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2019-05-20

雨天の合戦に強い武将こと織田ゴム長です、こんばんは

明日は足元がぬかるみそうですね

嫌だなぁ

2018-09-11

anond:20180911003546

どこまで続くぬかるみ

四十四年と女なく

精子ぞ貯まるおちんちん

(精子ぞ貯まるおちんちん)

2017-08-16

水はね運転って、車道自転車で走ってて被害にあっても対象になるのかな。

車同士で水を掛け合っても違反じゃないとすると、法律上の「他人」ってあくま歩行者だけ?

道路交通法

第七十一条  車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない。

一  ぬかるみ又は水たまりを通行するときは、泥よけ器を付け、又は徐行する等して、泥土、汚水等を飛散させて他人迷惑を及ぼすことがないようにすること。

・・・

第百二十条  次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。

九  第七十一条運転者の遵守事項)第一号、第四号から第五号まで、第五号の三、第五号の四若しくは第六号、第七十一条の二(自動車等の運転者の遵守事項)、第七十三条(妨害禁止)、第七十六条禁止行為)第四項又は第九十五条免許証携帯及び提示義務)第二項(第百七条の三(国際運転免許証等の携帯及び提示義務)後段において準用する場合を含む。)の規定違反した者

2017-03-30

小沢健二ダイヤモンド組曲歌詞

「夢が夢なら」の原曲といわれる「ダイヤモンド組曲」。その歌詞をこの音源(https://www.youtube.com/watch?v=unSD63TL2WI)から書き起こしました。といっても、ほぼここ(http://morning.s26.xrea.com/kakolog/ozawa02.html)のまとめみたいなものです。また、どうしても聞き取れなかった部分があり、そこは「-」で表しています本来音節なきゃいけないところ三音節しか歌っていないで、単純にミスってるんじゃないかと。

以下、歌詞

 

銀河を見上げる冬の小径 色とりどりすれ違うダウンジャケット

ボートを漕ぎ出す波の上に スミレ色に月が光るね

 

冷たい夜風が入るように 北へ向いた裏窓を開けて

地平線までつらなる屋根に昨日降った雪が残るね

 

------春の陽は午後に 鼻歌まじりに行く小径

ぬかるみを歩く子供たちに ニッと笑いかけたくなるね

 

ああ夢が夢ならそれでもかまわない

萌え立つ霧と蜜の流れる波をたゆたうまま

 

口笛を吹こう今は四月 市場を通り目を閉じてみる

生きている気持ちはいつもより強く 四月の空はダイヤモンド

 

ざわめくような緑立つ五月 電車ガラスは涼しげなスクリーン

真っ白に輝く雲の流れ じっと眺めたりしてすごす

 

曇り空はカラスゲレンデ 幸せなやつちょっとすねたやつ

咲きかけた花に雨が落ちて ぽったりと露の玉になる

 

ああ夢が夢ならそれでもかまわない

萌え立つ霧と蜜の流れる波をたゆたうまま

 

かんざしに浴衣を着た少女 波が寄せては返す夕暮れ

華やかな夜の幕が開ける いっそ華火でも行きたいね

 

ああ夢が夢ならそれでもかまわない

萌え立つ霧と蜜の流れる波をたゆたうまま

 

緩やかな円を描くように ぼくらの人生が交差する

天幕の下で踊るワルツ スローテンポで続いて行く

 

嵐のあとに散らばる楓 跳びよけながら駅まで急ぐ

坂道下り降りてすぐに 汗をかいた額打つ風

 

から秋へと空は高く はっきりと今ぼくには判る

ぼくはあなたに会えたことを ずっと幸せに思うはず

 

ああ君がいなけりゃいなくてかまわない

ぼくは一人で生きることを学ぶさと思うから

 

霜の降りた朝街を歩く かっこつけずにいようと思う

漏れ陽が戯れる小径 永遠きらりと光るね

 

クリスマスが近づく場所で 元気に挨拶を交わしたい

天幕の下で踊るワルツ スローテンポで続いて行く

 

ああ夢の彼岸まで高く架かる橋

萌え立つ霧と蜜の流れる波をたゆたうまま

 

緩やかな円を描くように ぼくらの人生が交差する

手を伸ばしそれをそっと握り 誰もが舟を進めてゆく

 

対岸の灯り眺めながら 永遠へと進む夜舟を

 

2017-01-17

兵士だったじいちゃんの話

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

興味深い話が読めたのでお礼に幼少の頃によく聞いていたじいちゃんの話をしてみようと思います

確か今年97歳。

話の時系列史実なんかと照らし合わせてはいないので口伝だと思ってください。

  

南方出兵していたそうだ。

ビルマという単語がよく出て来たのでおそらミャンマーあたりだろう。

向かう途中は狭い船内で古参兵が新兵を並ばせて殴ったりといった行為日常だったようだ。

そのせいで左耳が聞こえなくなり今でも聞こえない。

船は度々狙われたようで隣の船が魚雷でやられるのを何度も見たのだという。

魚雷は白い線が出るからどこを来てるのかわかったそうだ。

  

ビルマについてからジャングルが主戦場だったようだ。

ぬかるみを行軍して靴を脱ぐことをも出来ずに足がただれたこと、ヒルが体中に張り付き血だらけになることもよくあったそうだ。

親指くらいの大きさになったヒルを無理やり取ろうとすると頭だけ残って余計大変なんだとか。

駐留地についてからは色んな部隊に配属されたようだった。

通信用の有線をジャングル内に設置してあるものを度々トラが切るようで3人一組の班を作り夜中に見回りをしていたそうだ。

他の班の人がトラに襲われ全員が帰ってこないこともあったとか。

機銃を撃つこともあったそうで、「○発掃射」とかのような指示がありボタンを放すタイミングが難しいがコツを掴めば簡単だったと言っていた。

援護が目的のようで当たっているのかもわからなかったらしい。

前線補給物資と共に機銃を運ぶこともあったそうで、台座に乗せて4人で運ぶ際に担ぐ肩を変える掛け声が「肩変えー右」「肩変えー左」

途中で現地住民が待ち伏せして襲ってきて隣の人が亡くなったそうだ。

  

通信兵のようなこともしていたとき航空機から攻撃を受け目の前の通信機が壊されたとか。

パイロットが地上からも見えるくらいの高さで身を乗り出して何かを見ていたそうだ。

またある時に調理兵の偉い人が同じ村出身で気に入られ牛の解体とかもしていたそうだ。

川の上流で解体していると内臓は流して捨てるせいか拾いにくる現地住民と仲良くなったと言っていた。

現地の言葉の数え方で「てが あんぱ りな」と言うのを教えてもらったと。

日本語で言う「ひい ふう みい」らしい。

食べ物が無くなってくると錦蛇も食材として捌いていたとのこと。肉厚で美味しいらしい。

それでも足りなくて猪用の頭から入ったら抜け出せない落とし穴を掘っていたらしいのだが、

空腹に耐えきれず食べ物を探しにジャングル内に入った人が落とし穴にはまり亡くなることが何回もあったらしい。

  

おそらく戦後だと思うが、捕虜として捕まったときに見張りの兵に自分たちは連発出来る銃で日本兵は単発の銃だから負けたんだというようなことを

仕草を交えて言われたらしい。

また、何かの土木作業をしたり運んだりといったことを戦後3年間行ってやっと帰ってこれたということだった。

運ぶ作業の際に丸太橋で谷を渡ることがあったそうだが、肩に60キロくらいの荷物を担いでいたので落ちた人もいたそうだ。

  

こういった話を淡々自分感情をのせることなく語るじいちゃんです。

戻ってからの苦労話は色々聞いたけど戦争に関する恨み辛みは聞いたことはないです。

もちろん戦争を賛美するようなことも言いません。

  

最近政治については話たりはしないのでどう思ってるかはわかりません。

だいたいは昔話と猫と相撲のことばっかりです。

2016-06-09

おれはおれに認められたいのだけどそのおれは他人じゃないといけないから頑張っておれのなかにおれでない他人を作った。これが功を奏した。ぬかに絡まっていたような手足はじぶんのものではないからこそ動き出して一歩ずつ裏山を登り出した。他人の山なのだ松茸山菜がいっぱい生えている山。こないだの水害に際してぬかるみコンクリートブロック塀を作ったことで多少荒らしてもよいことになっている。ただ、こういう曖昧ものは嫌いなんだよなあ。こっちが山に入る耽美にあっちはこっちに貸しが出来たと思っている。でも考えてみたらすぐわかるのだが、あのブロック塀が無ければそこの畑は水没してる。かなり救ってやったんだというのだから、喜んでお貸しします!なぜなら…と毎回くらい言ってきてもいいんではないか。こう考えると嫌にこの場所は閉鎖的である。おれは淀川自作の橋を変えるのが夢だ。そこで通行料をいっぱいとって、なくなった花火を復活させたいんだ

2014-03-16

九龍城みたいな風俗店を作って欲しい

九龍城みたいな雰囲気を再現したゲーセン「ウェアハウス 川崎店」に行ったんだけど、コンセプトがすばらしいと思った。

http://hamarepo.com/story.php?story_id=1092

まさにアヘン売春がはびこるアジアスラム街トイレなんか開けた瞬間に「うぇ」と思うくらい汚らしいけど、チリひとつないクリーンさ。

ウォシュレット付きだしね。

で、本題なんだけど、風俗業界女の子キャラ付けして演出する事についてもう限界に来てると思うのよね。なのでプレイルーム(できたら建物全体)を九龍城的にして背徳感を味わいたい。

ぬかるみネオンを反射する路地を抜けて、狭くて小汚い部屋で粗末な衣服をまとった女の子を抱く。考えただけでも興奮するんだけどどうだろうか?

なんてことを、ウェアハウスの出口付近の部屋で無防備に寝ているオリエント工業女の子を見ながら妄想してしまった。

2013-11-29

TTP田植え関係

TTP海外から安いコメが入ってくるとどうなるの?ってよく聞かれるから、ここに書いておく。

おそらくコスト削減で真っ先に出てくるのは田植えをやめて直播きすることだろう。

田植えというのは大変だ。

育苗して苗を田植機に摘んで植える。

育苗は土をつめたパレットに籾をまいてビニールハウスに並べる。

ハウスの温度管理は24時間態勢。

大きくなった苗をパレットごとはがして田んぼまで運んで田植機で植える。

これはほんとに重労働

田植機で水の張った田んぼに入って植える作業は本当にしんどい。

田植機がぬかるみにはまって動けなくなることもしばしばだ。

それにくらべて、この直播きってのは超簡単だ。

発芽させた籾をヘリコプターでばらまくだけ。

早いし楽だ。人もいらない。

じゃあ、なんで田植えなんかしてるのか。

理由は生産の安定のためだった。

もともと生産が安定しなかった直播きをやめて田植えしたら生産が増えたって歴史がある。

天皇陛下田植えするのもその名残。

田植えは神の技術だったのだ。

直播きの場合、鳥に食べられるし、発芽がそろわなかったし、昔の田んぼは水を薄くはることが難しかたから発芽直後の霜で全滅することもあった。

田植えした苗は水を深くはれば霜に負けなかった。

昔は苗床を火を焚いて守った。

今はビニールハウスで守っている。

天気が読めなかった昔は田植えをすることで冷害から守り生産の安定を図っているのだ。

じゃあ、現代では直播きは可能なのか。

直播きの技術は発達している。

籾を温度管理して発芽させるから発芽がそろう。

土木技術が向上して水を薄くはることも可能だ。

天気予報の精度も向上している。

直播きに向いた品種も開発されており食味も向上している。

直播きでも生産の安定を維持することは可能だろう。

おそらく、TPP後の生産の主流は直播きになる。

田植え儀式化してほそぼそと生き残るだろうが。

から先の質問には、時代遅れになった田植えという技術は廃れると思うが、田植えをやめればカリフォルニア米には負けないくらいの値段になるだろう、田舎人口密度カリフォルニア並みになるのだろうけど、と答えている。

2013-09-27

生きていれば丸儲け

私は、精神的に健全とは言い難い方ではあるが、ある種のうつ病のひとたちのような自殺願望はない。自分人生には大概うんざりしているものの、とりあえずいま私は生きているし、病気事故で天に召されるまでは生き続けるだろう。

いまこの瞬間、私が死んだら、なんとまとまりのない人生だろうと人々は思うだろう。自分人生になんの意味があったのか。まあ、私の誕生をよろこんでくれた両親には意味があったのかもしれない。だが、社会的には私はいてもいなくても、なんの関係もなかったように思う。ごく平凡な人間の平凡な人生が、なんのオチもなく、脈絡なく終わる。ただそれだけ。

もっとも、たいていの人々の人生も同じようなものかもしれないが。人の人生映画とはちがって、起承転結もなく、だらだら続き、あるとき突然終わる。だからこそ人々はフィクションにある種の救いを見出すのだ。

アメーバに生きる意味はあるのか?生き物にとっては、死ぬ瞬間まで生き続けること、それ自体が目的なのだろう。我々人間例外ではない。だから、我々はとくにかっこよく生きる必要はない。ただ生き延びればいいのだ。雨の日にぬかるみの上を歩いているような、どうしようもない時期を過ごしている人たちも、ただ生き延びて、ほんの少しだけ状況が良くなるのを待てばいいのだ。

2011-08-30

夢を見た。

どこかの島?中洲(パリのシテのような)?仕事か、プライベートかわからない。いつか知りあいが日帰りでつれていってくれたAveiroからの帰り道に見た見知らぬ田舎?道沿いにある個人商店のぞくと店員がスペイン語で喋っていて、ああ移民が多いか田舎か、と思う。

川の方にいくとぬかるみになっている。対岸はかなり近くて、むこうの声もきこえる。ぬかるみにはまりそうになって、パッとよけると、白鳥がそこで休んでいるのを見る。すぐそこに道があって車がぐんぐん通っていて、「この島は抜け道で、皆よくつかうのだな」と思う。

先の個人商店のわきはデパートになっている。入ると、なぜかバースデーケーキショーウィンドウにならんでいる。母親幼女おめかしをしてその前を歩いている。へんなエレベーターがあって、それにのって上にいく。

上につくと、なぜか高所恐怖症になっていて、扉があいて人が入ってきても、外に出れない。よろめいて、エレベーターの籠にはなぜか柵がなく、ああ落ちる!と恐怖にかられるが、入ってきた人に助けられて外に出る。彼らは父母子の家族で、ふざけているその男の子背中をポンッとたたく。

降りたフロアにはプロレス?かなんかの興行をやっているよう。トイレはいると、イタズラされて分かりづらくなった男子用、女子マーク入り口に。一人男性が間違えたのか、キャーっという声がきこえる。自分は慎重にはいるが、不安で周りの人が男かよくたしかめる。

トイレは、まるで駅のトイレかのように男子便器がずらっと並んでいて、やや不衛生。なぜかほとんどの便器が故障中で、テープがはられていて使えない。立って小便をする。

ここでトンデて、なぜか地下道のようなところを彼女と一緒に歩いている。彼女は「三月から中国に行くことになったんだよ、話してなかった?」という。全く知らなかったので動揺しつつ「一年間?」と聞くと「うん、一年間」と答えるので「僕もついてっちゃおかなっ」というと露骨に嫌な顔。ここで覚醒

久々に長く、具体的な夢だった。

2010-06-15

人の言葉が足元に積もっていく

私はぬかるみに足をとられるように優しく沈んでいく

出会わなければよかったのかな、絶対にそんなことないけど

どこまでも深いとめどなく不快な夜

2009-09-09

ウラジオストック、ナホトカ紀行(その3)

人民元建て「中国ソブレン債券」を発行

 オフショアで60億元を調達し、ハードカレンシー化への第一歩

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英紙フィナンシャルタイムズ9月9日)速報に拠れば、中国オフショア市場で初めての人民元建て国債を発行する。

香港オフショア市場を利用して総額60億元を世界投資家から調達、発行は9月28日。ただし利率、償還期間の詳細は不明。

これは中国通貨戦略の具体的発動で、自国通貨ハードカレンシー化への第一歩であり、注目される。

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ウラジオストック、ナホトカ紀行(その3)

ロシア北朝鮮中国国境では何が始まっているのか?

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(承前)

ウラジオストックの中央広場にあるフェリー乗り場からおんぼろフェリールースキー島へ上陸して驚いた。

道路ぬかるみ、舗装は溶けて泥道、大雨のあとの水たまりの悪路を日本製ランドクルーザーが進むが、生い茂った森林の伐採作業場ばかりが続き、激しい凸凹道に車酔いを感じながら一時間後、ようやくイベント会場となる現場に到着した。

普請の騒音が高い。

現場日本製クレーンが林立している。ブルドーザ、シャベルカーも殆どが日本製だ。そうか、日本抜きにして開発は成り立たないんだ。

建設現場の横に長い看板、「2012年APECサミット会場」(ロシア語)がなければ何の工事かよく分からない。俄かづくりの観が否めない。アゼルバイジャンなどからの流れ者労働者が混在している理由も分かる。

建材や鉄骨が臨時の波止場に積み上げられ、労働者が居住するプレハブマンションが周囲に建っている。「でも冬は零下二十度になるというのに、あんな住宅大丈夫か」と問うと「真冬は工事が中断」という答えが返ってきた。会場になるコンベンションホール外国代表の宿泊予定のホテルも、まだ影も形もない。

ふたたび鋼鉄が錆びてぼろぼろのフェリーウラジオストックへ戻る。80歳を越えた老女がスターリン勲章を沢山つけて誇らしげに入ってきたので、意地悪な質問。大祖国戦争って何ですか。

ビルが林立して壮観だった

さて船から市内を眺めやるとウラジオストックは意外にも高層ビルが林立して壮観である。港には軍艦が三隻、写真を撮っても誰も咎めなかった。

瀟洒なレストラン豊饒なメニューの昼飯のあと、名物の「潜水艦C56博物館」を見学した。戦争博物館を兼ねる。

展示内容が「大祖国戦争」と「第二次世界大戦」ばかりでソ連軍満州侵略に触れていないのはロシア歴史観だから仕方がないにせよ、「日露戦争」の記述があまりにも少ない。ガイドに理由を問うと「あれ(日露戦争)は『小さな戦争』ですから」と答えたのには驚いた。

翌日、立派な高速道路を飛ばしてナホトカへ行く。

ナホトカは狭い町で展望台に登ると港湾全体が見下ろせる。

港は撮影禁止と聞いていたが、軍事施設もなく、石炭のバージ船が沖合待ちをしている程度、かつて日本のバック・パッカーの出発点だったシベリア鉄道の始発駅は閑散としていた。

ナホトカで一番大きなホテル中国資本の遠東大飯店(ユンドァン)という。わざわざ見学に行ってみたが、ほぼガランドウに近く、対岸側にあるチャイナ・タウンの長い長い商店街も人が殆どいない。門前の四階建てのホテル中華風のつくりだが、そもそも中国人客の姿がない。

チャイナタウンは火が消えていた

中華門の傍で焼き鳥を焼いている中年男に「中国人か?」と訊くと「そうだ」。

「商売はどう?」、「うぅん最悪に近いな」。「中国人を殆ど見かけないが?」、「そうさ、北朝鮮キルギスウズベキスタン、そしてアゼルバイジャンからの安い労働力に奪われ、殆どの中国人は帰ったよ」と言う。

われわれ四人組が泊まったのはナホトカで高級な、ガイドブックにも出ているピラミッドホテル。だが、これとて民宿に近い。地下のレストランは客も疎らで、ウラジオストックの繁栄ぶりに比べると天地の開きがある(ただし味は旨かった)。

ナホトカの町を歩いている女性のセンスも田舎風で流行遅れ所得格差が歴然としており市内唯一のデパート「グム」を見学して品数の貧弱さに唖然とする。書店絵本小説くらいしかない。村上春樹翻訳? ナホトカでは見かけなかった。

2006年に524人の遺骨が収容され、慰霊祭も行ったというナホトカの日本人墓地は台座が毀され荒れ果てていた。

慰霊祭から僅か三年後、お墓だった場所は草ぼうぼう、日本人墓地標識落書き、おそらく大理石だった台座がインテリアの飾りにでも使うのだろう、殆ど盗まれて、まるでハゲタカの被害にあったような荒廃ぶりである。

ウラジオストックにあったお墓のほうが立派で、墓園の入り口には花屋もあったのに。

ホテルの裏にこれ見よがしにあった日ロ友好の壁が虚しい気がした。

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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

     平成21年(2009年)9月9日水曜日)貳

        通巻第2703号 

2007-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20070320112419

欧米ベースマナーって印象は否めませんね。

どれも、日本ではやらなくても減点にはならないかな。でもやれば加点される、という感じ。ものによってはうまくやれないならやらないほうがマシ。

マナーというよりも「やったら喜ばれる気遣い」レベルじゃないかな。

1. ドアを開けてあげよう

これさえできない男の人は本当に多い。

たとえ自分が女の子の後ろを歩いていても、扉の数歩前で小走りにサっと女の子の前に出てドアの開けてあげると「お。」ってトキメくからやるべし

2. 上着を着せてあげよう

これは難易度高いと思う。下手にやられるとイラっとしそうなので無理だと思うならやらないほうが

でも、冬にコート着ようとしているときにサッと手荷物を持ってくれるとか、着やすいようにコートをひっぱってくれるとか、好印象は間違いない。

着せるとまではいかないまでも、それくらいの手助けはしたら良いと思う。

3. 椅子に座るのを手伝おう

きちんとしたレストランにいったら、やってほしい

「きちんとした」の定義は、うーん、ノーネクタイでは入りにくいようなお店のときには、かな。

居酒屋ファミレスでやられたら引く。

4. 女性のために席を空けよう

やってくれれば嬉しいけど、気遣いだと気付かれない可能性もあるかも。

「ああ、女性は座って」とか言われるとゲンナリする。そのレディーファーストアピールに。やるなら黙って空けましょう。

空けてあげたのに、女の子が御礼の一つも言わないという事態が容易に想像できますが、ガッカリしないこと。

5. 立ち上がって挨拶をしよう

これはある程度あらたまった場での敬意の表明なので、やっぱりきちんとした場ではやってほしいかな。

でも居酒屋でやってくれても嬉しい。「歓迎」って意思表示を感じるので。

「お、いらっしゃい」って言って一瞬中腰になるだけでも印象は違う。

6. 手を貸そう

これも照れるのかなんなのか、ハイキングでもいってぬかるみの山道でも歩かない限りやってもらえませんね。

でも女性もやられ慣れていなくて力の込め方がわからなかったりするから、無理してまでやることではないかと。

もちろん、ぬかるんだ山道では迷わず貸してください。

7. 何か必要なものがないかをたずねよう

むしろ女性が聞きますよね、これ。

大勢でテーブルを囲んで食事をするときのマナー((欧米ではホストである一家の長が各自のお皿にとりわけます))と一緒で、文化の違いが影響してるのでしょう。

でもこの中では難易度も低いし、聞いたところで別に恥もかかないんだからこれくらいマメにやれ

 
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