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2017-04-11

キナ臭さ漂うなか、沖縄を旅すべきか否か

来週から一週間ほど沖縄を旅する。これまで沖縄はおろか九州にさえ足を踏み入れたことのない私は、初めて頰に受ける南国の風はいかほど心地よいものかと期待に胸を高鳴らせていた。するとそこにシリア空爆の報あり。トランプのぶち上げたトマホークの爆風が私の旅程を揺さぶっている。

辺野古と高江を見学するつもりだったのだ。

一応断っておくと、私は左翼活動家ではない。機動隊員に土人と言わせたいわけでも、フェンスの前でシュプレヒコールをあげたいわけでもない。ただ見たかったのだ。コンクリートブロックで埋め立てられる海と、オスプレイのローター音が響く空の具合を。

しかし、米海軍艦隊がぬるっと半島沖に展開され、斬首作戦の実行される蓋然性が盛んにメディア憶測される本日4月11日果たして来週の旅程を変えるべきか。

調べてはいないが、きっと在沖の基地はい警戒レベルをかなりあげているだろう。当然だ。そんな時に呑気な観光客がウロウロしてたら、米兵自衛官に余計な労力をかけやしまいか反基地運動に真面目に取り組む方々にも迷惑をかけやしまいか

飛躍が過ぎると笑われるかもしれないが、仮に出発までに、更に何か不穏な兆候がみられたら、旅行自体を中止すべきか。だがそれは、いまこの時間ふつう日常を営む沖縄の人々に相当失礼な話ではないか

増田諸賢の論難を待つ。

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沖縄を旅する主要な目的は、先祖慰霊だ。沖縄戦で若くして死んだおじさんの最期の地を訪ねる。それと同時に親戚ともども本島をぐるりと巡る道すがら、普天間辺野古、高江を見にゆく予定だった。

72年前の殺し合いの風景を回顧しながら、次の殺し合いの風景想像する。露悪的にいうと、そうなる。もちろん次の殺し合いなんて未来永劫あってほしくないか想像するのだが。

自虐的にいうと、これは高みの見物でもある。卑しむべき基地観光プチブルポリティカルツーリズムだ。本土人間は気楽でいいよね、と言われても仕方あるまい。

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私は政治において、つまら日和見主義である。定見は、ない。今日のところは、自衛隊はこの国に必要から改憲して法文に組み入れるべきと思っているし、半島有事が想定される限り日米同盟ベター選択だと思っている。今日現在はそう考えるが、天気読みを趣味としているので、明日信条はわからない。けれど、米軍にいますぐ出て行ってくださいと言える勇気は今後もおそらく持てないであろう。

めんどくさいことに私は判官びいきの逆張リストでもあるので、心情は沖縄左派のそれに近い。いくら東アジア地政学的な最重要拠点はいえ、長年に渡ってヤマトから差別され不利益を被ってきた琉球の人たちが、21世紀にもなってなお戦火火種に怯えなければならない沖縄現在は、まったくもって理が尽くされていない。この本土のわが家の裏庭にこそヘリパッドを建てるべきでは、と。

おまえの立場はどっちなんだ。わが胸に問う。

まり私は、沖縄に行って、一発ガツンとやられたいのだ。基地をこの目で見て、深く懊悩し、激しく逡巡したいのだ。

さぶられたい。 …まあ、そんな甘っちょろい願望なんざ、早晩崩れ去るだろうが。

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なんか明け方に書いたせいか自己陶酔が鼻につく文になってしまった。ご勘弁を。

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2015-11-05

私の中のscopedogさん

実は読み解くのに高度なリテラシーを要するエントリを上げてくる人


もっと平易で癖の無い書き方をすればなんらケチのつけようもない良識意見を、レトリックを駆使してあえてギリギリまで「右派が頭の中で考えた左派」のスタンスから書かれた文章のように装飾することで、左右両面にいい顔したいだけの「自称中立、実はネトウヨブクマカをあぶり出すという高度なことをやっている


基本的ブクマカは自分の頭で考えることを放棄して他人意見つまみ食いして自分のものであるかのように振る舞う人たちばかりなので、はてブで人気が出るのは明日から自分意見として披露できて「頭のいい自分」を演出できるエントリになりがちな傾向がある。だからゴリゴリネトウヨ記事に飛びついて賛同したりはしない。日和見主義的であっても、そんなもの公然と持ち上げるほどバカではないのだ


いっぽう、ブクマカのもう一つの特徴としてコミュ障建設的な議論ができず、自分の(よそから借りてきた)意見を垂れ流すことしかできない。もろにサヨク的な言説は、それがネトウヨ集団の反感を買うために、いかに良識的であろうとも忌避されがちである


そのような前提でscopedogさんのエントリとそれに付いたブコメを読むと、scopedogさんのエントリ一種の「踏み絵」的な機能果たしていることに気が付くはずだ。よく読めば当たり前のことを書いているだけなのに、「実はネトウヨ」な人たちは自分の本性が暴かれる恐怖を感じて反射的に叩こうとしてしまい、知らずしらずのうちに信仰吐露させられている


scopedogさんがなぜこのようなもってまわった技巧的な書き方をするようになったのかは定かではないが、おそらくあまり意識してはおられないだろうと思われる。ネット活動を始めた初期のころから小賢しい「自称中立」を目にしてきて、彼らが抱える悪と闘うために自然発生的に体得してしまった技術なのだろう。scopedogさんはネトウヨが考えるような「極左」ではなく、むしろ真の意味での中立、何物にも流されず独自思考を守り、あるべき社会の中に自分を位置付けることのできる、文明社会における知性ある市民の模範ともいうべき存在である

2015-10-21

まり有名じゃないけどそこそこ有名なアニメを緩く紹介

ゆるく、なので手厳しい追求は勘弁。

パンチライン

小室哲哉音楽を手がける、とこっそり話題になったパンチラインですが、しょこたんOPをやっていたりと話題性を生もうとして失敗した作品でもあります

内容は至極まっとうで、タイムリープ、肉体入れ替え、世界線いじりと堅実です。

ただ、世界線の解釈比較的漸進的で、『STEINS;GATE』と違って何が何でも元の世界線に戻そうとする、などという引力は働いていません。

しろ積極的世界を改変してやれ、という若さがこの作品の良さでもありますし、世界線というガジェットに対する一つの解だと思います

後半のとあるシーンで幾原邦彦の『輪るピングドラム』も参考にした村上春樹1Q84』の色を今作も打ち出していますが、

しかすると村上からと言うよりパロディ的な意味が強い作品なので、ピンドラを直接意識して孫引きとして行った描写かも知れません。

ぶっちゃけ後半はパンチラとは一切関係ありません。

別に釘宮ファンじゃないけど台初明香はかわいい

未来日記アニメ版

過保護毒親系ヤンデレヒロイン、という新しいヒロイン像で挑むデスゲームサスペンス

結構練り込まれシナリオですが、悪いオムニバスによく見られるクリア型のシナリオで、よくあるボス招集された勇者的な人達が戦いを繰り広げる、という形式です。

当然デスゲームなのでその場に呼ばれた人間は共闘するわけではなく殺し合います。それも次期デウス・エクス・マキナの座を賭けてです。

彼らは神となる力を手に入れるために騙しあいますが、最後主人公ヒロインが信じるか信じないかというシンプル心理戦に集約してゆきます

そう考えると恋愛世界系デスゲーム、という変な作品でもあります

ハリウッドでよく見られる三幕構成ではなく起承転結の四幕構成で、アニメ作品としては少々中だるみを見せる箇所があります

・デスゲームであるにも関わらず、新ルール登場などを頻繁にやらかして興をそぐこともしばしばです。

ひぐらし好きな人は割と回収できてるひぐらし作品として楽しめるかも知れません。

・決して駄作ではありません、といいたいところですが、佳作と呼ぶにも少々雑なところがあります

サカサマノパテマ

是非見てください。真面目なギャグ映画です。

イヴの時間を作ったスタジオとは思えません。

すでに消してしまった私のツイートをいくつか乗せておきましょう。

例の天空の城っぽい何かを抜け出しながら壮大っぽい久石譲パクリ音楽02が流れる。
殆どアクションのない男女に恋愛感情発生。舞台が地下世界に移り、ムスカっぽい敵と対峙するする二人。
さすがにバルスは言わないようだが、ムスカもどきはセリフまでムスカ

ムスカもどきが落ちて(!)いった後、再び久石ズム溢れる楽曲が壮大っぽく流れる。
腹筋がここで崩壊

ネタ映画として最高におすすめです!

LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標 LUPIN the Third 峰不二子という女

これが比較マイナーだった理由は明白で、ルパン自体で引っ張るネームバリュー国内存在しなくなりつつある、というものです。

内容もオーソドックスに走らざる得ない、という難しさも手伝っていますが、アダルト原作志向ルパンを見たい人は待ち望んだ作品だと思います

宮崎ルパン原作ルパンファーストシーズンも好きだなあ」

そんな僕みたいな人はどうぞ。シリーズファンじゃない人は何が面白いのか分からないでしょうが、そこはビジュアル面の凝り方に着目するなどしてみると面白いでしょう。

――しかしここは言い切りましょう。ファンのための作品です。

ユリ熊嵐

何故か全く話題上りません。幾原作品系譜を引き継ぎつつも、変化を効かせた新しい一歩とでも言うべき作品なのですが、物語根底が晦渋過ぎるのでしょうか。

少女革命ウテナ解説サイト解説本無しでは読み解けないほど真意難解な作品でしたが、こちらは比較的分かりやす描写されており、幾原初心者でもなんとか味わえる作りだと思います

基本的構造的な謎を投げかけるサスペンスの側面と、心理的な問いをフラグとする進行が遺伝子のように絡み合いながら話が展開されます

実は深読みをしてゆくとベルリンの壁崩壊なども盛り込まれていたりしますが、普通に見ている分には誰がKGBである等は意識できないようになっています

この辺の発見も幾原作品面白みの一つでしょう。

少年Aを再び題材化して追求せざる得なかった点は、この作品テーマを考えるとやむを得ないところもあります。この辺りはピンドラでばら撒き、ユリ熊嵐で回収する、という心理構造が見えます

はい基本的幾原邦彦ですから、何か一つの概念に対してこれが正解だなどと言うはずもなく、正解などないのだよ、という監督のほくそ笑みを最後まで残しています

しょぉーっく! くまショック!!

ガッチャマンクラウズインサイト

どうなんでしょ、これ。作りはマイナーなはずなんですが、はてなでは受けてたし。ムムム。

僕は好きでした。神か仏かと思えるほど達観した一ノ瀬はじめと、全然達観していない上に激しい思い込みにより失敗も沢山やらかすつばさの二期。

ヒーロー不在ならば一体何を求めるのか、と原因追求した監督体制にそれを求めるという、やっちゃいけない方向に舵を切った作品とも言えます

大衆大衆心理、それを取り巻く支配共産思想無政府主義者テロリストフーリガン日和見主義と、ある意味深みのないどこかの掲示板のような心理描写が続きます

だけど何度も言います。こういう無駄に小難しい話は結構好きです。ヒーロー物じゃないからむしろ助かったとすらいえます

FREEDOM

これがまた企画段階でコケちゃって話題にならなかった。

カップヌードルの協賛で大友克洋シナリオ、と叫ばれた今作でしたが、大友先生はいきなり降板してしまい、その御蔭でブーイングの嵐だった記憶があります

今となってはレンタル店の隅でこっそりと埃を被るような作品ですが、実はロードムービー風で凄く空気感の良い作品です。

ラストが急展開でいきなり糞化していますが、そこは尺が足りなかったのでしょう。

そう思えるくらい中間点がいい。

通常物語の盛り上がりを持ってくる中盤において、広い荒野ヒッピーじみた人々との生活を細やかに描く、なんて変なことをやってしまえば通常は成功しません。

しかしこの作品では盛りあげるべき中盤でそれをやって引き込むことに成功しています

色々主人公たちの行動に着目して分析すると、自由ってなんだろう、というテーマを持っていることが理解できます

そこには自分自由他人自由自分自由によって阻害される他人他人自由によって諦める自由、戦って手にする自由など様々な自由の形が盛り込まれています

自由を描くには青春が適切で、この作品主人公のさっぱりした性格は、良い意味物語作用していると思います

2015-08-03

http://anond.hatelabo.jp/20150730162821

わざと反発されるように書いてるけど割とその通りだと思う。

最近空気ちょっと家庭家庭言い過ぎててキモいよ。

日本人みんな日和見主義から空気読んでトレンドに乗ってるだけで、本当に心の底から家族が全てで他のことは取るに足らないなんて思ってねー奴もいるだろそれなりの数。

他に選択肢が無いし流行ってて世間後ろ盾があるからそういうポーズ取ってるだけ、ってやつが実際にはかなりいると思う。

2015-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20150413225943

個人的にはすごく同意するが、今の時代理解されない考え方だろう。

みんなデフレ社会適応しきって小さくまとまって生きる価値観に完全にシフトした。

世間というのは増田が考える以上に適応的なんだよ。元々多くの人は日和見主義だしな。

俺は昔新卒で入った安定高給大企業を速攻辞めて今はリスク高い全然違う仕事してるし世間サクセスストーリーみたいな成果は出てないけど、辞めて後悔したことは一度も無いし今の方が比べ物にならないくらい楽しいね。今度はアメリカに行くことになったんで、不安だらけだけど、また楽しいことあんだろなきっと。

2015-01-28

さらハリーポッターにハマった

中学生の頃に第1巻が出て、数年前に完結したハリポタに、今の今更、激ハマリ

2巻まではリアルタイムで読んでたし、映画もぼちぼち見てたけど、

今夏USJのハリポタエリアに行くための予習をせんとして、1巻から読み直したわけですよ。

そしたらもーはまってはまって。

1,2,3巻の少年期のハリー

4,5、6、7巻でどんどん素敵な青年へと成長していく。

かっこいい。

ほんとにハリーかっこいい。

ずっと日向だけを歩いてきたヒーローじゃなく、いじめられたり悩んだり落ち込んだり怒ったり。

からこそ、自分より弱いものには優しい。

自分の頭で考え、信念を持って行動するハーマイオニーも本当にかっこいい。

日和見主義自分とは大違い)

ロンはユーモアたっぷりちょっと子供っぽいところもかわいい

ウィーズリー家でおばさんが出してくれる料理のおいしそうなこと。

ステーキキドニーパイや、朝のベーコンエッグ、焼きたてのソーセージ

クリスマスプディング糖蜜パイ

イギリスのご飯はおいしくないなんて言われるけど、たぶん素朴でシンプル家庭料理はすごくおいしいんじゃないかな。

ビルルーナなんかのちょっと変わった友達に光を当ててるのも好き。

今、5クールめの炎のゴブレットを読んでいるけど、気づかなかった複線にまた気づく。

読めば読むほど好きになるな。

一番すきなのはアズカバン囚人と炎のゴブレットだな。

不死鳥プリンス~秘宝は、面白いけど登場人物が死にすぎて悲しくて重くて読むのがつらいので。

マルフォイ&パンジーパーキンソンの性悪コンビですらいとしく感じる今日この頃

2014-12-24

ローマ法王が語った「バチカンが患う15の病気

自分たちが不滅で不可欠だという感覚 「自らを批判改革できない法王庁病気だ」

②働き過ぎ 「仕事をしたら休むことが必要

③心が石のように頑固になること 「泣いている人と共に泣き、喜ぶ人と共に喜ぶ。人間的な繊細さを失うのは危ない」

④計画しすぎること 「計画を変更しない方が楽かもしれないが、神のみ心に従う自由を失ってはいけない」

調和なく動くこと 「和が乱れれば、雑音が混じる楽団のようになる」

妄執や誤った考えにとらわれること

⑦張り合ったり虚飾に走ったりすること

現実に向き合わないこと 「聖職者役割放棄して官僚主義的な仕事に収まり自分たちだけの別世界を作る」

⑨陰口を言うこと 「はっきり物の言えない臆病者の病気だ。『陰口というテロ』に警戒を」

上司神格化 「出世第一主義と日和見主義の餌食だ」

他者への無関心

お葬式のような深刻な顔 「伝道者は喜びを伝えなければならない」

物欲

⑭閉じられた「内輪」を優先すること

世俗的な利益を求め、見えを張ること

2014-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20141209014805

一時期はソシャゲ業界で「俺達が技術ビジネス最先端」みたいな顔してドヤってたエンジニア達もすっかり見なくなった。

身の回りでもソシャゲ業界に流れた奴らはほとんどがデータサイエンティスト()業界に移った。

エンジニア連中って、本質がどうとかすぐ語りたがる癖にすげぇ日和見主義なんだよなあ。

 
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