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はてなキーワード: 死にたいとは

2023-11-21

anond:20231120200017

ワイもほんまに死にたくないわ~

SNSとかで毎日死にたい死にたい言ってるやつの命をオラに分けて欲しい!!

2023-11-20

31歳で月給8万前後リアリティ

今年の夏は生まれから31年目を迎えた。前に「失業」してから4年経とうとしている。その失業した仕事契約社員を2年、それ以前はアルバイトで4年近く働いてて一番長かった。どちらも複数理由で辞めたけど、片方は天災も絡んで色々厳しかった。


失業元年は失業手当を受けとれた。東京家賃が安い穴場に住んでいるが、感染症蔓延したり、オリンピックが強行されたりして、公共交通手段積極的に使うのは憚られる時期だったし、元々フットワークが重い方なのでその時期の生活には馴染んだ。

初めはいやな仕事から解放された喜びが大きかったし、まずは通勤から解放を噛み締めた。続いて自炊家事ライフライン見直し選挙に行く、体調に合った健康的な食生活=結果金がかからなくなったりとか、預金とか、やらないと損するポイ活に渋々着手とか。生活を色々変えてゆき、その余裕ができたことに恩恵を感じ(早く辿りつきたかった悔しさ混じりではあるが)喜びはあった。


その後、去年は貯金旅行に行ったが、一度前日や旅先で眠れなくなって不調になり、戻ってから11連勤の倉庫作業で金を稼いだ。それは電車で数駅、混雑と逆方面だったから、やればできてしま早起きをやった。夏に冷房のない過酷環境だったが、ウォーターサーバーや塩飴から配慮を感じられたこともあり、熱中症や指の痛みに耐え、残業も全部出た。最終日の帰りには酒を10杯くらい飲み路上に座る、という金銭面にも身体面にも代償を出してしまい、しばらくは自責の念が止まらなかったけど、今は喉元すぎて、場所の思い出になった。


久々に働いた勢いで、一度は試したかったチャリ通勤の範囲アルバイト半年やった。展覧会監視業務。近所で落ち着いた環境で試しに働くことを重視して始めたが、何もせずに座ってる時間が多すぎたのと制服がないのにそれっぽい格好を求められるのが面倒で、ずっと続けることは考えられなかった。3ヶ月の休止期間に入ったこともあり辞めてしまった。


今年の春は催事に挑戦した。呼び込みが必要食品販売大学生の頃に事前講習で泣きを見て(大きい声を出すのが苦手)避けていたのだが、表情がマスクに隔てられていること、書類提出だけで済むことに背中を押された(そういう派遣は昔より増えたように感じる)。割りが良かったから二ヶ月半関わったけど、雇い主は高圧的で人生最悪の労働が発生したり、待機が長すぎたり。催事性質上先が見えないこともあり途絶えてしまった。


いまは月に10万も稼いでいない。業務委託の時間固定報酬で、国民健康保険に加入してて、将来貰えるかわからない年金は止めっぱなし。


現在仕事の合間を埋めれるもので、且つひとつでも長所のある求人があれば応募しているけど、中々面接に漕ぎ着けない。履歴書形式破りが悪いのかとか(大幅に手を加えてしまっていたが、過去に受かるものはあったので気にかけてこなかった)、8年前の証明写真の口元の歪み(静止して撮られるのが大の苦手だ)を素人レタッチしたりとか、こんなことで査定されたくない気持ちと、かといってこんなことで弾かれたらひとたまりもない気持ちが、長すぎる毎週末(土〜月)の間にそそのかしてくるから最近は応募のたびにアップデートしてみてもいるが通らず。大学卒業後のいわゆる就職活動が嫌でやらずにきているか経験が乏しいけど、求人応募は「お祈り」の経緯が示されないから、一方通行で学びもなくてしんどいなと思う。


自分は今、図書館をありがたく思っている。電車通勤はいつもすれ違っていたのに、今年まで利用することはなく、その豊かさを知らなかった。本を知って読みたくなったときには、その時に脈々と流れていたムードが発端だったりするけど、買わなかったり忘れたりする。図書館では値段とかどこで手に入るかとか気にせず、どんなジャンルの本から手をつけてもいいなんて最高の状況。高い住民税を払ってきた理由の一部をここには見出せる。


Podcastバイトの休憩の食事時間を埋めるのに聴いたこから、触れる時間が増えた。集中行動が気まぐれなので、興味があるのに未着手のコンテンツはありあまっている。ちなみに自分ストリートビュー高校生の頃から好きで、それを含めたら手をつけていないコンテンツがありあまっているといえる。自分がたのしませてもらってる創造物の作者に還元できたらしてみたいと思うけど、それを中心に据えれば何してでも働くとはなれないし、働いていたときにどれだけ還元してたかと思うと失業する先を見越して、今より懐が狭かったようにさえ思うからあきれる。


お金があると、やりたいことは色々発生してくるし、それに付随して近視眼的にお金を使う。そして旅の休暇は短い。お金がないと、情報とか近所のもので満足してしまうようやりくり上手になるのかも。近所を観光するようになる。時間は余りがちで、金を要する欲望はどんどんしぼんでいる。いつか遠くの街や、別の住処に引っ越したいとか、いつかチャリ以外の乗り物運転できたらいいねとか。確固たる「自分ひとりの部屋」は体験したいがそれさえ忘れがち。憧れも順位も大変ボンヤリしている。夢だとか何かを絶対やりたいって意欲的な感情はなく、希死念慮が老後の不安なんかは覆い隠している。実際に金をつくってやってみるしかないんだろうな。


多分そう。この生活を続けるのも、これ以上何もしないわけにはいかないんだろうなと立ち返る。また眠れなくなると辛いしたまに人に会うとき眠いと困るから、今ある服が入らなくなると面倒だから、週4日はまじないみたいにきんにくんの筋トレ(3年目)して体力を消費する。隙あらば「死にたい」と口にせずには生きられないし、これ以上健康体になってどうするのか、とも考える。一方で、自分は寄りかかってる人々に対して無責任すぎるのか、とも考えてみる。一人と折半生活している、インフラ(という名のケア)の十分な都市に住んでいるという事実以外で、個人との繋がりは希薄で、日々老いていくなか孤立無縁を分散したり予防できてないから。さあ働くのかどうか。

死にたいと思って家を出たけど帰ってきた

嫌なことがあったわけではないが、死にたい、という漠然とした悩みがあった。

正確な時間は覚えていないが、夜にその気持ちピークに達して、死にたい気持ちが頭を支配した。

本当に死んでしまったら大切な家族迷惑がかかるから死ぬ前に誰かに相談して、思いとどまろうと思った。

死んだ後もお金がかかってしまうから、というのもあるし、私と違って私の家族はいい人なので、家族力不足のせいで私が死んだとか思われるのは嫌だった。

私は、自分の内側の大切なところを声に出して話そうとすると喉が詰まってなにも言えなくなる。電話相談しても、きっとなにも話せないだろう。無言の時間が続いて、結局何も話せず切ってしまったら、相談を受けようとしてくれた人や、私が話していたせいで話せなかった私よりももっとつらい人に申し訳ない。だから文章相談できる場所を探した。

まず、前から入れていたオンラインカウンセリングアプリを開いた。オンラインカウンセリングは、どこも料金が高い。仕事をしておらず、親に面倒を見てもらっている私にとっては、すごく高い。こんなものなのだろうけど、3回のやりとりで数千円とか、何回もやりとりするなら月に二万円近く払うとかは、私にとっては高かった。このお金を払うとしたら親だ。親に迷惑をかけたくないから他の誰かに相談して解決したいのに、それをするために親に迷惑をかけていたら本末転倒だと思った。借金して未来お金を返すとしても、中学のころから週五日、あるいはそれ以下の日数で学校に通ったりバイトしたりしようとしてはすぐに通えなくなって引きこもっているこんな私に、それができる保証はない。カウンセリング成功して踏みとどまれるかもわからない。

からお金を払ってカウンセラー相談するのは一旦諦めて、無料だった、AIを使って自己分析する機能を使った。相手人間でなくても、気持ちを吐き出したら冷静になれるかもしれないと思った。スマホ代を払わせるのも申し訳ないと思いつつ、機能を使わせてもらったが、あまり落ち着けなかった。私の問題解決するにはおそらくこのAIでは力不足なんだろうと思った。

厚労省サイトから、並行して無料相談できるサービスメッセージを送った。三か所。「込み合っていて返信に時間がかかる」と返ってきて、30分経って、一日たった今も返信はない。

25:30になって、死にたさは膨れるばかりで、声が出なかったとしても、電話相談するしかいか、と思って、24電話相談する場所に二か所電話をかけたが、どちらもつながらなかった。

なんだかテンションが高くなってきていた。そもそも大して不幸な出来事があったわけではないし、いつも頑張って仕事やら勉強やら家事やらをしている優しい両親やきょうだいを持っているという幸福な現状で、働けもしないのになんとか実家の一室で生かしていただいているくせに、死んでしまいたいとか思っている自分勝手な私に、他人の手を煩わせる価値はないと言われてるみたいに感じて、そりゃそうだ!と愉快になった。

でも、やっぱりつらいものはつらいな、とも思った。

もし、私が自殺したら、過去、困った顔で「みんな大変なのは同じなんだから」って言ってきた人に、その「みんな」の中でも、もう一歩つらかったというか、死ぬくらいにはつらかったんだよって、信じてもらえかな、信じてもらいたいな、という気持ちが強くなった。愉快で元気な気持ちのまま、裸足を靴に突っ込んで死ぬために家を出てみた。

どこかで踏みとどまらなきゃ、という理性は残っていたし、まだ返信が来る可能性もあったから、スマホだけは持っていった。充電は20%で、途中で切れたらいよいよ死んでみようかと思った。死ぬ方法についてはあんまり考えていなかった。考えたら本当に死ねしまうので、考えないようにしていた。

夜風が冷たくて寒くて、空は曇っていて星が見えなかった。とりあえず、まっすぐ、行けるところまで、引き返す気が起きるところまで進もうと思った。

家のすぐそばの坂をずっと下っていけば、踏切がある。ここで立ち止まって轢かれてみたいな、いやいや、どれだけお金迷惑がかかる思ってるんだ、こまでイカれてはいない、なんてやりとりを自分の頭の中でしながら通り過ぎた。終電は終わっているから、電車が来るわけない、ということに気づいたのは、引き返し始める少し前くらいだった。24時間電車が走っていたら、自殺者はもっと多かったかもしれないなと思った。

踏切をすぎて、ずっと進むと工場地帯にさしかかった。煙突から煙がもくもく出ていて、まだ働いている人がいるのかしら、働いているなら、本当に尊敬するな、と思った。働いているすべての人がうらやましくて、ヒーローみたいに見えた。

T字路になって、ずっとまっすぐ、ができなくなったので、とりあえず左に曲がった。クラピカを思い出した。次の十字路は右に曲がった。また左に曲がったら、家の方に戻ってしまうからだ。

左、右、と交互に曲がりながら進んでいたら、川にたどり着いた。広い河川敷に降りてみた。下流に進むと人が多い場所についてしまうな、と思って、左の、上流のほうに進んだ。

川を歩くころには、今引き返したら、家族が起きる前に家にたどり着いて、家を出た事実をなかったことにできるな、とか思うようになっていた。引き返した方がいいのはわかっていたけど、進んだ距離自分の辛さの証明になる気がして、歩けるまで歩いてみようと歩き続けた。

筋肉痛と靴擦れで足が痛くなって、河川敷から上がってベンチに座った。

そのころには、もう帰ろう、という気持ちになっていた。もし自分が外にいる間に家の人が起きてしまったら心配をかけてしまう。そのときもし私が死んでいたらすごく悲しくなるだろうし、周りの人に何を言われるかわからない。死んでいなかったとしても、家を出たことを知ったら迎えにこようとしてくれるだろう。どう転んでも申し訳いから、もう帰って、家を出たことすらも最初からなかったことにしてしまおう。

ようやくスマホを開いて時間を見たけど、一時間くらいしか経っていなかった。歩いた距離も、直線にすれば、最寄駅の次の次、二駅先まで来た、くらいの距離だ。

自分の辛さなんて、二駅歩いたら小さくなる程度なんだ、本当に大したことないな、と少し面白く、少し残念に思った。自殺を試みる人にはきっと到底かなわない。

ところで、「みんな辛いんだから、比べるものじゃない」と言葉は、比べるな、と言いながら目の前の人とみんなを比べているよな、ということは、行く道で何度か考えたことだ。

その日はほとんどなにも食べていなかったから、お腹がすいていた。駅の近くに行って、コンビニにでも寄って、なにか食べて、線路に沿って帰ろうと思った。

24時間コンビニには、年配の男性店員と、若い男性店員がいて、客も順番に数人入ってきていた。店員さんはもちろん、この時間コンビニに買い物に来ている人も、みんな偉いな、と思った。

商品を選んでるとき、年配の店員さんが、レジでうとうとしていて、深夜3:00になっていたし、そりゃ眠いよな、体大事にしてほしいな、と思った。

甘いものでも食べようかと思ったが、なんとなく贅沢してはいけない気がして、焼きそばおにぎりが入った250円くらいの弁当と、爽健美茶を買った。お金は、申し訳ないことにもらっていたお小遣いと、かつて一瞬バイトしていたときお金を貯めた銀行口座のものを使った。2万円くらいしか入っていないので、カウンセリングを満足いくまで続けるにはちょっと足りないけど、コンビニで安い弁当を買うくらいなら十分だ。スマホバーコード決済をしてからレジ袋が必要だと言い忘れていたことに気づいて、もう一度5円のレジ袋を買うためにバーコードを当ててもらって、申し訳なかった。嫌そうな顔をされなかったのは、店員さんが私に興味がないからか、私が泣き続けていて顔を腫れさせていたからかどっちかな、とか自意識過剰なことを思った。

駅のベンチで冷たい弁当を食べた。ヤマザキパントラックコンビニの前に止まって商品おろしていた。働いているすべての人に敬意を感じているので、やはり尊敬した。

コシの片鱗もないぷつぷつ切れる焼きそばと、鮭フレークと青菜おにぎりと、ケチャップがかかったコロッケ。どれも誰かが作ってくださっているもので、とても美味しかった。寒い外で冷たい弁当を食べたので寒かった。

爽健美茶ちょっと飲んで、ゴミを持って、線路に沿って帰った。

帰り着いたのは午前四時すぎだった。Twitter(今はX)を開いたら、偶然起きている人がいて、私の数時間前のツイートエアリプしていたので、エアリプで一時間くらい元気に会話した。創作で繋がった人だ。創作と、好きな漫画の話をした。漫画は、タイトルを挙げようかと思ったけど、こんな人間推しているのが申し訳ないので伏せる。(さっきクラピカ名前を出してしまったけど、そっちはミームからいいとする。)きっと相手はついさっきまで会話している相手死ぬために家を飛び出していたとかは思いもしないだろうな、と思った。インターネットの、そういうところが好きだ。

5:00くらいにその人が寝たので、靴擦れで血が出ていたが放置して寝た。

13:30くらいに起きて、親と会ったけど、深夜に家を出た話はできなかった。

Twitterおすすめ欄に、はてな匿名ダイアリーが流れてきた。なんとなく調べてみて、匿名日記が描ける場所なのだと知った。

なんでこの話を書こうと思ったかは忘れたけど、書いたことでなにかいい影響が私にもたらされてくれていたらいいなと思う。

工業界隈とダウナーな界隈の隔たり

世の中には工業もの作りを支持する界隈(例、街作りが好き、電車が好き、車が好き、バイクが好き)とダウナー死にたいが口癖みたいな界隈が2つ並行して存在する。しかし両方が交わることはないところが気になる。前者でも精神疾患を持つ人は少なからずいるだろうし後者でも前者に対して何らかの意識をすることがあるのか気になる。この2つの隔たりに着眼点を当ててみた。

長く生きたいとも思わないし

かと言って今死にたいとかってのもないんだけど

からといって

やけくそになって不摂生健康を極めることもなく、

普通に健康に気をつかってサプリなんか飲んでて

自分自身まったく矛盾しているんだけど。

夢も希望も将来になく、

惰性で毎日をやり過ごして仕事しているだけ。

長く生きたいとも思わないし、

死にたいってわけでもないんだよね。

毎日無味無臭

やりたいこともない。

ただただ寝て飯食って仕事行ってゲームしてそんな毎日

これってなんなんだ?

2023-11-19

一人前になってから死にたい

人はどうせ死ぬのだから頑張っても仕方がないという考えもあるが自分は生きている間に一人前になってから死にたい自分が死んだあと自分のことを誰も覚えていなくてもやれるだけのことをやりたい。フルマラソン自己ベスト更新するように自分を成長させたい。

anond:20231119192450

2級取れよ

死にたいベッドから起きあがれない発達で働けない死にたい...と呪文のように繰り返せ

anond:20231118144522

アラン編みという最高難度の技法初心者がいきなり挑戦して出来ないか発達障害

実際その程度でも精神科を何件か回って

障害のせいで生きづらくて死にたいと言い続ければ診断はもらえるよ

精神障害者手帳2級を取得して障害年金とナマポをもらって生きていくことも可能

ネットを探せば診断と社会保障を貰うコツはみつかる

必要なのは実行力と根気だけ

編み物以上の根気がいるけどプロ障害者への道は全ての人に開かれている頑張れ!

2023-11-18

増田は俺の青春なんだ

そりゃ俺の力量があれば一人で増田を盛り立てることはできるさね

だけどブクマは俺一人じゃどうしようもない

セルフブクマ絶対にしない主義だし

みんなどこ行ったんだよ

帰ってきてくれよ

引退なんてしたくないんだ

俺はここでみんなに愛されながら死にたい

人の死を喰らって生きていた

友人の友人(仮にAさんとする)が亡くなったらしい。友人の書きぶりからすると死因は病気や衰弱によるものだと思われる。

Aさんは自分は知らない方だった。

恐らく友人とAさんはSNSで知り合って仲良くなったのであろう。友人はAさんの遺族の方から連絡を受け、周りに亡くなったことを伝えていた。

もうかれこれ5時間近く夜通し悲しみをSNSに書き込んでいる。

自分は昔から死にたいと思うことが結構な頻度であった。多くの人はそんなこと考えたこともないという話を今でも信じられない。誰しもが通る道だと思っている。なんなら今も精神的に苦しくまともな生活が出来ておらず、かなりの頻度で死ぬ事で楽になるんじゃないかと頭をよぎる。

変な話でこんな状態でも趣味は楽しめるし、人間関係も親を除けば拗らせてはいない。この程度で死にたいとか思うのは甘えかもしれないけれど、それでも死にたいと思うことがあることに変わりはない。

大学時代中学高校時代の友人の兄が自ら命を絶った。その人は友人の兄でもあり同じ学校の先輩でもあった。他にも様々な理由があって、葬式には自分や他の同期も参列した。

そこで見た友人の顔、親の顔、兄弟の顔があまりに忘れられなかった。ただひたすらに悲痛だった。

残された側の感情はああも辛く見えるのか。

その日を境に死ぬ事に対して少し考えが変わった。

自分がいなくなることで周りに大きな迷惑がかかるとは思わない。確かに死んだ直後は相当な時間的、金銭迷惑をかけるとは思うが、多分このまま生きている方がマイナスが大きくなるとは思う。

ただ周りの人間感情の面、ひいては今後の生活に計り知れない変化を与えてしまうかもしれない。それが怖い。

からない。心配してる人なんて実は0でなんなら喜ぶ人のが多いかもしれない。これは死なないことには分からない。

ただもし周りがこんな人間の死を悲しんでくれるなら、あの時のような感情を周りに抱かせるのは本当に申し訳ないと思ってしまう。だからせめて自ら死を選ぶことだけはやめよう。と思っていた。

ただ今回Aさんの死を見て、「生きないとな」と思うと同時に1つ、今まで考えたことないことを考えた。

人が亡くなって悲しんでるところを見ないと生きようとできないのは、人が亡くなることに生きる理由見出してるということで、それは倫理的にどうなんだ、という疑問。

決して人の死を喜んでいるわけではないが、そこから生きる力を貰うというのは人としてどうなのか。

今まで自分と死を取り巻くこの構図に疑問を抱かない程度には頭が働いていなかったことも恥ずかしい。

そしてそれに気づいた今、とにかくどういう気持ちで生きていけばいいのかも分からない。

周りを悲しませたくない、という思考で何とかここまで生き長らえてきた。その思考に至るまでの道筋自分否定してしまった。今は自分が人の死を喰らって生きている化け物としか思えない。

2023-11-17

10年前の私へ

10年前の私へ

お元気ですか。

お元気なわけないですよね。

親にも初めての恋人にも捨てられて、死にたいと思っていますね。

その上、親戚や親の友人から説教されて、友人達からも見放されて、孤独で辛いと思います

そんな中、生きててくれてありがとう

たくさん努力してくれてありがとう

あなたのおかげで、今の私はとても幸せです。

この10年でたくさんの人と出会い、たくさんの友人ができました。

さな部屋から勇気を出して飛び出してくれたおかげで、広い世界を知ることができました。

もう前のように悩むこともなくなりました。

すっかり度胸も自信もついて、私の事を馬鹿にする人はいなくなりました。

しろ、人から羨ましがられるようになりました。

あなたのおかげで今の私があります

からどうか泣かないで、死にたいと思わないでください。

私だけはあなたの事が大好きです。

そばにいる事はできないけど、10年後から応援しています

本当にありがとう

10年後の私より

2023-11-15

anond:20231115220310

21歳で社長やって月50万円も買い物してるのに死にたい死にたい言ってる人もいる

みーんな隣の芝生は青く見える

死にたい、を正確に言う

死にたいほどのストレスを浴びている

2023-11-13

ジェンヌの個人FC運営で鬱になった話

連日の報道で、忘れたい記憶がどんどんよみがえってくる。

劇団内部の人間ではないものの、その近くで数年携わり、生活精神も壊した身として、心当たりが多すぎる。

便乗ファンによる創作だと思ったら、どうか読んだら忘れてほしい。

固有名詞用語意味が分からない人は、そのまま一生分からずにいてほしい。

でも、どこかに、仲間がいると思うから自分以外にも壊れた人がいるはずだから

まとまりもないほどの書きなぐりになるだろうけど、腹を決めた今、匿名で言わせてほしい。

もう無視できないところまで来ていると、心当たりのある各位に気付いてほしい。

該当劇団には、公式ファンクラブ以外にもジェンヌ個人の私設ファンクラブ(以下「会」と呼ぶ)があることは有名だと思う。

いわゆる代表やお付きと呼ばれるマネージャー責任者と、スタッフやお手伝いといわれる他数名の小間使い組織運営している。

自分新人公演にも出演し、何度か主演も演じた人気ジェンヌの会運営スタッフを数年担当した。

明確な時期や個人名の明言は避けるが、当ジェンヌは現役在団中とだけ書き記しておく。

毎朝晩の入出待ち立ち会いかお茶会などイベント企画運営チケットの取次配席およびグッズ作成など...

所属経験のあるファンなら思いつくであろう業務、全部に携わった。会員数百人に対し、片手以下のスタッフで。

無給は当たり前、経費も持ち出し、24時間365日ジェンヌや関係者の呼び出しに応えながら平日フルタイム会社員

睡眠時間金も体力も心の余裕も何もかもなくなった。倒れて運ばれ、スタッフを辞めた。

業務をもう少し細かく説明すると、

・入出立ち会い

よく日比谷劇場前で見るようなスクワットでジェンヌのお迎え・お見送り。あれをやる時に暴走するファンが出ないか見張ったり、一般人クレームに頭を下げたりする。

毎朝7時前後、早いときは6時前に毎朝集合場所で立ち合いをして会社へ出勤。ジェンヌから翌朝の入り時刻連絡が来るのは平均深夜1-2時。

それを待ってファンクラブ会員へ見送り場所への集合時刻を配信、他ファンクラブ運営へ報告したりするので自分が寝られるのは3時を回るのもザラ。

毎日5時前には起床、始発の電車に飛び乗り現着から動き回ってフルタイム勤務で夜にはまた出待ちに立ち会う日々。

大体毎日何かしらの細かすぎる指導上級生会から入り、寝不足により回らない頭で必死謝罪文をしたためお送りしていた。しんどい

イベント企画運営

お茶会新人公演出待ち後のミニお礼グリーティング、季節や誕生日の入出イベントなどなどあらゆる企画運営

ただ企画すればいいだけでなく、上級生会に逐一お伺いを立て、実施許可を得、内容も重箱の隅を最早ぶっ壊れるまでつつかれまくる。

あらゆる方面の顔色を窺い、企画台本が出来上がるまで気が遠くなるほどの時間と神経を要する。

それでようやく実施まで漕ぎつけたと思ったらジェンヌ本人の機嫌ひとつで全部イチからやり直しになる。

三徹で必死に準備を間に合わせたお茶会を、本人会場到着までのタクシー内で「やっぱ嫌」の一言でひっくり返されたとき殺意が芽生えた。しんどい

チケット取次・配席

ファンクラブ会員はジェンヌ個人販売成績に結び付くよう、会からチケットを取り次ぐ。

が、限られた座席数、入団年数が長い上級生に多くのチケット劇団より宛がわれる、入団から5年くらいは1公演で2席しかチケットがないこともザラ。

それでも会員はもちろん贔屓の舞台姿をたくさん見たい、当たり前だ、たくさん申し込んでくださる、だがしかし席がご用意できない。

そんな限られたチケットと大量の申込データ(自会は全部エクセル手打ち管理)を照らし合わせ、ファンクラブへの貢献度諸々を加味し、どのお席にどなたへお座りいただくか決める。

こちらも最大限のチケット確保に奔走するものの、ご用意できなければ面と向かっての罵倒はまだ良し、掲示板に名指しで役立たずと晒される始末。

データ捌いて配席悩んで胃を痛めているところにジェンヌ本人や関係者からも配席や取次内容に文句を言われ身内用にチケットを攫われていく。しんどい

・グッズ作成

お茶会お土産、総見のおまけ、お茶会販売する小物や舞台写真、お礼状、グリーティングカード、挙げればキリがないほど準備物が多い。

ジェンヌ本人にイラスト手書き文字提供協力を頼みこむも多忙一言で切り捨てられ、こちらでロゴなど用意すれば会員やジェンヌ本人からすらもダサい文句を言われる。

しかも当たり前だがこれらすべて事前の商品発注で毎度結構金額必要とされる、が、ジェンヌの家族が会運営の経費用口座を管理していて前借も楽ではない。

結局毎回数万~場合によっては数十万円(お茶会会場費用など)も立て替える。そうじゃないと間に合わないほどすべてのスケジュールがカツカツなため。

しかも公演終わりの経費精算まで数か月待ったりする、携わっていた最後の公演では大卒初任給くらいの経費が返ってこなかった。

グッズの売り上げは全て会運営費としてジェンヌ家族が持っていくため、スタッフに一切の還元や儲けはない。公演期間中は飯が食えなかった。しんどい

・正直ここでしか言えないが人間関係が一番重労働

ファンクラブ会員、つまりジェンヌを愛し会活動に貢献してくださっている方々は熱量も並のものではない。そこは覚悟してスタッフ就任を引き受けた。

そのため会員からまれたり文句を言われたり、会の中での派閥争いや揉め事などは(楽ではなかったものの)捌くのもまあ堪えられた。

しかし何故か同じ運営という立場で苦楽を共にしている他会運営陣やジェンヌ家族関係者対応など、これが本当に一番きつかった。

ジェンヌたちが厳しい上下級生文化に生きているというのは既報の通りだが、ほぼその文化がそのまま会運営にも持ち込まれる。

朝は上級生会スタッフより早く出動・席および場所取り・雑用使いっ走り・全ての解散前には「ご指導」というクソ細かい姑のような小言...

劇場チケット出し前には劇場レストラン施設の一部(クリスタルルームでわかる人は仲間)を陣取り、謎の待機時間が発生する、もうこれが本当に耐えられなかった。

上級生会代表飲み物をお持ちし、その時通るルート差し出し方全てに厳格なルールがあり、数時間も使いっ走りに待機するのに作業および会話禁止という苦行。

2回公演の日ほど朝も早く夜が遅い、業務も溜まっていて限界なところにこの謎待機と小言で5-6時間は奪われる。

それもこれもすべて「上級生会の様子を見て学び、自分たちが将来は組の会全体を取り仕切れるように指導する」という、どこかで聞いたことのある理論

劇団への、ジェンヌへの、下級生会への愛があれば全ては指導という建前のもと許される。代表毎日きついいびりに泣いていた。本当に、本当に、しんどい

ジェンヌでもなく、会運営委託契約を結んだわけでもない、ただの一般人がこのザマである

会に所属したことがある人は、多少なりこの空気感をわかっていただけると思う。あの、「私たちも御贔屓の一部」と見做されるような感じが。

全ての言動根底には愛があり、清く正しく美しいジェンヌ像やファンダムイメージを求められていた、それにそぐわないものはすべて闇に葬られていたあの感じが。

運営陣は、ジェンヌを、劇団を愛しているから。

無給でいつ何時でも労力を捧げてくれる。常に最善最良の案を考え前向きに運用してくれる。寝る暇がなくてもそれだけ携われることが幸せ

妬み僻みも有難いご意見として真正から受け止める。上級生会から理不尽指導意味あるものとして理解昇華する。

仕事よりも私生活よりも会運営を何よりも最優先してくれる。どんな無茶ぶりや激務も手を取り乗り越え逞しくなってくれる。

そんなことがあるわけないだろ。

平日フルタイムで8時間仕事に会運営10時間以上を兼業し、公演期間中は1日1時間眠れたら御の字。仕事パフォーマンスはそれはそれは最悪だった。

盆や正月連休はもちろん全て会運営に求められ、ロクに身体を休めることも実家帰省することも友人と会うこともかなわなかった。

急いで来いと急な呼び出しがかかり、内容も知らされないが仕事を無理言って早退し駆けつけると「明日からの公演で必要ものを近所のドラッグストアで買ってきて」という内容だった。

社会人数年目で貯蓄もさほどなかった頃に無給の会運営で全国を飛び回り、立て替えの嵐、慢性的寝不足で眠気も止まらず、安価血糖値の上がらないもやしカット野菜しか食べられなかった。

周りのすべての人から「早く辞めろ」と言われ続けたが、もはや洗脳のように愛や貢献という言葉に縛られ何も自分判断できなくなっていた。

死にたいという気持ちが募り、毎朝駅で線路に飛び込もうか悩み始めた頃、千秋楽出待ち後に倒れ運ばれた。栄養失調だった、この現代社会で。

入院強制的劇団や会と離れられなければ、いずれ自ら命を絶っていたと思う。亡くなった彼女生活円グラフは、まさに会運営に携わっていた時の私のようだった。

鬱も発症精神的にも不安定になっていたことをやっと自覚し、ジェンヌ本人にスタッフを辞める旨申し出た。代表も鬱で会から去ったと聞き、LINEを送ったが既読がつくことはなかった。

もう一度繰り返す。ジェンヌじゃない一般人にすらこれほどまでに異常な文化がまかり通っている。劇団内部はいかほどばかりか、想像するだけで息苦しくなる。

携わっていたジェンヌ本人も、本当に寝る時間もないほど過酷環境に身を置き、公演前夜の3時に稽古から帰るところも目撃したことがある。

運営に携わるようになってからは度々言葉を失うような「指導」の様子を伺うようになり、いつの間にか自分は一切観劇する気力が湧かなくなっていた。

何が愛だ。何が清く正しく美しくだ。何も清くも正しくも美しくもない。ただのパワハラ過重労働異常上下関係いびりしごきいじめ

社会的な常識が一切通用しない、異常な文化形成され受け継がれ、異を唱えるものは全て排除され隠ぺいされてきた、ただそれだけである

亡くなった彼女のおかれていた環境報道事実関係は知り得ないため、それに関しては軽率発言はできないものの、でも、遂にこうなったかと思った。

その手前でぎりぎり退団していった人を、何人も知っていたから。

巨大企業ファンダム抗う力を持ち合わせていないがため、ただ黙って去っていった人たちを見てきたから。

自分も、声を上げられなかったひとりだから

彼女の死は、自分無関係じゃないと、毎日罪悪感に涙が止まらいから。

溢れ出る記憶も思いも止まらず、何が書きたいのか、どこまで書けそうか、もう分からなくなってしまった。

このあたりで切り上げることにする。いつか追記修正をするかもしれないし、しないかもしれない。もうこの編集画面に戻ってこないことが最良と分かりつつ。

自分は今後二度と件の劇団に関わらないと決めているが、報道の行く末はしっかりと追おうと思う。

もう誰もこんな目に遭わない未来を願って。同じ罪悪感を抱えることがないように。誰かに手を延ばし声を上げられるように。

けがえのないいのちを、薄っぺら言葉で葬ることがないように。

妹さんにはお世話になりました、心からのご冥福祈ります

助けてあげられなくて、ごめんなさい。

40男だが早く死にたいと思うようになってきた

当たり前だが独身。30前半までリーマンやってたが、メンタル病んで2年潰れて、34から細々と自営業続けてる。

 

まだメンタル不安定で、急に数ヶ月仕事ができなくなったりする時もあるけど、理解してくれているクライアントリモートワークのお陰で、自営6年目にしてなんとかリーマン時の所得並みに近づきつつある。

 

メンタル病んでた2年間で結婚は諦めた。もちろん愛し、愛されたいが、こんな不安定な状況で結婚してもらうのは自分エゴしかない。幸か不幸か性欲は皆無(メンタル原因かと思ったが、男性更年期診断を受けたら男性ホルモンが70代相当だった)で、性欲起点でも人を愛する価値は無い人間だと思っている。

 

幸いリーマンからコツコツと貯金して株買っていたので(今思えば、もっと趣味ストレス発散していればメンタルやられなかったのかとも思う)、コロナバブルの勢いもあり数年分の生活費にあたる資産がある。が、不安でこれには手をつけられない。たぶん貧困妄想だと思う。来年からは新NISAに全額移行する予定。

 

と、将来の不安なんかもありつつ、現状が一番健康でこれから下り坂が確定しているのであれば、喫緊死ぬのが楽なんじゃ無いかなぁ、と思い始めてきた。アラサーの頃はあんなに死ぬのが怖かったのに。

2023-11-11

睡眠って死と似てる?

よく言われるよね、睡眠は死の練習だって

昨日、睡眠がすごく気持ちよかった。

もうずっと眠っていたかった。

やっぱり死も気持ちいいのかな。

だったら前向きな理由だし、死にたいな。

2023-11-10

anond:20231110153045

法的には禁止されてないけど

自殺は悪という社会設計にしたがって

死にたいという気持ちを持った者は粛清矯正のため病院に入れられる

リビングウィル尊重しなくてもいいという人権侵害救急医療で行われる

先進国でも不治の病などの基準クリアしなければ安楽死は認めない

要は出産野放し長命追求が原始社会から延々と続けられてるだけでしょう?

野蛮ですわ

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