はてなキーワード: 煙草とは
などというフレーズが日常的に飛び交う現場で3年目の夏を迎えた。
小さい会社だ。独立系ITベンダの皮をかぶっているが、何次請けなのかも分からないような仕事を丸投げされて、数名単位のグループで現場に送り込まれるという、典型的な人出し派遣零細企業だ。俺も本社にいたのは研修期間の最初の半年だけで、それ以降は海の近くの巨大なビル街のあちこちを転々としている。プロパーの目を気にしながら食べる昼食の味にもすっかり慣れた。
最初の1年で2人やめた。理由。1人は「公務員試験を受ける」。もう1人は「仕事についていけないから」。
前者は同期数名だけのささやかな送別会の場でこんな事を言っていた。「毎日遅くまで残業させられる上に、20も30も年上のベテラン社員がペラペラの安っぽい背広を着て若手と同じような仕事をしてる。あれが俺たちの未来の姿だと思うと耐えられない」。懸命だと思う。その後、何度か彼とはメールのやり取りをしたが、公務員になったという話はついぞ聞かない。知らせがないということは、芳しくないということなんだろうと思っている。
「仕事についていけない」後者は、俺たち同期の目から見ても、プログラミングという仕事が向いていない男だった。コードが書けないだけでなく、「どのような処理が求められているのか」ということすらなかなか理解できない。体育会系で気持ちのよい男で、入社直後は朗らかにみんなの輪の真ん中で笑っていたのだが、研修が進むにつれてだんだん笑顔が減っていき、暗い顔で研修室に毎晩居残るようになり、何とか研修期間が終わって現場にアサインされた数日後には本社に突っ返されてきた。彼もきっとすぐに辞めて懸命だったのだ。ここは彼がいるべき場所ではなかった。と言うより、誰もがこんな場所にいるべきではないのだ。
彼らの頃は、まだ「あいつ、会社やめるってよ」というフレーズがショッキングな響きを維持していた。その後に、「何もやめること無いのにな」という言葉が続いたりもした。
2年目には6人やめた。1つ上の代で、胃に穴をあけて倒れる先輩、心を病んで休職する先輩、誰にも何も言わずに消えた先輩が3人立て続けに現れたことが引き金になったのか、6人中4人はわずか2ヶ月の間に立て続けにやめてしまった。そのうちの1人、女性なのだが、泣きながら「このままだと病気になる。今すぐやめさせてほしい」と談判して、結構な火の吹き方をしている現場からそのまま離脱退職したそうだ。俺は、彼女もまた懸命だと思う。俺たち若手の代わりなんて幾らでもいる。燃え盛っている火の中で心身に大火傷を負いながら得られるものなんて、安っぽい達成感と、上長からの「こいつは無理がきく」という評価だけだ。そんなもんガソリンぶっかけて火をつけちまえ。
その頃には「あいつ、会社やめるってよ」が、まるで時候の挨拶のように軽い響きのフレーズへと成り下がっていた。だけど、俺は誰かの退職を知るたびに心の中でこう思っていた。「あいつ、やめるのか。うらやましいな」。そう思うのなら、俺だってやめればいい。簡単な話だ。だけど、俺はやめられなかった。怖かった。ろくに貯金もなく、技術もなく、経験もなく、はっきり言って社会性も大してない。ついでに言うと、俺以外の連中もその辺りの事情は大差なかった。何のことはない。この会社は他の会社では通用しないような人間をかき集めて、頭数を揃えて、泥臭い作業要員として使い捨てにしているのだ。ここを抜けだしたとして、他にもっとマシな場所があるのか。その先にあるのは、さらに深い下請けの下層ではないのか。この会社に居続けることが不正解だということは分かっている。だけど、会社をやめることが正解だとも思えない。
そして3年目。同期で残ったのは俺ともう1人だけだ。もう1人、便宜的にそいつのことを「増田」と表現してよいだろうか?紛らわしいことは承知の上だが、他に適切な名前も思いつかない。
増田はずっと、本社の経理にいる。簿記の資格を取っているということで、他の同期がJavaの研修などを受けている1年目の5月、6月の時点で経理に配属されて、そのままそこで働き続けている。毎日、ゆっくりと出社して、昼は社長と昼食に出かけて、夕方は定時に帰る。会社全体規模で行われる飲み会には必ず参加して、常に社長の近くで酌をしたり、社長の話に懸命に相槌をうったりしている。要は、増田は社長から殊更の寵愛を注がれていたのだ。増田は年不相応に幼く、ともすれば中学生ぐらいにも見える。そんな増田が、ゴルフ焼けした老ゴリラのような社長とべったりしているさまは、一見すると祖父と孫のようでもあり、それでいて2人に間を飛び交う視線にはどこか湿った情念のようなものが常に漂っていて、それがひどくグロテスクに感じられた。
そんな増田が8月いっぱいで会社をやめる。さすがに今回ばかりは「増田、会社やめるってよ」という言葉が、驚きと好奇心を伴いながら現場中を蔓延した。社長に新しい愛人ができたのか、はたまた増田にもっと別の若くて甲斐性がある彼氏ができたのか、あるいは地元に帰って見合いでもするのではないか、様々な噂が飛び交った。俺も表面上は周りの社員とそんなゴシップ話に興じてみせるのだが、心中はいよいよ穏やかではない。とうとう、俺だけが残されてしまった。俺だけが逃げ遅れた。そんな焦燥感に駆られながら、俺は煙草くさい先輩社員達が繰り広げる増田に関する下品な噂話に精一杯の作り笑顔で受け答えしながら、冷や汗をかきながら、この会社での3年目の夏を終えようとしている。
曽根崎心中は、原作が西暦1700年頃の事件を当時の浄瑠璃作家が数カ月で物語にして書き上げたもの。
時代に合わせて改変を重ね、今、やってる文楽の脚本は昭和三十年頃に作られたもの。
同じ時期に起きた事件はといえば、赤穂浪士の討ち入りで有名な忠臣蔵だろう。
1954年に赤穂義士とか忠臣蔵花の巻雪の巻と言うタイトルで映画が出ている、
不勉強なままに書いているが、その映画を見た人に言葉の言い回しや当時流行りのギャグが通じるだろうか?
文楽の「脚本が古い」というのは、これと同じで300年前の事件を元に55年前に書いた脚本でそれを未だに公演している、というものだ。
しかも、曽根崎心中は世話物、要するに最近の事件をネタにした話だと言うから笑うしかない。
そんな能書きをはてな匿名でつらつら書いても仕方ないから、文楽を復興させるアイディアを無責任に語る。
[形態]
・人形遣いが人形を操る。一つの人形を三人で担当が普通。ただし一人一つでも可。
・三味線が音楽担当。笛や太鼓などの和楽器もあり。効果音もOK
・太夫が物語を語る。ただし複数の太夫の登板や交代もあり。義太夫節に乗せるのが基本だが当時の主流というだけなので現在の新派が出てもいい。
・ストーリーは時代物(古典)と世話物(流行り物)流行りものは前述の通り、話題性があれば下種でもいい。想像可。
これを現代風に一新する。
・人形は多関節人形に光や音を発する仕掛けをつける。(人形に吸わせた煙草から煙が出る仕掛け演出の延長)
・三味線をメインに据え、必要な効果音や電子音をびしばし入れる。
・登場人物事に声優を据え、なるべく会話でストーリーを伝える。
・今なら、泣かせるものなら地震後の美談とか、世相に切りこむなら生活保護とか、下世話ならAKBの枕営業とかを脚本にする。
どれも創世期から黎明期に「その時代にできる最大限の娯楽」を、
文楽家が血ヘドはきながら考えてきた延長線上で、現代だともっとできるというだけだ。
さらに一歩進んでみる。これは文楽を発展させるのではなく、文楽が目指した娯楽について。
・人形を使ったものなら、人間が演じる芝居より役者を美形にすることも遥かに空想的な行動もできる。
人形よりもこの目的を達成できる器があるなら、どんどん入れ替えるべき。
・様々なメディアとタイアップが可能。広告効果を見込んでも可。
・様々な流派が色々な場所で演じることができた。今ならテレビやネットをフル活用すべき。
この路線で考える。
人間の限界を超えて演出が可能なのは映像技術、しかも二次元の絵やCGを基本にしたものならいくらでも創作が可能。
それをテレビやネットを使って配信し、作品のファンを増やしてタイアップグッズも売る。
結論、アニメでいいじゃん。
さすがに人形でも浄瑠璃でなくてもいいというのは冗談が過ぎたので真面目に文楽復興案を考えると、
ローゼンメイデンでもやればいいのにな、と思う。
私の父は、周りの友人たちの父親よりも年を取っている。晩婚のせいだ。酒と煙草が大好きで、結婚前は徹麻しまくりだったらしい。また、きょうだいのうち一人だけ男、ということもあり、寵愛を受けたようだ。おかげで、結婚後もおぼっちゃん的な金の使い方が抜けず、家計は火の車なのにもかかわらず、飲み歩きをやめず、チェーンスモーカーであるためにタバコ代がかさむ。私が中学時代、引きこもったときには、母に手を上げたりもした。私の部屋のドアに穴を空けた。なにかといえばすぐ機嫌を悪くするし、味をみないで醤油をどぼどぼかけるし、口は臭いし、デリカシーが無いし、まあ、典型的な「家庭内で嫌われているお父さん」だ。そんな父も、家の外では明るく、地元地域では飲み仲間がたくさんいるようだ。
そんな父の母が、つまり私からすると父方の祖母が、今年亡くなった。それに関するいくつかの法事を行うために何度か帰省し、久しぶりに父と面と向かって話した。つい先日祖母の四十九日のことだ。親類が帰ったあと、酔った父が、会話の流れで私に「なんでお前はそんなに数学が苦手なんだ?」と言ってきた。私は引きこもり時代のブランクがあったせいで、因数分解がうまく理解できなかった。それを父に教えてもらおうとしたのだが、私の理解能力があまりに乏しいせいで「なんでこんなこともわからないんだ!」と参考書を破かれた。これがトラウマになっているのだ。「お父さん、私に因数分解を教えるときに参考書を破いたの、覚えてる?」と苦笑混じりに言うと、父も苦笑した。それから、「ああ、やり直したいなあ」と呟いて、飼い犬の雑種を撫でた。「ばあちゃんのことも、因数分解もやり直したいなあ」と、犬に向かってまた呟いた。
このとき、私は父の背中が前よりも曲がり、あんなに恐怖していた大きな背がとても小さく見えた。私が小さい頃はあんなに好きだった酒も、去年胃ガンの疑いをかけられた(実際は別の症状だった)せいで、控えているらしい。昔は毎晩飲んでは「まだ寝るから、朝ごはん、先に食べてて」と布団でもぞもぞしていたのに、今では朝の5時に起きているらしい。どうしちゃったの、お父さん? 母に言うと、母は笑っていた。「どうしちゃったんだろうね」。
また父は、納骨のあとに「ばあちゃんの骨壷のとなり、空いたスペースがひとつあってさ。次はオレかと思ったら怖くなっちゃったよ」と笑っていた。これを聞いて、また、小さな背中を見て、突然に父の死期というものを身近に感じはじめた。こんなに実家にいたいと思うのははじめてだ。早くお盆休みが来るといいなあ。私ってこんなにお父さんのこと、好きだったんだ。
自分には無い視点で感心しました。確かに現状ではまだ些末な問題かも知れませんね。これからもっと深刻になるかもしれないし、だんだん収まって行くかもしれません。
圧倒的に煙草や飽食のほうがこの国の人間の命を危険に晒してる。
というのもその通りでしょう。ですがその人間の命の「数」よりも「質」に着目してみてはどうでしょう。
タバコで肺ガンになって死ぬ人は原発で死ぬ人の数よりも多いのかもしれません。(まだ数字がでてないので何とも言えないですが。)
タバコで病気になる人は、自分を恨めば良いでしょう。肥満になる人もそうです。食品会社を恨みながら死ぬ人は決して多くないでしょう。ですが、原発で病気になった人やストレスを抱える人たちは、人を恨んだり、争ったりして長い人生を送らなくてはいけないのではないでしょうか。
私たちが生きるのに、わざわざ種の中で憎み合って使うエネルギーを使ってまで生きるのは誰が考えても不合理でしょう。ですが、それ(原子力)を使わないともっと不合理なこと(病人が死ぬ)が起きると多くの人は言う。
確かにそうかもしれませんし、そうでないかもしれません。ですが、私たちには原子力という自分たちに制御できないエネルギー以外の物を使って努力する方向もあることを忘れてはいけないし、そちらに努力する方がより難しいでしょうが、単純にこのような問題は解決されるのではと思うのです。自分でも自分の言っていることがよくわからなくなってきましたし、誰もこの意見に賛同しないと思いますが、反応してくれたことに感謝します。
吸いたくなったら問答無用でモンスターエナジーかその姉妹品であるモンスターカオスを飲み干すと、
独特の満足感と落ち着きが得られて、どうにか我慢できるようになります。
そしてビックリするぐらいあっさりと禁煙に成功出来ます。アレはマジで効果があるのでオススメ。
ニコチンの代替としてカフェインを摂取するという禁煙方法は以前からあるようだが、
お茶系ではカフェインが薄く、コーヒーを飲むと習慣性で一服したくなってしまい逆効果になる場合すらある。
そこへいくとモンスター系はカフェインが濃く、煙草とともに飲む習慣のある人もいないであろうから安心です。
欠点としては
2.カフェイン中毒になる
といった事が挙げられるので、そこんとこだけは注意だ。
夜中までラジオつけて勉強してると、テレビじゃ流れない様な面白い音楽がたくさん流れてて
ただただ楽しそうで憧れて、何度か通いましたよ
通ううちに、適当に入ると酒が恐ろしくまずいことや煙草臭い事、服が汚れる事、
早めに始まるパーティーでも、大本命の真打ちは12時を回る頃からしか出ない事、徹夜がそもそもきつい事なんかに気がついてだんだん通わなくなったけど
あーあと、トイレの壁に「覚せい剤や麻薬を見つけたら通報します」って張り紙がしてあったのも自分がいる場所じゃない気がした
この状態を打破する為に、部屋を少し片付けた。
片付けたと言っても、おもちゃを物置きになっている部屋へ運んだだけだ。
まだまだだけど、子供たちの為に頑張らないと。
出来れば今日、買い物に行きたい。
前は仕事帰りに買い物してくれてたけど
4月から部所が変わって、仕事帰りはいつも飲みに行くから帰りは遅いし
そもそも帰って来なかったりもするから全然買い物してくれなくなった。
まぁベロベロで帰って来られるのが嫌だから
「帰って来なくていいよ」って言ったのは私だし
今まで酔っ払いの旦那からの嫌がらせで散々な目にあってきたから
そのくらいは許して欲しいと思う。
正直言って、旦那と一緒にいても楽しくない。
「早くしろ」だの「そんな事するな」だのうるさい。
この間長女は、お父さんが嫌いな理由を「すぐ怒るから」と言った。
私も下手なので、わかりあえるよう何度も話し合いをしてきたが
一向に改善しないので諦めた。
「私達の気持ちがすれ違い過ぎだしw」って思ってる。
やっぱり働きに行きたい。
て言うか、このまま引きこもってるのが嫌だ。
税金の問題で沢山は稼げないけど…。
酒や煙草という話ではなく、「愛する人から、自分を心配してくれることによって規制をかけられた場合従うか」って話?
それとも、本当に酒と煙草の話?
ちょっと真意がつかみかねるけど。
単純に酒や煙草の話ならば、「酒や煙草は(量によるが)体に悪い」とする主張には合理性があるよね。
酒は少量ならば健康にプラスに働くけど、量のセーブができない人や、肝臓が弱っている人、というケースもある。
だから、「少量ならばいいじゃない」と言われても、それが実現されるかどうか等を総合的に考えてその案を却下すべきという判断もあると思う。
そう考えれば、「規制するのは相手のエゴだ」で片付かないとおもう。
つまり、ここで問題にすべきは、「自分を心配してくれることによる進言かどうか」「相手の言うことに合理性があるか」だと思う。
「私がさみしいから仕事終わったら毎日真っ直ぐ帰ってきて」とか「不安になるから女友達とは遊ばないで」ならば、自分への心配からくる言動とは思いにくい。
煙草の話をするならば、喫煙による人体への害はよく知られているけど、たまーの一本が有意に害を及ぼすのかは、統計的なデータをみないとわからない。
そして、吸うことによるストレス軽減、喫煙場での人脈形成等の利益が、人体への害を上回るという判断もある。
そう考えると、自分への心配であっても合理性がある主張とは言えないケースもある。
そうなると、「愛しているからエゴの押し付けでも従おう」か「愛していてもエゴの押し付けに従う道理はない」というふたつの判断にわかれてしかるべきでしょう。
で、一番ややこしいのは、言ってくる彼女は合理性があると考えているが、言われる自分は合理性があると思えないケースになると思う。
そうなったら、二人できちんと話し合い、「なぜ規制する合理性があると考えるのか」「なぜその主張に合理性があると言えないのか」を理解し共有する必要がある。
まとめるとだな。
二人で納得いくまで話し合えばそれでいいじゃないの。
他人に共感してもらったって、自分が納得できてなかったり、彼女が納得できてないなら全く意味をなさないじゃない。
ちゃんと話し合え。
俺からは以上だ。
7年前の書き込みだし、有名かどうかはわからんが。
数ある体験談の中でもダントツに後味悪いので是非読んでみて欲しい。
俺は4日前にこれを読んで、いまだにモヤモヤが消えない。
遠距離の彼女の住むマンションに、連絡なしに尋ねて驚かそうと思っていた彼氏が見たのは知らないDQNとのセックスの光景だった。
彼女のバイト先の先輩だったDQNは、大人しい彼女を半ば脅し、強引に関係を持ったらしい。
ドアにロックをかけていても、大声で怒鳴るストーカー気質。気づけばセフレの関係に。
煙草が大嫌いなはずの彼女の部屋にある吸い殻を見てショックを受ける彼氏。
D「大体あいつだっていきまくってんだぜ?エロい体してるよな。フェラとかとかあんまりさせねえんだって?」
俺「そういう話してるんじゃないだろ。」
俺「そういう話してるんじゃねえだろ?」
D「フェラとかとかあんまりさせねえんだって?答えろよおい。俺にばっか質問してんじゃねえよ。」
俺「いい加減にしろよ」
結局、バイト先と話し合い、DQNは制裁を受け、彼女は引っ越し、一件落着。
なんてことはなく、異常なまでのもやもや感が残る。
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彼氏が振られる訳でも、彼女がDQNにどこか惹かれているわけでもないのが、より虚しさを感じさせる。
このモヤモヤを晴らすために、また、この一連の出来事の不条理さを納得させる為に、重要な要素を挙げていく。
浮気現場を目撃されたのに「何?」なんて返したり、全く悪びれる様子が無い。恐ろしい。
こういうサイコパス気味な奴と出会ってしまうのは一種の事故で、対策をとるのも難しいだろうなと思う。
美人ってこういう訳解らん奴いっぱい寄ってくるだろうから大変だ。
もし家に上がらせたのがサークルの同期だったなら、手を出されても抵抗できただろうに。
DQNと彼女の心理的な立ち位置ってのに差がありすぎて。男は皆オオカミだと思って欲しいですね。
正直、この文章自体に書き手(彼氏)の主観(惚れ)が入りすぎていて、この彼女をイメージする事が難しい。
クラスで1、2番目の美女なんだから、ある程度は華やかだろうし、被害者100%を意識するのは間違っている気がする。
文中にもあるが、SEX自体は普通に、恋人とやるようにやっていたんだろうなあ。
1度やったらあとはズルズルなんてよく言うが、彼女も自分の中で整合性をとるために、少しずつ気持ちが動いていったのだと思う。
彼氏のSEXのダメなところとか笑いながら挙げていたんだろうなー。
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俺が、拙い想像力で考えうるディティールはこのくらいなんだけど。
変な話だけど、こんな俺でも自分はそんなに悪くない男なんじゃないかっていう自惚れがある。
高給取りではないものの、平均よりは稼ぎがいいし、そもそも半分くらいが非正規とかいうこのご時世、ちゃんとした会社でちゃんとしたポジションにいるし、コンスタントに体を鍛えているし、髪や洋服に無頓着というわけでもない。
滅多に愚痴や、他人を悪くいったりしないし、怒鳴ったりすることもない。
どうして告白するたびに断られるんだろうなと。
高望みなんだろうな。
きっと女も同じ事、ろくな男が寄ってこねぇとか考えてるんだろうな。
まぁ、俺の場合はモテなくたってジョギングとか筋トレとか、読書とか映画とか、それなりに趣味があるからまあなんとかやってけるけどさ。
避妊せずにセックスをすれば必ず妊娠するとは限らないので、「こうなるとわかった上でそうした」という風に意図的な行為として扱うことは不適切なのでは。
他の記事で出ていたように、がんや肺気腫に罹患すると知っていながら喫煙した人間、あるいは身近な人間の喫煙を止めきれなかったために副流煙を浴びた人間に対して、全面的に自己責任とみなして医療補助は必要ないとするのに近い。
セックスをしなければ確実に妊娠しないことは分かっているので、それをするということは可能性を甘受すると言うこと。煙草が本来嗜好品であり、健康を害するのが目的ではなく、喫煙の頻度に対して健康を害する程度が小さいのに対して、性行為は妊娠する/させるのが本来の機能である。事故を意図的に引き起こせば過失致死ではなく殺人が適用されるのと同じ話である。
胎児については、意図的に意志を問う機会が奪われ無視されているのではなく単にその方法が無いだけ。中枢神経も完成していない胚のいかなる反応をもって「意志」とするかなど議論が待たれる。人間の価値判断は明らかに後天的に身につける価値観に左右される部分があるので、そもそも細胞の動きを生存意志の有無に結びつけて考えることは理にかなっていないという考え方もできる。
妊娠は両親によって意図的に引き起こされたものとすることは上で述べたように一律に適切とは言えない。婚姻関係にある男女が双方納得の上で性行為を行い妊娠に至ったというような場合以外はすべて意図した妊娠とは言えない。
単にその方法がないというのであれば、どのみち意思確認はされていない。されていないものをされているかのように扱うのは意図的なミスリード。人が自意識を持つに十分な神経細胞を発達させるには生後約2年がかかるが、生後2歳以下だからと言って乳児を殺害していいということにはならない。君が自我が芽生える前の乳児を殺害しても良いというならばそれはそれで論理的整合性があるが、そうでないならばただのためにする詭弁でしかない。これは生物上の実態を現実の法律にどう落とし込むかと言う話であって、生物と法律双方の理がそもそも異なっている以上、どこかで恣意的にならざるを得ず、発生へ至る最初の部分からを保護するのがより理屈に合うと言うだけの話である。
性交渉をコントロールすることは十分に可能であり、実際になされている。そのうえで妊娠という現象が発生しているので、強姦以外はすべて意図された妊娠である。
では言いなおそう。
会社に対する労働基準監督署の是正指導には強制力がなく、監督署へ相談した相談者は自ら刑事・民事告訴を行わねばならない。
また会社側は「妊娠・育休取得による解雇である」と明言しさえしなければ解雇自体は可能であるので、業績や勤務態度等から勘案したと主張すれば産前産後休業以外のタイミングでの解雇は正当化される。
また虚偽である。君は平気で嘘をつく人である。労基法は強行法規であり、是正勧告には期日指定の強制力がある。妊娠が実際には理由であるのに他の理由で解雇することはケース的にはあり得るが、表面上それが妥当とされるならば、それが妊娠が原因で解雇されたとは言えないはずである(言うとすればそれは主観的な判断でしかない)。そうした個別の違法措置に対して、事実認定において裁判を起こさなければ確定しないのは罪刑法定主義とその運用上当然のことであって、これに限ったことではない。実際には裁判になれば、妊娠の事実があれば仮に本当に他の要因によって解雇したのだとしても、妊娠を理由としての解雇と見なされるので、コンプライアンスに留意している大半の大企業では解雇はあり得ない。
「堕胎罪を厳罰化することで、出産をあきらめざるを得ない妊婦を追い込むべきではない」- これがあなたの結論であって、すべて、この結論から論がなされている。ただしくポジショントークである。仮にそういう人がいるとしても、ヒトとなり得る胎児の生存権をすべて否定して守るだけの公共的な利益があるかどうか疑問であるし、実際にはその前段階で幾つもの過程で選択肢が与えられている。また、本来の法設計の思想上も、そうなっている。
根拠は?
性行為が複数名でしかなし得ず、強姦で無い以上、合意のうえと見るのが妥当であるというか、そういうしかないのだが。一方的に女性のみが被害者というのは思い込みに過ぎない。
■非喫煙者
それらの定義は以下の通り。
●嫌煙厨
いわゆる何が何でも嫌ってほど喫煙者やタバコ、灰皿まで憎しという言動。
割と表立って悪態もつく。
●嫌煙家
基本、喫煙者全般がキライだけど、あくまで喫煙行為と底から発生する煙が嫌(ニオイ)が嫌という人達。
喫煙者が煙草をやめてクラスチェンジするとだいたいココに落ち着くらしい。
もともと吸ってなかった人よりもタバコのニオイに敏感なんだとか。(高校の社会の先生が言ってた)
嫌煙厨の行動はキチガイじみてると思ってる(主に俺が)し、いいぞもっとやれとも思ってる。
●無煙者
もともと吸ってない人に多い。
横で吸われても何とも思わないが、自身は吸おうとは思わない。
前述のVSで登場はしない、かな。
■喫煙者
対する喫煙者側も分類できる。
主にマナーの有無で分ける。
●喫煙厨
ポイ捨て上等、路上で吸うのもためらわず、何なら駅構内でも吸っちゃうぜ、という廚二精神が混じった喫煙者。
●愛煙家
また、喫煙厨を毛嫌いしている人も混じってる。
■喫煙者全員が悪者になるわけでもない
先日、近所の公園が工事されててどうやら喫煙スペースが作られるらしいと。
公園の場所はオフィスビルが林立するところの真ん中にあって、サラリーマンの憩いの場でもある。
勿論そんなサラリーマンが来る理由は灰皿が備え付けられてるから。
地球から灰皿が生えてる。でも灰皿は回収されず、壊れてるので自動的に下にばらまかれる。
そりゃ汚くなるわ、と言う場所。
その公園は保育園児が散歩で連れて来られる場所にもかかわらず、吸い殻が散乱してる。
憩いの場は喫煙者としてのスペース。
ココでそれぞれに主張させてみましょう。
嫌煙厨:いっそのこと灰皿まで無くせばいいのに
嫌煙家:分煙されれば吸い殻の被害はこれまで程ではなくなるかな
きっとこんな感じ。
ちなみに自分が一番該当する部分に属するのでは。
嫌煙厨的には見るのも嫌なので無くして欲しいでしょうが、それだと吸い殻が散乱するという問題への解決は半分しか達成されない。
街が汚れようが自分の服が臭くなろうがお構いなしなので、勿論他人が被る迷惑も省みない。
なので彼らだけは灰皿を撤去した公園でも吸い続け、吸い殻を捨て続けるということ。
この時、愛煙家から見ても、喫煙者の全体を貶める行為として忌み嫌う。
逆の非喫煙者側から嫌煙厨を見ても、行き過ぎる意見は逆効果になり、非喫煙者全体がバカだと思われるとして忌み嫌う。
例えば、嫌煙厨が煩く行政に騒いだところ、あらゆる灰皿が撤去され、その結果、街に吸い殻が散乱して回収されずに居る、という結果が良い例。
どちらの派にも良識派が居て、そう言う人達はわきまえるという事を知ってる。
こうやって良識の有無を以て賛成派と反対派をもう一階層掘り下げる事ができるかどうかで、物事の捉え方が変わる。
要原発も、原発の有用性を認めた上で、リスクの認識の有無で分類。
原発に対する意見よりも、”一社会における人間の多様性を認めているか否か”=”良識があるか否か”で分類できる。
言ってる内容はだいたい前述の通り。
極端にというか、無知で話すと同派閥から見てもクソだよね、と言う話だ。
反原発派の無知層から出るまるで呪か何かと勘違いしてるのではないかと思われるほどの行き過ぎた反応は人々を傷つけるだけではなく、反原発派全体をバカだと思わせる行為に他ならない。
反原発知識層は危険性をより明確にし、無用な心配は起こらないようにする行動をとっている。
そしてそう言った行動は出来るだけ多くの人間と共有しなければ自身を危険に晒す事になるからよりいっそう周囲に広めようとする。
たとえば、反/要原発などの意見を持たない人間が発案した小学校の遠足は行き先が福島でした、とする。
コレに対して、線量がいくらだからとか、どの地域までなら、という基準を持っている反原発知識層からすると、明確にどこまでならOKといった話ができる。
一方、反原発無知層には東北と聞いただけでヒステリーを起こしてそんな学校つぶしてやるわ、位の行動を見せる。
で、実際には後者の方が煩いので目立つわけで、要原発からしたら大半の反原発派の人は、この無知層を以て反原発=放射脳と言っているのだと。
一度この図式を持つと、大概頭の固い人間であれば、科学的な論拠に基づいての意見も放射脳だからというレッテルで意見を聞かないし頭から否定をする。なんというか、地球が丸い?そんなわけあるかよ、という反応に近いモノを感じる。
考えれば考える程分からないんだが。
放射性物質は全国に飛散しているんだから、被災地の瓦礫を受け入れて危険になるというなら今現在の数値で十分危険な筈なんだよ。
海外に逃げずに日本に暮らしている時点で十分に安全厨。それなのに瓦礫受け入れは拒否するっていう危険厨な態度を取るのが訳分からない。
本当に怖いなら「瓦礫受け入れ反対」ではなく「移住させろ」と訴えるべきである筈。
自分では煙草を吸うけれど癌が怖いから受動喫煙はしたくないという喫煙者みたいだ。
サイレントマジョリティは受け入れ可だと思うんだけどなあ…。