はてなキーワード: デンプンとは
リーディングスキルテストの件、みんな興味の持つところで各々考察したことを書きこんでおり、ほくほくしながら読む次第。
さて、一文の中に専門用語が多いと脳のメモリーが大幅に占められて苦しいなんてコメントも散見されるなか、「読解には知識が必要」な側面はもちろん存在するだろうが、「知識があるなら読解は可能」なのだろうか。
そこで、軽く身内でアンケート調査を行ってみた。結論を言えば、「知識があれば読解力は上がるが、必ずしも読めるようになるかはわからない」だ。
(元のリーディングテストの焦点は知識の有無ではなく読解力そのものに対する調査であるので、もちろんこのようなことは元調査の中で解析されているだろう。しかし、いまいちはてな上では欲しい情報が見つけられなかったことと、自分の身の周りの実感にも少し知見を得たかったため、素人の眉唾ものにはなるにしろ、独自にアンケートを取ってみた次第。)
この調査は同程度の読解力が必要な設問に対して、専門知識の有無により正答率がどのように変化するかを調査した。
具体的には、イカの二つのアンケートをTwitter上にお昼に投稿し、夕方、深夜にその投稿を同タイムライン上で周知した。投票期間は1日とした。
「アミラーゼという酵素は、グルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースでできていても、形が違うセルロースは分解できない」
「スプラッシュボムというサブウェポンは、スペシャルウェポンにスーパーセンサーを持つN-ZAP85と相性が良いが、同じスーパーセンサー持ちでも、性能が異なるハイドラントとは相性が良くない。」
前者のアンケートは9/25/12:15に投稿し58票を、後者のアンケートは9/26/13:20に投稿し62票を獲得した。
(属性に関する補足)
私のTwitterアカウントはフォロワー数が約200名であり、その9割以上がスプラトゥーンを愛好する人達である。生物の専門知識に欠け、スプラトゥーンの専門知識に長けている人達の集団として本調査に適していると思い、調査対象とした。
年齢は高校3年生程度~30代で、20代前半がメイン層と思われる。男女比はおよそ1:1。社会属性は中卒ニートからお医者さんまで幅広く、完全な貧困層はいないと思われるが約1割程度は母子家庭等で貧困層に近いと思われ、約1割は高学歴と思われる。
スプラトゥーンのウデマエは1割程度がS以下で9割がS+以上で、そのうち2,3割はS+99経験者で、1割はフェス100傑勢、5人はフェス1傑勢である。要するにガチでやりこんだ人が多くイカした知識には申し分ない。(なお余談だが、体感的にはウデマエと学歴にはあまり相関がないように感じる。)
(1票につき2%弱の得票率向上となる。C セルロース については本来グルコースとすべきところを転載ミスした。B スーパーセンサー とC スプラッシュボム についても元と同じ設問構造にするならば順番を入れ替えるべきところだがミスした。)
Twitter上で投稿したところで、興味ない人は飛ばす、内容が読めないがアンケ結果が見えないストレスとの間で揺れて適当にクリックする、元調査と違いじっくり考えたり時には調べたりなども可能等、様々な要因により正答率は一般的ではないだろう。母数もたった60人程度だ。
しかし、ほんとにデンプンアンケを読めない人が(高校レベルが一般人レベルと仮定して)7割もいるだろうかという疑問に対しては、正答率6割であったことが自分の実感には合致した。
(例えば「杞憂」が読めない上に説明しても理解できない大人もこのコミュニティにはいらっしゃるし、そういう人も含めて自分の所属文化圏外の日本国民一般を感じる。だいたい5,6割くらいは正解するかなと思っていた。)
しかし、荒れた学校の不良のような人は対象内には皆無だし、そういったある一定のコミュニケーション能力を有した集団であることも考えると、国民全体でみるとやはり正答率は3割程度なのだろうか……。ご意見求む。
本題、考察したいのは、イカ用語書き換え版アンケにおける正答率についてである。
スプラトゥーンを熟知した者にとって、ハイドラントとN-ZAPがメインウェポンとして同類であり、「スーパーセンサー」というスペシャルウェポンや「スプラッシュボム」というサブウェポンといった別分類のウェポンとメインウェポンを性能比較することが文脈にそわないことは瞬時に理解できるであろう。
さらに、イカアンケはデンプンアンケ終了後に行ったため、ツイートに興味を持つ層の変化等はあれど、正答に有利な状況とはなっているだろう。
しかし、正答率は84%である。その中で62人中10人が誤答した。これら10人は果たして不真面目なクリックによるものだろうか。
デンプンアンケ、Cの選択肢を転載ミスする愚行を披露したが、「セルロースはセルロースと形が違う」と回答する者が5%(2名)いた。
答えてくれた方の中には「矢印以降の選択肢を見て頭が混乱した」との感想をくれた方もいたが、さすがにセルロースをまじめに選ぶことはないだろう……?
各選択肢に対して5%程度不真面目な回答が入ると仮定すれば、イカアンケにおける正答率はおよそ100%と認めることができるかもしれない。
しかし、個人的にはそうとは感じない。(どうすれば不真面目な回答率を確認できるだろうか?天の川アンケも行うべきだったかもしれない。((天の川銀河の中心には、太陽の400万倍程度の質量をもつブラックホールがあると推定されている。→天の川銀河の中心にあると推定されているのは(天の川 銀河 太陽 ブラックホール)である。 正解はブラックホールであり、正答率は中学でも100%)))
知識があっても、あの構文が読めない人がいるかもしれない。((少し混乱するかもしれないが、つまりは「AであるBは、CであるDをEするが、Cであっても、FであるGをEしない」という文の中でDとGだけが同じ集合に属しFは同じ集合内でのみ要素を結合できる演算であるとき、読解できない人はFの現在所属している集合を理解できない、的な。私は数学全く知らないので言葉を間違えてたらごめんなさい))
読めないとしたら、マニュアルが読めないなど、カラー分断の危機は本物ではないだろうか。論理的に矛盾した言動で感情を煽る政治家を支持してしまうのではないだろうか。
私は貧困家庭の方ともTwitterを通じて友人となったが、彼や彼女からは生活保護受給の申請すらままならないほどの忍耐力と先を見通す力の低さを感じた。目の前の欲にすぐ溺れる。でも同時に、とてもつらい思いをしながら頑張っているということも感じた。
バイト先から正社員に昇格した人たちが、プレゼンなりの資料作成のような業務に四苦八苦していて今にも逃げ出しそうだ。
体感的に、多分彼らは今回の文は読めない。読む気が起きない。
読解力の向上で救える福祉、救える命はあるだろうか。
読解力がそういった問題の原因の一つとしていいだろうか。
なんにせよ、実情をもっともっと知りたい。いろんな人のいろんな考察をみたいな。みなさまの引き続きのホットエントリ入りをお待ちしております。
参考
アミラーゼが酵素であること、デンプンやセルロースがグルコースでできていることは、中学・高校の理科・生物・家庭科で習うレベルの知識だよね。
それに日頃から栄養や健康に関心を持ってる人なら、アミラーゼ・酵素・グルコースだのはわりと身近な知識。
文章としても悪文ではないし、知識としても基本中の基本で、読み間違える余地がない。
元増田です。
「名詞(化学用語)を改変するのはまだしも、動詞(一般用語)まで改変するのはやりすぎでは?」
といった意見をいただいた。
確かにその通りで、「専門用語は理解できないが一般的な語彙はある」のと「一般的な語彙すらない」のとでは次元が全然違うので、そこを区別せず一緒くたにしてしまったのは乱暴だったと反省している。
また、それに関連して「形が違う」を「塔匿が目む」に置き換えてしまうとそもそも問題が成立しないのでは? という指摘があった。
これについて説明をしておくと、「違う」という言葉は使わなくても、きちんと意味の通る文章にはなる。
理解しやすいようにサンサンポではなくアイマスを使った例文にしてみよう。
あなたは天才理系アイドルの池袋晶葉にコチョモンプするが、同じ天才理系アイドルでも眼鏡をかけていない一ノ瀬志希はコチョモンプできない。
これは、次の文とほぼ同じ内容である。
あなたは天才理系アイドルの池袋晶葉にコチョモンプするが、同じ天才理系アイドルでも眼鏡の有無が違う一ノ瀬志希はコチョモンプできない。
このように、「違う」という言葉は使わなくても、池袋晶葉と一ノ瀬志希の違い(デンプンとセルロースの違い、モロロとサンサンマーロの違い)は問題なく表現できる。
しかし、今回の問題文は「セルロースは( )と形が違う」というものであった。
これを置き換えて「一ノ瀬志希は( )と眼鏡をかけていない」とすると、残念ながら日本語として破綻してしまう。
つまり「同じ茫便から絆めていても、塔匿が目むサンサンマーロはコチョモンプできない」という文自体は成立しうるが、「サンサンマーロは( )と塔匿が目む」という問いは日本語としておそらく成り立たない。
(「目む」が、「異なる」のように「違う」の類語であるなら問いの文も成立する)
グルコースがつながってできたデンプンは、アミラーゼという酵素によって分解できる。
セルロースもグルコースからできているが、デンプンと形が違うため、アミラーゼでは分解できない。
★ セルロースは( )と形が違う。
日本の国語教育は読解力ばかり鍛えようとしてるが、そもそも読解力なんてのは知識をつければ勝手に向上するし、それ自体鍛えようがないといっていい。
AI翻訳で確かにこの手の文章が苦手なやつ多いし、もっといえば産業翻訳でこの構文苦手による人間誤訳を見かける。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
★ セルロースは( )と形が違う。
2ch書きだったら
「アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するんだ。しかし、セルロースは同じグルコースからできていても形が違うのだ。
だからアミラーゼはセルロースは分解できないんだ!(ナンダッテー)」
「アミラーゼという酵素はグルコースの連鎖したデンプンを分解(ディスアセンブリー)する。しかしセルロースは同じ原料でも形が違う・・・
まるで将棋じゃないか!」(すまんネタに走ったしこれはテレビ版だった)
くらいまでかみ砕いてやったほうがいい(と編集にも言われるだろう)。
ちなみに、もとの問題で一番多かった誤答は「アミラーゼ」である。
「形が違うセルロースは分解できない」という最後の部分だけ見ると、①「(アミラーゼと)形が違うセルロースは(デンプンを)分解できない」とも②「(アミラーゼは、デンプンと)形が違うセルロースは分解できない」とも解釈ができる。
①で解釈をしてしまった生徒が「アミラーゼ」を回答に選んでしまったのだろう。
もちろん、「同じグルコースからできていても」という記述が手前にあるので、「グルコースがつながってできたデンプン」という記述と合わせれば②が正しいことはきちんとわかる。
なので、文章が正しく読めれば正答は導けるのだが、セルロースは酵素ではなくデンプンのようにグルコースがつながってできているという正しい知識があれば、そもそも①の解釈が思い浮かぶことがないので、より容易に正答にたどり着ける。
やはり、知識こそが読解力を左右する。
「塔匿が目むサンサンマーロはコチョモンプできない」という最後の部分だけ見ると、①「(サンサンポと)塔匿が目むサンサンマーロは(モロロを)コチョモンプできない」とも②「(サンサンポは、モロロと)塔匿が目むサンサンマーロはコチョモンプできない」とも解釈ができる。
①で解釈をしてしまった生徒が「サンサンポ」を回答に選んでしまったのだろう。
もちろん、「同じ茫便から絆めていても」という記述が手前にあるので、「茫便が槽けて絆めたモロロ」という記述と合わせれば②が正しいことはきちんとわかる。
なので、文章が正しく読めれば正答は導けるのだが、サンサンマーロはマニョルではなくモロロのように茫便が槽けて絆めているという正しい知識があれば、そもそも①の解釈が思い浮かぶことがないので、より容易に正答にたどり着ける。
やはり、知識こそが読解力をコチョモンプする。
例えば、以下のような問題があるらしい。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
★ セルロースは( )と形が違う。
確かに、少なくとも「知識があっても、文章の意味が分からないと解けない」問題にはなっている。
(デンプンもアミラーゼもグルコースも酵素も、いずれもセルロースとは形が違うので)
ただ、そもそもの「文章の意味が分かる」ためにはある程度の知識がないと厳しいのではないだろうか。
サンサンポというマニョルは茫便が槽けて絆めたモロロをコチョモンプするが、同じ茫便から絆めていても、塔匿が目むサンサンマーロはコチョモンプできない。
★ サンサンマーロは( )と塔匿が目む。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
これが所謂『読みづらい』と思われる原因は、おそらく1つの文章内に要素が複数あるからだと思う。
先に例示すると、以下のような書き換えになる。
具体的に意識しているのは、以下のこと。
他にも意識してることは多分あるだろうけど、とりあえずパッと思いついたことだけ。
小説とか表現が必要なジャンルは別だけど、基本的に意図したことが伝わらなきゃ意味がない。
グルコースと間違えたグループは、グルコースとセルロースの名前が似ているので「同じグループに属するが異なるもの」という先入観があったのかもしれない。
たぶんNoだと思う
考え方はおそらく以下の通り:
「同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。」
A. セルロースを構成する要素で、(AそのものとAからできたものは"違う"という常識的な帰結の通りに)文中で形が違うと明言されているグルコース
彼ら彼女らの頭の中ではデンプン云々は補足情報あるいはヒッカケであり、セルロースはグルコースからできていて、形が違うと説明されてると読み取っている
http://www.nii.ac.jp/userimg/press_20160726-2.pdf
仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。
これは読点じゃなくて中黒を使えって話では。
オーストリア、次いでチェコスロバキア西部を併合したドイツは、それまで対立していたソ連と独ソ不可侵条約を結んだうえで、1939年9月、ポーランドに侵攻した。
これは「A、次いでBを〜〜」という構文を知ってるかどうかかな。
それを知らないと最初に書かれた「オーストリア」を主語だと思ってしまう。
「不可侵条約」の意味が分からなくて、ドイツがソ連に依頼してポーランドを攻めてもらったと解釈したのかな。
(追記)「目についた単語をわけも分からず選んでいる」というのを否定するために、わざわざ間違えた子どもの思考経路を考察しているんだけどな。次のアミラーゼの問題なんかは明らかに「何らかの思考の結果から間違えたんだな」というのが出ている。そりゃあ子供が間違える理由を「何も考えてないから」とするのは楽だろうけどさ。もうちょっと考えようよ。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
グルコースと間違えたグループは、グルコースとセルロースの名前が似ているので「同じグループに属するが異なるもの」という先入観があったのかもしれない。
「アミラーゼはグルコースを分解するが、グルコースとは形が違うセルロースは分解できない」みたいな感じか。
アミラーゼと間違えたグループは、「Aは○○だが、Bは××である」構文と勘違いしたのだろう。
つまり「アミラーゼはデンプンを分解するが、形が違うセルロースは(デンプンを)分解できない」と読んでいる。
「同じグルコースからできていても」のあとの読点を付けなければ多少はマシになったかもしれない。
中学生のほうが「読めてない」度が高い間違いをしているのは納得できる。
これはほぼ全員が正解。
「多くの生徒がまじめに取り組んだことがわかる」というか「ごく普通の短文なら間違えない」ということだと思う。
米の甘みって言うけど、そら確かに米のデンプンが口の中で糖に変わるわけだけど、甘みを感じるほどじゃないと思うんだけど。
俺白米大好きなんだけど、甘いと思ったことはないんだよね。なんか別の味がする。米の味なんだよな。甘いというのはわからない。感じない。
俺以外が全員米を甘いと感じているなら俺が味覚障害なわけだが、本当に米って甘いの?
・コンビニで常に売っているので対抗しづらい。コンビニはチンしてわたしてくれる。
・サイゼリヤでもミラノ風ドリアが激安290円くらいで売ってる。
・デンプンをアルファー化した上で乳化した食品は非常に腐敗しやすい。ホワイトソース(ベシャメルソース)は味がかわったり離水しやすい。夏はちょっと放置するともう酸っぱい。
・「カバンにいれておいたら漏れて契約書がめちゃめちゃになったが、どうしてくれる」というモンスタークレーマーがくる
・オーブンから出したて熱々が食べられる店を売りにする場合はオーブンで中まで熱々にするのに時間がかかりかつ人間は冷まさなければたべられないため席の回転率がわるい
人とコミュニケーションが取れない、楽しくない。
そう思うようになってずいぶん経った。
きっかけははっきりと覚えていて、中学生のとき人間関係でトラブルを起こしたことが原因だ。
それ以来、自分からコミュニケーションをとることに対して臆病になった。
原因はもう忘れてしまったが。
僕は仲直りするきっかけを見いだせず、意地になって謝ることもできず、
Bとは口を利かなくなった。
その後、理科の授業で、唾液のデンプンを分解する作用に関する実験があった。
班員のうち二人の唾液を混ぜても、分解できるか実験してみろ、
というような指示があった。僕はAと同じ班だった。
一人はもう一人の男子が手を挙げた。
もう一人は誰も手を挙げなかったので、
じゃんけんで決めることになった。
じゃんけんは僕が負けた。
でも、僕は唾液をさして仲のよくない男と混ぜられるのが気持ち悪くてしかたなかったので、拒絶した。
今思えば、じゃんけんに参加した時点でそれを拒否することは筋の通らない話だと思う。
でも僕は、うまくいかない人間関係や、思春期の慢性的な不安から来るイライラといった身勝手な理由で自分を正当化し、
「お前、もういいわ」
僕の身勝手さに愛想を尽かしたAはそう言って、自分の唾液をビーカーの中に吐いた。
その日Aと口を利くことはなかった。
今回は100%自分が悪いという自覚はあったが、またしても謝ることはできなかった。
この日のうちに謝ることができていれば…と今でも思う。
たった一日の間に、急激に変わってしまったクラスに僕はただただとまどい、呆けるしかなかった。
とりあえず、寝たフリをしたり、意味もなく学校内を徘徊したりして、やり過ごした。
Bとの喧嘩はともかく、Aへの一言には後悔しかなく、謝りたいと思ってはいたが、
あまりの劇的な変化に、僕は怯えてしまい、逃げることしかできなかった。
筆記用具を壊されたり。
僕の机だけ掃除のあとイスが降ろされていなかったり。
体育の授業で卓球があったが、どこにも入れてもらえず、50分間壁に向かって打ち続けたり。
酷いあだ名で呼ばれたり。
AやBから無視されたり、何かされたりするのは仕方がないと思っていたが、
怖くて怖くて仕方が無くて、僕は前述のように逃げることしかできなかった。
気が付いたときには自分一人ではどうにもできない状態に外部も自分の内面も変わってしまった。
僕は自分の意志ではないが、親の言うことを聞いて勉強はそこそこやっていたので、
勉強を頑張って他の同級生がいないような高校に行けば、やり直せると思っていた。
だからどんなに辛くても勉強は続けて、中学の同級生が数人しかいない学校に入った。
けれど、原因を作ったのは自分とはいえ、誰も助けてくれなかった、もしくは攻撃してきた
大多数の他人への不信感から、僕は人と積極的に関わる意欲を失っていた。
僕は高校時代、話したことが無い人には一度たりとて、自分からは話しかけなかった。
高校1年のときは、みんな友達がいないので、話しかけられたし、それをきっかけにして、
話す人ができた。
けれど、進級するに従い人間関係が固まってくると、そういう消極的な姿勢では
友達の少ない僕はどんどん浮いた存在になった。3年生の時には、クラスに友達が一人もいなかった。
3年間高校に通ったが、何の思い出もできなかった。
大学では学部ではぼっちだったが、入ったサークルには少しだけ馴染めた。
どこか自分と似たような、これまでの学生生活に馴染めなかった人が集まるようなサークル
だった。
そこで人の優しさに触れたり、人と何か協力して物事に取り組んだり、飲みにいったり。
やっている活動自体はあまり楽しくなかったが、そこにいる人たちは好きだった。
けれど3年になって、サークルを引っ張る立場になると、僕はそのプレッシャーに負けた。
また心無いことを言う人間が、年下とはいえきっと僕より濃い人生を送ってきた後輩に何か教えるなんておこがましい
とも思っていた。自分のつまらない劣等感・コンプレックスを克服できなかった。
一応最後までやり遂げたが、かたちだけだったと思う。
直接接した後輩とは最後まで打ち解けることができなかった。
高校よりは自分の中に何かが残った大学生活だったが、悔いは残った。
すっかりコミュ障となった僕は就活では苦労したが、生存本能の為せる業かどうにか自分に嘘をついて
けれどコミュケーションが取れない、愛想はない、仕事もできないで肩身は狭い。
他人のことは怖くて、外にいるだけで疲れる。
友達もいない。
彼女もいない。
今僕は24だが、このままいくと何にも楽しみを見いだせず、
会社では疎まれ、やがてはクビになり、プライベートはずっと一人で、
死んだ顔のまま、年だけを重ねたおぞましい中身空っぽのオヤジになって
誰に気付かれることもなく死んでいくのが容易に想像できる。
「聲の形」という漫画を読んだとき、まさに自分のことだと思った。
石田は自分のしたことに向きあって人の痛みを知る、立派な青年となって、
成人式をトラウマとしか捉えられず欠席した、逃げるしか能のない男になった。
年を重ねれば重ねるほど、可能性は失われていく気がする。
気の持ち様次第で、年を取ってからも自分を変えられる人もいるかもしれないが、
そのハードルはどんどん高くなっていく気がする。
どんどん上がるハードルを目の当たりにして、これから先僕はどんな人生を歩もうか。
どんなことになろうとも、天寿を全うする。
私は料理に違和感を覚える。料理っていうのは、複数の素材・調味料で作られる。私は食べ物は一種類ごとに食べたい。
料理は複数の素材が一度に口に入る。これをどう思っているんだろうか。味をちゃんとわかっているんだろうか。
例えばデンプンとアミノ酸と油、それぞれ味があるよね。私はこれをそれぞれ味わいたい。一緒に食べると、味の価値と言うか、意味が解らなくならないか。
スープとかソースとか複数の素材を煮出すものがある。ちょっと言葉が悪いが、これは下品な食べ物だと思う。
要するに、素材ひとつひとつの味を大切にすべきではないか? というのが私の意見だ。糖類は一種類ずつ、アミノ酸も一種類ずつ、脂質も一種類ずつ、味わいたい。
今回はインスタントラーメンのおさらい関連。
真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。
1.忠実に作らない
2.味見をしない
3.味オンチ
4.そもそも飯の「美味い」、「不味い」という概念に関心がない
説明どおりに作ったのに、なぜ?と思うだろう。
知らない人が多いが、ラーメンって伸びるんだぜ。
そして、麺が汁を吸っている。
麺の質量が多ければ、その分どんどん麺は汁を吸っていってしまうからな。
ラーメンを作る→食べる場所まで持っていくまでのプロセスに時間がかかるようなら、それを踏まえて茹でる時間を調整したまえ。
麺などの小麦はちゃんと火を通さないと消化によくないが、だからといって不味いラーメンを食べるのも健康によくないからな。
トッピングは君にはまだ早い。
だが、その野菜炒めを作ってラーメンに加える時間と、ラーメン自体を作る時間を上手いこと調整できるか?
片方ずつ作っていたら、伸びたラーメンか、油が悪目立ちした野菜炒めのどちらか、或いはどちらもが出来るわけだが。
あと野菜炒めに使う野菜の水分を考慮して、その分ラーメンのスープを濃い目にするか、或いは野菜炒めの味付けを濃い目にするとかがちゃんとできるのか?
そこにまで考えが及ばないから、及んだとして上手くできないから、初心者のうちはやめたほうがいいといっているんだ。
普通に作ることすらできないのに、なぜアレンジする……まあ答えよう。
なぜ味が薄いかというと、単純にスープに使っているお湯の分量が多い。
その作り方で、麺を茹でるのに使うお湯と同じ分量を、スープに使っていたらおかしいのはさすがに分かるよな?
茹でるのに使うお湯の分量は、麺が水分を吸うことを計算に入れた上で設定されている。
つまり実質の水分は、茹で上がった麺+スープになるわけだから、茹でるのに使ったお湯の分量=スープの分量という考えでは明らかに多くて味が薄くなるわけだ。
後もう一つあって、その作り方だと麺を茹でた際のデンプン的なものがスープにほとんどない。
あれを麺を茹でたお湯ではなく、普通のお湯で溶かして飲んでみるといい。
「なんだか物足りない」と思うだろう。
つまり茹でた麺から浮き出る油やデンプンには、それだけの旨み(?)があるわけだ。
それを補うためには、実際よりもやや濃い目に作らないといけない。
最終的には好みだが、私なら袋に記載されたお湯の分量の半分以下でスープを溶かすかな。
もちろん、麺はしっかり湯切りしたまえ。
仮に濃すぎても、つけ麺風に食べることもできるし、後で割って調整も出来る。
炭水化物が糖質の大半を占めるからって抜こうとする人多いけど、炭水化物はいわゆる多糖類と言って糖質の中でも比較的食べてもいい糖質です。
ダイエット程度の糖質制限で一番に注意すべきは単糖類やショ糖類。つまり主に砂糖や果糖。
この辺を理解してなくて、とりあえずご飯、パン、麺を抜けば痩せると思ってる人多いけど、悪いけどそれは糖尿病まっしぐらな危険な行為です。
健康の為のダイエットで身体を壊しては元も子もありません。今すぐに止めましょう。
その理由と解決策を簡単にまとめてみました。
・脳へのリスク
よく言われるのが、脳は糖を栄養としているということ。
当然ある程度糖を摂らないと、鬱になりやすいし脳自体にダメージが起こりえます。
だから、糖質が全くない生活とういのは健康な人にとっては自殺行為に他なりません。
これらはいわゆる単糖類、ショ糖類と呼ばれるもので、摂取後の血糖値を乱高下させるものです。
糖尿病のメカニズムを簡単に説明すると、膵臓に負担がかかることでインスリンの分泌が正しく行われない状態のことを指します。
未だに勘違いしている人が多いかも知れませんが、糖分の過剰摂取が糖尿病の原因ではありません。
血糖値の乱高下による膵臓の疲弊こそが最も原因として多いのです。
あなたがもし炭水化物を摂らないとすれば、身体の中の血糖値は徐々に低下していきます。
そうすると脳が糖分を欲しがるがために、甘いモノが食べたいという命令を出します。
そこで炭水化物を摂るべきではないと考えた結果、砂糖や果糖などを摂取するとどうなるでしょうか。
血糖値は一瞬で高くなり、膵臓は焦ってインスリンを分泌します。
不足から過剰、そして不足までを一気に駆け抜けることになるのです。
こうした状況が常態化していくことで、いつの間にか膵臓は疲弊し、インスリンが正しく分泌されない状態、つまり糖尿病へと至るわけです。
実際、私自身これが原因で体調を崩しそうになりました。
しかもとても残念なことに、こうした生活を続けている限りは食事の量をいくら制限してもほとんど痩せない身体になっていました。
おそらくは内蔵に負担がかかることで正しくカロリー消費ができない状況になっていたと思われます。
その間、下痢、倦怠感、肩こり、むくみ、寝不足、鬱、抜け毛、肌質の悪化など、実に様々な症状に襲われました。
・解決策
脳にとっても、糖は欠かせないものです。
ではどんな糖を摂るのが良いのでしょうか。
ここで登場するのが多糖類と呼ばれるもので、主に炭水化物に含まれるデンプンなどを指します。
説明は割愛しますが、これら多糖類は分解に時間がかかるのが特徴です。
つまり、血糖値の上下が緩やかになることで、膵臓への負担が少ない糖と言えるわけです。
そうした食品を調べるのにあたって、一時期話題になったGI値が便利です。
これが高い食品を意識して避けるだけで、血糖値の乱高下を抑えることができます。
・わたしの場合
ということで、今の食事状況を書いておきます。
目覚めは水か野菜ジュースを一杯程度。
空腹が我慢できなくなったらナッツを10粒程度。(これ結構重要かも)
夜食は炭水化物を摂取しない。また、人参、玉ねぎ、じゃがいもなどGI値の高いものは意識的に避ける(最低限に抑える)。
それに加えて、朝昼晩とも、葉物野菜、主に鶏肉か赤身の肉、魚、玉子などのタンパク質を平均程度食べています。
ちなみにはずかしながら晩酌は毎晩焼酎を2杯程度。休肝日は月に2~3回です。
だんなも同じような食生活ですが、すっかり体調がよくなったと言っています。
なんと、こうした食生活を守ることで様々な不調が一気に解消し、しかも以前より食事量が多くなったにもかかわらず体重がいい状態でキープ出来ています。
炭水化物カット、単糖類で糖質補充をしていた頃は、どんなに食事を抑えても徐々に体重は増え続けていました。
以前のように身体が急に糖分を欲しがるような中毒に似た症状もなくなり、精神状態まで安定しています。
しかも週に一度くらいなら何も考えずに食事を楽しんでも、2・3日もすれば体重が元通りになるようになりました。トイレでも立派な一本糞に出会えます。
あくまでわたしの例ですが、炭水化物カットの話を聞くと体調が悪かった頃の自分を思い出して辛くなってしまうのでまとめてみました。
ご参考までに。