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2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408145609

自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮彷徨う』はどうなの?

書店で見かけて、気になってはいるんだけど。

2017-03-27

愛はハーゲンダッツストロベリー

たとえばデパートで手に入るような高級なものではなくて。はたまた有名なパティシエが手掛けた感じのブランドものでもなくて。

きみが心から欲していた“幸せ”って、本当はハーゲンダッツみたいなものだろう。

きみの求める幸せなんて、近所のコンビニエンスストアで買える。そんなことにはもうとっくに気付いていたくせに、わざわざ遠回りをして、遠くで見つけたものほど価値があるんだって錯覚していたんだ。

遠くへ遠くへ彷徨った挙句に疲れ果て、長旅に気が済んだ人から順々にここへ帰ってくる。いらっしゃいませ。おかえりなさい。




他のアイスクリームに比べると確かにちょっと高価かもしれないけど、手が出せないような値段ではない。高価だから好きってわけじゃないし、広告イメージがカッコいいから好きってわけでもない。

ただ単純に、それを口にするだけで無条件に幸せになれたんだ。そんな体験がきみにもあっただろう。きみの頭が憶えていなくても、きっときみの味覚が憶えている。今はただ、思い出せないだけで。



手を合わせて何かを祈ることが宗教だというのなら、きみもまた何かの信者だといえるだろう。

誰かがきみのためハーゲンダッツを買ってくる。それは、きみのことを考えて選ばれたストロベリー味かもしれない。きみのためストロベリー。きみだけのストロベリー。愛の発明とはその特別さに気づけるかどうかだ。

付加価値自分自身で見いだせる。物や感情事象に、特別価値を付け加えるのは自らの想像力だ。そしたらもう誰にも騙されないよ。先生にも、広告代理店にも、教祖さまにも。



<愛はコンビニでも買えるけれどもう少し探そうよ>

あるシンガーがそんなふうに歌ってから20年が経った。

この20年で、きみは一体いくつの愛を見つけることができただろう。一体いくつの愛を見過ごしてきただろう。

きみの愛はここにある。

愛はハーゲンダッツ

愛はハーゲンダッツストロベリー

2017-03-25

初見殺し

光が丘ショッピングモールに初めて行った。

専門店街とは別にテナントの中に専門店が入ってたりしてるのに、店舗一覧がどこにも表示されていない。

さら団地の一階がモールの二階になってたり吹き抜けを中心に変な立体構造をしてて微妙感覚がズレる。

三十分彷徨った挙げ句探していたダイソー大通りの反対側の建物に入っているのを発見したときは流石にがっくりきた。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316031410

大衆祭りを求めている…。

ただそれだけのことなんだと思う。

みんなで、ワッショイワッショイしたいだけで、元ネタなんて何でも良いのだ。



神社神輿を担いで盛り上がってるおっちゃんに、この祭りの由来・縁起を尋ねても答えられる人はそう多くは無いはずだ。

そして、祭りが終われば、退屈な日常に戻り、また新たな祭りを求めて彷徨い続ける。

弥生時代から続くこの習性は、日本人遺伝子に深く刻み込まれている。

2017-03-09

18歳

18歳になったか出会い系サイト使えるようになって、初めて知らない人と会ってホテルに行ってきた。

キスすらしたことないのに、知らない人とセックスの予定、簡単に決まってしまった。別になんのきっかけもなかった。バス時間まで家で一人で缶チューハイ飲んでなんとか気を紛らわせようとした。

身分証入ってるのとか持ってくの怖かったから駅のコインロッカーカバン入れて、コインロッカーの鍵だけ入った小さいカバン携帯だけ持って待ち合わせに向かった。

二重に整形するお金がほしくて、でもセックスしてみたかったのもある。

コンビニ前で合流してそのままホテル行った。

部屋入ったらいきなりベットビックリした。ほんとにベットしかなかった。一緒にシャワー浴びて、洗いっことか正直したくなかった。どうでもいいから。好きじゃないから。気持ち悪いとかはどうでもいいけど、その人の前で裸になるのも、おっぱい触られるのも、キスするのもなんとも思わなかった。

ファーストキスとか処女とか、そんな概念しょうもないと思った。

人生に負けたブスの負け惜しみなのかもしれない。

してる最中、こんな思いするなら1日中立ちっぱなしで働いて疲れて同じ値段もらう方がマシだと思った。放心状態駅前相手と別れて、地下街彷徨ってた。

カバンを入れたコインロッカー場所がわかんなくなって、とりあえずドトール入って、アイスラテ飲んで、また彷徨って、マックポテトを食べて帰った。

2017-03-04

家族

私の親は毒親です。そして私はアダルトチルドレンなのだと思います

褒められた記憶はありません。

テストで100点を取るのは当たり前。部活大会で勝つのは当たり前。頑張ることは当たり前。我慢するのは当たり前。承認欲求を高める英才教育かと思うほど私の頑張りは当たり前でしかありませんでした。

その承認欲求はいしか求められたいという歪んだ形にかわりました。

貴方達が育てたのです。

青い鳥で裸体を晒し、嬌声を上げ、ハートや矢印の数に一喜一憂するような、そんな娘に。貴方達が私を愛したら、私の裸体はネットの海を彷徨うことは無かった。今でも愛されたくて涙を流します。今でも他人の怒鳴り声に頭が真っ白になります男性には反抗できず、女性の顔色を伺いながら生きています

貴方達が娘を殺した。

私の声は届くでしょうか。いつになったら私は此処から解放されるのでしょうか。助けてください。助けてください。

2017-02-28

[][]無職増田転職活動まとめ

前回までのあらすじ

無職となり街を彷徨っていた@saitamasaitamaこと無職増田仕事を探していた。

しか33歳という高齢の上見た目がキモくて金もないおっさんであるが故誰にも雇われることはなく――

だが最終的に仕事が決定したため、無職増田が実際に行った転職活動の内容についてまとめてみようと思う。

無職増田って何者?

ただのキモくて金のない33歳のおっさん。ただし20歳の頃からエンジニアとして働いているのでそれなりに結構技術には自信があるPHPおじさん。つまりは実質高卒であり、学歴は酷いものである

大学中退している手前学歴コンプであり、東大付近を通りかかるとインテリっぽい女子大石泉ちゃんみたいなの)がいないかどうかを目を皿のようにして見張ったりすることも。

性格的にはキモくて金のないおっさん類型とされるような中途半端な会話力の上にキモくてウザい語りをぶちまけた「女子絶対彼にしたくないと思う男性タイプ」そのもの

無職から仕事が決まったまでのスケジュール

どんな会社とどんな面談をしたか(全13社)

時系列順に記す。会社名は当然伏せます

スマホゲームを作っている会社様と面談。割かし上手く喋れたとは思ったが、「ウチの社風とおまんスタイルは合ってねーわ」で終了。

と金額的に平凡なpaizaにおいてかなりの好待遇募集していた会社様と面談。喋れはしたが「おまえコミュ力不安あるで」で終了。

VRやってる会社に入れたらいいなあポワワとその時は思っていた。ワイ自体映像系のスキルはあまりないので「そもそもスキルマッチしとらんわ」で終了。

WEBサービスを立ち上げたい、みたいな募集要項があったので応募。(ワイも会社立ち上げたいので)話はできても「お前のコミュ力なんか怪しい」で終了。

ゲーム好き集まれ、みたいな募集要項だったので応募。かなり良い対応をしてもらえて「ならちょい試しでどや?」みたいな話をいただいた。正直今回のようなことが無ければここにお世話になってたかもしれない。

応募してから採用要綱見直してみたら必須スキルとされるものを割と満たしていないことが発覚した。熱意で押せばみたいなこともあるが、ノンスキルおじさんをやる気で誤魔化して売りつけることはしたくないので面談で「わりいけどこちらの話を進めるのは無理そうだわ」ということでサレンドアップ。

WEB系っぽい業態なのになぜかUnity/VRという不思議スキル募集していたので応募。案の定「そういう案件はこれから増えるからしれんけど今のところはそんなない」みたいな話をしていた。が、話自体は上手くできたので担当者様的には好感触らしく、二次面談まで行った。

割と根掘り葉掘り面談の経緯や年収希望などを聴き、さらに実地でペーパーにコードを書かせるという暴挙を行っていた。ペーパーテスト難易度自体はそれほどではないものの、紙にコードを書くこと自体が激烈に難易度が高いため、3問中1問を完全に落とした。にも拘わらず「めっちゃやる気あるしポテンシャルも高そう」との評価。ワイの何を見たのか。

  • I社(ゲーム系)→結果は貰ってないけど辞退

古くからソーシャルゲーム運営をやっているところ。ワイもソーシャル系なのでスキル的には100%マッチしているが、保守運営という仕事があまり好きではないため敬遠することにした。ここからがレバテック案件

結構からスマホソーシャルゲーム運営開発をやっているところ。なのでほかのソーシャル系とは違うスキルを求められていたのだが、なんだかんだで求められているものは満たしているらしく商談がまとまった。新規開発なのもワイにとってポイントが高かった。

GREE/Mobageではないプラットフォームで中堅どころの立ち位置にいる会社様。ワイをどういう目的で起用したいのかが見えず、話も割とすれ違ってた。

これについてはあんまり語りたくない。ワイの苦手な<威圧するタイプの人>が相手だった。

twitterからスカウトに至った謎ベンチャー様。話を聞くと結構壮大な話で冒険はできそうというところでワイのテンションagaってる中で内定まで頂いて申し訳なかったのだが、今回他の内定を貰っていたところ等と比較して総合的な判断で(主に金)辞退という結果になった。

まとめると?

3週間で13社と面談してそのうち3社位から内定貰えた。

転職活動期間は実質25日。無職期間は実質20前後(稼働は3月からなので)。

心が折れそうになることもあったが、一応のこと転職成功したと言えるかもしれない。

レバテック様に関しては今回仕事を決めたのがレバテックであることと度々名前を出してしまっていた手前、こちらの記事で「大変弊社の助けとなった」ということで感謝の礼に換えさせて頂きたいと存じます。まる。

来週からは「KKO増田微妙冒険」が始まります

例のごとくNDA情報はおろか愚痴も一切漏らさないので、そこんところ期待する方はお早めにご退場願います

これからもKKO増田と、これから無職になる新しい無職増田たちをよろしくお願いいたします。

2017-02-19

進路が決まら大学卒業した女な訳だが[終]

※前回

http://anond.hatelabo.jp/20170122124720

最初

http://anond.hatelabo.jp/20170121150445

約1ヶ月前に更新したこの増田を誰が覚えてるんジャイ!遅筆にも程があるってもんじゃろがい!!

クリビツテンギョーじゃY!!

マジ侘助

というわけですみませんでした。

尻切れとんぼなんて、ゴメンDAZE…

ーーーーーーーーーーーーーーー

企業内定を頂いた「無い内定既卒 職歴:アルバイト(11ヶ月) のナオン」こと私。

今日明日もヒマックスダメックスな求職生活ともバイビーなのねん…。

…と少しおナミダポロリもあるよで余韻に浸りつつ、条件面談に向かう私。

人事「この度は内定おめでとうございます

ありがとうございます!」

人事「こちらが雇用契約書類となります。条件の欄に目を通して頂いて…」

はい。わかりました!」

ここに書いてあった雇用形態は

ロンモチ正社員

…じゃなかった。

オー人事オー人事!!!

wait wait wait!!!

オニサン、ココマチガテルヨ!!

人事「申し訳ないのですが、年齢と経験スキル関係で、契約社員からスタートとさせていただくことになりました…」

なんだって!?!?

正社員のつもりで面接をしてたよ!!!

契約社員なの?非正規雇用?また?

私の折れた直剣はいつになったらアルトリウスの大剣になるの???

マジ心が病み村なんですけど。

人事に汚いお団子投げつけて猛毒状態にしてやろうかと思ったね。

でも、とにかく早く働きたかったし、他の会社でもどーせ契約社員スタートなんだろうなという気がしたネ…。

内定もらえただけ、ありがたいんじゃ…と、ギギギ…となる気持ちを抑えて、手をバイブレーションさせながら契約書に判子をGOさせた。

それから約1年後。つまり現在になるのだが、伝説の木の下(会議室)に呼び出されて、正社員クラスチェンジだというお達しを受けた。

とても長かったように感じる。

『正社とか

契約とか

最初に言い出したのは

誰なのかしら

駆け抜けていく

私のメモリアル

雇用形態にそこまで固執するつもりはなかったけど、やっとここからかなーって思うのも確か。

フツーに正社員として内定もらって、フツーに卒業して、働き出して…

そんなの当たり前田クラッカーだと思っている生徒諸クンは多いと思うけど、実はそれってチョ〜すごい事なんだゾ!

現に私は24で初めての正規雇用デビュー。遅いって思うかもしれないけど、これが私の就活のすべてじゃ〜。

ストレート正社員が当然とか思ったらあかんど〜!

就活ポスターとか駅で見るたびに、自分のあの頃を思い出してそんなことを思う。

あん一年足らずで自分未来なんて決まるわけないからね。

失敗か成功かなんて考えとか、いらないなにも捨ててしまおう。思う存分MY SOUL彷徨わせればいいよ。

絶対なんとかなる。

まあこんな紆余曲折経てなんとか歩き出した人もいるよということで、

うまくいかないなって思ってる方の励みに少しでもなれば、幸いカナ…?

長い話になったけど、読んでくださった方本当にサンクスサンクスサンクスサンクス!モ〜ニカ〜

ほいじゃま、また別の増田で。アラン・ドロン〜。

2017-02-12

I am not Ueno.

オタク同性愛に対するステレオタイプイメージ漠然とした不安と恐怖を理由LGBTバッシングオタクバッシングをし続けてきた上野千鶴子の言う多文化対義語としての単一文化にきれいに収まる日本人はどれほどなのかな?という疑問

そもそも在日外国人は言うまでもなく日本人でありながら排除対象となる人がいて、排除されないように自分を隠して単一文化ボーダー地雷原を彷徨っている人が少なからずいるのが現状だと思ってた

多文化共生は無理!平和な衰退を!を皮肉だと捉えられるなら相当信者度高いと思う

 

なんだろうこの怒りは

フェミのくせに何言ってんだよ←違う

アカデミーポストもってて上流で上位数%のやつが平等貧困とか何言ってんだよ←なんか違う

差別主義者がフェミ仮面被って出世して後は消費するだけの人生になった途端本性現したな←これ…かな?

無職日記

 まず、スマホをやめることにした。仕事電話メールはもう来ないし、妻や恋人はおろか、親しい友人さえいないのだから、誰に気兼ねする必要があろう。思えば、朝は天気予報を調べ、通勤中はニュースを読み、昼はゲームに興じ、帰宅後は着信を知らせるランプを頻りに確認するのが、働いていた頃の日課となっていた。それに比べて、現在たいへん快適だ。さすがに貯金も心細くなりつつあるので、そろそろ職探しに本腰を入れるつもりだが、また働き出しても、できる限りスマホから離れた生活を送りたい。このご時世では中々難しいだろうが。

 次に、鏡を見ないことにした。現代社会には鏡に毒された人間が多い気がしてならない。なるほどメイクやらスキンケアやらで多忙女性が身だしなみに敏感になるのはある程度はやむを得ない。大体、鼻毛が飛び出ている女とのデートなんかお断りだ(無職とのデートなんかお断りよと聞こえてきそうだが)。しかし、自らの容姿を念入りに観察するような男には、どうも違和感を覚える。そんなに見惚れるほどでもないのに。そんな暇があったら中身を磨けばいいのに。と言っても、仕事中は何より外見を重んじていた私に、彼らを批判する資格があるかどうかも疑わしい。出勤前には寝癖のチェックが欠かせなかった。昼食におにぎりを食べたらお手洗いに行かねば気が済まなかった。或いはこれはビジネスマンとして当然の振る舞いなのかも知れない。ただ、私は少し疲れてしまった。誰とも会わない今なら、髪がボサボサだろうが歯にノリが付こうが一向に構わない。実に清々しい。

 そして、髭を伸ばすことにした。人生初の試みである。頭の隅に浮かんだのは、エイブラハム・リンカーンまさか彼みたいな美髯を目指すほど私も阿呆ではあるまい。単なる憧れだ。少年のころに図鑑の中で触れた、第16代アメリカ大統領の威容は、今なお私の脳裏に鮮やかに焼き付いている……と、ここまで書いて、我ながらちょっと呆気にとられてしまう。私は無職になって、悲しむどころか、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだ。楽観主義も度が過ぎれば身を滅ぼす。けれども、信じられないかも知れぬが、私は実際、ほとんど常に悲観的であった。考えれば考えるほど思考は悪い方へ傾き、夢も希望も見出せず、自暴自棄に陥る。他人との比較が癖になり、酷い劣等感に悩む。「怠けた頭は悪魔仕事場」という外国の諺には、一つの真理が含まれるのではなかろうか。私は毎日悪魔暮らしているようなものだった。

 ある夜、都心の休憩所のベンチに腰掛けコンビニで買ったアメリカンドッグシュークリームを食べていた。妙な取り合わせだが、たった二百円でできる贅沢は他に無い。いや、正直に告白しよう。懐が寂しかったのだ。無収入生活がいつまで続くか見通せないため、財布も満足に使えなかった。林立するビルディングの明りの下を、仕事帰りのサラリーマンOLが、揃って足早に過ぎてゆく。車や電車の走る音がかまびすしい。デパートの買い物袋を提げた婦人たちの笑い声が耳を打つ。ふと、「どうしてこうなのか」、と思う。孤独を感じた。大都会の喧噪が却って私を独りにするようだった。周囲のベンチに座っているのは、単独の人が多いようだけれど、誰かとメッセージのやり取りでもするのだろう、彼らはスマホを熱心に操っている。私の存在に気付く人など何処にもいない。だが、ここで泣き出す訳にもいかない。

 その後も無為徒食の日々は変わらなかった。公園の木陰でぼーっとしたり、広場に群がるハトを眺めたり、日が暮れるまで彷徨したり、諸方の社を参詣したり。どこへ行っても充たされず、空腹は甚だしくなる一方で、足はいよいよ痛くなる。かといって、すぐに働く気も起きない。虚しかった。行き着いたショッピングモールトイレで用を足し、自らに課した戒律を破って鏡を見ると、生気に乏しく、いかにも自信のなさそうな、無精髭を生やした男が一人、救いを求めるような表情で立っている。そこにリンカーンの姿は無かった。足を休める場を求めて店内をさまよう。が、既に老人らが座を占め、熟睡しているらしい。安心しきった寝顔にみえる。帰りの難儀を憂えつつ、やむなく出入口へ引き返す。「いらっしゃいませー」「ただいま30%引きでございまーす」という若い店員のいきいきとした調子がなぜか辛い。女子学生愛嬌も、年配夫婦の微笑みも、母に抱かれた赤子の眼差しも、私には全てが辛かった。ようやく家に到着してテレビの電源を入れれば、アスリートの勇姿を目にするたび、怠惰自分を痛感し、アナウンサーの顔が映るたび、鏡の自分を想起する。私の居場所はいずこにありや。やがてテレビも見なくなった。

 さて、私はこの日記を「吾輩は無職である名前は言えない。」で始めようかと思った。己の憐れを笑い飛ばせるくらいの朗らかさが欲しかった。ところがこの通り、筆致はだんだん暗くなっていく。まあ無職から仕方ない。最後に、ついこの前、海へ行った話を綴って、明るい気持で筆を擱こう。それは、とてもよく晴れた、穏やかな日だった。太陽の光が海のおもてをきらきらと照らし、寄せてはかえす波の音がたえまなく響く。突堤で腕組みして獲物を待ち構える釣り人、のんびりとウォーキングを楽しむおばあさん、浅瀬に浮かぶカモの群れ、軽やかな足取りのミニチュア・ダックスフント、波打ち際できゃっきゃ言いながら貝殻を拾う女の子と、それを嬉しそうに見守るお父さんお母さん。おや、あそこの男の人は、どこか悟り澄ましたような目つきで大洋のかなたを遠望している。同志だろうか?(失礼)

 「明るい気持で筆を擱こう」と書いた。でも、このかぎりなく静かで、平和海岸に臨み、やわらかな潮風に身を任せていると、明るさも暗さも、楽観も悲観も、全部きれいに吹き払われて、どこかへ行ってしまう。不安や焦燥はしぜんに消え去り、自分無職であることさえ、いつしか忘れている。そこには何もない。あるのは広い海だけ――青空をのびのびと泳いでいるのは、カモメカップルだろうか。仲睦まじく羽を交わしている。幸せそうでちょっとむかつくけれど、もう人(鳥)と比べるのは止そう。カモメには、カモメカモメによるカモメのための鳥生があり、私には、私の私による私のための人生がある。お前らは、勝手にいちゃいちゃしてればいいのさ。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-08

荒野の果てへ」「街」

ワイルドアームズ



フィールド彷徨」 「西風の吹く街」

「バトル・VSロードブレイザー」

ワイルドアームズ2)

2017-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20170126020219

にわかか? ワイは増田が――

いや、インターネットが始まってからこの方ずっとネット上を彷徨っているウザい亡霊ぞ。

昨日今日に始まった話ではない。しかし、増田が昨日から見かけたというのならば……

それは、これから増田が永劫このウザさと闘わなければいけないということだ。

覚悟はいいか? ワイはできてる。

2017-01-12

増田に書けばフィクションって事で済まされるよね! 35

さて、松の内も終わって今年も一段落

毎年この時期はバイト含め故障者リストが凄い事になるもんだが、今年は…まだマシなのかね。

あ、ちなみに神主になるにあたって信仰心の有無とか問われる事は一切ありません。

休むのが当たり前の暮れ正月に皆が遊びほうけてる横で死ぬような思いして正月間中ぶっ続けで働くってのは高い理想と篤い信仰心のない奴にはとても勤まらなかろ、って判断らしい。

いやいや、別にお金生活費の為であれば誰でも働けると思うんだが。違うんかね。

まあ人間誰しも、自分が就いている仕事や属してる業界世界で一番多忙で大変な仕事だと思うもんだ、って事なのかねぇ。

こっちは斯界以外も知ってるしもちろんそれ以上の辛酸も舐めてきたから(でなきゃ斯界になんざ来ねえよ)、お正月神社多忙を極めるにしても世界で一番大変な職場だとはとても思えないが。

暖房効いた室内で寒い寒い言いながらあっつい甘酒をふうふう言って啜りつつこなせる仕事を激務と呼んだら、これまでに斃れていった世の大勢社畜達の英霊が浮かばれぬものよのう。あと誰だよ甘酒ハチミツ入れるってアイデアを思いついた奴は。天才か。




もちろん参拝客にも客単価っつーものがあり、また賽銭単価というものがある。

それこそさっき書いたような俺も毎日買っている甘酒の売上(自腹)のような収益事業収益祈祷や神札御守り授与や賽銭などの宗教法人事業の社入、それらをひとまとめにし、

その額を当該時間帯内の推定参拝者数で割ったものが、おおまかな参拝客の客単価となるわけだ。

同様に、賽銭単価は賽銭収入を当該時間帯内の推定参拝者数で割ったものである

で。賽銭単価というものは当然ながら“財布の中に入っている事の多い貨幣”の価値比重が大きくなりがちだから、額に多少の変動はあれど比較的安定しており、想定の範囲内に収まるものなのだが。(財布に入っている可能性の高い、あるいは枚数の多い貨幣はどうしても100円10円となりがちなため、賽銭における比重も大きく、賽銭総額も平均額もその二つの硬貨に大きく左右される)

客単価がなあ。

想定していたよりも少ないんだよなあ。




基本どこの神社も、よっぽど変わった事がない限り毎年それほどデカい参拝者の変動はないもんだから、だいたいどのくらいの数の人がくれば、どのくらいの社入がある、ってのはもう見当がついている。

そのデータに従えば、別に細かく計算せずとも例年の客単価は出る。○○○万人きたから今の社入はだいたい○○○億、○○○億を○○○万人で割れば例年の客単価平均額は出てしまう。

ただこれが少ない。想像以上に少ない。

より端的に言うと、みんな神社に来て賽銭は入れるしおみくじは引くんだけど、御守りやお札を買うのは全員ではなく、また縁起物を受けたり祈願を受けるのはごく一部、となる。

賽銭おみくじ+御守り1ヶ、くらいの客単価を想像してたんだけど

それよりはもう少し安かった。





社入が不十分とはまったく思わないんだが、どうも客単価の低さが気になる。いや斯界においちゃ普通の額なのもしんないが。

うーん、やはり金使わせる仕組みが足りないのかねぇ。

正月神社はクソ寒いから皆速攻で帰っちまうんだよねえ。当たり前だが。

正月は不便を楽しむもんだから寒い寒い言いながらえっちらおっちら参拝して鼻水すすりつつゾンビみたいにあーうー言いながら寒い境内うろつくのが醍醐味なんだろうと思ってたが。

やはり高齢者ゆとりに優しい、あたたまりポイントというか採暖所というか人をダメにする焚火みたいのを境内至近に設け、まるで八甲田山死の彷徨のごとくピクリとも火のそばから動かない強固な意志を示す人々が気軽に手に取れるような温かい食べ物飲み物がそばにあったら収益上がんのかねえ。

まあやり過ぎると人の波がそこで止まって境内にまったく人が上がってこなくなるのでその辺は塩梅ですが。




どんど焼き風の庭“火寮”設けといて、炉端焼きっぽく棒に刺したモチとか箱に入れて置いといたら売れそうかねぇ。

というか参拝者が持ってくる古い神札類を燃やすお焚き上げの火によって参拝者自身が温まれシステムになっていれば一番いいんだが。

火種も大量に確保、参拝者も採暖でき、神社側が費やすお焚き上げにかかる労力も大幅に軽減される。

東北あたりのどんど焼きが確かまさにそういうシステムだったが、あれって実はよく考えられたシステムだったんだな。皆がめいめい持ち寄った古神札類をまとめて燃やして暖を取りつつモチ焼いて食う。

実に無駄がない。

これ正月神社でやれればなあ。





来年あたり当社でもやれないかなあ。さすがに無理かなあ。

2017-01-04

遊☆戯☆王ARC-Vこうだったらよかったのに+こうなればいいのに

  1. 榊遊勝、ユーリに敗北。カード化されるも寸前に駆けつけた遊矢にスマイルワールドを託す
  2. ユーリvs遊矢で戦闘継続スマイルワールドや遊勝が(墓地に)残したEMを駆使してユーリ勝利
  3. ユーリが吸収され、ズァーク復活が始まるかと思ったが、遊矢は何とかこれをこらえる。
  4. しかし、ユーリがこれを妨害、遊矢の意識をのっとりズァークはユーリを主人格とした不完全な状態で復活する。
  5. 遊矢を追ってきていたエド・素良とデュエルし、それを一蹴する。
  6. 2人を一蹴したものの(遊矢・ユート・ユーゴのわずかながらの妨害もあり)不完全な状態であり、力を上手く制御できないズァークは、統合のための第5の次元アークファイブ」を自らの力のみで作り出し、そこに逃げ込む。
  7. エド・素良は謎の人物(シルエットのみだが勝鬨と思われる)に救出され、アカデミア本部に戻る。
  8. エド・素良・カード化された人間を復活させる装置を使い復活した遊勝から一部始終を聞かされた一同は対策を話し合う。ついでにクロウとかも復活。
  9. 柚子提案で、アークファイブを作り出しレイを復活させるシステムの一部を使って、アークファイブを作らずレイだけを復活させることを提案
  10. システムは正常に機能したものの、柚子ズの意識は残ったままで、5重人格のような状態になっているレイが復活する。
  11. ズァーク、次元狭間彷徨っていた謎の人物(使うカードや声からしてどう考えてもあの人だが、Mrハートランドのように原形をとどめない状態になっている)を救い出して僕とする。
  12. 同じように4つの次元ができたとき次元狭間に取り残された人間(本田らしき人や三沢らしき人や牛尾らしき人や鉄男らしき人のシルエットがある)を僕とし、同時多発的に各次元に送り込む。
  13. レイはズァークと戦うことを決意するも、プロフェッサーおよび零児がそれを制止し、零児とのデュエルになる。
  14. すべての召喚方法を手に入れたもののその力を使いこなせていないレイであったが、遊矢とのデュエルを(柚子ズが)思い出したり、零児の助言やデュエルを見て覚えることでそれを使いこなし、零児に勝利する。
  15. そのデュエル中に、遊矢の所持していたペンデュラムによって手に入れた新たなペンデュラムモンスター創造する。
  16. 4つの次元(特にスタンダード次元)の被害は酷く、それによって生まれた憎しみや怒りの心で、ズァークは完全に復活し、ユーリ人格から切り離される。
  17. ズァークとレイデュエルレイ勝利。遊矢達は分裂する。
  18. しかし、ズァークは実体を持たない思念体として体を飛び出しており、リアルソリッドビジョンを使って新たな体を得てしまう。
  19. ズァーク(思念体)vs遊矢・ユート・ユーゴ・ユーリの変則デュエル苛烈攻撃を行うズァークに対して4人はエンタメデュエルを行う。なお、この模様は全世界に中継される。
  20. ズァーク敗北。
  21. アークファイブ崩壊に際してレイはかつてズァークを分裂させるときに使ったカードを使ってアークファイブを4分割し、もともととある4つの次元に吸収させる案を提案
  22. プロフェッサーは反対するもレイ意志は固く、アークファイブは分割・吸収される。
  23. レイ柚子ズに分離する。レイ意識はズァークの意識を飲み込み、アークファイブとともに消滅する。
  24. 次元自由に行き来するシステムが構築されたものの他はほぼ元通りでエンド。

ユーリプロフェッサーから自身やズァークについての危険性を聞いていたため、逆にそれを利用してやろうという魂胆があった。

ズァークの分裂前の意識の影響を一番受けているのは実はユーリで、ズァーク完全復活後に切り離された本来ユーリ漫画版のような性格をしている。

レイ及びズァークの意識次元狭間彷徨っていて、各次元で起こっている出来事を見ていた。ズァークはそれに加え、特に自分に近い思考をしていた遊矢と、自分の影響をもっと受けやすかったユーリ積極的干渉しようとしていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8A%E2%98%86%E6%88%AF%E2%98%86%E7%8E%8BARC-V

2017-01-02

ひろし

ひろしは開封前の缶の中に居る。

ひろしの周りは常に水分で満たされている。

から自体が転っても、大きく体が回転する程度であまり影響は無い。

たとえ床に落とされても、その衝撃は中のひろしにはさほど伝わらない。

中にひろしが産まれた後、その缶は幾度となく揺れ動くが、短い落下を感じた後は自分の番が来るまでひたすら待機となる。

この待ち時間の間だけ、ひろしは自由存在になれる。

もちろん狭い缶の中だけ、という条件付きではあるが、眠ることもあれば、自分人生を振り返ってみる場合もある。

ひろしの生きる空間を満たす水分は、彼の主食でもある。

基本的には少食だが、たまには少し口にする。

ただその場合、液体が減ると共にひろし自体の重量が少し増えるため、例え外から見ていても特に変化は無い。

そして長い待機を経て、ひろしの番がやってきた。

幾度か続く電子音の後、ゴツンという軽い衝撃音と共に、固いものの上に落下する感覚

その後「キュパッ」という音がしたかと思うと、缶の中に外の空気が一気に入ってくる。

でも、ひろしはその瞬間、液体に溶けてなくなってしまう。

缶の中は、ひろしが居なかった時の状態に戻る。

ひろしはそこで新しいひろしへと生まれ変わり、次の缶を求めて彷徨い始めた。

2016-12-29

太郎彷徨える主人公から仕方ない

http://anond.hatelabo.jp/20161228200026

他の人も言ってるけど、ジョジョの中でラスボスをはっきり倒した(殺した)のは承太郎だけ。

なぜそうなってしまうなのか。

まずジョジョは、ドラゴンボールワンピースのような主人公強敵を倒したら、また新しい強敵が現れて…を繰り返す話ではなくて、主人公強敵を倒したらそこで物語は終了。または次は新しい主人公の話に…というシステム漫画

から主人公である各部ジョジョラスボス物語の中で必然的に対になる存在になっていく。

そんな中で承太郎だけは自分の対になる存在を待たない。

ディオは三部のラスボスだけど、ディオにとってのジョジョ(主人公)はジョナサン・ジョースターから

から太郎は、ジョジョの中ではトップ人気のキャラクターだけど、主人公としてすごく存在曖昧なんだな。

主人公としての自分確立するために、承太郎ディオを殺さなければならなかった。地球の外に吹っ飛ばすとか、永遠に死にたどりつかないとか、そんな曖昧方法ではダメだった。

でも、ディオを殺したところで、ディオにとってのジョジョジョナサンであることに変わりはないし、ていうか確かに承太郎ディオを倒したけど、その肉体は曽祖父ジョナサン身体だったとかいうまたしても曖昧状態………

というわけで、承太郎はいつまでも主人公としての自分確立できず、ジョジョになりきれず、4.5.6部までラスボスを求め彷徨い続ける亡霊になってしまったのだ………

から、本当に6部のラスト、そしてスティールボールランは良かったよね。

彷徨える承太郎物語はもう幕を閉じたんだと、悲しいけれど、良かったねって。

2016-12-19

ハンサムフェスティバル2016のうち、2日間、4公演を終えて。

私はとあるハンサムさんのファンを長年続けているんだけど、2009年初めてZeppハンサムを見に行って、賢人くんと春馬くんの歌声に魅了された。

『歌が上手い』なんて単純な話ではなく、二人の歌声が重なった時のハーモニーに衝撃を受けるほど感動してしまったの。

歌声の相性が良ければ、1たす1が100になるような奇跡音色に生まれ変わるのだと、生まれて初めて知った瞬間だった。



思えば後期ハンサムLIVEは、ファンイベントよりもショー作品表現する方が近く、

推し個人とのコミュニケーション濃度より、全員のLIVEパフォーマンスを楽しむ祭典度の方が強かった。

(これは誰を推しているかによって変わってくるのかもしれないけど。

私がファンをしているハンサムさんは、ファンが望むことの読み取りと 本人が望むこととのバランス取りが篦棒に上手く、

彼はあらゆる場面で私たちとの時間の積み重ねを感じさせてくれるから、この関係性でいる信頼感と安心感ハンパない

私たちそれぞれとの歩みを大切にしてくれる彼にはいつも心から感謝している。

そんな日々の濃度は、ハンサムで生ファンサをもらう濃度に決して劣っていないと、私は感じてる。)



から私にとっては、ハンサムLIVEは推しだけを愛でる場ではなく、チーム・ハンサム応援し全員が仲間になるお祭りだった。



そして、歌手ではない二人のハーモニー聴くことができる、唯一無二の機会だった。



あの感動のひとときはもう失ってしまったのだと、今回のハンサムでようやく痛感し、

その喪失感の大きさに動揺して、現在増田を書くに至っている。



賢人くん春馬くんそれぞれのファンの方からすれば「痛感するの遅くない?」「なんでこのタイミング?」ってなる話だと思う。

二人が一緒に出演したのは伝説2012年公演が最後で、もう4年も経っているから。



でも、ハンサム物語的には、

ファン感謝祭ジャンルのショー作品として究極であり完成してしまった伝説2012年

最高の先にある新しい世界を求めて挑戦をしたBrand New Worldの2013年

常に『進化』してきたハンサムLIVEだったのに、先に進むことではなく『締め括り』のショー構成だった2014年

(なお、この2014年初日が終わった後に盛大に絶望していた。

Never Let Go!って、EVER LASTING SHOWや言うたやん!って思っていたけど、後から読みとってみれば最終回常套句ばかりだった。

でも終わって欲しくないかストレート言葉意味意外ぜんぜん考えなかった。だって第二章が始まった次の話が最終回だなんて信じられないでしょ…?

演目構成として『終わり』を突きつけられるのは、参加者としてめちゃくちゃキツかった。楽しかったけど絶望を受け止めきれなかった気がする。)



と、2014年までが一つの文脈になっていたから、何というかワンチャン…みたいな希望がずっと私の中にあったのです。

2014年は賢ちゃん居たけどwhite serenade担当しなかったことの意味とか…

デュエット相方はるるお気に入りの裕太がバッチリやってくれたこととか…)



それが一年寝かせて、名前ハンサムフェスティバルになった今年2016年

とてつもなく素晴らしい引き継ぎ構成だった今回。

2014年絶望した先輩ハンサムさんファンの私としては、このFestival Nightは毎年恒例なんて当たり前の存在ではなく、『ミラクルなのだストレートに突き付けられて漸く受け止められたし、

新入生ハンサムくんたちに『これまでの道のり』とか『後ろは振り向かないで』とか言われちゃ、世代交代という形の一つの終わりを実感せずにはいられなかった。

そして『THE GAME初出の曲をファンが歌うダブルアンコール』という奇跡は、最高の『私たち時代の終わり』だった。

成仏するしかなかった。



そして歌われてしまったwhite serenade。

2014年は総集編だったから、そこにエントリーされたことはきっと喜ぶべきだし、賢人くんが春馬くん以外とwhite serenade歌ってしまわなかったことに救われていたけど、

引き継ぎ式の2016年にあえて歌う必要性最初感じなかったし、2014年に続き桜田さんが担当していてオリジナルメンバーよりも多い回数を公式披露した現実ぶっちゃけ初日は死んでた。構成担当を怨んだ。

(ちなみに2013年ギャグ扱いだし悲恋ぼっち曲だから賢ちゃんソロでもノーカンセーフ。他の曲も同じ状況だったしね。確か壮ちゃんが紹介していた、舞踏派チームのbutterflyが流れた瞬間「ヤメテー!」って悲鳴を上げたファンの方の気持ち、今なら超わかるよ。笑)

初日挨拶桜田さんが賢人くんの話をしてくれたから、一命は取り留めれたけども…white serenadeから先は他の曲もオリジナル版で賢人くんと春馬くんのデュオだったパートになる度に、喪失感がすごくて。

(実際のところ、二人の持ち歌のwhite serenadeでは声を重ねるパートが少ないから、ハーモニーファンだった私としては全体曲のCメロとかの方がより一層思い入れ深かったりはする。)

私の中のハンサム公演にとって、賢人くんと春馬くんのハーモニーはこんなにも自覚していた以上に大きな存在だったんだなぁと、喪失感の大きさから気付いた。



先述の通り、先輩ハンサムさんファンとしての私は、2016年の引き継ぎ公演っぷりに成仏できた。

それはハンサムフェスティバル全体を通してのことで、祭儀の結果。

(もちろん私もこのお祭りが大好きだし大切だから、彼を含む先輩チームにはぜひまたお祭りを開いてもらいたいけどね!宇宙だって付いてくよ!全通皆勤記録まだまだ伸ばすよ!)

(彼のファンも一生続けさせてね。これから私たちのことどうぞよろしくね。)



でもじゃあ賢人くんと春馬くんのハーモニーが大好きだった私は…となった時に、

私を抉ったwhite serenadeが、逆に葬送曲になった。



リリース当初は、どうして悲しい恋の歌を作ったのか疑問だった。

ハンサムミュージックは、いつもチーム・ハンサム私たちの『今』を赤裸々に的確に表現していて、一般的アーティストさんやアイドルさん等の楽曲とはメッセージ性の方向が全然違ったから。

でもねぇ喪失感あふれる今、white serenadeの悲しみのシンクロまじやばいよ…

ハンサムに会いに行っても二人はもう居ないし!

それでもステージは綺麗な景色だし!

最後ハーモニーの感動はまだ残ってるのに!!!

さよならなんて絶対言えないし!

二人の歌声が聞こえて来るはずのない3時間をかみしめてるし!

好きの終わりをうまく飾れないし!

私の推しハンサムさんがパート担当しても二人のハーモニーの想い出は消えないし!

ふたりが出逢った奇跡をもう一度願うよ…

終わらず続いたハンサムの会場で…



そして『もう少し待ってみよう 悲しいまま あの日のまま』と締められてしまうから成仏できない。

悲しみ放置だし、あの日から進めないし。

葬送曲として『悲しい終わり』を突きつけられたけども、鎮魂して成仏なんてできないよ。



ずっとずっと待ってるから

賢人くんと春馬くんのハーモニーがまた聴けることを。



残る12/29国際フォーラム公演、

悲しい恋の歌にギャン泣きして二人の歌声を探し彷徨ファントムになりつつ、

出演してくれた愛しいハンサムさんたちと素晴らしいハンサムスタッフさんに心から感謝して、

引き続きブチ上がっていくぜ!!

2016-12-13

本格スケートアニメ

私は腐女子であること、ユーリが好きで、メインの二人に疑問があり、批判的になってしまうこと、

モンペと呼ばれるだろうが、皆がこうではないので前置きしておく。




1話をわくわくして見ていた。話が進むにつれて疑問に思う点が増えた。

ユーリヤコフ、スケートのもの蔑ろにされているように感じるからだ。



ヴィクトルと勇利の関係はしばしば、大きく崇高な愛、恋愛よりももっと深いもの、などと表現される。

果たしてそうだろうか。

もし二人に、その関係に、(ファンが言うようなLGBTについて世界に何か影響を与えるほどの)大きな愛があるなら、

周りの気持ち尊重できる人間であってほしかった。とても大勢の人が「尊い」と称えるほどの人物には見えない。




勇利と同じように、ユーリにとってもヴィクトルは憧れだった。

一生懸命スケートをしていた幼い彼の約束は守られなかった。

代わりに泥酔して腰を擦りつけた勇利の約束を守りに海を渡った。

なぜその憧れの気持ちに差をつけられなければならないのか。


ユーリは、とりわけヴィクトル日本へ渡ってしまって以降、真摯スケートをしている。

常に勝ちたいと思っている。他国選手も同様。勇利達はそうではない、と私は思う。


勇利が一人で戦えば応援して、ピロシキを一緒に食べる。万全の彼に勝ちたいからだ、ライバルだと思っているからだ。

そのユーリに、二人は試合前、スキンシップをとりながらにこにこして「ガンバ」だとか「僕の方が体力ある、ばーか」と言う。

馬鹿にしていると思った。


マジアガペーを見て焦るどころかのん気に応援してくるライバル約束反故にした張本人

怒って当然だ。

それを見て、応援する二人かわいい、怒って嫉妬してるユーリかわいい、という感想を多く見かけた。


ユーリの闘志は、いつも嫉妬一言で掃き捨てられてしまう。




コーチ代理のシーンも、ユーリヤコフの気持ち尊重されていないと思う。

その上憧れた人のコーチに緊張したり、キスクラでは有難いと話を聞くそぶりもない。


大事マッカチンが生死を彷徨い戻ってきても、

空港内を並走して抱き合いプロポーズみたいだね、と言う二人が不思議だった。

真っ先にマッカチンの無事を喜ぶよりも、自分ヴィクトルへの気持ちが優先されてしまう。

コーチをしてくれるヴィクトルに対しても、弱いメンタルを察してくれと怒る。

地元応援感謝もあまりしていない。



バンケットでは現在コーチがいる前で、別の人間コーチを頼んでしまう、

ユーリとの約束があるのに、突然それに乗っかってしまう。

ダンスバトルだって長谷津での勝負だって本来ユーリはしなくていい勝負に負けたのだ。

完璧人間はいない、リアルだ、と言われても、その人間性に疑問を持つことに変わりない。





雑誌版権絵で大人二人がブランドの袋に囲まれニコニコと密着している間も、

二次創作ヴィクトルと勇利がBLしている間も、

この時ユーリはどう思っているんだろう、と考えてしまう。

名前が同じキャラを出したかった都合上生まれライバルらしいライバルにも据えられず、

本人の気持ち蔑ろにされている状況が辛い。




もっといろいろあった気がするが、つまりスケートに対する向上心と、周りのキャラへの尊敬、敬意が見えないかもやもやする。

そういう部分で、最近話題の本格スケートアニメが見たかった、という意見には同意した。

作画が良い、技が忠実、そういうことではない。

同性愛だって異性愛だって、どんな愛が描かれてもいい。ただ、それを魅力的と言うには、

努力葛藤を重ねて、真摯スケートにとりくむ人だから素敵と思える、そんな描写が圧倒的に足りない。

代わりにあるのは、そういったものをすっ飛ばして育まれる二人の愛のシーン。




葛藤があるからいいアニメ、というわけでもないのだが、魅力に感じる作品には

やはりそれを乗り越えていくキャラの様子が描かれていて、その過程萌えたり、熱くなるものなんだと思う。

から、薄味に感じるこの作品がここまで高尚なものと称えられると、?と思ってしまうのだ。

作品現実選手まで引き合いに出して、ユーリはやっぱりすごい、と言ってしま空気が、私にはちょっと苦しい。

本格スケートアニメ、二人のユーリというふれこみに、勝手に期待したといわれればそれまでか。




とは言え、ファンの人たちはそういった部分を読み取って楽しんでいるんだろうし、それを全て否定するつもりはない。

違和感があるのは、腐女子同性愛関係性的に消費しながら、アニメに絡めて声高にLGBT差別がなくなるといいとか、これは差別の無い理想の世界、とあまりにも過剰に賞賛することだ。

ちなみにこの気持ち差別意識によるものではない。




現実差別があったがこのアニメは違う、と言う翻訳ツイートたった一つで、それをすぐに信じ込んでしまい、スケート界って大変なんだねと盛り上がり

制作側が差別のない世界を描いたと発信し、そういう素晴らしいアニメだという話が一斉に広まった。

考え方は立派で否定されるものではないが、正直、一人が言い出したからよく考えず我も我もと高尚なアニメを見て感想を言うことが目的になり、

後付けで差別のない世界ですと言っているように見えてしまう。





試合のあとに高揚したまま、抱き合ったりキスしたりすることはあるだろうが、

本当に主題がどんな好きも否定されない世界であったなら、

過剰な演出特にバンケットでの勇利や、妊娠しそうの発言必要だったんだろうか。



これが男女であっても、人前でそういうことをするのはあまり好ましく思えない、

からこそ男性同士にそれをさせることが、いかにも同性愛男性はこういうことをしそうだというレッテルのようにも、

BLが好きな層へのアピールにも見えた。

差別されない世界なら、これらの行為は本当に咎められないのか?男女がそうしたセックスアピールをしていたら、尊い愛だと言えたか

電車の中でいちゃつくカップルを見ているような気持ちを、差別とは言わないはずだ。



男性同士の恋愛差別されているから影で楽しんできたのではなく、男女や百合エロと同様、自分性的に消費しているから隠すべき趣味としていた部分が大きいと思っているので、カップリング名がトレンドに入って喜ぶことも理解できなかった。

LGBTを賛美しているか同人誌を書いたり、アニメを見ているのか?少なからず切欠は違うと思う、萌えて、エロいことをさせたいと思ったから、ついキャーとはしゃがずにはいられないのではないか

そうである限り、成人向けなどのコンテンツが人に見えにくいところで楽しまれるように、現実問題とは分けて、ひっそり楽しむもので、だからといってBL区別することが差別だと言うのも違うだろう、と思う。



特に当事者ではない私達が深く理解していない段階のまま、LGBTにとって理想の世界と断定してしまうのは間違ってはいないだろうか。

それを判断して、見るか見ないか、どう思うか決めるのは私達ではないので、どうかどこでも誰にでも押し付けるようなことはやめてほしい。




何が言いたいかよくわからなくなった。

とにかく目に入ってくる反応と、本編の内容、キャラ内面があまりにかけ離れていないかBL趣味現実を巻き込みすぎてはいいか?と思った。

本格スケートアニメが見たかったユーリ好きな人間のもやもやとした気持ちの一部だ。

2016-11-29

MASUDA - はてなオールスターズ

釣りに戸惑う情弱な僕

通りすがるスパムの雨

本当はブコメ以上

頭弱い阿呆である



止めど流る注目エントリー

消せど燃ゆる暴露エントリー

あんなにブクマついた

トラバを見たことはない



人は誰も星求めて 糞に彷徨運命

そして書きなぐれ Oh My Diary

ネタが切れるまで



はてブ開くと素直にお喋り出来ない

増田みんな侘しさに

I know..怯えてる.Hoo…

メタブ付けた瞬間から虚しさ止まらない

鏡のような増田見て

思い出す一人きりの俺



http://anond.hatelabo.jp/20161129215100

nekora氏の魂がブクマ空間彷徨っており

目をつけたブコメに星をつけるなどの怪異引き起こしている。

2016-11-08

日銀異次元緩和政策の「その後」>

"21世紀における金融政策” (教科書、2062年出版)より

日銀異次元緩和政策の「その後」>

  2012年の安倍自民党政権成立後、日本銀行金融政策実施に当たって政府との連携を強め、年率2%のインフレ実現を目標に掲げて、「異次元緩和」と呼ばれる大胆な金融緩和策を実施した。   

  2013年以降、日銀国債ETF指数連動型上場投資信託)を最初毎年50兆円、そして80兆円づつ買い続けた。さらに2016年には「マイナス金利政策を導入し、イールドカーブ人為的操作にも手を染めた。

  それらの結果、2018年4月時点で、日銀国債保有割合は発行済総額の5割に達し、ETF総額に占める日銀保有割合も8割に達していた。

  にもかかわらず、日銀はまだ2%のインフレターゲットに達成することができなかった。2017年の物価上昇率わずか0.3%であった。

  「もう買うものがない。」というのが2018年度を迎えた日銀にとって最大の問題であった。

  市場流通している国債が極端に少なくなっていく中で、日銀による国債の買入れオペを拒否する金融機関が出始めていた。

  2018年4月に黒田総裁の後を承けて就任した石黒総裁への圧力が高まっていた。

  そんな中、同年5月中旬日本基幹産業である自動車産業の雄トヨタ自動車本社を置き、日本のみならず世界有数のものづくり拠点でもある愛知県において、マグニチュード8を超える巨大地震が発生した。

  地震発生から24時間以内に、東京ニューヨークロンドンなど、世界為替市場で、円が対ドルで110円から130円まで一気に下落した。それまで「安全逃避先資産」とされ、発生地日本であろうが、世界のどこかで危機が起こったときに大量に買われていた円が、初めて売り浴びせられ、暴落したのである

  日本政府はすぐ復興債を財源とした大型補正予算を発表したが、それまで毎年のように編成されていた補正予算に景気浮揚効果はなく、補正以外にこれといった対策を講じることの出来ない政府経済政策への期待はもはや皆無であった。日銀による緊急対応を求める強い声が経済界からが発せされた。

  就任直後から厳しい立場に置かれていた石黒総裁は、この期を逃さずに早速手を打った。

  日銀は5月26、27日に緊急の政策決定会合を開催し、政府が発行する復興債を直接全額購入することを発表した。同時に、それまで手を出さなかった「実物資産」についても買い始める、という新しい政策枠組みを発表した。

 

  実物資産として日銀が選んだのは、なんと芸術作品であった。

 

  日銀による芸術作品買入れ(「芸術作品買い入れオペ」と呼ばれた)の枠組みは、以下の通りであった。

 ① 政策発表から2週間後、日本国籍保有している者は誰でも、その保有する芸術作品骨董品日銀に売ることができる。日銀は適切な判断に基づいて値段を決めて現金で購入する。売却は一人一年に一回のみだが、複数アイテムを同時に売却することは可能とする。

 ② 高齢世代(先の世代)が書画陶器など多くの伝統芸術資産保有している一方、若い世代はそのような伝統芸術資産保有していない。そこで、芸術資産を持っていない個人・家庭からは、手作り芸術作品や新たなカテゴリー芸術作品を購入することとする。

 ③ 日銀は、都道府県ごとに購入した芸術作品を展示するための「アートスペース」を設置し、購入した芸術作品一般に公開展示する。入館料は大人500円。障害者12才未満の子供は無料。展示会の収入は全額震災復興寄付する。

 ④ 芸術作品買入れオペは、年度単位で行う。即ち、オペ開始から一年後、日銀は購入した芸術作品をすべて焼却する。焼却は一般市民の参加による「焼却式」によって行う。この式の参加費は500円。焼却式後、日銀は改めて次年度の「芸術作品買入れオペ」を開始する。

 ⑤ インフレ安定的に2%を超える状態が達成されるまで日銀芸術作品買入れオペを続ける。

  この日銀の新しい枠組みは、2000年代後半の世界金融危機後に欧米中央銀行採用された金融政策とは根本的な断絶を表すものであった。

  伝統的な金融緩和の波及経路は主に金利だと思われていた。即ち、中央銀行金融機関から国債などを買うことによって、銀行貸出金利を下げることができ、その結果、個人法人への貸し出しが容易となり、市中に資金提供される。

  他方、日銀の新しい政策枠組みは、金融機関を通さずに直接個人から資産を買うことによって市中に資金提供する、というものであり、かつ、購入した資産は定期的に廃棄、拙い手作り芸術作品には事実上セカンダリー市場が皆無であったから、定期的に保有資産消滅していくこの新しい政策には出口がないと日銀が暗黙に宣言したも同然であった。 実際日銀は、新しい枠組みによって増えたマネタリーベースはそのまま放置するつもりであった。

  日銀がなぜ国民に直接現金を配らず、敢えて「資産」を買ったのが当時批判されたが、数年後に発表された決定会合議事録によると政策委員現金配布という手法に対して懐疑的だったことが明らかになった。

  景気が改善しても現金配布ー現金のばらまきーをやめることは政治的に極めて困難、事実上やめられないのではないか、と過半数政策委員懸念を示した。資産を買って現金を渡すという仕組みにすれば、国民芸術的衝動芸術資産がいつか枯渇されるため日銀スムーズにテーパーリングできる、と多くの政策委員が考えたのである

  発表から2週間後、全国日銀支店郵便局でこの「芸術作品買入れオペ」が始まった。当時の記事日銀統計によると、最初書画陶器など骨董品の買入れが多かった。遊び心のある作品も少なくなかった。毎日新聞記事によると、男性がお尻と手を会社コピー機でコピーをとって印刷したものを、日銀が20万円で買い取った。鴻海シャープ株式会社社員割り箸で作った家電が1億円で買い入れられ、日本経済新聞の一面に載った。

  しかし、買入れオペが始まってすぐ深刻な問題が起こった。日銀の「芸術」の定義あいまいすぎていた。メディアによると、砲身に「金融政策」と大書した張り子のバズーカ砲が日銀に買い取りを拒否された。女性器の形をしたティッシュ箱も断られた。

  芸術知識を持っていない中央銀行芸術価値判断するのはどうか、とアーティスト学者から批判が強まった。村上春樹特別記者会見を開き、中央銀行芸術を売るな、と国民に強く促した。

  買入れオペへの参加が低迷した。日銀がオペ開始から半年の時点で行った全国調査によると、日本人のたった1割がしかこのオペに参加していないことがわかった。同調査によると、60歳以上の世代は代々家に受け継がれてきた「家宝」を売ることを躊躇し、若い世代仕事育児で忙しく芸術を作る暇がなかった。さらに総じて見れば、日本人はあまり芸術作品を売ったり買ったりすることに興味がなかった。芸術実物資産として考える人たちはそれほど多くはなかったのである

  市場では、震災直後の暴落から回復した円がドルに対して日々高くなっていた。景気は引き続き低迷し、むしろ後退に直面していた。行き場のない資金市場彷徨する一方で、日銀微妙価値のある大量の芸術作品保有していた。

  もはや日銀政策の失敗から自力で立ち直れないと判断した石黒総裁は、善後策を安倍総理相談した。

  しかしながら、政府もまた、残された対策補正予算の早期執行復興債日銀直接引き受け位しかなく、為替市場に対しても株式市場に対してもコントロール能力を失っていた。

  ここに、いよいよ日本経済は完全に行き詰まった。

  安倍総理は、危機に直面した時、歴史上多くの指導者選択した「最後選択肢」を選ぼうとしていた。

  尖閣列島を含む東シナ海シーレーン防衛のため、日本自衛権行使軍事行動を起こす、と安倍総理宣言した。

2016-11-06

オタク文化セルアウトしたので内気な虫けらの居場所がなくなった

二次元文化が本当に好きな人ってどれくらいいるのだろう。

本当は好きではないのにアニメ声優ゲームでキャッキャしてるフリをしている人はけっこういたのではないか

そうすれば居場所が貰えたから。

現実においても自分精神アドレスが記入され、オタクというレッテルを貼り、それをアイデンティティにできたから。

二次元文化は、世の中に夢中になれるものがなくて、誰ともつながれない僕らの最後の居場所だった。



二次元オタクと言っても本当に好きなわけじゃない。

本当に好きな”真のオタク”の周りで、必死に付け焼き刃の知識をつけながら分かった風な顔して頷くしかない。

リア充のまわりに必死にしがみついてる、擬態した偽リア充を”キョロ充”と呼んだけど、同じように僕らは”キョロオタ”だった。

僕らキョロオタはお互いに心の目配せをしていた。

「わかっているよ、君も同じだろ」。

僕らははにかみなら必死お祭り騒ぎをした。

僕らを無限の無関心から救って、世の中につなぎとめてくれた。

二次元は僕らの居場所だった。



でも、この10年くらいで、二次元ライト層を大量に呼び込むようになった。

ライト層は、ものすごく器用に二次元を楽しむ。二次元で本当に素直に笑える。

人にも公言できる。アニメのグッズを身に着けて、堂々と町を歩ける。



彼らはなんて楽しそうなんだろう。

僕は二次元で心から笑っていなかった。僕は嘘をついていた。

そのことに気付かされた時にお祭りは終わった。

祭りの隅っこではにかみながらお互いを確かめあえた仲間たちは人混みに攫われて消えた。


今の僕に居場所はない。

僕が勝手にそう思っていただけで、居場所なんて最初からなかったのかもしれない。



二次元テレビで取り上げられ、市民権を得ていく光景をどこか誇らしく思っていた00年代が懐かしい。

自分世界承認されたように錯覚できたあの頃に、僕と世の中をつなぐ紐帯は擦り切れ始めていたのだなあ。



今はもう二次元に興味がない。

それは僕にとって世の中にも興味を失っていることを意味している。

ドラえもんじゃないけれど、僕は世界から1センチだけ浮いている。

つなぎとめる何かが欲しい。でもそれはまだ見つからない。



恋人でもいれば違ったのかな、と思うこともあるけれど、すぐにそれを打ち消す。

二次元への態度と同じように、僕は猛烈に燃え上がることが出来ず、恋に恋することしかできないだろう。


政治的主張レッテルにしたり、ビジネスパーソンレッテルにしようとしてもなじまない。



オタク文化を失った内気な虫けらは借り物のアイデンティティを求めて今日彷徨う。

http://anond.hatelabo.jp/20161106125615

俺は昼間のほうが平和だと思うけどな

夜の方が余程大量の書き込みあるじゃん

人が増えて、吐き捨てる場所という機能が強調されて

以前から居た人はその場を去るか、ひたすら安住の地を求めて彷徨うか

適応して吐き捨ててる人の作り出すビッグウェーブに乗ってるかしてるんじゃねえの


どっちにしろネットリアルの差がなくなったって点に収束すると思う

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