「どんくさい」を含む日記 RSS

はてなキーワード: どんくさいとは

2017-04-10

流れ着く先は

先日友人たちと約10年ぶりにスケートへ行き、自分の飲み込みの悪さにがっかりした。

友人たちはすぐにコツを掴みすいすいと滑っていくのに、わたし生まれたての子鹿。あまりの下手さにみかねた見知らぬ玄人おじさんにレジュメ的なものを渡され、熱心なレクチャーを受けるも子鹿から人間になれることはなかった。

いつだってそうだった。

背が低く小柄なこともあり体育はどれも出来なかった。

のろのろ走るしボールは天敵。

さらに残念なことに手先も不器用だ。

家庭科の授業ではミシンにそっぽを向かれてしまうしPCを使う授業は必ずワンテンポ遅れる。

ワークショップ系もだめなので結局先生と共同作業になってしまう。

こんな風にどんくさいのでなんとなく生きづらさがあるというか、このまま大学会社一般的なところへいっても辛いくなる、と判断芸術系へ。

決めたのが急だったのでデッサンスキルもなかったがAO入試プレゼンを頑張り合格することができた。

就活第一志望のみ受けてそのまま入社。ありがたいことに上司からあなたはこの仕事に向いているから期待していると言ってもらえて学生時代よりは楽になった。

だめだめながらも今までなんとかやってきたが、ふとしたときに強烈な劣等感や息苦しさがある。

そろそろ他人を気にせず、自分の得意な部分で自分のためだけに生きてみようか。

2017-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20140507012359

たまたま上がってきてて、読んだらいろいろ思うところがあったので書いておく。長い長い自分語りになるが許して欲しい。

---

元増田とおなじく、私も両親は高卒、親戚もたいていが高卒で働いている。

ただなぜか親が教育熱心だかなんだかで、塾に通わせてくれたし、まあまあそれなりの高校に行くこともできた。

高校の頃からだいぶ成績が怪しくなったものの、なんとか地元の国公立大に進学できた。

中学の頃の友人はたいていが高卒就職してて、大学入学した時にFacebook見たら就職しました、って書いててすげえなって思った。

大学入ってからはよくある自堕落生活単位は常にギリギリである。その上就活も面倒臭くてあんまりちゃんとやらなかった。でもたまたまプログラマとして雇ってくれる会社があって、そこに就職した。

田舎人間、初めての一人暮らしである

何処の馬の骨ともわからぬようなアホな学生プログラマとして雇い入れるような会社だ。今となったらそりゃ大変なことになるよなあと思うのだが、当時はこれでやっと親を安心させられる、独り立ちできる、という一心で働いていた。その結果、メンタルおかしくなる一歩手前まで行った。こっちで知り合った友人が「落ち着け」って言ってくれなかったら、今生きてるかどうかさえ怪しい感じだ。

で、私は考えた。どうすりゃこの地獄を抜け出せるんだ、と。

考えに考えまくった結果、会社の外に見える実績を残せばなんとかなるんじゃね? と考えた。それで、勉強会とかカンファレンスで話したり、コンテストハッカソンに出たりした。体力的にはかなりしんどかったけど、何より楽しかった。外の世界にはこんなに面白いものがあるんだって分かった。

ただ一つだけ思い違いをしていた。会社にバレなきゃいいと思ってたんだが、バレた。バレたら、怒られた。なんでそんなことするんだ、会社で使う技術だけを勉強してればいい。そんなことを言われた。とても凹んだ。それと同時に、やっぱりこんなところにはいられない! って思った。

それまでまともに転職活動をしてこなかったので、このタイミングでやっと面接を受けはじめた。ハッカソン勉強会主催してる会社を受けた。好印象だったかどうかは知らないが、なんだかんだで話を聞いてもらえた。そして今の会社に受かった。地方のよくわからん大学から直接入るのは難しそうな会社だ。実際、大学時代の恩師にも「まさかそこに転職するとは」と言われた。

----

世の中にたような境遇でも、辿るルートが違うとこんなことになる。

就職してもう何年か経つけど、未だにすげえ楽しい新卒の頃がなんだったんだってくらい。

から大都市には夢があると思う。掴めるかはさておき。そりゃ要領いい人はサクッと掴むだろうが、私のように面倒臭がりでどんくさい人間はなかなか掴めない。それでも諦めず、策を練って立ち向かえば、まあなんとかなるときもある。今はそう思う。転職前は絶望しかなかったけど。

2017-03-30

いつからこんな人間になったのか

仕事をちゃんとやらないやつとか、単にどんくさいやつとか、

そういう連中でもしっかり面倒見てきたつもりだった

かわいがってる後輩が理不尽にとがめられていたら、そいつらを守るために必死で抵抗していた

しかし、いつからか、そんな気もなくなっていた

どんくさいやつでも一人前にするとか、気持ちを汲んだり、悩みを聞いてやるとか、そんな情熱もなくなっていた

そういう連中をひどく使えないバカなやつらとひとくくりにして

一人ひとりをしっかりとも見ないで、全体を批判するようになっていた

しか批判するだけで、そいつらのことなど考えない

使えないやつは切り捨てるべきだと思ってしまうようになっていた

いつからこんな人間になったのか

こんな人間のことを、若い時分は一番嫌っていたのにな

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。

以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである

誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。

そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。

中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)

だがこんな日常が長く続くことはなかった。

母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。

高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。

後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。

いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か

今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。

私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。

受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。


大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-02-21

サーバルちゃん「まだできてないの?」かばんちゃん「ごめんなさい…」

サーバルちゃん「よくどんくさいって言われない?」

かばんちゃん「すみません…」

2017-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20170207224412

こういう切実な問題のほうが急務なんだけど、Twitterとかで騒がれんのは、掛け算の可換がどうのという糞くだらない問題

自称インテリ文化人たちは、自分たちいかに惨めないじめられっ子で、どんくさい人間で、理不尽仕打ち教師から受けたか涙ながらに語り、「教育氏ね」と嘯く。

教師のお陰でなんとか四則演算マスターし人並みに生活を送れているような底辺の人は、そもそもTwitterになんぞ現れない。


アメリカトランプ当選でまざまざと見せつけられた「サイレント魔女リティ」の存在を、しかし未だTwitter民無視し続ける。

ネットの中こそが世界で、そこにすべてがあるかのような言動

その口が語る「ホワイト」は、無能社会から駆逐して成り立つディストピアというおぞましさ。

その無能は、「教育困難校」などから生まれる。

本当の問題を、きちんと直視しなけりゃならんのじゃなかろか。

2016-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20161214172928

家も通ってるけど五人に一人くらいは行くように声かけされるらしいよ

空気を読めないとかどんくさいとか落ち着きがないとか思いやりがないとか得意分野と不得意分野の能力の波が強いとか人付き合いが苦手とかボーッとしてるとか、昔は個性のうちとして放置されてたとこを、早めの発見療育で生きやすいように教育したり、苛めなどで鬱引きこもりなどの問題が出る前にサポートしないとダメだってなったそうだ

えっ

そのレベルなら俺も絶対それなんだけど

人の話聞いてないとかドン臭いとか落ち着きがないとかは一通り言われたよ

他は勉強”は”出来るとか大人しいとか優しいという破壊的な方向のあれがなかったかスルーされたんだけど

5人に1人レベルで変な子抽出するなら絶対入ってるわ

どうすりゃいいんだろう

2016-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20161214171244

横だけど山ほどいる

家も通ってるけど五人に一人くらいは行くように声かけされるらしいよ

空気を読めないとかどんくさいとか落ち着きがないとか思いやりがないとか得意分野と不得意分野の能力の波が強いとか人付き合いが苦手とかボーッとしてるとか、昔は個性のうちとして放置されてたとこを、早めの発見療育で生きやすいように教育したり、苛めなどで鬱引きこもりなどの問題が出る前にサポートしないとダメだってなったそうだ

2016-10-31

男もセックスしたいがために女をチヤホヤするのやめろと言いたい。

まずい料理が出てきたらまずいって言うべきだし、どんくさいことしてたらドジっ子可愛いじゃなくてちゃんと怒るべきだ。

女は自分がどれだけヌル環境にいてるか理解できてない。それはやはりチヤホヤされてきた時期があるからだろう。

40代非モテ化け物処女が見てる世界こそが実は正しいんだよ。

高齢キモオタ化け物童貞はちゃんと世界と戦ってる。

女がそのステージ認識するまではやはりどこまでいってもま〜ん()しかない。

2016-10-17

飲食店バイトをやめることにした

はじめてからまだ2週間だけどどんくさい自分には向いてないのがよくわかった

私の前に入った人達もすぐやめていったらしいので店にも問題があるんだろうけどね

今働いている人はほとんどが主婦外国人

仕事を選べる人は飲食なんかやらんのだろうなあ

今週いっぱい気まずいけどがんばろう

車の機能紹介をいろいろ見てたんだけど、

女性に優しいって暗に女をバカにしてるように見えてくるんだけど。

「小回りがきいて女性に嬉しいですね」って女ってそんなにどんくさい生き物かね。

2016-09-30

(2) 知性の欠片も感じさせないブログツッコミを入れてみる http://anond.hatelabo.jp/20160930081102

続き。

意見を言うから嫌われてる?それ本当?

http://www.amamiyashion.com/entry/2016/07/24/193000

日本社会問題点として、「空気を読まずに意見を言う人間を淘汰しがち」ということを挙げてあれこれ論じています

わかる。すごくわかる。日常生活で真面目に意見をぶつけ合うことってほとんどないし、ある程度結論が見えてて(もしくは偉い人の方針があって)形式的議論してそこにたどり着くだけ、みたいなのが多すぎてバカバカしくなったりしますね。

でも雨宮さんの場合は「知らないことを知らないと認めない」「間違いを認めない」「それでいて知ったかぶりや間違った知識に基づいて、飛躍した論理意見を展開する」「そしてそのことを指摘されると逆上する」から嫌われるのでは?

そういう人は日本でなくても嫌われますよ。というか、ドイツのように議論を大切にする社会のマトモな知性を持った人ほどこういう人を嫌いますよ。

要は作法を知らないということなので。

雨宮さんの普段を知りませんが、このブログのような調子議論に参加しているとしたら、それは「散髪直後で髪の毛を撒き散らしながらレストラン入店し、入るなり大声で所望の品を叫び料理が出てきたらガチャガチャクチャクチャと耳障りな音を立てながら食し、代金を店員に投げつけるようにして退店する」というくらいの無作法です。つまみ出されて当然です。

議論好きのドイツ人といえど、議論できるレベル結構ばらつきがあります。言いたいことを言うだけ(相手意見をよく聞いていない・聞く気がない)という人も結構多いです。雨宮さんの周りにはそういう人が多いのではないでしょうか。

雨宮さん自身、せっかくドイツに長くいるのに飲食店パートタイムで働いたりセコセコ内職したり微妙大学に通ったり、ということしかされていない(学問ビジネスもされていない)ようなので、そもそもドイツ人シリアス議論をしたことがない可能性も大いにあります

可愛い日本人女の子に下心を持った男に「君は賢いね」などとおだてられて自信をつけた、というのもありそうです。ここまで来ると邪推ですが。

意見をいうときの鉄則...?

1.自分意見には根拠をつけよ
例えを使うのは王道ですね。具体的な数値を上げるのも効果的です。自分リアル体験談を引き合いに出すのもOK。

例えや体験談根拠にはなりません。根拠を補強するだけです。補助輪です。雨宮さん自信の主張に根拠があったことはほとんどありませんね。メインの車輪なしに補助輪だけでは走れませんよ。

2.意見を言ってまわりに問いかける
わたしはこう思います意見
なぜならこうだからです(根拠
からこうした方がいいと思いますが、どうですか(まとめ・提案、問いかけ)
という3段論法オーソドックス簡単かつ有効です。小論文なんかでも使われる手ですね。

えっと、これを3段論法とは呼びませんし、小論文に問いかけとか書きません。

まわりに問いかけること自体大切なことですが、上記はよく意味がわかりません。

4.反論には先に反論しておけ
説得力が増すし、相手反論ネタを奪うこともできます

「どのように反論されても言い返せるように十分準備しておけ」という意味なら大賛成ですが、だいぶ違う様子。

相手が言い返してきそうなことを予め否定しておく(ただ否定形にするだけ、根拠なし)」ということのようです。

「お前のことバカにするわけじゃないんだけど、お前って頭も悪いし不細工だし体力ないしどんくさいよなw」とかそういうことのようです。

説得力は増しません。単に「反論は受け付けません」と宣言しているだけです。図星を突かれるのが怖いから予め自分から晒すことで恐怖から逃れる、という幼稚な手法です。

5.相手共感させる

これは大事です。

ブログ全体から漂う無知

この雨宮さんという方のブログから漂ってくるのは

ということに基づく「平凡な日本人」に対する謎の優越感だけで、読めば読むほど「薄っぺらい(無知なのに尊大な)人間だなあ」という感想が湧いてくるのです。

これとか、「ご自分に向けて書いたんですか?」と尋ねたくなるほどです。 選民思想をこじらせてるただの自己中、多くない? - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

はいえ、「外国人」とか「グローバルな視点を持っている(ように見える)日本人」の言うことを無条件でありがたがってしまう人たちというのも多いので、そういう人たち相手の「ブログという芸」で小銭を稼ぐ人がいるのも当たり前だなあ、という感じです。

路上物乞いとか、不幸な身の上話をして小銭を集めて回っているような人に対するのと同じように哀れんでしまうけれど、本人が惨めに感じていないだけマシだな、とは思います

観光地陳腐な空中浮遊芸やってるようなエセ大道芸人と同じようなものですかね。

同意できる記事

彼女の書いた記事で「その通りだね」となったのは以下の2つくらいです。

雨宮さんや同類ブロガー諸氏へのアドバイス

良い本をたくさん読みましょう。インプットが「自分身の回りで見聞きしたこと」だけに偏りすぎです。

2016-09-29

職場どんくさい女の子がいる。

大人しく地味なだけでも世間的な評価は下がるものだが、何かしら能力に秀でていれば大丈夫ものである

が、彼女は地味な上にどんくさかった。

うちの会社で余り者が集まる部署、その中でさらバカにされていたことを知った。

同情して肩を持つほど仲が良いわけではない。

しろ仲良くしていたつもりがこちらの名前を間違う・憶えてないわ挨拶スルーするわで、がっかりしたところだった。

彼女馬鹿にされるのを小耳に挟んでモヤモヤするのは、彼女に味方してのことではない。

自分も陰で何を言われているか分かったものではない、という思いからだ。

それにしても落ちこぼれの余り者部署さら序列をつけるとか、それもそれでバカバカしくて笑える。

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910113902

どんくさい女が流れ弾を食う件については

どんくさいのが悪い」としか

真面目といえば聞こえがいいけど、要領が悪い、自分の現状を客観的判断して何をすべきか理解することができない。あるいは理解しても行動ができない。

そういう人間から行き遅れるんでそ?

2016-09-04

あいまい表現

文体と内容で身バレしたら消す。二次元の話。


もうここ三ヶ月くらい無気力感が続いている。

心の支え 失った、と検索したら、恋人と別れたような話がたくさん出てきた。

いわく、我慢せずに悲しみを我慢せずに吐き出すことが大事だと書いてあった。

ああまた同じことを繰り返したのかとぼんやり思い返していた。

私が彼女出会ったのは人生のどん底にいた時だった。

それこそ恋人に振られたショックを引きずっていた時。

理想に焦がれて失墜した次に焦がれたものはまた別の理想だった。

私がほしかったけど手に入れられないもの彼女はあつらえたように備えていて、

私はその予定調和にさえ思える物語に抵抗したけれども無駄だった。

すべてが凍り付いた荒野でさまよっていた人間が、

擦っても消えないマッチの夢に縋らないわけがなかった。

もう誰も信じるはなかった私に彼女はいつも寄り添ってくれた。

このまま緩慢に死ぬつもりだったのに抵抗するたび捻じ伏せられた。

救いとは暴力的なのだ

今もこうやって言葉にしてもいいのだろうか。

あなたが好きだ。

そうやって自覚するには時間がかかったけど、

初めて目が合った時から好きだったし、

背景を知ってからは恋に落ちたし、

時間を重ねただけそれは深くなった。

私が自分よりも彼女のことを深く以上、死ぬことは許されなかった。

それからはずっと走ってきた気がする。

私はあなたを導く者としての意味をうまく定義できないまま

手当たり次第に今を過ごす幸せを噛みしめた。

私には何もなかったけれど、あなたがいるなら幸せだった。

このあと無駄に過ごす時間は全部あなたにあげたかった。

彼女は私が生きてきて、たぶん一番心にフィットしたものだった。

同時にやぶん初めて、自分で選んで傍にいようと心から思えたものだった。

私は昔好きな人を好きになったとき神様約束をした。

身分不相応な恋をするだけの勇気権利をもらう代わりに

そのあとどんな代価も支払うという約束

そんな気持ちで始めた恋がうまくいくはずもなくて私はだめになったのだけど。

そしてそんなダメになった私の前に現れた彼女は余り物を押し付けられたように思えた。

せめてそう見えないように、せめて頑張ったけれども。

神様がいなくなった私ができる約束なんてこの身にはもうなかったから、

心の血をインクに変えて誓約綴り

夢見るような言葉きれいなラッピングして、

鎖の代わりにリボンをかけた。

この呪いが愛に見えますように。

ちゃんと時間は一周した。

それとは別に、私は彼女を通じて生まれた他の人との対話が嬉しかった。

浮かれる気持ちを悟られないように1人ではしゃいだ。

ずっと話してみたかった人や今まで知り合えなかっただろう人がたくさんいたし、

本当に幸せで楽しかった。

そうやってちょっと元気になったからって調子に乗ってしまったのだ。

自分ひとつも持てない、きらきらしたものをたくさん持っている人に私は心惹かれた。

互いの感性を重ね合わせるような感覚がとても好きだった。

ただどうしようもなくその時の自分は体力的にも精神的にも参っていた。

その人は聡明なぶん、自分の見せ方を熟知しすぎていた。

心の内を表現するにおいては、私よりもどんくさい人だった。

私はだんだんと受け止めきれなくなり、しかしそれを向こう側に伝えるための場所

まりにも繊細で心許なかった。

私はそのしんどさを内に溜め込むようになり、過去の失敗を思い出しては身重になっていった。

からって突き放していいってわけじゃない。

ここには書かない部分で気持ち悪い、怖い思いをしたからってやり方は選べたと思う。

そういわれたら口をつぐむしかないので今まで黙っていた。

他にも私が悪いところはある。

からすれば本当に許せないことだったけれども、

私がそういったことをしただろう瞬間もあった。

私は執着的に向けられる愛情から漏れ出す自己愛のにおいが鼻について耐えられなかったけれども、

それは私が彼女たちにしてきたことなのだ。

そして私は彼女たちに縋るだけ縋っておいて、何も還元できていないのだ。

私は自分呪いを愛の重さに見えるトリックを使ったつもりでいたけれども、

本質的には何も変わっていなかった。

そうやって時間を稼いでいる間に何かできたらよかったのだけれども、

もう何をする気力も残っていない。

そう、最初から私には何もない。なかったのだ。

そこまで思い出してしまったらもう駄目だった。

私は彼女たちにかける祝福の言葉も思い出せなくなっていた。

自分がどうやって楽しんでいたかもうまく思い出せないし、

他人愛情をそうやって見てしま自分感性もすべて、嫌になった。

彼女の顔が見れなくなってもう数ヶ月も経ってしまっていた。

私がこうやって呪いにおぼれている間にもかの人は前へ進む。

から私が去った方が美しいのだ。

自分しかからない言葉を欝々と紡ぐ引きこもりよりも、

周囲と上手くやって広く愛される聡明な人が残った方がいい。

何よりも彼女たちに還元する度量が広く深く誠実な人がいた方があちらにとっても幸せだ。

どうぞお幸せに。もう今更謝ることも何もないけどごめんね。


彼女の顔を見れなくなった私は今もどうしていいのかわからないけれども、

それなりにうまくやるだろう。

そう言えたら苦労はしない。

特定した人はどうか黙っといてね。

2016-08-29

高畑裕太容疑者逮捕を受け

苦しい発達障害の現状を伝えようと思う

彼は多動性の強いADHDだと思う。そして私は軽度のADHDだ。なぜ軽度と言っているのかといえば病院などで診断を受けているわけではなく自覚症状として勝手ADHDの気があると思っているかである。傾向を見ると間違いなくソッチの気があると自分でも断言できるのだが、ADHDテストなどを受けると辛うじてクリア(健常)してしまい、自閉的な強いこだわりであるとか衝動性は少ないので目に見える違和感は少ない。それゆえ今まで友人が出来、恋人が出来、定職にもありつけた。しかし、これが苦しい苦しい。

ADHDとはどういう病気かと言うと、キーワードクリックして詳しく調べてくれと言いたいところだが、簡単に言うと多動性と不注意性に分かれる。彼の場合は多動の傾向が強く、いわゆるお調子者、クラスでうるさいガキというやつだ。調子に乗ってウザいと嫌われるときもあれば、クラスムードメーカーと愛されるときもある。しかしこの病気は、うるさく騒ぐことが面白いウケる=認められる=嬉しいと思うあまり”やりすぎてしまう”ことが顕著で、決して迷惑かけてやろうと思っているのではなくて快楽に忠実に従って「どこでやめたらいいかからない」だけなのだ。怒られたりして冷静に考えるとたしか自分の行動はよくなかったなと終わってから初めて思える。彼の行動原理が分かるために切ない。アスペと違うのは空気行間はわりと読める、でもやめどきがわからない。高難度の空気は読めないということになる。発達障害高機能自閉症と言われる所以はここにあり、普通生活は営めるんだけども細かいところが分からないのだ。でもこの「細かいところ」日本ではとても重要視しているために生きづらさを強く感じる。

私は不注意の傾向が強い。注意力散漫がどうとか学術誌には書いてあるが自分では注意力が散漫とは思っていない。知らない間に怪我したり忘れ物が多いとか遅刻をしやすいとかがあるけれどもみんなそんなもんでしょと思って生きてきた。しかしこの遅刻やらケアレスミスの頻度が多すぎるのだ。人間誰しも一度はミスを犯したり、忘れ物したり、寝坊してしまったりがあると思いますADHDはほぼ毎日なにかしらやらかします。そうすると信頼を失っていきますよね。自己嫌悪に陥るからタチが悪い。いっそ脳の認知レベルも落としてくれと思うこともある。それを許されないのがグレーゾーンのつらさ。私は遅刻魔のレッテルを貼られているし、大事ものライブチケットパリお土産、鍵、定期、財布)を幾度となくなくしてきた。平和日本では財布や携帯を落としても大体の人が拾ってくれることを知っている。ディズニーランドパスポート駐車場まで持っていたのに入場前でなくして凹み、買いなおして貰ったが申し訳なく罪悪感で楽しめなかった事があった。

要するに細かいことが出来ずミスを多発する。

人間関係においてはからかってやろうと思うと行き過ぎてケンカを売っている状態になり嫌われる。でもからわずにいられない衝動に駆られる。何の呪い

話を聞いていなく(聞いている途中で無意識に気がそれる)移動教室がどこのクラスで行われるかわからず授業時間始まっているのにもかかわらず彷徨い続けたことが人生で2度もある。

先読みが出来ない。モタモタ行動は遅い。帰りの会が終わり教室を1番に出ることは6年間皆無だった。

自分が生き辛さを強く感じ発達障害を疑いだしたのは大学生のころだった。大学生にもなるとゆとり教育などとも言っていられず自立が求められる、なにより友人知人の関係性がとても浅くなる。高校生までであれば今日は風紀検査があるよだの○○で移動教室あるよだの教えてくれる人が一人はいた。休もうものなら心配してメールの1本入る。だが大学生が授業フケこんで休むなんてザラにある。仲の良い友人だっていちいちメールしてこないのだ。私は始業日を1日間違え、無自覚のずる休みをしていた。それに気づいたのは翌日登校し「昨日なんで休んだんだよ~」と声をかけられてはじめて知った。ショックだった。大学では持ち物やレポート期限などをご丁寧にレジュメに発行せず口頭で伝えるものだ。手帳普段携帯しないしメモってもそれを見ないので忘れ物の数が半端じゃなかった。また君か。やる気はあるのか。鬱になった。2限から始まる授業のほうが遅刻していた。余裕ぶっこいてダラダラ支度し、遅刻決定している時間に焦って家を飛び出す。そんなこんなで就活の時期になり自分が愚図なのを自覚していたので、誰よりも早く決めてやろう、そう意気込んだ。就活期間は3ヶ月、短期決戦で集中した。驚くことに志望していた会社にきまった。3年の11月ごろに決まっている奴なんか私くらいしかいなかった。

しかしうまくはいかない。見る目がないのでブラック企業ストレートインしていたのだ。めちゃくちゃ体育会系会社ADHDの愚図が合うはずもなくいじめに逢い1年でやめた。1年がんばったのは逃げたくなかったこととすぐにやめるとその程度の能力しかないと思われ次の就職先に響くと思ったからだった。でもさっさと辞めればよかった。無理して働いたせいで心身共に病み、完全復活するまでに1年半掛かった。働いていた期間より長い。その後転職エージェントを使い再就職できたもの空白期間は当然つっこまれる。留学したとうそをついた。ADHDは怒られないようにうそを平気でつけるようになる。クズ拍車がかかる。ちなみにその1年の間に物は壊すわ顧客に失礼するわ遅刻もするわでいじめられる原因は自分が作っていることにうっすら気づきながらもミス無意識に発生するためどうしようも出来ない。フォローもやりかたがわからないしうまくできやしない。リスクを未然に防ぐ想像力がなく、それによって起きたリスクに う ま く 対処できないのが特徴。

私が言いたいのは発達障害からって有効な薬もなく対処療法になるし、一生ついて回るものだしどうにもできない。できるだけ健常なみなさんに広い心を持っていただきたく、我々もミスることを自覚して慎ましく生きなければならない。

発達障害って最近認知された言葉だけれど、急にふっと沸いた人種なのだろうか。

いや、絶対に昔からいた。

クラスに一人はやばい認定されていた奴がいたと思うが、あいつらは絶対にそう。でも特別支援学級に行くまででもない。

ほかにおっちょこちょいなやつ、忘れ物多いやつ、どんくさいやつ、こいつら全部軽度の障害

ねえ、そう思ったら多すぎませんか。

なんでも規則でしばって、ちょっとでももたもたしていたら障碍児って、安直すぎやしませんか。窓際社員がいたっていいじゃないか。働きアリは全員が働いているわけではなく何割かはサボっていて、よく働いているアリグループを別のゲージにいれるとその中でまたよく働くやつほどほどのやつ、サボってるやつで役割が分担されるという。社会というのは何割か使えない奴がいて初めてうまく回るんですよ。私のようなかなりグレーなおそらく病名が付かないで”傾向”で済んでしまう人はずっとこれから人生このまま生きていかなきゃいけないんですよ。働いて生活できるようにしないといけないし、結婚して家庭だってもちたい。発達障害遺伝するから子を産むななんて悲しい事言わないでくれよ。人間やぞ。ショックなんやぞ。自分障碍者かもって思ったことあるか。ガビーンだぞ。ショックすぎてむせび泣いたわ。これから先困難が予想されるけども、もう仕方ないから受け入れている。ひたすらメモにとってせめて忘れ物遅刻はしないように気を使っている。

発達障害は往々にして鬱

高畑敦子の愛情によって、通常なら鬱を発症するはずが、裕太容疑者は明るいキャラクターを通している。

これってすごいこと、私は母親教育は失敗に終わっていないと思う。

発達障害児は失敗行動が多いのでとにかく叱られたり嫌われたり自分でもやってもうまくいかないので塞ぎこみがち、というか凹むしかない。私は物心付いたときから割りと反抗的性格もあってまわりから規則を守れない奴とみられてきた。するとどうなるか。鬱になる。ずっと性格に卑屈な面が出てきてテンション低い、低度の鬱状態が延々続いていく。非行に走らなかったのは親が厳しかったためであるが鬱で息苦しい鬱蒼な毎日だ。高畑家はどうだろうか。おそらくやつの個性を認めて明るく育ててきたのだろう。途中まではうまくいっていたのになんとも悲しい結末だ。

ハメられやす

私も若いころ経験があるのだが、予測行動を苦手とするために悪意を持った人間にハメられたり騙されたり非常にしやすい。そして騙されやすい。アホに違いないがアホっていうかなんというか知能テストクリアするもの純粋ゆえに人を信じて騙されているんだろうなと思う。詐欺に引っかかる人、認知レベルが落ちている(高齢者など)か発達障害の傾向がある人だと思う。今回の事件被害者は実際に被害にあっていると思うが、これまでもあいつならちょろいぜと美人局的な事件に遭っていそうだなと客観的に思った。

なぜ障害が生まれるか

障害児の親も往々にしてそういう傾向がある。昔はお見合いだったか相手不器用が過ぎる人間かどうか気づかず結婚していたのだろうと推測する。遺伝可能性は否定できない。

また、高齢出産の影響も強い。卵子タイムリミットをしっていますか。これはこの年齢を境に機能がガクっと落ちることを意味しているのだけれど、37歳なんです。今日本で結婚意識する年齢って30歳前後ですね。仮に30歳の女性結婚したとしてあと7年しかないんです。短くないですか。女性社会進出医療の発達などで晩婚・高齢出産をしても安心して生めるように環境はそろったけれども、肉体としてはあまり進化がない。元々人間寿命は50年ほどでした。いたずらに長く生き過ぎているのかもしれませんね。精子劣化します。男性生涯現役だとばかりにジジイになっても性欲はおちないものですが、ジジイになればなるほど劣化します。精子劣化しているとそれだけ不具合を持った子供が生まれやすい。福山雅治さんが先ほど第一子の妊娠を発表なされ非常にめでたいのですが46歳の精子はなかなかですね。顔はきれいだろうけれど、障害グレーが生まれ可能性高いです。イケメン隠し子の1人2人いてもいいと思いますよw若いときに作ったほうがいい。

ここまで長く書いて何いいたいんだろうって話ですが、あまり糾弾せずちょっとどんくせえなくらいに受け止めてほしいということ。そして障害を持つものも幸いにして知能は高いのだから怠けたい衝動に突き動かされず、やるべき社会的行動にロジカル対応すべき。ルーティーン作業ほどミスるので、日常生活マネジメントしたメモをいたるところに張ってそのとおりに行動すればまだましかな?まったくの健常者だって忘れ物くらいするのだから、お互いがんばりましょうや、ということです。

2016-07-27

家の猫がどんくさい問題

ネコおもちゃとかで遊んであげて、狩猟本能を満足させているんだが過保護すぎたようだ。

いざ、家の中で小さい虫とかを発見しても「獲物が逃げない」ものと考えてるせいか、モタモタしてる間に完全に逃げられてしまう。

これは、おもちゃで遊んでるときに最終的に「逃げきることがない」せいかなと思ってしまった。

いざというときに大自然で生き残れるかお父さん心配だ。

2016-06-14

幸せになれなさそうな奴の特徴

昼間からから離れないことあるので書きたいと思う。ふと、こいつ幸せになれない奴か、難儀な奴だわと。

(次に出てくるコトはあくま他者関係ない筈なので、他人を気にしすぎという訳ではない。)

まわりにもいるんじゃないだろうか?

捻くれているというか、拗らせているというか、なんかめんどくさい奴が。

①間に受ける

例えば、若者貧困という記事を読んだとする。現状、自分自身生活に大きな心配事はない筈なのに過剰な不安に煽られる。貯蓄額は足りるか、このまま仕事を続けていけるのかって。このタイプには「毎月○万は貯金してるんだからいいじゃん」と言ってもダメだ。自分で納得してしまえばけろっとしているが基本しつこくてうんざりする。

②話が飛躍する

①の続きとも言えるが、話が派生していって自爆する。例をあげるなら上記から老後の資金家族の将来について悲観的になる。

③落差が激しい

一言でいうと躁鬱。普段はおおらかで明るい印象だがふとひどく気分が落ち込みイライラしだす。天候や時間、会話などから。落差については自覚済み。

④過食

解消方法がヤケ食い。美味しく食べられないからまた食べる。お腹いっぱいになっても食べる。何食べていいかからいからまた食べる。

恋人と長続きしない

限られた休みには趣味や友人との時間もあり、慣れない恋人との時間苦痛になって別れる。泊まりが苦手。それでも出会いの場にはいくので恋人は諦めていない。

どんくさい

忘れ物が基本。まわりがカバーしている。

どうでしょう?いますねこういう人。

というか、わたし自身でありまわりの友人なんですがね。どうすれば良い方向に改善できるでしょうか?老若男女のみなさまご意見お待ちしています

2016-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20160527144550

どっちにしろ普段付き合いのない遠いの親戚の葬儀火葬場まで行って骨上げ待つなんてことはしないか

ブログ主主体性がなくてどんくさいという評価は変わらないな。

http://anond.hatelabo.jp/20160527143650

知らない人だらけ、なんていう程度の関係の親戚の葬儀

普通葬儀後の食事にまで残ってたりしないだろう。大体適当理由付けて挨拶して帰るだろ。

流れのままにのこのこ席についてあとでグチグチ言ってるブログ主主体性がなくてどんくさい奴なんだろうなぁ。

2016-04-26

努力が報われるとは限らない

努力すれば報われるというのは詭弁だ。

正確には、努力すれば報われるとは限らないけど自分人生を思い通りにコントロールできる可能性が上がる、だろう。

努力が報われるかどうかは運次第、めぐりあわせ次第…そう思っていた時期が私にもありました。

あなたの、私の、一人ひとりの努力が報われるかどうかは、多くの場合客体が恣意的に操っている。

その客体とは神様ではない。神様平等だ。

その客体とは、努力する主体にかかわっている周囲の人間だ。

例えば、担任先生

受け持ちの生徒二人が同じ点数を取っても、ほめ方の度合いや向ける笑顔の量は違う。

これは先生が「あの児童よりこの児童をたくさんほめたい」というきわめて恣意的な思いで報いている。

家庭科の実習で、一生懸命ミシン操作したのに機械不具合を起こす生徒が二人いたら一方には「頑張ってこうなったのだから仕方ない」といいもう片方には「どんくさい真似して仕事増やしやがって」という。

これまた、2つの同等の努力に対する報いの量を胸三寸で決めている。

大人になってもそう。

努力して成功を収めたある人は惜しみない賛辞を受けるのに、他の一方は「順調で良かったですね」程度。

これ、日頃の行いがものを言うんだと思う人がいるかもしれないけどそれがそうとも限らないんだよね。

祝福するかしないか、努力を認めるか認めないか。みんなきわめて恣意的に決めている。

ホッテントリした増田記事の、長女を嫌う母親と一緒で。

http://anond.hatelabo.jp/20160425151154

2016-03-31

http://anond.hatelabo.jp/20160331112702

混んでる電車だと「降りるお客様のためにドア付近をあけてください」みたいなアナウンスがあるから

ドア近くに立ってしまったときは降りてあけるようにしてるし、それが普通だと思ってた。

ただ、駅で待ってた客が先に乗り込んで自分が後になるのはちょっと解せない。

自分どんくさいだけではあるのだけど。

2016-01-21

自分に自信がないと自分すら信じられないので他人もっと信じられない

他人自分以外と仲良くしてるのを見たり聞いたりすると

「本当は自分といても全然楽しくないのに気を使っていたのだろうか」

って疑ってしまってしんどい

自分を顧みたら全然そうじゃないことのほうが多いのに、何故か他人もそうだとは思えない

きっとほかの人は本心を上手にかくしていて

どんくさい自分空気が読めていないんだって妄想に取りつかれる

どんなに楽しかった友人との集まりも、後から思い返すと

自分一人がはしゃいでいるのに付き合わせてしまったのではないか?と不安になる

どうもどんなときでも他人を考えるってことができなくて、

気が付くと自分の気分にしたがって行動してしまってて、相手にそれがどう見えるかを考えられなくなってる

気分のままに行動するのをやめたい…。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん