とにかくあのお年寄りたちの姿は尊いと思った。誰かにそれを伝えたいと思った。
こうやって人は生きていけるんだって思った。
何かに似てると思った。
漫画のcity hunterで冴羽僚が地元の町のおじいさん達と飲んでる姿だ。
ここまで書いて振り返ってみると、あのおじいさんたちの生活背景など俺が知るよしもなく、勝手にギリギリの生活をしているように決めつけてるだけかもしれないが、正直、あんまり裕福そうな感じではなかった。
そしてこの文章がネット上に明らかになった時、俺の至らぬ点がどれだけ熾烈に糾弾されることになるのか、それともかすかな知的好奇心を満たす者がいるのか、はたまた共感を得られるのか、予測はつかない。
家で一人でオナニーしていると、どこからともなく軽快な音楽が。すると玄関や窓、押入れが同時に勢いよく開き、アノニマスの仮面を付けた人間達が土足で侵入。音楽に合わせて踊り狂う。呆然と眺めていると今度は近くの畳が観音開き。スモークと色とりどりのライトの中からバタフライマスクで顔を覆ったバニーガール登場。ハイヒールを畳にねじ込むようにゆっくりこちらに歩み寄る。股間の前まで来ると右足を天に向かって高く上げ、振り降ろす。逸物に突き刺さるハイヒール。絶頂する私。
ハッと目が覚める。股間にべたべたとした気持ち悪い感触がする。どう処理したものかと悩んでいると、どこからともなく軽快な、そして聞き覚えのある音楽が…。
先に結論を言っておく。女尊男卑という設定と、女性から男性に対する態度と、男性の女性に対する態度のバランスが悪いせいで、ミソジニーじみて見えるというのが私の見解だ。設定と描写のバランスが悪い。それに尽きる。それが悪いとか良いとかそういうことを言う気は全くない。
この見解にいたるまでの経緯は下に書いた。気になる人が以下の長く枝葉の伸びた文章を読んでくれ。いや、クソ読みづらい文章だから読む必要がない。自分が納得するためだけに書いた。言いたいことは上に述べた通りだ。
ヒプノシスマイクを知ったのは春。独歩という語をタイムラインで見かけ、「国木田独歩のことか。文ストか、文アルか。いや、一二三って誰だ。寂雷って誰だ。ヒプマイってなんだ。雰囲気的にソシャゲか。まあソシャゲはいいや」と調べることなく初夏を迎え、「ジャニオタがヒプマイにハマる」というような名前の記事を見かけて「ソシャゲじゃないのか。ラップか。面白そうだな」と調べた結果、見事にハマった。
ヒプノシスマイクにハマった要因は、シンプルに「人間の声ってすげぇな」という感動と、「さらっと面白いことを言っていて面白いな」という感動である。二重の感動。感動に感動が私の首に輪をかけて括ってきた。(輪をかけてを使いたいがために発生したクソみたいな誤用)
これは単なる私の好みでしかなく羅列すればキリがないが、突っ込みどころのある言葉や音がよい。いわゆる音MADで遊ばれていそうなコンテンツ(概念)が好きなので、ラップで人が死ぬ世界観やさらっと繰り出される面白リリックとかがたまらない。
あらゆる人が言及している通り、「俺のベロ見ろ俺はミケランジェロ」に「お前は次郎だ」と突っ込んだし、「君がくれた愛の形」が月収の「12345600円」という生々しさにも笑った。「ガチャーンドゥルルルチリンチリンチリン」で笑ったし、「泣けど泣けどnekkidフルモンティ」の完成度に感動したし、「ハマのしきたり」や「男ならラップができる」などの主語のデカさにも突っ込んだし、どことなく山寺宏一に似た入間銃兎のテンションの高さも気に入っている。ついでに言えば、観音坂独歩がキレると笑ってしまうし、一二三が麻天狼のローテンション曲の中で一人高テンションなのも面白い。何でお前だけ動画で輝いてんだよ。
決してバカにしているわけではない。むしろ、この突き抜けた感じを清々しく思う。かっこよいだけではない絶妙に耳に残る言葉に引っかかってハマった人は多いのではないだろうか。人間の声のすごさも相まってこの言葉たちはハマった人間の頭蓋骨の中で反響していることと思う。中毒性がすごいよね。
また、池袋→横浜→渋谷→新宿にいたるまでにキャラクターが奇抜になっていくのも面白い。アンセムやバトルでは歌う順番を考慮しているんだろうなと思う。人の目を引く(耳を引くか?)方法を熟知しているんだなと思いながら楽しんでいる。だって寂雷先生のときだけ曲調が変わるの面白すぎません? 一二三の合いの手も相まってじわじわきますよね。
さて、ここまで長々と書いたのは、私がどのような観点でヒプノシスマイクを楽しんでいるのかを表明し、立ち位置を設定した方がよいと思ったからだ。これを踏まえて、最近話題になっている「ヒプマイってミソジニー要素があるのでは問題」に入る。
私はドラマCDを聞かない人生を送ってきたので、ヒプノシスマイクで初めてのドラマCD体験をした。曲をから感じられるキャラクターの印象とは違った面が見られて面白く感じた。特に、観音坂独歩に関しては話し方が穏やかだったので意外だった。正直、もっとクソ早口でボソボソしている印象があった。話し方が早くてもキモがられるけど、ゆっくりはゆっくりでイラつかれる現象に見舞われてんのか? 観音坂独歩は。一二三のテンションというか話し方のギャップもよかったし、池袋の兄弟が仕事できていてすごいなあと思ったし、食事のアレで横浜は関係性のできた人間に対しては気遣いを持てるいい人たちだったというのも確認できた。渋谷に関しては夢野幻太郎の剽軽さや有栖川帝統のコミカルなキャラクターに親しみを抱いたし、飴村乱数が人の臓器を売ることに躊躇しない鮮烈さを持っていることに妙な興奮を覚えた。キャラクターに厚みができていく感覚が面白い。渋谷VS新宿のドラマトラックも面白かったですね。ヨコハマの血の気がある人たち「クソボケ」ってワード大好きですね。左馬刻様はチャラチャラしてたり口で自己紹介できない奴嫌いなんだなってのが分かって面白い。多分左馬刻様はメールしたら電話しろってキレるだろうし、電話したら直接会いに来いとか言いそう。あと、一二三はツイッターとかで定期的に礼節欠いて炎上しそう。あと飴村乱数の先生への話し方から「私あなたのこと嫌いだけど気遣って話しかけてあげてますよ」感が滲み出ていて好きです。
では、本題に入る。私はこのドラマトラックにミソジニーを感じてしまった。正直、女尊男卑という設定は読んでいなかった。言葉で戦うという設定に目がいっていた。気付いたのは池袋VS横浜のドラマトラックで山田兄弟が壁に対して税金の話をした辺りだ。その後登場する左馬刻様の件の発言は「そんなキャラなのかな」程度に流していた(乱暴なキャラクターは女をゴミかゴミ箱のように扱うという偏見がある。雑な一般化をしてすまない乱暴なキャラクターたち。)ため、件のはてなブログで確かにと思った。
で、税金の話。男が女の十倍の税金を払っている。その金でこの壁が作られた。この内容に引っかかった。リアルに考えれば、男の方が高い所得であるためにバランスを取っているんだろうなあ(さすがに十倍は現実味がない気もするが)という見解が妥当に思う。それゆえに、ここで税金に言及している山田三郎と観音坂独歩については、彼らは他の男性よりも所得が低いのかもしれない(三郎はまだ中学生なので、一郎の苦労を見てきたのか、大人の話を聞いて知識を得ていたのか、その辺だと思うので、除外してよい気がする。社畜は休む暇がないから金が貯まるというが、このパターンだとより地獄じみてきて観音坂独歩がより幸の薄い(といっても、幼馴染の手厚い保護があるので悲壮感は薄れるもののそういう感じの)人間になりますね。ストロングゼロ飲んでそう)。(ついでに、山田一郎と左馬刻様と寂雷先生も壁について言及しているが、金というよりも権力への言及に感じるので、彼らに関しては所得的に不満があるわけではないような印象を覚えます。)
なぜ、男の方が納税額が多いのかがよく分からないが、男にとっては不条理な税負担なのかもしれない。しかし、その割には観音坂が愚痴る人物はハゲ課長のみであり、女性から不当な扱いを受けているような表現は見当たらない。一二三に関しては特殊なケースのように扱われているため、女性が日常的に男性を虐げることはないように思える。何より、左馬刻様が女に対して直接普通に「クソ女」って言えているというのは、安定して女を罵倒してよい環境にいるってことだもんな。ここぞというときの「クソ女」ではなく日常的な「クソ女」でしょアレは。山田一郎も無花果に対して好戦的に話しているし、(野蛮とか低能みたいな侮蔑は受けているものの、)言葉遣いであれこれ言われて抑圧される描写ではない。言われても反骨するヤンキー的な描写なんだろうか。そういう理由からキャラクター的には不自然ではない感じがして受け入れてしまうよね。
頭に残る女の話は税金の話とヒステリーなストーカーと高圧的な無花果さんくらいである。後は普通の印象があって女尊男卑感はあまりない(私は鈍い人間なんでその辺りは鋭い人が指摘してくれ)。だから、「女という強者によって不当な扱いを受けていることへの反発」というより「女によって搾取されている」というより「女を大事にしなくてはならないせいで要らない負担を強いられている」という感じがある。もっと適切な表現があるかもしれない。なんだろう語彙力がないから分からない。あと、三郎の「ホスト風情」という表現から女性に奉仕する職業は馬鹿にされるものなのかもしれない感じもある。男を支配する女に媚売る裏切者って感じなんだろうか。
何というか、女尊男卑の世界なのに優位な側(女)からの一方的な蹂躙がないのが不思議なんだよ。それが見たいというわけではなく、わざわざ設定を付ける必要があったのかという疑問。だって、税金と壁と可視化されているのって中王区(政治)からの疎外くらいじゃないか。いや、政治から疎外されるって結構な痛手だよね。しかし、入間が結構な権力を持っているのを見ると、そこまで疎外されてなくないかと思ってしまう。いや、あれも男だけの世界だから自由が利くだけだろうか。女子高や女子大にいる女はのびのびと生きているみたいなものと解釈すべきか。しかし、横領したあの人が女である可能性も否定できない。語られていないことは推測しかできず、語りえない。
話の枝葉が分かれすぎてしまってアレだが、要するに、女尊男卑という設定と、女性から男性に対する態度と、男性の女性に対する態度のバランスが悪くって、ミソジニーじみて見える。これは最初に言った。ここに来るまでアホみたいに長い文章を書いてしまった。以上。
早く、内容の全容が知りたい。全て知ってからまた判断したい。飴村乱数さんが何かしてくれそうな感じあるので、どうなっていくか気になるところだ。
ごちゃついたことを考えるのも、何も考えずに享受するのも楽しめるので、特にヒプマイというコンテンツを批判する意図はない。書いてすっきりした。よかった。
35歳でチビハゲデブ、非正規ブラックやってたら頭おかしくなっちゃうんじゃねえのかな
元増田は救いのねえクソ野郎だけど、更生してなかったら死ぬしかなかったんじゃないか?
汚ねえおっさんにぶつかられる女は誰から見てもかわいそうだし、友達に話したらそりゃあもう慰めてくれるだろ。
35のチビハゲデブで、趣味は知らない女に突然体当たりすることですって、そんな最低なやつ、誰にも救ってもらえないよ。
でもそんなゴミみたいなやつだって生きてて、親がいて、友達だって一人くらいはいたはずなんだよ。
誰にもちゃんと関わってもらえないなら、もうおっさんには優しそうな、自分を傷つけなさそうな人に体当たりするぐらいしかなかったんじゃねえのか。
自転車のお姉さんは偉かったよな。
もうどこにも行けずに人の間で腐っていくしかないおっさんを叱って、人間同士が生きてる世界なんだってことを思い出させてやったんだから。
でも人間同士だろ。
言わなきゃいけないことぐらいは言ってやってもいいし、お姉さんはツイッターでお仲間に愚痴るだけじゃなくて、おっさんにちゃんと関わってやったんだよな。