はてなキーワード: 歴史家とは
音声合成DTM製品「VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である「鏡音リン・鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索。
小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞に情報源を絞る。
前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女が革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使いの視点から同じ一連の出来事を歌ったもの。
YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘』から先に。
英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。
身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から。
ニコ文化が中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。
ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。
「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。
たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーからね常識的に考えて、とか。
・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。
いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作。
・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。
…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツもしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞がちょっと拙いとかね。
にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生回数すごいし。
何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。
いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世の騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。
三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。
それでは「これ」は何なのか?
まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。
あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。
このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。
「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治の派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。
この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。
よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。
少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。
鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。
そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民共から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。
彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。
しかもそのレベルの人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホントは彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。
イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。
破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。
それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使いの存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。
「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女と双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。
召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。
ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。
彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。
だからその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。
完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。
オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。
要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。
鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。
というのもなんかこう、意味深ですね。
怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実。
機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。
実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇のテンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。
何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望が絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。
そういう方法で絶望が連鎖して伝播しているような感じがするのです。
漫画家のとり・みき氏の言葉(の引用の引用)だけど、こういうのがある。
人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。
かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。
個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。
ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。
つまりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。
恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子の名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。
閑話休題。
だから例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。
そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。
何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。
でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。
で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。
あの召使いの台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメントが動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。
気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女も馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なものが犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。
いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。
他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。
そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。
「物語の洗練」を。
機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。
具体的にいうとこのネタで小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。
すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111201/224762/
民主主義は、そもそも「豊かさ」の結果であって、原因ではない。つまり、民主主義は豊かさをもたらすわけではないのだ。
若い人たちは、民主主義と市場原理を同じひとつの社会システムだと考えているのかもしれない。
それらは、似ているようでいて、まるで違う。ある場面では正反対だ。
民主主義は、少数意見を排除するシステムではない。むしろ、少数意見を反映する機構をその内部に持っていないと機能しないようにできている。だからこそそれは効率とは縁遠いのだ。
原理的に競争的な職場では、市場原理が、怠慢を駆逐し、より高い労働へのモチベーションを生むことになる。多少の軋轢があるにしても、競争は、全体の発展につながる。
まるで内田樹の文章を読んでいるような。あの人は語りと誇張が激しくて吐き気がするほど嫌いだけれど、この人くらい抑制されていたら納得できる。
しかしそんなことより、この記事についてはてブ欄でなぜか銀英伝トークが盛り上がってることに刺激されたので書いてみる。
銀英伝もいいけどローマ人の物語の話しようぜ。橋本さんは共和政ローマ末期の政治でいうならどこまでいけるだろうかねー。
ポエニ戦争勝利以降の話ね。
とりあえず橋本さんを彷彿とさせるような要素がある人間を並べてみた。
知ってる人は説明読まなくてもわかるだろうから、適当に選んでください。
スルピチウスとかも入れるときりがないから省きましたが「あとこいつが足りない」と思う人がいたら入れてください。
<ホルテンシウス法>
スキピオ・アフリカヌス :ハンニバルに勝ったヒーロー。しかし権力持ちすぎて元老院の保守派、というか大カトーさんに嫌われ
すげーささいなスキャンダルで失脚させられる。哀れな末期。
ティベリウス・グラックス:ええとこの坊ちゃん。格差をなくそうとして護民官としていろいろやろうとするけど時期尚早すぎた。
アンチグラックス派の元老院の戦略で独裁者のレッテルを貼られ、最後民衆にリンチで殺される。
ガイウス・グラックス :ティベリウスの弟。兄ちゃんの失敗を踏まえて、独裁でもいいや、民衆が認めるほどに圧倒的な支持を得た上で改革にとりかかる。
ただし彼も執政官ではなく護民官として改革を実行。元老院とは対立的な構図になってしまう。
「市民権」問題で富裕層の支持を失い、留守にしている間、元老院に買収された仲間に裏切られて失脚。
メンタルの弱い支持者が暴走した結果自分まで反逆者扱いになり、逃亡の果てに自殺。生存中に行った改革はすべて白紙に戻された。
マリウスたん(民衆派) :家門名を持たない二等市民。高等教育を受けず教養がなかったが、問題解決のエキスパート(優秀な軍人)として声明を高める。
軍制改革により常備軍をつくりあげたことが失業対策となり、戦争の勝利もあって貧困層から一般市民まで圧倒的な支持を得てトップに。
しかし政治や外交能力に乏しく、護民官と元老院の紛争を調停する能力がなかったので政局不安を招き、支持率急低下→失脚。
あげくスッラさまのクーデターで国外追放とか、くやしいのうくやしいのう。
スッラさま(元老院派) :敵との戦いに行ったと思ったらそのまま子飼いの軍隊を率いてローマを占拠。マリウスさんを追い出す。スッラさまのクーデターまじぱねぇっす。
ただ、お出かけしてる最中に仲間に裏切られて国外で孤立。スッラさまの運命やいかに。
逆襲のマリウス :スッラさまがお出かけ中に裏切り者の内通で戻ってきて、自分を追い出した元老院のやつらを皆殺し。エゴだよ、それは。
暴れまくってる間に寿命が来て終了。
<ヴァレリウス法>
スッラさまMKⅡ :マリウスが死んだ後復帰。ローマ史上初の任期無期限の独裁官に。 ちなみにジョブズばりの恐怖政治。
後の歴史家が言うには「時代の流れに反する」元老院強化、護民官の弱体化などを推し進める。
反動的なやり方だけどスッラさま在任中はうまくいった。スッラさまのカリスマまじ最高。
任期無期限の独裁官だったのに、途中で退職し悠々自適の生活を送った後病死。
ルクルス :スッラさまの忠実な部下。スッラさまの死後に執政官に。
優秀な軍人だったけどエリート臭が強く金に汚かったためすごく不人気。ものすごく不人気。大事な事だからry
スッラさまの遺志をつぐべき立場だったけどあんまり頑張らずに引退。
ポンペイウス&クラッスス:超金持ち出身&超優秀な軍人。ローマの勢力範囲を過去最大にする。
「俺強くね?イスカンダルより優秀じゃね?」ということで、
スッラさまが修復・強化しようとしたローマ共和制のルールをことごとく破壊しながら若くしてトップに立つ。支持率も多分80%超えるレベル。
このあたりで「もうやめて!ローマ共和制のライフはもうゼロよ!」状態に
ガイウス・ユリウス・カエサル :スッラとポンペイウスを足して2かけたレベル。きたみたかったー。ぶるーたすおまえもかー。
※ちなみに「ローマ人の物語」において、このあたり「ポエニ戦争後からカエサル前」までの記述は、
塩野七生が、大好きなカエサルを絶賛するための前説部分として扱っているようで、
むちゃくちゃ結論ありきで語られています。 特に塩野節がきつくて正直鼻につく人がいるかもしれません。正確性にも疑問が大きいところです。
そんなに偉そうに言うならお前は今回の大阪市選挙で何が正しいのか言えるんかい、と突っ込みたくなるレベル。
ただ、偏ってるということは、一本筋が通されているということでもあり、それがむちゃくちゃ面白いです。個人的にはこの時代の話は、全体通して二番目に好きです。
特に、彼女がポピュリズムや独裁についての考え方を開陳する部分は、昔銀英伝にはまった人間には非常に刺激的な部分だと思うのでおすすめ。
※私自身は橋本さんについては批判的な立場です。こういうときハイエクとかわかってたら格好良く批判とかできるんだろうかね。
私は職場が大阪にあるんで、やっぱり色々気になりますけれど、肯定的なところがほとんど見いだせない。
独裁者は必要かもしれないけれど、個人的には一番独裁者にしたら駄目なタイプだと思っていて、そこの評価をマスコミが全くできないことには恐怖を感じます。
著者はドイツ系アメリカ人。原著の刊行は1998年で、世界中の専門家の間に論争を巻き起こした。
本書におけるメッセージは、冒頭書き出しの1文に凝縮されている。
本書において私は、既存のヨーロッパ中心的な歴史叙述および社会理論をグローバル学的パースペクティブを用いて転覆しようと思う
「西欧=先進国、アジア=発展途上国」という、我々が慣れ親しんだ世界の図式は、たかだかここ200年程度のことに過ぎない。西欧諸国はむしろほとんどの期間を通じて世界の傍流にあった。本書において、著者はこのことを繰り返し強調する。
フランクは、まず1400~1800年の交易データを検討し、次のようなことをインプリケーションとして述べている(2章)。
最大の経済大国は中国だった。中国は絹織物、陶磁器、水銀、茶の生産などで圧倒的な輸出競争力を誇っていた(全地域に対して貿易黒字)。インドも負けてはおらず、綿織物という輸出産業があった。東南アジアも同様、香料や胡椒があった。一方で、ヨーロッパはアジアに対してほとんど何一つ輸出競争力を誇る製品をもち得なかった状態で、一貫して貿易赤字を計上していた。その結果、欧州から中国などアジア諸国への銀(貨幣)の流出が常態化していた。しかもこの銀も、もともとはアメリカ産のものを奴隷貿易でぶんどってきた物だから(当時、銀の主要産地といえばアメリカ大陸と日本ぐらいしかない)、ヨーロッパ自体は、実は世界交易について何ら価値創出に寄与しなかったともいえる。
また、大航海時代以降、海上ルートがユーラシア大陸の隊商交易にすぐさまとってかわられたという主張も、誤りとして退けられる。アフリカ周航のルートは陸上輸送とくらべて決してコストが安かったわけではなく、ポルトガルの喜望峰周りの交易も短期間しか続かなかった。(223p)
定量的には複数の歴史家の推計を引き合いに、アジア諸国の生産性の高さにも言及する。曰く「アジアは1750年において、依然として世界人口の66%未満であったが、世界総生産の80%を生産していた。つまりアジアは欧州、アフリカ、アメリカよりも生産性が高かったことが示唆される」(p305)
科学技術についても、近世以降は西欧がアジアを優越していたという”常識”を西欧中心主義の誤謬だと批判する。例えば、当時の「ハイテク産業」でもあった造船業。中国の船は、ヨーロッパよりずっと数が多く、かつ大規模で、長期り輸送が可能な代物だった(342p)。印刷業も、中国は世界のどこよりも早く木版印刷を開始し、1500年代の早くには5色刷りの技術が存在し、日本や朝鮮に技術を輸出していた。
そうにもかかわらず、「世界経済の中心国が16世紀はポルトガルで17世紀にオランダに移り18世紀にイギリスに映った」などという、まるでヨーロッパ人によって一貫して支配されていたかのような馬鹿な議論(ウォーラーステインの「近代世界システム論」])がまかり通っている。しかし「1688年に、アジア間の交易のボリュームは、いつかのインドの港からだけでも、すべてのヨーロッパ交易を合算した交易よりも10倍も大きかったのである」(p320)
であるならば、なぜ近代以降の世界経済をの主役はアジアではなくヨーロッパだったのか。この点についてフランクは6章で100ページにわたる議論を展開しているが、正直ピンとこなかった。その骨子は「アジアの景気循環的な衰退期がたまたま西欧の勃興期と重なった」というもの。まさかここで「コンドラチェフの波」を引き合いに出すとは思わなかった。これはひどい
その他、素人目に見て反射的に気になったのは4つ。
1.「一人当たり生産性が近代までアジア>西欧だった」という記述について。これの反証となるようなデータは俺でもすぐ見つかる(例えばアンガス・マディソンの推計「The World Economy」)。むしろ地域間の一人当たり生産性は、まだ優劣に決着がついていないとするのがおそらく妥当なところではないか。
2.貿易収支の考察について。1400~1800年までの2章の部分、「中国はどの国に対しても貿易黒字だった。その背景には圧倒的な輸出競争力があった」と著者は言い切っているが、ここもまた留保が必要だろう。中国の貿易保護策の影響はどうだったのか。そもそも、中国がそれだけ例外的な貿易黒字を確保していたのならば、中国のマクロ的な貯蓄率はかなり高かったといえるだろうが、その辺は、当時の中国史の中で言及はされているのだろうか。
3.フランクはまた「アメリカの豊富な銀資源を搾取してアジア世界の交易に割り込んだだけ。ヨーロッパ人自体に富の増大をもたらすようなものは何もなかった」と強調する。これも逆差別の感がある。資源や強力な輸出産業はなくてもヨーロッパ人は知恵を絞って自分のところに富を惹き寄せた、という解釈もできる。「ビジネスの仕組み」を考案した彼らの力については、それ自体十分競争優位になっている気がするがどうだろうか。
4・「オリエント」地域にあるヨーロッパの支配地域(インドにあるイギリスの所領など)を考慮にいれても2章の結果はロバストか。
5. では、近代以前のヨーロッパにおいて、オリエントに(経済力、軍事力、知識等で)負けているという認識はどれほどあったのか。NOならばそれはなぜ?YESならば、彼らはその状況をどういった風に克服しようとしたのだろうか。
1976年刊。米国を代表する歴史学者ウィリアム・マクニールの主著で、その後のグローバルヒストリーの研究にも絶大な影響を与えた。ジャレド・ダイアモンドのベストセラー「銃・病原菌・鉄」のタネ本の1つとしても知られる。
本書で中心となるメッセージは、次の1点に集約される。「疫病の流行が、世界史の重要な決定要因でありつづけてきたのにそれが無視されてきた」ということ。昔の人類がいかに疫病に苦しめられてきたか、また疫病が歴史上の事件にいかなる影響をあたえてきたか、医学の発達した現在においてはそれらを実感することは難しい。史料の乏しさも手伝って伝統的歴史学ではこの重要な要因が無視されてきたことをマクニールは冒頭、痛烈に批判する。数少ない史料を補完するように、彼は一流の歴史家として培った卓抜な想像力を武器に、議論を展開していく。例えばこんな具合に;
・インド地域での諸王国はなぜ、なぜいつも外部から簡単に征服され、その征服王朝も短命だったか。その背景には、高温多湿な気候がはらむ高い厄災リスクが、各王朝の国力(人口)を削いできたからではないか。カースト制度も同様に、病原菌に侵された原住民への隔離意識というものがそもそもの発端にあったのではないか(上巻p160)。
・欧州の文明の中心が地中海世界から北部へと移動していったのは、長い間くりかえされてきたペストの影響が大きい(上巻p209)。西暦634年から、急速に拡大していったイスラム勢力に対して東ローマなど欧州勢が簡単にやられてしまったのも、542年以降に地中海世界に繰り返し起こっていたペストによってかなりの国力をそがれていたのが一因だ。
・その後、欧州でしばらく活動を休止していたペストは、なぜ14世紀になって思い出したように全ヨーロッパで猛威をふるったのか。それは大モンゴル帝国の影響がある。もともとヒマラヤ山脈を本拠地としていたペストは、モンゴルの同地への征服活動の結果中国に広がり、それが交易路に乗って1348年のヨーロッパに到着し大流行した。実際、1331年にペストは中国で流行。ユーラシアの草原部は1346年を軌に人の流れが止まった。その地にいた人が病気ですっかり死んでしまったからだ(下巻4章)。
・16世紀初頭。スペイン人が新大陸アメリカに侵入してきたとき、アメリカ原住民は天然痘などに為す術も無く犯され人口は20―25分の1に激減した。これは無理もない。ユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ間の広大な土地がもたらす生物多様性の中で、繰りかえしの厄災をくぐり抜けてタフになったヨーロッパ人に比べると、アメリカ原住民はただの無垢なヒトにすぎなかった(下巻5章)。
そして現在、天然痘、ペスト、コレラなどの医学的対処法が完成し、新大陸アメリカのように無垢な住民が大量に存在する未開拓エリアも存在しない。つまり、私たちは数千年の人類文明史上初めて、疫病による大量死のリスクが消滅した時代に生きている。このことはもっと認識されていい一方、気を抜いてもいけないと著者は警告する。マッドサイエンティストたちが、有毒かつ伝播性の高い病原菌を作りだす危険性もあるし、地球温暖化の進行は我々と病原菌とのバランス(均衡)を崩すかもしれない。また今後起こりうる地球外生命体との接触は、我々人類に全く新しい疫病をもたらすかもしれないのだ(下巻6章)。
強く感じさせられるのは、この難解かつ前人未到だったテーマに果敢に挑んだ著者の気概だ。特に、紀元前のころの疫病の影響については有用なデータがほとんど存在しておらず、事実上推測することしかできていない。普通の研究者ならば、こんな局面に直面したとき「やっぱりこのテーマ止めようか」となる。あるいは周囲からそのように諭される。にもかかわらず、これだけ自信をもって堂々と議論を展開している所に、何だか読んでいて勇気すら与えられる。清々しい本。
ttp://nihon9999.blog77.fc2.com/
363 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:21:42 ID:YuAfK5yk
あれ?・・・・この流れ・・・もしや戦前?
372 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:24:15 ID:jNF2a2+r
»363
30年代くらいによく似てますね。世界恐慌、ブロック経済化、大正軍縮、政党政治の終焉などなど。
378 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:24:52 ID:DtegLjSt
»363
367 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:23:17 ID:l8T6yfcq
»363
・大不況
・同盟の危機
・新興国の台頭
・新興国同士の衝突
・大国の政治不信
これだけ揃ってるな
377 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:24:32 ID:mEVN96A5
»367
も追加で
381 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:26:23 ID:TbNL7net
»367
後世の歴史家が見ると
『日本は一度アメリカに負けたのに何でまた戦争してるんだ? なにも学ばなかったのか?』
てことになるわな。
しかもドイツと違って賠償金を取られているわけでもないのにこれって……
425 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:44:10 ID:l8T6yfcq
・大不況
・同盟の危機
・新興国の台頭
・新興国同士の衝突
・大国の政治不信
・政権交代(対米強硬派に)
・世論の傾倒(右、あるいは左)
・マスコミの偏向(右、あるいは左)
出たのをまとめてみた
泣けるな・・・
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/8636
nornsaffectio Twitter, まとめ, still again ところで、Togetterでhidetomitanakaの文字に出くわすととても残念な気分になるのは僕だけだろうか? 2010/03/09
WinterMute 表現規制, Twitter nk12=海法紀光はアメコミ翻訳家なのだが。自称アメコミファン呼ばわりとはなー/畑違いの学者が陰謀論をかます現象に名前をつけたい 2010/03/09
yellowbell コミュニケーション twitterってほんと使う人の傲慢さをさりげなーく浮き彫りにするよなあ。こわいわー。 2010/03/09
multiplex00 漫画, 規制 個人的に興味深いジャンルだったので見てみたらなんだこりゃ。/個人攻撃しかできない奴にはライフェルドっぽくなる呪いを掛けるぞ 2010/03/09
mgkiller Communication, 漫画, リテラシー 自分がものを知っていると言う前提で視野狭窄に陥っているという構造が面白いね、本人は自覚無いみたいだから余計に。 2010/03/09
Lhankor_Mhy なんとなくブクマ, コミュニケーション なんだかよく分からないが、レッテル貼りスキルの典型を見た気分。 2010/03/09
tokoroten999 なんか15年前ぐらいの掲示板にタイムスリップしたかと思った/いきなり人格否定に行くのはなんかそういう流派を学校で教えたりしてるのか? 2010/03/09
sinx 何か典型的な悪役みたいだな。TL見たら捨て台詞まで吐いてるし。 2010/03/09
p260-2001fp Twitter, 出版, 表現規制 Twitterは140文字でしか表現出来ないが故にその人の本性が垣間見える 2010/03/09
triggerhappysundaymorning ソース出せって言われた直後からの田中某氏のファビョりっぷりが面白いw.この人有名なの? 2010/03/09
zeroset comics, society タイトルだけみて田中秀臣だろうなあ、と思ったらやっぱりそうだった 2010/03/09
daihx Webネタ マナーまなーmanner言ってる人が一番以下略//そういう時にwなんて語尾に付けたらバカにしてるようにしか見えないよなー 2010/03/09
mame_3 Twitter twitterの距離感というか、語尾にwをつけながら他人に礼儀を説く人の距離感が分からん。 2010/03/09
だが以下のリンク先を見ればわかるように、nk12は以前から田中秀臣氏に粘着している人物だということをわすれてはいけない。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100314#p1
田中秀臣氏がソースを出してないという指摘に関しては、ググレカスの一言で終了である。
田中秀臣氏自身のブログではっきりと書かれている。したがってnk12もそれを知っている可能性も高い。
ワーサムの主張を歪めて反論をしたアメコミ業界のディビッド・フィンらの画策。
そしてその歪めた反論に合わせる形で自分たちの都合がいいようにアメコミ業界がコミックスコードを導入し、ワーサムに責任を押し付けた。
James E.Reibmanの手によって明らかにされている。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070719#p1
しかし実証性無視のアメコミおたくたちは、ワーサムと国家が悪いと自分たちをイノセントなものとして描く。
http://itok.asablo.jp/blog/2006/08/14/483548
流れの要約
アメコミおたく松山「その本はデタラメだ!勧善懲悪ワンパターンじゃない名作だってあるもん!アラン・ムーアとか!」
田中氏ら「でもごくごく一部でしょ?だいたいあってるよね!」
松山「アメコミは善役と悪役が固定してるストーリーなんて嘘だ!ウルヴァリンは元々『超人ハルク』の悪役だった!」
田中氏ら「ウルヴァリンは『超人ハルク』じゃなくて『X-MEN』で正義の味方になったんだよね?別の漫画でキャラが再利用されてもそれはストーリーの中で善悪が固定されてるってことにはかわないよね?何かひとつの漫画の中で善悪が入れ替わった例ってあるの?」
松山「…。「子供を戦争で敵を殺せるようするためにアメコミ会社が勧善懲悪コミックス・コードを導入した」ってのは陰謀論だ」
田中氏ら「仮説ってわかるかな。こう書いてあるよね。(引用する)」
松山氏逃亡
nk12ら「部分的に間違ったところがあるので、この本は全部間違い。それを認めない人間は反証可能を無視している」
nk12ら「間違った部分があるので反証されてる。コミックス・コードのせいでアメコミは壊滅した!だがアメコミ・コードを跳ね返そうとクリエイターががんばったので新たなものとして復活した!」
田中氏「その事実が何を反証してるかを考えるために理論を組み立ててみましょう。コミックス・コードがあった場合のない場合、それぞれの効用の可能な最適化を考えて見ましょう。ない場合のほうが最適化されますよね?〕
nk12ら「復活したんだから反証されてる。」
田中ら「だから反証可能性を検証するために理論をまずしっかり作ろうという話です。」
nk12ら「復活したんだから反証されてる。」
田中ら「だから理r」
田中氏ら「理論的な話ですし、コミックスコード下で需要が最適化されてないからアングラコミックスというものがはやったのです。コミックス・コードでアメコミ壊滅というのも事実ではありません。」
nk12氏ら「そんなの関係ない。コミックスコードの前の犯罪コミックスとアングラコミックスは別物!ナイバーグの本にもアメコミ壊滅と書いてあった」
専門家の小田切氏参入「田中氏の方が正しい。ナイバーグの本にアメコミ壊滅なんて書いてない。陰謀論仮説についても朝鮮戦争後のアメリカでそのようなことはありえた」
田中「ナイバーグの本は実は読んでました」
nk 12 ら逃走
田中氏がこういう態度を取るのも当然といえる
田中氏ご本人による補足
要するに、河村たかしの発言を都合良く受け取ってるだけだろ。河村たかしがいつ自殺しろと言ったんだ?
「命運を共にする」ってのは、「その国の国籍であり続ける事」だよ。
逆に言えば、外国人が日本と命運を共にするってのは不可能なわけ。たとえ当人が望んだとしても、よっぽど自滅的な行動をとり続けない限り無理。
良識を有する人なら誰でもいいよ。後世の歴史家とかでも。
後世の歴史によって裁かれることにはなる。
じゃあ河村たかしはいつ裁かれるんだ?
総理大臣になって、このまま国政に返り咲いて何期も勤め上げた後か?
死にさえしなければどんな扱いされてもいいってのなら、な。
最低でも、生存権の保障があることとは、既にいってある。
で、「“最終的に”命運を」と言ってる奴って誰?
誰かがそう言ってるから「俺は従わないぜ!」と言ってるわけだろ?
謗られたら正当性は確実に薄まるのか?
謗られたらじゃなくて、統治者としての責任を放棄したら。
つか、誰が謗るんだ?
良識を有する人なら誰でもいいよ。後世の歴史家とかでも。
民族浄化が完全に止まるまであとどれくらい薄める必要がある?
前提が誤り。とりあえず一般論でしか答えようがない。
自国民の生存権も保障できないような国家は、国家として正当性があるのか?
「正当性」の厚薄はある状態に対する評価であって、それ自体は事象を作り出すものではない。
正当性が薄まるのは統治者にとって確実にペナルティたり得るのか?
後世の歴史によって裁かれることにはなる。
話にならん。
そりゃ、価値観が違ってるんだから、程々のところで折り合いをつけないことには、まともな話になるわけがない。
私は若い人に、なんとかこの状態にコミットしてほしいと思っています。ネット上で歴史認識を正したり、国家を批判することよりも、こっちでやることがたくさんあります。
私自身、現場は苦手で、いつも帰りたくなるし、役立たずです。「自分探し」と言われても反論の余地もありません。
それでも、「自分探しボランティア」でいいから、コミットする方向に行くしかないと思っています。
そこらへんにあふれている、口だけ立派な学生運動上がりのおじさんたちのように論理武装に拘泥するくらいなら、素朴な実感を追ったほうが、まだマシだと思っています。
その上、ネットの最大の欠点は、麻薬のように、相手を攻撃する快楽に酔えることです。知識をたくさん持って、「おまえは本当のことを知っているのか」と相手を問い詰めることで「おれは知っている」という優越感に浸れます。もともと、左翼には、こういう悪い癖があります(私も持っています)が、それがネットでは最大限に悪い方向に出てくると思っています。
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20081207/1228655595
私は若い人に、なんとかこの状態にコミットしてほしいと思っています。ネット上で歴史認識を正したり、国家を批判することよりも、こっちでやることがたくさんあります。私自身、現場は苦手で、いつも帰りたくなるし、役立たずです。「自分探し」と言われても反論の余地もありません。それでも、「自分探しボランティア」でいいから、コミットする方向に行くしかないと思っています。そこらへんにあふれている、口だけ立派な学生運動上がりのおじさんたちのように論理武装に拘泥するくらいなら、素朴な実感を追ったほうが、まだマシだと思っています。
その上、ネットの最大の欠点は、麻薬のように、相手を攻撃する快楽に酔えることです。知識をたくさん持って、「おまえは本当のことを知っているのか」と相手を問い詰めることで「おれは知っている」という優越感に浸れます。もともと、左翼には、こういう悪い癖があります(私も持っています)が、それがネットでは最大限に悪い方向に出てくると思っています。ここには当事者はだれもいません。歴史家もおらず、南京大虐殺の記憶を持っている人や、元慰安婦もいません。
ネットで論争している人が、本気なのはわかるし、ネット右翼は確かに厄介だと思っています。ただ、これだけネット上に「実際にレイプすること」を肯定する言説がある中、反性暴力の立場をとる私から見ると、「ネットで暴れてる人はほっとくしかないよ」と思うし、そんな人たちをつるしあげても性暴力の問題はなくならないのは自明のように思えます。ネット上で、情報を発信していくことに対しては私は肯定的ですが、ネットで論争することには否定的です。それ自体に自己目的化して自己満足に陥るだけで、問題解決の役に立つとは思えません。そう言う意味では、私は東さんと同じ立場です。専門家でないのに、専門家以上にネット上で淡々と情報を発信する人たちはいるし、そういう仕事には頭が下がります。
だけど、いま現在進行形でtoledさんと私がやっているこの論争(っていうほどでもないけどさ)には、国家を動かすには、ほとんど何の意味もなさない無駄な作業だということは認識しないといけないと思っています。
追記:何か色々書かれてるけど、奴隷制ってのはオープンなシステムで無いと機能しないのよ。
奴隷による生産物を消費する市場と損耗した奴隷を供給してくれる供給源が別にある事が条件な訳。
古代ローマ型の奴隷制はこのオープンシステムがある程度の期間機能していたけど、クローズドシステムの奴隷制が成長しなかったのは李氏朝鮮とかが全然経済的に成長しなかったことでも分かるだろう。
国家の一部が富めば良いという奴隷制は経済的にサチりやすいし、だからこそ分配政策が重要なわけだ。
http://anond.hatelabo.jp/20090927120106
機械が生産しても、その生産物を消費する存在が無ければ生産物は行き場を失うだけ。
近代国家で奴隷解放が進んだのは、彼らを奴隷として使役するより労働者&消費者として活動してもらった方が市場が、つまり経済規模が大きくなるから。
もちろん、奴隷を使うより機械を使った方が効率が上がるという理由もあるんだけどね。
以上、つまるところ奴隷制で経済成長する社会というのは、少なくとも近代においては存在しない。
例外として、李氏朝鮮のように不労階層(両班)を食わすために農奴が奴隷のように働かされるという社会はあったけど、大抵の場合早期に経済が頭打ちになってしまうんだ。
市場が拡大しない、生産力が向上しないといった色々な理由が考えられるんだけど、詳しくは歴史家か経済学者に聞かないと。
「経済成長して再分配」というより、経済成長も再分配と同様に重要というべきだね。
成長か再分配かってのは無意味な問いだし、なんでどちらもやるって話にならないわけ?
http://anond.hatelabo.jp/20090914132607 の増田です。
こんな話きいても面白いと思ってくれる人いるわけねーだろ、みたいなテーマで調べものをしてます(本業はというと不景気で自席待機中、次の派遣先は決まらないかもしれない)。自分が首になって家内ともども路頭に迷うかもしれないのに、不思議と危機感がなくて。
CiNii のサイトにいくと、とある学会誌の創刊号から何年かが全部無料公開されてて、創刊号にはなんと当時の科学技術庁長官、中曽根康弘氏が祝辞を寄せてるわけです(さてどこの雑誌でしょう)。とある単語をさがしてその検索のきかない pdf を延々延々「目 grep」してます。で、二段組みなので狭い画面で見ると
と2passかかる。疲れ目がひどくてブルーベリーのサプリがありがたい。
あと JIS の規格票とかも検索するのですがこの検索がまた動きが微妙なんだ。
資料の探索範囲はストーリーが見えてくるに従って広がっているのですが、なんか自分の知識には主に理論面であちこち欠落があって、定番的教科書に何が書いてあるのか知らないままやっているもので、あちこち致命的ではないもののぼろが見えてきて、それを全部繕ってるといつまでも終わりそうになくて、しょうがないから切り捨てたりごまかしたりして、まあ本に書いてないような新事実もちょっとだけ確認はしたものの。
結局やってることはといえば、安楽椅子、もしくはマトリックス内歴史家で、pdf になってないものにはほとんど手が届いてない。
要するに、キーパーソンにアポとるのが怖いんです。勉強不足を pgr れて瞬殺されるのが怖いんです。自分が持って行った新事実を喜ぶどころか不機嫌な顔で、おまえうざい、って言われてすべてが終わりになる恐怖がいつまでも去りません。円満退社したとはいえ古巣の元上司に「いまは職を転々としながらこんな金にならないことにまで手を出してます」と自己紹介するのもこわいし、要するにすべてが怖いです。
私ごときが全てを知ろうなんておこがましいんですが、何の権利があって、自分の先生でもない人に質問をするのか、その根拠が見えません。
まあ恥を晒し大失敗するしかないんだろうけど。
日本のビートルズは誰か、という質問にリットーミュージックの社長が「フリッパーズ・ギターだ」と確言したというニュースを見たことがある。発表した曲群に駄作が1曲もない、というのがその理由だったと思うが、実は俺もそう思う。無論フリッパーズが「バンド」なのかと言われると躊躇するところがない訳ではないが、俺の主観でも、彼らの作品には駄作がない。アルバムたった3枚で解散しちゃったけど。
しかし再度「日本のビートルズは誰か」という、どうでもいい人にとっては本当にどうでもいい質問に立ち返ってみると、リットーミュージックの社長さんは重要な観点に触れていないことに気づく。音楽のクオリティ、これはもちろん重要だが、実はビートルズをビートルズたらしめているのは、4人のキャラ立ちの凄さだ。ジョン・ポール・ジョージ・リンゴ、という4人の住み分け具合は見事だ。
例えば、ビートルズより格好いいバンドというのはいる。俺にとってはザ・クラッシュだ。特にジョー・ミック・ポールの3人が革パンで立った時の格好よさは異常。或いはビートルズより演奏が上手いバンドというのも結構いるだろう。レッド・ツェッペリンを始めとするハードロック勢やヘビメタなんかにうようよいそうだが、俺の好みでもザ・ポリスは上手かった。さらに、ビートルズより芸術的なバンドというのもいただろう。ピンク・フロイドなんかのプログレ連中もそうだろうし、最近ではレディオヘッドなんかもそれっぽいが、ブライアン・ウィルソンが神がかっていた時のビーチ・ボーイズは、俺の感覚ではビートルズよりも真に美的だったと思う。前衛的、と言い換えてもベルベット・アンダーグラウンドやフランク・ザッパがいる。ビートルズよりノれるバンド、などと言ったらそこかしこで手が挙がりそうだし、ビートルズより現代的なバンドは、という問いには答える必要もないぐらいだ。(余談だがローリング・ストーンズは実に興味深い立ち位置にいることに気づいた。いずれ考えてみよう)
ここで「しかしビートルズほどメンバーがキャラ立ちしているバンドはいない。その意味で真の日本のビートルズははっぴいえんどやYMOなのだ」なんて阿呆なことを書こうと思ってたのだが、もっと重要なことに気づいた。結局ほとんどのロックバンドがビートルズの影響を受けているのだ。格好よさや上手さや芸術性など、どの特性においてもビートルズを上回るバンドは現れたのだろうが、ビートルズほど人々の支持を得て、生活様式(a way of life)に広く深く影響を与えたバンドはいない。
例えばアメリカ人ならニルバーナは凄いとか、イギリス人ならザ・スミスは素晴らしいとか、ヘビメタ好きならメタリカは偉大だとか、ヒップホップ好きならATCQは完璧だとか、歴史家ならバディ・ホリー&ザ・クリケッツの先進性はどうなんだとか、それこそカウント・ベイシー楽団は、とかそういう話にもなりそうだが、とにかくそれらを一掃できるのが「だってビートルズほど影響与えてないんじゃん?」という一言だ。
まあだから、結局ビートルズが凄い理由は、その影響力だよね。訴求力と言い換えてもいいかも。ポールのメロディアスな名曲群はアジアを中心にいまだに根強い人気があるし、ジョンの野太い傑作群に対しては皮肉屋のイギリス人もいまだに評価せざるを得ない。そして多分3日後に世界中で同時発売される全作品のリマスター盤も売れるのでしょう。この人気・影響力がいつまで続くのかは、神のみぞ知るということだろうが、2009年9月の時点でビートルズより影響力を持ったバンドは出ていない。
ちなみに以上の話はあくまでバンドの話。影響力の話を持ち出すならバンドに限る必要はあまりない気もする。アメリカ人ならエルヴィスの影響力は強大だと言いたいだろうし、少なくともビートルズはボブ・ディランより影響力があったという結論に素直にうなづいてはくれないだろう。個人的には、それでもビートルズはその両者より影響力を持ったと思っているが、じゃあJ.S.バッハはどうなんだと言われたら平伏するしかない。
しかしバンドと、アーティスト個人とは、何かが違うのだ。もしかするとこの違いに同意してくれる人でないと、俺の考えるビートルズの本当の凄さは共有できないのかも知れない。何が違うのかと考えてみると(考えるものでもないのかも知れないが)、結局は最初に話した4人のキャラ立ちとか、そういう話になる気がする。ジョンのソロである「イマジン」と、ポール中心とはいえ4人のバンドで作った「ヘイ・ジュード」のあいだに決定的な差異を見るのは、もしかしたら単なる思い込みかも知れない。メンバーの人生のストーリーに比重を置いたロマンティックすぎる見方なのかも知れない。
それでも、一人のソロ・アーティストが助っ人を雇って作った作品と、たとえ名義上であれ、複数のアーティストが協働して作り上げた作品を同質のものだとは考えたくない。ビートルズはキャラ立ちしたソロ・アーティストが、ひとつの曲に対して、自らのアイデアをぶつけ合って作品を作り上げていくタイプのアーティストだった。本人たちの言葉によれば、スタジオでのアイデアは誰が提案したものであれ全く公平に扱われ、有効なものであれば必ず採用されたという。特に後期、そして特にジョンとポールの間ではアイデアの競争のような状態になっていたようだ。
アップルやEMIの企画次第ではあるが、将来、ビートルズの人気が落ちることもありえるだろう。しかし音楽好きの間では、彼らの音楽は愛され続ける気がする。その理由が結局、ビートルズの何が凄かったかという問いに対して、自分が最も満足できる答えでもある。つまり、曲から聞き取れるアイデアの豊かさが半端じゃない、ということだ。ビートルズは結局、アイデアが凄い。
>医療記録はSolomon Radasky以外にも多数ある。数千や数万にものぼり、人体実験の記録は手紙だけしかないという状態で「同じような「入院記録」が幾つあっても同じ」と言えますかね?
言えるでしょ。なんで「言えない」と考えるのか解らない。
>アウシュビッツで無事に生き延びたユダヤ人の子供達がいるので納得のいく説明ではありませんね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AC
http://www.jewishvirtuallibrary.org/jsource/Holocaust/Mengele.html
>絶滅収容所なら、移送なんかしなくても殺したらいいんじゃないかと問うてるんですよ。
ソ連軍がすぐそこまで来てるのに?
>あなたは意図派ではないんですね。
意味が不明。
>知らなかったんですか、知っていたけど今はそんな論争は無いと言うんですか、どっちですか。
継続中の論争は知らない、てこと。
>今の日本のwikiでも偽造の疑いなんて書かれてますけど、これはまだ論争があると思った方がいいんじゃないですか?
ケンプナーはすでにノルテの提出した疑問等に答えたりしていて、疑惑は解消されてるね。様々な歴史家が歴史資料として使用している。
>引用先をよく見て下さい。その発言は載っているのが1994年発行の「Le machine dello sterminio, Auschwitz 1941-1945」という本で1989年発行の「The Machinery of Mass Murder at Auschwitz」とは違うのがわかります。
だからそれはイタリア語版てことじゃないの?
>病院には知り合いにもぐりこませてもらってる。
その時点でおかしいんですよ。普通にユダヤ人であろうと診療は受けられてたのは自明の理なのに、「知り合いの好意でもぐりこませてもらってた」て。
>Solomon Radaskyは人体実験なんかされてないよ?
Solomon Radaskyの件でなく、全体として公式文書(ナチス側の)があるかないかの違いです。他にも治療記録ならアウシュビッツに大量にある。
http://www.vho.org/GB/Books/dth/Image24.jpg
全く労働力のない子供も収容所にいたこと、この質問もまだちゃんと答えられていませんね?解放後の写真にあるような子供達です。
>到着後の選別に関しては目撃証言はあるよ?
選別と言っても、殺されるかどうかの選別かはわからないですよね。「選別」自体ならあった。すぐ働けるかどうか、等の。
選別された後ガス室送りになって殺されたという一部始終を見た人がいないという意味です。
一度読んでみるといいですよ。
http://revisionist.jp/holocaust_trial.htm
ああ、そう移送でした。前の文章で「アウシュビッツがパンクせず収容者を受け入れられたのは何故か」という問いに対して「他収容所への移送があったから」「絶滅収容所なら他へ移送するのはおかしい」とも答えたはずですが、それはどうなんですか?
>浅学にして、そんな話は知らんなぁ。誰と誰のどんな論争なんですかね?
私の提示したリンク先全然読んでないんですね。
http://wissen.spiegel.de/wissen/dokument/dokument.html?id=21411069&top=SPIEGEL (ドイツ語)
デア・シュピーゲル誌による文書の発見に関わった連合国スタッフへのインタビュー記事。記者が「ヴァンゼー会議録が本物かどうかで何十年もの間、疑問が投げかけられているが、本物だと思うか?」とスタッフに尋ねている。
そしてこれらが偽造だったとしても、内容はユダヤ絶滅を示していないという、正史派の意見。
1982年、イェルサレムのヘブライ大学教授イェフダ・バウアーは、すでにこう説明していました[2]。
「1月20日、「ヴァンゼー会議」と呼ばれる会議がベルリンで開かれた。ユダヤ人を東部地区に移送するという作戦が計画され、そこでは、労働によって幾分かのユダヤ人が『自然に』清算される可能性が含まれていたとしても、工業的な大量清算について語った者は誰もいなかった。この会議に続く日々、週、アウシュヴィッツ建設局は、工業的な大量清算という目的のための施設を計画することを要請する呼び出し、電報、書簡をまったく受け取っていない。」
発言者は有名なプレサックです。
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090330/1238349203にid:tari-Gが答えないのは単に読み難い文体の問題だということだから、本人に代わって文体を書き換えてみるよ。
これで逃げ場がなくなったね。
知的誠実を他者に要求するtari-Gクンへ
さーて、書かなければならないことはあるけれど、それはそれとしてまず売られた喧嘩を買っておきますか。
にゃー語は脳が受け付けないので斜め読みだが、多分野にわたり山のように文献があるテーマを全く未消化で駄文を書くのはいいんだ。こういうのは「先人の業績」や「被害者」「死者」等への冒涜にならんらしい…ケッ 2009/03/27
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090326/1238051100
このtari-Gクンは、永訣の朝、公開オナニーにダンス・ダンス・ダンス - 地下生活者の手遊びで遊ばせてもらった、negative_dialektikクン(以下、否定弁証法クン)を擁護していたお方です。
で、このtari-Gクンに、「ホロコースト」は使ってはならないか?あるいは日曜歴史家 - 過ぎ去ろうとしない過去のコメント欄で2009/03/26 10:31に、idコールまでして答えたくないと思われる論点を挑発的に問うてみたら、そちらには答えがなく、上記のブクマコメがかえってきたということです。
hokusyuのところのコメ欄でのtari-Gの発言などを考慮すると、実にカロリーの高いエサなので、おいしくいただくといたしますか。
では、エサをいただくにあたっては、いつものように逐語的にお料理させていただきます。
tari-Gクンは猫かぶり文体を読んでいたはずだけど
「にゃー語は脳が受け付けないので」
ほうほう、僕の猫かぶり文体が読めないと。まあ、それ自体は珍しくないよな。
ただ、はてなブックマーク - tari-G のブックマークを開いて、tikani_nemuru_M で検索してみると、現時点で14件ヒットします。そのうち6〜7件のブクマについては、否定弁証法クンの騒ぎが持ち上がる以前にブクマされたものだね。
特に、舌打ちにのたうつ40♂ - 地下生活者の手遊びにつけていただいたtari-Gのブクマには「うんうんそうそう」というタグがつけられていますにゃ。少なくとも、このブクマをつけた1月17日時点では、「ない語は脳が受け付けない」ということではなかったみたいだね。
ま、そういうこともあるだろ。
急所をつかれると、突然に気にならなかったものが気になるようになることは、よくあることですからね。いままでも、猫かぶり文体を理由にして逃げ回る恥知らずは数えきれないほどいたし、卑劣な弱者に逃げ場をつくってあげるために、このような文体を使っているというところもありますしね。
だから、hokusyuのブログエントリのコメント欄で、僕からの質問に応えなかったのもそういうものだと思って見逃してあげるつもりでいたのにね。
わざわざ自分でクチバシ突っ込んできやがりましたので、何の遠慮もいらないだろう。
しかも、
「にゃー語は脳が受け付けないので斜め読みだが」
などと言い訳を前面におしだしてやがりますね、みっともねええええ(げらげら
hokusyuのブログのコメント欄では、こちらからの質問に逃げておいて、僕のエントリにブクマコメで文句だけはつけたいのかー。しかも、「ない語は脳が受け付けないので斜め読みだが」と言い訳全開にしてだと?
こんなヘタレが、「ホロコースト産業」の何が問題か - 過ぎ去ろうとしない過去のコメ欄で、「知的誠実」だのといっちゃってるわけですにゃ。
tari-Gくんは文献を示す義務がある
「多分野にわたり山のように文献があるテーマを全く未消化で駄文を書くのはいいんだ。」
なるほど、僕の前回エントリは[なにこれ], [これはひどい], [ご都合主義]とタグ付けされたうえに、「多分野にわたり山のように文献があるテーマを全く未消化で」書かれた駄文というわけだな。うむうむ。
まず、僕自身はシロウトであるし、この問題について包括的に書くつもりもないということは前回エントリでも最初にことわっていますよね。
もちろん、シロウトであるからといって、研究が積み重ねられているものを無視するどころか否定するようなことを書いてよいということにはなりませんね。無知を盾にとって、ホロコースト否定論とか南京事件まぼろし論にくみする言論を垂れ流すのは確かに無恥だな。ホロコーストや南京事件については、その規模や細部についてはともかく、そうした事実があった、ということについては学問的にも確定しているわけだしね。
ところで、前回の僕のエントリを駄文と評するのは問題ないし、包括的に文献を読んだつもりもまったくないのだが、「多分野にわたり山のように文献があるテーマを全く未消化」と断言するのであれば、当然のことながらどのような文献のどのような論点を未消化なのか指摘できるよね?
いやね、フツーならばブクマコメのこの程度の指摘に対して、いちいち「ソースだせや」なんて言うつもりはないんだけどさ、tari-Gクンってば、↓のようなことをいっていますよね。
海外の著作に言及する場合、自分が依拠しているのが、原著を参照せずに翻訳書だけなのか、それとも両方参照しているのか。依拠している文章が、翻訳書なのか原著なのか。引用訳文が翻訳書からなのか独自訳なのか。そういった極めて基本的なことを明確にしたら?。
あと、hokusyuさんは、「通説である」とか「多くの研究者に支持されている」を極めて多用するけど、そういう場合は、必ずちゃんとその根拠を明示しなよ。少なくとも、それを裏付ける著作名と研究者名ぐらい列挙しなさいよ。
学問的手法に忠実云々ということをあれだけ強調していながら、実際には、そういう最も基本的な事からして全然できてないのは、ホント困るわ。
学問というのは、自律の世界なんだから、まず自分に厳しくしないとダメだよ。
出典の紹介等について、私が「一番」「甘い」というのも全く根拠不明で意味不明だが、誰に言われようが、自分の言葉の典拠や論拠を明確にするのは当然でしょ?世界のどの研究者もしている当たり前の学問的手続きを、自分の言説にまず適用するのは当然じゃないの?誰に言われようが関係ないじゃん。情けねー。
一般読者達向けに、惜しみなく情報を提供しようとは思わないの?そもそもそこがよく分からないな。なんで知識を出し惜しみするの?
てか、はっきり言って、議論の質を本気でよくしたいなら、他の選択肢はないよ?
hokusyuが見てて不快なのは、学問的誠実さが本当にないところ。自分が得た情報をできるかぎり共有して判断して貰うという、最も基本的姿勢がない。結局、客観性へのこだわりがないんだよね。「信じればいい」という主観だけ。
と、議論相手にここまでソースを出すことを要求するtari-Gクンが、「多分野にわたり山のように文献があるテーマを全く未消化で駄文を書く」と断言している以上、僕の前回のエントリが、多分野に渡り山のようにある文献のなかで、特に必須なものをどう未消化なのか、具体的に言えないはずもないだろう。「てか、はっきり言って、議論の質を本気でよくしたいなら、他の選択肢はないよ?」
僕が誰を冒涜できるのだろう?
「こういうのは「先人の業績」や「被害者」「死者」等への冒涜にならんらしい…」
何をいっているのかぜんぜんわかんないのだが。
ホロコーストがあった、ということは歴史学的にもまともな学者には完全に合意され決着がついていることがらなので、ホロコースト否定論が「先人の業績」にまるで敬意をはらってないということになるのは当然だな。
ところで
人工妊娠中絶について、生命倫理学的に決着がついていたっけ? で、僕がそれに反するようなことを書いていたかにゃ? 僕が「先人の業績」を冒涜しているというのなら、ちゃんと根拠をだして説明してくんないかな。
それに
「被害者」「死者」等への冒涜 って何のことかにゃ? 僕のエントリが、どのような理路で、「被害者」「死者」等への冒涜 になるのか説明してくんないか?
tari-Gクン、チミな、他人に対して知的誠実だの学問的誠実だの、根拠をだせだのとさんざんいったのだから、求められたことを説明するのは当然だろ?
以前は猫かぶり文体も読めていたようだし、猫かぶり文体で書かれた文を、頼みもされないのにわざわざDISりにきたんだからさ、説明の責務があるのはアッタリマエだろ?
ここで僕の予想を書いておくと、tari-Gクンはまともに応えることはできないと思う。他者に要求するものが自分に向けられることを想定すらしてないだろう。
そして、他者に要求することを自分はまるでできないということと、否定弁証法クンのような歴史修正主義にくみする者を擁護することと、多分つながるところがあるのだね。
もちろん
自らがhokusyuに要求しているようなことをtari-Gクンができた場合、僕は鼻水を垂らしながら全力で謝罪するつもりです。
再掲
それと、ついでといってはなんだけど、hokusyuのところのコメ欄に書いたものを再掲しておくので、こちらにも応えるように。>知的・学問的誠実を他者に求めるtari-Gくん
>id:tari-G
「歴史問題は、政治問題化してしまうのです。ホロコーストの歴史的実態について再検討する必要がある、と口にしただけで、反ユダヤ主義者のレッテルを貼られてしまいます。南京での中国人の被害者の数も、中国共産党政府の主張する30万人とか40万人とかいう数字をそのまま受け入れなければ、大日本帝国の軍国主義復活を目論む右翼分子とレッテルを貼られそうな勢いです。冷静に、歴史的に、事実を確定しようという学問的姿勢や努力は、政治的に圧殺されてしまいます。」否定弁証法3/17
と、上記の主張は端的にデタラメだよね。「冷静に、歴史的に、事実を確定しようという学問的姿勢や努力は、政治的に圧殺」ってのは事実と異なる主張だよね。
で、歴史に関する記述が政治的に歪められているという上記断定は、歴史修正主義が大喜びする「どっちもどっち」という判断を直接的に導くよね。tari-Gも、「どっちもどっち」は歴史修正主義の手口だと認識してるだろ?
さて
3/17の否定弁証法クンの主張は明らかに歴史修正主義にとって都合の良いデタラメの垂れ流しであるがゆえに、これを厳しく批判する論調がでてきたわけですね。
しかも、直後の否定弁証法クンの反応は、具体的な反論に対して「史上最大のタブー」「「信者」と議論するのは、ご遠慮しておきます」と、明らかに陰謀論を採用して議論を拒絶していたわけですね。ここも批判されて当然だろ。
でな、今回は否定弁証法クンがデタラメを垂れ流したので叩かれた、というだけの話だぜ。しかもそのデタラメは歴史修正主義を利する典型的なデタラメだね。
こうした批判に対して
>これはhokushyさんのような圧殺的行動への批判であって、具体的な修正主義的主張とは全く意味が違うのは明白です。tari-G
って意味がわかんないんだが。
いいか? 先にデタラメ垂れ流したのは否定弁証法クンだぞ。それを批判すると、後付けで「圧殺的行動への批判」となるわけ? 時間的前後が無茶苦茶。
しかも、デタラメを批判すると圧殺的行動になるってのも支離滅裂。デタラメを批判したらいかんの?
おまけに、「具体的な修正主義的主張とは全く意味が違うのは明白」って、どこに根拠があんの? チミの脳内で明白なだけだろ?
というわけで、僕はこの1点でチミのお相手をさせていただく。
どうする? 逃げるかい?>無茶苦茶で支離滅裂で根拠のないid:tari-G
話の腰を折りますが、私は皆さんが証拠としているヴァンゼー会議自体も懐疑的です。
…で、もう一回引用してくる資料が、またまたゲルマール・ルドルフの資料ですよね。歴史家でもなんでもないタダのおっさんの。
いいですか?もう一度前に書いたことを書きますよ。
そういった資料(注:ヴァンゼー会議についての史料等)を、あなたはそのオッサンの立場を離れて評価し論じることはできるのかね
『専門の歴史学者』以上の正確さで?
大事なことなので二回言いました。
大事なことなので二回言いました。
あなたがゲルマール・ルドルフを信頼する根拠は結局「説得力」だけですか? それって信仰とどう違うのですか。
「説得力」だけなら振り込め詐欺にだってあります。
とりあえずどうして「専門の歴史家」が彼を評価しないか、それを考えてみても良いのではありませんか?
私は比較検討の結果こちらの方が信頼出来ると思いました。
あなたの比較検討力は、その辺の数多の歴史学者を凌駕するわけですか。
周囲に止められながらなお欺されて振り込め詐欺に振り込む人も、多分、自分を止める銀行員よりも警察官よりも自分は判断力に優れていると信じ込んでいるんでしょうね。
Discovery of British Shipwreck Solves Centuries-Old Mystery
英国難破船の発見により数世紀にわたって続いていた謎が解決する。
American salvagers announced Monday the discovery of the wreckage of the HMS Victory,
アメリカの難破船引き揚げ隊は月曜、HMS(英国軍艦)Victory号の残がいの発見を発表した。
one of the most important ships in British naval history,
at least 60 miles from where historians have long believed it sank.
こんな感じかな。