はてなキーワード: らくだとは
さっきのつぶやき。
「好きなバンド紹介したら「ステマ」とか「金貰ってる」とか言われてほんとコイツらくだらねー音楽の聞き方してんなと呆れてしまう 書いてて恥ずかしくならないのかな」
わー大胆な発言だこと。でもこのサイト、金は貰ってないけど音源はタダで貰っているようで。えー。
例によってこのまとめブログは、違法かどうか知らないけど、モラル的に厳しい動画をベタベタ張ってる。
だから、著作権とか肖像権とかはおそらくアウト。というか、普通にアウトだろう。
そして、ブログのバナーに宣伝張るくらいのアレで、広告張りすぎてサイトがたまに重いくらいのアレ。
んでもって俺が驚いたのが、こいつはツイッターでスカイプで会話相手を募集していたり、
自画像や旅行画像をちょこちょこアップしていたり、ユーストリーム配信をしていたり、
個人的な感想記事を書いていたりする。自ら「個人」を前面に押し出しているのだ。
これには驚いた。しかもそれで好意を集めているってのがさらなる驚きだ。
えーそれってありなの? 叩かれないの? と思ったけど、案外そうでないらしい。
むしろちょっとしたファンみたいな、仲間みたいな連中がツイッターにぞろぞろ見かけられた。
さらにこいつが紹介するとそのインディーズバンドは嬉しがるらしいのだ。
なんだよそれ! まとめブログってそんなやり方許されるのかよと思った。
実は俺も零細まとめブログをやってるんだけど、まあこれが儲からない。
なんといっても今ではまとめブログめっちゃある。ツールもノウハウもめっちゃある。
しかも嫌儲の風潮が厳しくなってきた。あいつら零細にも容赦ない。
そう簡単じゃない。なんか新しいやり方はねーかな、と。
そこで見つけたブログでこういうやり方もあるんだと驚いた。
俺のまとめブログはモラル的にアウトだと分かっているから絶対に個を出さないようにしている。
でも場合によっては、そのデメリットはあんがい大したことがなくて、むしろメリットの方があるようだ。
たぶん新しいモデルとなるまとめブログだろう。個人を強調するまとめブログ。
まあ俺のサイトのほうがPVあるけど、絶対こいつの方がもうかってるよなー。
でも自分を出していく勇気ねえ。せいぜいやらおんみたいに変態キャラを演じるくらい。
それより先を行くってのはまあすごい。そしてその勇気が俺には羨ましい。
以上、嫉妬速報でした。
美人が必ず嫌がらせを受けるみたいには誰も言ってないと思う。元増田は自分のケースでは美人・もてることがこんな苦痛につながったって話を具体的にしてくれているので、ああそういうことはあるだろうなと「元増田のケース」に共感した人間がいるだけ。ブスだから受ける嫌がらせ(や誰にも一生誰にも告白されない苦痛(?))は誰にも想像しやすいけど、美人ゆえに受ける嫌がらせや告白されすぎる苦労、そのどちらもがあるんだなと納得した人がいるだけじゃないかなー。
ブスに生まれ変わりたいなんて思ってないくせに美人は苦労するとか言っちゃう人
そういう人がもしいても別にいいのでは。職場で逆恨みされて2度も退職と聞けば「苦労したなあ」と思うのは普通じゃね?美人でいたいくせに美人の文句言うな、みたいなのって一見正論っぽけど、美人とかもてることと、理不尽な嫌がらせなどされずに暮らしたいなーと望むことは交換条件でもなんでもないと思う。両立する幸せな人が世の中に多いなら良いことじゃん、もし美人がどっちも望んだり両方を手に入れたらズルイって思うの?何故罵倒する必要があるの?って思う。
増田がいってることは言い換えれば「ブスとか告白されない人間には苦労があるが、そうじゃない恵まれた人間の苦労など認めないし苦労だと言われると許せない」みたいに思える。あと美人じゃない・もてない人が見下されていると感じるのは被害妄想的だと思う。そういう人の苦労をないがしろにしてるわけでも、嫌味でも自慢でもないし、ていうかそんな話してないよ。どっちのほうがより辛いか、とかじゃなくてどんなことにも苦労はあるんだねーって言ってるんじゃね?
自分語りで悪いが、個人的にコンプレックスのあることとか気持ちの弱ってるとき些細なことで「嫌味言われたバカにされた」と、他人のことを「攻撃してきた敵」みたいに感じることがある。でも自分が他人の気持ちを推測しすぎて思い込みで勝手に傷ついただけだとあとでわかったことも多い。俺に恥をかかせようとした!とか見下された!とか勝手に感じ取るのって続くと自分がしんどいんだよね。
被害妄想呼ばわりして気を悪くしたかもしれんけど、非難してるんじゃなくて増田もそういう不必要なしんどさのなかで生きてるんじゃねって思った。ありもしない他人の悪意を推測して勝手に傷つくのやめるとすごいらくだよ、考えすぎかなーとかちらっと疑ってみる癖つけるのおすすめ。元増田は誰も見下しも攻撃もしてないよ。ブスも非モテも男も、嫌がらせの加害者すら攻撃してないと思う。
一日考えてみた。
これはどう考えても俺が悪い。
部下をあんま信用してないのって伝わるもんだな。
やる気をそいでいたとは。すまんかった。
しかし、教えてくださいと聞きにくるし、長時間働くし、文句を言ってるようには見えたなかったんだよなあ。
ここは自分のコミュ力不足。不足はわかってるけどそれよりも、影でそんな風に言われてたのか、というショックだったんだよ。
で雨だし土曜にウダウダ考えて気づいたのだが。
俺の上司すげえ。
あの短時間(面談は15分くらいだったと思う)に、残念な主任(=俺)に的確に問題を伝えてる。
「二日酔で眠い」から初めて、雑談を交え、「指示を出すとき普段どんなことに気をつけてる?」に行き、俺に喋らせて、反応を見た上で問題指摘し、反省の機会を与える。
さらに、きっとおそらくだが、部下に対してはも「あいつ要領悪くて余裕ないから勘弁してやってよ」ぐらい言ってる。
そんな気がする。普段の言動からそう思う。
部下にしたら、まじめに困ってるから言ったんだろうな。
でもまた無邪気な顔でミスだらけの書類を作ってきたら。
言い方に気をつけて、性格を見つつ、感情に配慮して、上手く回す、のか。
普通はそのくらい気をつかってるのか。社会人すげえな。俺だめやん。
それが基準なら全然できてないぜ。
ともかく、月曜は会社に行くか。
絵を描きたいと思ったとき、動機は何でもいい。
すばらしい絵を見て感動したとか、いつも抜いてるロリコン漫画みたいなのを描きたいとか、どんな高尚なものでも低俗なものでも良い。
とにかく理由があるなら、絵を描くのをためらわないことが大事だと思う。
はじめるのに必要なのは鉛筆と紙だけ。こんなに安上がりな趣味もない。
絵を描くことをためらってしまう人は結構多い。特に20代も過ぎて、オタク趣味が高じて絵描きに興味を持ったみたいな人に多いと思う。
今までずっと消費する側で、自分は作る側になれるんだろうか。小さい頃から描いてるわけじゃないから、もう遅いのではないか。
はっきり言うと、気持ち次第なので手遅れだとも言えるしそうでないともいえる。
なぜ子供の頃から描くと絵が上手になれるのかと言えば、子供には絵に対する偏見や抵抗が何もないからだ。
大人のように「いい年こいて幼児レベルの絵しか描けない自分が恥ずかしい」なんて思わない。
この気持ちさえ持てればいつから始めても絵はうまくなる。
焦ってしまう人は多い。
特に、絵を描く段階で何が描きたいのか決まっている人などがそうだ。
「可愛いロリ絵を描きたい」などと明確にビジョンがある場合、能力が追いついてないのに焦ってしまう。
そうすると、だんだん精神が圧迫されていき、「絵は描きたくないけどロリ絵は描きたい」という非常に複雑で矛盾した状態に陥る。
こうなってしまうと、絵を描くことが苦痛になり、理想とは程遠い現実に絶望することで「才能がない」という無意味な思い込みを抱き、
やがて心に深い傷を残したまま絵を描くという行為をやめることになる。
この状態から抜け出すのに重要なのは、「子供のように」絵を描くことを楽しむということだ。
絵を描くことは実に楽しい。自分が見たものを、そっくりそのまま平面に再現出来る。まる、しかく、さんかく、そういった図形を丁寧に描いて見たり、
簡単な立体を観察してみたり、あるいは音楽を聴いたりリラックスするのも良いだろう。
絵を描く時、とても大切になるのは「落ち着いた心」と「絵を描くのが楽しいと感じる心」だ。
ここで紹介するのは、絵を描いているのに絵を描く以外のことばかりしてしまっている人々だ。
彼らは絵が上達する見込みが低いか、全く上達しない。なぜなのか。
お絵かき講座をしている中で、特に絵がたいしてうまくないのに講座をやっている人はこのタイプだ。
なぜ彼らは絵が下手なのにお絵かき講座などということをしているのだろうか?疑問に思う人も多いことだろう。
おそらくだが、彼らは手をつかって絵を描くよりも「ノウハウ」をひたすら探し続けた人々なんだと思う。
つまり、誰かに絵を描く技術を教えられるくらい知識だけは身についたが、絵の練習はしなかった。
こういったタイプは、確実に「自分には才能がない」と思い込んでいる。思い込んでいるので手っ取り早く絵が上達するテクニックを探すが、探しているうちに絵を描く気力がなくなってしまったのだ。
稀なタイプだが、絵がうまくないにも関わらず自分のサイトをグーグルなどを利用して宣伝している人がいる。
宣伝にかかる費用は自らが出さなければならないのに、なぜそこまでして自分の絵を宣伝したいのか。
このタイプの人々はつまるところ絵を描きたいのではなく「絵がうまくてちやほやされている人」が羨ましくて彼らのようになりたいのである。
これは何も絵に限ったことではない。彼らはたまたま絵を選択しただけで、一般化すれば「才能に恵まれて人々に注目される」ことをあまりにも強く望みすぎている。
注目される人というのは別に注目されたくてそれらを続けているわけではない。(ただし、お金が絡んでいる人の中には、注目されるために何かをしている人もいる)
そのことに気づくまで、彼らは宣伝費をどぶに捨てながらサイトカウンタを気にする無駄な日々を送ることになる。
絵が上手くなりたいとき、小手先のテクニックは全くと言っていいほど必要ない。
必要ないというのは多少語弊があるが、つまりはこういうことだ。「テクニックは上達していく過程で発見するもの」
巷に溢れるテクニックというのは、無意識的な上達過程のある一部分だけを切り取って言語化したものであるに過ぎない。
だから、一定程度の真実は含まれているが、それを座学で真面目に勉強したところで、身につくのは左脳的な知識だけだ。無意識で処理できるものを意識的にやると上手くいかないことが多いのは、たとえば無意識で処理されている自転車のこぎ方などを意識的にやってみるとわかると思う。
答えは一つである。
「自然を観察しろ」
人間が絵を描くというのは、「自然を模倣する」一つの形でしかない。
だから、身の回りのものや人、あるいはテレビに映る映像や写真をよく観察し見よう見まねでそれを模写したりなどするだけで、絵は上達する。
自然や写真ではなく、他人の絵を真似たりするのももちろん有効だ。その場合、ある程度まで上達したら彼らの絵から離れる決意が必要になる。
慣れてくれば、様々なイメージがストックされ、自然を観察しなくてもイメージだけで描けるようになる。そこまでいけば、上達したと言うことは出来るだろう。
絵を描くというのはそれほど複雑な行為ではない。ものを見て、それを写し取る。それが目の前にあるものか、心の中で見えるものかの違いはあっても、基本的にはそれだけなのだ。
自然を観察といっても、何を観察するかは人によって異なる。
人それぞれだから別に書かなくてもいいことなのだが、一応アドバイス的なもの。
もし絵を描くのがほとんど初めてな人だったら、まずは単純な自然物から描くのがいい。
単純というのは、「動かない」ということも含まれる。
つまり、描く順番としては植物→動物→人間がいいのではないかと思う。
人体がこの世で最も複雑な自然物であることは疑いなく(だからと言って種として優れているというわけではないけど)、ポーズなども含めればさらに複雑になる。
追記3
記事タイトル消しました。タイトルが付けられないくらいぐちゃぐちゃの記事なのでこれから読む人は気をつけてください。
追記2
記事のタイトルがまたミスリーディングになっているようです。こういうタイトルにしたらいいんじゃない?って案があればはてブ等でご指摘ください。
「これは主婦だけの問題じゃない」という毒にも薬にもならないコメントより100倍ありがたいです。
追記1
タイトル変えました。自分で読んでも分かりにくい文章だと思うので、言いたかった部分を太字にしました。もうそこだけ読んでくれればいいです。
まだネットでは目立たないが、wakabafukadaクラスの人は井戸端会議をうろついていれば山のようにいる。
私は中学生くらいまでイヤイヤ母親に引き回され、置物のようにして主婦の会話を横で聞かされていた。
狭いクラスタで、知識といえばテレビから与えられた物くらいしかない主婦が集まってする会話というのはきくに耐えないものがある。
身内には気持ち悪いくらいに気を使う一方、それ以外に対する配慮は全く無く、常に誰かの悪口や秘密話で盛り上がる。
夫に対する悪口などで収まるものではない、誰それに対する差別的発言など日常茶飯事であった。
ある時主婦の一人が習い事をはじめたり仕事を始めたりしてその集まりへの参加が悪くなると、あることないこといって人格をズタズタに切り裂く。
もっとひどいのが宗教法人みたいなところにいった主婦に関しては、その人だけでなくその子供の悪口まで平気でいう。そんな最低の時間だった。
彼女たちは、そういう会話を嬉々として繰り返す。全く悪気がない。
「他者を情報化して消費する」感覚において、「情報化された現実と自分にとって重要な現実の区別がつかないこと」にかけては、主婦はそれこそ二次元が好きな人間ですら全く太刀打ち出来ないくらいひどい。常時現実だと思って夢を見ているようなものだ。
※二次元が好きな人がどういうものかよくわからないけど多分主婦の方がひどいと思ってる
そうやって普段から現実の他者を情報として消費してばかりいるサークルの中で暮らしているとどうなるか。自分のことを語れなくなってくる。
男からしたら子供を産んで育てているというだけで世界に向かって胸を張れるほどすごい大事業なのだが、主婦の集まりになると、それが「当たり前」になってしまう。
だから子育てという大事業に取り組んでいてもそれを自慢できない。
むしろ何か問題があるとすぐに他の主婦に情報共有され話のタネにされてしまう。いや、問題じゃなくても少しでも変わったことがあるとすぐ変な話にもっていかれてしまう。
おそらくだが、私を主婦の集まりの場に連れてきていた母は、私たちがいない場ではいろいろ悪口を言われていただろう。そのことを母も察していただろう。
それでムキになってなおさら私を連れ回していたのだろう。私はそれが嫌で嫌で仕方なかった。
小心者で、無知で、自分の中にはなんら人を引きつける要素がない(と思い込んでいる)人間を狭いサークルに放りこむと、無邪気に他人を傷つけるようになるようだ。そういう形でしかコミュニケーションが取れない、そのくらいしか「話題」がないのだから仕方がない。
少し話はそれるけど、
母もいつも家ではあの集団のことがいやダイヤだと文句ばかり言っていたが、それでも「家を守るためにはあそこに行かなければいけない」と言っていた。
「自分を守ってくれる男ができるまでは、どれだけクソみたいだろうが、女の集団の中から弾かれてはいけない。
ここから弾かれたら生きていけない。いつかいい男をみつけてこのクソみたいな環境を抜けだすんだ」みたいなことを言ってたけど
残念ながら、うちの場合は結婚しても夫が地域の付き合いで妻を守るということはないのだ。
むしろ、うちの父は、お母さんに大して積極的に地域で顔をつなぐことよう求めてた。
うちでは母が父を守っていた。それでいて父は偉そうに「俺が家族を食わせてやってるんだ」みたいな顔をしていた。
女にとってのクソみたいな環境は、彼氏が出来ても、結婚してもまだ続くのだな、と
私は中学の時にはすでに諦め状態のようなものになってしまったから、あんまり男に幻想抱かなくなった。
あの気持ち悪い空間は、誰にも守ってもらえないとかほかに居場所がない主婦が寄り集まって、
お互い命がけで相互に安全保障をする組合みたいなものなのかもしれない。
といっても、敵はその組合の仲間たちであり、夫の無理解であるわけで、何が何だかよくわからない。
まぁとにかく、歪んだ場所で歪んだことをしていれば、発言もだんだん歪んでくる。これは主婦だけに限らない。それこそオタクだって、腐女性だって、AKBファンだって、右翼の人だって同じだと思う。もちろん最低限の良識がある人たちは、これは「とじた空間だからこそ」ということはよく理解しており、外で同じことをやろうとは思わないだろう。
外で発言する時は、多少抑える。やるとしてもせめて2ちゃんねるや増田などの匿名掲示板でやる。
twitterで、まして外側の人間に@を飛ばしながら同じことをやるというのは常軌を逸している。
※私的にはwakabafukadaが批判されるなら、オタクの気持ち悪い言動も批判されるべきだと思う。
彼女の発言が一定の支持を得るのは、やはりオタクたちが自由に振舞過ぎるという側面があるのではないか?
私の経験からすると、おそらくwakabafukadaは、発言内容を見るに現実においては卑小な存在であろう。
主婦の集まりが愚かなものに見えても、やはりそこでトップを取るような人は頭をつかう人だし、
なにかしら「その人なりにすごいもの」を持っているものだ。wakabafukadaにはそれが全くない。
この人のように感情的に思ったことを書くだけの人は、現実の人間関係においては力を持ち得ない。
むしろ、この人は隅っこでこそこそ他人の意見に同調して、帰ってから夫に文句をいうけど相手にされてないみたいなタイプだ。
そういう人がネットで感情を発散したらお友達ができたみたいな流れがありありと想像できる。
例えるなら、女子中学生がボッチをこじらせて中二病の妄想に逃げ込んでいたら、
ある時自分を慕ってくれる後輩ができて孤独から解放され、「体が軽い。もう何も怖くない」とラリってる状態。
こういうタイプの人間がどうなるかというのはある程度先が見えている。
それこそ飲酒運転やカンニングをツイートした大学生と同じで、場を意識して行動する知恵がない人はどこかで消える。
私に直接かかわりを持たない限り、どこかできえるカノジョには興味を持ち得ない。
主婦って今まであんまり相手にされてこなかったと思うけど、生の姿は愚かで怖い。
都合がいいからといって出来る限り彼女たちを無知のままに止めようとし続けて、
貴方達はお客様ですよ、偉いですよ、アホでもいいんですよ。むしろアホのほうがいいんですよ。
と言い続けた結果、彼女たちの発言力が本当に強くなって、操りきれなくなったら
女はアホだ、危険だ、モンペだ、などと批判するのは卑怯じゃないだろうか。
「国が正しい情報をよこさないから代替医療に走ってしまうのもしょうがない」と発言する主婦がいる。
自分の生活に対するクリティカルな問題にすら何者かに依存しなければ自分では何一つ考えられないのだ。
そこまで国やら男やらを信じて素直についてきた彼女たちに、国やら男達は何をしてくれただろうか。
いや、そもそもなぜ彼らが自分たちのために何かをしてくれると今まで信じていられたのか。
私はもうこの国にも男にもあんまり期待できない。主婦の皆さんも、いい加減いつまでもバカなままで許される時代はとっくに終わっていることを認識して欲しい。
追記2の続き
本当に文章下手で申し訳ありません。
こういうのは育った環境によるんだろうね。あなたの周囲はそういう人だらけだったんだろうけど、世の中全体がそうな訳ではないよ。
「こう言うのは主婦だけではない」の他にこういう意見をくださる方がたくさんいます。
どうして私にそれがわかってないと思われちゃうんだろう・・・。とても残念。
こう言う問題を起こしてしまうのが主婦だけではないってことは文章中でも示していますし、
わたしが書きたかったのは「こういう問題的な発言をする人たちがどういう経緯でそうなってしまうのかというメカニズム」についての私なりの考えです。
そういう要素が全くないとは言いませんが、主目的が主婦批判ではありませんし、男性や大人批判という訳ではありません。
でもとにかくタイトルとか文章の流れがそういう風になってしまいます。
むしろ自分が一番良く知っている主婦の観察から「こういう主婦に見られるメカニズムは危険だから、他でも気をつけよう」という話をしているはずなのに
「主婦だけの話じゃないよな」と返されてしまうのは、どれだけ私の文章が下手くそなんだと自分でも悔しいです。
あくまで具体例に過ぎないはずの主婦の話が、私のどうでもいい幼少時代とか、個人的な男不信大人嫌いとかが混じって大きくなりすぎたんでしょうか。
正直に言って、最初は「なんでこんな理解するの?」「メインの主張と違う部分にばっかり反応しないで!」などと思っていましたが
自分の言いたいことの焦点に読み手の人を誘導するのは本当に難しいのだということがわかりました。
一方で、数名の方は、私が言いたかったことを拾ってくださっただけでなく、もっと簡潔で分かりやすい表現にしてくださいました。
好きな人に好きって言えてしかもそれがうまくいったらどんなに良いだろう!
うまくいかなくても後腐れないならちゅっちゅさせてくれたらそれだけでも仕事頑張れるのに!
ま、ちゅっちゅできたらそれ以上を期待するし、それ以上ができたらもっともっと近くにいたくなるから
疲れは結局とれてない的な。
せっかく大好きになりそうな人が居ても
年が年だから失敗した時の周りの目が怖いし
あと、めいわくかけるのが1番怖い。
もう、にちゃんまとめとか見なけりゃよかった。
ちみらのおかげで30代女子は好きな男にアプローチするのも大変気を遣うよ!!
勘違い女だと思われたくないし、あととんだ年増に狙われた!って怖がらせるのも。
急にこの年になったんじゃないし、恋すると臆病になるのはいくつでも変わんないもんな。
いや、良い歳であることをわきまえるのが前提で、よ。
あーーー!!
私はアニオタを否定する気は全くない。その件について@anisonzanmai555(以下腹パンアイコンの人)はアニオタとしても人間としてもクズだということは誰かがきちんといっておかなければいけない。この問題「アニオタをつつくと怖いなー」で済ましていいほど軽い問題ではない。今後類似の問題を起こす人間は、以下の内容と同じ程度にはその誤りを痛烈に指摘され、場合によっては人間性を否定されてもヤムをえないという覚悟を持つべきである。では腹パンアイコンの人の批判を始める。
この問題を考える際、もしペケ印の人の指摘が「アニオタがキモイ」ではなく「あなたがキモイ」であったなら多くの人にとっては話は全く違っていたのだろうと思う、という点から話を始めたい。どうだろうか。こうであれば、アニオタ仲間に救援を求めることなく、自分一人で問題に向き合わなければいけなかっただろう。ここで「ボクがアニオタなのが原因なのか?」といおうものなら、腹パンアイコンの人こそがアニオタを誰よりも侮蔑しているということになるからだ。この件、本来はそういう問題なのである。まずこの小さな小さな、本当に卑小な問題を無駄に大きな騒ぎにした事自体、器というか世界の小さな人間であると思う
もっとも、もし最初の発言が「アニオタがキモイ」であったとしても、少しでも知能がある人間であれば、アニオタがキモイという指摘に対して、まず自分がどうかという尺度で質問を受けられる。そして私はキモイorキモくないとアニオタ全体がどうであるかを切り分ける程度の知恵は働いただろう。これは社会で生きて行くためには最低限必要な認識能力であると考える。コレが出来ないと、自分が属する集団への批判をすべて受けとめることになり、とてもでないが耐え切れなくなってしまうからである。(もっとも日本国民の多くの人が、政治家にこの無理難題を強いているが)。ところが腹パンアイコンの人はその区別が出来ていない。自己への批判をアニオタ全体への侮蔑と混同し、またアニオタへの批判を自己への批判へと受け止めている。意図してならともかく、その後の振る舞いからしておそらく本当にわかってないのだろう。腹パンアイコンの人にとってはアニオタであることと、自分という存在が不可分であるのだと推測できる。それ以外に自己を成立させる要素がないのである。まずここに腹パンの人の精神の未熟さが伺える。(ところでこの腹パンアイコンは自作のものだろうか、おそらくだが誰かからの借り物であろう。せめて自ら絵を書いたり音楽を作ったりの創作が出来ればこのような未熟な状態ではとどまりえないと考えるからである)
この腹パンアイコンの人の未熟さ、社会性の欠如はそれにとどまらない。それならそれで、アニオタを代表して自分がその問いを引受け、アニオタを擁護しても良かった。しかしこの人間がやったのはなにか。自分でそのキモイを引き受ける覚悟がなかったからアニオタ全体を巻き込もうとしたとしか考えられない。言い換えると見知らぬ他人に泣きついたのだ。自分ではなんともならないから。答えられるだけの確固とした自己を持ち得ないから。腹パンアイコンの人は実際彼の問いかけに対して自分では一切意味のある反論を返していない。あろうことか挙句に薬物の問題を取り上げて異常者扱いしている。自分もそうであるのに。しかし彼の中では自己批判は成立しないのだろう。なんというひ弱な人格であろうか。しかも脆いだけなら害が少ないから良いのだが、中途半端に知恵がまわることが、この人物のありようを邪悪なものとしている。
この人間は、なにかあったら自分を守ってくれる存在としてアニオタを求め、そこで形だけの全能感を満たしながら今後も生きて行くのであろうか。そして、アニオタという仮面をはがすと、どす黒い精神が漏れ出して人を襲うぞという脅迫的な存在としてあり続けるのだろうか。まるで幼稚園児の交渉である。好き勝手なことをして、何か合ったらママに泣きつく。ママに対しても、言う事を聞いてくれなければ大声で泣き叫ぶぞ、と喚く。実際この人間が小学生であると言われても全く驚かない。どういう生き方をしたらここまで恥知らずの人間に育てるのか。失うものがないと思い込んでいる人間は心底恐ろしい。実際はパパやママに食わせてもらって見捨てられるまでの最後の数年を謳歌しているセミのような人間なのだろうが、それにしても醜い生き物だ。
最後になるが、この記事はタイトルに@anisonzanmai555と書いてある。これをツイートすると自動的にリプライになる。この記事についてツイートしても構わないが、その件について知らんぷりをすることは認めない。こう書いておくことで、この記事が誰にも広がらずに私一人の意見としてとどまることを期待する。実際あえて安易には共感しにくいくらい内容にしたつもりだ。
追記
この指摘については完全に同意します。その点はもう自明のこととした上でそれでも腹パンアイコンの行いは許されないという主張のつもりです。特に「あなたの様なアニメオタクは治癒不能な精神異常です」は個人に対する誹謗中傷としても酷いレベルであるとは思います。
この点については完全に否定します。いかなるレベルであっても腹パンアイコンの人の幼稚さおよびその悪影響は私には許容しがたい。あとあなたも本当にぺけ印の人の発言がひどいと思っているのなら、キチガイという言葉を使わない方が良いです。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1608537.html
今回のたけしにはがっかりだ。
とはいっても、がっかりしてるのはたけしの態度にたいしてではない。
たけしはもともと逆張りや皮肉のパフォーマンスが売りのキャラだ。
じゃあ何にがっかりするかというと、
ギャラや期待に見合わないそのパフォーマンスの悪さ、そして中途半端さに、だ。
こういう「どっちでもいいこと」について騒ぐことで自分を目立たせるパフォーマンスはもっと小物芸人がやればいい。
たけしならば、もっとリスクを取れるはずだ。
もっとちゃんと問題を見て、他の人が言及しにくい話を突っ込めるはずだ。
それなのに、この程度のことしか言えないなら、たけしに多額のギャラを払う必要がない。
だから震災について、このくらいしか語ることがなかったのかもしれない。
震災者に対しては真摯に心配して、何らかの行動を起こしているかもしれない。
それならそれで、たけしがやるべきは
「こんなくだらないテレビ番組見てる暇があったら、テレビなんか消してお前が出来ることかんがえろ」
せめて「俺は今のテレビの震災報道はつまらなさすぎて殆ど見てない」くらい言うべきだった。
それがよりにもよって、すごいみみちい政治家批判を、しかもマジっぽい態度で。
心底ガッカリである。
タケシ、しっかりしなさい!
http://blog.livedoor.jp/manamerit/archives/65464227.html
竹熊先生だからこういう笑いものにされるのが耐えられないってことはないだろう。
おそらくだが、本人も笑って許されると思う。
ただ、これはちょっと酷いんじゃないだろうか。
割と本気でこういうまとめには不快感を感じる。
今回のまとめを行った意図について、
そらのさんに対してやってるのと何が違うのかまなめさん自身の口から説明していただきたい。
その結果、「まなめさんは面白ければ他人の尊厳を踏みにじることなど全く構わないのではないか?」
という私の受け止め方が勘違いだったということであれば良いのですが。
「竹熊先生だから笑ってゆるしてくれると思った」「笑い話で済むと思った」が返答である場合、
やっていい相手とそうでない相手の基準について説明してください。
「まとめの性質自体に問題がない」という場合、このまとめは誰のためになるのか説明してください。
「荒川智則という名前の人がこれ以上被害を受けないように」という理由だと少しガッカリものです。
「ネタをネタとして(略」という回答であるならば、やらないほうがましなので、機械的にデイリーランキングだけやってればいいよ。
x+y+z=4 x^2+y^2+z^2=6
球を平面で切り取ると出来るのは円
平面の重心を求めると 平面は等しく傾いているので x=y=z な点を求めれば良いから 3x=4 より x=4/3 点H(4/3,4/3,4/3)
点Hと原点の距離は √(x^2+y^2+z^2)=√3(4/3)^2 = 4√3/3=4/√3 < √6
(4,0,0)=16> √6 なので、球の外側と内側に平面上の点があるので、球と平面は交差はする・・・。
で・・? 4/√3 ? 増田とちがうぁな、しくしく。
で、仮にz=1としてxy平面上の図形を見ると
x+y=3 x^2+y^2=5
y=3-x
x^2+x^2-6x+9-5=0
2x^2-6x+4=0
x^2-3x+2=0
(x-1)(x-2)=0
よって 点I(2,1,1)(1,2,1)が交点。
ここで 点Hは球の原点が0であり、平面上に出来る円周の垂線に等しいから
新しい円の中心と点Hは同じである。よってHIの距離が新しい円の半径rに等しい。
HIのIは2点のうちどちらを使っても結果は同じなので (2,1,1)を使うと
√ ((6/3-4/3)^2+(1/3-4/3)^2+(1/3-4/3)^2)=√ ((2/3)^2+1+1) =√(20/9)
・・・ってじゃねーのか。円の中の最大3点の最大面積だから
この円に内接する正三角形の面積になるのか・・・
正三角形の垂線を3kとすると底辺が2√3kとなり
正三角形の垂線を伸ばして、伸ばした点と、正三角形のもう1点を結んだ図形を作ると
k=r/4
k=2√5/3/4=2√5/12
正三角形の面積 3k*√3k=3√3k=3√32√5/12=6√15/12=√15/2
よって 0<=xyz <= √15/2
いい加減もうしんどい。
つ http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1339622668
UFJ系列は 金額を明確に指定できない+窓口での 入金を停止
おそらくだけど、何らかのトラブル(例:カウントミス)なんかが起きて、 問題になって通達が出たんでしょ。
変な話だが1円玉1枚 機会に入れミスって 処理終わって 1日の締めが終わって 翌日 1円玉が床に落ちてました。
大問題だよね。
しかも、帳票全部調べても その1円玉のことは載っていないから、どんだけ帳簿調べても金額が絶対に合わない。
そして、その1円玉は 1日前の小銭が原因なのか2日前の小銭が原因なのか・・・はたまた10年前の小銭が原因なのかわからない。
もう、どうにもできない。誰に返したらいいのかもわからない。そのままもらったら銀行が横領でニュースになる。寄付しようとしても寄付しても横領にはかわりない。
落ちてました・・・といおうにも、・・・警察にどこに落ちてたんですが・・・カウンターの中です・・・。 もう、お客さんの落し物じゃぁないよね。
業務上過失、持ち主に返して下さい > 誰に?で終了。
1度も問題が起きなければ、黙認されるだろうけど、1度この手の問題が出ると、銀行(とくにメガバンク)ではどうにも出来なくなるから、やるな!という通達を出すしかなくなる。
というわけで、お客さんが直接機械を触ってほしい。というのが、(それならば落とし物だから)気持ちなんだろうけど
両替機は昔と違って手数料かかるし・・・ 苦肉の策がATMなんだろうと。
おそらくだが・・・ボッタクリは合法。
違法なのは 暴力行為を用いたり、洗脳行為を用いたり、ネットワーク的手法を用いてボッタクる事が違法であって
そういった要件に満たないボッタクリは すべからく合法であるのだが・・・
合法のものに対して高い!って文句言う権利はあるとしても・・・それは、そこどまりだよね。
すくなくともダイアモンド以外の婚約指輪については 当事者間の自由以外の何者でもない。のでボッタクリというのは、言いたいことは分かるけど、ちょっと 上記の 非合法のボッタクリと混同しやすいという意味で、適切ではないよ。
ダイヤモンドの政治的な背景と、購入の是非については 政治的な心情の問題なので、まぁ、やはり個人の判断に委ねられるべきかと。
からりと晴れたとある日、だいぶサボっていて気になっていた自宅の窓まわりを掃除することにした。ひと部屋ごとに、ガラスの内側を拭いたら外側を拭く。そんなことを繰り返していてガラスの半分近くを拭き終わった頃、あっと気付いたことがあった。
内側が終わって外側の作業に入り外側が綺麗になるにつれて、しっかり拭いたと思っていた内側の拭き残しをたびたび発見したのだ。そんなふとした出来事が心に留まってしまい、残りの窓拭きをしながらも頭の中はそのことばかり考えていた。
窓ガラスの内と外。年に一度くらいしか掃除しないから、外は当然、土埃や排気ガスでけっこう汚れてる。でもいざ外側を綺麗にしてみると、あれれ?そう汚れてないと思っていた内側も案外と綺麗じゃない。これはどういうことなんだろう。ちょっとスピ的な言い方をすれば、どんな気付きをくれたのだろうと。
数日ぼんやり考えていて、私の考えられたことは下の3つだった。
・・・こんな感じなんだろうか。修行(特にこれといった宗教に関わっているわけではないのだが)不足で言葉の足らない私になにか補足あったらください。
みなさんの新しい門出を祝ってまとめ。
http://d.hatena.ne.jp/naoya/20100831/1283249089
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退職の理由を聞かれます。しかし、これといって"これが退職の理由"という主だったものはありません。うまく説明できず、少々困りものです。6年間やってきた中で得られたものがある一方で、自分を縛り付けるものや、あるいは今の環境では自分が、自分の怠慢や妥協をはね除けられないなど、様々な理由があってタイミング的に今かなと思ったというのが正直なところです。何か物語があったほうが分かりやすいのかもしれませんが、その動機はもっと平坦な、日々の延長上にあるものでした。
http://d.hatena.ne.jp/ShigeakiYazaki/20100831/1283257395
2010年8月31日、id:ShigeakiYazakiこと矢崎茂明は、日経BP社を退職しました。
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ご存知の通り、日本のメディアを取り巻く昨今の状況は、激しく変化しています。強風の中、風向きが素早く変わるその様子は、さながら外洋の暴風雨のようです。これから3年先、5年先を確かに見通す視力は、おそらくだれも持っていないことでしょう。編集者としての私、メディア人としての私も、回りと自分をよく見ながら、考え、話し合い、試しながら最近の日々を過ごしてきました。ここで日経BPという船を降りて、新しい船で新しい航路を進むことにしました。
http://twitter.com/mhagiwara/status/22618664446
【退職なう】本日、バイドゥ株式会社での最終出社日となりました。これまでの人生で間違いなく最高に楽しい1年半でした。お世話になった皆様、多方面にわたりありがとうございました。
http://twitter.com/sayuritamaki/status/22607907796
本日私、玉置沙由里は、野村総合研究所を退職致しました。短い間でしたがたくさんのことを学ばして頂きました。とても感謝しています。たくさんの素敵な人々とも巡り会うことができました。これからは未来を目撃し続けることに時間とエネルギーを集中し活動していきたい思います。
http://twitter.com/sayuritamaki/status/22608060398
私はブログで「創職時代」「露出リテラシー」「ソーシャルジャーナリズム」「家メディア」などの提案を行ってきましたが、自分自身がそれを実践したいと思います。私がブログに書いていることは評論ではなく、アクションに繋がる文章なんだという思いがあります。今後もよろしくお願いします。
http://www.sodan.org/~penny/blosxom.cgi/2010/08/31#xoogler
本日をもって、5年5ヶ月+3ヶ月(インターン)間勤めたGoogleを退職しました。 すごい人達とおもしろいサービスに関わることができて幸せな時間を過ごすことができました。 明日からは他のGoogle卒業生と一緒に三人でstartupをやります。
結局、「例え約束を破ってもあやまれば許してもらえる」ということを学習しているんでしょう。彼氏は恐らく約束を破って本当に自分が損をしたり、痛い目をした経験がないんじゃない?
ルーズな部分を含めて付き合えるのであれば、それでもいいと思うけど、それが我慢できないのであればわかれたほうがらくだと思う。そのルーズさを改善するのは本当に面倒な作業だと思うよ。
約束を守ったときにそれをシッカリ認めてあげることはもちろん、約束を破ったときに本当に彼氏が痛い目にあうようにしないといけない。舐めきった相手に制限を加えようとすると反発もすごいので、その反発があってなお耐えれる覚悟があるなら治してやんな。
「言ってることは分かるけど、でも、君の人生のほうが大事なんだから、今は休むことを考えなさい」
と言われた。つまり、休職しろという通知。人事より。
仕事のパフォーマンスが落ちているな、と感じ始めたのは1月くらいからだった。社内に吹き荒れるリストラの嵐。部下が、同僚が次々と去る。そんななか、俺は超重要案件を独りで回してるという理由でそのリストラ対象からはノーマークだった。ただ、頼りにしていた仲間たちが消えていくことで、自分が指示者ではなく、作業者を兼任することを余儀なくされていることは感じていた。まあ、いつもの俺ならそのくらいはなんとかなる、ハズだった。
2月。社内政治は混乱を極め、俺は作業も指示も出来ず、ひたすら社内政治の調整だけを行っていた。ただ、その時はそれがこの先の仕事の成功につながると信じていた。
3月。協力して仕事をしている部署が、まるごと別の会社にたたき売られることになった。頼りにしている担当者も、辞めた。その頃から、焦燥感が強くなっていた。
「このままだとヤバい。確実にこのプロジェクトは沈む」
その言葉だけが、脳裏をずっと飛び交っていた。
4月。さようなら協力部署。これからは君たちとお金の話をしなくちゃいけなくなった。とたんに増えるファクター。代替となった担当者の不理解。焦燥感はより強くなる。そして、人間のリストラが一段落したあと、プロジェクトのリストラも始まった。超重要案件とはいえ、バジェットがでかい。あいつらはいったい何をやっているのか。説明を尽くした。もはや会社上層部の意向一つで潰せる案件ではなくなっていること。いや、潰せはするが、その後の代償はどれだけのものなのか。一応PMの地位にある俺ですら、全容は把握できなくなってきていた。
5月になる直前。α版ができた。だが、中身はボロボロだった。それは当然だ。これだけ引っ掻き回されて、手戻りが大きく発生している。かつ、エンジニアへのディレクション不足が祟って、一番難しい部分は、まるまるリストラクチャリングが必要な状況にあった。ゴールデンウィークの間、「先生」にお願いしてリファクタリングを実施してもらうことになる。「先生」も俺もこの時点で体調はかなり良くない。そして、関係各所へこの「不完全なα版」について、謝り倒し、内情をぶっちゃけ、頼むからプロジェクトを潰さないようにお願いして回る。そんな日々が続いた。
6月。なんとか軌道修正をし、スケジュールを引き直し、俺は指示者と作業者の地位に戻ることができた。しかし、この時にはもう遅かったのかもしれない。
まず、焦燥感で眠ることができなくなった。元々睡眠導入剤を飲んでいたのだが、全く効かなくなる。仕方なく、若干のOD。普通に頓服として処方されるギリギリの量くらいまでで抑えた。薬とは10年来の付き合いだから、そこらへんは分かっている。それでも眠れなかった日は、一度だけお休みをもらうことにした。どれだけ無理を言ってるのかは承知の上だ。
次に、記憶がこぼれていった。症状は2つ。
1つは「仕事中にした作業や指示のことを覚えていない」。割と致命的だが、そもそも鳥頭だった俺は行動を頻繁にログとしてテキストファイルに書き出したり、バージョン管理ツールのログを細かく書くよう心がけていたりしたため「記録」としては残っていた。それでも、記録に残さなかったささいなことは全て消えているし、自分の中で「それをやった実感」が全くないのが恐ろしかった。
もう1つは「自分がどこにいるのか分からなくなる」。よく「私は誰? ここはどこ?」っていう記憶喪失のギャグがあるが、あれに近いだろうか。自分が誰だかは分かっている。俺は、おそらく俺だ。しかし、俺がここにいるのは何故だ? そしてここはどこなんだ? そういう瞬間が訪れる。要するに以前の文脈がぷつんと切れてしまった状態。ほとんどが交通機関に乗っている時に発生しており、しかも日常の往復での出来事だったので、ケータイのGPSなどを使って必死に推測することでオオゴトにせずに済んだ。ただ、一度だけ徒歩での移動中に発生したことがあり、その時は途方に暮れた。同僚と一緒だったため、なんとなく付いて行くことでなんとかなったのだが。
友人のライブに行っても、温泉に行っても、あるいはデカいホールでのコンサートにいっても、考えることは一つ。「今のプロジェクトは、大丈夫だろうか。俺がここで稼働して、先生にここまでお願いして、若手にここは任せて…足りるか? 足らないようならここも俺がやるしかなくて…」無限ループ。しかも、恐らくだがその要件には「記憶の穴」が多数存在していて、きっと何か大事なことを忘れている。
7月。退職を決意した。ただし、このプロジェクトが無事離陸するのを見届けてから倒れたい。そう上司に希望を出した。だが、上司は俺のことをかなり過大評価しており、切り札として残しておきたい気満々らしい。
「こんなにぶっ壊れている人間を置いておく余裕、あるんですか? 使えるところまで無理やり使って、その後希望退職すればあと腐れないんですよ?」
「ダメだ、ボクにはそういう判断はできない。若いんだから、まだ生きて欲しい」
意味がわからなかった。さらに
「このプロジェクトより、君の人生が大事だ。誰か代わりの人間に任せて、休むことは出来ないか」
とも言われた。理解ある上司の、建設的な提案だと思うだろうか。一見、そう見えるかも知れない。だが、俺の視点から見ると、これは違うのだ。
そもそもこの不況下、これだけのバジェットをかけたプロジェクトを潰すには「物理的に」腹を切る人間が必要。だが、その結果がでるのはもうちょっと先のことなのだ。今、俺がこの会社から去ると「物理的に」腹を切る人間がいなくなるのが、困るのだ。
そして、代わりの人間。二重の意味で、代わりの人間を調達するのは困難だ。このプロジェクトはそもそも作業者、指示者、企画営業、そして政治的調整の全てを俺が担当している案件である。作業者になるつもりはなかったのだが、人減らしの結果、そうなってしまったというのが正しい。これを全部やれ、というのは、俺のコピーロボットを作る程度で済むのかどうか。それよりなにより「物理的に」腹切りするべき人間が増えてしまうことを、俺は危惧している。
だからこそ、立ち上がるところまで見守り、上手くいかなかったことを持って腹切り退職。それが俺の願いであった。その道を塞がれたのだ。
そもそも俺は若くはない。アラフォーで体中が悲鳴を上げている。ここらが潮時だと思っていたのだが。
もう一つ。たとえ休職して復活しても、戻るべき部署はなくなっている。かなり強い確信を元に、俺はそう思っている。戻るべき部署のない俺を抱えるこのお人好しな会社はなんだ? …うん、お人好しな訳はない。俺はどう利用されようとしているのか。そこまで想像して、吐き気を催した。
だけど。俺は今やってるこの仕事が好きだ。天職だと思っている。俺にしかできないことをやっていると信じている。ただ、体も心も全く追いつかなくなっているだけで。このプロジェクトを立ち上げて死ぬなら、本望なんだ。でも、それは許されないことだという。
自分の人生なんて、何があるわけでもない。親の面倒を診て、死んだら墓の手配をして、親戚の皆様に「申し訳ないですが独り身のもので」と謝り、日々の楽しみはアニメと漫画程度のもので、それもホントに面白いなんて思っているわけでもなく。どちらにしても、仕事をしている限りは自分の人生なんていうものはないも同然だな、という諦めの気持ちを持っている。
そんな人生と、体を心をこれだけ傷めつけて、まあ概ね再起不能から死の方向へ行く仕事の仕上げ。どっちが大事かと言われれば、俺に取っては仕事のほうがいい、死ぬまで仕事をやらせてくれ、と言いたい。
そんなに人間の命なんて大事か? 俺みたいな壊れかけのbotみたいなのでも大事なのか? 誰にでもリア充のような人生が待っているわけではないんだよ。
それとは別に、残り僅かな体調を整えるために早朝出勤、定時退社している俺に陰口を叩く連中もいるわけで…。そうだね、君たちも過労死ラインを優に超えていることは知っているし、俺もそれを何とかしようとかけずりまわったさ。でも、これだけ人が減らされちゃ、無理だよな…。
どうしよう。どうしようもないか。DEAD END。