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はてなキーワード: 土曜日とは

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325083747

鉄の人なら見たことあるかもしれないが

自分が住んでた地域では、普通に人が乗る車両で夕刊が運ばれていたよ

土曜日部活をやって帰ると、ちょうど新聞と同じ時間に乗り合わせることになるんだ

懐かしいな。今もあるのかな

2017-03-24

多分わからないけど今の世の中って東京大阪の大都市だけの売り上げで日本は保ってる気がする。

おれの住む町なんかもう何もないもん。

チェーン店しかないもん。

そのチェーン店だって土曜日曜はまあまあ多いけど平日はほとんど客いないもん。

日本全土を制覇するには東京での莫大な売上がない限り地方でお店を維持できない気がする。

おれは地方地方相手に細々と死なない程度の売上でささやか生活をしてるけど、他は死にかけのやつも多い。

対面じゃ全然ダメからネットで全国相手にしてようやくってパティーンも多い。

どのみち地方は完全に終わってる感じがする。

2017-03-23

疲れた

もう疲れました。

昨日から両親は名古屋にいます

妹の大会応援。遊びではないとは言え、私も行きたかったです。

土曜日に帰るそうです。

その間私はバイトです。

両親が名古屋で美味しいご飯を食べている間

妹と団欒している間

私は冷凍チャーハンを食べ

ぐーぐるで「自殺 方法」「自殺 飛び込み」「自殺 簡単

などと調べています

行きたい学校がありました。

東京の真ん中にある学校です。

お金がないから辞めてほしいと言われました。

妹が私立校寮生活をしているからでしょう。

まあかく言う私も通信制高校に通っているんですけど。

そのせいでお金ないんですけど。

でも今だけはその話ナシにしません?

さておき。明日バイトです。楽しくはないけど辛くもないバイト。行きたくはありません。

明日は私だけが仕事です。

わたし名古屋行きたかったな。

わたしと妹ジャニヲタなんですけど、妹は大阪公演行けるんです。

私も大阪コンサート行きたい。

妹は飛行機に乗って行きましたよ。

はいつも高速バス東京なのに。

親は毎月わたしを一人にして妹の大会応援に行きます

妹のことは好きです。大好きです。

からこそなんか嫌

妹だから可愛がられて当然だけど

可愛いから甘やかされて当然だけど

練習頑張ってるからお金出して当然だけど

せめてわたしも行きたい学校に行きたい

死のうかなって思ってます

新幹線なら一発かな。

とか言って多分ヒヨって何もしません。

きっと目の前で新幹線が横切るのを眺めて、次の電車に乗って仕事へ行くんだと思います

辛い。

改行とかもうどうしたらいいのかわからん

たすけてー

旅行なんて行ったことないし

なのに妹とお父さんとお母さんは名古屋で遊んでる

三人の中ではそれは旅行になってるのかな

あー妹だけ中学卒業旅行友達ディズニー行ったの思い出した

わたしなんて最後に行ったの中学修学旅行だわ

わたし友達ディズニー行きたい

大阪コンサート見たい

名古屋行きたい

なんでひとりにするのー

高校生だけどさ

一応さ

子供じゃん

何もしないと思ってるのかな

男連れ込んでるかもよ

自殺するかもよ

失踪するかもよ

心配してないのかな

頼られてるのかな

信じられてるのかな

重いよー

まだ子供だよー

みんな春休みで遊んでるのにさー

わたしだけバイトだよー

誰か助けてよー

2017-03-18

土曜日はい

電話もならないし社内は人少なくて静かだ

しか土曜日は30分就業時間が短い

至福

2017-03-16

バス識別

昭和50年代半ばの北関東で、市内の小学校まで片道12kmをバス通学していた。東野(とうや)バス

いまでも、あの当時、のっていたバスナンバーと特徴はよく覚えている。

でもむしろ識別に使っていたのはナンバーではない別のもの

運賃箱と、緑の半透明の「ワンマン」掲示である

運賃箱は、運賃投入口の手前に硬貨両替スロットがある。

…だと、スロットに手をかける人が少ないから、塗装の剥げるのが遅い。11-2811-29, 11-32, 11-34がこれに該当した。海星女子学院のおねえちゃんたちは定期か回数券が多かったみたいだ。おれもそのころはふさふさしていた。

ワンマン掲示は、これなんかがイメージに近い。ただ、ぼくが乗っていたのはこれじゃない。写真は、おそらく2代目か3代目の11-34号。

ハードタイプ(うまく説明できないんだけど、かまぼこをつりさげるみたいな感じ)と、ソフトタイプ(半透明の薄いボード)がある。この、ソフトタイプクールないで立ちが、子ども心に何とも恰好よくみえた。

土曜日宇都宮東武発の時刻、12:25が海星、12:30が東高橋益子12:35が水橋真岡。(これははっきりとは覚えていないなあ…)

たまに寝過ごして、終点真岡益子まで連れていかれて、そんなとき運転手さんが運賃請求するのでもなく、おしゃべりしながら戻りのバスで運んできてくれた。パンチパーマサングラス杉山さん。「ため」を作らない、めっぽう軽快な変速と走りで、鬼怒大橋の上で65kmを出したのが、ぼくの知る最高記録。

2017-03-13

オリンピック再開発で思い出の店が消えていく

から21年前の1996年の春。

田舎から上京し、恋愛に非常に疎いモッサい女子学生が、人生で初めて同級生から告白されて付き合うというシチュエーションに舞い上がり、

二つ返事で付き合い始めたものの、完全に知識経験も不足していてどうしていいかからず、日々言動がどんどん怪しくなり、

このままではイケない…と危機感を感じるも、解決策が見つからぬままその怪しさはダイレクト相手にも伝わってしまもので。

「なんか思っているのと違った」

と駅のホーム唐突に言われ、フラれた。わずか一ヶ月足らずの出来事だった。



キャンパス五反田駅に近い場所にあり、要するに五反田駅でフラれたのである

瞬時にぐわあっと逆上した私は

「なら簡単に好きとかいうなぁぁぁぁぁ バーカバーカ!!」

捨て台詞を吐き捨て(実話)五反田駅を脱兎のごとく走り去った。

完全にダサかった。



五反田駅ガード下立ち食い寿司・都々井に失意のまま駆け込んだのは、とにかく根っこから魂が腐っていたので、何かパーっとしたことがしたかったのだ。

イケてる女子大生ならクラブに行くとか、友達誘って失恋カラオケに行ってドリカムサンキュを泣きながら熱唱とか、次行ってみよう合コンをセッティングしてもらったりするだろう。

男だったら、ここは欲望の街五反田なので激安のピンサロスッキリするという選択肢もある。

だが、とにかくイケてないことこの上ないボンクラ学生がフラれた腹いせに思いつくことは、

前々から気になっていたけど入る勇気がなかった立ち食い寿司に、一人で入る選択肢ぐらいだ。

そこで初めて握りの特上とビールを頼んで胃袋に収めた。特上だけど2000円ぐらいの値段だったと記憶している。

めっちゃめちゃ美味かった。



以来、20年間一人で通っている。

学生時代はさすがにそうしょっちゅうは無理だったが、社会人になって都々井に通うペースは加速度的に増加した。

ほぼ週一。多いときは週三。飲み会解散後、一人で〆る選択肢ラーメンか都々井。

立ち食い寿司はいい。自分の好きな食べ方が気兼ねなくできる。

カン連続で生ゲソを頼んだ後あら汁で〆るとか、鯖サンマコハダいわし青物三昧で注文して悦に入っても、ちっとも恥ずかしくなんかない。

飲み会の後、終電間際に駆け込み、リーマン集団疲れたおっさん訳あり姉さんの一人客に混じって無言で食べる寿司は、本当に美味しかった。

そこまで通えば板前さんと親しくなるだろうと思うだろうが、ここは繁盛店だし、

五反田という街がら、板前さんは客に決して深入りなどしてこない。

顔を見て常連でも「毎度!!」と言われるぐらい。それがいい。

都々井がある生活が当たり前で、どんなに仕事が辛くても、人間関係で疲れても、都々井で寿司を食えば

「あー、まあ、また明日も都々井で寿司食うために頑張るか」

ってなった。

ありがとう。都々井。



三年前に品川区から引っ越ししまい、都々井に行く機会はほぼなくなってしまったのだが、それでも月一はなんとか通っていた。

夫も二度、連れて行ったことがあり、都々井が3/18で閉店というニュースを見つけてすぐ教えてくれたのも夫だ。

増田の思い出の店がなくなっちゃうから、なんなら土曜日行く?」

と、おととい一緒に行ってくれた。

閉店を惜しむ人々が、普段並ぶような店ではない都々井に大行列をなし、たまに見かけたおじさん達も何人かいた。

ビール乾杯し、冷酒4合あけ、思い残すことなく好きなネタを注文できた。

ありがとう夫。



もしこれを読んで、都々井に今更ながら初めて行きたいという人がいるなら(いるのかよ)、

おすすめは…芽ねぎとコハダとシメサバ自家製コハダとシメサバのしめ具合は非常にいい。

これ目当てに来るお客さんが多いので、夕方にはなくなってしまうことも多い。

ちょっと珍しいところではごぼうとおかかを巻いたごくう巻き。

黒板下に紙で貼られている単品おつまみは非常にお値打ちなのであれば確実に注文すべし。

都々井のシャリは、回転寿司と違って品良く小さめに握られているので、女性でも一口で、サクサク食べやすい。

ので多めに注文を入れても結構イケてしまうぞ。



オリンピック再開発という時代の波にのまれしまう、五反田駅ガード下の名店の思い出話を、わずかながら知ってほしいと思って、PCに叩き込んだ次第。






追記

元増田Instagram=本人です。

https://www.instagram.com/pochiko.4clover/

Instagramを近々ブログへ移行することを考えていまして、力試しで軽い気持ちで初増田投稿してみたのですが、

初めてゆえに勝手がわからないまま、こんなにもブコメがいただけると全く思わず、まず増田投稿→同じ内容をInstagram投稿の流れでした。

深夜覗いたらホッテントリ入りしており、腰が抜けました。

嬉しいやら青くなるやら…。

こんなに色々な方々から反応・意見がいただけるのはまたとない機会なので、増田という場所に大変感謝しつつ、

このたびはお騒がせしてしまい、大変申し訳ありません。

2017-03-11

約束を守らない理由

身近に約束を守らない人がいる。

待ち合わせには平気で2時間くらい遅れてくるし、頼み事をすると「いいよ、やっとくよ」と気軽に請け負うのに、やらないままになったことも数知れない。

私の夫のことである


そんな夫と暮らすのに、私はだいぶ疲れてしまった。

約束をしても、果たしてその約束が守られるのか分からない。

明日は一緒に出かけよう、と金曜日の夜に話をしても、土曜日になると何度声をかけてもベッドから出てこず(それどころか寝ぼけたまま「うるさい!」と怒られる)、結局夕方起きてきて約束反故になる。

洗っておくよ、と言ってくれた夕食の食器は翌朝までシンクに残っていて、炊いておくよ、と言ってくれたお米は翌朝炊けていない。


しかし、気まぐれのように約束通りに動くこともある。

朝早く起きて一緒に出かけたり、「やっとくよ」と言ってお風呂を洗っておいてくれたりもする。

そんなときはとても楽しく、うれしい。

しかし、どういう時に約束が守られて、どういう時に守られないのか、こちらにはさっぱり分からない。


そんな夫と暮らして3年、約束をするたび、今回は守ってくれるだろうか、大丈夫だろうか、本当に言った通りやるのだろうか、と心配不安で落ち着かない気分になるようになった。

なぜ、私との約束は大切にされないのだろうか、私は大切にされていないのだろうか、と疑心暗鬼になっている。


他にもいくつか理由はあるが、守られない約束に疲れてしまい、とうとう離婚について話し合うことになった。

「なぜ約束を守らないの?」

これまで何度も聞いてきて、はっきり答えてもらったことのない質問を、これで最後からと問いかけた。


夫の答えはこうだった。

自分自身のことが嫌いだ。

自分のことを価値のない人間だと考えている。

生きていても意味はない。

死ねるなら死にたいが、そうもいかいから生きている。

早く人生が終わればいいと思う。

そんな人間なのだから、周りの人も自分には価値がないと考えているはずだ。

したがって、自分との約束にも価値などない、重要ではない、と他人も考えているはずだ。

そうであるから自分約束を守ろうと守るまいと、他人に影響を与えることはない。

自分約束を守らなくても誰も困らないし、構わないだろう。」

夫の話しはまとまりに欠けていたが、まとめるとこういうことになる。


脱力した。

私には分からない理屈だった。

約束約束相手自分の大嫌いな人間でも、約束をしたら果たすものでは?自分自身価値があるなしに関わらず、約束は守るべきではないの?」と私が言うと、夫は「そういう考えもあるのか、目から鱗だ」と言った。


私も目から鱗だった。

夫が大事にしていないのは、私ではなく自分自身だったのか。

この人と生涯を共にしたい、生活を共にしたいと思った私の気持ちなど、この人にはまったく通じていないのか。

もう疲れた

私は私の人生が大切だ。夫の人生も大切だった。

ももうふたつの人生を同じように大切にしていくことは、できそうにない。

2017-03-09

マルチウェイ マキシボックス

部屋の整理に、マルチウェイ マキシボックス通販で6個注文した。

1個2kgくらいなので、6個で12kg。梱包されたとしても20kgはいかないだろう…



と思いきや、運送会社荷物トラッキングサイトでは96kgという表示が@@;;;

配達予定日は土曜日だけど、いったいどんな荷物が届くのか。。。

2017-03-08

休日学校にいる先生

先生はすごい

学校が開く朝7時には職員室にいる

放課後は完全下校の7時過ぎても職員室にいる

もちろん土曜日にも職員室にいる

日曜日も大抵いる

祝日もいる

夏休みもいる

冬休みもいる

春休みもいる

今年の正月三が日は教育委員会から学校を閉めろって言われたか

誰も職員室にいなかったらしい。

今年は。

会議12時まで何日も続いても、毎日授業してる

新婚でも、40過ぎてても、睡眠時間4時間程度で頑張ってる

運動してないのに疲労骨折してる

いつも手足がむくんでる

転任の挨拶あの日から、たいして経ってもいないのに随分と老け込んだ先生

月曜日には染めるのに、金曜日には白くなる髪の毛

どんどん減っていく毛量

今日は化粧のノリ悪いなあとか。

クマが隠しきれてないなあとか。

忙しい時期に合わせて、太ったり痩せたり

毎日学校に来て、先生はすごい

たくさん課題を出す分

たくさんチェックしなくてはならないのですね

土曜日は課外授業

日曜日も長期休暇も祝日も生徒を学校によんで、自主学習

自由参加という建前でしたね

みんな不平は言うけれど先生の方がずっと大変だったでしょう。

三年生の担当は両手で数えられるほどしか休めないと聞きました

三年生の受験指導に全力で、

浪人生の面倒までみる先生

いつか三年生になると土日と平日いう概念はなくなると先生はおっしゃいましたね


予備校にも塾にも行かなくていい

うちが面倒を見る、という先生

ほんとうにありがとうございます



でもいいんです

僕は予備校がいいんです

毎日学校にいるのは辛いのです

学校はいいところです

でもずっと同じ環境に身を置くのは気が滅入るのです

学校予備校二重生活になるとしても、それはそれで気分の転換に良いのです

田舎から有名予備校はありません

ですから先生はいつも予備校のぶんまで僕たちを指導してくださりましたね



結構です

遠慮させていただきます


先生方は休んでください

給料に見合ったぶんの仕事もだけでいいんです

労働基準法について授業しながら笑わないでください

予備校課題学校課題で手一杯になるから行くなと先生は言うけれど

学校課題は減らせなかったのでしょうか

予備校ありきの学校でも良いのではないのでしょうか

そんな学校のせいで有名予備校進出していないのではないでしょうか


志望校を高くしろと生徒を煽てて、

合格できそうにもない大学を進めて、

後期は合格率のために行きもしない国公立を受けさせ

浪人しようとしない生徒にそれでいいのかと説教をした先生

この大学レベルが低すぎるから

推薦を出してくださらなかった先生

東大志望だった子が出願したくないと言った時、今までの先生方の東大対策無駄にする気かと、不安定な時期に責めましたね

継がなくてはならぬ病院のある子に、執拗東大を進めましたね

東大にこだわるのは上から圧力だそうですね

関大志望者数はクラスごとにノルマがあるそうですね

センター対策をすると二次で取れないからと直前まで対策しませんでしたね

毎年センターが上手くいかず出願できない生徒が沢山いますよね

部活OBも年上の兄弟異口同音センター対策必要と言っていましたが

先生は決してしませんね



僕は高校が大好きでした

卒業した今でも大好きです

先生が僕らのことをすごく大切にしてくださったことも知っています

先生のことはすごく尊敬しています

ですが先生も生徒も、毎日学校にいることが当たり前という生活に疑問を感じていました

先生3年間ありがとうございました

無事合格することができて今はホッとしています

ずっと学校で見守ってくださった先生

今だから言います



東進のおかげです!!!


今までお世話になりました。

林先生!!!

2017-03-06

結構な金を注ぎ込まれた母のその後

以前、『母親結構な金が注ぎ込まれてる』(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626)『はてなーが案外やさしかった件とその他のもろもろ』(http://anond.hatelabo.jp/20160824212145)というタイトルで、月60万円の抗がん剤を使いながら、日本保険制度のおかげで、月1万5000円しか負担していない「相対的貧困者」である母親の闘病生活について書いた増田です。



日付みたら、もう半年がたっているのだが、ここにきて大きな変化があったので、つらつら書いていくことにしたい。



母はその後、一進一退の闘病生活を続けていた。

体調が良い時は、映画を観に行く時もあるし(『君の名は』は案外気に入ったらしい。)、副作用がきつい日は一日寝ていたり。

先週の金曜日までは。


抗がん剤をうって、体調が悪い時期をおえたばかり。

先週の水曜日は一人で病院に行き、とくに問題にすべき所見がない状態だったのだが、金曜になってどうやら尋常ならざる腹痛を覚えたらしく、土曜日に同居している姉が病院に連れて行った。

取りあえず、当直の内科医が診断したところ、腹膜炎をおこしているらしいとのことで、痛み止めをうったりレントゲン撮影などしているうちに、主治医外科医が到着。


通常のCTスキャンだと、造影剤をつかうのだが、抗がん剤で体が弱っているため、造影剤をつかわずCT撮影

小腸大腸に穿孔が疑われるのだが、画像では今一つ患部がはっきりしないらしい。

通常の患者ならば開腹手術に踏み切るところ、はたして、母の場合は体力がもつのか、また、抗がん剤の影響で、術後、傷がすぐにふさがるのかどうかが判断付かず、医者協議がつづく。



主治医産婦人科医。母が卵巣ガンのため)は、手術を主張するも、外科医内科医は反対するという状況の中、結局、週末のため麻酔医の手配が付きそうもなく、また、あらためて放射線医の主導のもと、造影剤を使ったCT撮影の上で、精密な診断を下す必要があるとのことで、月曜日までは「保存的療法」(ようするに、点滴で栄養補給しつつ、抗生物質で炎症を抑える対症療法)をとる、との診断に落ち着く。

(なお、ここまでは姉からの伝聞)





そして今日

CT診断を経て主治医放射線医、外科医内科医などなどの協議の結果、正午過ぎにやはり手術をすることになる。

ただし、緊急の手術が入ってしまったたこともあり、開始時間がいつになるか分らないという。

準備をしてまつこと2時間くらいたっただろうか?

いよいよ手術ということで看護師なに4人がかりでベッドからストレッチャーに母を移す。

いや、自分で立ち上がれる(と、本人は思っているし、実際たちあがる)のだが、腹部にできるだけ圧迫を与えてはいけないとのことで。

母は手術に若干の不安を抱えているものの、現状では、うがいが許されている以外は一切、なにも口に入れることが許されず、手術によってその状況が改善されるのならば、と望んでいるようだ。



スタッフステーション最近は、ナースステーションとは言わないらしい)横の病室からエレベータ、長い廊下を運ばれる母にくっついて、自分と姉も移動し、弱弱しくベッドで手を振る母は、「手術棟」の自動ドアの向こうに運ばれていった。


体力を考え、できれば1時間、最長でも3時間

患部の状態確認し、最悪、内臓の消毒や洗浄だけで、それほど積極的処置もできずに終わるかもしれない、と説明されていたが、果たしてどうなることか・・・と待合室に席を落ち着けた途端、自動ドアあいて、看護婦が「増田さん!」と叫んだ。



何事!!!



本来なら患者のみが呼びこまれるドアの内側に、姉と自分が駆けつける。

手術衣を来た外科医協議議論リードし、重鎮っぽい空気を醸し出していた、いかにも精力的な医師である)が口を開いた。

「実は、私どもに認識の違いがありまして・・・

どういうことか?


母が現在抗がん剤を使い始めたのは、昨年5月からである

ところが、外科医は、昨年5月「まで」と、今の今まで勘違いをしていたようなのだ

医師説明するところでは、現在の薬を使っている場合最後に投与して最低でも8週間は外科手術をしないほうがよいという。

もちろん、「明らかに今開かなければ、もう数時間で確実に大変なことになる」などという状況であれば判断もかわるが、母はまだ、そこまでの段階にはない。

腹部を押した場合、まだ痛みを感じるところと感じないところがある、という。

実際、つい先ほどまで、スマホをいじってメールを返信したり、電話対応しているくらいなので、「もう我慢できないほどの痛みでのたうちまわっている」とか、そういう状態ではないのだ。

「ここまで来ていただいて、まこと申し訳ないのですが、やはり、もうちょっとだけ保存的な療法で様子を見るべきと、最終的に判断させてください」と頭を下げられて、「いや、手術してください」とはだれも言えない。

一緒に聞いていた母の心中は分らない。

手術への恐怖から一瞬だけ解放された安堵か、現状を劇的に回復される手段が先送りになったことへの絶望か。






もとの病室にもどり、しばらくして改めて主治医説明を、母と姉と共に聞く。

「正直、腹膜炎の手術に関しては、自分の専門外の部分も多く、外科内科判断に従わざるを得ない。

『五月まで』と『五月から』の認識違いが生じてしまったことは誠に申し訳ない。

まずは、抗生物質で炎症を抑えつつ、点滴の種類を追加して栄養補給し、しばらく様子をみる。

何分、抗がん剤は癌細胞だけでなく、内臓の正常な細胞にも影響をあたえるので、手術後、傷がふさがらなくなる可能性もある。

もうしばらく、抗がん剤の影響が少なくなるまで頑張りましょう、しばらく点滴だけで食べ物飲み物もとれませんが云々」

といった説明があった。


やれやれ、ということで病室で落ち着いたところで、自分と姉だけが再び呼ばれた。

その瞬間、「来たな」と思った。



なぜ、もう説明が済んでいるのに、もう一度呼ばれるのか。

それは、「本人には伝えにくい診断があるから」以外に、理由はない。



「正直、私としては手術で状況を打開したかったのですが、申し訳ありません。

 現在の薬には、消化管穿孔の副作用が起こる可能性が、ごくわずかながら起こる危険があるというのは以前からお伝えしていましたが(実際、それは母にも伝わっている)、

 まさに、その、危惧した状態がおこっているということです。

 新しい薬ですから、正直、そういう症例が、当院では初めてですし、国内的にも症例はそう多くない。

 だから、お母様に今後なにが起こるのかは、何とも言えません。

 普通の消化管穿孔ならば、手術をしてしまうわけですから、消化管穿孔の患者に保存的療法を続けた場合症例というのも多くないのです。

 なにが起こっても不思議はない。」


「がんの発見から、もうすぐ丸6年ですから、お母様は大変よく頑張ってこられましたが、私にして差し上げられることが、現状では、なくなってしまったというのが正直なところです。

 このまま持ちこたえれば、また手術もできるのですが」




そして、以前、父の時にいわれたセリフがでてきた。

母を外した席で説明を始めた時点で、想像はしていたのだが。

曰く

「もし、会わせておきたい人がおられたら、そろそろ連絡を始めて下さい」





さて、ここで問題だ。

母はどの程度、自分の病状を認識しているのかが、つかみかねるのである

実母と夫もガンでなくしている母は、ガンの末期というのは相当苦しく、また、その痛みを和らげるための薬を使ったりすることを知っている。

そして、今の母は、そういう状態にない。

考えてみれば当然であって、今の母は「がんの末期」で苦しんでいるのではなく、腸閉そくと消化管穿孔の症状で苦しんでいるのだ。

それは、ガンとの戦いの結果ではあるのだが。



突然、いろんな人が訪ねてきたら、それはそれで、母が何事かをさとり、精神的に追い詰めることにもなろうが、かといって、「間に合わなかった」ら悔いが残る。

この状況で「精神力」が病気と闘うのにどれだけ役に立つのか、良くわからないが、「アマゾンで注文した本が届いているはずだから明日もってきて」などというほど頭がはっきりしている人の、生きる気力を奪うことはできない、というのが姉と自分結論となった。


とりあえず、何人かの方に話をして「偶然近所に来る可能性がある人」から順番に呼ぶことにした。






明日以降、日々、状況は変化するだろう。何が起こるか、起こらないか






6年前、「このままでは、1か月も持たない可能性もあります。即、手術です」といわれて、大震災後の輪番停電が続き、大至急の手術は延期するという状況の中で、母は最初の手術を受けた。

その時点でステージⅣ、五年後生存率は20パーセント

あれ以来「最悪の事態」を常に裏切ってここまできたが、はたして今回はどうなるか。


もし、外科医が「勘違い」に気が付かずに手術を結構していたらどうなっていたか


誰にもわからないといは、とりあえず封じ込めて、明日も取り急ぎ有給をとっているので、「アマゾンから届いた本」をもって病院に行くことにする。













宗教を持つ意味

僕の家庭は親がカトリックだったから、自然洗礼を受け、教義自体違和感とか感じることはあったけど、十年間以上教会に通っているし、それを当たり前のことだと思っていた。

でもある時、サークルの予定や友達との約束が尽く教会礼拝イベントの日程と被り、全部潰れた時があった。社会にとって日曜日なんて土曜日と変わらないんだから、そういうことは昔からよくあったし、普通だと思っていた。でもなぜかその時はこういう考えが浮かんできた。「なぜ僕は自分のやりたいことを捨ててまで教会に行ってるんだろう」と。その行為信者たちは「神への犠牲」として尊ぶ。でも犠牲にして何かあるの?色んなこと要求されるけど、そもそもカトリック信者やってて良いことあったの?そこから僕は自分宗教信仰する意味を考え直すようになった。

確かに僕の倫理観カトリック教義によって培われたものかもしれない。でも宗教持ってなくても素晴らしくて尊敬できる人はたくさんいるし、むしろ神父なのにクソみたいな性格の奴だっている。正直聖書の言葉なんか一度も心に響いたことないし、それよりも自分人生の中で生み出してきた言葉のほうが自分をよく支えている。神を信じないと地獄に堕ちるって言われても、死後のことなんて知ったこっちゃないし、ほらっ、宗教が無くても十分幸せに生きられるじゃないか。結局宗教の主な役割ってコミュニティ形成だし、僕が信者を辞めないのも、家族や今まで教会で培った人たちとの関係を壊したくないからなんだろうなと思う。多分海外一人暮らししたら教会行かなくなるよ。

まあこんなことを言うと、「神父様や他の信者さんに相談してみなさい」って案の定言われるんだろうけど、神父や“熱狂的な”信者ってやつは、普通の人が到底納得できない「神の言葉」を延々と振りかざすだけで、何の解決にならない。多分神の言葉を万能だと思ってるんだろうな。本当に絶望している人には神の言葉なんてこれっぽっちも届かないけど、まあ彼らは絶望したことがないから分からないんだろう。

そもそも信者たちはこういうことを考えること自体を「神に背くこと」として忌避する。まあそれでもいいけど、そんな思考停止状態じゃ普通の人たちに神の言葉なんか伝わるはずないし、教会の先細りは決まってるようなもんだよね。

2017-02-28

旅行

目が覚めた。ええと、今日水曜日だったか?それとも木曜日もしかして土曜日?まだ寝てていい?いや、駄目な気がする。

なんだか外が暗い気がして寝床からカーテンをずらして覗いたら、今にも降り出しそうな曇天だった。

もぞもぞと起き出す。今日自転車はやめておいた方がいいかもな。傘も持って行かないと。

電車通勤することにして、傘を持って駅へ向かった。あやうく電車に乗り遅れかけるがなんとかセーフ。

ホームへの階段を降りきると同時に入ってきた電車の前の方の車両は割と空いていて、車内には会社の同僚の姿も散見された。

はいえ近づいて行ってわざわざ声をかけることもないので、軽く会釈だけして空いている座席に座る。

どんよりした天気の影響か、頭がまだ半分寝ているような感じがする。

降車駅が近づいてきて、次降りなきゃな、というところでウトウトしてきて、ハッと気づいたら電車は見慣れない終着駅らしいターミナルに着くところだった。

やっちまった。あと10秒ぐらいだったのに乗り過ごしちまったよ。同僚も起こしてくれてもよかったのに……と思いながらとりあえず下車した。



周囲を見回すと、漢字ハングルが溢れていた。そういえば先ほどから流れているアナウンスもよくわからない言葉なので、どうやら電車韓国まで来てしまったらしい。

あの路線韓国まで繋がってたのか、いつも乗っているのに知らなかったなと感心しながら戻れそうな電車を探す。

韓国の朝も、日本と変わらずスーツを着て歩いている人が多い。誰かの鞄が膝の裏をかすめて行った。

ファストファッションパーカーチノパンという自分服装と見比べて、やはり真似できそうもないなと息を吐く

発車ベルが聞こえて、三番ホームから出る電車自分が来た方向に向かっていった。

そちらに近づくルートを探しながら歩いていると、案内板に日本台湾と書かれているのを見つけた。最近電車台湾にも繋がっているのか、便利な時代になったものだ。

そのままキョロキョロとあたりを見回していると、ひょっこり現れた友人がヨゥと声をかけてきた。

おっ、なんだお前久しぶりだな、元気か?と聞くと、彼は笑いながら死んでるよ!と返してきた。

そうだそうだお前自殺して死んだもんな、もう7年とか経つんだったか?こうやってちょくちょく顔を合わせるからすぐに忘れてしまう。

ところで日本行きの電車ってどれよ?あっちに書いてあったけど次の次に来るやつらしい、次のは台湾行き。なるほど、あー台湾行ってみてぇなあ!

台湾料理の話をしながら台湾行きの先発列車に乗り込みたくなる気持ちを抑えて見送り、次に来た日本方面行きの電車に乗り込んだ。



しばらく走ると、一両編成の車内の乗客は俺と友人だけになった。友人と他愛もない話をして、貸し切りの車内にすこしはしゃぐ。

運転席に立った老婆がしわくちゃの手でレバー操作している。

「さっき五重の塔があったから、もうそろそろお前んチのあたりだな」と友人。

家の近くに五重の塔なんかあったっけ?でもまあ、多分近いのだろう。

ゆっくり流れる窓の外の景色が、もうだいぶ日本っぽい。あ、このセブンイレブン知ってる。

右に曲がりますヨ、と老婆がアナウンスした後、電車線路を飛び出して踏切から道路に入っていった。

一両とは言え電車なので日本道路を走るのにはやはり大きい。

曲がり角の度にギコギコと前後を繰り返しながら少しずつ曲がって家に近づいていき、やがて自宅の前で停車した。

目を覚ますと、俺はまだベッドの中にいた。

寝る前に閉めたカーテンが少しだけ開いていて、隙間から青空が覗いていた。

会社には遅刻した。

2017-02-26

プレミアムフライデーの爪痕

次の土曜日に出勤して穴埋めする人が続出し、繁華街レジャー会場は土曜日とは思えない客入りに。

Jリーグ開幕戦横浜浦和戦は以前なら開幕戦で6万人入ったカードだったが、4万も入らなかった。特に浦和サポーターの数が、一週前のゼロックスの半分も来なかった。

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170224212423

金曜注文

 ↓

ブラックカンパニー休出

 ↓

土曜日中「ヤマトで~す」

 ↓

当日夜間再配達手配

 ↓

ブラックカンパニーサビ残

 ↓

夜間「ヤマトで~す」

 ↓

帰宅

 ↓

日曜爆睡

 ↓

日曜日中「ヤマトで~す・・」

2017-02-24

プレミアムなきんきんきんようび~

今日1日がんばれば明日土曜日よー。

2017-02-21

まれた!

昨日無事に男児出産

自分の記録用を兼ねて、初産を控えたママのためになればとメモ

2/18 土曜日 (39w1d)

アマゾンtvで、[結婚できない男]を夫と深夜12時まで視聴中、弱い生理痛のようなものを感じる。

前駆陣痛か?!と思いつつも念のため間隔を図ってみる。6-10分おきとバラバラ。痛みは強くなる一方なので、入院準備を開始。玄関付近カバンを用意したり、夫にやって欲しいことリスト作成するなど。夫はすでに熟睡。

2/19 日曜日

土曜深夜から寝ようとウトウトするも完全には眠れず徹夜で朝を迎える。今までは前駆陣痛らしきものがあってもとりあえず寝てみたら朝まで爆睡というパターンだったため、痛さで起きてしまうこの時点で前駆陣痛じゃないかも!との思いが強くなる。陣痛間隔は7-11分とまだバラバラ。(これは今思うと、測り方がよくわかっていなかったのも一つの原因。子宮がきゅーと収縮開始した時だけアプリ陣痛を開始する。収縮の合間にあるちょっとした痛みとかまで入れてしまうと間隔が変になる)

14時頃病院電話。様子を見てくださいとのことで、間隔が五分おき、持続時間が1分なるのが目安ですと教えてもらう。

夕方あたりから、痛みが更に増してくる。陣痛の間は歩くことすら出来なくなる。立ってる時に陣痛が来るとうずくまってしまうほど。そのため基本ベットで横になって休む。家事食事は何もできない。寝れるなら寝ようとしてみる。一方で陣痛間欠時は比較的平常モード。話もできるしテレビも見れる。

夫はこの日あまり事態を把握していないようでのほほんとテレビを見ている。夕食の買い出しと作成、茶碗洗いをお願いするがなかなかやってくれない。陣痛が来ている時にソファに寝ている私にピタリとひっついてちょっと寝るとかいってきたため、痛さとイライラでキレてしまう。泣いて寝室で寝ていると買い出しと買い物をした夫がよびにくる。夫、ごめんね。夫が買ってきてくれたイチゴを少し食べる。

この日もウトウトするも痛くて眠れず。徹夜2日目。

このままじゃ体がもたん。このまま出産になっても体力がもたない。日付が変わった瞬間に病院にもう一回電話しようと強く思う。

2/20 月曜日

上述の理由、および12時を超えれば入院費用が一日分かからないというせこい理由でとりあえず日付が変わるまで様子見していたが、am一時に早速病院電話

声の感じ的にまだ大丈夫ですよーと言われる。え?結構痛いときマジで痛いんだけどな...とちょっとイライラ。言われた通りの陣痛時間なんですけど...と弱めに主張してみると、「若いし、体重増加も大きくない。28週の検診内容から見てもまださほど進んでなかった。声の感じからもまだ大丈夫だと思うよ。」と丁寧に教えてもらう。とこうなれば朝9:30の診療開始まで待つか、と腹を据える。その方が安いし。(せこい)

ただ、これから病院に行くまでは結構きつい時間だった。今思うと大した痛さじゃないけど、痛み逃しの呼吸をしないとぷちパニックに収まりそうな程度には痛かった。バリ人形を見ながら呼吸法を続ける。ちなみに増田普段から瞑想をしているので呼吸法は得意。間隔も5分間隔を切っており、持続時間も1分になっていたためこれ以上痛さが強くなったり間隔が短くなれば移動自体が困難になるなと判断。9:00になったら病院にテル。まだ来なくていいよー!という感じだったが、どうしても今から行きますと強く主張してそんなに言うなら...という形でオッケーが出る。今思うと、この判断を下した私グッジョブ

入院後に続きます....

2017-02-20

NHKの集金業務応援したい

我が家にはアンテナがない。

その理由は、まだ独身マンション生活していた頃の話にある。

終電帰りが何十日と続いたデスマーチを終えてやっと手に入れた休日に、朝から玄関の呼び鈴が響いた。

インターフォン越しに画面を見ると、スーツ羽織った一応は身なりのいい人間が立っていた。

管理人か?先日警察官が問い合わせに来たことも合った。セールスならここで追い返せば良い。

そう思って呼び出しに応える。

すると先方はNHKの集金係だった。

前に住んでいた人が転居してから、この部屋の契約がまだ行われていないとのことらしい。

「ああ、テレビ見てませんから」その一言で終わらせようと思った。

しかしこれは事実でもある。

まず第一仕事で忙しくて見る暇などない。

そして第二に、テレビを付けたところで大して面白くもない内容を編集煽り文句だけでいたずらに引き伸ばし、それを知りたいと言う興味が煽られては裏切られるテレビの作りに、とうの昔に辟易していたからだ。

ところが相手は食い下がってきた。

「頻度の問題ではない。」「見られる状況にあれば払う必要性がある。」「とにかく一度玄関先まで出てきて欲しい。」

一体どんな権限を持っていたらそれほど偉そうなことが言えるのだろうか。

契約を取り付ける営業マンの中で、これほどまでに高圧的な人間がいてよいのだろうか。

人前に出るにははばかられる格好をしていたが、それほどまでに言う根拠を聞いてやろうとボサボサの頭で玄関先まで出向くことにした。

目の前に立っていたのはインターフォン越しよりはしっかりとした印象の細身の中年男性で、しかし、お役所のようなでもそれとは少し違うような気難しさを漂わせていた。

そこで改めてそもそも仕事が忙しくてほとんど家にいないこと、テレビ番組なんてものはつまらなくて全く見たいとも思わないことを告げる。

しかし細身の中年男性は更に質問で切り返す。

「見ないということはテレビは設置されているのですね?」

映画お笑いDVDを見る趣味が有るので言われる通りにテレビは設置されていた。

まらぬ嘘をつくつもりもなく、そうだと素直に答える。

「ならばいつでも見られる状況にあるのだから契約必要です。」とさらに食い下がってくる男性

食い下がるどころかむしろ勝利確信たかのように顎は少し上を向いていた。

せっかくの休日を見事に朝から台無しにする態度である

更に畳み掛けるように男性は口を開いた。

「それに受信料の支払いは国民義務ですから。」

その一言で完全に頭にきた。

この男の高圧的な態度は、全てがその一言に集約されていることがわかったからだ。

彼は自分職務義務を果たさぬ人間を罰するためにわざわざ出向いているつもりくらいに考えているのだ。

から玄関先まで出てくることを強要することに躊躇がないし、こちらのことを嘘をついて支払いを免れようとする悪人か何かだと思っているのだ。

頭にきた自分は無言で玄関先を離れると、テレビと壁を繋ぐアンテナ線を引き抜いて男の前に差し出した。

テレビを見ていないのでこれは必要ありません。契約書と一緒に持ち帰って下さい。」

そういうと、まだ何かいいたげな男性を尻目に玄関の扉を閉めて鍵をかけた。

扉の向こうから「こんなことされても困ります。これは置いていきますがまた来ますからね。」という声がかろうじて聞こえてきた。

その日以来、我が家にあるテレビにはアンテナ線と言われるものが一切繋げられることはなくなった。



それから10年ほどして、現在結婚もして幼稚園に入る年頃の子供も2人いる。

その頃のマンションでは手狭になり、郊外に小さな一戸建てを建てて数年になる。

どうやら僕が留守の間に何度か集金に来たらしいのだが、妻がいくら対応しても家主と話をする必要があると何度も訪ねてくるらしい。

それでとうとうこの土曜日に、午前中を見計らってか彼らがやってきた。

インターフォン越しに対応しようとすると、お決まりの「玄関先まで直接のご対応をお願いします」の一言

相変わらずのその偉そうな要求はどんな根拠のもとに行われるのだろうか。

見ると今回の担当者普段着若い男性で、耳にはbluetooth通話マイクが刺さったままだった。

「新居を建てられてからNHK登録がまだのようですが」

多少は言葉遣いを心得ているらしい。

しかしこの日、この瞬間を待ち焦がれていたのは僕だ。

満を持してこの言葉を言ってやろう。

「うちはテレビを見ていません。そもそもアンテナがありませんから。」

「えっ?」と驚きを隠せない職員

そこに畳みかねるように続ける僕。

「以前職員さんに、見てもないテレビに対する支払いを「義務」と言われたことがあり、あまりにも腹立たしかったのでそれ以来アンテナもつないでいないし、新居にはそもそもアンテナを付けませんでしたので。」

返す言葉を失いすごすごと引き返す職員



事実我が家にはアンテナがないし、当然テレビもつながれていない。

妻にはその時の話をしたら痛く同意してくれて、子供にもテレビ無駄時間を過ごさせたくないと同調してくれたからだ。

しかし、NHKに支払う受信料があれば映像オンデマンドサービスを2つ以上契約ができる。

こどもたちにはその中からアニメバラエティ番組を見せるようにしているが、内容も選べて時間差で同じものを見ることができて全くもって不満はないし、最近ではテレビよりYoutubeのほうが面白いテレビ離れは加速する一方だ。

他にも娯楽はいくらでもあるし、映像コンテンツ面白さだけで言えばオンデマンドサービスのほうが奥が深く種類が豊富だ。



職場テレビドラマ話題になることなんてここ最近であっただろうか。

テレビを見ていないことで世間ニュースから取り残されたことがあっただろうか。

しろテレビ情報源としている人間のほうが、視野見解限定されていることのほうがほとんどではないだろうか。

テレビがなくなって困るのは、テレビを見続けている人間だけだ。

そんな状況の中で、わざわざ人間が何度も出向いてまで集金した挙句に、ユーザー離れを加速させているコンテンツ未来がある訳がない。

テレビ未来を急激に破滅へを追い込んでくれるNHKの集金業務をこれから応援しています

2017-02-18

就職して2年

就職してもうすぐ2年になる。特にやりたいことがなくなってしまった。

人生でやりたいことがないというのは学生の頃からずっとそうだったのだけれど、数年前まではふらっとどこかに出かけてみようとか、イベントに参加してみようという若さがあった気がする。今から考えれば、そこそこ充実していたような気もする。

今はとにかく気力がない。週に1度人と話さない日を作らないと精神的に持たないので、だいたい土曜日無気力に過ごし、日曜日は食料の買い出しに行ったところで1日が終わる。同期は映画を見に行ったりフットサルをしたり、なんだかんだ充実した日々を送っているらしいが、平日生きるので精一杯なのに休日まで楽しむ余力はない。

しかも週末にも会社からの呼び出しはしょっちゅうあるから、遠くに行くにも行けない。会社の人から会社から10km以上離れるなと言われたことがある。冗談のつもりだったんだろうが、新米は真に受けるしかいからできるだけ外出しないようにしている。

誰かに何かを誘われたときにだけ遊びに行ったりしてみるけど、そこでもコミュニケーションが発生するので休んだ気にはなれない。結局帰ってからぐったりしている。


学生時代人生ピークだったというより、学生時代人生が終わってしまったような感覚が、今はしている。

2017-02-17

iDeCo(個人確定拠出年金)について

先週の土曜日iDeCoセミナーを受けに行ってきました。

主催したのはあの家計簿アプリ会社。講演内容としてはファイナンシャルプランナー基調講演投信生保商品サービス説明でした。

個人的iDeCoがどういうものなのか知りたかったのと、経営者として、やはり社員の人たちに伝える必要あるかなと思い、朝から品川に。

若い人たち中心に200名くらいが来てました。

一日のセミナーを大まかにまとめると、ファイナンシャルプランナー先生は、お金勉強をして、お金に働かせなさいといういつものやつ。

投信はロボアドバイザーなど、iDeCoで利用できる投信説明

生保iDeCoを使って保険はいると、あらこんなにお金が楽になりますという話。

概してiDeCoバンザイのようなセミナーでした。

さて、ここから個人的感想です。

まずiDeCoという制度個人確定拠出年金ということで、あくまで基本設計年金です。上手く利用すれば、節税ができるものの、もちろん商品の選び方によって損します。

まあ、リスクリターンは連動するので、もちろんです。

それは良いとしても60歳まで引き出せないというルールはどういう利用でしょうか。お金を出す人たちのためでしょうか。出してもらう人たちのためでしょうか。

年金は確かに目減りしていく、若い人たちは今のように年金はもらえない、だから運用すべきは分かる。

色んな資料で将来のお金不安を煽る。誰も将来が安心だなんて思っていない。

からって、国と金機関がこぞって、さら若い人たちからお金を吸い上げようとするのはどうかと思う。

30年後なんで、もう誰にも分からない。30年引き出せないお金を預けろなんて、簡単なことではない。

あの時プレゼンしていた金融機関の人たちは、きっと話を聞きに来ていた多くの若者より、全然給料は良いと思う。2倍か3倍か、下手したら、それ以上もらっているかもしれない。

AIだなんだと、金融商品作って金融業界の人たちに儲けさせても仕方ないと思う。

だったらリスクリターンがあっても自分運用したらどうか。

だって、得しても損しても自分勉強になり、財産になるからだ。

もう周りに踊らされて、不安を煽られて、お金を人に任せる時代ではない。自分のために、自分が信じるべき道にお金を預けたらどうでしょうか。

2017-02-16

図書館に行ったらお持ち帰りされた話

少し前の出来事になる。



僕は自宅で勉強ができなかった。

昇進に必要試験のため、勉強しなくてはならないのだが、どうしてもテレビPCスマホに気を取られ捗らないのだ。

幸い、近くの図書館自習スペースがあるので、少し前から休日はそこに通いつめていた。

休憩中に色々な本を読むことができるのも良かった。



思い返せば、大学受験の頃もこうして図書館自習室勉強に励んでいたものだった。

から、人の目がないと集中できないタイプだった。

今の僕は、あの頃の自分が思い描いていたような人物になることができているのだろうか…。そう考えると、いっそう勉強に身が入るのだった。



しかし、僕の仕事結構忙しく、その上休日は全て試験勉強に充てていたため、しばらく体が休まるときがなかった。

少し睡眠不足になっていて、ぼうっとすることが増えていた。

そうでなければ、あの日図書館に行った帰り道であん事態に巻き込まれることはなかったのだろうと今になって思う。



***



その日の夜、閉館の音楽が流れるのを耳にすると、僕は参考書ノートを鞄にしまって立ち上がりエレベータへと向かった。

図書館はある建物の高層階に位置しているので、出入りにはエレベータを用いなければならなかった)

図書館で思い思いの時を過ごしていた僕を含む老若男女が狭い箱に押し込まれ、地上で吐き出された。

外は当然ながら真っ暗だった。街の明かりが疲れ目に染みて、僕はあくびをかみ殺した。

その時だ。後ろから声をかけられたのは。



「なんだ、来てたんですね。声をかけてくれれば良かったのに」

最初、その言葉が僕にかけられた言葉だとは気が付かなかった。何しろ、知らない女性の声だったから。

ちょっとちょっと、聞いてます?」

肩を叩かれてびっくりして、僕はその人を慌てて振り返った。

誰だ?

まったく見たことがない女だった。年は多分大学生くらい。長い黒髪が色白の肌に映えている、地味な雰囲気の女だった。

僕があっけにとられていると、彼女ちょっと笑って僕の手をちょっと握って、駅まで一緒に帰りませんかと言った。

意味がわからなかった。一体何が起こっているのだろう。

彼女は僕のことを知っている、でも僕は彼女のことを知らない。まったく知らない。

もしかして、僕らのどちらかが若年性の痴呆症だったりするのだろうか?脳が疲れていて、頭がうまく回らなかった。



風邪引いてますか?ちょっと声が変じゃないですか?」「お腹すきましたね」「ちょっと痩せました?ちゃんと食べてますか?」

など、女がときどき投げかけてくる質問に生返事を返しながら歩いている間に駅についた。

「帰りは反対方向だから、ここでお別れですね」彼女は言った。

僕は、あの図書館から徒歩10分の場所に住んでいる。電車は使っていないのだ。

けれどもなんとなくの流れで一緒に改札を通ってしまった。

そればかりか、反対のホームに向かうため、図書館を出たときからずっと握っていた手を名残惜しそうに離して小さくバイバイをした彼女

少し淋しそうではかなく見えたから、僕は踵を返してまた彼女の手を握り、同じ方向に向かう電車に乗ってしまった。

僕は何をやっているのだろう?

明日仕事休みなんですか?」嬉しさで口元が緩んでいるのを隠し切れないらしい彼女が僕に聞いてきた。

今日土曜日明日日曜日から、それは間違いなく真実で、だから黙って頷いた。

行ったことのない方面へ向かう電車、窓の外を流れる見慣れない景色、そして横には知らない女。

何もかも非現実的だった。

ガラスに映る僕達二人の姿を眺めながら、多分これは夢だろうなと僕はその時初めて思い当たった。

そう考えれば何もおかしいことはないし、どうせならこの状況をとことん楽しんでやろうと思った。女は地味だが笑うと可愛かったし。

そういうわけで、彼女アパートに到着してドアを閉めるとすぐに押し倒して、そのまま彼女が気絶するまで滅茶苦茶セックスしまくった。

その女は着やせするタイプのようで、ものすごくエロい体をしていた。

気持ちよかった。



次の日の朝、女の悲鳴で目が覚めた。

目を開けるとあの女が居たが、昨日とはちょっと違っていた。けっこう度が入った眼鏡をかけていた。

あなた誰なんですか」怯えた顔をしていた。

「それはこっちの質問だ。君こそ誰なんだよ」僕は言った。「僕の手を握って家まで連れてきたのは君じゃないか

彼女は混乱していたので(僕もだが)、落ち着くのを待ってから昨日の話をした。

とても驚いて、青ざめた顔をしていた。



事の顛末はこうだ。

彼女には昔付き合っていた年上の男がいて、別れた後もしばしば連絡を取り合っていたが、最近は途絶えがちになっていたそうだ。

その男彼女はかつて、図書館に来てお互い自分用事を済ませ、帰りにデートしたりしていたらしい。

彼女はまだ、その男のことが好きで、それでそいつ便利屋扱いされていたようだ(色々な意味で)。

写真を見せてもらったら、なるほど、その男は背格好や顔立ちがなんとなく僕に似ていた)

前の日(つまり僕がお持ち帰りされた日)、彼女は目が痛くてトイレコンタクトを外し、その際にうっかり水で流してしまったが、後は帰るだけだしと裸眼で過ごしていたらしい。

それで、僕とその男とを見間違ったのだった。



事情がわかると、彼女は半裸のまま、色んな液体がカピカピになったものを体にこびりつけたまま、土下座して僕に謝った。

「そんなに謝ることないよ、僕がちゃんと言わなかったから悪いんだ。ちょっとぼうっとしてて訳がわからないまま来ちゃったのはこっちだし、それに…」

「それに?」彼女は、擦り付けていた頭を上げ、黙ってしまった僕に尋ねた。

何でもない、と僕は言った。何を言おうとしていたんだろう。そうして、彼女をじっと見つめている自分に気が付いた。

僕は眼鏡をかけている女の子が大好きなのだった。



***



それから何となく一緒にお茶を飲んだりごはんを食べたりするようになり(もちろんセックスはなし)、

彼女社会人だった)と僕はなんと出身大学学部も同じ、好きな本が同じ、食べ物趣味が合う、などが判明した。

一緒にいると心地よくて、割と可愛くて、何よりあの夜のことが衝撃的だったので

つのまにか好きになっていた。

あんなことをしておいて可笑しいかもしれないが、二人とも奥手だったため、

初めて出会ってから正式に付き合うまでに一年間の時間を要した(もちろんその間セックスはなし)。



図書館に通っていただけで、彼女もでき、それから試験でそれなりに良いスコアもとれて無事に昇進できた。

たまにはこんなすごい幸運もあるのだなと思った。



このことを思い出して書こうと思ったのは、彼女本棚からアルバムが出てきたからだ。

彼女はその時、夕飯の買い物に出ていて、僕は好奇心からついそれを見てしまった。

前に付き合っていたというあの男の写真も混ざっていた。処分し忘れたのだろう。

久々に見ると、僕に本当によく似ていた。

それらの写真は七葉あり、彼女が前に見せてくれたものを除き、なぜか全て少し離れたところから撮られていて、ほとんどが横顔だった。

そのいくつかの写真の中で、彼は僕が持っているのと同じシャツを着ていた。



似た雰囲気の男は、持ち物の趣味も似てくるのだろうか。

なかなか興味深いとは思いませんか?

2017-02-12

絶望的に口語能力が低いことに気が付いた

小学生の頃から他人に気を使いすぎるタイプで人に意見を言うのが酷く苦手なタイプだった。扁桃体がビクンビクンしてしまうのだ。

中学生になると容姿の事で他人から馬鹿にされる事が多くなり、意見を言えない私の精神は内へ内へと籠りはじめ、次第に人と一緒にいるだけで酷く疲れるようになってしまった。

地頭もよろしくない私は勉強ができず、成績も下から数えた方が早かった。中学卒業後は、徒歩圏内馬鹿高校へなんとか入学できた。幸いDQN等はおらずいじめもなかったが、人と会話をしているとき人の会話が全く頭に入らなくなっていることに気が付いた。喋っていて相手の言っていることが稀に理解できることがあったが、何を返していいのかわからず、相槌を打つの関の山だった。

卒業後、やりたいこともなかった私は予備校に二年間通い公務員を目指した。高卒区分地元市役所に無事入庁できたものの、仕事説明どころか市長挨拶すら頭に全く入らない私は焦燥感や恐怖心だけが募り、自己紹介をするだけでもパニックを抑えるでいっぱいいっぱいだった。そんな調子の私は職場雑談すら碌にできず、一言喋るだけでも酷く緊張するようになってきた。

研修を受けるだけでも精神的にボロボロになる私が実務を通して経験値を積み業務遂行していけるようになるはずもなく、経験を積むどころかストレスと恐怖だけが詰みあがっていった。

休みの日にせめて家で勉強をしなければと思ったが、仕事に関しての勉強をしようとすると酷い恐怖と眠気に襲われるようになり、土曜日食事が喉に通らず寝た切りで、日曜日の昼間だけ食事をとってずっと寝ていた。

通勤中に仕事への恐怖を打ち消すために車の中で発狂の様な大声をあげている事への異常さを客観視した時にもう限界だと思い精神科にいった。

社交不安障害だといわれ、ワイパックスラムネの様に摂取する日々が続いたが、自分能力の低さが起因する恐怖が解消されるわけでもなく、1年足らずで仕事を辞めた。

休職を選ばなかったことは正解だったと思う。退職後は家に引きこもっていたが心が少しずつ安定していき、半年ぐらい経った頃、食事が美味しいと感じるようになるまでに回復した。というのが今までの経緯でここからが本題。

今は非正規だが一応働いている。幸い人とほとんど喋らない業務なのでどうにか仕事にはかじりついているが、やはり口語能力の低さが課題となっている。

仕事を探してお金を稼ぎたい意志は強いのだが、口語能力の低さがネックになりどうしても一歩踏み出せないのだ。

自分は人よりワーキングメモリが小さいのだと考えている。相手の言ったことが頭に残らなかったり情報として処理できなかったりする。自分説明をする時にも、何を言いたかたか、何を言っていたのか、がすぐに頭から消えてしまう。質問をされるとその質問意味が処理できず、そしてパニックになる。

コールセンターで働いて場数を踏もうかとも考えたが、またキャパオーバーをして振り出しに戻る気がしてできない。

機関とある手続き申請のために電話をしたのだが、言葉だけで情報を伝達し使いこなす職員凄さ(できる人の方が多いのだが)に圧倒されてしまった。

トップレベル口語能力が欲しいとも言わない。仕事必要口語能力が欲しいのだ。

そろそろ私は大台に突入する。その前に人並みの口語能力を手に入れたいと考えている。

もし私と同じような境遇で、そこから脱却できた人が居たら、方法があれば、教えてほしい。

2017-02-11

あーあーあー

今日もこんな時間まで起きてしまった

から寝たら多分15時くらいに起きて貴重な土曜日無駄にし

家族人間のクズみたいに罵られるんだろうな

あーあ早く死にたい

次は夜行性動物に生まれ変わろう

このブクマカコメントがすごい(自選有り)

余計なことを言うようですが、「女の子の服を着たい」と「女の子の服を着てウンタラカンタラされたい」と「女の子になりたい」は区別したほうがいいような気もします。この夫さんがどれかはわかりませんけれども。

http://b.hatena.ne.jp/entry/321316054/comment/msdbkm

笑えるとか楽しいとかじゃなく、対人関係においてとても大切な良いことを書かれている。

msdbkmさんは優しい人というイメージがあるけど、その優しさがよく出ていて、とても素敵なブコメ

ついついインターネット上だと、他人の考えや気持ちを、自分価値観物差しで決めつけてしまうんだけど、そうでなくて、相手との対話重要性を思い出させてくれる。

ただ、それだけに、元増田の夫さん本人すらも、これらの気持ちを整理できていないのかもしれない、とも思えて少し辛くもなった。



消えてたので勝手おすすめするけど、ふしぎ星のふたご姫(1期)がいいとおもいます。けものSFで優しいぞ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/321228513/comment/c_shiika

c_shiikaさんはよくふしぎ星のふたご姫の話をするんだけど、今流行りのけものフレンズと絡めたブコメ

そのき、やるき、きあいじゅうぶん、と未だについつい歌ってしまう程度には、僕も好きなので、逆にけものフレンズをみたくなった。

からといって、ロストオデッセイ双子は未だに好きじゃないけど。



最初の数年は色んな理論をこねくり回すんだけど、10年越してくるあたりで新人研修で言うような考えに着地する

http://b.hatena.ne.jp/entry/321220321/comment/sabacurry

仕事ができるイメージがあるsabacurryさんの仕事論の一端がうかがえるブコメ

残念ながら、僕はまだ理論をこねくり回している段階なので、この価値観はあまり理解はできないのだけれど、

ほかごとに関してだと、そういうこともあるなあ、と思うことがあるので、仕事仕事で頑張ろうと思えた。




病気の時にへその緒を飲むタイプの色黒レゴ大好きガンダムの設定考えるのが仕事おじさんの代表作あにゃまる探偵キルミンずぅ最初に決まってるだろ。これより前にへその緒を飲んだ監督いない。(※へその緒の話です

http://b.hatena.ne.jp/entry/321139453/comment/aukusoe

なにがなにやらよくわからないけど、楽しそう。

けど、土曜日デート女性にもこういう態度をとるのだろうか? と思うと寒気がしてくる。

完全に他人に何かを伝えようとする脳の回路が破損しているタイプ人間なので、あまり他人とは関わらない方がよいと思う。

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