はてなキーワード: 大卒とは
芸術(エンタメ)系の専門学校が主催する就活対策講座に行った。
就職予備校化している某私大(キャリアデザイン学部なんていう学部持ってる)から、教授という肩書きを持った就活アドバイザーを講師として招いて開催された。
講師「大卒者でも就職できない人がいるんです。専門学校はどうか知らなゴニョゴニョ……」
専門学校から講演料をもらっている建前、どうしても奥歯に物が挟まったような喋りになる。
「MARCHレベルでも非正規・ブラックなんてザラ。資格なし専門卒のキミたちは覚悟しとけよ」というメッセージが手を変え品を変え、何度もパラフレーズされながら陰に陽に伝えられた。
就職率・離職率・平均年収といった統計を引き合いに出しながら、どれだけ雇用情勢が厳しいかを説明し、「勤め人になるのだって大変。アーティストなんて無理。現実見ようね」と遠回しに訴える講師。
面白い講座だった。
雇用統計(就職率・中退率・離職率・平均年収)がいくつも挙げられるのだが、どれも『高校・短大・大学・大学院』のもの。専門学校だけスッポリ抜けている。
無いものはないので、仕方なく芸術系学部の就職率(他学部に比べて突出して“酷い”)が紹介され、
講師「お察し下さい」
講師「どういうわけか、文科省は専門学校の統計を取っていないんですよ……」
それって天下り先が確保できないからじゃないですか? 国立はもとより、私大だって助成金でシャブ漬けじゃないですか。旨みがないから文部官僚は……と私は手を挙げて質問しようと思ったが、大人げないのでやめた。
あと、講師が可哀想だった。聴講している(させられている)専門学校生がガキみたいに騒いでるの。信じられない。
講師「あなたがた、そんなんじゃ社会に出てやっていけませんよ!」
講師は柔和な、虫も殺せぬような面構えをした御仁だったが、講座の途中でブチ切れた。
でも学生たち、静かにならない。ちょwww マジマジパネェっすwww
講演後、質疑応答の時間が設けられたのだが、学生の質問が分からなかった。
なんていうんだろう。日本語が不自然。主語と述語が一致していなかったり、前後の話が繋がっていなかったり、話のどこにも質問内容が無かったり。
ああ、こいつ馬鹿そうだなぁとか、不登校だったのかなぁとか、器質的にアレなのかなぁと思った。
そんな、とても面接に通りそうにない学生が、キャリアデザインについてたどたどしい日本語で質問するものだから、これは手の込んだ前衛演劇なのかとさえ思った。芸術系の専門学校だからね。
講義が終わり、私が校舎を出ると、『天井桟敷(2013)』の横断幕が校舎や沿道に垂れ下げられていた……なんていうことはなかった。
理由は給与体系というのが初任給をモデルとして大卒と院卒で1万円以上違います。
しかし、果たして差別化するほど、それに見合った能力があるのかというと不透明です。
また、やはり院卒であることから、給与はこの額でないとダメであると自らハードルを設定して
その要求に添えられる企業がなかなか見つからないという事もあります。
いずれにしても妥協点が見つからないために本当は見つかるはずの就職が互いの要求がいがみ合う事で
まして、文系院卒は理系院卒のような工学や電気、通信、医療等といった専門性を伴う事象を扱いません。
ですので、文系院卒が専門とする文学系統というのが、業界選択にしてもその範囲が狭いということや企業側が文系というのが
無能あるいは専門性を伴う仕事の場において本当に役立つのかが気になり、二の足を踏むのだと考えます。
文系院卒であれば、志望業界と実際とのミスマッチがとにかく多いのが特徴的でしょう。
理系院卒であれば出来る事というのは、企業側にとっても選択肢の多い部分を占めており、つまりジョブマッチングし易いです。
しかし文系院卒の場合、実際の職場で出来る事が極端に少ない事や院卒であるという自負やプライドから妥協しない事が挙げられます。
そのため本当であれば就職できるのに対して実は文系院卒であることが足枷になってしまい、思うように仕事探しが進まないのだと思われます。
ジョブカフェ等の自己PRセミナーにしてもやはりプライドや見栄から自己分析が不完全なままで自己PRを作ってしまいがちになります。
また、コンサルタントの方の助言ですら、余計なひと言に聞こえているのかもしれません。
ですので、本当は仕事だってたくさんあるのですが、大学院を出たという丁稚なプライドのせいで自ら選択肢を狭めている事が、この風潮を生み出したのだと考えます。
就職不利であるというのは、恐らく企業は欲しい人材であれば確保に前向きです。
むしろ、そういった企業は幻想なのだと考える人が、やはりプライドも高いので売れ残ってしまい、更に卑屈になって就職不利なのだと理解してしまうのだと思います。
逆に言えば、このプライドを捨てさえすれば、妥協することが出来れば選択の幅は大きく増えますし、企業だって文系院卒に興味があるのです。
いや、はっきり言って拡大する必要はないよ。
いまですら、貰ってるうちのほとんどの人間が実際に必要としてない場合が多い。
特に1種は、まともな経済感覚してる親なら、その期間借り入れて無利子で運用できる、って分かってれば
自分が払えても借りさせる。
勿論、それを使うわけじゃなくて、運用すればいいだけ。
運用とかって言うとあれだけど、4年でも200万くらいになるわけで、それ社会人になった時の色々な初期投資分の金額だと思えば
結構良い金借りだろ。
実際そういう使い方してる人も多い。
逆に、馬鹿な親が子供から搾取して使う場合もあるけど、それはまた別の話。
そもそも無利子枠を拡大、と言ってるけど、ここで困ってる人たちは無利子でも困るだろ。
この人達は利子返済がきつくて困ってるわけじゃない。元本そのものが払えないわけ。なんでこんなくだらない議論してるの?すべてが無利子でも
でさ、この男性が最低でも旧帝レベル言ってて、まともに勉強してて、それでもまともに就職できない、ってんならまあまだ同情するけど、
所詮大学に行くべき人間じゃなかったんだ、って場合がほとんどなんだから、
ただのモラトリアム求めて行くならさっさとちゃんとした専門学校でも行って就職しろよ、ってだけの話だよ。
だから、奨学金云々じゃなくて、馬鹿が大学に行けないようにすればいいだけ。片っ端から底辺大学潰してけよ。
そんで、企業側も、くだらない何も大学で学んで来ない様なやつを取るくらいなら、高卒取ったほうがマシだ、位のレベルで、
入った時に何も知識や技術を要求しないような職なら高卒も大卒も同じ給料で取ってみろよ。
その流れが当たり前になれば、それなりに優秀な人も高卒で就職するようになるし、こんな馬鹿なヤツが出てくることがなくなるんだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20130923225019
昨晩の年賀状子供写真時期論争だが、自分の記憶では、80年代じゃなく90年代にようやっと普及した気がする。
これは私見だが、80年代に写真入り年賀状が普及しなかったのは、「ハガキ写真印刷が高価だった」という費用面の制約もあるが、
それ以上に、80年代には「年賀状で子供自慢するのは、ハシタない」という保守的な文化が、まだ世間に残ってたからではないか?
当時はまだ、自分の子供を「愚息」とか「豚児」とへりくだるのが通常だった。
そういう「謙譲の美徳」を日本人が忘れた頃と、年賀状に子供写真掲載時期はシンクロしてる気がする。
さらにいえば、「年賀状を作るのが、旦那か?奥さんか?」という点も重要。
80年代は、まだまだ亭主の方が年賀状作りの主導権を握っていて、「会社の上司や同僚に子供写真送るなんて、こっ恥ずかしい」的感覚があったと思う。
それが90年代に入り、奥さんの権力が強まり、「そんなハシタナイ真似は止めろ」のダンナの声を無視して、
子供写真年賀状の大量印刷が始まる・・・てな仮説は、考えられないか?
そもそも、70年代80年代だと、専業主婦が多かったり、奥さんの学歴も高卒や短大止まりが多かったりして、
それが90年代になると、奥さんも共働きになったり、奥さんが大卒になって同窓人脈が増えたりして、
「年賀状の半分は、奥さん人脈」となっていく。
うーんと、だから、
これは全体でどれくらい居るの?
大卒以外は入るの?てか大卒入るの?修士?でも修士もほとんど何もしないよね?
ってことは研究職だけ?
知識層ってなーに?
それだけではありません。別に遊ぶ金があってもバイトする人は居るし、
だけど大学なんて研究者を目指すのでなければ、大卒の資格を得るところに過ぎず、現状大学の単位を取るのはそれほど大変でもないから、
親が高い金を払って大学に通わせてやっているんだから、しっかり勉強しろっていうけど、単位を取って卒業する以上の勉強って本当に必要なのか?
こんな話は論外。
もちろん勉強するのはいいことだと思うけど、それ以上の勉強となるとある意味趣味みたいなものだし、好きなら勝手にやるし、大学卒業後だって続けられる。
違う、少なくとも大学で学ぶ環境があって、その場で得られるもは卒業後には得られない。そうでなければどこぞの全部放送でやれば格差が無くなる、って言ってた奴とお前は一緒になる。そうなのかもしれんが。
なぜ、この話で親が十分に子供にお金を与えてない、と言う部分を指摘することになるのか?
その高い金に対する責任はきちんと卒業できることで果たしているので、要領よく単位とって余った時間に遊ぼうがバイトしようが文句言われる筋合いはない。
もう論外過ぎて口がふさがらない。。。
なんで学費生活費を親が払ってる大学生がバイトするかって遊ぶお金がほしいから。遊びに使うお金もあげてる?
「大学生の本分は勉強」これってずいぶん昔から言われてるし、なぜ言われるかっていうと勉強しない大学生が多いから。
だけど大学なんて研究者を目指すのでなければ、大卒の資格を得るところに過ぎず、現状大学の単位を取るのはそれほど大変でもないから、
結果大抵の大学生は時間をもてあます。だから遊ぶわけだけど、遊ぶのにもお金がかかるからバイトする。
親が高い金を払って大学に通わせてやっているんだから、しっかり勉強しろっていうけど、単位を取って卒業する以上の勉強って本当に必要なのか?
もちろん勉強するのはいいことだと思うけど、それ以上の勉強となるとある意味趣味みたいなものだし、好きなら勝手にやるし、大学卒業後だって続けられる。
高い金払ってんのに安い単価でバイトしやがってって言うなら、遊ぶのに必要な金も全部与えてから言えと。
その高い金に対する責任はきちんと卒業できることで果たしているので、要領よく単位とって余った時間に遊ぼうがバイトしようが文句言われる筋合いはない。
お布施要求されて金ばっか貢がされるし、企業ならサビ残強要されて自爆買いも多い。
大学じゃキラキラ眼で他校の文化祭かなんかに潜り込んで布教活動。
勧誘する人数もノルマが決まってるし、出来なきゃ集まりで詰められるのが関の山。
専門学校なんかだと詐欺紛いの事を平気でやってくるし、学校事務の対応も最悪だ。
男は一度入社すると大抵この宗教女を会社から宛がわれる。拒否権はない。
無論、拒否する事は可能だけど地方出向を命じられるか窓際で仕事させてもらえず閑職に廻される。
創価系組織に入るという事は、魂を売り渡すようなもので、自分の将来がそこで決定されるといっても過言じゃない。
強制性がないと言い張りながら実際は何十時間も詰められ詰られ続ける。
横だけど、放送大学って高卒以外に資格っていらないよね?(よくある勘違いで卒業は放送だけでは出来ません念のため面接授業が20単位必要らしい)きちんと大卒の資格がもらえるはず。
「直近で微分が正である」程度の雑な表現なら、まあ、直近で見れば改善してるんだな、くらいのゆるい(文系的?)比喩だと取ればありっちゃありかなと思うけどさ。
二階微分とか収束とかってもう本気で数学だよな? じゃあ考えなきゃならんのは、文化格差はどのような尺度水準で数量化されるのか、ということなんだが。
名義尺度はOKだろ。順序尺度ではあるかも。間隔尺度・比例尺度は無理じゃね? それで微分とか収束とか使えるのか?
という混ぜっ返しが入りそうなことを言うのを「話をややこしくする」と言うんじゃないかな。
航行中は貰えんじゃねえかな。諸手当全部コミコミなら行く気がする。
ただ、大手汽船会社の「高卒初任給」は10万円台だったと思う。
川崎近海汽船もその時ついでにデータ調べたけど、かなりいいお給料だった記憶が。
船乗りはそもそも高給取りだけど、その中でも海運大手3社は正に別格中の別格。
大変だね、やっぱり推薦取れないだけのことはあるか。
そもそも船乗りの給与ってわけでもないし、船乗りでも高給取りは上級資格者だろ?
高専すら行ってないこいつがなんでそこまで簡単にもらえるようになるんだ?
何でそんな上がるんだ?途中で資格でもとったってのか?
よく知らんけど、
http://okwave.jp/qa/q3646414.html
ここにはそんな高卒ではもらえん、とはっきり書いてあるが。
うん、だからそんなのがあるならちゃんと示してくれよ。
そしたら納得するよ。
頑張れ。
こんな高卒レベルでその勢いで上がるのはおかしいだろ、と思ったんだが?
普通、高卒で就職しても、大卒が入ってくるときにそれより高くなってることは少ないだろう。
大卒資格者とは比べられないわけだからいきなり35万はないだろうし、
普通の大卒だと考えれば20万そこそこ、高卒でも22歳の頃にそれと同じかそれ以下だろう。
とすると、そこからものすごい勢いのカーブで上がることになりますな?
海運の業界は知らんが、世間一般的に恐ろしいことですな?ということなんだがな。
えーと、推薦の話から始めると
このシステムを採用してる場所はとりあえず北海道で、漁民の町として俺の地元の例を出すと。
内申点が推薦の非常に大きいポイントを占める。つまり、図工とか体育とか家庭科がイマイチだと推薦取れない。
あと、ケンカ事件を一発起こしてるならその時点で推薦は絶望的かなー、と。
そういうわけで、点数は取れてるけど推薦は取れないって状態は割と俺的には普通かな、と。
かくいう俺も「入試めんどいから推薦欲しいっす」「おまえの内申じゃやれない。一般で受けろ」って経験あるんですよ。
地域によって違うんだろうね。地域トップの進学校への推薦があったように記憶してます。
あと、高卒総合職の場合大手企業の手取りは大体14万(額面17~8が多い)くらい。ものすごいスピードで上がる。
大卒でも20万弱に抑えられてる。これに関しては、増田さんもの知らず過ぎますね。
「25は最低あるだろ」って辺り、まぁなんていうか総合職と縁のない方なのかなーって思う。
それで「儲けられない」についてなんだけど。
本文を読めば、親が サラリーマンとして稼ぐ息子の稼ぎから吸い取る仕送り>>>>漁師としてリスクを負って得る稼ぎ
として考えていることを「もうけられない」の一語に集約して表現しているように、俺には思えるんだけども。
その「儲けられない」って言葉は非常に多義的に使われてる気がするけど、俺の読みがおかしいのかな。
つまり、親にとっての「儲ける」とは「何もせずに息子から送金を得ること」であって、息子の考える「儲ける」
と全く違う概念だった、ってこと(とそれに対する絶望)がここでは表現されているように思うんだけど。
いわゆる隠喩ってヤツじゃないっすかね。まぁ、ここは解釈の問題なんでどーでもいい気がするんですが。
最後に、「親離れ」についてですが、「漁師になる」っていう親頼りの未来しか先を描けてなかった時点で、
俺は元増田さんはすんごい親離れ出来なかったアホだと思ってます。
だって、ひとりで勝手に漁師やりゃいい話じゃないですか、どうしてもやりたいなら。
それを「家業を継いで親と一緒に」ってのにしがみついてるからめんどいことになってるわけで。
親が金銭的に息子に依存している以上に、元増田さんは精神的に親に依存してる、親離れできてないガキだと思いますよ。
その後の人生崩壊も、結局そこが原因じゃないですかどー見ても。漁師になりたきゃなれっつー話です。
気持ち悪い親子の相互依存が元増田の読みどころだと、俺は思うんですけどね。
「推薦」「収入」なんかについては特に問題ないようでよかったです。
別に知らなくても恥ずかしくないワードですけど、特に意識たかいたかーいなワードでもないです。
んで、書くうちにだんだんヒートアップしてったんだと思いますが、
まったくそんなことないぞ。
象牙の塔の番人のような言い方だな。
象牙の塔にすべきだよな、もっと。だって、単に4年間無駄にしてるだけじゃん。
その間働かせたほうが本人のためにもなるし世間のためにもなるじゃん。
だって、お前ら自信やもしくは大好きなプログラマ()とか言ってる連中のほとんどは大学でプログラム学んでるわけでもないし、
1つ言えるのは、今、まともに学習できるやつはほとんどが大学に行っちゃうから、高卒で働き始めたヤツが4年やってきてもすぐに追い越してしまうこともあるけど。
だけど、高卒で働くのも頭のいいやつでも当たり前の選択肢の1つ、になれば、圧倒的に高卒で働くやつのが有利になるだろう。
でも、会社側として、高卒と大卒を区別するのが当たり前なので、いくら優秀な奴が高卒で働きたいと言っても無駄だし、
増田に書き込んでいる人たちが特殊とは言えないが、一般化できるほどでもないと思う。
個別の事情によることが大きいから、上手くいくこともあるし、いかないこともあるし。
「自分もまた就職活動に失敗するかもしれない」という不安は当然に理解できる。
私は成功体験が報じられているのを目にしたことがない。
それでも、あなたの身の回りに上手く内々定をもらうことのできた人はいるはず。話を聞かせてもらうのも面白いかも。
ためになる失敗談は具体的に、ためになる成功談は抽象的になる。
日本は就職できる国だよ。普通に人並みにやっても就職が保証されないだけ、今も昔も。
普通であることにあまり意味はない。おそらく私は「普通」から逸脱していた…けれど何とかなった。
就職活動と一括りにしても、結局は採用する企業のそれぞれとあなたの関係になる。
私は、大学卒業後、ごくごく一般企業に努めていたけれど諸事情あって退職。
先輩は、何かとママに噛み付き、どうも嫌われていているので、今日もママの愚痴を聞かされる。
それは全然構わないんだけど、先輩、何で噛み付くのかなー。と思う。
先輩からも話を聞かされる。
周りの人の……言い方は悪いけど、育ちやら立ち振舞の悪さ、頭の悪さについて。
そんなの当たり前なんだから、放っておけばいいのに。
適当に立ててソーデスネーって言っておけばいいのに。
職業に貴賎なしとか言うけど、スナックの関係者なんて、高校出たかどうかも怪しいぐらいの人ばっかなんだから、周りがアホばっかでも仕方ないじゃない。
常識ないし、立ち振舞は下品だし、頭悪いし。それがデフォルトで当然でしょう。
そんなの当たり前で、そういうの解ってて働いてるんじゃないのが不思議。
一々これが正しいですよって、こうした方がいいですよって、わざわざママに言ったってわかるわけ無いじゃない。
店が潰れようが何だろうが、潰れたら次行けばいいだけだし、ヨイショするのは面倒だけど、そこまでやらなくても、そうですね~ってイエスマンしてればいいのに。
ついでにもう一人、先輩。
こちらはキラッキラの元歌舞伎町をブイブイいわせた(死語)キャバ嬢って言う感じの人で、もう50近い。
ママ曰く
「あの子の態度の悪さは、こんな店で働いてるプライドがゆるさないんだと思う」
いや、もう働いてるんだからさ、っていうか、キャバ嬢だろうがホステスだろうが、水商っていうだけでカッコワライーな立場には変わらないんじゃないの。
一般企業にお勤めのフツーのサラリーマンからしたら、飲み屋のねーちゃんなんてバカ以外のなにもんでもないだろうから、
先輩達のプライドとやらってなんなんだろ。
何のために持ってるんだろ。
自分が「馬鹿な飲み屋のねーちゃんでーすウェーイ」にはなれないのなら、ちゃんと普通の会社で働いたらいいのに。
ムキになってぷりぷり怒って、それでママを不機嫌にして。
どんなにパッパラパーでノータリンで無能で店が自転車だろうと、あのひと経営者なんだから。
私達の誰一人よりも、ウチでお金使っていくおっちゃんたちのほうが、多分、エライよ。
飲み屋のねーちゃんだと思って適当に馬鹿にしていく人は不快は不快だけど、それだけの人だし、周り皆馬鹿なんだから私も馬鹿にされるようにしておけばいい。
バカにしないでちゃんとはなししてくれるおじさんたちは「普通」じゃなくて、すっごいいい人たちなんです。
いつもありがとう。
かれこれ、少なくとも5年以上はまともな食事を取っていない。
晩は4種類のメニューのどれか(チンジャオロースー・きのこの炒め物・麻婆茄子・レトルトの餃子)と決められていて、
他のものは食べられない。
理由は、専業主婦の母が更年期障害になって料理をしなくなり、その上で自由に台所を触るのを禁じたため。
私は大学生だ。高校は、全生徒が大学に進学するのが当たり前ということになっていて、
それ以外の進路を希望すると指導室行きになる学校だったため、就職という選択肢はなかった。
父と母と私の3人家族。父は単身赴任していて好きなものを食べられるから、私のことなんて知ったこっちゃないのだ。
父の口癖は、「お前さえ黙っていれば家の中は丸く収まるんだ」。
朝ご飯と昼ご飯は、私は食べること自体が禁止されていて、お湯を沸かしてカップラーメンを食べることさえ許されなくて、
それでも食べない訳にはいかないから、大声で罵倒されながら、「すいません、すいません」と体を縮めて食べる。
一方、母は、朝ご飯はサークルKのチョコクロワッサン、昼ご飯はローソンのシャキシャキレタスサンドという規則になっている。
買ってくるのは私。母は一歩も外に出ない。
それらの商品が売っていなかったりすると、手に入れられるまで、いつまで経っても家に入れてもらえない。
晩ご飯は、先述の4種類のメニュー(つまり、フライパンで作れる簡単な料理)だけで、私の食べたいものを好きに作ることはできない。
「火を使うと暑くて汗をかいて嫌だから」という母の都合で、調理は私。どんなに疲れていても、私。
のろのろしていると、母の手や足が飛んできて、怒鳴られて、殴られて、蹴られる。
料理する時間は6時半という決まりで、だから門限があって、友人たちが飲みに行く背中をいつも一人見送っている。
台所には、いたるところにほこりが積もっている。食器棚にも、鍋にも、お玉やフライ返しにも、分厚い綿ぼこりが積もっている。
母は精神科に通院していて、幻聴が聞こえるらしい。その幻聴の内容や、母が便秘だの下痢だのというシモの話を、嫌な顔一つせず聞きながら、食事を取らなくてはならない。
実は私も精神科通いだ。ロヒプノール(睡眠薬)がないと絶対に寝られない。
今日した両親とのやりとりを書き出してみる(土日なので、父がいる)。
すると母が飛んできて、
「うわー、くっさい!なんてことしてくれるの!」
と騒ぎ出した。
いつもなら、ここで「申し訳ありません」と頭を下げる。
「電子レンジぐらい自由に使わせて。くさいとか汚いとか言わないで」
すると今度は父が飛んできた。
「お前ーっ!養われてる分際で何を言っとるんだ!!
ここにあるもんは全部俺のもんだ!
俺が外で働いてやってるんだ!
文句があるなら、家も学費も自分でなんとかしてみろ!
ったく胸くそ悪い!!(ほぼ一字一句再現)」
くさいって言われたら、嫌でしょう?」
とたずねてみたが、
と言われた。
豚汁は隅の方でこそこそ食った。
「養ってやってる」。小さい時からずっと言われてきた。
「養ってやってる」と言いながら、父は私の尻や足を触る。
例えるなら家庭内キャバ嬢という感じだ。
通学中の電車の中、夜寝る時の布団の中、父と母にされた仕打ちがぐるぐる回る。
小学3年生の時、父に包丁を突きつけられて、刺されそうになったこと。
その後、「あんたみたいな出来損ない、誰だって殺したくなるわよ」と言った母。
父に足首を掴んで11階のベランダからぶら下げられたこと。それを冷ややかな目で見ている母。
海に行くのを楽しみにしていたのに、母がカッターナイフで浮き輪を切り刻んだこと。
「俺は仕事があるんだ!出世できなくなったらどうする!」と怒鳴って、
何故か航空ショーを見に行ってしまった父。
買えなくて家に入れてもらえなかったこと。
それから。「大学受験の邪魔になるから」と言って、父が私の文鳥を殺したこと。
あの子の口から、血か内蔵かよく分からないオレンジ色のものが出てきて、目を見開いたまま死んでいたあの姿。
「文鳥ちゃんはあなたに勉強しなさいって教えるために死んでくれたのよ」とうっとりして目を輝かせた母。
来年、就活が始まる。就職したら家を出る、それまでは耐えなければ、と思うが、その前に折れてしまいそうだ。
ジプレキサを処方されているのは母であって私ではない。
ここに書いたことはほとんど事実だ。嘘だったら本当に嬉しいけど……
両親の作ったルールにも穴があるので(金銭管理がいい加減な家庭で助かっている)、
その隙を突いてこっそり飲み食いしたり、時たま起こる父の気まぐれでかろうじて生きている。
パソコンとネットは、リビングに置いてある父のやつを、勉強用(レポート書いたり、大学で配布されてるWeb問題集解いたり)という名目で借りている。
骨折以上の大ケガさせられて初めて「虐待だ」って言うもんだと思ってた。
これぐらい普通じゃないの?女ってこういう扱い受けるもんじゃないの?
だって、家で何か食べてると怒鳴られるけど最終的には食べてるし、大学だって行かせてもらってるし。
自分がどんなに怒ってても悔しい気持ちになってても、親の前ではへらへら笑ってなきゃいけないから、
なんかストックホルム症候群みたいになっている。
父や母も機嫌いい時は優しくて、急にケーキ買ってきたりして、
次の瞬間血相を変えて物を投げつけたりしてくるから、何が何だか分からなくなってしまう。
『母がしんどい』は本屋で立ち読みした。買ったのがバレたらヤバいので、自立してから買いたいなと考えている。
大学の保健室や相談室には、去年の5月くらいに相談に行ったよ。
今通院してる、保健士さん?がいる大きな精神科の病院でも相談した。
「かわいそうだね。頑張ってね」で終わりだった。
なぜ、こんな家にしがみついているかと言うと、私が無能で愚図でのろまだから。
せめて大卒にはなって最低限の専門知識を付けておかないと、まともに生計を立てられそうにないから。
普通の女の子みたいに要領よく何ごともサッサとできたら、高卒でも食っていけるのに。
「どうしてお前は普通の子みたいに要領よく何ごともサッサとできないの!?」「サッサとやりなさいよ!サッサと!」母の口癖だ。
もしかしたら、大学を卒業しても就職できなくて、風俗に沈んだりその辺で餓死したりするのかもしれないけど、
我慢して大学を卒業したら、その可能性は減るかなー減ったらいいなーと思う。
就職担当の先生には、なるべく遠くの企業に推薦してくださいとお願いしてある。
「昔から女性がする仕事だとされてきたような仕事は、たぶん君向いてないんじゃないか」って。
現代の若者は飲食店の冷蔵庫に入った写真を公開して馬鹿だバカだと叱られているが、昔は大学や山荘に立てこもって仲間を暴行したりして警察に突入されて、それをテレビで全国中継されていたのだから、大幅な洗練と進歩があったと言える。
http://twitter.com/masah/status/371855268063084544
学生運動もコンビニの冷蔵庫に入るのも同じ「自作自演の通過儀礼」であるとみなす考え方は、大枠は外していないと思う。問題はその自作自演の通過儀礼を行う層の学歴の低下だが、これには「大卒就職活動の激化」と、それに歩を合わせた「家庭的小規模産業の衰退」を原因として見て取ることができるのではないかと思う。
どういうことか。
まず、現代の大卒就職活動はじつに「通過儀礼」としてうまく働いている。「日常=大学生活」を離れ、「危険な場所=面接会場」に赴き、「宝=内定」を得て帰還すれば「大人=社会人」として認められる、という一連のプロセスは、多くの民族に見られる通過儀礼の構造そのものだ。これが多くの学生に普及した結果同年代の学力上位半分(大学進学者)にとって過剰な自作自演の通過儀礼は必要ではなくなった。これがひとつ。
もうひとつは、生活の隅々にまでロードサイドの大企業が進出した結果、これまで多くの低学歴な若者の雇用を吸収していた「家庭的小規模産業の衰退」を招いてしまった。彼らを雇い教育するのは血縁あるいは地縁でつながった「知り合いのおっさん」ではなく、本部から派遣されてきた「よく知らない兄ちゃん」に変わったのである。その結果「大人」であることの説得力は遥かに低下し、「ポカをやっておっさんにドヤされ、許される」という職業人としての通過儀礼もうまく提供されなくなった。よって彼らは「仲間内に過激なネタを提供する」という自作自演の通過儀礼に走らざるをえなかったのである。
この分析がある程度正しいとするなら解決策は一つしかない。すなわち、「職業教育の復権」である。学力階層の低い若者には、早いうちから「大人」に混じって働く機会を与え、あるいはまとまったスキルを与えてマックジョブ的な雇用ではなく「大人」の職場に吸収されるようにすることによって、彼らが「大人」になるのを待つしかない。
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「ローソンのアイス用冷蔵庫に入る男→契約解約及び当該店舗の休業を決定!」
http://matome.naver.jp/odai/2137384951250882101
もちろん話はそう単純なことばかりではない。この事例では馬鹿をやった若者は店長の息子だった。これは「家庭的小規模産業に吸収されたとしても、ちゃんと条件が揃わなければ通過儀礼は発動しない」ということをはっきりと指している。
加えて、大学生のアルバイトについてはここで述べた議論以外の対策が必要になる。
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ここで展開されている議論というのはすなわち、「社会全体が彼らにとっての教育の場となれ」ということである。むろん佐々木俊尚氏自身が著書で書いているように、国民国家が崩壊に向かっている現在ではそのようなことは不可能である。
高学歴低学歴の溝が話題に上るようになったのはネットの普及によってそういう違う世界の人が頻繁にふれあうようになったからなんだろうな(今更)。
彼の頭が良すぎて萎えて別れた この増田でもリアルの彼氏ではあるけれど、きっかけはtwitterだ。
インターネットってすげー。良くも悪くも。
一族の中に大学に行った者は自分以外には一人しかいない。それもFラン大学で中退してしまった。
父母も高卒。母はまあ、頭はそこまで悪くなかったのかもしれない。父は分数の計算が難しいといっていた。(一応言っておくけど勉強できなくても両親もそれぞれすごいところはあるよ。)
地元もまともに大学行く方が珍しい地域。行ってもいわゆるFラン大学がほとんど。
んで、自分自身は素性を無視して学歴だけ見ればいわゆる「高学歴」で、高学歴側の人間にまみれている。
すると結構びっくりするね。うちの一族が大卒ほぼいないのに対して、一族ほぼすべて学者とか、一等地の大きな旧家とかごろごろいる。
あと大きな会社の株券を持っていて、長いこと運用しているというのも低学歴社会的にはすごい。
もちろん自分みたいに一族の異端もたまにいるんだけど、割合的には良い家の方が多いね。
やっぱり生まれが違うってあるんだろうなあって思ってしまうよ。
ま、そんなこと気にしないのが賢いんだろうけどね。ちょっとコンプレックスだね。家族や親戚の中でも話が通じそうでうらやましい。血統書付きと野良みたいな勝手なイメージを持っている。
ただ高学歴側の人もつらいだろうと思う。たとえばもし高学歴一族の中で自分だけ低学歴だったら?とか想像するとかなりつらいだろうと思う。自分みたいな一族郎党阿呆ばかりな中なら国立大学行くだけで天才扱いだから自尊心の見たされ方は同じレベルでもかなり違いそうだ。