はてなキーワード: エントリーとは
http://anond.hatelabo.jp/20160426101140
このエントリーを見て考えていた。会社のパワハラがひどく会社を続けながら転職活動をする時間もない。フリーターになるしかないか…でも実家を出ているしお金がない…と思っていながら見ていた。
スーツが西友なら、服はGUとしまむらでなんとかなる。ちょっと奮発してH&MやOLDNAVYを買うこともできる。普通のひとからしたらなんというチンケな贅沢かと思うかもしれない。けれどあの価格であの服が提供出来ているのはスゴイし、正社員である今でも安月給の自分にはありがたい。
食料品も日本なら安い。ケータイも格安SIMが台頭してきている。お給料が少なくてもなんとかやっていける世界になりつつある。一方で日本で高いのは家賃。でもルームシェアが苦にならないならそうするという手もある。
これってありがたいようで、日本はものすごくダメな方向に向かっているようで怖いんだけども、なぜか自分の中では安心材料になりつつある。このまま転落していくのか、怖いような、これからが楽しみなような、変な感覚、きっとこの精神状態は普通ではない。
安月給やフリーターの若者ってすごく強かだよな。自分で安月給ながら生きる道を探ってる。会社に月給上げろと言うよりもこちらのほうが早いから。そしてそれに応える小売や製造業。日本って変だけどすごい国だ。
2000年代で見ておいた方が良い神アニメ、良作アニメを300本程まとめて感想と紹介をする
こういうアフィ丸出しのブログに文句つけても、アクセスが増加してそのブロガーが喜ぶだけだから意味が無い。むしろ、くだらないゴミみたいなコンテンツを作るのに加担しているとさえ言える。いや、「アカギは麻雀わかんなくても楽しめます!」なんて言われた日には、そりゃ文句を付けたくなるのはわかるんだけど、彼らアフィリエイターにとって得でしかない。くだらない記事に文句ブクマつける行為は、意外にも彼らにとってのみ得である。
ブクマをつけて、ホットエントリー載って、(良エントリーと)勘違いしたライトユーザーがまたブクマをつける。ホッテントリーに載ってしまえば、アフィリエイターは記事の新たな戦略を見つけてしまい、「◯◯選!」「見ておくべき映画◯◯!」「◯◯はこれだけ見とけばオッケー」のようなコスパ再重視ゴミエントリーが量産されてきたのと同じように、また違ったテンプレートが出来上がることは想像に難くない。それとは別に互助会ブックマークユーザーズによって、不自然に伸びてしまうエントリーもあるから一概には言えないが、どちらにせよ、ブクマユーザーがくだらないコンテンツづくりに加担している現状は否めないのではないだろうか。
自分も文句ブコメをつけていたが、ある日、これは意味のない行為、むしろ相手に得でしかない行為だと分かってしまった時から、文句ブクマはしなくなった。嫌儲思想というより、くだらないコンテンツに加担、共犯しているのが嫌になった。「くだらないコンテンツを生むな」とブクマで批判しておきながら、一方ではそのブクマによってアクセスを増加させてしまい、味をしめたアフィリエイターはその類型記事を作ってしまう。結果的に、ブクマユーザーはくだらないコンテンツを生み出す片棒になってしまっている。
そう思った。以上です。
4日前にニャートさんがキャリア論に関して以下のようなエントリーを書いた。
http://nyaaat.hatenablog.com/entry/2016/04/30/182924
ニャートさんが自身のキャリアを振り返り、どうすればもっとうまくやれたかというのを振り返るエントリーだった。
http://anond.hatelabo.jp/20160502202547
ニャートさんと同じ一橋を卒業した編集者がキャリア論を語った増田だ。
主張は2つ。"「学校は身の丈」「就職後は転職できるスキルを磨け」"
その「嫌な気分」というのをここに言語化しておきたい。
自分がこの増田を読んで「嫌な気分」になったのは「ニャートさんが『底辺』になったのは自己責任だ」と遠回しに言っているように読めたからである。
同じ一橋大学を卒業し同じ編集業の仕事をしていた増田とニャートさんのキャリアを分けたのはパニック障害を発症したかどうかである。
ニャートさんは過労によってパニック障害を発症し、一方で増田はハードワークをくぐり抜け、今でも正規社員で働いている。
では、なぜニャートさんはパニック障害になり、一方でなぜ増田はパニック障害にならずに済んだのだろう?
その原因はニャートさんが自分で振り返っている通り、ニャートさんの編集に対する適性がかけていたということだろう。
ストレス耐性や編集業に対する適性がかけていて、結果的にニャートさんはパニック障害を発症してしまった。
メンタルの強さは人によって違い、それを鍛えるのは難しい。
編集業に適性がないこと自体はニャートさんの責任とは言えない。
ニャートさんに責任があるとすれば自分に合った仕事を選べなかったことにある。
だが、社会経験のない学生が自分の適職を選ぶことが、今の就職活動のシステムで可能とは思えない。
嘘ばかりの会社説明会、ホラを吹く人事、面接官の感性による適当な面接……etc
結局のところニャートさんがパニック障害に至り、非正規に転落してしまったのは不幸であるとしか自分には思えない
にもかかわらず、この増田はどうもニャートさんがパニック障害になり、「底辺」になったのは自己責任であると考えているように思えるのだ。
それをを示しているのは「転職できるスキルを磨け」という増田のアドバイスである。
増田はスキルを自分が身につけていたからこそ、出版業が斜陽になっても他業種へ転職でき、今では年収1000万近く給料をもらっていると述べている
しかし、ニャートさんのキャリア論に対してこのような返答をするのは、ダメだと思う。
不運にも「底辺」になってしまったニャートさんに対して、自分が1000万近く年収をもらっていることを自慢すること自体まずどうなのかと思う。
そして1000万年収をもらえるようになったのは自分に「転職できるスキル」があったからと増田が発言するのは、暗にニャートさんが「転職できるスキル」がなかったから「底辺」になってしまったといっているように聞こえる。
「転職できるスキル」があればニャートさんは非正規から正規社員に返りざけるのだろうか。
それは違う。
散々ニャートさん自身が呪詛に近い言葉で非正規社員から正規社員に戻ることの難しさは述べている
http://nyaaat.hatenablog.com/entry/2016/03/16/072339
ニャートさんは編集業以外にも翻訳のスキルなども持っている。それにブログの文章を読めば、高い能力を持った人間であることはすぐにわかるはずだ。十分スキルを持った人だろう。
だが、そんな高い能力を持ち、しかも一橋大卒というアドバンテージを持ち合わせているニャートさんでさえ正規社員になるのは困難な道なのである。
おそらくニートとしての空白期間とパニック障害持ちというディスアドバンテージがニャートさんを苦しめているのだろう
しかし、何度も書くか、ニャートさんがニートになったのもパニック障害になったのも彼女自身の責任はほとんどない。
それなのに「転職できるスキルがあればいい」とニャートさんのキャリア論に対して返答するのはいくらなんでもあんまりではないか
あともうひとつ不愉快になったのは「身の丈にあった学校に行け」というアドバイスである。
これは増田自身がどれだけ自分の学歴に支えられているかを自覚していないからできるアドバイスなのだろう。
確かに増田は受験競争と就職競争の厳しい時期に、その狭き門をくぐり抜けた実力者であり、仕事のできる人間なのだろう。
しかし同時に、実力と同じくらい自分が幸運に支えられてきたということに気付けていない。
例えば、増田と同じレベル、あるいはそれ以上の実力を持った人間でも一橋に入れなかった人間はいるに違いない。
貧乏で進学できない人、病気で勉強できなかった人、不運な事故にあった人、あがり症で実力が出せなかった人…
そういう人間は増田より実力があるにも関わらず一橋大学卒という資格を得られなかったのだ。
そしてそのような人たちはおそらく新卒の就職活動で増田より多いに不利な立場に立たされたに違いない
学歴というのは新卒の就職活動において最も武器になる資格である。
それをなぜ"ボクのいた出版社なんてそんな有名大学ばかりじゃないどころか短大卒とかもいたよ。"などと言えるのだろうか
増田は自分が一橋大卒だからこそ採用されたということがありうるという可能性を無視している。
運や相性の要素もある。
仮に増田が一橋大学卒業という肩書を持っていなければ、実力があっても新卒で就職した会社の面接で落とされていたかもしれないという可能性をなぜ考えられないのだろうか?
もちろん「身の丈にあった大学に行かないと退学し、結果的に損をする」のはありうるのかもしれない。
だが、増田の書きぶりはあまりに学歴の効果を無視しているし、不幸で学歴を得られなかった人間に対して失礼じゃないだろうか。
長々と書いたが、結局、増田は自分がいかに恵まれていたかに対して鈍感なのだと思う。もちろんそれ自体はそんなに責めることではない。
ただ、不幸によって「底辺」に転げ落ちてしまい、そのことを死ぬほど気にしているニャートさんのキャリア論に対して、自分は実力だけでのし上がったという返答を返すのはどうなのか。
実力があっても人生どうにもならない人はいる。まさにニャートさんはその証明だろう。そういう人間に対して実力があれば何とかなると言ってしまうのは、つまるところニャートさんの不幸は自己責任だと言っているようなものではないか
あのキャリア論を書いた増田は多分ニャートさんの事情についてよく知らずに増田を書いたのだろう
そのエントリーについたブクマで「上方婚と上昇婚を混同するな」というコメントがあった。
ネット集合知の最先端を行く増田とブクマカたちにこの2つの違いを聞きたい。
(追記)
http://anond.hatelabo.jp/20160504030310
あとブログ書いた人は筒井淳也の『仕事と家族』という新書は読んでるのかな
男女間の収入格差がある状況では、女性は生活レベルを維持するために自分より収入の高い男と結婚せざるを得ないという結論にあの本も至ってたはず
釈迦に説法でもう読んでるかも知れないけど一応参考になれば
http://anond.hatelabo.jp/20160503190535
先月初頭まで放送されていた『サタデー大人天国 宮川賢のパカパカ行進曲』というTBSラジオの番組。
リスナーの失敗談を電話経由で披露するというものだ。場合によってはいくらか賞金も獲得できる。
自分もこの番組に出場しようと幾度か電話をかけたことがある。その際、まずオペレーターにつないでもらう。
オペレーターの前で一度披露したい失敗談の内容を話すことで、出場できるかどうかの判断が下されるからだ。
自分のよう出場を希望する人が電話経由でエントリーする場合、オペレーターとのやり取りをもとに出場の可否が判断されるのは当然である。
一方、この番組はメール経由での出場者募集も行っていた。披露したい失敗談を記したメールを番組側に送付することで、エントリーが行われる仕組みだ。
メールでエントリーを行い、なおかつ(記載された内容をもとに)出場ができると判断された人の場合においても、何度かオペレーターやスタッフとのやり取りが行われていたという。
恐らく、オペレーターやスタッフとのやり取りは、電話で変なことを言わないかというスクリーニングという側面もあるのだろう。
他の番組はどうか知らないが、意外と似たような感じではなかろうか。
まずは、まだ5月ですので焦らないでください。私も5月上旬に内定がなくて焦りましたが、最終的には内定が2つもらえました。
2015卒は12月にエントリーが始まり、4月から面接が解禁となりました。2016卒は4月にエントリー、8月に面接が解禁でしたね。2017卒は3月にエントリー、6月に面接解禁ですよね。過密スケジュールで心労はお察しします。しかし、まだまだ始まったばかり、それどころか本番は始まってすらいないじゃないですか。たぶん今の段階で内定がなくてもまだ問題ない段階だと思います。
就活で疲れたら就活を休んでもいいんですよ。数多く選考を受けると1社1社に集中することができず、準備が不十分で落とされることも考えられます。
ゴールデンウイークでいっぱいになる
同じ大学でOB訪問→リクルーター通してトヨタやデンソーの内定をもらう人がいる
サイトがオープンする前にいつでも面接に対応できるようにしておく
マイナビ等に頼るべきではない。
人事は第一志望でないと取らない。
外でのセミナーは1度顔を出しておく。学生の真剣なところを目の当たりにしておく
・イベントに頼るな →学内セミナー(会社説明会と同じ)は重要 AIUは企業が大学に来る。
新聞を読むと(毎月読む)流れがわかる。
2~3か月見てるとわかる
↓
どこで自分を役立たせるか?
キーワードを作って比較。KDDI NTTなど 売り上げ などのキーワード
売り上げというキーワードならソフトバンクが第一志望ですと言える(売り上げで世界一へ)・・志望理由になる
人事が見ている場所・・なぜ?他と比べて?
ある程度絞る必要がある
50~40で絞り込んで研究をしっかりやっておく
場面場面で”これ”という言葉
筆記試験は年内に(12月までに)完了させる。SPI ・・6割7割取れればいい。
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SPI3-U⇒ 一番よく受ける
WEBテスト……よく使われる
準備をしっかりしてやる、計算機、紙など。
自分で出来具合がわかりづらい。
⇒他社でも使える。
点数は通知されない。駄目だったらまた受け直しができる。
キャブ、ギャブの勉強を。
★spi★
出るパターンが決まっている。
時間の変換
1・インターンは落ちても気にしない。
インターンシップに通ったら
志望業界の知り合いができる
働くということが身近に感じる
☆本気で働きたいと思ってないのに入りたいと思っている人がいる。
スーパーでも、なんでも。
劇的に変わるのはマナー
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人事だと気づかず
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☆どういった人が社会人にいいか?
報告、連絡、相談
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直す方法はどこにも書いてない 手引きにもない
先輩もしらない。
⇒想定していなかった問題を解決する
(ソリューション)
⇒ひたすら情報収集。
情報を集めたら、分析⇒考えて、仮説を作る(ポジションニング?)
⇒検証に入る。
⇒必ず失敗をする。失敗の連続。
色んな迷惑をかけて失敗。
⇒怒らない。 お疲れ様って言われる。
振動が原因じゃないとわかった
落ち込む。でも失敗して落ち込む
どんどん真実に近づいていく。
本当は治らないかもしれないが、改善になっていく。
みんなで頑張れるひと☆
⇒落ち込んでも粘り強く頑張る。
私は、何をすべきか自分でわかる人。
面接で多い。
アルバイトで怒られた、でも頑張る等。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よし、俺がこの研究室を盛り上げる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
問題はそこらじゅうにある。
今の自分を変えるために。
売り上げというキーワードならソフトバンクが第一志望ですと言える(売り上げで世界へ)
志望理由になる。
人事が見ているところ なぜ、他と比べて?
50社エントリー→15社に面接→1,2社に内定・・ある程度絞る必要がある
場面場面で”これ”という言葉→頑張ったこと。
・みなさんグループを組んでくださいと言われた時、
すぐに声をかけられる人が目立つ。
最初の間は調べる。
以前の増田でも、はてなブロガーを中心として、カテゴリーを都合よく変える、という指摘があったと思う。
http://rarasongjing.hatenablog.com/
タイトルに「笑える」とあるのに、いまだ笑えたことのないブログなのはいいとして。
ここのブログの新着を見ると、このようになる。
http://b.hatena.ne.jp/entrylist?url=http%3A%2F%2Frarasongjing.hatenablog.com%2F
カテゴリーを見ると、見事に「おもしろ」ばかりである。最新のものまでで、連続11エントリーが「おもしろ」。
しかし、カテゴリー変更の形跡を見ると、この11エントリーのすべて本人によって修正されたものであることがわかる。
いくつか読んでみると分かるが、このブログの内容だと、ほとんどすべてが「生活」に該当すべきものであろう。
もちろん、はてなのシステムで「おもしろ」と判定されたものなら、「おもしろ」でもしょうがない。
誰が見ても変なカテゴリーに入っている以外は、トラブル防止のためコメントに「こういう理由だから変更した」と書くことがありますが、理由が常識の範囲内であれば納得できるのでは。他のユーザーが困るような変更を抑制するための注意文でもあります。
なるほど。自分の場合、自分がブクマしたい記事と、カテゴリ新着を整理するのは、方向性が違うので、必ずしも「カテゴリ整理をした=ブクマしたい」訳ではないんですよね。個人的には評価していない記事に対して1ブクマ与えるのもなんかなぁ……。と思いますし。
とはいえ、混乱を招くなら、新しいアカウントを作って、それでブコメ+カテゴリ変更するのが適切かもですね。
1週間やってみた感想としては、カテゴリ変更って結構難しい。「誰が見ても変なカテゴリー」「常識の範囲内」と言うけれど、実のところ、たぶんその常識とは十人十色なんだなと実感します。明らかに「テクノロジーじゃないだろ」と思って変更した先でも「いや、おもしろじゃないでしょ」と言われる可能性は大いにあると思います。そして、おそらく大抵の人は「自分の読みたくないエントリは、どういう流れであっても、読みたくない」という意識が根底にあるんじゃないかと想像します。たぶんですね、互助会やはてなブログで持ち上げられた内輪エントリーって、結局の所、外部の人は誰も読みたくない記事だと思うんですよ。身内で楽しんでる文化祭のドンチャカ騒ぎを見る感覚に近いです、お客さん置いてけぼり。200記事分変更したという事は、もちろん200記事以上読んでるって事なんですけれど、ハッキリ言って、本当に面白くない。とはいえ、少しでも適切と思われるカテゴリに変更したら、3ブクマ以上稼いでる以上、どこかのホッテントリには載るわけです。やっぱり変更先のカテゴリーファンから見て「読みたくない」と思う人はいるわけで、みんな微妙な気持ちになると思うんですよね。自動分類よりも幾ばくか、カテゴリとエントリの合致制が高まったとしても、読んだ人のモヤッとした感情は、どうやっても拭えないというか……。これはちょっと、行き場がないよなぁ。とも思います。
まあ、地道にやってく他ないと思います。私は別にはてなからお金貰ってるわけじゃないし、変更した所でもしかしたら誰かが怒るかもしれないけれど。私にとっては互助会を叩くよりもカテゴリ変更の方が解決の近道じゃないかな。って思うので、ちょっとの労力を払って、もう少し様子を見ながらやってみようと思います。
・社宅,寮がある(初めての一人暮らしだから面倒な手続きは会社にして欲しい)
・実家から飛行機の距離(家を出たい、盆と正月だけ帰省で十分)
・そこそこ有名、待遇が良い会社(でないと家を出るのに親の許可が下りない)
等の条件を満たしていたから。
大学に相談したら、毎年大学推薦が来るからエントリーはそれまで待てと言われた。
そのメーカーの、マイ○ビ系就活サイトのエントリー締め切りが過ぎても、大学推薦の案内は来なかった。一次面接が過ぎた頃、やっと推薦の案内が来た。
教授の推薦をもらって、エントリー締め切りはとっくに過ぎているけど就活サイトでエントリーした。
一次面接、二次面接は時期的に受けられないからと、いきなり最終面接に呼ばれた。
面接では、まず志望理由を聞かれた。相手の役員が三人もいることにテンパッて、たどたどしく答えるのを遮るように、「どうせ内定出しても蹴るでしょ。せっかく東京の大学出てこんなとこ就職しないよね」みたいなことを言われた。「いえ、第一希望です。大学の推薦も受けています」と答えた。「ふーん、もういいよ」で、面接終了。部屋から追い出された。
これ絶対落ちたわ。泣いた。
大学推薦ってすごいなって思った。
ホッテントリになりやすいカテゴリは、自分が見てきた限りでは、「学び」と「おもしろ」あたりだと思う。
ただしそれこそ、その日によってケースバイケースだったりする。
たとえば、小保方さん事件の頃は、普段は新着に出てこない「学び」関係のエントリーがニュース系のせいで多かった。
ただ、「1週間程度で200件くらいカテゴリ変更をしてみた」ということだが、その中にはてなブログはどのくらいあったのだろうか?
「先に誰かがカテゴリを変えていた」ブログは触らなかったそうだから、むしろ「スパム行為があった」としてもスルーしていたのではないだろうか?
自分が見た限りでは、「意図を持ってカテゴリを有利に変更した」と思われるブログは、はてなブログしかなかった、と言ってもいい。
(厳密には、ブコメでも「スパムサイト」と言われているあるサイトははてなではなかったが、これは例外)
もっとも最近は、大手サイトやまとめブログ、ニュース系以外で、ホッテントリいなるエントリーの多くがはてなブログだから、しょうがないのだが…。
具体的に誰のどの記事を見てそう思ったかは、それがスパムであるか否かが断定できない以上、増田で発言するのはフェアではないので避けたいと思う。
ただ、カテゴリ変更のヘルプには「カテゴリ変更のガイドライン」としてこうある。
・カテゴリは全ユーザーで共通です。変更を行うと、他のユーザーにも影響があります。
・カテゴリはあくまでそのページに最適と思われるカテゴリが選択されるべきであり、各ユーザーが好きなカテゴリでブックマークを保存するためのものではありません。
・エントリーの内容とは関係のないカテゴリを選択するなどの変更はお控えください。
・カテゴリを変更した場合、最後に変更したユーザー名が記録されます。記録されたユーザー名はカテゴリ変更時に確認可能です
・いたずら防止のため、プライベートモード時にはカテゴリは変更できません
・カテゴリをどのカテゴリに変更すべきかは、カテゴリ選択時のフォーム内容に沿って判断してください。判断に迷う場合は変更をお控えください。
特に最後の「判断に迷う場合は変更をお控えください」というのが肝心で、本来、自分に利するカテゴリ変更はなおのこと避けるべきなのではないかと思うのだが。
http://mainichi.jp/articles/20160419/k00/00m/040/009000c
この記事では、全国世論調査で「近所に保育園ができるのを迷惑だと思うか」という質問に対し、「迷惑だと思わない」という回答が86%を占め、一方で「迷惑だと思う」という回答が6%にとどまったことをうけて、「保育園を『迷惑施設』と考える人は少数派」と結論付けています。
最初に断っておくと、単純に数字だけの比較でいえば、保育園迷惑派が全体に対する少数派であることは客観的に明らかであると言えます。しかしながら、この質問は、保育園が実際に近所にある状態を経験している人/したことのある人と、そうでない人では結果の絵姿は変わってくるだろうと思うのです。
では、保育園が近所にある状態を経験している人々は、全国にどの程度存在するのでしょうか。簡単な分析をしてみました。
保育園が近所にあることにより、何らかの不利益をこうむる場合、保育園ができることは迷惑であるということになります。ここでは、この不利益を、子どもの声・お遊戯の音楽等による騒音に的を絞って考えます。
資料1によれば、日常生活で「静かだ」と感じるのは45db(デシベル)以下とされています。対して、「うるさい」と感じられるのは、60~70dbを超えたあたりです。70dbはどのくらいかというと、騒々しい街頭やピアノの音にたとえられていますから、保育園の騒音はだいたいこの程度のものと考えておくと良いかと思います。また、同資料による「音の距離減衰」をみると、70dbの音源からだいたい50mほど離れれば、静かだとされる45db以下におさまることがわかります。騒音防止法の規定により、そもそも保育園で何らかの防音対策を試みているものと考えられますが、ここでその対策を無視すると、少なくとも保育園から半径50mの範囲内では騒音による何らかの影響を受けやすいと考えることができます。本分析では、多めに見積もって保育園から半径100m(約0.03平方キロ)の範囲を「保育園が近所にある」状態と考えることにします。
資料2(厚労省の調査)によれば、全国に公営・私営を含めた保育所は22,992件あります。
日本の人口(およそ1億3千万人)を総面積(およそ38万平方キロ)で割った人口密度(約340人/平方キロ)に0.03平方キロをかけると半径100mあたりの人口(10.18人)が算定できます。
これに日本の保育所数を乗ずると、保育所の近所にいる人口は約23万人となります。これを日本の人口に対する割合で示すと約0.18%となります。
この計算では、保育所を新設するにあたり十分なスペースを確保できる(つまり、実質的に保育所の騒音影響が無視できる)いわゆる過疎地についても考慮に入れてしまっているため、上と同じ計算を密集地域である東京都+指定都市(※)に限定して行った場合、保育所の近所にいる人口は約91万人と計算できます。これを日本の人口にたいする割合で示すと約0.7%(当該地域の人口比に対する割合は約2%)となります。こちらのほうがより実態に近い数字と言えるでしょう。
簡単な四則演算に基づいたもので、実際の数値とは乖離が認められると思いますが、それでも当初言及した「保育所が近所にある状態を経験している人々」は、どれだけ多く見積もっても日本の人口に対してたかだか一桁パーセントでしかないことがわかります。保育所に類する存在である幼稚園を含めても、一桁パーセントからそこまで大きなずれはなさそうです。
6%の内訳を知り得ない以上、保育所の近所に住んだことのある人の多くが保育所の迷惑さを感じていると簡単に結論づけることはできませんし、それが本エントリーの趣旨というわけでもありません。しかしながら、「迷惑たりうる事象を経験した可能性のある人口」が全体の数パーセントである限り、この世論調査はほとんど意味をなさないのではないかと思います。
そもそも環境権(騒音から守られる権利を含む)は国民の権利としてひとしく認められるものであり、多数決的に解決されるものではありません。保育所を迷惑がり建設に反対する人々のなかには、もちろんノイジーマイノリティというか、理不尽に声を荒げるような人もいるにはいると思います。その一方で本当に保育所の存在、騒音に対する無対策が特定の人々に身体的・心理的な苦しみを与えうる可能性は排除できません。こういった人々が存在する限り、保育所を望む人々がいるからといって何らの検討なく設立してよいという結論にはなりません。(もちろん、逆に保育所をこれ以上増やすべきではないという結論もあってはなりません。)
権利と権利の対立は、そう容易な善悪対立として解決できるものではないので、メディアの中の人は地に足つけてじっくりとものを考えて、慎重な報道をしてほしいです。
資料1: http://www.toho-seiki.com/info04_e.htm
資料2: 平成26年社会福祉施設等調査http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&listID=000001141016&disp=Other&requestSender=dsearch
※「指定都市」の定義は資料2に基づくもの(札幌、仙台、さいたま、千葉、横浜、川崎、相模原、新潟、静岡、浜松、名古屋、京都、大阪、堺、神戸、岡山、広島、北九州、福岡、熊本)。
住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査 2014年