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はてなキーワード: 教官とは

2017-05-25

獣医師だけど加計学園問題に関して思うこと

小動物臨床獣医師

加計学園のことは獣医師会の会報を読んで知ってはいたが、こんなに大きく取り上げられて驚いている。

総理が絡んでいなければ、殆どの人は興味が無かった事のように思う。

実際、加計学園に決まった時騒いでいたのは獣医師だけだった。

加計問題について、個人的感想を書いてみようと思う。

1獣医学部を新設するお金があるなら、既存国立獣医学科の充実に使って欲しい

現状、国立の1つ1つの獣医学科は小規模で、単独では最低限必要な講座がない所が多い。例えば私の出身大学では寄生虫学講座が無かった。医学部では考えられないと思う。統合案が出た事もあったが地域の反対等もあり実現しなかった。現在では不足する教官を補うため、共同学科を設置している。単純に考えればそれぞれの大学教官を増やせば良いだけのように思うが、要するに予算がないためこんな事になっている。そんな中で、新設がトントン拍子に認められるのはおかしい。

2そんなに獣医師増やしてどうするの

加計学園獣医学部の定員は160人とのことだが、これはかなりの数である現在獣医師国家試験合格者数は概ね1000人であるから、かなりのボリュームである。さて、この160人はどんな仕事に就く事になるか?既存獣医学科の卒業生のうち、約半数が小動物、2割が官公庁、1割が製薬、1割が大動物、その他1割という内訳である現在の状況のままだと、充足していると言われる小動物獣医師がどんどん増えることになる。不足しているとされる大動物官公庁は充足されるのかもしれないが、そのために全体の分母を増やすのはおかしい。そもそも、毎年160人(全員合格するわけではないのでもう少し少ないと思うが)ずつ増える獣医師仕事が本当にあるのだろうか。

それと、全体の数については農水が予測を出しているが、獣医師の需給はほぼ均衡するとの結果だったはずで、これを踏まえれば獣医学部を設置すべき!との判断おかしい。

http://www.maff.go.jp/j/study/other/jui_jukyu/pdf/report.pdf

3獣医師待遇改善が先では

市や県に勤める獣医師は不足している。これは、全体の数が足りないからというより、待遇問題が大きいと思う。例えば俸給表を見ればわかるが、獣医師給料医師歯科医師よりだいぶ安い(半分いかない)。

https://seo.lin.gr.jp/nichiju/suf/topics/2010/20100830_02.pdf

4今治必然性がない

そもそも今治市土地って、住宅用に造成したけど使えなくて、大学誘致しようとして色々断られて、加計学園獣医学部だったらいいよって言ったのが始まり土地活用地域おこし獣医利用するのやめて欲しい。四国獣医学部ないっていう人いるけど、そんなに畜産盛んじゃないだろ。。

獣医師だけど加計学園問題に関して思うこと

小動物臨床獣医師

加計学園のことは獣医師会の会報を読んで知ってはいたが、こんなに大きく取り上げられて驚いている。

総理が絡んでいなければ、殆どの人は興味が無かった事のように思う。

加計問題について、個人的感想を書いてみようと思う。

1獣医学部を新設するお金があるなら、既存国立獣医学科の充実に使って欲しい

現状、国立の1つ1つの獣医学科は小規模で、単独では最低限必要な講座がない所が多い。例えば私の出身大学では寄生虫学講座が無かった。医学部では考えられないと思う。統合案が出た事もあったが地域の反対等もあり実現しなかった。現在では不足する教官を補うため、共同学科を設置している。単純に考えればそれぞれの大学教官を増やせば良いだけのように思うが、要するに予算がないためこんな事になっている。そんな中で、新設がトントン拍子に認められるのはおかしい。

2そんなに獣医師増やしてどうするの

加計学園獣医学部の定員は160人とのことだが、これはかなりの数である現在獣医師国家試験合格者数は概ね1000人であるから、かなりのボリュームである。さて、この160人はどんな仕事に就く事になるか?既存獣医学科の卒業生のうち、約半数が小動物、2割が官公庁、1割が製薬、1割が大動物、その他1割という内訳である現在の状況のままだと、充足していると言われる小動物獣医師がどんどん増えることになる。不足しているとされる大動物官公庁は充足されるのかもしれないが、そのために全体の分母を増やすのはおかしい。

3獣医師待遇改善が先では

市や県に勤める獣医師は不足している。これは、全体の数が足りないからというより、待遇問題が大きいと

2017-05-14

免許取れる気がしない。

そもそもこんな不器用人間の家にMT車しかないこと自体、致命的なエラーなのだ

15時間ぽっちの技能教習であの狭い教習所の検定コースをきっちり走ろうなんて、よほど飲み込みが良くて運転向きの人以外無理じゃないかと思う。

教官もいわゆる従業員から、決められた時間内に仮免試験受けるまで漕ぎ着けないと上から指導的なものが入るのかもしれないけど…。

あと5時間練習時間が無いと無理だと思う。

イメージトレーニングしろと言われてやっているが、私のようなポンコツ野郎は実地で覚えないと無理な体なのだ

職業ギルドは固定されているんでしょ?

大学院では別に彼らの下で一生働くわけでは無いのに熱心に教官助教、先輩は指導してくれる。

研究者として育成したら、場合によっては自分ライバルを作り出すことになってしまうかもしれないけれど、指導してくれる。

ある教官の傘下に居続けることはできないけれど研究者という職業ギルドに入り、どの先生師事して、誰が兄弟弟子かを割と意識しながらその後の人生を送ることになる。

おそらくは人々は同じ職業ギルドメンバーを育て、業界のものを育てているのではないだろうか。

医者医局という職業ギルド存在すると思うのだけれど、病院のためと言うよりギルドのためにやっているということはないんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170507185312

2017-04-29

浪費批判どうたら見てて思ったこと

http://anond.hatelabo.jp/20170428053904

なんかこの記事凄く特徴的だな。

増田同意する方向の人も多い中で、批判者は批判というよりも「妄想認定」してるって点が。

なんとなく、これが凄くありうる文化圏と、絶対ありえない文化圏みたいなのがあって、前者からすれば教官だけど、後者からすれば妄想しか思えないとか

そういう「分断」を感じた。


(当人のいうのがどのぐらいの程度か知らんからズレてるて言われそうだが)こんな感じで敏感に贅沢を叩きたがる層ってやっぱ少なくとも精神的には貧しい層だろうし、上流階級はそんなのの認識がそもそもできないみたいな。

まあ、この適当分析こそまさに妄想な訳だが。

はてなーというかネット民のことだからどうせなんかの理論を用いて「許される訳ない」と叩くやつかと思って見てたらどうもちょっと違う方向に行ったようだから

なんとなく興味深く思って妄想してみた。

あと、妄想だろとの指摘がブコメだけで、トラバではないというのがどういう意味があるんだろうかとかも気になってる。

2017-04-20

じゃあ男の成功例を紹介する。

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

ちょっと特殊だとは思うけれども、男の例を紹介しておく。

地方都市出身。男。大学生。妹たちがいる。

両親は士業系資格持ちで開業しているが、自分小学校高学年ぐらいになったころから収入が怪しくなってきた。独立開業してるってのは、ほんとリスキーなもんだな。両親ともに同業のなかではそれなりの立場にあったもんからプライドかいろいろが邪魔したのも余計に厄介だった。

現在の親の収入は、、、、大学授業料免除申請が全額免除で通ったりすることもあるぐらい、だ。なんと元増田よりひどいじゃないか・・・。母のほうは外にパートに働きにでていたこともあったが、稼ぎが月数万レベルしかならなかったことと同僚にいじめられたことにより、本業のみ。とはい本業のほうは、、、、仕事さえあれば月に5万ぐらいは稼ぐときあるかな、なんていうレベル

祖父母×2は存命だが、国民年金しか受給しておらず彼ら(別家計)はおおむねマイナス。家からの持ち出しが続く。

父は微アル中+微DV創価で、母は収入が父頼みであることもあって強く出られないでいる。

そんな家庭だったが、自分はほどほどに勉強はできた。高校のころには父は週一ぐらいで酔ってぐだぐだと説教しにきてはいたが、逆に言えば週6ぐらいは勉強できるゆとりがあった。そんなわけで必死勉強し、高校での成績はよかった。

受験の際には最高B判定だった第1志望国立医)と、A判定(一桁順位しかだしたことがなかった滑り止め(国立医)をうけた。

ところが落ちた。滑り止めにすら落ちた。第1志望はまだ許せる。しかし滑り止めに落ちたのはちょっと耐えられなかった。

そうして自分うつになった。浪人うつ浪人脱出しないと治りそうもないのに、治らないと脱出もできない。地獄だった。勉強はしたいのだがどうしても身が入らない。死にたいとばかり考えていた。

そんなこんなで浪人して成績はガクンと落ちてしまったのだが、そうはいっても腐っても鯛とでもいうか、まだ国立医学部にいけるレベルの成績ではあった。秋頃に防衛医大をおさえて地獄脱出の糸口をつかみ精神崩壊をおしとどめながら、なんとか翌年の春には大学へと入学した。

大学1年目には寮にはいった。奨学金は月15万借りた。親から援助は一切ないため、学費5万家賃5万生活費5万ぐらいの計算だった。寮だったため家賃生活費もっと抑えられたが、寮の環境はうわさに聞いていたため、途中で退寮することも視野にいれての金額だった。

寮生活はまあ楽しくはあった。深夜であろうと爆音音楽が聞こえてきたり、麻雀部屋から酔っ払いが這い出してきたり、飲み会では1人1人に一升瓶が用意されていたり工学部7年生とかいう輩に絡まれたり、寮自治のための集会が毎週あったりはしたが、そういうのには耐えられるタイプだった。耐えられないやつは1か月でいなくなった。耐えられた奴も半分以上が進級できていなかったが・・・。

寮生活で浮いた奨学金で、免許取得費やパソコンの購入費、2年目の引越資金もろもろなどを用意し、2年目には退寮した。

2年目から生活がカツカツだった。ネット回線高い、プロパンガス高い(家賃重視で物件を選んだのは失敗だった)、家賃の支払いがある、云々。バイトに精をだした。

すると後期になって授業料免除が通らなかった。自分収入のせいで免除基準を超えてしまったらしかった。全額・半額免除基準境界ぐらいの家計所得だったはずなのに・・・。下手するとバイトしない方が収支はプラスだったりしえた。加えてバイトのせいでテスト1個1個で死にそうな思いをしていたこと、そしてなによりきちんと勉強できず欲求不満だったこともあって、もうバイトはしないことにした。

3年目からはまあ満足できるぐらいには勉強できた。ついでに成績もあがった。このころになって給付奨学金というものがあることに気付いたが、そういうもの大学の推薦が必要で、いろいろと画策したが指導教官の推薦をえることが難しく、大概は諦めた。いや、うちの学部指導教官かいないんよ。名目上は各学生教官が割り当てられてはいるけれど、会ったことすらないし。調べてみたら自分担当はかなりのお偉いさんで、全然会えないし。それでもメールして訪問してメールして訪問して云々してなんとか1枚推薦状をもらえたが、なんと奨学金選考のほうで落とされた。収入も成績もGPAも悪くなかったと思うのに(収入は悪いかw)・・・、まあ「給付」は狭き門から仕方ないかとあきらめた。しかし推薦状の確保が大変すぎて他の給付奨学金へのさらなる申請も同時にあきらめた。

なお、我々には将来の就職先さえ決めれば、自治体病院から奨学金がもらえるという制度がたくさんある。そちらのほうは1年生のときから検討はしていたが、金額のいいどこかに身売りするなんてことはさすがにプライドが許さなかったし、かといって15年先まで見据えて自分希望に添うwin-win案件をさがすなんてことは大学入学時には考えることができず、見送っていた。3年生ぐらいで地元に戻ってもいいかななんて思って地元の県のもの申請してみたが、県外大学生×中途採用×自治医大合格辞退(←主にこれのせいだろう)のためか、通らなかった。

親はあんなやつだが、息子になんの援助もしていないことに負い目があるのか、所得証明書なんかは用意してくれる。それには地味だが大いに助かっている。帰省して自分で取りに行くのは大変だし、なにより費用がかさむ。あ、親は帰省すると5000円ぐらいお小遣いをくれるが、それでは交通費ですでに赤字だ。

大学同級生は、平均としてお育ちが良い。初心者マークつけた新車レクサスSUVとか案外よくみる。とはい大学生活していく分には今の自分のカツカツ具合でもそんなに問題はでていない。さすがに彼らと遊びに行ったりすると諭吉さんがポンポンとんでいくから付き合いきれないが、幸か不幸か自分はどちらかといえばひきこもりタイプネット回線パソコンさえあれば満足していられ人間趣味に金がかかるなんてこともなく、同級生はつきあいの悪いやつとは思われているとは思うが、まあそれぐらいの認識しかされていないと思う。ついでだから言わせてもらえば、執拗に昼ご飯誘うのやめてくれ家計破綻するわ。

とまあ自分はこんな感じで生活している。朝昼晩ほとんど自炊なのにもかかわらずエンゲル係数は80%超えていると思うが、PCタブレットも所持できているし、ほかに欲しいものなんかなく、現在のところ生活していてとくに不自由を感じたことはない。

しかし同時に、自分のような生活ができるのは限られた一部の人間だと思うし、1000万を超える借金を背負ってもそれほど心配せずいられるのは医学部という特殊環境いるからだとも思う。そんな自分でも、留年したら奨学金がとまってすべてが詰むことはひしひしと感じているから、進級判定はつねにふるえるほど怖いし国家試験も怖い。他学部だったらそこから就活なんて大波乱がさらに控えているんだろうから、それには自分でも耐えられる自信はない。うつ再発しそう、むり。

妹たちは自分とはちょっと年が離れているから、まだ高校生とかそんなもんだ。やつらは自分なんかよりはずっとできはいいが、とくに下の妹はメンタル豆腐から自分のような奨学金自転車操業をしなければいけないことになったら1週間で精神を病んでからの休学→退学の未来が見えている。しか文系から不確定要素が自分よりも高いときている。元増田をみて、やつらは自分が見放したらこんなかんじになってしまうのかなと改めて思わされた。

兄としては、かわいい妹たちにそんなことはさせられない。当然だ。

しかしだ、いわゆる有名病院のなかでは給料高いっていう虎ノ門とかでもちょっと給料足りなくて選択肢からはずさなくちゃいけなくなるけど、でもそこら辺の市中病院ならもっと高いとこ全然あるし、ワイちゃんの考えているいきたいとこランキング1位の某野戦病院もそんななかのひとつだ。

妹たち、安心して東京に進学していいぞ。応援してる。おまえらがそこら辺でくすぶってるなんて、世界の損失だからな!

2017-03-31

体育教師指導

青鬼、と呼ばれた男がいた。

奴さんは我が私立中学の最古参体育教師で、それはほぼ公式と化した渾名であった。渾名がついていることから察せられる通り名物男であり、一説には自衛隊教官であったとも刑事であったとも、オリンピアンであったともいわれていた。(母校にはなぜかもう一人オリンピアンがおり、そっちは物理教師で種目は射撃。流体と落下に縁があったのであろう)

体育教師のわりにえらくチビ-中学生とほぼ同等の上背である-で、顔色は渾名の通り常に悪かったが、ふるまいは明るいおっさんという体でご陽気なものだ。授業自体もそう他と変わらない。シーズンごとに球技陸上、格技を学期ごと2種目ぐらい最終的には競技になる程度に教え込むのである。なお、1学期を通してずっとラジオ体操をやるなどというカリキュラムもあった。あれはあれで細部にこだわると奥が深いものである

青鬼には妙な信念があり、軟派な校風の中、真面目であることに非常なる重点を置いていた。その発露の一例が、とにかく早く着替えて予鈴前に集合した生徒は、10点満点の評定の内一回に付き1/3点を加算するという、大変太っ腹なシステムである(ただし2点のキャップがある)。陰湿になりがちな体育教師にあって、逆の場合の減点をしないのが青鬼の陽性な気質のもう一面の発露だ。今にして思えば、私を含めた運動音痴連の為の、まあ救済だったんだろう。なにせ中学なのに赤点で即落第というそこだけはシビアな私学の事情もある。

ある学期のことである。その時の球技バレーで、3種類のサーブの打ち方とレシーブ・トスアタックを一通り練習したらもう試合だ。だが、こちらは前述の加点で辛うじて体育落第を防ぐ程度の生徒であるサーブすら敵陣に入らない有様だ。それを見ていた青鬼が私を呼びつける。

増田よ、お前のフォームは悪い。だが、ボールは少なくとも飛んではいる。だから軸足のつま先を、きちんと飛ばしたい方向に向けろ。そのうえでネットを超えるような高さで打てば、必ずサーブは入るようになる」という。

まさかそんな単純な事でと思ったが、言われたとおりにすれば、成程ボールはある程度ちゃんと敵陣のライン内に飛んでゆく。理屈はわからないが、これはさすがに感心した。ひょっと青鬼が伝えたかったのは、その先にある例えば体幹の使い方などの深いモノであったのかもしれない。だが、あいにくの運動音痴である。そこまで会得できるわけがない。

しかし、お陰様で傍から見ると異様なフォームだが、その後も幾度か機会のあったバレーボールで、少なくともサーブだけは何とか入れることができた。余りの奇天烈フォームに幻惑されるあまり凡球だが受けにくいと、過分の評まであった程である。あの歳で身に着けたことだ、多分いまだに入れることができるはずだ。

なぜこんなことをいまだに憶えているのかといえば、その後の(前の連中もそうだが)体育教師の一人としてこのレベルの具体的な指導というものがなかったからだ。連中は自分ができるあまりか、何か根本的な他の原因によるものか、できないものに対する改善策というものを全く示すことができなかったのである。そりゃルール所作を教えるのも重要だ。だが学生生徒に何らかの前進をもたらしたのは一人青鬼だけであった。

たまたまそういう巡り合わせだったのか、それとも青鬼けが特に秀でていたのかは謎だ。だが、体育教師指導問題話題になるにつけ、私は青鬼と、己の奇妙なフォームサーブと、それを身に着けた古い体育館を思い出すのである

青鬼はたしか我々の卒業の次の年に定年を迎え、退職後数年で卒されたと聞く。あの顔色はやはり何かが悪かったのだろうか。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323063120

みんなおはよう元増田マンだよ

メビウスの41話「思い出の先生」はなかなかに過去作品リスペクトしていて

食いつぶせる遺産とは思っていないと思うけど…

ロウメビウス教官をしていたり、セブンの息子をレオが面倒見ていたり…というのはすごく胸が熱くなったよ。

いや、客演過去作との繋がりを全否定したいわけじゃないよ。

俺も「思い出の先生」好きだし、ティガの「ウルトラの星」も大好きだよ。

古いとこだと「ウルトラセブン参上!」や「ウルトラの星光る時」なんて脳汁出まくるしね。(帰マン好きなの)

こういう愛に溢れた感じでたまーにやってくれるなら全然歓迎なのよ。

10年も観てないのに最近ウルトラマンを偉そうに腐す奴wwww

新作が始まるとYouTubeで予告だけは見るからどんなのかは知ってる。

ポケモンみたいに山ほどカードやら人形ガジェットを持ち歩いてて、

「行け!ゴモラ!」「頼むぞ!タロウ兄さん!」みたいなのでしょ?

そこにはまったく愛を感じないねカプセル怪獣じゃないんだから

確かにギンガあたりから露骨おもちゃ売るための設定みたいなの増えてきた感じはあるかなぁ。

ウルトラマン武器使いまくってたりカード人形集めてパワーアップとか・・・

だよね。ライダーも同じだよね。

その後は買収先とバンダイナムコが主導で作ってる

パチンコ屋だったかね。

大人向けとか子供向けじゃなくて、商売っ気は二の次で志の高い作品が見たい。

マックスが好きなのもその辺りの理由

http://anond.hatelabo.jp/20170323063120

メビウスの41話「思い出の先生」はなかなかに過去作品リスペクトしていて

食いつぶせる遺産とは思っていないと思うけど…

ロウメビウス教官をしていたり、セブンの息子をレオが面倒見ていたり…というのはすごく胸が熱くなったよ。

2017-03-09

俺は増田のくせにサッカー部勉強もそこそこできたけど

高校体育教師だけはなぜか体育教官って呼ばれてた

体育館の脇に教官室なるものもあった

謎だった

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170226213547

クルマが嫌いなのか教習所が嫌いなのかはこの文章だけではなんともいえないな。

クラッチの話が出てこないところを見るとAT免許だと思うが、ATアクセルと加速感がリニアに比例するとは限らないので(クルマ次第)、ぐいっと踏めば急発進して教官は即ブレーキ教官も恐ろしい)、ふわっと踏めばなかなか動かずストレスたまる…のではないか想像する。教習所スピードではなかなかロックアップするところまでいかいからね。

コツとしてはとにかくガンと踏まないこと。踏む深さではなく、踏む速度でもミッション挙動が大きくかわるのがAT

ゆっくり深く必要な速度まで踏むことを意識すれば急加速しない。大事なのは加速度(速度変化)をゆっくりする事だ。マンガでもコップの水をこぼさないってのがあったろ。

慣れて自分の車を持つようになれば、安全な広いところで急加速とかやってみれば徐々に分かってくるようになる。教習所でも加速の項目があると思うが、その時以外はゆっくりでかまわない。

バイクだと「安全に走る」以前に「コントロール」の項目が多いので、その辺上達が楽しいが、クルマ(とくにAT限定)は安全第一からなあ…

http://anond.hatelabo.jp/20170226213547

俺も運転嫌いだわ。

人を殺せるだけの馬力と重量持ってるのを公道操作とか普通に嫌なんだけど。

もし何かの手違いでひき殺したらどうするんだよ。

田舎みたいに歩行者少ないならまだしも。

教習所教官コミュ障気味の俺に高圧的で本当に嫌だったわ。

他の教官に変えて欲しかったけど合宿からそれもできなかったし。

まれ変わったら二度と免許合宿には行かん。

2017-02-14

大川隆法の経歴笑っちゃうよね

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E9%9A%86%E6%B3%95

来歴

生い立ち

1956年6月徳島県麻植郡川島町(現在吉野川市)に、畜産コンサルタントであった[4]父・善川三朗[2](本名中川忠義)と母・君子次男として生まれる[4]。出生名は「隆」。吉野川市立川中学校徳島県立城南高等学校卒業。幼少期の頃は、GLA高橋信次生長の家に感銘を受けて日本共産党活動家から転向した父[9][10]に「聖書」や「無門関」について教えられる[4]。10歳の頃、将来の夢は学者外交官だったという[4]。一浪の後1976年東京大学文科一類入学し[4]政治コースに進む[2]。ハンナ・アーレント研究論文作成した時には、教授からマチューアー(成熟している)」という評価をもらったという[4]。その後、司法試験国家公務員上級試験受験したがいずれも不合格となり、また学者の道に進むこともなかった[4]。大川は、司法試験について論文問題学者的な視点過去判例批判する答案を提出したために合格できなかったとし、大学に残らなかったのは自分師事すべき教官がいなかったと悟ったためと自らを振り返っている[4]。1981年法学部卒業し、総合商社トーメン(現豊田通商)に入社[4]。翌年1982年8月ニューヨーク本社研修生として派遣され、その間にベルリッツ語学学校ニューヨーク校を卒業[4]、ニューヨーク市立大学大学院センターで国際金融論を学んだ[8]。

大学卒業して商社マンとして勤める一方、この時期に宗教家としての「霊的覚醒」が始まったとされる[8]

東大法学部出て,ビジネスマンやって,法的に問題ない金儲け思いついただけじゃねーか

せめて,キリストブッダアッラーばりの逸話作れや

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203004151

始めたばかりの生徒がミスった時にろくにフォローも入れないってのはその教官自分の都合と尺度しか物見れてないってことに他ならないんだが

http://anond.hatelabo.jp/20170203002908

教習所教官は全員クズだと思って接しておけばいい。

といっても生意気な態度を取ってどっちが客か教えてやれって事じゃないぞ。

クズってのはちょっとおだてたり向こうの思い通りに見えるような行動をしてやると簡単に機嫌を良くしてくるんだ。

その声質を利用して相手を思い通りコントロールする練習をしに行くと思えばいい。

表面上愛想よく素直にな、そして相手のことを最高の師と尊敬しているかのように見せかける。

そうすりゃ向こうも機嫌を良くして意地悪なんてしてこなくなる。

教習所教官ってのはクズから相手が上手くなることより自分が上だと教えるために意地悪する事優先する所があってな、意地悪されなくなるってのはその無駄が省かれて教習の効率が上がるってことなんだ。

本当に良いことづくめだ。

車の運転と一緒にクズ運転勉強してきな。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161207010847

まってまって、多分都内路上教習したって難易度同じか難しい位じゃない?

町中の路駐の列とかそこにロードバイクがすり抜けていくような環境もかなり難しいぞ。

私は田舎の方がマシだと思うわ・・・がんばれ・・・

あとは恥ずかしいけど運転のイメトレするしかない。

私も教官に頭大丈夫かって言われるくらいのもんだったけど、イメトレしろって言われてまじめにやったら普通にトントン拍子に卒業できた。

2016-12-02

セッション』て邦題が糞よな。

原題は鞭打つという意味の『Whiplash

ジャズスタンダード曲名ドラムを叩く手のしなり、フレッチャーのしごきの様、のトリプルミーニング。

セッションとして見ると、最後がある種の仲良しエンドに万が一もしかしたら見えてしまうかもしれない。

しかしあの主人公は、ラストWhiplashカマして終幕のその後、教官のもとから去るだろう。元ザヤは有り得ない。互いに。

何かを賞賛するような映画というよりは、痛い青春共感しつつ云々かんぬん、簡単に言い表せない複雑な思いを表現してる点で

映画として作る意義の塊みたいな映画だった。

http://anond.hatelabo.jp/20161201115503

2016-11-19

規範礼儀の成立の瞬間

戸塚ヨットスクールはなかなか面白い題材だと思う。この場合、とにかく体罰暴力絶対ダメ! という議論になりがちだが、それは戸塚の半面しか見ていない議論からである

なぜ半面かといえば、ようするに戸塚は鞭と飴の使い方がある意味上手く、かつて軍隊一定の成果を挙げた手法踏襲しているからだ。

この飴部分についても論じなければ、泣いて感謝する卒業生がいることの説明にならない。

アメ部分とはつまり身体危機を救ってやったり、クズでも見捨てず面倒みてやったり、能力人格を認めてやったりなどで、

これにより「恩義」や「構ってもらえた嬉しさ」から反抗心が薄れ、「お前のために厳しくしているんだ」という言葉を受け入れやすくなるのである

人は飴なしには変わらず、それまで飢えていればいるほど飴は甘くなるのだ。そして一度でも飴を受け取れば、これに返礼する義務を感じ始める。

これは互酬性に基づく「規範礼儀の成立の瞬間」に、より原始的ダイレクトに触れているとも言える。

軍隊でよくあるパターンとしては、生意気な新兵を憎まれ役の先輩がしごき新兵の鼻っ柱を折る→新兵の心が折れかけると、いつも厳しい教官が助けてくれつつ、厳しさの必要性目的大事さを訴える→

成果を出すなどすると、新兵たちの価値を大げさなほど認めてやる、といったような手法だ。

最初のしごきや人格否定がきついほど、この「認められた感、仲間や目的に貢献してる感」は強烈に働く。特に認められた経験のない者にとっては効く。

はっきり言って洗脳とほぼ同じ手法であるが、それだけこの肉体的危機+落としてから持ち上げる方法は強烈な人格改造に役立つ。

実はこれ、女が暴力夫に依存ちゃうパターンと同じ。「お前のために厳しくしている」と「本気で愛しているから手が出る」は同じやり方。

そしてキツくあたった後の承認やら共感は、愛情に飢えている者にほど絶大な効果になる。

2016-10-25

http://anond.hatelabo.jp/20161025144545

手刀は実戦でまるで役に立たない。拳を使うのが当然。この増田素人格闘技教官の話というのはフィクション

英の特殊部隊SAS格闘技教官(格闘技の元イギリスチャンピオン身長170cmに足りない小柄な人)が隊員達を前に語った。

「今から私が諸君に教える格闘技は私の格闘技歴27年の実績に基づいている」

「だが私の格闘技歴の最初の25年はまったく無駄だった」

身長2m体重100kgで手刀と簡単回し蹴り習得した人間相手にした場合格闘技はまったく通用しない」

タンスの角に頭をぶつけたらすごく痛いだろ? 体重100kgの人間が全体重を拳にのせて打ってきたパンチが当たったら諸君は間違いなく気絶する」

そこで教官身長180cm体重90kgの隊員を指差してこう言った。

「彼が私に向かってきたら私は彼の鼻を喰いちぎってひたすら逃げる」

2016-10-12

ラーメンさえ上手に作れない系男子が教える一発で本免試験に受かる方


汁どこ行ったん。作り方通りにやったのに。すごく持ったりしてて味が濃ゆい。卵とコショウぶっかけたら美味しい。

伸びる心配あんまりなさそうだし、ポケモン映画見ながら書いてみる。

■一発で本免試験に受かる方法

~本免までの道のり~

教習所に通う

大事

学科は真面目に受ける

ビデオ視聴中も真面目に寝ないで受ける。

重要と言われた所はちゃんとマーカーをひく。

教官が出した問題は間違えてもいいから全力で答える。何て答えたか、どうして間違えてたのかを頭に叩き込む。

③実技と学科は大体同じタイミングで受けていく

運転してみると、教本の内容が嘘みたいに染み込む。ここを押さえとけば家で復習とかしないで済むよ。

④疑問に思った事は教官に聞く

└何でもいいから聞いてみる。好きな音楽の話とかでもいいと思う。

家族・友人の運転をよく観察する

└意外と見ていそうで見ていない自分以外の運転。見てると面白い勉強になる。


~本免前日~

テスト前は流石に勉強する

一生懸命やる。

⑦間違えた箇所は解説ごと書いて覚える

└「これは〇or×なんだ」だけじゃなくて、問題集の回答に書いてある解説を覚える。解説がなかったら、教本の問題に当て嵌まる箇所を探し出して書き出す。

⑧寝る

└寝よう。

⑨復習する

└朝に間違えてた部分だけ復習してみる。

合格する

└100点満点中90点で合格です。

└全部で95問を50分で解きます

文章問題90問(配点各1点)、イラスト問題5問(配点各2点)

イラスト問題を全問正解すれば、文章問題で10問間違えてもテスト的にはセーフです。逆に言えば、イラスト問題を落とすと予想以上に辛い。


以上です。

この問題集を解けば合格間違いなし!というのもあるんでしょうけど、僕は教習所で出された問題集さえやっとけば合格出来ると思います

あと、あなたが思っている以上に本免の学科試験簡単です。基礎中の基礎しかありません。模擬試験の方が難しくて拍子抜けしました。何問か間違えてますが。

当たり前の事を当たり前にやれば合格出来るというか、受験勉強とかテスト勉強とか、今までにやってきたような勉強方法でやればいいんじゃないかと。

自身は本当に勉強嫌いで、上記の通りにテスト・本免前日しか勉強してません。1時間やったら2時間休憩してました。んで、一回も合格点に届かなかったんで逆に吹っ切れてました。「落ちちゃってもいいさ」みたいな。

付け焼刃知識路上に出て大丈夫なのか」と声が聞こえてきそうですが、大丈夫じゃないですかね。何てったって数か月車の練習勉強をしてきたんですから

本免試験頑張ってください。

2016-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20161007014505

転職スキルに全振りするのは良いんだけど、

実力主義者の教官基本情報レベル資格単位出すって言ってるあたりが

底辺校臭すぎて、お前の語るスキルレベルを押し下げてんだよ。

2016-10-06

学歴就職年収に関する独り語り

今年38歳。

関東だけど人口1桁万人の港町に産まれ、育った。

小中くらいはさしたる努力もせずにクラストップクラスの成績。

ミニ四駆ドラクエが好きなどこにでもいるような子供だった。

なんとか通学できるか、って距離まで伸ばしても圏内には進学先の高校は5,6校。

商業科や工業科、水産科なんかもあって、大学進学の可能性が残る普通科があるのは2校程度。

そのうち1校に入ったものの、ガクガクと成績は落ちていった。赤点をなんとか回避、ってことも何度か。

Jリーグが始まったのがこの頃か。

大学進学の可能性が残るという表現を使ったけど、田舎学校なんでレベルは低い。

平均の偏差値は50切ってたと思う。

同学年でMARCHに入れるのが5人以下、早慶は数年に一人いるかも、くらい。

実際には高卒就職する者、専門学校に進む者も多い。


低成績の俺は地方私大しかからず、親に頼み込んで浪人させてもらった。

条件は予備校の寮に入ること。ほぼ軟禁生活。泣いて嫌がったけど仕方なかった。

それでも、そんな環境であっても勉強は怠けてしまっていた。

当時田舎者にはあこがれだった渋谷タワレコに平日昼間から行って、 TK新譜試聴したな。

高校の頃からそうだけど、「勉強法勉強」は好きで、あの方法勉強すれば俺の成績は上がる、って謎な自信だけもっていて、でも勉強はしない。

明日やれることは今日やらない。よって数学的帰納法により、受験日まで勉強しない。

本当にダメ人間だった。

メタ勉強だけは好きってのは10年前にライフハックにハマったのと、今思えば同じ根っこだったんだろうな。


そんな訳で一浪しても入れたのは偏差値50アンダーの私立理系大。Fランク。最近はGランクであるんだっけ?

ここでさら実験科目の出席日数が足らず、留年

成績不良じゃないくて出席日数不足ってところがつくづくダメだな。


ただ、振り返ってみてこの頃ラッキーだったのが2つある。

1つはコンピュータサイエンス教官実力主義者で、当時の第二種情報処理技術者、今の基本情報処理技術者試験合格すれば単位をやるって人だった。

ちょうどインターネットが普及し始めて、テレホタイムになると同時にISDNで繋いでいた時期。

コンピュータ勉強面白くて、出席外で単位とれるならと合格できた。ここで基礎を固められたのはラッキーだった。

もう1つは留年したせいで一般教養科目を余計に取れる余裕ができたこと。

心理学の少人数上級版で、自分テーマを決めて教授と毎回議論できるってクラスだった。

就活に備えた自己分析を、心理学者とサシでできたのはラッキーだった。(ドラッカープロフェッショナルの条件を読めたのもこの頃だったな)


で、就職活動2002年卒、有効求人倍率 0.54 倍。世はまさに大氷河期時代日韓共催ワールドカップの頃。

周りや就活相談室の(ストレートな分、俺より有利な奴の)を聞くと、数十名の小規模企業に入るひと、地元に戻って地元会社に入るひとも多かった。

一浪一留偏差値40台という自分スペックと向き合った。

このままだとヤバいなと、底辺だなと(当時は今のような使われ方をしていなかった言葉だけど)思った。

どうするか。資格もあったせいで業界IT特に SI が有利だろうと思った。

計算機室でCOMPUTER WORLDを読み耽けり、大学図書館日経コンピュータバックナンバー2年分を通読して業界を知った。


そして採ったのは某国コンピュータメーカー1社のグループ会社に絞る集中戦略

親会社企業研究(成り立ち、歴史挫折チャレンジ)を深めれば子会社はいくらでも応用が効くし、心理学者と深めた自己分析と付きあわせて「あなた出会えた私」のストーリーでっちあげれば、志望動機入社後の目指す姿も十分語れた。

このストーリー説得力と、新人研修で取らせることの多い資格を既に持っていることがあれば、自分スペックをある程度カバーできるだろうと思った。


これはうまくハマって、そのグループ会社では全戦全勝、本体でも最終面接まではいった。落ちたけど。

自分が出た大学では「誰もが知っている名前のついた会社に(子会社はいえ)入れる奴」はレアで、まして一浪一留でってのは劇レアだった。


待遇親会社と同一で、初年度、24歳で年収300万円くらい。

でもトレーナーとソリが合わず(今に思えば子供じみた理由だ)、転職

就活の時にはコンサルなんて職種が世にあることを知らなかったけど、

たまたま募集してたITに強い外資コンサルに移って26歳年収400万。

国内限定学歴揶揄する人もたまに見るけど、ボストン採用の同期とか普通にいたな。

そこでのコンサルスキル海外経験のおかげで別のコンサルに移って28年収750万。貯金1000万超えたのもこの頃。

タイミングが超ラッキーで、この直後にリーマンショックがあった。こんな大幅年収アップの転職案件はすぐになくなった。

さら上級SEに戻って30歳800万円。

35歳くらいで外資ベンダー転職して年収1000万円超えて、38の今は1200万円。

年齢で見た年収は社内の平均からは下がるようだけど、まぁ十分満足してる。

株とETFで4000万円くらい持ってる。

金融資産の半分くらいは100年に一度の株の大バーゲンリーマンショック)の時に買った株のおかげ。

その時期にセールワゴンにしがみつくだけの定期定額収入があったのも、またラッキーだったな。


転職活動では、卒業したFラン大学一浪一留は何の問題にもならかった。

しろ英語力の低さを指摘されることが多かったな。



そんな感じ。



基本、世は学歴社会ではあると思う。

俺はあまりその是非の議論には興味はない。

学歴は時には一発でゲームを決める強力なカードであると思う。

でも自分対峙するフィールドでどういう力学が働くかを理解して、持ってるカードを限られたターンの中で増やし、切っていくだけだ。

現在自分収入タイミングの良い転職のおかげだと思う。

自分が好きなタイミングで職を選べるのは、2つ目の外資コンサルであらゆる「ビジネス知的基礎体力」を身につけさせてもらえたおかげだと思う。

自分学歴とは不釣り合いな場所にいられるのは、ここに、大学を出てからラッキーたちに、集約されると思う。

でも、それでも「大卒である」ことだけは一定程度以上の会社では最低条件、前提条件だった。

大手コンピューターメーカーの大ベテランの中には、時代的に高卒の人もいたし、高卒工場勤務から叩き上げで働いている人もいたけれど、もうそれはない。

今の勤め先も入社時にはbachelor以上の英文成績証明書必須だ。

俺はラッキーだけで現状があるとは思っていない。

ただ、ラッキーに加えて必要だったのは、俺の場合は「Fランだろうが大卒」というチケットそれ自体ではなく、浪人留年学費生活費を捻出してくれた両親だったと思う。

父は企業奨学金日東駒専クラスに通い、卒業後に職業選択の自由はなかった。意に添わない異動も俺たち子供のために受けいれてくれた。

母は家が貧しく、家族に反対されながら働きながら自費で通信制高校卒業資格を得た。

学ぶことで人生選択肢が増える。学ぶことは自由につながる。

そのことを身をもって知り、身をもって子に示し、ダメな俺が大学を出るまで支えてくれた両親こそ、俺が今の俺であるために必要だったと思う。

月並みだが、本当に感謝している。

繰り返すが、学歴は強力ではあっても、いくつかあるカードの一枚に過ぎないと思ってる。

俺は馬鹿ダメ人間だったから「Fラン一浪一留」なんて貧弱なカードしか得られなかった。

でもそれも、そんなカードも、両親が必死になって繋いで手渡してくれた大切なカードだった。

その大切な一枚を活かせるような生き方ができて本当によかったと思ってる。

そろそろ俺が浪人する許しを請うた時の親の年齢に、俺がなる。

あの頃の両親のようにありたいと、そうあるための今の収入資産だと思う。

読んでくれてありがとう

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