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2017-04-24

春はあげぽよ

春はあげぽよ

やうやうしるくなりゆくやまきは

むらさきたちたるくものほそくあげぽよ

夏もあげぽよ

きのころはさらなり

やみもなほ

ほたるのおほくとびちがひたる。

また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりてゆくもあげぽよ

あめなどふるもあげぽよ

秋はあげぽよ

ゆふひのさしてやまのはいとちかうなりたるに、からすのねどこへゆくとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあげぽよ

まいてかりなどのつらねたるが、いとちひさくみゆるは、あげぽよ

ひいりはてて、かぜのね、むしのねなど、はたいふべきにあらず。

冬もあげぽよ

ゆきのふりたるはいふべきにもあらず、しものいとしるきも、またさらでもいとさぶきに、ひなどいそぎおこして、すみもてわたるも、いとつきづきし。

ひるになりて、ぬるくゆるびもていけば、ひおけのひも、しろきはひがちになりてさげぽよ。

2017-04-18

大統領に課された課題について語ろうぜ

オバマミッション黒人大統領任期を満了することだったが、彼は二期やり遂げてある意味完璧に終わった。

んでもって、トランプミッションは、おそらく日本戦争に引きずり出すこと。

TPP辞めてみてからFTAをやるとか揺さぶりかけてみたりとかは前哨戦で、彼に課された本当のミッションは、日本戦争に引きずりだすことだと思える。





日本っていう国は、米国からするといまんところアジアへの前線基地の色合いが濃い。

そしてアジアでの戦争経験統治経験がある国といったら、いまんところ日本しかない。

フィリピン含む太平洋地域では失敗におわったが、台湾および朝鮮半島は、旧帝国時代日本統治する以前と以後での発展加速度は押して知るべしなの世界中常識である

しか日本人は、自分に得がなくとも課された仕事はやり遂げるという国民性を持っていて、それは命のやり取りをする軍隊でも同じだ。

というわけで、日本軍海兵隊米軍露払いに使い、緒戦で米兵の消耗をゼロのままアジア進出を果たすことが米国にとっての理想だと思う。



しかしそんなこといったところで、日本太平洋戦争での負け経験から~のマスコミの徹底した左翼反戦思想にずっぷりと使っているわけだから戦争なんてするわけがない。

ならば、有無を言わさず戦争をせねばならない状況に追い込んでいくしかない。

ということで、最近の状況である

北朝鮮が暴発すれば、間違いなく日本にある米軍基地やその近傍にある住宅地ミサイルが飛んでくるわけで、日本当事者になる。

当事者になれば、戦わずに知らぬ存ぜぬを貫くことは不可能

やっぱり米国シナリオ通りである

2017-04-11

キナ臭さ漂うなか、沖縄を旅すべきか否か

来週から一週間ほど沖縄を旅する。これまで沖縄はおろか九州にさえ足を踏み入れたことのない私は、初めて頰に受ける南国の風はいかほど心地よいものかと期待に胸を高鳴らせていた。するとそこにシリア空爆の報あり。トランプのぶち上げたトマホークの爆風が私の旅程を揺さぶっている。

辺野古と高江を見学するつもりだったのだ。

一応断っておくと、私は左翼活動家ではない。機動隊員に土人と言わせたいわけでも、フェンスの前でシュプレヒコールをあげたいわけでもない。ただ見たかったのだ。コンクリートブロックで埋め立てられる海と、オスプレイのローター音が響く空の具合を。

しかし、米海軍艦隊がぬるっと半島沖に展開され、斬首作戦の実行される蓋然性が盛んにメディア憶測される本日4月11日果たして来週の旅程を変えるべきか。

調べてはいないが、きっと在沖の基地はい警戒レベルをかなりあげているだろう。当然だ。そんな時に呑気な観光客がウロウロしてたら、米兵自衛官に余計な労力をかけやしまいか反基地運動に真面目に取り組む方々にも迷惑をかけやしまいか

飛躍が過ぎると笑われるかもしれないが、仮に出発までに、更に何か不穏な兆候がみられたら、旅行自体を中止すべきか。だがそれは、いまこの時間ふつう日常を営む沖縄の人々に相当失礼な話ではないか

増田諸賢の論難を待つ。

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沖縄を旅する主要な目的は、先祖慰霊だ。沖縄戦で若くして死んだおじさんの最期の地を訪ねる。それと同時に親戚ともども本島をぐるりと巡る道すがら、普天間辺野古、高江を見にゆく予定だった。

72年前の殺し合いの風景を回顧しながら、次の殺し合いの風景想像する。露悪的にいうと、そうなる。もちろん次の殺し合いなんて未来永劫あってほしくないか想像するのだが。

自虐的にいうと、これは高みの見物でもある。卑しむべき基地観光プチブルポリティカルツーリズムだ。本土人間は気楽でいいよね、と言われても仕方あるまい。

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私は政治において、つまら日和見主義である。定見は、ない。今日のところは、自衛隊はこの国に必要から改憲して法文に組み入れるべきと思っているし、半島有事が想定される限り日米同盟ベター選択だと思っている。今日現在はそう考えるが、天気読みを趣味としているので、明日信条はわからない。けれど、米軍にいますぐ出て行ってくださいと言える勇気は今後もおそらく持てないであろう。

めんどくさいことに私は判官びいきの逆張リストでもあるので、心情は沖縄左派のそれに近い。いくら東アジア地政学的な最重要拠点はいえ、長年に渡ってヤマトから差別され不利益を被ってきた琉球の人たちが、21世紀にもなってなお戦火火種に怯えなければならない沖縄現在は、まったくもって理が尽くされていない。この本土のわが家の裏庭にこそヘリパッドを建てるべきでは、と。

おまえの立場はどっちなんだ。わが胸に問う。

まり私は、沖縄に行って、一発ガツンとやられたいのだ。基地をこの目で見て、深く懊悩し、激しく逡巡したいのだ。

さぶられたい。 …まあ、そんな甘っちょろい願望なんざ、早晩崩れ去るだろうが。

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なんか明け方に書いたせいか自己陶酔が鼻につく文になってしまった。ご勘弁を。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170402171317

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

採点表を明らかにしよう。

安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉などという言葉が交わされている

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、(中略)猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

それは違うのでは? どの方向性で作ったにしろ、その方向性を極めた「完成度が高い作品」ならば、そのテーマが刺さる人を惹き付けるだろう。

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

予言証拠にするのはやめよう。

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

この説は正しいと思う。確かにネットがなければ、こんなヒットは生まれなかっただろう。しかし、0を1にはできないよ。

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

アニメを楽しんで、それを共有するのも楽しい」って感じじゃないかな。確かに「共有する楽しさ」があることが「アニメ単体の楽しさ」が成立する条件になってる人はある程度いると思うけど、今この時代に「アニメ単体の楽しさ」と「共有する楽しさ」を分離するのはあまり意味がないと思う。

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

これは妄想が過ぎるんじゃないかな。少なくとも証拠がいるよ。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

ステマ説が出て、勢いに歯止めがかかるのを防いだという点では、重要だけど、それ以上ではないと思うな。どうでもいいけど「ステマーケティング」って面白い言い方だな

結論

空虚なだけではブームにはなれないよ。ブームになるということは、何かの完成度が高いということで、そのブーム主体たるアニオタはなんだかんだ言って長くアニメを見てきた人たちだ。ということは、けものフレンズには、旧来の作品にはなかった「何か」があったことに他ならない。「アンチステマ運動アイコンとして完成度が高く、他に類がなかった」みたいな評価をすることは可能だと思うし、それが流行った一因ではあることは上に書いたけど、「流行ってるアニメステマだ」なんて思ってる人がそう多いとは思えないから、主な原因としては説得力不足かな

じゃあ、なんで流行ったんだって言われそうだけど、「けものフレンズ」は1話も見てないから、何も言えない。

勘違いしていたこ

大学へ入ってすぐに渡された予定表に「オリエンテーション」とあった。「必ず参加するように」の一行を添えて。私の顔は曇った。運動は大の苦手なのだ。野外でやるのも無様な姿を晒すことになるのも最悪だ。ときにチームを組まされあまりの出来なさぶりを見下されることになるのだ。入学早々に。オリエンテーリングなんか大嫌いなのに。

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

森友問題について

もともと口利きとか忖度とか結構遭ったろうに、

極右的な所に昭恵夫人が絡んでいたから揺さぶって、

首相や周辺の前近代性、非論理性を引っ張り出してやろうとのことだろうが、

もっと他にも取り上げる法案があるだろうに、

何をしてるんだろ?

多くの人は、前近代性、非論理性に関しては

「こんなものだろ」程度にしか思わなさそうだけどな。

2017-03-30

エントロピー

この文字を初めて見たのは昨年9月ごろのツイッターだった。ごりごりの文系かつ、知識不足わたしとしては、全く見覚えのない単語ですぐに検索して意味を調べたのを今でも覚えている。

この言葉を今こたつのなか、ドライヤーやらカバンやら服やらなにやらが散らかりつくしてる1Kの部屋を見渡しながら思い出していた。きっと今はエントロピーが増大し続けてるのだろうと。

確かわたしが見た呟きは、整理整頓が得意か不得意かでグラフが分けられており、部屋のエントロピー(汚さ)が得意な人はあまり上下しておらず、不得意な人は大きく上下しているものだった(気がする)。

わたしはもちろん整理整頓が不得意でエントロピーも大きく上下している側の人種である。人が来る3時間前か三週間に一回、こんな自分に嫌気がさして怒涛に掃除をするのが日常だ。ほんとなんでこんなに部屋ってあっという間に汚くなるんだろうね、困ったね。

もちろんわたし毎日綺麗かつ清潔な部屋を保ちたいと思っているのだ。しかし常に部屋を綺麗に保ててる人の日々の行動が全く分からない。冗談ではなくどうしたらいいのかもはやさっぱり分からなかった。

突然遊びに行ってもいつも綺麗な部屋の友達の肩を揺さぶって尋ねてみればよかっただろうか。私なら部屋の前で1時間は待ってもらわないと人が入れる状況にはならないのに。

この解決策はどこにあるんだろうか、わたしの性根を叩き直すしかないのだろうか、はたまた「ミニマリストになるには」みたいな本を読めば改善できるのだろうか。

整理整頓:もう少し』に丸をもらっていた小学生時代を過ごした私が、どうやったらエントロピーを減少させられるのか、どうかお力添えをお願いしたい。

こんな文をつらつらと書きながら、今日わたしコンビニの袋やカバンが散乱する中こたつ眠る

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20160417071432

前にも書いたが、「王様の耳はロバの耳」なんだよ。

匿名から、まあストレス発散の吐き溜めだが、中には魂の叫びも混ざってる。

ブクマが付けば、ちゃんと風が吹いて、拡散してくれるよ。

名前の言えないあなた」の切実な思いが人目に触れるチャンスだから、心が揺さぶられる何かがあったら、ブクマを付けてあげよう。

2017-03-22

最近アニメキャラ

つまんねーのばっか

可愛くていい子 かっこよくて強い子ばっか

もっとアクの強いキャラ出してくれよ

ムカつく奴でも情けない奴でもいい 俺の心を揺さぶってくれ

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170316003102

元増田だが

そういうもの以前の問題だと思う

 

脚本の話で

状況が与えられた時、キャラがどういう行動を取るか

99%の人が予想する選択と、別の選択を生み出せる人が「すごい創作者」だと思うんだ

「意外」「びっくり」「おもしろい」ってそういう感じじゃない?

無意識の予想と結果の差で感情を揺さぶられるわけだし

 

でもそれを故意に生み出せる人は中々いない

さらに、それで視聴者感情をうまくコントロールできる人はもっといない

さらさらに、それで多幸感を生み出せる人はもっともっといない

 

例えば、「人気の出たメインキャラ死ぬ」みたいな、負の方向の意外性は作れる人が居るだろうが

正の方向でこの意外性を作れる人はめったにいない

だって視聴者基本的に「こうなってほしいなぁ」ってプラスの方向いてるから、負のほうが簡単なんだ

正の方向で驚かすのは難しい

(ちなみにCG本でたつき監督は「あからさまな毒がない話だから、振れ幅を出すのに苦労した」みたいなことを言ってる)

 

最近テンプレートを用いることによって、才能がない者でもそういう展開を作ることができるようになった

もっと昔はテンプレがなく、更の状態でいろんな振れ幅があった というのは確かだが

けもフレの場合はその一段上じゃないかと思ってる

 

もちろんテンプレートができたおかげで、「逆に素直な展開」という部分に幅が生まれてるわけだから

そもそも昔だとこの脚本はたいして受けなかったかもしれないが

2017-03-11

LGBTに足らないのは文学

大勢の人々の心を真に強く打つ物語LGBTには決定的に足らない

小手先の小賢しい理屈ばかりが先行していて誰もが真面目にそれをとらえようとしない

情動を直接撃ち抜くような、文字通り衝撃的な文学LGBTに無いのだ

から侮られる



男も女も関係ない、

性別の垣根を超えた圧倒的な、心を揺さぶ物語が、

LGBTからこそ生まれたという物語が、

そこには足らない



から人々は、

LGBTに見向きもしない

言い訳理屈などどうでも良い

美しい物語を、私は知りたい

2017-02-27

ラブライブ!サンシャイン!!って本当に「こわい」

ラブライブ!サンシャイン!!ライブに参加したお話です。

昨日今日横浜アリーナで開催されたこのライブ、本当に素晴らしい内容でした。

私は2日目は残念なことに昨晩から体調を崩してしまったため、初日のみの参加でしたが、本当に満足のいく、多幸感の溢れるライブでした。

なかでも、アニメ劇中シーンを再現した「想いよひとつになれ

ステージ上部にピアノが設置され、桜内梨子さん役の逢田梨香子さんが懸命に目の前の88鍵と向き合う姿に心を揺さぶられました。

鍵盤を押す指が震えており、間違えないように慎重に…という心情が顔に表れており、それが大きなスクリーンを通して客席や全国の映画館へ流されているのかと思った時には、本当にこんなことしていいのかとも思いました。

ピアノ経験もなかったことでしょう。まさか、そんな自分横浜アリーナで1万人を越えるファンの前でピアノを弾かされるなんて思ってもいなかったことでしょう。

彼女が当初、この構成を発表された時にどんなキモチになったのか、そもそもいつどこでどんなふうに発表されたのか、1人のファンである私には想像余地もありません。

もし自分が同じ立場だったら、泣きながら拒否する以外に道はないと思います。怖いもん。

それでも、逢田さんは初日の公演で見事に弾ききりました。本当に心に訴えかけてくるようなパフォーマンスでした、ありがとうございました。

さて、本日の公演。

私は参加していない身分なので自分の瞳で確かめていないことなのですが、どうやら演奏途中で間違え、曲も止まってしまったんだとか。

肩を震わせる彼女のもとに、すぐに他のメンバーが駆け寄り、その後もう一度はじめからやり直したんだとか。

もしこれが本当なら、本当に頭が下がると同時にめちゃくちゃ「こわい」と思いました。

まずは逢田さん、本当にお疲れ様でした。頭が下がるばかりです。是非ともその場で応援させてもらいたかった。

そして、これってスゴくこわい問題だなって思いました。

奇しくも今日の公演でピアノを間違えて曲を止めてしまったこと、偶然です。

しかし、このハプニングがありライブは俗に言うエモい状態に入り、多くの観客の感動を呼び起こしたことでしょう。

よく「ハプニングを楽しもう」「ライブハプニングは付き物」と言われますが、毎回毎回こんなハプニングがあったんじゃ観てるこっちも仕方がないです。

うまく表現できないため言葉の綾があるのですが、それでエモさを感じるのってすごいこわい問題じゃないですか?

μ'sの3rdライブ体験した方なら同意いただけると思うのですが、個人的彼女たちの全てのライブを通して、最も印象に残っているMCと言われ、3rdライブアンコールでのあのシーンを挙げる方々が多いと私は思っています

端的に言えば「演者の泣く姿を垣間見たい」そして「頑張れ」って言いたいっていうエゴ権化みたいなアレ。

昨日の伊波さんのMCで印象的だったのが、多くの観客が執拗拍手をしていたのに対し、「泣かせようと思ってるでしょ!」とバッサリ切ったあの場面。

あの一言で、図星を突かれた方々もいたのではないかと思います

しかたから泣く、悲しかたから泣く…涙には様々な種類がありますが、感情の経過と変化の結晶が涙だと私は考えています

決して、私たちが左右できるようなものではない。しかし、それを意図的に求めようとしている、つまり多少のハプニングに姿を表してほしいと思っていること。(今回のピアノの一件では、流石に観客側も一瞬凍りついたと聞いていますが…)

それって不健全じゃないですか?

というかそもそも、ピアノ初心者ピアノを弾かされるってこと自体がスゴい異常なことだと思っています

これはAqoursや多くのアーティストパフォーマンス全てに言えることだと思います

私もいくつか楽器を嗜んでいるため、パフォーマンスをする側の精神をある程度は理解しているつもりです。私の場合、多い時には何百人以上の観客を前に演奏披露することがあるのですが、やはりライブをするというのは楽しいです。

一方で、練習はやはりストレスが重なりますあくまでも私の想像ですが、Aqoursダンスレッスンなどでも様々なストレスプレッシャーがあったかと。そして特に。今回のピアノ披露は何よりもまず、彼女プレッシャーが画面越しに伝わってきました。人ってあんなにも必死な顔をするものかと。

しかに感動は産んだかも知れませんが、私のフォロワーさんの言葉を借りれば、彼女を追い込んでいたのは言うまでもないと。

ライブで自他共に楽しむため、もっとライブを盛り上げるため…というのを重々承知の上で、それでもやはりあのピアノの一件は本当に大変だったんだろうなと感じました。そもそも、そんなこと本当にやらせていいのか。マジでわかんねぇ。書き掛けの文章な上に、自分でも言葉の綾が多く見受けられる文章なのですが、これ以上の表現が思いつかなかったため、ここで筆を置かせていただきます


ダンスの話になるのですが、あれだけの時間を掛けて、あれだけ完成度の高いステージ見せるのってラブライブ!くらいですよね。

以前、μ'sの飯田里穂さんが仰っていたことですが、ラブライブ!のリハは本当に長期スケジュールだったとのこと。おそらく、今回のAqoursもそうだったのでしょう。

そのせいか、他のライブでは感じられないような感動を覚えることが多々あります

このような完成度の他に、ラブライブ!ではなく、ラブライブ!サンシャイン!!だけで私が感じたイメージが2つあります

ひとつは、年齢が近いこと。

私は現在21歳で、Aqoursメンバーとも歳が違いのですが、本当に同年代なのかと頭をひねるくらい、彼女たちは本当に輝いている。

特に渡辺曜役の斉藤朱夏さん。彼女ダイナミックながらも指先まで繊細にコントロールされたダンスには本当に開いた口がふさがりませんでした。きっと、あのステージに上がるまで何年も何十年もの積み重ねがあったことと思われます

年齢が近いせいか、μ'sの頃は少しお姉さんくらいに見えていたメンバーも、Aqoursでは明らかに他人事ではない、自分のすぐそばの出来事のように様々な事象を感じるようになりました。

そしてふたつめに、ラブライブ!サンシャイン!!という作品が、ラブライブ!の頃よりもより観客をコンテンツに取り込もうとしている姿勢

ラブライブ!で散々言葉にされてきた「輝き」

この「輝き」の正体、物語を通して一度もそれが何なのか名言化されることはありませんでした。

一方、ラブライブ!サンシャイン!!では「輝くこと=楽しむこと」と第13話で名言化されました。この後に披露されるMIRAI TICKETの1シーンで、千歌さんが「一緒に輝こう!」と観客席(=いわゆる私たちの側)へと訴えかけるというものがあります

また、この傾向はAqours物語の根幹にも通じているのではないでしょうか。

Aqours自分たちの歩みを「0を1にする物語」と題しました。ここまで物語テーマを明らかにしたこと、当時の私には本当に驚きでした。

μ'sが「1を100にする物語」であれば、Aqoursは「0を1にする物語であるということ。μ'sの頃には明言化されていなかったことが、Aqours物語ではわかりやすく、伝わりやすく(そしてあえて伝えようと)私たち提示されたのでした。

この2点の結果、私はAqoursコンテンツに足を踏み入れることに、圧倒的当事者意識を感じざるを得なくなりました。

μ'sの頃はどこか他人事のように見ていたというわけではないですが、Aqoursライブを見て「自分も何かを始めたい」「何かやり遂げたい」と昨日のライブを見て強く思うようになりました。

これって、制作側のピンポイントな狙いに見事に食らいついた事例だと思っており、この2日間のライブでまさにAqoursライブを通して私たちに伝えたかったことだと感じています

以前よりも強く、当事者としての意識を持たざるを得なくなったAqoursライブ。このコンテンツを追い続ける限り、進めば進むほどその魅力に打ち負かされることが容易に予想できるのが素直に「こわい」と感じました。

最後になりますが、初日のみの参加ながらも、Aqoursライブ本当に楽しかったです。

一年前は「いや、μ'sがファイナルライブやるんだからAqoursの2ndシングルとかしらねぇよ!」とAqours関連の情報をぶった切っていた私ですが、幸か不幸か意志薄弱な私は、昨年夏にコロっと斉藤朱夏さんにヤられてしまいました。

先ほど、これほどダンスに鍛錬を重ねているのは極めて稀だと書きましたが、それもあってか本当にライブを観ることが楽しくて仕方ありませんでした。

今年の夏には神戸大阪西武ドームを巡るツアーもあるんだとか、また彼女たちの奏でる音楽身体を預けられる時間が来るという事実だけで、今から心が踊ります

これはまだ先の話だと思いますが、彼女たちもスクールアイドル。きっと終わりがあると思いますしかし、今この瞬間は本当に楽しい。その多幸感、際限のない底知れぬ多幸感こそが、私がラブライブ!サンシャイン!!のことを「こわい」と感じる一番の理由です。

なんだかんだ言いましたが、やっぱりラブライブ!ってスゴいです。ライブという空間が非日常的なものであるということを理解しつつも、やはりラブライブ!には何か他のコンテンツには無いものがあるのだと思います。あの4時間が本当に楽しすぎてこわかった、今後もコンテンツオタクとして心の扉を更に下へと開き続けさせられるのが本当にこわい。

ラブライブ!サンシャイン!!って、本当にこわい作品

そして、とても重いものです。

このコンテンツは本当に重い。あまりにも重すぎる。

本当に重すぎて、絶対にいつか自ら離れてしまう気がする。

まり多幸感は、ライブが非現実だと理解っていてもいつか何かで身を滅ぼす気がする。

その日が来るまで、せいいっぱい楽しみたいものです。

最後になりますが、Aqoursの18人のメンバーの皆様、2日間本当にお疲れ様でした、そしてありがとうございました。

花粉症でぶっ倒れている私が書くのもアレですが、もう少しだけ寒い季節が続きます。どうかご自愛ください

2017-02-26

[]

さびさに中島敦山月記』を読んだら、だいぶ読み方が変わって驚いた。

以前は、強烈な自尊心ゆえに友人や先生に教えを請えないエリートが没落した様を描くことで、「つまらないプライドは捨てて生きていかないとロクなことにならないよ」という教訓を言う話だと思っていた。

が、この読みはどうも浅薄というか、人生の敗北者にとっては厳しすぎるのである。というか結論だけ抜き出せばそこらの自己啓発本と変わらないような気がしてきて、作品価値矮小化しているような気さえしてくる。

そこで、もう少し人生の慰めになるような読み方はないか。と考えていたら、これは「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないか、と思い始めた。



中学生の頃に読んだときは、李徴は周囲に教えを請いたりできないプライドの高い男だな、と思ったが、(浅い)人生経験を積んだ今、改めて読むとそうでもない。

李徴が詩人を志したのは、(功名心もあっただろうが)第一には心を揺さぶる先人の詩があったからだろう。そうなると、そうした詩を書く者が周囲にいれば、これに師事したり教えを請いたりしたはずである

それにもかかわらずそうしなかったのは、自分の追い求める詩人像に値する者が周囲に居なかったからだろう。



自分の追い求める理想像と、②世で「名を成す」者とがズレることは、現実社会でもしばしばあることである

李徴は、このズレに気付かないまま自分理想像を追い求めていったことで、世で「名を成す」ことができなかったばかりか、周囲の人間と折り合いがつかなくなり、「努めて人との交を避けた」結果、「一匹の猛虎」となった。

他方、周囲にいた「己よりも遥かに乏しい才能であ」る者は、世で「名を成す」道を「専一に磨いたがために」、「堂々たる詩家」となった。



李徴は理不尽な世の中に自分を合わせられず、ひたすらに理想を追い求めた結果、社会的に失敗してしまったのである



これはカフカ『変身』で、社会の求める市民像──(ⅰ)家庭の善良な息子、(ⅱ)有能なセールスマン──を演じていたグレーゴルが、自己本来性の自覚を持ってしまった瞬間、褐色の虫に変身してしまったのと似ている。

現代社会ルールでは、人間自己自身本来性を保持することを許さないのである



そして、李徴が不幸であったのは、上述した社会ルールに、他ならぬ李徴自身支配されていた点にある。

李徴としては、徹底的に社会を突き放し、自分理想像を追求するという途もあった。

しかし、「元来詩人として名を成す積りでいた」李徴は、世で「名を成す」努力をできなかった自分を徹底的に断罪するのである

事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ

李徴の詩を聴いた袁の評価によれば、李徴の詩は「長短凡およそ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりであるとある

第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」とは言え、この自己評価は言い過ぎである

それに、はっきり言って実社会でこんな話は”よくある”ことなである



ここで想起されるのは聖書の『ヨブ記である

神の手により不幸のどん底に落とされる義人ヨブを、自己責任論に基づいて徹底的にこき下ろす友人エリファズの話だが、どうも李徴の中にはヨブとエリファズが同居しているように思える。



さらに、上記のヨブ記ラストにおいて、ヨブは「仲保者」(=キリスト?)の存在確信することで救われるが、李徴にこのような仲保者は現れない。

ただ、「向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。」というだけである



また、カミュ異邦人』も想起される。

これも社会ルールに合わせられないムルソーという男の不幸を描いた作品である

ムルソー物語ラストで、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

他方、李徴は「獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」というだけである



ここに来て、山月記という作品は「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないかと思うのである

2017-02-22

情報疲れた

清水富美加不倫していたらしい。

個人的にかなり好きな女優さんだった。まれCMなどで天真爛漫な姿を見せる彼女はまぶしかった。不倫していたことは出家以上にショックだった。過去にはベッキー不倫したりミスチル桜井が売れないころに支えてきた彼女を捨てキャンギャルと付き合うなどいろいろあるみたいだ。しかし今回ほどショックな感情を抱いたことはなかった。不倫でなく交際であってもあるいはショックだったかもしれない。嫉妬だな。

アイドル熱愛報道を知ったファンはきっとこんな気持ちだったんだろうな、と理解した。

疲れた芸能人は究極的に他人なのだろう。当たり前だが。。。アイドルにかぎらず芸能人にたいして自らがイメージして信頼している人物像はすべてアイドル偶像)でしかない。他人コントロール不可能である以上は当たり前なのだ芸能人報道にこんなにがっかりして嫉妬したのは初めてかもしれない。絶望とまでいうと言いすぎであるしかしなんだかずいぶんと、疲れたな。マギーハイスタ横山健不倫報道があった時にはそんなにショックを受けなかった。

マギーはどうでもいいがハイスタはかなり好きだ。なのであれは嫉妬というよりも軽い失望を覚えた程度だった。

マギーはどうでもいいと思い清水富美加不倫にはショックを受ける。勝手なのは自分のほうか・・・

マギー清水富美加自分人生とは絶対に接点などできない人であることは変わらない。変わらないのに勝手好き嫌いを設け勝手失望してと、まるで意味のない偶像への恋愛感情。なにかもうそういった情報に触れること自体疲れてきたな。

芸能報道だけでなく殺人事件とかもそうだ。芸能人不倫と同じように個人感情暴走したものについて考えること自体本質的意味はないのだろうし。もっと軽いので言えば個人ブログ炎上とかもそうかもしれない批判するにしろ参考にするにしろ眼にした瞬間に好悪を判断する。見ないか見るか、批判するかしないか判断するだけで思考リソース無駄遣い。

たぶん基本的情報自体が総じて不要ものなんだろうなと最近は思ってきた。情報というより報道というほうが正確かもしれない。

東京マラソンの通行規制情報などは価値ある情報だ。ふるさと納税の返納品も価値ある情報だ。しかしもういわゆる一般的な「メディア」が流す情報は究極的に無価値エンターテインメントしかないのだろうな。


情報化社会と言われて久しい。情報コミットする必要性が過大になり異常なまでに情報が目に入ってくる。その波に疲れた芸能人だって不倫する。そんなこと当たり前で他人絶対的倫理観構成されているなんて思ったこともない。しかしこの如何ともしがたい自らの感情を処理する向けどころがない。彼女浮気したら弁護士ちんこをきれば解決するのかもしれない。しか報道で知るようなぶつけ先がない感情は膿となって自分の中にため込んでしまう。はけぐちとしては増田に書くぐらいである。

ここまで読んで山奥で暮らせばいいとつっこみが入りそうであるが僕は都会の喧騒も好きであるし、人間関係が人に重力を与えると思っているのでリアル関係の中で揺さぶられる感情はいいと思っている。しか情報には疲れた現実的に見ない術がない。会社に行けば同僚が話してくる。実家に帰れば母がテレビをつけ笑っている。インターネット接続すればニュースで溢れている。

情報に関して正確な判断をすることは良いことだ。しかし僕はもうそ判断をする前段階として情報に触れたくすらないのである

2017-02-21

お見合いで困った話

10年前に上司のすすめでお見合いをしたことがある。



はいえ重いものではなく、30代後半の男性女性喫茶店でおちあって

コーヒーを飲んできただけである

ここで困ったことが起きた。



チェーンのcafeお話をしていく中で、

増田さんの好きな食べものは何ですか?と聞かれたのだ。



わたしが一番好きなものは、自分のかさぶたを剥がして食べることです。

たまに、「指先」とか「かかと」の皮膚を剥がして食べるんですよ。



とまぁ、バカ正直に答えたらいいのか、

それとも、実はスイーツが大好きでcafeめぐり趣味です。

といったらいいのか、ちょっと悩んでしまった。



悩んだあげく、隠してもしょうがないと思い、

えーと、実はわたし自分のかさぶたが一番好きでして、それゆえに自分の体を

常に傷つけています。と言ってしまった。



相手は一瞬驚いたのですが、すぐに真顔になって一言

人を食った話ですねぇ、といたくうなずいていました。



それがわたしの嫁となり、今では彼女に食べさせてもらっているのです。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170218194601

鋭ど過ぎる。ww

 笑っちゃいけないし、酷い言い方する気もないんだけど、文章だけで有無を言わせない、喋れなくなるような不思議な圧迫感があるよね。

両肩を左右から ガシィッ! って掴んで前後にガクガク揺さぶりながら、

「なんで黙ってるの? 私のせいだっていうの? 私が悪いの?! 何であなたはいつもそうなのよっ!! 黙ってたら分からないでしょうっ?!」

 とかやられちゃいそうな。

若しくは喋ろうとして口を開くタイミングを全て見通されて、言う前に全部理詰めで潰されそうな。


 まぁ、ただの印象だけどねぇ…。

文章って無力だなぁ。

2017-02-18

漫画を探してます

まず俺の性癖について説明させていただくと、主に漫画とかで女の子が目を飛び出させてアゴが外れておおげさに驚いているのに興奮する。なんでかは自分でもよくわからない。顔芸フェチ結構いると思うんだが、現実には出来ない、ありえないところに心揺さぶられるのかな。

だが残念なことに俺の知る限り供給が非常に少ない。世間ってあまり女の子にそういうことさせないから。

具体的な例を示そう。

http://i.imgur.com/VayvqMb.png

女の子だよ。ウソついてないよ。俺は昔からこのディクシーにお世話になっている。

何がいいって、ディクシーだけ目が飛び出してることだ。ディディーの目も飛び出してたらダメだ。ディクシーだけの独自性ということが重要なのだ

http://i.imgur.com/0u8ZZYe.jpg

これも良いのだが、あとでコラだと知って少々残念だった。なんで残念になったか俺もよくわからないのだが公式の燃料でないと興奮できないらしい。

http://i.imgur.com/pi4h5BQ.jpg

これもなかなか良い。このあとブルマがおもらししてるのもポイント高い。シチュエーションが情けないほど興奮するらしい。ただ、ブルマだとこういう顔しても自然すぎる。欲を言うと普段おしとやかな子がこういう顔するほうがいいのだが。

俺の力不足でこれくらいしかコレクションがなく大変申し訳ない。いや厳密に言うと、大げさな表現をする漫画はけっこうあるけど、個人的な話で本当にすまないのだが、なかなか俺のツボにはまるものがない。ワンピースとかボーボボなんかが思い出されるが、なんかああいうのは違う。説明が難しいが。

漫画じゃないけど、ジム・キャリーマスクって映画があるが、ジムカートゥーンそのままの表現で驚いたりしてる、あれに理想が詰まってる。あの主人公女の子だったら俺は一生食オカズに困らなかったろうなと思う。でもあんジムみたいな芸当ができる女の子っていない。でもゴーストバスターズとかも女性版でリメイクされたし、希望はあるんじゃないかと思ってワクワクしながら生きてる。

そろそろ本題に移るんだが、今から15年くらい前に、ある人が読んでいたのだが、女の子がそういう感じで驚いたりしてるエロ漫画があって俺の下のアンテナガッツリ反応したんだが、それがなんて漫画だったのかまったくわからない。その人に読ませてもらおうとしたが拒否されてしまいわからずじまいだ。そんなにキモかったのか。しかしまさか今の今まで引きずることになるとは思わなかった。

どういう漫画かさっぱりわからないが、とりあえずなんでエロ漫画なのかというと、俺が見たページでは女の子が裸になって(セックスもしてたような気がする)目が飛び出て驚いてたようだったので、少年誌漫画ではないように見えた。青年誌だと思う。

なんでそんなツボにはまったのか自分でもよくわからないんだが、そういう表現エロ漫画には珍しかたからだと思う。俺の知るかぎりでは、そういう表現と裸が共存してる漫画を見かけたことがない。

そんな気になるんだったらその人に聞けと言われると思うけど、友達の友達くらいの人だったんで連絡先もわからないし、探そうにもどっからどう手をつけたらいいかわからん。どなたかご存じないだろうか、と言ってもそういう目でその漫画を読んだ人は俺以外いないんじゃないかと思うし、てめえの好みなんか知るかよと一蹴されてもしかたないと思うし、こんな手がかりで見つかるとも思えないので絶望的だと思う。

答えが出るとは思ってないが、ひとまずこの大海原で漂流しようと思う。

2017-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20170209172432

ポストアポカリプス言いたいだけやん。さぶいわー。

「終末もの」のサブジャンル Post-apocalyptic fiction を、ポストアポカリプスとは誰も言ってない。

2017-01-31

優しさ系アニメの魅力2 きらら枠との差

http://anond.hatelabo.jp/20170129222811

ちょっと長くなりそうなので新規

 

ブコメにもあるとおり、私も最初は「きらら枠やその他日常系アニメ=優しい系アニメ」と捉えていたが

そこにも少し差があると思う

 

簡単に言えばエロス萌え)かアガペかって話なんだと思う

きらら枠は同性の女の子だらけとは言え、どちらかと言えば百合なんだよね

まりそこにあるのはエロスの方だと思う

チノちゃんかわいー!とか、アリスかわいー!みたいな感情をぶつけるキャラがいて

ギャグをしつつ一緒に暮らしイチャイチャするってのがまず柱としてあって

視聴者はそこに混ざっているかのような感覚を楽しむ

もちろんイイハナシダナーってのもいっぱいあるけど

(ちなみにそれをやりすぎると桜Trickになる。大好きだけど)

 

一方で優しい系アニメにも百合要素はあるけど

肉欲的というよりは、あくま女の子同士の友情という側面を強く出してると思う

きな子に優しくするのは当たり前だけど、「私たち(会って間もないけど)友達だよね」な関係でエゲツナイ優しさを振るうのがこっちだと思う

見分ける差としては「何でこの子こんなに優しいのか意味からない」ならこっちじゃないか

 

__

 

おまけ

 

ちなみに「暴力的なまでに厳しい」アニメってあるじゃん

救いがないというか

ようやく主人公が救われた!と思った瞬間厳しい状況に陥らせるような世界作品

そのたびに視聴者感情は揺さぶられるから面白いんだけど

前の増田で書いた「暴力的なまでに優しい」っていうのは

どう転ぼうが救われるというか

何か事件が起こりそうになっても、キャラ世界が優しすぎて事件にならない世界作品という意味で書いた

(優しい世界 って言い得て妙だな)

 

私が何より驚いたのは「何も起こらないんだからつまんねーはずだろ」と思っていたのに

何か悪いことが起きそうになるたび、友情パワーやらなんやらで解決されてしまう状況というのも「衝撃をウケるほど面白い」と思ったことだった

救いがない作品とは正反対ベクトル面白い

面白いというか、衝撃的だ

やっと救われると思ったキャラ即死してしまうような展開と、正反対で衝撃を受ける

何でそんなに優しいんだよ!何で!何でだあああああああうわあああああああああ!!って

 

 

おまけ2

 

なぜ優しい系アニメきらら枠に似てるのかも考えた

商業的な理由ってのがもちろんあるんだけど

キャラを出すとそもそもエロス方向に引きづられるから、どう足掻いても優しい系にはしづらいんじゃないかと思った

結果的にあら^〜な雰囲気になってくる

味わい深い

でもたぶん無機物キャラ非人間が一番やりやすいと思うんだけどどうだろう

どこまでも従順に主人に尽くすロボとかね、自分の汚い心が見えてきて衝撃を受ける(これは映画とかゲームでもいいね

 

 

おまけ3

 

ふらいんぐうぃっちけが飲み込めないんだけど

ARIAヨコハマ買い出し紀行ベクトルでいいんだよね?

面白いんだけど何で面白いかよく分からない

 

 

まとめ

 

けものフレンズはいいぞ

2017-01-26

増田っていつからストーカー脅迫ツールになったんだ?

http://anond.hatelabo.jp/20170125200746

この記事を読んだのだけれど。

ブコメでも指摘している人がいたけれど、これはストーカーしてる側が揺さぶりをかける目的でか、あるいは脅迫のものとして書いてると思う。

考察を以下に書くが、考えれば考えるほど闇が深い。

タイトルは完全に釣りだけど。

出てくる名前の例の不自然

最初にそう思った理由は、例に出てくる本名の不自然さだ。

山田直子」って時点でちょっと違和感を感じたのだが(普通そこは山田花子だろう)、次の「山田無尾湖」の当て字でそれは確信に変わった。

いくらなんでも例にしては突飛すぎる。

これは、「無尾湖」という漢字本名居住地等、本人にはわかる要素をを含めているからではないだろうか。

これを書いてる人間が言うところの「悪意はないと逃げ切れるが本人には伝わる文字列」として。

そう考えると不自然名前にも説明がつく。

最初から最後まで出てこない、「然るべき機関相談した」という話

たいがいこの手の話には、「警察相談したが相手にしてもらえなかった」とか「法テラスにいた弁護士ネットに詳しくなくて困った」なんていう話がついてくるものだが、この話にはそれがない。

普通ここまで嫌がらせされたらどこかに相談するだろうと思うのだが。

複数からの同時接触はさすがにTwitterに怒られるのでは?

ここら辺はTwitterも詳細を公開していないので詳しいことは言えないのだが、少なくともTwitterシステム上は複数アカウントを持っていたとしても、IPによって同一人間アカウント判別することができるようだ。

リプライDMを送りまくった上に複数垢など作った日には報告されれば即Twitter側で何らかの対処がされるだろうし、それこそそのログをもって警察に行けば即IP開示から逮捕コースだ。

したがって、これはフェイクではないかと思っている。

いくらなんでも手口生々しすぎ

ブコメでも指摘があったが、いくらなんでも語られてる手口が生々しすぎる。

特に検索とページインデックスのくだりなどは、これをされた側から確認するのはエスパーでもない限り難しいと思う。

したがってこれはすでに実行済みか、あるいは実行するぞという意思表示ではないだろうかと思う。


転職に困るよね」という一言の怖さ

いうまでもなく転職人生において大きなイベントの一つである

それに困るというのに、妙にタッチが軽い。

これは書いた本人が困るのではなく別の人間、つまりストーカー対象に語り掛けているのではないかと思う。

「そうなったらいやだよね」という脅しとして。

ここらへんからだんだん怖くなってくる。

唐突に出てくる50万

ここは自分でも考えすぎかなとも思うのだが、ただ「粘着を黙らせるには50万払ってもいい」という言葉唐突で妙に気になった。

まさかとは思うのだが、これを書いた人間は「50万払ったら個人情報を黙っておいてやるからさっさと払え」と言いたくてこのエントリを書いたのではないか

まり、かなり極端な見方をすれば「お前の個人情報はもう特定しているし、50万払わないと検索でたくさん悪さして転職しにくくしてやるぞ。だから50万払え」というような脅迫だと読めなくもないのだ。

まあ、対象がこれを読まなければ全く意味がない脅迫なのでさすがに考えすぎだとは思うのだが。

というか、考えすぎであってほしい。

ただ、これが真実であれば背筋が冷たくなるよね。さすがに。

本当にギリギリセーフなのか?

法律に詳しくないのでできたら誰かに考察してほしいのだが、ここで語られた手口の数々は本当にギリギリセーフなんだろうか?

自分には完全アウトにも思えるのだが。

というか、普通にネットに詳しい弁護士に頼めば一発で何とかしてくれそう。

このエントリ書き手加害者であれ被害者であれ、もし実際にこんな手口でストーカーをする人物実在するとすれば相当な異常者だ。

どっかに軟禁して一生出てこないようにしてほしい。

トランプ大統領就任演説 ギレン・ザビ風(超訳・一部カット

親愛なる我が同胞諸君、そして世界中の人々に、まずは感謝したい。

我々アメリカ国民は、いま、その誓いを守り通し、国家を挙げ、合衆国の再建を始める。

無論、我々の行く道には課題や困難が待ち構えているだろう。だが、我々は必ずやり遂げる!

(歓声)

我々は平和裏に政権移行することに成功した。前大統領には私も、感謝している。

だが違うのだ! これは単なる政権移行の式典ではない。

我々国民が、ワシントンに巣食う者どもから権力を取り戻した式典である

(歓声)

まりに、あまりに長いあいだ、我々はワシントンモグラどもに代償を支払わされてきた。

奴らは栄え、その富を独占してきた。

人々の職は失われ、働くべき工場は閉鎖されてしまった。

きゃつらが勝利を祝っても、我々はなにも祝うことができなかった。

何故か?

奴らが自らの保身だけを考え、国民を守ろうとしなかったからだ!

だがそれもここまでだ!

いまこの瞬間、この演説を聞く国民すべてが、この勝利を祝うことができる。

我が合衆国政府は、我ら国民によって統治されるようになったからだ!

そしてこの2017年1月20日は、忘れ去られし国民が再び歴史の中心に戻ってきた記念日として、永遠に記憶されることになるだろう!!

(歓声)

私はここに、すべてのアメリカ国民に対し、忠誠を誓う。

これまで数十年にわたり、我らが国は外国を富ませ、群を犠牲にし、国境を侵されてきた。

世界への再分配という美名のもと、我らは家も職も奪われ、富は地平線の彼方へと消えていった。

しかしここに、私は新たな命令を発する。

そして全世界に知らしめるのだ。

今この瞬間から貿易も、税も、移民外交も、すべてが合衆国国民のために行われるということを!

すべては、アメリカファーストなのだ!!

(歓声)

我々は守る!

我々の産業を奪い、雇用破壊し、国境を越え略奪を続けるすべての悪しき国家から、この偉大な国を!

私は諸君らのために、命を賭して戦い続ける!

そしてアメリカは再び、勝者として君臨するのだ!

取り戻せ、国境を!

取り戻せ、富を!

取り戻せ、我らが夢を!!

(歓声)

合衆国のもと、文明社会は再び結束し、野蛮なイスラムテロリスどもを地球から根絶する。

我らが政治の根幹は、国家に対する完全な忠誠心にある。

その忠誠心こそが、互いを結束させるのだ。

愛国心に心を委ねよ!

偏見余地など、もはやどこにもないのだ!

(歓声)

聖書を紐解いてみれば、神のもと結束した人民いかに素晴らしいかがわかるだろう。

心を開き、議論を行うことは悪ではない。

だが忘れるな、我々国民は結束せねばならないのだ!

そして、我らの行く手を阻むものを、すべて打ち倒さなければならない!

恐れるな、国民よ!

我らは強力な法に、強力な軍に守られている!

そして何より、我らは神に守られし民なのだ

(歓声)

不満だけを述べ、行動を起こさぬ政治家どもを排除せよ!

我々の闘争心があれば、その精神を打ち負かす敵はどこにもいない!

失敗は許されない! 我らが再び繁栄を取り戻すまでは!

(歓声)

我々はいま、新たなる千年紀の誕生に立ち会っているのである

国家の誇りは、諸君らの心を揺さぶり、傷をいやし、視野を広げるに違いない。

思い起こせ! 偉大なる軍に伝わるいにしえの言葉を!

肌の色など関係ない、国民すべてに流れるのは、愛国者の赤い血潮なのだ!!

(歓声)

アメリカの旗を称えよ! アメリカ自由享受せよ!

そして、全知全能の創造主によって与えられた命を、一つの夢のもとに結束させるのだ。

諸君らは二度と、国家に忘れさられることはない。

諸君らの声が、諸君らの希望が、諸君らの夢が、偉大なる合衆国の命運を決めるのだ。

諸君らの勇気と善、そして愛が、我々を永遠に導くのだ!

アメリカは強くなる!

アメリカは豊かになる!

アメリカは誇りを取り戻す!

アメリカ安全になり、そしてなにより、アメリカは再び偉大な国家となるのだ!

(歓声)

神よ、アメリカを護りたまえ。

(歓声)

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元ネタのギレンのスピーチを作った富野監督は、その勇猛な言葉の中に、全体主義権威主義の俗悪さを込めたわけで、表面的なカッコよさに心酔してはならんと思うわけです。

不倫はやめておけ。

もう関係は清算したが、

昔、5歳上の会社の先輩と不倫していた。

不倫というか、相手にとってはただのセフレだった。

恋愛感情はないと言われた。

何か問題が起こると、自分感情が爆発して

相手がどう思うとかも考えず、心ない言葉で罵ったり、批難ばかりした。

それを諭されるたびに、反省するのだが、

今思えば心の何処かで相手攻撃したい気持ちがあったのだと思う。

自分のことで心を痛めてる彼女を見て、優越感を感じたこともあった。「これだけ、感情を揺さぶってやったぞ」と。自分言葉はそれだけの威力があるのだと。大切にしたいと思っていた人なのに。あほである

彼女はとても仕事のできる人で、周囲からの信頼も厚く、自分もとても尊敬していた。

たぶん好きになるまではよかったのだ。

「お互い恋愛感情を持って関係を結ぶ」だったら、自分は、まだ幾分かはましな人間でいれたかもしれない。

ただ、彼女はなんの悪気もなく、「セフレだったらいいよ」と言った。僕の、好きという気持ちは受け取れはしないけど、体だけだったら利用してもいい。そういうことなんだろう。

それから関係は1年ほど続いた。

その間、何回も衝突した。だいたい衝突の内容は同じようなことだった。

先述した通り、その度に彼女をひどいことを言った。

彼女は僕を信頼してくれない。その気持ちが強かった。

でも、信頼していないのは僕も同じだった。

彼女が「セフレだったら〜」と言ったその瞬間に、彼女への信頼感をなくしたんだと思う。

こいつは自分尊敬してくれてる後輩を利用する人間なんだ。僕はいつ捨ててもいいと思われている。僕じゃなくても、セックスできればこの女は誰でもいいんだ。

「信頼してる先輩にひどいことを言ってしまう」と悩んだけど、もう信頼なんかしてなかったんだ。信頼してると思い込みたかっただけ。信頼してないと信頼されないから。

その後、彼女子供ができて会社を辞めた。

から、一緒に仕事をすることはもうない。きっと、連絡をとることさえないと思う。

たとえ、彼女仕事を続けて、一緒に仕事をする機会があったとしても、もう昔のような彼女への信頼感は取り戻せないと思う。

会社の先輩と不倫とか、ありがちな話で、

もし信頼してる先輩・上司不倫でもいいから結ばれたいって思っている人がいれば、やめておけと伝えたい。

好きになるのは止めないが、肉体関係は結ばないほうがいい。

肉体関係のない男女の結びつきは、とても尊いものなのだ。仲が良いならなおさら

から、本当にその人が大切なら、不倫させてはいけない。

笑ってる彼女はとても可愛くて、愛おしかった。

不倫をすればその笑顔すら、思い出したくない出来事になってしまう。

から不倫はやめたほうがいい。

2017-01-23

疲れた

はてぶのコメントを見るのがつらい。

Twitterを見るのがつらい。

テレビ報道番組がつらい。

自分の中で、何がつらいのかを正確に把握できていないのだけど、

自分価値観が試されるような場面がつらい。

最近トランプ報道西野炎上に始まりポリコレやらマウンティングやらライフハックやら……

仕事の方が詰まってきて余裕がないのかもしれない。

常に価値観が試される嵐の中にいる感じがする。

感情を揺さぶられるような体験も避けたい。

ぐっすり眠って、お風呂に入って、近くの公園を走って、料理をして、おいしいものを食べたい。

エンタメよりも身体的な体験を求めているのかもしれない。

増田を書いて整理をしようとおもったが、特に変わらんわ。休もう。

2017-01-22

毒親家庭に拒否反応起こす人いるよな

http://zuisho.hatenadiary.jp/entry/2017/01/22/002934



知識として毒親という存在を知っていても、別世界家族形態だとしか考えられず、現実問題として抱えている人が身近に生活しているという感覚を持っていない。その世界が目の前に現れても見たくなかったという反応が勝って否定しようとする。

この記事晴天の霹靂として現れた毒親家庭のせいで激しく動揺し混乱している書き手の心情がよみとれる。

健全な家庭で育った証なのかもしれんが、逆に健全な家庭で育つだけだとこのような家庭の存在に対する免疫を獲得しないまま大人になってしまうのかもしれんね。

このような機能不全家庭はいつの時代もそこかしこにあり、かつての友人や職場の同僚やすれ違う街の人たちの家庭もこのようである可能性が常にあるのだが、それでもこのような人たちは全ての人たちは健全な家庭で育った自分と同じ価値観に基づいて社会をつくっているという感覚支配されてしまっている。

あるいはほんとうに、健全な家庭で育ち、同じ価値観を確かめあえるような人間関係しか身近に残してないのかもしれない。それはそれでよろしいことではあるが、一方でだいぶ危うい平和でもあり、そう思わないことはさらに危うい考え方だ。

実のところ、こんな風に常識を揺さぶられることが少なくて、すぐに容量を超えてしまうような人は、そうでない人より毒親になる可能性を秘めていると感じるのは私だけだろうか。

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